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判決言渡平成20年9月17日
平成19年(行ケ)第10423号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成20年9月8日
判決
原告野村化学株式会社
訴訟代理人弁理士池田治幸
同池田光治郎
被告特許庁長官
鈴木隆史
指定代理人秋田將行
同秋月美紀子
同中田とし子
同内山進
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2005−24347号事件について平成19年11月13日
にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1本件は,原告が名称を「逆相液体クロマトグラフィー固定相の使用方法およ
びその固定相を備えた逆相液体クロマトグラフ装置」とする発明につき特許出
願(本願)をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求
をしたが,その途中で特許請求の範囲の変更等を内容とする補正をしたもの
の,特許庁が請求不成立の審決をしたことから,その取消しを求めた事案であ
る。
2争点は,本願に係る発明が特開昭62−81400号公報(発明の名称「核
酸の分離方法」,出願人東洋曹達工業株式会社,公開日昭和62年4月14
日(以下「引用例1」といい,この発明を「引用例発明」という。甲1)との
関係において進歩性を有するか(特許法29条2項),である。
第3当事者の主張
1請求原因
(1)特許庁における手続の経緯
原告は,平成10年12月24日,名称を「逆相液体クロマトグラフィー
固定相の使用方法およびその固定相を備えた逆相液体クロマトグラフ装置」
とする発明につき特許出願(請求項の数2,特願平10−367043号,
甲3。公開公報は特開2000−193648号〔甲15〕)をしたが,拒
絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請求をした。
特許庁は同請求を不服2005−24347号事件として審理し,その中
で原告は平成18年1月11日付けで特許請求の範囲の変更等を内容とする
補正(請求項の数2。以下「本件補正」という。甲4)をしたが,特許庁
は,平成19年11月13日,本件補正を却下した上,「本件審判の請求
は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年11月27日原告に送
達された。
(2)発明の内容
ア本件補正前
本件補正前の特許請求の範囲は,上記のとおり請求項1及び2から成る
が,そのうち請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)の内容
は,以下のとおりである。
「【請求項1】炭素数24以上のアルキル基を主成分とする固定相を,
水を主成分とする移動相に用いることを特徴とする逆相液体クロマトグラ
フィー固定相の使用方法。」
イ本件補正後
本件補正後の特許請求の範囲も,上記のとおり請求項1及び2から成る
が,そのうち請求項1に係る発明(下線部が補正による変更部分。以下
「本願補正発明」という。)の内容は,以下のとおりである。
「【請求項1】炭素数24以上のアルキル基を主成分とする固定相を,
一定割合の水を主成分とする移動相に用いることを特徴とする逆相液体ク
ロマトグラフィー固定相の使用方法。」
(3)審決の内容
ア審決の内容は,別添審決写しのとおりである。
その理由の要点は,①本願補正発明は,引用例発明及び下記甲2に記載
された周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから独
立して特許を受けることができず,本件補正は却下される,②本願発明
は,引用例発明及び上記周知技術に基づいて当業者が容易に発明をするこ
とができたから,特許法29条2項により特許を受けることができない,
というものである。

甲2:特開平4−34358号公報(発明の名称「水溶性有機物の分
離方法」,出願人ダイソー株式会社,公開日平成4年2月5
日〔以下「引用例2」という。〕)
イなお,審決は,上記判断をするに当たり,引用例発明の内容を以下のと
おり認定したうえ,本願補正発明と引用例発明との一致点及び相違点を次
のとおりとした。
<引用例発明の内容>
「トリアコンチルジメチルクロロシラン,トリアコンチルジメチルメ
トキシシラン,トリアコンチルジメチルエトキシシラン,トリアコンチ
ルトリクロロシラン,トリアコンチルトリメトキシシラン,トリアコン
チルトリエトキシシラン,などのハロゲン基またはアルコキシ基を1∼
3個有するアルキルシラン化合物を,0.1M酢酸アンモニウム水溶液
からアセトニトリルの0−25%直線勾配(リニヤ−グラジエント)溶
出法に用いる逆相クロマトグラフィーによる核酸の分離方法。」
<一致点>
いずれも,
「炭素数24以上のアルキル基を主成分とする固定相を,水を含む溶
液を移動相に用いる逆相液体クロマトグラフィー固定相の使用方法。」
である点。
<相違点>
移動相として,本願補正発明では「一定割合の水を主成分」としたも
のを用いているのに対して,引用例発明では「0.1M酢酸アンモニウ
ム水溶液からアセトニトリルを0−25%直線勾配」としたものを用い
ている点。
(4)審決の取消事由
しかしながら,審決には,以下に述べるとおり誤りがあるので,審決は違
法として取り消されるべきである。
ア取消事由1(本件補正却下の誤り)
審決は,本願補正発明と引用例発明との相違点についての判断を誤り
(取消事由1−1),本願補正発明の顕著な作用効果を看過(取消事由1
−2)して,本件補正を誤って却下したものである。
(ア)取消事由1−1(相違点についての判断の誤り)
a周知技術の認定の誤り
審決は,「アルキル基を主成分とする固定相を用いた逆相液体クロ
マトグラフィーにおいて,水100%の一定濃度のものを移動相に用
いることは,引用例2に記載されているように周知技術であ」る(5
頁23行∼25行)と認定したが,誤りである。
(a)引用例2(甲2)には,「(課題を解決するための手段)本発
明者らは,上記の点に鑑み,逆相系充填剤の中オクタデシル修飾シ
リカ担体を用いて水溶性有機物を水移動相により高い分離度で効率
よく分離する方法を得る目的で鋭意検討した。その結果オクタデシ
ル修飾率を制御することにより上記目的を充分達成し得ることを見
出し本発明を完成するに至った」(1頁右欄13行∼20行)と記
載されている。そして,オクタデシル修飾率を制御することにより
高い分離度で効率よく分離できることの根拠として,「水移動相に
より水溶性有機物を分離する場合固定相表面のオクタデシル基は移
動相である水と反発し,直鎖が収縮し,細孔を埋める結果となり,
担体表面の細孔は小さくなり,従って有効表面積は小さくなる。そ
の結果修飾率が高すぎる場合保持能が低下し,分離度が低くなると
考えられる」(2頁右下欄4行∼10行)と記載されている。この
ような課題を解決するため,引用例2では,オクタデシル基を固定
相に用いる場合のオクタデシル修飾率を1.0∼2.0マイクロモ
ル/mとしたものである(2頁右下欄19行∼3頁左上欄12
行)。
ところで,引用例2における固定相であるオクタデシル基は炭素
数18のアルキル基であるが,一方,本願補正発明において固定相
の主成分とされているのは炭素数24以上のアルキル基である。炭
素数24以上のアルキル基のほうが炭素数18のアルキル基である
オクタデシル基よりも疎水性が高いことから,炭素数24以上のア
ルキル基を固定相に用いる場合には,オクタデシル基を固定相に用
いる場合に比べてより一層の困難が生じる。
そして,このような困難ゆえに,本願時の技術常識では,炭素数
24以上のアルキル基を固定相に用い,水100%の一定濃度のも
のを移動相に用いることは不可能であると考えられていた。
したがって,引用例2の記載から,アルキル基を主成分とする固
定相を用いた逆相液体クロマトグラフィーにおいて水100%の一
定濃度のものを移動相に用いることが本願前に周知の技術であると
認定することはできず,引用例2に記載されている技術は,あくま
で「オクタデシル修飾率が1.0∼2.0マイクロモル/mであ2
