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 平成14年6月28日判決言渡 平成8年(ワ)第12476号 損害賠償請求事件
主      文
  1 被告は,原告に対し,金60万円及びこれに対する平成8年7月13日から支払
済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  2 原告のその余の請求を棄却する。
  3 訴訟費用は,これを10分し,その9を原告の負担とし,その余を被告の負担
とする。
  4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
 ただし,被告が40万円の担保を供したときは,上記仮執行を免れることが
できる。
事実及び理由
第1 請求
 被告は,原告に対し,1000万円及びこれに対する平成8年7月13日から支払済み
まで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は,Kに懲役受刑者として拘禁されていた原告が,同刑務所の職員から集
団的暴行を受け,違法に革手錠及び金属手錠を使用されたうえ,保護房に拘禁さ
れ,虚偽又は軽微な規律違反事実により違法に懲罰を科せられたうえ,仮出獄の機
会を奪われ,さらに,違法に昼夜独居拘禁の処遇を受け,極端に低廉な作業賞与金
による刑務作業を強いられたとして,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,上
記各行為により原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料及び弁護士費用についての
賠償並びに遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 法令の定め等
(1) 手錠の使用について
ア 監獄法は,在監者に逃走,暴行若しくは自殺のおそれがあるとき又は監
外にあるときには戒具の使用を許容しており(同法19条1項),その使用について
は,緊急を要する場合のほかは所長(刑務所,少年刑務所及び拘置所の長をいう。
施行規則3条。以下,「法令の定め等」において,同じ。)の命令によるべきことと
され,所長の命令によらず緊急に使用した場合には,使用後直ちにその旨を所長に
報告すべきこととされている(監獄法施行規則(以下「施行規則」という。)49条
1項及び2項)。
イ 監獄法19条2項は,戒具の種類について,命令をもって定めることとして
おり,施行規則48条1項は,鎮静衣,防声具,手錠,捕縄の4種類を規定している。
ウ 戒具の製式については,法務大臣が別に定めることとされているところ
(施行規則48条2項),「戒具製式改定ノ件」(昭和4年5月14日司法大臣訓令行甲第
740号)は,戒具のうち手錠について,「金属手錠」と「革手錠」とにその製式を分
けて定めている。
エ 手錠は,暴行,逃走若しくは自殺のおそれがある在監者又は護送中の在
監者で必要があると認められるものに限って使用することができるとされている
(施行規則50条1項)。
 「手錠及び捕じょうの使用について」(昭和32年1月26日矯正局長通牒矯
正甲第65号。以下「本件通牒」という。)は,「戒具は,法律に定められた事由の
ある場合に限り,各その使用目的に従って使用せられるべきであり,かつ,目的達
成のための最少限度でなければならない。」と規定したうえで,手錠及び捕縄の使
用上の心得として,次の①ないし⑤のとおり規定する(本件通牒記の一)。
① 著しく苦痛を伴うような不自然な姿勢を強いる等の方法で使用しない
こと。
② 戒具以外の物と連結し,又は戒具以外の物を併せ用いないこと。
③ 必要以上に緊度を強くし,使用部位を傷つけ,又は著しく血液の循環
を妨げることがないようにすること。
④ 使用中は徒に放置することなく,視察をひんぱんに行うとともに進ん
で面接指導をなし,精神の安定をはかるようつとめること。
⑤ 使用した場合は,時間の長短を問わず,使用の事由,手錠又は捕じょ
うの種類,使用方法,使用日時及び解除日時は一定の帳簿に,使用中の特異な動静
は視察表に記録すること。
 また,本件通牒は,手錠の使用方法として,次の①ないし④のとおり規
定する(本件通牒記の二)。
① 手錠及び腕輪は手くびに,バンドは腰部(下腹部及び下背部を含む。
以下同じ。)に使用し,それ以外の部位には使用しないこと。
② 手錠を使用した場合の手の位置は,腰部においてそれぞれ,両手前,
両手後,片手前片手後及び両手各横とし,手くび,前腕部又は上腕部を交錯させな
いこと。
③ 1個の手錠を2人以上に使用しないこと。
④(1) 被使用者の食事及び用便等にあたっては,施錠を一時はずして用を
便ぜしめること。
(2) 右により難い場合は,できるだけ次のような配慮をすること。
イ 革手錠のバンドをゆるくする。
ロ 片手の施錠をはずす。
ハ 両手を前にする。
(2) 保護房について
 監獄法は,懲役に処せられた者を拘禁する場所を懲役監とし(同法1条
1項),心身の状況により不適当と認めるものを除くほか,在監者を独居拘禁に付す
ことができると定めており(同法15条),施行規則は,戒護のため隔離する必要が
ある在監者を独居拘禁に付すことができるとしている(同規則47条)。
 そして,「保護房の使用について」(昭和42年12月21日矯正局長通達矯正
甲第1203号。以下「保護房通達」という。)は,次の①ないし⑤のいずれかに該当
するものであって,普通房に拘禁することが不適当と認められる場合に限り,保護
房(被拘禁者の鎮静及び保護に充てるため設けられた相応の設備及び構造を有する
独居房)に拘禁すると定めている(保護房通達記の一)。
① 逃走のおそれがある者
② 職員又は他の収容者に暴行又は傷害を加えるおそれがある者
③ 自殺又は自傷のおそれがある者
④ 制止に従わず,大声又は騒音を発する者
⑤ 房内汚染,器物損壊等異常な行動を反復するおそれがある者
(3) 懲罰について
ア 監獄法59条は,在監者が監獄内の紀律に違反した場合には,懲罰を科す
べきことを規定している。そして,在監者が遵守すべき事項については,冊子の形
にして監房内に備え置くべきこととされている(施行規則22条2項)。
イ Kにおいては,在監者が同刑務所で生活する上での一般的注意事項及び
動作要領をまとめた冊子とともに,在監者が遵守すべき事項を記載した「被収容者
遵守事項」(乙7。以下「本件遵守事項」という。)を各居房に備え付けている。
 本件遵守事項には,「他人に暴行を加え,又は加えることを企ててはな
らない」(19項),「他人と喧嘩若しくは口論し,又はすることを企ててはならな
い。」(20項),「他人をひぼうし,中傷し,又は侮辱するような言動をしてはな
らない。他人に対し粗暴な言動をしてはならない。」(21項),「作業を拒否し,
怠け,又は妨害してはならない。」(28項),「許可なく定められた方法以外の方
法で衣類を洗濯し,又は身体を洗ってはならない。」(35項),「建物,備品等に
落書きをしてはならない。」(37項),「職員の職務上の指示,命令に対し抗弁,
無視などの方法により職員の職務を妨害してはならない。」(39項)等の事項が定
められている。
ウ 懲罰の種類については,監獄法60条1項がこれを定めており,このうち,
同項11号に定める軽屏禁の実施方法については,同条2項が,「受罰者ヲ罰室内ニ昼
夜屏居セシメ情状ニ因リ就業セシメサルコトヲ得」と規定している。
(4) 独居拘禁について 
 前記(2)のとおり,監獄法15条は,心身の状況により不適当と認めるものを
除くほか,在監者を独居拘禁に付すことができるとし,施行規則47条は,戒護のた
め隔離する必要がある在監者を独居拘禁に付すことができるとしている。
 また,施行規則23条は,独居拘禁に付された者について,他の在監者と交
通を遮断し,召喚,運動,入浴,接見,教晦,診療又はやむを得ない場合を除くほ
か,房内に独居させることと定めている。
(5) 作業賞与金について
 懲役受刑者は,監獄において定役に服さなければならない(刑法12条
2項)。在監者の作業による収入は,すべて国庫の所得とされるが,作業に就いた在
監者には,法務省令の定めにより,作業賞与金を支給することができる(監獄法
27条1項,2項)。作業賞与金の額は,行状,作業の成績等を斟酌して定めることと
されており(同条3項),これを受けて,施行規則は,作業賞与金を,行状,性向,
作業の種類,成績,科程の了否を斟酌し,法務大臣の定めたところによって計算す
ることとしている(同規則71条)。
(6) 仮出獄について
 懲役又は禁錮に処せられた者に改悛の状があるときは,有期刑については
その刑期の3分の1,無期刑については10年を経過した後,行政官庁の処分によって
仮出獄を許すことができる(刑法28条)。
 そして,仮釈放及び保護観察等に関する規則(昭和49年法務省令第24号。
以下「仮釈放等に関する規則」という。)32条は,仮出獄の具体的な判断基準とし
て,悔悟の情が認められること,更生の意欲が認められること,再犯のおそれがな
いと認められること及び社会の感情が仮出獄を是認すると認められることを総合的
に判断し,保護観察に付することが本人の改善更生のために相当であると認められ
る場合にこれを許可するものと規定している。
 仮出獄については,地方更生保護委員会が,監獄の長から仮出獄の申請が
あった場合に,仮出獄の許否の決定をするため,委員を指名して,審理を行わせ,
その結果に基づき,仮出獄を相当と認めるときは,決定をもってこれを許さなけれ
ばならない。また,監獄の長から刑法28条の期間を経過した旨の通告があった受刑
者については,上記の申請がない場合においても,仮出獄の許否の決定をするた
め,委員を指名して,審理を行わせることができるが,この場合には,あらかじ
め,監獄の長の意見を求めなければならない(犯罪者予防更生法28条,29条1項及び
2項,31条1項及び2項)。
2 前提となる事実
(末尾に証拠を掲記した事実は当該証拠により認定した事実であり,証拠を掲
記しない事実は当事者間に争いがない事実である。なお,以下,K長を「所長」と
いい,その他の職員の肩書については,特段の記載がない限り,「K処遇部処遇部
門」を省略する。)
(1) 原告は,アメリカ合衆国の国籍を有する者であって,平成4年11月19日,
大麻取締法違反の被疑事実により逮捕され,新東京国際空港警察署,千葉刑務所拘
置監に拘禁された後,平成5年3月10日,千葉地方裁判所において,大麻取締法違
反,関税法違反の罪により,懲役4年6月の刑を言い渡され,同月25日,同刑が確定
したことに伴い,同月31日にKに移送され,同刑務所で同刑の執行を受けたもので
ある。
(2) 原告は,Kに入所後,平成5年6月12日に至るまでの間は,その行為が規律
違反容疑に問われるようなことはなかったが,同日,被拘禁者回覧用新聞紙「ジャ
パンタイムス」の未配達郵便物欄中,同刑務所の在監者であるIの氏名が記載され
た箇所に赤色ボールペンで書き込みをしたことについて,規律違反容疑行為に該当
するとして取調べを受け,同月22日,注意処分を受けた。
(3)ア 原告は,平成5年7月22日,Kの外国人用食堂(以下,同刑務所内の施設
については,単にその施設名をもって,「外国人用食堂」というように表示す
る。)において,原告が目を開けていると判断して注意を与えた同刑務所の職員
(以下,同刑務所の職員を単に「職員」という。)に対して反抗したことが,本件
遵守事項39項に定める「抗弁」に該当する規律違反行為であるとして,同年8月
17日,軽屏禁10日(文書図画閲読禁止併科)の懲罰を科す旨告知された(以下,こ
の懲罰の対象となった事件を「第1事件」という。)。
イ 原告は,平成5年8月17日午後,職員から,革手錠を両手後ろの方法によ
り装着されたうえ,金属手錠を併用され(以下,この革手錠及び金属手錠の使用を
「本件戒具使用」という。),さらに,原告が着用していたズボン及び下着を,股
の部分が切れているズボン(以下「股割れズボン」という。)及びパンツ(以下,
「股割れズボン」と併せて,「股割れズボン等」という。)に替えられたうえで,
保護房第4室(以下「本件保護房」という。)に拘禁された(以下,原告の本件保護
房における拘禁を「本件保護房拘禁」という。)。
 その後,原告は,同月18日,本件戒具使用を解除され,同月19日,本件
保護房拘禁を解除された。
ウ 原告は,平成5年8月17日午後,原告の居房において,職員に対して暴行
をしようとしたことを理由として,同年9月7日,軽屏禁25日(文書図画閲読禁止併
科)の懲罰を告知され,その執行を受けた(以下「平成5年9月7日の懲罰」とい
う。)。
(懲罰理由につき乙46)
エ 革手錠は,革製の腕輪を両手首に装着し,腕輪に付いた金具にベルトを
通した上,ベルトを胴体に締めることによって,両手首を胴体に固定する拘束具で
ある。
 Kにおいて使用されていた革手錠は,1本のベルト及び2個の腕輪から構
成されており,表面材質は牛革である。
 上記ベルトは,規格寸法が長さが140センチメートル以内,幅が4・5セン
チメートル以内であり,二重構造となっていて,各層の間に銅線を入れることで強
度を保っている。
 上記ベルトには,数個の穴が開けられており,このベルトの穴に,バッ
クルの留め金を入れることにより,腹部ないし腰部にベルトを回して固定すること
ができる。また,バックルとバックルの留め金には,ねじ穴が開けられており,こ
の穴にらせん状ねじを入れることにより,施錠される構造となっている。
 腕輪には,上記用ベルトに装着させるための,かすがい型の鉄棒が装着
され,この鉄棒を通せる穴が異なった位置に平行して3つ開いており,腕輪の内径を
腕の太さに応じて調節できるようになっている。
(検証の結果)
(4) 原告は,平成7年12月14日,第28工場でシャープペンシルの組立作業に従
事していた際にわき見をし,そのことを注意した職員に対して,暴言を吐いたとし
て,同月22日,軽屏禁15日(文書図画閲読禁止併科)の懲罰を告知され,その執行
を受けた(以下,この懲罰の対象となった事件を「第2事件」という。)。
(5) 原告は,平成8年2月13日,職員の許可なく洗髪をしたことを理由として,
同月20日,軽屏禁5日(文書図画閲読禁止併科)の懲罰を告知され,その執行を受け
た(以下,この懲罰の対象となった事件を「第3事件」という。また,原告が同刑務
所において受けた上記の各懲罰を併せて「本件各懲罰」という。)。
(6)ア 原告は,平成8年3月14日,独居拘禁とする旨を告知され,同日以降,平
成9年12月27日に出所するまで,昼夜独居拘禁の処遇を受けた(以下「本件独居拘
禁」という。)。
(原告の出所時期及び出所までの処遇につき乙21,63)
イ Kにおける昼夜独居拘禁の処遇は,東4舎又は東5舎の各居室において行
われる。
 昼夜独居拘禁者の居房は,一般の独居房と広さや基本的な設備に大差は
ないが,鏡がないほか,居室の窓の外には,外部から被拘禁者が誰か判明しないよ
うにすること及び他の被拘禁者と不正に連絡することを防止することを目的とし
て,覆いが設けられている。
 昼夜独居拘禁中は,工場で集団作業をすることや,集団で行われるレク
リエーション行事に参加することが認められず,紙細工等の居室内で可能な作業を
行う扱いとされている。運動は週3回各30分間単独で実施され,入浴も原則として単
独で行われる。面会,手紙の発受の扱いは,集団処遇の場合と同様である。
(乙15,16)
3 当事者双方の主張
(原告の主張)
(1) 原告がKにおいて受けた不法行為
ア 不法行為に至る経緯
 原告は,Kに入所後,約2か月間は,他の在監者と特に異なることなく所
内生活を送っていた。
 ところが,平成5年6月中旬ころ,原告が外国人在監者に対する本の配給
の方法についての改善策を願せんの形で提出したころから,職員の原告への対応が
微妙に変化し始め,原告は,職員に行進の仕方がおかしいとして部屋の外で15分間
足踏みを命ぜられたり,配給本の願せんを提出したところ,職員に目の前でもみく
ちゃにして捨てられるなどの扱いを受けるようになった。
 原告は,自分が差別的に取り扱われているのではないかと感じ,事態の
改善への助言を求めるために,職員との面会を希望する旨の願せんを提出した。
イ 第1事件
a 第1事件の経緯
 原告は,平成5年7月22日,昼食時に外国人用食堂にて,ドアから最も
離れたテーブルで窓を背にして,ドアの方を向いて座っていた。食堂には,約80名
の外国人受刑者がいた。
 食堂では,全員が中に入って着席するまで,目を閉じて待っている規
則になっており,原告は,命ぜられたとおり目を閉じていたが,ドアの付近の方か
ら名前を呼ばれたので,目を開けた。すると,ドアの付近で監視していた職員が,
原告を指差して,目を閉じるよう指示した。原告は,指示に従って目を閉じたが,
原告が目を閉じていたうえに,多数の外国人受刑者の中から原告が選ばれて注意さ
れたことが不思議で,落ち着かなくなった。このとき原告は,前歯で舌をなめ回し
たことはあっても,舌を外に出したことはない。
 その直後,原告は,再び大きな声で呼ばれたため,もう一度目を開け
たところ,職員が大きな足音をさせ,大声で叫んで後ろまで来た。原告は,どう対
応してよいのかわからず,前を向いて目を閉じていたが,その職員はそのまま叫ん
で足踏みをし,壁を拳で叩いて窓を振るわせていた。原告は,職員の突然の荒々し
い態度に完全に動揺し,「アイ・ドント・アンダースタンド・ホワット・ユー・ア
ー・トーキング・アバウト」(“Idon'tunderstandwhatyouaretalking
about.”「何を言っているのかわかりません。」という意味)と呟いたが,返答は
なかった。
 原告は,立ち去りながら後について来るよう指示した職員に従って,
外国人用食堂の25メートルほど先にある第1区の事務室に連行された。そこでは,職
員が,興奮しながら大げさな動きで何かを説明し,食堂での原告の行為を説明する
そぶりで舌を突き出して,あたかも原告が舌を突き出したかのような説明をしてい
た。
b 取調べのための独居拘禁
 原告は,同日,独居房に連行され,同年8月16日まで,取調べのための
独居に付されたが,その理由について,連行の際には何の説明もなく,取調べを受
けた際,初めて,目を開けたことと反抗的態度により罰せられているという説明を
受けた。
c 懲罰手続
 原告は,同月1日ころ,東5舎3階の部屋の部屋に連行され,懲罰審査会
に出席した。そこで原告は,10名以上の受刑者と共に壁に向かって並ばされ,1人ず
つ審査会室に連れて行かれ,通訳を通じて,口頭で容疑事実を告知された。原告
は,これらの事実をすべてを否定し,自分がしたことは,名前を呼ばれた後に目を
開けたことと,職員に対して何を言っているのかわからないと言ったことだけであ
ると述べた。
 原告は,同月16日,再び同じ部屋に連行され,上記と同様の手続を経
て,同じ回答をした。
 原告は,以上の手続に際し,弁護士を依頼する権利や,証拠を閲覧し
たり証人を喚問する権利を認められなかった。
 原告は,同月17日にも同じ部屋に連行され,「10日間」とだけ言い渡
された。原告は,「10日間」が懲罰10日という意味であることを理解できず,ま
た,言渡しの理由や不服申立ての可否を職員に尋ねても,回答を得ることができな
かった。
ウ 本件戒具使用及び本件保護房拘禁
a 原告は,上記懲罰告知の後,平成5年8月17日午後1時すぎ,東5舎3階か
ら自己の居房である東4舎1階第129室に連行された。原告は,今後の手続について一
切告知されていなかったため,不安を感じていたほか,懲罰の理由が目を開けたこ
とに対するものか,反抗に対するものかも理解できず,その両者について自分は無
実であり,犠牲者にされたと考えていた。
 原告は,東4舎1階の担当職員である法務事務官看守部長A(以下「A
部長」という。)に対し,懲罰10日がどういう意味かを尋ね,自分が当惑し,事態
が理解できていないことを説明した。しかし,A部長は,これに回答せず,一方的
にいらだって命令的に,「ブックス・アウト」(“Booksout.”「本を出せ」とい
う意味)と何度も叫んだため,原告は,質問を続けることを諦め,房内の棚にある
本を移動しろと指示しているものと理解して,これに従い,できるだけ速く棚から
ドアの前の床に本を下ろした。このとき,原告が本を投げた事実はない。
 この作業を完了した後,原告は,外にいる職員に,本を移動する際に
使用できる袋はあるのかを尋ねたが,答えはなかった。さらに原告は,すべての本
をドアの前に積み上げ,看守が他に何を出すことを要求しているのか考えながら房
内を見回していた際,法務事務官副看守長主任矯正処遇官B(以下「B主任」とい
う。)が房外に立っていたので,パジャマを持って行くべきかといった質問をした
が,A部長もB主任も,これに回答しなかった。
b すると,突然房のドアが開き,3人の職員が飛び込んで来て,原告をつ
かんで立たせ,外に連れ出し,原告の両腕を後ろに回し,手錠を掛けた。この間,
原告は,全く抵抗しなかった。
 原告は,取調室の中へ連行され,うつ伏せに倒され,8ないし10名の職
員に上から座られ,腕を捻られ,洋服をはぎ取られた。原告は,裸にされ,倒され
たまま足を挙げられ,股割れズボン等をはかされ,きついシャツを着せられた。
 その上,原告は,金属手錠をいったん外された後,革手錠の腕輪をは
められ,革手錠のベルトを腰の周りにはめられた上,職員に背中の上に乗られ,ベ
ルトを可能な限りきつく引っ張り締め付けられた。そして,金属手錠を二重に掛け
られた。
c さらに,原告は,腕をつかまれて立たされ,8フィート(約2・4メート
ル)四方くらいの本件保護房内に拘禁された。この間,原告は,一切抵抗をしてい
ない。
 原告の革手錠は,胴に食い込むほどきつく締められており,息を吸う
たびに腹部に激痛が走った。また,手錠も手首に食い込み,激しく痛んだため,原
告は,ついにほとんど麻痺してしまった。原告は,なぜこのような扱いを受けるの
か,房をのぞき込む職員に尋ねたが,応答はまったくなかった。
 原告の革手錠の装着による痛みは,本件保護房内での時間の経過によ
り激化した。また,原告には,本件保護房拘禁中,もともと持病として有していた
ぜん息の発作が生じた。原告には夕食が支給されたが,看守がスプーンで革手錠を
装着したままの原告の口元に食事を運んだものの,原告は苦痛でほとんど喫食する
ことができなかった。
 原告は,職員に対し,革手錠の解除を再三にわたり懇願したが,まっ
たく聞き入れられなかった。
d 平成5年9月7日の懲罰に関する手続
 原告は,第1事件による懲罰の終了後,本件遵守事項19項違反の規律違
反容疑行為である「暴行しようとした件」について,懲罰の取調べを受けた。その
際,原告は,本を投げたとの容疑について,自己の無実を訴えた。取調べに当たっ
た職員は,原告に懲罰事由が存することについて確信が持てず,無実の可能性があ
ることを認めていた。
 原告は,同年9月6日,上記規律違反容疑行為に関する懲罰審査会に出
席した。その際,第5区(東4舎,東5舎,保護房及び病舎を受持区域とする。)の区
長であった法務事務官看守長上席統括矯正処遇官C(以下「C区長」という。)
は,無実を訴えた原告に対し,原告の胸を強く小突き続けながら「嘘つきだ」と言
うなどして非難したが,審査会の出席者は,原告の状況説明を信用していた。
 しかしながら,原告は,同月7日,軽屏禁25日の懲罰を告知され,即時
にその執行を受けた。
エ 第2事件
 原告は,平成5年12月14日,第28工場で作業に従事していた際,ひげが気
になって顎を掻いた。すると,職員が,原告がわき見をしていたとして,ひどい剣
幕で叫び続けた。原告は,これを否定したものの,無駄だと思い,何度も謝った
が,職員は怒り続け,懲罰の手続を開始するため原告を壁に向かって立たせ,連絡
を取りに電話の方へ向かった。そこで原告は,その職員が立ち去った後,小さな声
で,「クレージー」(“Crazy.”)と呟いた。すると,その職員は,即座に戻って
来て,原告を取調室へ連行した。
 原告は,軽屏禁7日の懲罰を告知されたが,その1時間後,何の取調べを
受けないまま,一方的に軽屏禁の期間を15日と告知され,その執行を受けた。
オ 第3事件
 原告は,平成8年2月13日,髪の毛の寝ぐせが気になって,手で水をすく
って髪につけて整髪をしたところ,入浴時以外に許可なく身体を洗ったという理由
で軽屏禁5日の懲罰を告知され,その執行を受けた。
カ 本件独居拘禁
 原告は,平成8年3月4日,日本弁護士連合会に対し,自らの事件について
の法的手段を相談するため,弁護士の派遣を依頼する手紙を書いたことから,同月
14日以降,厳正独居拘禁(昼夜独居拘禁)処遇を受け,終日独居房に拘禁された。
 この独居房には,鏡がなく,窓にはプラスチックの覆いが施され,ほと
んど光や風が入らなかった。また,原告には,週に3回30分ずつ,コンクリートの庭
に出て運動することを認められたが,工場に出ることや,レクリエーションの機会
は認められなかった。
 また,原告は,本件独居拘禁中,一日中室内で紙を折って貼るなどの作
業を強いられ,この作業に対して原告に与えられた作業賞与金は,平成8年5月現
在,月額約900円にすぎなかった。
(2) 各加害行為における違法性及び故意,過失の存在
ア 集団的暴行について
 原告は,本件戒具使用及び本件保護房拘禁に際し,職員に対して実力に
よる制圧の必要性を生じさせるような行動を一切していないにもかかわらず,多数
の職員により突然一方的に暴行を加えられた。このような職員の行為は,特別公務
員暴行凌虐罪に該当するものであって,違法であることが明らかである。
イ 本件戒具使用及び本件保護房拘禁について
a 革手錠を使用することに関する一般的な違法性
 刑務所における革手錠の使用は,そもそも監獄法及び施行規則の予定
している範囲を超える拘束具の使用であって,違法である。
(a) 監獄法及び施行規則には,革手錠に関する規定はなく,施行規則
48条2項に基づく前掲司法大臣訓令が,「戒具の製式」を定める中で,「手錠」の一
種として革手錠を規定しているにすぎない。
 しかしながら,革手錠は,形式的には上記のとおり手錠の一種とさ
れているものの,通常の手錠である金属手錠と比べ,可動域の制限は著しく,両腕
の自由を奪うのみならず,上体を前後左右に動かすことすら困難にするなど,「手
錠」が予定している拘束を量的にも質的にも超える拘束をもたらすものであり,そ
の形態及び機能に照らし,およそ施行規則48条1項に定める「手錠」の範疇に入ると
はいい難い。
(b) のみならず,国際連合被拘禁者処遇最低基準規則(1955年犯罪防止
及び犯罪人取扱いに関する第1回国際連合会議採択,1957年国際連合経済社会理事会
決議第633にて承認。以下「国連最低基準規則」という。)33条は,「手錠,鎖,
枷,拘束服のような拘束具は,懲罰の手段として絶対に用いられてはならない。さ
らに,鎖または枷は,拘束具としても用いられてはならない。」と規定していると
ころ,革手錠は,同条において絶対的に使用が禁止されている「枷」に当たるか,
あるいは「枷」よりも数段強度な拘束具である。そして,国連最低基準規則は,法
形式上厳格に条約として起草されてはいないものの,採択後40年を経過し,その遵
守,履行に関する制度が整備されており,少なくとも現在は国際的な慣習法である
ことに照らせば,このような
国際法規の規定に反する形で法律の拡大解釈をすることは,日本国憲法(以下「憲
法」という。)前文及び98条2項に反して許されない。
 したがって,この点からしても,革手錠が施行規則48条1項にいう
「手錠」に当たると解釈することは許されない。
(c) 以上のとおり,革手錠は,監獄法及び規則が予定しない違法な戒具
であるから,これを原告に対して使用したことは違法である。
b 本件における戒具の具体的な使用に関する違法性
(a) 手錠の使用要件の欠如
 施行規則50条1項は,手錠の使用要件として,在監者に「暴行,逃走
若クハ自殺ノ虞」があることを定めている。
 しかし,原告は,本件戒具使用に先立ち,看守の指示に従い,房内
の書物及び日用品の整理をして座っていただけであり,看守らに突然つかまれた後
も,戸惑いと驚きにより,体の力がすっかり抜けてしまい,全く抵抗しなかったの
であって,暴行のおそれはなかった。
 したがって,本件では,原告に手錠を使用する実体的要件が認めら
れないから,原告に対して金属手錠及び革手錠を使用したことは違法である。
(b) 革手錠を使用したことの違法性
 仮に,本件戒具使用に際し,被告が主張するような事実が存したと
しても,原告は,房内で数冊の本と日用品を投げたにすぎず,独居房の中では他の
受刑者に危害を及ぼすおそれもないのであるから,職員としては,原告に対し,そ
のまま原告が房内にいる状態で,通訳を介して,「どうした,落ち着け。」とでも
指示すればよかったのである。
 にもかかわらず,職員は,その後も右腕を振り払って英語で詰め寄
ったにすぎない原告に対し,その両腕をつかんで金属手錠を使用するという暴力的
な行為に出たうえ,さらに取調室に連行して革手錠を装着したものであって,後ろ
手に金属手錠を使用された者に対し,さらに革手錠の装着を必要とする危険性が認
められないことは明らかである。
 したがって,原告には,拘束力の強い革手錠を使用する必要性はま
ったく認められない。
(c) 両手後ろの方法による使用その他革手錠の使用態様に関する違法性
i 東京高等裁判所平成10年1月21日判決(判例時報1645号67頁,判例
タイムス980号292頁)は,革手錠及び金属手錠を両手後ろの方法により併用した場
合,排便,食事,就眠における被使用者の身体的,精神的苦痛が,両手前の方法よ
り強度である一方,両手前の方法によっても十分に戒護の目的を果たし得ることと
して,革手錠及び金属手錠を両手後ろの方法により併用することが,原則として違
法であるとしている。
 本件戒具使用の場合,両手後ろの方法により革手錠及び金属手錠
が併用されている点は,上記東京高等裁判所判決の事案と同様であるが,本件戒具
使用において原告が受けた苦痛は,生理的行動の困難に加えて,きつく後ろに腕を
固定された痛み,ぜん息の発作もあいまって,上記東京高等裁判所判決において違
法とされた事案を上回るものであるから,本件における両手後ろの方法による革手
錠及び金属手錠の併用が違法であることは明らかである。
ⅱ また,本件通牒は,革手錠が強度な拘束具であり,本質的な危険
性を有し,違法な使用実績のあることにかんがみ,前記のとおり,その使用方法を
厳格に定めており,特に,被使用者の食事及び用便等にあたっては,施錠を一時外
して用を弁ぜしめることとし,そのような方法により難い場合でも,できるだけ革
手錠のバンドを緩めたり,片手の施錠を外したり,両手を前にするといった配慮を
することを規定している。
 しかし,原告は,本件保護房拘禁中も,革手錠及び金属手錠を両
手後ろの方法により併用されたままであり,食事の際にも革手錠を外したり緩めた
りするなどの配慮をいっさい受けることがなかったものである。
 このように,革手錠を使用したままで食事を強いられた場合,被
使用者は,首を突き出して口のみで喫食する,いわゆる犬食いの方法か,又は職員
の介添えにより喫食する方法の選択を余儀なくされるのであって,このように,被
使用者の自尊心を傷つけ,強度の精神的苦痛を与える非人道的な処遇は,前記通牒
にも明らかに違反している。
 さらに,原告は,排泄時においても革手錠を外したり緩めたりす
るといった配慮を受けることがないのみならず,革手錠を外さないことを前提とし
て,股割れズボン等を着用させられた。この着衣は,用便のたれ流しを予定してい
るものであり,このような着衣を強いることは,被使用者の自尊心を傷つけ,強度
の肉体的,精神的苦痛を与える非人道的な処遇であるから,本件通牒にも明らかに
違反するものである。
 そして,上記のような態様による本件戒具使用が本件通牒に違反
することは,Kにおける実務運用方針の変更を受けてこれを全国化する目的で発出
されたと推測される,「戒具の使用及び保護房への収容について」(平成11年11月
1日矯正局長通達法務省矯保第3329号)の解説において,食事及び用便の際には革手
錠を外すことが原則であり,外せないというのはまさに例外であることを強く認識
するよう注意していることに照らして,より明白になったということができる。
(d) 金属手錠併用の違法性
 原告に対する革手錠の使用に際しては,併せて両手首に金属手錠も
使用されているところ,原告は,両手後ろの方法による革手錠の使用により,両腕
の自由を完全に奪われていたうえ,革手錠の腕輪の部分は両手首に跡が残るほど緊
縛されており,腕輪が抜けるおそれも皆無であって,金属手錠を併用する必要がな
いことは明白であった。
 しかも,本件では,金属手錠は原告の手首に食い込むように使用さ
れていたのであり,必要もないのにあえて原告に金属手錠を併用したことは,原告
の苦痛を増すこと以外の理由によるものではないから,本件における金属手錠の併
用は,戒具使用の目的を逸脱した違法な措置である。
(e) 本件保護房拘禁中における革手錠使用の違法性
i 本件では,原告に対する革手錠の使用は,本件保護房拘禁中も解
除されていない。
 保護房拘禁の要件と,これに革手錠を併用する要件とは,明確に
区別して論じられるべきであり,在監者が保護房に拘禁されることによって,少な
くとも逃走や他者に対する暴行を防ぐことができることからすれば,保護房に拘禁
された場合の革手錠の使用は,仮に認められるとしても,自己の生命,身体を害す
る行為に及ぶおそれのあるような極めて限定された場合にのみ認められるというべ
きである。
 しかしながら,原告については,自殺や自傷行為に及ぶおそれが
一切存在しないのであるから,原告を保護房に拘禁したうえに,革手錠を併用しな
ければならない理由は認められない。
ⅱ また,原告は,本件保護房拘禁中にぜん息の発作を起こしている
ところ,このような場合にまで革手錠を使用するような戒護の必要性が存したとは
到底考えられず,かかる措置は拷問ともいうべきであって,その違法性は重大であ
る。
(f) 本件戒具使用が警察比例の原則に反すること
i そもそも,戒具の使用については,警察比例の原則により,暴
行,逃走若しくは自殺の具体的なおそれがある在監者について,手錠を使用するこ
