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平成29年3月23日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成27年(ワ)第22521号商標権侵害差止等請求事件(以下「甲事件」という。)
平成28年(ワ)9187号商標権侵害差止等請求事件(以下「乙事件」とい
う。)
口頭弁論の終結の日平成29年2月16日
判決
当事者の表示別紙当事者目録記載のとおり
主文
1被告法人は,原告Aに対し,844万0388円及
びこれに対する平成28年4月2日から支払済みま
で年5分の割合による金員を支払え。
2被告法人は,原告会社に対し,200万円及びこれ
に対する平成28年4月2日から支払済みまで年5
分の割合による金員を支払え。
3原告らの被告法人に対するその余の請求及び被告
Bに対する請求をいずれも棄却する。
4訴訟費用は,甲事件・乙事件を通じこれを4分し,
その1を被告法人の負担とし,その余を原告らの負担
とする。
5この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行す
ることができる。
事実及び理由
第1請求
1被告らは,別紙道場目録記載の道場に係る建物(以下「本件各建物」とい
う。)の看板,建物ドア,表示板に別紙被告標章目録記載の各標章(以下,順
に「本件標章1」,「本件標章2-1」のようにいい,これらを併せて「本件
各標章」という。)を付してはならない。
2被告らは,空手の教授を受ける者の利用に供する道着に本件各標章を付し
てはならない。
3被告らは,別紙被告ウェブサイト目録記載のウェブサイト(以下「本件ウ
ェブサイト」という。)に本件各標章を付してはならない。
4被告らは,原告Aに対し,連帯して1200万円及びこれに対する平成2
8年4月2日(共同不法行為の開始後の日である乙事件の訴状送達日の翌日)
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5被告らは,原告会社に対し,連帯して225万円及びこれに対する平成2
8年4月2日(共同不法行為の開始後の日である乙事件の訴状送達日の翌日)
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1事案の要旨
本件は,別紙商標目録記載1~3の各登録商標(以下,順に「本件商標1」
~「本件商標3」といい,これらに係る各商標権を順に「本件商標権1」~
「本件商標権3」という。)の商標権者である原告A及び別紙商標目録記載4
~6の各登録商標(以下,順に「本件商標4」~「本件商標6」といい,こ
れらに係る各商標権を順に「本件商標権4」~「本件商標権6」という。ま
た,本件商標1~6を併せて「本件各商標」といい,本件各商標に係る商標
権を併せて「本件各商標権」という。)の商標権者である原告会社が,被告ら
に対し,以下の各請求をする事案である。
(1)原告Aが,被告らに対し,被告らが,本件商標1~3に類似する本件標
章1,同2-1,同2-2,同3を,①本件各建物の看板,建物ドア,表
示板等に使用する行為及び②空手の教授を受ける者の利用に供する道着に
付して空手教授を行う行為並びに③本件ウェブサイトに付す行為が,いず
れも原告Aの有する本件商標権1~3を侵害すると主張して,被告らに対
し,商標法(以下「法」という。)36条1項に基づき,本件標章1,同2
-1,同2-2,同3の各使用の差止めを求める。(前記第1の1~3)
(2)原告会社が,被告らに対し,被告らが,本件商標4~6に類似する本件
標章4-1,同4-2,同5,同6を,①本件建物の看板,建物ドア,表
示板等に使用する行為,②空手の教授を受ける者の利用に供する道着に付
して空手教授を行う行為及び③本件ウェブサイトに付す行為が,いずれも
原告会社の有する本件商標権4~6を侵害すると主張して被告らに対し,
法36条1項に基づき,本件標章4-1,同4-2,同5,同6の各使用
の差止めを求める。(前記第1の1~3)
(3)原告Aが,被告らに対し,被告らの上記(1)の行為が原告Aの有する本
件商標権1~3を侵害する共同不法行為に当たると主張し,民法709条
及び法38条2項に基づき,損害賠償金1200万円及びこれに対する被
告らに対する最終の訴状送達の日(乙事件の訴状送達日)の翌日から支払
済みまで年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。(前記第1の
4)
(4)原告会社が,被告らに対し,被告らの上記(2)の行為が原告会社の有す
る本件商標権4~6を侵害する共同不法行為に当たると主張し,民法70
9条及び法38条3項に基づき,損害賠償金225万円及びこれに対する
被告らに対する最終の訴状送達の日(乙事件の訴状送達日)の翌日から支
払済みまで年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。(前記第1
の5)
2前提事実(当事者間に争いのない事実並びに各項末尾掲記の証拠及び弁論
の全趣旨により認められる事実)
(1)当事者
ア原告Aは,国際空手道連盟極真会館(以下「極真会館」という。)を設
立したC(平成6年4月26日死亡。以下「C」という。)の子であり,
「国際空手道連盟極真会館」,「国際空手道連盟極真会館総本部」及び「国
際空手道連盟極真会館宗家」等(以下,これらを「宗家」ということが
ある。)の名称を用いて空手教授等の活動を行っている。(甲8,乙11
7,弁論の全趣旨)
イ原告会社は,スポーツ,芸能の興行及び出演,空手道場の経営等を目
的とする株式会社(特例有限会社)であり,その代表取締役は原告Aで
ある。(弁論の全趣旨)
ウ被告法人は,Cが提唱した極真精神を礎とし,日本の伝統文化である
武道空手を通した青少年の健全な精神と身体の育成等を目的とする教室
の運営等を業とする特定非営利活動法人(NPO法人)であり,被告B
はその唯一の理事である。(弁論の全趣旨)
(2)極真会館の設立及び分派後の経緯等
アCは,フルコンタクトルール(直接打撃制ルール)を特徴とする空手
として極真空手を創始し,昭和39年,東京に総本部を置く極真会館を
設立し,その館長ないし総裁と呼称されるようになった。(乙123)
イ極真会館は,Cが死亡した平成6年4月26日の時点において,日本
国内に,総本部,関西本部のほか,55の支部,550の道場を有し,そ
の会員数は約50万人に上っていたが,Cの死後,極真空手を教授する
多数の団体に分派した。
本件各標章は,遅くとも同日時点までに,国内外において,空手及び
格闘技に関心を有する者らの間で,極真会館又はその活動を表す標章と
して広く認識されていた。なお,Cは生前,本件各標章を含めた極真会
館を示す標章(以下「極真関連標章」という。)につき,商標登録出願を
していなかった。(乙65,123)
ウ被告Bは,平成18年9月1日,原告Aを代表者とする「国際空手道
連盟極真会館総本部」(宗家)との間で,被告Bを「福島県支部」の支部
長とし,被告Bが宗家の本部に対して種々の義務を負う旨の「誓約書(規
約)国内支部規約書」(以下「本件規約」といい,本件規約に基づく
契約を「本件支部契約」という。)を取り交わした。(甲8)
被告Bは,従前,福島県内において,空手教授等を目的とする複数の
空手道場(以下「被告ら道場」という。)を運営し,平成20年11月1
4日に被告法人が設立された後は被告法人が被告ら道場を運営している
(弁論の全趣旨。なお,被告法人の設立後においても被告Bが被告法人
と共に道場を運営しているかについては,後記4(1)のとおり,当事者間
に争いがある)。
エ原告らは,平成29年2月7日時点において,日本国内において,総
本部のほか,4か所の国内道場(支部)を運営し,極真空手の教授等を
行っている。(乙117)
(3)原告らの有する商標権
ア原告Aの有する商標権
原告Aは,次の(ア)~(ウ)の各商標権(本件商標権1~3)を有して
いる。
(ア)本件商標権1
登録番号第5207705号
出願日平成16年10月15日
登録日平成21年2月27日
登録商標別紙商標目録記載1のとおり
商品及び役務の区分・指定商品第25類被服,空手衣
商品及び役務の区分・指定役務第41類空手の教授,空手の興行の企画・運営又は開催
(イ)本件商標権2
登録番号第5207706号
出願日平成16年10月15日
登録日平成21年2月27日
登録商標別紙商標目録記載2のとおり
商品及び役務の区分・指定商品第25類被服,空手衣
商品及び役務の区分・指定役務第41類空手の教授,空手の興行の企画・運営又は開催
(ウ)本件商標権3
登録番号第5284760号
出願日平成16年10月15日
登録日平成21年12月4日
登録商標別紙商標目録記載3のとおり
商品及び役務の区分・指定商品第25類被服,空手衣
商品及び役務の区分・指定役務第41類空手の教授,空手の興行の企画・運営又は開催
イ原告会社の有する商標権
原告会社は,次の(ア)~(ウ)の各商標権(本件商標権4~6)を有し
ている。
(ア)本件商標権4
登録番号第5362507号
出願日平成15年7月17日
登録日平成22年10月22日
登録商標別紙商標目録記載4のとおり
商品及び役務の区分・指定役務第41類空手の教授,空手の興行の企画・運営又は開催
(平成23年2月10日付けで原告Aから原告会社に商標権移転)
(イ)本件商標権5
登録番号第5490938号
出願日平成15年7月17日
登録日平成24年5月11日
登録商標別紙商標目録記載5のとおり
商品及び役務の区分・指定商品第25類被服,空手衣
(ウ)本件商標権6
登録番号第5551479号
出願日平成24年6月6日
登録日平成25年1月25日
登録商標別紙商標目録記載6のとおり
商品及び役務の区分・指定商品第25類被服,空手衣
商品及び役務の区分・指定役務第41類空手の教授,空手の興行の企画・運営又は開催
(4)被告法人の行為
被告法人は,次のとおり,本件各標章を業として使用している(なお,
後記3(1)及び4(1)のとおり,被告法人に加えて被告Bが本件各標章を使
用しているかについては当事者間に争いがある。)。
ア空手の教授等
(ア)被告法人は,平成21年2月以降,本件道場の建物の看板,建物
ドア,表示板等に本件標章1,同2-1,同2-2,同3,同4-1,
同4-2を使用している。
(イ)被告法人は,平成21年2月以降,その運営する本件道場におい
て,空手の教授を受ける者の利用に供する道着に本件標章5を使用し
ている。
(ウ)被告法人は,平成21年2月以降,本件道場において,本件標章
1,同2-1,同2-2,同4-1,同4-2記載の標章を付したワ
ッペン,シール,ステッカー等を販売してこれらの各標章を使用して
いる(甲10の写真26,28)。
(エ)被告法人は,平成21年2月以降,その管理するウェブサイト(本
件ウェブサイト)に本件標章1,同2-2,同3,同4-1,同4-
2,同5を付して使用している。
イ空手の興業の企画・運営又は開催
被告法人は,平成26年に,福島県内で第10回オープントーナメン
ト全福島空手道選手権大会を開催し,同大会において,本件標章1,同
