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裁判例


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       主   文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
       事実及び理由
第一 当事者の求める裁判
一 控訴人ら
 主文同旨
二 被控訴人
 本件控訴を棄却する。
第二 事案の概要
 次のとおり付け加えるほかは原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」
に記載のとおりであるから、これを引用する。
一 被控訴人の主張
1 在留特別許可の性質等
 本件において控訴人は在留特別許可を付与しない処分の違法性に関する判断基準
を複数主張しており、その主張は不明確である。在留特別許可が恩恵的措置である
などとする控訴人の主張は、在留特別許可の制度趣旨及び実務や判例の無理解によ
るものである。
 在留特別許可は日本人と婚姻した外国人等の在留に、その事実ゆえに保護される
べき利益を見出す制度である。入管法四九条一項が異議申出権を認めていることか
らしても、不法在留者には在留特別許可申請権があると解すべきである。在留特別
許可は申請者が不法在留者であることを当然の前提としている以上、不法在留が犯
罪であることや有罪判決の存在は意味を有するものではない。同法五○条一項三号
が規定する在留特別許可が制度として存在する以上、不法在留中にも法的保護に値
するものがあることは所与の前提であり、本件において日本人と婚姻した外国人で
ある被控訴人につき婚姻の事実や実態が本件裁決の違法性判断の中心問題となるの
は当然である。
 在留特別許可の実務は控訴人らの主張と正反対である。日本人等との婚姻事案に
おいては婚姻の事実及び日本での夫婦生活の意思が同法五〇条一項三号の「特別に
在留を許可すべき事情」として扱われている(甲八三の1、2)。不法在留の長期
化や就労は在留特別許可に関しては有利に扱われている事情である。在留資格のな
い外国人は法的保護を受けられず、法務大臣に刑事司法的な法秩序回復の責務があ
るとすれば、年間二〇〇〇件に及ぶ許可が与えられている事実は説明できない。法
務省入国管理局長の平成四年四月八日付け、平成八年八月一日付け及び平成一一年
四月一六日付け各通達は、日本人等と婚姻しその婚姻に信憑性及び安定性が認めら
れ者等につき、許可をすることを通例とし、その裁決は地方入国管理局長の専決と
する旨を定めており、専決案件は全件が、そうでない場合(進達案件)でも右婚姻
事案
についてはそのほとんどに許可がされている。平成七年ないし九年の間の裁決にお
ける許可の割合は八五・九ないし九一・九パーセントで、許可されたもののうち四
九件ないし五七件が刑罰法令違反(有罪判決)がある場合であって、不法在留で有
罪判決を受けたとの事情は許否には全く影響しない(甲四〇、六六ないし六八)。
法務大臣は平成一二年二月二日に在留特別許可の基準を緩和する新基準(入国後一
〇年経過して子供が日本の学校に通学する等日本社会への定着が認められること)
に基づき、日本人と何らの身分関係がない外国人に対しても在留特別許可を与えて
いる(甲六三ないし六五)。
 控訴人らが援用する昭和五三年最高裁判所判決における一般論は本件に妥当しな
い。現在の判例理論は日本人の配偶者の事案につき自由裁量論を採用せず、夫婦の
実態等に関する事実認定と評価に基づき存留期間更新不許可処分の適否を判断して
いる。
2 本件裁決の違法性の存否等
 入管法五〇条一項三号は個別具体的な事情により在留特別許可をすることを予定
しており、本件裁決がこれを考慮せずに行われたものであれば右規定に反する。外
国人登録の遅延が在留特別許可の判断に影響を与えた事例はなく、これを考慮して
本件裁決をしたとする控訴人らの主張は本件訴訟になって考え出されたものにすぎ
ない。婚姻関係が未成熟である旨の控訴人の主張は不明確であり、独自の見解にす
ぎない。前記新基準に照らしても日本人の配偶者の地位にある被控訴人に在留特別