とが必要であると認められる場合に限り,かつ,戒護の目的達成のための最小限度
の範囲,方法に使用されなければならない(前掲東京高等裁判所判決)。
ⅱ しかしながら,本件戒具使用では,原告について,両手前の方法
による手錠の使用により,暴行抑制効果が不足したという具体的事情はなく,保護
房に拘禁した原告に対し,両手後ろの方法により革手錠及び金属手錠を併用しなけ
ればならないような,暴行,逃走若しくは自殺の具体的なおそれは存在しない。
 したがって,本件において,原告に対し,両手後ろの方法により
革手錠及び金属手錠を使用したことは,戒護の目的を達するために必要最小限度の
範囲を超えた方法による拘束であり,違法である。
 さらに,原告に対する革手錠の使用は,本件保護房拘禁中も継続
されているところ,これが必要最小限度の範囲を超えた戒具の使用であることは,
上記のとおり明らかである。
 以上に加え,原告が股割れズボン等の使用に伴い,精神的苦痛を
受けたこと,ぜん息の発作が生じた後も両手後ろの方法により革手錠及び金属手錠
が併用されていたこと等も併せ考慮すれば,本件戒具使用が戒護の目的達成のため
の最小限度の範囲,方法を超えたものであることは,明らかというべきである。
ⅲ これに対し,被告は,原告が一般の日本人より体格がはるかに大
柄で体力的にも優っており,原告の暴行を制圧することが困難であったことや,原
告に対して両手前の方法により革手錠を装着することが困難であったことから,本
件戒具使用はやむを得ない措置であって,違法とはいえない旨主張する。
 しかしながら,原告は,身長は高いものの,特に力が強かったわ
けではなく,他方で,身長180センチメートル,体重85キログラムの柔道経験者であ
るC区長をはじめとする屈強の看守が7人以上も原告を取り囲んで制圧していたので
あるから,職員側が原告に対して圧倒的に優位な力関係に立っていたことは明らか
であり,実際にも,原告に対する革手錠の装着は,3分以内という短時間で完了して
いるのであるから,原告に対して両手前の方法により革手錠を装着することが困難
であったということはできないのであって,被告の上記主張は理由がない。
ⅳ なお,革手錠の使用が全国的に激減していることは,統計上明ら
かであり,Kにおいても,革手錠が使用された件数は,平成2年から平成7年までは
年間200件前後であったのに対し,平成11年には僅か3件に激減しており,しかもそ
のすべてが「自殺のおそれ」を使用事由とした,両手前の方法によるものであっ
て,「暴行のおそれ」を使用事由としたものは1件もない。また,同年において,暴
行傷害のおそれを理由とした保護房拘禁は33件であるが,その中で革手錠を使用し
た事例はない。
 したがって,「暴行のおそれ」があるとして保護房に拘禁した場
合には革手錠を使用する必要がないこと,また,革手錠を片手前片手後ろや両手後
ろなど,被使用者に著しい苦痛を与える方法により使用する必要もないことは,上
記の事実からも明らかとなったというべきである。
ⅴ したがって,本件戒具使用は,警察比例の原則に照らしても違法
である。
c 本件保護房拘禁の違法性
 保護房の使用については,監獄法に明確な規定はなく,保護房通達に
より運用されているのが実態であり,保護房通達によれば,保護房への拘禁が認め
られるのは,前記1(2)①ないし⑤の場合に限られている。
 しかしながら,原告は,本件保護房拘禁に先立ち,暴行を行ったり,
大声を発したりしたことはないのであるから,原告には,本件保護房拘禁の時点
で,保護房に拘禁すべき要件は何ら認められないし,革手錠を装着された原告を保
護房に拘禁する必要性もない。
 したがって,本件保護房拘禁は違法である。
 さらに,原告は,本件保護房拘禁中にぜん息の発作を起こしているの
であるから,保護房拘禁の要件を欠いたまま原告の保護房拘禁を継続した措置に
は,重大な違法性が存する。
d 本件戒具使用及び本件保護房拘禁がB規約に違反すること
 原告は,職員から何らの説明を受けないまま制圧され,金属手錠をは
められて組み伏せられ,さらには枷ともいうべき革手錠を腹部に食い込むほどきつ
く締められ,そのまま何人もの職員に囲まれた状態で下半身の服をはぎ取られ,股
割れズボン等を装着された後,身動きのとれない状態でカメラで監視されている房
に入れられ,しかもこのズボンがカメラで監視されている状態のまま途中で脱げて
しまい,さらには,食事の際も革手錠を外してもらえず,革手錠が食い込んで,苦
痛の余り食事をとることもできず,このような状態のまま一昼夜置かれ,革手錠を
外された後も,まる1日,なおも非人間的な構造の本件保護房に放置されたものであ
る。
このような原告に対する扱いは,人間の尊厳を完全に無視したもので
あって,市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和54年条約第7号。以下「B規
約」という。)7条が禁じる「非人道的な若しくは品位を傷つける取扱」に該当し,
違法である。
ウ 本件各懲罰について 
a 本件各懲罰に共通する違法性について
(a) 監獄法に基づく懲罰は,刑事拘禁に伴う自由の剥奪に加えて,新た
に被拘禁者の法益を剥奪する処分であり,その要件については,憲法31条及び13条
の適用又は準用により,刑罰と同様,法令によって明確にされなければならない。
 しかしながら,監獄法は,59条において,在監者が紀律に違反した
ときは懲罰を科すことを定めるのみであって,懲罰要件については具体的な規定を
置かず,懲罰要件はすべて刑務所長の定める遵守事項によっているのが実情であ
る。
 このように,懲罰要件について具体的な定めのない監獄法の規定に
基づき遵守事項違反を理由として懲罰を科すことは,憲法31条及び13条に反し,違
憲というべきである。
 また,そもそも懲罰要件について具体的な定めのない監獄法59条自
体が,その不明確性ゆえに違憲である。
(b) 監獄法に基づく懲罰が,仮出獄の機会を奪い,身柄拘束期間の短縮
を受けるという重要な法益の剥奪を伴うものである以上,その適用手続において
も,対象者の防御の機会を保障した公正な手続でなければならないことは,憲法
31条の要請するところである。
 また,国連最低基準規則30条も,「いかなる被拘禁者も,自己が犯
したとされる違反事実の告知を受け,かつ自己の弁護を申し立てる適当な機会を与
えられるのでなければ,懲罰を科せられない。」と規定しており,「自己の弁護を
申し立てる適当な機会」として,本人による有利な証拠の提出,施設側の収集した
証拠に対する弾劾の機会及び本人が弁護人を依頼していればその同席する場での審
理が含まれるものと解される。
 しかしながら,監獄法には,懲罰手続に関する規定はなく,懲罰審
査会も施設職員のみによって構成され,弁護士はもちろん補佐人の立会いも認めら
れず,懲罰事由は本人に口頭で告知されるだけで文書は交付されず,証拠の閲覧,
証人尋問権も一切認められず,およそ審査の実質をもたない形式的なものにすぎな
い。しかも,実際には懲罰審査に先立って,「取調べのため」と称して対象者を独
居拘禁に付し,事実上何の手続も経ないうちから懲罰を先取りする行為が公然と行
われている。
 したがって,本件各懲罰は,適切な懲罰手続に基づいて科されたも
のとはいえないから,違憲,違法であることを免れない。
(c) さらに,原告は,日本語を理解できない外国人であるところ,本件
各懲罰の手続は,原告が手続自体の意味及び内容をほとんど理解できないまま進行
しており,原告には実効的な自己弁護の機会が与えられていないに等しい。したが
って,このような公正でない手続に基づいて科された本件各懲罰は違法である。
(d) 監獄法60条2項は,軽屏禁の内容として,「受刑者ヲ罰室内ニ昼夜
屏居セシメ情状ニヨリ就業セシメルコトヲ得」と規定するにとどまり,施行規則に
もこの点に関する定めが設けられていないところ,現行の軽屏禁は,長時間一定の
姿勢を固定させることにより,腰痛,肩こり等の肉体的苦痛はもとより,対象者か
ら一切の精神的慰安を奪い去り,拘禁反応等の精神疾患を招く危険すらあるもので
あるから,B規約7条が禁ずる非人道的な扱いに該当し,絶対的に許されない。
b 原告に対する本件各懲罰の違法性
(a) 第1事件に関する懲罰について
i 原告は,第1事件について,前記(1)イaのとおり,名前を呼ばれ
るまで目を開けていなかったにもかかわらず注意を受け,引き続き日本語で怒鳴ら
れたため,何を言われているか分かりませんと静かに答えただけであって,反抗的
な態度をとったことはなく,懲罰事由に該当する行為をしていない。
 仮に,原告が「目を閉じていました」と言っていたとしても,そ
のことが懲罰事由である「反抗」に該当するとはいえない。
ⅱ また,そもそも,原告は,目を開けていなかったのであるから,
目を閉じる旨の職員の指示は,本件遵守事項39項に定める「職務上の指示」とはい
えず,これに対する抗弁を理由とした懲罰は,違法といわざるを得ない。
ⅲ 監獄法に基づく懲罰は,刑事施設の規律秩序を維持するため,必
要やむを得ない限度において科すべきものである。そして,職員の職務上の指示,
命令に対する抗弁等を禁止する本件遵守事項39項の規定自体には合理的な理由があ
るとしても,職務上の指示,命令には,例えばその法的根拠一つをとってみても,
多種多様であるはずであり,その指示,命令の遵守されるべき重要性についても千
差万別であることからすれば,同項違反の事実がある場合であっても,直ちに懲罰
を科すべきであるとは限らない。
 第1事件の場合,本件遵守事項違反の前提となるのは,外国人用食
堂において目を閉じていなければならないという「指導」であり,この「指導」が
遵守事項ではなく,単なる心得事項にすぎないことは明らかである。そして,監獄
法改正に関する法制審議会監獄法部会における部会決議も,このような心得事項が
遵守事項と明確に区別され,違反があっても懲罰を科すべきでないことを承認して
いるものと解されることからすれば,心得事項違反に関する職員の指示,命令に従
わなかった場合については,そもそも懲罰は科し得ないというべきである。
 したがって,上記「指導」違反についての指示,命令に対する抗
弁を理由とする懲罰は,違法である。
ⅳ そもそも,外国人用食堂において,目を閉じていなければならな
いとされていた趣旨は,目配せによる被拘禁者間の不正な連絡を防止する点にある
と解されるところ,目配せだけで交換できる情報には限度があり,目を閉じる扱い
の必要性がさほど重大なものでないことは明らかである。
 このように,刑事施設内の秩序,規律の維持について,さほどの
重要性も持たない事項が規律の対象とされた場合に,被拘禁者がこのような規律を
根拠にした職員の指示,命令に無条件に従わなければならないとは考え難く,この
ような実害のない軽微な事案に対して,軽屏禁10日という厳罰に処したことは,刑
務所長による懲罰権の濫用である。
(b) 平成5年9月7日の懲罰について
 原告は,職員に暴行をしようとしたことを理由として科された,平
成5年9月7日の懲罰に関しても,前記(1)ウaのとおり,本を投げつけたり,職員に
暴行しようとしたりしたことはなく,懲罰事由に該当する行為をしていないから,
上記懲罰は違法である。
(c) 第2事件に関する懲罰について
i 被告は,そもそも第2事件に関する懲罰事由について,当初はわき
見を禁止した本件遵守事項28項に対する違反及び職員の指示に対する抗弁を禁止し
た本件遵守事項39項に対する違反により懲罰を科した旨主張していたが,その後,
他人に対する粗暴な言動を禁止した本件遵守事項21項に対する違反により懲罰を科
した旨,主張を変更している。
 しかし,第2事件に関する懲罰は,実際には本件遵守事項28項及び
39項違反として科されたものであるから,被告の上記主張は虚偽である。
 そして,被告が懲罰表に基づいて本件遵守事項違反の主張を行っ
ているはずであるにもかかわらず,それが変更されたことからすれば,被告にとっ
て当初の懲罰表が不都合であることから,本件訴訟の途中において別の懲罰表を作
成し,乙52号証として提出したものと考えられる。
ⅱ そこで,第2事件について,本件遵守事項28項及び39項違反により
懲罰が科せられたことを前提とすると,この懲罰は,次の理由により,違法という
べきである。
 本件遵守事項28項がわき見を禁止する趣旨は,受刑者を作業に専
念させ,労働意欲を喚起し,作業中のわき見による事故を防止することにあるとこ
ろ,懲役が「監獄に拘置して所定の作業を行わせる」ものとされている以上,作業
を怠るなどの行為を禁止するのはともかく,わき見自体を禁止することには合理性
がない。
 実質的にも,現在の我が国の行刑施設において,わき見の禁止
は,それに違反した場合,職員から注意を受け,その注意に抗弁することが許され
ないということによって,事実上被拘禁者に対して強制されていることにかんがみ
れば,このような非人間的状況を改善するためにも,作業懈怠に当たらない程度の
わき見及びこれに対する注意に従わなかったことを理由とする懲罰が禁止される必
要がある。この点,平成9年9月29日法務省において開催された被収容者処遇対策協
議会の協議経過等を取りまとめた「被収容者の動作要領について」も,作業懈怠に
至らない程度のわき見について,物理的強制をもってこれをしないよう確保するこ
とや,そのようなわき見をもって直ちに懲罰を科すことが相当でないとしている。
 したがって,わき見を禁止した本件遵守事項28項に対する違反に
より,原告に懲罰を科すことは,違法というべきである。
 次に,職員の指示に対する抗弁を禁止した本件遵守事項39項に対
する違反による懲罰の許否については,そもそも抗弁の前提である職員の指示の性
質が問題となるところ,前記(a)ⅲのとおり,心得事項についての指示であれば,そ
れに対する抗弁を懲罰をもって禁ずることは相当でない。
 そして,本件において原告が抗弁をしたとされる職員の指示は,
わき見を禁止するものであって,この指示は単なる心得事項に関するものにすぎ
ず,そもそもわき見を禁止すること自体,上記のとおり合理性がないというべきで
あるから,このような指示に対する抗弁を理由とする懲罰は違法である。
ⅲ 仮に,被告が主張するとおり,原告が本件遵守事項21項違反によ
り懲罰を科されたとしても,前記(1)エの「クレージー」というつぶやきは,「アン
ビリーバブル」という程度の意味であり,あきれた気持ちの発露としての独り言に
すぎないものであるから,原告がこのようにつぶやいたことは,本件遵守事項21項
に定める「粗暴な言動」には該当せず,懲罰事由に該当しない。
ⅳ また,「クレージー」とつぶやく程度の,実害のない些末な事案
に対して,軽屏禁15日という重い懲罰を科すことは,均衡を失しており,かかる懲
罰自体が,様々な提案,不服申立て等をした原告に対する報復として科されたもの
であるから,第2事件に関する懲罰処分には,刑務所長の裁量権を著しく逸脱又は濫
用した違法がある。
(d) 第3事件に関する懲罰について
i そもそも,第3事件に関する懲罰の根拠となった,「許可なく定め
られた方法以外の方法で衣類を洗濯し,又は身体を洗ってはならない」と規定する
本件遵守事項35項については,このような事項を遵守事項とする合理的な理由を見
いだすことは困難であり,同項の規定は,必要やむを得ない限度を超えて,所内生
活における心得事項にまで懲罰を及ぼすこととなるものであって,違法であるか
ら,これに基づく懲罰も違法である。
ⅱ 仮に,本件遵守事項35項自体が違法でないとしても,原告は,寝
ぐせを直すために水を頭になでつけたにすぎず,洗面器に水をためて頭を洗ってい
たことはない。仮に,看守である証人が供述するとおり,原告が両手一杯分の水で
頭を洗ったとしても,本件遵守事項第35項に規定する「身体を洗う」ことには該当
しない。
ⅲ また,仮に原告が本件遵守事項35項に違反する規律違反容疑行為
を行ったとしても,洗面所の水を多少多く利用したにすぎず,このような実害のな
い些末な事案に対し,軽屏禁5日という重い懲罰を科すことは均衡を失しており,第
3事件に関する懲罰も,原告に対する報復として行われたものであるから,上記懲罰
は,刑務所長の裁量権を著しく逸脱又は濫用したものとして,違法である。
エ 厳正独居拘禁について
a 独居拘禁には,受刑者を夜間のみ独居房に拘禁する夜間独居拘禁と,
昼夜にわたって独居房に拘禁するいわゆる厳正独居拘禁(昼夜独居拘禁)がある。
そして,厳正独居拘禁の昼間における拘禁は,独居房の特定位置に受刑者を正座さ
せて決められた姿勢を維持させ,足を屈伸することはおろか首を曲げることすら許
さないという非人間的処遇であって,被拘禁者が長期間このような処遇を受けた場
合,肉体的,精神的苦痛が極めて大きいことは明らかである。
 厳正独居拘禁は,このように非常な苦痛をもたらすものであり,ま
た,これが例外的な処遇形態であることは,監獄法制定時における議会答弁や,行
刑累進処遇令(昭和8年司法省令第35号)29条及び30条の規定等からも明らかである
から,仮に刑務所において受刑者を独居拘禁に処するべきと判断する場合であって
も,当該・Y者の言動が刑務所内の規律秩序を著しく損なう差し迫ったおそれが明
白に現在する等,特別の事情のない限り,原則として夜間独居拘禁を実施すべきで
ある。
 そして,本件独居拘禁に関し,原告にこのような特別の事情が認めら
れないことは明らかであるから,所長による本件独居拘禁に処する旨の決定は違法
である。
b また,本件独居拘禁が,原告による本件訴訟の準備及び提起に対する
報復として行われたものであることは,原告がKの処遇が不当であることについて
日本弁護士連合会に手紙を書いた時期と本件独居拘禁の開始時期との関係や,本件
独居拘禁の理由に関する被告の主張自体から明らかである。
 国際連合被拘禁者保護原則(1988年国際連合総会採択。以下「国連保
護原則」という。)33項4号は,被拘禁者が「要求または苦情申立を行ったことを理
由に不利益を蒙ることがあってはならない」と規定しているところ,本件独居拘禁
が上記規定に反していることは明らかである。さらに,裁判を受ける権利は,憲法
32条及びB規約14条1により保障された人権であり,本件独居拘禁は,これらの人権
を侵害する点においても違法である。
オ 厳正独居拘禁下における刑務所労働について
a 作ニ賞与金が低廉にすぎること
 原告は,本件独居拘禁下において作業を強いられており,そもそも厳
正独居拘禁下において労働を強いられたこと自体が違法であるが,さらに,その労
働に対して,極端な低賃金しか支払われていない。
(a) そもそも,被告は,作業賞与金の金額を決定する裁量権を有してい
るが,作業賞与金といえども,作業に対する報酬としての性格を否定できない以
上,作業との関係において一定程度の対価性を有していなければならないというべ
きであって,賞与金額が対価性を有するといえないほど低廉にすぎる場合には,裁
量の範囲を逸脱又は著しく濫用したものとして,違法になるというべきである。ま
た,行刑制度の重要な目的の一つが受刑者の社会復帰にある以上,作業賞与金の額
は,出所時に社会生活を営むための経済的な基盤となる程度の水準に達しているこ
とも必要である。
 この点,作業賞与金の額が低廉にすぎるか否かを決すべき基準とし
ては,国際連合による各国の調査結果(甲36)とともに,平均賃金の5パーセントと
いう刑務所労働に対する報酬額が,ドイツ連邦共和国基本法(ボン基本法。以下
「ドイツ憲法」という。)2条1項等から導かれる「社会復帰の要請」に適合しない
と判断した,ドイツ連邦憲法裁判所の平成10年(1998年)7月1日判決が重要な指針
となる。
 しかるところ,原告の本件独居拘禁下における作業に対する作業賞
与金の額は,月額約900円であり,平均賃金(賃金センサス平成9年男子労働者学歴
計によれば,年額575万円)の0・2パーセント程度にすぎない。これは,欧米その他
の諸国における水準や,前掲ドイツ憲法裁判所判決で違憲とされた5パーセントとい
う値と比較して著しく低いのみならず,我が国の明治,大正時代における,通常賃
金の約10パーセント程度の水準と比較しても甚だしい後退であって,低廉にすぎる
ことは明らかである。
(b) また,このような厳正独居拘禁下における極端な低賃金労働は,被
拘禁者に対する人道的かつ人間の固有の尊厳を尊重した取扱いを義務付けるB規約
10条1の規定,及び,受刑者に対する処遇が矯正,社会復帰を目的とするものである
ことを定める同条3の規定にそれぞれ違反するのみならず,受刑者の作業について公
正な報酬制度が存在しなければならないことを規定する,国連最低基準規則76条1項
にも違反する。
i B規約の解釈に当たっては,条約法に関するウィーン条約(昭和
56年条約第16号,以下「条約法条約」という。)の内容が,遡及効を持たないため
に直接の適用はないものの,国際慣習法を成文化したものとして適用されると解さ
れるところ,条約法条約31条及び32条は,条約の解釈基準として,①文脈によりか
つその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味による解釈,②解釈の
補足手段として,条約準備段階の記録,条約に基づく判例法,同種の他の条約の同
一又は類似の条項に関する判例法のみを認めている。
 そうすると,前掲ドイツ連邦憲法裁判所判決は,直接にはドイツ
憲法2条1項により帰結される「行刑における社会復帰」の解釈に係わるものである
が,同条項は,B規約10条3類似の条項ということができるから,上記判決は,判例
法に類似するものとして,B規約の解釈に当たっての我が国の裁判所の解釈基準と
しても参酌されるべきである。
 したがって,上記判決に照らせば,原告に対する上記作業賞与金
の額は,B規約10条3の規定に違反して違法であり,また,同条1の規定にも違反す
るというべきである。
ⅱ また,国連最低基準規則が,重要な部分においては国際慣習法に
なっていることは,前記イa(b)のとおりであるところ,B規約10条を起草した国際
連合人権委員会が,国連最低基準規則がB規約の締約国によって斟酌されるべきも
のであり,B規約10条が国連最低基準規則の適用を何ら妨げるものではない旨,特
に注意を喚起していることや,規約人権委員会がB規約10条の解釈に当たって国連
最低基準規則を参照していることに照らせば,国連最低基準規則に定められた内容
は,国際慣習法の存在についての有力な解釈の証拠となるのみならず,B規約の解
釈に当たって十分尊重されなければならないという意味においても,法的規範性を
有しているというべきである。
 したがって,本件における原告に対する作業賞与金の額は,国連
最低基準規則76第1項に違反し,違法である。
b ILO第29号条約違反
 「強制労働ニ関スル条約」(昭和7年条約第10号,以下「ILO第29号条
約」といい,国際労働機関を「ILO」という。)は,1条において,一切の「強制労
働」を禁止し,2条1において,「強制労働」を「或者ガ処罰ノ脅威ノ下ニ強制セラ
レ且右ノ者ガ任意ニ申出デタルニ非ザル一切ノ労務」と定義している。これに対
し,2条2は,例外的に許容される労働として,裁判所による有罪判決の結果として
なされる労働を定めているが,例外的に許容される条件として,その労働が公の機
関の監督と管理の下に行われなければならず,かつ,労働する者が,私人,会社,
団体に雇用され,又はそれらの者の利用に供されてはならない旨規定している。
 そして,ILO条約の適用につき検討するため設置されているILO専門家
委員会は,オーストリア共和国の刑務所内で民間企業が運営する作業場での受刑者
の労働に関して行われた調査に関する条約適用報告書において,①受刑者の同意及
び②賃金等労働条件が民間労働者と同一であることの2条件が満たされている場合に
のみ,私人,会社,団体に雇用され,又はそれらの者の利用に供されてはならない
とする上記ILO第29号条約2条2の規定に違反しないとする見解を採ることを明らかに
している。
 したがって,Kにおいて,原告の同意なしに,賃金(作業賞与金)等
の労働条件が民間労働者より著しく劣った民間企業製品の製作に従事することを原
告に義務付けることは,ILO第29号条約2条2に反し,違法である。
カ 仮出獄を受ける機会の不当な剥奪について
a 刑法28条は,受刑者に改悛の状があるときは,一定の条件の下に,行
政官庁の処分によって仮出獄を許すことができる旨規定し,仮出獄の許否に関して
行政官庁に裁量権を与えている。しかしながら,仮出獄には,実質的には刑期の短
縮という面があり,身柄の拘束に係わるものであるから,実体的・手続的公正さが
要請される。とりわけ,強制送還が予想される外国人受刑者の場合,仮出獄を認
め,母国へ帰し,当人が今後生活を営むことになる社会の中で,家族等の協力の下
に自力更生の努力をする機会を与えることが必要であり,実際にもそのような考慮
の結果,外国人受刑者の場合,刑の執行率も比較的低く,概ね刑期の2分の1程度が
終了した時点で仮出獄を受けているのが実態である。
b 以上の実情を踏まえれば,仮出獄は,特に外国人受刑者にとって,法
的にも保護されるべき合理的な期待ないし利益というべきであるから,仮出獄の機
会を奪う場合には,実体的にも手続的にも,刑事手続に準ずべき保護が与えられな
ければならない。
 したがって,受刑者が懲罰を受けたことを理由としてその者から仮出
獄の機会を奪う場合には,実体的要件として,非常に重大で反復される違法行為が
あった場合に限定されることが,刑法28条の解釈として要請されるというべきであ
る。また,手続的にも,懲罰手続に際して,受刑者に対して弁護士等から法的援助
を受ける機会をはじめ,刑事手続に準じた形での十分な防御権が与えられなけれ
ば,抑留及び拘禁の要件等を規定した憲法34条並びに刑事被告人の権利を規定した
憲法37条及びB規約14条3に違反するものといわなければならない。
c 本件において,原告は,仮に懲罰を基礎付ける行為を行ったとしても
軽微な違反行為を行ったにすぎないものであって,このような行為に対する懲罰の
積み重ねにより,原告の仮出獄の機会を奪ったことは,刑法28条の趣旨に反して違
法である。
 また,原告は,十分な防御の機会を与えられない懲罰手続によって,
不当な懲罰を受けた結果,仮出獄の機会を得ることができず,外国人の平均的な取
扱いに比して約2年にも及ぶ刑期につき不利益を受けたものである。このような重大
な不利益が科される手続において,司法的手続の保障もなく,法的援助の機会も与
えられないことは,B規約14条3の規定,とりわけ弁護人選任権を定める同条3b,
弁護人を通じて防御することができることを定める同条3d及び証人尋問の権利を定
める同条3eの各規定に反し,違法である。
キ 故意,過失
 原告は,以上のとおり,刑務所内での処遇改善を求めたことから,職員
らに疎まれ,事実無根又は極めて些細な規律違反を理由に,多数回の懲罰を受けた
上,本件戒具使用により,著しく人間の品位を傷つけ,辱め,その尊厳を奪われた
状況の下で,長時間にわたり著しい精神的苦痛を被ったほか,本件の訴訟準備を直
接の契機として本件独居拘禁を受けて,一切の人間的接触を奪われ,さらには仮出
獄の機会を奪われて,外国人の平均的取扱いと比較して約2年も拘禁期間を延長され
たものである。
 したがって,原告に対する上記の各違法行為は,いずれも国の公務員で
あるKの職員の故意又は過失によるものであることが明らかである。
(3) 国家賠償法6条の「相互の保証」について
ア 原告は,国家賠償法に基づく損害賠償を請求しているところ,同法6条
は,「この法律は,外国人が被害者である場合には,相互の保証があるときに限
り,これを適用する。」と規定しており,原告がアメリカ合衆国の国籍を有する外
国人であることから,上記規定の適用が問題となる。
イ しかしながら,国家賠償法6条は,憲法17条,98条2項及び14条1項に反し
て,無効である。
a 憲法17条は,「何人も,公務員の不法行為により,損害を受けたとき
は,法律の定めるところにより,国又は公共団体に,その賠償を求めることができ
る。」と規定して,公の賠償請求権を保障している。
 ところで,憲法に規定された基本的人権については,権利の性質上我
が国の国民のみを対象としていると解されるものを除き,我が国に在留する外国人
についても等しく保障されていると考えるべきであるところ,憲法17条が保障する
公の賠償請求権は,国家の存在を前提としているものの,いわゆる前国家的権利を
補完するものとして,それと一体的に解すべき性質の権利であって,その性質上我
が国の国民のみを対象としているものではないから,我が国に在留する外国人に対
しても等しく保障されているものと解すべきである。このことは,憲法17条が,権
利の主体について,「何人も」と規定して,何らの制限も設けていないことからも
認められるところである。
 しかしながら,国家賠償法6条は,外国人が公の賠償を請求できる場合
を,相互の保証がある場合に制限しているのであるから,同条の規定は,憲法17条
に明らかに違反している。
b(a) 被告は,憲法17条が「法律の定めるところにより」と規定している
ことを捉えて,国家賠償法6条の規定が憲法17条に違反しないとするが,ここにいう
「法律の定めるところにより」とは,故意,過失等の賠償責任要件や手続要件等,
権利行使の態様についてのみ法律にゆだねる趣旨にすぎず,憲法が保障した権利の
享有主体の範囲を制限することまでをゆだねる趣旨ではないから,被告の上記主張
は失当である。
(b) また,我が国の国民の被害について外国を相手に賠償を請求できな
い場合にまで,我が国が外国人の被害に対し賠償責任を負う理由はないとして,国
家賠償法6条が合理的な制限として憲法17条に違反するとまではいえないとする見解
もある。
 しかしながら,このような見解が,単に「日本人が救済を得られな
い場合に救済を与える必要はない」というものであるとすれば,極めて国家主義
的・排外的な思想であり,個人の権利侵害があった場合にまでこのような国家主義
的立場をとることは,人権の国際的保障の潮流を無視し,被害を受けた外国人個人
の救済をないがしろにするものであって,何ら合理的な制限ということはできな
い。
 そもそも,相互の保証の要請を支持する実質的理由は,在外自国民
の保護にあると思われるところ,国際人権規約をはじめ,基本的人権の国際的保護
に関する様々な条約が締結され,国家主義的な枠組みを超えて,個人の尊厳に基づ
く人権保護の制度が機能している現在においては,自国民の保護の要求も,こうし
た人権の国際的保障の場で行われていくべき問題というべきであって,この点を根
拠に国家賠償法6条を合理的な制限であるとすることもできない。
c さらに,国家賠償法6条は,外国人の権利を何らの合理性もなく制限す
るものとして,国際協調主義を定めた憲法98条2項及び法の下の平等の原則を定めた
憲法14条1項に違反している。
ウ また,国家賠償法6条は,B規約にも違反しており,無効である。
a そもそも,B規約に国内法的効力があるか否かが問題となるところ,
日本政府は,B規約を昭和53年に署名し,昭和54年8月4日に批准し,同年9月21日に
効力を生ぜしめているものであり,上記批准に際し,B規約22条について解釈宣言
をした以外,何らの留保もしていないのであるから,B規約については,我が国が
締結した条約である以上,一般原則に従って,日本国内において,国内法としての
効力が認められる。
 また,B規約2条1は,各加盟国に対して即時実施義務を課しているこ
とから,そのままの形で国内的に適用が可能であり,判例も,傍論においてではあ
るが,B規約が自動的執行力を有することを認めている(最高裁判所昭和56年10月
22日第1小法廷判決・刑集35巻7号696頁)。
 このように,B規約に国内法としての効力が認められ,かつ,その効
力が法律に優位することからすれば,B規約に反する国内法又は具体的な処分は無
効である。
b また,前記のとおり,B規約の解釈については,条約法条約が適用さ
れるところ,同条約31条3(a)は,条約締結後に生じた事情であっても,「条約の解
釈または適用につき当事国の間で後にされた合意」は,条約の解釈において考慮さ
れると規定しており,また,同条約32条は,同条約31条に規定された解釈方法を用
いても意味が曖昧であるなどの場合には,「解釈の補足的手段」を用いて解釈する
ことができると規定しており,条約の準備作業段階の事情,条約に基づく判例法及
び同種の他の条約又は類似の条項に関するものが含まれるとされている。
 そして,規約人権委員会がB規約40条4の規定に基づき採択した「一般
的意見」は,B規約の有権的解釈というべきものであり,同委員会がB規約第一選
択議定書5条4の規定に基づいて発している「見解」は,B規約の解釈に関する判例
法としての価値を有するものであるから,条約法条約31条3(a)に規定する「条約の
解釈または適用につき当事国の間で後にされた合意」に該当する。加えて,上記一
般的意見及び見解がB規約の解釈の補足手段として依拠すべきものと解されるとす
る裁判例が存在しており,これらの裁判例は,一般的意見及び見解が,解釈の補足
的手段のうち,条約に基づく判例法に該当することを認めたものと解される。
 したがって,B規約締約国の裁判所は,B規約の解釈に当たって,規
約人権委員会の一般的意見及び見解を尊重しなければならない。
c ところで,原告に対する本件の各不法行為が,B規約7条により禁じら
れている「拷問」及び「残虐な,非人道的な若しくは品位を傷つける取扱」に該当
し,同条に違反していることは,前記(2)で主張したことにより明らかであるとこ
ろ,B規約2条3(a)は,各締約国に対して,「この規約において認められる権利又は
自由を侵害された者が,公的資格で行動する者によりその侵害が行われた場合にも
効果的な救済措置を受けることを確保する」義務を課しており,一般的意見20は,
「(B規約)7条は(B規約)2条3とともに読まれるべきである。締約国は,・・・
その法制度が7条で禁じられたあらゆる行為を直ちにやめさせることならびに適正な
補償について,いかに効果的な補償措置を取っているかを示すべきである」として
いるのであるから,日本
政府は,原告が本件の各不法行為に関して「効果的な救済措置」を受けることを保
障しなければならない。
 したがって,このような効果的な救済措置を受けることを妨げる国家
賠償法6条の規定は,B規約7条及び2条3(a)に違反する。