2-1,同2-2,同3,同5を使用した横断幕,旗,道着,Tシャツ,
賞状トロフィー等を用い,また,本件標章1,同2-2,同3,同4-
1,同4-2,同5,同6を付したTシャツ,タオル,バッグ,ワッペ
ン,シール,ステッカー等を販売した。(甲11)
(5)本件各商標と本件各標章の類似
ア本件標章1は,本件商標1に類似する。
イ本件標章2-1及び同2-2は,いずれも本件商標2に類似する。
ウ本件標章3は,本件商標3に類似する。
エ本件標章4-1及び同4-2は,いずれも本件商標4に類似する。
オ本件標章5は,本件商標5に類似する。
カ本件標章6は,本件商標6に類似する。
(6)本件商標の指定商品ないし指定役務と被告ら道場における行為等
被告ら道場における空手の教授(上記(4)ア)は,本件商標1~4及び6
の指定役務である第41類「空手の教授」に当たり,第10回オープント
ーナメント全福島空手道選手権大会の開催(上記(4)イ)は,本件商標1~
4及び6の指定役務である第41類「空手の興業の企画・運営又は開催」に
当たる。また,本件各標章を付した道着及びTシャツは,いずれも,本件
商標1~3,5及び6の指定商品である第25類「被服,空手衣」に当た
る。
⑺消滅時効の援用
被告らは,平成28年10月27日,原告らの損害賠償請求債権のうち,
被告Bについては,平成24年8月9日(被告Bに対する訴え提起日の3
年前の日の前日)までの本件各標章の使用に係る分につき,被告法人につ
いては,平成25年3月21日(被告法人に対する訴え提起日の3年前の
日の前日)までの本件各標章の使用に係る分につき,それぞれ消滅時効を
援用した。(第8回弁論準備手続調書及び第11回各弁論準備手続調書の各
記載)
⑻本件各訴えの提起
原告らは,平成27年8月10日に被告Bに対する訴え(甲事件)を,
平成28年3月22日に被告法人に対する訴え(乙事件)を,それぞれ当
裁判所に提起した。
3争点
(1)被告Bが本件各標章を使用しているか(争点1)
(2)本件各商標の商標登録に無効理由があるか(争点2)
(3)法26条1項1号の抗弁の成否(争点3)
(4)本件各商標に係る被告Bの先使用権の成否(争点4)
(5)権利濫用の抗弁の成否(争点5)
(6)非商標的使用の抗弁の成否(争点6)
⑺消滅時効の抗弁の成否(争点7)
⑻原告らの損害額(争点8)
4争点に関する当事者の主張
(1)争点1(被告Bが本件各標章を使用しているか)について
[原告らの主張]
被告Bは,被告法人と共同で運営する被告ら道場において本件各標章を
使用しており,被告らの行為は,本件各商標権侵害の共同不法行為に当た
る(なお,原告らは当初,本件各商標権を侵害する不法行為を行っている
のは被告Bであり,被告法人は特定非営利活動促進法8条,一般社団法人
及び一般財団法人に関する法律78条によって被告Bと連帯して責任を負
うと主張していたが(第1準備書面),その後,上記のとおり,被告法人及
び被告Bが共同で営む被告ら道場において本件各標章を使用して本件各商
標権侵害の共同不法行為を行っているとの主張をするに至った(乙事件の
訴状,第4回弁論準備手続期日及び第10回弁論準備手続期日における原
告らの各陳述)。)。
[被告Bの主張]
被告ら道場の運営主体は被告法人であり,被告Bは,被告法人の理事と
して被告ら道場での空手指導等に従事しているにすぎない。したがって,
被告Bは被告ら道場の運営主体ではなく,本件各標章を使用していない。
(2)争点2(本件各商標の商標登録に無効理由があるか)について
[被告らの主張]
本件各商標の商標登録には,いずれも以下のとおり無効理由がある。
ア法3条1項6号に該当すること
本件商標3に係る「極真会館」は,Cが創設した「極真会館」を想起さ
せるものとして,現在,多数の事業者がこれを使用して相互に独立して
空手道の教授等を行っており,本件商標3の登録時において,これらの
事業者を統合する主体は存在しなかった。また,これらの多数の事業者
が,それぞれ雑誌や新聞等のメディアに取りあげられ,「極真会館」を名
乗る事業者が多数存在することは需要者にとっても公知であった。
このような状況下においては,需要者の関心は「極真会館」の中のどの
会派かという点にあり,本件商標3のみでは出所表示機能が果たされて
いるとはいえない。この点,法3条1項6号に関する商標審査基準にお
いても,「特定の役務について多数使用されている店名(第3条第1項第
4号に該当するものを除く。)は,本号の規定に該当するものとする。」
とされており,本件各商標も,アルコール飲料,茶,コーヒー等を主と
する飲食物の提供等について用いられる「愛」,「純」,「ゆき」,「蘭」等
(商標審査基準第1の八の9参照)と同様,特定の役務について多数使
用されている。
このように,本件商標3は空手の教授等という特定の役務に関して多
数使用されている名称であり,本件商標1,2,4~6は極真会館又は極
真会館において実践されている極真空手を想起させるものであって,い
ずれも,需要者において何人の営業に係る役務であるかを認識すること
はできない。したがって,本件各商標は,需要者が何人かの業務に係る商
品又は役務であることを認識することができない商標(法3条1項6号)
に当たる。
イ法4条1項7号に該当すること
Cの死後,「極真会館」は分裂を繰り返し,本件各商標の出願時点に
おいて,多数の独立した事業者が,それぞれ「極真会館」を名乗って活
動している状況にあり,このような「極真会館」のブランド価値は,C
及びCの生前からの支部長らに総有的に帰属していた。原告らは,この
ことを十分に認識した上で,他の事業者の活動を妨害し,使用料名目等
で金銭を請求するという不正の目的で本件各商標の登録出願をしたので
あるから,本件各商標は,いずれも,公の秩序又は善良の風俗を害する
おそれがある商標(法4条1項7号)に当たる。
ウ法4条1項8号,10号,19号に該当すること
(ア)本件商標3は,原告らから見て「他人」である極真会館の名称を
含むから,他人の名称を含む商標(法4条1項8号)に当たり,本件
商標1,2,4~6は,原告らから見て「他人」である極真会館の役
務を表示するものであるから,他人の業務に係る役務を表示するもの
として需要者の間に広く認識されている商標であって,その役務につ
いて使用するもの(同項10号)に当たる。
(イ)原告らが本件各商標の登録出願を行った平成15年から平成16
年において,原告Aを含むグループは,G(以下「G」という。)との
間で極真会館の後継を巡って紛争状態にあった。本件各商標は,いず
れも,原告らが,自らの立場を有利にする目的又は対立する派閥を抑
圧する目的で出願したものであり,実際に,原告らは,本件各商標権
に基づき,他の派閥に対して差止請求や金銭請求を繰り返している。
そうすると,本件各商標の商標登録は不正の目的でなされたというほ
かなく,本件各商標は,他人の業務に係る役務を表示するものとして
日本国内における需要者の間に広く認識されている商標と同一の商標
であって,不正の目的をもって使用するもの(法4条1項19号)に
当たる。
エ法4条1項15号に該当すること
本件各商標は,いずれも,Cをはじめとした極真会館構成員の役務に
係る表示であるから,Cの生前には「極真会館」と関わりがなかった原
告らにとっては,他人の業務に係る役務と混同を生ずるおそれがある商
標(法4条1項15号)に当たる。
[原告らの主張]
本件各商標の商標登録には,以下のとおり,被告らが主張する無効理由
はいずれも存在しない。
ア法3条1項6号に当たらないこと
商標の自他識別性の判断は,需要者の通常の注意力において行うべき
である。そして,需要者は,Cが創始・創設した極真空手又は極真会館
に係る商品又は役務であるか,それ以外に係る商品又は役務であるかに
着目するところ,極真関連標章は明らかにCが創始・創設した極真空手
又は極真会館に結びつくから,需要者の通常の注意力をもって,Cが創
始・創設した極真空手又は極真会館に係る商品又は役務であるか,それ
以外に係る商品又は役務であるかを判断することができる。このことは,
極真関連標章を付した商品又は役務が多数存在することによっても,左
右されるものではない。
したがって,本件各商標は自他識別性を欠くものとはいえず,法3条
1項6号に当たらない。
イ法4条1項7号に当たらないこと
本件各商標は,その構成自体が社会的妥当性を欠くものでない。また,
原告らによる本件各商標の登録出願は,被告らが主張するような目的,
すなわち,対立する他の会派の活動を妨害したり使用料名目等で金銭を
請求したりするという目的でされたものではない。原告Aは,極真関連
標章の主体たる地位を相続によって承継した者として,Cの遺族と国内
外の支部長らによって組織される極真会館を代表して,本件各商標の出
願を行った者で,出願経緯にも社会的妥当性を欠くところはない。
したがって,本件各商標は,いずれも,公の秩序又は善良の風俗を害
するおそれがある商標(法4条1項7号)に当たらない。
ウ法4条1項8号,10号,19号に当たらないこと
(ア)本件各商標は,いずれも,Cが創始した極真空手又は極真会館と
上記極真会館を引き継ぐ宗家又は原告らを示すものであるから,他人
の名称,略称等を含む商標(同条1項8号)にも,他人の業務に係る
役務を表示するもの(同項10号)にも当たらない。
(イ)本件各商標は,上記(ア)のとおり,いずれも,他人の業務に係る役
務を表示するものではない。また,原告らは,Cの教えや極真空手の
精神の伝承のために行う活動の一環として本件各商標の登録出願をし
たのであって,不正の目的はない。したがって,本件各商標は,いず
れも,他人の業務に係る役務を表示するものとして日本国内における
需要者の間に広く認識されている商標と同一の商標であって,不正の
目的をもって使用するもの(法4条1項19号)に当たらない。
エ法4条1項15号に当たらないこと
上記ウ(ア)のとおり,本件各商標の示す出所は,宗家又は原告らであ
るから,本件各商標について,他人の業務に係る商品又は役務との混同
を生じるおそれはない。したがって,本件各商標は,いずれも,他人の
業務に係る役務と混同を生ずるおそれがある商標(法4条1項15号)
に当たらない。
(3)争点3(法26条1項1号の抗弁の成否)について
[被告らの主張]
被告ら道場は,一般社団法人国際空手道連盟極真会館世界総極真(以
下「総極真」という。)に加盟する道場である。そして,総極真は,極真
会館の古参の高弟であるD(以下「D」という。)及びE(以下「E」
といい,DとEを併せて「Dら」という。)によって設立され,設立か
ら現在に至るまで極真関連標章を使用して空手教授及び大会開催など
を行っている極真会館の会派の一つであって,共通の目的の下に一体と
して経済活動を行うという意味で,フランチャイズ契約により結合した企
業グループ集団を形成している。したがって,被告ら道場が総極真の加盟
グループであることを正確に表示するためには,極真関連標章である本件
各標章を表示することが欠かせない。
このように本件各標章は,被告ら道場を運営する被告法人にとって,需
要者に対し,総極真グループという経済主体の同一性を認識させる機能を
発揮させるものであるから,自己の名称又は著名な略称に該当するし,極
