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裁判例


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○ 主文
第一審被告の控訴に基き原判決を取り消す。
第一審原告の請求を棄却する。
第一審原告の控訴を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。
○ 事実
第一審原告代理人は、「原判決をつぎのとおり変更する。第一審被告は、第一審原
告に対し、金四九万七、三五〇円および内金玉二万六、六六二円に対する昭和四五
年三月七日から、内金一七万〇六八八円に対する昭和四六年二月二六日から支払い
済みまで年五分の割合の金員を支払え。第一審被告の控訴を棄却する。訴訟費用は
第一、二審とも第一審被告の負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、
第一審被告代理人は、主文と同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張および証拠の関係は、次のとおり付加、補充するほかは、原判決
事実摘示に記載されているところと同一であるからこれを引用する。
第一審被告は、
一、1土地改良事業は、農用地の改良、開発、保全及び集団化に関する事業であつ
て、農業生産の基盤の整備及び開発を図り、農業の生産性の向上、農業総生産の増
大及び農業構造の改善に資する目的をもつて(農業基本法九条)農業用排水施設、
農業用道路その他農用地の保全又は利用上必要な施設の新設、管理、廃止又は変
更、区画整理及び農用地等に関する権利の交換分合等の事業を総合的に行うもので
ある(法一条二条)。したがつて、土地改良事業は事業開始から完了までに相当長
期間を要することが予想されるところから、その間において改良事業施行区域内の
土地を権利者においてでき得る限り継続して利用し得るように配慮することが望ま
しく、また従前の土地所有者用益権者等の権利関係の可及的速やかな安定をはか
り、土地改良事業に伴う権利行使の制限を最少限度に止めることが要請される。そ
のため、土地改良法は五三条の五以下において土地改良区は、換地計画において定
められた事項又は土地改良法で規定する換地計画において定める事項の基準を考慮
して従前の土地に代わるべき一時利用地を指定することかできるとし、その指定が
なされたときは、従前の土地の権利者は一時利用地を従前の土地について有する当
該権利にもとづく使用及び収益と同一の条件により使用及び収益することができる
と規定し権利者に加える制限を最少限度に止めるようにするとともに、一時利用地
の指定を受けたものがその指定によつて損失を受けたとき、又は法五三条の六第一
項の規定により同項に規定する従前の土地の全部若くは一部の土地につき権利を有
する者がその停止によつて損害をうけたときは、土地改良区はその損失を受けた者
に対して通常生ずべき損失を補償しなければならないと規定し、その反面一時利用
地の指定がなされた場合において、従前の土地の権利者がその指定によつて利益を
うけるときは、土地改良区はその利益をうける者からその利益に相当する額の金銭
を徴収することができる旨規定している。
2 一時利用地の指定によつて損失を受けたときの意味内容は必らずしも明瞭でな
いが、一般に損失補噴は、適法行為に基く特別の犠牲に対し全体的な公平負担の見
地からこれを調節し全体の負担に転嫁するための法技術的手段として認められる制
度であり、広く一般に負担を課する場合とか、財産権そのものに内在する社会的制
約にあたる場合とか、あるいは本人に特別の負担を課せられる理由がありその理由
に基づいて特別の負担が課せられる場合とかは特別の犠牲に当らない。特別の犠牲
にあたるかどうかについては、侵害行為の対象が一般的であるかどうか及び侵害行
為が財産権の本質的内容を侵すほどに強度なものであるかどうか、いいかえれば、
社会通念に照らしその侵害が財産権に内在する社会的制約として受忍しなければな
らない程度のものであるかどうかの両要素について客観的合理的に判断して決すべ
きものとされている(田中・新版行政法上二一一頁以下)。この点および五三条の
八の文言体裁その補償が事業の完了をまたずになされるものであること等からする
と、一時利用地の指定によつて生ずる損失というのは、一時利用地の指定によつて
直接発生するところの特別な損失すなわち権利の行使が一定期間停止されるとか、
従前の土地に比べて一時利用地の面積が甚しく減少するなどの損失の生ずることが
