弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○主文
一被告が原告の昭和五三年二月二六日付予防接種法第一六条に基づく医療費・医療手当
請求に対して昭和五四年一二月一二日にした棄却処分を取り消す。
二訴訟費用は被告の負担とする。
○事実
第一当事者の求める裁判
一請求の趣旨
主文と同旨の判決
二請求の趣旨に対する答弁
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
との判決
第二当事者の主張
一請求の原因等
1予防接種の実施
原告は、昭和四〇年四月八日出生した男子であるが、肩書住所地に居住し、泉市南光台小
学校に在籍していた昭和五二年一〇月二五日、同小学校において被告が予防接種法(以下
「法」という)第七条に基づく一般的な臨時の予防接種として実施したインフルエンザ。

Aワクチン(以下「HAワクチン」ともいう)の予防接種(以下「本件ワクチン接種」。

いう)を受けた。。
2原告の発病
(一)原告は、本件ワクチン接種から四日後の昭和五二年一〇月二九日夕刻から腹部不
快感と両側上腿の疼痛を訴え、翌三〇日朝は疼痛のため歩行ができない状態となり、同日
夕刻嘔吐(一回)と尿失禁をみた挙句入浴中意識混濁と両下肢麻痺をきたし、仙台市内の
、。、矢内外科医院に入院して診察を受けたところ同医院の医師は小児麻痺を疑つたそこで
原告は、同年一〇月三一日東北公済病院に転院したが、そのころから嗜眠状態となり、項
部硬直と運動性失語が徐々に出現するなどしたため、脳腫瘍を疑われ、同年一一月四日東
北大学医学部附属病院長町分院脳神経外科に入院して種々検査を受けた結果、急性散在性
脳脊髄炎と診断された。このため、原告は、翌五日同病院脳神経内科に転科して治療を続
けたところ、症状が安定してきたので、昭和五三年六月二七日国立療養所西多賀病院に転
院し、治療、機能訓練を受けながら現在に至つている。
この間、原告は、東北大学附属病院長町分院脳神経内科に入院時右上肢の痙縮が著名であ
つたが二日後弛緩性麻痺となり、昭和五二年一一月八日には左上肢遠位部筋力低下が出現
した。後者は約一〇日後に正常に戻つたが、右上肢は同年一一月末から肘関節届曲が可能
になると共に痙縮が徐々に著名となるなどの経過をたどつた。その後、右上肢は同年一二
月末には手指の軽度屈曲が可能となり、筋力も徐々に増加し、これと平行して知覚も回復
し、軽い知覚鈍麻を残す程度となつたが、
第五胸髄以下の知覚脱失は変わらず、両下肢は依然弛緩性麻痺を呈しており、表在及び深
部反射はすべて消失したままの状態にある。
(二)原告の発病以後の症状は以上の経過をたどつたものであり、原告の右疾病(以下
「本件疾病」という)は、東北大学附属病院長町分院脳神経外科の診断のとおり急性散。

性脳脊髄炎(静脈周囲性脳脊髄炎又はADEMとも呼ばれる。以下「アデム」という)。

ある。
3行政処分の存在
原告は、昭和五三年二月二六日、被告に対し、法第一六条第一項に基づき、本件疾病に係
る医療費及び医療手当(以下「医療費等」という)の支給を請求したが、被告は、昭和。

四年一二月一二日、同条項による厚生大臣の認定が却下されたことを理由に右請求を棄却
する旨の処分(以下「本件棄却処分」という)をし、同処分は同日原告に通知された。。
4処分の違法性(予防接種と疾病との因果関係の存在)
(一)原告の本件疾病は、以下に述べるとおり法第一六条の適用上本件ワクチン接種に
起因するものと認定すべきであるから右厚生大臣による認定却下は誤りであり、これに基
づいてした被告の本件棄却処分は違法なものというべきである。
(二)因果関係判定の基準
法第一六条における疾病と予防接種との因果関係を判定するに当たつては(1)他原因、

排除され、消去法によつて疾病の原因としてワクチン接種のみが残ること(2)ワクチ、

接種と発病との間に一定の時間的近接関係があることの二点を基準とすべく、右二点が満
たされれば、ワクチン接種と当該疾病との間に蓋然性を認め、因果関係を肯定すべきであ
る。
なぜなら、インフルエンザワクチンの接種に限らず、一般に予防接種は、医療上の治療行
為とは異なり、被接種者が疾病に罹患している場合にこの生命身体に対する現実の危険を
排除するためになされるものではなく、公衆に免疫を付与することによつて、将来伝染病
が発生した場合にそのまん延を防ぐため、すなわち将来の不確定な危険をあらかじめ回避
するためになされるものにすぎない。それにもかかわらず、予防接種には常に事故発生の
危険が存在し、いつたん事故が発生した場合にはその被害は極めて重篤なものとなり、死
亡や脳炎等回復不能な重大な結果をもたらすことは経験上明らかである。そして、国は予
防接種によつて現実に被害が発生している事実を認識し、
本件事故にみられるような被害が発生する蓋然性をあらかじめ予見しながら、あえて法律
によつて強制あるいは勧奨して予防接種を実施している。そうである以上、あらかじめ予
定された被害が発生したにもかかわらず、その被害者に厳格な因果関係の立証を負わせる
のは背理である。そもそも、ワクチン接種とそれによつて発生したと考えられている疾病
の多くは医学的な因果関係が解明されていないものであり、とくに本件のような脳炎・脳
症はもともと原因不明なものが全体の六〇から七〇パーセントを占め、発症機序にも未解
明なところが多い。このような脳炎・脳症と予防接種との因果関係の判定について厳格な
基準をとることは、実質的には被害者に不可能を強いる結果となる。したがつて、前段の
ような基準によつて因果関係の判断をすることが、予防接種による健康被害救済制度とし
ての性格上不可欠である。
法第一六条の改正作業の過程で政府委員みずから「疑わしきは認定する」と述べている。

であつて、右のような解釈は立法者の意思にもそうものであり、従来、予防接種事故審査
会あるいは公衆衛生審議会は、厚生大臣の諮問に対して、ワクチン接種と疾病との因果関
係が十分明らかになつているとはいえなくても、時間的な近接関係からワクチンの接種以
外右疾病の原因が考えられない状況にある場合には両者の因果関係を肯定してきたのであ
る。
以上の点にかんがみれば、被告主張の因果関係判定の基準は厳格でせますぎるものという
。、べきである被告が本件においてこのような厳格な因果関係の適用を改めて持ち出すのは
その立法趣旨にも従来の運用にも矛盾するものというべきである。
(三)右(二)で主張した因果関係判定の基準を本件にあてはめれば(1)原告の本、

疾病の原因としては本件ワクチン接種以外に考えられず(ムンプス感染が原因である可能
性を否定すべきことは後記(四(6)で主張するとおりである(2)本件疾病は本)。)、

ワクチン接種からわずか四日後に発現しているのであつて、両者の間には時間的近接関係
が認められるから、本件ワクチン接種と本件疾病との間に因果関係を肯定すべきである。
(四)仮に被告の主張するような基準に立つたとしても、本件ではワクチン接種と原告
の疾病との間に因果関係が認められるべきである。以下、この点を因果関係についての被
告の主張に対する反論と合わせて主張する。
(1)まず、インフルエンザワクチンによつて脳炎の起こる可能性は次のとおり肯定さ
れる。すなわち、アメリカ合衆国仁おいては昭和五一年(一九七六年)一〇月一日から同
年一二月一六日までの間に行われたAニユージヤージー型インフルエンザワクチンの接種
によつてギランバレー症候群の多発が認められた事実が存するところ、アレルギー性機構
があつた場合には、遅延型アレルギー反応が末梢神経に現われれば多発性神経炎に、脳に
現われれば脳炎になるのであるから、Aニユージヤージー型インフルエンザワクチン接種
により末梢神経の遅延型アレルギー反応である多発性神経炎(ギランバレー症候群)が起
こる以上、同じ発生機序によりインフルエンザワクチン接種によつてアレルギー性脳炎が
発生することは十分考えられる。
(2)被告はHAワクチンからアデムが起こることは理論的に認められないと主張し、
その理由としてHAワクチンには脱髄疾患の抗原である脳物質あるいは神経組織を含まな
いことを挙げる。しかしながら、アデムがなぜ起こるのかについては、その原因としてウ
イルス等が考えられるが判らないというのが現在の知識であつて、被告が右主張の前提と
して依拠する証人Aのアデムは右脳物資を構成する髄鞘の塩基性蛋白が抗原となつて起こ
る遅延性アレルギー反応であるとの説も仮説の域を出るものではなく、これに基づきなさ
れた被告の前記主張は十分な根拠を有するものでない。
(3)文献上の検討
被告は疫学的データから考えて原告の疾患とHAワクチンの因果関係を支持するものはな
んら見出せないと主張するが、インフルエンザワクチンによつて神経疾患が発現する可能
性があることは甲第一六号証ないし第二七号証の各論文でも明らかである。
被告の指摘するウエルズ、シユテール、エーレングートもインフルエンザワクチンと神経
。、()疾患発現の可能性を全く否定してはいないのであるたしかにウエルズ甲第一九号証
は「現在のところ病因的関係は肯定するにも否定するにも方法がない」と述べている、。
が、
その意味するところは、メカニズムを明確にするには現在のところ「方法」がないという
ことであり、ウエルズもその要約では「インフルエンザワクチン接種によつて神経系の、

害がもたらされる可能性がある」と報告している。また、。
シユテール(甲第二二号証)の報告も被告が主張するように右の因果関係を否定するもの
ではない。すなわち「インフルエンザワクチンが直接的に神経系のアレルギー反応を起、

すのではないのであろう。とりわけ、インフルエンザウイルス抗原と脳炎原性の因子との
交差反応は、我われの知る限りではまだ明らかではない。しかし、次のような可能性があ
らゆる点で存在している。すなわち、インフルエンザワクチンによつて、今までは潜伏し
ていた免疫学的過程が活性化されるということである・・・・・・インフルエンザ予防。

種中に含まれている鶏卵に対するアレルギーがここで触れた病気の原因であるとは思えな
い。しかし、いわゆる血清原的な多発性神経炎の誘因になりうる可能性がある。そういう
事例を私達はインフルエンザワクチン接種後三日目の患者で観察できた」と報告してい。

のである。更にエーレングート(甲第二三号証)は「インフルエンザ予防接種後に神経、

が起こる事故に関する報告は稀であるので、その報告(ウエルズの報告)の中には全く偶
然によるものが関係しているものと思われる。インフルエンザそのものの後に起こる神経
、。、疾患についてのみ記載されるのであるから結論としては次のことが暗示されるつまり
このような神経疾患が予防接種によつてもまた起こりうるであろうと」と報告し、イン。

ルエンザワクチン接種後に神経疾患発現の可能性があることを肯定している。
右のほか、次のBらの報告(甲第五五号証)はインフルエンザワクチン接種と静脈周囲脳
炎の因果関係を推定したものである。右報告の症例は「インフルエンザの予防接種を受、

てから一週間目に原因不明の四〇度C台の発熱があつて、それが四、五日続いたが、その
間に意識障害や神経症状があつたという根拠は明らかにされていない。その後二週間経つ
て中耳炎とのことで耳鼻科に通院、三六日目に突然の右半身麻痺、つづいて不眠、頭痛な
どを訴えて発熱、四〇日目から意識障害が現われ、昏睡に陥つて四六日目に死亡した」と
いうもので、脳の病理学的所見によれば「大脳白質、中脳から脳橋にかけて主座を有す、

