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主  文
1 原判決主文2項を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人は,控訴人に対し,金55万円及びこれに対する平成14年10月8日
から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
(2)控訴人のその余の請求を棄却する。
2 控訴人のその余の控訴を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審を通じこれを2分し,その1を控訴人の負担とし,その余を
被控訴人の負担とする。
4 本判決は,原判決主文1項及び本判決主文1(1)項に限り,仮に執行することがで
きる。
事  実
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1)原判決を取り消す。
(2)被控訴人の請求を棄却する。
(3)被控訴人は,控訴人に対し,90万円及びこれに対する平成14年10月8日か
ら支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
(4)訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
(5)(3)項につき仮執行宣言
2 被控訴人
(1)本件控訴を棄却する。
(2)控訴費用は控訴人の負担とする。
第2 当事者の主張
1 被控訴人の請求について
(1)被控訴人の請求原因
ア 被控訴人は,控訴人との間で,平成14年6月25日,次のとおりの借入限度
基本契約を締結した。
(ア) 貸付限度 60万円
(イ) 弁済期及び弁済方法 平成14年7月から完済まで,毎月30日限り,次
の金額を,被控訴人に持参又は送金して支払う。
a 借入金額10万円以下の場合,5000円以上
b 借入金額10万円を超えて20万円以下の場合,1万円以上
c 借入金額20万円を超えて30万円以下の場合,1万5000円以上
d 借入金額30万円を超えて40万円以下の場合,2万円以上
e 借入金額40万円を超えて50万円以下の場合,2万5000円以上
f 借入金額50万円を超えて60万円以下の場合,3万円以上
(ウ) 利率及び遅延損害金 年率29.2パーセント(年365日の日割計算)
(エ) 特約 上記(イ)の弁済を1回でも怠ったときは,期限の利益を喪失する。
イ 被控訴人は,控訴人に対し,別紙元利金計算書に記載のとおり,平成13年
8月10日から平成14年9月9日にかけて貸付けを行うとともに,控訴人から
返済を受けた。
ウ 控訴人は,平成14年8月30日になすべき弁済を怠り,期限の利益を喪失し
た。
エ よって,被控訴人は,控訴人に対し,金銭消費貸借契約に基づき,上記ア
(ウ)の利率及び遅延損害金を利息制限法による制限内に引き直して計算した
残元金53万8626円及びこれに対する平成14年9月10日から支払済みま
で年26.28パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。
(2) 請求原因に対する控訴人の認否
請求原因事実はすべて認める。
2 控訴人の請求について
(1) 控訴人の請求原因
ア 控訴人は,被控訴人を始め多数の債権者から金銭を借り入れて多重債務
者となり,控訴人訴訟代理人弁護士に任意の債務整理を依頼した。
そこで,控訴人代理人は,平成14年9月9日,被控訴人を含む債権者に対
して一斉に受任通知を発送し,取引経過に関する文書の提出を要請した。
イ(ア) 被控訴人は,平成14年10月7日ころ,四日市簡易裁判所に対して,控
訴人の勤務先に対する給与債権の仮差押えを申し立てた。そのため,四日
市簡易裁判所により平成14年10月7日付けで仮差押命令がなされ,勤務
先に送達された。
これにより,控訴人は,勤務先での信用を著しく失い,結果として退職せ
ざるを得なくなり,多大な精神的苦痛を被った。
(イ) 控訴人は,平成14年10月23日,被控訴人に対して,上記(ア)の仮差押
申立ての取下げを求め,これに応じない場合は不法行為責任に基づき慰
謝料を請求すると通知したが,被控訴人はこれに応じなかった。
ウ 他方,任意の債務整理については,控訴人代理人は,すべての取引経過に
ついて開示を求めたにもかかわらず,被控訴人は,貸付けの際に受領した5
パーセントの金額を記載しない不正確な計算書を送付した。
エ 被控訴人の行った仮差押えは,「債務整理に関する権限を弁護士に委任し
た旨の通知,又は,調停,破産その他の裁判手続をとったことの通知を受け
た後に,正当な理由なく支払請求をすること」を禁じた金融庁の定める事務ガ
イドライン3-2-2(3)②に違反する行為である。
被控訴人は,控訴人代理人からの受任通知を受領後,1か月も経たない時
期に給与仮差押えの手続を行っていて正当な理由は全くなく,控訴人の経済
的更生を図る債務整理手続に全く協力しない被控訴人の態度の違法性は極
めて高い。
オ(ア) 控訴人は,被控訴人の不法行為により,勤務先での信用を著しく失い,
結果として勤務先を退職せざるを得なくなり,多大な精神的苦痛を被った。