許可が与えられるべきことは明白である。
二 控訴人らの主張
1 在留特別許可の性質等
 外国人には憲法上も日本に在留する権利はなく、外国人に対する基本的人権の保
障は、本来憲法の保障が及ばず、外国人存留制度のわく内(国の裁量によって与え
られる在留という基盤の上)において与えられているにすぎない。適法に在留して
いた外国人に対する入管法二一条三項に基づく在留期間更新事由の有無の判断は法
務大臣の広範な裁量に委ねられており、その判断が全く事実の基礎を欠き又は社会
通念上著しく妥当性を欠く場合に限り、裁量権の範囲を超え又はその濫用があった
ものとして違法となる(最高裁判所昭和五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻
七号一二二三頁)。B規約二三条も法務大臣の裁量を拘束する根拠たり得ないし、
法務大臣の判断を拘束する条理は存在しない。
 入管法五〇条一項三号所定の在留特別許可は
在留期間更新の場合と異なり不法在留者等の退去強制事由に該当する者を対象とし
ており、右許可の付与は法務大臣の極めて広範な自由裁量(在留期間更新の場合よ
りも広い自由裁量)に基づく恩恵的措置である(最高裁判所昭和三四年一一月一〇
日第三小法廷判決・民集三巻一二号一四九三頁)。したがって、これを与えなかっ
た法務大臣の判断が違法とされるのは、在留特別許可の制度を設けた法の趣旨に明
らかに反するなどの極めて特別な事情(違法行為があって法律上当然に退去強制さ
れるべき外国人について、右違法行為があってもなお本邦に在留することを認めな
ければならない積極的な理由)が認められる場合に限られる。このことは同号の規
定が概括的であること、在留特別許可はその申請権が一切認められておらず、いわ
ば請求権なき者に一方的に利益を付与するものあること、難民であっても当然に在
留特別許可が付与されるのではなく難民であることは付与するか否かを判断する際
の、事情にすぎないこと(同法六一条の二の八)からも明らかである。なお、同法
四九条一項所定の異議の申出は法務大臣に退去強制事由に該当するか否かの最終判
断を求めるものにすぎず、これによって在留特別許可の申請権があるとすることは
できない。
2 本件裁決の違法性の存否等
 本件裁決に違法性は存しない。本件において裁量権の逸脱又は濫用があったこと
を基礎付ける具体的事実(評価根拠事実)の立証はなく、外国人が日本人と婚姻し
た場合において、控訴人法務大臣が当該外国人の在留を認めるのを相当としない事
情がある場合に当たることを立証しなければ同控訴人の判断が違法となるとするこ
とは、実質的に立証責任を転換させるものであって最高裁判所昭和五五年一一月二
五日判決(乙一九)に違背する。
 被控訴人は一〇年以上の長期にわたり不法在留(刑事判決で確定している。)
し、不法就労という出入国管理上看過できない行為を行っていた者である。不法在
留以外の犯罪を犯さずに生活していたとしてもそれを平穏な不法在留などと評価す
ることはできないし、被控訴人に対する基本的人権の保障が在留許否決定の裁量を
拘束するような範囲にまで及んでいるとすることはできない。また被控訴人の外国
人登録法三条一項による新規登録義務違反は外国人の公正な管理を阻害する悪質な
ものである。
 憲法二四条は日本人と婚姻した外国人に対し我が国から退去を強制されないと
いう権利を保障すべき根拠となるものではなく、被控訴人とAの婚姻関係も成熟し
ていたものとは評価できない。退去強制されるべき違法行為を基礎として築き上げ
られた夫婦関係が存しても、それに基づく生活はそもそも清算を余儀なくされる性
質のものであり、右夫婦関係の存在のみをもって在留特別許可を与えなければなら
ないとすることは前掲昭和五三年最高裁判所判決の趣旨に反する(なお最高裁判所
昭和五四年一〇月二三日第三小法廷判決・訟務月報二六巻三号四六八頁)。
第三 証拠関係
 本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用す
る。
第四 当裁判所の判断
一 被控訴人が昭和六三年四月三〇日に羽田空港に到着し、在留期間を一五日とす
