弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を取り消す。
     被控訴人は控訴人に対し金十三万五千円並びにこれに対する昭和二十六
年五月三十日から支払ずみまで年六分の割合の金員を支払え。
     訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
     本判決は控訴人において金四万円の担保を供するときは仮に執行するこ
とができる。
         事    実
 控訴代理人は、主文第一ないし第三項同旨の判決並びに担保を条件とする仮執行
の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
 当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、「原判決事実摘示中請求の
原因として、『昭和二十七年五月二十九日被告の営業所たる肩書地において』(原
判決一枚目末行から二枚目初行)と主張したとあるが、これを『昭和二十六年五月
二十八日支払場所において』と訂正する。」と述べ、被控訴代理人において、「控
訴人の主張の訂正に異議はない。控訴人の主張するように本件手形が呈示され、そ
の支払が拒絶されたことを認める。」と述べた外、原判決事実摘示記載のとおりで
あるから、ここにこれを引用する。
 証拠として、控訴代理人は、甲第一号証を提出し、当審証人Aの証言、原審及び
当審における控訴人(原告)本人尋問の結果を援用し、乙各号証の成立は不知と述
べ、被控訴代理人け、乙第一、第二号証を提出し、原審証人B、C、原審及び当審
証人Dの各証言、原審における被告(被控訴人)会社代表者E尋問の結果を援用
し、甲第一号証の成立を認めた。
         理    由
 被控訴人が昭和二十六年三月十五日訴外日東工業株式会社にあて金額十三万五千
円、満期昭和二十六年五月二十五日、振出地支払地ともに東京都千代田区、支払場
所埼玉銀行東京支店と定めた約束手形一通を振り出したことは当事者間に争なく、
成立に争ない甲第一号証によれば、右手形には受取人日東工業株式会社の白地裏書
がなされている事実が明らかであつて、同号証の提出者たる控訴人は、反証のない
限り右手形の正当なる所持人と認むべきである。しかるに被控訴人は右所持を争
い、控訴人は単に日東工業株式会社から右手形の割引斡旋方を依頼せられてこれが
交付を受けたに止まり、右手形上の権利を取得したものでないと主張しているけれ
ども、右主張にそう原審並びに当審証人Dの証言並びに同人の作成にかかる乙第一
号証(証明書)の記載内容は、後記証拠にてらしにわかに信用しがたく、これをお
いて他に被控訴人の右主張事実を認めるに足る確証なきに反し、前記甲第一号証、
当審及び原審証人Dの証言の一部、当審証人Aの証言、原審及び当審における控訴
人(原告)本人尋問の結果を綜合すれば、日東工業株式会社は、控訴人に対し昭和
二十六年三月中旬「スター・クラウン・ライター」部分品四万個の製作方を材料控
訴人持ちで註文し、その代金を約二十三万円と定めたところ、控訴人から材料代金
として総代金の約三分の二に相当する前渡金の支払の請求があつたので、現金の交
付に代え、昭和二十六年三月十五日から二十日頃までの間に本件手形に白地裏書を
なしてこれを控訴人に交付譲渡した事実が認められるから、被控訴人の右主張は理
由がない。
 しかして控訴人が昭和二十六年五月二十八日(右は満期の日につぐ二取引日内で
あることは暦の上で明らかである。)本件手形を支払場所に呈示したところ支払を
拒絶されたことは、当事者間に争のないところである。
 よつて進んで被控訴人の抗弁について審按する。前掲甲第一号証及び原審証人C
の証言、同証言により真正に成立したと認められる乙第一号証、原審並びに当審証
人Dの証言を綜合すれば、被控訴人は昭和二十六年三月十五日日東工業株式会社に
対しオートマテイク・ポケツト・ライター四百打の製作を、単価九十四円、納入期
日昭和二十五年五月二十日、代金はその八十パーセントを約束手形で支払い、二十
パーセントを現金で納品のとき支払うことと定めて請け負わしめたこと、被控訴人
は右契約成立の日である昭和二十六年三月十五日に右契約に基く代金支払のため、
前渡金の趣旨を含めて日東工業株式会社にあて、本件約束手形及び金額二十二万円
余の約束手形一通計二通を振り出し交付したこと、日東工業株式会社は昭和二十六
年三月十五日から同月二十日頃までの間に本件約束手形が被控訴人かち前渡金とし
て受け取つたものであることを告げて控訴人に白地裏書によつて譲渡したこと、被
控訴人と日東工業株式会社との間の右請負契約は昭和二十六年<要旨第一>四月十五
日合意解除となつたことをそれぞれ認めることができる。それ故被控訴人は日東工
業株式会社に対してはもとより基本契約が合意解除されたという理由で
本件手形の支払を拒み得るものであることはいうまでもないが、被控訴人が日東工
