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平成15年(ワ)第25495号 損害賠償請求事件
(口頭弁論終結の日 平成16年11月4日)
             判        決
原告     日本エス・エイチ・エル株式会社
訴訟代理人弁護士     小島秀樹
同            小川浩賢
同            工藤敦子
被告     旧商号 HRR株式会社
株式会社リクルートマネジメントソリ
ューションズ
訴訟代理人弁護士    田中克郎
     同            千葉尚路
     同            菊田行紘
     同            山本麻記子
     同           柴野相雄
             主        文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
             事実及び理由
第1 請求の趣旨
1 被告は,別紙目録記載の文書を配布してはならない。
2 被告は,被告の所有する別紙目録記載の文書を廃棄し,その管理に係る別紙
目録記載の文書の電子データ及びその複製を抹消せよ。
3 被告は,既に配布した別紙目録記載の文書を回収し廃棄せよ。
4 被告は,別紙謝罪広告目録記載の謝罪文を同目録記載の掲載条件で同目録記
載の新聞に同目録記載の回数掲載せよ。
5 被告は,原告に対し,1億円及びこれに対する平成16年7月1日(訴え変
更申立書送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 原告と被告は,企業向けの人材評価関連事業(アセスメント・サービス)を
営む会社であり,いわゆる適性テストの開発,頒布等を業として行っている。本件
において,原告は,被告が顧客に対して配布又は提示した文書の表示内容が,不正
競争防止法2条1項13号の品質誤認表示又は同項14号の虚偽表示に該当すると
主張して,被告に対し,同法3条1項,2項に基づいて上記文書の配布禁止及び廃
棄(既に配布した文書を回収した上での廃棄を含む)を,同法7条に基づいて謝罪
広告の掲載を,また,同法4条又は民法710条に基づいて1億円の損害賠償を求
めている。
2 争いのない事実等(当事者間に争いのない事実並びに後掲各証拠及び弁論の
全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者
ア 原告は,英国に本社を置き,世界30余か国でアセスメント事業を行う
SHLグループの日本法人として昭和62年に設立され,同グループの保有する
OPQ(OccupationalPersonalityQuestionnaires)をはじめとする適性テストに関
するライセンス,商標及び評価ノウハウの提供を受け,企業向けの人材評価関連事
業(アセスメント・サービスと呼んでいる)を営んでいるもので,各種適性テストの
開発・頒布とテスト結果(測定データ)の分析に基づく人事施策立案支援サービス
を行っている。すなわち,一般に適性テストと呼ばれている,個人差,職務差及び
組織文化差等を測定するためのテスト・質問紙群の販売である「プロダクトサービ
ス」,原告のプロダクト及びサービスを利用する顧客企業の人事部員を対象とした
研修の実施である「トレーニング・サービス」及び顧客企業の依頼に応じて顧客仕
様のプロダクトや人材評価手法を開発・提供する「コンサルティング・サービス」
を実施している(甲1)。
イ 被告は,昭和38年に株式会社日本リクルートセンター(現在の株式会
社リクルート)の一部門として発足し,平成元年に株式会社人事測定研究所として
分社,独立し,平成14年にHRR株式会社に商号を変更したところ,平成16年10
月1日に更に現商号に商号変更したものであり,原告と同じく適性テスト(検査)
の開発・頒布及びその関連の各種コンサルティングサービス事業を行う会社であ
る。
(2) 被告は,2003年7月17日付けの別紙目録記載の「Quality」
と題する書面(以下「本件文書」という。)を作成し,そのころ,これを顧客に配
布した。 
(3) 本件文書の主な記載内容
ア 本件文書2頁
 項目として,「適性検査の3大コンセプト」と題し,次の内容が記載さ
れている。
「HRRが適性検査を提供させていただく上で大切にしている3つのコ
ンセプト
Usability   機能・利便性
Quality     高い予測力
Reliability 公正・信頼
本資料は,『Quality(品質)』に,特化してご説明させてい
ただきます。」
イ 本件文書4頁
項目として,「適性検査の品質を表す3つの指標」と題し,次の内容が
記載されている。
「精度が高い検査とはどのような検査なのか?
適性検査の品質は①妥当性,②信頼性,③標準性の3つの観点から測ら
れます。この3つを高いレベルで満たす検査が精度の高い検査であり,この3つを
高いレベルで満たして初めて,採用場面で使用する価値のある検査,面接を補完す
る情報を提供する検査といえるのです。
妥当性-測りたいものを測っているか?
例:短距離の選手として活躍しそうな人を選抜
100mのタイムと立位体前屈のどちらの成績を見て
選べばよいか?
信頼性-正確に測っているか?(測定誤差の大小)
例:信頼性の低い体重計
ある人がある体重計で体重を3度量ったとき,1回目
63.5kg,2回目66.8kg,3回目61.1kgだった。この体重計はとても信頼性が悪い。
つまり,誤差が大きい。
標準性-評価基準は正しいか?
例:実力テストの点数
ある中学生が,2日続けて英語の実力テストを受け
た。1回目は50点でクラスの順位は12位,2回目は70点でクラスの順位はや
はり12位だった。この中学生は,2回目のテストのほうが出来が良かったのだろ
うか。」
ウ 本件文書5頁
項目として,「適性検査の品質①(妥当性.測りたいものを測っている
か?)」と題し,次の内容が記載されている。
(ア) 同頁の左側部分
「S社_(計数)問題形式イメージ①(以下「原告計算問題」とい
う。)
■次の選択肢の中から正しいものを1つ選んでください。
1.39+43
A.71 B.72 C.82 D.83 E.92
2.51×7
‥‥‥」
「S社_問題形式イメージ②(以下「原告表読み問題」という。)
1998年の各工場の状況
生産量(台)不良品発生率 総コスト
A工場18510.4%1521万
B工場210 7.1%1711万
C工場40515.7%2684万
D工場71 3.2% 983万
E工場 366 6.1%1963万
不良品を除いたときの生産量が一番多いのはどこか。
A A工場 B B工場 C C工場 D D工場 E E工場
計算能力
・難易度がやさしい問題を数多く解かせる。
・時間内に多く回答できた方が得点が高くなる。
ややスピード検査的な問題である。
・計数ではほぼ上記2形式しか存在しない。
→形式が少ないため受検者が攻略しやすい。
・論理的思考力を問うような問題形式にはなっていない。」
(イ) 同頁の右側部分
「HRR(論理的思考)問題形式①
 記号□は四則演算のいずれか。すなわち+-×÷のいずれかを表
す。では7□4はいくつになるか。
ア 0□1=1
イ 1□0=1
A アだけでわかるが,イだけではわからない。
B イだけでわかるが,アだけではわからない。
C アとイの両方でわかるが,片方だけではわからない。
D アだけでも,イだけでもわかる。
E アとイの両方があってもわからない。
HRR 論理形式②
新製品のアンケートで,100人にP,Q,R,Sの4つの製品の
中から最も好きなものを1つずつ選んでもらったところ,P,Q,R,Sの順に人
気があった。ただし無回答はなかった。Pを選んだ人が40人だったとすると,つ
ぎの推論ア,イ,ウのうち必ずしも誤りとはいえないものはどれか。AからHまで
の中から1つ選びなさい。
ア Qを選んだ人は19人である
イ Rを選んだ人は20人である
ウ Sを選んだ人は21人である
A アだけ B イだけ C ウだけ D アとウの両方‥‥‥
論理的思考力
・数量的な能力を問うだけでなく,論理的思考力を確認するための
問題が充実している。
・難しい問題から易しい問題まで幅広く出題され,全レベルの受検
者にマッチするように作成されている。
・作業の速さを問うスピード検査ではない。
・全部で28形式を用意(新形式も継続検討中)
→受検者に攻略させない工夫」
(ウ) さらに,右側部分の記載と左側部分の記載を比較する≪矢印を記載
し,矢印中に「特徴が大きく異なります!」と記している。
エ 本件文書11頁
項目として,「適性検査の品質②(信頼性:正確に測っているか?)」
と題し,次の内容が記載されている。
「テストの信頼性=テスト結果の安定性や測定内容の一貫性を示す=測
定誤差の少なさを示す
信頼性係数はテストの基本的な性能を表すものです。この数値が明示
できないテストは科学的なテストとはいえません!