真会館及び総極真において普通に用いられる方法でこれを表示するもので
あるから,法26条1項1号により,本件各商標権の禁止的効力は,本件
各標章には及ばない。
[原告らの主張]
被告法人と総極真との契約関係は不明であり,被告法人が総極真のフ
ランチャイジーに類するものであるとはいえない。仮にそのような関係
にあったとしても,本件各標章は,総極真というグループの名称ではな
いし,その著名な略称でもない。
したがって,本件各標章は,自己の名称又はその著名な略称に該当せず,
法26条1項1号によって本件各商標権の効力が本件各標章に及ばないも
のではない。
(4)争点4(本件各商標に係る被告Bの先使用権の成否)について
[被告らの主張]
被告ら道場は,極真会館の支部長であったF(以下「F」という。)の
認可を得て平成9年1月に設立され,空手演武会や武道教室などの活動に
より,メディアに多数取り上げられていた。また,被告Bは,極真空手の
大会運営への協力や遠征指導などによって,極真会館関係者の間で一定の
知名度を有しており,本件各商標に係る登録出願のうち最も早い登録出願
がされた平成15年の時点において,既に,常設の被告ら道場2か所を運
営し,その道場生も200名を超えていた。
被告法人は,このような被告Bの個人事業として行ってきた被告ら道場
が法人成りしたものであり,個人事業時代と変わらず継続した活動を行っ
ている。したがって,被告法人には,自己の業務に係る役務に関し,本件
各商標の先使用権(法32条)が認められる。
[原告らの主張]
被告らの主張する被告ら道場又は被告Bの状況をもって,本件各商標に
係る登録出願の時点において,本件各商標が被告らの役務を表示するもの
として需要者の間に広く認識されていたということはできない。また,被
告Bは,Fの許可を得て極真会館を名乗っていた時期があるが,そのよう
な極真関連標章の使用は,あくまでもFの門下生としての使用であって,
被告Bにとって,自己の役務を表示するものとはいえない。仮に被告Bに
本件各商標の先使用権が認められるとしても,被告Bとは別の権利義務主
体である被告法人について本件各商標の先使用権が認められることにはな
らない。
(5)争点5(権利濫用の抗弁の成否)について
[被告らの主張]
以下の事情に鑑みれば,原告らが,本件各商標権に基づき,被告らに本
件各標章の使用の差止め等を求めることは,権利の濫用として許されな
い。
ア本件各商標に係る標章は,いずれも極真会館がCの生前から使用して
きた名称・表示に係る標章であり,遅くともCが死亡した平成6年4月
の時点において,少なくとも空手及び格闘技に興味を持つ者の間で,「極
真会館」又は「極真空手」を表す標章として広く認識されていた。また,
Cの死後においても,極真会館の当時の支部長らが本件各標章を含む極
真関連標章を使用して空手の教授等を行ってきた結果,需要者は,本件
各商標に係る標章について,極真会館又はそれを受け継いだ団体又は組
織を表示する標章であると認識し,極真会館のうちのいずれかの一派を
示す標章であるとは認識していない。
イ支部長をはじめとする極真会館所属の道場主らは,Cの生前,道場運
営や大会開催において,極真関連標章を,Cや総本部の許可を得ること
なく自由に使用しており,Cや当時の極真会館の総本部がその使用を禁
じたことはなかった。C自身,死亡する約2年前に出版された自著にお
いて,「他の組織が無断で使用しない限り,IKO(判決注:国際空手
道連盟の略称)傘下にある極真会館支部道場がこれを使用するのは自由
であり,支部を認可するに際しての手続きさえしっかりしていれば,“マ
ークの使用”について総本部は何らこれに規制を加えるようなことはな
い。」と述べている。
ウ本件各商標に係る標章がCの率いる「極真会館」ないし「極真空手」
を表す標章として広く認識されるに至ったのは,Cの生前において,C
や極真会館に属する支部長らの各構成員が,極真会館の名称の下,極真
空手の教授や地方大会の開催など長年にわたる活動を行ったことによる。
また,Cの死後も,本件各商標に係る標章は,あくまでCの率いる極真
会館又はその活動を表すものとして需要者の間に広く知られており,そ
の周知性・著名性の形成に支部長らの各構成員が寄与している状況に変
わりはない。
このように,極真関連標章に係る権利は,Cの生前,C個人ではなく
極真会館という任意団体(権利能力なき社団)に実質的に帰属していた
ものであり,Cが後継者を指名することなく死亡し,極真会館が各派に
分裂した現在,上記権利は,Cの生前における極真会館の支部長ら構成
員全体に総有的に帰属している。
エ原告Aは,極真会館に係る権利義務を相続によって包括的に承継した
旨主張するが,①本件各商標に係る標章が,極真会館等を示す標章とし
てCの生前より需要者に広く知られていたこと,②本件各商標がCの生
前に登録されておらず,Cが死亡した時点では本件各商標権が存在して
いなかったこと,③Cの極真会館内部における地位が,全構成員の信託
に基づく一身専属的な特殊な地位であることなどからすれば,極真会館
に係る権利義務が当然に相続の対象となるものとはいえない。極真関連
標章に係る権利が,上記のとおり,本来,極真会館に属していた支部長
ら構成員全員に総有的に帰属していることに照らせば,原告らは,極真
会館の構成員全員のために本件各商標権の管理を代行しているにすぎな
いというべきである。
また,原告らは,Cの生前においては極真会館及び極真空手に全く関
わっておらず,宗家として道場の運営を始めたのは,平成15年ないし
16年ころからであるし,現時点で総本部を含めてわずか5か所の国内
道場で小規模な活動を行っているにすぎず,極真関連標章の著名性・周
知性や極真空手の普及発展に格別の貢献をしていない。
オ被告Bは,昭和55年に極真会館の福島県支部に入門した後,昭和5
8年からは同支部須賀川道場の責任者として極真空手の指導に当たって
きた。被告Bは,Cの死後,平成9年1月に,極真会館の元福島支部長
であったFが運営する「F道場」から認可を得てF道場の矢吹支部(翌
年に福島県南支部と改称)を開設し,複数の道場を開設するなどした後,
平成16年2月にはF道場から独立して東日本極真連合会に加盟し,被
告ら道場について「極真会館福島県南本部門馬道場」の,同年6月から
は「極真会館福島県本部門馬道場」の各名称を用いるようになった。
被告Bは,平成18年9月,原告Aが運営する宗家との間で本件支部
契約を締結して宗家に加盟したが,平成21年2月に宗家を脱退し,平
成24年11月26日には総極真に加盟して総極真から極真関連標章の
使用許諾を受けた。その結果,被告ら道場は総極真の道場となったから,
被告ら道場を運営する被告法人に対する請求は,極真関連標章の著名性
獲得に寄与したDらと同視されるべき総極真に対する請求と同義である。
なお,現時点において,被告ら道場は道場数20余り,会員数800余
りの規模を誇っている。
カ被告Bは,上記オのとおり,被告Aの運営する宗家との間で本件支部
契約を締結したが,本件支部契約の契約期間は,平成18年9月~平成
20年12月までのわずか28か月にすぎない。被告Bが宗家に加盟し
たのは,Cの遺族である原告Aを助けたいとの純粋な思いからであり,
宗家加盟後も東日本極真連合に籍を残している。なお,本件支部契約の
締結主体は被告Bであって被告法人ではなく,また,被告Bが宗家に加
盟していた期間中,原告らはまだ本件各商標の商標権者ではなかった。
さらに,本件支部契約が失効したのは,専ら原告A側の事情によるもの
であり,被告Bは,本件支部契約の失効後も宗家との再契約のために努
力したから,宗家を脱退したことについての帰責性はない。
そもそも,被告ら道場は福島県内にのみ存在するのに対し,原告らの
道場は福島県内にはなく,原告らと被告らは競合関係にない。それにも
かかわらず,原告らは,被告らに対する逆恨みや感情的ないさかいから,
殊更に被告らを狙い撃ちして本件各標章の使用差止めを求めるもので,
およそ正当な商標権の行使とはいい難い。他方,仮に総極真の加盟道場
かつ中心メンバーである被告ら道場について,極真関連標章である本件
各標章を使用できない事態となれば,総極真の組織としての存続が危う
くなり,無用の混乱を招くことになる。
[原告らの主張]
ア未登録の商標を使用し得る地位も財産権の一つであり,財産権である
以上,原則として相続の対象になる。極真会館の権利主体はCであった
から,Cに帰属していた極真関連標章を使用し得る地位は,相続によっ
て,最終的にCの子である原告Aが承継し,その後,原告A及び同人が
代表者を務める原告会社が本件各商標権を取得した。
イ極真関連標章の周知性・著名性の維持,獲得及び拡大への寄与は,C
又はCの個人事業としての性質の濃い極真会館に帰属すべきものである
が,仮に,極真会館の支部長らが,Cの生前から極真空手・極真会館の
周知性や著名性獲得に一部寄与してきたことを前提にしても,以下のよ
うな事情からすれば,被告Bについては,極真会館の他の支部長らと異
なり,Cの生前から極真空手・極真会館の周知性・著名性に貢献してき
た者とは認められない。
(ア)被告Bは,極真空手の指導者としてCの認可を受けておらず,そ
の技術についても大会で優勝したなどの実績は一切ない。
(イ)被告Bは,Cの生前は,単にF道場の門下生又は極真会館とは無
関係の道場の道場主であったにすぎない。
(ウ)被告Bは,Cの死後,Fの認可を得て「矢吹支部」を開設し,さら
に平成16年には同人から福島県南支部を買い受けて「極真会館福
島県南本部門馬道場」としての活動を始めたと主張するが,Fには,
極真会館の名を冠した道場を売却する権利はない。さらに,被告Bは,
Fから破門されている。
(エ)仮に総極真の構成員であるDらについては,極真関連標章の周知
性・著名性の確立に貢献したと認められるとしても,総極真の加盟道
場である被告B又は被告法人について同様の功績があるとは認められ
ない。
ウ上記イのとおり,被告Bは,C存命中から極真関連標章の周知性・著
名性の形成等に寄与してきたわけではなく,宗家との間の本件支部契約
によって本件各標章の使用が許諾されたにすぎない。したがって,本件
支部契約が失効した後は,被告らによる本件各標章の使用は許されない。
さらに,被告らは,極真会館の会派の一つである総極真に加盟し,総
極真から極真関連商標の許諾を受けたと主張する。しかしながら,総極
真は本件各商標権の商標権者ではないから,被告らに対して本件各商標
の使用を許諾できる立場にない。仮に原告らの総極真に対する本件商標
権に基づく権利の行使が権利の濫用として許されないとしても,直ちに
総極真が本件各商標権の商標権者となるわけではないから,フランチャ
イズ契約やライセンス契約で第三者に本件商標権の使用を許諾するなど
不可能である。
(6)争点6(非商標的使用の抗弁の成否)について
[被告らの主張]
本件各商標に係る標章は多くの事業者に使用されており,出所識別機能
を発揮していない。被告ら道場の使用する表示のうち需要者が着目するの
は,本件各標章ではなく「総極真」の部分であるから,本件各標章は,需要
者が何人かの業務に係る役務であることを認識することができる態様によ
り使用されていない商標(法26条1項6号)であって,非商標的使用であ
る。