客観的に明白であつて、当該被指定者でなくともその被指定者の地位に立つ何人に
対してもこれを受忍すべきことを要求し得ない程度の特別の損失に限られるものと
解され、右の受忍限度を越えると認め得ない程度の損失あるいは一時利用地の指定
の間接的ないし附随的または随伴的な効果として生ずる損失や、その生ずることが
必らずしも客観的に明白とは言い得ない損失、当該被指定者の特殊、個人的、主観
的な理由によりうけると認められる損失等は特別の損失に含まれないと解するのが
相当である(岡山地裁昭和四四年一一月二五日、判例時報六一一号七七頁)。そし
て、通常生ずべき損失というのは、客観性をもつ通常受ける損失の意味であつて、
必らずしも実損のすべてを含むものではない。
3 第一審原告の損失についての主張は、具体性と明確性を欠くと考えるが、しか
しそのような損失は生じていなし、かりに何らかの支障が生じたとしても、それは
土地改良事業とくに区画整理事業の性質上(ブルドーザー等による機械施行が主体
である)、当初から完全な事業の実現を期待することは実際上不可能で事業の施工
過程または施工完了後当分の間は多少の障害の生ずることを免れることができない
ものであり、これらのことは多かれ少なかれその他の権利者にとつても同様であ
る。そしてこの一時的な支障はその後における事業主体の手直工事、被指定者の肥
培管理等の営農努力あるいは自然的回復等により徐々に改良工事としての常態に落
着く。これがこの種事業の本来の性質であつて、この一時的な支障ないし不良状態
は権利者等が当初から当然に予期する事業に通常随伴するところのものすなわちす
べてこれを受忍しなければならないものというべきである。
二、一般的に農地の値打ちは、収益力の大小によつて判断されるが、収益力ーその
実際の収量や費用ーは、その土地の耕作者の能力や、努力等の主観的条件およびそ
の時々の気象条件等に左右されることが多いのでその判断は非常に困難である。従
つて土地改良法では、収益力に影響を及ぼす土地の客観的諸条件を調査してその条
件の良否を総合的に判断して決める方法を採つており、一時利用地の指定にあたつ
ても換地委員会において耕作者の従前地及び工事後の土地の自然条件及び利用条件
を客観的に総合的に把握し、さらに耕作者の農用地の集団化等を勘案して従前地に
照応する土地を選定し、これを一時利用地として指定しているものであり、指定前
後における収穫量そのものはその判断基準になり得ないものである。
本件土地改良事業においては、主たる財源である国の補助金に受益者負担分を加え
て反当七万円の費用がかけられている。換地の一等位の田は従前の一等位の田と同
じでない。従前の一等位の田は換地の三等位の田と四等位の田の中間泣に位する。
本件土地改良事業の実施により農用地の改良、大型化が行われて大型機械の導入が
可能となり、農道、用排水路、揚水場等が改良整備されたのと相まつて、農家経営
のいわゆる省力化の成果は極めて大きい。この成果は本件土地改良事業施行区域内
の土地を耕作する者の一様に享受しているところであつて第一審原告もその例外で
ない。本件一時利用地の指定も同様であり、ひとり第一審原告に対し特別の犠牲を
課したものではない。
三、1 <地名略>の土地について
右土地は、その地形が三角形であるが、面積は一、六五六m2で広大であるから、
機械による耕作を行うにしても取りたてていうほどの支障をきたさない。また右土
地は、用水路の末端部に位置するけれども、揚水ポンプにも近くは場整備事業実施
の際揚水ポンプの能力を七五馬力から一〇〇馬力に強化し、送水管の直径を四二五
mmから五〇〇mmに広げ、さらに用水路の整備を行つているので用水は充分であ
り、引水に多少の時間はかかるにしても収穫量に影響を及ぼすことはない。通作距
離は、従前とかわりがない。
2 <地名略>の土地について
土壌調査の結果によると、作土の厚さは二五印、その土性は黒褐色の壌質土で附近
一帯の水田と変りなく、農耕上土壌の性質にもとづく格別の支障を来し、<地名略
>土地についてだけ収穫量の減少を来たすということはない。現に<地名略>田の
近くの<地名略>、<地名略>水田を耕作しているA、Bは耕作上何ら支障のなか
つたことを認めている。いわゆる表土扱は<地名略>田だけでなく本件土地改良事
業区域全域について全く行つていない。それに右耕土の性質状況等からその必要性
が認められなかつたのと経費を有効に使うためであつた。
3 <地名略>の土地について
従前地<地名略>の土地の標高は、一、七九四・九cm、一時利用地のそれは一、
七八八・八cm、その差は六・一cmに過ぎず、この程度の差異は、ほ場整備事業
の性質上一般的に生ずるものである。そしてこの程度の高低差は、事業による排水
