弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中被告人Aに関する有罪の部分を破棄する。
     被告人を懲役一年六月及び罰金五万円に処する。
     右罰金を完納できないときは五百円を一日に換算した期間被告人を労役
場に留置する。
     被告人が昭和二十三年二月十五日二回に新内駅から函館駅まで菜豆三斗
宛を、同月二十五日帯広駅から函館駅まで菜豆四斗を、同年三月十六日帯広駅から
函館駅まで菜豆三斗を各輸送したとの公訴事実は無罪。
         理    由
 弁護人土家健太郎の控訴趣意第一点は、
 原判決は罪とならざる事実を認定した違法がある。
 即ち原判決は被告人は法定の除外事由なくして(別表一乃至四)に記載した通り
昭和二十三年一月十四日頃から昭和二十四年十一月二日頃迄の間米合計四十九石二
斗八升、小豆、菜豆、大豆合計十三石二斗三升を青森駅、帯広市帯広駅、その他か
ら函館駅まで輸送した事実を認定し右行為は食糧管理法第九条第一項第三十一条同
法施行令第十一条昭和二十二年農林省告示第一九六号昭和二十三年四月十七日迄の
行為については同日付農林省々令第三四号に依る改正前の同法施行規則第二九条に
該当するとして被告人の右輸送行為全部を有罪として処断せられた。
 然れ共原判示中別表三記載の菜豆は第八回公判期日に於ける検察官釈明に依り明
らかな様に手芒を指すものなる処右手芒は昭和二十二年五月一日農林省告示第五八
号に依り菜豆の名で食糧管理法上の主要食糧として指定されてるるが同告示は同年
十二月三十日同省告示第一九六号により廃止せられ且つ右告示第一九六号によつて
はその指定を受けずその告示は屡々改正されたが昭和二十四年六月二十五日同省告
示第一三八号迄は右指定食糧として指定せられず同告示によつて右手芒は再び「い
んげん」の名称で主要食糧に指定されたことが明かである。
 果して然らば別表三記載の内昭和二十三年二月十五日より昭和二十四年二月七日
迄の間被告人が輸送した菜豆(手芒)は罪とならざるものなるに拘らず原判決が昭
和二十二年農林省告示第一九六号昭和二十三年四月十七日同省告示第三四五号を適
用したるは法規の解釈を誤り罪となちざる事実を有罪とした違法がある。
 というのである。
 雑穀を主要食糧に指定した農林省告示の変遷は所論の通りであるが、昭和二十二
年十二月三十日農林省告示第一九六号によつて同年五月一日同省告示第五八号を改
正するに際し、「菜豆」を「いんげん」と書き改めるべきを誤つてなたまめと誤記
して公布したため、同二三年四月七日附官報で右「なたまめ」は「いんげん」の誤
りと正誤したことが認められるので、右正誤の日以降は昭和二二年十二月三〇日農
林省告示第一九六号に「いんげん」が主要食糧として指定せられたこととなること
はいうまでもない。然し公布された告示に誤があつて、後に正誤が行はれた場合、
公布の時から正誤せられた内容通りの告示が公布されたものとして国民を拘束する
力があるか否かは必ずしも一様に論ずることはできないのであつて、その誤つた告
示の誤の内容により場合を分<要旨>けて考えなければならない。即ち公布せられた
告示に誤があつて、その誤であることが外部から容易に認識し得るときは、
その誤を正して解釈すべきであるから、正誤の有無に拘らず、その告示ははじめか
ら正しく解釈せられたところに従つて効力を有するといはねばならないが、その誤
が外部から容易に認識し得るものでないときは、後に正誤せられるまではその誤つ
ている部分は国民を拘束する力がなく、正誤せられた後にその時からはじめて正誤
せられたところに待つて効力を生下ると解するのが相当である。而して本件におい
ては前記告示第五八号と第一九六号を対比研討し、当時の食糧事情に照すときは、
或は「菜豆」を廃して「なたまめ」を主要食糧に指定する実質的理由に乏しいこと
が判明するかも知れないが、然し「なたまめ」なるものが実在しないならばとも
角、実在する以上何等かの理由により之が主要食糧に指定され「菜豆」が指定を解
かれることも全然想像し得ないところでないから、一般国民の中には右告示第一九
六号を見て「菜豆」が主食の指定を解かれその代りに「なたまめ」が主食の指定を
受けるに至つたと解するものを生ずるであろうし(右告示第一九六号は告示第五八
号が指定した主食である雑穀の名称を漢字から平仮名に改めたばかりでなく、新た
に「ライ麦」「落花生」を指定しているから、なお右のように解し易いと考えられ
る)、又公布された「なたまめ」と制定された「いんげん」との間には文字上共通
点が少しもないので、公布された告示中の「なたまめ」が実は「いんげん」の誤で
あるということを一般国民が容易に認識し得るとは断言し難いといはねばならな
い。従つて昭和二三年四月七日の官報で昭和二二年十二月三〇日農林省告示第一九
六号中の「なたまめ」が「いんげん」と正誤せられた以後は右告示によつて「いん
げん」が主要食糧として指定せられたことになるけれども、その以前は「いんげ
ん」が主要食糧の指定を受けたものとして国民を拘束する力はないものと解するの