[原告らの主張]
需要者が着目するのは,Cが創始した極真空手及び極真会館であるか,
それ以外であるかという点である。本件各商標は,上記(2)[原告らの主張]
アのとおり,Cが創始した極真空手及び極真会館と結びつくから,被告ら
による本件各標章の使用は,自他商品識別機能又は出所表示機能を有する
態様での使用であって,非商標的使用には当たらない。
なお,被告らは,被告ら道場の使用する表示のうち需要者が着目するの
は,本件各標章ではなく「総極真」の部分であると主張するが,被告ら道場
においては,必ずしも「総極真」の活動である旨の表示を行っていない。
⑺争点7(消滅時効の抗弁の成否)
[被告らの主張]
被告Bが宗家を脱退した経緯に照らせば,原告らは,被告ら道場におい
て,平成21年2月3日以降も継続して本件各標章を使用していると早く
から認識していたはずであり,実際,平成23年8月1日には被告Bに対
し,商標権侵害である旨の通知書を発送している。このように,原告ら
は,同日の時点で,被告らが本件各標章を使用していることを認識してい
たから,同日が「損害及び加害者を知った時」(民法724条前段)に当
たると解すべきである。
そして,被告らは,前記2⑺のとおり,原告らの損害賠償請求債権のう
ち,被告Bについては,平成24年8月9日までの本件各標章の使用に係
る分につき,被告法人については,平成25年3月21日以前の本件各標
章の使用に係る分につき,それぞれ消滅時効を援用したから,これらの期
間に係る原告らの被告らに対する損害賠償債権は,いずれも時効により消
滅した。
[原告らの主張]
被告Bの消滅時効の援用によって,原告らの被告Bに対する損害賠償債
権のうち,平成24年8月9日以前の本件各標章の使用に係る分が時効に
より消滅したことは認める。
他方,被告法人については,原告らは,被告Bに対して甲事件に係る訴
えを提起した平成27年8月10日より後に,被告法人による本件各標章
の使用及びこれによる原告らへの損害の発生を認識したから,消滅時効の
起算点は平成27年8月10日より後の日であり,原告らが被告法人に対
して乙事件に係る訴えを提起した平成28年3月22日の時点において,
消滅時効は完成していなかった。したがって,被告法人による消滅時効の
援用は認められない。
⑻争点8(原告らの損害額)について
[原告らの主張]
ア原告Aの損害
被告らの本件各標章の使用によって原告Aが被った損害額は,空手の
教授に係る侵害行為及び空手の興行の企画・運営又は開催に係る侵害行
為によって被告らが受けた利益の額と推定される(法38条2項)。
(ア)空手の教授によって被った損害
被告らが被告ら道場での空手の教授によって受けた利益は,100
0万円を下回らない。そして,被告ら道場においては,被告Bが原告
Aの国内支部を脱退した平成21年2月3日以降も,本件商標1~3
と同一又は類似する本件標章1,同2-1,同2-2,同3を引き続
き使用し,その顧客吸引力を利用して入門者を募っており,被告ら道
場の入門者は,原告Aが継承する極真空手を想起させる本件商標1~
3が使用されているからこそ,被告ら道場に入門したのであって,空
手の教授によって被告らが得た利益に対して本件商標1~3が寄与し
た程度は,80%を下回らない。
したがって,被告らによる被告ら道場での空手の教授によって原告
Aが被った損害額は800万円(計算式は,1000万円×80%)
である。
(イ)空手の興行の企画・運営又は開催によって被った損害
被告らが,平成25年及び同26年に開催した空手大会で得た大会
参加料の合計は1000万円を下回らないから,被告らの利益の額は,
諸経費を控除しても,その50%である500万円を下回らない。こ
れらの空手大会の参加者は,本件標章1,同2-1,同2-2,同3
が使用されていたからこそ,これらの大会に参加したのであり,これ
らの空手大会の開催等によって被告らが得た利益に対して本件商標1
~3が寄与した程度は,80%を下回らない。
したがって,空手の興行の企画・運営又は開催による原告Aの損害
は400万円(計算式は1000万円×50%×80%)である。
(ウ)以上より,被告らによる本件商標権1~3の侵害によって原告A
が被った損害額は,上記(ア)及び(イ)の合計額である1200万円と
なる。
イ原告会社の損害
被告らの本件各標章の使用によって原告会社が被った損害額は,本件
商標4~6を空手の教授及び空手の興行の企画・運営又は開催に用いる
場合の使用料相当額である(法38条3項)。
(ア)空手の教授によって被った損害
被告らが被告ら道場での空手の教授によって受けた利益は,上記ア
(ア)のとおり,1000万円を下回らない。そして,本件商標4~6
を空手の教授のために使用する場合における使用料相当額は,被告ら
が空手の教授によって得た金額の15%とみるべきであるから,被告
らが被告ら道場における空手の教授によって受けた利益(1000万
円)の15%である150万円が原告会社の損害と推定される。
(イ)空手の興行の企画・運営又は開催によって被った損害
被告らが,平成25年及び同26年に開催した空手大会によって受
けた利益は,上記ア(イ)のとおり,500万円を下回らない。そして,
本件商標4~6を空手大会の開催のために使用する場合の使用料相当
額は,被告らが空手大会の開催等によって得た利益の15%とみるべ
きであるから,被告らが平成25年及び同26年に開催した空手大会
によって受けた利益(500万円)の15%である75万円が原告会
社の損害と推定される。
(ウ)以上より,被告らによる商標権4~6の侵害によって原告会社が
被った損害額は,上記(ア)及び(イ)の合計額である225万円となる。
[被告らの主張]
ア被告Bの利益
被告ら道場を運営する主体は被告法人であって,被告Bは何らの利益
を得ていない。
イ被告法人の利益
(ア)第2期(平成21年5月1日~平成22年4月30日)以降の被
告法人の利益額は,以下のとおりである。
a第2期(平成21年5月1日~同22年4月30日)
28万1763円
b第3期(平成22年5月1日~同23年4月30日)
0円
c第4期(平成23年5月1日~同24年4月30日)
0円
d第5期(平成24年5月1日~同25年4月30日)
17万3596円
e第6期(平成25年5月1日~同26年4月30日)
6万7326円
f第7期(平成26年5月1日~同27年4月30日)
4万1704円
g第8期(平成27年5月1日~同28年4月30日)
131万1823円
(イ)被告法人の利益に対する本件各標章の寄与等
極真会館はCの死後宗家を含む多くの分派に分裂し,長年にわたり
多くの流派・道場が極真会館を名乗って活動しているから,出所識別
として需要者にとって重要なのは「極真会館」であるか否かではなく,
「極真会館」の中の誰であるかである。したがって,「極真会館」と
いう名称に触れて原告ないし宗家を想起する者の割合はごくわずかで
あって,本件各商標の出所識別機能及び顧客誘引力は著しく低い。
また,被告法人が営む役務は,空手の技術的な指導及び人格的指導
の提供であって,継続的な直接対面による指導が必要であるから,商
圏に強い地理的制限があり,需要者は空手道場の選択に際して立地条
件を重視する。しかるに,被告ら道場の周辺には原告らの道場は存在
しないから,仮に被告法人の行為がなかったとしても原告らが利益を
得られたであろうという事情は認められない。
さらに,被告ら道場が存在する福島県内には,被告ら道場以外にも
「極真会館」や「極真」の名称を冠して活動する道場が複数存在して
おり,単に「極真会館」という名称を掲げただけでは道場生は集まら
ない。道場生の中心である幼稚園児や小学生の親世代は,極真会館で
あるか否かよりも,むしろ道場主及び指導員の技量や指導方針等を基
準に道場を選択するのであって,被告ら道場における道場生の獲得に
は,被告らの活動や属性の貢献が大きい。
(ウ)このように,被告法人が得た利益に対する本件各標章の寄与は極
めて限られたものであるから,原告Aの損害につき法38条2項の推
定を覆滅させる事情が認められる。また,上記(イ)の事情に鑑みれ
ば,原告会社の損害につき原告会社の主張する15%の使用料率は著
しく過大である。
第3当裁判所の判断
1認定事実
前記前提事実に加え,証拠(甲8,9,15~20,乙64~66,68,
70,71,74,75,79,95,100,112,113,117,
119,122,123,127)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実
が認められる。
(1)Cの生前における極真会館の組織等
アCは,昭和39年,極真会館を設立し,その館長ないし総裁と呼称さ
れた。極真会館は,設立後,東京池袋の総本部及び関西本部のほか,全
国各地に支部を設置するとともに世界各国にも本部及び支部を設置し,
全日本大会や全世界大会等の各種大会を開催するなどしてその規模を拡
大させ,Cの死亡した平成6年4月当時,国内において,総本部,関西
本部のほか,55の支部,550の道場,会員数50万人を有し,海外
も含めると130か国において会員数1200万人を超える規模となっ
ていた。
イCの生前,Dらを含めた極真会館の支部長らは,支部長への就任に当
たって,極真会館との間で規約を取り交わしていた。規約には,極真会
館本部の役員として,総裁兼館長,名誉会長,会長,副会長,理事,委
員会委員,顧問,相談役,師範及び指導員をおくこと(1条),支部長の
決定については,本部の委員会で承認を得た後,会長又は総裁が裁可す
ること(7条),支部長には5年ごとに規約を更新する義務があり,支部
長としての品格等に問題がある場合には支部長を更迭されることがあり
得ること(17条),支部若しくは支部長が規約に違反した場合,本部委
員会及び本部理事会の議決によって支部の認可を取り消し,又は違約金
を徴することがあること(34条)などが定められていた。また,規約
上,支部による極真関連標章の使用については「既に登録してある極真
のマーク(カンク,連盟マーク,胸章等)を委員会の承認なしに無断で
使用できない」(15条)と定められていた。なお,規約には,極真会館
の総裁兼館長の地位の決定や承継に関する定めは存在しなかった。もっ
とも,実際の運用として,道場や各種大会等において,支部長らはC又
は極真会館本部から個別の許可を得ることなく極真関連標章を自由に使
用しており,Cや本部が支部長に対して極真関連標章の使用を禁止する
ことはなかった。
(2)Cの生前における被告B及びDらの活動等
ア被告Bの活動等
被告Bは,昭和55年に極真会館福島県支部が運営する道場に入門し
て極真会館の門下生となったが,道場の責任者との関係が悪化したこと
などから道場を辞め,その後は,土木設計の会社を経営するなどして空
手の活動からは距離を置くようになった。
(なお,被告らは,被告Bが昭和58年から同支部の運営する道場の責
任者として空手の指導に当たっており,極真会館の周知性・著名性の形
成に寄与してきた旨主張し,被告Bの陳述書(乙122)にも,自分は
他の1名と共に道場の責任者として指導等を行ってきたと思っている,
道場を辞めたわけでもない旨の記載がある。しかしながら,被告Bが道
