弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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             主         文
    1 原判決中被控訴人に関する部分を次のとおり変更する。
     (1) 被控訴人は,控訴人に対し,700万円及びこれに対する平成1
1年5月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
     (2) 控訴人のその余の請求を棄却する。
    2 訴訟費用は,第1,2審とも,これを10分し,その1を控訴人
の,その余を被控訴人の各負担とする。
    3 この判決は,第1項(1)に限り,仮に執行することができる。
             事 実 及 び 理 由
第1 当事者の求めた裁判
 1 控訴人
  (1) 原判決を取り消す。
  (2) 被控訴人は,控訴人に対し,770万円及びこれに対する平成5年2月
5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 被控訴人
   本件控訴を棄却する。
第2 事案の概要
   本件は,控訴人が,日本画家A(以下「A」という。)の作品であるとし
て被控訴人から買い受けた掛け軸「A」(以下「本件掛け軸」という。)がAの
作品ではなかったとして,主位的に不法行為による損害賠償請求権に基づき,予
備的に不当利得返還請求権(売買契約の錯誤無効又は暴利行為による公序良俗違
反の無効)に基づき,被控訴人及び被控訴人の代表者Cに対し,各自損害金又は
不当利得金770万円(代金相当額700万円と弁護士費用70万円)及びこれ
に対する不法行為日である平成5年2月5日から支払済みまで民法所定の年5分
の割合による遅延損害金の支払を求めたところ,原審においてその請求がいずれ
も棄却されたことを不服として,控訴人が被控訴人に対してのみ控訴した事案で
ある。
 1 争いのない事実
  (1) 被控訴人は絵画その他美術工芸品の販売等を業とする会社である。
  (2) 控訴人は,平成5年2月5日,被控訴人から本件掛け軸を代金700万
円で購入した。
  (3) その際,被控訴人代表者及び同社取締役Dは,控訴人に対し,本件掛け
軸がAの作である旨を述べ,控訴人も,Aの作として買い受けた。
  (4) 本件掛け軸の装丁木箱には,外側表と内側に「B 無落款 A之筆」
と,内側に「Aの会心作と極める」等と墨書され,「昭和五十二年四月吉日 日
本美術品保存審査会 E」との署名及びE(以下「E」という。)の押印があ
る。
 2 争点
  (1) 被控訴人に不法行為が成立するか(主位的主張)。
  (2) 控訴人に錯誤無効が成立するか(予備的主張1)。
  (3) 本件売買は暴利行為として公序良俗違反となるか(予備的主張2)。
 3 各争点についての当事者の主張
  (1) 争点(1)について
   (控訴人の主張)
    本件掛け軸は,Aの作品ではなく,無価値である。被控訴人代表者は,
そのことにつき悪意であったにもかかわらず,EにAの作品であるとの虚偽の箱
書きを書かせて,控訴人に売り渡し,売買代金700万円相当の損害を与えたか
ら,弁護士費用(損害額の1割である70万円)を含め賠償する義務がある。ま
た,仮に善意であったとしても,他の適切な鑑定人に鑑定依頼をすれば,容易に
判明したにもかかわらず,これを怠り,Eの鑑定のみを信用して控訴人に売り渡
した過失があるから,同様に不法行為が成立する。
   (被控訴人の主張)
    本件掛け軸がA作品であることは,Eの鑑定により明らかである。少な
くとも,これが贋作(がんさく)であるとは断定できない。仮に,本件掛け軸が
Aの作品ではなかったとしても,被控訴人代表者及び取締役Dは,その点につき
善意であった。また,被控訴人は,日本美術品保存協会の会員であり,30年余
の美術品鑑定経験を有するEに鑑定を依頼し,Aの作品であるとの鑑定を得てい
たのであるから,何ら過失はない。したがって,不法行為は成立しない。
  (2) 争点(2)について
   (控訴人の主張)
    本件掛け軸はAの作品であるとの説明を信じて購入したのであるから,
同人の作品でなければ,錯誤となり,本件売買が無効となることは明らかであ
る。また,たとえAの作品ではないと断定できないにしても,その点に重大な疑
問が生じれば,やはり法律行為の要素の錯誤があり,無効となる。
   (被控訴人の主張)
    本件掛け軸がAの作品ではないと断定されない限り,真作であるとの可
能性が否定できないから,法律行為の要素に錯誤があることにはならず,控訴人
の主張は失当である。
  (3) 争点(3)について
   (控訴人の主張)
    仮に,本件掛け軸がAの作品であるとしても,模写作品であるから,せ
いぜい100万円程度の価値しかないにもかかわらず,これにつき悪意で,又は
過失により知らないで,700万円もの代金で売りつけた被控訴人の行為は,暴
利行為として公序良俗違反となり,無効である。
   (被控訴人の主張)
    本件掛け軸は,被控訴人が,平成元年か2年ころ,元岡山県議会議長で