が相当である。
 右の通りであるから被告人が昭和二三年二月十五日に二回、同月二十五日同年三
月十六日に各一回菜豆を輸送した所為を有罪と認定した原判決は法令の解釈を誤
り、引いて事実を誤認した違法があるので、この点において論旨は理由がある。
 さらに職権を以て調べると原判決は被告人が昭和二十四年十一月二日頃帯広駅か
ら函館駅まで小豆六〇キロ(四斗余)と菜豆一七七キロ(一〇斗五升)を輸送した
事実を認定し、その証拠として(1)被告人の当公判廷における供述、(2)差押
調書(昭和二四年一一月二二日附)(3)B公団C支部配給所名義の押収主要食糧
受領証を挙示しているけれども、右証拠によつては右事実を認め難く、後に認定す
るように当時輸送したのは小豆六斗菜豆四斗であることが認められるのでこの点に
おいても原判決には事実の誤認がある。
 而して右各事実の誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は
破棄を免れない。
 同第二点は、
 原判決は刑の量定重きに過ぎ破棄せらるべきものと信ずる
 原判決は被告人の本件所為につき懲役二年罰金五万円に処断せられたるが
 1、 本件違反取引はその量少からざるものではあるが、被告人家は被告人の外
に家族九人にして父Dは自転車修理業を為すと錐も被告人一家の生計は主として被
告人の収入によつて維持せられて居つた関係で、その内一ケ月一俵半平均の米は被
告人家の主要食糧として消費してみた事実が認められ又本件輸送目的も専ら被告人
が一家の生計を維持する必要から出発したことも認められる。
 2、 被告人は未だ独身の青年にして昼間業務に従事するかたわら道立高校夜間
部に進学し勉学に励む前途有為の青年である事実
 3、 結果に於ても右違反取引により利益の現存せざる事実
 4、 本件違反物資中雑穀類は昭和二十六年三月一日主要食糧としての指定を解
除せられて居る事実
 5、 被告人に前科なき事
 以上の各事実は一件記録により明瞭である以上少くとも体刑については一定の期
間その刑の執行を猶予するを相当とすべく、従つて原判決の処刑を維持することは
その科刑重きに過ぎ破棄を免れないものと信ずる。
 というのである。
 後に認定するところにより明らかな本件違反行為の回数、違反物資の数量及び被
告人は鉄道員であることを利用し乗車船賃の支払を免れつつ闇ブローカー的に本件
犯罪を行つたこと等に照し、所論の事情を勘配しても、懲役刑について執行を猶予
することは妥当でないが、原判決が被告人を懲役二年及び罰金五万円に処したのは
刑の量定が重すぎると認められるので、この点においても原判決は破棄を免れず、
論旨は理由がある。
 よつて刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条第三百八十一条を適用して原判
決中被告人に関する有罪部分を破棄し、本件訴訟記録並びに原審及び当審において
取調べた証拠により直ちに判決することができると認めるので同法第四百条但書に
従い被告事件についてさらに判決する。
 「罪となるべき事実」
 被告人は法定の除外事由がないのに別表(一)乃至(四)記載の通り昭和二十三
年一月十四日から同二十四年十一月二日頃までの間米、小豆、菜豆、大豆を輸送し
たものである。
 「証拠の標目」
 (1)、 原審における第五回、第八回、第九回者公判調書中の被告人の供述記

 (2)、 押収してある手帳一冊(検第一号)、
 「法令の適用」
 被告人の判示所為(但し別表中犯罪日時の同じものはいづれも包括的に一個の犯
罪である)は食糧管理法第九条第一項第三一条同法施行令第十一条昭和二二年農林
省告示第一九六号及び昭和二三年四月十七日までの所為については同日附農林省令
第三四号による改正前の同法施行規則第十五条、同日以後の所為については右改正
後の同法施行規則第二九条に該当するが、同法第三四条を適用して懲役刑及び罰金
刑を併科することとし、且つ右所為は刑法第四十五条前段の併合罪であるから、懲
役刑については同法第四十七条第十条を適用して犯情最も重いと認める昭和二三年
三月二八日の所為の罪の刑に併合罪の加重をなした刑期範囲内で、罰金刑について
は昭和二四年二月一日以降の犯罪については罰金等臨時措置法第四条を適用した上
各罪の罰金額の合算額以内で、被告人を懲役一年六月及び罰金五万円に処し、右罰
金を完納できないときは刑法第十八条に従い五百円を一日に換算した期間被告人を
労役場に留置する。
 本件公訴事実中被告人が法定の除外事由なくして昭和二十三年二月十五日二回に
新内駅から函館駅まで菜豆三斗宛を輸送し同月二十五日帯広駅から函館駅まで菜豆
四斗、同年三月十六日帯広駅から函館駅まで菜豆三斗を各輸送したとの公訴事実は
前記控訴趣意第一点について判断した理由により罪とならないから無罪とする。
 よつて主文の通り判決する。
 (裁判長判事 原和雄 判事 井上弘 判事 臼居直通)
 (別表省略)

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