弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人清瀬一郎、同内山弘の上告理由第一点について。
 本件不動産が昭和一六年法律第九九号敵産管理法にいわゆる敵産であり、戦時中
上告人の所有に属したところ、終戦後昭和二一年五月勅令第二九四号「聯合国財産
の返還等の件」が発布せられ、同二四年一一月一五日大蔵大臣は右勅令二条により、
上告人に対し、右不動産をD石油株式会社に譲渡すべきことを命じ、これによつて
上告人は同年一二月二六日右不動産の所有権を喪失したものであることは原判決の
確定するところである。
 そして、右大蔵大臣の命令の根拠たる勅令第二九四号は、昭和二一年五月六日附
連合国最高司令官の「連合国々民に対する日本所在の財産の返還手続に関する覚書」
にもとづき発せられたいわゆるポツダム勅令であること、また右大蔵大臣の命令は、
特に前記覚書に従い本件不動産をD石油株式会社に返還すべきことを命じた連合国
最高司令官の覚書(昭和二四年一〇月三一日附)にもとづき、前記勅令第二九四号
二条一項所定の措置として発せられたものであることは原判決の説示するとおりで
ある。
 かくのごとき連合国最高司令官の覚書にもとづき、その覚書の趣意を実施するた
めになされた日本政府の措置は、日本国憲法の枠外にあり、右のごとき措置に対し
ては憲法の適用を排除するものであることは当裁判所数次の判例の示すところであ
つて、前記大蔵大臣の命令による本件不動産の譲渡は、日本国憲法の適用外にある
旨を判示した原判決は正当である。さらに、この譲渡によつて上告人に生じた損害
填補の問題についても、その損害の発生が右譲渡行為に基因するものであるから、
憲法二九条三項「正当補償」の規定はそのまま本件損害の填補に適用されるべきも
のでないとして、直接憲法二九条三項の規定に依拠して、国に対して補償を求める
と主張する上告人の本訴請求を排斥した原判決は、正当であつて、この点に関し原
判決の法解釈に誤りありと主張する論旨は、採用することができない。
 同第二号について。
 原判決が上告人の予備的請求たる「条理にもとづく請求」について、上告人主張
のごとき条理の存在はただちに肯定することはできない旨判示したことは正当であ
る。ただ、本件のごとき場合、国としてこれがために損害を被つたものに対して補
償をすることを相当として昭和三四年法律第一六五号「連合国財産の返還等に伴う
損失の処理等に関する法律」が制定され、既に同年一一月二日施行を見るに至つた
のである。されば上告人はこの法律の規定するところに準拠してその損失の補償を
請求すべきものであつて、直ちに条理にもとづいて請求するというがごときは容認
すべきものでないことはあきらかである。
 よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条により主文のとおり判決する。
 この判決は裁判官入江俊郎、同奥野健一の反対意見があるほか全裁判官一致の意
見によるものである。
 裁判官入江俊郎の反対意見は次のとおりである。
 わたくしは、多数意見には反対であつて、原判決を破棄し、訴却下の自判をなす
べきものと考える。
 わたくしは、多数説が大蔵大臣の命令による本件不動産の譲渡は日本国憲法の適
用外にある旨を判示し、この点に関する原判示を正当としている点においては敢え
て反対するわけではないが、この譲渡によつて上告人に生じた損害填補の問題につ
いても、その損害の発生が右譲渡行為に起因するものであるから、憲法二九条三項
「正当補償」の規定はそのまま本件損害填補に適用されるべきではないとし、昭和
三四年法律第一六五号「連合国財産の返還等に伴う損失の処理等に関する法律」が、
憲法二九条三項の正当補償の条項とは無関係である趣旨の多数説の説示には賛同し
えない。
 わが国が連合国により占領せられ、その管理下に置かれた場合においても、その
管理が直接管理の方式によるものではなく、間接管理の方式によるものであつたこ
とは周知のことであり、日本国統治の権限は、占領中といえども原則的且つ一般的
には、日本国の憲法によつて行われたのであつて、従つて、最高司令官の要求がす
べて憲法の枠外であつたというわけではなく、その要求を実施することが日本国の
憲法の条規に反するものであつた場合、はじめて、それは日本国の憲法外に効力を
有するものとして、憲法の適用を排除し、憲法外において法的効果を持ち得たもの
と解されたものと思う。当裁判所が、従来この種の問題について示したいくつかの
判例の趣旨も、わたくしは、そのような意味のものと解するのが正当であると思つ
ている。
 そこで、本件不動産の譲渡は、最高司令官の要求であるから、その譲渡の実施自