場の責任者を務めていたことを認めるに足る客観的証拠はなく,かえっ
て,①Fの陳述書(甲20)に,同支部が運営する道場の責任者は被告
Bではなかった,被告Bは同責任者との折合いが悪くなって道場を辞め
た,といった趣旨の記載があること,②被告Bが執筆した記事(乙95)
にも「いつしか空手の世界から遠ざかってしまいました。」,「その後,空
手に対する『想い』はそれ程膨らまず,いつしか仕事のみに没頭する生
活が馴染んでいました。ところが,平成8年11月,私が34歳の時,
福島県本部長のF師範より県南支部総設の話が舞い込み,再び“空手”
と言う言葉に胸躍らせました。」,「『これでもう空手への復帰は一生ない
だろう・・・忙しい毎日に追われ,自分の思いを貫けぬまま終わってし
まうんだろうか・・・』そう思うと胸が締め付けられました」などとい
う記載があることに照らせば,被告らの上記主張及び被告Bの陳述書の
記載はいずれも上記認定を左右するものとはいえない。)
イDらの活動等
(ア)Dは,昭和42年に極真会館に入門し,入門からわずか1年1か
月で初段に昇段した。これは,当時の極真会館における最短での初段
昇段であった。Dは,昭和44年に初めて出場した第1回全日本大会
で3位に入賞し,昭和45年に開催された第2回全日本大会で優勝を
果たした。Dは,昭和46年1月に,極真会館の徳島県支部長に就任
し,次いで昭和52年10月には,愛知県支部長にも重ねて就任し,
これらの支部及び支部内の分支部において,上記(1)イの運用に従って,
本件各標章を使用して空手教授を行った。Dは,Cが死亡した平成6
年4月26日時点において,徳島,愛知の両県内に極真会館の道場1
1か所を開設して空手教授を行っていた。
(イ)Eは,昭和44年に極真会館に入門した後,昭和46年に開催さ
れた第3回全日本大会で3位に入賞し,昭和50年に開催された第1
回全世界大会では4位に入賞した。Eは,昭和51年,極真会館の山
梨県支部長に就任し,次いで昭和52年には,静岡県支部長にも重ね
て就任し,これらの支部及び支部内の分支部において,上記(1)イの運
用に従って,本件各標章を使用して空手教授を行った。Eは,Cが死
亡した平成6年4月26日時点において,山梨,静岡の両県内に極真
会館の道場70か所を開設して空手教授を行っていた。
(3)Cの死亡
アCは,自らの後継者を公式に指名することなく,平成6年4月26日
に死亡したが,同月19日付けで,Gを後継者とする旨が記載されたC
の危急時遺言(以下「本件遺言」という。)が作成されていた。
イGは,本件遺言に従い,同年5月10日に開催された支部長会議での
承認を経て,極真会館の館長に就任した。しかし,その後,極真会館の
内部で対立が生じ,極真会館は極真空手を教授する多数の団体に分裂し
た。
ウ本件遺言の証人の一人は,本件遺言の確認を求める審判を申し立てた
が,東京家庭裁判所は,平成7年3月31日,本件遺言がCの真意に出
たものと確認することが困難であるとして上記申立てを却下し,東京高
等裁判所も,平成8年10月16日付け抗告棄却決定をした(なお,最
高裁判所も平成9年3月17日付けで特別抗告棄却決定をしている。)。
(4)Cの死亡後における被告ら並びにDら及び総極真の活動等
ア被告らの活動等
(ア)被告Bは,平成9年,極真会館福島県支部の支部長を務めていた
Fと再会し,Fの許可を得て,F道場の分支部である矢吹支部(平成
10年に福島県南支部と改称した。)を創設した。被告Bは,平成16
年2月7日,Fの許可を得てF道場から独立し,同月22日,事務局
を福島県郡山市内に置く「国際空手道連盟極真会館総本部」(代表者
小野寺勝美)との間で,被告Bを「福島県南本部」の本部長ないし責
任者とする誓約書(規約)を取り交わした。
(イ)被告Bは,平成18年9月1日,原告Aを代表者とする「国際空
手道連盟極真会館総本部」(宗家)との間で,本件規約を取り交わし,
本件支部契約を締結した。本件規約には,宗家の代表者を原告Aとす
ること(2条),支部は本件規約を遵守し,本部の指令に従い常に緊密
な連携を保ち,本部の決定事項を遵守しなければならないこと(8条
1項),「極真」,「極真会」,「極真会館」,「国際空手道連盟極真会館」,
その他の極真にかかわる商標等に関する権利は本部が管理し,支部は
これらの権利を本部の許諾なしに使用できないこと(13条1項,2
項),本件規約に基づく支部の認可が失効した場合,当該支部は,本件
規約によって許諾された支部の名称及び上記商標等を一切使用できな
いこと(16条2項)などが定められていた。
被告Bは,宗家との間で本件支部契約を締結していた平成20年1
1月14日,被告法人を設立したが,原告Aとの関係悪化等によって,
本件支部契約は遅くとも平成21年2月2日に失効した。
(ウ)被告Bは,本件支部契約の終了後も,本件規約16条2項の規定
に反して本件各標章を含む極真関連標章の使用を継続していた。
原告Aは,平成23年8月1日,被告Bに対し,被告Bが本件支部
契約の失効後も極真関連標章を使用していることが宗家の権利等を侵
害するとして,その使用中止及び違約金の支払等を求める通知書(乙
79。以下「本件侵害警告」という。)を宗家の代表者として送付した。
(エ)被告Bは,平成24年11月26日,後記イ(イ)のとおりDらが
中心となって設立した総極真の前身である「社団法人世界総極真」(な
お,同団体は,平成25年4月2日に設立登記を行い,総極真となっ
た。以下,設立登記前の同団体についても「総極真」という場合があ
る。)から,公認道場の開設を許可する書面の交付を受け,その後,被
告ら道場は,総極真の加盟道場として空手教授等の業務を行うように
なった。
(オ)被告法人は,口頭弁論終結日時点において,20を超える被告ら
道場を総極真の加盟道場として運営しており,その数は,総極真の加
盟道場全体の約1割を占めている。
イDら及び総極真の活動
(ア)Dらは,Cの死亡後も継続して,極真関連標章を使用して空手教
授等を行ってきた。Eは,平成16年1月,Dらが当時所属していた
一般社団法人国際空手道連盟極真会館(連合会)が第1回極真連合杯
を開催した際,実行委員長として同大会を取り仕切り,テレビ放映の
調整を行うなどした。
(イ)Dらは,平成24年11月26日,総極真の前身である「社団法
人世界総極真」を設立し,平成25年4月2日,総極真の設立登記を
経由して,Dがその代表理事に,Eがその理事に,それぞれ就任した。
また,総極真の設立時には,Dらが従来運営していた道場のほか,D
らと協力関係を構築してきた道場主ら及びその運営に係る道場も総極
真に参加した。
本件訴訟の口頭弁論終結日時点において,総極真は,日本国内で約
200の道場を運営し,また,約60か国に所在する海外の道場が総
極真に加盟している。なお,総極真は,平成28年10月,極真空手
の世界大会を開催し,35か国から選手が参加した。
(5)Cの死亡後における原告らの活動
ア原告Aは,Cの死亡時まで,極真会館の事業活動に全く関与していな
かった。
イ原告Aは,母親と共に,平成9年,Gらに対し,同人らの占有してい
た極真会館の総本部の建物の明渡しを求める訴訟を提起し,平成11年
2月17日に成立した裁判上の和解に基づき,同年3月末,Gらから上
記建物の引渡しを受け,そのころ以降,同建物を利用して極真会館の事
業(道場の運営やCに関する記念館の開設など)を行うようになった。
ウ原告らは,平成29年2月7日時点において,日本国内において,総
本部のほか4か所の国内道場(支部)を運営し,極真空手の教授等を行
っている。また,原告らは,海外においても数か所の支部を運営し,概
ね1年に1回程度の頻度で,極真空手の選手権大会であるマス大山メモ
リアルカップを開催している。
(6)極真関連標章に関する紛争等
アGは,Cの死亡後も極真関連標章の使用を継続し,平成6年ないし平
成7年までの間,複数の極真関連標章について商標登録出願をし,自己
名義の商標登録を受けた。
イD及びCの生前に極真会館に属していたその他の者らは,平成14年,
Gを被告として,空手の教授等に際して極真関連標章を使用することに
つき,Gの商標権に基づく差止請求権が存在しないことの確認等を求め
る訴訟を大阪地方裁判所に提起した(同庁同年(ワ)第1018号)。
同裁判所は,Gの上記商標権の行使が権利濫用であるとして上記不存
在確認請求を認容し,その控訴審である大阪高等裁判所も,平成16年
9月29日,同旨の理由によりGの控訴を棄却した。
ウE及びCの生前に極真会館に属していたその他の者らは,平成14年,
Gを被告として,空手の教授等に際して極真関連標章を使用することに
つき,Gの商標権に基づく差止請求権が存在しないことの確認等を求め
る訴訟を東京地方裁判所に提起した(同庁同年(ワ)第16786号)。
同裁判所は,平成15年9月29日,Gの上記商標権の行使が権利濫
用であるとして上記不存在確認請求を認容した。
エ原告Aは,平成16年1月15日,Gが商標登録を受けた極真関連商
標の一部について無効審判を請求したところ,特許庁は,Gの受けた商
標登録が法4条1項7号に反するものであるとして,同年9月22日付
けで登録を無効とするとの審決をした。これに対し,Gは,上記審決の
取消を求める訴訟を知的財産高等裁判所に提起したが(同庁平成17年
(行ケ)第10028号),同裁判所は,平成18年12月26日,Gの請
求を棄却する旨の判決を言い渡した。
オ原告らは,平成28年5月23日,総極真に対し,本件各商標権に基
づき,空手の教授等に際して本件各商標に類似する標章を使用すること
等の差止めを求める訴え(反訴)を東京地方裁判所に提起した(同庁同
年(ワ)第16340号)。
同裁判所は,同年11月24日,原告らの上記商標権の行使が権利濫
用であるとして,原告らの請求をいずれも棄却する旨の判決を言い渡し
た。
2争点1(被告Bが本件各標章を使用しているか)について
被告法人は,前記第2の2(4)のとおり本件各標章を使用しているところ,
原告らは,平成21年2月以降も,被告Bが被告法人と共同で被告ら道場を
運営して本件各標章を使用している旨主張する。しかしながら,本件全記録
を子細に検討しても,被告法人の設立後において,被告Bが被告ら道場を運
営していることを認めるに足る証拠はない。かえって,被告ら道場において
運営主体として被告法人の名称が表記されていること(甲10の写真18,
21,25等)に照らせば,被告ら道場を運営して本件各標章を使用してい
るのは被告法人であると認めることが相当である。
したがって,原告らの被告Bに対する請求は,その余の点について判断す
るまでもなく,いずれも理由がないことが明らかである。
3争点2(本件各商標の商標登録に無効理由があるか)について
(1)法3条1項6号の該当性
被告らは,多数の事業者が本件各商標を使用していることを根拠に,本
件各商標が空手の教授等という特定の役務に関して多数使用されている名
称であって,需要者が何人の営業に係る役務であるかを認識することがで
きない商標(法3条1項6号)に当たると主張する。
確かに,証拠(乙1~56,62。枝番のあるものは枝番を含む。)によ
れば多数の事業者が極真関連標章を用いており,その中には本件各商標と
同一又は類似するものも存在することが認められるが,そのような事情か