d また,外国人が,法の下の平等を定めたB規約26条により保護される
ことは,外国人の地位に関する一般的意見15でも確認されているところ,その本国
法において相互の保証が行われていない外国人に対してのみ国家賠償を認めないと
いう国家賠償法6条の規定が,B規約26条に違反していることは明らかである。
 さらに,国家賠償法6条の規定は,差別を禁止したB規約2条1の規定に
も違反している。
e 以上のとおり,国家賠償法6条は,B規約2条1及び3,7条並びに26条に
違反し,無効であるところ,我が国がB規約を批准する32年前である昭和22年10月
27日に同法が制定,施行されたことにかんがみれば,同法6条は,日本政府によるB
規約の批准によって,効力を失ったと考えるべきである。
エ 仮に,国家賠償法6条の効力が認められるとしても,本件では同条に規定
する「相互の保証」が存在する。
a 憲法が国際協調主義を理念としていること,憲法17条が公務員の不法
行為につき「何人」にも賠償請求権を認めていること,B規約が締約国に公務員に
よる権利侵害に対する効果的な救済措置を行うべき義務を課していること,国家賠
償法6条が,私法上の権利義務についての内外人平等主義を定めた民法2条の例外的
規定であること等にかんがみれば,国家賠償法6条は,むしろ,原則的には外国人に
も国家賠償請求権を認め,例外的に,国又は公共団体において相互の保証のないこ
とを立証した場合に限り,同法の適用を排除するものと解すべきである。
 このような解釈は,同法6条について,加害者が私人であった場合と比
較して不均衡が生じることや,運用上形式的な相互保証にとどまらざるを得ないた
め意義が乏しいこと等,その合理性に根本的な疑問が呈されている現状において,
可能な限り被害者の救済を図る方向で運用すべきであるとする実質的な要請に合致
していることに加え,証拠との距離及び証明の難易の観点から,国又は公共団体の
側に相互の保証に関する立証責任を分配することが公平の要請に適うことからも,
相当というべきである。
 したがって,本件においても,被告がアメリカ合衆国について相互の
保証が存在しないことを立証しない限り,原告の国家賠償請求権は排除されないと
すべきであるところ,被告は,相互の保証が存在しないことについて,何ら積極的
な主張立証をしていないのであるから,この点を理由に原告の国家賠償請求を排斥
することはできない。
b また,上記のとおり,国家賠償法6条は,種々の意味で極めて不合理な
規定であり,憲法の国際協調主義,憲法17条の文言,B規約上の義務等,前記aの
諸事情にも照らせば,仮に国家賠償法6条の規定を個々の事例に適用する場合には,
相互の保証の有無及び程度について,憲法やB規約との整合性を図り,外国人が効
果的な救済措置を受けられるよう解釈したうえで適用すべきである。
 そこで,本件について検討すると,アメリカ合衆国は,判例法国であ
るうえ,連邦制により裁判権が複雑に構成されているなど,我が国とまったく異な
る法制度を有する国であり,すべての場合に適用される国家賠償法の存否は不明で
あるが,アメリカ合衆国憲法の修正条項は,刑務所内の処遇に関して,我が国より
もはるかに詳細に受刑者の権利を保障しており,この保障については,国籍による
法律上の差別は存しない。また,アメリカ合衆国においては,受刑者が連邦,州,
郡,市等に対し,刑務所内の処遇について損害賠償を支払っている事例が多数存在
しているほか,そのような支払を前提として,行政府が保険料を税金から支払う賠
償保険まで発達しており,損害賠償の法律構成についても明確にされている。
 したがって,アメリカ合衆国において,職員の暴行等の違法行為につ
いて,刑務所を運営する連邦,州,郡,市等に損害賠償責任が認められていること
が明らかであるから,原告の請求に関して,我が国とアメリカ合衆国との間に,相
互の保証があることが認められる。
オ 以上によれば,原告に対する本件の各不法行為には,国家賠償法1条1項
が適用されることとなる。
(4) 損害
 原告が前記の各不法行為によって受けた精神的苦痛を金銭で慰謝するとす
れば,その額は少なくとも900万円を下らない。
 また,原告は,本件訴訟の追行を原告代理人弁護士らに委任したところ,
文書の翻訳等の手数を要したこと,意思疎通に英語を使用せざるを得なかったこと
等を考慮すれば,その費用としては,100万円が相当である。
(5) 結論
 よって,原告は,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償金
1000万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成8年7月13日(訴状送達の日
の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め
る。
(被告の主張)
(1) 本件に関する事実経緯について
ア 第1事件について
a 事件発生の経緯
(a) Kにおいては,収容中の外国人受刑者を各工場に分けて就業させて
いるが,食事については,平成5年当時,日本食を食することのできない外国人を外
国人用食堂に集めて食事させざるを得ない状況にあったところ,これによって,各
工場に分けられていた顔見知りや,共犯関係にあった外国人などが一堂に会するこ
ととなることから,自由な会話,目配せ等による不正な連絡及びにらみ合いによる
興奮等の事故を防止するため,各工場から集まって食堂に入った外国人に対し,食
事が始まるまでの間,目を閉じて待たせる扱いとしていた。
(b) 外国人用食堂において勤務していた法務事務官看守D(以下「D看
守」という。)は,平成5年7月22日午前11時58分ころ,ドアから約7メートル離れた
席に着席していた原告が薄目を開けて,食堂に入ってくる外国人受刑者の様子を窺
っていたのを認めたため,目を閉じるよう注意した。しかしながら,原告は,これ
に素直に従おうとせず,なおも同様に薄目を開けつつ,少し舌を突き出すようにし
ながら,首を2,3回左右に振る行動を示したため,D看守は,再度原告を注意する
とともに,原告の左斜め後方に近づいた。これに対し,原告は,顔を紅潮させ顎を
突き上げるようにD看守をにらみつけながら,声を荒げて英語で不満を申し立て
た。
(c) 同日,Kでは,原告が職員の指示に素直に従わず,注意されたこと
に対して不満を申し立てた規律違反容疑行為について,その事情や背景を詳細に調
査するため,原告を取調べのための独居拘禁とした。そして,同月26日,同月
30日,同年8月6日,同月10日及び同月12日,原告から上記行為について任意に事情
を聴取したところ,原告は,目を開けていた事実及び反抗した事実を否認した。し
かし,参考人として原告の近くに座っていた被収容者3名から任意に事情を聴取した
ところ,前記3名は,原告が職員から目を閉じるように注意されたことに対し,「目
を閉じていますよ。」などと言い返していた旨申し述べた。
(d) Kでは,同月16日,原告の規律違反容疑行為を懲罰審査会に付議
し,原告を同席させて弁解の機会を与えた上で,原告の行為が規律違反に該当する
か否かを検討した。その結果,同会は,原告自身は規律違反容疑行為を否認したも
のの,職員2名が原告の前記行為を現認していたこと及び参考人である外国人受刑者
3名が前記のような供述をしていたことから,原告が目を開けていたことにつき,職
員から注意を受け,さらに,職員の注意に対して反抗したものと認定した。そし
て,懲罰審査会は,所長の決定を経て,同月17日,原告が抗弁により職員の職務を
妨害したことにつき,本件遵守事項39項に定める「抗弁」に該当するとして,軽屏
禁10日(文書図画閲読禁止併科)を執行することとし,原告にその旨告知した。
b 本件戒具使用及び本件保護房拘禁について
(a) A部長は,平成5年8月17日,原告が上記a(d)の懲罰の告知を受け
て自己の居房に戻った後,この懲罰を執行するため,同日午後1時21分ころ,原告に
対し,日本語で居房内の本,筆記具等を出すように指示したところ,原告は,いき
なり立ち上がり,扉を叩いた後,奥にある私物棚の所へ行き,置いてある物を扉に
向かって放り投げ始めた。
(b) そこで,舎房担当職員から連絡を受けたB主任ほか2名の職員は,
同舎房へ駆け付け,原告に対し,手のひらを下にして上下に動かし,止めろ,静か
にしろという意味の動作をしたが,原告は,これに従わず,断続的に物を投げる行
為を続けた。
 B主任は,原告を取調室へ連行するために扉を開け,原告に房から
出るように指示したが,原告はこれを無視し無言のまま動こうとしなかったため,
B主任が剖屋の中に入り,原告の左肩付近の上着を右手で引っ張ったところ,原告
は,突然,英語で怒鳴り声をあげながらB主任の右腕を振り払って同人に詰め寄っ
た。
 そこで,B主任が原告の左腕を,A部長が原告の右腕を,それぞれ
つかんで原告を制したが,原告は,大柄であるうえ,うつ伏せになった状態から起
き上がろうとしたり,押さえつけられている腕を逃れようともがいたり,足をばた
つかせたり,体をひねったりする等して,激しく暴れた。このため,B主任は,職
員の手のみで原告を制圧することは困難と判断し,同日午後1時22分,B主任が携帯
していた金属手錠を両手後ろの方法により緊急に使用した。
(c) 原告は,B主任及びA部長が原告の両手を抱えながら取調室へ連行
した際も,怒鳴り声をあげ,体を激しく揺さぶるなど激しく興奮し,取調室に入っ
た時点においても,大声をあげながら職員が押さえていた手を振りほどこうとして
上半身を激しく揺り動かして暴れ続け,激昂した状態であったことから,複数の職
員で原告を床の上にうつ伏せにして制圧した。その際,B主任は,取調室の前にい
たC区長に対し,原告を取調室に連行するに至った経緯を簡単に報告すると,C区
長は,金属手錠を両手後ろに使用されていた原告の様子を確認し,戒具とそのかけ
方について金属手錠から革手錠両手後ろに変更すべき旨を指示した。
 そして,同日午後1時25分,原告に対する戒具が,金属手錠から革手
錠に変更され,さらに,原告の手首が細く革手錠の腕輪から原告の手首が離脱する
おそれがあったことから,これを予防するために,原告の右手首及び左手首に金属
手錠各1個をそれぞれ二輪にして,革手錠腕輪の手首側に併用した。
 その後,革手錠を使用した状態で用便が行えるようにするため,原
告のパンツ及びズボンを脱がせ,股割れズボン等に替えた。
(d) しかし,原告は,その後も顔面を紅潮させ,全身を揺さぶって暴れ
続けながら意味不明の奇声を発し続けており,大声・騒音及び暴行の継続のおそれ
が顕著に認められたことから,同日午後1時28分,本件保護房に収容された。
(e) 原告については,同月18日午前7時25分ころ,意味不明の大声を発
するなど依然精神的に不安定な状況が認められたものの,戒具を使用した当初の極
度の興奮状態から脱しており,暴行のおそれが薄らいだものと認められたことか
ら,本件戒具使用が解除された。
 また,同月19日午前9時50分ころ,原告の精神状態が平静に復し,大
声・騒音及び暴行のおそれが消失したものと認められたことから,本件保護房拘禁
が解除された。
イ 第2事件について
a Kにおいては,作業実施中,作業に専念させること及び作業中のけが
を防止することを目的として,わき見を禁止し,日ごろから収容者に対して告知し
ていた。
 原告は,平成7年12月14日,第28工場において,シャープペンシルの組
立作業に従事していたところ,同日午後2時36分ころ,同工場担当台に立っていた同
工場副担当職員である法務事務官看守部長E(以下「E部長」という。)の方を見
るわき見をしたことから,E部長は,原告に対し,日本語で「J,どこを見ている
んだ。作業中は,手元をしっかり見て作業しろ。」と注意した。しかし,原告がE
部長から注意を受けてもじっと見つめていただけであったため,E部長は,担当台
を下り,原告の作業席に行き,再度注意したところ,原告が顎を掻きながら英語で
何か言ったことから,同工場就業中の外国人受刑者を通訳として,原告を再度注意
した。その際,原告は,上記外国人受刑者に対し,英語で何か話したあと,E部長
の顔を見ようとせず,日
本語で「すいません。」と言ったが,原告の態度が不満そうであったことから,E
部長が上記外国人受刑者に対し,原告の発言内容を確認したところ,原告が,わき
見はしていない,顎を掻いていたと言っているという説明を受けた。
b 上記事実を確認したE部長は,原告に対し,わき見の危険性及び作業
に専念する義務等について再度注意する必要があると判断し,原告に対し,担当台
前に来るように指示したが,原告がなかなかこれに従わなかったことから,担当台
の前に来るように手で合図し,起立するように指示した。すると原告は,しぶしぶ
起立してE部長の方を見た直後,前記外国人受刑者の方を見て,吐き捨てるように
「クレージー」と放言した。そこで,E部長は,原告の上記言動が暴言事犯の規律
違反容疑行為に当たると判断し,第3区にその旨電話連絡した。
c Kは,同日,原告がE部長に対して粗暴な言動を行った規律違反容疑
行為について,詳細に事情を調査するため,原告を取調べのための独居拘禁とし
た。
d Kの職員が,同日,原告から上記規律違反容疑行為について任意に供
述を求めたところ,原告は,わき見をしてやろうとしてしたわけではなく,職員を
侮辱したわけでもないのに,職員から注意を受け,ばかばかしいと思ったが,「ク
レージー」という言葉は,人をばかにしたり,侮辱した言葉であり,そのようなこ
とを自分が言ったことは反省している旨述べて,発言の事実を認めた
e Kは,同月21日,原告を懲罰審査会に出席させた上,上記規律違反容
疑行為について審査したところ,現認した職員の報告書,原告及び参考人の供述に
基づき,原告の規律違反容疑行為が本件遵守事項21項の禁止する他人に対する粗暴
な言動(暴言)に該当すると認定し,所長の決定を経た後,同月22日,原告に対
し,軽屏禁15日(文書図書閲覧禁止併科)の懲罰を告知して執行した。
 なお,原告は,「クレージー」が「アンビリーバブル」という意味で
使われた旨主張するが,上記事実経過のとおり,「クレージー」という言葉は,注
意を与え指示していたE部長に対し,通訳者を介して吐き捨てるように発語された
ものであり,通訳者も,原告が「先生(E部長のこと)はばかだと言っているよう
に聞こえました。」と述べていることからも,これがE部長に対する粗暴な言動で
あることは明らかであって,原告の上記主張は採用できない。
ウ 第3事件について
 Kでは,国の予算(光熱水料費)の適正な執行を図る目的から,被収容
者に対して節水を義務付け,入浴場以外の場所において,許可なく身体を洗っては
ならないこととし,被収容者に告知していた。
 東2舎3階の舎房担当職員である法務事務官看守部長G(以下「G部長」
という。)は,平成8年2月13日午前7時20分ころ,東2舎3階第369室に収容されてい
た原告が,居房内の洗面台に向かい洗面器にためた水を両手ですくい,前かがみに
なって指で頭をごしごし洗っていたところを現認した。
 G部長は,しばらく立ち止まり原告が頭を洗っていたことを確認した
後,原告に対し,「何をしている。」と声を掛けたところ,原告は,一瞬,G部長
の方を見て,頭を洗うのを止め,タオルで頭を拭きながらG部長のところまで歩い
てきた。そこで,G部長は,原告に対し,「なぜ頭を洗っている。」と問い質した
ところ,原告は,頭が汚れていたことから洗っていたと返答したため,G部長は,
許可なく髪を洗ってはならない旨を注意した。
 その後,G部長がその旨を上司に報告したところ,副監督当直者が,原
告の居室まで来て,事実を確認した後,原告を取調べに付した。
 原告は,同日,任意に供述を求めた職員に対し,水を勝手に使用しては
ならないことは承知していたこと,水を洗面器にためて,頭にかけて洗っていると
ころを職員に発見されたこと及び頭を洗ったことは宗教上の行為であることを申し
立てた。
 Kは,同月19日,原告を懲罰審査会に出席させた上,原告の規律違反容
疑行為について審査し,その結果,現認した職員の報告書及び原告の供述に基づ
き,原告の規律違反容疑行為が,本件遵守事項35項の禁止する「許可なく定められ
た方法以外の方法で身体を洗うこと」に該当すると認定し,所長の決定を経た後,
同月20日,原告に対して軽屏禁5日(文書図画閲読禁止併科)の懲罰を告知して執行
した。
(2) 上記各行為に違法性がないこと
ア 集団的暴行の主張について
 原告は,本件保護房に収容された際,何ら示威行為もせず,暴行の気勢
すら示していなかったのに,突然多数の職員が暴行を加えたことは,特別公務員暴
行凌虐罪に当たり,違法であると主張する。
 しかしながら,原告は,第1事件における規律違反行為により軽屏禁10日
の懲罰を告知され,その後,自己の居房に戻ってから,房扉をたたいたり,扉に本
や衣類等を投げつける等の行為をし,職員の指示にも従わずに物を投げ続け,興奮
して怒鳴り声をあげながら職員に詰め寄る等の行動を取り,腕をつかんで原告を制
しようとした職員に対し,満身の力を込めて身体を左右に激しく揺さぶるなどして
暴れ続けたものである。
 このような原告の行為に対し,職員がこれを制圧するために有形力を行
使したことは,必要やむを得ないものであって,違法でない。
イ 本件戒具使用及び本件保護房収容について
a 革手錠を使用することに関する一般的な違法性の主張について
原告は,革手錠が監獄法及び施行規則の予定しない違法な戒具であり,
国連最低基準規則33条に規定する枷よりも強度な拘束具であって絶対的に使用が禁
じられるべきであることを理由として,革手錠を使用すること自体が違法である旨
主張する。
(a) しかしながら,前記1(1)ウのとおり,監獄法19条2項及び施行規則
48条2項を受けて,前掲「戒具製式改定ノ件」が,手錠の種類を「金属手錠」と「革
手錠」とに分けて定めているから,革手錠が監獄法及び施行規則の予定しない戒具
であるとする原告の主張は理由がない。
 さらに,在監者に暴行のおそれがある状況の下で,腕の可動域の制
限が少ない金属手錠では当該暴行を抑止する効果が少なく,逆に暴行を継続する被
収容者としても鉄製の腕輪により負傷するおそれが高い場合には,革手錠は,暴行
の制圧及び被収容者の身体の保護の観点から合理的な戒具ということができる。
 したがって,革手錠が手錠の範疇に入るとはいい難いとする原告の
主張は失当である。
(b) また,国連最低基準規則は,そもそも批准,発効された条約ではな
く,法的な拘束力はないから,国連最低基準規則に基づく原告の主張は,その前提
において失当である。
 この点を措くとしても,国連最低基準規則33条は,「被拘禁者が自
己もしくは他人に危害を加え・・・他の手段によって目的を達することができない
場合において,施設の長の命令によるとき。」を,手錠等の使用要件の一つとして
定めており,監獄法19条の要件の下に革手錠を戒具とすることは,同条に照らして
非難されるものではない。
 加えて,革手錠は,被収容者の暴行の制圧及び身体の保護の観点か
ら使用されるものであって,「枷」に当たらないことは明らかである。
b 本件における戒具の具体的な使用が違法でないこと
(a) そもそも,監獄法19条1項及び施行規則50条1項は,戒具の使用要件
を前記1(1)ア及びエのとおり規定しているところ,本件では,B主任は,A部長と
ともに原告をうつ伏せに制したが,大柄な原告が激しく暴れて抵抗していたのであ
るから,監獄法19条1項及び施行規則50条1項に定める戒具を使用する要件に該当す
る。また,B主任は,原告の暴行が急迫目前の状況にあると判断して,緊急に金属
手錠を使用したものであって,原告がB主任の指導に従わず,現に同人の右手を振
り払い詰め寄るという行為に出た一連の経緯をも総合すれば,この判断は正当であ
る。
(b) また,革手錠も手錠の一種であるから,その使用に当たっては,金
属手錠の場合と同様,監獄法19条1項及び施行規則50条1項所定の各要件を具備する
ことが必要である。
 しかし,革手錠の使用は,他人に対する暴行などの結果に対する制
裁ではなく,暴行,逃亡等を防止するために必要な措置として認められているもの
であり,暴行,逃亡等の「おそれ」が認められた段階で使用ができないとすれば,
被収容者の身柄の確保,規律秩序の維持等,行刑施設における収容目的も達成でき
ないことになりかねないというべきであり,革手錠は,あくまでも暴行などの「お
それ」が認められた段階で,適正に使用されるべきである。
 この点,本件戒具使用の場合,原告が金属手錠を使用されて取調室
に連行された後も,職員に制されている上体を激しく揺さぶったり,起き上がろう
と抵抗するなどの著しい興奮状態にあったことから,暴行のおそれが顕著に認めら
れると判断し,革手錠を使用したものであって,原告の上記状況及びそれまでの一
連の経緯からみても,この判断は正当というべきである。
(c) 原告は,革手錠の使用方法について,両手後ろで使用したことが不
当であると主張する。しかし,本件において,革手錠を両手後ろの方法により使用
したことは,何ら違法とはいえない。
i 本件通牒は,革手錠について,両手前,両手後,片手前片手後及
び両手横の4種類の使用方法を定めているものの,その使用要件を各別には規定して
いないし,他にもこれを定めた法令その他の規定は存しないのであるから,革手錠
を前記4種類のいずれの方法で使用するかの判断は,職員の専門的知識及び経験に基
づく合理的裁量にゆだねられていると解すべきである。
 そして,本件における原告のように,暴行のおそれなどを示し極
度の興奮状態にある被収容者に対し,革手錠を両手前に使用した場合,被収容者の
両手首は,腰部前側で身体に接着して固定され,その結果,被収容者の両腕は上腕
部から手首まで全体としてその自由な運動が制限されるものの,うつ伏せの状態か
ら起き上がるバランスを取りやすく立ち上がりやすいため,時間的余裕が与えら
れ,他害のおそれがあり,また,両手指を自由に動かすことができ,自己の両手指
等を見ることもできるため,革手錠の破損を企てたり,手首などに自傷を企てる危
険が存する。
 これに対し,原告は,革手錠の装着に多数の職員が関与してお
り,短時間のうちに革手錠を装着していることから,職員が圧倒的に優位に立って
いたとし,両手前の方法により革手錠を使用することが困難ではなかった旨主張す
る。しかし,多数の職員が革手錠の装着に関与したのは,一般の日本人と比べては
るかに大柄で体力的にも優っていた原告に革手錠を装着することが困難であったか
らである。また,職員が革手錠の装着に短時間しか要していないのは,両手後ろの
方法であったからであって,革手錠の装着に時間を要した場合,被使用者の抵抗に
よって職員が負傷の危険にさらされるのであるから,多少時間がかかっても両手前
で使用すべきであったということは失当である。
 したがって,原告に対し,革手錠を両手後ろの位置で使用したこ
とには合理性があり,これを行った職員らの行為は適法であるというべきである。
ⅱ また,原告に使用する戒具を金属手錠から革手錠に変更した際,
両手後ろのままとしたのも,やむを得ない措置であって,違法とはいえない。
 すなわち,前記(1)アb(b)及び(c)のとおり,原告がB主任らによ
ってうつ伏せに制圧された後もなお暴れ続けていたため,B主任らは,金属手錠を
両手後ろの方法で使用したが,その後も原告は,大声を張り上げて全身を激しく揺
さぶって暴れるなど,暴行のおそれが顕著に認められたことから,原告に対する戒
具を革手錠に変更したものである。
 しかしながら,原告は,戒具を変更する際もひどく暴れており,
金属手錠を外して革手錠を装着することが危険な状態であり,足を押さえつけなが
ら,革手錠の腕輪の部分を左手に装着し,それから同じく腕輪を右手に装着し,さ
らに革手錠のベルトを通したあと,金属手錠を外すという手順にしなければならな
かった。
 このような原告の戒具を両手前に変更すれば,うつ伏せの状態か
ら起きあがる際に立ち上がりやすく,時間的余裕が与えられ,他害のおそれが増大
する。また,片手前,片手後ろに変更するには,原告の片手からいったん金属手錠
を外し,片手を後ろ手にして腕輪を装着しなければならないが,その際,他方の手
首に金属手錠がはめられていたとしても,原告の両腕は,手錠で左右が緊縛された
場合より自由になり,興奮した原告が,片手首に金属手錠を装着して更に激しく腕
を振り動かすことが予想され,職員が傷害を負ったり,原告自身がはずみで傷害を
負うおそれがある。さらに,いったん両手首から金属手錠を完全に外して革手錠の
腕輪を装着する手順にしたとしても,片手を後ろ手に革手錠の腕輪にはめた後,次
に残りの手首を革手錠の
前の腕輪にはめるには,原告の身体をうつ伏せから仰向けにする必要があるが,そ
のために原告の足を押さえつけていた手を緩めれば,全身を激しく振って暴れるお
それが大きく,身長190センチメートル,体重87キログラムの原告がこのように暴れ
れば,足が自由になり,職員の腕を容易に振り切ってしまうおそれが大きい。
(d) 原告は,革手錠の使用に伴い,股割れズボンを着用させられたこと
についても,違法であると主張している。
 しかしながら,股割れズボンは,足を開いて屈んだ場合にのみ排泄
可能な状態となるものの,普段は当該部分が閉じており,陰部が常に露出する状態
となるわけではない。
 他方,股割れズボンを着用していない場合,革手錠の被使用者は,
用便の都度,職員に声をかけてズボンを下ろすことを求めざるを得ず,職員が申出
に気付くのが遅れたり,夜間で配置された職員数が少なく,申出に応じることが危
険なためにそのまま放置した場合には,衣服が汚れ,その屈辱感は股割れズボン着
用の場合とは比較にならない。
 このように,股割れズボンの着用は,革手錠の被使用者の羞恥心に
配慮しつつ,独力での用便を可能とするものであり,代替手段は考えられないので
あって,革手錠の使用が必然的に股割れズボンの着用を伴うことを理由として,革
手錠の使用が違法であるということは失当である。
(e) 原告は,革手錠及び金属手錠を併用したことが違法である旨主張す
る。
 しかしながら,原告については,手首が細く,革手錠の腕輪から手
首が離脱するおそれがあったことから,これを予防するために金属手錠が併用され
たものである。そして,原告に革手錠及び金属手錠を併用するについては,人差し
指が金属手錠と本人の手首に差し込める状態であることを確認し,それ以上締まら
ないようにロックもきちんと掛けており,きつくもなく緩くもなく,適正な緊度で
併用されていたのであって,原告に対して必要以上の苦痛を与える態様により使用
されたものではなかった。
 したがって,原告に対し,革手錠及び金属手錠を併用したことが違
法であるということはできない。
(f) 原告は,革手錠を本件保護房拘禁中に使用したことが違法であると
主張する。
 しかし,保護房に収容される者は,興奮状態又は心身の状況が極め
て不安定な状態にあるから,どのような行動に及ぶか予測困難な面が多く,平静か
つ沈黙を装いながらも,職員の警備が手薄となる時間帯や食事の給与,寝具の出し
入れ,医師の診察等で開扉する際を狙い,突如として逃走を試みたり,職員に対す
る暴挙に及ぶことがあり得るのであって,実際にも,戒具を使用されていない保護
房の被収容者による暴行の事例は相当数存在する。したがって,保護房内での革手
錠の使用は,保護房収容のみでは必ずしも被収容者の鎮静保護を期し得ないような
場合に,戒護の措置の一つとして許されるというべきである。
 本件の場合,原告は,革手錠を使用されて本件保護房に収容された
後も,直ちに鎮静せず,大声を発し,安座ないし寝た姿勢を取るようになった後も
独語を発したり,本件保護房内を徘徊するなどしており,保護房に収容したのみで
直ちにその鎮静保護を期待できる状態になく,また戒具を変更し得る状況ではなか
ったことが明らかであるから,本件保護房内における原告への革手錠の使用は,原
告の鎮静保護のため,特に必要なものであったといわざるを得ず,前記各通達に照
らしても,職務上の義務に違反するものではなく,違法又は不当な点はない。
(g) 原告は,本件戒具使用中にぜん息の発作を起こしていたのであるか
ら,このような場合に革手錠を使用する必要はない旨主張する。
 しかしながら,保護房動静記録簿には,原告がぜん息の発作により
苦しんでいることを窺わせる記載はなく,東4舎の係長として原告への革手錠装着,
本件保護房拘禁中の食事の給与,寝具の出し入れ等を行ってきたB主任も,原告が
ぜん息発作を起こしているところをまったく見ていない。
 また,本件保護房拘禁を解除した後に,原告に対してテオドールが
処方されているが,テオドールは原告のぜん息の発作を抑制するため,かねてから
原告に継続的に投与されており,これを本件保護房拘禁の解除後に投与されたこと
をもって,直ちに原告が本件保護房拘禁中に重篤なぜん息発作を起こしていた事実
を認めることはできない。
 したがって,仮に原告が本件保護房拘禁中にぜん息発作を起こして
いたとしても,重篤とはいえない程度のものであったにすぎず,そもそもぜん息発
作の存在も疑わしいというべきである。
(h)i 原告は,前掲東京高等裁判所判決において,およそ両手後ろの方
法により革手錠及び金属手錠を併用することが原則として違法であると判示された
ように主張する。
 しかしながら,同判決は,手錠の使用の要否及び使用方法が刑務
所長の合理的裁量にゆだねられており,具体的な場合にその裁量判断が合理性を有
しない場合に,裁量権の逸脱又は濫用により違法の評価を受けると判示したもので
あり,具体的な事案を離れて,一般的に上記のような手錠の使用方法が違法である
と判示したものではない。
 そして,本件戒具使用の場合,同判決の事案と比較して,排便の
始末が容易であったこと,両手前で金属手錠及び革手錠を装着することが困難であ
ったこと,被収容者が一般の日本人より大柄で体力も強く,少しでも暴行抑制効果
の高い戒具を使用して,被収容者の暴行による危険を回避する必要があったこと等
に照らせば,原告に対して保護房内において両手後ろの方法により革手錠及び金属
手錠を併用したことは,本件の具体的状況の下において合理性が認められるのであ
って,違法であるとはいえない。
ⅱ また,原告は,本件における両手後ろの方法による革手錠及び金
属手錠の併用によって,前掲東京高等裁判所判決の事案を上回る苦痛を受けたこと
から,本件戒具使用が違法である旨主張する。
 しかし,本件戒具使用の違法性を判断するに当たっては,本件事
案において原告が受けた具体的な苦痛の程度と,本件事案において暴行抑制のため
に採られた手段の必要性とを相関的に検討することが必要であって,事情の異なる
事案との間で,苦痛の程度を比較しても,そこから違法性についての結論が導かれ
るものではない。
 また,本件においても,革手錠を両手後ろの方法により使用した
ことにより,原告が独力で食事をとろうとした場合に,いわゆる犬食いの方法によ
らざるを得なかったこと,就眠に一定の困難が伴った可能性があることは認められ
るが,原告は,自ら排便の始末をすることは可能であったのであるから,上記判決
の事案とは異なる事情が存在しており,上記判決の場合と同様に,原告が両手後ろ
の方法により革手錠及び金属手錠を使用された場合に排便の始末ができなかったこ
とを前提として,原告の肉体的,精神的苦痛の程度を評価することは相当でない。
(i) 原告は,革手錠の使用に関する統計上の事実関係を前提として,
「暴行のおそれ」があるとして保護房に収容された場合に革手錠を使用することは
必要がなく,また,片手前片手後ろや両手後ろの使用態様も必要ないとし,本件当
時の実務が過剰な戒具の使用であり,警察比例の原則に反する旨主張する。
 しかしながら,戒具の使用及びその方法の是非は,個別の案件ごと
に具体的事実に基づいて判断されるべきものであるから,革手錠使用や保護房収容
に関する統計的データをもって,具体的事案における革手錠使用の是非を論ずるこ
と自体,失当であることは明らかである。
 なお,近時,革手錠の使用件数が全国的に減少傾向にあるという統
計上の事実は存するが,これは,全国的に,行刑施設の規律秩序が厳正に保持され
るとともに,各種処遇技術の向上等により衆情が安定していることによるところが
大きいと考えられる。しかしながら,施設によっては革手錠の使用件数が増加した
例もあることから明らかなとおり,革手錠の使用は,個別の案件ごとに,具体的事
実に基づいて必要性が判断されているところであって,全国的な使用件数の減少傾
向をもって,従前の革手錠の使用が過剰であったといえないことはいうまでもな
い。
c 本件保護房拘禁について
(a) 監獄法は,保護房への収容に関する明文の規定を設けていないもの
の,行刑施設においては,被収容者の目前急迫の規律及び秩序侵害行為を除去する
ために,被収容者の鎮静及び保護に当てるために設けられた特別な設備及び構造を
有する独居房である保護房を設置しており,保護房通達が規定する要件に基づいて
収容が行われているところ,保護房通達は,一般の居房に拘禁することが不適当で
あると認めるべき合理的理由が存する場合に限り,保護房への収容を認めるもので
あって,それに基づく運用には合理性が存するというべきである。
 そして,本件においては,原告が居房内で本や日用品を投げつけ,
職員の制止にもかかわらず,大声をあげて身体を激しく揺さぶるなどして暴れ続
け,さらに,取調室に連行された後も,大声をあげながら職員が押さえていた手を
振りほどこうとして上半身を激しく揺り動かして暴れ続け,激昂した状態にあり,
一般の居房に拘禁した場合,房内で暴れ,大声を発するなど,自傷他害のおそれ,
刑務所内の静穏を害するおそれ等が存在したから,保護房への収容の要件を具備し
ていたことは明らかである。
(b) また,原告は,原告がぜん息の発作を起こしたにもかかわらず,保
護房収容を継続した措置が違法である旨主張するが,原告が本件保護房拘禁中にぜ
ん息の発作を起こしていたとしても,重篤とはいえない程度のものであったにすぎ
ないことは,前記b(g)のとおりであるから,原告の上記主張は理由がない。
d 本件戒具使用及び本件保護房拘禁がB規約に違反する旨の主張につい

 原告は,本件戒具使用及び本件保護房拘禁における原告に対する扱い
が,B規約7条が禁じる非人道的な若しくは品位を傷つける取扱に該当し,違法であ
る旨主張する。
