弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1被告は,原告に対し,平成19年3月から平成21年3月まで,毎月2
5日限り,1か月56万1430円の割合による金員(合計1403万5
750円)及びこれらに対する各支払日の翌日から各支払済みまで年5分
の割合による金員を支払え。
2被告は,原告に対し,100万円及びこれに対する平成19年2月19
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3被告は,原告に対し,1887万8400円及びこれに対する平成21
年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4被告は,原告に対し,81万3600円及びこれに対する平成19年8
月1日から,108万4800円及びこれに対する平成20年1月1日か
ら,81万3600円及びこれに対する同年8月1日から,108万48
00円及びこれに対する平成21年1月1日から各支払済みまで年5分の
割合による金員を支払え。
5原告のその余の請求をいずれも棄却する。
6訴訟費用は,これを5分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の
負担とする。
7この判決は,第1項ないし第4項に限り,仮に執行することができる。
ただし,被告が3000万円の担保を供するときは,その仮執行を免れる
ことができる。
事実及び理由
第1請求
1原告が,被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2被告は,原告に対し,平成19年3月から本判決確定の日まで,毎月25日
限り,1か月56万1430円の割合による金員及びこれらに対する各支払日
の翌日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3被告は,原告に対し,800万円及びこれに対する平成19年2月19日か
ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4主文第3項及び第4項と同旨
第2事案の概要
本件の原告は,被告の経営するA大学(以下「被告大学」という。)の教員
であったところ,被告から懲戒解雇とされたことから,原告が,その懲戒解雇
は無効であると主張して,被告における地位確認を求めるとともに,懲戒解雇
後の未払給与,賞与及び退職金の支払を求め,併せて,違法な懲戒解雇による
慰謝料の支払を請求する事案である。
1争いのない事実(掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実
を含む。)
被告(平成19年4月変更前の旧名称・学校法人B学園)は,昭和31年
に設立され,被告大学ほか複数の短期大学,高等学校,中学校を設置・運営
する学校法人である。
被告大学は,昭和42年に設立され,環境デザイン工学科,情報学科及び
医療電子工学科の3学科からなる工学部のみの単科大学である。
被告大学は,平成19年度から,新規の学生募集を停止している。
原告は,昭和57年4月,被告との間で労働契約を締結し,被告大学の教
職員として採用され,同月から,被告大学建設工学科建築学専攻の助教授と
して,昭和62年4月から,同大学同科(後の環境デザイン工学科)建築学
専攻(後の建築・住環境デザインコース。以下,これらを「建築学教室」と
いう。)の教授として勤務してきた(甲27)。
平成18年3月,被告大学の教職員が中心になって,被告大学教職員組合
(以下「本件組合」という。)が組織され,原告は,後記の本件解雇当時,
本件組合の委員長の地位にあった。
被告は,原告に対し,平成19年2月19日,原告が被告の規則に従わず,
被告に損害を与え,かつ,被告の服務に違反したにもかかわらず,自己の行
為の正当性を主張して,反省しないとの理由により,懲戒解雇した(甲1。
以下,被告の原告に対する当該解雇の意思表示を「本件解雇」という。)。
本件解雇の内容は,同月20日,新聞報道された(甲26の1・2)。
本件解雇当時の被告の就業規則(甲2)では,懲戒解雇事由として,以下
の事由が規定されていた。
「(懲戒解雇)
第62条次の各号の一に該当する場合は,懲戒解雇に処する。ただし,
情状によっては,通常解雇又は減給若しくは出勤停止にとどめることがあ
る。」(以下,該当条項以外の記載は省略)
「5.学園の重大な命令及び重大な規則に従わず,また服務規律,秩序
違反が極めて重大なとき
8.故意又は重過失により災害又は営業上の事故を発生させ,学園に
重大な損害を与えたとき
10.故意に本規則又は規程等を無視し,若しくは所属長の命令に違反
して学園の秩序を乱し,学園の業務を妨害し,名誉や信用を著しく
傷つけた時(パワーハラスメント及びセクシャルハラスメントのケ
ースを含む。)。
11.第34条から第42条までの規定に違反した場合であって,その
事案が重篤なとき
17.その他前各号に準ずる程度の不都合な行為を行ったとき」
被告が本件解雇の際に原告に交付した解雇通知書(甲1)によれば,本件
解雇は,被告の就業規則の上記第62条1項5号,8号,10号,11号及
び17号を適用したものであった。
原告が本件解雇以前に被告から支給されていた給与額は,1か月56万1
430円であり(甲25),その支払は,被告の給与規程によれば,毎月月
末締めの当月25日払いである(甲61)。
原告は,福岡地方裁判所に対し,被告を相手方として,被告における地位
確認等を求める仮処分(平成19年第123号地位保全及び金員仮払い仮
処分申立事件)を申し立て,同裁判所は,平成19年9月18日,原告の給
与相当額に当たる金員の仮払いを認める決定をした(甲53)。
被告大学教員(解雇された者を含む。)と被告との間では,教員の解雇や
賞与の不支給を巡って,本件以外にも,別の訴訟や仮処分が係属していた
(甲30,37,54)。
2争点及びこれに対する当事者の主張
争点①被告の原告に対する本件解雇の有効性
【被告の主張】
ア懲戒解雇事由について
被告は,原告が,①被告大学の新規学生の募集停止決定後,被告大学に
おける建築学関係の非常勤講師による講座開講に協力せず,むしろことご
とく積極的に妨害し,その後の被告が設置した「非常勤講師の依頼過程に
関する調査委員会」(以下「調査委員会」という。)の調査及び被告理事
からの事情聴取においても,自己の行為の正当性を主張するのみで,無反
省であったこと,②被告大学が学生募集停止を決定するまでの経過におい
て,被告大学の学部改編計画を阻止しようとし,本来非公開である教授会
の議事内容をマスコミにリークしたことを理由として,原告を懲戒解雇し
た。
イ原告による非常勤講師の講座開講の妨害
被告大学では,新規学生の募集停止を決定した後,平成18年10月
に20名の教員の解雇を行い(以下,これを「教員の大量解雇」といい,
当該解雇の対象となった教員を「被解雇教員」という。),被解雇教員
の担当科目については,残留教員,特任教員及び非常勤講師で対応する
予定であった。
しかし,原告を含む建築学教室の教員らは,建築学関係の非常勤講師
の選定に協力しないのみでなく,被告大学が選定した非常勤講師の委嘱
に難色を示し,さらには積極的な妨害行為をするようになった。
すなわち,当時,被告大学の非常勤講師等として,一旦は就任の承諾
をした他大学の教員から,その名前が被告大学内で周知されるや,就任
を辞退されるという事態が続いた。これは,本件組合委員長である原告
が,同じく組合員である被解雇教員と連携して,他大学の教員へ不当に
働きかけたためと考えるのが自然である。その原告の意図は,専門的な
立場から良かれと思って行うものでは到底なく,被告が行った新規学生
募集停止,教員の大量解雇に対する反発や,被告理事会及び管理職に,
科目が不開講になった場合の責任を追及すること,被解雇教員の復職を
容易にすること等を意図した不合理なものであった。このため,被告大
学では,開講直前まで,非常勤講師の担当者を秘匿せざるを得ない異常
な状況になった。
さらに,原告は,被告が,被告大学でかつて教授として勤務していた
C氏(以下「C元教授」という。)に対し,建築材料実験の担当を委嘱
したことを了解せず,積極的な妨害行為を行った。
すなわち,原告は,平成19年1月17日午後9時過ぎ,C元教授に
電話し(以下,同日の電話を「本件架電」という。),C元教授に対し
「建築材料実験を引き受けたのか」と問い,C元教授がこれを肯定する
と,「これで退職したD先生とE先生の復職はなくなった。あなたは退
職した2名の生活を脅かすつもりか」「なぜ受諾したのだ」「建築材料
実験は,土木材料実験と異なり,木材なども扱うので,C元教授が担当
するのはどうかと思う」などと述べた。さらに,原告は,C元教授から
の質問に対し,F教授や建築学教室で非常勤講師を選定することも可能
である,4年生の卒業延期も考えられる等と述べた。
C元教授は,自らの科目担当能力に異議を述べられたことへの憤慨等
もあったのか,建築材料実験の非常勤講師を辞退することとし,翌18
日朝,被告大学側に対し,その旨を伝えてきた。
原告は,被告大学において,建築学教室の非常勤講師を委嘱するには,
事前に建築学教室の教室会議に諮って,非常勤講師を決めるとの付帯条
件があったと主張するが,そのような付帯条件が被告大学教授会で決定,
決議されたとの事実はない。
さらに,被告がC元教授に委嘱するために行った手続は,被告大学の
建築学教室が代替講師の選任に全く協力せず,妨害行為まで行っていた
状況下では,緊急避難的に許容又は要請されるところである。
その後,最終的には,被告大学側がC元教授に謝罪し,C元教授もこ
れを受け入れて,建築材料実験が開講されることになった。
しかしながら,原告は,C元教授に対して謝罪することはなく,被告
大学に設置された調査委員会からの事情聴取でも,C元教授に対する自
らの発言内容について,C元教授の科目担当能力を否定したことはない
等と述べ,無反省な態度に終始した。さらに,被告のG理事(以下「G
理事」という。)が,原告から直接事情を聞いたが,原告は,開講妨害
について自らの非を認めなかった。
ウ原告による教授会議事内容のリーク
被告大学では,文系学部の新設等による学部改組が検討され,被告理
事会は,平成18年5月,被告大学教授会にその計画を示したが,教授
会は改組計画に反対して,工学部の存置に固執し,同年6月以降は,教
授会が正式に開催できないほどの混乱状態となった。
そして,平成18年6月26日から同月28日にかけて,原告のリー
クにより,被告大学の学部改組に関する記事が新聞紙上で報道された。
その新聞報道の内容からして,被告大学教授会の構成員からのリークで
あることは明らかであり,原告以外にこのようなリークをする人物は想
定できない。また,原告は,本件組合委員長として,マスコミとの窓口
になっていたから,原告がこのマスコミへのリークに関与していたこと
は明白である。
これは,本来非公開であるはずの教授会の議事内容が,被告大学にと
って何ら利益にならない形で外部に公開されたものであり,被告大学学
長が,この点を問題にしたが,教授会は全く聞き入れなかった。
原告は,このマスコミへのリークによって被告大学が被るマイナスイ
メージについて顧慮することなく,教授会の議事内容をリークし,その
結果,被告大学の改組計画は頓挫を余儀なくされることが決定的となり,
被告大学は学生募集停止と廃学に至らざるを得なくなったのであり,被
