弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を次のように変更する。
     控訴人らは連帯して被控訴人に対し金二十一万六千九百三十六円及びこ
れに対する昭和二十五年三月二十日から支払ずみにいたるまで年五分の金員を支払
うべし。
     被控訴人のその余の請求を棄却する。
     訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その一を被控訴人の、そ
の余を控訴人らの各負担とする。
     この判決は被控訴人勝訴の部分に限り仮りに執行することができる。
         事    実
 控訴人ら代理人は原判決を取り消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第
一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判
決を求めた。
 当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否は被控訴代理人において甲
第七号証の一、二を提出し、当番における被控訴人本人尋問の結果を援用し、乙第
一、二号証の成立はいずれも知らないと述べ、控訴人ら代理人において乙第一、第
二号証を提出し、当番における証人Aの証言及び控訴人B本人尋問の結果を援用
し、甲第七号各証の成立を認めると述べた外、すべて原判決の事実のらんに記載さ
れたとおりであるからここにこれを引用する。
         理    由
 控訴人Cと控訴人Bとは親子であり、訴外Dが控訴人Bの妻の父であること、本
件ラジュウム(ケース入三個一組約三〇ミリグラム)が控訴人Cの所有であること
は当事者間に争いがない。
 右事実と成立に争いのない甲第二号証、同第三号証の一、二原審における証人D
の証言により成立を認めるべき同第一号証の各記載と右証人D、原審における証人
E、同Fの各証言、原審及び当審における控訴人本人、原審における控訴人両名
(但し後記信用しない部分を除く)各本人尋問の結果とをあわせると次の事実を認
めることができる。
 控訴人Cは婦人科の開業医でかねてからがんの治療に必要といわれるラジユウム
(本件ラジユウム)をフランスのキユーリーラジユウム研究所から買受け、これに
は純粋である旨の同研究所キユーリー夫人の証明書が添えられていたが、同控訴人
は医院の建築資金を得るために右ラジユウムの売却を決意し、昭和二十四年二月頃
Dに対し同人の名においてこれを金百万円以上で売却することを委任し、同人に右
証明書とともにラジムウムを引渡したこと、Dは上京してその売却につき奔走した
がそのため多額の金を使いはたし滞在費運動費等に窮するにいたり訴外阿部を介し
て被控訴人に援助方を申出たので、被控訴人は同年五月二日金五万円翌日金十万円
を利息の定めなく貸与し、ラジユウムが売却された時返済を受けることと定めた
が、その後も右売却ができないままにさらに出金をたのまれ同年八月末頃迄に数回
に金四十一万円を貸与したところ、同年九月一日Dと協議の上右貸金合計五十六万
円の弁済期を同月三十日限りと定め、その担保として前記ラジユウム(証明書附
き)に質権を設定してその引渡を受けたこと(もつとも右貸金の外被控訴人は謝礼
として金二十万円をDから右貸金返済と同時に支払を受けるべく、これも担保の対
象に含ませたものである)、その際被控訴人は右Dがその名において右ラジユウム
を売却するために奔走し、ラジユウムには自分を所有者と表示したがん研究所の品
質鑑定書第五三三一号をも添えており、真実Dの所有であつて従つてもちろん同人
には質入の権限もあるものと信じていたこと(この点につきその際Dは控訴人にD
の所有でないと告げた旨の前記証人Dの証言は信用できない)、一方控訴人Cはこ
のことを知らずDの売却がはかどらないので控訴人Bに命じてその取戻又は売却代
金の回収をさせることとし、控訴人Bは上京の上同年九月九日被控訴人と会見して
ラジユウムは控訴人Cの所有であることその他右の次第を話したところ、被控訴人