信頼性の高さは項目の質を数に影響をうけます。
HRRテストは吟味に吟味をかさねた質の良い項目を使用していま
す。
もし,信頼性が0.7程度しかないテストであれば,HRRテストと
同等の効果を得るためには2倍近くの項目数が必要となります。」
オ 本件文書13頁
項目として,「性格検査のクオリティー(LEVELとTYPEの違
い)」と題し,佐々木投手(プロ)と村上投手(ど素人)の例を挙げ,次の内容が
記載されている。
(ア) 同頁の上段
「以下の項目が自分にあてはまる場合は”はい”,あてはまらない場
合は”いいえ”を選択してください。」との質問に対し,「ストレートが速い,カ
ーブが良く曲がる,フォークが良く落ちる」の項目が掲げられ,佐々木投手の欄に
は,すべての項目において「はい」とチェックされ,村上投手の欄には,すべての
項目において「いいえ」にチェックされた回答が例示されている。この回答結果に
ついては,吹き出しが設けられ,吹き出しの中には,佐々木投手の欄においては,
「全部得意なので当然全部YES」,村上投手の欄においては,「全部不得意なので当
然全部NO」と記載されている。
そして,佐々木投手と村上投手の回答結果を比較し,「どちらが得意
なのか比較可能」と記載されている。
(イ) 同頁の下段
「以下の項目の中でもっとも自分にあてはまるものに”YES"をもっと
もあてはまらないもに”NO"を1つつけてください。」との質問に対し,佐々木投手
の欄には,カーブの「NO」の項目とフォークの「YES」の項目にチェックが入り,村
上投手の欄には,ストレートの「YES」の項目とフォークの「NO」の項目にチェック
が入れられた回答が例示されている。この回答結果については,吹き出しが設けら
れ,吹き出しの中には,佐々木投手の欄においては,「全部得意なのだが,YES,NO
の数が定められているのでとりあえず1つずつ選択」,村上投手の欄においては,
「全部不得意なのだが,YES,NOの数が定められているのでとりあえず1つずつ選
択」と記載されている。
そして,佐々木投手と村上投手の回答結果を比較し,「評価が真実と
逆転する可能性があるため他者と比較できない(強制選択方式の限界)」と記載さ
れている。
カ 本件文書14頁
項目として,「性格検査のクオリティー(LEVELとTYPEの違
い)」と題し,次の内容が記載されている。
(ア) 同頁左側部分
① LEVELを中心とした採点方式
<尺度得点算出方法>
‥‥‥形式(略)
1つの設問に対して,1尺度しか得点に反映させないのが特
徴。
<特徴>
【メリット】
○対象となる尺度の強度を測ることができる(社交性がどれぐ
らい強いかを測定することができる)
【デメリット】
×項目の内容次第では社会的望ましさの影響を受けやすい
各尺度の強度(LEVEL)と個人内のメリハリ(TYPE)
の両方を測定することができる。
(イ) 同頁の右側部分
② TYPEを中心とした採点方式
<尺度得点算出方法>
‥‥‥形式(略)
複数尺度の優先順位の結果を得点に反映させるのが特徴
<特徴>
【メリット】
○等価値のものを比較させることにより,社会的な望ましさを
抑止できる。
【デメリット】
×あくまでの(ママ)個人内での相対比較であり,各尺度の強
度を測定しづらい(すべてが高いレベルになることがない)
個人内のメリハリ(TYPE)は測定することができるが,
各尺度の強度(LEVEL)を測定することは難しい。
(ウ) 同頁の下側部分
採用選考は,人物を見極めジャッジをすることが目的であることか
ら,LEVELとTYPEの両方を測定することが必要です。
第3 争点及び争点に関する当事者の主張
1 争点1(本件文書の記載内容が,品質誤認表示又は虚偽表示に該当するか)
について
(原告の主張)
本件文書中の各表現のうち,品質誤認表示又は虚偽事実の告知に当たる部分
について,次のとおり主張する。
(1) 本件文書5頁・「計数ではほぼ上記2形式しか存在しない→形式が少ない
ため受検者が攻略しやすい」←特徴が大きく異なります!→「全部で28形式を用
意(新形式も継続検討中)→受検者に攻略させない工夫」との表示(以下「本件表
示①」という。)について
ア 本件表示①に記載された内容からすると,2形式しかないテストは形式
が少ないために攻略されやすいが,形式を多くしている被告のテストは,攻略され
にくく,品質がよいと読み取れる。
したがって,本件表示①は「品質誤認表示」といえる。
イ(ア) 本件表示①のうち「形式が少ないため受検者が攻略しやすい」との
表示について
形式が少なければ攻略法が編み出され易く受験生が攻略しやすいこと
は「経験則上自明」ではない。攻略しやすいものであれば,2回目に受検した際は,
攻略された結果,得点が跳ね上がるはずであるが,原告の適性テストについて検証
したところ,1回目と2回目とではわずかしか得点が上昇しておらず,その得点結
果の違いは極軽微なものであり,適性判断が1回目と2回目のテスト結果により変
わるような違いは見られない。つまり,原告の能力テストも攻略することが困難な
テストであるといえ,形式の多寡は,適性テストの品質とは無関係であり,形式が
少ないゆえに攻略されやすいとはいえない。
 したがって,原告のテストについて「形式が少ないため受検者が攻略
しやすい」と表示することは原告の適性テストに関する「虚偽の事実の告知」に当
たる。
 この点について,被告は,根拠のないまま単なる推測のもと,攻略し
やすい旨を主張するが,学力検査であれば,形式が少なければ練習範囲が少なくて
すみ,攻略しやすいといえるが,適性テストには同様のことは当てはまらない。
(イ) 本件表示①のうち,「計数ではほぼ上記2形式しか存在しない」と
の表示について
原告の計数に関するテストは,市販テストに限ったとしても5形式
(市販テスト「CAB」及び「GAB」参照)ある。さらに,原告は,顧客仕様のオリジ
ナルテストを作成するために様々な形式の計数理解テストを用意しているところ,
平成11年当時作成されたオリジナルテスト作成用の問題サンプル(甲16)によ
れば,(①原告計算問題及び②原告表読み問題)以外に「法則性」,「命令表」,
「構造理解」,「数的推理」,「論理」,「計数知識」といった形式の計数理解テ
ストがあり,その他,顧客3社についてのオリジナルテスト(甲17ないし19)
のカテゴリーにおける「計数」の分類に掲げられる形式数と上記市販テストの形式
数を総合すれば,合計19形式ある。
したがって,計数理解テストに限定しても「計数ではほぼ上記2形式
しか存在しない」という表示は虚偽である。
(2) 本件文書5頁・「測りたいものを測っているか?」「論理的思考力を問うよ
うな問題形式になっていない」「論理的思考力を確認するための問題が充実してい
る」との表示(以下「本件表示②」という。)について
ア 本件表示②の記載からは,原告のテストでは論理的思考力を測ることが
できないが,被告のテストは論理的思考力を測ることができるので,原告のテスト
よりも品質がよいことが読み取れる(そこには,「論理的思考力」と称されるものが
適性テストの測定対象として不可欠であること,したがってその「論理的思考力」と
称されるものが測定できなければ適性テストとして品質が劣るという被告の前提認
識があると思われる。)。
しかし,これは「品質誤認表示」に当たる。
適性テストは,多種多様な能力及び性格を持つ人間という複雑な要素で
構成される対象について,「適性(その仕事がその仕事に従事する人に求める性
質)」の有無を測定するツールである。人間のいかなる要素を「適性」の有無の判断に
影響させるべきかについて確立した基準はない。何を測定対象として適性テストを
作成するかは,各テスト業者の独自の判断によるのであり,他者がテストそのもの
を見ることによって知ることができるものではない。
 原告は実際に採用職種に就いている人材のテスト結果を分析するという
実証的検証から,その職務に適性が有るか無いかの基準を割り出しており,原告の
テストにおける適性判断の基準は,各種職務適性の関連付けにおいて個々に決定さ
れるものである。したがって,原告のテストは,論理的思考力といった抽象的な要
素そのものに軸足をおき,その他の基準を総合考慮して,職務適性の有無を判断す
るものではない。例えば,被告が挙げている「S社_(計数)問題形式イメージ①」
(原告計算問題)は,原告のテスト「CAB-1」の問題イメージであるが,「CAB-1」
は,原告がコンピュータ職についている人のテスト結果データを分析し,その職務
に高い職務適性を示している人の回答傾向及び低い職務適性の人の回答傾向と被検
者の回答傾向とを比較することによりダイレクトにコンピュータ職適性を測ること
を目的とするテストである。また,同様に「S社_問題形式イメージ②」(原告表読
み問題)は,原告のテスト「GAB」であるが,「GAB」は,ダイレクトに総合職適性
を測るものである。
このように,被告は,本件表示②において,論理的思考力を測ろうとし
ているものではない原告のテストを論理的思考力を測ろうとするテストであると決
め付け,そのテストと被告の論理的思考力を測ろうとするテストとを比較し,原告
のテストでは論理的思考力が測れず,被告のテストでは論理的思考力が測れるから
被告のテストの方が品質がよいとする。これは,国語のテストと算数のテストを比
較して,国語のテストでは測れない計算能力が算数のテストでは測れるので算数の
テストの方が品質がよいといっているのと,同じである。このように測定対象を異
にするテストを比較に出して,自らのテストだけが測定対象を測ることができるか
らといって品質の高さをアピールする表示は,品質について誤認させる表示といえ
る。適性テストに関しては,一方のテストは○○が測定できるが,他方のテストは
○○が測定できない,故に測定できるテストの方が品質が高いという表示はすべて
品質誤認表示といえる。
 したがって,「測りたいものを測っているか?」「論理的思考力を問うよ
うな問題形式になっていない」「論理的思考力を確認するための問題が充実してい
る」との本件表示②は「品質誤認表示」に当たる。
イ 本件表示②のうち,「測りたいものを測っているか?」「論理的思考力を
問うような問題形式になっていない」との表示について
(ア) 上記アのとおり,本件表示②が記載された本件文書5頁で被告が例示
した原告のテストにおいては,原告は,論理的思考力という因子を測ることを目的
としていない。原告は,人間の職務適性能力を細かい因子に分けて測定するのでは
なく,職務適性自体の有無を測定するというやり方をとっているのである。
したがって,本件表示②のうち,原告のテストが論理的思考力を測ろう
としていると読み取れるような「測りたいものを測っているか?」「論理的思考力
を問うような問題形式になっていない」との表示は,原告の適性テストに関する
「虚偽の事実の告知」に当たる。
(イ) さらにいえば,問題形式というとき,個々の問題の見かけだけを見る
