弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を懲役二年に処する。
     原審における訴訟費用は被告人の負担とする。
         理    由
 弁護士大坂久之助、土家健太郎の控訴趣意第一点は、
 原審は証拠に依らずして事実を認定した違法ある。
 原審は原判決第二の事実を認定するに当り
 一、 被告人の第二回副検事に対する供述調書
 一、 Aの検察事務官に対する供述調書
 一、 医師Bの診断書
 等を証拠として採用し有罪の認定をしたが前示第二回被告人の副検事に対する供
述は事実の経路を供述したるに止り暴行強迫を以て姦淫したとの事実は認めること
は出来ない。
 又原審はAの検察事務官に対する供述調書を採用して居るけれ共同人の検察事務
官に対する供述調書なるものは本件に付いては提出されてないから原審は全然存在
しない証拠により事実を認定した失当がある。
 尤も原審では同人の副検事に対する供述調書に付き刑訴第三二一条第一号、二号
により関係人の同意ないのに不拘之を証拠として採用してあるので或は之と標示を
取違えたものとするも該供述採用に付いては同条の明示する如く
 供述者が死亡、精神若くは身体故障、所在不明若しくは国外に居るため公判期日
に供述することが出来ない時又は公判準備若しくは公判期日に於て前の供述と相反
するか若しくは実質的に異つた供述をした時に限定されて居るので右以外の場合即
ち本件の如く供述者たるAが原審公判期日に供述しなかつた(公判調書参照)場合
に於ては該法令が適用さるべきものでないから原審が証拠として採用出来ないもの
なのに之を有罪の証拠として採用したのは違法である。
 果して然らば原審採用の医師診断書は本件事実の暴行、強迫の有無には何等交渉
なく従つて該診断書のみにては本件第二判示事実の証拠とならないもので結局原審
は判示第二の事実に付いては証拠に依らずして有罪の判決をした違法がある。
 というのである。
 原判決が判示第二の強姦致傷の犯罪事実認定の証拠として、「Aの検察事務官に
対する供述調書」を掲げているけれども、原審においてかかる証拠について取調べ
た形跡がないことは所論の通りである。然し原審第一回公判期日において検察官は
「副検事作成に係るAの第一回供述調書」について証拠調を請求し裁判所はその証
拠調をしていることと、記録中他にAの供述調書が存在しないこととに徴し、原判
決は「検察官に対する」供述調書と記載するのを誤つて「検察事務官に対する」供
述調書と記載したと認められるので、右は「Aの検察官に対する供述調書」と解す
べきものである。
 次に被告人及び弁護人は右調書を証拠とすることに同意していないので(被告人
及び弁護人は之を証拠とすることについて裁判所に対し「然るべく決定ありたい」
と述べているので、之は証拠とすることに同意したものと解すべきであるとの見解
もあり得ると考えられるが、刑事訴訟法第三百二十五条の同意とは積極的に同意す
る意思を明示した場合のみと解釈するのが相当であるから本件の場合は同意がなか
つたものと解する)之を証拠に援用することが適法が否かについて判断する。原審
第一回公判調書によると、検察官は在廷する証人Aの尋問を求め、裁判所は之を採
用し交互尋問の方法に従い、まづ検察官より尋問を始め、
 前略
 問、証人に警察の人が呼んでいると云つた男の風態は、
 答、新制中学の様な人です。
 それで私は、別に悪い事もしないのに変だなと思い乍ら正面に向つて左側の方
え、その中学生の後から出たのです。
 間、そこでどの様な男に合つたか、
 答、茶色のオーバーを着た人が椅子に腰を下して居りました。
 問、その男は証人の後方に居るか、
 この時証人は後方を振向き被告人を認むるや証人台の縁に顔を伏せ、激しく動哭
して答えない。
 裁判長は合議の上
 これからの審理は善良の風俗を害する虞があると認めるから公衆の退廷を命ずる
旨公開停止の決定を宣した。
 検察官は、
 証人に対し証人の動哭の静まるをまち更に前同様再三尋問を試みたが証人は口を
緘して全然答えない。
 検察官は、
 尋問は事実上不可能であるからこれを終えると述べ
 主任弁護人は、証人を尋問しないと述べた。
 中略
 検察官は、
 証人Aに対し、これ以上検察官が証明せんとする事項に関しての供述を求める事
は不可能と思料するから前同様立証趣旨で刑事訴訟法第三二一条第一項第二号に基
いて
 Aの副検事に対する第一回供述調書
 の証拠調を求めると述べた。
 主任弁護人及び被告人は、