は控訴人BにラジユウムはDに対する債権の質として自分が占有していることを告
げ、なおDはラジユウムを三千万円程度で処分する奔走を続けているから、至急に
その実現をはかり債務の支払をするよう尽力方を求めたので、控訴人Bもいつたん
はその諒解を与えたが、同控訴人は間もなくラジユウム売却の実現は困難と見て売
却代金の回収に不安を抱き、むしろこの際ラジュウムを取り戻して持ち帰ろうと考
え、同月十九日被控訴人に同控訴人の勤務先である大沢商事株式会社(本店大阪
市)社長Aが買受の希望を有したまたま上京しているからこれに見せたいと申向
け、現物を所持した被控訴人と同道の上同会社の東京支店にいたり、被控訴人を別
室に待たせて社長に見せるからちよつと貸してもらいたいとて、被控訴人をして現
物を見せたら直ちに返してくれるものと誤信させた上、これを受け取り、いつたん
右Aに見せた後さらに同人よりこれを受け取つてその二三日後に控訴人Cにこれを
引渡したこと(その頃控訴人Bが被控訴人から右ラジユウムを受け取り、その二三
日後に控訴人Cが控訴人Bからこれを受け取つたことは当事者間に争いがない)、
そこで被控訴人は同月二十三日頃控訴人C方に赴き右のいきさつで控訴人Bが被控
訴人をだまして質物を持ち帰つたものである旨を告げてその返還方を求めたとこ
ろ、控訴人Cはいずれ大阪方面で売却の上のこととしたいと答えてその引渡を拒ん
だまま今日にいたるまでこれを占有しているという次第である。
 以上の認定に反する原審における控訴人両名、当審における控訴人律三の各本人
尋問の結果は信用できず、当審における証人Aの証言によつては右認定を左右する
に足りず、その他に右認定をくつがえすに足りる的確な証拠はない。
 <要旨第一、二>以上の事実によればDにおいて自己の債務の担保のため本件ラジ
ユウムを質入する権限はなかつたけれども、被控訴人が右質物はD
の所有であつて同人には質入の権限があるものと信じたのは控訴人CがDにその名
において本件ラジユウムを売却することを委任し、Dはその委任事務処理のためこ
れを所持して自己の所有として売却に奔走しており、かつ自己を所有者と表示した
がん研究所の品質鑑定書までそえていたことにもとずくのであつて、このような事
情のもとで被控訴人がDをラジユウムの所有者と信ずるのはまことに無理からぬと
ころであつて、従つてまた所有者である以上はもちろん質入の権限もあるものと信
ずることも自然のなりゆきであつて、これをもつて過失ありということはできな
い。もちろん本件ラジユウムのような物件はがんの治療に関係ある医師とか研究者
とかその他特殊の人の所有するものであつて一般の人が所有することはまれである
とはいい得るのであろうが、右のような事情と同様の場合にその道の関係者でない
者でもラジユウムについて処分の権限をもつことはあり得るところであつて、ラジ
ユウムが特殊の物件であることによつて直ちに被控訴人に過失があるものと断定す
べきものではない。すなわち被控訴人の占有の取得は無過失であつて、その善意、
平穏、公然になされたことは推定せられるところであるから、被控訴人は右ラジユ
ウムの上に有効に質権を取得したものというべきであり、その結果控訴人Cは所有
者としてその所有物の上に質権の負担を受け、質権設定者(物上保証人)と同一の
立場に立つものというべきである。
 <要旨第三>しかして被控訴人が控訴人Bに質物を交付したのは欺罔にもとずくも
のとしても現にその占有を失つた以上、被控訴人の質権は第三者に対抗
することを得なくなつたもの(民法第三百五十二条)といわなければならない。お
よそ質権は、質権者が目的物を占有し、他の債権者に優先して目的物の価格を自己
の債権の満足に供し得る効力を第三者に対抗し得てはじめてその本来の面目を発揮
するものであるところ、質権者がその占有を失い、質権が第三者に対する対抗力を
失うにいたつたような場合は、その質権とはたんに名のみであつてその実は全く無
にひとしいものといわなければならない。もちろん本件において右質権は質権設定
者と同一の立場に立つ所有者たる控訴人Cに対してはなお存続し、しかも同控訴人