告は甚大な損害を被った。
エ本件解雇の合理性
上記イ及びウのような原告による非協力行為や妨害行為は,学生の開講
に対する期待を裏切るもので,教員として許されない非違行為であり,被
告に対しても著しい損害を与えるものである。
また,原告は,調査委員会の調査の過程でも,全く反省を見せず,今後
とも受講妨害が繰り返されるおそれが高かった。
したがって,被告として,本件解雇をやむを得ないと判断したのは,相
当である。
オ本件解雇の解雇手続について
被告は,本件解雇に先立ち,7名の教員からなる調査委員会を設け,同
委員会において,原告から事情を聞く機会を設け,その後には,G理事が,
原告から,長時間にわたり事情を聞いた上で,原告の態度を踏まえ,やむ
なく懲戒解雇に至ったものであり,本件解雇における適正手続は十分に尽
くされている。
カ本件解雇の不当労働行為性
本件解雇は,原告の非違行為を理由にするもので,不当労働行為ではな
い。
被告が,本件解雇以前に,被告大学又は被告が経営する他の学校におい
て行った解雇その他の処分には,合理的理由がある。
本件解雇前の団体交渉の場におけるG理事の発言は,組合員をねらい撃
ちした解雇でないことを比喩的に表現したものにすぎず,不当労働行為意
思を推認させるものでは到底ない。
また,本件解雇時点では,原告が指摘する本件組合による街頭署名・ビ
ラ配布活動について,被告は把握しておらず,仮に,把握していたとして
も,それを受けて翌日に解雇することなど不可能である。
【原告の主張】
ア懲戒解雇事由は存在しないこと
本件解雇は,何ら根拠なく行われたもので,原告に懲戒解雇事由は存在
せず,本件解雇は,被告の解雇権の濫用であり,不当労働行為である。
イ原告による非常勤講師の講座開講の妨害について
原告は,被告が平成18年10月に教員の大量解雇をした後,学生の
ためを考え,被解雇教員が担当する予定であった講義や卒業研究指導の
担当を多数引き受けた。また,非常勤講師の委嘱についても,原告は,
被解雇教員に対し,これを担当するよう働きかけるなどして協力してき
た。原告が,建築材料実験以外の科目について,被告による非常勤講師
の委嘱を妨害したという事実は,全くない。
そもそも,被告は,本件解雇の理由として,本件解雇後当初の説明で
は,本件架電の件以外の事実は主張していなかったのであり,被告が主
張するような原告の妨害行為は一切ない。
平成18年10月26日の被告大学教授会において,今後は,建築学
関係の講義を非常勤講師に委嘱するに当たっては,事前に建築学教室の
教室会議に諮る旨の付帯条件が決議されており,原告がC元教授に電話
をかけた(本件架電)のは,建築材料実験の集中講義に関して,その付
帯条件が守られていたかを確認するためであった。C元教授への建築材
料実験の委嘱について,原告は事前に知らされていなかったが,そもそ
も,被告大学の規程によれば,非常勤講師の採用に当たっては,学科で
選考し,教授会の事前承認を得るという手続が求められている。
それにもかかわらず,上記付帯条件や規程が遵守されなかったことか
ら,原告は,その確認のためC元教授に電話をかけたのであり,教員と
しての正当な業務遂行であって,その後,建築学教室の教室会議におい
て,C元教授への非常勤講師の委嘱を了承して,C元教授に正式に依頼
したのであるから,原告が被告大学の業務を妨害したことはない。
本件架電の内容としては,原告が,C元教授に対し,平成19年1月
17日午後8時ころ,電話をして「なぜ,10月の教授会決議があるの
に,建築に相談しないで非常勤講師を引き受けられたのか。コンクリー
トは是非,やっていただきたい」と質問した。これに対し,C元教授は
「学長と教務部長と建築の主任のF先生が頼みに来たので引き受けた。
建築学教室の決定と思っていた。教室会議の決定でなければ引き受けな
かった」「10月の教授会の決議は全く知らされていない」等と返答し
ただけである。原告がC元教授に電話したのは,上記教授会の付帯条件
の点を確認する目的であり,何ら非難に値するものではない。そして,
その電話の結果,上記教授会の付帯条件は守られておらず,C元教授は,
建築学教室の総意に基づいて委嘱されたと誤解していることが判明した。
本件架電の際に,原告が,C元教授に対し,C元教授の科目担当能力
に異議を述べたり,「退職した2名の先生の生活を脅かすつもりか」
「4年生の卒業延期も考えられる」等と発言したことはなく,これらは,
C元教授の誤解である。原告は,C元教授が非常勤講師に就任すること
を前提として,C元教授と話していた。
その後,C元教授が非常勤講師の委嘱を断ったことが判明したことか
ら,原告は呼びかけて,建築学教室の教室会議を開き,教授会の付帯条
件に沿う形で正式な非常勤講師の依頼と準備を行った上,C元教授に再
度依頼して了解を得て,最終的に,平成19年1月25日の教授会でC
元教授の科目担当が正式に承認されている。
このように原告が被告大学の業務を妨害したことはなく,結果的にC
元教授は非常勤講師として建築材料実験を担当し,当初の日程どおり,
建築材料実験も実施されたのであり,原告は,被告に対し,何らの損害
も与えていないし,これにより被告大学の秩序を乱したこともない。
ウ原告による教授会議事内容のリークについて
原告が,被告大学教授会の議事内容について,マスコミにリークしたこ
とはない。被告が問題にする新聞報道は,被告大学の存続という原告の希
望に真っ向から反する内容であり,原告がそのような情報をリークする動
機は全くない。当該新聞報道の内容からすれば,被告理事会側の人物によ
るリークであることがうかがわれる。仮に,被告において,原告がマスコ
ミへリークしたと判断したのであれば,その後直ちに懲戒手続が採られる
はずであるが,被告は,被告大学廃学の方針を示してから半年以上が経過
した平成19年5月30日になって初めて,マスコミへのリークの問題を
原告の懲戒解雇事由として主張し始めており,それ自体,この問題が事実
無根であることを示している。
また,被告が主張するマスコミへのリークと被告大学の改組計画の頓挫
は,因果関係がなく,改組計画の頓挫と被告大学の廃学との因果関係も全
く不明である。
そもそも,マスコミへのリークの問題は,被告が,本件解雇時点では懲
戒解雇事由ではないとしていた事実を,事後的に懲戒解雇事由として追加
するものであり,許されない。すなわち,マスコミへのリークの問題は,
被告の解雇通知書に全く触れられておらず,本件解雇から1か月後の団体
交渉の際にも,G理事は,マスコミへのリークの問題が懲戒解雇事由でな
いと明言していた。
エ本件解雇の不合理性について
万が一,被告が解雇事由として主張する事実が全面的に認められたとし
ても,これらの事実のみでは,およそ懲戒解雇の事由たり得ない。
しかも,被告は,本件解雇をしておきながら,3か月以上も懲戒解雇事
由を明らかにせず,その主張する事由も軽微なものであり,本件解雇後,
被告が解雇事由を具体的に主張し始めるのに時間を要したことからも,本
件解雇の違法無効を推認させる。
そして,原告はこれまで長期間にわたり,被告大学での講義や学生に対
する指導等を通じて,被告に多大な貢献をし,本件解雇以前に,被告から
懲戒処分を受けたこともないのであり,本件架電のみを理由に本件解雇を
いう被告の主張は,権利の濫用である。現に,被告が主張する本件架電や
原告の開講妨害等により,被告大学には何ら実害は生じておらず,被告大
学の卒業予定者にも留年者は出ていないのであり,懲戒解雇である本件解
雇を正当化できる理由は何らない。
オ本件解雇の手続の違法
本件解雇に先立ち,被告では,調査委員会を設置し,原告について調査
を行ったというが,実際には,調査委員会は,原告からC元教授への電話
の有無などを形式的に確認するだけで,解雇事由の調査等といえるもので
はなく,原告には弁明の機会が与えられなかった。また,その後のG理事
との面談は,G理事が一方的に組合活動に支配干渉を及ぼそうとしたもの
でしかなかった。
さらに,被告が主張するその他の解雇事由については,原告に弁明の機
会が全く与えられていない。
したがって,本件解雇は,適正手続も経ていない。
カ本件解雇は不当労働行為であること
本件解雇に至るまでの本件組合と被告との労使対立の状況,原告が本件
組合委員長であり,上記労使対立の最前線に立っていたこと,団体交渉等
における被告側の組合敵視の言動,本件解雇が本件組合による街頭署名・
ビラ配布活動の直後にされたこと等の事実経過に照らせば,本件解雇の理
由が,原告による非常勤講師の講義開講の妨害というのは虚言であり,本
件解雇は,本件組合委員長である原告をねらい撃ちにした解雇である。し
たがって,労働組合法7条1号の「労働者が労働組合の組合員であるこ
と」及び「労働組合の正当な行為をしたこと」を理由として,「その労働
者を解雇」した不当労働行為であることは明らかであるから,本件解雇は,
同号に違反し,無効である。
すなわち,被告大学では,平成18年7月以降,教員に対する夏期賞与
の支給保留,平成19年度からの学生募集停止,教員の大量解雇が行われ,
本件組合では,被告の異常な学園経営や本件組合への弾圧に対抗するため,
団体交渉や署名・街頭ビラ配布活動等を行っていたが,被告は,本件組合
との団体交渉を当初は拒否し,これに応じた後も組合敵視・組合排除の言
動を繰り返すなど,不当労働行為意思を露骨に表した。そして,平成18
年9月以降の本件組合との団体交渉の席上で,被告のG理事は,本件組合
委員長である原告に対する露骨な嫌悪感を示したり,解雇を意識した発言
を行った。
また,G理事は,平成19年2月15日,原告と面談した際,組合活動
をしても良い結果にはならない等と発言した。
さらに,本件組合は,同月18日,「被告大学教員大量不当被解雇者の
地位保全の決定の要望署名」の街頭署名・ビラ配布活動を行い,翌日には,
これがマスコミで大きく報じられたが,本件解雇は,上記街頭署名・ビラ
配布活動が報道された翌19日午後2時ころに行われたもので,上記本件
組合の活動に激昂した被告が,不当労働行為意思に基づき行ったものであ
ることは明らかである。
そのことは,本件解雇の理由や経過に関するG理事の説明がつじつまが
合わず,本件解雇後には,被告が,原告に対し,原告の研究室への立入り
を禁止するなど異常な対応に出ていること,被告では他の学校でも同時期
に,不当労働行為に当たる解雇を続けて行っていたこと,被告は,別件裁
判で,明らかにねつ造した被告理事会の議事録を証拠として提出するなど,
本件組合潰しのためになりふり構わぬ行動に出ていることからも,裏付け
られる。
争点②(本件解雇が無効である場合の)原告の賞与請求権の有無
【原告の主張】
ア本件解雇は無効であり,原告は,引き続き,被告の教員としての地位に
ある。したがって,原告が被告を定年退職する時期(平成21年3月31
日)までの賞与(平成19年4月以降の呼称は勤勉手当)請求権のうち,
別件訴訟で争われているものを除き,以下の平成19年夏期・冬期及び平
成20年夏期・冬期の各賞与請求権を有する。
平成19年及び平成20年7月支給分各81万3600円
平成19年及び平成20年12月支給分各108万4800円
イ被告では,被告大学教員に対し,平成19年及び平成20年,一律の支
給率による賞与が支払われており,原告も同様の計算により算出される賞
与の具体的請求権を有する。
ウ被告では,賞与の支給に関し,従前から,教職員別に査定して,支給率
等に差異を設ける運用は行っておらず,給与規程においても,個別の査定
による教職員ごとの裁量的支給を予定した定めは置かれていないから,被