 しかし,本件戒具使用及び本件保護房拘禁がいずれも適法であること
は前記のとおりであって,原告に対する扱いがB規約に違反する旨の原告の主張も
理由がない。
ウ 本件各懲罰について
原告に対する本件各懲罰は,次のとおり,いずれも原告の規律違反行為
に対する適正,妥当な処分であって,これらを違法とする原告の主張は,いずれも
失当である。
a 本件各懲罰に共通する違法性の主張について
(a) 原告は,懲罰要件について具体的な規定のない監獄法に基づき,遵
守事項違反を理由として本件各懲罰を科したこと,本件各懲罰が適正手続に基づい
て科されたものでないこと等から,本件各懲罰が憲法31条,13条等に反して違法で
ある旨主張する。
i しかしながら,監獄法上の懲罰は,行政上の制裁である秩序罰で
あって,多種多様な内容の規律違反に対し,応報の目的にとどまらず,矯正,教育
の目的をもって,行政機関により裁量的に科されるものであり,刑罰とは異なるも
のであるから,刑法,刑事訴訟法等におけるような厳格な罪刑法定主義及び適正手
続が適用されるものではなく,監獄法上の懲罰に関して,規律違反行為及び科罰手
続につき具体的規定を欠くことや,被収容者に弁護人選任権や審判の公開が認めら
れないことをもって,直ちに違憲,違法ということはできない。
ⅱ また,懲罰の手続については,刑事裁判におけるほど厳格な審理
手続が要求されているわけではないものの,懲罰が被収容者にとって相当の不利益
を科すものであることからすれば,懲罰の手続は,慎重かつ適正に行われるべきで
ある。
 この点,Kにおいては,規律違反容疑行為があった場合,まず事
実関係を明らかにするために取調べが行われ,その後職員により構成される合議体
の審査会が当該行為者の審査を行い,これを踏まえ,審査会の議長が審査会の意見
をとりまとめて所長に報告し,これに基づいて所長が懲罰を決定しているものであ
る。他方,当該行為者は,審査会に出席するほか,書面を提出して弁解する機会を
与えられている。さらに,所長は,審査会の委員とは別に職員の中から当該行為者
を補佐する者を指名し,その者が審査会の審査において当該行為者の立場に立って
意見陳述等の活動をするものとされている。
 このように,Kにおける懲罰の手続は,慎重かつ適正に行われて
おり,本件各懲罰の手続に違法な点はない。
(b) 原告は,日本語を理解できない外国人であり,本件各懲罰の手続に
おいて,手続の意味及び内容をほとんど理解できないまま懲罰手続が進行したこと
から,実効的な自己弁護の機会が与えられていないに等しい旨主張する。
 しかしながら,Kは,供述調書の作成,懲罰審査会の開催等,いず
れの懲罰手続においても,英語の通訳人を介し,原告に説明等を行っているから,
原告の上記主張は失当である。
(c) 現行の軽屏禁がB規約7条の禁ずる非人道的な扱いに該当する旨の
原告の主張は争う。
b 本件各懲罰の個別的な違法事由の主張について
(a) 監獄法に基づく懲罰は,刑務所における規律秩序の維持を目的とす
る行政上の秩序罰であり,監獄法59条は,在監者による規律違反行為に対し,懲罰
を科すこととしているところ,在監者の規律違反行為に対してどのような懲罰を科
すかについては,刑務所長の権限であり,その判断に裁量権の逸脱又は濫用が認め
られない限り,懲罰が違法とは認められないというべきである。
(b) 第1事件に関する懲罰について
i 前記(1)アa(a)のとおり,Kでは,外国人用食堂において,外国
人受刑者が全員揃うまでの間,目を閉じて待つよう指導していたが,これは,各工
場に就業している多数の外国人受刑者を一室に集めるという特殊な処遇場面におい
て,不仲の者同士のけんか,争論,共犯者による不正連絡等の規律違反行為を未然
に防止するため,一層厳格な行動規制をとる必要があったことに基づく措置であ
る。
 また,Kでは,職員の職務上の指示,命令に対するいかなる反抗
をも禁止しているが,これは,職員の適正な職務執行を確保するためにとられてい
る措置である。
 原告は,外国人用食堂内において,目を閉じて待つべき時間帯に
目を開け,入室する他の受刑者の様子を窺っていたため,職員がこれを注意したの
に対し,これに素直に従おうとせず抗弁したものであり,その態様も,英語でいえ
ば「ファック・ユー」(“Fuckyou.”「ちくしょう」の意味)に当たるように感じ
られるものであって,職員の職務上の指示,命令に対する抗弁を禁止した本件遵守
事項39項に違反することが明らかであったことから,Kでは原告に懲罰を科したも
のである。
ⅱ この点,原告は,原告が目を開けていた事実が存しない以上,目
を閉じる旨の職員の指示は「職務上の指示」とはいえず,原告に対する懲罰は違法
となると主張する。
 しかしながら,上記懲罰においては,原告が目を開けていると判
断して注意を与えた職員に対し,原告が反抗したことが懲罰の根拠とされたのであ
り,原告が目を開けていた事実の存否は,情状に関する事情の一つにすぎない。そ
して,仮に原告が目を開けていた事実が存しないとしても,原告としては,単に注
意に従い目を閉じた状態を維持すれば足りたのであり,職員をにらみつけながら声
を荒げて反抗することが正当化される理由はない。とりわけ,多数の被収容者を少
数の職員が戒護する外国人用食堂において,不正連絡の防止が無視できない問題で
あったところ,被収容者に対して目を閉じるよう指示した職員に対し,被収容者が
声を荒げて抗弁することを許せば,職員が正常な職務を遂行できなくなることは明
らかである。
 したがって,たとえ仮に原告が目を開けていなかったとしても,
その事実が原告の職務妨害に関する情状に影響するとはいえないから,原告に対し
て軽屏禁10日の懲罰を科したことは違法でない。
ⅲ 原告は,刑事施設の職員が被収容者に対し,心得事項の遵守を指
示,命令し,被収容者がこれに従わなかったことを理由に懲罰を科し得るとすれ
ば,結局,心得事項違反について懲罰を科し得ないとした趣旨が没却されてしまう
旨主張する。
 しかし,本件遵守事項39項の規定からすれば,単に職員の職務上
の指示,命令に従わないことが遵守事項違反となるのではなく,職員の職務上の指
示,命令に対して抗弁,無視などの方法により,職員の職務を妨害することが遵守
事項違反となるものというべきである。換言すれば,被収容者が平穏に職員の指
示,命令に対して質問をすること,意見や希望を申し述べること等には何の問題も
ないのであって,それらの行為の態様が職務妨害と認定されるに至ったときに,初
めて同項に違反した行為となるのである。
 したがって,原告の上記主張は理由がない。
ⅳ また,Kは,犯罪傾向の進んだ累犯受刑者及び日本語を理解する
能力に乏しい外国人受刑者を収容しており,暴力団関係者,薬物中毒患者,精神病
患者等のいわゆる処遇困難者の割合が非常に大きく,工場,舎房等,処遇の現場で
は,1名ないし2名の職員が,数十名に及ぶ被収容者を刑務作業に従事させたり,平
穏な生活を送らせるよう指導したりしているものである。
 このような状況下において,被収容者が不満を勝手気ままに表明
し,職員の職務を妨害することまで認めれば,刑務所が無秩序状態に陥り,暴力団
関係者など,一部の被収容者によって支配される危険性が極めて高く,仮にそのよ
うな事態に至れば,刑務所は,職員のみならず被収容者にとっても生命の安全すら
保障されない危険な場と化すばかりでなく,贖罪の場としての信頼が失墜する結
果,出所者の社会復帰が著しく困難になり,刑務所の社会復帰訓練機能が停止する
こととなる。
 そうすると,監獄法がこのような事態を容認するものとは到底考
えられない以上,心得事項違反についての指示,命令に対する抗弁に懲罰を科すこ
とが違法であるとする原告の主張には理由がない。
ⅴ なお,原告は,目配せだけで交換できる情報には限度があるか
ら,目を閉じる扱いの必要性はそれほど重大ではないと主張する。
 しかし,この主張も,Kにおける不正連絡防止の実務及び外国人
受刑者の特殊性を無視したものである。すなわち,Kの受刑者は,約40の工場にそ
れぞれ所属し,夜間に収容される舎房も工場単位で指定されているため,所属工場
が変わらない限り工場を越える受刑者間の交流は一切ないところ,このことを前提
に,暴力団関係者など集団を形成する可能性が高い受刑者や,対立関係にある受刑
者が相互に接触しないよう留意して工場の指定を行い,これらの者が不正に連絡を
取り合うことを防止している。しかしながら,外国人用食堂及び外国人用入浴場に
おいては,例外的に所属工場を越えて外国人受刑者が交流することが可能であり,
このような外国人受刑者の交流を介して,暴力団関係者などが不正に連絡を取り合
い,刑務所内において隠
然たる勢力となるおそれがあることから,これを防止するため,目配せによる不正
連絡も防止することが必要である。
 したがって,原告の主張は,このような外国人受刑者を介した不
正連絡のおそれに対する認識や,その防止がKの規律秩序維持のため極めて重要で
あることについての認識を欠いているものであって,失当である。
ⅵ 以上のとおり,第1事件における原告の動静及び抗弁は,到底放置
し得るものではなく,懲罰は適法であったというべきである。
(c) 平成5年9月7日の懲罰について
 平成5年9月7日の懲罰は,原告が本件戒具使用に先立ち,原告に出房
を促したB主任に対し,突然怒鳴り声をあげながら右腕を振り払って詰め寄った行
為が,暴行をしようとした行為に該当し,本件遵守事項19項に違反することにより
科されたものであるから,この懲罰も適法である。
(d) 第2事件に関する懲罰について
i Kにおいては,受刑者を作業に専念させるとともに,わき見によ
る作業事故を防止する観点から,作業中のわき見を禁止しており,また,良好な人
間関係を確保するために,他人に対する粗暴な言動を禁止している。
 そして,原告は,作業中に正当な理由なくわき見をしていたこと
から,職員がこれを注意したところ,その職員に対して暴言を吐いたものであっ
て,本件遵守事項21項に明らかに違反する行為であったことから,原告に対し懲罰
を科したものであり,原告が上記懲罰の違法事由として主張するところは,いずれ
も理由がない。
 したがって,原告に対する第2事件に関する懲罰は,適法である。
ⅱ ところで,Kにおいては,作業専念義務違反及び職員の職務上の
指示,命令に対する反抗をも懲罰の対象としているところ(本件遵守事項28項,39
項),第2事件に関する懲罰についての被告の当初の主張は,これを作成した指定代
理人において,誤解に基づき,実際の懲罰は暴言事犯のみを対象として科されたも
のであった事実を見落とし,誤った答弁をしたにすぎない。
 これに対し,原告は,被告の訂正後の主張に沿う懲罰表(乙52)
が,本件訴訟の提起後に作成されたものであり,オリジナルの懲罰表が別途存在す
る旨主張する。
 しかし,被告が第2事件に関する懲罰事由についての主張を変更し
たことから,直ちに懲罰表が本件訴訟の途中で作成,提出されたものということは
できない。そして,乙第52号証として提出された懲罰表以外に,オリジナルの懲罰
表が存在することはあり得ず,その信頼性にも疑問はない。
(e) 第3事件に関する懲罰について
i Kにおいては,被収容者に対して節水を義務付けることにより,
国の予算(光熱水料費)の適正な執行を図る目的で,入浴場以外の場所において許
可なく身体を洗うことを禁止している(本件遵守事項35項)。
 しかるところ,原告は,居室内の洗面所において,職員の許可な
く不正に頭髪を洗っていたものであり,同行為が本件遵守事項35項に違反すること
から,原告に対し懲罰を科したものである。
ⅱ 原告は,仮に原告が両手一杯分の水で頭を洗っていたとしても,
本件遵守事項35項に定める「身体を洗う」には該当しない旨主張する。
 しかし,問題は,「許可なく」頭を洗った事実にあるのであっ
て,頭を洗ったといえるか否か,身体を洗ったといえるか否かという原告の行為の
評価ではなく,洗髪を許可に係らしめていたにもかかわらず,許可を得ずにそのよ
うな行為をした点が,規律違反行為の核心というべきであるから,原告の上記主張
は理由がない。
 また,原告が第3事件に関する懲罰の違法事由として主張するその
他の点も理由がない。
ⅲ したがって,第3事件に関する懲罰も,適法であったというべきで
ある。
エ 本件独居拘禁について
a 施行規則47条は,「在監者ニシテ戒護ノ為メ隔離ノ必要アルモノ」に
ついて,独居拘禁に付すことができる旨規定しているところ,「戒護ノ為メ隔離ノ
必要アルモノ」とは,逃亡,職員及び被収容者間の殺傷,自殺,火災,暴動等,刑
務所内の安全及び秩序を維持するため,これに反する行為を予防,制止し,また既
に侵害が生じた場合にこれを鎮圧するために,当該被収容者を他の収容者と隔離す
る必要があることをいうものと解すべきである。そして,被収容者について戒護の
必要上独居拘禁に付するかどうか,また独居拘禁に付するとして,昼夜独居拘禁と
夜間独居拘禁のいずれを選択するかの判断は,刑務所長の合理的な裁量にゆだねら
れているところ,刑務所長は,当該被収容者の刑期,犯歴,行状,性格,他囚との
関係等の諸事情を考慮
し,刑務所内における紀律の維持及び被収容者の処遇についての科学的,専門的知
識と経験に基づいてこれを決定すべきであって,その判断は,合理的な基礎を欠く
など妥当性を著しく損なう事実がない限り,違法となるものではないと解すべきで
ある。
 また,Kにおける独居拘禁の処遇内容は,前記2(6)イのとおりであっ
て,昼夜独居拘禁者に限らず,雑居拘禁者においても,居室内では,座席位置を定
め,勝手に寝転んだり,寝具にもたれかかったり腰掛けたりしないこととされてい
るが,一定の時間帯において特定の姿勢を維持しなければならないことはない。
b 原告は,平成8年3月当時,昼間は第23工場において就業し,夜間は東
2舎3階第371室に独居拘禁されていたが,同月13日,Kにおいて,原告の処遇を決定
する分類審査会を開催して検討したところ,次の実情が認められた。
(a) 原告は,同年2月7日,購入した図書が削除・抹消されることがある
旨を告知され,これを承認していたにもかかわらず,私本の削除,抹消を不満と
し,その購入代金の支払を拒絶するなど,独善的,利己的な要求をしていること
(b) 原告は,同年3月2日,原告が在日本Fあてに発信した信書におい
て,Kが外国人に対して差別的懲罰を行っており,原告に対する懲罰が外国人に対
する差別に基づくものであるばかりか,原告のほかにもこの種の差別により外国人
収容者の20パーセント以上が影響を受けており,何百人もの被収容者が賠償の対象
となるとして,Kに対して集団で訴訟を提起する意思がある旨を明確にしていたこ

(c) 原告が同月5日に日本弁護士連合会あてに発信することを願い出た
信書に,職員が,被収容者に対し,盗み,暴力及び名誉毀損行為を当然の権利のよ
うに行っており,外国人受刑者に対してはその傾向が特に強いこと,外国人受刑者
にとって1回の懲罰が数か月数年の刑期加算となり,差別的で過酷であること等の,
虚偽,わい曲した記載があったこと
c そして,上記分類審査会の審査の結果,原告を工場において他の被収
容者と共に就業させれば,原告の行動に同調する者,原告を英雄視する者等によっ
て集団が形成された場合や,原告に反感を抱く者により原告に危害が加えられた場
合,施設の規律秩序の維持に支障が生じるおそれが顕著に認められ,原告を集団で
処遇することが困難であると認められたことから,同月14日以降,原告を処遇のた
めの独居拘禁とすることとし,同日,原告にその旨告知した。
d 以上のとおり,Kでは,原告の行状,他の被収容者との関係等の諸事
情を勘案した結果,原告を集団で処遇することが不適当であるとの結論に至ったこ
とから,原告を昼夜独居拘禁に付したものであり,日本弁護士連合会への発信や,
本件訴訟の準備及び提起を問題としたものではなく,その判断が合理的基礎を欠く
など妥当性を著しく損なうものでないことは明らかであるから,本件独居拘禁に何
ら違法な点はない。
オ 昼夜独居拘禁下における刑務所労働について
a 原告は,本件独居拘禁下において,紙細工の作業に従事していたもの
であるが,作業賞与金の額は,作業内容に関係なく,次のとおり計算される。
(a) 作業等級の設定見習工から1等工までの10段階の等級があり,新た
に就業する被収容者及び職種を変更した場合には,原則として見習工に決定する。
その後,各等級の定められた標準期間を経過した後,技能及び作業成績(作業能
率,製品の状況,努力の程度,安全態度,材料・器具の取扱い等)を審査し,適当
と認められた場合に上位の等級に昇等させる。
(b) 作業賞与金は,各等工別の基準額(就業時間1時間当たりの金額)
に1か月の就業時間数を掛けたものを基本とし,作業成績や行状による加算又は減額
をして計算する。
b 原告に対する作業賞与金の支給が違法でないことについて
(a) 懲役受刑者が従事する刑務作業は,刑務所に収容されて自由を拘束
されるとともに,一定の労務作業に従事することを要求される労働力の提供であっ
て,これに対する対価を当然に予定すべきものではない。
 また,刑務作業は,自由刑の受刑者に対し,刑罰の内容として義務
的に課される強制的教育手段であって,矯正処遇の一環としての役割を担うもので
あり,経済的有用性の追求を目的するものではないから,一般社会における労働と
同様に,報酬としての賃金を請求することができるとすることは正当ではない。実
際にも,刑務作業に報酬制を採用するとすれば,従事する作業によって賞与金に格
差が生じ,就業希望職種の偏り,職業訓練希望者の減少,養護工場就業者の意欲低
下等の問題が生じることが予想されるのであって,これらが望ましい事態でないこ
とはいうまでもない。
(b) この点,原告は,作業賞与金が報酬性を有している以上,その金額
が低廉にすぎる場合は違法となる旨主張するが,原告が作業賞与金に報酬性がある
とする根拠は,賞与金額が零ということがないことに尽きるのであって,金額の多
寡はともあれ一定の金額は計上されているという意味で「報酬性」を定義しておき
ながら,報酬性が認められる以上,一定金額以上でなければ違法と主張することは
失当である。
(c) そもそも,作業賞与金は,作業奨励という刑事政策上の考慮に基づ
き,その作業収益及び生産性とは無関係に,一定の基準に従って恩恵的に与えられ
る国家財産の公法的な配分であり,作業収入とは独立した予算に基づく独立した支
出であるから,その基準額や具体的な決定方法は,国の政策の問題として,法務大
臣が刑事政策上の目的を勘案しつつ,許された予算の枠内で,過不足なく一定の基
準で受刑者に支給されるよう決定すれば足りるものである。
 そして,刑事政策的側面から見た場合,作業賞与金の額は,受刑者
の社会復帰に資するか否かのみならず,刑罰の威嚇力,被害者感情,社会感情,国
家の財政状況等をも勘案して決定する必要があり,しかも我が国の受刑者の場合,
食費をはじめ生活費の一切を負担することなく生活しているのであるから,この点
を考慮せずに,作業賞与金の額を平均賃金や諸外国における同種の金員の額と比較
することは相当とはいえない。
(d) したがって,原告に対する作業賞与金の額が低廉に失する旨の原告
の主張は理由がなく,作業賞与金の額について,違法は存しない。
c ILO第29号条約の主張について
 原告は,Kの刑務作業において民間企業製品の製作を義務付けること
が,ILO第29号条約2条2の規定に反し,違法である旨主張する。
 しかしながら,ILO第29号条約2条2の規定は,裁判所の判決の結果,懲
役受刑者として定役に服すべき者が,刑務作業を実施する際に国の監督及び管理下
において就業し,かつ,私企業に直接雇用され又は私企業の指揮下にないことを要
するとしているものであるところ,我が国の刑務作業の場合は,国と民間企業との
契約関係に基づき実施されており,懲役受刑者と私企業との間に直接の契約関係は
存在しないから,Kの刑務作業は,同条約に違反するものではない。
カ 仮出獄について
a 仮出獄の判断基準については,前記1(6)のとおりであるところ,Kに
おける仮出獄の申請に関する審査は,仮釈放等に関する規則の規定等に基づき,職
員で構成される合議体の仮釈放審査会において,受刑者各人の毎日の所内生活にお
ける行状や作業成績,引受人の状態,出所後の生活の見通し,犯罪の内容,被害者
に対する誠意,更生への決意等を細かく検討したうえで行われており,原告につい
ても,同様の扱いをしたものである。
 したがって,懲罰の有無が仮出獄の対象から除外するに当たって重大
で決定的な要因であるとし,また,懲罰を仮出獄の審査に当たって考慮できるの
は,非常に重大で反復される違法行為があった場合に限定されるとする原告の主張
は,理由がない。
b そして,原告については,たびたび職員に反抗するなどの不良な態度
が改まらず,およそ「改悛の状」を認めるべき行状ではなかったことが明らかであ
るから,原告が仮出獄の要件を満たしていなかったことは明白である。
 したがって,原告が仮出獄を受けられなかったのは,上記審査会の審
査結果に基づく合理的な結果であって,このことに何ら違法な点はない。
c また,憲法上,行政手続である仮出獄の審査に,刑事手続に準ずる保
護が要請されるとはいえない以上,現行法令上,刑事手続に準する保護がないこと
をもって,違憲,違法であるということはできず,原告の仮出獄審査に関する憲法
34条,37条,B規約14条3違反の主張も理由がない。
キ なお,被告の公務員である職員に故意又は過失が存する旨の原告の主張
は否認する。
(3) 国家賠償法6条の「相互の保証」について
ア 原告は,国家賠償法6条が憲法17条,98条2項及び14条1項に違反する旨主
張する。
 しかし,憲法17条のように文言上「何人も」と規定されている場合,必
ずしも無条件に外国人にもその権利を保障したものと解さなければならない理由は
なく,憲法第3章に規定する基本的人権が外国人に保障されるか否かは,個々の人権
の性質に着目して,個別に判断されるべきである。そして,同条が「法律に定める
ところにより」と規定していることからすれば,法律によって外国人について特別
の定めを設けることは可能であり,国家賠償法6条の趣旨が,我が国の国民に保護を
与えない国の国民に対し,我が国が積極的に保護を与える必要はないという衡平の
観念に基づくものであることからすれば,同条が国家賠償請求について相互主義を
採用していることは,憲法17条に反するとはいえない。
 また,憲法14条の趣旨は,特段の事情の認められない限り,外国人に対
しても類推されるべきものと解するのが相当であるものの(最高裁判所昭和39年
11月18日大法廷判決・刑集18巻9号579頁),同条は,不合理な差別的取扱いを禁止
しているのであって,合理的な理由に基づく区別が同条に違反しないことは明らか
である。そして,現在の世界が国家という単位を法的,経済的,社会的体制の基礎
に置いている以上,外国人はすべての権利,自由について,我が国の国民と同等に
取り扱われるものではないのであって,外国人の国家賠償請求について,上記の趣
旨から我が国の国民と異なる取扱いがされたとしても,合理的な理由に基づく区別
として,同条に違反せず,憲法98条2項にも反しないというべきである。
イ また,原告は,国家賠償法6条が,B規約2条1及び3,26条等に違反し,
無効であると主張する。
 すなわち,差別の禁止を規定したB規約2条1及び26条は,いずれも,あ
くまで合理的な理由のない差別を禁止する趣旨であり,合理的な理由に基づくあら
ゆる処遇の差異を禁ずるものではない。したがって,これらの規定は,結局,憲法
14条1項と同趣旨の規定であるということができる。
 以上を前提とすると,国家賠償法6条は,外国人に対する同法に基づく保
護を一律に拒否するものではなく,相互の保証がある限り,あらゆる外国人に対
し,同法に基づく保護を認めようとするものであり,また,公権力の違法な行使に
基づく損害賠償制度による被害者の救済の国際的な普遍化を促進する効果を有する
ものであって,それ自体不合理なものではなく,むしろ,B規約2条3の規定の要求
を実質的に満たすものというべきである。
 したがって,国家賠償法6条は,B規約2条1及び3,26条等に反するもの
ではなく,国家賠償法6条がB規約に違反する旨の原告の主張は失当である。
ウ アメリカ合衆国における「相互の保証」の有無について
a 本件における「相互の保証」の意味
 国家賠償法6条は,外国人が日本国内において同法1条又は2条に規定す
る損害を受けた場合,その外国人の本国で日本人が同様の損害を受けたときに被害
者である日本人がその国又は公共団体に対して損害賠償を請求する権利が認められ
ているときに限り,その外国人に対して国又は公共団体が同法1条又は2条に規定す
る損害賠償責任を負う旨を明らかにしたものである。
 したがって,米国人の受刑者による国家賠償事件について,「相互の
保証」が認められるには,アメリカ合衆国内で日本人受刑者が同様の損害を受けた
ときに,当該日本人が我が国で国家賠償法に基づく損害賠償を受けられるのと同等
以上の損害賠償請求権が存することが必要というべきである。
 これに対し,原告は,憲法17条が公務員の不法行為につき「何人」に
も損害賠償請求権を認めていることや,憲法の国際協調主義にかんがみ,相互の保
証の要件が緩やかに解されるべきであると主張する。しかし,アメリカ合衆国にお
いて,日本人の受刑者が原告と同様の損害を受けた場合に,我が国の国家賠償法に
基づく損害賠償と同等以上の損害賠償を国家から受けることができず,単に何らか
の救済を得る方法が存在しているというだけで相互保証があると解するならば,ア
メリカ合衆国内の日本人受刑者が我が国内の米国人受刑者よりも不利な立場に置か
れることを許容し,その状態を放置することになり,公務員の公権力の行使に基づ
く損害の賠償制度の国際的な普遍化を促進するという国家賠償法6条の趣旨を没却す
る結果となるから,原
告の上記主張は相当でない。
b 「相互の保証」の立証責任が原告にあること
 国家賠償法6条は,「相互の保証があるときに限り,これを適用す
る。」と規定しており,外国人が被害者の場合,相互の保証の存在が国家賠償請求
権を取得するための権利根拠事実とされていることが明らかであるから,法律要件
分類説に従って,原告が相互の保証の存在について立証責任を負うべきである。
 また,証拠との距離や立証の難易という実質的観点から考慮しても,
外国人たる原告は,その本国の法制を知る手段,方法が豊富であるのに対し,被告
としては,外務省等の機関を通じてこれを照会するしか調査の手段がないうえに,
そのような調査によっても必ずしも的確な回答が得られないのが実情であって,原
告の方が証拠への距離も近いといわざるを得ない。
 さらに,国家賠償法6条の相互主義は,事実上の相互主義であって,外
国人が国家賠償法の適用を受けるためには,当該外国において,日本人の権利が国
内法の規定により認められている場合のみならず,判例,行政先例等によって権利
救済が事実上認められていれば十分であるから,原告が立証責任を負うとすれば,
原告はその本国において我が国の国家賠償法と同様の法律,判例,行政先例等が一
つでも存在することを立証すれば足りるのに対し,被告が立証責任を負うとすれ
ば,当該外国の法律,判例,行政先例等,あらゆる可能性を検討した上で,相互の
保証が存在しないことを立証しなければならない。したがって,証明の難易の点か
らも,原告が立証責任を負うとすることが合理的である。
c 本件において「相互の保証」が存しないこと
 原告は,アメリカ合衆国では,アメリカ合衆国憲法の修正条項におい
て,刑務所内の処遇に関して我が国よりもはるかに詳細に受刑者の権利が保障され
ており,この保障には国籍による差別は存しないところ,連邦市民権法等によって
これらの権利につき救済が認められていること,その場合,国と同視すべき州,郡
等が被告とされている例があること,実際にも,他の受刑者の行為により負傷した
受刑者に対し,政府に損害賠償の支払を命じた裁判例や,刑務所内の処遇について
損害賠償が支払われている事例が存在すること等から,アメリカ合衆国には,受刑
者の国家賠償請求について,相互の保証があるとする。
 しかしながら,原告の主張からは,アメリカ合衆国憲法修正条項のど
の条項によって受刑者の権利が我が国よりもはるかに詳細に保障されているのか明
らかでない。アメリカ合衆国憲法修正条項において,権利保障が受刑者に及ぶこと
が明らかな条項は,残虐で異常な刑罰を禁止した修正8条のみであり,かえって修正
13条1項は,奴隷的拘束及び苦役からの自由の保障について「適法に有罪判決を受け
た犯罪に対する処罰の場合」を明示的に除外している。
 また,アメリカ合衆国憲法及び連邦市民権法に基づく裁判上の救済例
については,そのほとんどが,公務員個人に対し適法な職務の執行を命じ又は違法
な職務の執行の差止めを命ずるものであって,原告提出の証拠に掲げられた裁判例
にも,国家に対して損害賠償の支払を命じたものは存しない。
 さらに,他の受刑者の行為により負傷した受刑者に対しアメリカ合衆
国政府に損害賠償の支払を命じた裁判例についても,原告の主張によれば,いわゆ
る安全配慮義務違反を理由として損害賠償請求を認めた事例であるところ,安全配
慮義務は,我が国においても,公法,私法に通ずる一般的法原理に基づく義務であ
り,この義務違背に基づく損害賠償義務を公法上の義務ということはできないので
あって,公務員の違法な公権力の行使に基づく国家賠償責任とは明らかに異質なも
のであるから,安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権が存在する事実は,公務
員の違法な公権力の行使を理由とする国家賠償請求権の有無とは直接関係するもの
ではなく,相互の保証の有無を論ずるに当たり参考となるものではない。アメリカ
合衆国における刑務所
内の処遇について受刑者に損害賠償が支払われているとする事例についても,アメ
リカ合衆国内で日本人受刑者が原告と同様の損害を受けたときに,当該日本人が我
が国で国家賠償法に基づく損害賠償を受けられるのと同等以上の損害賠償請求権が
存することの立証となるものとはいえない。
むしろ,我が国において,国家賠償法が受刑者に対しても全面的に適
用され,公務員の違法な公権力の行使により損害を被った受刑者が国に損害賠償請
求権を行使することが認められるとの法理が確立しているのに比べ,アメリカ合衆
国においては,今日なお受刑者の権利保障のあり方に関して基本的な考え方の対立
が残存しており,受刑者の拘禁状況に対する措置についても,国家に対する損害賠
償請求が避けられる傾向にあるのであるから,我が国におけると同様の権利保障が
なされているとはいえない。
 したがって,アメリカ合衆国において,日本人の受刑者が公務員の違
法な公権力の行使により損害を被った場合に,我が国の国家賠償法と同様又は同程
度以上の金銭的救済が行われているということはできず,相互の保証は存しないと
いうべきである。
(4) 損害について
 原告が前記「原告の主張」(4)記載の各損害を被ったことは,いずれも否認
する。
(5) 結論
 以上のとおり,原告の主張はいずれも失当であるから,原告の請求は棄却
されるべきである。
4 争点
 以上によれば,本件の争点は,次のとおりである。
(1) 原告が,本件保護房拘禁に際し,違法な集団的暴行を受けたか否か。
(争点1)
(2) 本件戒具使用及び本件保護房拘禁が違法か否か。
(争点2)
(3) 本件各懲罰が違法か否か。
(争点3)
(4) 本件独居拘禁が違法か否か。
(争点4)
(5) 本件独居拘禁中の原告の作業賞与金額に関して,違法な点が存するか否
か。
(争点5)
(6) 原告が仮出獄を受ける機会を得られなかったことが違法か否か。
(争点6)
(7) (上記(1)ないし(6)のいずれかについて,違法であることが認められた場
合)職員に故意又は過失が存したか否か。
(争点7)
(8) 原告の本件請求について,国家賠償法6条の適用により,同条に規定する
「相互の保証」が必要とされるか否か。また,必要とされるとして,「相互の保
証」の存在が認められるか否か。
(争点8)
(9) (上記(7)について故意又は過失が認められ,上記(8)について「相互の保
証」が認められた場合)原告が被った損害の有無及び損害額
(争点9)
第3 争点に対する判断
1 本件に関する事実経緯について
 各項末尾に掲記した証拠等によれば,次の事実を認めることができる。
(1) 第1事件について
ア Kにおいては,平成5年当時,同刑務所内でF級受刑者(受刑者分類規程
(昭和47年矯正医訓557法務大臣訓令)10条1項ーイにおいて,「日本人と異なる処
遇を必要とする外国人」と定義されている受刑者)とされている外国人受刑者のう
ち,日本人受刑者と同じ食事を希望する者を除いた約80名について,平日の昼食の
際,外国人用食堂に集めて食事をさせる扱いとしていた。外国人用食堂において
は,被拘禁者同士の目と目が合ってにらみ合いとなるなどのトラブルや,目配せに
よる不正な連絡を防止するため,全員の着席が完了するまでの間,目を閉じて待た
せる扱いとしていた。
(甲23,乙11,証人D,原告本人,弁論の全趣旨)
イa Kの外人処遇係に勤務していたD看守は,平成5年7月22日午前11時
40分ころから,第1区の外国人受刑者を昼食のため外国人用食堂に連行する業務に就
き,連行後,同食堂の洗い場の前で,外国人受刑者を戒護していた。すると,同日
午前11時58分ころ,約7メートル離れた位置にある席に着席していた原告が,顔を左
右に動かしていたことから,注意して見ていたところ,原告が薄目を開けながら周
りをちらちら見ているのを発見した。そこで,D看守は,原告に対し,原告の名前
を呼んで目を閉じる旨注意するとともに,原告に近寄って,両手を目の横に挙げ
て,手のひらを閉じる状態を繰り返す方法で合図した。原告は,名前を呼ばれてい
ったん目を開けたため,D看守は,原告の近くに来て,再度口頭で目を閉じるよう
注意するとともに,手振りで
その旨合図した。
 これに対し,原告は,舌を突き出す感じで,また唇の辺りをなめすよ
うな感じで,少し薄目を開けながら,首を左右に振っていた。そこで,D看守がさ
らに注意をしたところ,原告は英語で早口に大きな声でまくし立て,D看守が注意
を繰り返したところ,原告は椅子に座ったまま,あごを突き上げるようにD看守を
にらみつけるような態度で,さらに顔を紅潮させて早口でまくし立ててきた。原告