路の整備によつてカバーされ、むしろ以前よりも排水が良くなつているので、万一
冠水しても従前よりも冠水期間が少なく、従前より収穫量が減少すると言うことは
ない。
第一審原告は従前は<地名略>の西北、すぐ近くの<地名略>附近の田を耕作して
いた。これらの田およびその周辺一帯の田は、当時沼田と称され低地の悪田であつ
た。
しかし本件工事による基盤の整備と排水路が新設されたことにより排水もよくなり
耕作上格別の支障は生じていない。
と述べた。
第一審原告代理人は、
一、<地名略>の土地について用水が充分であるとの第一審被告の主張は否認す
る。
二、<地名略>の土地について、
第一審被告は、請負工事業者から引渡を受ける時点で、<地名略>の高低について
も設計通りか否かを調査し、手直し工事をさせるべきであつたにもかかわらずこれ
を怠り、また、その改良工事をしないので、<地名略>に冠水しやすい状態がつづ
き、このため第一審原告は多くの損害を受けている。昭和四四年度に冠水したのは
<地名略>のみで、第一審原告の他の一時利用地は水害の影響を受けていない。昭
和四五年度には水害はなかつた。
と述べた。
(証拠)(省略)
○ 理由
一、本件の事実関係に関する当裁判所の認定判断は、次に付加するほかは、原判決
理由一ないし三に記載されているところと同一であるからこれを引用する(ただ
し、原判決四枚目裏九行目に「当事者間に争いがない。」とある次に「そして成立
に争いのない乙第二号証および原審証人Cの証言によれば、本件土地改良事業にか
かる換地処分があつた旨の県知事の公告は、昭和四六年になされた。」を加え、原
判決五枚目表二行目に「第一〇号証」とあるのを、「第一〇ないし第一二号証」
と、四行目に「甲第七ないし第一三号証」とあるのを「甲第八ないし第一三号証」
と、四行目から五行目にかけて「弁論の全趣旨によつて」とあるのを「当審証人D
の証言によつて」とそれぞれ訂正し、五行目に「証人C」とある前に「原審」を加
え、六行目の「乙第八号証」の次に「成立に争いのない乙第二五号証、当審証人E
の証言により真正に成立したものと認める乙第一五号証の二」を加え六行目から八
行目にかけて「証大F、同C、同E、同Gの各証言、原告本人尋問の結果および検
証の結果」とあるのを「原審証人F、G、原審、当審証人C、当審証人Dの証言、
原審、当審における検証、第一審原告本人尋問の結果」と訂正し、五枚目裏二行目
から三行目に「同等級地を換地する方法をとつたが、改良事業の結果三等地以下は
存在せず最低等級を二等地とした。」とあるのを「同等級地を換地する方法をとつ
た。」と訂正し、同末行の次に「ただし、従前の土地の評価額は、一〇アール当り
一等位で一五万円、二等位で一四万一、〇〇〇円であつたが、換地(第二次指定の
一時利用地は、そのまま換地となつた)の評価額は、一等位で一七万円、二等位で
一六万一、〇〇〇円、三等位で一五万二、〇〇〇円であるから、一時利用地のすべ
てが従前の一等位の評価額を超えている。」を加え、六枚目表四行目から六行目に
かけて「U字管の配管もなく、土質が砂質であるため引水がすぐになくなり、他人
の田を通つて来た水を利用するため用水が思うようにならない」とあるのを、「隣
接地用水路まではU字管が配管されているが、それから以後<地名略>土地までは
土水路となつている。<地名略>土地の土質は、作土の厚さが二五センチメートル
でこれを含む第一層の厚さは三二、三センチメートルで壌質土、第二層の厚さは三
七、八センチメートルで砂質壌土、第三層は砂質土である。引水所要時間は、用水
路の末端に位置するが、揚水ポンプに近く、二、三〇分で取水できる。」と訂正
し、六枚目表一一行目に「ものが、現在は一一俵である」とあるのを削除し、同一
二行目に「表土を除いて」とある前に「本件土地改良事業区域全域について」を加
え、六枚目裏三行目から四行目にかけて「ものが、二一俵位に落ちた」とあるのを
削除し、同裏一〇行目に「一般に低地であり」とある前に、「作土の厚さが二五セ
ンチメートルで壌質土、第二層の厚さは約六七センチメートルで砂質壌土、第三層
も同様に砂質壌土であるがグライ層である。そして」を加え、同七枚目表三行目か
ら九行目を削除し、同表一〇行目に「7」とあるのを「6」と訂正する)。
二、成立に争いのない乙第一〇号証、原審証人Gの証言により真正に成立したもの
と認める甲第五、六号証、原審における第一審原告本人尋問により真正に成立した
ものと認める甲第八、第九、第一一号証、当審証人Cの証言により真正に成立した
と認める乙第六、第二三号証、原審における第一審原告本人尋問の結果によれば、