る上陸許可を受けて我が国に上陸したこと、その後、在留期間更新許可申請又は在
留資格変更許可申請をすることなく右上陸許可の在留期限である同年五月一五日を
超えて不法に在留したことは、いずれも当事者間に争いがない。
二 在留特別許可の性質等
1 憲法は外国人の日本への入国について何ら規定しておらず(憲法二二条一項は
日本国内における居住・移転の自由を保障するにとどまる。)、このことは、国際
慣習法上国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約がない限
り、外国人を受け入れるかどうか、受け入れる場合にいかなる条件を付するかを当
該国家が自由に決定できるとされていることと考えを同じくするものと解される。
したがって、憲法上、外国人は日本に入国する自由が保障されていないことはもと
より、在留する権利ないし引き続き在留することを要求する権利を保障されている
ということはできない。また、右のように外国人の入国及び在留の許否は当該国家
の自由な裁量に委ねられているのであるから、我が国に在留する外国人は、以下に
述べるような入管法に基づく外国人在留制度の枠内でのみ憲法の基本的人権の保障
が与えられているにすぎないものであると解される(最高裁判所大法廷昭和五三年
一〇月四日判決・民集三二巻七号一二二三頁、同昭和三二年六月一九日判決・刑集
一一巻六号一六六三頁参照)。
 入管法は右憲法の趣旨を前提として(入管法二条の二、七条ほか)、外国人に対
し、原則として一定の期間を限り特定の資格により我が国への上陸を許すものとし
ているのであるから、上陸を許された外国人はその在留期間が経過した場合は当然
我が国から
退去しなければならないことになる。そして同法二一条は当該外国人が在留期間の
更新を申請できることとしているが、右申請に対しては法務大臣が「在留期間の更
新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り」これを許可することがで
きるものとされている。これらによると、同法においても在留期間の更新が当該外
国人の権利として保障されているものでないことは明らかであり、法務大臣は更新
事由の有無の判断につき広範な裁量権を有するというべきであって、右判断が裁量
権の範囲を超え又はその濫用があったものとして違法となるのは全く事実の基礎を
欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠く場合に限られるというべきである(前掲昭
和五三年最高裁判所判決)。
2 また、同法五〇条一項三号は、同法四九条一項所定の異議の申出を受理したと
きにおける同条三項所定の裁決に当たって、異議の申出が理由がないと認める場合
でも法務大臣は在留を特別に許可することができる旨定めている。
 これらの規定によると、法務大臣が異議の申出を棄却する裁決は、主任審査官の
判定に対する異議を排斥する処分であるとともに、在留特別許可をすべき場合に当
たらないとしてこれを付与しない(職権発動をしない。)処分としての性質をも有
することになる。そして前記のように外国人には我が国における在留を要求する権
利がないこと、右在留特別許可の対象となるのは(適法に在留している外国人に対
する在留期間更新の場合と異なり)不法在留等により退去強制の対象となる外国人
であること、同法五〇条一項三号は「特別に在留を許可すべき事情があると認める
とき」に在留を特別に許可することができるとだけ定め、右特別に許可すべき事情
に係る法務大臣の判断を羈束する規定は何ら設けられていないことからすると、右
許可を付与するか否かは法務大臣の自由裁量に属し(最高裁判所第三小法廷昭和三
四年一一月一○月判決・民集一三巻一二号一四九三頁)、しかもその裁量権の範囲
は在留期間更新許可の場合より更に広範であると解するのが相当である。したがっ
て、右判断が違法とされるのは、法律上当然に退去強制されるべき外国人について
なお我が国に在留することを認めなければならない積極的な理由が認められるよう
な場合に限られるというべきである(以上のこと及び後記のとおり在留特別許可申