いわゆる静脈周囲炎であり、比較的新鮮な髄鞘変性の時期にあるということができる。そ
して、組織学的には血管の充血や血液ないし血漿の血管外浸出をみるが、
血管壁の細胞浸潤が非常に軽い点は典型的なPerivenoseEnzephali
tisの脳所見に一致する」ものであつた。そして、Bらは「種痘後脳炎や感染後脳炎、

関する近年の知見を参照しつつ、神経病理学的所見と病因論を考察して、インフルエンザ
ワクチン接種の病因可能性を推定した」のである。
また、インフルエンザワクチン接種後脳炎の症例として、Cは、厚生省特定疾患・多発性
硬化症調査研究班の班員として一九七五年に次のような症例報告をしている(甲第三五号
証。四一才の男子がインフルエンザ接種後五日目に発熱、悪心を訴えて診察を受け、そ)

、、数日後に意識消失などがあつて入院入院中に意識消失を伴う全身痙彎などの症状を呈し
その後に高熱が出るなどの経過をたどつて遂に死亡したというものである。Cらは脳膜及
び脳内小血管周囲のリンパ球浸潤などが見られたので、アレルギー性炎の表現と考えるこ
とができ、かかる反応を惹起する因子はワクチン接種以外に既応歴に見出されず、本例の
脳病変はワクチン接種後脳炎と判断せざるを得ないと結論づけた。本例は、大脳白質は全
体として髄鞘がやや淡染し、血管壁の膨化と乏枝膠細胞の浮腫性変化を伴つているものの
、(。)明らかな脱髄巣がない症例ではあるがインフルエンザワクチンHAと考えられている
接種後に発現した脳炎例として貴重な報告である。
(4)被告がインフルエンザ予防接種によるアレルギー性脳炎は考え難いと主張する論
拠は、結局のところインフルエンザワクチンによつてアレルギー性脳炎が発生したという
報告例がないということに尽きる。しかしながら、これまで我国においてアレルギー性脳
炎の報告例が(前記を除いて)ないというのは、インフルエンザワクチンからは遅延型ア
レルギー反応による副作用が発生しないとの思い込みにより、この点に留意研究が行われ
ていないからであつて、右の点はインフルエンザ予防接種によつてアレルギー性脳炎が発
現する可能性を否定する根拠にはなりえない。
(5)遅延型アレルギー反応の発症時間について
原告のアデム発症はインフルエンザワクチン接種による遅延型アレルギー反応と考えられ
るところ、被告は「原告の発症)は接種から二日ないし四日後となる。一方、実験的、(

レルギー性脳炎の潜伏期は概ね二週間前後である。よつて、原告の疾患は、HAワクチン
接種によるものとするには、
接種から発症までの期間があまりにも短かすぎる」と主張する。。
しかしながら、製造上マウスの脳を使用しており、微量ではあるがワクチンに脳物質が含
まれる関係から脳背髄炎が生じるのではないかということが問題となる日本脳炎ワクチン
について、ワクチン接種後から発病までの時間が数時間から数日後までさまざまであつた
ように、潜伏期にはバラツキがあるのであつて、純粋培養されたマウス等による動物実験
の結果を直ちに人間に適用することの愚かさは多言を要しない。遅延型アレルギー反応の
、、、潜伏期を考える場合免疫学的側面を重視せねばならぬのはもとよりであつてその場合
たとえば、抗原(ワクチン)に対する抗体産生の感受性が先行的にある程度上昇しておれ
ば、その後の同一抗原参加によつて発展する遅延型アレルギー反応の潜伏期もより短縮さ
れるし、逆にその感受性の低下が先行しておれば、その潜伏期もより遷延性となる可能性
がある。要するに、免疫学と神経病理学の双方を総合的に考慮した上で潜伏期を算定すべ
きである。
実際の症例について見ても、たとえばインフルエンザワクチン接種後三日目に発症したと
思われる多発性硬化症(アデムと同様アレルギー機転が関与しているものと考えられてい
る)があるが、これについて、認定審査会は、インフルエンザワクチン接種が原因で右。

病が起こるとは考えられないとして因果関係を否定した。しかしながら、このような審査
会の態度は、予防接種事故調査委員会が神経の専門医等に行つたアンケート(甲第四四号
証の二)において、インフルエンザワクチン接種から神経症状発生までの時間による因果
関係の有無について、一日ないし三日については「肯定的、四日ないし六日では「意見」

一致」との回答結果にも見られるように、専門医の間でも支持されているとはいい難いも
のである。また、法改正による救済制度創設以前の閣議了解による行政上の救済の時代に
は、インフルエンザワクチン接種の三日後に発症したと思われる脳炎がワクチン接種との
因果関係を認定されている(甲第三八号証の三)ことからも被告の潜伏期についての主張
の誤りは明らかであろう。
以上の点を考慮すれば、原告の場合接種から発症までの期間につきHAワクチン接種によ
るものとみて何ら不自然はなく、被告の前記主張は根拠のないものというべきである。
(6)ムンプス感染による発症の可能性の不存在
被告は、原告のアデムの原因としてムンプスの感染が考えられるとし、ムンプス患者には
原告にみられる心室性期外収縮や神経症状を発現した報告例があること、ムンプスには耳
下膜炎を伴わない不顕性の例も多いことをいう。しかしながら、ムンプス感染を裏付ける
積極的証拠としては、ムンプスウイルス補体結合(CF)反応の変化を挙げているだけで
ある。つまり、CF抗体価が昭和五二年一一月五日四倍未満、一一月七日四倍未満、一一
月二〇日八倍、一一月二二日八倍、一二月七日四倍、翌年六月一七日四倍未満とその数値
が一時的に上昇し、まもなく下降したことをとらえ、それによつてムンプスに感染した可
能性があるとしているのである。
しかし、右のCF反応の変化をそのように評価するのは全くの誤りである。CF抗体価の
右の変化は「手技によるブレ」の範囲を出るものではなく、ムンプス感染を示唆する有意
の変化とはいえないものである。原告が事実ムンプスに感染しているのであれば、それが
たとえ不顕性のムンプスであつても、CF抗体価が右のように上昇し、しかもまた元に戻
るという小幅な変化にとどまることはなく、五週間目の血清で三二倍とか六四倍という急
激な抗体価の上昇が見い出されるはずであり、特に原告のような重症患者の場合は、必ず
大幅な抗体価の上昇がみられなければならない。しかるに、原告の場合右のようなCF抗
体価の大幅な上昇はみられず、他方赤血球凝集反応の阻害反応(HI)の方には何の変化
もないから、CF抗体価の前記変化が「手技」によるブレであることはその点からも疑い
がない。被告は、不顕性のムンプスの症例報告がある以上、原告に耳下腺炎の徴候がなく
てもムンプスに感染していないとは限らないという。しかしながら、不顕性というために
は、症状として表にあらわれてはいないが、種種の血清学的反応を試みてその方に明瞭な
抗体価の上昇が認められる場合を指すのであつて、そうした条件がそろつてはじめて不顕
性ムンプスと診断されるのである。不顕性の場合抗体価の上昇が顕性のものに比べて低く
なることはない。
以上述べたことからも明らかなように、表にあらわれた症状にもムンプスの形跡がなく、
かつ、抗体反応に顕著な変化もない本件原告の場合は、本来ムンプスではないのであるか
ら、不顕性ムンプスと診断するのは誤りである。更にまた、
被告の主張するように、ムンプスウイルスが神経系に入つた場合、無菌性髄膜炎や脳炎を
起こすことがありうることは乙第五号証にも報告されているとおりであるが、原告のよう
にアデムを起こしたとの例は報告されておらず、多発性の髄膜炎を伴つて脳炎と背髄炎を
起こしたというような例はない。
以上のように、被告のムンプス感染についての主張は全く根拠のないものといわなければ
ならない。
(7)右(1)ないし(6)に前記(三)を考え合わせれば、被告主張の基準によつて
も、本件ワクチン接種と本件疾病との間に因果関係が認められるものというべきである。
5よつて、原告は、被告のした本件棄却処分の取消しを求める。
二請求の原因に対する認否及び被告の主張
I請求の原因1の事実は認める。
2同2(一)の事実中「翌三〇日朝は疼痛のため歩行ができない状態となり」との点、

知らないが、その余の事実は認める。
同2(二)の事実は認める。なお、原告には神経症状の再燃は認められないようであり、
本件疾病が多発性硬化症である可能性は一応否定してよいと考えられるが、原告の症状を
みると典型的なアデムとはいい難い点もある。
3同3の事実は認める。
本体棄却処分の経緯は次のとおりである。
(一)被告は、原告の請求を受け、本件疾病が本件ワクチン接種によるものであるか否
かにつき厚生大臣の認定判断を受けるべき昭和五三年三月一一日付で宮城県知事を経由し
て厚生大臣に進達し、同大臣は、法第一六条第二項の規定に従いこれを公衆衛生審議会に
諮問した。
(二)公衆衛生審議会は、審議を重ねた結果、本件疾病が本件ワクチン接種により発現
、、したとの蓋然性は著しく低く医学上両者の間に因果関係は認められないとの結論に達し
医療費等給付不相当の答申を厚生大臣に行つたので、これを受けて同大臣は、昭和五四年
一一月三日付厚生省収衛第二三三号により原告の本件疾病については法第一六条第一項の
規定による認定をすることができない旨を宮城県知事を経由して被告に通知した。
(三)そこで、被告は本件請求を棄却することに決定し、その旨を昭和五四年一二月一
二日付泉市指令第三六九号をもつて原告に通知したものである。
4同4の主張は争う。
公衆衛生審議会の前記結論は5で述べるとおり相当であつて、
本件疾病については法第一六条第一項の規定による認定ができないとした厚生大臣の判断
に誤りはなく、これに基づいてした被告の本件棄却処分には何らの違法もない。
5因果関係の有無についての被告の主張
(一)予防接種と疾病との因果関係の認定基準
(1)一般的に、医療行為と結果発生(障害)との因果関係については、訴訟上の立証
の程度としては、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性
を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差しはさまない程度に真実性の確信
を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるとされている。そして、予防
接種による健康被害の救済の対象とするに当たつては、右の趣旨を承け、更に、制度の性
格(国家補償的精神に基づき救済を行い、社会的公正を図る)にかんがみ、因果関係の。

定は「特定の事実が特定の結果を予測しうる蓋然性を証明することによつて足りること、
とするのもやむをえない」とされているのである(伝染病予防調査会昭和五一年三月二二
日答申第二の三。)
ところで、予防接種とその後に発生した疾病との因果関係については医学上未知の部分が
存在し、その存否を医学的に証明することは困難である。これに加えて、通常、予防接種
後の神経系疾患の臨床症状や病理学的所見は、予防接種以外の原因による疾患のそれと異
なるものではないため(非特異性、具体的に発生した疾患が予防接種によるものである)