第一審原告方においては、昭和四〇年度生産米のうち一五八俵(うち二六俵はいわ
ゆる匿名供出)を政府に売渡し、訴外Hに対し田植、稲刈りの手間賃として二俵を
引渡し、自家用飯米として例年どおり二三俵(うち三俵はもち米)を保留し、その
合計が一八一俵となること、昭和四一年以降昭和四五年までの間の政府に対する売
渡数量は、昭和四一年度九五俵、昭和四二年度一五九俵、昭和四三年度一六三俵、
昭和四四年度一四〇俵、昭和四五年度一四五俵であつて、右各年度の数量に自家用
飯米として保留した二三俵をそれぞれ加えると、昭和四一年度一一八俵、昭和四二
年度一八二俵、昭和四三年度一八六俵、昭和四四年度一六三俵、昭和四五年度一六
八俵となり、昭和四一年度以降は手間賃などに生産米を充てたことのなかつたこと
がそれぞれ認められ、この事実によれば、第一審原告方における昭和四〇年度の生
産米数量は一八一俵、昭和四一年度以降昭和四五年度までの各年度生産米数量は、
前記の政府に対する売渡数量と自家用飯米分各二三俵との合計数量であることが認
められる。
甲第一〇号証は、訴外Iが、第一審原告に売渡した肥料代として、昭和四〇年産玄
米六〇キログラム入一〇俵を受領した旨の記載のある昭和四八年一〇月二九日付同
訴外人作成名義の証明書であるが、この記載にかかる一〇俵をも第一審原告方の昭
和四〇年度生産米に加えれば、第一審原告の同年度生産米数量は一九一俵となる。
しかし、原審における第一審原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認め
る甲第一三号証に原審証人Gの証言、当審証人J、K、Bの各証言、当審における
第一審原告本人尋問の結果によれば、第一審原告方においては、本件土地改良事業
区域外に所在する五五アールの田をも耕作しており、その基礎収穫数量は合計二、
七一〇キログラム(約四五俵)で、毎年四〇俵から五〇俵の生産量をあげていたこ
と、他方、本件土地改良区域内にある従前の土地約一町六反七畝三歩の改良工事前
の生産量は、反当七、八俵であり、所有地全体として一七七俵か一七八俵であつた
こと、本件土地改良事業区域外の右五五アールの田の生産量を多めの五〇俵とし、
土地改良事業区域内の従前の土地の生産量を多めの反当八俵としても、全生産量は
一八三・六俵程度にすぎず、一九一俵の生産数量は、過大であること、甲第一〇号
証は、第一審原告の子Gが、同号証記載の玄米の引渡の時から七年をも経た昭和四
八年に、訴外Iから貰つてきたものであり、同訴外人がどのような資料に基づいて
記載したものか判然とせず、仮に玄米引渡の事実があつたとしても、それが昭和四
〇年産米であつたかどうか甚だ疑わしいものがある。
以上の認定のとおりであるから、甲第一〇号証は措信できず、
同号証に記載の一〇俵を昭和四〇年生産米の数量に加えることができない。
そして、前認定の事実によれば、第一審原告の昭和四一年度における米の生産量
は、前年度の昭和四〇年度より六三俵減少し、昭和四四、四五年度のそれは昭和四
三年度よりそれぞれ二三俵、一八俵を減少している。
しかし、前掲各証拠に成立に争いのない乙第一三、第二四号証を合せ考察すると、
昭和四一年度は本件改良事業による初年度であつて全般に収量が落ちており、それ
に昭和四一年、四四年度には水害があり、<地名略>内の一〇アール当り収量(反
当収量)は、昭和三七年から昭和四八年までの一二年間中昭和四一年度が最も低
く、昭和四〇年以降から昭和四八年までの八年間では、昭和四一年度に次いで昭和
四四年度の反当収量が低く、第一審原告方の右減収は、<地名略>における全般的
傾向に符合するものであること、昭和四五年度における第一審原告方における減収
は、主として政府勧奨により休耕したことによるものであることがそれぞれ認めら
れる。
以上に認定した事実に本件一時利用地が従前の土地より若干減歩されていることを
も合せ考えると、第一審原告方の本件一時利用地指定前の収益力と指定後昭和四五
年までの間における通常の収益力はほぼ同一であるとみることができる。
三、第一審原告の昭和四一、四四、四五年度の右減収のうち、休耕による昭和四五
年度の減収が、一時利用地の指定によつて生じたものでないことは明らかである。
昭和四一、四四年の水害による減収が、水害による一般的減収によるばかりでなく
本件一時利用地の土性、水利、傾斜等に起因するなど、一時利用地の指定によつて
生じた第一審原告に特別な減収部分も含まれるかどうか、第一審原告の主張する地
形、水利、土性(砂質)、土地の高低それ自体による一時利用地の評価減が、土地
改良法五三条の八第一項にいわゆる損失に含まれるかどうかを検討する。
1 土地改良区は、換地処分を行なう前において、土地改良事業に係る換地計画に