 然るべく決定ありたいと述べた。
 裁判長は合議の上
 右書面について証拠調をすると告げた。
 とあり、引続いて右証拠調をした記載がある。
 <要旨>強姦若しくは之に類似の事件につき法廷において被害者である婦人殊に年
若い婦人を尋問するときには泣きくずれて取調べに非常な困難を感ずること
はしばしば経験することであつて、この場合簡単に尋問を抛棄して直ちにその供述
調書につき刑事訴訟法第三二一条第一項第二、三号の適用を求めることは正しくな
いけれども色々と手段を尽して供述を得るよう努力してもなおその供述を得られな
いときには右法条にいはゆる精神若しくは身体の故障のため供述することができな
い場合に該当するものとして訴訟関係人の同意がなくてもその供述調書を証拠にす
ることができると解すべきである。本件においては証人Aは満十八歳の婦人であつ
て前記のように、裁判所は公開を停止して供述し易いふん囲気を作り、検察官は証
人の昂奮の静まるのを待つて再三尋問したけれども遂に供述を得られなかつたとい
うのであるから、尋問の方法につき多大の苦心を払つていることが推測されるの
で、原審が右の場合を前記法条に該当するものとして本件供述調書を証拠に採用し
たのは正当である。なお当審において事実調べを開始し、第一回公判期日に弁護人
の申請により被害者A及びその母において被告人の行為を宥恕した点の立証とし
て、証人Aを喚問することを決定したけれども、第二回公判期日に弁護人は右証人
は出頭しても供述できないかも知れないから之を抛棄し、母親Cを証人として喚問
されたいとの申出があり、母親Cを喚問することに決定した経緯に徴しても、原審
の措置は正当であつたことが窺はれる。右の通りであるから原審が副検事作成に係
るAの供述調書を証拠に採用したことは違法ではない。
 而して原判決が挙示する右供述調書、副検事作成の被告人の第二回供述調書、医
師B作成の診断書を綜合すると原判示第二の強姦致傷の犯罪事実を認めるのに十分
であるから、原判決には証拠によらずに事実を認定した違法なく、この点に関する
論旨は理由がない。
 同第二点は、
 仮りに右事実認定の証拠ありとするも原審は刑の量定不当である。
 被告は家族三名を擁し本件犯行に依り其の職を失し途方に暮れ居る実情なると、
改悛の情顕著である一方被害者側に於て一時激昂したるも其の責めの一端は自己に
もあるとの考へを抱き本件発生以来被告側より陳謝しつつあつた誠意を認め、今回
被害者側は被告人に対し本件犯行を全面的に而かも無条件で之を宥恕して呉れた事
実等斟酌すれば酌量の余地十分なるに原審は被告人を懲役三年に処したるのは其量
刑不当であるから破棄せらるべきものと信ずる。
 というのである。
 本件訴訟記録及び当審において取調べた証拠によると所論の事情を認めることが
できるから、被告人を懲役三年に処した原判決の量刑は重すぎるといはねばならな
い。この点において論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。然し本件犯行当
時の被告人の職務が海上保安官であつたこと、本件犯罪の態様及びその他諸般の情
状に照し、刑の執行を猶予することは相当でないと認める。
 よつて刑事訴訟法第三九七条第三八一条に従い原判決を破棄し、本件訴訟記録並
びに原審及び当審において取調べた証拠より直ちに判決することができるものと認
めるから同法第四〇〇条但書に従いさらに被告事件につき判決する。
 罪となるべき事実は原判決と同一であるから之を引用する。
 右事実を認めた証拠は原判示第二事実の証拠中のAの検察事務官に対する供述調
書とあるのをAの副検事に対する供述調書と訂正する外は原判決に掲げる証拠と同
一であるから之を引用する。
 法律に照すと、被告人の所為中猥褻誘拐の点は刑法第二二五条に、強姦致傷の点
は同法第一八一条第一七七条前段に該当するが、右は互に手段結果の関係にあるの
で同法第五四条第一項後段第一〇条を適用し、重い強姦致傷の罪の刑に従いその所
定刑中有期懲役刑を選択し三年以上十五年以下の範囲内で処断すべきであるが、前
記のように犯情憫諒すべきものがあるから同法第六六条第六八条に従い酌量減刑し
た刑期範囲内で被告人を懲役二年に処し、刑事訴訟法第一八一条第一項を適用して
原審における訴訟費用は被告人の負担とし、主文の通り判決する。
 (裁判長判事 原和雄 判事 井上正弘 判事 百村五郎左衛門)

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