請権があるとは解されないことからすると、在留特別許可の付与は、い
わば請求権なき者に利益を一方的に与える措置であるということができる。)。
3 以上に関し、被控訴人は同法四九条一項が異議申出権を認めていることからし
ても不法在留者には在留特別許可申請権があると解すべきであり、在留特別許可の
制度は日本人と婚姻した外国人等の在留につきその事実ゆえに保護されるべき利益
を見出すものである等と主張する。
 しかし、前記憲法の趣旨、入管法四九条及び五〇条の各規定の文言と両条の関係
からすると、我が国に不法在留する外国人に在留特別許可申請権があるとは到底解
することはできず、また、当該外国人が日本人と婚姻しており、あるいは後記不法
在留等以外の犯罪に該当する行為を何ら行っていなかったとしても、それらは在留
特別許可の判断に当たって法的に保護されるべき事情であるとはいえず、せいぜい
右判断に当たって有利に斟酌されるべき一事情にすぎないというべきである。右被
控訴人の主張は外国人にも我が国に在留することができる権利があることを前提と
するものであり、右前提自体が失当であるのみならず、実定法たる入管法の解釈と
しても採用できないというほかない。そして不法在留が犯罪であることは明らかで
あり、不法在留の事実やこれについての有罪判決があること、あるいは不法就労や
外国人登録法三条一項所定の新規登録義務違反の事実があることは、右判断に当た
って当該外国人に在留特別許可を付与しない事情として斟酌されるのはむしろ当然
というべきである。
三 本件裁決及び本件退令発付処分の違法性の存否
1 争いのない事実並びに証拠(甲一ないし一六、五九、六二、六九、八七、乙な
いし一七(枝番のあるものはこれを含む。)、証人A及び弁論の全趣旨によると、
次の事実が認められる。
(一) 被控訴人は、昭和三八年四月一日にバングラデシュで出生したバングラデ
シュ国籍を有する外国人である。
 被控訴人は、フジタ工業の作業員の募集に応募して昭和六〇年八月にイラクへ赴
き、一緒に仕事をしていた日本人から日本の話を聞いて興味を持つようになった。
(二) 被控訴人は、昭和六三年四月三〇日羽田空港に到着し、外国人入国記録の
「日本滞在予定期間」及び「渡航目的」欄にそれぞれ「FOR 7DAYS(七
日)」、「FOR TOUR(旅行のため)」と記載して上陸申請をし、右同日、
東京入管羽田空港出張所入国審査官から、在留資格を旧入管法四条一項四号所定の
もの、在留期間を一五日とする上陸許可を受け、本邦に上陸した。
 被控訴人は、その後在留期間更新許可申請又は在留資格変更許可申請をすること
なく、右上陸許可の在留期限である同年五月一五日を超えて本邦に不法に残留し
た。
(三) 被控訴人は、同年一一月から千葉県松戸市所在のマルマン物流センターで
稼働することになり、パートとして勤務していたA(昭和一九年一二月二五日生)
と知り合った。
 Aは、シャプラニールというバングラデシュの人々を支援するNGO(非政府組
織)に所属しており、一言だけであるが「こんにちは」という意味のベンガル語を
知っていたので、仕事中に被控訴人に対して「アッサーラワライコム(こんにち
は)」とベンガル語で話しかけ、これをきっかけに、その日のうちに被控訴人とA
は友人になった。
 被控訴人は、マルマン物流センターを二か月ほどで辞め、千葉県船橋市に一緒に
住むことになった甥の紹介で平成元年二月ころから、同市馬込所在の船橋車体で溶
接工として稼働し始めた。
 Aは既婚で、夫のCと当時一七歳と一三歳になる二人の息子とともに千葉県松戸
市内に居住していたが、同月ころ、被控訴人を自宅に招待し家族ともども歓待し
た。以後、被控訴人はAの家族旅行に同行することもあって、Aと家族ぐるみでつ
き合っていたが、同年九月ころ被控訴人の具合が悪くなった際にAが被控訴人を看
病したことから、被控訴人とAは二人きりでつき合いをするようになった。なお、
Aは同年八月ころ、被控訴人から被控訴人がオーバーステイ状態であることを聞い
た。
 同年一二月ころAが被控訴人の家へ行ったときに、被控訴人がAに恋人としてつ
き合ってほしいと告白したが、Aは、当時Cと婚姻していたことや被控訴人より年
