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平成21年6月30日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成19年(ワ)第22715号特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日平成21年5月18日
判決
東京都八王子市<以下略>
原告株式会社日本ハイポックス
同訴訟代理人弁護士井堀周作
同訴訟代理人弁理士吉田芳春
神戸市西区<以下略>
被告美津村株式会社
同訴訟代理人弁護士坂本光輝
同補佐人弁理士南條博道
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告は,別紙物件目録記載1ないし5の各製品(以下,それぞれ「被告製品
1」などといい,被告製品1ないし5を総称して「被告製品」という)を製。
造し,販売し,販売の申出をしてはならない。
2被告は,被告製品を回収し,廃棄せよ。
3被告は,原告に対し,3600万円及びこれに対する平成19年10月6日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,化粧料についての特許権を有する原告が,被告において被告製品を
製造,販売する行為は上記特許権を侵害する行為であると主張して,被告に対
し,特許法100条1項に基づき被告製品の製造,販売等の差止めを,同条2
項に基づき被告製品の回収及び廃棄を,民法709条に基づき損害賠償金36
00万円及びこれに対する不法行為の後である平成19年10月6日(訴状送
達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の
支払を求めた事案である。
1争いのない事実等(証拠を掲げていない事実は当事者間に争いがない)。
()原告の有する特許権1
ア原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,その特許請求の範囲
請求項1の発明を「本件発明」という。また,本件発明に係る特許を「本
件特許」といい,本件特許に係る明細書(別紙特許公報参照)を「本件明
細書」という)を有している。。
特許番号第3449624号
発明の名称化粧料および燕窩抽出物の製造方法
出願日平成9年11月5日
登録日平成15年7月11日
特許請求の範囲請求項1
「燕窩の含水溶剤抽出物をスキンケア成分として含有することを特徴と
する化粧料」。
イ本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,分説した
構成要件をそれぞれ「構成要件A」などという。なお,燕窩とは,ア。)
マツバメ科のアナツバメ属に属すツバメ類が,唾液又は唾液と羽毛等を混
()。ぜて固めた巣窩のことをいう本件明細書2頁4欄33行ないし35行
A燕窩の含水溶剤抽出物を
Bスキンケア成分として含有することを特徴とする
C化粧料。
()被告の行為2
被告は,平成18年5月ころから,業として,被告製品1ないし4を製造
し,販売し,販売の申出をした(なお,被告が,被告製品1ないし4のほか
に,被告製品5の製造,販売ないし販売の申出をしたことを認めるに足りる
証拠はない。。)
()被告製品1ないし4の構成3
ア被告製品1ないし4は,アナツバメ巣エキスを含有する化粧品である。
アナツバメ巣エキスは,燕窩を粉砕し,これにタンパク分解酵素(エン
ドペプチダーゼ)を添加して酵素による反応を行い,その後,上澄みを回
収して粉末化させることによって得られる物である(上記エキスを,以下
「燕窩の酵素分解物」という。なお,酵素による反応は,全くの水無。)
しでは起こらないため,上記処理の過程では,酵素による分解反応を起こ
(,「」。)させるために水が加えられるこの分解反応を以下加水分解という
(甲29,乙18,24,弁論の全趣旨。)
イ被告製品1ないし4は,化粧品であって,化粧料と同義であるから,構
成要件Cを充足する。
2争点
()被告製品1ないし4は,構成要件A及びBを充足するか(争点1。1)
()原告の損害(争点2)2
3争点に関する当事者の主張
()争点1(被告製品1ないし4は構成要件A及びBを充足するか)につい1

ア原告の主張
(ア)構成要件Aの充足性
被告製品1ないし4は,前記のとおり燕窩の酵素分解物を含有するも
のである。以下に述べるとおり,燕窩の酵素分解物とは,構成要件Aの
「燕窩の含水溶剤抽出物」にほかならない。
aすなわち「抽出」とは「固体や液体を液体溶媒(両者は相互に,,
ほとんど不溶解)と接触させ,1種以上の成分を溶媒中に移行させる
分離方法(マグローヒル科学技術用語大辞典改訂第3版・113」
4頁(甲37)であり「適当な化学反応をおこさせて抽出しやす),
い物質に変えて抽出する場合」も含まれる(岩波理化学辞典第5版
・058(甲49。[]))
したがって,被告が燕窩の酵素分解物を得るに際し,触媒として酵
素を使用して加水分解反応を起こさせているとしても,触媒である酵
素の作用自体は,燕窩の成分を含水溶剤に移行しやすい物質に変えて
いるだけであって,被告が燕窩に含水溶剤である水を接触させ,燕窩
の成分を水に溶解,移行させて,その上澄みを得ていることに変わり
がない以上「抽出」が行われているといえる。,
b不溶性タンパク質を可溶化することが「抽出」の一手段としてとら
えられていることは「日本生化学会編生化学実験講座1タンパク,
質の化学1分離精製」の12頁(甲56)に「もちろん動物,植,
物,微生物など材料によって,その解体操作や可溶化の方法は著しく
異なるが,要は目的とするタンパク質をすみやかにかつ安定なかたち
で,好収量で抽出することにある」との記載があることや,不溶性タ
ンパク質の可溶化の方法として,ペプシンやトリプシンのようなタン
パク分解酵素を用いた方法も知られていること(日本生化学会編新
生化学実験講座1タンパク質Ⅰ分離・精製・性質・72頁ないし7
()),,「,3頁甲57シアル酸研究会のホームページに燕窩から直接
シアル酸糖鎖を残したまま,ムチン型糖タンパク質を取り出して有効
利用しようという研究がなされた(未発表)これは燕窩をプロテア。
ーゼ処理して水溶性とするもので,この方法で処理した燕窩の抽出物
は主にムチン型糖タンパク質で,約60%のムチン型タンパク質と,
それぞれ約10%の中性糖とシアル酸から構成されている」との記。
載があること(乙44,などによっても,裏付けられている。)
また,特許文献においても,次のとおり,酵素反応を伴う抽出にお
,,,いて当該酵素反応が目的とする抽出のために必要な手段であれば
当該抽出の概念に含まれると解釈される例がある。
①特開平5−252947号公報(甲58)