。、、又は他に原因があるかを的確に判定することは困難である特に脳炎・脳症においては
もともと原因不明なものが全体の六〇から七〇パーセントを占めており、その判定はより
困難である。そうである以上、右因果関係の存否の判断は多くの場合疫学的方法によらざ
、、。るをえず疫学的方法に準拠する以上症状・時期に一定の集積性が見られるはずである
、、()以上によれば現実に発現した疾病があるワクチン接種に起因するというためには1
当該ワクチンからそのような症状が出ることが、経験的にあるいはワクチンの成分から理
論的に考えられること(2)副反応の発現時期が、当該ワクチンについて一般的に考え、

れている一定範囲の時期(好発時期)ないしそれに近接した時期であること(3)当該、

病が、他の原因による疾病と考えるよりは当該ワクチン接種によるものと考える方が妥当
性があること、を要件とすべきである。
右(1)の要件は、換言すれば(イ)接種から一定の期間内に発生した疾病が、それ以、

の期間における発生数よりも統計上有意に高いことを示す信頼できるデータが存在し、か
つ(ロ)当該予防接種によつてそのような疾病が発生しうろことについて、医学上、合、

的な根拠に基づいて説明できることである。もつとも右のうち(イ)又は(ロ)のみが成
り立つ場合であつても、その事実が客観的妥当性を有すると認められれば、右(1)の要
件が充足されたものと認めてもさしつかえない。たとえば、狂犬病ワクチン接種後の脳脊
髄炎は(イ)及び(ロ)の要件を充たすものであり、原告が請求の原因4(四(1)で)

張するアメリカにおけるブタ型インフルエンザワクチン接種後のギランバレー症候群は
(イ)の要件に、百日咳ワクチン接種後の脳症は(ロ)の要件に該当するものとして、各
ワクチンの副反応として是認されるといつてよい。
(2)原告は、被告の因果関係の考え方は厳格すぎると批判し、消去法と時間的近接関
。、、係でもつて因果関係を肯定すべきであると主張するしかしながら原告の右考え方には
「原因不明のもの=特発性」を軽視している欠点がある。アデムについて特発性のものが
あることは甲第四〇号証からも明らかである。したがつて、具体的な可能性を消去してい
けば、最後には、原因不明のものとワクチン接種とが残るはずである。そこで、更に、ワ
クチン接種を原因と考えることが相当かどうかの検討を行うべきであつて「誘因と考え、
られているワクチンを打つている以上、ワクチンを誘因でない方に分類することは無理な
考え(証人Dの証言)というのは、今一つ突つ込み不足である。」
(二)これを本件についてみるに(1)原告の症状(アデム)は、経験的にあるいは、

クチンの成分から理論的にインフルエンザワクチンから起こることが現時点では認められ
ておらず(2)更に、本件では右ワクチンに起因するものとしてはその潜伏期が遅延型、

レルギー反応としての潜伏期からみて少し早すぎ(3)原告には卵アレルギーがないの、

あつて、原告の主張によつても発症の基盤を欠き(4)右症状はむしろムンプス感染な、

しは原因不明の可能性があるから、前記の要件をいずれも充たしておらず、本件疾病と本
件ワクチン接種との間に因果関係を認めることはできないものというべきである。以下こ
れらの点を詳述する。
(三)HAワクチンからアヂムが起こることは、理論的にも経験的にも認められていな
い。
(1)HAワクチンには脱髄疾患の抗原として承認されている脳物質あるいは神経組織
は含まれていない。
原告の罹患したアデムを含む脱髄性脳脊髄炎の発症機序及び原因は解明されていないが、
原因がある程度推測されている極く少数の症例の一つとして、狂犬病ワクチン接種によつ
て右副反応が生ずるといわれている。特に、従来(昭和四七年以前)使用されていた狂犬
病ワクチンは、動物(やぎ)の脳から作るため、すべての動物の脳にある共通抗原に対し
て産生される一種の自己抗体が脳脊髄に作用して脱髄現象を起こすのではないかと考えら
れている。また、日本脳炎ワクチンについても、製造上マウスの脳を使用しており、微量
ではあるがワクチンに脳物質が含まれる関係から、脳脊髄炎が生じるのではないかという
ことが問題となり、調査が行われ、その結果、集計された症例の中にはその可能性を示唆
するものもないではなかつた。しかし、その症例は極めて少なく、接種後に偶然発症した
可能性が高いといわれている。前者で脱髄性脳脊髄炎の発症が認められ、後者では確認で
きなかつたのは、前者が脳の神経組織を多量に含んだワクチンであつて、しかも、一四回
以上も続けて接種するという抗原量の違いによるものと考えられている。これに対して、
インフルエンザワクチンは右各ワクチンと製造方法が異なるため、神経組織は全く含まれ
ていない。また、脳物質以外の抗原の存在については仮説の域を脱していない。したがつ
て、その接種によつて、脱髄性脳脊髄炎を起こすとは現代の医学では考え難い。
(2)文献的検索
次に、文献的に、HAワクチンを含むインフルエンザワクチン接種後にこのような脱髄を
推認せしめる神経疾患に罹患した例があるか否かについて検討する。インフルエンザワク
チン接種後に種々の神経症状を呈した症例報告が散見されることは事実である。しかし、
それらによつて特定の病型及び接種から発症までの時間に集積性を認めることはできな
い。
(イ)ヘネツセンらは、インフルエンザ予防接種後の神経疾患二八例について報告し、
考察を加えている。しかし同症例の中には、原告ほど多発性な病変を示しているものは見
られない。のみならず、著者らは、接種数の増加にもかかわらず報告例は減少しており、
しかも接種から発症までの期間に集積性が見られないこと、また、抗原量と発生数の比較
において、全ビールスワクチン(ホールワクチン)の方が精製ワクチンよりも抗原量が多
いにもかかわらず発生数は少ないことなどからインフルエンザワクチン接種と右疾患との
因果関係に懐疑的である。
(ロ)グエレロらの報告によると、米国で一九七六年一〇月一日から同年一二月一六日
までの間に四五六五万人を対象として「A/ニユージヤージー/七六株」のワクチン接種
が行われたが、その後出現した中枢神経炎症性疾患の報告は三八例であつて、うち脳炎及
び髄膜脳炎は一九例である。この出現頻度は、被接種者一〇万対〇・〇四二であつて、同
年の全国的な脳炎及び無菌性髄膜炎の出現頻度、四週間に一〇万対〇・一九と比較して増
加していない(むしろ低下している)のである。したがつて、ワクチン接種の期間中に発
現した右一九例は、右期間(換言すれば、ワクチン接種の事実)と係わりなく発現した同
種疾患と同じ原因によるもの、すなわちワクチンの接種と無関係に発現したものと推定す
るのが合理的なのである。
(ハ)甲第一六号証ないし第二七号証にもインフルエンザワクチン接種後の神経系疾患
、、()の報告例があげられているが右のうち比較的多数例を集めたウエルズ甲第一九号証
は「現在のところ病因的関係は肯定するにも否定するにも方法がない(肯定も否定もで、

ない」と述べており、シユテール(甲第二二号証)も「今日の知識では、インフルエ)、

ザ予防接種とそれに続く神経学的疾患の発現像との間の因果関係に賛成も反対もしうる。
臨床的には潜伏している基礎疾患がある場合、ワクチン接種と感染後疾患の間の不慮の併
発と同様ワクチン接種後の合併症の可能性も考えられる・・・・・・インフルエンザ予。

接種後起こる神経疾患は、非常に稀にしか観察されず、今日まで、疑いもなくそれによつ
て起こるとはされていない」と記述している。更に、一三例の症例を集めたエーレング。

ト(甲第二三号証)は「インフルエンザ予防接種後の神経合併症の起こる可能性は、今、

で否定されたか単に詳細な一例報告に基づいて論議されたのみであつた。一九七一年にな
つてやつと、神経専門医のウエルズが次のように報告した「現在のところ、病因関係を。

明することも否定することもできない」と。
インフルエンザ予防接種後に神経病が起こる事故に関する報告は稀であるので、その報告
の中には全く偶然によるものが関係していると思われる」としている。。
右のように、複数の症例を解析した研究者の意見は、インフルエンザワクチンの接種とギ
ランバレー症候群以外の神経系疾患の因果関係についていずれも懐疑的であるといわざる
をえない。
(二)原告は「ウエルズ、シユテール、エーレングートはインフルエンザワクチンと、

経疾患発現の可能性を全く否定してはいない」と主張する。しかし、右論文によつても、
ある神経疾患が生じると他の神経疾患も生じるというふうに結びつけてよいか、その理由
は何かについては、今一つ明らかではない。更に、これらの論文の前提になつているのは
ホールワクチンであるが、原告が接種を受けたのはHAワクチンである点にも留意すべき
である。
なお、原告が指摘するところのBらの報告については、昭和四〇年三月という比較的初期
のものであり、その症状経過からすると、インフルエンザワクチンを原因とするについて
問題がないとはいい難い事例である。なぜなら、論者は本症例と当該ワクチンとの因果関
係を推定する大きな理由として、当該ワクチン接種一週間後の発熱に着目しているが、一
般に当該ワクチンによる発熱は接種後二四時間から四八時間以内に多いこと、発熱と近接
して神経症状が出現していないことを考慮すると、本症例の発熱とインフルエンザワクチ
ンとの因果関係及び発熱と神経症状との関係は極めて薄いといわざるをえない。したがつ
て、この発熱は、インフルエンザワクチン、神経症状と無関係に生じたものと推察される
のである。また、Cの報告については「脳炎例」と表示されているが、全体の所見として
はむしろ脳症例と理解するのが相当と思われる事例であり、本件とは事案が異なるという
べきである。
(ホ)原告の挙示する証拠中には、クリユツケ論文(甲第五三号証)を引用して「イ、