る」固定相を用いた逆相液体クロマトグラフィーにおいて水100
%の一定濃度のものを移動相に用いるというものにすぎない。
(b)また被告は,下記乙1∼乙4(枝番を含む)を根拠として,アル
キル基を主成分とする固定相を用いた逆相液体クロマトグラフィー
において水100%の一定濃度のものを移動相に用いることが本願
前に周知の技術であると主張する。
・乙1:GERTE.BERENDSENetal“ROLEOFTHECHAINLENGTHOF
CHEMICALLYBONDEDPHASESANDTHERETENTIONMECHANISM
INREVERSED-PHASELIQUIDCHROMATOGRAPHY”Journalof
Chromatography196,1980年(昭和55年)発行,
21頁∼37頁
・乙2:KARLKARCHetal“PREPARATIONANDPROPERTIESOF
REVERSEDPHASES”JournalofChromatography122,19
76年〔昭和51年〕発行,3頁∼16頁
・乙3の1:高井信治ほか「分析対象によるカラム充塡剤の選び
方」応用高速液体クロマトグラフィー(化学の領域増
刊109号)5頁∼22頁,昭和51年3月31日発
行,株式会社南江堂
・乙3の2:沼野藤夫ほか「医学・臨床への応用(4)−生体にお
ける各種薬剤,ホルモンの追跡と分析−」応用高速液体
クロマトグラフィー(化学の領域増刊109号)23
1頁∼240頁,昭和51年3月31日発行,株式会社
南江堂
・乙4:WenzhiHuetal“TemperatureEffectsonRetentionin
Reversed-phaseLiquidChromatographyofNucleosides
andTheirBasesUsingWaterastheMobilePhase”
AnalyticalCommunicationsVol.34311頁∼314頁,19
97年(平成9年)10月発行
しかし,乙1の図3(Fig.3)は,乙1の論文の実験過程におけ
る条件検討を表す資料にすぎないものであって,水100%の移動
相が1つの条件として示される一方,メタノールと水との混合溶媒
を移動相とする条件も示され(図7〔Fig.7〕),結論としては移
動相に有機溶媒を加えることの重要性が記載されている。このよう
に実験を行う際にあらゆる条件を検討するのは実験者として当然の
ことであり,乙1の図3に記載された内容が周知技術であるとはい
えない。
また,乙2∼乙4には,炭素数18のアルキル基であるオクタデ
シル基を固定相として水100%の移動相を適用した例が記載され
ているが,これらの文献においては,炭素数24以上のアルキル基
について一切言及されておらず,むしろ,本願時において炭素数2
4以上のアルキル基を固定相として水100%の移動相を適用する
ことが不可能と考えられていたことの根拠となりうるものである。
なお,乙3の2に記載されている「パーマフェイズODSカラ
ム」は,Zipax(ガラス球の表面にシリカの薄膜を付したも
の)にオクタデシルシリコーンを付したもの(甲7〔J.J.カークラ
ンド編「高速液体クロマトグラフィー」374頁∼375頁,昭和
50年10月1日発行,株式会社講談社〕)であって,充填剤表面
積が多孔性シリカ(数百m/g)よりもはるかに小さい1m/g22
未満のもので特性を異にするから,シリカ担体に固定された炭素数
18のアルキル基を固定相に用いた例としては不適切である。
b容易想到性の判断の誤り
審決は,本願補正発明と引用例発明との相違点について,「試料や
固定相の特性に応じて移動相を選択,変更することは液体クロマトグ
ラフィーの分野において通常行われていることであるから,引用例発
明の移動相として,『0.1M酢酸アンモニウム水溶液からアセトニ
トリルを0−25%直線勾配』のものを用いることに替えて,水10
0%の一定濃度のもの,すなわち,『一定割合の水を主成分』とする
ものを採用することは当業者が容易に想到する事項である」(5頁2
5行∼31行)としたが,誤りである。
(a)前記aで述べたように,本願時の技術常識では,炭素数24以上
のアルキル基を固定相に用い,水100%の一定濃度のものを移動
相に用いることは不可能であると考えられていたものであり,引用
例2には,引用例発明の移動相として「0.1M酢酸アンモニウム
水溶液からアセトニトリルを0−25%直線勾配」に換えて水10
0%の一定濃度のものを採用することを妨げる記載がされていると
いうべきである。
(b)また,引用例発明のように移動相として「0.1M酢酸アンモニ
ウム水溶液からアセトニトリルを0−25%直線勾配」のものを用
いることは,いわゆるグラジェント溶出法によるものであるのに対
し,本願補正発明のように「一定割合の水を主成分」とする,すな
わち一定濃度のものを用いることは,いわゆるアイソクラティック
溶出法によるものである。
前者(グラジェント溶出法)を後者(アイソクラティック溶出
法)に変更することについて,審決は「試料や固定相の特性に応じ
て移動相を選択,変更することは液体クロマトグラフィーの分野に
おいて通常行われていることである」(5頁25行∼27行)とす
るが,グラジェント溶出法とアイソクラティック溶出法とはその手
法及び目的が大きく異なるものであり,通常行われる移動相の選択
・変更であるとはいえない。
また,引用例1(甲1)の第1図(クロマトグラム)を参照する
と,溶出量が0ml∼10mlの範囲,すなわちアセトニトリルの
濃度が0%∼10%,水(酢酸アンモニウム水溶液)の濃度が10
0%∼90%の範囲においてはピークは発生していない。すなわ
ち,引用例発明におけるグラジェント溶出法は,実質的には溶出量
10ml(アセトニトリルの濃度が10%,水の濃度が90%)以
降にその意味があるのであって,引用例1の記載は,炭素数24以
上のアルキル基を主成分とする固定相に対して水100%あるいは
一定割合の水を主成分とする移動相を用いることの示唆とはなりえ
ないものである。
(c)これに対し被告は,下記乙5∼乙7を根拠として,炭素数30の
固定相を用いる逆相液体クロマトグラフィーにおいて,水の割合が
大きい移動相によりアイソクラティック溶出法を用いることは周知
であると主張する。
・乙5:長江徳和ほか「逆相液体クロマトグラフィーにおける長
鎖アルキル基結合充塡剤の特性」クロマトグラフィー1
4巻2号19R頁∼24R頁,平成5年5月31日発行
・乙6:WilhelmPotteretal“Non-poroussilicafor
ultrafastreversed-phasehigh-performanceliquid
chromatographicseparationofaldehydeandketone
2,4-dinitrophenylhydrazones”Journalof
ChromatographyA786,1997年(平成9年)発行,
47頁∼55頁
・乙7:HirokoItoh,NorikazuNagaeetal“Reversed-Phase
LiquidChromatographicSeparationofProteinsonA
C30AlkylBondedNonporousSilicaGelColumn”クロマ
トグラフィー14巻6号89R頁∼98R頁,平成5年
12月24日発行
しかし,本願補正発明における「一定割合の水を主成分とする移
動相」とは「水100%としたものを含む水97%程度以上の一定
濃度の溶液とする移動相」を意味するものと解することができる
(審決5頁21行∼22行も同旨)のに対して,乙5では「アセト
ニトリル/水(15:85)のアイソクラティック溶出法」,乙6
では「水70%のアイソクラティック溶出法」,乙7では「水58
%のアイソクラティック溶出法」がそれぞれ開示されているのであ
って,いずれも水の濃度において本願補正発明の移動相とは大きく
異なるものである。
すなわち,甲9(RyanD.MorrisonandJohnW.Dolan“
Reversed-PhaseLCin100%Water”LC・GCASIAPACIFIC,Vol.4,
No.1,2001年〔平成13年〕2月発行,AnAdvanstar
Publication)においては,「通常の(有機溶媒が5%よりも大き
い)条件においては,固定相は,シリカの表面に取り付けられたC
18鎖とみなされ,図3aに示すスケッチに似て,ブラシのような