あった亡Fの生前に,同人から代金500万円で購入したものであるから,これ
を700万円で被控訴人に売却した行為は,暴利行為とはならない。
第3 当裁判所の判断
 1 争点(1)について
  (1) 証拠(甲1〔枝番を含む。以下同じ。〕,3ないし15,乙1,5,原
審証人G,同H,原審控訴人本人,原審被控訴人代表者本人,当審証人E,鑑定
の結果)並びに弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。なお,原審被
控訴人代表者本人,甲10及びEの当審における書面尋問回答書中,前記認定に
反する部分は採用しない。
   ア 本件掛け軸は,Eの知人である亡Iが,ある寺院から落款のないふす
ま絵6枚を1枚30万円ほどで購入し,昭和58年か昭和59年ころ,売却依頼
のためEのところに持ち込み,Eが業者に依頼して1枚4万円ほどをかけて,捲
り(水洗いしてふすまからはがすこと),漂白,自然乾燥等の処置をした上で掛
け軸の形に表装を施したもののうちの一つである。
   イ Eは,被控訴人岡山支店長であったJ(以下「J」という。)と昭和
48年ころから交際があったが,昭和60年ないし昭和62年春ころ,同人の依
頼に応じて1枚50万円で被控訴人に本件掛け軸等の委託販売をすることとし,
そのころ前記箱書きを作成し,前後1年ほどの間にJを通じて被控訴人に本件掛
け軸を含む6点を預けた。ただし,Eは鑑定書は作成しておらず,箱書きの作成
日付は「古い年月日にしてほしい。」とのJの依頼に従い「昭和50年春」とし
た。
   ウ Eは,Jから本件掛け軸の評価額を尋ねられたので「模写であるので
100万円くらいである。」と回答した。
   エ 被控訴人は,そのころ(昭和62年ころ)から平成6年ころにかけ
て,Eからの委託販売を受けた掛け軸のうち1点(これはEが返還を受けた。)
を除きすべてを売却し,その都度1点当たり50万円をEに持参した。本件掛け
軸は,そのうちの一つである。
   オ Eは,本件掛け軸のふすま絵を,A又はその弟子の模写作品であると
判断したが,Aの作品である可能性は60パーセント程度であると考えている。
   カ 被控訴人は,控訴人に対し,本件掛け軸がAの真作であると説明し
た。
  (2) 以上の認定事実に前記争いのない事実を総合して,まず,本件掛け軸の
真贋について検討すると,被控訴人は,Eが本件掛け軸をAの作品であると認め
て前記箱書き及び鑑定書を作成したと主張し,これに沿う証拠(甲1,乙1,
4,原審における被控訴人代表者本人)もある。
    しかし,前記認定事実のとおり,E本人は,鑑定書作成は否定し(当審
における書面尋問回答4項,当審同証人31項以下),本件掛け軸がAの作品で
あると判断した理由及び根拠については,「落款(サイン)と印譜(判)があっ
て,しかもそれらが正しいものであれば,当該本人の作品であると100%信頼
できるけれど,本件仏画は,無落款,無印譜であることから,見る人によって作
者が異なってくるもの」(同当審18項)であることを認識しつつも,「無落款
であり誰の作品か極めねばならず,Aは仏画や其の複写を好んで描いたのでAと
思いました。」というだけのことであり(同回答6項),しかも「Aの筆が60
%と観て書きました。」ともいうのであるから(同12項),その根拠は,かな
り心もとないものであるといわなければならない。さらに,証拠(甲4ないし
7,原審証人H)及び弁論の全趣旨によれば,Aの子であり,自らも画家で,か
つ古書画の鑑定家でもあるKは,本件掛け軸がAの作品であることを否定してい
ることをも勘案すると,被控訴人主張の根拠となる前記証拠に対する疑問は一層
大きなものとなり,同証拠をたやすく信用することはできない。
  (3) しかし,原審鑑定人Lは,本件掛け軸につき,Aの作品であるとの点に
つき疑問を呈しながらも,同人が仏画の模写等を好んで描いたこと及びその作風
が幅広いこと等を根拠として,本件掛け軸が贋作であるとも言い切れないとの鑑
定意見を述べており,この鑑定結果によれば,本件掛け軸がAの作品でないとま
では断定できないというべきであり,他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。
  (4) したがって,本件掛け軸がAの作品であるとの点については,重大な疑
問が払拭し切れないものの,本件各証拠によっても,それが贋作であるとも断定
できず,また,被控訴人代表者は,専門家であるEの意見を聴取して控訴人にA
の作品であると説明しているのであるから,さらに他の鑑定人の意見を聴取する
までの義務はなく,被控訴人に過失は認められない。
  (5) 以上によれば,被控訴人に不法行為責任は認められず,この点に関する
控訴人の本件控訴は理由がなく,失当である。
 2  争点(2)について
  (1) 絵画等の贋作を真作であると誤信したような場合,則ちいわゆる「性状
の錯誤」の場合は,一般には動機の錯誤の一種であり,動機に属すべき事由が表
示されて意思表示の内容となった場合に意思表示の錯誤となりうると解すべきと
ころ,前記争いのない事実及び前記認定事実によれば,被控訴人は本件掛け軸が
真作であることを表示し,控訴人は本件掛け軸が真作であるとの表示があると認
識した上で売買契約の締結に及んだものであると認められるから,本件掛け軸が