基づき換地処分を行なうにつき必要がある場合には、その土地改良事業の施行に係
る地域内の土地につき、従前の土地に代わるべき一時利用地を指定することができ
(土地改良法五三条の五第一項)、従前の土地に所有権、地上権、永小作権、質
権、賃借権、使用貸借による権利又はその他の使用及び収益を目的とする権利を有
する者は、一時利用地指定開始の日から、同法五四条第四項の規定による公告があ
る日まで、一時利用地をその性質によつて定まる用方に従い、従前の土地について
有する当該権利に基づく使用及び収益と同一の条件により使用し及び収益すること
ができる(同法五三条の五第四項、五条七項)。右一時利用地の指定の基準は、換
地計画の基準と同様に従前の土地の用途、地積、土性、水利、傾斜、温度その他の
自然条件及び利用条件を総合的に勘案して、従前の土地に照応すべきこととされて
いる(同法五三条の五、五三条一項)としても、その指定地を将来そのまま換地と
するための処分ではなく、存続期間の法定された一時的な使用収益を許容するもの
にすぎない。右一時利用地が、後に換地とされる処分があつたとしても一時利用地
の右性質に変りはない。
それ故に、右基準により評価した結果、一時利用地の交換価額が減少することがあ
つたとしても、ただそれのみに止まつて、現実に損失を発生させる要因となつてい
ないときは、その損失を補償すべき理由が存しないというべきである(かかる評価
減の補償は、終局処分である換地処分においてなされるものである)。また、損失
補償の制度は、適法行為に基づく特別の犠牲に対し、全体的な負担公平の見地より
利益の調整を図ろうとするものであるから、右損失のうち本人に特別の犠牲を強い
るものにかぎられると解すべきである。かようにして、土地改良法五三条の八にい
わゆる通常生ずべき損失とは、現実かつ特別の損失をいうものと解するのが相当で
ある。
2 さきに認定したとおり、本件一時利用地の使用による収益は、通常の場合(す
なわち水害時を除く)、一時利用地指定前とはほぼ同一であり、第一審原告が、一
時利用地の使用による右収益を、指定前の収益とほぼ同一に維持するために、特別
の労力経費を要したものと認めるに足る証拠はないから、第一審原告主張の一時利
用地の形状、土性、水利等により第一審原告が損失を蒙つたものと認めることはで
きない。
3 次に、昭和四一、四四年度の水害による減収は、<地名略>、<地名略>の田
の位置、形状、土質、水利等の条件により、本件土地改良事業区域内の他の一時利
用地の耕作者に比較して、特別の減収であると認めるに足りる証拠はない。
そこで、右水害時の減収と<地名略>との関係を検討するに、前掲乙第八号証、当
審証人Eの証言により真正に成立したものと認める乙第一四号証、第一七号証の八
に原審証人E、C、当審証人J、.A、Eの証言、当審における検証の結果によれ
ば、一時利用地<地名略>に照応する従前の土地<地名略>田六九七平方メートル
は一時利用地<地名略>付近に所在していたもので一時利用地指定前からこの付近
は低地であつて、北上川の氾濫により冠水し易かつたこと、昭和四〇年六月行なわ
れた評価委員会の評価によれば、従前の土地<地名略>の排水、かん漑の評価は、
一五点満点のところいずれも一〇点と悪く、一旦冠水した場合には、排水に二日間
を要することもあつたのに対し、一時利用地<地名略>にあつては、南側排水路と
水田面との落差が三〇センチメートルもあり、排水状況が改善された結果、昭和四
一年四月の右評価委員会による評価では、かん漑において一四点、排水において一
二点と評価され、冠水後の排水が迅速になつたことがそれぞれ認められる。
右認定に反する原審証人Gの証言、原審、当審における第一審原告本人尋問の結果
はた易く信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右事実によれば、昭和四一、四四年度における第一審原告方の水害による減収は、
一時利用地<地名略>の排水施設等が、他の一時利用地使用者のそれと比較して劣
るが故に生じたものと認めることはできない。
四 以上の理由により、第一審原告は、本件一時利用地の指定により通常生ずべき
損失を蒙つたものとは認められないから土地改良法五三条の八に基づき、第一審被
告に対して損失補償を求める権利を有しないというべきである。
してみれば、第一審原告の請求を一部認容した原判決は不当であり、第一審被告の
本件控訴は理由があるから、原判決を取り消して第一審原告の本訴請求を棄却し、
第一審原告の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担
