弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主    文
   被告人を懲役5年に処する。
   未決勾留日数中90日をその刑に算入する。
理    由
(罪となるべき事実)
 被告人は,
第1 平成14年8月10日午前5時43分ころ,業務として大型貨物自動車を運転し,三
重県鈴鹿市a町地内高速自動車国道近畿自動車道名古屋関線(通称東名阪自動
車道)下り線68.2キロポスト先路上を名古屋市方面から三重県亀山市方面に向
け,時速100キロメートルないし110キロメートルで進行するに当たり,長距離運
転等の疲労により眠気を催して前方注視が困難な状態となっていたのであるから,
直ちに運転を中止し,眠気を解消させた後運転を再開すべき業務上の注意義務が
あるのにこれを怠り,直ちに運転を中止せず,漫然と上記状態のまま運転を継続し
た過失により,そのころ,同所付近において仮睡状態に陥り,同所から約1.7キロ
メートル進行した鈴鹿市b町地内の東名阪自動車道下り線69.9キロポスト先路上
において,渋滞により自車走行車線上を減速走行していたA(当時53歳)運転の普
通貨物自動車(軽四)を前方約15メートルの地点に至って初めて発見し,急制動
の措置を講じるとともにハンドルを右に切ったが及ばず,自車前部を上記A運転車
両後部に追突させ,同車を前方に押し出してその前方に停止していたB(当時41
歳)運転の普通乗用自動車に追突させ,さらに,自車を走行車線から追い越し車線
に進出させて同車線に停止していたC運転の大型貨物自動車左側面に接触させた
ことにより,自車を再度走行車線に進出させて自車の前方に停止していたD(当時
56歳)運転の普通貨物自動車(軽四)後部に自車前部を追突させ,同車を前方に
押し出してその前方に停止していたM運転の大型貨物自動車後部に追突させ,上
記D運転車両の燃料タンクを損壊させて同車積載のガソリンを流出させるなどし,
同ガソリンに引火させて,その火を上記D運転車両及び同A運転車両等に順次燃
え移らせ,よって,別紙記載のとおり,上記A外4名を焼死させるとともにE外5名に
対し,加療約2か月間を要する第5頸椎脱臼骨折等の傷害をそれぞれ負わせた
第2 上記第1記載の日時ころ,同記載の東名阪自動車道下り線68.2キロポスト先路
上において,過労により正常な運転ができない恐れがある状態で,同記載の大型
貨物自動車を運転した
ものである。
(法令の適用)
 罰条        
判示第1の所為  
 A,F,G,D及びHに対する各業務上過失致死の点につき 
         いずれも刑法211条1項前段(致死の場合)
E,B,I,J,K及びLに対する各業務上過失致傷の点につき
        いずれも刑法211条1項前段(致傷の場合)
判示第2の所為  道路交通法117条の4第3号,66条
 観念的競合  判示第1の各罪につき,刑法54条1項前段,10条(犯情の最も重
いAに対する業務上過失致死罪の刑で処断)
 刑種の選択いずれも懲役刑を選択
併合罪加重     刑法45条前段,47条本文,10条,47条ただし書(重い判示第1
の罪の刑に法定の加重)
 未決勾留日数の算入 刑法21条
訴訟費用の不負担 刑訴法181条1項ただし書
(罪数認定の補足説明)
 弁護人は,本件において,被告人が判示第2の過労により正常な運転ができない状態
で車両を運転する行為と,判示第1の過労により眠気を生じ,車両の運転を中止しなけ
ればならない注意義務が発生したのに,それを怠り人身事故を起こした行為とは完全に
重なり合っているから,判示第1及び第2の各罪は,観念的競合にあたると主張する。
 しかしながら,もともと自動車を運転する行為は,その形態が通常,時間的継続と場所
的移動を伴うものであるのに対し,その過程において,人身事故を発生させる行為は,
運転継続中における一時点,一場所における事象であって,自然的観察からするなら
ば,過労により正常な運転ができない状態で車両を運転する行為と,その運転中,過失
により人身事故を発生させた行為とは,社会的見解上,別個のものと評価すべきで,こ
れを1個のものとみることはできない(昭和49年5月29日最高裁判所大法廷判決,刑
集28巻4号114頁参照)。したがって,判示第1及び第2の各罪は,刑法45条前段の
併合罪と評価すべきであり,弁護人の上記主張は採用できない。
(量刑の理由)
 本件は,疲労が蓄積して仮睡状態に陥った被告人が,前方で渋滞中の車両を発見す
るのが遅れたため,玉突き事故を起こし,その結果各被害車両を炎上させ,乗車してい
た5名を死亡させ,6名に傷害を負わせた判示第1の事実と,被告人が過労により,正
常な運転ができないおそれのある状態で,大型貨物自動車を運転した判示第2の事実
の事案である。
 自動車運転者が,前方注視をすることは安全運転を行う上でもっとも基本的な注意義
務であるが,被告人は,その基本的注意義務さえ困難となる仮睡状態に陥るおそれが
あったのに,直ちに運転を中止しなかった。しかも,被告人は,積載量20トンの大型貨
物自動車の職業運転手であり,高速道路等を通行して茨城県日立市にある勤務先営業
所と大阪市住之江区の配送センター間を往復する(以下「大阪定期便」という。)業務に
従事していたため,ひとたび仮睡状態に陥って同車両を進行させたならば,極めて重大
な事故を起こしかねないことを十分に認識していたはずであるから,同車の運転を開始
するに当たって,十分な体調を維持し,仮に運転中に眠気を催したならば,車両を安全
な場所に停止させて仮眠をとるなどし,居眠り運転などの事態に陥らないように努める