のではなく,そのテストに付けられた条件等を含め,テスト全体を見なければ,そ
のテストがどういう形式の問題かは分からない。「CAB-1 暗算」の問題も,単なる
数値の計算だけのように見えるが,10分間に50問を解くには,できるだけ速
く,正しい答えを求めなければならず,回答を探索するためにどのような手順をと
るかという戦略の検討が必要なのだから,この点をみれば,論理的思考力を問う問
題ともいい得るのである。
被告は,論理的思考力の定義も示さず,「CAB-1 暗算」では論理的思考
力を測ることができない旨述べるが,このような主張をするのであれば,その合理
的根拠を前提として述べるべきであり,これが示されないのであれば,本件のよう
な表示は被告の推測を述べたにすぎないというべきである。
したがって,本件表示②のうち,「論理的思考力を問うような問題形式
になっていない」と断言する表記は,いずれにしても真実とはいえない。
(3) 本件文書10頁・「HRR能力検査のその他の工夫点」「HRR能力検査の問題
形式は豊富です。Uタイプに使用している言語は10形式 非言語は27形式用意し
ています。」→「形式が少ないと①対策がたてやすく,受検者に攻略されやすくな
ります」との表示(以下「本件表示③-1」という。)について
ア(ア) 本件表示③-1の記載によれば,形式が少ないと対策がたてやす
く,受検者に攻略されやすくなるので,被告は問題形式を豊富にすることによっ
て,受検者の攻略を防止しており,被告のテストは形式の少ないテストに比べ,品
質がよいものと読み取れる。これは,本件表示①と全く同じトリックであり,形式
を多くすることが受検者にテストを攻略させない工夫となり,品質を高めることに
はならない。
 したがって,「HRR能力検査のその他の工夫点」「HRR能力検査の問題
形式は豊富です。Uタイプに使用している言語は10形式 非言語は27形式用意してい
ます。形式が少ないと,対策がたてやすく,受検者に攻略されやすくなります」と
の本件表示③-1は「品質誤認表示」に当たる。
(イ) 本件文書10頁・「HRR能力検査のその他の工夫点」「HRR能力検査
は同種類の検査を数多く用意しています。例えばUタイプでは,15版の平行版を用
意しています。」→「平行版が少ないと①全く同じ冊子を受検者が短期間に複数回
受検してしまう可能性が高くなり,受検者の能力を正しく測定できなくなります」
との表示(以下「本件表示③-2」という。)について
本件表示③-2の記載からは,平行版が少ないと,受検者の能力を正
しく測ることができないから,被告は平行版を多数用意して受検者の能力を正しく
測定できるようにしていると読み取れる。しかし,同種のテストを2回受検すれ
ば,1回目と2回目のテスト結果に差異が生じ,平行版が用意されていても,その
差異の程度をやや低く抑えることができるに過ぎない。平行版を増やしたからとい
って,受検者の能力を正しく測定できるわけではなく,品質が高くなるわけではな
い。
 したがって,「HRR能力検査のその他の工夫点」「HRR能力検査は同種
類の検査を数多く用意しています。例えばUタイプでは,15版の平行版を用意してい
ます。」「平行版が少ないと,…(中略)…受検者の能力を正しく測定できなくな
ります」との本件表示③-2は,「品質誤認表示」に当たる。
イ(ア) 本件表示③-1のうち,「形式が少ないと①対策がたてやすく,受
検者に攻略されやすくなります」との表示について
 被告は,本件文書5頁において,原告のテストは形式が2形式しかな
いと指摘した上で,本件文書10頁において,「形式が少ないと①対策がたてやす
く,受検者に攻略されやすくなります」と表示している。
「形式が少ないと」を黒字に白抜きにして強調すると共にこのページの
一番上に持ってくることで,このページでも,形式が少ない原告のテストとの比較
をすることを顧客に示している。しかし,前記のとおり,原告のテストの対策本に
よる影響は,無視し得るレベルに留まる。
 したがって,本件表示③-1のうち「形式が少ないと,対策がたてや
すく,受検者に攻略されやすくなります」との表示は原告の適性テストに関する
「虚偽の事実の告知」に当たる。
(イ) 本件表示③-2のうち「平行版が少ないと,‥‥‥受検者の能力を
正しく測定できなくなります」との表示について
 上記表示のある本件文書10頁における被告テストの比較対象が,原
告のテストであることは,上記(ア)で述べたとおりである。この点について,原告
は,同一人に同一の原告の適性テストを複数回受けさせて,そのテスト結果の比較
分析をするという実験を行い,その結果,1回目のテスト結果と2回以上受けた場
合のテスト結果の間に適性判断を揺るがすような顕著な差がでないことを確認して
いる。原告の適性テストでは,受検者が複数回同一のテストを受検することになっ
てもその結果の違いは誤差の範囲に留まっており,受検者の能力を正しく測定でき
なくなるということはない。
 したがって,本件表示③-2のうち,「平行版が少ないと,全く同じ
冊子を受検者が短期間の間に複数回受検してしまう可能性が高くなり,受検者の能
力を正しく測定できなくなります」との表示は,原告の適性テストに関する「虚偽
の事実の告知」に当たる。
(4) 本件文書11頁・被告テストの信頼性係数の詳細な表示とともに「信頼性
係数はテストの基本的な性能を表すものです。この数値が明示できないテストは科
学的なテストとはいえません!」との表示(以下「本件表示④」という。)につい

ア 本件表示④の記載からは,被告のテストは信頼性係数が明示できるの
で,科学的であり,品質の高いテストであると読み取れる。
 しかし,信頼性係数が明示できなくても品質の高い適性テストは存在す
るのであり,信頼性係数が明示できるかどうかは適性テストの品質を左右するもの
ではない。にもかかわらず,被告のテストの信頼性係数を細かく明示した上で,
「信頼性係数...の数値が明示できないテストは科学的なテストとはいえません!」
と表示することは,事実と異なり被告の適性検査の品質を誤認させるものであり,
「品質誤認表示」に当たる。
イ また,本件文書は5頁,10頁において,原告のテストを比較対象とし
てきていることから,本件文書を読み進んできた顧客・見込み客は,本件表示④にお
いて,原告と明示されていなくても,ここでも比較対象としているのは原告のテス
トであると誤導され,原告が大量に頒布する販売用パンフレットにおいては信頼性
係数を明らかにしていないことからもこれが助長される。つまり,顧客・見込み客
は,「信頼性係数の数値が明示できない原告のテストは科学的なテストとはいえず,
そのようなテストは品質が劣る」と理解する。しかし,上記のとおり,信頼性係数が
明示できるかどうかは適性テストの品質を左右するものではなく,原告のテストは
信頼性係数を明示できるものであるし,仮に明示できないとしてもそのことによっ
て品質が悪いと決めつけることはできない。
したがって,本件表示④の「信頼性係数...の数値が明示できないテスト
は科学的なテストとはいえません!」との記載は,原告の適性テストに関する「虚
偽の事実の告知」に当たる。
(5) 本件文書13頁・「どちらが得意なのか比較可能」「評価が真実と逆転す
る可能性があるため他者と比較できない」との表示(以下「本件表示⑤」とい
う。)について
ア 本件表示⑤では,ノーマティブ方式(単純選択方式。単純に当てはまる
場合にYesを,当てはまらない場合にNoを回答させる方式。)とイプサティブ方式
(強制選択方式。最も当てはまるものと最も当てはまらないものを1つずつ回答さ
せる方式。)の比較として,ノーマティブ方式は「どちらが得意なのか比較可能」
であるが,イプサティブ方式では「評価が真実と逆転する可能性があるため他者と比
較できない」と決め付けているが,これは誤導である。ノーマティブ方式もイプサテ
ィブ方式も,パーソナリティ(性格)に関して,受検者に質問に対する自己評価を
答えさせるテスト方法である。ここでの答えはあくまで自己評価であり,自己評価
とその人の客体の属性(その人の全体のなかでの客観的位置付け)とは相関しない
場合があり,自己評価結果そのものは客観的基準を持たず,他者と比較することは
無意味である。この点は,ノーマティブ方式とイプサティブ方式の間で,違いはな
い。本件表示⑤では,比較対象を性格ではなく能力とし,その上,差が明白なプロ
野球選手とど素人の選手としており,ここに被告のトリックがある。すなわち,ノ
ーマティブ方式では,プロ野球投手であれば,実際どの球種についても得意だろう
から,すべてに「はい」と答えるだろうし,ど素人はすべてに「いいえ」と答える
だろうという顧客の先入観を利用して,そのテスト結果はプロの方がど素人の投手
よりもどの球種においても優れているという評価を示し,その評価が客体の属性
(プロ野球選手はすべての球種においてど素人選手よりも優れた投球能力をもって
いる。これが被告のいうところの「真実」であると推測される。)どおりになって
いることから,ノーマティブ方式では客体の属性が測定できると誤導している。し
かし,例えば,ストレートとフォークは得意だがカーブに苦手意識をもつプロ選手
と,草野球でストレート・カーブ・フォークを得意とするど素人の投手がノーマティ
ブ方式で回答する場合,主観的自己評価である以上,プロ選手はカーブに「いい
え」と答え,ど素人の投手がすべてに「はい」と答えることがあり得る。その回答
結果を比較した場合には,比較の結果プロ選手よりど素人の投手が優れているとの
判断になり,「評価と(先に述べた被告のいうところの)真実が逆転する」という現
象はノーマティブ方式でも生じるのである。受検者が出した回答をそのまま「評価」
と考えた場合,その評価だけを単純に比較するというプロセスでは,「評価と真実が
逆転する」という現象が生ずる可能性があることは,ノーマティブ方式でもイプサテ
ィブ方式でも同様である。ところが,被告は,実際は比較することができないの
に,被告が使用しているノーマティブ方式を「どちらが得意なのか比較可能」と表
示し,イプサティブ方式を「評価と真実が逆転する可能性があるため他者と比較でき
ない」と表示しているのであるから,ノーマティブ方式を採用する被告の適性検査に
関する「品質誤認表示」に当たる。
すなわち,適性テストで何を測り得るかということは,その品質を左右
する要素であり,測定できないものを測定できるという表示をすることは,品質を
誤認させる表示といえる。
イ(ア) 上記アで述べたとおり,本件文書13頁では,表題において「性格検
査のクオリティー」としながら,性格ではなく能力の問題を用いている。ここに被告
のトリックがある。能力とは異なり,社交性があるとか責任感が強いというような
性格の指標においては,他人と同軸で位置の比較ができる客体の属性という概念は
当てはまらない。被告は能力の問題を例にあげて議論をすり替えることにより,そ