形態に延ばされている」が,「移動相の有機溶媒の含有量が低くな
り過ぎる場合には,固定相は自分自身の上に崩れ落ち,図3bに図
示したようなぼさぼさのもうせんに似て,低エネルギーの形態とな
る傾向がある」(19頁)という記載がある。この記載は,例えば
炭素数18のアルキル基を用いた固定相に対し,水が95%を超え
る移動相を用いるといわゆる寝込み現象を生じ,クロマトグラムの
使用が困難になることを表わしている。このように,移動相におい
て水95%を超えるかどうかは,寝込み現象の発生の有無に大きく
関与するものである。
また,甲10(RobertGWolcottandJohnW.Dolan“Lessonsin
ColumnWashing”LC・GCVol.17,No.4,1999年〔平成11年〕
4月発行,AnAdvanstarPublication)では,例えばC18鎖の結
合相を充填剤に用いたカラムの洗浄にあたり,「カラムを水で洗浄
すると,結合層は,崩壊する(図1c)。その後移動相を通液する
ことによって洗浄のための溶媒が取り除かれても,固定相は,崩壊
した形態のままであり(図1d),保持及び分離度に変化を与える
結果となる(図2a及び2b)」と記載されており,また「カラム
を洗い流すことおよび平衡のためのガイドライン」として「水10
0%を避ける」という記載がある。このように,炭素数18であっ
ても,水100%を通液することにより固定相であるアルキル基が
寝込み現象を生ずるとされていたものである。
(d)また,そもそも本願補正発明は一定割合の水を主成分とする移動
相を用いた場合でも経時変化による保持時間の減少が生じない逆相
液体クロマトグラフィーを提供することを課題としたものであると
ころ,本願補正明細書に記載された従来技術においても,通液開始
後30時間が経過する前であれば,この段階ではまだ保持時間が低
下していないのであるから,アルキル基を主成分とする固定相に水
を主成分とする一定濃度の移動相を適用することも可能である。
したがって,アルキル基を主成分とする固定相に水を主成分とす
る一定濃度の移動相を適用した場合に経時変化による保持時間の減
少が生じるかどうかが重要であるところ,上記乙1∼7においては
1回の分析に要する時間(約4分∼45分)しか記載されておら
ず,実験の継続時間については全く言及されていないのであるか
ら,上記乙1∼7をもって本願補正発明の容易想到性を肯定する根
拠とはなし得ない。
(イ)取消事由1−2(顕著な作用効果の看過)
審決は,「本願補正発明の効果も,引用例1,及び,上記周知技術か
ら当業者が予測できる範囲のものである」(5頁下3行∼下2行)とし
たが,誤りである。
a本願補正明細書(甲4)によれば,本願補正発明には,「炭素数2
4以上のアルキル基を主成分とする固定相を,一定割合の水を主成分
とする移動相に用いることから,経時変化による保持時間の減少が起
きない」(段落【0009】)という格別の効果が生じている。
本願補正明細書が引用する本願明細書(甲3)の図6は,炭素数2
4以上のアルキル基(具体的にはトリアコンチル基)を主成分とする
固定相に対し,一定割合の水(具体的には水100%)を主成分とす
る移動相を用いて水溶性化合物の分離を行なった場合の,通液開始か
らの時間経過に対する相対保持係数の変化を表したものである。この
図によれば,通液開始後約100時間後であっても,一定の相対保持
係数の値を維持していることが明らかである。
一方,上記明細書の図1には,固定相をオクタデシル基(炭素数1
8のアルキル基)とした場合において水溶性化合物の分離を行なった
場合の,通液開始より3時間後,20時間後,35時間後におけるク
ロマトグラムをそれぞれ示したものであって,通液開始からの時間に
伴って,シトシン,ウラシル,シチジン,ウリジン,チミンの各保持
時間が徐々に短くなっていることを示している。このように各物質の
保持時間が短くなると,クロマトグラムにおけるピークが近似し,分
離が困難になってしまう。
このように,本願補正発明では,固定相をオクタデシル基とした従
来技術に比べて保持時間が保たれる時間が格段に長いものであり,顕
著な作用効果を有するものである。
b100時間に及ぶ連続通液による逆相液体クロマトグラフィーの運
用が可能となることによりもたらされる実益は,次のようなものであ
る。
すなわち,逆相液体クロマトグラフィーの保持時間が短くなった場
合,カラムの交換あるいは移動相を洗い流す再生処理が必要となると
ころ,高速液体クロマトグラフィーにおけるカラムは移動相を高圧で
通液することに耐えられるように設置されているため,その交換作業
は煩雑であり,また,再生処理を行なう間はクロマトグラフィーを使
用することができない不便が生じる。
本願補正発明における100時間に及ぶ連続通液による逆相液体ク
ロマトグラフィーの運用が可能となるという効果は,かかる問題を解
決しうる格別のものである。
cこれに対し被告は,乙9(WakoAnalyticalCircleNo.9,平成10
年6月発行,和光純薬工業株式会社)を根拠として,本願補正発明の
効果は格別顕著なものとはいえないと主張する。
しかし,乙9に記載されたクロマトグラフィーはその分析に要する
時間が20分程度のものであり,「水100%移動相でも保持時間が
変化しません」と記載されているのみであって,本願補正発明の効果
である100時間に及ぶような連続通液を可能にする旨の記載は全く
ない。したがって,乙9に基づいて本願補正発明の効果を当業者が予
測できたとはいえない。
dまた被告は,乙4(WenzhiHuetal“TemperatureEffectson
RetentioninReversed-phaseLiquidChromatographyofNucleosides
andTheirBasesUsingWaterastheMobilePhase”)において2か月
間(少なくとも1000時間以上)にわたり良好な安定性及び再現性
を示した例が記載されていると主張する。
しかし,乙4に記載されているのは,「逆相液体クロマトグラフィ
ーシステムの安定性と再現性を試すために,30℃,40℃,50
℃,60℃,65℃及び第3図の温度制御手法を用いて,2か月にわ
たり30回,ヌクレオチドとその塩基混合物の分析を行った」という
ものであり,2か月間連続して通液が行われたと記載されているもの
ではない。
そして,乙4の論文の著者である古月文志によれば,乙4の上記記
載は移動相を連続的に通液しつつ2か月間に30回の測定を行ったの
ではなく,測定毎に移動相の通液を再開することにより2か月間に3
0回測定を行ったことを意味するものである(甲11)。
eまた被告は,結合密度が低い炭素数18のアルキル基を固定相に用
いた場合には「すべり現象」は生じないと主張する。
しかし,本願補正明細書が引用する本願明細書(甲3)には「発明
が解決しようとする課題」として「水100%を移動相とした場合,
炭素数8∼18のアルキル基を固定相としてそのまま用いることはで
きなかった」(段落【0003】,下線は原告による。),「また,
上記ODSの担体に対する結合密度を下げ,代わりにトリメチルシリ
ル基を結合させることにより,ODSの持つ保持が大きいという特性
を備え,且つトリメチルシリル基の持つ水を主成分とする溶液を移動
相として用いることができるという特性を備えた固定相も開発され
た。その固定相を用いることにより,保持時間の経時的な減少は軽減
はされたが,なお不十分であり,…長いアルキル基のみを固定相に用
いた場合に比べ,固定相の疎水性が低いため,保持が小さく分離が不
十分であったり,立体選択性が低下するという問題が生じた」(段落
【0005】)と記載されている。このように,本願補正発明の課題
は,アルキル基の担体に対する結合密度を低くするという解決手法の
存在があっても依然として課題とされていたものである。
なお,本願後に発表された論文である甲14(榎並敏行・長江徳和
「水100%移動相を用いたHPLC逆相固定相の保持挙動(2)」
CHROMATOGRAPHYvol.22,no.1,33頁∼39頁,平成13年2月発
行)によれば,相対保持時間と充填剤の細孔径とは一定の関係を有
し,細孔径が10.4nmである固定相については相対保持時間が9
0%を上回り,水移動相でも使用することができるとされる一方,細