ら直ちに本件各商標に出所識別力が存在しないということはできず,ほか
に本件各商標について,需要者が何人の営業に係る役務であるかを認識す
ることができない商標に当たると認めるに足る証拠はないから,被告らの
上記主張を採用することはできない。
なお,被告らは,極真関連標章が多数の事業者によって使用されている
ことから,アルコール飲料,茶,コーヒー等を主とする飲食物の提供等に
ついて用いられる「愛」,「純」,「ゆき」,「蘭」等(商標審査基準第1の八
の9参照)と同様に解すべきであるとも主張する。しかしながら,極真関
連標章を使用する上記多数の事業者らが,Cと共に極真関連標章の周知性・
著名性に寄与した者ら又はそれらと同一視される団体等と無関係であると
認めるに足る証拠はなく,他に同事業者らが単に空手教授等という特定の
役務を示すものとして極真関連標章を用いていると認める事情も見当たら
ないから,被告らの上記主張は失当である。
(2)法4条1項7号の該当性
被告らは,原告らが専ら他の事業者に金銭を請求して活動を妨害すると
いう不正な目的で登録出願をしたとして,本件各商標は公の秩序又は善良
の風俗を害するおそれがある商標(法4条1項7号)に当たると主張する。
しかしながら,原告らの本件各商標に係る登録出願が,被告らの主張す
るような不正の目的に基づくものであったと認めるに足る証拠はない。か
えって,上記1(5)イ,ウのとおり,原告らは,平成11年3月ころ以降,
Gらから引渡しを受けた建物を利用して極真会館の事業(道場の運営やC
に関する記念館の開設など)を行うようになり,平成29年2月7日時点
において,日本国内において総本部のほか4か所の国内道場(支部)を運
営して極真空手の教授等を行っていることからすれば(なお,被告らも,
平成18年9月1日から遅くとも平成21年2月2日までの間,宗家との
間で本件支部契約を締結していたことは前記1(4)ア(イ)のとおりであ
る。),原告らが,本件各商標について,宗家としての空手教授等の事業に
使用する目的を有していたことは明らかである。
したがって,被告らの上記主張を採用することはできない。
(3)法4条1項8号,10号,19号の該当性
ア被告らは,①本件商標3が,原告らから見て「他人」である極真会館
の名称を含むから,他人の名称を含む商標(法4条1項8号)に当たる,
②本件商標1,2,4~6が,原告らから見て「他人」である極真会館
の役務を表示するものであるから,他人の業務に係る役務を表示するも
のとして需要者の間に広く認識されている商標であって,その役務につ
いて使用するもの(同項10号)に当たる旨主張する。
そこで検討するに,原告らは,前記第2の2(3)及び上記1(5)ウのと
おり,極真関連標章である本件各商標権を取得して極真空手の教授等を
行っている一方,Cは後継者を公式に指名することなく死亡している。
そして,極真会館において世襲制が採用されていたこともうかがわれず
(なお,上記1(1)イのとおり,規約には館長や総裁の地位の決定や承継
に関する定めはない。),他にCの相続人である原告Aを極真会館におけ
るCの後継者であると認めるに足る証拠はない。したがって,原告らは,
Cの生前から極真空手の教授や空手大会の開催等を行いCから認可を受
けた極真会館の支部長ら及び同支部長らによって設立された団体と同様,
極真会館を称して極真空手の教授等を行う複数の事業者の一つであると
いうべきである。
このように,原告らが,極真会館を称して極真空手の教授等を行う複
数の事業者の一つであることからすれば,本件各商標は,原告らからみ
て「他人」の名称を含むとも,「他人」の業務に係る役務を表示するもの
として需要者の間に広く認識されている商標と同一の商標ともいえない
から,被告らの上記主張はいずれも採用することができない。
イまた,被告らは,本件各商標につき,原告らが,自らの立場を有利に
する目的又は対立する派閥を抑圧する目的で出願したものであるから,
他人の業務に係る役務を表示するものとして需要者の間に広く認識され
ている商標と同一の商標であって不正の目的をもって使用をするもの
(法4条1項19号)に当たると主張する。
しかしながら,本件各商標が,いずれも「他人」の業務に係る役務を
表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標と同一の商標
に当たらないことは上記アのとおりであるし,原告らの本件各商標に係
る登録出願が,不正の目的に基づくものであったといえないことも上記
(2)のとおりであるから,被告らの上記主張は到底採用することができな
い。
(4)法4条1項15号の該当性
被告らは,本件各商標が,いずれも原告らにとって他人である「極真会
館」の役務と混同を生ずるおそれがあるとして,他人の業務に係る役務と
混同を生ずるおそれがある商標(法4条1項15号)に当たると主張す
る。
しかしながら,上記(3)アのとおり,原告らは,極真会館を称して極真空
手の教授等を行う複数の事業者の一つであるから,本件各商標が原告らに
とって他人の業務に係る役務と混同を生ずるおそれがあるである商標に当
たるとはいえず,被告らの上記主張を採用することはできない。
(5)以上によれば,本件各商標には,いずれも無効理由があるとは認められ
ない。
4争点3(法26条1項1号の抗弁の成否)について
(1)被告法人は,本件各標章が,総極真グループという経済主体と被告ら道
場との同一性を認識させる機能を発揮させるものであるとして,自己の名
称又は著名な略称に該当する旨主張する。
しかしながら,被告法人が総極真に加盟したことをもって本件各標章が
直ちに被告法人の名称に当たることとなるものとは認められないし,ま
た,本件各標章が被告法人の著名な略称であると認めるに足る証拠もない
から,被告法人の主張を採用することはできない。
(2)なお,付言するに,法26条1項1号の趣旨は,自己の名称等と同一又
は類似の商標につき商標登録がされたことによって自己の名称等それ自体
を表示することが妨げられるのは相当といえないことにあるから,被告法
人の名称が被告法人の「自己の名称」に当たるとしても,その使用に対し
て本件商標権の効力が及ばないのは,「普通に用いられる方法で表示する」
場合に限られる。したがって,自己の名称であっても宣伝広告目的で特に
需要者の注意を引くように記載するような場合には,「普通に用いられる方
法」には当たらないと解すべきである。
しかるところ,被告法人における本件標章1及び同2-2の使用は,被
告ら道場の建物又は看板等に「極真カラテ」部分を赤字で強調して表示し
(甲10の写真1~3,9,12,14~17,22~24,27,32),
あるいは「極真」の表記のみをことさら取り上げる(甲10の写真26,
28参照)などの態様によるものが大半であって,これらはいずれも自己
の名称としての使用でないか,又は,宣伝広告目的で特に需要者の注意を
引くように記載されたものというべきであるから,このような本件各標章
の使用は「普通に用いられる方法」で表記されたものに当たるということ
ができない。
5争点4(本件各商標に係る被告Bの先使用権の成否)について
本件各商標の登録出願前の時点において,本件各商標と同一ないし類似す
る本件各標章が,被告法人を示すものとしての周知性を獲得していたと認め
るに足る証拠はない。したがって,被告法人が先使用による商標の使用をす
る権利(法32条1項前段)を有するということはできない。
この点,被告らは,被告Bが,本件各商標に係る登録出願日のうち最も早
い本件商標4の登録出願日(平成15年7月17日)の時点において,常設
道場2か所を有し,多くの道場生を抱えていた上,一定の知名度を有してい
たことから,本件各商標の登録出願日時点において,本件各標章が被告法人
を示すものとして周知であった旨主張する。しかしながら,被告法人の設立
は平成20年11月であり,本件商標1~5の登録出願日において,被告法
人は未だ存在していなかったのであるから,同日時点において,本件商標1
~5に対応する本件標章1,同2-1,同2-2,同3,同4-1,同4-
2,同5がそれぞれ被告法人を示すものとして周知であったといえないこと
は明らかである(被告Bと被告法人とが別の権利義務主体であることは上記
2のとおりである。)。なお,本件商標6の登録出願日(平成24年6月6日)
の時点においても,本件標章6が被告法人を示すものとして周知であったと
認めるに足る証拠がないことは,上記のとおりである。
6争点5(権利濫用の抗弁の成否)について
前記前提事実及び上記1の認定事実を踏まえ,原告らの被告らに対する請
求が権利濫用に当たるか否かを検討する。
(1)本件各商標に類似する本件各標章は,前記第2の2(2)イのとおり,遅
くともCの死亡した平成6年4月26日から現在に至るまで,空手及び格
闘技に関心を有する者の間において極真会館又はその活動を表すものとし
て広く知られているところ,このような本件各標章の周知性及び著名性の
形成,維持及び拡大に対しては,上記1(1),(2)イ及び(4)イのとおり,C
の生前・死後を通じ,長年にわたって極真空手の教授や空手大会の開催等
を行ってきたC及びCから認可を受けたDらを含む極真会館の支部長らの
多大な寄与があったと認められる。
他方,原告らは,極真関連標章である本件各商標に係る商標権を取得し
て極真空手の教授等を行っているが,上記3(3)アのとおり,極真会館の分
裂後に極真会館の支部長らにより設立された団体と同様,極真会館を称し
て極真空手の教授等を行う複数の事業者の一つにすぎないと考えられる。
また,上記の事情に加え,原告らが,平成6年4月26日にCが死亡した
後,極真会館関係者らが極真関連標章を付して極真空手の普及活動を行っ
てきたことを長年にわたり認識していたと考えられるにもかかわらず,早
期に本件各商標に係る商標登録出願を行わず,同出願を行わなかったこと
に合理的理由があったとも認められないことなども総合考慮すると,原告
らが極真関連標章の周知性及び著名性の形成,維持及び拡大において多大
な寄与があった支部長ら及びこれと同視できる団体等に対し,本件各商標
権に基づき,極真関連商標の使用を禁止するような場合には権利の濫用に
当たると解すべきである。
(2)そこで,まず被告Bらにつき,極真関連標章の周知性及び著名性の形成,
維持及び拡大においていかなる寄与があったかを検討するに,上記(1)の
とおり,本件各商標に類似する本件各標章は,遅くともCの死亡した平成
6年4月26日から現在に至るまで,空手及び格闘技に関心を有する者の
間において極真会館又はその活動を表すものとして広く知られていたと
ころ,被告Bは,Cの生前には,上記1(2)アのとおり,一時的に極真会館
の福島県支部が運営する道場に門下生として所属していたにすぎないか
ら,本件各標章の周知性及び著名性の形成に対する寄与があったとは到底
認められない。また,上記(4)ア(ア)の経緯等を考慮しても,本件各標章の
周知性及び著名性の維持又は拡大に対する被告Bの寄与が大きかったと
は認め難い。
(3)次に,被告らは,被告ら道場が,総極真への加盟後,総極真の加盟道場
として本件各標章を使用しているから,原告らの請求は,極真関連標章の