の疑問を顧客に抱かせずに,性格について一つの標準軸を設けてそのどの位置に位
置するかを測定することが可能であるかのように顧客を誤導している。
性格については他者と同じ評価軸で比較できる客体の属性は測定する
ことができない,あるいは,そのような客観的位置というものは存在しない,つま
り,ある集団の中で,より社交性があり,より責任感がある人がより高い職務適性
を持つという基準を設けることはできないと考えるべきである。
(イ) 原告のテストは,TYPEを測定して他者と比較するテストである。原
告は自己評価がある一定の傾向を示す人は職務適性があるという基準を設けてお
り,この基準を使えば,ノーマティブ方式でもイプサティブ方式でも他者と比較す
ることができる。例えば,実際,営業成績を上げている営業マンの集団に性格テス
トを受けさせて,その結果が「自分は積極性があり,責任感はさほど強くない,協
調性は全くない。」という自己評価をしている傾向が強かった場合に,そのような
個人内の傾向(TYPE)をもつ人は職務適性を持つという基準を設け,その基準に近
い傾向を持つ人に職務適性としての評価では高い点をつけることにする。このよう
な方法により,TYPEしか測定できなくても,そのTYPEに対する職務適性の評価点を
比較することができ,他者との比較が可能である。つまり,原告が顧客に対して提
供している「評価」は,「他者と比較ができる」ものである。また,イプサティブ方式
の方が,ノーマティブ方式に比べ,被検者が社会的に望ましい性格と考える方向に
回答がゆがむ傾向を抑えることができるのである。
(ウ) 本件文書13頁における本件表示⑤が,被告のテストと原告のテス
トを比較したものであることは,ここまでの比較対象が原告であったことに加え,
市販テストでは原告はイプサティブ方式を採用していることから,ここまで読み進
んだ読者にとっては自明である。
(エ) 以上からすると,「評価が真実と逆転する可能性があるため他者と
比較できない」との本件表示⑤は,原告のテストに関する「虚偽の事実の告知」に当
たる。
なお,パーソナリティ測定(性格検査)における「真実」というもの
を明らかにせずに,原告の採用するイプサティブ方式では「評価が真実と逆転する
可能性がある」と表示し,その評価を信頼して他者と比較することができないかの
ように表示している以上,被告は,まずその合理的根拠を示すべきであり,それが
できないのであれば,「評価が真実と逆転する可能性がある」という表示も原告の
適性テストに関する「虚偽の事実の告知」に当たるというべきである。
また,被告は,本件文書において,S社と表示したのは本件文書5頁
のみであるから,5頁以外の部分は,そもそも原告に関連する事実の摘示行為がな
いとも主張するが,被告は,顧客に対し,「SHLの性格検査であるOPQはタイ
プは測定できるがレベルは測定することができず,他者と比較できないツールであ
る。」などと本件文書を示した上,口頭で原告を名指しした説明をしているのであ
るから(甲24ないし26),説明を受けた顧客らが,本件文書5頁以外の表示に
ついても,原告について記載したものであると認識したことは明らかである。
(6) 本件文書14頁・「各尺度の強度(LEVEL)と個人内のメリハリ(TYPE)の
両方を測定することができる」「個人内のメリハリ(TYPE)は測定することができる
が,各尺度の強度(LEVEL)を測定することは難しい」との表示(以下「本件表示
⑥」という。)について
ア 本件文書14頁,ノーマティブ方式は,「各尺度の強度(LEVEL)と個人
内のメリハリ(TYPE)の両方を測定することができる」が,イプサティブ方式では
「個人内のメリハリ(TYPE)は測定することができるが,各尺度の強度(LEVEL)を
測定することは難しい」と表示し,ノーマティブ方式が優れていると述べている。こ
こでも,被告は議論のすり替えを行っている。被告は,場面場面で自己の都合にあ
わせて議論を巧みにすり替えて自己のテストについて品質をアピールしている。被
告は,本件文書13頁では,「性格検査のクオリティー(LEVELとTYPEの違い)」と
題して,被告の採用するノーマティブ方式では被検者の客体の属性が測定できるこ
とをLEVELが測定できることとして論じていたのに,14頁では各尺度の強度が測定
できることをLEVELが測定できることとして論じている。各尺度の強度は個人がその
尺度においてどの程度強く自己を評価しているかということであり,他人との位置
関係がわかる客体の属性とは別物である。
イプサティブ方式もノーマティブ方式も一長一短であり,いずれか一方
が優れていると断定することは誤りである。
にもかかわらず,予備知識も分析能力も備えない企業の人事担当者が本
件表示⑥を読むと,本来レベルの違いは測定できないのに,被告のテストはタイプ
だけでなくレベルも測ることができると読むことができ,また,実際は程度問題で
あり,測定できる対象に違いはないのにもかかわらず,被告のテストでは,「各尺度
の強度(LEVEL)と個人内のメリハリ(TYPE)の両方を測定することができる」が,
イプサティブ方式では「個人内のメリハリ(TYPE)は測定することができるが,各尺
度の強度(LEVEL)を測定することは難しい」と表示することは,「品質誤認表示」
に当たることになる。
イ そして,被告のテストと比較している対象が,原告のテストであること
は前述のとおりであるから,それは同時に原告の適性テストに関する「虚偽の事実の
告知」に当たることになる。
(7) まとめ
以上のとおり,適性テストの問題の形式の数や平行版の数・存否は適性テス
トの測定能力には関係ない。その無関係なものを関係があるかのように顧客を誤導
する行為は,被告のテストの品質を誤認させる表示である。
また,この点に絡めて原告のテストの性能が劣ると表示すれば,それは原
告の信用を害する虚偽の事実の告知である。
 論理的思考力の問題,信頼性係数の問題,更にはパーソナリティ測定(性
格検査)の回答方式の問題も同様である。
本件文書は,顧客の非科学的な思い込みや感覚をトリックを使って巧妙に
誘導して自らのテストの性能の優位性を主張すると同時に,原告の適性テストでは
誤った適性判断がなされるとのネガティブキャンペーンの目的で作成され使用され
たものであることは明らかである。
そもそも,適性テスト業界においては,その品質基準を行政や業界が定義
し,開発・頒布の際に各事業者に表示を義務づける段階に至っていない。品質に関
する情報の開示は,それぞれの事業者の自由に委ねられているが,何を不正競争と
とらえて禁じていくかは,条文の字面の問題ではなく,その社会の文化,思想が規
定することである。個々の比較広告の内容が,法のいう「品質誤認」といえるか,
「虚偽の事実」といえるかという語義上の当てはめではなく,本件文書のもってい
る目的,作られた意図,提供された時の説明内容等が総体として顧客にどのような
影響を与えるかが問われるべきである。その結果,多くの企業の人事担当者が誤認
誘導(ミスリード)される恐れが高い場合,これを違法と断ずればよい。
したがって,本件文書における本件各表示は,いずれも不正競争防止法2
条1項13号の品質誤認表示又は同項14号の虚偽事実の告知に該当する。
(被告の主張)
原告の主張は,不正競争防止法の正当な解釈に基づくものではなく,原告独
自の解釈に基づくものである。本件文書の配布行為は,同法2条1項13号の品質
誤認表示又は同項14号の営業上の信用を害する虚偽の事実の告知のいずれにも該
当しない。以下,詳述する。
(1) 本件文書5頁の本件表示①及び本件表示②について
ア 被告は,一度たりとも「被告のテストは形式の多少にかかわらず受検者
に攻略されることはない」などと主張したことはなく,これは原告の勝手な決め付
けにすぎないのであって,品質誤認表示であるとの主張は争う。
論理的思考力を測る問題の方が,単なる計算問題よりも攻略されにくい
ことは経験則上自明の理であるし,問題形式が多い方が,問題形式が少ないよりも
相対的に攻略されにくいことも歴然としており,経験則上正しいものである。
なお,同頁の「S社の適性テスト」のS社が原告を示唆していることは
認める。
イ(ア) 原告は,第2回弁論準備手続期日において陳述された平成16年2
月23日付け原告準備書面(1)の「第2 被告の主張に対する認否」の2(1)イにお
いて,「『計数』ないし『計数理解』との科目のテスト形式は,①計算問題と②表
読み問題のいずれかの形式であること」,「これによれば,テスト項目として『計
数』もしくは『計数理解』を挙げているテストは,『GAB(ギャブ)』『CAB
(キャブ)』『SAB(サブ)』の3つであり,かつ,これには,テスト形式のサ
ンプルが付いているが,このどこを見ても,やはり計算問題と表読み問題の2形式
しか存在しないこと」を認めているのであるから(同準備書面3頁),2形式しか
存在しないことについては自白が成立しているというべきである。したがって,
「計数ではほぼ上記2形式しか存在しない」との記述が虚偽であることを前提とす
る原告の主張はすべて理由がない。
なお,原告は,顧客の注文により特別に作成されたオリジナルテスト
に関する資料を証拠として提出し(甲16ないし19),問題形式数が2形式以上
あることを証明するというが,オリジナルテストであれば,顧客の注文に応じて様
々問題形式を作成せざるを得ないのであるから,そのような顧客の多様な指示を含
めて,問題形式が多様であることの根拠とするのは不合理である。
しかも,原告のオリジナルテストは非公開であって,顧客は守秘義務
を負っているものであるから,被告が原告テストの特徴として指摘すること自体不
可能である。
さらに,世間一般の認識としても,原告の適性テストにおいて,計数
に関する問題形式は2形式であると認識されていることは証拠上も明らかであって
(乙15の1ないし4),社会通念としても,適性テストの問題形式数を論じる場
合には,市販されている汎用性ある適性テストの問題形式数を念頭において論じる
のが一般的である。
(イ) また,原告は,「被告は計数テストを論理的思考力を測るテストで
あると指摘している。」と主張するが,被告はそのような指摘をしたことは一度も
なく,原告の主張は,被告の主張を自らの都合の良いように歪曲した主張である。
原告は,その準備書面(1)8頁から9頁において,原告の計数テストが
論理的思考力を測ろうとしていないことを認めているのであって,原告のテストが
論理的思考力を測るものではないと被告が指摘しても「虚偽の事実の告知」に該当
しない。
適性検査により,「論理的思考力」を有する人材を求めている顧客が
いれば,被告のテストを選択するであろうし,計数テストには論理的思考力は不要
であるという顧客がいれば,原告のテストを選択するというだけであり,被告は,
顧客の測りたいものが論理的思考力であることを想定して,当該思考力を測れる問