フルエンザによつてアレルギー性脳炎が起こつた剖検例がある」とするものがある。しか
しながら、右論文では「インフルエンザ様症状後の急性脱髄性脳炎」を扱つているが、イ
ンフルエンザ様症状は、インフルエンザのみならず種々の感染症の初期症状であること、
特に、右論文においてクリユツケが対象とした兄弟患者のうち兄は、咳がありその後かゆ
さを伴う皮膚の水泡性発疹、
リンパ腺と睾丸の腫脹が出現していることをみると、インフルエンザと考え難いことは明
らかである。また、本症例が実際インフルエンザによるものであれば、クリユツケ博士は
はつきりと「インフルエンザ後の急性脱髄性脳炎」と表現するはずである。したがつて、
右クリユツケ論文を「インフルエンザから脱髄性脳炎が生じることを肯定した文献」とし
て引用するのは、正当とはいい難い。
(ヘ)以上のように、文献、疫学的データからみても、原告の疾患とHAワクチンとの
因果関係を支持するものは何もないといわざるをえない。
(3)次に、HAワクチン中に含有される卵成分を含めた蛋白質による本件のような疾
病発症の可能性についてみるに、以下に述べるようにHAワクチン中には蛋白質は極めて
微量しか含有されておらず、また、インフルエンザワクチン中の卵蛋白によつてアナフイ
ラキシーシヨツクを起こす可能性はあつても、卵蛋白によつて脳炎、特に原告の如き重篤
な疾患を発症することは、過去の報告に照らしても到底考え難い。
(イ)HAワクチンは、ウイルスを発育鶏卵の漿尿腔内で培養させた後、超遠心機等で
分離し、庶糖密度勾配遠心法で精製し、その後エーテルで分解し、脂質分画の除去を行う
ことにより製造される。我国では昭和四七年にHAワクチンが実用化されたが、それまで
のインフルエンザワクチンは菌体成分のすべてを含むホールワクチンを使用していた。H
Aワクチンにおいては、抗体生成に必要な部分のみをウイルスから分離し、副作用にかな
、、。りのウエートを占める脂質を除去した結果発熱局所反応等の副作用が大幅に低減した
ウイルス成分を高度に精製する結果、卵成分は極く微量になつていると考えられており、
証人Eも証言しているように「インフルエンザワクチンで何か副作用が起こつた時に卵の
成分があるから、その起こすんだというふうな発想は、ちよつと一〇年前の発想と言いま
すか・・・・・・」といえる状態にまでなつているのである。
(ロ)このようにして製造されたHAワクチンの接種によつて原告の体内に入つた蛋白
質の量は、医学上有意とは到底認め難いほどに少量である。すなわち、動物実験によつて
ひき起こされるアレルギー性脳炎(実験的アレルギー性脳炎)の原因物質は、神経組織を
精製することによつて得られる極く少量のオリゴペプタイド(蛋白質とアミノ酸の中間)
であるが、
それとHAワクチン接種によつて原告の体内に入つたと推定される蛋白質の量を比較して
みると次のとおりである。まず、Fらによれば、モルモツトについて、五マイクログラム
の含トリプトフあン四ペプタイドに〇・一マイクログラムのNメチルムラミルLアラニル
Dイソグルタミン酸をアジユバント(抗体産生を増強する物質)として加えて、実験的ア
レルギー性脳脊髄炎を発生させたという。そこで、原告の受けたHAワクチン中の蛋白質
含有量を計算すると(同ワクチンの生物学的製剤基準によれば、蛋白窒素含有量は一ミリ
、、リツトル中三〇マイクログラム以下と規定されておりこれを蛋白質含有量に換算すると
一ミリリツトル中六・二五(蛋白価)×三〇=一八・七五マイクログラム以下となる。原
告は同ワクチンを〇・三ミリリツトル接種されたのであるから、体内に入つた蛋白量は一
八・七五×〇・三ゆえ、五・六二五マイクログラム以下となる。これを前述した実験的)

レルギー性脳炎を発生させる含トリプトフアン四ペプタイドの量、五マイクログラムと対
比すれば、物質の質すなわち、原告の体内に入つた粗蛋白質と特定の活性を有する神経組
織由来のプペタイドの差及びヒトとモルモツトの体重差を考慮に入れると、同ワクチン接
種によつて体内に入つた蛋白質の量は、実験的アレルギー性脳炎を発生させるペプタイド
の量に比較して微々たるものである。
(ハ)インフルエンザワクチン中の卵成分とその副作用の関係については、日本のワク
チン(乙第一七号証)に述べられているとおり、インフルエンザワクチン一般について即
時型のアナフイラキシーシヨツク発生の可能性が考えられており、これを予防するために
卵アレルギーが禁忌事項としてあげられている(予防接種実施規則第四条第三項。しか)

ながら前述の如く、原告の呈した疾患は即時型のアナフイラキシー反応とは全く異なるも
のであり、ワクチンの副作用には該当しない。
(4)原告は「Aニユージヤージー型インフルエンザワクチン接種により末梢神経の、

延型アレルギー反応である多発性神経炎(ギランバレー症候群)が起こる以上、同じ発生
機序によりインフルエンザワクチン接種によりアレルギー性脳炎が発生することが十分考
えられる」と主張する。たしかに、。
昭和五一年にアメリカ合衆国でプタインフルエンザ・ニユージヤージー株(Aニユージヤ
ージー型インフルエンザワクチン)を接種した者にギランバレー症候群の多発が認められ
たことは原告主張(請求の原因4(四(1)のとおりである。しかしながら、インフ))

エンザワクチン接種と多発性神経炎との疫学的因果関係はこの株のワクチンに限られたこ
とで、その後のアメリカ合衆国での疫学的研究では、他のインフルエンザワクチン接種と
多発性神経炎(ギランバレー症候群)との因果関係は認められていない(たとえば、一九
七八年から一九七九年の接種について乙第四〇号証の一、二参照。しかも、末梢神経と)

枢神経の髄鞘の化学成分は異なつており、末梢神経のアレルギーが生じれば、中枢神経の
アレルギーも発生しうるということは科学的根拠がない。なぜなら、アレルギーは物質の
化学成分を基盤として発生するものであるからである。したがつて、原告の前記主張は失
当である。
(5)以上のとおりHAワクチン接種後の脳炎発生が統計上有意に高いとするデータは
存在せず(仮に、過去のいくつかの症例報告から、脳炎発生の可能性を全く否定すること
はできないのではないかと言いえたとしても、右報告で用いられているのは大部分(ワク
チンの種類が明らかでないものもある)がホールワクチンであつて本件のようなHAワ。

チンではなく、しかも、本件のようなアデムという広義の脳炎の中でも特殊な疾病はほと
んどみられない」かも、合理的根拠に基づいて説明できる医学上の理論も認められて。)、

ないから、一般論として、HAワクチン接種によつて脳炎が起こりうるということ自体否
定せざるをえない。
(四)原告は、その立証活動から推測するに、ワクチン中の卵蛋白によつてアレルギー
反応の一方の型である遅延性アレルギーが生じ、原告の症状を呈したと主張するかの如く
であるが、ワクチン中の卵蛋白による右症状発現の可能性が一般的に否定されることは
(三)で述べたとおりであるほか、原告には次のとおり卵アレルギーはなかつたのである
から、右両者の因果関係はこれによつても否定される。
原告に卵によるアレルギーがなかつたことは、原告には甲第一四号証によつて明らかなよ
うに卵アレルギーを含めてアレルギー素因を示唆するものは何もなく、昭和五三年三月に
行つた卵黄、卵白、鶏肉の過敏性テストがいずれも陰性であり、かつ、
過敏性テストの後に症状の変化のなかつたことから確実である。
なお、甲第一四号証では過敏性テスト実施後一〇日以内に髄液グロブリンの変動がみられ
たことで卵蛋白注射と本症とを関係づけているが、髄液グロブリンの検査は多発性硬化症
の診断基準として認められているものの、卵蛋白注射後、それも一〇日後のその変動が注
射された物質に由来するというのは甲第一四号証の著者独自の推測であつて、医学的に確
立された検査法では全くない。そもそも前述したように過敏性テストが否定され、その後
も症状に変化のないものを、髄液グロブリンの変動という現象のみをとつて本症状と卵蛋
白を関係づけようというのは極めて無理な推論というべきである。甲第一四号証中に引用
されている卵蛋白とインフルエンザワクチンの関係について考察した文献は、いずれも卵
アレルギーのあつた症例及び接種によりアナフイラキシー症状を呈したものについてのみ
であつて、甲第一四号証の著者の右推論を何ら支持する資料たりえない。また、甲第一四
号証の著者は、卵蛋白注射後の免疫グロブリンの変動を(3)ACTH投与の漸減中止の
結果(b)卵蛋白注射により免疫反応が再賦活化された結果の二つについて検討し、後、

の「可能性がかなり本当らしいと信ずる」と記しているが、第三の可能性として原因不。

。、()、あるいは偶然の変動を考慮しないのは非科学的といえる更に右bの点についても
増えたのは蛋白質の一部であるグロブリンGを主体とした免疫グロブリンだけではなく
て、
蛋白質全体が増加しており、蛋白質に占める免疫グロブリンの割合はほぼ一定である。仮
にアレルギー反応が起こつたのであれば、特定のグロブリン分画が特異的に増えるはずで
あるから、右検査結果をもつて卵白が免疫反応を再賦活化させたと判断するのは妥当では
ない。
(五)本件の場合、ワクチン接種から発症までの期間は四日であつて、アレルギー反応
としての症状の好発時期からはずれている。
原告の発症の日時は正確には決め難いが、原告が両側大腿に疼痛を訴えたのが矢内外科を
、()受診した日の前日である昭和五二年一〇月二九日であつて同外科のカルテ甲第五号証
の「二日便秘」との記載を膀胱直腸障害と解釈した場合には同月二七日まで遡ることがで
き、同月二五日の本件ワクチン接種から二日ないし四日後となる。一方、実験的アレルギ
ー性脳炎の潜伏期は概ね二週間前後である。
よつて、原告の本件疾病は、HAワクチン接種によるものとするには接種から発症までの
期間があまりにも短かすぎるといえる。
この点について、原告は「あるワクチンに対する抗体産生の感受性が先行的にある程度、

昇しておれば、その後の同一抗原参加によつて発展する遅延型アレルギー反応の潜伏期は
より短縮される可能性がある」と主張する。しかしながら、原告の右主張は、一般論と。