体については日本国の憲法に拘わりなく、これを実施すべきものであつたことは明
らかであるが、それだからといつて、右譲渡に起因して生じた損害の補償までが、
憲法の枠外であるというのは、論理の飛躍ではなかろうか。勿論最高司令官の要求
が、損害の補償も憲法外において考慮すべき旨を直接示しているか、または、それ
が直接には示されていなくとも、これに起因して生じた損害の補償を日本国の憲法
に従つてすることが、右最高司令官の譲渡の要求を実施することを実質的に不可能
ならしめまたはそれに近い著しい困難を伴うような特段の事情の存する場合である
ならば格別、単に損害が本件譲渡行為に起因するものであるというだけの理由で、
その補償もまた憲法の枠外にあると結論することは、占領体制下における管理法令
秩序の本質を正解しないものであり、またかくのごとく、最高司令官の要求の実施
に起因するものであるからといつて、それだけの理由でこれを憲法の枠外であると
いうのは、結局憲法の定める基本的人権の保障を軽視するのそしりを免れない。
 わたくしは、憲法二九条三項は同条一項に対する例外的の規定であつて、(一)
公共のために用いる場合であれば財産権を侵すことができる、(二)その場合にお
いては正当の補償をせねばならないとの趣旨を包含するものと思う。ところで、本
件譲渡自体は、最高司令官の要求を実施することに外ならないから、たとえ憲法二
九条に反するとしても、その枠外であり、従つて同条三項にいわゆる公共のために
用いるものであると否とを問題とする余地も一応はないことである。しかしながら、
占領下において、日本国政府が本件譲渡に関する最高司令官の要求を実施せねばな
らぬということは、日本国が降伏条項の受諾に伴い負う国際的の責任を果たすこと
であると同時に、国内的に見れば、それは、公共のため私人の財産を用いる場合に
当たるものというべきであつて、これにより損害を蒙むる私人に対しては、最高司
令官の要求が直接または間接にそれを否定するものでない限り当然憲法二九条三項
が適用せられ、これに正当の補償をせねばならないこととなると思うのである。そ
して、本件譲渡の基本的な根拠となつた敵産返還に関する最高司令官の最初の覚書
(一九四六年五月六日連合国国民に対する日本所在の財産の返還手続に関する覚書)
は新憲法施行前のものであるが、新憲法施行と同時に、当然その二九条三項の正当
の補償に関する規定は、本件にも働らくこととなつたと解さねばならない。(憲法
二九条三項の公共のために用いるの意義に関しては、議論がないわけではないが、
わたくしは本件の場合のごときこれに包含せしめることが正当であると考える。)
 更にわたくしは、本訴における正当補償請求権は、憲法二九条三項から直接に上
告人に発生しているものと考えるのであつて、これがための特別な法律は必らずし
も必要ではないと解する。それ故、上告人が原審に訴を提起したこと自体には違法
の点は認められないのであるが、本訴の進行中に、昭和三四年法律第一六五号「連
合国財産の返還等に伴う損失の処理等に関する法律」が制定、施行された。そして、
同法はわたくしの解するところによれば、本件に関する憲法二九条三項の正当補償
請求の手続法であると同時に、何が正当の補償に当るかを算式等をもつて規定した
実体法である。しからば、同法の施行を見た今日においては、本訴請求は同法所定
の規定に従つてなすべきものであり、同法の規定に従つてなされていない本訴は、
不適法なものとなつたのであつて、これを却下する外はないのである。なお、上告
人は右法律自体が違憲であるとの主張を有するようであるが(昭和三五年一月上告
代理人より提出の陳述書)、それは、改めて上告人が同法によつて請求をし、補償
額が決定した上で、その補償額が憲法二九条三項の正当の補償に当らない旨を主張
する別訴において争うべき事柄であり、今同法が違憲であるか否かの判断は、当裁
判所としては与える必要はない。
 されば、原判決はこれを破棄し、本件訴はこれを却下すべきものである。
 裁判官奥野健一の反対意見は次のとおりである。
 本件連合国財産の返還が、連合軍最高司令官の覚書により、昭和二〇年勅令第五
四二号に基く昭和二一年勅令第二九四号(返還勅令)二条一項の措置として命ぜら
れたものであつて、憲法の枠外にあるものであることは多数意見のとおりであると
しても、これに起因する損失の填補の問題についてもまた憲法二九条の規定の適用
がないとの論には賛成し難い。すなわち、本件財産の返還自体の問題とこれが損失
の補償の問題とは不可分の関係にあるものとは断じ難いのみならず、昭和二〇年九
月一三日の連合国財産の保全を命じた覚書、昭和二一年五月六日付の覚書およびこ
れに基く前記返還勅令においては返還した者に対する損失補償の点については何ら