題を提供している商品であることを営業上アピールしているだけであって,これを
非難されるいわれはない。被告は,論理的思考力を測ることができない問題は質が
劣るとは一言も述べていない。自社のテストの特徴を顧客にアピールすることは自
由競争の範囲内のこととして当然許されることである。
(2) 本件文書10頁の本件表示③-1,③-2について
ア(ア) 本件表示③-1のとおり,「HRR能力検査の問題形式は豊富で
す。Uタイプに使用している言語は10形式 非言語は27形式用意していま
す。」→「形式が少ないと①対策がたてやすく,受検者に攻略されやすくなりま
す」と表示していることは認めるが,テストの問題形式が多い方が,少ないよりも
攻略されにくいことは,上記(1)で述べたとおり,自明の理であり,問題形式を多く
することは攻略されにくくするための一つの工夫である。したがって,この記載が
品質誤認表示とは到底いえない。
(イ) 原告は「平行版が用意されていても,その差異の程度をやや低く抑
えることができるにすぎない」と述べるが,若干でも受検者間の不公平が生じると
すれば,それを回避するために平行版の数を増やすことは,テスト事業者の責務で
ある。つまり,被告は,平行版を増やすことにより,受検者が全く同じテストを複
数回受検して点数が上昇する可能性を低下させようとしているのであって,これを
もって「品質誤認表示」とする原告の主張も妥当ではない。
イ 本件文書10頁の「HRR能力検査のその他工夫点」という表題からも
分かるとおり,同頁は,被告の工夫点をアピールするための内容となっており,ま
た,そもそも,同頁において,原告に関する記載は全く存在せず,原告に関する
「事実の告知」自体が存在しない。したがって,ここでも「虚偽の事実の告知」に
該当する余地はない。
(3) 本件文書11頁の本件表示④について
ア 本件表示④は,信頼性係数に対する被告の基本的な考え方を述べている
ものであり,原告に関する事実の指摘ではない。
心理学的検査のテスト方式には,①質問紙法,②投影法,③作業検査法
の3種類がある。そして,原告及び被告が提供しているテストは,いずれも質問紙
法に当たる。質問紙法とは,多くの質問項目を与えて,自分で自分を内省させ,そ
の結果を統計的に処理してその人の性格を客観的にとらえようとするテスト方式で
あるが,信頼性係数とは,このような方式を用いて測定結果を得点化するテストに
ついて,その安定性や一貫性を定量的に評価するために考え出されたものである。
したがって,信頼性係数という概念を用いる場合には,ここでいう質問紙法を念頭
に置いていることは当然である。一方,内田・クレペリンテストは,作業検査法と
呼ばれる全く別のテスト方式を用いている。これは,受検者に一定の作業(単純な
足し算)を課し,その経過や結果から性格を類型的に判定しようとするものであ
る。また,ロールシャッハテスト(左右対称のインクのしみ模様を刺激として与
え,それに対する反応に基づいて性格診断がなされる)などは,投影法と呼ばれる
テスト形式を用いている。この作業検査法及び投影法については,結果を得点化し
ないため,そもそも信頼性係数という概念が当てはまらない。したがって,原告
は,信頼性係数の概念が当てはまらないテスト方式を引き合いに出して主張を行っ
ており,その主張は的外れである。
イ 被告が,本件文書において,原告に言及した箇所は,本件文書5頁のみ
であり,原告が認めているように,その他の箇所で原告のテストと比較し,言及し
たものはない。つまり,その余の本件文書には,「他人の営業上の信用を害する虚
偽の事実の告知」(不正競争防止法第2条1項14号)に該当する事実は存在しな
い。また,原告は「信頼性係数が明示できるかどうかは適性テスト品質を左右する
ものではない。」と述べるが,原告自ら作成した「TEXTBOOK」と題する甲
第9号証には「信頼性」なる表題の項が存在し,その7頁において,「テストの信
頼性の測定は,信頼性係数とよばれる数値の比較によって行われます」と明示した
上で,「通常は0.7以上の水準が要求されます」と説明しているのであって,原
告も信頼性係数の重要性を前提として,その数値についての説明をしているものに
ほかならない。
したがって,被告は,本件文書11頁において,自社テストの長所を訴
えるために,質問紙法を用いた適性テストに関する自らの意見を述べているにすぎ
ず,信頼性係数という概念を用いた被告に対し,原告がこれを非難し,これを「虚
偽」と断定する資格はない。また,何ら原告に関する事実を摘示しているわけでは
ないのであるから,不正競争防止法第2条1項14号の問題は生じ得ない。
(4) 本件文書13頁の本件表示⑤について
ア イプサティブ方式と呼ばれる方式によって得られたスコアは,イプサテ
ィブ・スコアと呼ばれるが,受検者に対し,自らの特性についていくつかの要素を
相対的に比較して回答を必ず選択させることが特徴であり,その受検者個人の中で
相対的な尺度を用いて回答するものとなるため,この結果については,「個人差の
比較は無意味である」と言われている(乙18)。したがって,「評価が真実と逆
転する可能性があるため,他者と比較できない」という表記は正しく,これをもっ
て「強制選択方式の限界」と説明することは何ら問題はない。したがって,本件文
書13頁の本件表示⑤の表示について,品質誤認の問題が生ずるという原告の主張
は誤りである。
イ また,被告は,同頁において,原告に関する事実の記述は一切しておら
ず,原告のテスト「OPQ」について失格宣言なるものを行っているわけでもない。そ
もそも,イプサティブ方式とノーマティブ方式の優劣は,学説上争いのある議論で
あり,明らかに価値判断の問題であるから,不正競争防止法2条1項14号の該当
性の問題も発生し得ない。
(5) 本件文書14頁の本件表示⑥について
被告は,本件文書14頁の本件表示⑥において,原告が主張するようにノ
ーマティブ方式の方が優れていると断定したことはない。
したがって,本件表示⑥につき,品質誤認表示あるいは虚偽事実の告知に
当たるということはできない。
(6) まとめ
ア 適性テストのうち,計数に関する問題形式が2形式しか存在しないこと
は真実であり,不正競争防止法2条1項14号の「他人の営業上の」「虚偽事実の
告知」には当たらないから,同号に基づく原告の主張は理由がない。
イ また,不正競争防止法2条1項13号では,商品や役務の品質等につい
て,消費者を「誤認させるような表示をし」たことが要件であるところ,品質につ
いて消費者が誤認するという事態は,実際には違うのに,当該商品又は役務が特定
の水準,品質又は等級のものであると表示された場合に生ずる。つまり,商品・役
務の品質について,一定の基準が現に存在し,その基準に一定の信用が形成されて
いる状況であることを前提とした上,当該商品・役務について,事実は異なるの
に,その水準・品質の基準をあたかも満たしていると消費者が誤解するような状態
を作出したことに関して,本号が定められているものである。これを本件に当ては
めてみると,本件のような適性テストでは,どのようなテストが高水準の品質であ
るのか,等級が高いものであるかという基準は必ずしも確立されていない。
被告は,適性テストに関し,①問題形式が多いテストは受検者による攻
略を困難にさせる面を有するので,形式を増やすことが必要である,②重要な人材
を選考するためのテスト問題は,単に計算のスピードではなく論理的思考力も確認
するための問題であるべきである,③形式は同じでも平行版と呼ばれる異なる問題
で構成されるテストを用意することにより,複数回受検者でも回答の記憶等による
極端な得点上昇が生じにくくなる,④質問紙法と呼ばれるテストにおいては,信頼
性係数がテストの品質を評価するための重要な指標になる,かつ,⑤強制選択方式
という手法を採用した際には,被告が適性テストで測るべきものと考えている事項
を調べる上では不都合が生ずる場合がある,と考えている。そこで,被告が重要で
あると考える点を,なぜ重要と考えるかという説明と共に,それらを備えている被
告テストの特長を通してアピールをしているのである。このように,自社の商品や
役務の他社にない特徴をアピールして,他の事業者より業績を上げることの試み
は,健全な企業努力であり,むしろ自由かつ公正な競争に属するものとして保護さ
れる必要がある。各企業が,自己の商品・役務の特徴について,それぞれ自由な意
見を述べて,最終的には,ユーザーの側で,各社の適性テストの特徴を把握し,自
己の意思に基づいてどの適性テストを採用するかの判断をするということが法の予
定している自由かつ公平な競争であり,品質誤認という抽象的な言葉で競合会社の
営業活動を制限する行為は断じて許されない。
したがって,品質誤認を観念することのできない商品に関する品質誤認
の主張は失当であり,本件での原告の品質誤認に関するすべての主張はいずれも理
由がない。
ウ 以上のとおり,本件文書には虚偽の事実の記載がない上に,原告の品質
誤認に関するいずれの主張も,原告の独自の解釈に基づくものである。
2 争点2(本件文書の配布先と謝罪広告の必要性)について
(原告の主張)
被告から本件文書を配布又は提示された企業は,平成16年10月16日現
在,原告が把握しただけでも17社あり,その地域も北海道から大阪にまたがって
いる。人事採用関連の情報は,企業秘密とするところがほとんどであり,情報が公
開されない領域であるため,情報を得ることが容易でない等の事情にかんがみる
と,被告から本件文書を配布又は提示された企業の数は,少なくとも原告の把握し
た数の4倍以上の68社に上っているとみるべきである。
原告が,被告から本件文書が配布又は提示されたことが判明した顧客に対
し,総力を上げて信用を取り戻す努力をしたにもかかわらず,17社のうち8社が
原告のテストの採用を止めたり,規模を縮小したこと,68社以上の企業に本件文
書が配布等されたことなどにかんがみれば,原告の営業上の信用を回復するため
に,全国紙において謝罪広告を掲載することは必須である。
(被告の主張)
被告による本件文書の配布先は,東京の6社にとどまる。本件文書の元とな
る文書は,社内勉強会向けに作成された社内資料であったが,6社に対し配布され
たものである。
そもそも本件文書の配布行為は不正競争行為に該当しないものであるが,上
記のとおり,本件文書の配布先はわずか6社であり,その人事採用担当者に限られ
たものである上,各会社の秘密事項である人事採用にのみ関係する文書であるとい
う性質からも本件文書が広く伝播する可能性は皆無であり,謝罪広告の必要性はな
い。
3 争点3(損害)について
(原告の主張)
被告の本件文書の頒布行為により,原告が,創業以来16年にわたって築き
上げてきた適性テストに対する評価は一気に破壊され,原告の名誉・信用は著しく
毀損された。被告の行為による原告が蒙った無形の損害は1億円を下らない。
すなわち,原告は,オリジナルテスト開発当初からこれまでの間,景気の低