業株式会社に対する基本契約の合意解除に基く人的抗弁を控訴人に対抗することが
できるか否かについては更に検討を要するものがある。第一に、本件約束手形は前
渡金の趣旨で被控訴人から日東工業株式会社に振出交付されたことである。そして
このような場合の前渡金が、単に物品の製作引渡前における代金の一部又は全部の
前払たるに止まらず、授者が受者をしてこれを利用せしめ、材料の調達並びに物品
の製作を容易ならしめる目的を以て授受されることは当裁判所に顕著なところであ
つて、本件においても、反証なき限りかかる目的を以つて授受されたものと認むべ
く、被控訴人が代金の八十パーセントを二分して、これを二通の約束手形として日
東工業株式会社に交付したことから見ても、被控訴人は右会社が被控訴人振出の約
束手形を他に割り引いて金融を得ることを当然予想したであろうことはこれを推定
するに難からぬところである。従つて控訴人が本件手形が前渡金の支払のため振り
出されたものなることを知つて同会社から裏書譲渡を受けたとしても、単にそれだ
けでは、被控訴人は本件手形の支払を拒みえないであろう。第二に、日東工業株式
会社が本件手形を控訴人に裏書譲渡したのは、昭和二十六年三月十五日から同月二
十日頃までの間であつて、前記認定の請負契約が合意解除された同年四月十五日か
ら約一ケ月前であることである。控訴人が本件手形の裏書譲渡を受けた時におい
て、控訴人が前記認定の請負契約が解除されるであろうことを知つていたのである
ならば、控訴人は本件手形の悪意の取得者と見ることができるであろうが、当審証
人Dの証言によるも、日東工業株式会社の代表取締役であるDは控訴人に対し本件
手形が被控訴人から前渡金として受け取つたものであることを告げたことが認めら
れるだけであつて、本件一切の証拠によつても控訴人が本件手形を取得したとき、
後に本件手形振出の原因たる請負契約が解除されることがあるであろうことを予想
していたと認められるような事情は何一つ見出すことができないのである。もちろ
ん、この場合控訴人は請負契約に基く製作品がまだ日東工業株式会社から被控訴人
に引き渡されてなかつたことを知つていたことはいうまで<要旨第二>もない。しか
しこの様な場合に請負代金支払のために振り出された約束手形を取得したものが、
請負契約に基いて振り出されたことを知つていたというだけで、請負契
約に基いて起り得る一切のこと、すなわち契約の不履行、あるいは解除などの将来
発生するか否か予測し得ないことまで対抗されるということになつては、正常な手
形取引の安全を害することになつてしまうであろう。であるから手形法第十七条但
書の「債務者を害することを知りて手形を取得したる」者とは、抗弁事由発生の可
能性あることを知つて手形を取得したというだけでは足らず、進んで具体的な抗弁
事由が存在すること、これを本件についていえば、請負契約が合意解除されるであ
ろうことを知つていたことを要するものと言わなければならぬ。しかして前段認定
のように控訴人がこのような事情を知つていたと認められないことはもちろん、本
件一切の証拠によるも、控訴人が本件手形を取得した当時右請負契約が合意解除せ
られるかも知れない事情が存在していたことすらも認められないのであるから、控
訴人が本件手形の悪意の取得者といい得ないことが明らかである。もつとも、原審
証人C、同Bの各証言を綜合すれば、本件手形振出後Bが控訴人から本件手形の割
引を求められた際、同人は被控訴会社に本件手形につき電話で問い合せたところ、
被控訴会社取締役Cから本件手形は品代金ないしは前渡金として振り出したもので
あるが、品物が完全に納入せられなければ支払うことのできぬものであることを聞
き、本件手形の割引を拒絶したことを認められるけれども、右は控訴人が本件手形
を取得した後のことであるから、右事実は前段認定には影響を及ぼすことのできぬ
ものである。
 以上、第一、第二の認定事実を綜合すれば、被控訴人は控訴人が本件手形を取得
した後に生じた被控訴人と日東工業株式会社との間の前段認定の請負契約の合意解
除に基く右会社に対する人的抗弁をもつて控訴人に対抗し得ないものというべく、
被控訴人の右抗弁は排斥を免れないものである。
 しからば、被控訴人に対し、本件手形金十三万五千円及びこれに対する本件手形
の呈示の日の後であることが明らかな昭和二十六年五月三十日から支払ずみまで商
法所定の年六分の遅延損害金の支払を求める控訴人の本訴請求は正当としてこれを
認容すべきものである。よつて控訴人の本訴請求を棄却した原判決を取消し、控訴
人の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十六条
を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項を適用し、主文のとおり判決す
る。
 (裁判長判事 大江保直 判事 岡咲恕一 判事 猪俣幸一)

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