告理事会が賞与支給率を定めることによって,原告を含む被告大学の教職
員は,一律の基準による具体的賞与請求権を取得することになる。
【被告の主張】
ア原告は,本件解雇により懲戒解雇されており,解雇後の賞与請求権が発
生することはない。
イ仮に,本件解雇が無効であるとしても,本件解雇後の期間について,原
告に賞与請求権が発生するとは考え難い。
本件解雇後に,被告理事会が,被告大学の教職員に対する賞与支給率を
決定したことがあったとしても,その決定に含まれる意思解釈として,原
告に対する支給の意思が含まれていたとは考えられない。
争点③(本件解雇が無効である場合の)原告の退職金請求権の有無
【原告の主張】
ア原告は,本件訴訟係属中の平成21年3月31日をもって,定年退職
(63歳)となり,被告の退職金規程(甲60)により,被告に対する退
職金請求権を取得した。
そして,被告の退職金規程により計算すれば,原告の退職金額は188
7万8400円であり,その支払時期は平成21年4月30日である。
イ被告が主張する定年年齢の引下げについては,労働条件の不利益変更に
当たるところ,原告はその引下げに同意したことはなく,告知すらされて
いない。また,被告は,教職員に対する周知義務を尽くしておらず,被告
が主張する定年年齢引下げの効力は生じていない。
【被告の主張】
ア原告は,本件解雇により懲戒解雇されており,被告の退職金規程(甲6
0)に基づく退職金請求権は発生しない。
イ仮に,本件解雇が無効であるとしても,被告は,平成19年4月1日に
定年規則を改正し(乙22),定年年齢は満60歳に変更され,平成19
年4月1日時点で既に定年に達している職員の定年退職日は,平成20年
3月31日となった。そこで,原告についても,平成20年3月31日で
定年退職となっているから,原告の主張はその前提において間違っている。
ウ上記定年年齢の引下げに関し,被告は,平成19年4月上旬,全教職員
に対する説明をした後,コピーを配布している。
そして,被告の経営収支の悪化にかんがみれば,定年年齢引下げには,
人件費削減のための高度の必要性があったのであり,被告が導入した60
歳定年制は,他の多くの企業における取扱いに照らしても,十分に相当性
を有するものである。
また,被告では,定年年齢引下げの規則変更をするに当たり,従業員代
表の意見聴取をしているが,定年年齢引下げについて特段問題とされるこ
とはなかった。
争点④本件解雇についての不法行為の成否及びその損害額
【原告の主張】
ア被告は,原告に何らの懲戒解雇事由がないにもかかわらず,不当労働行
為意思に基づいて本件解雇に及んでおり,本件解雇は不法行為(民法70
9条)を構成する。
本件解雇は,原告が本件組合委員長であること及びその組合活動を理由
にされたものであり,目的の不当性は明らかであり,また,被告は,本件
解雇に際し,原告に十分な弁解の機会を与えず,教員としての引継ぎや荷
物をまとめる時間すら与えずに被告大学を退去させるなど,不当な手段を
用いている。さらに,被告は,本件解雇の解雇事由として,推測にすぎな
い事由や後付けの解雇事由を主張し続けるなど悪質である。
イ原告及びその家族は,被告から支払われる賃金を唯一の収入として生活
しており,その不払いが原告及びその家族の生活に与える影響及び精神的
苦痛は極めて深刻である。
また,原告は違法な本件解雇により,就労の機会を奪われたのみならず,
教育研究の機会及びその蓄積の機会を奪われており,それにより多大な精
神的苦痛を被り続けている。
さらに,本件解雇は懲戒解雇であり,原告は,大学教員としての名誉及
び社会的信用を著しく毀損された。
原告は,本件解雇による精神的ストレスから,平成19年8月には脳梗
塞を発症し,後遺症が残り,研究者生命を絶たれる事態となっている。
ウこれら原告が被った精神的苦痛を慰謝するために必要な金額は,800
万円を下らない。
【被告の主張】
本件解雇に合理的理由があること,不当労働行為には当たらないことは,
上記【被告の主張】記載のとおりであり,不法行為は成立しない。
第2当裁判所の判断
1本件解雇の解雇理由について
本件解雇の有効性を判断する前提として,懲戒解雇である本件解雇の解雇理
由の内容が問題になるところ,被告は,本件解雇の理由として,原告が①被告
大学における非常勤講師の講座開講に協力せず,積極的妨害を行ったこと,②
被告大学教授会の議事内容をマスコミにリークしたことを主張する。
このうち,①の本件架電の件については,被告が本件解雇の直接の理由とし
ていたことは明らかである(甲38)が,本件架電の件以外の積極的妨害行為
と,マスコミへのリークの問題については,被告が本件解雇当時,懲戒解雇の
理由としていたか否かは,必ずしも明らかでない。
この点,使用者が労働者を懲戒解雇した場合に,懲戒解雇当時に使用者が認
識していなかった非違行為は,特段の事情のない限り,当該解雇の理由とされ
たものではないことが明らかであるから,その存在をもって当該解雇の有効性
を基礎付けることはできないと解される。
本件においては,本件解雇の際に原告に交付された解雇通知書(甲1)では,
本件解雇の理由として,原告が被告の規則に従わず,被告に損害を与え,かつ,
被告の服務に違反したにもかかわらず,自己の行為の正当性を主張して,反省
しないと記載されているが,その判断の前提となった原告の具体的言動,違反
行為等は特定されておらず,本件解雇後の平成19年3月14日に行われた本
件組合と被告との団体交渉でのやりとり(甲38)によれば,被告のG理事が,
本件解雇の理由に関し,マスコミへのリークの問題が理由か否かを問われたの
に対し,「それではないです。今は,ないです。」「例えば新聞社にリークす
る話とか,ろうかの話とかは入っていません」と答えている部分があり,G理
事が「懲戒の一番の理由は」として,本件架電の件に言及しており,G理事は,
本件解雇の理由として,本件架電の件を主に念頭に置いていたと考えられる。
その一方で,G理事は,本件解雇の理由に関する別の質問に対しては,「今回
も一連のことであるということじゃないですか」「今回のことだけでなくて,
今までも度々やっているという部分が出てきた」「過去にそういう風な邪魔を
されたというのね,妨害をされたということがあるし」と回答しており,他に
も「我々で,一番大きなものは,教授会の中身がリークされたんだとか,とい
う話もあったじゃないですか」「新聞社にわざわざ話したり,出したりするこ
ともないだろうし」と発言している部分も認められる。
そして,上記団体交渉でのやりとり(甲38)を全体としてみれば,原告側
が,本件解雇の具体的理由の開示を求めたのに対し,G理事の対応は曖昧で,
一貫しているともいい難い面があり,解雇理由の明示が求められる法の趣旨か
らすれば,必要十分な説明が尽くされたとは評価し難いものである。
しかしながら,本件解雇の解雇通知書(甲1)の記載内容や,上記団体交渉
でのやりとり(甲38)からすれば,被告は,本件解雇当時に,被告が本件訴
訟において解雇事由として主張する各事実(上記①②)をいずれも認識してい
たことは明らかであり,解雇事由として除外することが明示的に表明されてい
たとまではいえない。
確かに,証拠(証人H,同I)によれば,本件解雇前の被告による調査や原
告からの事情聴取は,もっぱら本件架電の件を中心に行っていたことがうかが
われ,被告としても,本件解雇の理由として,本件架電の件を念頭に置いて,
懲戒解雇手続を進めていたと考えられるが,これらは,本件解雇における適正
手続の問題として別途,検討するのが相当と解される。
そこで,以下,被告が本件解雇の理由として主張する各事由の存否及びその
評価について,検討する。
2本件架電以外の積極的妨害行為について
被告は,原告を含む建築学教室の教員が,被告大学の選定した非常勤講師
の委嘱に難色を示し,さらには積極的な妨害行為をしたと主張する。
この点,争いのない事実及び証拠(乙12ないし15,証人H,同I)に
よれば,被告大学では,平成18年9月までに,平成19年度の新規学生募
集の停止を決定するとともに,20名の教員に対する解雇予告通知が行われ
ていたことから,平成18年度後期以降の授業を開講するために,複数の非
常勤講師を確保する必要があったと認められる。
そして,証拠(甲20,21の1ないし3,56,乙12,14,15,
証人H,同I)によれば,被告大学の環境デザイン工学科では,必修科目で
あるなどの理由で平成18年度中の開講が不可欠な科目を含め,複数の科目
について,担当する非常勤講師が直前まで決まらず,場合によっては,開講
時期を変更せざるを得ない状況にあったことが認められる。
しかしながら,被告大学がそのような非常勤講師の選任に困難を来す状態
であったのが,原告の妨害行為によるものであったとの被告の主張は,これ
を認めるに足りる証拠がないものといわなければならない。
すなわち,被告は,J大学のK氏(以下「K氏」という。)への委嘱及び
その辞退に関する経緯を指摘して,原告の妨害行為があったと主張するが,
証拠(乙10,12,14,証人I)に照らしても,K氏が,平成19年1
月に一旦は被告大学の非常勤講師就任を承諾したものの,その後の同年2月
2日に,電話で「自分の不徳の致すところ,事情はお察しの通りです」との
連絡があり,就任を辞退したという事実が認められるにすぎず,その辞退に
至る過程において,原告又は原告の意向を受けた者がK氏に対して辞退に向
けた働きかけをしたと認めるべき証拠はない。
被告は,原告らが働きかけたとみるのが自然であると主張するが,平成1
9年2月ころは,被告理事会と本件組合が,教員の大量解雇問題等を巡って
対立状況にあり,被告大学においても,講義を担当する非常勤講師の確保す
らままならない状態が続いていた(甲56,乙10,12,14)のであり,
K氏としては,自らが被告大学の非常勤講師に就任することで,そのような
対立状態に巻き込まれることを懸念し,これを回避するために非常勤講師を
辞退した可能性も十分に考えられるのであり,原告らからの直接の妨害行為
がなければ,K氏が辞退することはなかったと当然に認められるものではな
い。
また,被告が主張するように,原告が,被告理事会に反発し,理事会に対
して責任追及する意向を持っていたことや,被解雇教員の復職を目指してい
たことがあったとしても,それのみにより,原告による積極的妨害行為が推
認されるものとも解されない。
その他,被告は,被告大学において,非常勤講師の就任辞退が相次いだと
して,原告からの働きかけがあったと主張するが,K氏以外については,そ
の具体的事例や内容は十分に明らかになっておらず(証拠〔乙12〕でうか
がわれるL氏に関する具体的経緯等も,明らかとはいえない。),原告によ
る積極的妨害行為があったと認めるに足りる証拠はない。
証拠(乙11,12,14,15,証人H)によれば,被告大学では,平
成18年度後期の科目については,開講直前まで,非常勤講師の担当者を明
らかにしない取扱いが採られていたこと,一旦は非常勤講師への就任を承諾
した者から辞退の申出があったことは認められるが,これら非常勤講師の辞
退について,原告の積極的妨害行為によるものとの被告側の供述等(乙10,
12,14,証人H,同I)は,いずれも推測の域を超えるものではなく,
非常勤講師の担当者を明らかにしないとの被告大学の取扱いは,被告側の判
断として行われたものにすぎない。
その他,証拠(甲51,乙12,14,15,証人H,同I,原告本人)
によれば,原告を含む建築学教室の教員は,被告が進めていた非常勤講師の