ては是認しうるとしても、本件についてそういえるかは疑問である。すなわち、原告は、
インフルエンザワクチンを昭和四二年(二回、昭和四三年(二回、昭和四六年(二回)))
の計六回受けてはいるが、最後の接種から六年経過しているし、また、卵白・卵黄・鶏肉
に対する過敏性テストの結果が陰性であつたことからすると、副反応の潜伏期が四日(な
いし二日)目まで早まるほど感受性が上昇していたとは考え難い。したがつて「・・・、
・・・
四日ぐらいまで早くなるんだといわれればそれまでなんですけど、そういうことを考えて
も少し早いような気はします」との証人Gの証言は妥当な意見と考えられる。。
原告は、被告の潜伏期についての考え方をなお批判し、反証を挙げている。しかし、甲第
三八号証の三の事例は、診断書が脳炎となつていたため「脳炎」とされたものであるが、
脳炎か脳症かはつきりしないケースである。また、甲第四四号証の二は、予防接種研究班
の分科会の一研究かと思われるが、まだ正式に研究報告がなされていないため、本証のア
ンケートがどのような条件の下になされ、どのような分析がなされたのか不明である。推
測するに、インフルエンザから生ずる神経系副反応として一般に認められているのは脳症
であるから、それを前提として本証のような潜伏期に関する意見が出てきたのではなかろ
うか。インフルエンザワクチンでアデムが起きるとし、その潜伏期が「一時間以上三日ま
で」とされたとは考え難い。両者は全く発症のメカニズムが異なるから、当然潜伏期も異
なるのである。原告は、神経症状の種類を全く区別していない点で、本証の意味を誤解し
ているというべきである。
(六)原告の疾患の原因として他に考えられるものはないであろうかとの観点から検討
する。
(1)次の(イ)及び(ロ)によれば、原告は発病当時ムンプスに罹患していた可能性
が十分考えられる。
(イ)まず、原告は、
昭和五二年一一月七日及び同月二二日の対血清が採取され、種々のウイルスについて補体
結合(CF)反応の検査が行われた結果、ムンプスウイルスCF反応が右一一月七日と同
月二二日の間で四倍未満から八倍へと上昇しているのが認められたが、このことは、CF
反応の性格から考えて有意、すなわち原告の本件疾病の発症に近い時点でムンプスに感染
した証跡となるものである。
原告は、本件のCF抗体価の変化を「その程度の上昇は手技のブレの範囲内」と主張する
が、手技のブレであれば、本件のように滑らかな曲線になることの説明がしにくい。やは
り、一つの感染を示すカーブであるというべきであろう。ちなみに、原告には耳下腺炎の
臨床所見を認めるべき資料は見当らないが、耳下腺炎を伴わないムンプス感染がかなりの
比率で存在することは周知の事実であり、右の点はムンプス感染を否定する理由にはなら
ない。
(ロ)次に、原告には昭和五二年一一月六日から翌七日にかけて胸痛を伴う心室性期外
収縮が出現している。
ムンプスウイルスがウイルス性心筋炎の原因としてインフルエンザウイルス、風疹ウイル
ス、水痘ウイルス、種々のエンテロウイルスなどと共に並び称せられることは周知の事実
であり、また、ムンプスウイルスによる心筋炎において、当然のことながら心室性期外収
縮を認めることも経験されるのである。
(2)そこで、原告の呈した神経症状とムンプス感染との因果関係について検討する。
()。、イムンプスの合併症として無菌性髄膜炎はよく経験されることであるのみならず
脳炎や脊髄炎を伴つた報告も数多い。ムンプスのうち神経症状を呈するものの割合は、マ
クリーンらによれば〇・五から一〇パーセント、レビツトらによれば一四二一例中六四例
すなわち四・五パーセントである。もつとも、これらは、医療機関を訪れた患者、言い換
えれば重症例に対する割合であつて、すべてのムンプスに対するものではないことに留意
しなければならない。
(ロ)また、耳下腺炎を伴わずに、血清反応などで診断されたムンプスにも神経症状を
示す例が多く、マクリーンら、レビツトら及びジヨーンストーンらの症例においては、そ
れぞれ四三、四七及び七三パーセントの割合で耳下腺腫張が見られていないことも注目さ
れるべきである。
(ハ)過去に報告されたムンプス脳炎及び脊髄炎の症状は誠に多彩であつて、原告の呈
した症状に関しても、
視神経炎についてはデービスらが序論において指摘しているほどであり、横断性脊髄炎症
状を呈した例をメドニツクら、シユトルスプルグらが示しており、脊髄前角の変化をゴル
ドンが、脊髄神経根症状をカタラら及びゴツシユが報告している。また、本件でみられた
原告の症状の部位的多発性についても同様で、ジヨーンストーンらの自験例は、意識障害
及び麻痺に加えて失語、失禁など多くの症状を具備しているのである。
(ニ)剖検例の組織学的所見はドノウー、ドノウーら及びジヨーンストーンらが記載し
ているが、それらによれば、概ね静脈のうつ血ないしは小出血及びその周囲の脱髄を主体
とした病変、すなわちいわゆる静脈周囲性脳脊髄炎(アデム)を示すものがほとんどであ
る。したがつて、ムンプスによつて原告のような多発性の脱髄病変が現われることは十分
考えられることである。
なお、急性神経系の実態調査(乙第六号証)によれば、診断名別推定原因としては、原因
不明、種痘、麻疹、水痘に次いでムンプスが多いことが示されている。
(3)以上原告の症状経過及び検査所見と過去に報告されたムンプス脳脊髄炎を比較考
、、証してくると原告の本件疾病はムンプス感染によるものとして何ら矛盾することはなく
むしろその可能性が十分考えられるというべきである。
(七)以上のように、本件の場合は、因果関係の存在を認めるための要件のいずれをも
満たしておらず、むしろムンプスによる脳炎の疑いが否定できないのである(なお付言す
るに、ワクチンとその後に発生した疾病との因果関係については医学上未知の部分が存在
するものであつて、これを完全に否定し去ることは本質的に不可能であり、また求めうベ
きものでもない。このような意味において、公衆衛生審議会が、本件におけるワクチ。)

接種と疾病発生の蓋然性は著しく低く、医学上、当該具体的結果の発生を否定的に予測す
るのが通常であると判断し、非該当の答申をしたことは、十分首肯できるのである。
第三証拠関係(省略)
○理由
(予防接種の実施、原告の発病及び行政処分の存在)
一請求の原因1ないし3の事実(ただし、同2の事実中原告が昭和五二年一〇月三〇日
朝疼痛のため歩行ができない状態となつたことを除く)は原、被告間に争いがなく、成。

に争いのない甲第五号証(その翻訳は甲第八号証)によれば、右括弧内で除外した事実を
認めることができる。
更に、成立に争いのない甲第一、第二号証に弁論の全趣旨を総合すれば、本件棄却処分の
経緯は被告主張(請求の原因に対する認否3第二段(一)ないし(三)の事実)のとおり
であるものと認めることができる。
(予防接種と疾病との因果関係)
二法第一六条第一項に基づく給付を受けるためには、当該疾病と予防接種との間に因果
関係が認められなければならないことは同条の規定から明らかであるところ、法は右因果
関係の認定は厚生大臣が公衆衛生審議会の意見を聴いてこれを行うこととしている。これ
は、右認定には高度の医学的知識を必要とし、また全国的に公平に判定されるべきである
との趣旨によるものと解されるのであるが、右認定は、被害者からの直接の申請に基づき
なされるものではなく、被害者からこの制度に基づく給付請求を受けた市町村長が給付決
定の前段階として厚生大臣に認定通達を行うという流れで行われ、認定拒否に対する被害
者からの独立した不服申立を認める規定が何ら具備されていないことにかんがみれば、右
認定は市町村長と厚生大臣という行政機関相互間でなされる内部的な行為とみるのが相当
である。したがつて右認定を拒否された被害者は、給付申請の棄却という市町村長の行政
処分に対する不服申立の手続の中で因果関係を認定できないとした厚生大臣の判断の当否
を争いうべく、右不服申立が右棄却処分に対する抗告訴訟によりなされたときは、裁判所
において直接右因果関係の有無を審理判断し、その結果もし右因果関係が認められる場合
には、裁判所は、右棄却処分が前提となる事実の誤認に基づく違法なものとしてこれを取
り消すべきことになる(この場合、右因果関係ありとの判断が行政事件訴訟法第三三条に
規定する取消判決の拘束力を有することはいうまでもない。。)
これを本件についてみるに、前項で確定した事実によれば、被告から宮城県知事を通じて
認定の進達を受けた厚生大臣は、法第一六条第二項の規定による諮問に対する公衆衛生審
議会の本件疾病と本件ワクチン接種との間に因果関係は認められないとの答申に基づき、
被告に対し、本件疾病について法第一六条第一項の規定による認定を拒否する旨通知し、
被告はこれを理由に原告の医療費等の給付申請を棄却した。これに対して、原告は本訴を
提起し、本件疾病は法第一六条以下の給付制度の適用上本件ワクチン接種に起因するもの
であつて、
厚生大臣による前記認定拒否は誤りである旨主張する。したがつて、前段で判示したとこ
ろによれば、本件においては、まず疾病とワクチン接種との因果関係の有無につき判断す
べきことになる。
三そこで、本件疾病と本件ワクチン接種との間に法第一六条以下の給付制度(以下「本
」。)。件救済制度という適用の前提となる因果関係が認められるかどうかにつき審究する
1因果関係判定の基準について
(一)一般に訴訟上の因果関係の立証は、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係
を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その立証の程度は通常人が疑を差しは
さまない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りる
ものと解されている(最高裁判所昭和五〇年一〇月二四日第二小法廷判決・民集二九巻九
号一四一七頁。たとえば、債務不履行や不法行為に基づく損害賠償請求のような一般的)

制度に基づく訴訟において因果関係が問題となる場合には右の理がそのまま妥当する。
しかしながら、本来因果関係を認めるための証明の程度は各制度がその存在を要件とする
理由に照らして合目的的、機能的に判断されるべきものであつて(広く見れば、一般に承
認されている裁判上の証明と自然科学的証明の差異もここに由来する、個別的な制度。)

おいて因果関係についての立証の程度を緩和することはもとより可能であり、ある制度が
右立証の程度を緩和しているものと認められる場合には、その制度の趣旨、目的に適合す
るよう因果関係肯定の要件を解釈することが必要というべきである。
(二)右(一)の観点から、本件救済制度適用の前提となる疾病と予防接種との因果関
係の判定の基準について検討する。
(1)法第一六条以下の給付制度(本件救済制度)の性格
成立に争いのない甲第三一、第三二号証、乙第二号証に弁論の全趣旨を総合すれば、法に
よる予防接種制度は、伝染病の集団的まん延防止は集団の非感受性者の比率が高まること
により集団免疫の現象が生じ当該伝染病の流行が阻止されることによつて達成できるとい
う経験則と理論に基づき、集団内の各個人に(疾病の予防に有効であることが確認されて
いる免疫原(ワクチン)を注射し又は接種して)免疫を賦与することにより集団の免疫水
準を維持し、その効果により伝染病の流行を防止し、
当該個人はもとより社会の防衛を図ることを究極の目的とするものであること、しかると
ころ、予防接種は、右目的のため人体への侵襲行為の一つとしてワクチンという異物を健
康者に接種するものであつて、一般の医療行為と同様、関係者がいかに注意を払つても微
少の確率ではあるが不可避的に事故が起こりうることは現代医学をもつてしても否定でき
ないこと、しかしながら、前記の目的を達成するためには、接種率の確保が重要なポイン
トとなることから、法はそれにもかかわらず国民に対して右接種を義務づけていること、
ところで、法はその一方で第一六条以下により予防接種による健康被害者に対する医療費
等の給付制度(本件救済制度)を規定しているが、これは究極的には社会防衛を図る目的
の下に義務づけられた被接種者において、不可避的に重篤な副反応がみられ、そのために
医療を要し、障害を残し、ときには死亡するようなことが発生した場合には、社会的な責
任においてこれを迅速に救済することが必要との考えから、昭和四五年七月三一日の閣議
了解による当面緊急の行政措置による救済を経て、昭和五一年法律第六九号による法の改
正により新たに設けられたものであること、以上の事実を認めることができる。
上叙認定した事実に法第一六条以下に規定する給付の要件、給付内容及び給付主体等を考
え合わせれば、右給付制度は前叙のように社会的に特別の意味を有する事故に対して、相
互扶助、社会的公正の理念に立ちつつ、公的補償の精神をも加味して図られる独自の救済
措置として位置づけるのが相当である(右制度の制定につき諮問を受けた伝染病予防調査
会の答申(乙第二号証)は、これを「国家補償的精神に基づく法的措置による救済制度」
と表現しているが、右判示と同趣旨の見解に立つものと考えられる。。)
(2)予防接種による副反応研究の現状
前掲乙第二号証、成立に争いのない甲第四三号証(甲第七四号証は同じもの、第九三号)
証、
原本の存在及び成立に争いのない甲第五七号証の二、三及び証人H、同G、同Aの各証言
に弁論の全趣旨を総合すれば、法第二条所定の疾病に対して行われる予防接種のワクチン
による副反応につき医学専門家の間で一般に承認されているところとしては(1)発症、

位が脳・脊髄等の神経領域に多く見られること(空間的密接性、)
(2)右神経系の副反応は(イ)病変が主として髄膜及び白質に見られる遅延型アレルギ
ー型(自己免疫病(ロ)病変が主として髄膜又は灰白質に見られるウイルス血症及び)、