がずっと上であることから、友人としてならばつき合えるが恋人として交際するの
は難しいと答えた。しかし、被控訴人はその後もあきらめずにAを口説き続け、A
は被控訴人の素朴で素直なところにひかれ、次第に被控訴人のことを単なる友人か
ら恋人として意識するようになった。そして、平成二年二月ころCと子供がAを残
してスキー旅行に出かけた際に、Aは被控訴人の家に泊まった。
 その約三か月後である同年五月一日に、AはCと協議離婚しその旨を届け出た。
離婚の原因は、主に子供の教育方針の違いにあったが、被控訴人との交際も離婚原
因の一つにあった。
(四) 被控訴人は、体を悪くしたこと等
から、同年二月ころ、船橋車体での仕事を辞め、しばらく静養した後、東京、千葉
等で日雇の作業員として稼働した。
 被控訴人とAは、同年一二月ころから千葉市花見川区β所在のアパートで同居す
るようになったが、被控訴人が定職に就いておらず、生活が安定していなかったこ
ともあり、結婚は二人の生活が安定してからでもよいと考えて、婚姻届を提出しな
かった。
 被控訴人は、平成三年九月ころから再び船橋車体に戻って稼働した。
(五) 平成四年一一月ころ、被控訴人の弟であるDが被控訴人を頼って来日し、
被控訴人らと同居するようになり、被控訴人らが船橋市α(最寄り駅は馬込沢駅)
に転居してからも同居を続けた。
 Dは、同年暮れころ船橋市内にある日本建鉄に仕事が見つかり、会社の寮に住み
込みで働くことになったが、日本語が話せない上に慣れない生活にストレスがたま
りノイローゼ気味であったため、被控訴人はDを放っておくことができないとし
て、Dと一緒に日本建鉄に入って仕事をすると言い出した。AはDのことが落ち着
けば自分とのことはまた別に考えられるのではないかと思い、被控訴人と同居がで
きないことを我慢することにした。結局、被控訴人はDと共に日本建鉄の寮で生活
することになり、被控訴人とAの同居は解消された。
 被控訴人とAは、その後も、週末には被控訴人がAのところへ泊まりに行った
り、休日に二人で出かけることもあった。
 その後、被控訴人とDは、日本建鉄から解雇され、平成八年ころから栃木県足利
市所在のタクマ工業所というところで働くようになった。被控訴人が足利市に移っ
てからは、被控訴人とAは月に二、三回くらいの割合で週末に会っていた。
(六) 同年暮れころ、Dは、不法残留者として東京入管当局に拘束され、退去強
制令書の発付を受けて強制送還され、被控訴人も仕事を辞めてしまった。当時経済
的に不安であったこと、Aは看護助手の仕事をしていたが足利には看護助手の求人
がなかったこともあって、被控訴人とAはすぐには同居するに至らなかった。
 Aは、平成九年夏ころから、船橋市役所へ電話をかけたり実際に出向いたりし
て、被控訴人との婚姻の届出をするにはどのような手続が必要かを問い合わせるな
どした。
 平成一〇年一月か二月ころ、被控訴人は栃木県足利市所在の栗田工業で稼働し始
めた。
 被控訴人に安定した仕事が見つかったことから、被控訴人とAは、婚姻届出をし
て同居
するための準備を始めた。Aは同年三月、被控訴人とAの結婚に必要な宣誓口供
書、出生登録認証抄本及び素行証明書をバングラデッシュから取り寄せた。なお右
のうち、宣誓口供書及び素行証明書は同月一八日付けで、出生登録認証抄本は同月
一九日付けでそれぞれバングラデシュにおいて発行されている。Aは、同年八月に
足利市の披控訴人のもとへ行く準備を始め、同月二〇日には当時勤めていた船橋市
内の病院に仕事を辞める旨の申出をした。
(七) 被控訴人は、平成一〇年八月二三日に群馬県太田市内で車を運転中に警察
官の職務質問を受け、入管法違反容疑により群馬県太田警察署員に逮捕された。A
は、同月二四日に被控訴人が逮捕されたことを太田警察署からの連絡で知り、直ち
に被控訴人に会いに太田警察署に行った。
 被控訴人は、同年九月二日、入管法違反(不法残留)事件により前橋地方裁判所
太田支部に起訴され、同年一○月二七日、同支部において入管法違反(不法残留)
により懲役二年、執行猶予三年とする判決の宣告を受け、右判決は同年一一月一一
日確定した。Aは被控訴人の裁判において、証人として被控訴人との交際の経過等