は,このようにまくし立てる間に,「私の目は閉じている。」という趣旨の発言を
した。
 D看守は,このようなやりとりの後,原告に注意を続けることに危険
を感じ,上司である法務事務官看守部長H(以下「H部長」という。)の方を見た
ところ,H部長は,原告を第1区の事務室に連行するよう指示した。そこで,D看守
は,上記事務室に原告を連行し,原告は,ふてくされた態度で事務室へ歩いてき
た。
(乙4,11,33,35,36,証人D)
b(a) これに対し,原告は,外国人用食堂にて着席し,原告の名前が叫ば
れたので目を開けたが,その前に薄目を開けた事実はなく,その後も,原告のみが
名指しで目を閉じるよう注意されたことから神経質になり,口を結んで,歯の上か
ら舌を回すような動作をしたものの,舌を口から突き出すようなことをしたことは
なく,さらに,職員が立腹して原告の背後に向かい,壁を殴りつけてわめくなどし
たので,「何を言っているのかわかりません」という意味の英語を言ったものの,
「私の目は閉じている。」という趣旨の発言をしたことはない旨主張し,原告もそ
の旨供述している(甲9の2,乙37ないし41,原告本人)。また,D看守と原告との
間には,当初少なくとも7メートルの距離があり,D看守がこのような距離から原告
が薄目を開けていること
を現認することはできないとして,原告が薄目を開けていたとするD看守の供述が
信用できない旨主張する。
(b) そこで,原告が薄目を開けていたとするD看守の上記供述の信用性
について検討すると,証人Dの尋問中,法廷で同人から約7メートルの距離に複数の
原告代理人を立たせ,うち1人が薄目を開け,証人Dに指摘させる実験をした際,同
人が薄目を開けている者を言い当てられなかったことは,当裁判所に顕著である。
 しかしながら,D看守は,原告が顔を左右に動かしていたため,こ
れを注視していたところ,薄目を開けて周りをちらちら見ているところを発見でき
た旨供述しているのであり(乙11,証人D),目を閉じたまま顔を左右に動かす動
作をすることが不自然であることにもかんがみれば,上記の実験結果を考慮して
も,なお原告が薄目を開けていたとするD看守の上記供述は,信用することができ
るというべきである。
 もっとも,証人Dは,同人が目を閉じろと注意した後に原告が首を
左右に振っていた記憶があるとも供述しており(証人D),原告が顔を左右に動か
したのが注意される前であったとする上記供述との整合性が問題となるものの,証
人Dは,原告が首を左右に振っていた挙動が何度かあったとも供述しており,その
内容に相違や変遷があるとはいえないから,同人の前記供述に基づいて,原告が注
意される前にも顔を左右に動かした事実を認めるのが相当である。
(c) 次に,原告の前記(a)の供述について検討すると,証拠(乙11,証
人D)によれば,原告の名前が最初に呼ばれたのは,原告が注意された際であるこ
とが認められるところ,それ以前に原告が顔を左右に振っており,薄目を開けてい
たことが認められるのは上記(b)のとおりであり,自分の名前が叫ばれるまで目を閉
じていた旨の原告の供述は採用できない。
 また,原告は,自分だけが名指しで注意されて神経質になったこと
から,歯の上から舌を回すような動作をした旨供述するが,その供述内容は不自然
といわざるを得ず,その前後の原告の言動に照らしても,原告があえて舌を出した
ものと考えるのが相当である。
 さらに,原告は,「私の目は閉じている。」という趣旨の発言をし
ていない旨供述するが,第1事件当時,外国人用食堂で原告の近くに着席していた複
数の外国人受刑者が,原告の「私の目は閉じている。」という趣旨の発言を聞いて
いること(乙42,43)に照らせば,これを否定する原告の上記供述は信用すること
ができない。
 したがって,前記aの認定に反する原告の上記(a)の供述は,採用で
きないというべきである。
(d) そして,他に,前記aの認定を覆すに足りる主張及び証拠はない。
ウ Kでは,前記イのとおり,原告が職員の指示に素直に従わず,注意され
たことに対して不満を申し立てた件について,規律違反容疑行為として取り調べる
ため,原告を取調べのための独居拘禁に付すこととした(乙33)。そして,同月
26日,同月30日,同年8月6日,同月10日及び同月12日,原告から上記行為について
任意に事情を聴取したところ(乙37ないし41),原告は,目を開けていた事実及び
反抗した事実を否認した。しかし,第1事件当時,外国人用食堂において原告の近く
に着席していた外国人受刑者3名に対し,参考人として任意に事情を聴取したとこ
ろ,上記3名は,原告が職員から目を閉じるように注意されたことに対し,「目を閉
じていますよ。」などと言い返していた旨申し述べた。
(乙33,34,37ないし41)
エ 同月16日,原告の上記規律違反容疑行為に関する懲罰審査会が,原告出
席のうえ開かれた。懲罰審査会は,原告の上記行為が規律違反行為に該当するか否
かを検討した結果,原告自身は規律違反容疑行為を否認するものの,原告の上記行
為を現認していたD看守及びH部長の各報告書及び参考人である上記外国人受刑者
3名の各供述調書に基づき,原告が目を開けていたことにつき職員から注意を受たの
に対し,本件遵守事項39項が禁ずる「抗弁」を行ったことを認定し,軽屏禁10日
(文書図画閲読禁止併科)の懲罰が相当である旨の意見を所長に提出した。これを
受けて,所長は,同月17日,原告に対し,上記意見のとおりの懲罰を科す旨決定
し,この懲罰は,同日,原告に告知され,執行が開始された。
(乙34)
(2) 本件戒具使用及び本件保護房拘禁について
ア Kの第5区は,東5舎及び東4舎の2つの舎房と,保護房及び病舎を受持区
域としており,職員30名以上が勤務していた。東5舎及び東4舎は,各3階建の建物で
あり,収容定員は各204名であり,平成5年当時,各180名程度の受刑者が拘禁されて
いた。第5区には,新たにKに拘禁される受刑者のほか,懲罰中や取調べ中の者,精
神変調を来している者,自殺,逃走のおそれのある者,粗暴癖のある者等,Kの一
般的な処遇方法である集団処遇を昼夜実施することが困難と判断された者が拘禁さ
れており,そのうち,処遇上特に注意を要する者については,東5舎1階に拘禁し
て,厳重な視察を行っていた。
(乙9,10,16,証人C,A)
イa 原告は,平成5年8月17日,前記(1)エの懲罰の告知を受けた後,午後
1時すぎ,東5舎3階西側の懲罰審査会室から,原告の居房である東4舎1階第129室に
連行された。
 Kにおいては,文書図画閲読禁止が併科されている軽屏禁の執行の
際,被拘禁者に所持品をいったん提出させ,執行中は担当職員がこれを保管する扱
いであった。そこで,東4舎1階の舎房担当職員であったA部長は,同日午後1時21分
ころ,前記(1)エの懲罰を執行するため,原告に対し,原告の居房の外から,居房に
付いている小さな窓を通して,居房内の本と筆記具を出すように指示した。これに
対し,原告は,立ち上がって居房の扉を数回叩いた後,居房の奥にある私物棚の所
へ行き,置かれていた本,物等を,扉に向かって放り投げ始めた。
 そこで,A部長は,第5区の事務室に,原告が居房の中で物を投げて暴
れている旨,電話で連絡し,これを受けた東4舎の副看守長であるB主任は,事務室
にいたC区長に対し,直ちにその旨報告した。C区長は,B主任ほか事務室で勤務
していた職員に対し,原告の居房に急行して状況を確認するよう指示し,B主任ほ
か2,3名の職員が直ちに原告の居房に駆け付けた。他方,C区長は,B主任の報告
から判断して,原告が取調室に連行されるものと予想されたことから,東5舎にある
取調室に向かった。
(乙9,10,21ないし23,28,46,47,証人C,A,B)
b(a) これに対し,原告は,居房内で本やその他の物を投げた事実はない
と主張する。そして,原告は,B主任らが居房に来るに至った経緯について,原告
が懲罰の告知を受けて居房に戻った際,自分がこのような扱いを受ける理由や,不
服を訴える可能性等について,A部長に説明を求めたにもかかわらず,同人が本を
居房から出すよう指示するのみであったことから,「オーケー」と言い,両手を挙
げて降参した趣旨の姿勢をとって質問を諦め,房内の本を片付け始め,所持してい
た本を全部扉の前に置いたのであって,不注意で本を1冊トイレ付近に落としたこと
や,本の山を10ないし15センチメートルの高さから落として,ドサッという音がし
たことはあったものの,本を投げたことはない旨供述する(甲9の2,10の2,乙49,
原告本人)。
(b) しかしながら,証拠(乙25,28)によれば,A部長が電話連絡をし
た直後に,B主任ら複数の職員が原告の居房に急行し,C区長が取調室に向かい,
原告に金属手錠が使用されており,その間わずか1分程度しか経過していないことが
認められ,この事実から判断すれば,A部長が電話連絡した内容は,迅速な対応を
要する異常な事態であったと考えるのが合理的であるところ,原告が居房内で本等
を投げたとすれば,このような事態は刑務所内の規律及び秩序を維持するために迅
速な対応を要する異常な事態であって,上記事実について合理的な説明が可能であ
るのに対し,原告が上記供述のとおり,単に居房内で本の片付けをしたにすぎない
とすれば,著しく不自然,不合理であるといわざるを得ない。
 また,本件では,原告が本件保護房に連行された後,原告の居房内
の写真(乙22,23)が撮影されているところ,拘禁者が物を壊したとき等に写真撮
影が行われること(証人B)に照らしても,原告の上記供述は信用できない。
 加えて,上記各写真に撮影された居房内の状況からは,原告がその
供述どおり本を整然と扉の前に置いていたとは認め難いのであって,この点から
も,原告の上記供述は信用できない。
 したがって,前記aの認定に反する原告の上記供述は,採用するこ
とができない。
(c) さらに,原告は,①原告が居房から連行された後の現場に,本や日
用品を投げた痕跡がないこと,②懲罰を告知した直後,居房に入った原告が本を投
げ始めたとするA部長の供述が不自然であること,③その後の職員の対応が,本等
を投げただけの者に対する対応としてはあまりに敏速で不自然であることからも,
原告が居房内の本その他の物を投げた事実はない旨主張する。
 しかしながら,原告は,上記①に関して,前記居房内の写真(乙
22,23)に本等を投げた痕跡が認められないことや,現場の本がちぎれたような痕
跡がなかった旨の証人Cの供述を挙げているところ,上記写真においては,数冊の
本がそれぞれ居房の扉付近に不規則に存在しており,本と扉の間に10センチメート
ル程度の間隔があることや,本に傷がないことを考慮しても,原告が扉に向かって
本を投げた事実を排斥するに足りるとはいえないし,本がちぎれた痕跡がなかった
旨の証人Cの供述が正しいとしても,このことから直ちに本が投げられた可能性を
否定することはできないから,上記①の理由により,原告が本等を投げた事実を否
定することはできないというべきである。
 また,上記②についても,原告は不本意な懲罰を告知された直後で
あり,そのような状況における被拘禁者が,居房内の物を房外に出すよう指示を受
けた場合,不満を感じて物を扉に向かって投げたとしても,必ずしも不自然である
ということはできず,実際にも,原告がふてくされた態度で投げていたことが窺わ
れるのであって(証人A),この点に関するA部長の供述が不自然であるとはいえ
ない。
 さらに,上記③については,前記のとおり,居房内での異常な事態
に職員が迅速に対応することはむしろ合理的な行動というべきであるから,原告の
主張は採用できない。
(d) そして,他に,前記aの認定を覆すに足りる主張及び証拠はない。
ウa 原告の居房に駆け付けたB主任は,原告が居房内の物を投げていたの
を見て,繰り返し制止を促すよう口頭及び手振りで指示をしたが,原告は,これに
従わず,断続的に居房内の物を投げる行為を続けた。そこで,B主任は,原告を取
調室へ連行するため,居房の扉を開け,原告に出房するよう口頭及び手招きの動作
で指示したが,原告は,これを無視し,出房しようとしなかった。このため,B主
任は,居房内に入り,原告の左肩付近を右手でつかんで出房を促したところ,原告
は,突然,怒鳴り声をあげながら,左腕でB主任の右腕を振り払い,同人に詰め寄
る態度を示した。
 B主任は,原告のこのような態度に危険を感じ,とっさに原告の左腕
を抱え,A部長も同様に原告の右腕を制したが,原告がこれを振り払おうとして,
身体を激しく揺さぶって暴れたため,B主任及びA部長は,原告をその場でうつ伏
せに押さえ付けた。しかしながら,原告の身体が大柄であるうえ,うつ伏せの状態
から起き上がろうとしたり,押さえ付けられている腕を逃れようともがいたり,足
をばたつかせたり,体をひねったりするなど,激しい興奮状態の下で暴れたため,
B主任は,このままの状態で原告を制圧することは困難と判断し,同日午後1時
22分,原告に対し,B主任が携帯していた金属手錠を両手後ろの方法により緊急に
使用した。
(乙10,21,25,28,46ないし48,証人C,A,B)
b(a) これに対し,原告は,居房内の物を投げたことや,職員に対して暴
れたり抵抗したりしたことはないと主張する。そして,本を全部片付けた後,パジ
ャマをどうしたらよいかと思い,窓を見たら,別の看守がいたので,パジャマも出
した方がよいのか聞いたら,この看守は頭を横に振り,その後石けんや歯ブラシを
選り分けようとしたところ,突然扉が開いて,複数の看守が房内に入り,原告の両
肩をそれぞれつかみ上げ,房外に連れ出し,後ろ手に手錠をして前屈みにさせられ
たが,看守がそのような行動をとる理由が理解できず,抵抗もしなかった旨供述す
る。
(b) しかしながら,原告が同日午後1時21分ころに居房内で本等を投げ
たことは,前記イaのとおりであるところ,原告がその直後,金属手錠を装着され
るまでの1分程度の間に,原告の上記供述のように冷静に職員と応答していたとは考
え難い。また,原告の上記供述は,原告が平常の対応をしているにもかかわらず,
複数の職員が原告を一方的に押さえ付けて金属手錠を使用している点でも,不自
然,不合理といわざるを得ない。さらに,原告が居房内で本等を投げていたこと
や,その後原告に革手錠が使用され,本件保護房に拘禁された一連の経緯にかんが
みれば,原告が金属手錠の使用に対し,何ら抵抗しなかったとは考えられず,この
点でも,原告の上記供述はにわかに信用できない。
 したがって,前記aの認定に反する原告の上記供述は,採用するこ
とができない。
(c) また,原告は,B主任及びA部長の各供述において,B主任らが原
告の居房に駆け付けた後も原告が物を投げ続けたとしているところ,居房内に投げ
続けるほどの物が存在しなかったことに照らして,これらの供述は信用できない旨
主張する。
 そこで検討するに,証拠(乙22,23)によれば,原告が同人の居房
を出房した当時,居房内には本数冊程度,歯ブラシ,タオル等の日用品,袋,ちり
紙,パジャマが存したことが認められる。
 他方,B主任及びA部長は,いずれも陳述書(乙10,乙21)におい
て,原告が「手当たり次第に物を投げつけていました。」,「(B主任が注意した
後も)なおも物を投げ続けていました。」と供述している。しかし,A部長は,証
人尋問において,原告が断続的に本等の物を投げた旨供述しており(証人A),ま
た,同人の証人尋問における供述からは,原告が断続的に物を投げていた状態を,
陳述書において「手当たり次第」あるいは「投げ続けてい」たと表現していたこと
が窺われる。また,B主任は,証人尋問において,実際に原告が投げたのを見たの
は1,2回である旨供述しており(証人B),このことからすれば,B主任の陳述書
における上記供述部分は,現認したところを正確に述べていない疑いがあるという
べきであるから,この点に
関するB主任の供述としては,証人尋問における上記供述を採用すべきである。
 そうすると,B主任及びA部長の各供述によれば,原告は,最初に
本等を投げ始めてから,B主任が制止に入るまで,断続的に居房内の物を投げてい
たことになるところ,前記のとおり,A部長が電話連絡をしてから金属手錠の使用
までわずか1分程度であったことや,B主任が連絡を受けてから5秒ないし10秒で原
告の居房に到着したこと(証人B)に照らせば,上記のような居房内に存した物の
分量を勘案しても,この間に原告が断続的に居房内の物を投げていたことが不自然
であるということはできない。
 したがって,原告の上記主張は,採用できないというべきである。
(d) そして,他に,前記aの認定を覆すに足りる主張及び証拠はない。
エa B主任は,原告を東5舎1階西側の取調室に連行する旨A部長に指示
し,B主任及びA部長は,B主任が原告の左腕を,A部長が原告の右腕をそれぞれ
抱えるようにし,さらにその後ろにも3,4名の看守が付き添う形で,金属手錠を両
手後ろの状態で使用したまま原告を上記取調室へ連行した。原告は,上記取調室ま
で連行される間も,怒鳴り声をあげ,上半身を激しく揺さぶったり,ひねったり,
原告を制圧している職員にぶつかってくるなど,激しい興奮状態にあった。
 C区長は,B主任,A部長らが原告を連行してきたので,直ちに取調
室に入室させた。B主任は,C区長に対し,原告を取調室に連行した経緯を説明し
た。また,原告は,取調室に入室後も激しい興奮状態にあり,奇声を発しながら上
体を激しく揺さぶるなどして,職員による制圧から逃れようと暴れ続けた。C区長
は,このままでは原告が同人を制圧,戒護している職員に暴行を加える危険が高い
と判断し,原告に使用していた戒具を,金属手錠から革手錠に変更すべき旨指示し
た。
 そこで,B主任及びA部長は,原告をその場でうつ伏せの状態で押さ
えつけ,B主任が左腕,A部長が右腕を制圧した状態で,さらに複数の職員の補助
を得て,原告の背中に膝を付けて原告を固定したうえで,原告に対し,金属手錠を
装着したままの状態で,革手錠の腕輪を装着し,その中にベルトを通し,金属手錠
を外してから,ベルトの穴に留め具を入れ,革手錠を固定させる方法により,原告
に対して革手錠を装着し,平成5年8月17日午後1時25分ころ,革手錠の装着が完了し
た。
 C区長は,原告の暴れ方がひどく,金属手錠をかけたままの状態で革
手錠を装着する必要があったことから,革手錠の使用方法を両手後ろの方法にする
よう指示し,原告に対する革手錠がこの方法により使用された。
 革手錠の締まり具合については,C部長が,革手錠のベルトと本人の
腰部の間に右手を差し込んで確認した。
 さらに,原告の手首が細く,革手錠の腕輪から原告の手首が離脱する
おそれがあった。革手錠の腕輪には,穴が3箇所あって,その緊縛度を調整できる仕
組みになっていたが,原告が大声を発して激しく暴れており,穴を選ぶ余裕がなか
ったこともあって,C区長は,金属手錠の併用を指示し,原告の右手首及び左手首
に金属手錠各1個をそれぞれ二輪にして,革手錠腕輪の手首側に併用した。
 その後,革手錠を使用した状態で用便が行えるようにするため,うつ
伏せの状態にあった原告のパンツ及びズボンを脱がせ,股割れズボン等に替えた。
(乙9,10,21,25,29,証人A,C,
B(上記認定に反する部分を除く。))
b(a) これに対し,原告は,取調室に連行され,床の上にうつ伏せに倒さ
れた後,C区長が原告の背中の上に立ち,革手錠のベルトを力一杯締め上げたう
え,手首に手錠を掛けて非常にきつく締めたのであって,革手錠及び金属手錠の緊
度が非常な苦痛を与える不適切なものであったと主張したうえで,この主張に沿う
供述をしている(甲9の2,甲10の2,原告本人)。
 しかしながら,原告の上記供述内容を裏付ける証拠はなく,かえっ
てC区長及びB主任が,C区長が原告に上記のような有形力を行使したことを否定
する旨供述していること(証人C,B),革手錠及び金属手錠の緊度についても,
C区長が,革手錠と原告の腰部の間に右手を差し込んで,革手錠の使用が適正であ
ることを確認したほか,金属手錠と原告の手首の間に人差し指が差し込める状態で
あることを確認し,金属手錠が装着後更に締まることがないよう,手錠を固定する
装置(ロック)もきちんと掛けていた旨供述していること(証人C),金属手錠の
ロックを掛けなかった可能性を認めるに足りる証拠がないこと,本件保護房拘禁開
始時及び同日午後4時54分ころにおいて,原告の身体及び戒具の状況にいずれも特段
の異常が認められなかっ
たこと(乙27)に照らせば,原告の上記供述は採用できず,上記主張も理由がない
といわざるを得ない。
(b) また,原告は,取調室で床の上にうつ伏せに倒された後,8名ない
し10名の職員が原告の腕をねじ上げ,原告の服をはぎ取りながら座り,床に頭を押
し付けられた状態で裸にされた後,足を持ち上げられ,股割れズボン等を履かさ
れ,その後革手錠を装着された旨供述する(甲9の2,10の2,原告本人)。
 しかしながら,取調室に在室した職員が総勢6,7名であったこと
(乙10,証人A),原告には金属手錠又は革手錠が一貫して使用されており,上着
を着替えさせることが不可能なことから,原告を裸にしたことはあり得ないことに
照らして,上記供述には誇張や不正確な点が見られることや,股割れズボン等への
変更と,革手錠の装着との順序についても,証人Cが革手錠の装着が先であること
を明確に証言しており,かつ,不自然,不合理な点はうかがわれないことにかんが
みれば,前記aの認定に反する上記供述は,採用できないというべきである。
(c) そして,他に前記aの認定を覆すに足りる主張及び証拠はない。
オ 原告は,その後も全身を揺さぶるなどして暴れながら,大声を発し続
け,著しい興奮状態にあったことから,C区長は,原告を一般房に拘禁した場合,
舎房全体に響きわたる大声,騒音を発して舎房の静穏を著しく害し,また,暴行の
おそれも顕著に認められることから,原告を一般房に拘禁することはできないと判
断し,B主任ら職員に対し,原告を保護房に拘禁するよう指示した。
 これを受けて,B主任とA部長は,両側から抱えるようにして原告を保
護房に連行し,複数の職員がこれに付き添って来た。原告は,その間も大声を発し
ながら,身体を揺さぶり,職員に体当たりするように暴れ続けるなど,極度の興奮
状態にあった。このため,取調室から本件保護房までの距離は,10メートル弱であ
ったが,原告が本件保護房に拘禁されたのは,同日午後1時28分であった。原告が本
件保護房に拘禁された際,C区長は,原告の革手錠の腕輪の部分やベルトの締まり
具合等を再び確認した。
(乙9,10,21,26,30,証人B)
カa 原告は,本件保護房拘禁の開始後も,視察に来た職員をにらみつけた
り,うなるような声を発したり,房内中央に立って視察用のカメラに向かうなどし
て大声を発したり,ズボンを脱いで房内を徘徊しながら独り言を言ったり,歌を歌
いながら房内を徘徊したりする等の挙動を示し,依然として精神的に著しく不安定
な状況にあった。
 同日午後4時15分ころ,B主任ほか3名の職員が本件保護房内に入り,
革手錠を外したり緩めたりしないまま,食事を原告の口元にレンゲで運んで喫食さ
せたが,原告は,B主任をにらみ付け,主食を口にせず,副食を3分の1程度喫食し
たにとどまった。
 その後,B主任ほか3名の職員は,同日午後4時54分ころ,本件保護房
内に寝具を入れ,これを敷いたが,その際,原告の身体の状況及び原告に使用され
ている戒具の状況を確認したものの,特段の異常を認めなかった。
 原告は,その後,同日午後5時30分,8時45分及び11時4分から同月
18日1時56分の間,独り言を頻繁に発したり,同月17日5時45分,8時30分及び同月
18日午前4時5分から35分までの間,房内を徘徊し,午前3時20分には房内を徘徊しな
がら房扉をのぞき込んだりしていたが,それ以外は,房内に安座したり,寝たりし
ている状況にあった。
 他方,本件保護房拘禁開始後,時間の経過とともに,革手錠のベルト
が食い込むことにより腹部が痛み,背部では前腕が革でこすれ,血行が止められた
ことにより左手の感覚が乏しくなり,肩が引っ張られて脈打つたびに痛むなど,本
件戒具使用による原告の肉体的苦痛は増大した。また,同月17日夜には,原告にぜ
ん息の発作が生じ,同日午後10時50分,3名の職員が本件保護房を開房し,原告に気
管支ぜん息を適応症とする薬剤であるメジヘラーが投与された。
(甲10の2(上記認定に反する部分を除く。),17,乙9,10,27,
65,証人C,B,原告本人(上記認定に反する部分を除く。))
b これに対し,原告は,革手錠のベルトが腹部に強く食い込んで痛んだ
ため,夕食を喫食できなかった旨供述するほか,金属手錠により手首がすりむけ,2
センチメートル程度の水膨れができ,傷となって残った旨供述する(甲10の2,原告
本人)。
 しかしながら,原告が夕食を喫食できなかった理由が,本件戒具使用
及び本件保護房拘禁に対する精神的抵抗によるものでもあったことは,原告の供述
(甲10の2,原告本人)からも明らかなこと,夕食後寝具を用意した際,職員が原告
の身体及び戒具の状況を確認した際,特段の異常を認めなかったこと,同日夕方の
時点で既に原告が喫食を困難とするような身体的苦痛を受けていたと認められる客
観的な証拠がないこと等に照らせば,原告が同日の夕食時までに,喫食を困難にす
るほどの激しい痛みを腹部に感じていた事実を認めることはできない。
 また,金属手錠による受傷の点についても,同月18日午後5時及び19日
の本件保護房拘禁が解除された時点において,原告の身体に異常がなかった旨記録
が存すること(乙27),仮に原告が本件戒具使用に起因して原告が主張するような
傷害を負ったとしても,その受傷の時期は,本件保護房拘禁開始前に暴れた際であ
った可能性があることも否定できないことに照らせば,原告が本件保護房拘禁中に
金属手錠により手首に傷を負ったものと認めることはできない。
c 他方,B主任は,原告にぜん息の発作が生じたのを見ていない旨供述
するが(証人B327項~),上記認定のとおり,原告に気管支ぜん息を適応症とする
薬剤であるメジヘラーが投与されていることや,本件保護房解禁直後に気管支拡張
薬であるテオドールが投与されていること(乙65,弁論の全趣旨)からすれば,こ
の供述をもって,原告にぜん息の発作が生じた事実を覆すに足りるとはいえない。
キ 原告は,同月18日朝も,視察に来たC区長の顔をにらみ付けて大声を発
したり,泣きながら独り言を発するなど,依然として精神的に不安定な状況にあっ
たものの,C区長が視察するまでは房内中央で安座したことや,原告の前夜からの
動静に関する担当職員の報告を勘案した結果,原告が戒具を使用した当初の興奮状
態から脱したものと判断されたことから,同日午前7時25分ころ,所長の指示に基づ
いて,C区長の指揮の下,B主任ほか3名の職員が,原告の革手錠及び金属手錠を解
除した。
(乙9,10,25,27,31)
ク 原告は,同月18日朝以降,本件保護房内において,主に徘徊,安座,横
臥等を繰り返していたが,視察する職員をにらみ付けたり,大声を発したりするこ
ともあった。しかしながら,原告は,C区長が同月19日朝に原告を視察した際,房
内中央で寝具の上に安座して,うつむいている状態にあった。C区長は,今しばら
く原告の動静を視察したうえで,本件保護房拘禁の解除を検討しようと考え,担当
職員に原告の動静について細かく報告するよう指示したところ,同日午前9時30分こ
ろには,職員が原告に房内で座るよう指示したのに対し,素直に従って座ったこと
が報告され,C区長及びB主任が房内を視察した際にも,にらみ付けるような行動
をとらなかったことから,原告の精神状態が安定し,大声・騒音及び暴行のおそれ
が消失したものと判断
し,所長の指示に基づき,同日午前9時50分ころ,本件保護房拘禁を解除した。その
際,身体に特段の異常は確認されなかった。
(乙9,10,26,27)
ケ 本件保護房拘禁が解除された後,原告に対する第1事件の懲罰が執行さ
れ,同月28日にその執行が終了した後(乙34,44,45),原告が同月17日に居房内
で暴れ,職員に暴行をしようとした規律違反容疑行為に関する取調べが開始され
た。原告は,上記容疑行為を否認したものの,B主任及びA部長の報告に基づき,
懲罰審査会に付することとされた。
 同年9月6日,上記規律違反容疑行為に関する懲罰審査会が,原告出席の
うえ開かれた。原告は,その際も上記容疑事実を否認したが,懲罰審査会は,A部
長の報告書等に基づき,原告が,同年8月17日,居房内で自己の私物を扉に向かって
投げ付け,B主任に詰め寄って暴行をしようとした事実を認定し,軽屏禁25日(文
書図画閲読禁止併科)の懲罰が相応である旨の意見を所長に提出した。所長は,こ
れを受けて,同年9月7日,上記意見のとおりの懲罰を科す旨決定し,この懲罰は,
同日,原告に告知され,執行が開始された。
(乙9,10,21,34,44ないし46,50)
(3) 第2事件について
ア Kでは,工場における作業の実施中,就業者を作業に専念させ,作業中
の事故を防止するために,わき見を禁止し,このことを日ごろから被拘禁者に告知
していた。
(証人E)
イa 第3区の管轄する第28工場では,平成7年12月14日,外国人受刑者20名
を含む58名が,シャープペンシルの組立て,カーテンレールの組立て又は破魔矢作
成に就業しており,原告は,シャープペンシルの組立作業に従事していた。
 同日午後2時36分ころ,同工場の副担当職員であるE部長が,同工場の
担当台に立ち,就業者の動静を監視していたところ,約4メートル先で作業をしてい
た原告が同人より向かって左側を向き,E部長と目線が合った。そこで,E部長
は,原告がわき見をしているものと判断し,日本語で「J,どこを見ているんだ。
作業中は,手元をしっかり見て作業しろ。」と注意した。
 原告は,E部長から注意を受けても,同人をじっと見ていたことか
ら,E部長は,担当台を下り,原告の作業席に行き,再度わき見をしないよう注意
した。これに対し,原告は,身振りを交え,あごをかいていたのであってわき見を
していたわけではない旨英語で説明した。E部長は,原告が作業をしている机の前
に座っていたパキスタン国籍を有する外国人受刑者を呼び寄せ,通訳をさせたう
え,原告にわき見をしないよう再度注意した。その際,原告は,上記外国人受刑者
に対し,英語で話したあと,日本語で「すいません。」と言ったものの,不満そう
な態度であったことから,E部長が,上記外国人受刑者に対し,原告が何を言った
のかを確認したところ,わき見はしていない,あごをかいていただけだと言ってい
る,という説明を受けた。
 そこで,E部長は,原告を再度厳重に注意する必要があると判断し,
原告に対し,担当台の前に来るよう指示したが,原告がなかなか起立しなかったこ
とから,担当台の前に来るよう手で合図し,起立するように指示した。すると原告
は,起立した後にE部長の方を見た直後,前記外国人受刑者の方を見て「クレージ
ー」と言った。
(乙5,12,51ないし54,証人E)
b(a) これに対し,原告は,作業中にあごをさすったところ,担当台の上
の職員が原告の名前を叫び,原告の背後に荒々しく来て再び日本語で叫んだので,
「すいません。」と言ったが,わき見をしたわけではないと供述する(乙5,原告本
人)。
 しかしながら,原告がわき見をしていた旨のE部長の供述(乙12,
証人E)は,具体的かつ合理的であり,特段不自然な点を認めることができないの
に対し,この点に関する原告の供述は,同日付け供述調書(乙5)においては,顔を
左に向けてあごをかいたため,わき見をしたように見えたかも知れないとしている
のに対し,本人尋問においては,目は自分のやっている仕事から離さなかったとし
ており,不自然な相違が認められることに照らせば,E部長の供述と異なり,わき
見をしなかったとする原告の供述は採用できない。
(b) また,原告は,本人尋問において,上記職員が通訳をさせた外国人
受刑者に向かってさんざん怒鳴ったあげく,同人が通訳をする前にその場を去って
しまい,電話を始めた際,原告が「クレージー」と言った旨供述する(原告本
人)。しかしながら,上記供述は,原告の同日付け供述調書(乙5)における供述と
異なるほか,通訳をした外国人受刑者の供述(乙54)とも相違しているというべき
であって,採用することができない。
(c) そして,他に前記aの認定を覆すに足りる証拠はない。
ウ E部長は,原告の上記発言が,本件遵守事項21項に反する規律違反容疑
行為に当たると判断し,第3区に対し,電話で,事実関係について報告するととも
に,原告を第3区の事務室に連行するよう依頼し,その後第3区から派遣されて来た
職員に対し,原告を引き渡した。
 所長は,同日,上記規律違反容疑行為について詳細に事情を調査するた
め,原告を取調べのための独居拘禁に付することした。
 原告は,同日,上記規律違反容疑行為について任意に供述を求めた職員
に対し,原告としては,わき見をしようとしてしたわけではなく,悪いことをして
いないのに,職員に注意され,ばかばかしいと思って「クレージー」と言ったが,
「クレージー」という言葉は,人をばかにしたり侮辱した言葉であり,そのような
言葉を言ったことは反省している旨述べた。
(乙5,12,51,証人E)
エ 同月21日,原告の上記規律違反容疑行為に関する懲罰審査会が,原告出
席のうえで開かれた。懲罰審査会は,審議の結果,E部長の報告書,原告及び参考
人の供述調書に基づき,原告の上記規律違反容疑行為が本件遵守事項21項の禁止す
る他人に対する粗暴な言動(暴言)に該当する旨認定し,軽屏禁15日(文書図書閲
覧禁止併科)の懲罰が相当である旨の意見を所長に提出した。これを受けて,所長
は,同月22日,原告に対し,上記意見のとおりの懲罰を科す旨決定し,この懲罰
は,同日,原告に告知され,執行が開始された。
(乙52,55)
(4) 第3事件について
ア Kでは,国の予算の適正な執行を図るため,被拘禁者に対し,節水を義
務付けており,本件遵守事項35項において,「許可なく定められた方法以外の方法
で衣類を洗濯し,又は身体を洗ってはならない。」と規定し,被拘禁者に告知して
おり,入浴場以外の場所において身体を洗う必要が生じた場合には,職員に申し出
たうえ,汚物が付着しているなどの特別な事情が存する場合には,許可する扱いと
していた。原告も,平成8年2月13日当時,勝手に水を使用してはならないことを職
員から聞いて知っていた。
(乙6,7,13,証人G)