酵素による処理を含む海藻抽出物の製造方法が記載されている。
②特許第2933309号公報(甲59)
酵素反応処理を含む魚介類エキスの抽出方法が記載されている。
③特開2007−124901号公報(甲60)
タンパク分解酵素による消化工程を含むコラーゲン抽出方法が記
載されている。
④特開2007−230980号公報(甲61)
酵素によりタンパク質を加水分解する処理を含む多糖類抽出液の
調製方法が記載されている。
⑤特開2007−261966号公報(甲62)
酵素処理によるコラーゲン抽出方法が記載されている。
⑥特表2004−521919号公報(甲63)
タンパク分解酵素を添加する酵母抽出物の製造方法が記載されて
いる。
さらに,燕窩は,ムチン型糖タンパク質であり,ムチン型糖タンパ
ク質は,酸,アルカリ,酵素で加水分解されることが知られている。
したがって,燕窩を,例えば酵素で可溶化し,得られた水溶性成分
,,「」のみを分離する方法は酵素による可溶化がそのまま燕窩の抽出
の概念に含まれる。
c原告が実施したイオン交換クロマトグラフィー,ゲル濾過クロマト
グラフィー及びSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動法(以下「S
DS−PAGE」という)による比較実験では,次のとおり,原告。
が所定の条件で抽出した燕窩の酵素分解物と燕窩の含水溶剤抽出物と
は,同一の分離パターンを示した。かかる実験結果は,両者の成分が
同一であること,すなわち,燕窩の酵素分解物が燕窩の含水溶剤抽出
物に含まれることを示すものである。
(a)イオン交換クロマトグラフィーによる比較実験
イオン交換クロマトグラフィーは,試料に含まれる成分のイオン
交換吸着性の違いによって分離分析を行うクロマトグラフィーで,
タンパク質やペプチドの分離分析によく用いられている。したがっ
て,含水溶剤抽出物と酵素分解物との間で,構成する成分の性質が
わずかでも異なれば,異なるピークとして分離されるはずであり,
逆にピークが別々に分離しなければ,それらの成分は同じ性質を有
することを示すものである。
原告が平成20年6月に実施した実験(その内容は「燕窩の含,
水溶剤抽出物と酵素分解物のイオン交換クロマトグラフィーによる
比較」と題する試験報告書(甲68の2)に記載のとおりである。
以下「甲68実験」という)によると,燕窩を60℃から95℃。
の範囲の水で加熱して抽出した含水溶剤抽出物のクロマトグラム
と,燕窩の酵素分解物のクロマトグラムは,いずれも,約3分,8
分,10分及び30分の4つのピークが検出され,対応する各ピー
クの溶出時間がおおむね一致し,さらに,両者(燕窩の含水溶剤抽
出物と燕窩の酵素分解物)の等量混合物でも,これらのピークは,
互いに分離されることなく,4つのピークが一致した。
また,原告が平成21年1月から2月にかけて実施した実験(そ
の内容は「被告の行っている酵素を使った燕窩エキス製法による,
生成物と原告特許との関係について」と題する試験報告書(甲71
の1)に記載のとおりである。以下「甲71実験」という)によ。
ると,燕窩の酵素分解物のクロマトグラムは,酵素添加量を10倍
にし,反応時間を2倍にした場合でも,同様に,約3分,8分,1
0分及び30分の4つのピークを検出した(甲71実験中,上記結
果が確認された実験を,以下「甲71①実験」という。。)
さらに,甲71実験によると,所定の酵素反応時間終了後に酵素
失活のための90℃30分間の加熱処理を行った燕窩の酵素分解物
のクロマトグラムには,約3分,8分,10分及び30分にピーク
が検出されたのに対し,酵素失活のための加熱処理を行わなかった
酵素分解物のクロマトグラムには,約3分,8分及び10分のピー
クは検出されたものの,約30分のピークは検出されなかった(甲
71実験中,上記結果が確認された実験を,以下「甲71②実験」
という。。)
上記実験結果は,甲68実験に用いた燕窩の含水溶剤抽出物と燕
窩の酵素分解物との間に成分の差がないこと,燕窩の酵素反応によ
り生成する組成物の主要成分は,溶出時間が約3分,8分,10分
及び30分の4成分であり,実用的な反応条件下では,この4成分
以外に他の成分の生成がないこと,溶出時間30分のピークは,酵
素反応により生成するのではなく,加熱処理によって生成すること
を示している。
(b)SDS−PAGEによる比較実験
原告が平成20年11月に実施した実験(その内容は「燕窩の,
酵素分解物と含水溶剤抽出物②の電気泳動(SDS−PAGE)に
よる比較」と題する試験報告書(甲69)に記載のとおりである。
以下甲69実験というによると燕窩の含水溶剤抽出物6「」。),(
0℃の水で24時間×2回,その後に60℃の水で約20時間,さ
らに90℃から95℃の水で4時間)の泳動パターンと,燕窩の酵
素分解物の泳動パターンとは,類似しており,いずれも,分子量約
1万5000Da(ダルトン)から30万Daの成分を含有しているも
のと推定される。
そして,その構成比には若干の違いが見られるものの,全体の約
40%を占める分子量5万Da以下の低分子量成分の含有量に大差は
なく,両者に本質的な差はないと考えられる。
(c)ゲル濾過クロマトグラフィーによる比較実験
ゲル濾過クロマトグラフィーは,3次元網目構造を持つ多孔性粒
子を固定相として,その細孔への浸透性の差,すなわち分子の大小
によって分離を行うものであり,SDSへの複合体が完全に形成さ
れていることを前提とするSDS−PAGEと異なり,分子量の差
異が直接反映されるので,形状が類似する分子を大きさの順に分離
する際の精度は非常に高いものである(ただし,燕窩の主成分であ
る糖タンパク質は,分子量マーカーとして用いた一般的な球状タン
パク質とは形状が著しく異なることから,分子量の絶対値を正確に
推定することは適当でない。。)
甲71実験によると,燕窩の酵素分解物のクロマトグラムと燕窩
を60℃の水で抽出した含水溶剤抽出物のクロマトグラムは,いず
れも,約5分,8分,9分,11ないし12分,13分及び16分
のピークが認められ,酵素分解物のみに特異的と考えられるピーク
はなく,各ピークの面積比においても,顕著な差は認められなかっ
た(甲71実験中,上記結果が確認された実験を,以下「甲71③
実験」という。。)
,,このように両者のクロマトグラムパターンはほぼ一致しており
上記実験結果は,両者の成分の分子量に有意の差がないことを示す
ものである。
d被告は,被告製品1ないし4が含有する燕窩抽出物について,被告
が日本化粧品工業連合会から表示名称として決定を受けた「アナツバ
メ巣エキス」との名称を用いている。同連合会の「成分表示名称リス
Collocaliaesulentaトではアナツバメ巣エキスはアナツバメ」,「」,「
または同属のツバメ類の巣窩のエキスである」と定義されている。。