殖型(ハ)急性脳症型(即時型アナフイラキシー反応)の三類型に分類でき(3)右、、
(イ)
から(ハ)までの各反応ごとに発症時間につきワクチン接種との間に時間的集積性がみら
れること(時間的密接性)があげられること、しかしながら、各種ワクチンの接種による
副反応の実態及びその発症のメカニズムにつき、未だ研究途上にあつて最高水準の医学知
識をもつてしても十分には解明されていないものも多く、個々のケースにおいて予防接種
とその後に起こつた疾病との因果関係を完全に医学的に証明することが事実上不可能な場
合もあること、以上の事実を認めることができる。
(3)立法者の意思及び救済制度の運用の実情
前掲乙第二号証、成立に争いのない甲第三号証、乙第一号証及び証人G、同Aの各証言に
弁論の全趣旨を総合すれば、本件救済制度の立法者は、前記(1)で判示したように右制
度を性格づけたうえで、同(2)で認定したような予防接種による副反応研究の現状を踏
まえて、因果関係の判定は特定の事実が特定の結果を予測しうる蓋然性を証明することに
よつて足りることとするのもやむをえず、本件救済制度の運用において疑わしきものは右
因果関係を認定するという方針で臨むべきものと考えていたこと(なお、前記閣議了解に
よる時代、行政措置の対象となる予防接種の副反応と認められる疾病の中には、副反応の
疑のある疾病も含むものとされていた、しかして、法第一六条以下による給付制度の。)

施により昭和五三年以降厚生大臣の諮問を受けて右因果関係判定の業務を担当することと
なつた公衆衛生審議会の内で、実質的な審査を担当する専門部会である予防接種健康被害
認定部会においても、右のような因果関係判定の考え方を取り入れて、予防接種後四八時
間以内に前記(2(1)のような疾病が発現した場合には、原則として右予防接種と疾)

との因果関係を認定するという内部基準を立てるなどして、因果関係立証の程度を緩和し
て右業務を処理してきていること(なお、救済制度適用の前提としての予防接種と疾病と
の因果関係の認定業務を担当していた従前の機関、すなわち閣議了解に基づく行政措置の
時代の予防接種事故審査会、
法第一六条による給付制度の発足当初の伝染病予防調査会(認定部会)も右同様にして認
定業務を処理していた、以上の事実を認めることができる。。)
(4)上叙認定、判示したような法第一六条以下の本件救済制度の性格、予防接種によ
る副反応研究の現状、立法者の意思及び救済制度運用の実情を総合勘案すれば、予防接種
後に起こつた疾病が前記(2(1)ないし(3)の場合に該当するときは、本件救済制)

適用の関係では原則として右疾病と予防接種との間に因果関係を肯定し、同制度による被
接種者の救済を図るべきものと解するのが制度の趣旨・目的に適合するものというべきで
ある。
なお、原告は(他原因消去の要件を別とすれば)ワクチン接種と発病との間に一定の、、

間的近接関係があれば右因果関係を肯定すべきであると主張する。しかしながら、前記の
場合に該当しないものについて単に右近接関係が認められるからといつて因果関係を肯定
すべきでないことは、前叙(2)で認定した予防接種による副反応研究の現段階における
成果に照らして明らかというべきであるから、原告の前記主張は採用できない。
(三)これに対して、被告は、右因果関係を肯定するためには、当該ワクチンからその
ような症状が出ることが経験的にあるいはワクチンの成分から理論的に考えられることを
要件とすべきであると主張する。もちろん、当該ワクチンから副反応としてそのような症
状が発現することが理論上又は経験上否定されている場合には右因果関係を否定すべきで
あることはいうまでもない。たとえば、前掲甲第四三号証、第九三号証によれば、ウイル
ス血症及び増殖型の副反応は生ワクチン内に含まれる弱毒ウイルスによるものと考えら
れ、
不活化ワクチンであるインフルエンザワクチンや細菌性ワクチンである百日咳ワクチンな
どでは右副反応は理論的に起こりえないとされていることを認めることができるから、こ
のような場合には右副反応と右各ワクチンとの間の因果関係は一般的記否定すべきであ
る。
しかしながら、前掲甲第五七号証の二、成立に争いのない甲第三〇号証(第四六号証、第
九二号証はこれと同じもの)及び証人Gの証言に弁論の全趣旨を総合すれば、ワクチン接
種による副反応の症例報告は狂犬病予防接種後脳脊髄炎を除き比較的少ないが、これは予
防接種による副反応研究の現状が前叙のとおりであることもあつて、
医学的な因果関係の判定が容易ではなく、その報告に慎重になり又は医師に見過ごされる
可能性が多分に存するためであること、右の点に関連して、我国においてワクチン接種後
の疾病発生状況について正確な調査が行われているとはいえず、当該疾病の通常の発生率
とワクチン接種後の発生率とを比較することが理論的には可能であつても、実際の統計値
、。として有意の差となつてあらわれるとは限らないこと以上の事実を認めることができる
そうである以上、当該ワクチンからそのような疾病が発現したという症例報告がないとか
接種から一定期間内に発生した疾病がそれ以外の期間における発生数よりも統計上有意に
高いことを示す信頼できるデータが存在しないからといつて、そのことが直ちに両者の間
の因果関係を否定すべき十分な根拠となるものということはできない。
更に、理論の面からみても、当該ワクチンからある副反応が発現することが理論上認めら
れるかどうかにつき、医学上これを肯定する説があり、右説が医学上の経験的事実に基づ
く帰結であり、右説において当該ワクチンから右疾病が発現するメカニズムについて既存
の医学上の知見と矛盾せずに科学的な説明ができる仮説を有する場合には、右仮説が未だ
実証されておらず、かつ右両者の間の因果関係を否定する説があつて、右肯定説が一般に
承認されるまでには至つていなくても、理論上の因果関係を否定して救済制度の適用を拒
むことは相当でない。なぜなら、前叙(二(2)のような予防接種による副反応の研究)

実情にかんがみれば、将来右仮説が実証されて右因果関係が医学上一般に承認される余地
が存する限り同制度による救済の対象とするのが(二)で判示した本件救済制度の趣旨、
目的に適うものと解されるからである。したがつて、因果関係を肯定するための要件とし
て積極的に当該ワクチンからそのような症状が出現することが経験的にあるいはワクチン
の成分から理論的に考えられることを求める被告の主張は以上の限度で失当である。
(四)次に、被告は、右因果関係を肯定するための要件として、すくなくとも他の原因
による疾病と考えるよりはワクチン接種によるものと考えるほうが妥当性があることを必
要とする旨主張する。この点についても、
ワクチン接種によるよりも他の原因による疾病と考えるほうが医学上合理性がある場合に
ワクチン接種と疾病との間の因果関係を否定すべきことは当然である。しかしながら、前
掲甲第四三号証、第五七号証の三、成立に争いのない甲第四〇号証及び証人Gの証言に弁
論の全趣旨を総合すれば、一般に予防接種後の神経系疾患の臨床症状や病理学的所見には
特異性がなく、予防接種以外の原因による疾病のそれと異なるものでないため、具体的に
発生した疾病が予防接種によるものであるかそれとも他の原因によるものであるかを的確
に判定することは困難であることを認めることができる。このような疾病について、それ
が前記(二(2(1)ないし(3)の場合に該当するときに、予防接種以外の原因に))

るものと考えるべき医学上の合理性が認められないにかかわらず、積極的にワクチン接種
以外の原因又は原因不明によるものでないことを証明できないからといつて因果関係を否
定することは、前記(二(2)のような現状のもとでは本件救済制度による救済の範囲)

著しくせばめることにもなりかねず、制度の趣旨、目的にそわない(更には、前記(二)
(3)
で認定したような立法者の意思及び制度の従来の運用とも矛盾をきたす)ものであつて、
右のような見解を採ることはできない。被告の前記主張は、以上述べた限度で失当という
べきである。
(五)以上判示したところをまとめると、本件救済制度適用の前提となるワクチン接種
と疾病との因果関係を肯定するためには、次の(1)ないし(3)の要件を充足すること
が必要であり、かつ、特段の事情がない限り、右充足をもつて足りるものと解するのが相
当というべきである。
(1)当該ワクチンから右疾病が生ずることが理論上又は経験上否定されていないこと
(以下「第一要件」という)。
(2)当該ケースにおいて、右両者の間に時間的、空間的密接性があること(以下「第
二要件」という)。
(3)その疾病が当該ワクチン接種によるよりも他の原因(原因不明をも含めて)によ
るものと考えるほうが合理性がある場合でないこと(以下「第三要件」という)。
しかして、これを立証の問題として見た場合、当該ワクチンからその疾病が生ずることが
理論上又は経験上否定されることが証明されない限り第一要件が、また、
その疾病が当該ワクチン接種によるよりも他の原因(原因不明をも含めて)によるものと
考えるほうが合理性があることが証明されない限り第三要件が充足されたものと認めるべ
きことになり、したがつて右各証明は因果関係を否定する側すなわち本訴においては被告
においてこれをなすべき責任があるものと解すべきである。
2本件における因果関係の有無について
右の基準に従つて、以下本件ワクチン接種と本件疾病との因果関係の有無につき判断する
こととする。
(一)第一要件の充足
本件ワクチン接種がインフルエンザHAワクチンによるものであること及び原告の本件疾
病がアデムであることは前叙確定したとおりであるところ、被告はHAワクチンからアデ
ムが起こることは経験的にも理論的にも認められない旨主張ずるので、その当否につき判
断する。
(1)前掲甲第四〇号証、成立に争いのない乙第三九号証及び証人G、同Aの各証言を
総合すれば、医学上一般に承認されていることとして、アデムとは急性に発病する中枢神
経系の散在性炎症性疾患であり、その経過は単相性で、病理学的に静脈周囲性細胞浸潤及
び脱髄巣を示すものをいい、原因的にみて特発性のもの(特発性散在性秘脊髄炎、急性)

染疾患に続発するもの(感染後脳脊髄炎)及び各種ワクチン接種後にみられるもの(ワク
チン接種後脳脊髄炎)の三類型に分類されること、このうち、感染後脳脊髄炎は流行性耳
下腺炎(ムンプス)や麻疹、帯状包疹などの感染後一定の潜伏期間を経て、またワクチン
接種後脳脊髄炎は一般には狂犬病ワクチンや種痘の接種後一定の潜伏期間を経て発症して
くること、その臨床症状、病理所見は一般に類似しており区別し難いが、実験的アレルギ
ー性脳脊髄炎(EAE)の病理像に類似することから、遅延型過敏症によるアレルギー性
脱髄炎と考えられること、以上の事実を認めることができる。
次に、証人Aの証言に弁論の全趣旨を総合して我国における代表的な専門書の一つと認め
るべき沖中重雄監修「神経学(南江堂発行)第四巻(前掲甲第四〇号証)は、ワクチン」

種後脳脊髄炎の原因の一例としてインフルエンザワクチンをあげている。
しかして、
アメリカ合衆国において一九七六年(昭和五一年)一〇月一日から同年一二月一六日まで
の間に行われたAニユージヤージー型インフルエンザワクチンの接種によつてギランバレ
ー症候群の多発が認められた事実は原、被告間に争いがなく、前掲甲第五七号証の三によ
れば、右ギランバレー症候群は末梢神経の遅延型アレルギー反応たる多発性神経炎である
こと、アレルギー性機構があつた場合に遅延型アレルギー反応が末梢神経に現われれば多
発性神経炎に、脳に現われれば脳炎になること、したがつてAニユージヤージー型インフ
ルエンザワクチン接種により右のとおり多発性神経炎が起こる以上、同じ発生機序により
インフルエンザワクチン接種によりアレルギー性脳炎が発生することが十分考えられるこ
と、以上の事実を認めることができる。
上叙認定した事実を総合すれば、インフルエンザワクチン接種によつてアデム(ワクチン
接種後脳脊髄炎)が起こる可能性を肯認しうる。
(2)これに対して、証人A又は同Gは(1)アデムの発生機序は、髄鞘を構成する、