委嘱に必ずしも全面的に協力したわけではなかったことがうかがわれるが,
非常勤講師の選定自体,最終的には被告側の責任で行われるべきものであり,
被告が,原告に対し,非常勤講師の候補者を選定するよう業務命令を出した
ようなこともないこと(証人H,同I),原告は,本件組合委員長として,
被告が行った教員の大量解雇を争い,被解雇教員の復職を求める立場にあっ
たこと,被告大学において新たな非常勤講師を確保する必要が生じたのは,
被告が,本件組合の了解を得ることなく,一方的に教員の大量解雇を行った
結果であり,そもそも被告の責任において対応すべきことが予定されていた
といえること,原告においても,教員の大量解雇後,被解雇教員が担当する
予定であった複数の科目を担当するなど,建築学教室の講義実施のために相
応の協力をしていたことからすれば,非常勤講師の選任等に関する原告の対
応に,非違行為又は懲戒の対象と認めるべき行動は認められない。
以上によれば,本件架電以外の積極的妨害行為として被告が主張するとこ
ろは,その主張の前提となる妨害行為自体が認められず,本件解雇の理由と
なり得ないものである。
3本件架電について
争いのない事実及び証拠(甲11,20,21の1ないし3,22,23
及び24の各1・2,27,36,38,50,乙8ないし16,18,証
人H,同I,原告本人)によれば,本件架電について,以下の事実が認めら
れる。
ア被告は,平成18年8月,被告大学について,平成19年度の学生募集
停止を決定し,その上で,同年10月,被告大学における20名の専任教
員を解雇した。これにより,原告が所属していた建築学教室でも多数の教
員が解雇され,教員は従前の半数の5名となった。
被告では,教員の大量解雇以前には,解雇後の教員の欠員の手当につい
て具体的に検討しておらず,大量解雇後,被解雇教員に対し,非常勤講師
として勤務する意思はないか打診したが,建築学教室ではこれに応じる被
解雇教員はいなかった。
そのため,被告大学では,新たな非常勤講師に委嘱して講義を実施する
ことが必要となり,建築学教室の担当科目である建築材料学については,
被告大学の建設工学科土木工学専攻にかつて所属し,被告大学学長を務め
たこともあったC元教授に,非常勤講師を委嘱することになった。C元教
授による建築材料学の講義は,教授会の事前承認を得ないまま,平成18
年9月下旬から開始された。
イその後,同年10月26日の教授会において,事後的に,建築材料学の
非常勤講師をC元教授が担当することにつき承認が求められた。これにつ
き同教授会で議論されたところ,原告は,建築未開講科目の教授を学科で
見つけることは困難であるとして,教員の大量解雇につき学長等の責任を
追及する姿勢を示すなどし,また,原告から,今後は,建築学教室の教室
会議に諮って非常勤講師を決めるべきであるという意見が出された。議論
の結果,結局,C元教授が建築材料学の非常勤講師を担当することは,教
授会で承認された。
(なお,この点につき,原告は,上記教授会において,今後は,建築学教
室の開講科目の非常勤講師を決めるに当たって,事前に建築学教室の教室
会議に諮る旨の付帯条件が決議されたと主張する。
しかしながら,上記教授会の議事録(乙9)には,そのような条件が決
議された旨の記載はなく,非常勤講師の委嘱について,「別紙「平成18
年度非常勤講師委嘱者(案)」に基づき,非常勤講師委嘱者について承認
を求め,承認された。」旨の記載があるにすぎず,その他,「報告・連絡
事項」として「後期授業の未開講科目については該当学科の協力を得て,
学生の不利益にならないように手当てを行う。」と記載されているのみで,
原告の主張する付帯条件に関する具体的記載は一切ない。また,上記教授
会の議事を録音したもの(甲22)によっても,原告の主張する点は,明
確な合意又は条件として決定されたとはいえず,原告が指摘する,当時の
M学長(以下「M元学長」という。)による「今後はそういうことで,や
っていきたいと思います」「今後はその点については十分に配慮していく
ということで,お願いしたいと思う」旨の発言は,学長の立場から,以後
の非常勤講師の委嘱に当たって,専門性を十分考慮した選任を行うよう努
めること,そのためには,学科の意見にも配慮することを確認する趣旨と
理解するのが自然であり,それ以上に委嘱への条件や手続を厳密に定めた
ものとまでは評価できず,証拠(乙19,20)に照らしても,原告の主
張は採用できない。
この点,原告は,C元教授の陳述内容(乙16)を指摘して,C元教授
は,非常勤講師の委嘱に当たっての付帯条件を認識していたと主張するが,
上記陳述書(乙16)の内容は,建築材料学の非常勤講師委嘱に関する件
で,教授会で異論が出されたことを述べるにすぎず,それ以上の委嘱の条
件にまで言及するものではなく,原告の主張が裏付けられるものとはいえ
ない。)
ウ被告大学における教員の大量解雇以降,被告大学では,代替の非常勤講
師を確保するため,被告大学のH教務部長(以下「H教務部長」とい
う。)等が中心になって,新たな非常勤講師の委嘱作業を進めていた。
これに対し,被告大学の原告を含む建築学教室の教員は,理事会がした
教員の大量解雇を不当と考え,解雇の撤回,被解雇者の復職を目指す活動
をしていたため,新たな非常勤講師の選定に必要な候補者をリストアップ
するなどの積極的協力をすることはなかった。
また,被告大学では,他大学の教員等に対しても,非常勤講師への就任
を打診したが,一旦承諾した教員もその後辞退するなど,なかなか成果は
得られなかった。H教務部長等は,非常勤講師の就任につき原告ら本件組
合側が妨害していると考え,開講直前まで,非常勤講師の担当者を秘匿す
るようになった。
エ被告大学の建築学教室では,在学中の4年生が卒業するために平成18
年度中に開講しなければならない必修科目に「建築材料実験」があったが,
平成19年1月上旬まで,担当する教員又は非常勤講師が決まっていない
状態が続いていた。
そこで,I学長(平成18年7月から被告大学学生部長,同年12月か
ら被告大学学長。以下「I学長」という。)及びH教務部長は,平成19
年1月12日,F建築学教室主任教授(以下「F教授」という。)に対し,
C元教授へ建築材料実験の非常勤講師を依頼する旨の提案をした。
F教授は,この案に賛同したものの,これを事前に建築学教室に諮ると,
原告らから反対意見が出ることが予想されたことから,事前にこれを諮る
ことをしなかった。そして,F教授は,I学長やH教務部長に対しても,
個人としての立場で,C元教授に依頼することはできるが,建築学教室主
任教授としての立場では依頼できない旨を説明し,了解を得ていた。
オI学長,H教務部長及びF教授は,平成19年1月12日午後,C元教
授を訪れ,既に担当が決まっていた土木材料実験とともに,4年生を対象
とした建築材料実験を,非常勤講師として担当してくれるよう依頼した。
その際,I学長らは,C元教授に対し,C元教授に依頼することについ
て建築学教室の事前了解は得られていない旨を説明することはなかった。
また,C元教授は,自らが建築材料実験を担当することについて,建築学
教室の事前了解が得られているか否かを,I学長らに直接確認することは
なかったが,建築学教室主任のF教授が同行していたことから,当然,建
築学教室の了解が得られた上での依頼であると考えていた。
C元教授は,同日の依頼に対して,当初は拒否し,その後のI学長らの
説得に対しても,その場では即答しなかったが,翌13日,H教務部長に
電話して,建築材料実験の非常勤講師を受諾する旨連絡した。
その後,C元教授は,H教務部長と打ち合わせるなどして,建築材料実
験を同月29日から開講するよう,日程の掲示等の必要な準備を進めてい
た。
カF教授は,同月17日,建築学教室の教室会議において,建築材料実験
の非常勤講師がC元教授に決定されたことを報告した。
しかしながら,同教室会議では,原告らが,非常勤講師の委嘱について
は教室会議に諮るとの付帯条件が教授会で決議されていたものと理解して
いたことから,同決議があるにもかかわらず,これが履行されず,建築学
教室に相談がなく非常勤講師が選任されたことにつき,不満が出された。
これに対し,F教授は,何ら説明することはなかった。
原告は,このようなF教授の対応に不満を持ち,建築材料実験の担当を
引き受けたC元教授の対応に疑問を持った。しかしながら,同日の教室会
議において,原告が,C元教授に直接連絡することについて,教室会議の
了解を求めたり,教室会議がそのようなことを原告に依頼,承認すること
はなかった。
なお,原告は,本件架電以前,C元教授の自宅に電話連絡をしたことは
なかった。
キ原告は,同月17日午後9時ころ,C元教授の自宅に電話をかけ(本件
架電),教授会で付帯条件が決議されていたのに,なぜ事前の相談なく建
築材料実験の非常勤講師を引き受けたのか問いただしたところ,C元教授
は,F教授らが頼みに来たから引き受けたものであり,そのような決議は
知らされていない旨回答した。
その際,原告が,建築学と土木工学との専門性の違いを述べたり,F教
授や他の非常勤講師でも,建築材料実験の担当が可能である等の発言した
ため,C元教授は,自らの科目担当能力に疑問を持たれていると感じた。
さらに,原告が,C元教授に対し,被告大学の被解雇教員に関する意見を
求める発言をしたため,C元教授は,自らが非常勤講師を引き受けること
が,被解雇教員の復職を阻害する結果となり,建築学教室に歓迎されず,
反感を持たれるものと感じた。
本件架電の内容は,全体として,原告が,C元教授に対して,単に事実
関係を確認するに止まらず,原告がある程度強い口調で,非常勤講師の委
嘱に関する従前からの経緯や,他の被解雇教員に関する事情等に言及する
ものであり,一旦は非常勤講師を担当することを決めていたC元教授に,
不快感,不信感を抱かせるものであった。
本件架電における原告の発言を受けて,C元教授は,一旦は引き受けた
建築材料実験の担当を撤回することを決め,原告に対し,その旨を伝えた
上で,本件架電は終了した。
本件架電は,時間にして1時間弱にも及ぶものであった。
クC元教授は,翌18日午前7時ころ,H教務部長に電話をかけ,原告か
らの本件架電の内容を伝えて,建築材料実験の委嘱について,事前に建築
学教室の教室会議に諮っていないことを理由に,非常勤講師を引き受ける
ことを辞退する旨申し出た。
H教務部長は,C元教授からの申出を,同日の教務委員会において報告
した。
さらに,C元教授は,同日,I学長に対し,C元教授が原告からの本件
架電により不快の念を感じたこと,建築材料実験を担当する意向はないこ
と等を説明した。
その時点では,I学長らとしては,C元教授の辞退の意向が強いため,
C元教授に建築材料実験を改めて委嘱することは難しいと考えるようにな
った。
一方,原告は,同日,C元教授が非常勤講師を辞退したことを知り,被
解雇教員であったD元教授(以下「D教授」という。)と対応を協議し,
D教授が同日夜,C元教授に電話で事情を確認することがあった。
ケ同月19日,原告も出席して,建築学教室の臨時教室会議が開かれ,結
論としては,建築学教室として,C元教授に対し,建築材料実験を担当し
てもらうよう依頼することが決定された。原告は,建築材料実験をC元教
授に委嘱することについて,反対の意見を述べることはなかった。
そして,同日,F教授及びN助教授が,C元教授に対し,建築材料実験
の非常勤講師を引き受けるよう改めて依頼し,C元教授の承諾を得た。そ
の後,同月25日の教授会において,建築材料実験の非常勤講師をC元教