そして「エキス」は「抽出物」を意味しているので(広辞苑第,,
5版・289頁(甲34,アナツバメ巣エキス,すなわち燕窩の))
酵素分解物は「燕窩の含水溶剤抽出物」を意味している。,
また,被告は,平成19年7月当時の同社のホームページ(甲77
の2)において,同社の沿革の項に「1979年燕の巣を原料と,
するシアル酸抽出方法を検討「1980年燕の巣から大量にシ」,
アル酸を分離抽出する製法を確立「1997年美津村㈱にて燕」,
の巣エキス抽出濃縮プラントの設計を開始「1999年燕の巣」,
エキス抽出精製プラント完成」などと記載しており,被告自身「燕,
の巣エキス,すなわち「燕窩の酵素分解物」は「抽出物」である」,
との認識を有していた。
(イ)構成要件Bの充足性
,,「」上記(ア)のとおり被告製品1ないし4は燕窩の含水溶剤抽出物
である燕窩の酵素分解物をスキンケア成分として配合しているので,構
成要件Bを充足する。
イ被告の主張
(ア)原告の主張(ア)を否認ないし争う。以下のとおり,燕窩の酵素分解
物は「燕窩の含水溶剤抽出物」に含まれない。,
a一般に「抽出」とは「植物,動物などの天然物試料,固体混合,,
物,溶液などの中にある成分を溶媒中に溶出させ分離回収する操作」
(大木道則等編化学大辞典・1421頁(乙9「媒体に対する)),
溶解度又は吸着性の差を用いて試料中の目的成分を取り出す操作日」(
本工業標準調査会審議JIS分析化学用語(基礎部門)JISK
0211(以下「JIS」という・24頁(乙33)などと定義。))
,,,されており元々物質中に存在する特定の成分を分解することなく
そのままの形で取り出すことを意味している。
したがって「適当な化学反応をおこさせて抽出しやすい物質に変,
えて抽出する」場合でも,その「目的の成分」を分解することなく,
一時的に溶媒に溶け易い形に化学反応で変えて溶媒中に回収し,その
形からもとの成分に戻さなければ,抽出ということはできない。
本件発明において,燕窩成分が抽出される媒体は,水,熱水,その
他水に混和する有機溶剤であって,燕窩成分はそのままの形で抽出さ
れる。つまり「燕窩の含水溶剤抽出物」は,含水溶剤に溶解してき,
た,巨大分子量あるいは高分子量の糖タンパク質であり,酵素による
,。処理を受けていないため巨大分子量あるいは高分子量のままである
これに対し,被告製品1ないし4の製造過程は,燕窩を,水の存在
下,タンパク分解酵素で処理するものであり,巨大分子量の糖タンパ
ク質を低分子量の糖タンパク質に変化させる(タンパク質のアミド結
合(ペプチド結合)を特定の位置で切断する)ことに特徴があり,。
その過程は,まさに「酵素による分解」であって「含水溶剤による,
抽出」とは一線を画するものである。なお,被告製品1ないし4の製
造過程において水を要するのは,酵素活性を発現させ,低分子量の糖
タンパク質を得るためであり,燕窩を抽出するためではない。
このように,酵素は,燕窩を水に溶けやすくするために採用された
ものではなく,燕窩をより低分子量の別の物質に変換させるために採
用されたものであり,燕窩の酵素分解物は,燕窩に当初からその形で
含まれていたものではなく,燕窩の高分子量の物質を酵素で分解して
初めて得られる物であるから,燕窩の「抽出物」ではない。
b「溶剤」は「溶媒」と同意語であり(日本化学会学術用語集化,
学編(増訂2版・609頁(乙45「溶媒」とは「溶液,固溶))),,
体などにおいて,溶かされたものを溶質というのに対し,溶かすため
に用いるもの(日本分析化学会編分析化学用語辞典・258頁(乙」
46「溶液において物質を溶解させるために用いる液体(JI)),」
S・5頁(乙47)などと定義されている。)
したがって「燕窩の含水溶剤抽出物」とは「燕窩の成分を,水,,
を含む(又は水と混じる)溶媒と称する液体のみによって溶解して得
た物質」ということができる。
これに対し,燕窩の酵素分解物では,分解に使用しているのは,溶
媒ではなく,タンパク質を切断する酵素であるから,酵素分解物は,
「含水溶剤」による「抽出物」とはいえない。
c原告は,シアル酸研究会のホームページ(乙44)に「燕窩の抽出
物」という記載があることを指摘する。しかしながら,同ホームペー
ジを作成,管理しているαは,有機合成が専門であり,有機合成にお
いては「抽出」という操作は日常的に行われ,論文においても「抽,
出又は抽出物」という語句が多用されているため,αは,酵素処理後
,「」「」に得られた物質についてもあえて酵素処理物又は酵素分解物
と言わず,慣用句として「抽出物」という表現を使ったものと推測さ
れる。
燕窩に関して言えば,特許文献においても「燕窩の水抽出物及び,
/又は燕窩の酵素処理物」と明確に区分している例(特開2005−
206547号公報(乙48「燕窩の酵素分解物を有効成分とし)),
」(()),てと限定している例特開2003−95961号公報乙49
「燕窩水抽出物の酵素処理物」と限定している例(特開2002−6
8988号公報(乙50)などがあり,燕窩を取り扱う業界では,)
燕窩の酵素処理物が燕窩の抽出物と言われることはほとんどない。
d本件明細書には,燕窩の含水溶剤抽出物の製造方法が記載されてい
る(本件明細書3頁5欄32行ないし6欄11行。そこには,水又)
は水と混和する溶剤を用いて燕窩を0℃∼180℃で,好ましくは室
温∼120℃の範囲において,10分∼50時間,好ましくは1∼8
時間抽出処理することが記載され,抽出装置として,加熱抽出機,高
圧加熱抽出機,超臨界抽出装置,ソックスレー型抽出機,超音波抽出
装置,マイクロ波抽出装置が列挙され,好ましいものは熱水抽出物で
あると記載されているにとどまり,酵素に関する記載は全く見当たら
ない。
仮に,酵素処理が抽出の一方法であるならば,少なくとも,本件明
細書中に「酵素を抽出に用いることができる」程度の記載があって然
るべきであるにもかかわらず,上記のとおり酵素に関する記載が全く
ないことは,原告が,出願当初から,本件発明において,酵素を用い
て抽出することを意図していなかったことを裏付けている。
e甲68実験,甲71実験及び甲69実験の結果は,分離パターンの
類似性を示しているにすぎず,物としての同一性を立証するに足りる
ものではない。燕窩の酵素分解物には,燕窩の含水溶剤抽出物と成分
的に異なる物が存在している。このことは,被告の実施した以下の実
験結果によって裏付けられている。
(a)イオン交換クロマトグラフィーによる比較実験
①被告が平成11年8月に実施した実験(その内容は「燕窩の,
『酵素分解物』と『含水溶剤抽出物』のクロマトグラフィー的比
較」と題する実験報告書(乙17)に記載のとおりである。以下
「乙17実験」という)によると,燕窩の酵素分解物のクロマ。
トグラムには,低分子と推定されるピークが約56%の割合で検