イa 東2舎3階の舎房担当職員であるG部長は,平成8年2月13日午前7時20分
ころ,舎房を巡回中,原告の居房である東2舎3階第369室を,居房の扉に付いている
のぞき窓を通して視察した際,原告が居房内の洗面台に向かいながら腰をかがめる
ようにして,洗面器にためた水を両手ですくい,頭にかけて,両手で頭皮をこする
ように洗っていたのを,約10秒間にわたり現認した。
 G部長は,原告の上記行為を確認した後,原告に対し,「何をしてい
る」という趣旨の声を掛けたところ,原告は,一瞬,G部長の方を見て,すぐに頭
を洗うのを止め,タオルで頭を拭きながらG部長の方へ歩いて来た。そこで,G部
長は,原告に対し,なぜ頭を洗っていたのか問い質したところ,原告は,頭が汚れ
ていたので洗っていた旨返答した。これに対し,G部長は,職員の許可を得ずに髪
を洗ってはならない旨注意し,原告も「すみません」と言った。
(乙13,56ないし58,証人G)
b(a) これに対し,原告は,本人尋問において,当日朝,髪の毛が立って
いたので,工場に行くのに見苦しくないよう,水を髪の毛に付けてなでつけたにす
ぎず,髪を洗ったことはない旨供述する。
(b) しかしながら,原告は,同日付け供述調書(乙6)において,後記
ウのとおり,髪に癖がついていたことと,髪が汚れていたことから,気持ちが悪く
洗いたかったので,洗面器に水をためて両手で水をすくい,頭にかけて洗った旨供
述しており,この供述内容は,G部長の供述(乙13,証人G)とも一致し,信用す
ることができる。 
 また,原告は,本人尋問において,上記供述調書の供述内容が原告
の記憶に反しており,調書の作成の際,何度も異議を唱えたものの,最終的には懲
罰が怖くて不本意な調書に署名した旨供述するが,本件各懲罰に至る経緯等から窺
える原告の言動等に照らし,この供述を採用することはできない。
(c) したがって,原告の本人尋問における髪を洗っていない旨の供述
(上記(a))は,採用することができない。
ウ G部長は,原告の上記イaの行動が本件遵守事項に反することから,東
2舎の保安監督者に対し,電話で連絡した。これを受けて,副監督当直者は,原告の
居室に来て,事実を確認した後,同日午前7時27分ころ,原告に対し,工場就業のま
ま取調べに付する旨告知した。
 原告は,同日,任意に供述を求めた職員に対し,水を勝手に使用しては
ならないことはよく職員から聞いて承知していたこと,同日朝は,髪に癖がついて
いたことと髪が汚れていたことから,気持ちが悪く洗いたかったので,洗面器に水
をためて両手で水をすくい,頭にかけて洗っているところを職員に発見されたこ
と,頭を洗ったことは宗教上の行為であること等を供述した。
(乙6,56,証人G)
エ 同月19日,原告の上記規律違反容疑行為に関する懲罰審査会が,原告出
席のうえ開かれた。懲罰審査会は,G部長の報告書及び原告の供述調書に基づき,
原告の規律違反容疑行為が本件遵守事項35項の禁止する「許可なく定められた方法
以外の方法で身体を洗うこと」に該当する旨認定し,軽屏禁5日(文書図書閲覧禁止
併科)の懲罰が相当である旨の意見を所長に提出した。これを受けて,所長は,同
月20日,原告に対し,上記意見のとおりの懲罰を科す旨決定し,この懲罰は,同
日,原告に告知され,執行が開始された。
(乙57,59)
(5) 本件独居拘禁について
ア Kでは,原告に対し,同刑務所における拘禁開始後,平成8年3月14日ま
での約3年間,原則として,同刑務所における外国人受刑者に対する一般的処遇方法
に従って,昼間は工場で集団作業を実施させ,夜間は独居房に拘禁する処遇を行っ
てきた。
 しかしながら,原告は,上記の期間に,規律違反容疑行為による取調べ
を7回受けたほか,本件各懲罰を含め,懲罰を6回科されており,その行状は著しく
不良といわざるを得ない状況であった。
(乙15,16,21)
イ さらに,原告については,次のような事情が存在した。
a 原告は,購入した図書が削除,抹消されることがある旨告知を受け,
かつ,原告自身もこれを承知した上で図書の購入を申し込んでいたにもかかわら
ず,同年2月7日ころ,図書が削除,抹消されていた場合は代金を支払わない旨申し
立て,図書購入代金の支払を拒絶した。
b 原告は,同年3月2日,Fあてに発信した信書において,Kが外国人に
対して差別的懲罰を行っており,原告に対する懲罰が外国人差別によるものであ
り,この種の差別により外国人受刑者の20パーセント以上の者が影響を受けている
として,同刑務所に対し,差別的待遇を受けている受刑者の間で集団訴訟を提起し
たい旨記載した。
c 原告は,同月5日,日本弁護士連合会あてに特別発信を願い出た信書に
おいて,Kの職員が被拘禁者に対して盗み,暴力及び名誉毀損行為を当然の権利の
ように行い,外国人受刑者に対してはなおさらその傾向が強く,また,外国人受刑
者にとって1回の懲罰が数か月から数年の刑期加算となり,差別的で苛酷である等の
記載をした。
(乙15,24,61,原告本人)
ウ 同月13日,分類委員会が開催され,前記ア及びイの事実を踏まえ,原告
をこのまま工場で就業させた場合,原告が他の受刑者を扇動することにより,所内
の規律秩序が乱れるおそれが顕著に認められることや,原告に反感を抱く者によっ
て原告に危害が加えられる可能性が高いことから,原告を集団で処遇することは困
難であると判断した。所長は,分類委員会による上記の判断に基づいて,原告を昼
夜独居拘禁に付することを決定し,同月14日,原告にその旨を告知したうえ,原告
の居房を東4舎2階の独居房に移した。そして,原告は,同日以降,平成9年12月27日
に出所するまで,集団処遇を行うことが困難な在監者として,昼夜独居拘禁の処遇
を受けた。
(乙15,16,21,63)
2 原告の主張する各加害行為における違法性の有無(争点1ないし6)につい

 前記「前提となる事実」及び前記1により認定した事実を前提として,争点
1ないし6について判断する。
(1) 争点1(違法な集団的暴行の有無)について
 原告が本件において職員から受けたと主張する集団的暴行は,職員による
原告の制圧から本件保護房拘禁に至るまでの間,複数の職員によって原告に加えら
れた一連の有形力の行使を指すものと解される。
 しかしながら,前記1(2)ウaのとおり,B主任及びA部長が原告の居房内
において原告をうつ伏せに押さえ付けたのは,原告が居房内で物を投げ付けたう
え,出房を促すために原告の左肩付近をつかんだB主任の右腕を振り払い,同人に
詰め寄る態度を示し,これに危険を感じて原告の両腕を制したB主任及びA部長に
対し,原告がこれを振り払おうとして暴れたことによるものであるところ,このよ
うな原告の行為を放置した場合,職務を遂行するために居房内にいる職員に対し,
原告が危害を加えるおそれが強いことは明らかである。
 そうすると,原告の行為に危険を感じた複数の職員が,前記のとおり原告
をうつ伏せに押さえたことは,当該状況において必要かつ相当と認められる程度及
び範囲を超えない有形力の行使であって,適法というべきである。
 また,その後,職員が本件保護房拘禁に至るまでの間に原告に加えた有形
力についても,前記1(2)ウないしオの事実に照らせば,戒具の使用及び保護房に拘
禁する目的を達するために必要かつ相当と認められる程度及び範囲にとどまるもの
というべきであり,このような程度及び範囲を超えた有形力が行使されたことを認
めるに足りる証拠はない。
 したがって,これらの有形力の行使は,本件保護房拘禁に至るまでの間に
おける戒具の使用及び原告を保護房に拘禁したこと自体が違法でない限り,違法で
ないというべきである。
(2) 争点2(本件戒具使用及び本件保護房拘禁の違法性の有無)について
ア 革手錠の使用一般に関する違法性の有無について
a 原告は,革手錠が施行規則48条1項に定める「手錠」の範疇に入るとは
いい難く,監獄法及び施行規則の予定した範囲を超える違法な拘束具である旨主張
する。
 しかしながら,前記「法令の定め等」(1)イ及びウのとおり,監獄法
19条2項は,「戒具ノ種類ハ法務省令ヲ以テ之ヲ定ム」と規定し,施行規則48条1項
は,戒具の種類について,鎮静衣,防声具,手錠,捕縄の4種類を定めているとこ
ろ,戒具の製式については,同条2項により,法務大臣が別に定めることとされてお
り,「戒具製式改定ノ件」(昭和4年5月14日司法大臣訓令行甲第740号)は,手錠の
製式について,金属手錠及び革手錠を規定している。
 以上の各規定によれば,革手錠は,現行法上戒具の一種として認めら
れていると解されるから,原告の上記主張は理由がない。
b また,原告は,革手錠が国連最低基準規則33条に規定する「枷」に当
たるか,又は「枷」よりも強度な拘束具であって,絶対的に使用が禁じられるべき
であるとして,革手錠の使用が違法である旨主張する。
 しかしながら,同規則は,我が国において批准,発効された条約では
ないし,既に確立された国際慣習法であるということもできないから,革手錠の使
用が同規則に反することを理由として直ちに違法であるということはできないし,
仮にこの点を措くとしても,革手錠が同規則33条の「枷」に当たると解することは
できず,また,革手錠の運動制限が「枷」よりも強度であったとしても,そのこと
から直ちに革手錠の使用が同条に違反すると解することもできないから,原告の上
記主張は採用できない。
イ 本件における戒具使用の違法性の有無について
a 違法性の有無の判断基準について
(a) 前記「法令の定め等」(1)ア及びエのとおり,監獄法19条1項は,在
監者に逃走,暴行又は自殺のおそれがあるとき等に,戒具の使用を許容しており,
施行規則50条1項は,暴行,逃走若しくは自殺のおそれがある在監者又は護送中の在
監者で必要があると認められるものに限って,手錠を使用することができる旨を定
めている。また,前記「法令の定め等」(1)アのとおり,施行規則49条1項及び2項
は,刑務所における手錠の使用が原則として刑務所長の命令によるべきこととした
うえで,緊急を要するときは職員の判断で手錠を使用することができるものの,そ
の場合,職員は,手錠の使用後,直ちにその旨を所長に報告して,その承認を得な
ければならない旨規定している。
 以上のような手錠の使用要件及び使用手続に関する監獄法及び施行
規則の各規定に照らせば,刑務所内における手錠の使用については,刑務所長(緊
急を要するときは当該職員。以下,刑務所長と当該職員を併せて「刑務所長等」と
いう。)がその専門的知識及び経験に基づき,具体的な状況に応じてその必要性を
判断したうえでこれを命ずるものとされているのであって,手錠を使用する必要性
の有無,使用する必要がある場合の手錠の種類,手錠の使用方法等の判断は,刑務
所長等の合理的な裁量にゆだねられているというべきである。
(b) しかしながら,手錠の使用は,被拘禁者の身体を直接かつ相当程度
の強度により拘束し,これによって被拘禁者は,重大な身体的,精神的苦痛を受け
るものであって,本件通牒も,このような手錠の特質を踏まえて,前記「法令の定
め等」(1)エのとおり,手錠が法律に定められた事由のある場合に限り,その使用目
的に従って,目的達成のための最少限度において使用されなければならない旨明ら
かにしているところである。
 したがって,以上を踏まえれば,刑務所における手錠の使用は,被
拘禁者について暴行,逃走若しくは自殺のおそれがあり,これに手錠を使用するこ
とが必要であると認められる場合に限り,このような被拘禁者の戒護という目的を
達成するために必要な種類,使用方法等において行われなければならないというべ
きであって,手錠の使用に関して行われる刑務所長等の裁量判断も,上記の限度内
において合理的に行われなければならないというべきである。そして,被拘禁者に
対する手錠の使用の必要性,種類,使用方法等に関する刑務所長等の具体的な判断
が,上記の限度内における合理的なものといえない場合には,このような手錠の使
用は,刑務所長等の裁量権の範囲を逸脱し,又は濫用したものとして,違法となる
ものというべきである。
b そこで,以上の見地から,本件戒具使用の違法性の有無について検討
する。
(a) 原告に対して金属手錠を使用したことについて
 原告は,本件において,そもそも原告に施行規則50条1項が定める手
錠の使用要件である「暴行,逃走若クハ自殺ノ虞」が認められないことから,原告
に対して手錠を使用したこと自体が違法である旨主張する。
 しかし,本件において,原告が居房内で本,日用品等を投げたう
え,出房を促した職員に怒鳴り声をあげながら詰め寄り,さらに制圧を試みた複数
の職員に激しく抵抗して暴れ続けたことは,前記1(2)イ及びウのとおりであって,
これらの事実によれば,原告には,同項の定める手錠の使用要件である暴行のおそ
れが認められることは明らかであるから,原告の上記主張は理由がない。
 そして,以上の状況に照らせば,原告に対して金属手錠を両手後ろ
の方法により使用することが合理的に必要であったと認められるから,これを違法
ということはできない。
(b) 原告に対して革手錠を使用したことについて
i Kにおいて使用されている革手錠の構造については,前記「前提
となる事実」(3)エのとおりであるところ,このような革手錠の構造に加え,証拠
(検証の結果,乙8)及び弁論の全趣旨を総合すれば,革手錠の使用に関して,次の
ような特質が存することが認められる。
 革手錠を使用した場合,その使用方法により程度の相違はあるも
のの,被使用者の両手首が腰部で体に接着する形で固定され,被使用者の両腕の運
動は,上腕部分から手首に至るまで著しく制限され,上体や全身の自由な運動にも
制約が加えられるため,金属手錠を使用した場合に比べ,可動域が高度に制限さ
れ,より強度に身体の運動の自由が奪われる。
 このため,特に革手錠を両手後ろの方法により使用した場合,被
使用者は,手を使うことができないため,食事の際には,首を突き出して口のみで
喫食する,いわゆる犬食いの方法によるか,又は職員の介助を得て喫食する方法に
よることを余儀なくされ,また,自分で排便の始末をすることが難しくなり,さら
に,睡眠の際にも,仰向けになることができず,うつ伏せの状態を維持することも
困難であり,横臥の状態であっても一方の腕が身体の下となるため長時間これを維
持することは難しく,苦痛で就眠が著しく困難になることが認められ,食事,用
便,睡眠といった,人間が生存するために不可欠な生理的行動の局面において,被
使用者に著しい肉体的な苦痛を与えるのみならず,自尊心を著しく傷つけることに
より,強度の精神的苦痛を
与えることが明らかである。
 この点,革手錠を両手前の方法により使用した場合には,手首の
可動域が広がり,ベルトも多少上下に動くことから,食事を自ら摂食することは一
応可能であり,自ら排便の始末することも両手後ろの方法による場合と比べれば容
易であって,仰向けに休息することも可能であり,横臥することも比較的容易であ
るものの,生理的行動を自由に行うことができるとは到底認められず,両手後ろの
方法より緩和されるものの,やはり被使用者に相当程度の肉体的,精神的苦痛を与
えることは否定できない。
 以上のことから,本件通牒も,手錠の使用方法について,被使用
者の食事や用便の際には,施錠を一時外すべきこと,これにより難い場合でも,で
きるだけ,革手錠のベルトを緩くする,片手の施錠を外す,両手を前にするなどの
配慮をすべきことを明らかにしているところである。
 他方において,革手錠は,上記のとおり,両腕の運動の自由を著
しく制限することから,被使用者の暴行を抑制,予防する効果が金属手錠より高
く,また,かかる効果は,両手前よりも両手後ろの方法により使用した方が高いと
いうことができるものの,以上のような被使用者が受けるおそれのある強度の肉体
的,精神的苦痛を考慮すれば,革手錠の使用に当たっては,戒護の目的を達成する
ために必要な範囲を超えた使用によって,被使用者に対して著しい肉体的,精神的
苦痛を与えないように留意することが必要である。
ⅱ そこで,原告の手錠を金属手錠から革手錠に変更したことについ
て,刑務所長等の裁量権の逸脱又は濫用が認められるか否かについて,以上の点を
踏まえて検討すると,前記1(2)エaのとおり,原告は,金属手錠を両手後ろの方法
で使用され,複数の職員により制圧されている状況であったにもかかわらず,取調
室に連行された後も,激しい興奮状態の下で,奇声を発しながら上体を激しく揺さ
ぶるなどして,職員による制圧から逃れようと暴れ続けていたことが認められる。
 以上によれば,原告は,金属手錠を両手後ろの方法により装着さ
れたにもかかわらず,激しく興奮して暴れ続けており,金属手錠により両腕の運動
の自由が著しく制限を受けていることを考慮しても,なおも暴行のおそれが顕著で
あったというべきであって,このような状態が継続すれば,原告を制圧している職
員が暴行を受ける危険が高いことは明らかというべきである。
 したがって,上記のとおり,金属手錠を使用してもなお原告の職
員に対する暴行を十分に抑制,予防することができない状況の下で,戒護の目的を
達成するためにより拘束度の強い革手錠を使用することが必要であったことが認め
られるから,原告の手錠を革手錠に変更したことが刑務所長等の裁量権を逸脱又は
濫用したものということはできない。
(c) 革手錠を両手後ろの方法により使用したことについて
i 前記「法令の定め等」(1)エのとおり,本件通牒記の二は,革手錠
の使用方法について,腰部においてそれぞれ,両手前,両手後ろ,片手前片手後及
び両手各横の4種類を定めているものの,それぞれの使用方法により手錠を使用すべ
き要件を規定していないし,他にこれを定めた法令その他の規定が存在することは
認められない。そうすると,革手錠を上記4種類のいずれの方法により使用するかの
判断についても,刑務所長等の専門的知識及び経験に基づく合理的な裁量にゆだね
られていると解される。
 しかしながら,革手錠を両手後ろの方法により使用した場合,両
手首が腰部の背中側で腕輪を通してベルトに固定されることから,両手前の方法に
より使用した場合に比べ,被使用者がより強度に身体の運動の自由を制限されるこ
と,また,このために,用便,食事,睡眠といった,生存のために不可欠な生理的
行動の局面において,強度の身体的,精神的苦痛を与えるおそれがあることは,前
記(a)のとおりである。
 したがって,革手錠を両手後ろの方法により使用することは,そ
のような方法によることが戒護の目的を達成するために必要な場合においてのみ許
容されるというべきであって,刑務所長等による前記の裁量判断も,上記の限度に
おいて合理的に行われなければならないと解される。
ⅱ そこで,原告に対して革手錠を両手後ろの方法により使用したこ
とについて,この点を検討すると,原告は,上記のとおり,金属手錠を両手後ろの
方法により使用されていたにもかかわらず,激しく興奮して暴れ続け,なおも暴行
のおそれが顕著であり,このような状態が継続すれば,原告を制圧している職員が
暴行を受ける危険性が高い状況にあったことが認められる。そして,証拠(検証の
結果)及び弁論の全趣旨によれば,原告が制圧されていた状態にある場合,革手錠
が両手前の方法により使用されている方が,両手後ろの方法により使用されている
場合よりも,起き上がることが容易になり,抵抗も容易となることが認められる。
 のみならず,原告は,革手錠を使用されるまでは,金属手錠を両
手後ろの方法により使用されていたのであり,このような原告に対し,革手錠を両
手前又は片手前,片手後ろの方法により装着するには,金属手錠を原告の片手又は
両手からいったん外すことが必要となるところ,その際,原告の片腕又は両腕の運
動が手錠による拘束から解放されるため,手錠の着脱に従事する職員に対する暴行
の危険が著しく増大することは否定できず,実際にも,前記1(2)エaのとおり,B
主任らが原告に革手錠を装着した際,まず革手錠の腕輪の部分を両手に装着し,革
手錠のベルトを通した後,金属手錠を外すという手順に従っていることに照らして
も,本件においては,両手後ろの方法により使用していた金属手錠から連続的に革
手錠を使用することはや
むを得なかったというべきである。
 これに対し,原告は,革手錠の装着に際し,多数の職員が関与
し,短時間のうちに装着が完了していることから,職員が圧倒的に優位に立ってい
たとし,革手錠を両手前の方法により使用することが困難ではなかった旨主張す
る。しかし,金属手錠を両手後ろの方法により装着した状態から革手錠を両手前の
方法により装着することが不可能ではないとしても,その間に手錠の着脱に従事す
る職員に対する暴行の危険が著しく増大することは上記のとおりであるから,かか
る作業が困難ではないということは相当でない。
ⅲ 以上によれば,本件の場合,革手錠の使用に先立つ金属手錠の使
用状況,原告の態様等の具体的な状況に照らして,原告による暴行を抑制,防止す
るためには,革手錠を両手後ろの方法により使用することが必要であったと認める
ことが相当であるから,革手錠を両手後ろの方法により使用したことが,刑務所長
等の裁量権を逸脱又は濫用したものということはできない。
(d) 革手錠と金属手錠を併用したことについて
 証拠(乙8)によれば,一般に,革手錠のみを使用した場合,手首が
革手錠から抜ける可能性がないとはいえないことに加え,前記1(2)エaのとおり,
原告の手首が細かったこと,革手錠の腕輪には,穴が3箇所あって,その緊縛度を調
整できる仕組みになっていたが,原告が大声を発して激しく暴れており,革手錠の
腕輪の穴を選んで緊縛度を調整する余裕がなかったことを考慮すれば,戒護の目的
を達成するために,金属手錠を併用することが必要であったことが認められる。ま
た,前記1(2)エbのとおり,本件で併用された金属手錠には,手首がさらに締まら
ないよう,ロックが掛けられており,不適正な使用態様であったとは認められない
から,この点においても,本件における金属手錠の併用は,戒護の目的を達成する
ために必要な範囲のも
のであったというべきである。
(e) 股割れズボン等の使用について
 本件の事情の下においては,革手錠を使用することにより戒護の目
的を達しようとした場合,一定時間以上の革手錠の使用を前提とせざるを得ないこ
とが認められるところ,革手錠の被使用者が股割れズボン等を着用しない場合,用
便の都度職員にズボン等を下ろすことを求めなければならず,場合によっては衣服
が汚れるような事態が生ずることも避けられないというべきである。
 そうすると,股割れズボン等を着用すること自体が精神的な苦痛を
与えるものであることや,原告のようにこのような着衣の存在を知らない者が十分
な説明もなく着替えをさせられた場合,恐怖感をも禁じ得ないことを考慮しても,
なお本件において原告に股割れズボン等を使用したことは,戒護の目的を達するた
め必要な範囲を逸脱した措置であるとはいえないから,これを違法ということはで
きない。
(f) 保護房拘禁中における革手錠及び金属手錠の使用について
 原告は,本件保護房拘禁中にも,革手錠及び金属手錠を両手後ろの
方法により使用されているところ,このような戒具の使用が,刑務所長等の裁量権
を逸脱又は濫用したものに当たるか否かについて検討する。
i 前記「法令の定め等」(2)のとおり,保護房は,被拘禁者に逃走,
暴行,自殺又は自傷のおそれがある等の場合に,被拘禁者の鎮静及び保護に充てる
ために設けられた特別の設備及び構造を有する独居房を指すものである。そして,
保護房拘禁中に手錠を使用することについては,これを禁止する規定がないとこ
ろ,保護房拘禁により直ちに手錠を使用する要件である逃走,暴行又は自殺のおそ
れがなくなるとは限らず,実際にも,拘禁中の者による逃走,暴行等の事例が存す
ること(乙81,82)に照らしても,保護房拘禁中であっても手錠を使用することが
必要な場合が認められるから,保護房拘禁中における手錠の使用が許されないもの
ということはできない。
 しかしながら,保護房の被拘禁者に対して,革手錠を両手後ろの
方法により使用した場合,上記bのとおり,食事の際,いわゆる犬食いの方法によ
るか,職員の介助を得て喫食する方法によることを余儀なくされ,自分で排便の始
末をすることが困難となり,仰向けの姿勢がとれないこと等により,就眠が著しく
困難になることなど,食事,用便,睡眠といった,人間が生存するために不可欠な
生理的行動の局面において,被使用者に強度の肉体的,精神的苦痛を与えることが
明らかであり,革手錠を両手前の方法により使用した場合であっても,相当程度の
肉体的,精神的苦痛を与えることは否定できない。また,革手錠を長時間使用し続
けた場合には,両腕が腰部に固定され,身体の運動の自由が著しく制限されること
による肉体的苦痛が激し
くなることも看過できない。
 したがって,保護房拘禁中における革手錠の使用については,被
使用者が受ける精神的,肉体的苦痛を考慮しても,なお被使用者について,逃走,
暴行,自殺等のおそれが顕著に認められ,保護房内における革手錠の使用が戒護の
目的を達するために必要であり,かつ,革手錠がそのような目的を達するために必
要最少限の範囲において使用されたものであるか否かについて,その使用方法,緊
縛の程度,使用時間,金属手錠の併用の有無,食事や用便に対する配慮の有無,使
用時間等にわたり,慎重に検討することが必要である。そして,このような観点か
ら革手錠の使用がやむを得ないものとして是認されない場合には,当該革手錠の使
用が刑務所長等に与えられた裁量権を逸脱又は濫用したものというべきである。
ⅱ そこで,本件保護房拘禁についてこの点を検討すると,原告は,
前記1(2)オのとおり,本件保護房に連行される際も,大声を発しながら,身体を揺
さぶり,職員に体当たりするように暴れ続けるなど,極度の興奮状態にあり,本件
保護房拘禁の開始後,職員が喫食のため本件保護房内に入るまでの間も,前記1(2)
カaのとおり,職員をにらみつけたり,大声を発したり,ズボンを脱ぐなどして房
内を徘徊する等の挙動を示していたことが認められる。
 以上のような状況を踏まえると,原告は,本件保護房拘禁開始後
も,しばらくの間,著しい興奮状態にあり,その後も精神的に極めて不安定な状態
が継続していたというべきであって,本件保護房への連行の際における抵抗の激し
さを考慮すれば,職員が何らかの用件で保護房を開扉した場合,当該職員に暴行を
加えるおそれが顕著であったといわざるを得ず,革手錠を使用することは必要であ
ったというべきである。また,この段階で,原告の革手錠の使用方法を両手前の方
法に変更しようとした場合,原告が手錠による拘束からいったん解放される機会
に,上記作業に従事する職員に暴行を加える危険性が高いものと考えられることに
照らせば,原告に対して革手錠を両手後ろの方法により使用し続けたことも,やむ
を得なかったというべきで
あって,本件保護房拘禁開始後夕食時までの間,原告に食事及び就眠の機会もなか
ったことをも勘案すれば,この段階における両手後ろの方法による革手錠の使用
は,戒護の目的を達成するために必要最少限の範囲にとどまるものとして,是認さ
れるべきものということができる。
 したがって,本件保護房拘禁の開始後,職員が喫食のため本件保
護房内に入るまでの間における原告に対する革手錠の使用について,刑務所長等の
裁量権の逸脱又は濫用を認めることはできない。
ⅲ また,原告は,前記1(2)カaのとおり,平成5年8月17日午後4時
15分ころ,B主任ほか3名の職員が本件保護房内に入り,原告に食事をさせようとし
た際,B主任をにらみ付け,副食を3分の1程度喫食したにとどまったことが認めら
れるところ,それまでの原告の動静をも考慮すれば,この時点においても,原告
は,依然として,革手錠を緩めたり外したりした場合に,暴行を加えるおそれが相
当程度存したものと認めることができる。
 もっとも,この時点では,原告が大声をあげたり暴れたりするな
ど,職員に対して実際に暴行を加えかねないような挙動をしたことを認めるに足り
る証拠はなく,他方において,本件通牒も要請するとおり,食事という人間の生存
に不可欠な生理的行動の場面においては,施錠を一時外すことが困難な場合であっ
ても,できるだけ革手錠のベルトを緩めたりする等の配慮が払われるべきであった
ことは否定できない。しかしながら,原告が本件保護房拘禁前に激しく暴れていた
こと,食事中もB主任をにらみ付け,主食を喫食しなかったこと等に照らせば,上
記食事の間に革手錠のバンドを緩めることにより,原告が再び暴れるおそれがある
ことが否定できない以上,職員が上記のような配慮をしなかったことをもって,裁
量権の逸脱又は濫用があ
るとまで評価することはできない。
ⅳ その後,B主任ほか3名の職員は,同日午後4時54分ころ,本件保
護房内に入り,寝具を用意し,原告の身体や戒具の使用状況を確認しているとこ
ろ,その際,原告が暴行のおそれを示すような言動をしたことを認めるに足りる証
拠はなく,また,上記食事から寝具を用意するまでの間の原告の動静についても,
証拠(乙27)によれば,房内をゆっくり徘徊していることが認められるにとどま
り,暴行の具体的なおそれを示すような挙動をしたことや,逃亡,自殺等のおそれ
を示すような挙動をしたことを認めるに足りる証拠はない。
 そうすると,原告は,激しく暴れて本件保護房に拘禁されてから
約3時間を経過した同日午後4時15分ころの時点では,上記のとおり,それまでの動
静等に照らし,暴行のおそれがなくなったとまではいえないものの,実際には暴行
を加えかねないような挙動をしたことはなかったのであり,その後,午後4時54分こ
ろに職員が本件保護房内に入るまでの約40分間,暴行,逃亡,自殺等のおそれを示
すような挙動をしたことはなく,職員が本件保護房内に入った際にも,暴行のおそ
れを示すような言動が認められなかったことに照らせば,上記午後4時54分ころの時
点において,原告について,本件保護房内に入った職員に暴行を加えるおそれがな
お存在することを窺わせるような客観的な事情,又は,逃亡,自殺等のおそれが存
在することを窺わせるよう
な客観的な事情は,認められないというべきである。
 他方,職員が本件保護房内に寝具を用意した時点で,原告が革手
錠を両手後ろの方法により使用したまま就眠することが想定されているところ,原
告がこのような体勢のまま就眠しようとした場合,仰向けになることができず,う
つ伏せの姿勢を維持することも困難であり,横臥しても一方の腕が身体の下となる
ため,苦痛で就眠が困難になることにより,著しい肉体的,精神的苦痛を受けるこ
とが明らかなことは前記b(b)のとおりであって,現に,原告自身も,同日夜,一睡
もできなかった旨供述しているところである(原告本人)。また,職員が本件保護
房内に寝具を用意した時点で,本件保護房拘禁の開始後約3時間半が経過しており,
その後,前記1(2)カaのとおり,原告の身体的苦痛が増大したことが認められるほ
か,同日夜には,原告に
ぜん息の発作が生じ,薬剤が投与されていることも認められる。これらのことから
すれば,原告に対する両手後ろの方法による革手錠の使用及び金属手錠の併用が長
時間継続したことによる肉体的,精神的苦痛は甚大であり,しかも時間の経過とと
もに増大しているというべきであって,同月18日朝,原告が泣きながら独り言を発
していたことは,このような苦痛の激しさを裏付けるものということができる。
 これらの事情を総合勘案すれば,原告に対し,本件保護房内にお
いて,少なくとも同月17日午後4時54分ころ寝具の用意を済ませた後も,なお革手錠
の使用を継続したことについては,原告が受ける精神的,肉体的苦痛が甚大である
のに対し,原告に暴行等のおそれを窺わせる客観的な事情が存在したということは
できず,原告に革手錠を使用することが,戒護の目的を達するために必要不可欠で
あったということはできないから,戒具の使用について刑務所長等に与えられた合
理的な裁量の範囲を逸脱したものとして,違法であるといわざるを得ない。
 そして,原告に対して上記のとおり革手錠の使用を継続したこと
の違法性は,革手錠が両手後ろの方法により使用されたこと,金属手錠が併用され
たこと,革手錠が同月18日午前7時25分ころまで,約18時間にわたり継続して使用さ
れたことをも考慮すると,より重大なものであったというべきである。
c さらに,本件戒具使用に関して原告が主張するその他の違法事由につ
いて検討する。
(a) 原告は,原告に対する革手錠の使用が,両手後ろの方法のまま長時
間に及んでいること,金属手錠が併用されていること等から,原告に苦痛を与える
目的で行われたものであり,戒具使用の目的を逸脱した違法な措置である旨主張す
る。
 しかし,原告に対する革手錠の使用が,本件保護房拘禁中に至るま
で,その使用方法,緊縛の程度,金属手錠の併用等を含め,戒護の目的を達するた
め必要な限度におけるものであったことは,前記のとおりであり,その後の革手錠
の使用についても,前記1(2)キのとおり,C区長が同日朝,原告の現在の状況及び
原告の前夜の動静に関する報告を考慮して,戒具を使用する必要性がないと判断し
たことにより,革手錠の使用が解除されたことに照らせば,原告に対する革手錠の
使用が,原告に苦痛を与えることを目的として行われたものと認めることはできな
い。
 したがって,原告の上記主張は採用できない。
(b) また,原告は,革手錠の使用が統計上全国的に著しく減少している
事実を指摘したうえで,このことから,革手錠を保護房拘禁中に使用することや,
被使用者に著しい苦痛を与える両手後ろ等の方法により使用することも必要ないこ
とが明らかになったとして,原告に対する革手錠の使用が違法である旨主張する。
 しかしながら,戒具を使用した場合において,使用した戒具の種類
や使用方法が違法であるか否かについては,前記a(b)の観点から,個々の事案ごと
に具体的事実を踏まえて判断されるべきであって,上記のような統計上の事実か
ら,直ちに保護房拘禁中の革手錠使用や,両手後ろの方法による革手錠使用等が,
一律に違法となるということはできないから,原告の上記主張は理由がない。
d 結論
 以上によれば,本件戒具使用のうち,本件保護房拘禁中に職員が房内
に寝具を用意した平成5年8月17日午後4時54分ころ以降における使用については違法
であるというべきであるが,それ以前における使用についてはこれを違法と認める
ことができない。
ウ 本件保護房拘禁の違法性の有無について
a 監獄法及び施行規則には,保護房拘禁を直接規定する条項は存しない