べきであった。しかるに,被告人は,平成14年8月7日午前5時ころ,上記営業所を出
発してから,判示第1の犯行(以下「本件事故」という。)を起こすまでの約73時間の間,
断続的に合計17時間程度の仮眠・休憩を取っただけで運転業務を継続していた上,そ
れまでも同様の業務に就いていたため,その疲れも重なり,東名阪自動車道の走行車
線を走行中,2回にわたり仮睡状態となり,被告人運転車両を追い越し車線に進出させ
るなど正常な運転が困難な状態になっていたにもかかわらず,その後も運転を継続し,
本件事故現場付近で仮睡状態となった結果,本件事故を招いた。被告人が上記のとお
り,自己が正常な運転を行い得ない状態にあることを認識しながらあえて運転を継続
し,本件事故を招いた過失は極めて大きい。
 ところで,被告人の勤務先運送会社における大阪定期便の業務は,元々運転手が十
分な休憩を取らずに運転をせざるを得ないような過密スケジュールであった上,同社
は,大阪定期便と次の大阪定期便との間に十分休息できる時間的余裕を取っておら
ず,全体として過酷な業務形態となっていたもので,このような過酷な勤務実態が本件
事故の背景にあったことは否定できない。しかも,同社は,本件事故が発生する前に
は,被告人運転車両が目的地に延着するなどの事態がしばしば生じ,タコグラフのチャ
ート上からも同人が疲労のため安定した運転ができない状態に陥っていることを看取し
たのに適切な措置を取っていないなど労働管理にも多々問題があった。そうすると,被
告人が過労を押して運転していたことについて,被告人一人を責めることはできない。
 しかしながら,被告人は,より多くの収入を得ようと自ら大阪定期便の業務を志願し,
その業務の中,自らが心身ともに疲労していくのを自覚し,同僚から他の者に交代して
もらった方がよいのではないかとの助言を受けるなどしながら,なお働けるうちに稼いで
おきたいという気持ちもあって,勤務先に自己の疲労状態を申告し,同業務の交代を求
めるなどの負担を軽減する措置をとらず,自らの意志で同業務を続けていたものであ
り,被告人の同業務への従事につき,勤務先から強制や強要等がなされた形跡はな
い。また,被告人が大阪定期便業務の行程等に関し,一定の裁量を有していたことも認
められる。そうしてみると,上記過酷な勤務であったことをもって,被告人の責任が著しく
軽減されることはない。
 本件事故によって生じた結果は,5名が死亡し,6名が判示各傷害を負ったという極め
て重大かつ悲惨なものである。
 死亡した被害者らは,いずれも善良な市民として,家族や友人らに囲まれ,平穏な日
々を過ごしていたものであり,旅行あるいは旅行を兼ねた仕事のため,家族らとともに渋
滞のため停止あるいは減速中の車内にいたところ,後方から,突然,被告人運転車両
に追突等され,その際生じた火災により,何らの落ち度もないのに生命を奪われた。殊
にFは当時19歳,Gは当時わずか6歳であり,いずれもまさにこれから人生を謳歌しよう
としていた矢先に本件事故によって,あまりにも早く突然その生命を奪われる結果となっ
たものであって,誠に痛ましいと言うほかない。焼死した各被害者らが乗っていた自動車
は,他の車両に挟み込まれ,押しつぶされ,焼損するなどして原形をとどめておらず,そ
の状況は本件事故の衝撃や事故後の火災がいかにすさまじかったかを物語っている。
つぶされた自動車内に閉じ込められ身動きもできず,助けを求めるなどしてもかなわ
ず,生きながら炎にまかれ焼け死んでいった被害者らの肉体的苦痛や,恐怖感,絶望
感と言った精神的苦痛,家族を残し,このような形で一生を終えることになった無念さは
察するに余りある。
 また,負傷した被害者らも,本件事故により,判示第1のとおり加療約2週間から2か
月間の傷害を負ったばかりか,自らが乗っていた車両が炎上する場面を目撃するなどし
たことにより,多大な恐怖や衝撃を受けている。殊に本件事故後,かろうじて車内から脱
出したEは,それまでともに車内にいた被害者A,同F及びGが焼け死ぬ場面に直面して
おり,同人が受けた恐怖感や衝撃は極めて強い。
 死亡した被害者の遺族らは,当公判廷において,突然の事故で家族を失ったことに対
する苦しみや絶望感,被告人やその勤務先への憤り等を切々と訴えている。同人らの
無念さや苦しみも絶大であって,同人らや負傷した被害者らの処罰感情が峻烈を極め
ているのも当然である。
 以上によれば,被告人の刑事責任は極めて重大である。
 そうしてみると,被告人は,本件各犯行について,自己に不利益な事実を含めて率直
に供述し,被害者らやその遺族らに謝罪の手紙を送付し,当公判廷においては,遺族
の方の悲しみや苦痛を改めて感じ,本件事故に関わったすべての人に,本当に申し訳
ないと思うと述べるなど反省の態度を示していること,被告人の家族らや勤務先の上司
らが,被害者らの感情を和らげるには至っていないとはいえ,それぞれ各被害者又はそ
の遺族らを見舞って,謝罪し,香典や見舞金を支払うなど慰謝の措置に努めているこ
と,被告人運転車両には,任意保険が付されており,一定金額の支払いは可能であっ
て,既に物損の大半については,示談が成立していること,被告人は,罰金前科1犯を
有するだけであるし,扶養すべき家族がいることなど被告人のために酌むべき事情を考
慮しても,主文の量刑はやむを得ない。
(求刑-懲役6年)
  平成15年1月29日
   津地方裁判所刑事部
      裁判長裁判官   天 野 登喜治
         裁判官   増田周三
         裁判官   見宮大介

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