が質物を占有している以上、これに対して質権の効力として法律上その引渡を求め
得るものであることは明らかであるが、控訴人がその引渡を拒んでいること前認定
のとおりであるから、これに対してはあらためてその引渡の訴訟を起し勝訴の判決
を得てその強制的実現をはかる外に方法なく、しかもそれまでの間特に仮処分によ
つて権利保全の方法を講ずればかくべつ、然らざる限り同控訴人は任意にこれを第
三者に対し譲渡その他の処分をし得ることはもちろん、第三者がこれを強制執行の
対象とすることも可能であり、それは第三者の善意悪意ないし過失の有無等に関係
なく有効になされ得るところであり、そのことは現にかかる瞬間においても行われ
るかも知れないのであるから、かような事情を考えると、所有者に対して質物引渡
の請求権があるとの一事は、他になんらか特段の事情がない限り、右質権の価値が
没却されたことを否定せしめるものではないといわなければならない。
 控訴人Bが故意に右のような事態をひきおこしたものであること、控訴人Cが故
意にその質物の返還を拒み右の事態を実現せしめていることは明らかであり、しか
も控訴人らの行為はこの点において競合しているものというべきであり、これによ
つて被控訴人がその質権を侵害されたことはもちろんであつて、控訴人らは、共同
不法行為者として、よつて生じた損害のある限り連帯責任をもつてこれを賠償すべ
き義務がある。
 よつてさらに右損害の点について検討すると、前記のとおり被控訴人はその質権
の価値を無に帰せしめられたものであるから、これについて損害を生じたことは当
然の筋合であり、本件において債務者であるDが無資産であつて、被控訴人に対す
る債務の支払資力のないことは原審における証人Dの証言及び本件口頭弁論の全趣
旨から明らかであるから、被控訴人としては右質物の価額によつて右債務の満足を
得られたであろう範囲において損害をこうむつたものといわなければならない。本
件ラジュウムの価額については各関係者においてその見るところを異にすることは
証拠上これをうかがい得るけれども、当審における証人Aの証言及び本件口頭弁論
の全趣旨によつて当裁判所が真正に成立したものと認める乙第二号証の一、二の記
載によれば、昭和二十六年二月頃本件のものと同様のラジュウムの価額は一ミリグ
ラムについて米貨二十弗であることが認められ特段の事情の認めるべきものがない
ので右価額は昭和二十四年九月当時も同様と解されるから本件ラジュウム(その正
確の量は三〇、一三ミリグラムであることは原審証人Dの証言により明らかであ
る)の価額は金二十一万六千九百三十六円であると認定すべきものである。右認定
に反する証拠は採用しない。
 しからば被控訴人が控訴人らの不法行為を理由とする損害賠償の請求は右金二十
一万六千九百三十六円及びこれに対する少くとも本件訴状が控訴人らに送達された
日の翌日であること記録上明らかな昭和二十五年三月二十日から支払ずみにいたる
まで年五分の遅延損害金に限つて理由があるものというべきでその他の請求は理由
がない。
 次に被控訴人は予備的請求として昭和二十四年九月二十三日控訴人Cは被控訴人
に対し本件ラジュウムを大阪方面で売却してDの債務を支払う旨を約して債務の重
畳的引受をしたと主張するけれども、被控訴人の全立証によつても控訴人Cが右の
ようにDの債務の支払を約した事実を認めるには十分でないから、被控訴人のこの
点の請求は失当である。
 しからば控訴人両名は被控訴人に対し連帯して前認定の金員を支払うべき義務が
あり、被控訴人の本訴請求は右の限度で正当として認容すべきであるが、その余の
部分は理由のないものとして棄却すべきものであるから原判決を右のように変更す
ることとし、訴訟費用の担負につき民事訴訟法第九十六条、第八十九条、第九十三
条を適用し、主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 藤江忠二郎 判事 原宸 判事 浅沼武)

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