ものの,在監者についてはその心身の状況により不適当と認めるものを除くほか,
独居拘禁に付することが認められており(監獄法15条,施行規則47条),在監者に
逃走,自殺又は自傷,職員又は他の収容者に対する暴行又は傷害等のおそれがある
など,一般の居房に拘禁することが不適当と認められる場合には,戒護の措置とし
て,当該在監者を鎮静及び保護に充てるために適した特別な設備及び構造を有する
独居房に拘禁することも,独居拘禁の一形態として許容されるというべきである。
 保護房通達は,上記のような事由が存在することにより,一般の居房
に拘禁することが不適当と認められる合理的な理由が存する場合に,このような在
監者の鎮静及び保護に充てるための特別の設備及び構造を有する独居房である保護
房に拘禁することを認めるものであって,Kにおいても,このような保護房が設置
されているところである。
 そして,保護房に在監者を拘禁する要件,手続等について,監獄法及
び施行規則に規定が設けられていないことからすれば,保護房拘禁の要否に関する
判断は,監獄における施設及び在監者の管理について責任を有する刑務所長の専門
的知識及び経験に基づく合理的な裁量にゆだねられているというべきである。
 しかしながら,保護房拘禁は,被拘禁者を他の在監者から隔離したう
え,刑務所職員の監視下に常時置いて管理するものであり,通常の居房における拘
禁と比較して,被拘禁者に対して強度の肉体的,精神的な影響を及ぼすことが避け
難いことにかんがみれば,保護房拘禁は,戒護の措置として必要な場合に限り,抑
制的に行われるべきものである。そして,保護房通達は,前記「法令の定め等」(2)
のとおり,保護房拘禁の要件を規定しているところ,その内容は,保護房拘禁が抑
制的に行われるべきとする上記の観点に照らし,合理性を有すると考えられること
からすれば,刑務所長が,保護房通達の定める要件が存しないにもかかわらず,保
護房拘禁の必要性を認める判断を行った場合には,この判断は,刑務所長にゆだね
られた合理的な裁量権
の範囲を逸脱し,又は濫用したものとして,違法となるものというべきである。
b そこで,本件保護房拘禁について,上記の点を検討する。
(a) 原告が居房内で本,日用品等を投げたうえ,出房を促した職員に詰
め寄り,制圧を試みた複数の職員に抵抗して激しく暴れ続け,さらに,取調室に連
行され,革手錠を装着された後も,大声をあげながら激しい興奮状態の下に暴れ続
けていたことは,前記認定のとおりである。
 このような原告を一般の居房に拘禁した場合,房内で暴れて他の在
監者や居房内に入った職員に傷害を負わせたり,大声を発することにより刑務所内
の静穏を害するおそれがあることは明らかであるから,原告は,保護房通達に定め
る「職員又は他の収容者に暴行又は傷害を加えるおそれがある者」及び「制止に従
わず,大声又は騒音を発する者」に該当したものと認められる。
 したがって,原告を本件保護房に拘禁したことが,所長の合理的な
裁量権の範囲を逸脱し,又は濫用したものということはできない。
(b) また,原告は,前記1(2)カないしクのとおり,本件保護房拘禁が
開始された後,同月19日朝に至るまで,大声や独語を発したり,房内を徘徊した
り,視察する職員をにらみ付けたりするなど,精神的に不安定な状況にあったこと
が認められる。この点に加え,原告が本件保護房拘禁前に激しい興奮状態の下で暴
れ続けていたことを考慮すれば,この段階で原告を一般の居房に拘禁した場合,職
員又は他の収容者に暴行を加えるおそれがなかったとはいえないから,原告を同日
午前9時50分ころまで本件保護房に拘禁したことが,所長による裁量権の逸脱又は濫
用に該当するということはできない。
(c) さらに,原告は,本件保護房拘禁中にぜん息の発作を起こしている
ことから,その後も保護房拘禁を継続した違法性が重大である旨主張する。しか
し,原告について,本件保護房拘禁開始後も,保護房通達に定める保護房拘禁の要
件がないとはいえないことは上記のとおりであり,前記1(2)カaのとおり,本件保
護房拘禁中,原告にぜん息の発作が生じたことは認められるものの,これによって
保護房拘禁の要件がなくなるわけではないから,本件保護房拘禁が違法となるとは
いえない。
(d) なお,本件では,原告に対する革手錠の使用が違法と評価されるに
至った後も,原告に対する保護房拘禁が継続しているが,保護房拘禁の要件と手錠
の使用要件とは個別に検討されるべきであって,革手錠を使用する必要性が認めら
れない場合であっても,保護房拘禁の必要性が認められる場合があり得るから,革
手錠の使用が違法であることをもって,本件保護房拘禁が違法となるものではな
い。
c 以上によれば,本件保護房拘禁については,その必要性を認める判断
につき,刑務所長にゆだねられた合理的な裁量権の範囲を逸脱し,又は濫用したも
のと認めることはできないから,本件保護房拘禁が違法であるということはできな
い。
エ 本件戒具使用及び本件保護房拘禁がB規約に違反する旨の主張について
 原告は,本件戒具使用及び本件保護房拘禁における原告に対する一連の
扱いが,「非人道的な若しくは品位を傷つける取扱」を禁止するB規約7条に違反す
る旨主張する。
 しかしながら,手錠の使用及び保護房拘禁の違法性については,前記の
とおり,個々の事案ごとに具体的事実に即して,戒護の目的を達成するための必要
性と,手錠の使用及び保護房拘禁による肉体的,精神的苦痛の程度とを勘案して判
断されるべきであるところ,手錠の使用及び保護房拘禁がこのような限定的な要件
の下に許容される場合においては,これらの措置がB規約7条に反して違法であると
解することは相当でないというべきであるから,本件戒具使用及び本件保護房拘禁
がB規約7条に違反する旨の原告の主張は,結局,前記のような手錠の使用及び保護
房拘禁の違法性に関する判断基準の下において,これらの措置が違法である旨の主
張に帰着するものと解される。
 したがって,前記のとおり,本件戒具使用及び本件保護房拘禁のうち,
前記イdのとおり違法とされた部分を除く措置については,いずれも違法とはいえ
ない以上,「非人道的な若しくは品位を傷つける取扱」を禁止するB規約7条に違反
するということはできない。
(3) 争点3(本件各懲罰の違法性の有無)について 
ア 本件各懲罰に共通する違法性の有無について
a 原告は,懲罰の要件について具体的な定めのない監獄法の規定に基づ
き,遵守事項違反を理由として懲罰を科すことが,憲法31条及び13条に反する旨主
張する。
 そこで検討すると,監獄法59条は,在監者が「紀律」に違反した場合
には懲罰に処する旨規定しているものの,同法及び施行規則には,懲罰の要件に関
する具体的な規定が設けられていないことは原告の指摘するとおりであり,監獄法
に基づく懲罰が,監獄内の規律秩序に違反した在監者に対して不利益を科すもので
あることに照らせば,人権保障の観点からは,法令において懲罰の対象となるべき
規律秩序違反の行為を明示することが望ましいということができる。
 しかしながら,監獄法に基づく懲罰が,刑務所内の規律秩序の維持を
目的として,多種多様な内容の規律違反に対して科される行政上の秩序罰であっ
て,刑罰とは異なるものであることにかんがみれば,同法59条にいう「紀律」は,
必ずしも法令で定められたものに限られる必要はなく,在監者が遵守しなければな
らない監獄内の規則,生活規範等もこれに該当する場合があるというべきである。
そして,施行規則22条2項により監房内に備え置くべきこととされている在監者遵守
事項も,それが適正なものである限り,監獄法59条にいう「紀律」に含まれるとい
うべきであり,Kにおいては,前記「法令の定め等」(3)のとおり,本件遵守事項が
各居房に備え付けられているところである。
 したがって,本件各懲罰が,懲罰の要件を具体的に規定していない監
獄法の規定に基づき,本件遵守事項違反を理由として科されたことをもって,直ち
に違憲,違法ということはできないというべきである。
b また,原告は,懲罰の要件を定めない監獄法59条自体が,その不明確
性ゆえに違憲であると主張するが,多種多様な内容の規律違反に対する行政上の秩
序罰という懲罰の性格に照らせば,同条が懲罰要件を具体的に規定していないこと
をもって,これを違憲,違法ということはできない。
c さらに,原告は,本件各懲罰の手続において,対象者の防御の機会等
が保障されていないことから,本件各懲罰が適正な手続に基づいて科されたもので
はないとして,憲法31条,国連最低規準準則30条に反し,違法である旨主張するの
で,この点について検討する。
(a) 監獄法には,懲罰の手続に関する具体的な規定はなく,施行規則に
も,懲罰事犯につき取調中の者を独居拘禁等に付することができること(施行規則
158条),懲罰の言渡しを所長が行うこと(施行規則159条)が規定されているほ
か,懲罰の手続に関する具体的な規定はない。
(b) また,証拠(乙9,証人C)及び弁論の全趣旨によれば,Kにおけ
る懲罰の手続について,次のとおりであることが認められる。
i Kにおいては,被拘禁者に規律違反容疑行為があった場合,容疑
者の所属する区の長である看守長が,その行為を認知した職員の報告に基づき,取
調べの必要の有無についての意見を付して所長に具申し,所長が取調べを実施する
旨判断した場合には,これを容疑者に告知する。
ⅱ 取調べは,首席矯正処遇官(処遇担当)の指揮監督の下に実施さ
れ,その期間は,原則14日間であるが,最大14日間の延長をすることができる。取
調べの終了後,取調担当者の判断を基に,容疑者を懲罰審査会に付するか否かが決
定される。
ⅲ 懲罰審査会は,処遇部長を議長とし,首席矯正処遇官(処遇担
当,企画担当),統括矯正処遇官(審査担当),各区長,警備隊長によって運営さ
れる。懲罰審査会においては,まず,容疑者に対し,容疑事実を告知し,次に,容
疑者から弁解を聴取する。その後,統括矯正処遇官(教育担当)が,容疑者の補佐
人として,容疑者のために意見を陳述し,必要に応じて,関係人を出席させて説明
を求める。
ⅳ 議長は,懲罰審査会における委員の意見を取りまとめ,その結果
を所長に報告し,所長は,懲罰を科すか否か,また懲罰を科す場合にはその種類及
び内容を決定する。上記決定の結果については,容疑者に口頭で告知される。
(c) そこで,以上に基づいて,原告の上記主張について判断する。
i 監獄法に基づく懲罰は,監獄内の規律秩序に違反した在監者に対
して不利益を科すものであるから,人権保障の観点からは,このような懲罰に関す
る科罰手続についても,法令において具体的な規定を設けることが一般に望ましい
ということができる。
ⅱ しかしながら,監獄法に基づく懲罰が,刑務所内の規律秩序の維
持を目的として,多種多様な内容の規律違反に対して科される行政上の秩序罰であ
って,刑罰とは異なるものであることにかんがみれば,同法に基づく懲罰につい
て,刑事訴訟手続におけるような厳格な適正手続が保障されるものということはで
きない。
 そうすると,同法に基づく懲罰に関し,法令上科罰手続について
の具体的規定がないことをもって,直ちに本件各懲罰が違憲,違法ということはで
きない。
ⅲ また,Kにおける懲罰の手続において,懲罰審査会に先立って取
調べのための独居拘禁が認められていること,懲罰審査会が職員のみによって構成
されていること,懲罰事由及び懲罰の内容が文書により明らかにされないことを考
慮しても,上記のとおり,監獄法に基づく懲罰について,厳格な適正手続が保障さ
れるものではないことからすれば,これらの事情をもって,直ちに本件各懲罰が違
憲,違法ということはできない。
 同様に,懲罰の手続において,規律違反行為の容疑者に弁護人の
立会い及び証人尋問の権利が認められていないとしても,これをもって,本件各懲
罰が違憲,違法であるということはできない。
ⅳ そして,上記(b)のとおり,規律違反容疑行為の容疑者が審査会に
出席する機会を認められていること,補佐人による意見の陳述が認められているこ
と等に照らせば,Kにおける懲罰の手続においては,容疑者に防御の機会が保障さ
れていないということはできず,他に同刑務所における懲罰の手続が,適正な手続
を欠くことにより,違憲,違法であることを認めるに足りる証拠はない。
(d) さらに,原告は,本件各懲罰の手続が国連最低基準規則30条に反
し,違法である旨主張する。しかし,同規則が我が国の批准した条約ではなく,既
に確立された国際慣習法でもないことは前記のとおりであるから,同規則に反する
ことを理由に本件各懲罰が違法であるとする原告の主張は,採用することができな
い。
(e) したがって,本件各懲罰が適正手続によるものでないことを理由に
違憲,違法であるとする原告の主張は,理由がないというべきである。
d 原告は,日本語を解さないため,本件各懲罰の手続において,その意
味や内容をほとんど理解できないまま,実効的な防御の機会を与えられずに本件各
懲罰を科された旨主張する。
 しかし,証拠(乙9,13,14,37ないし41,68,証人C)によれば,K
においては,規律違反容疑行為の容疑者が日本語を解さない場合には,容疑者の取
調べ,懲罰審査会及び懲罰の告知の際,通訳が立ち会うこととされていること,原
告に対する本件各懲罰に関する上記の各手続においても,外人処遇係の職員等が通
訳として付されていることが認められる。
 以上の事実に照らせば,原告が日本語を解さないことにより,本件各
懲罰の手続において特段の不利益を受けたとは認められないから,原告の上記主張
は理由がない。
e このほか,原告は,現行の軽屏禁がB規約7条の禁じる「非人道的な扱
い」に該当する旨主張する。
 この点,刑務所内における規律秩序を維持する目的のために必要かつ
合理的な内容の懲罰を実施することは,B規約7条の禁じる行為には該当しないとい
うべきであるところ,証拠(証人C)によれば,Kにおける軽屏禁が,受罰者を一
人で罰室内の中央付近にある指定された場所において,起床時から仮就寝時まで壁
側に向かって座らせて反省させるものであること,原告のような外国人の被拘禁者
の場合は,椅子なしで座ることが困難であることを考慮して,椅子に座らせる扱い
としていること,受罰者について,面会及び信書が禁止され,運動及び入浴も制限
されることが認められる。
 そうすると,本件各懲罰における軽屏禁は,被拘禁者の運動や入浴を
制限し,一定の姿勢をとることを要請すること等の点において,受罰者に精神的,
肉体的な苦痛を与えるものであることが認められるものの,軽屏禁が刑務所内の規
律に違反した者を外界から隔離して謹慎させることにより,規律違反行為に対して
制裁を加えるとともに,反省,改悛を促すものであり,その実施態様が上記のとお
りであることからすれば,受罰者に上記の目的を達するために必要かつ合理的な内
容を超える苦痛を与えるものとはいえない。
 したがって,Kにおける軽屏禁が,B規約7条の禁じる「非人道的な扱
い」に該当して違法であるとは解されない。
イ 本件各懲罰に関する個別的な違法性について
a 第1事件に関する懲罰の違法性について
(a) 前記1(1)イのとおり,原告は,平成5年7月22日午前11時58分こ
ろ,外国人用食堂において,全員の着席が完了するまでは目を閉じて待つこととさ
れていたにもかかわらず薄目を開けていたことをD看守に注意され,同人から目を
閉じるよう指示されたことから,同人に対し,「私の目は閉じている。」という趣
旨の発言を含め,早口でまくし立て,別室に連行されている。そして,証拠(乙
34)によれば,原告による上記対応の態様は,反抗的で,穏便でないものであった
ことが認められる。
 したがって,原告の上記発言及び対応は,本件遵守事項39項にいう
「職員の職務上の指示」である,目を閉じる旨のD看守の指示に素直に従おうとせ
ず,あからさまな反抗的態度によって不満を表明したものというべきであり,この
ことによって,外国人用食堂の規律秩序を維持して円滑に昼食を実施しようとする
職員の職務を妨害したことヘ明らかであるから,「職員の職務上の指示,命令に対
し抗弁,無視などの方法により職員の職務を妨害してはならない」と規定する本件
遵守事項39項に反するものと認めることができる。
(b) これに対し,原告は,原告が目を開けていなかった以上,目を閉じ
る旨のD看守の指示は,本件遵守事項39項にいう「職員の職務上の指示」に該当し
ない旨主張する。
 しかし,原告が薄目を開けていたのをD看守が現認したのは前記
1(1)イのとおりであって,原告の上記主張は,その前提を欠くものであるが,仮に
原告が薄目を開けていた事実がなかったとしても,原告としては,D看守の注意に
従って目を閉じていれば足りたのであり,仮に不服があったとしても,上記のよう
な反抗的態度によってこれを表明することが正当であるとは認め難いから,いずれ
にせよ,原告の上記主張は,失当といわざるを得ない。
(c) また,原告は,外国人用食堂において目を閉じていなければならな
いといった「指導」は,遵守事項ではなく,単なる心得事項であり,心得事項に対
する違反については,そもそも懲罰をもってこれを強制すべきでないところ,職員
が心得事項の遵守を指示したのに対し,これに従わなかったことを理由として懲罰
を科し得るとすれば,心得事項違反に対して懲罰を科すべきでないとした趣旨が没
却される旨主張する。
 しかしながら,懲罰が監獄内の規律秩序の維持を目的とした制裁で
あって,このような目的を達するために相当な範囲において科すべきであることか
らすれば,単なる心得事項違反について懲罰を科すことが相当でないとしても,本
件遵守事項39項によれば,単に職員の職務上の指示,命令に従わないことにとどま
らず,そのことにより職員の職務を妨害するものと認められるに至った場合に,は
じめて同項に違反した行為となるものというべきであって,職務妨害に該当するよ
うな態様の指示違反のみが,同項違反として懲罰の対象となるものである。
 したがって,心得事項違反の遵守を指示したことに従わなかったこ
とにより職員の職務を妨害するものと認められる場合に,懲罰を科したとしても,
単なる心得事項違反に対して懲罰を科すべきでないとした趣旨を没却するものとは
いえない。
(d) さらに,原告は,外国人用食堂において全員が着席するまで目を閉
じる扱いが,さほど重要でないにもかかわらず,第1事件のような実害のない軽微な
事案で,原告に対して軽屏禁10日という厳罰を科したことは,懲罰権の濫用である
旨主張する。
 そこで検討するに,そもそも監獄法に基づく懲罰は,刑務施設にお
ける規律秩序の維持を目的とする行政上の秩序罰であって,刑務所の受刑者による
規律違反行為に対し,どのような懲罰を科すかの判断は,刑務所長の権限にゆだね
られており,その判断に裁量権の逸脱又は濫用が認められない限り,懲罰は違法と
ならないというべきである。
 しかるところ,外国人用食堂における上記の扱いは,前記1(1)アの
とおり,被拘禁者間のトラブルの防止のほか,目配せによる不正な連絡の防止を目
的とするものであるところ,証拠(乙69ないし75)及び弁論の全趣旨によれば,K
においては,受刑者が相互に不正連絡を行う可能性があり,同刑務所内の各工場に
分属している受刑者が例外的に相互交流する可能性のある外国人用食堂において
は,目配せなどの方法により不正連絡を行うことを防止する必要性が高いことが認
められるから,外国人用食堂における上記の扱いが重要でないということはできな
い。
 のみならず,第1事件における懲罰は,外国人用食堂における上記の
扱いに反したことに対するものではなく,これに反したことにより職員から指示を
受けたことに対し,原告が抗弁の方法により職員の職務を妨害したことに対して科
せられたものであって,刑務所における規律秩序を維持する観点に照らして,この
ような態様による規律違反行為が,実害のない軽微なものということはできない。
 したがって,原告の第1事件に関する懲罰の判断が,所長に与えられ
た懲罰権に関する裁量を濫用したものということはできないから,原告の上記主張
は理由がない。
(e) 以上によれば,原告に対する第1事件に関する懲罰が違法であると
いうことはできない。
b 平成5年9月7日の懲罰の違法性について
 原告は,平成5年9月7日の懲罰について,そもそも職員に対して暴行し
ようとしたことがなく,懲罰事由に該当する行為をしていない旨主張する。
 しかし,原告が同年8月17日午後1時21分ころ,出房を促したB主任に
対し,突然怒鳴り声をあげながら,左腕で同人の右腕を振り払い,同人に詰め寄る
態度を示したことは,前記1(2)ウaのとおりであって,このような原告の行為は,
「他人に暴行を加え,又は加えることを企ててはならない。」と規定する本件遵守
事項19項に違反するものと認められるから,原告の上記主張は採用できない。
 なお,証拠(乙46)によれば,上記懲罰の懲罰表においては,本件遵
守事項20項違反と記載されているものの,規律違反容疑行為名は「暴行しようとし
た件」であり,その件について審査,科罰が行われたものであるから,懲罰表にお
ける違反条項の記載が誤っていたものというべきである。そして,このような誤っ
た違反条項の記載が不適切であることは論を待たないが,このことをもって,上記
懲罰が違法であるとまではいうことができない。
 そして,他に,原告に対する上記懲罰が違法であることを認めるに足
りる主張及び証拠はないから,上記懲罰が違法ということはできない。
c 第2事件に関する懲罰について
(a) 第2事件に関する懲罰について,被告が当初,本件遵守事項28項及
び39項違反の事実を対象として科されたものと主張していたが,その後,本件遵守
事項21項違反の事実を対象として科されたものであると主張を変更したことは,当
裁判所に顕著であるところ,原告は,被告が当初主張していた本件遵守事項28項及
び39項違反が実際の懲罰事由であり,被告にとって,この懲罰事由を主張すること
が不都合であることから,本件遵守事項21項違反という虚偽の主張に変更したもの
である旨主張する。
 しかしながら,被告は,当初の主張が,本件の指定代理人におい
て,実際の懲罰が本件遵守事項21項違反である暴言事犯のみを対象として科された
ものであることを見落とし,誤って行ったものである旨主張しており,その証拠と
して,変更後の主張に合致する懲罰表(乙52)を提出している。
 これに対し,原告は,そもそも上記懲罰表自体が,被告に好都合な
変更後の主張に合致するように,本件訴訟が提起された後に作成されたものである
旨主張するが,そのような事実を客観的に窺わせるに足りる証拠がない以上,上記
主張を採用することはできない。そして,他に上記懲罰表の信用性に合理的な疑い
を抱かせるに足りる証拠はない。
 そうすると,上記懲罰表の第2事件に関する懲罰が,そもそも本件遵
守事項21項違反の事実を対象として科されたものであって,被告が当初誤って異な
る懲罰事由を主張した合理的な可能性があることは否定できないから,第2事件に関
する懲罰が,実際には本件遵守事項28項及び39項違反の事実を対象として科された
旨の原告の主張は,採用することができない。
(b) そこで,以下,第2事件に関する懲罰については,上記懲罰表に記
載のとおり,本件遵守事項21項違反の事実を対象として科されたものであることを
前提として,その違法性の有無を検討する。
i 原告は,前記1(3)イaのとおり,平成7年12月14日午後2時36分こ
ろ,第28工場において作業中,わき見をしたことを注意したE部長が,担当台の前
に来るために起立するように指示したのに対し,起立して同人の方を見た直後,通
訳をした外国人受刑者の方を見て「クレージー」と発言したものである。
 この「クレージー」という発言について,原告は,「アンビリー
バブル」(信じられない)という意味で発言されたものであって,あきれた気持ち
の発露にすぎず,本件遵守事項21項にいう「暴言」には該当しない旨主張し,原告
本人も,ばかばかしい話だと思って言ったのであって,職員を侮辱したわけではな
い旨供述する(乙5)。
 しかしながら,証拠(証人E,乙54)及び弁論の全趣旨によれ
ば,原告の「クレージー」という発言は,注意,指示を与えたE部長に対し,上記
受刑者を介して吐き捨てるように発語されたものであり,上記受刑者も,E部長を
ばかだと言っているように聞こえた旨述べていることが認められ,これらに照らせ
ば,仮に原告の上記発言が原告の主張するような意味で発言されたとしても,これ
がE部長に対する侮蔑ないし反感の念を示すものであることは否定できず,本件遵
守事項21項に規定する「粗暴な言動」に当たるものといわざるを得ない。
 したがって,原告の「クレージー」という発言は,「他人をひぼ
うし,中傷し,又は侮辱するような言動をしてはならない。他人に対し粗暴な言動
をしてはならない。」と規定する本件遵守事項21項に違反するものと認められる。
ⅱ また,原告は,第2事件に関する懲罰が,事案との均衡を失した重
い懲罰であり,原告に対する報復として科されたものであって,刑務所長に与えら
れた裁量権の著しい逸脱又は濫用に当たる旨主張する。
 しかしながら,第2事件における原告の「粗暴な言動」は,工場に
おいて受刑者の作業を監督していた職員が原告を注意したことに対するものであ
り,刑務所の規律秩序を維持する観点からすれば,些細な事案であるということは
できない。また,上記懲罰が原告に対する報復として科されたものであることを認
めるに足りる証拠はない。
 したがって,上記懲罰が,所長の裁量権を逸脱又は濫用したもの
とはいえないから,原告の上記主張も理由がない。
(c) 以上によれば,原告に対する第2事件に関する懲罰が違法であると
いうことはできない。
d 第3事件に関する懲罰について
(a) 原告は,そもそも第3事件に関する懲罰の根拠となった,「許可な
く定められた方法以外の方法で洗濯し,又は身体を洗ってはならない。」と規定す
る本件遵守事項35項自体,遵守事項とすべき合理的な理由がなく,心得事項に懲罰
を及ぼすこととなるものであるから,違法である旨主張する。
 しかし,前記1(4)アのとおり,Kでは,国の予算の適正な執行を図
るため,被拘禁者に対し,節水を義務付ける趣旨から,許可なく定められた方法以
外の方法で洗濯し,又は身体を洗うことを禁じたうえで,入浴場以外の場所におい
て身体を洗う必要が生じた場合には,職員に申し出たうえ,汚物が付着しているな
どの特別な事情が存する場合には,許可する扱いとしていたのであって,このよう
な許可を得ずに洗濯したり,身体を洗うことを遵守事項として規定することには,
刑務所における規律秩序を維持するために合理的な理由があるというべきであるか
ら,原告の上記主張は理由がない。
(b) また,前記1(4)イaで認定した事実によれば,原告は,平成8年
2月13日午前7時20分ころ,少なくとも約10秒間にわたり,居房内の洗面台に向かい
ながら腰をかがめるようにして,洗面器にためた水を両手ですくい,頭にかけて,
両手で頭皮をこするように洗っていたことが認められる。
 そうすると,原告の上記行為は,本件遵守事項35項に規定する,身
体を洗う行為に該当するものと認めることができる。
 そして,証拠(乙13)及び弁論の全趣旨によれば,原告が上記行為
を行うに当たり,職員から許可を得ていないこと,上記の方法により頭髪を洗うこ
とが,Kにおいて定められた身体を洗う方法ではないことが認められるから,原告
の上記行為は,本件遵守事項35項の禁止する行為に該当し,同項に違反するものと
認められる。
(c) これに対し,原告は,第3事件に関する懲罰が,事案との均衡を失
した重い懲罰であり,原告に対する報復として科されたものであって,刑務所長に
与えられた裁量権の著しい逸脱又は濫用に当たる旨主張する。
 しかしながら,上記懲罰の対象となった原告の規律違反行為は,被
拘禁者に節水を義務付ける観点からは,些細な違反行為というべきであるものの,
前記1(4)アのとおり,原告は,許可なく身体を洗う行為が規律違反行為に当たるこ
とを承知していながら,同イaのとおり,あえてこれに該当する行為を行っていた
ものである。そして,以前にも原告による規律違反行為が度重なっており,原告に
よる規律違反行為に厳重に対処することについて一定の合理性が認められることを
も勘案すると,第3事件に関して軽屏禁5日(文書図画閲読禁止併科)の懲罰を科し
た所長の判断が,裁量権を逸脱又は濫用したものとまではいうことができない。
 したがって,原告の上記主張は理由がない。
(d) 以上によれば,原告に対する第3事件に関する懲罰が違法であると
いうことはできない。
ウ 結論
 以上によれば,原告に対する本件各懲罰は,いずれも違法であるという
ことができない。
(4) 争点4(本件独居拘禁の違法性の有無)について
ア 前記「法令の定め等」(4)のとおり,監獄法15条,施行規則47条によれ
ば,戒護のため隔離する必要がある在監者を独居拘禁に付すことが認められている
ところ,施行規則47条に規定する「戒護ノ為メ隔離ノ必要アルモノ」とは,逃亡,
暴行,自殺等,在監者による監獄内の安全及び規律に反する行為を予防,制圧する
ために,当該在監者を他の在監者と隔離する必要がある場合をいうものと解すべき
である。
 そして,刑務所において,受刑者を戒護の必要上独居拘禁に付するかど
うか,また,独居拘禁に付する場合に,昼夜独居拘禁又は夜間独居拘禁のいずれを
選択するかの判断は,刑務所における施設及び受刑者の管理について責任を負う刑
務所長が,その専門的知識及び経験に基づき,独居拘禁を認めた法令の趣旨に照ら
して,当該事案において必要であるか否かという見地から合理的に判断して行うべ
きであって,この範囲において刑務所長の裁量にゆだねられているものと解される
から,この点に関する刑務所長の判断は,合理的な基礎を欠くなど,著しく妥当性
を損なう事実が認められない限り,上記裁量権の範囲内にあるものとして,違法と
はならないというべきである。
 もっとも,本件独居拘禁に使用された独居房の構造及び独居拘禁中にお
ける原告の処遇の態様については,前記「前提となる事実」(6)イのとおりであっ
て,原告が主張するように,昼間の拘禁において,独居房の特定位置に被拘禁者を
正座したり,足を屈伸することはおろか首を曲げることすら許されなかった事実は
証拠上認められないものの,被拘禁者が長期にわたり本件独居拘禁のような処遇を
受けた場合,肉体的,精神的苦痛により心身に影響を及ぼすことは否定し難いとこ
ろであり,規則27条1項も,独居拘禁の期間は,特に継続の必要ある場合を除い
て,6か月を超えることができないと規定しているものである。これらの点にかんが
みれば,刑務所長が独居拘禁に関する判断について上記の裁量権を行使するに当た
っては,独居拘禁により被拘
禁者が受ける心身の影響をも考慮したうえで,なお当該処遇が必要か否かを合理的
に検討して行うことが必要というべきである。
イ そこで,本件独居拘禁に関する所長の判断に裁量権の濫用又は逸脱が認
められるかについて検討する。
 本件独居拘禁に関しては,前記1(5)アのとおり,原告について,Kに入
所後,本件独居拘禁に至るまでの行状が著しく不良であったことに加え,平成8年
2月以降,前記1(5)イaないしcのとおりの各事情が存したこと,前記1(5)ウのと
おり,上記各事実を踏まえた分類委員会の判断に基づいて,所長が原告を昼夜独居
拘禁に付することを決定したことが認められる。
 そして,前記1(5)ア及びイの諸事情に照らせば,原告を雑居拘禁に付し
た場合はもとより,夜間独居拘禁に付した場合でも,原告を工場において他の受刑
者と共に就業させれば,原告の意見や行動に影響された他の受刑者が,原告と同様
の行動に及んだり,集団を形成してその意思を表明する行動を起こしたりする可能
性があるといわざるを得ず,現に原告が他の受刑者に刑務所の処遇に関する訴訟の
提起をことさらに促す行動をとっていること(乙69ないし75)からも,このような
可能性が現実的なものであることが認められるところ,このような事態が生じた場
合,Kにおける規律秩序の維持に支障が生じるおそれが認められることは明らかと
いわざるを得ない。
 したがって,原告については,K内の安全及び規律に違反する行為を予
防,制圧するために,他の受刑者と隔離して処遇する合理的な必要性が存するとい
うべきであるから,昼夜独居拘禁の処遇により原告が受ける精神的,肉体的苦痛
や,これによる心身への影響を考慮しても,原告を昼夜独居拘禁の処遇に付すこと
とした所長の判断が,合理的な基礎を欠くなど,著しく妥当性を損なう事実を認め
ることができない以上,所長に与えられた裁量権の範囲を濫用又は逸脱したものと
いうことはできない。
ウa これに対し,原告は,本件独居拘禁が,本件訴訟の準備及び提起に対
する報復として行われたことが明らかであるとしたうえで,本件独居拘禁が,被拘
禁者が要求又は苦情申立てを行ったことを理由に不利益を与えてはならないとする
国連保護原則に違反するほか,憲法32条及びB規約14条1が保障する裁判を受ける権
利を侵害し,違法である旨主張する。
b そこで,まず,本件独居拘禁が本件訴訟の準備及び提起に対する報復
として行われたか否かについて検討する。
(a) 原告が平成8年3月2日にFあてに信書を発信し,その中で,Kに対
して訴訟を提起する意思があることを明確にしていたこと,同月5日に日本弁護士連
合会あてに信書の発信を願い出ており,その中で,K内における職員の執務状況や
外国人受刑者の処遇に関する原告の認識が記載されていたことからすれば,日本弁
護士連合会あての信書発信の願出は,本件訴訟を提起するための準備行為として行
われたものというべきである。
 そして,その直後の同月13日に分類委員会が開催され,上記の各事
情をも考慮した結果,原告を昼夜独居拘禁に付す旨の判断が行われたことからすれ
ば,本件独居拘禁が,原告による本件訴訟を提起するための準備行為を判断事情の
一つとして決定されたものであるということができる。
(b) しかしながら,前記のとおり,原告については,従前の行状が著し
く不良であったことや,図書の購入代金の支払を拒絶したことなど,本件訴訟の提
起とは無関係な事情も勘案して,昼夜独居拘禁に付す旨の判断が行われていること
や,原告が単に自ら訴訟を提起するのではなく,他の受刑者に刑務所の処遇に関す
る訴訟の提起をことさらに促す行動をとっていたことに照らせば,所長において,
前記1(5)ア及びイの諸事情を考慮したうえで,同刑務所内の安全及び規律に違反す