について民事訴訟法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石井義彦 守屋克彦 田口祐三)
(原裁判等の表示)
○ 主文
1 被告は本件に対し金一〇万八、八一八円およびこれに対する昭和四五年三月七
日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の、その余を被告の各負担とする。
○ 事実
(当事者の求める裁判)
原告
1 被告は原告に対し金四九万七、三五〇円および内金三二万六、六六二円に対す
る昭和四五年三月七日から、内金一七万〇、六八八円に対する同四六年二月二六日
から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言。
被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(当事者の主張)
原告
一、原告は別紙第一目録記載の農地を所有する農民で被告の組合員である。
二、被告は<地名略>の土地改良事業施行のため換地処分に先立つて、昭和四一年
六月一日、原告に対し別紙第二目録記載の農地(以下第一次指定地という)を一時
利用地として指定し、更に同四二年五月一三日、原告に対し別紙第三目録記載の農
地(以下第二次指定地という)を一時利用地として指定した。
三、被告の第一次指定は減歩がされただけで農地の集約化が行われていなかつたの
で、修正方を申入れたところ、第二次指定が行われたが、この指定は農地を集約化
するどころか、逆に分割分散し、また第二次指定地のうち<地名略>は地形が三角
型で農耕に不便なうえ、水利が悪く、<地名略>は土性が悪いうえ、より冠水しや
すく、<地名略>は土質が砂質で著るしく土質が劣り、肥料代が余計にかかるにも
拘らず収量は減少する。
四、右の一時指定によつて、従前自家用米以外に毎年一三五俵以上の米を生産して
いたのが、別紙損害額表のとおり減産となり、合計四九万七、三五〇円の損失をう
けている。被告は土地改良法五三条の八第一項により一時利用の指定によつて損失
が生じた場合、その補償なすべき義務があるので、右の損失金四九万七、三五〇円
と内金三二万六、六六二円(昭和四二年ないし四四年分)に対する訴状送達の翌日
である昭和四五年三月七日から、内金一七万〇、六八八円(昭和四五年分)に対す
る準備書面陳述の日から各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払
を求める。
被告
一、原告主張第一、二項の事実は認める。第三、四項の事実は争う。
二、原告の従前地は一六、五六二平方メートルで、減歩率を差引いて原告に換地処
分されるべき土地は一六、二〇五平方メートルである。第一次指定は一六、一六六
平方メートルで、三九平方メートル不足するので、不足分は坪当り一ケ年金一〇円
の金銭補償をすることになつている。第二次指定は、原告から第一次指定を解消し
て従前地付近に改めて指定して貰いたいとの申出に基づいて、従前地付近に一六、
〇一三平方メートルを指定した。面積が減少したのは田の区画上やむを得なかつた
ものである。不足分一九二平方メートルは前記同様金銭補償がなされる。
三、原告の従前地のうち<地名略>、<地名略>、<地名略>、<地名略>の各土
地は冠水し易かつた。第一次指定の土地は全部冠水しにくく、大水が出た場合でも
排水が良く、地味土性は従前と変りなかつた。第二次指定は原告の異議により指定
し直したもので、<地名略>については従前地にやや近くの<地名略>を代りに指
定し、<地名略>については原告の申立に副うことができず一次指定のままとし、
他の三ケ所については不服申立がなかつたが、隣接の他の組合員との調整上<地名
略>の一部を削り、新しく従前地の一部である<地名略>を指定した。
従前地<地名略>と第二次指定地<地名略>とは略同一地域であり、土地条件には
差異がなく、かつこの改良事業で水路等が整備され、従前よりは冠水の危険性が著
しく減少した。
第二次指定地<地名略>は従前地付近の<地名略>、<地名略>、<地名略>(従
前地<地名略>ないし<地名略>、<地名略>ないし<地名略>付近)に比べ、地
味土質において多少差はあるが、逐年の耕作によつて改良されていくもので、区画
整理事業の性質上已むを得ないことであり、長い目で見た場合結局区画整理の効果
および利益が大きい。
四、土地改良法五三条の八の損失補償の定めは、従前の土地につき、所有権その他
の諸権利を有する者が、一時利用地の指定に伴い権利の行使を一定期間停止される
とか、従前の土地の面積に比し一時利用地の面積が甚しく減少したり、あるいは、