授に委嘱することが正式に承認された。
C元教授は,当初の日程どおり,同月29日から同年2月28日まで,
建築材料実験の集中講義を行った。
コ被告理事会では,本件架電に関する一連の経過の報告を受け,事実関係
を調査することが必要と考えたため,同年2月,本件架電の件に関する調
査委員会を設け,同委員会は,同月7日,原告から事情聴取をした。その
際,原告は,C元教授に電話した事実自体は認めたものの,原告が,C元
教授に対し,C元教授の科目担当能力に疑問を呈したり,C元教授が担当
することは必要でない旨の発言をしたことは否定し,原告が,本件架電の
件について,反省したり謝罪することはなかった。
その後,調査委員会は,事情聴取した内容をもとに事実関係や言い分を
まとめた報告書を作成し,被告理事長に提出した。
原告は,同月15日,G理事と面談したが,その際にも,G理事から,
本件架電について謝罪するよう求められたが,これに応じなかった。
サその後,被告は,同月19日,原告を懲戒解雇とした(本件解雇)。
以上の認定によれば,被告が平成18年10月に行った被告大学教員の大
量解雇後,代替となる非常勤講師の確保に困難を来している中,I学長らが
中心になって,C元教授に非常勤講師として建築材料実験を担当してくれる
よう依頼し,C元教授も一旦は了解していたものを,原告が行った本件架電
により,C元教授は,担当を辞退することになっており,その後,最終的に
は,C元教授が再度了解するに至ったものの,当時の被告大学の置かれてい
た状況からすれば,本件架電は,I学長らが行っていた非常勤講師の手配,
確保を妨害する結果を招いた行為と評価できる。
また,本件架電において原告がC元教授に対してした発言は,上記認定の
とおり,建築学教室の事前了解の有無という単なる事実確認に止まらず,C
元教授の授業担当能力や,C元教授が建築材料実験を担当する必要性にも疑
問を指摘するものであり,さらには,C元教授が建築材料実験を担当するこ
とで,被解雇教員の復職が困難になるかのごとき印象をC元教授に与えたも
のといえ,C元教授としては,本件架電における原告の発言内容や態度を理
由の1つとして,建築材料実験の担当を辞退する意思決定をしたと認めるの
が相当である。
これに対し,原告は,本件架電でのやりとりについて,原告としては,C
元教授が建築材料実験を担当することに反対する動機はなく,C元教授が講
義を担当することを前提に原告がした発言を,C元教授が誤解したにすぎな
いと主張する。
しかしながら,仮に,原告が,C元教授において建築材料実験を担当する
ことを了解し,それを前提としていたのであれば,平成19年1月17日の
建築学教室の教室会議でC元教授に委嘱する旨を知ったその日の夜に,それ
ほど密な親交関係にないC元教授に直接電話までして,長時間にわたり事情
を確認して意見を述べるまでの必要性があったとは考え難い。他方,原告が,
本件架電において被解雇教員に言及していることや,原告は,本件組合委員
長として,被告による教員の大量解雇に反対し,撤回を求める活動をしてい
たこと,原告は,それ以前にも,教授会において,C元教授の建築材料学の
担当を巡り,その委嘱までの手続を問題視して,異議を述べたことがあった
こと等からすれば,原告は,建築学教室の承認なく,C元教授が建築材料実
験を担当することに決まったことに憤慨し,そのような対応をとった被告側
への反発や抵抗意識等から,C元教授に対し,非常勤講師を受けないよう直
接働きかける目的を有していたことは十分に考えられる。
また,本件架電の内容に関するC元教授の陳述(乙13,16,18)は,
相当に具体的で一貫しており,被告と継続的な雇用関係になく,直接的に利
害関係があるともいえないC元教授が,本件架電についてあえて虚偽の事実
関係を述べるとは考え難いことからして,同陳述の信用性は高いと考えられ,
本件架電の際のやりとりは,基本的にC元教授の陳述に基づいて認定するこ
とができるというべきであり,これに反する原告の供述等は採用しない。こ
の点,原告は,C元教授との間で年賀状のやりとり(甲57)等の親交があ
り,本件架電での事実確認が許される関係であった等と主張するが,原告と
C元教授は,夜間に電話でやりとりし合う関係にはなかったのであり(乙1
6,原告本人),本件架電によりC元教授が抱いた不快感等からして,本件
架電が,大学教員である原告と非常勤講師であるC元教授との関係において,
通常なされるような内容,態様のものであったとは考えられない。
そうすると,本件架電は,原告が,I学長らが委嘱した非常勤講師である
C元教授に対し,その担当能力や必要性に疑問を呈し,さらには,C元教授
が非常勤講師として科目を担当することで,被解雇教員の復職を困難になる
といった事情を述べるもので,それを聞いたC元教授としては,自らが非常
勤講師を担当することが,建築学教室の意向に合わず,原告ら教員にとって
望ましいものでないと認識するとともに,原告の発言に違和感,不快感を抱
き,一旦は引き受けた非常勤講師を辞退することを決めたものであり,被告
大学が本件架電当時,非常勤講師の確保に困難を来していた事情や,原告が
非常勤講師の委嘱について直接の権限を有する者ではなかったこと,原告は,
本件架電以前に,F教授に詳しく事情を追及したり,I学長やH教務部長に
事実確認することなく,直ちにC元教授に連絡しており,本件架電を通して
非常勤講師を辞退する旨を申し出るようになったC元教授に対しても,それ
を慰留するような態度には何ら出ていないことからすれば,原告が本件架電
をしたこと及びその結果は,原告の被告大学における教員としての正当な権
限行使の範囲を超えているというべきである。そうすると,原告が本件組合
委員長として,被解雇教員の復職を目指すべき立場にあったことや,原告が,
平成18年10月の教授会において,非常勤講師の委嘱について付帯条件が
付されたと誤解していた可能性があることを考慮したとしても,C元教授に
対して上記認定のような発言をしたことは,被告大学における非常勤講師の
委嘱を妨害する可能性のある行為であったことは明らかであり,行きすぎた
問題行動というべきである。
そして,上記認定によれば,C元教授が非常勤講師を辞退した後,建築学
教室で再度検討した結果,建築学教室として改めてC元教授に依頼すること
となり,最終的にはC元教授の了解が得られ,当初の予定に従って,建築材
料実験が開講されたと認められ,本件架電により,建築材料実験の開講が不
可又は遅延する事態は避けられているが,被告大学としては,当初はC元教
授に決まった建築材料実験の開講通知を一旦は取り消さざるを得なくなった
上,非常勤講師となるC元教授の感情を害し,被告大学としてその対応を要
したほか,本件架電後には,被告大学教員が改めて,C元教授に非常勤講師
を依頼し,了解を得る必要があったことなど,本件架電の結果として,被告
及び建築学教室が本来必要のない負担を要したことは軽視できない。
そうすると,被告の内部規定では,非常勤講師選任の手続として,新規の
非常勤講師は,当該学科で選考し,教授会の承認を得ることになっていた
(甲33,34)としても,建築材料実験に関する当時の被告大学の状況か
らすれば,学生の卒業のためには建築材料実験の開講が必要な一方で,建築
学教室は具体的人選に積極的に協力する態度に出ていなかったことからして,
通常の学科と教授会との円滑な協力関係を前提とする上記規程を形式的に適
用することが困難な状況といわざるを得ず(乙19,20),平成18年1
0月の教授会における議論(甲22)があったとしても,それらが尊重され
ないことを理由に,教授会での議論の具体的内容,経緯などは詳細に知り得
るはずもないC元教授に対し,直接電話して,威圧的な発言をし,暗に辞退
を促すような指摘をした原告の対応は,軽率であり,被告の就業規則(甲
2)にいう「職務上の権限を超え又は権限を濫用して専断的な行為をするこ
と」(42条2号)又は「教員としてふさわしくない行為をすること」(同
条10号)に当たるものであり,懲戒の対象となり得る非違行為というべき
である。
しかしながら,本件架電について原告に上記のような問題があったとして
も,それを理由に懲戒解雇という強度の懲戒処分を選択することが許容され
るか否かは別途の検討が必要である。
そして,本件では,上記認定のとおり,本件架電により,C元教授は一旦
は非常勤講師を辞退したものの,最終的には,再度の説得に応じ,建築材料
実験は予定どおりに開講されたこと,原告が本件架電をした動機は,建築学
教室の担当科目に関する非常勤講師の委嘱について,建築学教室の意向が全
く反映されなかったことを理由とするもので,その動機自体は,教授会にお
ける従前の議論からすれば,不合理なものとはいえず,むしろ原告が本件架
電を要したのは,I学長らが,建築学教室の意向を確認することなく,C元
教授に建築材料実験の非常勤講師を委嘱することとし,F教授も,この件を
原告ら建築学教室に事前に説明しなかったのみでなく,事後的にも何ら説明
に応じなかったことが大きく影響していると考えられ,その点では,I学長
やF教授の不十分な対応も,相当に影響していると考えられること,本件架
電の中で,穏当を欠く言動が原告にあったことは上記認定のとおりであるが,
脅迫行為や名誉毀損行為にまで及んでいるものではなく,原告の被告大学教
員及び本件組合委員長としての立場からすれば,興奮した原告がC元教授に
対して不適切な発言をしたことは,何ら理由のないものとはいえないこと,
本件架電は一回限りのものであり,その他,原告には,本件解雇以前に,被
告において懲戒処分を受けたことはなく(原告本人),本件架電以前にも,
被告大学の教員大量解雇による学生への影響を軽減するため,平成18年度
後期には,被解雇教員に代わって科目を担当するなど被告大学への貢献も認
められること(甲27,証人H,原告本人),被告大学の学長や建築学教室
の教員が,本件解雇以前に,原告の懲戒解雇を特に要望した事実も認められ
ないこと(甲14,証人I)等を勘案すれば,本件架電後の被告からの事情
聴取に対し,原告が反省や謝罪の態度を示していなかったことを考慮しても,
本件架電のみを理由に直ちに懲戒解雇とすることは,処分として重きに失し,
非違行為と処分との均衡を欠くものというほかない。
そうすると,本件架電については,原告に,被告大学教員として,懲戒の
対象となる非違行為があったとはいい得るものの,懲戒処分として最も重く,
労働者としての地位を直ちに剥奪する懲戒解雇が相当な処分とは到底いえず,
本件架電の事実のみで,原告を懲戒解雇とすることは,被告の懲戒権の濫用
であり,許容されないものといわなければならない。
4マスコミへのリークの問題について
被告は,原告が,教授会の議事内容をマスコミにリークし,被告大学を混
乱させ,学生募集停止を余儀なくさせたと主張する。
この点,証拠(乙3ないし5)によれば,平成18年6月26日から同月
28日までの3日間に,新聞紙面に,被告大学の学部改組に関する記事が掲
載されたこと(以下,これらの記事を「本件新聞記事」という。),本件新
聞記事のうち,平成18年6月26日付け紙面には「A大工学部廃止検討」
「定員割れで学部を再編」「名称も「純真大」に」との見出しの記事が,同
月27日付け紙面には「A大学再編」「教授会開催できず」「反対派「時間
切れ」懸念」等の見出しの記事が,同月28日付け紙面には「再編を一部断
念」との見出しの記事がそれぞれ掲載されたことが認められる。
そして,本件新聞記事には,被告大学の学生募集停止の方針や工学部の廃
