弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人永野彰の上告趣意第一点について。
 所論は、判例違反を主張するが、所論引用の大審院大正七年(れ)第四九二号同
年五月二四日判決(大審院刑事判決録二四輯六一三頁)は、原判決はこれと何ら相
反する判断をしたものではないから所論は理由がなく、同大正一一年(れ)第一九
八号同年三月三一日判決(大審院刑事判例集一巻一八六頁)は、事案を異にし本件
に適切でないから所論は適法な上告理由に当らない。
 同第二点について。
 所論は、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由に当らない(なお、爆
発物取締罰則第一条にいう爆発物の使用とは、一般的に治安を妨げ、または犯人以
外の人の身体もしくは財産を害するおそれのある状況下において爆発物を爆発すべ
き状態に置けば足り、犯人の具体的目標とする人の身体もしくは財産を害する状況
の下に置くことを要しないとした原判決の判断は正当である。)。
 よつて刑訴法四〇八条により、裁判官岩田誠、同松田二郎の反対意見があるほか
裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 裁判官岩田誠の反対意見は次のとおりである。
 私は爆発物取締罰則(以下罰則と略称する)一条にいわゆる「人ノ身体財産ヲ害
セントスルノ目的ヲ以テ爆発物ヲ使用」するというためには、本件第一審判決が判
示するように、同条所定の目的を達するために、犯人が加害目標とした人(一人で
あると特定場所にある数人であるとを問わない)の身体または財産を害する虞ある
状況の下において、爆発物を爆発すべき状態に置くことを要し、たとい犯人におい
て同条所定の目的を有していたとしても、原判決および多数意見のいうように、単
に「一般的に治安を妨げ、または犯人以外の人の身体もしくは財産を害する虞のあ
る状況下において爆発物を爆発すべき状態に置けば足り」るものではないと解する。
多数意見は、右の状態に置けば足り、「犯人の具体的目標とする人の身体もしくは
財産を害する状況の下に置くことを要しない」と判示するけれども、この見解に私
は、賛同することはできない。
 右罰則一条の罪は、いわゆる危険犯であり、犯人の目標とする人の身体財産を害
するおそれのある状況下において、爆発物を爆発すべき状態においた場合に、たま
たま爆発が起らなくても、または爆発はしても人の身体財産に何ら害を及ぼさなか
つたとしても、罰則一条の罪が成立することは私も認めるのである。右罰則一条の
罪は、危険犯であると同時にいわゆる目的犯である。このことは罰則一条の規定の
文理からも明らかだといえると信ずるか、右罰則制定理由を述べたものと解せられ
る明治一七年一二月一一日参事院上申、右罰則説明(司法資料別冊一七号「日本近
代刑事法令集」下、三二一頁)中に罰則一条の説明として、「本則ニ於テ最モ悪ン
テ痛ク禁遏ヲ加ヘント欲スルノ主眼ハ爆発物ヲ使用スルノ目的ト其使用スル物品ト
ニ在リ故ニ苟モ他ニ危害ヲ与ヘント欲シテ爆発物ヲ使用スルモノハ其治安ヲ妨クル
ト人ノ身体財産ヲ害スルトヲ問ハス之ヲ同一ノ刑ニ処ス他ナシ其危言ヲナスノ大小
軽重ニアラスシテ爆発物ヲ使用スルノ目的ト又其使用シタル物品ノ爆発物タルトヲ
悪ミテナリ」とあるのに徴すれば、同条を目的犯として、規定したものと思われる。
 罰則一条は「治安ヲ妨ケ又ハ人ノ身体財産ヲ害セントスルノ目的ヲ以テ爆発物ヲ
使用シタル者」と規定する。本条にいう爆発物の使用とは、同条所定の目的達成の
手段としての使用でなければならない。爆発物を爆発させれば、一般的に治安を妨
げまたは人の身体財産に害を及ぼすとの認識(確定的故意)または、かゝる害悪を
及ぼすかもしれないとの認識(未必の故意)のもとに爆発させただけでは本罰則一
条の罪は成立しない。何となれば、本条の罪は目的犯であつて単なる故意犯ではな
いからである。多数意見の判示するように、「罰則一条にいう爆発物の使用とは、
一般的に治安を妨げ、または犯人以外の人の身体もしくは財産を害するおそれのあ
る状況下において、爆発物を爆発すべき状態に置けば足り」るというのであれば、
「治安を妨げ又は公共に危害を及ぼす場所において爆発物を使用したる者は」と規
定すれば十分であつて、わざわざ「治安ヲ妨ケ又ハ人ノ身体財産ヲ害セントスルノ
目的ヲ以テ爆発物ヲ使用シタル者」と規定する必要はないのである。多数意見は罰
則一条の罪が危険犯であると同時に目的犯であることを無視し、単なる危険犯と解
するものであつて採るを得ない。
 原判決引用の大正七年(れ)第四九二号同年五月二四日大審院判決(録二四輯六
一三頁)は、犯人等が堅硬な物体に投擲すれば爆発すべき擲弾二個を大隈重信を殺
害する目的を以つて、同人の乗つていた自動車に対して投擲し自動車に命中させた
が、投擲力が微弱だつたため爆発せず殺害の目的を達しなかつたという事案に関す
るものであつて、正に犯人が目標とした人の身体を害するおそれある状況の下にお
いて、爆発物を爆発すべき状態に置いた事案である。同判決は、右擲弾が爆発しな
かつたから、罰則一条の使用罪は成立しないとの上告論旨に答えて、「罰則第一条
ニ所謂爆発物ノ使用トハ同条所定ノ目的ヲ達スルカ為メニ爆発可能性ヲ有スル物件
ヲ爆発スヘキ状態ニ措クノ謂ニシテ現実ニ爆発スルコトヲ必要トセス故ニ原判決ニ
於テ被告等三名ハ下村馬太郎ヲシテ擲弾ヲ投擲セシメタルモ馬太郎ノ投擲カ微弱ナ