指定地が従前地と総合等級において著しく差があつたり、指定時期が適切でなかつ
たため耕作が出来なかつたなど損失の生ずることが明白である場合に限られると解
すべきで、本件で原告の主張する損失は右に該当しないこと明らかであるから、原
告の本訴請求は失当である。
○ 理由
一、原告が従前別紙図面記載青線部分(別紙第一目録の土地)を所有し、本件土地
改良事業によつて、第一次指定地として同図面記載緑線部分(別紙第二目録の土
地)の指定をうけ、次いで昭和四二年五月に第二次指定地として同図面記載赤線部
分(別紙第三目録の土地)の指定をうけたことは当事者間に争がない。
原告は右第二次指定地のうち同図面番号<地名略>(以下第二次指定地は全て番号
のみで表示する)は三角形であるうえ用水の便が悪く、<地名略>は土性が砂質で
悪く、<地名略>は冠水し易い湿田で何れも減収の原因であり、損失を受けている
と主張し、被告はこれを争うので考える。
二、成立に争のない乙第一、第二、第一〇号証、証人Gの証言により真正に成立し
たと認める甲第四号証、原告本人の供述により真正に成立したと認める甲第七ない
し第一三号証、弁論の全趣旨によつて真正に成立したと認める乙第七号証、証人
C、同Eの証言により真正に成立したと認める乙第八号証、証人F、同C、同E、
同Gの各証言、原告本人尋問の結果および検証の結果を総合すると次の事実が認め
られる。
1 被告は換地指定をするに当り、従前地と換地の評価を地味の良否三〇点、形状
一〇点、礫、障害物の存否一五点、日照通風一〇点、灌漑一五点、排水一五点、通
作距離五点の総計一〇〇点満点とし、災害を受けやすい土地を一〇点まで減点する
方法で採点し、九一点から一〇〇点までを一等地、八一点から九〇点までを二等地
とし、順次一〇点減ずるごとに一等級下げる評価を出し、同等級地を換地する方法
をとつたが、改良事業の結果三等地以下は存在せず、最低等級を二等地とした。
2 原告所有従前地は<地名略>六九七平方メートルが三等地(八〇点)と評価さ
れた以外の一五、八六五平方メートルは九五点ないし一〇〇点の一等地と評価され
た。
これが第一次指定では一六、一六六平方メートルの内五四二平方メートルの<地名
略>が二等地(八四点)で、その他の一五、六二四平方メートルは一等地であつた
が、第二次指定では面積が更に減つて一六、〇一四平方メートルとなり、そのうち
二、八五九平方メートルが二等地と約五倍に増え、一等地は一三、一五五平方メー
トルと約六分の一を減じられ、従前地の一等地からは二七一〇平方メートル減少し
た。
3 第二次指定の<地名略>は二等地(八八点)であるが、形状が三角形で、潅激
状況が悪く(一等地の三分の二と評価されている)、通作距離は一等地の約半分と
みられている。この土地は濯概用水の流水の最後部でU字管の配管もなく、土質が
砂質であるため、引水がすぐになくなり、他人の田を通つて来た水を利用するため
用水が思うようにならない。
尤もここは原告の従前所有地であるが、別紙図面記載のように、従前は右の田から
東北方へ原告所有田が一団地となつて隣接しているため、形状も三角でないうえ、
自己の田から引水するのでさしたる不便はなく、ために反当八俵半、現在の面積一
反六畝二一歩に直して一四俵位の収穫があつたものが、現在は一一俵位である。
4 <地名略>の田は、表土を除いて、下の土を他へ運び、表土を元へ戻すという
方法が費用等の関係で困難であつたため、表土を他の低地へ移動してしまつたため
砂地が表面に出たために稲の生育も悪く、従前その南側の田(現在<地名略>、<
地名略>付近)で反当八俵位、現在の面積に直して二四俵位の収穫があつたもの
が、二一俵位に落ちた。長島地区は元来北上川流域のため全般に砂地であることも
原因しているが、肥培管理を続けることにより従前地程度には回復し、収穫も上向
いている。昭和四七年五月一三日現在の検査では、作土の厚さ二五センチメート
ル、表土は壌質土、その下が砂壌質土、更にその下が砂質土となつておりこの構戒
は<地名略>、<地名略>、<地名略>等と全く変りない。
5 <地名略>は東側を流れる排水路の近くで、一般に低地であり、出水しやす
く、排水も悪く、<地名略>から東側はその西側土地に比べ約三〇センチメートル
低く、冠水の被害を最初に受け、最後に回復する状況にあり、東側排水路の整備が
進められるに従つて条件は良くなりつつあるが、この土地は他の一等地に比べ反当
収穫は約七俵と低い。
6 原告の昭和四〇年(改良事業前)における米の収穫は、本件改良地区外の田五
反五畝(収穫約五〇俵)を含め、総収量一九一俵あつたが、第二次指定の昭和四二