孔径が7.2nm及び6.2nmである固定相については相対保持時
間が90%を下回り,水移動相では使用することができないとされて
いる。したがって,アルキル基の担体に対する結合密度を制御するこ
とによって水移動相を使用することが可能となるものではない。
fなお,本願補正発明の発明者である長江徳和は,本願補正発明を含
む,炭素数30のアルキル基を主成分とする固定相に対し水100%
又は一定割合の水を主成分とする移動相を用いた分析に関する一連の
研究を行い,多数の研究論文を発表するなどしてその成果が認められ
た結果,「C30カラムの開発と応用を行い液体クロマトグラフィー
の発展に貢献」したとして,平成13年2月1日,社団法人日本分析
化学会液体クロマトグラフィー研究懇談会より,ニューセンチュリ
ー特別表彰「液体クロマトグラフィー技術賞」を受賞した(甲5)。
この受賞にかかる一連の研究の1つは乙10の論文(長江徳和ほか
「逆相クロマトグラフィーにおける水移動相を用いた極性化合物の分
離」ChromatographyVol.19No.4380頁∼381頁,平成10年11月1
0日発行,クロマトグラフィー科学会)であり,本願補正発明はこの
論文に記載された内容を含み,新規性喪失の例外(特許法30条)の
適用を申請して出願されたものである。
イ取消事由2(本願発明の進歩性についての判断の誤り)
審決は,「本願発明は,引用例1に記載された発明,及び,上記周知技
術に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特
許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない」(6頁下
4行∼下2行)としたが,誤りである。
すなわち,本願発明を本願補正発明と比較すると,本願補正発明では
「一定割合の水を主成分とする移動相」とされる発明特定事項が,本願発
明では「水を主成分とする移動相」とされる点において相違するのみであ
り,審決は本願補正発明におけるのと同様の理由により本願発明の進歩性
を否定するものであるところ,本願補正発明についての判断が誤りである
ことは前記アで述べたとおりであり,本願発明についての判断も同様の理
由により誤りである。
2請求原因に対する認否
請求原因(1)∼(3)の各事実は認めるが,同(4)は争う。
3被告の反論
審決の判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。
(1)取消事由1−1に対し
原告は,相違点についての審決の判断に誤りがあると主張するが,以下の
とおり審決の判断は正当である。
ア周知技術の認定について
原告は,引用例2に記載された技術について審決の認定は誤りであると
主張する。
(ア)しかし,引用例2記載の技術は,アルキル基を主成分とする固定相を
用いた逆相液体クロマトグラフィーにおいて,水100%の一定濃度の
ものを移動相に用いる一例を示すものである。
このことは,本願補正明細書の引用する本願明細書(甲3)に「【従
来の技術】水溶性化合物を分離するために,分離対象試料を溶解する溶
媒である移動相に水を主成分として用い,カラムに充填される担体に担
持された液体または固体である固定相に無極性化合物を用いる逆相液体
クロマトグラフィーおよびそれらの移動相と固定相とを備えた逆相液体
クロマトグラフ装置が知られている」(段落【0002】),「因み
に,炭素数8∼18のアルキル基を主成分とした固定相を備え,水を主
成分とする移動相に用いることができるようにされたカラムも開発され
ている」(段落【0014】)と記載されていることとも符合する。
(イ)そして,このほかにも,乙1(GERTE.BERENDSENetal“ROLEOFTHE
CHAINLENGTHOFCHEMICALLYBONDEDPHASESANDTHERETENTION
MECHANISMINREVERSED-PHASELIQUIDCHROMATOGRAPHY”)には,炭素数
1∼22のアルキル基を主成分とする固定相を用いた逆相液体クロマト
グラフィーにおいて,純水を移動相として用いる例(第3図〔Fig.3〕
参照)が示され,乙2(KARLKARCHetal“PREPARATIONAND
PROPERTIESOFREVERSEDPHASES”)には,炭素数1,4,10,18の
アルキル基を主成分とする固定相を用いた逆相液体クロマトグラフィー
において,水を移動相として用いる例(図3,4,8〔Fig.3,4,8〕参
照)が示されている。
(ウ)また,オクタデシル基を固定相に用いた逆相液体クロマトグラフィー
についても,乙3の1(高井信治ほか「分析対象によるカラム充塡剤の
選び方」)及び乙3の2(沼野藤夫ほか「医学・臨床への応用(4)−生
体における各種薬剤)には,ODS(オクタデシル基)を固定相に用い
て,移動相を水とする例が示され,乙4(WenzhiHuetal“
TemperatureEffectsonRetentioninReversed-phaseLiquid
ChromatographyofNucleosidesandTheirBasesUsingWaterasthe
MobilePhase”)には,ODS充填カラムを用いて,移動相を純水とす
る例が示されている。
このほか,乙11(島津GLCセンター「総合カタログ」184頁,
平成9年3月27日発行),乙12(島津GLCセンター「GC/LC
総合カタログ」27頁∼28頁,平成7年7月発行,信和化工株式会
社),乙13(株式会社ワイエムシィ「HPLC総合カタログ」14頁
∼15頁,141頁,平成9年9月前発行)にも,ODS固定相に水を
移動相として用いた例が示されている。
(エ)以上のように,アルキル基を主成分とする固定相を用いた逆相液体ク
ロマトグラフィーにおいて,水100%の一定濃度のものを移動相に用
いることは,本願前における周知技術であった。
イ容易想到性の判断について
(ア)原告は,引用例2には,引用例発明の移動相として「0.1M酢酸ア
ンモニウム水溶液からアセトニトリルを0−25%直線勾配」のものに
換えて水100%の一定濃度のものを採用することを妨げる記載がある
と主張する。
しかし,審決が引用例2について認定したのは「アルキル基を主成分
とする固定相を用いた逆相液体クロマトグラフィーにおいて,水100
%の一定濃度のものを移動相に用いること」が本願前に周知の技術であ
るという点であり,引用例2から直ちに相違点に係る構成を容易に想到
しうるとはしていないから,原告の主張は審決を正解しないものであ
る。
そして,前記アで述べたように,アルキル基を主成分とする固定相を
用いた逆相液体クロマトグラフィーにおいて水100%の一定濃度のも
のを移動相に用いることは周知技術であるとした審決の判断に誤りはな
く,本願時において炭素数24以上のアルキル基を固定相に用いた場合
に水100%の一定濃度のものを移動相に用いることは不可能であると
考えられていたという原告の主張は失当である。
(イ)また原告は,引用例発明におけるグラジェント溶出法に換えてアイソ
クラティック溶出法を採用することは,通常行われる移動相の選択・変
更とはいえないと主張する。
しかし,乙5(長江徳和ほか「逆相液体クロマトグラフィーにおける
長鎖アルキル基結合充塡剤の特性」)には,C30充填剤において,移
動相としてアセトニトリル/水を50:50,15:85の割合でアイ
ソクラティック溶出法を用いた例や,アセトニトリルでグラジェント溶
出した例が示され,乙6(WilhelmPotteretal“Non-poroussilica
forultrafastreversed-phasehigh-performanceliquid
chromatographicseparationofaldehydeandketone
2,4-dinitrophenylhydrazones”)には,C30のアルキル基カラムを
用い,グラジェント溶出法,アイソクラティック溶出法により溶離を行
っている例が示され(49頁左欄のMethod1,同頁右欄のMethod3参
照),乙7(HirokoItoh,NorikazuNagaeetal“Reversed-Phase
LiquidChromatographicSeparationofProteinsonAC30AlkylBonded