リシカ為メ爆発セサリシ事実ヲ認定シタルニ拘ハラス之ヲ罰則一条ニ所謂爆発物ヲ
使用セシメタル事実ニ該当スト為シ同条ニ依リ被告等ノ所為ヲ処断シタルハ違法ニ
非ス」(圏点筆者)と判示しているのであつて、原判決や多数意見の判示するよう
な、「爆発物の使用とは、一般的に治安を妨げ、または犯人以外の人の身体もしく
は財産を害するおそれのある状況下において爆発物を爆発すべき状態に置けば足り、
犯人の具体的目標とする人の身体もしくは財産を害する状況の下に置くことを要し
ない」などという趣旨を判示したものとは到底解せられない。したがつて原判決の
如く右大審院判決を引用して本件を律することはできない。
 さて本件は、原判決の判示するところによれば、「A会組員幹部Bが、C組々員
に殺害されたので、被告人D、同E、同F、同Gらは、Hと共謀のうえ、その報復
手段として、C組事務所の建物を損壊するとともに、C組々員を殺傷しようとする
目的をもつて、牛乳ビンに詰めたダイナマイトに点火してこれを同事務所に投げこ
もうと企て、Hの運転する乗用車に……乗りこみ、時速約一〇キロメートルで徐行
運転しながら、同事務所の東方約三七メートルの地点から導火線に点火しはじめた
が容易に芯薬に着火するに至らず、ようやく導火線が燃焼を開始した時には、同事
務所の前を通り過ぎ、約一〇メートル西方地点を西進中であつたので、被告人Fは、
『ついた、ついた』と叫びついで『バツク、バツク』と叫んでいるうちに、Hもま
ごついて同事務所から西方約一二四メートルの地点に来てしまい、附近にバスや市
電の停留所があり、数人の待合客が居るので、被告人Fは、あわててその人々の後
方にある空地に投げこもうとして車外に出ようとした途端に爆発し、右手の前膊部
を吹き飛ばされ失神した」というのであるから、被告人らには、人の身体財産を害
せんとする目的があつたこと、およびダイナマイトなる爆発物の導火線に点火し爆
発すべき状態を作出したことは、これを認め得るけれども、被告人らの加害目標と
したC組事務所の建物またはそこにいるC組々員の身体を害し得る状況の下におい
て爆発物を暴発すべき状能だ置くことはできなかつたものである。即ち被告人らは、
その目的達成の手段として爆発物を使用することはできなかつたのであつて、被告
人らの行為は正に罰則二条にいう「前条ノ目的ヲ以テ爆発物を使用セントスルノ際
発覚シタル」場合ニ該当するというべきである。「発覚」というので、爆発しない
うちに、爆発物使用の計画が発覚したことをいうが如くではあるが、特定の人を殺
傷する目的で、衝激により爆発する爆弾を携え目標の人のもとへ赴く途中取り落し
たため爆発を来たした場合の如きは、やはり「使用セントスルノ際発覚シタル」も
のと解すべきであろう。
 原判決は、また、前記判示に引きつゞき「本件ダイナマイトの導火線に点火完了
した地点においても、被告人らの本来の加害目標であるC組事務所を爆破しうる可
能性があつた」と判示している。しかし右点火は、被告人らが導火線に点火したダ
イナマイトをC組事務所に投げこむ準備としてなしたもので、未だ罰則一条にいう
使用を終つたものではなく、被告人Fは現に右事務所から西方に約一二四メートル
はなれた地点に至り、附近のバスや電車の待合客に危害の及ぶのをおそれ、これを
避けるため、その人々の後方にある空地に投げこもうとして車外に出ようとした途
端に爆発し自己の前膊部を吹き飛ばしたというのであるから、右爆発は、被告人ら
の目的達成の手段として生ぜしめられたものではないといわなければならない。し
たがつて、被告人らの導火線に点火した行為によつて現にバス・電車の待合客、そ
の他通行人の身体財産を害する危険性は発生していたとしても、被告人らの所為を
罰則一条にいう爆発物を使用したものということはできない。何となれば罰則一条
にいう使用とは、前にも述べたように同条所定の目的達成の手段として、爆発物を
爆発すべき状態に置くこと、すなわち使用することをいうのであり、特定の人を殺
害する目的で、ダイナマイトの導火線に点火し、放置すれば爆発する状態となつた
としても、犯人が非を悟り、急に傍にある海中または池中に投げ込んだような場合
にもなお罰則一条に該当するとはいえないと思うからである。このことは、罰則一
条が死刑または無期もしくは七年以上の懲役または禁錮という極めて重い刑を規定
していることからも、うかがわれるのである。本件の場合はたまたま人家の密集す
る市街地でのことであり、犯人の目標としない人の身体財産を害する危険は生じた
としても、犯人の加害目標とする人の身体財産を害せんとする目的(本件では治安
を妨げる目的は認定されていない)を達成するための手段としての爆発物の使用す
なわち罰則一条にいう使用はないといわなければならない。
 以上の理由により原判決は罰則一条の解釈適用を誤つた違法があり、右違法は原
判決に影響を及ぼすこと明らかで、且つこれを破棄しなければ著しく正義に反する
ものと認める。よつて本件は刑訴法四一一条一号により原判決を破棄し、同四一三
条但書に従い罰則二条を適用して自判すべきものと思料する。
 裁判官松田二郎は、裁判官岩田誠の右反対意見に同調する。
  昭和四二年二月二三日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    岩   田       誠
            裁判官    大   隅   健 一 郎

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