について証言をした。
 Aは右起訴後、右判決前の間の同年九月一六日、船橋市長に対し被控訴人との婚
姻届を提出した。同届出は受理伺とされ、同年一一月二五日ころ受理が決定し、右
届出の日付で受理された。
(八) 東京入管入国警備官は、被控訴人について、同年八月二五日、同日付けの
前橋地方検察庁太田支部からの通報に基づき入管法二四条四号口該当容疑者として
違反調査に着手した。同入国警備官は違反調査を行った結果、被控訴人が入管法二
四条四号ロに該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして、同年一○月二六
日、東京入管主任審査官から収容令書の発付を受け、同月二七日、太田拘置支所に
おいて右収容令書を執行し、右同日、被控訴人を東京入管収容場に収容した。東京
入管入国警備官は、同月二八日、被控訴人を入管法二四条四号口該当容疑者として
東京入管入国審査官に引き渡した。
 被控訴人が東京入管収容場に収容されている間、Aは週に一、二回の割合で被控
訴人に面会に行った。
 東京入管入国審査官は同年一二月二日、審査の結果被控訴人が入管法二四条四号
ロに該当する旨の認定を行い、被控訴人にこれを通知したところ、被控訴人は右同
日口頭審理を請求した。
 東京入管特別審理官は同月九日、被
控訴人代理人の山口弁護士及びA立会いのもと被控訴人について口頭審理を行い、
右同日、入国審査官の前記認定に誤りのない旨の判定をし、被控訴人にこれを通知
したところ、被控訴人は右同日控訴人法務大臣に異議の申出をした。
 東京入管主任審査官は同月一四日、Aからの申請に基づき、仮放免保証金を一〇
〇万円、千葉県船橋市γ四番三棟五〇五号を指定住居として、被控訴人の仮放免を
許可した。
(九) 被控訴人が仮放免されてから、被控訴人とAは船橋市γ四番三棟五〇五号
所在のAの住所において生活を始めた。
 平成一一年になってしばらくたったころ、被控訴人は船橋市所在のタケダ製作所
に溶接工として採用された。
 しかし、控訴人法務大臣は平成一○年一二月二四日、被控訴人の異議の申出は理
由がない旨の裁決(本件裁決)をし、本件裁決の通知を受けた控訴人東京入管主任
審査官は、平成一一年一月一八日、仮放免の際に出頭するように指定された期日に
出頭した被控訴人に対して本件裁決を告知するとともに、退去強制令書(本件退
令)を発付した。そこで東京入管入国警備官は右同日これを執行し、被控訴人を東
京入管収容場に収容した。
 東京入管入国警備官は同年二月三日、被控訴人の身柄を東日本センターに移収し
たが、Aは週に一回の割合で被控訴人のいる東日本センターに面会に行っていた。
(一〇) 被控訴人は同月二九日に本件訴訟を提起し、その請求を認容する原判決
が言い渡された同年一一月一二日に仮放免され、その後Aと同居し、就労してい
る。
2 右認定の事実によると、控訴人法務大臣の本件裁決及び同東京入管主任審査官
の本件退令発付処分はいずれも入管法の定めに従って行われたものであるというこ
とができる。
 そして前記のように控訴人法務大臣は在留特別許可を付与するか否かにつき極め
て広範な裁量権を有しており、本件裁決が違法であるというためには、上陸許可の
在留期限を超えて我が国に不法に在留している被控訴人についてなお我が国に在留
することを認めなければならない積極的な理由が存することが必要であるところ、
前記認定の事実によると、被控訴人の不法在留は昭和六三年五月一六日以降本件裁
決に至るまで一〇年以上にわたっており、Aとの関係は特に深い仲になったとみら
れる平成二年二月ころから終始交際が続いていたと認められるものの、婚姻の届出
がされたのは平成一〇年九月で、被控訴人が起訴され判決を
前にした時期であり、同居期間は同年一二月仮放免を許可された後のものを除くと
平成二年一二月から約二年間にすぎないのであって、これらの点について前記認定
のような事情があったことを考慮しても、本件事実関係の下において被控訴人に対
し在留を認めなければならない積極的な理由があるというのは困難であるといわな
ければならない。そうすると、本件裁決は適法である。