周知性及び著名性の形成,維持及び拡大において多大な寄与があったDら
と同視される総極真に対する請求であって,権利濫用に当たると主張する。
そこで,同主張について検討する。
アまず,原告らの総極真に対する権利行使が権利濫用に当たるといえな
い場合には,被告らの上記主張はそもそも失当であるから,この点につ
いて検討する。
この点,①上記(1)のとおり,本件各標章の周知性及び著名性の形成,
維持及び拡大に対して,Cの生前・死後を通じ,長年にわたって極真空
手の教授や空手大会の開催等を行ってきたC及びCから認可を受けた極
真会館の支部長らの多大な寄与があったと認められるところ,上記1(2)
イ,1(4)イで認定したところに照らせば,Dら及びDらと同視されるべ
き総極真についても,本件各標章の周知性及び著名性の形成,維持及び
拡大に対する寄与が非常に大きかったことは明らかである。これに加え
て,②上記(1)のとおり,原告らは,極真会館の分裂後にDらにより設立
された総極真と同様,極真会館を称して極真空手の教授等を行う複数の
事業者の一つにすぎないこと,③原告らが,Dらやその他の極真会館関
係者らが極真関連標章を付して極真空手の普及活動を行ってきたことを
長年にわたり認識していたにもかかわらず,早期に本件各商標に係る商
標登録出願を行っておらず,同出願を行わなかったことに合理的な理由
があったとも認められないこと等の事情をも総合考慮すると,原告らが
総極真に対し,本件各商標権に基づく権利を行使することは権利の濫用
に当たると解される(上記1(6)オ記載の判決参照)。
イそこで,上記アの判断を踏まえて,原告らの被告法人に対する権利行
使が,総極真に対する権利行使と同視されるかについて検討する。
被告Bは,Cの死後10年以上が経過した平成18年9月1日,原告
Aが運営する宗家との間で本件支部契約を取り交わして原告らから本件
各商標に係る標章の使用を許諾されたが,原告Aと被告Bとの関係悪化
等によって,遅くとも平成21年2月2日までに本件支部契約は失効し
た(上記1(4)ア(ア)及び(イ))。それにもかかわらず,被告法人は,同
月3日以降も,本件規約の条項に反して権限なく本件各標章の使用を継
続しているのであって(上記1(4)ア(ウ)),被告法人の本件支部契約の
失効後における本件各標章の使用期間は,被告らが総極真に加盟したと
主張する平成24年11月26日までの間に限っても,3年9か月間以
上と相当長期間にわたっている。
さらに,被告Bは,上記1(4)ア(ウ)及び同(エ)のとおり,平成23年
8月になって原告Aから本件侵害警告を受けるや,その翌年に総極真に
加盟するに至ったものであるが,総極真への加盟前後を通じて,本件各
標章の使用態様に変化があったとは認められない。また,総極真の道場
開設認可証(乙112)は,文面上,「国際空手道連盟極眞會館」及び「社
団法人世界総極真」(判決注:総極真)が「B」(判決注:被告B)に対
して「極真会館公認道場ヲ開設スルコト」を認可しているにすぎず,こ
れによって直ちに被告法人が総極真から本件各標章の使用許諾を受けた
とは認め難い。
このように,①被告法人が,被告Bの宗家脱退後も長期間にわたって,
本件各商標と類似する本件各標章を無権限で使用していたこと,②被告
Bは,原告Aからの本件侵害警告を受けて総極真に加盟したものの,加
盟の前後を通じて被告法人による本件各標章の使用態様には変化がない
こと,③総極真の被告Bに対する「認可」が直ちに被告法人に本件各標
章の使用を許諾する趣旨であるとは認め難いこと等の事情に照らせば,
被告Bが総極真に加盟したという事実のみをもって,直ちに原告らの被
告法人に対する本件各商標権の行使が権利の濫用であるということはで
きない(この点,被告らは,本件支部契約の締結前に事務局を郡山市内
に置く「国際空手道連盟極真会館総本部」(代表者小野寺勝美)との間で
規約を取り交わしているが(上記1(4)ア(ア)),同団体の性格等は証拠
上判然としないし,被告Bがその後に宗家との間で本件支部契約を締結
していることにも鑑みれば,同事情は上記の認定判断を左右するものと
はいえない。また,被告Bは,平成21年11月にEから,平成24年
5月にDから,それぞれ「極真空手の商標目録」の使用を許諾する旨の
書面を交付されているが(乙115及び乙116),その趣旨及び許諾の
対象は不明であり(なお,本件各商標の使用許諾については,その各商
標権者である原告らの許諾が必要であることはいうまでもない。),やは
り上記の認定判断を左右するものとはいえない。)。
ウもっとも,被告法人が運営する被告ら道場は,平成24年11月26
日に被告Bが総極真から道場開設許可を受けて以降現在に至るまで,総
極真の加盟道場として空手教授等の活動を継続し,平成27年4月末日
時点においては,総極真の加盟道場としての活動期間(2年と157日)
が宗家への加盟期間(2年と155日)を上回るに至っている。また,
被告法人は,現在,総極真の全道場数の約1割に当たる20か所の道場
を運営するに至っており(乙122,123),総極真の加盟道場全体に
占める被告ら道場の重要性も相当大きいものと認められる。
このように被告ら道場が,被告Bの総極真への加盟後に,総極真の下
で着実に活動実績を重ね,平成27年4月末日には総極真への加盟期間
が宗家への加盟期間を超えるに至ったこと,総極真における被告ら道場
の占める割合が相当程度に上っていること,本件各標章を使用しなけれ
ば被告ら道場の総極真加盟道場としての活動に困難をきたすと容易に予
想されることなどを考慮すると,少なくとも平成27年5月以降におい
ては,原告らの被告法人に対する本件各商標権の行使は,総極真に対す
る本件各商標権の行使と同視するのが相当である。したがって,原告ら
の被告法人に対する請求のうち,本件各標章の使用の差止めを求める部
分及び平成27年5月以降における損害賠償を求める部分については,
上記アの理由により,権利の濫用として許されない。
(4)以上によれば,原告らの請求のうち,被告法人が平成27年4月までの
間に本件各標章を使用したことについて損害賠償を求める部分については
権利の濫用とはいえないが,平成27年5月以降における被告ら各商標の
使用について損害賠償を求める部分及び本件各標章の使用の差止めを求め
る部分については,いずれも権利の濫用として許されないこととなる。
7争点6(非商標的使用の抗弁の成否)について
被告法人が,①平成21年2月3日以降,被告ら道場の建物の看板,建物
ドア,表示板等に本件標章1,同2-1,同2-2,同3,同4-1,同4
-2を使用し,被告ら道場において,空手の教授を受ける者の利用に供する
道着に本件標章5を使用し,被告ら道場において,本件標章1,同2-1,
同2-2,同4-1,同4-2を付したワッペン,シール,ステッカー等を
販売してこれらの各標章を使用し,自らが管理する被告サイトに本件標章1,
同2-2,同3,同4-1,同4-2,同5を付して使用していること,②
平成26年に福島県内で開催した第10回オープントーナメント全福島空手
道選手権大会において,本件標章1,同2-1,同2-2,同3,同5を使
用した横断幕,旗,道着,Tシャツ,賞状トロフィー等を用い,また,本件
標章1,同2-2,同3,同4-1,同4-2,同5,同6を付したTシャ
ツ,タオル,バッグ,ワッペン,シール,ステッカー等を販売したことは,
前記第2の2(4)のとおりである。そして,証拠(甲7,10,11)によれ
ば,上記の各使用は,いずれも,本件各商標をその出所識別能力を果たす態
様によって使用したものであることが明らかである。
これに対し,被告らは,①本件各商標が多くの事業者に使用されており,
また,②需要者が着目するのは本件各商標ではなく「総極真」の部分である
から,本件各標章は出所識別機能を発揮していないと主張するが,本件商標
が出所識別力を有しないという被告らの主張に理由がないことは上記3(1)
のとおりであって,これを前提とする被告らの上記主張を採用することはで
きない(なお,原告らは,本件各標章を必ずしも「総極真」の表記と共に使
用しているわけではなく,かえって,多くの場面において本件各標章を単独
で使用しているのであるから(甲10の写真1~3,5,8~10,12~
26,28など),上記②はこの点からも失当である。)。
8争点7(消滅時効の抗弁の成否)について
被告らは,①被告Bが宗家を脱退した経緯及び②原告Aが平成23年8月
1日に被告Bに本件侵害警告を送付したことを理由に,原告らは遅くとも同
日の時点で,被告法人が本件各標章を使用していることを認識したといえる
から,同日を民法724条前段の消滅時効の起算点とすべきである旨主張す
る。
しかしながら,上記①及び②の事情から直ちに原告らが平成23年8月1
日の時点で被告法人による本件各標章の使用を認識したと認めることは困難
であるし,他にこれを認めるに足る証拠もない。したがって,被告らの上記
主張を採用することはできない。
9争点8(原告らの損害額)について
(1)被告法人の売上等
証拠(乙80~82,乙124~126)及び弁論の全趣旨によれば,
平成21年5月1日から平成27年4月30日までの期間に係る被告法人
の売上及び売上総利益(売上から売上原価を差し引いたもの)の額は,そ
れぞれ次のとおりと認められる。
ア第2期(平成21年5月1日~同22年4月30日)
(ア)売上額4182万2937円
(イ)売上総利益額3890万6014円
イ第3期(平成22年5月1日~同23年4月30日)
(ア)売上額4371万7250円
(イ)売上総利益額4126万5367円
ウ第4期(平成23年5月1日~同24年4月30日)
(ア)売上額4643万3524円
(イ)売上総利益額4313万3261円
エ第5期(平成24年5月1日~同25年4月30日)
(ア)売上額5389万7177円
(イ)売上総利益額4980万8207円
オ第6期(平成25年5月1日~同26年4月30日)
(ア)売上額5943万4870円
(イ)売上総利益額5613万4598円
カ第7期(平成26年5月1日~同27年4月30日)
(ア)売上額5882万0137円
(イ)売上総利益額5533万2117円
(2)原告Aの損害額
ア被告法人の利益額について
(ア)被告法人の利益(限界利益)の額は,被告法人の売上総利益額(上
記(1)ア~カの各(イ)のとおり)と認めるのが相当である(なお,原告
らは,被告法人が空手の教授によって得た利益と空手の興業の企画・
運営又は開催によって得た利益とに分けて主張するが,被告らの利益
をそのように明確に分けることは証拠上困難であるから,採用できな
い。)。
これに対し,被告らは,被告法人の利益の額を純利益(営業利益(売
上から売上原価のほか販売費及び一般管理費を控除したもの)に営業
外収益及び特別利益を加えたもの)の額とみるべきであると主張する。
しかしながら,法38条2項に基づく損害額の算定の場面で,侵害者
の利益を算定するに当たり売上から控除すべき経費とは,営業利益を
算定するための経費ではなく,同売上を上げるためにのみ要する変動
費(いわゆる限界経費)を意味すると解すべきところ,被告らは被告
法人が売上を上げるためにのみ要した具体的な変動費について何ら主