止を検討していたこと,文系学部の新設を断念したことが記載されているほ
か,被告大学教員の対応として,上記のような被告の方針に教職員らは反発
していることや,工学部廃止には教員の強い抵抗があることが記載され,被
告大学が教授会を開催できなくなっていたことや,平成18年4月以降の教
授会の審議状況,教員側が,理事会や学長の意向に反発して,独自に教授会
メンバーが集まり,会合を開いて決議したことや,学長の解任を求めたこと,
学部改組の断念の理由について,被告理事会側は,新聞報道されたことが理
由である旨コメントし,教員側は,それに反発するコメントを出したこと等
が記載されていると認められる。
以上の認定及び証拠(甲5の2,6の1,27,51,59,乙2,6,
7,原告本人)により認められる,本件新聞記事の掲載当時における被告大
学改組に関する理事会と被告大学教授会の協議状況等からすれば,本件新聞
記事は,被告大学として積極的に公表できる段階の内容ではなく,また,学
生募集停止の方針など被告大学内で方針が確定していない事項について,あ
たかも方針が確定したかのような報道がされており,本件新聞記事には,被
告大学における当時の客観的状況に合致しない内容も含まれていたと認めら
れる。さらに,本件新聞記事は,被告大学の改組に関する理事会の方針に教
員が反発し,さらに教授会が正常に機能せず,分裂した状態になっているこ
とをうかがわせるなど,被告及び被告大学の信用を低下させ,被告大学の教
育体制に不安感を抱かせるに十分な内容といえるものである。
そうすると,本件新聞記事の内容は,被告大学にとって不利益となる可能
性が高いものである。
その上で,被告は,本件新聞記事の内容をマスコミにリークしたのが被告
大学教員,とりわけ原告であると主張するが,本件証拠に照らしても,本件
新聞記事について,原告が教授会の議事内容を違法又は不当に漏洩した結果
であると認定することは困難といわなければならない。
この点,確かに,上記認定の本件新聞記事の内容,とりわけ平成18年6
月27日付け記事(乙4)及び同月28日付け記事(乙5)では,被告大学
教員がマスコミの取材に対応して発言した具体的内容が記載されていること,
教授会と学長との具体的なやりとりについて詳細に記載されていること等か
らすれば,本件新聞記事の取材源として,被告大学教員が何らかの関与をし
ていることがうかがわれる。
しかしながら,本件新聞記事はその取材源を特定しているものではないし,
被告において,リークした被告大学教員が原告であると特定できてはいない
(甲59,乙2,証人H,同I)。そして,原告本人は,本件新聞記事が原
告のリークしたものではないと供述等しており(甲51,原告本人),本件
全証拠によっても,原告が本件新聞記事に関する情報をリークしたと認める
に足りない。
そもそも,本件新聞記事が掲載された当時は,被告大学の改組計画を巡っ
て関係者の利害が対立している状態であり,マスコミにおいて必要な取材を
行った上で(上記26日付け記事等では,現に理事会側が取材を受けたこと
がうかがわれる。),これを記事にしたことも十分考えられ,本件新聞記事
が,被告大学教員からの一方的なリークに基づくものと即断することはでき
ない。
したがって,本件新聞記事に関し,原告が違法又は不当なリークを行った
ものであると認めることはできない。さらに,本件新聞記事が掲載された時
期やそれ以前の被告大学改組に関する状況からして,本件新聞記事が,被告
大学の改組計画を断念することになった主原因であるとも認められない。そ
うすると,本件新聞記事を理由に,被告が原告を不利益に取り扱うことは,
合理的理由がなく,本件解雇の理由になるものとは認められない。
これに対し,被告は,原告が本件組合委員長として,マスコミとの窓口に
なっていたから,原告がこのマスコミへのリークに関与していたことは明白
であると主張するが,本件新聞記事について,原告が漏洩又は関与していた
と認めるに足りる証拠がないことは上記判示のとおりであり,証拠(甲47,
48,原告本人)によれば,原告は,本件新聞記事以前にマスコミの取材に
応じた場合には,自らの氏名を明らかにして取材に応じていたと認められる
ことからしても,被告の主張は採用できない。
被告は,原告の学会での研究発表内容(乙21の1・2)を問題にするが,
これにより,本件新聞記事に関する原告の違法又は不当なリークが推認され
るとはいえない。
以上によれば,本件解雇の理由としてマスコミへのリークの問題を挙げる
被告の主張は,その主張の前提となる原告によるリーク自体が認められず,
本件解雇の理由となり得ないものである。
5本件解雇の解雇理由に関する評価(違法性)
以上,2ないし4までの上記各判断を前提にすると,被告が本件解雇の理由
として主張する事実のうち,原告による非違行為として認定できるのは,本件
架電のみであり,本件架電についても,その事実関係をもって懲戒解雇を基礎
付けるものとは認められない。
したがって,被告が本件解雇をしたことは,解雇を基礎付ける根拠を欠くも
のであり,解雇権の濫用として,違法無効なものと認められる。
6本件解雇の適正手続違反について
原告は,本件解雇に先立ち,原告には被告から弁明の機会が与えられず,
本件解雇は適正手続を経ておらず,手続違反があると主張する。
この点,証拠(甲11,27,乙14,15,証人H,同I)によれば,
被告では,本件架電に関しては,平成19年2月,被告理事会からの要請が
あり,調査委員会を設置し,I学長,M元学長,H教務部長等がその構成員
になったこと,調査委員会は,原告に対し,平成19年2月7日,本件架電
に関する事情聴取を行ったこと,その事情聴取は,調査委員会の質問に対し
て,原告が結論をイエス・ノーで簡潔に答えることを基本とする形で行われ
たこと,この中で,原告は,平成18年10月の教授会における付帯条件に
ついて言及することがあったこと,調査委員会は,原告からの事情聴取の内
容も踏まえ,事実関係をまとめた報告書を作成し,被告理事長に提出したこ
と,G理事は,同月15日,原告と面談し,本件架電に関する件について,
改めて原告の意向を確認したこと等が認められる。
そうすると,被告では,本件解雇に先立ち,被告が直接の解雇理由とした
本件架電の件については,調査委員会が原告から事情を聴取し,弁明の機会
を与えたと認められるので,本件解雇に先立つ手続において,原告に弁明の
機会を与えなかったとの違法があったとは認められない。
この点,原告は,調査委員会の事情聴取は,原告に結論の回答のみを求め,
自由な発言を許すものでなかった,G理事との面談は,G理事が自らの考え
を一方的に述べるものであった等と主張し,原告には実質的に弁明の機会が
与えられなかったというが,証拠(乙14,15,証人H,同I)によれば,
調査委員会は,原告に対し,本件架電に関する事実関係についての原告の言
い分は確認しており,原告の弁解する本件架電の内容とC元教授の説明では
事実関係についての言い分が異なることを認識した上で,上記報告書を作成
したと認められ,原告には,本件架電に関する事実関係について否認し,原
告の考えを示す一応の機会は与えられたといえる。この点,原告に完全に自
由に発言する機会を与えなかった(甲27,証人I)としても,それのみに
より弁解の機会を付与しなかったと評価されるものではない。また,G理事
との面談においても,原告は,本件架電について自らには落ち度,責任がな
い旨を発言していると認められ,そうすると,原告の発言についてG理事が
何ら理解を示さなかったとしても,原告の言い分自体は表明する機会が与え
られていたといい得るものである。
その他,原告が主張する,調査委員会の報告書が証拠として提出されてい
ないことや,本件解雇を決定した被告理事会の議事録が証拠として提出され
ていないことは,いずれも本件架電を理由とする本件解雇の手続違反を直ち
に推認させるものとはいえない。
しかしながら,被告は,本件解雇の理由として,本件架電のみならず,そ
れ以外の原告による非常勤講師の委嘱に関する積極的妨害行為及びマスコミ
へのリークの問題を挙げるところ,これらの事実については,本件解雇に先
立ち,被告が,原告に対し,弁明の機会を与えたと認めるに足りる証拠はな
い。
逆に,証拠(甲11,38,証人H,同I)によれば,調査委員会は,も
っぱら,本件架電に関する事実関係を確認するために原告から事情聴取を行
ったのみで,それ以外の事実関係については何ら聴取していないこと,その
後,G理事が平成19年2月15日に原告と面談した際にも,本件架電以外
の件には話が及んでいないこと,逆に,本件解雇後の同年3月14日の団体
交渉の場において,原告は,本件架電以外の事実が本件解雇の理由になって
いるとは聞いていない旨繰り返し述べており,それに対し,G理事は一応否
定する発言はするものの,明確な反論はできない態度に終始していることが
認められる。
そうすると,被告は,本件架電以外の原告の積極的妨害行為及びマスコミ
へのリークの問題についても,本件解雇の解雇理由と主張しながら,一方で,
本件架電以外の解雇理由については,本件解雇以前に,原告に弁明の機会を
付与していないと認められ,また,証拠(甲27,51,原告本人)によれ
ば,原告はこれらの解雇理由のいずれについても,その事実関係を争う立場
にあったのであるから,この点に関する被告の懲戒解雇手続は違法である。
7本件解雇の不当労働行為性について
以上のとおり,本件解雇は被告の解雇権の濫用として違法無効と認めるべ
きものであるが,原告はさらに,本件解雇は,原告が本件組合委員長であり,
かつ,本件組合が教員の大量解雇の撤回等を求める組合活動をしたことを理
由にされたものであり,不当労働行為に当たると主張する。
この点,争いのない事実及び証拠(甲4,5の1ないし16,6の1ない
し4,7,8,9の1ないし3,12,13の1ないし3,19,20,2
2,27,51,59,乙1,2,12,14,15,証人H,同I,原告
本人)によれば,本件解雇に至るまでの事実経過として,以下の事実が認め
られる。
ア被告理事会は,平成18年度における被告大学の募集学生数の定員割れ
等の事態を受け,平成18年4月,被告大学工学部を理工学部にし,他に
文系学部を設置するという大学改組案を教授会に提出し,また,その後,
理工学部を生命理工学部へ変更する等の複数の改組案を提案した。被告大
学教授会は,この提案に直ちには応じず,同年5月以降,次第に反対する
ようになり,教授会自体が正常に開催されない状態となった。
本件組合は,同年6月5日から,B学園の理事会に団体交渉を申し入れ
たが,同理事会はこれに応じなかったため,本件組合と被告理事会は対立
関係になった。
被告理事会は,結局,同年6月末,被告大学の改組を断念した。
また,被告大学の大学改組を巡る理事会と教授会の対立については,同
年6月26日以降,新聞紙上で報道されるようになった。
イ被告大学は,同年7月末ころ,平成19年度の学生募集停止を決定した。
ウ平成18年7月11日開催の臨時教授会において,当時の被告大学学長
であるM元学長から,教授会が正常化するまで,大学教員のみ夏期賞与の
支給を保留することが理事会で決定された旨報告された。また,同月27
日開催の教授会において,M元学長から,同月24日の理事会で,平成1
9年度の学生募集を停止することが決定された旨の報告があった。そこで,
本件組合は,学生の募集再開を求める活動を行った。
エ被告大学は,平成19年度の学生募集停止決定を受け,被告大学教員を
解雇することとし,被解雇教員が後期授業で担当予定の科目については,