出されたのに対し,燕窩を55℃から63℃の水で抽出した含水
溶剤抽出物のクロマトグラムには,低分子領域にピークが認めら
れなかった。
上記実験で用いたカラムは分子ふるいの要素を有しているの
で,上記実験結果から,燕窩の酵素分解物と燕窩の含水溶剤抽出
物との間には,分子量的な差が存在するものと推測することがで
きる。
②被告が平成20年8月に実施した実験(その内容は「燕窩の,
酵素分解物と高温で処理した含水溶剤抽出物のイオン交換クロマ
トグラフィーによる比較」と題する実験報告書(乙31)に記載
のとおりである。以下「乙31実験」という)によると,燕窩。
の酵素分解物のクロマトグラムには,保持時間6.8分,8.5
分及び33分付近に主たるピークが認められたのに対し,燕窩を
93℃∼99℃(浴槽温度,81℃∼84℃(内温)の水で抽)
出した含水溶剤抽出物のクロマトグラムには,保持時間6.8分
と8.5分付近には,小さなピークがわずかに認められたにとど
まり,主たるピークは33分付近のピークであった。
また,同実験では,燕窩の酵素分解物のクロマトグラムの各成
分のピーク面積の総和が135万0374であるのに対し,燕窩
の含水溶剤抽出物の各成分のピーク面積の総和は27万5729
であり,酵素分解物の約20%しか認められなかった。これは,
上記含水溶剤抽出物の約80%に相当する部分が,酵素分解物に
は含まれていない物質で占められており,それらはカラムから溶
出してこないか,溶出したとしても検出器で検知されない物質で
あることを意味している。
(b)SDS−PAGEによる比較実験
被告が平成20年9月に実施した実験(その内容は「燕窩の酵,
()素分解物と含水溶剤抽出物②より高温で処理した含水溶剤抽出物
の電気泳動(SDS−PAGE)による比較」と題する実験報告書
(乙26)に記載のとおりである。以下「乙26実験」という)。
によると,燕窩の含水溶剤抽出物(なお,抽出方法は上記(a)②と
同じ)は,ほとんどが20万Da以上のタンパク質であったのに対。
し,燕窩の酵素分解物中には,20万Da以上のタンパク質の存在も
確認することができたものの,それ以外に,13万2000Da,1
1万Da,7万2000Da及び6万8000Daと推定される分子量を
持つタンパク質のバンドが認められた。
このように,酵素分解物においては,大きい分子が切断されて小
さな分子に変換している物も存在しているのに対し,燕窩の含水溶
,,,剤抽出物では大きな分子のみが見出されておりこの実験結果は
両者が成分的に異なることを示している。
f被告製品1ないし4の「アナツバメ巣エキス」という名称は,CT
Cosmetic,Toiletry,andFragranceAssociationSwiftletNestFA()による「
(INCI名(国際化粧品成分名称))との命名に基づき,Extraction」
被告が日本化粧品工業連合会に対して名称作成の申込みを行ったのに
対し,同連合会が表示名称として決定したものである。これらの名称
と特許権侵害の有無とは,何ら関連性がない。
また,エキスの意味は,より多義的であり,抽出物とエキスとが厳
密に一致するわけではない。
(イ)原告の主張(イ)については,否認する。
ウ被告の主張に対する原告の反論
(ア)被告の主張(ア)a及びbについては,否認ないし争う。
燕窩の分解反応の機序を推定するためには,まずその構造の詳細を明
らかにする必要があるが燕窩のそれは明らかになっていないので酵,,「
素のない反応系」における分解反応の機序についても「酵素のある反,
応系」における分解反応の機序についても,その具体的な内容は不明で
ある。
また,ムチン型糖タンパク質は,酵素分解を受けないか,極めて受け
にくい性質を持っている。すなわち,ムチン型糖タンパク質の一般的構
造は,まっすぐに伸びたペプチド鎖の中央部分に0−結合型糖鎖が密集
しており,糖鎖の密度が高いので,プロテアーゼがポリペプチドに近づ
くのを妨げ,プロテアーゼ作用に対して強い抵抗性を示すこともよく知
られている。つまり,糖鎖密集部をつないでいるペプチド結合鎖が占め
る割合は,通常のタンパク質に比べると格段に少ないため,ペプチド鎖
の切れ端の長短などは性質にほとんど影響せず,酵素の基質特異性が発
,。揮されたとしても生成物に大きい影響を及ぼしているとは考えにくい
(イ)被告の主張(ア)cについては,否認ないし争う。
被告の挙げる特許文献(乙48∼50)は,いずれも同一出願人によ
るものであり,一出願人の表現をもって当業者の常識とすることはでき
ない。
(ウ)被告の主張(ア)dについては,否認ないし争う。
不溶性タンパク質の抽出は,不溶性タンパク質を,共有結合,非共有
結合又は高次構造を変化させて,水に溶けやすくする過程を広く含む概
念であり,一例として,本件明細書では,難溶性の燕窩が熱水抽出され
ることを示している。その他の可溶化方法は,当業者にとって公知ない
し周知のことなので,改めて本件明細書に記載しなかったにすぎない。
(エ)被告の主張(ア)eについては,否認ないし争う。次のとおり,乙1
7実験,乙31実験及び乙26実験は,いずれも,適切な実験とは言い
難いものである。
aイオン交換クロマトグラフィーによる比較実験
(a)乙17実験について
被告は,乙17実験で用いたカラムは分子ふるいの要素を有して
いるので,上記実験結果から,燕窩の酵素分解物と燕窩の含水溶剤
抽出物との間には,分子量的な差が存在するものと推測することが
できると主張する。
しかしながら,イオン交換クロマトグラフィーによる分離の原理
は,分子ふるい効果によるものではなく,イオンの交換吸着性の差
異によるものであり,得られるクロマトグラムの溶出時間は,分子
量の大きさの順を示すものではないので,被告の主張は,失当であ
る。
また,乙17実験では,燕窩を55℃から65℃の水で抽出した
含水溶剤抽出物のクロマトグラムは,約30分のピークが検出され
ない点で,燕窩の酵素分解物のクロマトグラムとの相違が認められ
たものの,これは,酵素反応が通常の化学反応に比べて低い温度で
達成されるため,酵素のない反応系では活性化エネルギーの差を補
充するために反応温度を上げる必要があるにもかかわらず,上記含
水溶剤抽出物の抽出温度と酵素分解物の反応温度を同じにするとい
う不適切な試験方法を採ったことによるものである。
したがって,上記結果から,燕窩の酵素分解物の成分と燕窩の含
水溶剤抽出物の成分が異なるものであると認定することはできな
い。
(b)乙31実験について
イオン交換クロマトグラフィーにより得られるクロマトグラムの
,,溶出時間が分子量の大きさの順を示すものでないことについては
前記(a)のとおりである。
また,乙31実験によっても,燕窩の酵素分解物と燕窩の含水溶
剤抽出物のクロマトグラムは,いずれも,保持時間6.8分,8.