NonporousSilicaGelColumn”)には,C30のカラムを用いて42%
アセトニトリル水溶液のアイソクラティック溶出法で溶出する例(図2
参照),C30のカラムを用いてグラジェント溶出法で溶出する例(図
1,図3,図5参照)が示されている。
このように,C30固定相を用いる逆相液体クロマトグラフィーにお
いて,アイソクラティック溶出法を用いるかグラジェント溶出法を用い
るかは,試料及び固定相の特性を考慮して適宜決定しうるものである。
このことは,乙8(石井大道ほか「高速液体クロマトグラフ法」平成
4年9月10日初版3刷発行,共立出版株式会社),乙9(Wako
AnalyticalCircleNo.9)の記載からも明らかである。
(ウ)以上のとおり,逆相液体クロマトグラフィーにおいて,アイソクラテ
ィック溶出法を用いるかグラジェント溶出法を用いるかは,試料及び固
定相の特性を考慮して適宜決定しうるものであるところ,引用例1(甲
1)には「本発明において,液体クロマトグラフィーの条件としては通
常の逆相クロマトグラフィーにおける公知の諸条件が適用できる。」
(3頁左上欄7行∼9行)と記載されており,また,アルキル基を主成
分とする固定相を用いた逆相液体クロマトグラフィーにおいて水100
%の一定濃度のもの(アイソクラティック溶出法)を移動相に用いるこ
とは本願前に周知の技術であるから,相違点に係る構成は当業者が容易
に想到しうるものである。
(2)取消事由1−2に対し
原告は,審決は本願補正発明の顕著な作用効果を看過した誤りがあると主
張するが,審決の判断は正当である。
ア原告は,本願補正発明によれば100時間に及ぶ連続通液による逆相液
体クロマトグラフィーの運用が可能となるという顕著な作用効果が得られ
ると主張する。
しかし,アルキル基を主成分とする固定相を,一定割合の水を主成分と
する移動相に用いた場合に保持時間が100時間程度保たれる効果は,乙
11(島津GLCセンター「総合カタログ」)にも記載されており,従来
技術に比べて格別な効果であるとはいえない。
また,乙9(WakoAnalyticalCircleNo.9)9頁の「フッ素コーティン
グHPLCカラムFluofixver.II」には,水100%の移動相でも保持
時間が変化しないHPLC(Highperformanceliquidchromatography,高
速液体クロマトグラフィー)カラムについて記載されている。
また,乙4(WenzhiHuetal“TemperatureEffectsonRetentionin
Reversed-phaseLiquidChromatographyofNucleosidesandTheirBases
UsingWaterastheMobilePhase”)には,ODS固定相を用いた逆相液
体クロマトグラフィーであっても,移動相として純水を用いて2か月間
(少なくとも1000時間以上)にわたり良好な安定性及び再現性を示す
ことが報告されている。
イまたそもそも,本願明細書(補正後のもの)に記載された「発明が解決
しようとする課題」及び「発明の効果」の記載は正確ではない。
すなわち,本願明細書には,「発明が解決しようとする課題」として,
「…図1に示されるように,時間が経過すると,保持時間が全体的に短く
なり,分離が不完全になってしまう。従って,水100%を移動相とした
場合,炭素数8∼18のアルキル基を固定相としてそのまま用いることは
できなかった。この現象が起きる理由は,水100%移動相を通液する
と,図2に示すように,次第に炭素鎖(リガンド)が寝込んだ状態にな
り,固定相と溶質との相互作用が減少する,いわゆる『すべり現象』が起
きるためであると考えられている」(段落【0003】)と記載され,
「第1発明の効果」として「…炭素数24以上のアルキル基を主成分とす
る固定相を,一定割合の水を主成分とする移動相に用いることから,経時
変化による保持時間の減少が起きない」(甲4,段落【0009】)と記
載されている。
しかし,乙10(長江徳和ほか「逆相クロマトグラフィーにおける水移
動相を用いた極性化合物の分離」)からも明らかなように,炭素数18の
アルキル基を固定相に用いた場合に「すべり現象」が起きるのは,結合密
度が高い場合(例えば,3.2μmol/m)に限られ,結合密度が低い場合2
(例えば,1.6μmol/m)には「すべり現象」は生じないものであり,2
本願時においても,結合密度が低い炭素数18のアルキル基の固定相を水
を主成分とする移動相に用いることは,引用例2に記載されているとおり
公知であった。
また,甲14(榎並敏行・長江徳和「水100%移動相を用いたHPL
C逆相固定相の保持挙動(2)」)によれば,相対保持時間は細孔径の大き
さによっても影響を受け,炭素数24以上のアルキル基を主成分とする固
定相であっても,細孔径の大きさによっては水移動相を使用できない場合
がある(この点については,原告も前記(4)ア(イ)eで認めている。)。
したがって,本願補正発明の効果とされているものは,引用例2に記載
された公知の効果と同様の効果であるにすぎず,炭素数24以上のアルキ
ル基を主成分とする固定相を一定の割合の水を主成分とする移動相に用い
る本願補正発明により「従来技術に比べて保持時間が保たれる時間が格段
に長い」という効果が得られるという原告の主張は失当である。
(3)取消事由2に対し
本願発明は「水を主成分とする移動相」とする点においてのみ本願補正発
明と異なり,審決は本願補正発明におけるのと同様の理由により本願発明の
進歩性を否定するものであるところ,本願補正発明についての判断が正当で
あることは前記(1)(2)で述べたとおりであり,本願発明についての判断も同
様の理由により正当である。
第4当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審
決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2取消事由1−1(本件補正却下に関する相違点についての判断の誤り)につ
いて
(1)原告は,周知技術の認定の誤りを主張するので,まずこの点について検討
する。
ア引用例2(甲2),乙1∼乙3の1,乙4,乙11∼13の各文献に
は,以下の事項が記載されている。
(ア)引用例2(甲2)には,以下のとおり,オクタデシル修飾シリカ担体
を充填剤(固定相)として用いた場合において,オクタデシル修飾率を
制御することにより,水溶性有機物を水移動相を用いて分離できること
が記載されている。
a特許請求の範囲
「(1)水溶性有機物をオクタデシル修飾シリカ担体を充填したカラムを用い
て水移動相により分離する方法であって,オクタデシル修飾率が1.0∼
2.0マイクロモル/mであることを特徴とする水溶性有機物の分離方2
法。」(1頁左欄5行∼9行)
b従来の技術と発明が解決しようとする課題
「医薬品,食品等の分野で種々の用途に供されているオリゴ糖やアルコール
類を分離精製する方法として,…逆相系充填剤を用いて水−有機溶媒移動相
により分離する方法等が実施されている。しかしながら…逆相系充塡剤を用
いる方法は,…市販充填剤の大部分は水移動相を用いるとやはり分離度が低
いので,…水−有機溶媒移動相を用いて分離度を高くしなければならないと
いう問題があった。」(1頁左欄17行∼右欄12行)
c課題を解決するための手段
・「本発明者らは,上記の点に鑑み,逆相系充填剤の中オクタデシル修飾シ
リカ担体を用いて水溶性有機物を水移動相により高い分離度で効率よく分
離する方法を得る目的で鋭意検討した。その結果オクタデシル修飾率を制
御することにより上記目的を充分達成し得ることを見出し本発明を完成す
るに至った。」(1頁右欄13行∼20行)
・「市販のオクタデシル修飾シリカ担体は疎水性化合物の分離を目的として
調整されたものが多く,親水性化合物の分離には適していないものが多
い。すなわち,芳香族化合物等の疎水性有機物を分離するために50∼9
0%メタノール又はアセトニトリル水溶液等を移動相として修飾率の高い
オクタデシル修飾シリカ担体を用いるのが一般的であった。親水性物質例
えばi−プロピルアルコール,アセトン或いはアミノ酸等をこれに通液し
ても素通りに近い状態で保持されることがなく,分離不可能であった。…
発明者らは,修飾率に着目して水を移動相として分離し得る条件を検討し
た。」(2頁右上欄15行∼左下欄9行)