触れておらず、昭和二一年一一月二二日付の覚書および同二三年四月二二日付覚書
において始めて返還受領者に対する財産の返還によつて損害を蒙つた者は日本政府
に対しその救済を求むべき旨指令しており、これに基き昭和二六年一月二二日政令
六号(返還政令)が制定され、その附則一七項において返還者の損失の処理につい
ては、別に法律で定める旨を規定しているのである。従つて、返還者に対する損失
の補償について別に法律で定めることを予定しているというだけであつて、損失補
償をしないと定めてないことは勿論、その損失補償の問題は憲法の枠外のものであ
るべき趣旨は毫も窺われないのであり、しかも、右法律が平和条約発効後、わが国
が完全に主権を回復した後に制定せられる場合当然それは最高法規である憲法に違
反することは許されないものと解さなければならないのである。
 わが国が、敗戦の結果、連合国の要求により、戦時中敵産を取得した者よりその
財産を強制的に返還せしむべき義務を負い、その義務の履行として国民の財産を返
還せしめることは、国の必要によるものであるから、国が公共のため国民の財産を
用いる場合に当たるものというべく、憲法二九条三項の適用を免れないところであ
る。(もつとも、いわゆる敵産は国民の本来固有の財産と異りその取得者は敗戦の
場合旧敵国の要求により返還せしめられるかも知れない運命にある財産であつて、
これが損失補償については固有の財産を剥奪される場合とは別個な補償の規準によ
ることも考えられないこともないのである。)
 しかし、本件連合国財産の返還による損失の補償については前記の如く始めより
別に法律によるべきことを予定されているのであるから、返還者はその法律の制定
をまつて、これに準拠して損失補償を求めるべきである。(その法律の制定が遅れ
たことによる不利益の救済については別に政治的、法律的手段によるべきであつて、
右法律の制定をまたずこれを無視して請求することはできないのである。)そして、
その法律は昭和三四年法律第一六五号として既に制定公布された以上その法律が憲
法に適合しているか否かは別として、該法律によつてのみ、本件損失補償の請求を
なすべきものであり、憲法二九条三項により直接請求する本訴は許されないもので
あるといわねばならない。
 もつとも、憲法二九条三項の損失補償については法律の規定をまつて具体的請求
権が生ずるとの論もあるが、私は憲法二九条の財産権保障の規定は、単に財産権保
護の大原則を示すに過ぎないものであとか、立法府、行政府に対する規範を定めた
ものに過ぎないとかいう論には賛成できないのであって、直接本条により国民の財
産権は保障されているものと考えるものであり、従つて、若し政府その他の機関の
行為により財産権を侵害された国民は別に手続に関する法律が制定されてなくても
直接本条により憲法三二条に基き裁判所に出訴できないものではないと考えるので
あるが、本件の場合は前示の如く損失補償については別に法律によるべきことを予
定されているのであるからその法律の制定があつた以上、これを無視して出訴する
ことは許されないものと考える。
 なお、前記法律第一六五号によれば損失の補償については先ず大蔵大臣にその支
払を請求し、その処分に不服ある者は大蔵大臣に不服申立をするなど行政訴訟の構
造を前提とするものであつて、本訴の如く直接国に対して損失補償を求めることを
許していないのであるから本訴が直ちに同法による訴訟とみなして取扱うことはで
きないのである。
 以上の次第であるから結局本訴は不適法であつて、原判決を破棄して本訴を却下
するが相当と考える。
 裁判官真野毅、同小林俊三は退官につき評議に関与しない。
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    田   中   耕 太 郎
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    島           保
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    池   田       克
            裁判官    垂   水   克   己
            裁判官    河   村   大   助
            裁判官    下 飯 坂   潤   夫
            裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    高   橋       潔

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