5分及び33分付近にピークが認められるものであり,かかるピー
クの位置は各成分を示すものであるから,上記実験結果は,両者の
成分が異ならないことを示している。
なお,乙31実験では,ピーク面積において両者は異なっている
ものの,これは,被告の主張するように含水溶剤抽出物の約80%
に相当する部分が酵素分解物には含まれていない物質で占められて
いることを意味するものではない。原告実験と被告実験とで,試験
物質作成のための原料となる燕窩や抽出温度,抽出時間等の条件の
差異があることによるものである。
bSDS−PAGEによる比較実験
SDS−PAGEは,分子量の違いによりタンパク質を分画するの
に優れた方法である。しかしながら,糖タンパク質や酸性タンパク質
など特殊なタンパク質の場合は,ラウリル硫酸ナトリウム(SDS)
と結合しにくいことから,分子量の測定誤差はかなり高くなると考え
られている。
したがって,糖タンパク質を主成分とする燕窩の酵素分解物及び含
水溶剤抽出物の分子量に関して,本手法を用いて議論することは,失
当である。
また,乙26実験で用いられた含水溶剤抽出物は,原告が甲68実
験に用いた含水溶剤抽出物と抽出条件が異なるので,両者は組成を異
にしていると考えられる。
したがって,仮に,乙26実験により,同実験で用いられた含水溶
剤抽出物と燕窩の酵素分解物が組成を異にしていることが認められる
としても,甲68実験に用いた含水溶剤抽出物と燕窩の酵素分解物が
組成を異にしていることが認められるものではない。
()争点2(原告の損害)について2
ア原告の主張
被告は,平成18年5月ころから,被告製品1及び2の製造を開始し,
これまでに,同製品を少なくとも各3000本販売した。
被告製品1及び2の販売価格は,いずれも2万円であり,利益率は,販
売価格の30%である。
,,したがって被告が被告製品1及び2を販売することにより得た利益は
次のとおり,3600万円を下らず,原告は,本件特許権の侵害行為によ
り,少なくとも3600万円の損害を被った。
円×本×=円20,0006,00030%36,000,000
イ被告の主張
原告の主張のうち,被告がこれまでに被告製品1及び2を少なくとも6
000本販売したこと及び同製品の販売価格が2万円であることは認め,
その余は否認ないし争う。
第3当裁判所の判断
1争点1(被告製品1ないし4は構成要件A及びBを充足するか)について
(1)「燕窩の含水溶剤抽出物」の意義
ア本件発明の特許請求の範囲は「燕窩の含水溶剤抽出物をスキンケア成,
分として含有することを特徴とする化粧料」であり,本件では「燕窩の,
含水溶剤抽出物」に燕窩の酵素分解物が含まれるか否かが争点となってい
る。
イそこで,特許請求の範囲に記載された「燕窩の含水溶剤抽出物」に燕窩
の酵素分解物が含まれるか否かについて検討する。
(ア)「燕窩の含水溶剤抽出物」とは『燕窩」を「含水溶剤」で「抽,「
出」した物』と解される「溶剤」は「溶媒」と同意語であり(乙4。,
5「溶液,固溶体などにおいて,溶かされたものを溶質というのに),
対し,溶かすために用いるもの「溶液において物質を溶解させるた」,
めに用いる液体」などと定義され(乙46,47「抽出」は,一般),
的には「固体,液体などの中のある成分を溶媒へ溶解させて分離する,
取り出す移行させることと定義されていることが認められる甲(,)」(
37,乙9∼11,33∼35,53,54。)
また,燕窩の成分であるタンパク質は,タンパク分解酵素(エンドペ
プチダーゼ)によって加水分解され,その際,酵素の基質特異性,基質
の立体構造などの関係で,特定のペプチド結合だけが特異的に加水分解
されることが認められる(乙24。)
そうすると,このような酵素分解物と,単に水や水と水混和性有機化
合物との混合物を溶媒として燕窩から抽出した物とでは,成分組成が全
く同じにはならないと推論するのが,むしろ自然であると考えられる。
(イ)一方,甲第49号証(岩波理化学辞典第5版)には「抽出」に,
は「たんに目的物質を抽出相に溶解させて抽出するほか,適当な化学,
反応をおこさせて抽出しやすい物質に変えて抽出する場合がある」との
記載が存在し,また,甲第56号証(日本生化学会編生化学実験講座
1,甲第57号証(日本生化学会編生化学実験講座1,甲第58号))
証ないし63号証の各特許公報及び乙第44号証(シアル酸研究会のホ
ームページ)等の各文献には,分解酵素を用いてタンパクや多糖を分解
して可溶化し,材料から目的物質を取り出す方法についても「抽出」,
という用語が用いられていることが認められる。
しかしながら,甲第49号証には,単に,適当な化学反応を起こさせ
て抽出しやすい物質に変えた上で抽出する場合もあることが記載されて
いるだけであって,単に「抽出」というだけで当然に,化学反応を起こ
して材料中の物質を取り出す場合も含まれると一般に認識されているこ
(,,「」とを認めるに足りるものではないむしろ前記(ア)のとおり抽出
は,一般的には「固体,液体などの中のある成分を溶媒へ溶解させて,
分離する(取り出す,移行させる)こと」と定義されていることからす
ると,通常,単に「抽出」というだけでは,化学反応を起こして材料中
の物質を取り出す方法は含まれないものと認識されていることがうかが
える。また,甲第56号証ないし63号証及び乙第44号証等の各。)
文献においては,いずれも,酵素処理による方法を用いていることが文
中に明記されているものであることが認められることからすると,これ
らの証拠は,むしろ「抽出」が特に酵素処理などの化学変化を起こさ,
せる場合を意味するときは,それを明記するのが一般的であることをう
かがわせるものといえる。
(ウ)被告製品1ないし4にアナツバメ巣エキスとの名称が付されている
ことについては当事者間に争いがなく,また,甲第77号証の2によれ
ば,被告のホームページにおいて「燕の巣エキス抽出精製プラント」な
どの表現がされているとの事実が認められる。