・「一般に水溶性有機物のオクタデシル修飾シリカ担体による分離機能はそ
の移動相と固定相であるオクタデシル基との間における水溶性有機物の分
配係数によるとされている。すなわち移動相が水又は水−有機溶媒の場合
は水溶性有機物の水に対する溶解度及びオクタデシル基のような非極性基
に対する溶解度の差により分離される。」(2頁左下欄10行∼16行)
・「水移動相により水溶性有機物を分離する場合固定相表面のオクタデシル
基は移動相である水と反発し,直鎖が収縮し,細孔を埋める結果となり,
担体表面の細孔は小さくなり,従って有効表面積は小さくなる。その結果
修飾率が高すぎる場合保持能が低下し,分離度が低くなると考えられ
る。」(2頁右下欄4行∼10行)
・「本発明において用いるオクタデシル修飾シリカ担体の修飾率は1.0∼
2.0マイクロモル/mである。修飾率をこの範囲内に調整したオクタ

デシル修飾シリカ担体は,担体表面の保持機能及び有効表面積の両面から
最大の分離度を示すものである。」(2頁右下欄下2行∼3頁左上欄3
行)
d発明の効果
「(1)本発明の方法により,…水移動相により水溶性有機物を分離するこ
とができ,目的成分の分画採取により一回の処理操作で効率よく,極めて高
純度の単離品を得ることが可能となる。
(2)本発明の方法は,移動相が水であって,水−有機溶媒相等による分離
や二次処理を必要としないので,濃縮等の後処理が容易であること,良好な
作業環境が維持できること従って優れた経済性を有すること等産業上有用な
発明であるということができる。」(5頁1行∼14行)
(イ)a乙1(GERTE.BERENDSENetal“ROLEOFTHECHAINLENGTHOF
CHEMICALLYBONDEDPHASESANDTHERETENTIONMECHANISMIN
〔逆相液体クロマトグラフィREVERSED-PHASELIQUIDCHROMATOGRAPHY”
には,以下のとおーにおける化学結合相の炭素長の役割と保持機構〕)
り,結合相の炭素長が保持に与える影響を調べるために,メタノール
100%から水100%の範囲で炭素数1∼22のアルキルシリル基
結合充填剤の保持時間を調べたことが記載されている(以下,訳文に
よる)。
・「概要
メタノールと水を成分とする移動相を用い,n−アルキルジメチルシリ
ル基結合相の炭素長(炭素数1∼22)が保持に与える影響を調べた。」
(21頁8行∼11行)
・「結合相の炭素長が保持に与える影響
メタノールと水を成分とする移動相を用い,純粋メタノール(Φ=1)
から純水(Φ=0)の範囲でRP−1からRP−22の7種の異なる炭素
長のアルキルシリル基結合充填剤の保持時間を調べた(Φ=メタノールの
体積割合)。」(23頁16∼20行)
bまた,乙1の図3(Fig.3)には,n−CHOH,n−CHO4937
H,アセトン,n−CHOHの4種の水溶性有機物について,水125
00%を移動相とした場合に,キャパシティーファクター(capacity
factor)が結合相の炭素長(炭素数1,3,6,10,14,18,
22)によってどのように変化するかを示したグラフが記載されてお
り,いずれの水溶性有機物も,炭素数6∼22の範囲内においてほぼ
一定のキャパシティーファクターを示していることから,これらの水
溶性化合物の分離に関しては,炭素数6∼22の範囲内においてほぼ
同様の分離性が期待できることが示されている。
(ウ)乙2(KARLKARCHetal“PREPARATIONANDPROPERTIESOFREVERSED
PHASES”には,以下のとおり,炭素数1,〔逆相固定相の調製と性質〕)
4,10,18(炭素数18に係る炭素含有率は22%)のアルキル基
を固定相,水を移動相として試料の分析を行った例が記載されている
(以下,訳文による)。
・「概要
C−Cのアルキル基グループを用いた単量体逆相固定相の調製を記118
す。」(3頁4行∼6行)
「第1図…固定相:シリカSI−100;メチル-(C),ブチル-(C1
),デシル-(C)及びオクタデシル-(C)シランとの反応を受けた41018
…。C:立毛C,22%の結合した炭素…」(8頁)1818
16・「第3図n−アルコールの保持力への立毛の長さの影響。試料:C−C
n-アルコール,溶媒:水,他の条件は第1図と同様。」(9頁)
・「第4図立毛の長さとフェノール試料の保持時間との関係。試料:フェノ
ール,レゾルシノール,ピロガロール。溶媒:水,…」(10頁)
(エ)乙3の1(高井信治ほか「分析対象によるカラム充塡剤の選び方」)
には,以下のとおり,カラム充填剤を選択する際の参考として,分子量
2000以下の水溶性物質を分離するためにシリカ−ODS(オクタデ
シル基)を充填剤(固定相)として用いる場合には水を移動相として用
いることが示されている。
・「4.カラム充填剤を選定する順序
まず初めに考えなければならないことは,試料の性質についてよく知るこ
とである。あらかじめそれぞれの化学構造が知られていれば,それから分子
量,官能基の性質,溶媒との関係などについての情報を得て,これに基づい
て最も適したカラム充填剤の選択を行なう。…そして表1から適当な充填剤
と溶媒を選べばよい。」(6頁右欄12行∼21行)
・「表1.
分子量2000以下水に可溶…
分離方法逆相
充填剤シリカ−ODS
移動相水
適用例界面活性剤,高級アルコール,水溶性ビタミン,医薬品」
(6頁∼7頁)
(オ)乙4(WenzhiHuetal“TemperatureEffectsonRetentionin
Reversed-phaseLiquidChromatographyofNucleosidesandTheirBases
〔移動相として水を用いたヌクレオシドUsingWaterastheMobilePhase”
に及びその塩基の逆相液体クロマトグラフィーにおける保持への温度効果〕)
は,以下のとおり記載されており,オクタデシルシランを固定相,純水
を移動相として用いる場合に,温度条件の設定が保持時間,分離能率,
分離能力に変化を与えることが示されている(以下,訳文による)。
・「昇温によって,移動相として純水を用い,固定相として従来のオクタデシ
ルシラン(ODS)を用いた逆相液体クロマトグラフィー(RP−LC)で多
くの疎水性有機成分を迅速に分離した。」(311頁左欄1行∼5行)
・「今日,疎水性有機成分のRP−LCにおいて,移動相として純水を用いる
ことが可能な様々なタイプの逆相液体クロマトグラフィーが開発されてい
る。」(311頁左欄38行∼41行)
・「シリカを基材とした炭素数18の固定相(ODS)は,RP−LCにおい
てもっとも広く用いられる材料であり,ODSを用いた場合に得られる分離
能率は,別のタイプの固定相…で同一の分析対象を分離する場合に比べて,
大抵すぐれている。これは,ODS固定相の非常に高い疎水性と大きな表面
積のためである。」「この大きな疎水性領域は,良好な分離を実現する上で
重要であるが,同時に,水が移動相として用いられてこなかった主な理由で
もある。ODS固定相の疎水性及び形態は温度に極度に依存しており,温度
の変化が保持時間,分離能率,分離能力に反映する。換言すれば,温度の変
化がRP−LCの性能に変化を与えることになる。」(311頁右欄14行
∼28行)
(カ)乙11(島津GLCセンター「総合カタログ」)には,以下のとお
り,野村化学株式会社(原告)が発売したカラム(DevelosilODS−
UG等)のアルカリ性移動相に対する耐久性を示す実験結果の1つとし
て,メタノール含量0%(水100%)の移動相を用いた例が示されて
いる。
・「野村化学Develosilシリーズ」
・「一般分析カラムODSシリーズ
■DevelosilODS−UG,DevelosilODS−HG
●ODS−UG(最も汎用性の高いモノメリックODS)
細孔径130Åの金属不純物の影響の少ないシリカ基材を用い,モノメ
リックODS試薬であるオクタデシルジメチルシランを化学結合後,エン
ドキャッピングとしてのトリメチルシリル化を2回施した炭素含有量18
%の汎用ODSです。」
・「アルカリ性移動相に対する耐久性
…カラムDevelosilODS−UG
メタノール含量(%)0
移動相通液時間(h)pH9>500
pH10240
pH1160
カラムDevelosilODS−HG…
メタノール含量(%)0
移動相通液時間(h)pH9310