張しない(なお,証拠によっても被告法人が売上を上げるために変動
費を要したとは認め難い。)。
(イ)そうすると,以下のa及びbのとおり,本件商標権1及び2のみ
の侵害期間(平成21年2月27日~同年12月3日)に係る被告法
人の利益額は2984万5709円と,本件商標権1~3の侵害期間
(平成21年12月4日~平成27年4月30日)に係る被告法人の
利益額は2億6144万9139円と,それぞれ算定できる。
a本件商標権1及び2のみの侵害期間に係る被告法人の利益額
本件商標1及び2の登録日はいずれも平成21年2月27日であ
り,本件商標3の登録日は同年12月4日であるから,被告法人が
本件商標権1及び2のみを侵害していた期間は,平成21年2月2
7日~同年12月3日までの280日間である。したがって,同期
間における被告法人の利益は,2984万5709円(計算式は以
下のとおり)となる(なお,被告法人の平成21年2月27日から
同年4月30日までの間の利益額については直接的な証拠がないが,
他方で,これが直後の第2期における利益よりも高い又は低いと認
めるに足る的確な証拠もないから,第2期と同程度の利益を上げて
いたものと認定するのが相当である。)。
計算式:3890万6014円(第2期における被告法人の利益
額)×280日(=平成21年2月27日~同年12月3
日までの日数)/365日=2984万5709円
b本件商標権1~3の侵害期間に係る被告法人の利益額
前記6(4)のとおり,平成27年5月1日以降における原告Aの商
標権1~3の行使は権利濫用と評価されるから,本件商標権1~3
の侵害を理由とする損害賠償請求が認められるのは,本件商標3の
登録日(平成21年12月4日)から平成27年4月30日までの
間に係る分となる。したがって,同期間における被告法人の利益は,
2億6144万9139円(計算式は以下のとおり)となる。
計算式:3890万6014円(第2期における被告法人の利益
額)×148日(=平成21年12月4日~平成22年4
月30日までの日数)/365日+4126万5367円
(第3期における被告法人の利益額)+4313万326
1円(第4期における被告法人の利益額)+4980万8
207円(第5期における被告法人の利益額)+5613
万4598円(第6期における被告法人の利益額)+55
33万2117円(第7期における被告法人の利益額)=
2億6144万9139円
イ被告法人の利益額に対する本件商標1~3の寄与の割合(推定覆滅事
情)について
被告ら道場においては,原告Aによる本件商標1~3の各出願より前
から本件各標章が継続的に使用されていたこと,被告ら道場以外にも本
件商標1~3を含む名称を有する空手道場等が多数存在することがうか
がわれることに加え,需要者が空手道場を選択するに当たっては,当該
道場の所在地,指導者,在籍する門下生の実績や雰囲気,指導者の指導
方針等に対する信用の有無・程度等が重要な要素として考慮されると考
えられることに照らせば,被告法人の売上について,本件商標1~3と
類似する本件標章1,同2-1,同2-2,同3の顧客誘引力が寄与し
た程度は極めて限定的であると考えられる。
さらに,被告ら道場が所在するのが福島県内のみであるのに対し,原
告らの道場は福島県内に全く存在しないこと(争いがない。)や,上記の
とおり,需要者が空手道場を選択するに当たっては,当該道場の所在地,
指導者,在籍する門下生の実績や雰囲気,指導者の指導方針等に対する
信用の有無・程度等が重要な要素として考慮されるところ,本件商標1
~3の各出願日より前から,被告Bをはじめとする被告ら道場の指導員
の活動や門下生らの活躍がマスメディアにしばしば取り上げられるなど
(乙95~99),被告ら法人が福島県内において一定の信用を築いてい
たとみられることなども考慮すると,本件各標章が被告ら道場で使用さ
れたことによる原告らの活動への影響も極めて小さかったと推認される。
これらの事情を総合考慮すれば,本件商標権1,2のみの侵害期間に
関しては被告法人の得た利益額のうち98%について,本件商標権1~
3の侵害期間に関しては被告法人の得た利益額のうち97%について,
それぞれ損害額の推定が覆滅されるとみるのが相当である。
ウ以上によれば,被告法人が本件商標権1~3を侵害したことにより生
じた原告Aの損害額は,以下のとおり,844万0388円と算定され
る。
計算式:2984万5709円(被告法人の平成21年2月27日~
同年12月3日まで利益額)×2%+2億6144万9139
円(被告法人の平成21年12月4日~平成27年4月30日
までの利益額)×3%=844万0388円
(3)原告会社の損害額
ア原告会社は,法38条3項に基づき,本件商標4~6の使用料相当額
の損害賠償を請求する。
イそこで検討するに,本件商標権4~6の一部又は全部を侵害していた
期間に係る被告法人の売上額は,以下の(ア)~(ウ)のとおり,合計2億
2816万7569円(本件商標権4のみの侵害期間(平成23年2月
10日~平成24年5月10日)につき5749万2021円,本件商
標権4及び5のみの侵害期間(平成24年5月11日~平成25年1月
24日)につき3824万4846円,本件商標権4~6の侵害期間(平
成25年1月25日~平成27年4月30日)につき1億3243万0
702円)と認められる。
(ア)本件商標権4の侵害期間に係る被告法人の売上額
本件商標権4の原告会社への移転登録日は平成23年2月10日,
本件商標5の登録日は平成24年5月11日であるから,被告法人は,
平成23年2月10日から平成24年5月10日まで間,本件商標権
4のみを侵害していたこととなるところ,同期間における被告法人の
売上額は,5749万2021円(計算式は以下のとおり)となる。
計算式:4371万7250円(第3期における被告法人の売上額)
×80日(=平成23年2月10日から同年4月30日まで
の日数)/365日+4643万3524円(第4期におけ
る被告法人の売上額)+5389万7177円(第5期にお
ける被告法人の売上額)×10日(平成24年5月1日から
同月10日までの日数)/365=5749万2021円
(イ)本件商標権4及び5の侵害期間に係る被告法人の売上額
本件商標権4の原告会社への移転登録日は平成23年2月10日,
本件商標5の登録日は平成24年5月11日,本件商標6の登録日は
平成25年1月25日であるから,被告法人は平成24年5月11日
から平成25年1月24日までの間,本件商標権4及び5のみを侵害
していたこととなるところ,同期間における被告法人の売上額は,3
824万4846円(計算式は以下のとおり)となる。
計算式:5389万7177円(第5期における被告法人の売上額)
×259日(平成24年5月11日から平成25年1月24
日までの日数)/365日=3824万4846円
(ウ)本件商標権4~6の侵害期間に係る被告法人の売上額
本件商標権4の原告会社への移転登録日は平成23年2月10日,
本件商標5の登録日は平成24年5月11日,本件商標6の登録日は
平成25年1月25日である。そして,前記6(4)のとおり,平成27
年5月1日以降は原告会社の商標権の行使は権利濫用と評価されるか
ら,本件商標権4~6の侵害を理由とする損害賠償請求が認められる
のは,本件商標6の登録日(平成25年1月25日)から平成27年
4月30日までの間についての分となるところ,同期間における被告
法人の売上高は,1億3243万0702円(計算式は以下のとおり)
となる。
計算式:5389万7177円(第5期における被告法人の売上額)
×96日(平成25年1月25日から同年4月30日までの
日数)/365日+5943万4870円(第6期における
被告法人の売上額)+5882万0137円(第7期におけ
る被告法人の売上額)=1億3243万0702円
ウもっとも,①本件商標4~6と類似する商標を用いる空手道場等が被
告ら道場以外に多数存在することがうかがわれるほか,被告ら道場にお
いても,原告会社による本件商標4~6の各出願より前から本件商標4
~6と類似する本件標章4-1,同4-2,同5,同6が継続的に使用
されていたこと,②本件商標4~6の各出願日より前から,被告Bをは
じめとする被告ら道場の指導員の活動や門下生らの活躍がマスメディア
にしばしば取り上げられるなど(乙95~99),被告ら道場が福島県内
において一定の信用を築いていたとみられること,上記(2)イのとおり,
③需要者が空手道場を選択するに当たっては,当該道場の所在地,指導
者,在籍する門下生の実績,雰囲気及び指導者の指導方針等に対する信
用の有無・程度等が重要な要素として考慮されること,④被告ら道場が
所在するのが福島県内のみであるのに対し,原告らの道場は福島県内に
全く存在しないこと等に照らすと,被告法人の売上の大半は,被告法人
の立地のほか,活動・指導の実績や宣伝広告といった本件標章4-1,
同4-2,同5,同6以外の要素に起因するものと解される。
こうした事情に加え,本件商標6の指定商品役務が「第25類被服,
空手衣」及び「第41類空手の教授,空手の興業の企画・運営又は開
催」であるのに対し,本件商標4は「第41類空手の教授,空手の興
業の企画・運営又は開催」のみを,本件商標5は「第25類被服,空
手衣」のみを,それぞれ指定商品役務としていることなど一切の事情を
総合すると,本件商標4~6の使用に対し受けるべき金銭の額は200
万円と認めるのが相当であり,上記金銭の額がこれより高い又は低いと
認めるに足る的確な証拠はない。
したがって,原告会社の損害額は200万円と算定できる。
10結論
以上によれば,原告らの被告法人に対する請求は,主文第1項及び第2項
の限度で理由があるからこれらを認容し,原告らの被告法人に対するその余
の請求及び被告Bに対する請求はいずれも理由がないから棄却することと
して,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第47部
裁判長裁判官沖中康人
裁判官矢口俊哉
裁判官廣瀬達人
(別紙)
当事者目録
甲・乙事件原告A
(以下「原告A」という。)
甲・乙事件原告有限会社マス大山エンタープライズ
(以下「原告会社」という。)
上記両名訴訟代理人弁護士小林永治
同寺田伸子
甲事件被告B
(以下「被告B」という。)
同訴訟代理人弁護士小川秀世
乙事件被告NPO法人極真カラテ門馬道場
(以下「被告法人」という。)
上記両名訴訟代理人弁護士中澤佑一
同柴田佳佑
同西郷豊成
同船越雄一
同松本紘明
同延時千鶴子
同平津慎副
同訴訟復代理人弁護士岩本瑞穂
(別紙)
道場目録
本部
矢吹道場
(住所は省略)
白河道場(住所は省略)
西郷東道場(住所は省略)
表郷道場(住所は省略)
須賀川中央道

(住所は省略)
郡山安積道場(住所は省略)
郡山富田道場(住所は省略)
郡山大槻道場(住所は省略)
郡山富久山道

(住所は省略)
郡山堤下道場(住所は省略)
福島北道場(住所は省略)
福島西道場(住所は省略)
いわき好間道

(住所は省略)
会津アピオ道

(住所は省略)
会津謹教道場(住所は省略)

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