しかしながら,これらの事実は,いずれも,被告において,燕窩から
加水分解の方法によって物質を取り出すこと又は取り出した物質につい
て,抽出ないし抽出物という用語を用いた事実があることを示すにとど
まり,単に「含水溶剤抽出物」といった場合に,酵素等を用いて化学変
化を起こさせる方法により物質を取り出す方法をも当然に含むものであ
ることを認めるに足りるものではない。
(エ)以上の事実にかんがみると,特許請求の範囲の「抽出」の用語から
直ちに「燕窩の含水溶剤抽出物」に燕窩の酵素分解物が含まれるもの,
と解することはできない。
イそこで,本件明細書の中の「燕窩の含水溶剤抽出物」についての記載を
検討する。
,,()。本件明細書には発明の詳細な説明として以下の記載がある甲2
(ア)技術分野
「本発明は化粧料および燕窩抽出物の製造方法に関する。さらに詳しく
は,本発明は,スキンケア成分として,皮膚細胞におけるコラーゲン
合成促進作用や保湿作用を有するとともに,皮膚に対して無害な燕窩
の含水溶剤抽出物を含有するものであって,肌にしわやたるみの予防
・改善,肌への弾力や張りの付与などの美容・美顔効果を有し,皮膚
用として好適な化粧料,および上記燕窩の含水溶剤抽出物を効率よく
製造する方法に関するものである(2頁3欄22行ないし30行)。」
(イ)背景技術
「従来,使用されていたポリエーテル類や,グリセリン,ソルビトール
などの保湿剤は皮膚科学的に異質であるという欠点を有しており,ま
,,た近年使用されるようになった類は天然物由来物質であるがNMF
使用感が悪かったり,保湿効果に劣ったり,あるいはヒアルロン酸や
コンドロイチン硫酸のように保湿性に優れているものの,高価である
などの欠点を有し,必ずしも充分に満足しうるものではなかった。
また,肌のしわは,皮膚が水分を保持できなくなるとコラーゲンや
エラスチンが減少することで発生することが知られている。したがっ
て,皮膚細胞におけるコラーゲンの合成促進物質や,過剰なエラスチ
ン分解酵素の産生を抑制する物質は,前記保湿剤とともに,皮膚の老
化を防止するのに有効である。
したがって,優れた保湿性を有し,かつコラーゲンの合成促進作用
などを有する上,皮膚に対して害のない新規な高機能スキンケア物質
の開発が望まれていた。
,,()()他方燕窩はアマツバメ科のアナツバメ属ApodidaeCollocalia
に属すツバメ類が唾液または唾液と羽毛などを混ぜて固めた巣窩であ
って,従来,漢方薬の原料として,あるいは中華料理における食用素
材として広く使用されており,また,近年では,燕窩を原料に用いた
健康食品なども開発されている。しかしながら,この燕窩は,上述の
ように,いずれも経口利用であり,外用剤あるいは化粧料などに利用
された例は,これまで知られていない(2頁4欄16行ないし4。」
1行)
(ウ)発明の開示
「本発明は,このような事情のもとで,保湿作用およびコラーゲン合成
促進作用などを有するとともに,皮膚に対して害のない新規な高機能
スキンケア成分を含有し,肌のしわや,たるみの予防・改善,肌への
弾力や張りの付与などの美容・美顔効果を発揮する皮膚用として好適
な化粧料を提供することを目的とするものである。
本発明者らは,前記目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果,
従来外用剤や化粧料などに利用されていない燕窩の含水溶剤抽出物
が,保湿作用及びコラーゲン合成促進作用などを有するとともに,皮
膚に対して無害であって,これをスキンケア成分として含有する化粧
料が,その目的に適合しうること,そして,上記抽出物は,燕窩乾燥
物の粉砕品を,それに対して所定の割合の含水溶剤中において,所定
の温度で抽出処理したのち,必要に応じ,濃縮処理や乾燥処理するこ
とにより,効率よく製造しうることを見出し,この知見に基づいて本
発明を完成するに至った。
すなわち,本発明は,燕窩の含水溶剤抽出物をスキンケア成分とし
,,,て含有することを特徴とする化粧料並びに燕窩乾燥物の粉砕品を
1∼倍重量の含水溶剤中において,0∼℃の温度で分∼100018010
時間抽出処理し,次いで場合により濃縮処理や乾燥処理すること50
を特徴とする燕窩の含水溶剤抽出物からなるスキンケア剤または化粧
料の素材の製造方法を提供するものである(2頁4欄43行ない。」
し3頁5欄16行)
(エ)発明を実施するための最良の形態
「本発明で用いられる燕窩の含水溶剤抽出物は,下記のようにして製造
することができる。
まず,燕窩を粉砕しやすいように乾燥したのち,抽出が容易に行わ
れるように,できるだけ細かく粉砕する。次いで,この燕窩乾燥物の
粉砕品を,1∼倍重量,好ましくは5∼倍重量,より好ま1000500
しくは∼倍重量の含水溶剤中において,0∼℃,好まし10100180
くは室温∼℃の範囲の温度において,分∼時間,好ましく1201050
は1∼8時間抽出処理する。この抽出処理は,常圧下および加圧下の
いずれで行ってもよい。抽出装置としては,例えば加熱抽出機,高圧
加熱抽出機,超臨界抽出装置,ソックスレー型抽出機,超音波抽出装
置,マイクロ波抽出装置などが利用できる。
この抽出処理に用いる含水溶剤としては,例えば,水を始め,水と
水混和性有機化合物との混合物が用いられる。ここで,水混和性有機
化合物としては,例えばメタノール,エタノール,プロパノール,エ
,,,チレングリコールプロピレングリコールポリエチレングリコール
ポリプロピレングリコール,グリセリン,ソルビトールなどのアルコ
ール類,アセトン,ジメチルケトン,メチルエチルケトンなどのケト
ン類,ジエチルエーテル,ジプロピルエーテル,テトラヒドロフラン
などのエーテル類などが挙げられる。なお,後で説明するように,抽
出を乾燥処理し,粉末として用いる場合には,上記の水混和性有機化
合物としては,揮発性であればよく,特に制限はないが,濃縮物など
の液状品として用いる場合には,化粧料添加剤として認可されている
水混和性有機化合物を用いることが肝要である。