pH10130…
*20mMリン酸ナトリウムを用い各pHに調整し,カラム温度30℃,
1ml/minで通液し,理論段数が80%まで低下する通液時間を求めまし
た。」
(キ)乙12(島津GLCセンター「GC/LC総合カタログ」)には,以
CULTRO下のとおり,オクタデシル基()を固定相としたカラム(18
)の使用例として,水()を移動相として植物性脂肪NS−CHO182
を分析した例が記載されている。
・「ULTRON汎用カラムシリーズ…
…ULTRONS−C18
細孔径(Å)100」
・「■応用データ
植物性脂肪の分析

…カラム:ULTRONS−C18
移動相:HO…」2
(ク)乙13(株式会社ワイエムシィ「HPLC総合カタログ」)には,以
下のとおり,オクタデシル基を固定相としたカラム(YMC−Pack
ODS−AQ。炭素含有率は約15%)の使用例として,水を移動相と
してマルトオリゴ糖を分析した例が示されている。
・「分析用カラムODSYMC−PackODS−AQ
親水性化合物の分離に適したODS
YMC−PackODS−AQは,細孔径が120Åのシリカゲル基材
にn−オクタデシル基を化学結合し,エンドキャッピング処理した充填剤を
高圧充填した逆相カラムです。炭素含有率は約15%です。」(14頁)
・「●マルトオリゴ糖

…Column:YMC−PackODS−AQ
Eluent:water…」(141頁)
イ以上によれば,本願前において,少なくとも炭素数1∼18のアルキル
基を固定相に用いた逆相液体クロマトグラフィーにおいて,水100%の
移動相を用いることは周知であったということができる。
ウもっとも,原告が提出する甲9(RyanD.MorrisonandJohnW.Dolan“
Reversed-PhaseLCin100%Water”)には,炭素数18のアルキル基を固
定相に用いる場合について「…崩壊が生ずる移動相の有機溶媒の濃度は,
カラムの充填剤,移動相の溶媒,温度,そして他の変動によって変化す
る。しかしおよそ2∼3%の有機溶媒が,相の崩壊を防ぐための操作の一
般的な下限である」(19頁中欄10行∼32行,訳文下3行∼下1行)
と記載され,甲10(RobertGWolcottandJohnW.Dolan“Lessonsin
ColumnWashing”)には「カラムを水で洗浄すると,結合層は,崩壊す
る」(318頁右欄24行∼30行。訳文による)と記載されている。
しかし,これらの文献は,炭素数18のアルキル基を固定相に用いる場
合の一般論を記載したものであって,オクタデシル修飾率等の諸条件の設
定により水100%の移動相を用いることができるかという点まで言及し
たものではない。そして,本願前において炭素数18のアルキル基を固定
相として水100%の移動相を用いた例が少なからず存在することは,前
記アにおいて認定したとおりであり,上記甲9及び甲10の記載によって
上記周知技術の認定が左右されるものではない。
エまた原告は,引用例2等に記載されているのは,炭素数18のアルキル
基を固定相に用いる場合にはオクタデシル修飾率を制御した固定相に水1
00%の移動相を用いるというものであるから,オクタデシル修飾率を問
わない一般化した周知技術として捉えるべきではない旨主張する。
しかし,引用例2に記載されているオクタデシル修飾率や,上記乙2,
乙13に記載されている炭素含有率は,炭素数18のアルキル基を固定
相,水を移動相として逆相液体クロマトグラフィーを使用する場合に設定
される条件の1つにすぎず,このほかにもさまざまな条件(例えば,温度
条件や,細孔径の大きさなど)が設定されるものであり,上記の使用例を
みても必ずしもオクタデシル修飾率が常に制御されているということもで
きないから,原告の前記主張は採用することができない。
(2)次に,引用例発明に上記周知技術を適用することにより本願補正発明の構
成を想到することが当業者(その発明の属する技術の分野における通常の
知識を有する者)にとって容易であるかについて検討する。
ア本願補正発明は「一定割合の水を主成分とする移動相」を用いるもので
あるところ,「水を主成分とする」とは「水100%としたものを含む水
97%程度以上のもの」を意味する(審決5頁18行∼20行)ことは,
当事者間に争いがない。
イ(ア)そして前記(1)アにおいて認定したとおり,引用例2には,オクタデシ
ル修飾シリカ担体を充填剤(固定相)として水溶性有機物を分離するに
は水を移動相とするのが適していること,また水を移動相とした場合に
は後処理が容易であるなどの利点があることが記載されている。
また,乙3の1(高井信治ほか「分析対象によるカラム充塡剤の選び
方」)にも,シリカ−ODS(オクタデシル基)を充填剤(固定相)に
用いて分子量2000以下の水溶性物質を分離する場合に,移動相とし
て水を用いることが記載されている。
このように,本願前において,アルキル基を主成分とする固定相を用
いた逆相液体クロマトグラフィーを使用して,特に水溶性物質を分離す
るために,水を移動相として用いることは有用であると認識されていた
ものである。
(イ)他方,乙5(長江徳和ほか「逆相液体クロマトグラフィーにおける長
鎖アルキル基結合充塡剤の特性」)には,「アルキル鎖長と試料の保持
あるいは分離係数等の関係は今までに数多くの報告がされており,アル
キル鎖長が長くなるほど保持および分離係数は増加すると多くの研究者
により示されて」おり,「最近,Atamnaら…は炭素数30の長鎖
アルキル基の分離におよぼす影響を報告し,炭素数18と30のC18
およびC30充填剤を比較した結果,…トルエンとベンゼンの分離度は
両充填剤間の差は認められないが,プロピルベンゼンとブチルベンゼン
の分離度はC30の方が高くなり,C30のようなアルキル鎖の長い充
填剤はC18に比べより大きな分子に対して分離度が増加することを示
した」(19R頁6行∼7行,12行∼16行)と記載されている。
また,乙7(HirokoItoh,NorikazuNagaeetal“Reversed-Phase
LiquidChromatographicSeparationofProteinsonAC30AlkylBonded
〔C30結合非ポーラスシリカゲルカラム上NonporousSilicaGelColumn”
)には,炭素数30のアルキル基での逆相液体クロマトグラフィー分離〕
を固定相,42%含水アセトニトリル等を移動相として,アルキルベン
ゼンを分離した例が記載されている。
このように,炭素数24以上のアルキル基を固定相として用いること
は本願前に周知であり,引用例発明と本願補正発明の一致点としても認
定されているところである(審決5頁7行∼8行。なお,一致点の認定
は当事者間に争いがない。)。
ウ以上に照らせば,水溶性物質の分離に適している等の利点を有する水移
動相を,炭素数18のアルキル基を固定相とする場合に用いるにとどまら
ず,炭素数24以上のアルキル基を固定相とする場合にも用いようとする
ことは,当業者であれば容易に試みることであり,本願補正発明における
「一定割合の水を主成分とする移動相」すなわち水100%としたものを
含む水97%程度以上の一定割合のものを移動相として用いることは,当
業者が容易に想到しうるものである。
エこれに対し原告は,引用例2に「…水移動相により水溶性有機物を分離
する場合固定相表面のオクタデシル基は移動相である水と反発し,直鎖が
収縮し,細孔を埋める結果となり,担体表面の細孔は小さくなり,従って
有効表面積は小さくなる。その結果…保持能が低下し,分離度が低くなる
と考えられる」(2頁右下欄4行∼9行)と記載されているように,炭素
数18のアルキル基であるオクタデシル基ですら水を移動相とする場合の
問題点が指摘されているのであるから,オクタデシル基よりも疎水性の高
い炭素数24以上のアルキル基を固定相として水100%の移動相を用い
ることはおよそ不可能であると本願時の技術常識では考えられていたと主
張する。
しかし,本願時(平成10年12月24日)において炭素数24以上の
アルキル基を固定相として水を主成分とする移動相を用いることがおよそ
不可能であると認識されていたことを裏付ける証拠はない。
むしろ,炭素数18のオクタデシル基を固定相とする場合について,オ
クタデシル修飾率,温度条件,細孔径の大きさ等の条件を設定することに