この慰謝料としては80万円が相当である。
(イ) 弁護士費用としては,10万円が相当である。
カ よって,控訴人は,被控訴人に対し,不法行為に基づく損害賠償として90万
円及び不法行為の日の後である平成14年10月8日から支払済みまで民法
所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(2) 請求原因に対する被控訴人の認否
ア 請求原因ア前段の事実は認め,同後段の事実は知らない。
イ 請求原因イのうち,被控訴人が給与債権の仮差押えを申し立てたこと,控訴
人が勤務先を退職したことは認め,その余の事実は知らない。
なお,被控訴人が勤務先に電話して確認したところ,控訴人に対して退職
を勧告した事実はないとのことであった。
ウ 請求原因ウの事実は知らない。
なお,被控訴人は,控訴人代理人による受任通知を受領後,速やかに,既
に返済済みの2つの金銭消費貸借も含むすべての計算書をファクシミリで送
信し,誠実に対応している。
エ 請求原因エは争う。
控訴人は,本件金銭消費貸借契約の際,被控訴人に対して,借入状況を1
社から15万円のみであると申告し,年収が高額であるから返済は心配いらな
いと述べていた。しかし,控訴人は,実際には被控訴人以外に13社に債務を
負っていたのであり,控訴人に対して虚偽の申告をしていたことになる。そうす
ると,被控訴人は,任意の債務整理に応じて長期の分割払いによる和解をし
たとしても,控訴人がその全額を履行する見込みはない。また,債務整理によ
る弁護士の懲戒処分が全国でも相次いでおり,任意の債務整理による和解
に対して慎重にならざるを得ない状況にある。
そして,控訴人が融資を受けてわずか2か月で2回しか返済していないこと
も考慮すると,被控訴人が給与債権の仮差押えを申し立てて債権の保全を図
ることには何らの違法も存せず,不法行為は成立しない。
オ 請求原因オは争う。
理     由
1 被控訴人の控訴人に対する貸金返還請求について
同請求に関する被控訴人の請求原因事実は当事者間ですべて争いがない。
そうとすれば,被控訴人の請求は理由があるからこれを認容すべきである。
2 控訴人の被控訴人に対する慰謝料請求について
(1) 証拠(甲1の1・2,3の1ないし3,4の1ないし3,5の1・2,6,7,8の1ないし
3,乙1ないし5,原審における控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下
の事実が認められる。
ア 控訴人は,被控訴人との間で,平成13年8月10日以降,別紙のとおり金銭
消費貸借を継続し,平成14年6月25日にも60万円を借り受けた(甲1の1・
2)。
控訴人は,平成14年6月25日の借入れの際,他の借入先として,残高9
万円の1社のみと申告した(甲7)。
イ 控訴人は,被控訴人から借り受けた後,債務の返済に窮し,借主に回数券
等の高額のチケットを購入させ,それを転売し多額の手数料を控除して,現金
を渡すという,いわゆるチケット金融業者9社からも金銭を借り入れた。
ウ 控訴人は,借金の取立てに苦しみ,平成14年9月9日,控訴人訴訟代理人
に対して,任意の債務整理手続を委任した。この時点で,控訴人には,被控
訴人を含むいわゆる消費者金融業者が5件,いわゆるチケット金融業者が9
件(いずれも10万円未満),合計14件の債権者がいた。
控訴人訴訟代理人は,同日付けで,被控訴人を含む債権者に対して,「債
務整理開始通知」と題する文書を送付し,①同月24日ころまでに取引経過表
を提出すること,②控訴人及びその家族,保証人への連絡及び取立行為を中
止することを求めるとともに,取引経過表を受領した後に弁済の和解案を提
示することを伝えた(以下「本件通知」という。乙1)。
そして,控訴人訴訟代理人は,取引経過表が出そろう平成14年10月中ご
ろに債権調査を終える予定でいた。また,その期間中に,控訴人に債権者か
らの借金の取立てが止んだ状態で1か月間自己の収入のみで生活してもら
い,返済の原資に充てることのできる金額を確定することにしていた。
エ 被控訴人は,平成14年9月26日,控訴人訴訟代理人に対して,取引経過
表をファクシミリで送信した(甲8の1ないし3)。
オ(ア) 被控訴人は,控訴人訴訟代理人から,本件通知が届いた後も,控訴人の
勤務先へ何度も電話し,借金の取立てを継続した。また,勤務先の総務部
に電話をかけて,「給料の仮差押えをするので,会社名を教えてほしい。」と
伝えた。
(イ) 被控訴人は,平成14年10月7日ころ,四日市簡易裁判所に対して,控
訴人の勤務先に対する給与債権の仮差押えを申し立てた(平成14年(ト)
第46号)。同簡易裁判所は,平成14年10月7日付けで仮差押命令を発
し,同命令は控訴人の勤務先に送達された(乙2)。
(ウ) 上記(ア),(イ)のため,控訴人は総務部から事情聴取を受け,営業部から
総務部に配置換えとなった。
そのため,控訴人は,13年以上勤務した勤務先に居づらくなり,平成14
年10月31日,退職した(乙3)。
カ 控訴人訴訟代理人は,平成14年10月30日,債権者らからすべての取引
経過表の提出を受け,債権調査を終了した。
そして,控訴人の勤務先が代わり,収入が手取りで月額約30万円から約1