迷にもかかわらず,着実に売上げを伸ばしていたが,原告のオリジナルテストの売
上げは,前年比1億円規模で減少している。これは,本件文書の配布等による原告
の信用侵害以外に合理的な原因はない。また,適性テストは顧客がその問題を見て
も,それが何をどのくらい正確に測定できるかということについて分析能力を有し
ていない商品であるため,一度失った信用を回復することも至難の業である。した
がって,これまでに原告が受けた無形の損害は1億円を優に超えており,このまま
では将来にわたって増え続けることも必至である。
したがって,原告は,被告に対し,1億円の損害賠償を求めるものである。
(被告の主張)
原告のテストのうち,「計数」に関し,原告の問題の形式数がほぼ2形式であ
ったことについては,市販されている書物においても広く紹介されており,世間一
般の共通認識となっていたものであるから,被告が本件文書を頒布した行為に起因
して,原告に損害が生じることはない。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(本件文書の記載内容が,品質誤認表示又は虚偽表示に該当するか)
について
(1) 前記の「争いのない事実等」(前記第2,2)に後掲の各項目に掲げた各
証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の各事実を認めることができる。
ア 原告が販売する適性テスト
(ア) 原告が販売するマークシートベースの主な適性テストとして,次の
6種類があり,その内容は,次のとおり紹介されている(甲1,乙5)。
①OPQ
(パーソナリティ質問紙)
職務を遂行する際にとる行動には個人差
があります。個人が好む行動スタイルか
ら,最適な職務を予測する質問紙です。
②GAB<ギャブ>(総合適性テス
ト)
③IMAGES<イメジス>(総合適性
テスト)
言語理解テスト,計数理解テスト等の知
的能力テストとOPQで構成された総合適
性テストです。
④CAB<キャブ>
(コンピュータ職適性テスト)
⑤SAB<サブ>(営業職適性テス
ト)
⑥OAB<オーエービー>(事務職
適性テスト)
システムエンジニア,プログラマー,営業
職,事務職の職務適性を知的能力面とパ
ーソナリティ面から測定するテストです。
(イ) また,原告は,インターネットを使用しウェブサイト上で受検する
システムも採用しており,「Webテスト」として,次の2種類のテストのほか6
種類を紹介,販売している(乙5)。
a 玉手箱 新卒採用応募者の母集団形成ツールです。膨大なネット・
エントリー層を効率的に選別します。
b 玉手箱Ⅱ 好評の玉手箱から中途採用対応版が登場。お金をかけな
いで,すばやく簡単に求める人材を採用できます。
イ 原告が販売する各テストの詳細
(ア) CAB(COMPUTERAPTITUDETESTBATTERY)(乙12)
① CAB-1 暗算-計数理解テスト(甲4)
計算問題を多く解かせる原告計算問題と同形式の
テスト。
② CAB-2 法則性-直観的推理テスト(甲20)
③ CAB-3 命令表-プログラミング言語テスト(甲21)
④ CAB-4 暗号-構造理解テスト(甲22)
(イ) GAB(甲5,乙16の2)
① 言語理解テスト
② 計数理解テスト-原告表読み問題と同じ形式のテストと原告計算問
題と同じ形式のテストがある。
(ウ) 玉手箱(乙15の1,16)
SPIノートの会編著の「8割が落とされる『Webテスト』完全突破
法!」と題する書籍において,「『玉手箱Ⅱ』には,計数・言語・性格・意欲の4
つの分野が出題されます。『計数』は2種類あり,一次方程式の問題と,表やグラ
フを用いて計算をする問題です。」(乙15の1)と紹介されている。また,同会
編著の「この業界・企業でこの『採用テスト』が使われている!」(乙16の1)
においては,「CABの能力テスト」の解説について,「‥‥‥面白いことに,計
算能力のテストとして「暗算」だけを50問も出題しています。」とも紹介されて
いる。
ウ 原告は,平成6年3月から,顧客の使用目的,要望等に応じるオリジナ
ル適性テストの開発サービスを開始していた。原告作成の「オリジナルテスト問題
 分野・カテゴリー別サンプル集1999年度版」(甲16)には,分野として,
「言語,計数,英語,一般教養」などの記載があり,「計数」の分野の中に,「計
数理解,暗算,法則性,命令表,構造理解,数的推理,論理,計数知識」のカテゴ
リーが掲げられていた(甲16,30)。
原告がこれまでに作成したオリジナルテストのうち,「総合適性テス
ト」(甲17)においては,「計数」の項目として,原告計算問題及び原告表読み
問題以外の形式の問題が掲載されている。また,「IT総合基礎能力テスト」(甲
19)には,「構造理解テスト」,「数的推理テスト」が含まれており,原告計算
問題及び原告表読み問題以外の形式の問題が使用されている。
なお,原告は,当該適性テスト等は非公開の著作物であるとして,オリ
ジナルテストを販売した各顧客には守秘義務を課していた(甲31参照)。
エ 被告が販売する適性テスト(乙22,23,弁論の全趣旨)
平成15年当時,被告が販売していた主力の適性テスト(検査)は,総
合検査の「SPI2」と呼ばれる商品であり,コンピュータ職向けに特化した適性テス
トは保有していなかった。「SPI2」の前身である「SPI(SyntheticPersonality
Inventory)」は,1974年にリクルート社の人事測定事業部(現株式会社人事測
定研究所)によって開発された総合的な適性検査である(甲2)。
SPIは,どのような仕事においても必要とされる基本的能力の分析を行う
ものであり,基本的能力として,言語的能力(国語力。文章を読み,書き,理解
し,整理・説明するなど,仕事をしていくうえで必要な基礎力。)と非言語的能力
(数学的能力。数字を扱うために必要な基礎的計算力,論理的思考能力などを判
定。)に分けて,その能力を測定するものである。
なお,被告のパンフレット(乙22)には,「SPI2」の紹介とし
て,「SPI2総合検査-面接だけでは捉えにくい人物の特徴を,基礎能力と性格特性
(行動,意欲,情緒の3側面)から総合的・客観的に測定する検査。従来のSPIを改
訂し,性格面の特徴,面接などで確認しておきたいポイントをコメントで表示する
と共に,職務に対する適応性を判定する機能を強化。採用選考,配置・配属,昇
進・昇格,教育研修など,さまざまな人的資源管理の場面で幅広く利用されてい
る。」と記載されている。
オ 本件文書の配布先等
被告は,平成15年7月ころ,本件文書を作成し,そのころ,東京にあ
る取引先6社に対し,本件文書を配布又は提示し,被告が販売する適性テストを宣
伝した。しかし,被告は,原告から本件文書の頒布について苦情を受けたため,同
年9月19日以降,原告との無用な紛争を避ける目的で本件文書の頒布を中止した
(乙23,弁論の全趣旨)。
なお,本件文書5頁における「S社_‥‥‥」が原告を指すことは,当
事者間に争いがない。
カ 企業における各適性テストの採用状況等
(ア) 被告の適性テストは,企業における採用テストのほぼ100%のシェア
を占めると評されていた時期もあったが,近年はそのシェアは40~50%と評価され,
原告の適性テストは30%程度となっている(甲3)。
(イ) 被告は,本件文書配布当時,幅広い職種で求められる一般的な能力
を測定する適性テストのみを販売しており,特定の職種の採用のための適性テスト
を被告の商品として保有していなかった(乙22,23)。
したがって,原告の適性テストと被告の適性テストとで競合関係が生
じるのは,原告の販売する「GAB」及び「IMAGES」,ウェブページテスト
の「玉手箱Ⅱ」であった。
(2) 判断
 前記の「争いのない事実等」(前記第2,2)及び上記(1)で認定した
事実に基づき,本件文書を顧客に配布する行為が,不正競争防止法2条1項13
号,14号に該当するかどうかについて判断する。
   ア(ア) 不正競争防止法2条1項13号は,「商品若しくは役務若しくはそ
の広告若しくは取引に用いる書類若しくは通信にその商品の原産地,品質,内容,
製造方法,用途若しくは数量若しくはその役務の質,内容,用途若しくは数量につ
いて誤認させるような表示をし,又はその表示をした商品を譲渡し,引き渡し,譲
渡若しくは引渡しのために展示し,輸出し,輸入し,若しくは電気通信回線を通じ
て提供し,若しくはその表示をして役務を提供する行為」を不正競争行為と規定
し,同項14号は,競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知
し,又は流布する行為を不正競争行為と規定している。
  不正競争防止法の上記各規定は,虚偽又は誤認を生じる表示を用いて
需要者の需要を不当に喚起し,あるいは虚偽の事実を告知することにより競業者の
信用を不当に低下させて競争上有利な立場に立つ行為について,公正な競争秩序を
害するものとして禁ずるものである。
  しかるところ,同法2条1項13号が「誤認させるような表示」と規
定し,同項14号が「虚偽の事実」と規定するのは,いずれも証拠等をもって該当
性の有無が判断できるような客観的な事項をいうものであって,証拠等による証明
になじまない価値判断や評価に関する記述を含まないものと解するのが相当であ
る。けだし,そのような記述は,意見ないし論評の表明として,市場における自由
な競争行為の一環として許容されるものというべきだからである。このことは,同
法2条1項13号が商品に係る表示の例示のなかに「原産地」「製造方法」「用
途」「数量」といった,評価的な観点を離れて極めて客観的に真実か否かが判断で
きる事項を掲げていることからも裏付けられるところである。
(イ) これを本件についてみるに,原告が本件文書において不正競争防止
法2条1項13号の「誤認させるような表示」又は同項14号の「虚偽の事実」に
該当すると主張する記述部分(本件表示①ないし⑥)は,いずれも適性試験におけ
る一定の類型の問題について受検者の能力・適性を判定するための手段として適切
なものかどうかを論ずるものである。
  適性テストとは,被検者に一定の設問等に対する対応行動をさせ,そ
の結果について一定の方式を適用することにより被検者の適性・能力等についての
評価を行うもので,当該テストを用いることによって各企業がその従業者等に対し
て求める能力・適性を被検者が備えているかどうかを的確に判断できることを目的
として様々な工夫をして作成されるものである。しかるに,人間の能力・適性を判
断する観点は様々なものがあり,これを評価するための手法も,また,古来から種
々の方法が試みられてきたものであって,被検者の能力・適性を判定するための適
性テストとしてどのような形式のものが適切かについては,論者によって様々な見
解があり,一定の基準があるものではなく,適性テストとして通常備えるべき品質