残留教員や非常勤講師を委嘱することにより対処しようと考えた。
そして,被告は,平成18年8月25日から同年9月5日までに,被告
大学の合計20名の教員に対して解雇予告通知をした。
オ本件組合は,これを受けて,被告理事会と団体交渉を行い,また,裁判
支援活動及び署名・街頭ビラ配布活動等を行い,被告大学教員の解雇の撤
回を求める活動を行った。
これにより本件組合は,被告理事会との緊張関係を一層深めていった。
カ本件組合は,G理事等との間で,平成18年8月23日,同年9月5日,
同月15日,団体交渉を行い,被告大学の学生募集停止や教員の大量解雇
の問題について協議した。本件組合は,教員の大量解雇の理由の説明や解
雇の撤回を求めたが,G理事と意見が対立し,紛糾する状態になることが
あった。
キ被告大学では,教員の大量解雇後,被解雇教員に代わる非常勤講師が必
要となり,被解雇教員や他大学の教員等に対し,非常勤講師への就任を打
診したが,一旦承諾した教員もその後辞退するなど,なかなか成果は得ら
れなかった。I学長らは,非常勤講師の獲得につき原告ら本件組合の関係
者が妨害していると考え,開講直前まで,非常勤講師の担当者を秘匿する
ようになった。
ク本件組合は,平成19年2月18日,福岡市中央区天神の街頭において,
被告大学教員の解雇撤回,地位保全の仮処分の早期決定を求める街頭署名
及びビラ配布活動を行い,翌19日,上記活動がテレビ及び新聞に報道さ
れた。
ケ原告は,同月15日,G理事と面談し,その際,G理事は,本件架電に
ついて原告から事情を聞き,謝罪するよう勧めたほか,原告や本件組合の
活動について批判的な発言をした。
コ本件解雇は,同月19日,G理事が原告に対して直接伝える方法により
なされた。
以上の認定によれば,本件解雇以前から,被告理事会と被告大学教授会及
び本件組合は厳しく対立しており,特に,被告理事会が,被告大学教授会の
了解なく,学生募集停止を決定した以降は,理事会側と教授会側との対立は
著しいものとなり,理事会側は,被告大学教員を大量解雇し,教授会側との
間で,被告大学の在り方について協議,検討する姿勢を示すことはなかった
一方,教授会側も,本件組合を中心として,理事会側の対応を厳しく糾弾し,
学外での活動を展開するなど,理事会側に対しては厳しい対立姿勢で臨んで
いたと認められる。
そして,上記認定の原告や本件組合と被告との関係からすれば,原告が本
件組合委員長の地位にあり,被告理事会との交渉等を直接担当する立場であ
ったほか,本件組合の活動についてイニシアティブをとるべき立場にあった
こと,被告が,非常勤講師の確保等に関する本件組合や原告の姿勢,対応を
快く感じていなかったことは容易に推察されるところであり,被告が,原告
や本件組合に対して悪感情を有していた可能性は高いと考えられる。
しかしながら,被告が原告に対してした本件解雇に関しては,上記判示の
とおり,本件架電の件を直接の契機として,被告が調査委員会を設け,原告
からの事情聴取を含む事実調査を行った上で,懲戒解雇とすることを決定し
たものであり,被告では,教職員を懲戒解雇する場合に必要な手続は一応履
践されていたと認められるほか,本件架電自体は,被告大学教員のとった行
動として,相当に軽率であり,問題のあるものであったことは,上記3で認
定のとおりである。
そうすると,被告が本件架電等を理由として原告を懲戒解雇としたことは,
上記5で認定のとおり,解雇権の濫用と認めるべきものであるとしても,明
らかに何らの根拠もないものとはいえず,解雇権の行使の前提となる一応の
根拠事実はあったといえる。
さらに,上記判示のとおり,本件解雇以前から,本件組合又は原告と被告
理事会は,厳しい対立関係にあったが,本件解雇については,原告が組合員
であることから特に懲戒の対象としたであるとか,実質的には本件組合の組
合活動を理由にしたものであると認めるに足りる証拠はないというべきであ
る。
この点,上記認定及び証拠(甲9の1ないし3,10,11)によれば,
被告側,特にG理事は,本件解雇以前から,原告及び本件組合に対し,穏当
でない態度や言動に出ることがあり,また,被告理事会側は,本件組合の団
体交渉の要求に対して直ちに応じることはなかったことが認められるが,本
件解雇は,その直接の主たる原因は,平成19年1月17日の本件架電であ
り,被告が本件解雇に先立ち,本件解雇の実質的理由が原告や本件組合の組
合活動を理由とするものであることをうかがわせるような言動をとったと認
めるに足りる証拠はない。
これに対し,原告は,G理事が,組合敵視・組合排除の言動を繰り返すな
ど不当労働行為意思を露骨に表したと主張するが,仮に,G理事にそのよう
な意向があったとしても,本件解雇自体は,G理事の単独の意思のみで決定
されたものではなく,被告としての判断でされたものと考えられ,G理事の
本件組合に対する悪感情が発現した結果と直ちに認めることはできない。
また,原告は,G理事が,団体交渉の席上で,原告の解雇を意識した発言
を行ったと主張するが,証拠(甲9の2)によれば,原告の指摘する,G理
事の「意図的であれば,委員長を最初に解雇する」との発言は,被告が行っ
た被告大学教員の大量解雇について,本件組合の組合員を意図的に対象にし
たものではなく,不当労働行為ではないことを説明する趣旨で発言されたも
のにすぎず,その時点では,原告に対する懲戒解雇が既に決定されていたと
も考え難いことからして,本件解雇が,本件架電以前から既に決定されてい
たとも認められない。
なお,G理事は,平成19年2月15日,本件解雇に先立ち,原告と面談
しており,その際の発言内容(甲11)からすれば,G理事が,本件組合の
活動や本件組合と被告との対立関係について,苦言や見直しを求める趣旨の
発言をしていたとは認められるものの,本件組合の活動や原告の本件組合委
員長としての立場と,本件架電の件やそれによる懲戒解雇を直ちに結びつけ
て話をしているとまでは認められない。
さらに,原告は,本件解雇が,本件組合が教員の大量解雇の撤回を求める
街頭署名・ビラ配布活動を行い,翌日にマスコミで大きく報じられたのと同
日になされたことを理由に,本件解雇前日の本件組合の活動を理由として行
われたものである旨主張するが,本件解雇に先立っては,平成19年2月7
日に調査委員会が原告を事情聴取し,同月15日には,G理事が原告と面談
するなどしていたのであり,被告では,本件解雇以前の時期から,本件架電
を理由として原告に対する懲戒処分をすることを念頭に置いた手続が進めら
れていたといえ,本件解雇が,本件解雇の前日の本件組合の街頭署名・ビラ
配布活動を理由としてされたものとも認められない。
その他,原告が主張する本件解雇後の事情や,被告の他の学校での紛争等
の事情によっても,本件解雇が,実質的には,原告が本件組合委員長である
ことや,本件組合の活動を理由としてされたものであると認めるまでの証拠
はなく,本件解雇については,上記3で認定のとおり,原告が本件架電をし
た行為及びその後の原告の態度を重くみた被告が,処分との均衡等に慎重に
配慮することなく,懲戒解雇を決定したにすぎないものであり,被告のこの
ような性急な判断の背景としては,それ以前の原告又は本件組合と被告との
厳しい対決関係があったとしても,本件解雇自体は,原告の具体的言動を捉
えてなされたものとみるのが自然であり,被告の不当労働行為意思に基づい
てされたものとまでは認められない。
したがって,本件解雇が不当労働行為であるとの原告の主張は,採用でき
ない。
8以上の認定によれば,本件解雇は,被告の解雇権の濫用として違法無効なも
のであり,被告は,本件解雇以降も,被告における労働者としての地位を有す
ることになる。
そうすると,本件解雇後に,原告が被告において現実に就労を提供すること
ができないのは,被告が違法な本件解雇を行い,原告の労務の提供を拒絶して
いる結果と認められるから,原告は,本件解雇以後も,被告との間の雇用契約
に基づく賃金請求権を有することになる。
9もっとも,原告は,遅くとも本件口頭弁論終結日である平成21年4月13
日までには,被告の就業規則(甲2)に基づく定年退職時期を経過していたこ
とは,当事者間に争いがない(原告も,その前提で,退職金請求をしてい
る。)から,被告における地位確認を求める原告の主張は理由がない。
また,原告は,本件解雇後,被告を定年退職となり,その地位を喪失する平
成21年3月末までの間(原告の定年退職時期についての判断は,後記11のと
おりである。),被告に対して賃金請求権を有することになり,証拠(甲2
5)によれば,この期間中の原告の賃金額は,本件解雇時の直近の賃金額であ
る月額56万1430円と認めるのが相当である。
そこで次に,本件解雇が無効であることから,原告の本件解雇後の賞与請求
権及び退職金請求権が認められるかが問題となる。
10争点②(賞与請求権の有無)について
原告は,無効である本件解雇の後から原告の定年退職時期までの賞与請求
として,平成19年夏期・冬期及び平成20年夏期・冬期の賞与支給を請求
し,原告には,被告大学の教員たる地位に基づき,他の被告大学教職員と同
一の支給率による賞与請求権があると主張し,これに対し,被告は,上記各
賞与の支給について,被告理事会が決定した被告大学教職員に対する賞与支
給率の決定には,原告に対する支給の意思が含まれていない等として,支給
義務自体を争う。
この点,証拠(甲2,61)によれば,被告の本件解雇当時の就業規則は,
「教員の給与及び退職金について,その決定,計算及び支払い方法その他必
要な事項は,別に定める給与規程及び退職金規程による。」と規定しており,
被告の給与規程は,賞与について,以下のとおり,規定していることが認め
られる。
「賞与は,学園の予算を勘案して7月1日,および12月1日(これらの日
を基準日という)にそれぞれ在職する職員に対して,7月,および12月
に支給する。
②賞与の算定基礎額は,基本給,および役職手当の月額の合計額とする。
③賞与は,前項の基礎額に,理事会で決定した支給率を乗じて得た額と
する。」
以上の給与規程の定めによれば,被告の被告大学教職員に対する賞与支給
は,理事会が決定した支給率により変動し得るものであるが,理事会は,各
教職員の算定基礎額に乗ずる支給率を決定することのみが予定されており,
個別の査定により教職員ごとに裁量的支給をすることは予定されていないと
認められる。
また,弁論の全趣旨によれば,平成19年及び平成20年の被告大学教職
員に対する賞与は,一律の支給率による支給がなされたとの原告の主張に対
し,被告がこれを具体的に争う主張をしていないことが認められ,そうする
と,被告は,平成19年及び平成20年の被告大学教職員に対する賞与につ
いて,教職員ごとに個別に査定して,支給率等に差異を設ける運用は行って
いなかったと認められる。
したがって,被告においては,被告大学教職員に対する賞与の支給に当た
り,その支給率の決定については,相当に広範な裁量を持ち得るものといえ
るが,一旦決定した支給率については,被告大学の各教職員に対して一律に
適用することが予定され,そのような運用が採られていたと認められる以上,
これと異なり,特定の被告大学教職員についてのみ別の扱いとすることには
相応の合理的根拠と必要な手続を経ることが必要と解するのが相当である。
そして,弁論の全趣旨によれば,被告理事会は,平成19年夏期・冬期及
び平成20年夏期・冬期の各賞与の支給に関し,夏期については1.5,冬
期については2.0の支給率とする決定をしたと認められるところ,その理