8万円に減少したため,返済計画の策定に支障を来したが,親族からの援助
もあり,被控訴人を除く債権者らとの間では返済に関する合意が成立した。
控訴人は,現在,LPガス販売会社の営業職に従事して収入を得,消費者
金融業者4社に対し毎月約4万5000円の返済を継続している(原審におけ
る控訴人本人)。
(2)そこで検討するに,債権者が強制に渡らない範囲で取立てを行ったり,仮差押
申立て等法定された手続をとったりして債権の保全を図ることは,権利の行使と
して一般的に是認されるところであるが,権利の行使といえども社会通念上相当
な態様と方法で行われなければならないことはいうまでもない。そして,貸金業
の規制等に関する法律21条1項を受けて,「債務整理に関する権限を弁護士に
委任した旨の通知,又は,調停,破産その他の裁判手続をとったことの通知を受
けた後に,正当な理由なく支払請求をすること」を禁止する事務ガイドライン3-
2-2(3)②が定められており,債務者から委任を受けた弁護士が,債務の内容
についての回答及び資料の開示を求め,さらに債権者に対する調査結果を踏ま
えてする弁済方法の提案についての協力依頼をしてきたときは,貸金業者は,
その申出が誠意のない単なる時間稼ぎであるとか,財産の隠匿を目的としてい
るなど不当なものである場合は別として,原則としてこれに協力し,弁護士の提
案を誠実に検討することにしており,弁護士の協力依頼に誠実に対応せず,い
きなり給与債権の仮差押えを申し立てることは控えられているのが一般である。
そして,多重債務者の存在が大きな社会問題になっていることからすれば,その
経済的更生を図ることは社会的な要請でもある。
このような見地からすると,貸金業者は,債務者との関係においても,当該債
務者の依頼した弁護士から受任通知及び協力依頼を受けたときは,正当な理由
のない限り,これに誠実に対応し,合理的な期間は債権の取立てを自制すべき
注意義務を負っているものと解するのが相当である。
(3) そして,上記(1)の認定事実によれば,被控訴人は,本件通知を受けて取引経
過表を提出したことは認められるものの,①被控訴人は,その後も勤務先に取
立ての電話をかけ続けたほか,勤務先の名前を知悉している(甲7参照)にもか
かわらず,勤務先の総務部へ電話をかけて「給料の仮差押えをするので,会社
名を教えてほしい。」と述べるなどして,控訴人に心理的に圧力をかけて優先的
な返済をせまっていること,②本件通知から1か月も経たないうちに,控訴人の
経済的更生の唯一の原資ともいうべき給与債権の仮差押えを申し立てて(これ
により,控訴人が勤務先に居づらくなり,退職せざるを得ない状況に陥る場合が
ありうることは容易に想像できる。),被控訴人を含めた各債権者に対する合理
的な返済計画の策定を困難ならしめたこと,③本件通知が誠意のない単なる時
間稼ぎであるとか,財産の隠匿を目的としているなど不当なものであることをう
かがわせる事情は当時何ら存在しなかったこと,④控訴人は,勤務先に居づらく
なり退職せざるを得なくなったが,その後他の会社に就職して収入を得,チケット
金融業者との間での債務整理を終えたほか,被控訴人を除く消費者金融業者4
社との間でも返済に関する合意が成立して毎月約4万5000円の返済を継続し
ていること等の事情を総合考慮すれば,被控訴人には,上記注意義務に違反す
る過失があると認めるのが相当である。
これに対して,被控訴人は,控訴人が借入状況につき虚偽の申告をし,わず
か2回返済したのみで債務整理を行っていることから,給料債権の仮差押えは
適法な権利行使であると主張するが,かかる事実をもってしても,控訴人訴訟代
理人による任意の債務整理手続が進行中であった平成14年10月7日の時点
で,同代理人と何ら協議することなく給料債権の仮差押えを申し立てることを正
当化することはできない。
(4) 控訴人の慰謝料は,弁護士に任意の債務整理を委任し,経済的更生を図るこ
とができると期待していた最中に給料債権の仮差押命令を受け,これが一時困
難になったこと,仮差押命令により13年以上勤めた勤務先に居づらくなり退職
せざるを得ない状況に陥ったこと,その後別の会社に就職したものの給料は大
幅に下がってしまったこと,その他諸般の事情を総合考慮すると,50万円と認
めるのが相当である。
また,弁護士費用としては5万円が相当である。
(5) よって,控訴人の請求は,55万円及びこれに対する仮差押命令が発せられた
後である平成14年10月8日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による
遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は棄却
すべきである。
3 結論
以上のとおりであるから,上記と異なる原判決主文2項を変更し,その余の控訴
人の控訴は理由がないからこれを棄却し,主文のとおり判決する。
津地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官   内田計一
裁判官   後藤 隆
裁判官   後藤 誠

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