真作であることは本件売買の重要な要素となる。
  (2) そこで,この点につき検討すると,前記のとおり,本件掛け軸が贋作で
あるとまでは断定できないものの,その点についての疑いは相当程度高いものが
あると認められる。本件掛け軸が贋作とまで断定できないとする鑑定人Lは,そ
の根拠として前記のところに加え,Eの箱書きの存在を挙げるが(原審同鑑定人
10項,11項),一方で同鑑定人は,「落款等のないものについての作者を決
めることは大変難しい」旨証言した上,同鑑定人が本件掛け軸を贋作でないこと
の根拠とした前記箱書きについて,「なぜこれをAの作品と決めたのか疑問に感
じる」旨をも証言しており(原審同鑑定人),さらに,同箱書きを作成したE自
身,その作成経緯について,「Jから,箱書きがないと売れにくいのでと強く頼
まれ,友人でもあってやむなく応じた。この作成は私の意に反するので,箱書き
代は受け取らなかった」旨をも証言している(当審証人E)のであって,これら
の証言等に照らすと,本件掛け軸がAの作品である可能性は60パーセントであ
るとのEの評価(判断)自体,まことに根拠の薄弱なものといわなければならな
い。特に,前記のとおり,Aの実の息子であって,自身画家で,古美術の鑑定家
でもあるKが,極めて具体的,詳細な理由を挙げて,本件掛け軸が父であるAの
作品であることを強く否定している(甲4,原審証人H)ことをも併せ考慮する
と,本件掛け軸が真作でない可能性はさらに高まるというべきである。
  (3) ところで「法律行為の要素の錯誤」とは,錯誤が意思表示の内容に関
し,かつ,通常人の判断を前提として,もしその錯誤がなかったら表意者はその
意思表示をしなかったであろうと認められる場合をいうものと解されているが,
当該売買の対象である美術品が贋作であるとまでは断定できないとしても,それ
が真作でない可能性が相当高いと認められる場合には,購入者が特にその点につ
き了承していた等の特段の事情がない限り,通常人はこれを購入しないと思われ
るから,当該美術品が真作でない可能性が相当程度存在することは法律行為の要
素となり,その点の錯誤は法律行為の要素の錯誤となると解するのが相当であ
る。
  (4) そこで,これを本件について見るに,控訴人が本件掛け軸が真作でない
可能性が相当程度あることを了承していたことを認めるに足りる証拠はなく,か
えって,証拠(当審証人E)によれば,本件掛け軸の評価額はせいぜい数十万円
程度であった可能性が高い(当審証人E145項,146項。前記書面回答書及
び反訳書〔乙4〕には,Eが100万円程度と述べている部分があるが,同人自
身そう判断したことの根拠はほとんど乏しいことを認めており,信用性に欠け
る。)と認められるところ,控訴人はこれを700万円で購入している(Eは,
本件掛け軸が700万円で売れたことを前記Jから聞いた際,あきれた,とも証
言している-当審証人E)ところから判断しても,本件掛け軸がAの真作である
ことを前提とし,その点に関する疑問は何ら持たずに,これを買い受けたものと
認められる(なお,被控訴人は,本件掛け軸は,平成元年か平成2年ころ,元岡
山県議会議長であったFから500万円で購入したものであり,Eも本件掛け軸
の評価額について1000万円程度と評価していたと主張し,それに沿う証拠
〔乙1,6〕もあるが,前者の点については,前記認定事実に照らし信用でき
ず,それを裏付ける領収書等の的確な証拠はないし,後者の点についてもEは明
確にこれを否定している上,1000万円もの価値のある掛け軸をわずか50万
円で委託販売に出すことは考えられないから,この主張は到底採用できな
い。)。
  (5) したがって,本件掛け軸が真作ではない可能性が相当程度高いのにもか
かわらず,これをAの真作と信じて購入した控訴人には,法律行為の要素に錯誤
があると認められるから,本件売買契約は無効といわざるを得ない。
  (6) よって,この点に関する控訴人の主張は理由があるから,被控訴人は,
控訴人に対し,錯誤無効(民法95条)及び不当利得返還請求(同法703条)
に基づき,700万円及びこれに対する返還請求の意思表示をしたことが明らか
な訴状到達の日の翌日である平成11年5月16日から支払済みまで民法所定の
年5分の割合による金員を支払うべきことになる(なお,控訴人は,弁護士費用
につき請求するが,仮に控訴人において本件訴訟提起に当たり訴訟代理人にその
主張のような報酬金支払の約束をしたとしても,以上認定により明らかな本件事
実に照らすと,前記報酬金は被控訴人の本件行為と相当因果関係がある損害とは
認め難いから,控訴人の前記主張は失当というべきである。また,被控訴人は同
時履行の抗弁につき主張していない。)。
 3 以上の次第で,前記の限度で控訴人の本件請求は理由があり,これと異な
る原判決は一部不当であるから変更することとし,主文のとおり判決する。
     広島高等裁判所第2部
        裁判長裁判官    鈴   木   敏   之
           裁判官    松   井   千 鶴 子
           裁判官    工   藤   涼   二

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