弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を高松高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 弁護人熊野一良の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は、事
案を異にし本件に適切でなく、その余は、事実誤認の主張であつて、いずれも刑訴
法四〇五条の上告理由にあたらない。
 しかし、所論にかんがみ、職権をもつて調査するに、昭和四五年四月三〇日付起
訴にかかる公訴事実について、第一審判決およびこれを維持する原判決に示された
事実関係とこれに対する法律判断は、おおむね次のとおりである。
 すなわち、被告人は、自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和四五年一
月九日午前七時四〇分頃普通乗用車を運転し、東西に通ずる通称a街道と呼ばれる
県道(幅員約八・五米)を高松市方面に向け時速約五〇粁で西進中、前方の見通し
がよく、対向車の稀な木田郡b町大字cd番地の四先路上において、右県道と交差
する町道(幅員約四・一米、町道の県道に接する部分は角切りされて広くなつてい
る。)に右折するため、右交差点の中心から約二九米手前で右折の合図をし、かつ
速度を約三〇粁に減速し、約一八米進行したうえ右折を開始したが、後方に対する
安全を確認せず、かつ、右交差点入口手前約六米の地点から右折を開始した過失に
より、折りから、自動二輪車を時速約六〇粁で運転し、右県道の右側部分に出て被
告人を追い越そうとしていたA(当時二一年)に気付かず、右交差点入口手前約三
米の地点で、自車の右前フエンダーミラーを相手車のハンドル左側に接触させて転
倒させ、同人を右穹隆部頭蓋底部骨折等により死亡するに至らしめたものである、
というのである。そして、原判決は、Aは、被告人が右折の合図をしたころには、
被告人の車両に追随していた三台の車両の最後尾車を既に追い抜いていたのであつ
て、同人としては被告人の右折の合図に気付いていたとしても、なお被告人に続く
二台の車両があつて左側に避けることが困難であり、被告人が交通法規に違反して
交差点手前六米の地点で右折を開始するとは思わず、被告人の右折開始前に無事追
い越しができるものと考えて進行したものと思われるから、被告人の過失は否定す
ることはできない、というのである。
 しかし、本件記録によると、本件事故現場は、交通整理の行なわれていない交差
点であつて、前記県道は、中央線により通行区分が設けられており、記録中の昭和
四五年一月九日付司法警察員Bほか一名作成の実況見分調書添付図面によれば、被
告人は、中央線に沿つて進行中右折に際し、中央線を越えて斜めに約三・五米進行
した対向車線内の地点で、後方から中央線を右側にはみだして進行してきたA運転
の車両と接触したものというのである。そして、Aは、排気量九〇CCの自動二輪
車(その最高制限速度は、毎時五〇粁)を運転していたことが窺われ、さらに、記
録によると、被告人の車両に追随していた後続三車両は、いずれも適宜な運転措置
をとつて、被告人の右折合図によりその左側に避譲して通過しているのに、ひとり
A運転の自動二輪車のみがあえて中央線の右側にはみだし高速度で右の後続三車両
を次々に追い越すうち、本件事故にいたつたことが窺えるところである。
 ところで、右折しようとする車両の運転者は、その時の道路および交通の状態そ
の他具体的状況に応じた適切な右折準備態勢にはいつたのちは、特段の事情がない
限り、後続車があつても、その運転者が交通法規を守り追突等の事故を回避するよ
う適切な行動に出ることを期待して運転すれば足り、あえて法規に違反し、高速度
で、中央線の右側にはみ出して自車の右側を強引に追い越そうとする車両のありう
ることまでも予想して周到な後方安全確認をなすべき注意義務はないと解するのが
相当である(最高裁昭和四一年(あ)第一八三一号同四二年一〇月一三日第二小法
廷判決・刑集二一巻八号一〇九七頁、同四四年(あ)第一八三三号同四五年九月二
四日第一小法廷判決・刑集二四巻一〇号一三八〇頁参照)。
 これを本件についてみると、原判決の是認した前記事実関係を前提とすれば、被
告人は、法に従い右折の合図をしたうえ、右折を開始したものであつて、少なくと
も当時の道路および交通の状態等具体的状況に応じた適切な右折準備態勢にはいつ
たことが窺われるのである。もつとも、被告人が本件交差点手前約六米の地点から
右折を開始している点は、本件当時施行の道路交通法三四条二項に違反するとして
も、本件事故現場の道路および交通状況のもとでは、被告人の右折方法に誤りがあ
るからといつて、右規定に従つた右折方法による場合に比し、直ちに対向車線内で
後続車との衝突の危険が一層増大するものとは認めがたいから、被告人がAの無謀
異常な運転による追い越し車両のあることまでを予期し、または容易に予期しえた
等の特段の事情がない限り、被告人に、より周到な後方安全確認義務があつたもの
とはなしがたく、また、このような右折方法を目して直ちに本件事故発生の原因た
る被告人の過失と速断しがたいというべきである。しかるに、原判決は、被告人に
おいて、当時被害車両が対向車線内において、被告人の車両の右側を高速で追い越
すことを容易に予期しえた等の特段の事情について説示することなく、単に前摘示
の如く被告人の右折方法に違法があつた点のみをとらえて、第一審判決が認定した
被告人の過失をたやすく是認しているのである。してみると、原判決は、右の点に
おいて法令の解釈適用を誤り、ひいては審理を尽くさなかつた違法があるもので、
これを破棄しなければ著しく正義に反するものといわざるを得ない。
 なお、原判決の維持する第一審判決は、被告人に対して、本件所為の罪と別個の
業務上過失傷害罪とが刑法四五条前段の併合罪の関係にあるものとして、同法四八
条二項により罰金七万円の刑を科したものであるから、本件のみを分離することは
できず、原判決を全部破棄することとする。
 よつて、刑訴法四一一条一号により原判決を破棄し、同法四一三条本文に従い、
本件を原審である高松高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、
主文のとおり判決する。
 検察官別所汪太郎 公判出席
  昭和四七年一一月一六日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    岸       盛   一
            裁判官    岩   田       誠
            裁判官    大   隅   健 一 郎
            裁判官    藤   林   益   三
            裁判官    下   田   武   三

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