より,その疎水性にもかかわらず水100%の移動相を用いることが周知
の技術となっていたことに照らせば,炭素数24以上のアルキル基につい
ても,これらの条件を適宜設定することにより水を主成分とする移動相を
用いることは当業者が容易に想到しうるものということができる。
オまた原告は,引用例発明(甲1)における「0.1M酢酸アンモニウム
水溶液からアセトニトリルを0−25%直線勾配」とした移動相に換えて
「一定割合の水を主成分」とした移動相を採用することは,グラジェント
溶出法をアイソクラティック溶出法に変更するものであって,通常行われ
る移動相の選択・変更とはいえないと主張する。
しかし,移動相としていかなる溶媒を用いるかは,試料の種類や分析目
的に応じて適宜選択されるものであり,単位溶媒や混合溶媒の一定割合の
もの(アイソクラティック溶出法)を用いる場合もあれば,2つ以上の溶
媒をそれぞれ別の溶媒槽に入れて勾配溶離(グラジェント溶出法)を行う
場合もある(乙8〔石井大道ほか著・日本分析化学会編「高速液体クロマ
トグラフ法」平成4年9月10日初版3刷発行,共立出版株式会社〕参
照)のであるから,グラジェント溶出法に換えてアイソクラティック溶出
法を採用すること自体は,通常行われる移動相の選択・変更にすぎない。
この点に関し原告は,引用例1や乙5∼7等の文献に記載されているグ
ラジェント溶出法は,実質的に意味を有する水の濃度が本願補正発明にお
ける水の濃度(97%以上)と大きく異なり,本願補正発明の構成を採用
することの示唆とはなり得ないと主張する。
しかし,引用例発明に上記(1)で認定した周知技術を適用して炭素数2
4以上のアルキル基を用いた固定相に水を主成分とする移動相を用いるこ
とが容易想到であること,その場合に引用例発明におけるグラジェント溶
出法に換えて一定濃度のもの(アイソクラティック溶出法)を採用するこ
とが通常行われる移動相の選択・変更にすぎないことは上記において検討
したとおりであり,引用例1や乙5∼7等の文献におけるグラジェント溶
出法の具体的内容が本願補正発明の構成を示唆するものであるかが問われ
ているものではないから,原告の前記主張は採用することができない。
カさらに原告は,本願補正発明は一定割合の水を主成分とする移動相を用
いた場合でも経時変化による保持時間の減少が生じない逆相液体クロマト
グラフィーを提供することを課題としたものであるところ,乙1∼7等の
文献においては実験の継続時間について全く言及されておらず,本願補正
発明の容易想到性を肯定する根拠となし得ないと主張する。
しかし,本願補正発明は「炭素数24以上のアルキル基を主成分とする
固定相を,一定割合の水を主成分とする移動相に用いることを特徴とする
逆相液体クロマトグラフィー固定相の使用方法。」(請求項1)であり,
経時変化による保持時間の減少が生じないことは本願補正発明の構成とさ
れているものではなく,また本願補正発明の構成から当然に導かれるもの
でもないから,原告の前記主張は採用することができない。
(3)そうすると,原告主張の取消事由1−1は理由がないことになる。
3取消事由1−2(本件補正却下に関する顕著な作用効果の看過)について
(1)原告は,本願補正発明には,経時変化による保持時間の減少が生じないと
いう格別の効果があると主張し,具体的には約100時間の連続通液が可能
であることを主張する。
しかし,前記2(1)アにおいて認定したとおり,乙11(島津GLCセン
ター「総合カタログ」)には,炭素数18のアルキル基を固定相に用いたカ
ラム(DevelosilODS−UG。炭素含有量18%)のアルカリ性移動相に
対する耐久性を示す実験において,20mMリン酸ナトリウム水溶液(メタ
ノール含量0%)を各pHに調整し,理論段数が80%まで低下する通液時
間を求めたところ,pH9においては500時間以上,pH10においては
240時間との結果が得られたことが記載されている(なお,本願補正明細
書の引用する本願明細書〔甲3〕には本願補正発明の実施例として「移動相
のpHを固定するため,或いは残存シラノール基の影響を抑えるための種々
の塩(たとえばリン酸ナトリウム…)が添加されてもよい」〔段落【003
3】〕と記載されており,乙11の上記実験における移動相は本願補正発明
の実施例と同様のものである。)。
したがって,本願補正発明における約100時間の連続通液を可能とする
効果は,本願前の従来技術においても既に達成されていたものであり,格別
の効果であるということはできない。
(2)これに対し原告は,本願補正発明は水100%の移動相でもアルキル基を
固定相として「そのまま」用いることができるようにしたものであり,従来
技術に関しては,例えば炭素数18のアルキル基の結合密度を低くするなど
の方法により保持時間の経時的な減少が軽減されるとしても,なお技術的課
題が存在することが上記明細書において指摘されていた(甲3,段落【00
03】【0005】)と主張する。
しかし,本願補正発明は「炭素数24以上のアルキル基を主成分とする固
定相を,一定割合の水を主成分とする移動相に用いることを特徴とする逆相
液体クロマトグラフィー固定相の使用方法。」(請求項1)であって,アル
キル基の結合密度その他の条件設定については全く限定されていないのであ
るから,本願補正発明はアルキル基の結合密度を低くしたものもその態様と
して含むものであり,アルキル基の結合密度を制御することなく保持時間の
経時的な減少を生じさせないことが本願補正発明の効果であるということは
できない。
(3)また原告は,本願後に発表された論文である甲14(榎並敏行・長江徳和
「水100%移動相を用いたHPLC逆相固定相の保持挙動(2)」)によ
り,相対的保持時間と充填剤(固定相)の細孔径とは一定の関係を有するこ
とが判明したものであり,アルキル基の結合密度を制御することによって保
持時間の経時的な減少が生じないとの効果が得られるものではないと主張す
る。
しかし,上記甲14には「逆相固定相はメチル基からオクチル基,オクタ
デシル基と疎水性の高い結合相を有していることを特徴としている。これら
固定相の疎水性表面上には,水のような極性の高い溶媒は表面張力などの物
性が関与し,反発しあい接触面積が小さくなるように作用する。したがっ
て,固定相内に極性基を含み固定相そのものの疎水性が低くなったもの,ま
たはアルキル基の結合密度を下げ固定相の疎水性を下げたものはこの反発作
用が低下し,水になじみやすくなったと考えられる。また,充填剤の細孔径
も逆相固定相表面上と水とのなじみやすさ,または逆の反発作用に関与し,
細孔径が大きいほど水とのなどみやすさが増大する。さらに固定相の種類に
より水とのなじみやすさは変化し,10nm前後の細孔径の場合,C8が最
も水となじみにくく,ODS,C30とアルキル鎖長が長くなるほど水とな
じみやすくなる」(38頁左欄下1行∼右欄13行)と記載されており,ア
ルキル基の結合密度を含め,さまざまな条件設定が固定相の疎水性の高さに
影響していることが認められる(なお,炭素数30のアルキル基を固定相に
用いた場合でも,細孔径の大きさによっては水移動相を用いることができな
い場合があることは,原告の自認するところである。)。
そして,このようなアルキル基の結合密度その他の諸条件の設定によって
経時的な保持時間の減少を生じさせないことは,既に従来技術として行われ
てきたものであるから,本願補正発明の効果とされているものは従来技術の
効果として得られてきたものと異なるものではない。
(4)そうすると,原告主張の取消事由1−2も理由がないことになる。
4取消事由2(本願発明の進歩性についての判断の誤り)について
本願発明は,本願補正発明における「一定割合の水を主成分とする移動相」
を「水を主成分とする移動相」とするものであり,原告の主張する取消事由2
も本願補正発明における進歩性の判断と同様の誤りを主張するものであるとこ
ろ,本願補正発明について原告の主張するような誤りがあるといえないことは
前記2,3において検討したとおりである。
したがって,本願発明に関して原告が主張する取消事由2も理由がない。
5結語
以上のとおりであるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官今井弘晃
裁判官清水知恵子

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