基性蛋白が抗原となつてリンパ球を感作し、この感作リンパ球(細胞免疫)が血管を経由
、、して脳脊髄に達しその髄鞘を選択的に破壊してひき起こすところの自己免疫疾患であり
(2)狂犬病ワクチンの接種によつてアデムが発症するのは、同ワクチンが動物(やぎ)
の脳の中で狂犬病ウイルスを培養することによつて作られるため、すべての動物の脳にあ
る共通抗原を含んでおり、そのため同ワクチンの接種により右抗原に対して一種の自己抗
体(細胞免疫たる感作リンパ球)が産生され、これが脳脊髄に作用して脱髄現象を起こす
のに対して(3)インフルエンザワクチンは、インフルエンザウイルスを鶏卵の中で培、

して製造されるもので、抗原となるべき脳物質を含んでいないから、同ワクチンによつて
アデムが起こることは考えられない旨証言する。
なるほど右各証人の証言によれば、右(2)の点はEAEの実験結果によつて実証されて
いることを認めることができる。しかしながら、アデムが種痘によつても起こることが一
般に承認されていることは前記認定のとおりであるところ、証人Aの証言によつても、そ
の発症機序は未だ解明されていないことが認められる。更に、生ワクチンであつて発症機
序が不活化ワクチンとは異なりうる右種痘はさておいても、
インフルエンザワクチン接種によつて遅延型アレルギー反応の一種であるギランバレー症
候群(多発性神経炎)の発症が見られたことは前記確定したとおりであるところ(成立に
争いのない乙第四〇号証の一、二によれば、アメリカ合衆国での調査結果では、前記一九
七六年のAニユージヤージー型以外のインフルエンザワクチンの接種からギランバレー症
候群が発生したとの疫学的報告は得られていないことが認められるけれども、この事実の
みでは右以外のインフルエンザワクチンによるギランバレー症候群発生の可能性を一般的
に否定するには足りない。そして、成立に争いのない乙第一一号証に証人Aの証言を総合
すれば、公衆衛生審議会予防接種健康被害認定部会は、昭和五五年、インフルエンザHA
ワクチン接種後発現した多発性神経炎の事例について、アメリカ合衆国での発生報告など
から右ワクチン接種との因果関係を否定できないとの結論を出していることを認めること
ができる、ギランバレー症候群はアデム同様髄鞘そのものに対するアレルギー反応で。)

るにかかわらず、右(1)の考え方によつては右発症機序の説明がつかないことは、証人
A自身自認する証言をしているところであつて、これらのことに前掲甲第四三号証、第五
七号証の三を合わせ考慮すれば、右(2)の事実から一般的にアデム(ワクチン接種後脳
脊髄炎)の原因物質を右(1)のようにせまく脳(神経)物質のみに限定することの合理
性には疑問が残るものといわざるをえない。
また、被告は、末梢神経と中枢神経とでは髄鞘の化学成分は異なつているから末梢神経の
アレルギーが生じれば中枢神経のアレルギーも発生しうるということは科学的根拠がない
旨主張する。しかしながら、右主張はアデムの原因物質を前記(1)のように考える立場
に基づくものと解されるところ、右のような考え自体の合理性に疑問が存する以上、右被
告の主張自体妥当性を欠くものというべきである。
他方において、前掲甲第四〇号証は、ワクチン接種後脳脊髄炎の原因物質として、種痘の
ような生ワクチンは別としても、不活化ワクチンにつき動物の神経組織のみならずその他
の異種蛋白をもあげており、また、前掲甲第四三号証によれば、バーネツトは、神経組織
を含まないある種の生ワクチン及び不活化ワクチンにも動物の神経組織に共通する抗原性
があり、また接種後にもこの種の共通抗原が形成され、
それらが攻撃的な共通抗体その他を産生し、その結果神経系の脱髄炎がひき起こされると
いう自己免疫反応としてワクチン接種後脳脊髄炎の発症機序の説明を試みていることが認
められる。もつとも、同号証によれば、神経組織のどの分画に抗原性があり、それが確実
に脱髄炎をひき起こすか否かの点についてはいぜんとしてなお確実さと明瞭さを欠いてお
り、右バーネツトの説は現在なお仮説の域を脱するものとはいえないものと認めることが
できるけれども、右仮説を既存の医学上の知見と矛盾するものとして否定すべき論拠を見
出しうる証拠もない。
以上によれば、HAワクチンからアデムが発症する可能性については、医学上これを否定
すべきとする立場に疑問が残り、他方右可能性を肯定する説があり、右説は医学上の経験
的事実(Aニユージヤージー型ワクチンからのギランバレー症候群の発生)に基づく帰結
であつて、右発症のメカニズムについて既存の医学上の知見と矛盾せずに科学的な説明が
できるのであるから、HAワクチンの接種とアデムとの間に理論上の因果関係を否定する
ことはできない。
(3)次に、文献上の症例報告について検討するに、原告挙示の証拠によるも、過去に
インフルエンザワクチンの接種によりアデムが起こつたとの症例報告の存在を認めること
はできない(原告主張のBら及びCの各報告は、被告の反論に係る疑問を解明するに足り
る証拠のない本件では、右症例報告の一と認めることはできない。しかしながら、前。)

1(三)で判示したところによれば、右の点から直ちに右ワクチンの接種によるアデム発
症の可能性を否定すべきでないことは明らかである。
成立に争いのない甲第一九号証、第二二、第二三号証によれば、たしかにウエルズ、シユ
テール、エーレングートは、各その論文において被告主張(5因果関係の有無についての
被告の主張(三(2(ハ)のとおり記述していることを認めることができる。しかし)))

がら、右各証拠によれば、右著者らはいずれも原告主張のようにインフルエンザワクチン
による神経疾患の発現の可能性を全く否定してはいないものと認めるのが相当である。ま
た、成立に争いのない乙第二〇号証の一、二、第二一号証によれば、ヘネツセンら及びグ
エレロらはそれぞれ被告主張(5因果関係の有無についての被告の主張(三(2(イ)))

(ロ)のとおりの報告をしていることが認められる。)
しかしながら、前記1(三)で判示した疫学的研究の不完全性に証人Hの証言を考え合わ
せれば、未だ右ヘネツセンも及びグエレロらの報告をもつてインフルエンザワクチン接種
によるアレルギー性脳脊髄炎の発症の可能性を否定すべき論拠とするに足りないものとい
うべきである。
以上要するに、文献上の症例報告からは、インフルエンザワクチンの接種によるアデム発
症の可能性を肯定すべきものとも否定すべきものとも決し難いものというほかはない。
そして、証人Gの証言に弁論の全趣旨を総合すれば、我国におけるインフルエンザワクチ
ン接種後のアレルギー性脳炎の発生頻度を正確に把握するうえで信頼できるデータがいま
だ存しないことを認めることができるから、そうである以上これと偶発的(すなわち特発
性の)アレルギー性脳炎の発生頻度との比較による疫学的判断もまた不可能に帰すること
になる。
(4)以上の点を総合すれば、前記(1)未段の判断は被告挙示の各証拠によつてもこ
れを覆す要をみないものである。すくなくとも、HAワクチンからアデム(ワクチン接種
後脳脊髄炎)が生ずることが理論的に又は経験上否定されるものということができないこ
とは、右(2)及び(3)で判示したところから明らかである。
してみれば、本件疾病は本件ワクチン接種との間の因果関係を肯定するための第一要件を
充足するものというべきである。
(5)インフルエンザワクチンの接種によりアデムが発症する可能性を認めた場合に、
前掲甲第四〇号証、第五七号証の三及び証人I、同Hの各証言を総合すれば、その原因物
質としては1同ワクチンの本体をなすインフルエンザウイルスの化学的物質自体イ、()(
ンフルエンザの自然感染でも急性脱髄性脳炎が見られ、ワクチンの場合インフルエンザウ
イルスは不活化されてはいるが、その化学的物質はワクチン中に残つていることから、そ
の可能性が考えられる(2)同ワクチン製造過程でこれに必然的に含有されることと。)、

る鶏卵成分が考えられる。もつとも、証人Hの証言によれば、右のほかワクチン製造過程
でワクチン中に混入することがある夾雑物も原因物質となる可能性が認められるけれど
も、
この点は、右証言によつてもワクチン製造上必然的に随伴する現象とまでは認めることが
できず、このような可能性を具体的に窺わせるべき証拠は存しないから、
本件においては、右の可能性を判断の基礎とすることはできない。
被告は、HAワクチンの製造方法及び卵蛋白による通常の副反応の類型(アナフイラキシ
ー・シヨツク)から、卵蛋白が原因物質であるとは考え難いと主張し、証人Aは右主張に
そう証言をする。なるほど、成立に争いのない乙第一〇号証の一、二及び証人Gの証言に
よれば、HAワクチンの製造方法は被告主張(5因果関係の有無についての被告の主張
(三)
(3(イ)のとおりであることを認めることができる。しかしながら、成立に争いの))