年からは減収となり、昭和四二年は一八二俵、四三年一八六俵、四四年一六三俵、
四五年一六三俵となつているが、この中には昭和四四年、四五年と水害の年があ
り、更に昭和四五年は<地名略>を休耕田として耕作をしていない。
7 改良事業により、原告の使用する田は従前の面積より減少しているが、その分
は道路、給、排水路の整備等により機械力の導入が容易となり従前より人手を必要
としなくなるなど稲作における利益の面が相当増加しているが、これが収穫量に、
また経費の面で、いかに影響しているか金銭的評価はなされていない。
なお、政府買入三等米価額は一俵当り、昭和四〇年六、一二八円、四一年六、九三
六円、四二年七、五九二円、四三年八、〇九八円、
四四年八、一〇〇円、四五年八、一五六円である。
三、土地改良法第五三条の八第一項の法意は、同法五三条第二項の金銭補償に至る
までの間、特定個人に対する一時指定の土地利用が妨げられ、或は極端に面積が減
少するなど、指定のため従前と比し、客観的に認められる程度の消極要因に基づく
損失が認められる場合、その一時指定をうけた個人に対し、これを改良区で相当程
度補償するとの意が原則的に理解されるが、同法五三条第二項に掲げる土性、水
利、傾斜、温度等自然的条件、利用条件等を総合的に勘案してなお一時指定地の利
用により損失をうける場合をも補償すべきことを含んでいると考える。
いまこれを本件に即して考えると、原告主張のように、原告の従前所有田の年間収
穫と第二次指定地の年間収穫との差が直ちに損失となるものではない。なぜなら
ば、米の収穫高はその損失を推認させる一資料に過ぎないうえ、前記認定の要件を
充足する損害であるか否かを検討し、更に改良事業による利益を計算外にすること
はできず、また米の収穫というものは水害、日照等自然条件の変化に左右されるか
らである。
四、そこで考えるに、前記認定のように、<地名略>は従前地では一等地と評価さ
れたものが、改良事業で二等地と評価され、通作距離、地形、給水が悪く、米の収
穫高にして全体で三俵位の減収が認められ、<地名略>は一等地の評価は従前地と
ほぼ変化ないが、表土を取り去つたため、下の砂質土が現れ、その当座は作柄が落
ち、全体に三俵位の減収が認められ、<地名略>は従前から冠水し易い<地名略>
(八〇点で三等地)と比べれば、等級は二等(八三点)とやや上つた評価をうけな
がら、従前地よりも冠水し易い湿田で、水害毎に冠水していたことが認められ、こ
れが原因となつて従前より収穫が減じ、そのため昭和四五年には休耕したことが認
められる。
そして、これを全収穫量として比較検討してみると、昭和四二年が九俵、四三年が
五俵、四四年、四五年が各二八俵と減収している。しかし、四二年、四三年の比較
によれば四俵の増加があり、四四年、四五年には水害があつたのであるから、水害
を除外すれば、更に収穫が増えたことも可能性の範囲では推認される。水害の影響
が冠水し易い<地名略>にだけ及んだものでないことは、同田を休耕した昭和四五
年の減収量をみただけで充分認められるところである。また<地名略>は前記認定
のように、
昭和四七年五月には既に他の一等地と土質において変化のないことが認められるの
であるから、逐年の耕作によつて生産高の増加を首肯しうる。これに改良事業(第
二次指定当時既に完了しているもの)の積極面を加味し、前記の消極面と総合比較
衡量して損失を考えれば、昭和四二年については少くとも同年の三等米価格七、五
九二円の九俵分、同四三年については同様三等米価格八、〇九八円の五俵分を首肯
しうるといえるが、四四年以降は前記のように、水害の程度、日照の問題、休耕田
の存在、増収の可能性等相殺、減殺可能の要因が充分存在し、損失の立証は尽され
ていないといわねばならない。
五、よつて、原告の本訴請求のうち、昭和四二年につき金六万八、三二八円、同四
三年につき金四万〇、四九〇円、合計一〇万八、八一八円とこれに対する訴状送達
の翌日であること記録上明らかな昭和四五年三月七日から完済まで民法所定年五分
の割合による遅延損害金の支払を求める部分を理由ありとして認容し、その余は理
由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用は民訴法八九条、九二条によりこ
れを五分し、その四を原告の、その余を被告の各負担とし、仮執行の宣言は相当で
ないと認めるのでこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。
(別紙)
(別紙第一~第三目録、添付図面省略)

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