本発明における燕窩の含水溶剤抽出物としては,特に熱水抽出物が
好適である(3頁5欄32行ないし6欄11行)。」
40「,,この燕窩の含水溶剤抽出物中には固形分換算で通常タンパク質が
∼重量%,糖質が∼重量%およびシアル酸が∼重量8020600.115
%の割合で含有されている。上記のタンパク質および糖質の多くは,
糖タンパク質として存在しており,そしてシアル酸は,通常遊離の状
態では存在せず,N−アセチルノイラミン酸としてシアリルオリゴ糖
を形成し,糖,タンパク質の糖鎖に含まれている。すなわち,タンパ
ク質の少なくとも一部と糖質の少なくとも一部とシアル酸とが糖タン
パク質の形で抽出物中に含まれており,そして,この糖タンパク質の
糖鎖には,N−アセチルガラクトサミン,ガラクトースおよびN−ア
セチルノイラミン酸を構成要素とするシアリルオリゴ糖が少なくとも
9002700含まれている。なお,該シアリルオリゴ糖は,分子量が∼
程度であって,末端にN−アセチルノイラミン酸が配位し,2本鎖以
上に分岐したヘテログリカンである。
また,前記タンパク質は,通常プロリン,セリン,ロイシン,スレ
60オニンバリンフェニルアラニンチロシンなどの中性アミノ酸,,,
751525∼重量%アスパラギン酸グルタミン酸の酸性アミノ酸∼,,
15重量%アルギニンリジンヒスチジンなどの塩基性アミノ酸5∼,,,
重量%を含有しており,その他メチオニンやシスチンなどの含硫アミ
ノ酸を1重量%以下の割合で含有している。
この燕窩抽出物は,前記のタンパク質および糖質を主成分とし,脂
質および繊維の含有量は極めて少ない。また,微量の灰分が含まれて
おり,そして,この灰分はリン,鉄,カルシウム,ナトリウム,カリ
ウムなどから構成されている(3頁6欄27行ないし4頁7欄5。」
行)
「この燕窩抽出物は、優れた保湿作用を有するとともに、皮膚細胞にお
けるコラーゲン合成促進作用を有しており、これらの相乗効果によっ
て、肌のしわやたるみの予防・改善、肌への弾力や張りの付与などの
効果を発揮するとともに、肌にしっとり感を付与する。また、良好な
、。」皮膜形成能を有しておりしかも皮膚に対して極めて安全性が高い
(4頁7欄6行ないし12行)
上記のとおり,本件明細書では「燕窩の含水溶剤抽出物」について,,
その製造方法,抽出処理に用いる含水溶剤の例,成分及び作用等について
説明されていることが認められる。
しかしながら「燕窩の含水溶剤抽出物」の製造方法としては「燕窩,,
乾燥物の粉砕品を,1∼倍重量,好ましくは5∼倍重量,より1000500
好ましくは∼倍重量の含水溶剤中において,0∼℃,好まし10100180
くは室温∼℃の範囲の温度において,分∼時間,好ましくは11201050
∼8時間抽出処理する」ものであり「抽出処理は,常圧下および加圧下,
,,」のいずれで行ってもよく抽出装置としては加熱抽出機等が利用できる
こと,抽出処理に用いる含水溶剤の例としては「例えば,水を始め,水,
と水混和性有機化合物との混合物が用いられ,水混和性有機化合物として
は,メタノールなどが挙げられる」こと,成分としては「通常タンパク,
質が∼重量%,糖質が∼重量%およびシアル酸が∼重408020600.115
量%の割合で含有されている」こと,作用としては「優れた保湿作用、,
皮膚細胞におけるコラーゲン合成促進作用及び良好な皮膜形成能を有して
おり、皮膚に対して極めて安全性が高い」ことなどが説明されているにと
どまり,燕窩の含水溶剤抽出に際し,単に目的物(燕窩中の成分)を抽出
相(水や水と水混和性有機化合物との混合物)に溶解させて抽出する方法
のほかに,タンパク分解酵素による加水分解反応等の化学変化を起こさせ
る方法も採り得ることや,このように化学変化を起こさせる方法により燕
窩から取り出した物質が,燕窩から水等によって抽出した物質と同様の成
分,作用を有することなどを示唆する記載は,存在しないことが認められ
る。
また,本件明細書中には「含水溶剤」及び「抽出物」という用語につ,
いて,酵素を用いた加水分解のように,燕窩の中の成分に適当な化学変化
を起こす場合をも含むものである旨の,格別の定義は記載されていない。
したがって本件明細書の記載からも特許請求の範囲に記載された燕,,「
窩の含水溶剤抽出物」は燕窩の酵素分解物を含むものであると解釈するこ
とは,困難である。
ウ原告は,甲68実験,甲71実験及び甲69実験の結果は,燕窩の酵素
分解物と燕窩の含水溶剤抽出物の成分に差がないことを示しているから,
特許請求の範囲の「燕窩の含水溶剤抽出物」には燕窩の酵素分解物を含む
ものと解釈すべきである旨主張する。
しかしながら,以下のとおり,これらの実験の結果は,いずれも,燕窩
の酵素分解物と燕窩の含水溶剤抽出物が同一の成分を有する同一の物質で
あることを認めるに足りるものではない。
(ア)イオン交換クロマトグラフィーによる比較実験(甲68実験,甲7
1①実験及び甲71②実験)について
証拠(甲68の2,71の1)及び弁論の全趣旨によれば,①燕窩
を60℃から95℃の範囲の水で加熱して抽出した含水溶剤抽出物,燕
窩の酵素分解物及び両者の等量混合物の各クロマトグラムには,いずれ
も,約3分,8分,10分及び30分の4つのピークが検出されたこと
甲68の2・図2∼4②酵素添加量を基質に対し178%酵(),.(
素濃度0.053%)とし,反応時間を24時間とした燕窩の酵素分解
物のクロマトグラムと,酵素添加量を基質に対し17.8%(酵素濃度
0.53%)とし,反応時間を48時間とした酵素分解物のクロマトグ
ラムには,いずれも,約3分,8分,10分及び30分の4つのピーク
が検出されたこと(甲71の1・図1・2,③所定の酵素反応時間)
終了後に酵素失活のための90℃30分間の加熱処理を行った燕窩の酵
素分解物のクロマトグラムには,約3分,8分,10分及び30分にピ
ークが検出されたのに対し,酵素失活のための加熱処理を行わなかった
酵素分解物のクロマトグラムには,約3分,8分及び10分のピークは