い甲第一四号証及び証人Hの証言によれば、右の製造方法によつてもHAワクチンから卵
白成分を完全に除去することはできず、しかして、卵白成分である卵アルブミンが遅延型
アレルギー反応の抗原となりえないものとの医学上の定説はなく、むしろ、過去に報告さ
れたインフルエンザワクチン接種後の神経障害の症例では卵蛋白に対する過敏性が異常免
疫反応の重要な惹起因子とみなされていること、以上の事実を認めることができ、右事実
に照らせば、証人Aの前記証言はたやすく措信できず、他に被告の前記主張を支持する証
拠はない。
(6)原告の卵アレルギーについて
なお、右の点に関連して、被告は、原告には卵アレルギーがなかつたから、インフルエン
ザワクチン中の卵蛋白と本件症状との因果関係は否定される、と主張する。
しかしながら、ワクチン接種後脳脊髄炎の原因物質としてはワクチン中の卵蛋白以外にイ
ンフルエンザウイルスの化学的物質自体も考えられることは前記判示したとおりであるか
ら、仮に原告に卵アレルギーがなかつたとしてもこれによつて本件疾病がインフルエンザ
ワクチン接種による可能性を否定すべきことにはならない。のみならず、前掲甲第一四号
証及び証人D、同I、同Hの各証言を総合すれば、原告は発病の約一四〇日後に行われた
卵白による皮肉テストから七日ないし一〇日経過した時点で検査の結果、髄液中の免疫グ
ロブリンに性質の変化、量の増加が見られたが、これは原告が卵蛋白によつて既に感作さ
れていたことを示すこと、なお、原告は右皮内テストの際反応がマイナスであつたが、こ
のことは必ずしも右のように解することの妨げとはならないことを認めることができ、証
人G、
同Aの各証言中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしてたやすく措信できず、他に右
認定を覆すに足りる証拠はない。上叙認定の事実に徴すれば、原告の本件疾病は卵蛋白を
抗原とするアレルギー反応とみる余地が残るものというべきであるから(前掲甲第一四号
証に弁論の全趣旨を総合すれば、原告は本件ワクチン接種に至るまで日常生活上卵アレル
ギーはみられなかつた事実が認められる。しかしながら、前記の検査所見から以上のとお
り判断されるのであるから、単に右の事実をもつてこの判断を妨げることはできない、。)
被告の前記主張は失当である。
(二)第二要件の充足について
(1)本件疾病が第二要件のうち本件ワクチンとの空間的密接性を有することは明らか
である。
(2)すすんで、時間的密接性の要件を充足するかどうかにつき検討する。
(イ)前掲甲第五七号証の二、三及び証人Hの証言を総合すれば、ワクチン接種によつ
てアレルギー性副反応が発生するまでに要する時間は、即時型アナフイラキシー反応であ
る急性脳症型の場合には接種後数十時間以内と短いのが通常であるのに対して、遅延型ア
レルギーによるワクチン接種後脳髄炎においては接種後数日から十数日、更には数十日を
要するが、早ければ接種後四日位まで潜伏期間が短縮されうることを認めることができる
(なお、原告の挙示する甲第四四号証の二は、被告の主張するとおり、その調査に係るア
ンケートがどのような条件のもとになされ、どのような分析がなされたのかが不明である
から、これを右潜伏期間の認定の用に供することはできない。。)
他方、前叙第一項で確定した原告の発病の経過(請求の原因2(一)の事実)によれば、
原告による本件疾病の発症は本件ワクチン接種から四日後の昭和五二年一〇月二九日夕刻
と認めるのが相当である(成立に争いのない甲第五号証、第一三号証によれば、原告はそ
の二日前ころから便秘をしていた事実を認めることができるけれども、その間右便秘以外
にアデムの発症を窺わせるような症状の発現は認められず、右便秘がアデムによる膀胱直
腸障害と認めるに足りる証拠はない。。)
そうとすれば、本件疾病は、本件ワクチン接種による遅延型アレルギー反応としてのアデ
ム(ワクチン接種後脳脊髄炎)の発症可能期開内に発症したものと認められるから、
本件ワクチン接種との時間的密接性をも肯認できるものというべきである。
(ロ)これに対して、証人G、同Aは、ワクチン接種によりアデムが発症する場合その
潜伏期は二週間位を要すると考えられるから、ワクチン接種後遅くとも四日目に発病して
いる原告の本件疾病は本件ワクチン接種によるものとは考えられない、と証言する。右潜
伏期算定の根拠となつているのが(1)ワクチン接種後脳脊髄炎と病理像が類似してい、

ところから、その実験的モデルと考えられる実験的アレルギー性脳脊髄炎(EAE)によ
れば、抗原接種後アデムを発症させるまでの期間は通常二週間位であつて、いかにこれを
短縮させるよう操作を加えても一週間は要すること(2)狂犬病ワクチンにおいても、、

伏期はワクチン接種後二、三週間と考えられていること、の二点であることは右各証人の
証言から明らかである。しかしながら、前記(一(2)で述べたように、アデム(ワク)

ン接種後脳脊髄炎)の発症機序は未だ完全に解明されるには至つていないのであつて、イ
ンフルエンザワクチンによつてアデムが起こりうることを前提にした場合にこれがその発
症時間について動物実験によるEAEにおけるそれと近似性を有することを断定しうべき
証拠はない。したがつて、右(1)はこれと合致しない潜伏期の可能性を排除する根拠と
しては合理性に欠ける。また、前掲甲第四〇号証、第四三号証、第五七号証の二、三及び
証人Hの証言によれば、アレルギー性脳炎の潜伏期は個人によつて相当の差があり、接種
後の経過期間と発症個体数の関係をグラフにすると自然曲線になるのであつて、疫学的に
は右曲線のピークを中心にして潜伏期間を考えるのであるが、そのことは必ずしも右ピー
ク時以外の発症をありえないとするわけではないこと、また、右潜伏期はワクチンの種類
によつても差異があり、同じくアデム発病の可能性が一般に承認されている種痘と狂犬病
ワクチンとでも疫学的に見て潜伏期間に差異が認められていること、以上の事実を認める
ことができ、右の事実に照らせば前記(2)も個別的なケースでインフルエンザワクチン
接種後四日目にアデムが発症する可能性を否定すべき根拠とは認め難い。
むしろ、右認定に供した各証拠を総合すれば、遅延型アレルギー反応の潜伏期を考える場
合、免疫学的側面を重視しなければならず、
抗原(ワクチン)に対する抗体産生の感受性が先行的に上昇しておれば、その後の同一抗
原参加によつて発展する遅延型アレルギー反応は通常の潜伏期よりも短縮されうることを
。、、認めることができるそして成立に争いのない甲第一三号証及び証人Hの証言によれば
原告は本件ワクチン接種以前既にインフルエンザワクチンの接種を昭和四二年(二回、)

和四三年(二回、昭和四六年(二回)の計六回受けており、この事実はそれによつて原)

のリンパ球が感作され、インフルエンザワクチン中の抗原物質に対する抗体産生の感受性
が先行的に上昇していたと考えるに十分であり、最後の接種から六年経過していることは
何ら右のように考える妨げとはならないこと、その場合には本件のように接種後四日で発
病しても不自然とはいい難いこと、を認めることができる。
以上の諸点に照らせば、証人G、同Aの前記証言はたやすく措信できず、他に前記(イ)
の判断を妨げるべき証拠はない。
(3)以上によれば、本件疾病は本件ワクチン接種との因果関係肯定のための第二要件
を充足するものというべきである。
(三)第三要件の充足について
(1)被告は、原告が本件疾病の発病時ムンプスに感染しており、本件疾病はムンプス
による脳炎の可能性が十分考えられる旨主張する。そこで、前記第三要件の内容にかんが
みて、本件疾病が本件ワクチン接種よりもムンプス感染によるものと考えるほうが合理性
があるかどうかにつき、以下検討する。
まず、被告は、原告が本件疾病発症時ムンプスに罹患していたとする根拠として(1)、

ンプスウイルス補体結合反応の上昇及び(2)心室性期外収縮の出現の二点をあげる。な
るほど、前掲甲第一三号証、成立に争いのない甲第一二号証、第二九号証によれば、原告
につき、昭和五二年一一月五日、同月七日、同月二〇日、同月二二日、同年一二月七日、
昭和五三年六月一七日の六回にわたつて対血清におけるウイルス補体結合(CF)反応の
検査が行われたところ、ムンプスウイルスのCF抗体価は、順次四倍未満、四倍未満、八
倍、八倍、四倍、四倍未満と変動したことを認めることができる。そして、証人Gの証言
中には、右の数値は昭和五二年一一月七日の四倍未満から同月二〇日の八倍へ二段階の上
昇がみられることから、
原告は当時ムンプスに感染していたものとみるべきである旨右(1)の主張にそう部分が
ある。しかしながら、証人Hの証言によれば、ムンプスに感染した場合には右CF抗体価
は少なくとも一六倍から三二倍程度まで上昇するのが通常であり、しかも右価はその後も
右上昇した数値を維持していなければならないのであつて、右のようにCF抗体価が四倍
未満から八倍に上昇した程度では、ムンプス感染の有無の判断の基準となる二段階の上昇
があつたとみるには上昇の程度が少なすぎ、この程度の上昇は手技のブレにすぎないとみ
る余地もあること、また右上昇した抗体価が右上昇の後短期間に下降してしまつたのはム
ンプス感染によるものとしては不自然であること、他方、ムンプスのCF抗体価の変動は
ムンプス感染の場合のみならず、パラインフルエンザの流行時にとも上がりすることもあ
ること、以上の事実を認めることができる。
そして、成立に争いのない乙第五号証、証人D、同Hの各証言を総合すれば、ムンプスに
感染した場合には特徴的な臨床症状として耳下線の腫脹が見られるところ、原告にはこの
症状は認められなかつたこと、原告については、前記対血清におけるムンプスウイルスの
補体結合反応の上昇が見られたのと同じころこれと並行して髄液中のムンプスウイルス抗
体価の検査も行われたが、右抗体価に有意の上昇は見られず、また、髄液その他からムン
プスウイルスが分離されたこともなかつたこと、以上の事実を認めることができる一方、
当時原告が感染を受けるようなムンプスの流行があつたことを認めるべき証拠はない。も
つとも、前掲乙第五号証及び証人Gの証言によれば、ムンプスには耳下腺の腫脹等の臨床
症状の見られない不顕性の感染も存在することが認められるけれども、証人Hの証言によ
れば、このような場合になおムンプスの感染があつたものと診断するためには、顕性の場
合に比して一層血清学的反応が明らかでなければならないところ、前記の程度のCF抗体
価の上昇では到底右の条件を満たすものとはいえないものと認めることができる。
以上の各点を考慮して原告がムンプスに感染したものとは認められないとした証人H、同
Dの各証言に照らせば、原告が当時ムンプスに感染していたとみるべきである旨の証人G
の証言は措信できない。
次に、
成立に争いのない甲第一一号証によれば、原告は、昭和五二年一一月六日から翌七日にか
けて胸痛を伴う心室性期外収縮が発現したことを認めることができる。しかしながら、証
人Gの証言によつてもムンプスに特異的な症状とはいえないことが明らかな右症状を除け
ば、臨床的にも血清学的にも原告がムンプスに感染していたものと診断すべき根拠を欠く
本件において、右症状から直ちに原告がムンプスに感染していたものと認めることはでき
ない。
以上のほか、原告が本件疾病の発現当時ムンプスに感染していたものと認めるに足りる証
拠はない。そうとすれば、本件疾病はムンプスによる脳炎の可能性が考えられる旨の被告
の主張はその前提を欠き失当というべきである。仮に被告主張(5因果関係の有無につい
ての被告の主張(六(2(イ)ないし(二)のとおりムンプス感染によつて原告の呈)))

たような神経症状が発現しうるとしても、以上判示したところに照らせば、本件疾病が本
件ワクチン接種よりもムンプス感染によるものと考えるほうが合理性があるものとは到底
認め難い。
(2)右(1)のほか、原告の本件疾病が本件ワクチン接種よりも他の原因又は原因不
明によるものと考えるほうが合理性があるものと認めるべき証拠はない。
(3)以上によれば、本件疾病は本件ワクチン接種との因果関係を肯定すべき第三要件
をも充足するものというベきである。
(四)以上(一)ないし(三)によれば、本件疾病は本件ワクチン接種との間に因果関
係を肯定するに必要な三要件をすべて具備しており、かつ、右要件の具備にもかかわらず
右因果関係を否定すべき特段の事情は認められないから、本件救済制度の適用上本件疾病
は本件ワクチン接種によつて起こつたものと認めるのが相当である。
(本件処分の違法性)
四前項で判示したところによれば、本体疾病と本件ワクチン接種との間に因果関係は認
められないとの公衆衛生審議会の結論に基づき本件疾病については法第一六条第一項の規
定による因果関係の認定をすることができないとした厚生大臣の判断は誤りであつて、こ
れに基づいてした被告の本件棄却処分は誤つた事実を前提としてなされた違法なものとい
うべきであり、取消しを免れない。
(むすび)
五以上の次第であるから、原告の請求は理由があるので認容することとし、訴訟費用の
負担につき行政事件訴訟法第七条、
民事訴訟法第八九条の規定を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官櫻井敏雄信濃孝一古部山龍弥)

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