事会決定に際し,明示的に原告を支給の対象から外すことを合意又は決定し
ていたと認めるに足りる証拠はない。したがって,上記8で認定のとおり,
本件解雇が無効であって,原告が被告大学教員としての地位を継続している
以上,被告が原告に対してのみ賞与支給を拒絶する理由はないというべきで
ある。
これに対し,被告は,被告理事会の決定には,原告に対する賞与支給の意
思は含まれていないと主張するが,理事会でそのように明示的に決定したと
は認められないことは上記判示のとおりであり,仮に,理事会が黙示的にそ
のような意思決定をしたとしても,もとより賞与支給に関する使用者の裁量
は無制約のものではなく,その支給に関する判断が合理性を欠き,労働者の
賞与請求権を不当に侵害したり,労働者間に不合理な差別を生じさせるもの
と認められる場合には,裁量の範囲を逸脱したものとして,違法無効の評価
を受けることがあるというべきであり,本件についても,上記認定のように,
本件解雇以前に原告に問題行動があったとしても,それに対して被告は許さ
れる裁量を逸脱した違法な本件解雇を行ったのであり,その結果として,原
告が被告から就労を拒絶され,著しい不利益,損害を被ったことにかんがみ
れば,本件解雇後の平成19年夏期・冬期及び平成20年夏期・冬期の各賞
与について,被告が,本件解雇を理由として,原告に対する支給を拒絶する
ことは,著しく信義に反する態度であり,許容されないというべきであって,
また,その手続においても,黙示的に不支給を決定したと認めるに十分な事
情は認められない。
この点,平成19年夏期・冬期及び平成20年夏期・冬期の各期間につい
て,原告がそれ以前に被告から本件解雇をされた以上,原告は被告において
現に労働を提供しておらず,その結果として,被告が原告の勤務状況等を査
定・評価することはなかったことは明らかであるが,上記のような被告にお
ける賞与支給に関する規程の内容や従前の運用からすれば,賞与支給につい
て,各教職員に対する個別の査定・評価を要するとはいえないのであり,被
告大学教職員は,特段の事情がない限り,その地位にある以上,被告理事会
の定める支給率に基づく賞与支給権があるというべきであり,被告が違法な
本件解雇を行った結果として,原告に現実の就労の機会が与えられず,原告
が現実の労務の提供をできなかったことは,上記特段の事情には当たらない
というべきである。
なお,証拠(甲62)によれば,被告において平成19年4月から実施さ
れたとする新しい給与規則(甲62)により,賞与に関する規定は削除され,
同様の性格を有する手当として,勤勉手当が設けられていること,勤勉手当
の支給については,基礎となる月額合計額に,勤務成績に応じて理事長の定
める率を乗じて得た金額を支給するとされていること,勤勉手当は,職員の
在職期間や欠勤日の数により,職員ごとに変動することが予定されているこ
とが認められる。しかしながら,本件解雇後になされたという被告の上記規
定の変更については,その変更の有効性や原告に対する適用関係を認めるべ
き的確な証拠がない上,仮に,被告において平成19年4月から新しい給与
規則が適用され,賞与に代わって勤勉手当が支給されることになっていたと
しても,上記認定によれば,被告大学では,平成19年夏期以降も,教職員
ごとの区別なく一律の支給率による賞与(勤勉手当)が支給されていたこと
になり,教職員別に勤務成績による個別の査定等がされるように運用が変更
されたと認めるに足りる証拠はない。そうすると,平成19年4月以降につ
いても,被告における賞与(勤勉手当)の趣旨,支給実態は,それ以前と変
わるものではないと考えるほかなく,給与規則が改定され,勤勉手当に名称
が変更されていたとしても,それで被告における一時金の性格が変じたとは
いえず,原告の賞与請求権を否定すべき事情に当たるとは認められない。
以上によれば,原告は,平成19年及び平成20年の夏期・冬期の各賞与
について,他の被告大学教職員と同様の支給率により算定される賞与請求権
を有すると認められる。
そして,被告大学教職員について,被告理事会が決定した平成19年夏期
・冬期及び平成20年夏期・冬期の各賞与の支給率は,夏期が1.5,冬期
が2.0であったことは上記判示のとおりであり,被告の給与規程に基づき
原告について算定した賞与額が,夏期について各81万3600円,冬期に
ついて各108万4800円となることは,当事者間に争いがない(被告も,
その算定式と金額自体は争わない。)。
したがって,原告は,被告に対し,雇用契約に基づき,平成19年及び平
成20年の夏期の賞与として各81万3600円,平成19年及び平成20
年の冬期の賞与として各108万4800円の各賞与請求権を有することに
なり,証拠(甲61,62)によれば,その支給は,夏期賞与については7
月中に,冬期賞与については12月中にされるべきものと認められるから,
原告についてこれら各賞与が支給されることなく上記期日を経過した8月1
日及び翌1月1日から,原告の請求する民法所定の年5分の割合による遅延
損害金の支払請求権を有することになる。
11争点③(退職金請求権の有無)について
原告は,無効である本件解雇の後に,定年退職時期が経過したとして,退
職金を請求するところ,原告の定年退職時期については,当事者間に争いが
ある。
この点,証拠(甲2)によれば,本件解雇当時の被告の就業規則で定める
定年年齢は,満63歳と認められ,原告についてみれば,定年に達した日の
属する学年度の終了日である平成21年3月31日が定年退職日と認められ
る。
これに対し,被告は,本件解雇後に,被告の定年規則を改定したと主張し,
改定後の定年規則を適用した結果,原告の定年退職日は平成20年3月31
日になると主張する。
しかしながら,定年年齢の引下げは,被告大学の教職員にとっては労働条
件の不利益変更に当たるものであり,その有効性が肯定されるためには,労
働者の同意か,それに代わる合理性の要件(規則の変更手続が履践され,変
更後の規則の内容に合理性があること)を充足することが必要である。
本件では,就業規則の変更に必要な手続が履践されたと認めるに足りる十
分な証拠はなく,証拠(乙24)によっても,被告が主張する定年年齢引下
げは,平成19年4月1日から実施されるものである(乙22)にもかかわ
らず,被告の従業員代表からの意見書(乙24)は,その後の同月23日に
提出されたものであり,かつ,同意見書には,定年年齢引下げに関する記載
が一切されていないことからして,同意見書の求意見の対象に定年年齢引下
げの問題が含まれていたか否か明らかでないなど,被告において定年年齢引
下げのための規則改定に必要な手続が履践されたと認めるに十分ではない。
その他,被告は,定年年齢引下げについて,全教職員に対する説明をした,
コピーを配布した等と主張するが,これを裏付けるに足りる証拠を何ら提出
しない。
また,被告は,他の企業における定年年齢の実情を示して(乙23),被
告の定年年齢引下げに十分な相当性があると主張するが,他の企業との比較
や定年年齢引下げの必要性のみから,定年年齢引下げの効力が直ちに肯定さ
れることにならないのはいうまでもない。
以上によれば,被告における原告の定年退職日は,平成21年3月31日
と認められる。
そして,その退職日を前提に,被告の退職金規程に基づいて計算した退職
金額が1887万8400円となることは,当事者間に争いがなく,また,
証拠(甲60)によれば,その支払は,平成21年4月30日限りでなすべ
きものと認められる。
したがって,原告は,被告に対し,雇用契約に基づく退職金請求権として,
被告の退職金規程に基づく退職金1887万8400円と,その支払うべき
日の翌日である平成21年5月1日から,原告の請求する民法所定の年5分
の割合による遅延損害金の支払請求権を有することになる。
12争点④(不法行為の成否及びその損害額)について
原告は,本件解雇について,被告が,何らの懲戒解雇事由がないにもかか
わらず,不当労働行為意思に基づいて懲戒解雇に及んだもので,原告に対す
る不法行為を構成すると主張する。
この点,被告による本件解雇に裁量の逸脱があり,解雇権の濫用と認める
べきことは上記判示のとおりであり,上記認定によれば,被告には,本件解
雇の根拠とした判断に明らかな事実誤認と評価の誤りがあること,本件解雇
は,被告の主張する複数の解雇事由を前提とすると,懲戒解雇に至る原告へ
の弁解の機会付与が不十分であり,手続上の違法も認められること,本件解
雇以前から,原告が委員長を務める本件組合と被告理事会が,被告大学の改
組や被解雇教員に対する解雇撤回を巡って,厳しい対立状態にあったことか
らすれば,本件解雇は,上記のとおり,不当労働行為と認められるものでは
ないとしても,被告が,本件組合や原告に対する悪感情や嫌悪感を端緒とし
て,懲戒解雇を性急に進めた可能性は否定できないこと,被告は,本件解雇
の際,原告に対し,懲戒解雇事由を具体的に説明しておらず,その後の本件
組合との団体交渉でも,本件解雇の理由やその具体的裏付けを明らかにした
り,関連資料を提示するなどしておらず,原告や本件組合に対して本件解雇
に関する誠意ある説明を尽くしたとは認められないことからすれば,本件解
雇は,その裁量の逸脱及び濫用の程度が著しく,相当の違法性を有するもの
というべきであり,本件解雇を違法無効として,本件解雇がない前提での権
利関係を原告に認めるに止まらず,原告に対して不法行為を成立させるまで
の違法性を帯びるものというべきである。
そして,証拠(甲27,51,52,55,原告本人)によれば,原告は,
本件解雇により,生活上及び研究活動上の不利益を著しく被ったとともに,
被告からこのような処遇を受けたことで,著しい精神的苦痛を被り,心身を
害することにより,研究者としての研究活動を継続することが困難な状態に
追い込まれたこと,原告の収入を生計の基礎としていた原告の家族の生活に
も相応の影響があったこと,本件解雇により,原告がその社会的信用を著し
く害され,本件解雇が広く報道されたために,原告の信用及び名誉は回復が
相当に困難な程度に毀損されたと考えられること,原告は,本件解雇後,職
場復帰を希望したものの,本件訴訟中に定年退職時期を迎え,被告大学に実
際に復帰することなく,退職を余儀なくされたこと等を考慮すれば,本件解
雇により原告が被った損害は,相当なものがあり,本件解雇をした被告の判
断の不合理性や不十分な手続,本件解雇後の不誠実な対応など本件解雇に関
する一連の事情を勘案すれば,原告について100万円の慰謝料を認めるの
が相当である。
第3結論
以上によれば,原告の本件請求は,①本件解雇から原告の定年退職日までの
賃金及びその遅延損害金(主文第1項),②本件解雇による慰謝料100万円
及びその遅延損害金(主文第2項),③定年退職日の経過による退職金及びそ
の遅延損害金(主文第3項),④本件解雇後の賞与及びその遅延損害金(主文
第4項)の各支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由
がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61
条,64条本文を,主文第1項ないし第4項の仮執行宣言及びその免脱宣言に
ついて同法259条1項,3項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
福岡地方裁判所第5民事部
裁判官藤田正人

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