 また、被控訴人東京入管主任審査官は同法務大臣が被控訴人のした異議の申出を
理由がないとする本件裁決をした以上、これに従って本件退令を発付する以外に何
らの権限を与えられていないことは明らかであるところ、前記のように本件裁決が
適法である以上、本件退令発付処分が違法となる余地は存しない。
3 控訴人は、本件裁決の違法性判断の中心問題は被控訴人とAとの婚姻の事実や
その実態である等と主張する。
 しかし、被控訴人とAの婚姻が真意に基づくもので夫婦の実態が十分に備わって
いるとしても、それは不法在留という違法状態の上に築かれたものであってそもそ
も法的保護に値しないものである(最高裁判所第三小法廷昭和五四年一○月二三日
判決・裁判集民事一二八号一七頁、訟務月報二六巻三号四六八頁)し、在留特別許
可を付与するか否かの判断に当たっての一事情にすぎないというべきであり、右婚
姻等の事実の存在をもって直ちに本件裁決が控訴人法務大臣の裁量権の範囲の逸脱
又は濫用によるものであるとすることはできないことは明らかである。また、前記
のように外国人については外国人在留制度の枠内においてのみ憲法に規定される基
本的人権の保障が及ぶにすぎないから、右のように解したとしても憲法二四条等に
抵触するものではなく、右被控訴人の主張は採用できない。
4 被控訴人は、本件裁決はB規約十七条等に違反し、条理にも反する等と主張す
る。
 しかし、外国人の恣意的追放の禁止を定めた同規約一三条は、「合法的に」同規
約締結国の領域内にいる外国人は、「法律に基づいて行われた決定によってのみ」
当該領域から追放できる旨を規定しているところ、被控訴人は不法在留をしている
者であって合法的に我が国の領域内にいるものではないのみならず、本件裁決は法
律に基づいて行われた決定であるから、同規約一七条、二三条等の適用の前提がな
いことは明らかである。また、このような外国人である被控訴人に対し、在留特別
許可を付与すべき条理が存在す
るとすべき根拠は見出せず、被控訴人の右主張は失当である。
 右の各規定の趣旨からすれば、日本人と婚姻し夫婦の実体を形成している外国人
につき控訴人法務大臣が在留特別許可を与えるか否かについて前記のような広範な
裁量権を行使するに当たって、一つの事情として婚姻の実態を斟酌することはあり
得ることではあるが、夫婦関係の維持、継続の保護が主要な要請であり中心的な問
題であるということはできない。
5 被控訴人は、以上のような解釈は在留特別許可に関するいわゆる専決通達や実
務に反する等と主張する。
 しかし、右通達は行政庁たる控訴人法務大臣の処分の妥当性を確保するためのも
のにすぎず、処分が右通達に違背して行われたとしても、そのことは原則として処
分の当不当の問題を生ずるにとどまり、当然に違法となるものではない(前掲昭和
五三年最高裁判所判決参照)。そして控訴人法務大臣の裁量権の範囲の逸脱又は濫
用があった場合には違法の問題を生ずるが、前記のように在留特別許可に関する控
訴人法務大臣の裁量権は極めて広範なものであり、本件裁決については前に例示し
たような裁量権の逸脱又は濫用の場合に該当するとすべき事情は存しない。また、
本件裁決が実務(ほかの多数の事案において在留特別許可が付与されているとの運
用の実情)に反するものであるとしても、右裁量権の本質が実務によって変更され
るものでないことはいうまでもなく(なお右運用実情についても原則として当不当
の問題を生ずるにすぎず、これが違法とされるのは例外的場合に限られる。)、右
主張はいずれも採用できない。
第五 結論
 よって、被控訴人の請求はいずれも理由がなく、これを認容した原判決は不当で
あるからこれを取り消して被控訴人の請求を棄却することし、訴訟費用の負担につ
き行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六七条二項、六一条を適用して、主文のとおり
判決する。
(平成一二年四月一七日口頭弁論終結)
東京高等裁判所第一七民事部
裁判長裁判官 新村正人
裁判官 笠井勝彦
裁判官 田川直之

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