弁護士法人ITJ法律事務所

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         主    文
     原判決中、上告人の求償金請求に関し、第一審判決が一〇一四万〇五四
八円及びこれに対する平成七年八月三日から支払済みまで年五分の割合による金員
の支払請求を棄却した部分について控訴を棄却した部分を破棄する。
     前項の部分につき、本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
     上告人のその余の上告を棄却する。
     前項に関する上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人加藤豊の上告理由について
 一 本件は、被上告人の被用者との共同不法行為により他人に損害を加え、その
者との間の訴訟上の和解に基づき和解金を支払った上告人が、右被用者の負担部分
につき、使用者である被上告人に対し、求償金として一六〇〇万円及びこれに対す
る和解金支払の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を
求めた事案である。
 原審の確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
 1 被上告人は、自動車販売等を業とする会社であり、平成六年にD中部販売株
式会社を吸収合併した。同社は、E(旧姓F)を従業員として雇用し、自動車販売
に従事させていた。Eは、昭和六一年五月以降、同社のG営業所長の職にあった。
 2 上告人は、個人で又は平成元年一〇月に設立した株式会社Hの代表者として、
自動車販売業を営む者である。上告人は、株式会社Iとの間で「オートローン制度
取扱に関する契約」を締結し、顧客に自動車を販売するに当たり、代金の分割払を
希望する顧客からの申出により、顧客とIとの間のオートローン契約の締結を仲介
していた。
 3 Eは、販売実績を挙げたように見せかけるため、実際には販売されていない
自動車が販売されたと本社に報告し、新車登録をしていた。Eは、その代金の穴埋
めのために、オートローン契約を利用した仮装の自動車販売を企て、知人に仮装の
買主となることの承諾を得た上、上告人に仮装の買主のためにオートローン契約を
使うことを依頼し、その了承を得た。
 4 上告人は、昭和六三年四月二一日ころから平成元年一〇月二五日ころまでの
間、Eの依頼に応じ、Iと仮装の買主三三名との間の架空のオートローン契約の締
結を仲介し、これにより、Iは、売買代金合計三三〇三万八六八一円を上告人に立
替払した。上告人は、ほぼその全額をEに交付した。
 5 Eと上告人との右共同不法行為における責任割合は、六対四である。
 6 Iは、平成二年一月、上告人に対し、右オートローン制度取扱契約の債務不
履行に基づく損害賠償金三三〇三万八六八一円及びこれに対する訴状送達の日の翌
日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める別件訴訟を提起
した。
 7 Iと上告人は、平成七年一月二〇日、別件訴訟において、(1)上告人は、
Iに対し、上告人がEと共同してIに加えた損害につき、二〇〇〇万円の支払義務
があることを認める、(2)Iはその余の請求を放棄する、との内容の訴訟上の和
解(以下「本件和解」という。)をし、同日、上告人はIに和解金二〇〇〇万円を
支払った。
 二 原審は、右の事実関係の下において、次のとおり判断し、一八五万九四五二
円及びこれに対する支払催告の日の翌日である平成七年八月三日から支払済みまで
年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、上告人の求償金請求を認容
し、その余を棄却すべきものとした。
 1 Eの行為と上告人の行為は、Iに対する関係で共同不法行為を構成し、被上
告人も、Iに対し民法七一五条一項の使用者責任を負う。一方、上告人の行為は、
Iに対する右オートローン制度取扱契約の債務不履行をも構成し、上告人の不法行
為責任と債務不履行責任とは請求権競合の関係に立つ。したがって、上告人が債務
不履行責任を問われた別件訴訟における本件和解により支払った損害賠償金につい
ても、E及び被上告人に対する求償が認められるべきである。
 2 上告人がIに支払った損害賠償額がEと上告人との前記責任割合によって定
められる自己の負担部分を超えたものであるときは、上告人は、その超える部分に
つき、被上告人に対し求償権を行使することができる。
 3 Iの被った損害額は、少なくとも、別件訴訟において請求していた三三〇三
万八六八一円及びこれに対する平成二年二月一日から本件和解金支払時までの年六
分の割合による遅延損害金であり、その額は四二八八万八八三三円となる。そして、
そのうち不真正連帯関係にあるのは、年五分の割合で遅延損害金を計算した四一二
四万七一四一円である。
 4 したがって、右四一二四万七一四一円に対する上告人の負担部分(四割)は、
一六四九万八八五六円であり、これに不真正連帯関係にない遅延損害金一六四万一
六九二円を加えた合計一八一四万〇五四八円を超える一八五万九四五二円が、上告
人から被上告人に対して求償することができる金額である。