というものも観念し得ない。
  したがって,被検者について特定の分野の能力・適性の有無を評価す
るためにどのような問題を設定すればよいかは,適性テストを作成する各事業者が
それぞれ独自の見解に基づいて作成するほかはなく,現にそのように行われてい
る。このことは,原告自身においても,認めているところである(前記3,1(2)ア
において,原告は,人間のいかなる要素を「適性」の有無の判断に影響させるべきか
について確立した基準はないこと,及び,何を測定対象として適性テストを作成す
るかは各テスト業者の独自の判断によることを,自ら主張している。)。
  そうすると,原告が本件文書において不正競争防止法2条1項13号
の「誤認させるような表示」又は同項14号の「虚偽の事実」に該当すると主張す
る記述部分(本件表示①ないし⑥)が,いずれも適性試験における一定の類型の問
題について受検者の能力・適性を判定するための手段として適切なものかどうかを
論ずるものであることは既に述べたとおりであるところ,このような点について
は,各事業者がそれぞれ独自の見解により自由に論ずべきものであって,一定の見
解を採り挙げてそれが誤認表示であるか,あるいは虚偽事実であるかを証拠等によ
り客観的に判断し得るようなものではない。
  上記のとおり,原告が不正競争防止法2条1項13号,14号に該当
すると主張する本件文書中の記述部分は,いずれも,被告の意見ないし論評の表明
として,市場における自由な競争行為の一環として許容されるものというべきであ
り,この点において,原告の本訴請求は,既に,その前提を欠くものとして,理由
がないが,念のため,原告の主張に係る記述部分(本件表示①ないし⑥)を個別に
検討しても,次に述べるとおり,当該記述が前記不正競争行為に該当することをい
う原告の主張は,採用できない。
イ 本件文書5頁・「計数ではほぼ上記2形式しか存在しない→形式が少な
いため受検者が攻略しやすい」←特徴が大きく異なります!→「全部で28形式を
用意(新形式も継続検討中)→受検者に攻略させない工夫」との表示(本件表示
①)について
(ア) 原告は,本件表示①について,2形式しかないテストは形式が少な
いために攻略されやすいが,形式が多い被告のテストは攻略されにくく,品質がよ
いと読み取れる旨を主張する。
しかし,本件表示①は,同頁冒頭に掲げられた「適性検査の品質①
(妥当性:測りたいものを測っているか?)」の項目において記載された表現であ
り,形式数の多寡は,原告と被告の問題形式の特徴として掲げているにすぎず,原
告が主張するように,品質の高低を表現しているものとは認められない。
したがって,上記表示①を品質誤認表示に該当するということはでき
ない。
(イ) 「形式が少ないため受検者が攻略しやすい」との表示について,原
告は,形式が少ないゆえに攻略されやすいとはいえないから,虚偽の事実の告知に
当たる旨主張し,現に原告の適性テストを2回受検した場合でも,1回目と2回目
とで,その得点結果には,ほとんど差異はみられないことが実証されているとし,
形式の多寡と攻略のしやすさは関係ないものであるとする。
しかし,仮に,原告が主張するように,原告の適性テストにおいて
は,複数回受検しても当該テストに関して点差がみられなかったとしても,同種の
テストが多数存する場合と少数しかない場合とを比較すれば,形式が少ない方が対
策を立て易いというべきであるから(一般的に,形式が多ければ,受検者もその対
応策に追われるものであり,形式が少なければ受検者において検討すべき対応策が
少なくて済むものということができる。),これを攻略しやすいと表現することが
誤っているということはできず,上記表示が虚偽であるということはできない。
なお,心理学者の元東京大学教授P1の鑑定意見書(甲23。以下
「P1鑑定」という。)は,原告の同一の適性テストを2回受検した場合の得点差
が余り生じていない結果が得られていることを理由として,原告のテストは攻略し
やすいとはいえないと述べているが,同鑑定の結論は,当該テストが攻略しやすい
か否かを,1回目に受検した場合と2回目に受検した場合の得点差が大きいか否か
で判断することを前提とするものである。しかし,この前提は,テストの形式の多
様性を何ら反映するものではなく,同一のテストを複数回受検した場合の得点差に
より,当該テストに対する慣れの影響を判断することができるにすぎない。したが
って,P1鑑定の結論を採用することはできない。
(ウ) 原告の販売する適性テストにおいて,計数の分類では2形式しか問
題形式が存在しないかどうかについて
前記の「争いのない事実等」(前記第2,2)及び上記(1)で認定し
た事実によれば,原告が,一般に市販している適性テストにおいて,「計数」ない
し「計数理解」として掲げた問題形式は,原告計算問題か,あるいは,原告表読み
問題の2つの形式のいずれかであったことが認められる。
この点,原告は,「法則性」や「命令表」などの形式は,「計数」の
分野に属するものであるから,市販のテストにおいても,計数の分野には2形式以
上の問題形式があるといえること,また,実際にオリジナルテストにおける計数の
分野に属する問題形式には,上記の2種類以外の形式も作成されていた旨を主張
し,オリジナルテストのサンプル問題(甲16)や実際に作成されたオリジナルテ
スト(甲17ないし19)などを提出し,原告の適性テストのうち,「計数」に属
する形式の問題は,2形式以上存する旨の意見を述べたP1鑑定,P2の鑑定意見
書(甲33の1)などを提出する。
しかし,原告の適性テストでは,乙15の1,16の2の記載にみら
れるように,計数関連の問題形式としては2種類あるものとして一般的にも紹介さ
れている上,原告が,オリジナルテストにおいて,適性テストにおける「計数」の
分野に属するものとして,「計数理解,暗算,法則性,命令表,構造理解,数的推
理,論理,計数知識」のカテゴリーを掲げていたことは,個々の顧客に秘密保持契
約がなされていたオリジナルテストのサンプル問題(甲16)における分類を見て
初めて明らかになる事項である。
したがって,原告が主張するように一般には知り得ない形式を含め,
原告作成の計数テストが2形式以上存するものとすることは妥当でない。このこと
は,原告から提出されたP1鑑定においてさえ,「テストの形式の数え方に確たる
決まりはない。テスト項目の形式の数え方はさまざまである。測定する因子で分類
する方法や,問い方の形式で分類する方法などさまざまな形式分類方法があ
る。」,「『計数』とは,狭義には数字を使ったテスト形式をいうが,広く,図形
を含む数学的要素を使ったテストの形式をいうこともある。」(同・2頁)と記述
しているのであって,個々の問題形式が「計数」の分野に属するか否かについて一
定の評価を得られるものではない。
以上を総合すれば,本件表示①において被告が使用した「計数」の用
語を,P1鑑定における狭義の意味に解釈すれば,本件表示①は虚偽ではないので
あるから,本件表示①を虚偽の事実ということはできない。
ウ 本件文書5頁・「測りたいものを測っているか?」「論理的思考力を問う
ような問題形式になっていない」「論理的思考力を確認するための問題が充実して
いる」との表示(本件表示②)について
(ア) 本件表示②を,同頁冒頭に掲げられた「適性検査の品質①(妥当
性:測りたいものを測っているか?)」との表示及び「特徴が大きく異なりま
す!」との表示と併せて読めば,被告の問題形式は論理的思考力を問うための問題
が充実していることを示すために,計算能力を測ることを目的とする原告計算問題
や原告表読み問題とはその特徴を異にすることを表しているものと認められるにす
ぎず,原告の主張するように被告の適性テストの方が品質が高いということを意味
しているものとは到底認められない。
したがって,上記表示②を品質誤認表示に該当するということはでき
ない。
この点,原告は,計算能力を測ることができない国語のテストと,計
算能力を測ることができる算数のテストを比較していることが品質誤認表示に当た
る旨主張するが,本件表示②は,上記のように,被告のテストの特徴を分かりやす
く説明するために,原告計算問題等を例として挙げているにすぎないのであって,
原告の主張は採用できない。
(イ) 本件表示②のうち,「論理的思考力を問うような問題形式になって
いない」との表示が,虚偽の事実といえるかについて
原告は,上記表示のうち,「論理的思考力」の意味が不明瞭なまま,
上記のように表示することは,合理的根拠に基づかず,単に被告の推測を記載した
ものであるから,虚偽事実の告知に当たると主張する。
しかし,上記の「論理的思考力」に通常と異なる特別の意味が存する
ものとは考えられず,論理の法則にかなった判断や考える力のことを示すと解され
るから,不明瞭とはいえず,原告の上記主張は採用できない。
また,原告計算問題は,四則を用いた簡単な演算の問題形式であり,
原告表読み問題は,表等に掲げられたデータを正確に読み取ることによって回答す
る問題形式であることにかんがみれば,これらが,上記の通常の意味での論理的思
考力を測るための問題とは認められない。
この点,原告は,原告計算問題等については回答を探索するためにど
のような手順をとるかなどという戦略の検討が必要であるとして,原告計算問題等
も論理的思考力を問う問題とも評しうる旨を主張する。
しかし,いかにして問題を速く正確に解くかというのは,およそすべ
てのテストにおいて受検者に課せられた当然の課題であり,これをもって論理的思
考力を問う問題であるということはできない(このような考えでは,設問の内容に
かかわらず,どのような問題であってもすべて論理的思考力を問う問題ということ
になってしまう。)。上記の原告の主張は,原告独自の解釈といわざるを得ず,採
用し得ない。
エ 本件文書10頁・「HRR能力検査の問題形式は豊富です。Uタイプに使用
している言語は10形式 非言語は27形式用意しています。」→形式が少ないと
「①対策がたてやすく,受検者に攻略されやすくなります」,「HRR能力検査は同種
類の検査を数多く用意しています。例えばUタイプでは,15版の平行版を用意して
います。」→「平行版が少ないと①全く同じ冊子を受検者が短期間の間に複数回受
検してしまう可能性が高くなり,受検者の能力を正しく測定できなくなります」と
の表示(本件表示③-1及び③-2)について
(ア) 原告は,本件表示③-1の記載によれば,形式が少ないと対策を立
て易く,受検者に攻略されやすくなるのに対し,被告は問題形式を豊富にすること
によって受検者の攻略を防止しているから,被告のテストは形式の少ない原告のテ
ストに比べて品質がよいものと読み取れる旨を主張し,本件表示③-2の記載によ
れば,平行版が少ないと,受検者の能力を正しく測ることができないから,被告は
平行版を多数用意して受検者の能力を正しく測定できるようにしていると読み取れ
