弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 検察官の上告趣意のうち判例違反を主張する点は、所論引用の判例は本件と事案
を異にし、適切とは認め難いから、論旨は前提を欠き、その余は、単なる法令違反
の主張であつて、すべて刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
 しかし、所論にかんがみ、職権により調査すると、まず、原判決が判示するとこ
ろによれば、
 (一) 被告人らは、昭和三七年七月一日施行の参議院議員選挙に際し、東京地
方区から立候補したA党所属のBを支持したこと、
 (二) 同年六月二五日、東京都葛飾区a町被告人C宅に同被告人、被告人D、
同E、F、Gらが集合した際、B候補の票読みを行なつたが、その時、被告人Cは、
「今の状勢ではBさんが危い。選挙まであと何日もないから明日からHさんのとこ
ろに行つて署名運動をやつてくれ。この署名運動をやればBさんの票がいくらかで
も増える。」等と述べたこと、
 (三) 同月二六日葛飾区b町被告人H方に、同被告人、被告人D、同E、Fら
が集合した際、被告人Hは、「選挙も間近いからやつてくれ。署名と一緒にIも持
つて行つてくれ。Iも一部五円で買つてもらえ。そうすれば、A党のことがよくわ
かるし、選挙でも有利になる。ただし、ただでやると選挙違反になるから売つてく
れ。」等と述べたこと、
 (四) Fほか二名が同二六日同選挙区の選挙人である葛飾区c町J住宅K方ほ
か五カ所を戸別に訪問し、同人らに対し、物価値上げ反対署名という表示を有し、
A党名義の記載のある署名簿を示して署名を求めたこと、被告人D、同E、Fが同
月二七日同選挙区の選挙人であるc町L社宅M方ほか一二カ所を戸別に訪問し、同
人らに対し同様の署名を求めたこと、被告人D、同E、Gが同月二八日同選挙区の
選挙人であるc町N住宅O方を訪問し、同人に対し同様の署名を求めたこと、
 (五) 右署名簿の内容として、物価値上げに反対し、引下げを要求する趣旨、
ならびに物価を上げる高度成長政策をやめることや、軍事費を人民の生活向上にま
わすこと等を要求する趣旨の記載があること、
 (六) 右の署名運動は、署名簿の署名欄に署名を求める方法によりなされたも
のであるが、前記のとおり各戸を訪問した被告人その他の訪問者らは、訪問先にお
いて、まず、「A党の者ですが」と言つた後、「物価値上げ反対運動の署名をお願
いします。」と言つて署名を求めるか、あるいは、「物価値上げ反対運動の署名を
お願いします。」と言つてから「A党の者ですが一と言つて署名を求めたものであ
ること、
 が証拠上認められるというのである。
 そして、第一審判決は、その挙示する証拠によつて、被告人らの所為が前記選挙
に関しB候補に投票を得しめる目的をもつて署名運動をし、かつ、選挙運動のため
戸別にA党の名称を言い歩いたものと認め、公職選挙法一三八条の二および一三八
条二項を適用したのである。
 これに対し、原判決は、上記事実が認められるとしながらも、本件署名運動なる
ものが何らの意味においてもB候補の当選ということと無関係であるといい得ない
ことは明らかであるが、全証拠を総合すれば、被告人らにB候補に投票を得しめる
目的があり、そのため署名運動に名を藉りたものであるとは明認することができず、
せいぜい戸別に物価値上げ反対の署名運動をすることによりB候補に対する投票が
いくらかでも増すであろうということを期待する考えが存したに過ぎないと認め得
る程度であるが、その程度の意識というものは、これを公職選挙法一三八条の二所
定の「選挙に関し投票を得しめる目的がある」というには足りないと認める次第で
あり、かつ、このことと相俟つて、被告人その他の者らが各戸を訪問する際「A党
の者ですが」と言つて物価値上げ反対の署名を求め、あるいは署名を求めた後に「
A党の者ですが」と言つた程度の所為をもつて、A党の名称を選挙人に強く印象づ
けることによりB候補の投票を得るという選挙運動がなされたものと認めるには不
十分であり、従つて、公職選挙法一三八条二項の違反があると認めることも困難で
あるとし、なお、第一審判決判示第三の事実のうち六月二八日P方においてQに対
し違法の署名運動をし、かつ、A党の名称を言い歩いたという事実は、被告人らに
おいて自発的かつ任意にP方を訪問したのではなく、N住宅内の居住者らにP方に
連れ込まれ、いわゆるつるし上げを受けたと認めるべき場合であるから、なおさら
本件違反事実の有無を論ずるには足りないというべく、結局、本件は全部犯罪の証
明がないと判示し、被告人らに対し無罪の言渡しをしたのである。
 しかしながら、第一審判決挙示の証拠によれば、原判決判示の前記事実のほかに、
 (一) 前記署名簿の署名により賛同を求めようとする物価値上げ反対等の項目
は、A党が昭和三七年七月施行の参議院議員選挙を目標として掲げた政策であり、
選挙運動推進のスローガンであること、そしてBは同選挙において東京地方区から
立候補したA党唯一の候補者であり、その政見として同旨のスローガンを掲げてい
たこと、
 (二) 被告人らは、いずれもB候補の属するA党の党員ないしその同調者であ
つて、同候補者の当選のために選挙活動にあたつていたこと、
 (三) 被告人らが、前記のとおり、投票日に極めて接近した六月二五日、二六
日に会合し、署名運動をすればB候補の票が増えることを予測し、これを行なう旨
相謀つたこと、そして、これに基づき、前記のとおり、二六日からその実行を開始
し、二七日、二八日と連続して前記各戸を訪問して署名を求めたこと、
 (四) 本件各戸訪問の際購読してもらうために携行し、一部では購入してもら
つたI号外(昭和三七年六月二三日付)には、第一面からほとんど全面的にB候補
の写真、政見、これを推薦する趣旨の記事等同人の選挙に関する記事が掲載されて
いたこと、
等の事実がうかがわれるのである。
 そして、以上の原判示事実ならびに第一審判決挙示の証拠によりうかがわれる右
事実全体を総合して考察すれば、被告人らの本件所為は、第一審判決判示第三の事
実のうちP方におけるQに対する行為を除いて、前記選挙に関し、B候補に投票を
得しめる目的をもつて選挙人に署名運動をし、かつ、同候補の選挙運動のため戸別
にA党の名称を言い歩いたものと認定する余地があると認められる。
 ところが、第一審判決判示第三の事実のうちP方におけるQに対する行為を除い
て、原判決が、その判示する事実以外の、第一審判決挙示の証拠によりうかがわれ
る前記のような事実について十分に検討することなく、要旨前記のような理由のも
とに犯罪の証明がないものとして無罪の言渡しをしたのは、審理を尽くさないこと
による重大な事実の誤認があるか、または法令の解釈適用に誤りがあるものという
べく、これが判決に影響し、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものであ
ることは明らかであるといわなければならない。
 なお、原判決が、第一審判決判示第三の事実のうちP方におけるQに対する行為
の点について、その点の特殊な事情によつて犯罪の証明がないとしたことは、結論
において首肯できないではないが、この点は一罪のうちの一部の事実であるから、
その余の事実に関して原判決を破棄する以上、原判決全部を破棄しなければならな
い。
 よつて、刑訴法四一一条一号および三号、四一三条本文により、原判決を破棄し、
さらに審理を尽くさせるために事件を原裁判所に差し戻すことにして、裁判官全員
一致の意見で、主文のとおり判決する。
 検察官 沢田隆義公判出席
  昭和四三年一二月二四日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    下   村   三   郎
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    松   本   正   雄

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