 5 そして、上告人と被上告人のIに対する責任は、各自の立場に応じて別個に
生じたもので、ただ同一の損害のてん補を目的とする限度で関連しているにすぎず、
右限度以上の関連性はないのであるから、Iが上告人に対し二〇〇〇万円を超える
損害賠償債権を放棄ないし免除したとしても、それが債権を満足させるものでない
以上、放棄ないし免除した部分を除いた現実の支払額のみを対象として求償金額の
範囲を定めるのは相当ではない。
 三 しかしながら、被上告人に対する求償金額の算定に関する原審の右判断は是
認することができない。その理由は、次のとおりである。
 1 甲と乙が共同の不法行為により他人に損害を加えた場合において、甲が乙と
の責任割合に従って定められるべき自己の負担部分を超えて被害者に損害を賠償し
たときは、甲は、乙の負担部分について求償することができる(最高裁昭和六〇年
(オ)第一一四五号同六三年七月一日第二小法廷判決・民集四二巻六号四五一頁、
最高裁昭和六三年(オ)第一三八三号、平成三年(オ)第一三七七号同年一〇月二
五日第二小法廷判決・民集四五巻七号一一七三頁参照)。
 2 この場合、甲と乙が負担する損害賠償債務は、いわゆる不真正連帯債務であ
るから、甲と被害者との間で訴訟上の和解が成立し、請求額の一部につき和解金が
支払われるとともに、和解調書中に「被害者はその余の請求を放棄する」旨の条項
が設けられ、被害者が甲に対し残債務を免除したと解し得るときでも、連帯債務に
おける免除の絶対的効力を定めた民法四三七条の規定は適用されず、乙に対して当
然に免除の効力が及ぶものではない(最高裁昭和四三年(オ)第四三一号同四八年
二月一六日第二小法廷判決・民集二七巻一号九九頁、最高裁平成四年(オ)第一八
一四号同六年一一月二四日第一小法廷判決・裁判集民事一七三号四三一頁参照)。
 しかし、被害者が、右訴訟上の和解に際し、乙の残債務をも免除する意思を有し
ていると認められるときは、乙に対しても残債務の免除の効力が及ぶものというべ
きである。そして、この場合には、乙はもはや被害者から残債務を訴求される可能
性はないのであるから、甲の乙に対する求償金額は、確定した損害額である右訴訟
上の和解における甲の支払額を基準とし、双方の責任割合に従いその負担部分を定
めて、これを算定するのが相当であると解される。
 3 以上の理は、本件のように、被用者(E)がその使用者(被上告人)の事業
の執行につき第三者(上告人)との共同の不法行為により他人に損害を加えた場合
において、右第三者が、自己と被用者との責任割合に従って定められるべき自己の
負担部分を超えて被害者に損害を賠償し、被用者の負担部分について使用者に対し
求償する場合においても異なるところはない(前掲昭和六三年七月一日第二小法廷
判決参照)。
 4 これを本件について見ると、本件和解調書の記載からはIの意思は明確では
ないものの、記録によれば、Iは、被上告人に対して裁判上又は裁判外で残債務の
履行を請求した形跡もなく(ちなみに、本件和解時においては、既に右残債権につ
いて消滅時効期間が経過していた。)、かえって、上告人が被上告人に対してEの
負担部分につき求償金の支払を求める本件訴訟の提起に協力する姿勢を示していた
等の事情がうかがわれないではない。そうすると、Iとしては、本件和解により被
上告人との関係も含めて全面的に紛争の解決を図る意向であり、本件和解において
被上告人の残債務をも免除する意思を有していたと解する余地が十分にある。した
がって、本件和解に際し、Iが被上告人に対しても残債務を免除する意思を有して
いたか否かについて審理判断することなく、上告人の被上告人に対する求償金額を
算定した原審の判断には、法令の解釈適用の誤り、審理不尽の違法があるというべ
きである。
 5 そして、仮に、本件和解における上告人の支払額二〇〇〇万円を基準とし、
原審の確定した前記責任割合に基づき算定した場合には、本件共同不法行為におけ
る上告人の負担部分は八〇〇万円となる。したがって、上告人は被上告人に対し、
その支払額のうち一二〇〇万円の求償をすることができ、右の違法はこの範囲で原
判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由がある(
なお、上告人は、当審において、不服申立ての範囲を一二〇〇万円の求償金請求に
関する部分に限定している。)。
 四 以上によれば、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決中、
本判決主文第一項掲記の部分は破棄を免れず、右部分については更に審理を尽くさ
せる必要があるので、これを原審に差し戻すこととし、また、遅延損害金の起算点
に関する原審の判断は正当として是認することができるから、上告人のその余の上
告を棄却することとする。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    藤   井   正   雄
            裁判官    小   野   幹   雄
            裁判官    遠   藤   光   男
            裁判官    井   嶋   一   友
            裁判官    大   出   峻   郎

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