検出されたものの,約30分のピークは検出されなかったことが認めら
れる。
そして,原告は,上記実験結果は,上記含水溶剤抽出物と酵素分解物
の成分に差がなく,両者の方法による抽出物がほぼ同一であることを示
すと主張する。
しかしながら,イオン交換クロマトグラフィーは,クロマトグラフィ
ー(各種の固体又は液体を固定相とし,その一端に置いた試料混合物を
適当な展開剤(移動相)で移動させて,各成分の吸着性や分配係数の差
異に基づく移動速度の差を利用してこれを相互分離する技術の総称)。
の一形式であり,イオン交換樹脂その他のイオン交換体を固定相として
用い,イオン交換樹脂柱の上端に試料混合物を入れ,適当な電解質溶液
で展開することによって,成分イオンを,樹脂に対する交換吸着性の差
異により分離して,順に溶出するというものである(甲65,乙12の
1。)
したがって,上記各実験の結果は,あくまでも,燕窩の酵素分解物と
燕窩の含水溶剤抽出物の各クロマトグラムに,ピークとして観察される
(),4つの同じイオン交換吸着能を有する物があることを表すにすぎず
両者がおよそ4つの成分だけから組成されていることや,同じイオン交
換(吸着)能を有する物が同一の成分であることまで認めるに足りるも
のではないというべきである(なお,乙26実験及び甲69実験の結果
も,燕窩の酵素分解物は明らかに4つより多い成分からなっていること
を示している。。)
(イ)ゲル濾過クロマトグラフィーによる比較実験(甲71③実験)につ
いて
甲第71号証の1によれば,甲71③実験では,燕窩の酵素分解物を
ゲル濾過クロマトグラフィー処理すると,溶出時間8.4分,同9.2
42分,同11.9分で分離溶出する物を含むのに対し,原告所定の条
件で得た燕窩の含水溶剤抽出物では,上記溶出時間で分離溶出する物は
確認することができず,溶出時間8.025分,同9.092分,同1
1.692分で分離溶出する物が確認されただけであることが認められ
る(図5,6。)
ゲル濾過クロマトグラフィーは,3次元網目構造を持つ多孔性粒子を
固定相として,その細孔への浸透性の差,すなわち分子の大小によって
分離を行うものであるから(乙20,上記実験結果は,燕窩の酵素分)
解物と上記含水溶剤抽出物が同一の成分を有するものではないことを示
すものといえる。
これに対し,原告は,前記のとおり,両者のクロマトグラムパターン
に有意の差は認められないと主張する。しかしながら,分子量20万Da
のβアミラーゼの溶出時間が7.967分,同6万6000Daの牛血清
アルブミンの溶出時間が8.933分,同1万2400Daのチトクロム
Cの溶出時間が10.183分であること(甲71の1・図7∼9)に
照らし,上記溶出時間の差は,有意の差でないとは認め難い(なお,ゲ
ル濾過クロマトグラフィーの性質が上記のようなものであることからす
ると,仮に,ゲル濾過クロマトグラフィーによるクロマトグラムが一致
したとしても,それは,あくまで,成分の分子量がおおよそ同じである
ことが分かるだけであって,クロマトグラムに溶出された各成分が一致
することまで認めるに足りるものではない。。)
(ウ)SDS−PAGEによる比較実験(甲69実験)について
甲第69号証によれば,甲69実験では,燕窩の酵素分解物のレーン
では,分子量4万5000超ないし9万7200超とされる領域内がC
BB染色しているのに対し,原告所定の条件で得た燕窩の含水溶剤抽出
物のレーンでは,CBB染色の程度は燕窩の酵素分解物のレーンよりも
小さい一方,高分子量の領域内では,CBB染色の状態が逆になってい
ること(写真2,燕窩の酵素分解物は,含水溶剤抽出物よりも,分子)
()。量5万ないし10万超程度の成分を多く含むこと図5が認められる
したがって,上記実験結果は,むしろ,燕窩の酵素分解物と上記含水
溶剤抽出物が同一の成分を有するものではないことを示すものといえ
る。
また,SDS−PAGEは,ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)が結
合したタンパク質をゲル(ポリアクリルアミドゲル)中で電気泳動させ
るもので,ゲルの網目構造により,ほぼ分子量の大きさの違いでそれぞ
れのSDS結合タンパク質を分離することができるものであるから,仮
に,SDS−PAGEによるタンパク質のCBB染色が一致したとして
も,それは,あくまで,成分中のタンパク質の分子量がおおよそ同じで
あることが分かるだけで,両者の各成分が一致することまで認めるに足
りるものではない。
エ以上のとおりであるから,特許請求の範囲の「燕窩の含水溶剤抽出物」
に燕窩の酵素分解物が含まれると解釈することはできないというべきであ
る。
(2)被告製品1ないし4の構成要件Aの充足性
被告製品1ないし4は,いずれも燕窩の酵素分解物を含有する物であるこ
とは,前記第2の1(3)アのとおりである。
したがって,燕窩の酵素分解物が「燕窩の含水溶剤抽出物」に当たらず,
構成要件Aを充足しない以上,被告製品1ないし4は,いずれも,構成要件
Aを充足せず,本件発明の技術的範囲に属さないと認められる(なお,被告
製品5が本件発明の技術的範囲に属さないことは,既に説示したところから
明らかである。。)
2結論
よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理
由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第47部
裁判長裁判官阿部正幸
裁判官山門優
裁判官柵木澄子
別紙
物件目録
1商品名「養肌精エッセンス」と表示する化粧品
2商品名「養肌精クリーム」と表示する化粧品
3商品名「養肌精エッセンス」と表示する業務用の化粧品
4商品名「養肌精クリーム」と表示する業務用の化粧品
5アナツバメ巣エキスを含有する化粧品
以上
(注意:別紙特許公報につき省略)

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