る行為を予防,制圧するために,他の受刑者と隔離して処遇する合理的な必要性が
存するとして,原告を昼夜独居拘禁に付した判断には,一応の合理性が認められる
のであって,これをもって,直ちに本件独居拘禁が原告による本件訴訟を提起する
ための準備行為に対す
る報復として行われたものということはできない。
(c) そして,他に本件独居拘禁が,原告による本件訴訟の準備及び提起
に対する報復として行われたことを認めるに足りる証拠はないから,そのような事
実を認めることはできない。
c 以上を前提として,原告の前記aの主張について判断すると,国連保
護原則違反の主張については,そもそも同原則自体,我が国の批准した条約でない
し,このことを措いたとしても,前記bにおいて判断したことからすれば,本件独
居拘禁が,被拘禁者が要求又は苦情申立てを行ったことを理由に不利益を与えたも
のとは評価できないから,理由がないといわざるを得ない。
 また,憲法32条及びB規約14条1違反の主張について判断すると,本件
独居拘禁は,刑務所内の安全及び規律に違反する行為を予防,制圧するために,他
の受刑者と隔離して処遇する合理的な必要性が認められることから行われた措置で
あり,受刑者が刑務所による措置を不服とした訴えを提起することを抑制する目的
で行われたものではないし,このような措置により,受刑者が上記のような訴えを
提起することに対して抑止的な効果が事実上生じたとしても,訴えの提起自体を不
可能とするものではないことや,刑務所における施設及び受刑者の管理について責
任を負う刑務所長において,このような措置をとる合理的な必要性が認められるこ
とにもかんがみれば,本件独居拘禁が原告の裁判を受ける権利を侵害するものとし
て,違憲,違法であると
いうことはできない。
エ 以上のとおりであるから,本件独居拘禁が違法であるとする原告の主張
は,理由がないといわざるを得ない。
(5) 争点5(本件独居拘禁中の労働に関する違法性の有無)について
ア 作業賞与金の計算方法及び金額について
a 前記「法令の定め等」(5)のとおり,懲役受刑者に対して支給される作
業賞与金の額については,監獄法27条3項,施行規則71条により,行状,作業の成績
等を斟酌して,法務大臣の定めたところにより計算することとされているところ,
証拠(乙9,16)及び弁論の全趣旨によれば,作業賞与金の計算方法について,次の
とおり認めることができる。
(a) 各職種について,見習工から1等工までの10段階の作業等級が設定
されており,当該職種に初めて就業する被拘禁者については,作業等級を原則とし
て見習工とし,その後,分類審査会の部会である等工審査会において,作業技能,
作業能率,安全態度等を審査したうえ,適当と認められた場合に上位の等級に昇給
させる。なお,等工審査会の構成員は,首席矯正処遇官(作業担当),作業部門統
括矯正処遇官(第2担当),被拘禁者を担当する統括矯正処遇官,主任矯正処遇官,
工場・舎房担当職員である。
(b) 作業賞与金は,各作業等級別の基準額(就業1時間当たりの金額)
に,1か月の就業時間数を掛けたものを基本とし,作業成績や行状による加算又は減
額をして計算する。また,軽屏禁執行中は,作業に従事させないことから,作業就
業時間が短くなり,その分作業賞与金が少なくなる。
b また,証拠(乙64,原告本人)によれば,平成7年11月当時,原告の職
種は雑工であり,作業等級は3等工とされ,作業賞与金が月額合計4743円であったこ
と,同年12月には職種が紙細工となり,懲罰による減額があったことから,同月の
作業賞与金額が合計2658円とされたこと,その後原告の作業賞与金額が減少され,
平成8年3月には職種が紙細工,作業等級が見習工となったこともあり,同月の作業
賞与金額が合計887円,同年4月の作業賞与金額が合計733円であったこと,その後,
原告は,同年5月には9等工に,同年12月以降は8等工に昇級し,平成9年12月の出所
に至るまでの間,月額614円ないし1328円の作業賞与金を得ていたことが認められ
る。
イ 作業賞与金額が低廉にすぎることに関する違法性の有無について
a 裁量権の濫用又は逸脱による違法性の有無について
(a) 作業賞与金の額については,施行規則71条により,法務大臣の定め
たところにより計算することとされており,法務大臣がこれを定めるについて,一
定の裁量権を有することが前提とされているところ,原告は,本件独居拘禁下にお
いて原告に支給された作業賞与金の額が,作業に対する一定程度の対価性を有する
といえないほど低廉にすぎること,出所時に社会生活を営むための経済的な基盤と
なる程度の水準に達しない額であること,平均賃金より極端に低いのみならず,欧
米諸国等の水準や我が国の過去における水準に照らしても低廉にすぎること等か
ら,裁量権の範囲を逸脱又は著しく濫用したものとして,違法である旨主張するの
で,この点について検討する。
(b) そもそも,懲役受刑者が従事する刑務作業は,刑の執行自体を構成
するものであり(刑法12条2項),受刑者には,本来これに対して何らかの対価を請
求する権利はないというべきである。また,懲役受刑者が従事する刑務作業は,懲
役刑の内容として強制的に課される教育手段であり,矯正のための処遇の一環とし
ての役割を担うものであって,一般社会における労働と同様の意味において,作業
に対する報酬としての賃金を請求することを認めることはできない。
 そして,作業賞与金は,懲役受刑者に対して上記のような作業を奨
励するという刑事政策上の考慮に基づき,作業従事者に対し,その作業収益及び生
産性とは無関係に,一定の基準に従って支給される金員であるから,その基準額の
定め方及びその範囲内における作業賞与金の具体的な決定方法は,あくまでも,被
告の立法政策の問題であり,法務大臣が刑事政策上の目的を勘案しつつ,許容され
た予算の範囲内で,一定の基準に従って受刑者に支給されるように決定すれば足り
るのであって,その決定は,上記の範囲内において,法務大臣の合理的な裁量にゆ
だねられていると解するのが相当である。
 また,法務大臣が上記の裁量権を行使するに当たっては,刑事政策
上の目的を勘案することが必要であるところ,刑事政策の見地からすれば,作業賞
与金の額は,受刑者の社会復帰における経済的な必要性のみならず,刑罰の威嚇力
による犯罪の一般的予防や再発防止の効果,被害者や社会の感情,刑務作業として
の教育的効果等を勘案したうえで,国家の財政状況等を考慮して決定する必要があ
るというべきである。
(c) そうすると,作業賞与金は,受刑者による作業労働の対価として支
払われるものではないから,その金額が一定程度の対価性を認め難いほどに低廉で
あるとしても,そのことを理由として,金額の決定に当たり,法務大臣による裁量
権の濫用又は逸脱を認めることはできない。
また,受刑者の社会復帰における経済的な必要性は,裁量権の行使に
当たり刑事政策上考慮されるべき事情の一つにすぎないというべきであるから,作
業賞与金の額が出所時の生活の経済的な基盤となる程度の水準に達しないことをも
って,裁量権の濫用又は逸脱に当たるということはできない。
 さらに,上記(b)で述べた裁量権の行使のあり方からすれば,具体的
な作業賞与金の額は,当該国家の当該時点における財政及び経済状況,社会感情等
を勘案して決せられるべきであり,殊に我が国の懲役受刑者においては,生活費の
一切を負担せずに生活していることにもかんがみれば,本件独居拘禁下における原
告の作業賞与金の額を,平均賃金,諸外国における同種の金員の額,我が国の過去
における水準等と比較して,その多寡及び割合をもって直ちに裁量権の濫用又は逸
脱の有無を論じることは相当でないというべきである。
 そして,証拠(乙16,64)及び弁論の全趣旨によれば,原告につい
ては,軽屏禁の執行により就業時間が短くなったことに加え,行状が悪く,職種変
更を繰り返しているほか,作業等級の昇級期間も長いことから,他の受刑者よりも
作業賞与金額が少なく,平成9年3月の作業賞与金の額をみると,原告が月額合計
1194円であったのに対し,同月の最高額が1万6280円,平均額が2877円であったこと
が認められるのであって,このような事情も併せ考えるならば,原告の本件独居拘
禁下における作業賞与金の額が低廉にすぎることから裁量権の濫用又は逸脱があっ
たものと認めるに足りるだけの主張,立証は尽くされていないというべきである。
(d) 以上のとおりであるから,原告に対する作業賞与金の額の決定につ
き,裁量権の濫用又は逸脱がある旨の原告の上記主張は,理由がないというべきで
ある。
b B規約及び国連最低基準規則違反の主張について
(a) 原告は,原告の厳正独居拘禁下における極端な低賃金労働が,被拘
禁者に対する人道的かつ人間の固有の尊厳を尊重した取扱いを義務付けるB規約
10条1の規定及び受刑者に対する処遇が矯正,社会復帰を目的とするものであること
を定める同条3の規定にそれぞれ違反し,また,受刑者の作業について公正な報酬制
度を要請する国連最低基準規則76条1項の規定にも違反するから,違法であると主張
する。
(b) しかしながら,そもそも受刑者が刑務作業に対する報酬としての賃
金を請求できないことは前記a(b)のとおりであるから,原告の作業賞与金の額が低
廉であることをもって,「低賃金労働」ということは相当でない。
 また,この点を措くとしても,原告は,本件独居拘禁下における作
業賞与金の額が上記各規定に違反する理由として,①条約法条約を通じてB規約の
解釈基準となるドイツ憲法裁判所判決に照らして,上記各規定に反すると考えられ
ることと,②B規約の解釈基準として尊重されるべき国連最低基準規則76条1項の規
定に反することを主張しているものであるが,①の主張については,前記a(c)のと
おり,具体的な作業賞与金の額が当該国家の当該時点における財政及び経済状況,
社会感情等を勘案して決せられるべきであり,金額や賃金との比率に関する諸外国
との比較のみをもってその適否を論じることは相当でないこと等からすれば,この
主張を採用することはできないし,②についても,原告の主張するところを前提と
しても,国連最低基準規
則の規定が直ちにB規約の解釈基準として法的規範性を有しているとは認められな
いから,この主張も採用することができない。
 したがって,本件独居拘禁下における作業賞与金の扱いが,B規約
10条1及び3の各規定に違反するものということはできない。
(c) また,原告は,国連最低基準規則76条1項違反による違法も主張す
るが,前記のとおり,同規則が我が国の批准した条約でなく,その内容を国際慣習
法と認めることもできないことや,上記のとおり,B規約の解釈基準として法的規
範性を有するということもできないことにかんがみれば,原告の上記主張は,理由
がないといわざるを得ない。
(d)したがって,原告に対する本件独居拘禁下における作業賞与金の取
扱いが,B規約等に反して違法であるということはできない。
ウ ILO第29号条約違反の主張について
a 原告は,Kの刑務作業において民間企業製品の製作を義務付けること
が,ILO第29号条約2条2に反し,違法であると主張する。
b そこで検討するに,ILO第29号条約2条1は,同条約1条において禁止さ
れる強制労働につき,「或者ガ処罰ノ脅威ノ下ニ強制セラレ且右ノ者ガ任意ニ申出
デタルニ非ザル一切ノ労務」と定義するところ,同条約2条2は,例外的に許容され
る労働の一つとして,「裁判所ニ於ケル判決ノ結果トシテ或者ガ強制セラルル労
務」を規定しており,有罪判決の結果懲役受刑者に課せられる刑務作業は,これに
該当するものの,同条約2条2は,上記の労働が例外的に許容される条件として,
「右労務ハ公ノ機関ノ監督及管理ノ下ニ行ハルベク且右ノ者ハ私ノ個人,会社若ハ
団体ニ雇ハレ又ハ其ノ指揮ニ服セザル者タルベシ」と規定しており,Kにおける労
務作業が,この条件を満たすか否かが問題となる。
 この点,上記条件は,懲役受刑者について,刑務作業を実施する際に
国の監督及び管理下において就業し,かつ,民間企業に直接雇用され又は民間企業
の指揮下にないことを要するとしているものであるところ,我が国の刑務作業につ
いて,民間企業製品の製作を行うことがあるとしても,懲役受刑者が民間企業に直
接雇用されているものとは認められず,また,原告は本人尋問において,刑務作業
中に民間人が来ていたことがあった旨供述するものの,作業の監督は看守が行って
いたとも供述しており,他にKの刑務作業が民間企業の指揮下に置かれていたこと
を認めるに足りる証拠はない。
c これに対し,原告は,ILO専門家委員会がオーストリア共和国の刑務所
内で民間企業が運営する作業場での受刑者の労働に関して行われた調査に関する条
約適用報告書において,受刑者の同意と,賃金等の労働条件が民間労働者と同一で
あることの2条件が満たされている場合にのみ,ILO第29号条約2条2の規定に違反し
ないとする見解を採っているところ,Kにおける労務作業においては,原告の同意
なしに,賃金等の労働条件によって民間労働者より著しく劣った民間企業製品の製
作に従事することを原告に義務付けており,同条約2条2の規定に違反する旨主張す
る。しかし,原告の主張によれば,ILO専門家委員会による上記見解は,民間企業が
運営する作業場における受刑者の労働に関するものであって,Kにおける工場の場
合とは同視できないから,
上記見解を原告の刑務作業に適用することは相当ということはできず,原告の上記
主張は採用できない。
d したがって,原告のKにおける作業がILO第29号条約2条2の規定に違反
し,違法であるということはできない。
(6) 争点6(仮出獄の機会を受けられなかったことの違法性の有無)について
アa 仮出獄については,前記「法令の定め等」(6)のとおり,刑法28条が
「懲役又は禁錮に処せられた者に改悛の状があるとき」に,一定の刑期等を経過し
た後に許すことができることとしており,その具体的な判断基準については,仮釈
放等に関する規則32条に定められているところである。
b そして,証拠(乙9,16)によれば,Kにおける,仮出獄の申請を行う
か否かに係る具体的な審査手続について,次のとおり認めることができ,これに反
する証拠はない。
(a) 地方更生保護委員会に対する仮出獄の申請に際しては,職員で構成
される分類審査会の部会である仮釈放審査会において,受刑者の精神状況,生活
歴,家庭環境,犯罪の動機及び原因,被害弁償の状況,被害者感情,所内生活にお
ける行状,作業成績,遵法精神,責任観念及び勤労意欲の有無,引受人の状態,出
所後における生活等の見通し等を審査したうえで,所長が仮出獄の対象者を決定し
ている。
(b) Kの仮釈放審査会は,分類審議室長,首席矯正処遇官(処遇担
当),首席矯正処遇官(作業担当),教育部首席矯正処遇官,分類審議室首席矯正
処遇官,関係部門の統括矯正処遇官等の職員から構成される。仮釈放審査会は,毎
月3回開催され,有期懲役の場合,刑期の執行期間の3分の1を経過した時点から審査
し,審査の際に仮出獄の申請をしないこととなった場合には,6か月後に再度審査す
るが,受刑者の状況に応じて,再審査までの期間を短縮して審査することとしてい
る。
(c) 仮釈放審査会においては,暴力団組織に所属して離脱の見込みのな
い者,犯罪の常習性が著しく高い者,引受人から引受けを拒否されている者,再犯
期間の短い者,重大な規律違反のある者等については,原則として仮出獄の対象と
しない扱いである。
c また,証拠(乙16)及び弁論の全趣旨によれば,原告の仮出獄に係る
仮釈放審査会の開催状況について,次の事実が認められ,これに反する証拠はな
い。
(a) 原告の刑期の約3分の1を執行した平成7年2月1日に,原告の仮出獄
に係る初めての審査が行われたが,仮出獄の申請には時期尚早とされた。同年8月
2日,2回目の審査が行われたが,刑期の2分の1を経過してから再審査を行うことと
された。
(b) 原告の仮出獄に係る3回目の審査は,刑期の約2分の1の執行が終了
した同年10月4日に行われ,懲罰を受けた回数が多いことから,次回の審査を行うこ
ととされたが,その際に原告の生活態度等が良好に推移すれば,仮出獄申請書を関
東地方更生保護委員会に発出することの可否を詳細に検討する予定とされた。
(c) 平成8年4月3日,4回目の審査が行われたが,第2事件に関する懲罰
を受けたことにより,所内生活の行状が良好でないとされ,再審査とされた。しか
し,同年7月3日の5回目の審査においても,その直前に懲罰が科されたことから,再
審査とされた。さらに,同年10月2日の6回目の審査においても,懲罰事犯が繰り返
され,行状が良好でないことから再審査とされ,平成9年4月9日の7回目の審査にお
いても,同年2月に懲罰が科されたことから再審査とされた。
イ 以上を前提として,原告が仮出獄の機会を受けられなかったことが,刑
法28条に反して違法であるか否かについて判断する。
a 仮出獄を認めるか否かについては,仮釈放等に関する規則32条の判断
基準に照らして,刑法28条に規定する「改悛の状」が認められるか否かを判断して
決すべきであるところ,仮出獄の申請を行うか否かの審査に当たっても,このよう
な基準に照らして合理的な審査が行われる限りにおいて,適法というべきであり,
仮釈放委員会においても,このような観点から,前記アb(a)の諸要素を総合考慮し
て,申請を行うこととするか否かの判断を行っているものと解される。
 しかるところ,原告は,前記1で認定したとおり,Kに入所して以
来,職員に反抗するなどの規律違反行為を繰り返しており,所内生活の行状が著し
く不良であって,「改悛の状」を認めることが到底困難な状況にあったといわざる
を得ないのであるから,仮出獄の要件を満たしていないことは明らかである。
 したがって,このような原告について,仮釈放委員会が前記アcの各
審査において,仮出獄の申請を行うこととせず,所長も申請を行うこととしなかっ
たことは,適正かつ合理的な判断であって,刑法28条に反して違法ということはで
きない。
b これに対し,原告は,外国人受刑者の刑の執行率が比較的低い実情を
踏まえれば,仮出獄は,特に外国人受刑者にとって,法的に保護されるべき合理的
な利益であり,その機会を奪うには,刑事事件に準ずべき保護が与えられる必要が
あるとしたうえで,懲罰を理由に仮出獄の機会を奪うことは,非常に重大で反復さ
れる違法行為があった場合に限定されるとし,原告の場合,仮に懲罰事由が存した
としても軽微な違反行為にすぎないから,このような懲罰の積み重ねにより原告に
仮出獄の機会が認められなかったことは,刑法28条の趣旨に反して違法である旨主
張する。
 確かに,証拠(甲23,乙16,証人G,原告本人)によれば,原告が服
役していた当時,外国人受刑者,特に日本人と異なる処遇を必要とする外国人であ
るF級受刑者については,一般的傾向として,他の受刑者と比較して,仮出獄を受
ける割合が高いほか,刑の執行率も平均して低いことが認められる。
 しかし,仮出獄の申請を行うか否は,前記のとおり,仮釈放委員会が
関連諸事情を総合考慮したうえで仮出獄の申請の当否を審査し,所長がこれに基づ
いて決定するものであり,その判断が個々の受刑者における事情に応じて異なるこ
とは当然であって,外国人受刑者の刑の執行率等について上記のような一般的傾向
が認められ,外国人受刑者の仮出獄が比較的早期に行われるという運用が行われて
いることが窺われるとしても,そのことから,仮出獄を受ける機会を得ることが法
的に保護されるべき利益であるということはできない。
 また,仮出獄の申請をするか否かの審査及び決定については,前記a
のとおり,「改悛の状」の有無について,仮釈放等に関する規則32条の判断基準に
照らして合理的な判断を行うべきであって,懲罰を理由として仮出獄の申請を行わ
ない場合に限り,対象となる懲罰を一定の重大な違法行為に対するものに限定すべ
き合理的理由は見当たらないというべきであるから,原告が懲罰を理由として仮出
獄の申請を受けられなかったとしても,刑法28条の趣旨に反するとはいえない。
 したがって,原告の上記主張は,いずれも理由がないというべきであ
る。
ウ さらに,原告は,上記のとおり,仮出獄の機会を奪うには刑事手続に準
ずべき保護が与えられる必要があるとしたうえで,弁護人選任権や刑事事件に準じ
た十分な防御の機会を与えられない懲罰手続によって,不当な懲罰を受けた結果,
仮出獄の機会を奪われたことが,抑留,拘禁の要件等を規定した憲法34条,刑事被
告人の権利を規定した憲法37条及びB規約14条3の各規定に違反し,違法である旨主
張する。
 しかしながら,仮出獄の審査に係る手続は行政手続であって,上記各規
定が適用対象とする刑事手続とは異なる手続であり,実質的にも,仮出獄の機会が
法的に保護されるべき利益とはいえない以上,仮出獄の申請に関する手続につい
て,刑事手続に準ずべき厳格な手続保障が要請されていると解することはできない
から,弁護人選任権や刑事事件に準じた防御の機会が与えられない手続によって懲
罰が科されたとしても,そのことによって,懲罰を理由として仮出獄の申請が行わ
れなかったことが上記各規定に反して違憲,違法となるものということはできな
い。また,原告に対する本件各懲罰が手続的にも実体的にも違法又は不当でないこ
とは前記(3)ウのとおりであり,その他の原告に対する懲罰についても違法又は不当
であることを認めるに足り
る証拠はないから,これらの懲罰を理由に仮出獄の申請が行われなかったことが,
違憲,違法であるということはできない。
 したがって,原告の上記主張は理由がない。
3 争点7(故意又は過失の有無)について
 前記2(1)ないし(6)において検討したところによれば,原告が不法行為とし
て主張する各行為については,本件戒具使用のうち,平成5年8月17日午後4時54分こ
ろ,本件保護房内に寝具を用意した時点以降における革手錠及び金属手錠の使用に
ついてのみ,違法であることが認められるところ,当時における原告の状況にかん
がみれば,担当職員において,このような手錠の使用が違法であることを認識した
うえで,手錠を解除することが可能であったということができる。
 したがって,上記行為については,国の公権力の行使に当たる公務員である
Kの職員が,その職務を行うについて,少なくとも過失によって違法に他人に損害
を加えたときに該当するというべきである。
4 争点8(国家賠償法6条の「相互の保証」の要否及び有無)について
(1) 国家賠償法6条の憲法適合性について
ア 国家賠償法6条は,「この法律は,外国人が被害者である場合には,相互
の保証があるときに限り,これを適用する。」と規定し,外国人による国家賠償請
求について相互主義の立場を明らかにしており,原告がアメリカ合衆国の国籍を有
する外国人であることから,この規定の適用が問題となるところ,原告は,そもそ
も外国人による国家賠償請求を相互の保証がある場合に限定する同条の規定は,公
の賠償請求権を定めた憲法17条に違反するほか,外国人の権利を何らの合理性もな
く制限するものとして,法の下の平等を定めた憲法14条1項及び憲法98条2項の国際
協調主義の精神に違反し,無効である旨主張する。
 そこで,原告の上記主張について検討する。
イ 憲法17条は,「何人も,公務員の不法行為により,損害を受けたとき
は,法律の定めるところにより,国又は公共団体に,その賠償を求めることができ
る。」と規定しており,同条の規定がその性質上我が国の国民のみを対象とするも
のということは相当でないものの,同条が「法律の定めるところにより」損害賠償
を請求できる旨規定しており,同条に基づいて直ちに具体的な賠償請求権が生ずる
ものではないことからすれば,同条は,外国人による国家賠償請求について,必ず
しも我が国の国民による国家賠償請求と同一の保障をしなければならないことを要
請するものではなく,外国人による国家賠償請求について,我が国の国民による国
家賠償請求とは異なる事情が認められる場合に,法律により特別の定めを設けて制
約を加えることも,その
内容が不合理なものでない限り,同条の規定に反しないものと解される。
 そこで検討すると,国家賠償法6条が外国人による国家賠償請求を相互の
保証のある場合に限定しているのは,我が国の国民に対して国家賠償による救済を
認めない国の国民に対し,我が国が積極的に救済を与える必要がないという,衡平
の観念に基づくものであり,外国人による国家賠償請求について相互の保証を必要
とすることにより,外国における我が国の国民の救済を拡充することにも資するも
のということができる。
 そうすると,外国人による国家賠償請求について相互の保証を要するこ
ととした国家賠償法6条の規定は,外国人による国家賠償請求に関する特有の事情に
基づくものであり,その趣旨及び内容には,一定の合理性が認められるというべき
である。
 そして,今日の国際社会において,基本的人権の国際的な保障が重要と
なっていることにかんがみれば,立法政策における当否の問題としては,外国人に
よる国家賠償請求について,我が国の国民と平等の保障を及ぼすものとすること
も,十分検討に値するというべきであるが,このことから,国家賠償法が外国人に
よる国家賠償請求について相互主義を採用したことが,直ちに不合理であるとまで
は解することができないというべきである。
 したがって,外国人による国家賠償請求を相互の保証のある場合に限定
した国家賠償法6条の規定が,憲法17条に違反するものということはできない。
ウ また,憲法14条1項は,「すべて国民は,法の下に平等であって,人種,
信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係におい
て,差別されない。」と規定しているところ,この規定の趣旨は,特段の事情の認
められない限り,外国人に対しても類推されるべきものと解される(最高裁判所昭
和39年11月18日大法廷判決・刑集18巻9号579頁)。
 しかしながら,憲法14条1項は,合理的理由のない差別を禁止する趣旨の
規定であって,法律の規定において,各人に存する経済的,社会的その他種々の事
実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは,その立法趣旨
が合理的根拠を欠くとか,立法趣旨に照らして合理的な内容とはいえない区別であ
って,不合理な差別であると認められる場合でない限り,同項の規定に違反しない
というべきである。
 そして,国家賠償法6条が外国人による国家賠償請求について相互の保証
を要することとした趣旨は,前記イのとおりであり,その趣旨及び内容に一定の合
理性が認められることからすれば,同条の規定が憲法14条1項に違反するということ
はできない。
エ さらに,原告は,国家賠償法6条の規定が,国際協調主義の精神に反する
旨主張するが,同条の規定が外国人による国家賠償請求について一定の制限を加え
ることに合理的な理由のあることは前記のとおりであって,直ちに上記国際協調主
義の精神に反するものとはいえないから,上記主張は失当である。
(2) 国家賠償法6条のB規約適合性について
ア 原告は,外国人による国家賠償請求を相互の保証のある場合に限定した
国家賠償法6条が,B規約2条1及び3,7条並びに26条に違反し,無効である旨主張す
る。
イ しかしながら,我が国は,憲法の秩序の下においてB規約を批准し,B
規約が国内法としての効力を有することを受容したものであって,法の下の平等な
いし差別を禁止したB規約2条1及び26条の規定の文言は,いずれも憲法14条1項の規
定よりも具体的かつ詳細ではあるものの,B規約の上記各規定が保障する権利の性
質,内容及び範囲自体は,憲法14条1項の規定が保障するものと異なるものではな
く,その範囲を超えるものでもないと解される。
 したがって,前記(1)ウのとおり,国家賠償法6条が憲法14条1項に違反し
ない以上,国家賠償法6条の規定は,B規約2条1及び26条に違反しないというべきで
ある。
ウ また,B規約2条3(a)は,「この規約において認められる権利又は自由を
侵害された者が,公的資格で行動する者によりその侵害が行われた場合にも,効果
的な救済措置を受けることを確保すること。」と規定しているところ,上記のとお
り,国家賠償法6条の規定は,B規約2条1及び26条に違反しないから,この点を理由
として,「この規約において認められる権利又は自由を侵害された」場合に該当す
るということはできず,B規約2条3(a)に違反するということもできない。
 さらに,B規約7条は,「何人も,拷問又は残虐な,非人道的な若しくは
品位を傷つける取扱い若しくは刑罰を受けない。」と規定しているところ,原告に
対する革手錠及び金属手錠の使用のうち,前記のとおり違法と認められる一部につ
いて,同条の規定に該当するとしても,外国人である原告による国家賠償請求につ
いて,相互の保証の存在を条件とすることが,直ちにB規約2条3(a)に違反するとい
うことはできず,B規約7条に違反するということもできない。
エ 以上によれば,国家賠償法6条がB規約に違反するということはできず,
無効であるということもできない。
(3) アメリカ合衆国における「相互の保証」の有無について
 以上のとおり,国家賠償法6条の規定は,憲法及びB規約に違反して無効で
あるとはいえないから,原告が国家賠償法の適用を受けるためには,アメリカ合衆
国と我が国の間において,同条に規定する「相互の保証」が存することが必要であ
る。そこで,その存否について検討する。
ア 証拠(甲16,31,40の1・2,乙18)及び弁論の全趣旨によれば,次のと
おり認めることができ,これに反する証拠はない。
a アメリカ合衆国においては,連邦制が採用され,刑務所の運営主体も
連邦,州,郡,市等,多岐に分かれているところ,連邦市民権法(42U.S.Code
Section1983)は,連邦及び州の公務員による憲法上の権利の侵害に対する民事的
請求を認めており,公務員による過度の強制力の行使は,憲法上の権利の侵害に該
当することから,同法による救済の対象となる。
b 連邦市民権法の下では,公務員の故意による権利侵害行為についての
責任のみが認められており,過失による行為の責任は,そのような責任を認める州
の法律の存在を前提として認められるにすぎないものの,公務員が民事責任を問わ
れた際,善意による免責の抗弁が認められ,過度の有形力の行使が主張された場合
における善意による免責の抗弁は,公務員が当該状況下において必要な有形力しか
行使していなかったと主張することを意味しており,かかる立証ができない場合に
は,善意による免責が認められないこととなる。
c また,上記の責任は,公務員個人に対する責任であって,各州におい
ては,主権免責の概念が認められている場合もあるが,主権免責を放棄したり,免
責制限を図る州も存在する。また,公務員個人が責任を負う場合においても,政府
が通常当該公務員に弁償することとされており,公務員の行動の原因が政府によっ
て十分な指導,監督等が行われていなかったことにあると証明された場合には,政
府自体の法的責任が認められる可能性もある。
 そして,実際にも,市の刑務所で暴行を受けた受刑者に対して,市や
郡が賠償金を支払った事例が存在する。
イ また,アメリカ合衆国憲法修正14条が,法の平等な保護を保障している
こと(甲16)からすれば,上記の保護は,これを制限する旨の特別の規定がない限
り,外国人に対しても及ぶものと推認されるところ,このような特別の規定が存す
ることを認めるに足りる証拠はない。
ウa 以上によれば,我が国の国民がアメリカ合衆国において,本件で違法
と認められた行為と同様の加害行為を公務員から受けた場合には,当該公務員に損
害賠償を請求することが可能であるほか,刑務所の運営者である州,市等に対して
直接損害賠償を請求できる場合もあり,これらの運営者に対して直接損害賠償を請
求できない場合であっても,最終的にはこれらの運営者の拠出により損害賠償金の
支払を受けることができる点で,我が国における国家賠償請求と同等の効果の救済
を得ることができることが一応認められるところ,この認定を覆すに足りる証拠は
ない。
b そして,各国の法制のあり方に差異があり,民事上の請求に関する要
件,効果,請求手続等について,我が国の場合と比較することには必ずしも容易で
ない面が存する以上,相互の保証を厳密に求めた場合には,国際的な人権保障の観
点から不合理,弊害が生じるおそれがあることは否定できないのであって,特に本
件の場合,アメリカ合衆国が連邦制を採用している国家であり,かつ,いわゆる判
例法国であって,我が国とは著しく異なる法制度を有する国であることにもかんが
みれば,被告が主張するとおり,憲法及び連邦市民権法に基づく裁判上の救済につ
いて,損害賠償よりも適法な職務の執行や違法な職務執行の差止めを求める例が多
いこと,上記アcの損害賠償に関する実例が安全配慮義務に基づくものであること
等の事実が認められた
としても,上記aの事情が認められることをもって,国家賠償法6条に規定する「相
互の保証」が存するものと解することが相当というべきである。
エ よって,原告による本件請求は,国家賠償法1条1項の適用を受けるもの
といわなければならない。
5 争点9(損害の有無及び額)について
 原告は,前記の行為によって,革手錠及び金属手錠を両手後ろの方法により
併用されたまま,保護房内で一晩を過ごすことを余儀なくされたものであり,相当
の精神的,肉体的苦痛を被ったことは推察するに難くないところ,上記の苦痛に対
する慰謝料の額としては,本件に現れた諸般の事情を考慮し,50万円をもって相当
とすべきである。
 また,原告は,本件訴訟の追行を原告訴訟代理人弁護士らに依頼したとこ
ろ,本件訴訟における認容額及び追行の難易,とりわけ原告が日本語を十分に理解
しないことによる意思疎通や文書の翻訳における手数等を考慮すれば,上記不法行
為と相当因果関係のある原告の損害としての弁護士報酬の額は,10万円と認めるの
が相当である。
第4 結論
 以上の次第で,原告の請求は,主文記載の限度で理由があるが,その余は理由
がない。
 よって,主文のとおり判決する。
    東京地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官      市村陽典
裁判官      森 英明
裁判官      馬渡香津子

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