弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中、上告人A1に対し、上告人A2と連帯して被上告人に金一〇
万九二五八円を支払うべきことを命じた部分を破棄し、右部分につき本件を東京高
等裁判所に差し戻す。
     本件その余の上告を棄却する。
     前項の部分に関する上告費用は上告人らの負担とする。
         理    由
 上告代理人案田八郎、同白上孝千代の上告理由第一点後段について。
 所論は、上告人A1が本件家屋の引渡を受けたとの認定が不合理であり、原判決
には理由不備の違法があると主張する。
 よつて案するに、原判決は、まず被上告人と上告人A1との間に昭和二二年一〇
月頃本件家屋に関し賃貸借契約が成立したことを認定し、賃料支払請求の当否につ
いて判断した上、進んで損害金支払請求についての判断に入り、挙示の各証拠を綜
合して 昭和二〇年一一月頃本件家屋の機械器具を上告人A2が譲り受け、その後
間もなく同人の弟訴外Dが本件家屋に居住し、機械器具を使用して製粉業を共に営
んでいたこと、そこで別途二重に右機械器具を買つた上告人A1とE兄弟との間に
紛争を生じ、A1は右兄弟を相手に昭和二二年右機械器具引渡の訴訟を提起し、右
物件に対し占有移転禁止の仮処分をしたこと、上告人A1は本件家屋を「上記認定
のように賃借して、その引渡を受けたが、」E兄弟に占有されてその使用ができな
いため賃料を支払わなかつたので、賃貸人たる被上告人は催告の後昭和二六年七月
一八日本件家屋賃貸借を解除し、A2とA1の両名を相手に家屋不法占有を理由と
して明渡の訴訟を提起し、勝訴判決が確定し、昭和三〇年八月一日明渡の強制執行
がなされたことを認定した上、上告人両名は昭和二六年七月一九日から昭和三〇年
八月一日まで継続して不法に本件家屋を占有し、被上告人の家屋所有権を侵害した
ものであると断じて、損害金請求を一部認容している。
 しかしながら、「上記認定のように賃借して、その引渡を受けたが」との判示部
分に先行する判文中には、単に本件家屋賃貸借契約成立の認定がなされているのみ
で、家屋引渡の点は認定されていないのであるから、もし「上記認定のように」の
一句が「その引渡を受けたが」との部分にかかるとすれば、判決理由は前後照応せ
ず、不備を蔵することになるし、もし右の一句が右の部分にかからぬものとすれば
 引渡を受けたことがそこで認定されたことになるが、前段挙示の各証拠にはA1
が本件家屋の引渡を受けたことを示すものは何もなく、かえつてDないしE兄弟が
本件家屋および機械器具を占有していたことを示すもののみなのであるから、その
認定は証拠に基づかないということになる。
 しかして、本件損害金支払請求は、上告人両名が本件家屋を不法に占有せること
を前提とするところ、原判決は、前記のように、E兄弟が家屋を占有使用し、A1
は家屋を使用できず賃料も支払わなかつたことを認定しているのみでA1が家屋を
占有するに至つたことを認定判示するところがない。もつとも上告人両名に対する
明渡の判決が確定し執行されたことを挙げているが、このことは必ずしも、遡つて
A1の家屋占有を推認せしめるものではない。従つて右のような認定事実から、上
告人両名が不法に本件家屋を占有したことによつて被上告人の家屋所有権を侵害し
たと結論する原判決は、よつて上告人A1の損害金債務を認容した部分において理
由不備ないし齟齬の違法あるものとせねばならない。上告人A1に関する本件家屋
引渡の認定を攻撃する所論は、この限りにおいて、理由がある。
 右第一点前段および第二点について。
 所論は、上告人A1に関する賃料債務の判断につき、あるいは賃借物たる本件家
屋の引渡が先践義務であるとし、あるいは家屋をE兄弟に占有されて使用できなか
つた場合民法五三六条一項の適用があるべきであるとし、これらを顧慮しなかつた
原判決に理由不備の違法ないし判決に影響を及ぼすべき法令の違背があると主張す
る。
 しかし、賃貸借はいわゆる諾成契約であるから、現実の引渡を待たずして賃借人
に賃料債務を生じるのであり、もし所論のような理由で賃料の支払を拒もうとする
ならば、これを抗弁としてその旨の主張、立証を要するものと解せられるところ、
上告人A1は、一、二審を通じ、これらの点について何らの主張をもなさなかつた
のであるから、「A1においてなにも特別の事情について主張、立証していない」
ことを断つた上で、上告人A1に対する賃料請求を認容した原審の判断は正当であ
り、原判決に所論の違法はない。
 右第三点について。
 所論は、原審が、被上告人の本件上告人両名に対する家屋明渡請求の前訴(長野
地方裁判所松本支部昭和二八年(ワ)第一八八号)の効力が本件訴訟に及ぶことを
暗黙の中に肯定し、本件事実認定を前訴判決の認定事実に合せた上で、判決をした
ものである、ということを前提として、かかる判決は、裁判官が良心に従つて職権
を行うとの憲法七六条三項の規定に違反するものであると主張する。
 しかし、原判決認定が、所論のような見解の下に、前訴の認定事実に合せたもの
であるとは、原判文上認められない。所論違憲の主張は、その前提を欠くものであ
つて、採用に値しない。
 以上を綜合し、原判決の中、上告人A1に対する損害金請求中金一〇万九二五八
円について請求を認容し、右上告人に対しその支払を命じた部分は、これを破棄し
て原審に差し戻すべきであるが、その余の部分については、本件上告を棄却すべき
ものである。
 よつて、民訴四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条一項
本文により、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    高   橋       潔
            裁判官    島           保
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    石   坂   修   一

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