るとも主張する。
しかし,同頁は,「HRR能力検査のその他の工夫点」として,「問
題形式の豊富さ」「選択肢数の設定」「平行版の多さ」として,上記の各表示を記
載しているのであって,前記イのとおり,形式数の多寡は,原告と被告の問題形式
の特徴として掲げているにすぎず,適性テストの品質に関わる表現をしているもの
と認めることはできない。また,平行版の多さについても,問題形式の特徴を事実
として挙げているにすぎない。
したがって,本件表示③-1及び同③-2のいずれも,品質誤認表示
に該当するということはできない。
(イ) また,同頁においては,原告を示す表示は一切なく,一般的に,被
告が販売する適性テストの特徴と反対の特徴を同頁の右側に示して,それによる一
般的な不都合性を述べているにすぎないから,同表示をもって,原告のテストを表
示しているものとは認められない。
この点,原告は,本件文書を読み進んできた者には,本件文書5頁の
記載とあいまって,原告の適性テストのことを示していることは明らかであるとい
うが,本件表示③-1等が記載されている本件文書10頁の構成全体を見ても,あ
る特定の者のテストを前提としてこれと比較する形式で被告が広告しているものと
認めることはできないから,原告の上記主張は失当というべきである。
オ 本件文書11頁・被告テストの信頼性係数の詳細な表示とともに「信頼
性係数はテストの基本的な性能を表すものです。この数値が明示できないテストは
科学的なテストとはいえません!」との表示(本件表示④)について
(ア) 原告は,本件表示④の記載からは,被告のテストは信頼性係数が明
示できるので,科学的であり,品質の高いテストであると読み取れるが,信頼性係
数が明示できなくても品質の高い適性テストは存在するのであるから,信頼性係数
が明示できるかどうかは適性テストの品質を左右するものではない旨を主張する。
たしかに,信頼性係数のみで当該適性テストの品質が左右されるわけ
ではないとしても,適性テストの信頼性を客観的に表すため,信頼性係数を用いる
ことは,原告自身,自らのウェブサイトにおいて,「OPQは,30尺度,30分の回
答時間という制約のもとで,全尺度平均で0.7の信頼性(係数)の水準を獲得し
ている」(甲11・原告ウェブサイト上の「投資家からの質問」のコーナーにおい
て)などと記載し,適性テストの信頼性を判断する際に信頼係数を用いることを自
認していることに照らせば,信頼係数の高低により適性テストの品質について紹介
することが,需要者の品質についての判断を誤らせるものとはいえず,本件表示④
が品質誤認表示に当たるということはできない。
(イ) また,同頁においても,原告のことを示す表示は一切認められない
のであって,虚偽事実の告知に当たる前提を欠くというべきであるから,前述のと
おり,虚偽事実の告知に該当するとの原告の主張も,また失当である。
この点,原告は,本件文書を通して読んできた者には原告のテストを
示すことは明らかというべきと主張するが,本件表示④が,特定の者のテストを前
提として表現したものとは認められないから,原告の主張は採用できない。
さらに,上記のとおり,信頼係数の高低により適性テストの信頼性を
測る方法も一般的に認められている以上,信頼性係数を明示できない適性テストや
信頼性係数の低い適性テストは品質が悪いと記載することは,虚偽の事実であると
いうことはできない。
カ 本件文書13頁・「どちらが得意なのか比較可能」「評価が真実と逆転
する可能性があるため他者と比較できない」との表示(本件表示⑤)について
(ア) 原告は,ノーマティブ方式(単純選択方式。単純に当てはまる場合
にYesを,当てはまらない場合にNoを回答させる方式)とイプサティブ方式(強制選
択方式。最も当てはまるものと最も当てはまらないものを1つずつ回答させる方
式)の比較として,ノーマティブ方式は「どちらが得意なのか比較可能」であると
表示し,イプサティブ方式では「評価が真実と逆転する可能性があるため他者と比較
できない」と表示することは,被告の適性検査に関する品質誤認表示である旨主張す
る。
ノーマティブ方式とイプサティブ方式については,中島義明ら編集の
「心理学辞典」(有斐閣)(乙18)において,「イプサティブ・スコア」は,
「通常のテスト・スコアがある特性についての個人間の比較を目的とするのに対し
て,さまざまな特性の個人内での差異を表現することを目的とする場合に使われる
スコアのこと。イプサティブ・スコアは個人ごとに構成された尺度上で分布するた
め,個人についての尺度の原点は任意でもかまわない。逆に,すべての個人に対し
て共通な尺度が存在しないため,このスコアによる個人差の比較は無意味であ
る。」と記載されている上,原告が販売する「OPQ COURSE」のテキスト中において
も(甲12参照),イプサティブ方式とノーマティブ方式については学者の間でも
評価が異なることが紹介されている。すなわち,同テキストには,ジョンソン,ウ
ッド,ブリンクホーン(1988)は,イプサティブ検査は個人の比較に使用でき
ないこと,信頼性が人為的に誇張され,職務の成功の妥当や予測に使用できないこ
とを主張したのに対し,サビルとウィルソン(1991)は,上記の主張が間違っ
ていることを現実のデータとコンピュータでシミュレーションしたデータで示し,
イプサティブ検査は,信頼性を誇張することなく,職務の成功を非常によく予測で
きるものであることが記載され,さらに,「検査の選択と比較についての統計的な
議論は非常に複雑である。‥‥‥ノーマティブ検査は(社会的望ましさのような回
答バイアスの可能性のため),こじわまで描き込まない油絵のように,実物以上に
良く見せるところが少しある。イプサティブ検査は,個人の最も重要な側面の優先
順位をつけるので,新聞の風刺漫画に似ている。どちらの絵も完全に正確ではな
い。‥‥‥」などとも記載されている。さらに,P1鑑定(甲23・9~10頁)
においても,「強制選択方式は‥‥‥自己の特性(タイプ)について求めるもので
あり,その限りで有効である。単純選択方式は‥‥‥社会的に共通した判断基準が
認められる場合には,大まかな傾向を知るのに役立つであろうが,判断基準が異な
る個人間では比較は不可能である。」と述べられている。
上記によれば,イプサティブ方式とノーマティブ方式については,そ
れぞれの方式により何を測定することができるのか,何を測定するのに適切なのか
は,心理学者によって見解が分かれるところであり,ノーマティブ方式であれば,
他者との比較をすることができるが,イプサティブ方式は,個人内の諸特性の相対
的評価に有効な方式であり,他者との比較には限界があるというのも,ひとつの可
能な論評を示したにすぎないというべきである。
したがって,本件表示⑤の「どちらが得意なのか比較可能」「評価が
真実と逆転する可能性があるため他者と比較できない」というのは,品質に関する
表示と認めることはできず,品質誤認表示に該当するということはできない。
(イ) 原告は,本件文書13頁における本件表示⑤について,ここまでの
比較対象が原告であったことに加え,市販テストにおいて原告がイプサティブ方式
を採用していることから,ここまで読み進んだ読者にとって,これが被告のテスト
と原告のテストを比較したものであることが明らかであると主張し,また,実際に
本件文書を提示し,原告を名指しした上で説明を受けたことを聞いたという原告従
業員の陳述書(甲24ないし26)を提出する。
しかし,本件表示⑤において,特定の者を念頭において比較している
ことはうかがわれず,一般的な比較をしているにすぎないから,原告の主張はその
前提を欠く。また,原告従業員の陳述書は,そのように顧客から聴き取ったという
にすぎず,他にこれを裏付ける客観的合理的な証拠もないからこれらを直ちに措信
することはできない。仮に,原告が主張するように,各顧客が,原告のテストにお
いてはイプサティブ方式を採用しているとの説明を受けたことが真実だとしても,
イプサティブ方式とノーマティブ方式に関する当該説明は,論評の表明に当たるも
のであって,これをもって虚偽の事実ということができないことは上記(ア)で述べ
たとおりである。
したがって,いずれにせよ,本件表示⑤が「虚偽の事実」に該当する
とは認められない。
キ 本件文書14頁・「各尺度の強度(LEVEL)と個人内のメリハリ(TYPE)
の両方を測定することができる」「個人内のメリハリ(TYPE)は測定することができ
るが,各尺度の強度(LEVEL)を測定することは難しい」との表示(本件表示⑥)に
ついて
(ア) 原告は,本件表示⑥を読むと,本来レベルの違いは測定できないの
に,被告の適性テストはタイプだけでなくレベルも測ることができると読めるか
ら,本件表示⑥は,「品質誤認表示」に当たる旨主張する。
この点は,本件表示⑥が記載された本件文書14頁では,①LEVE
Lを中心とした採点方式として,ノーマティブ方式の質問と回答が例に挙げられて
おり,②TYPEを中心とした採点方式として,イプサティブ方式の質問と回答が
挙げられているが,上記カ(ア)で述べたとおり,イプサティブ方式であれば,LE
VELとTYPEの両方を測定できるとする考え方もあり得るところであり,これ
は論評を表明する記述というべきであるから,本件表示⑥が品質に関する誤った事
実を表示しているとはいえない。
したがって,本件表示⑥について,これが品質誤認表示に当たるとい
う原告の主張は採用できない。
(イ) 同様の理由により,本件表示⑥が,虚偽の事実に当たるといえない
ことも明らかであるから,本件表示⑥を表示することは,虚偽の事実の告知に当た
らない。
ク 小括
 以上のとおり,本件各表示については,いずれも品質誤認表示ないし虚
偽の事実に当たるものではないから,これらの記載をもって不正競争防止法2条1
項13号,14号所定の不正競争行為に該当することをいう原告の請求は,いずれ
も理由がない。
なお,原告は,本件文書の受け手がミスリードするおそれがある以上,
違法と判断すべきであり,本件各表示は品質誤認あるいは虚偽の事実の告知に当た
る旨も主張しているが,上記に述べたとおり,原告がミスリードと主張する理由
は,原告の主張する基準によってみればミスリードと判断されるというだけであ
り,そもそも適性テスト一般に共通する標準的な基準というものが存在しない現在
の状況の下においては,原告の上記主張は失当といわざるを得ない。
 2 結論
   以上によれば,原告の本訴請求は,その余の点を判断するまでもなく,いず
れも理由がない。
   よって,主文のとおり判決する。
   東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官     三  村  量  一
 裁判官  鈴  木  千  帆
裁判官  荒  井  章  光

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