弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 期限後提出にかかる上告理由書記載の分については判断を与えない。
 上告代理人弁護士赤木暁の上告理由について。
 所論の点に関し原判決は挙示の証拠により次のような事実認定をしている。すな
わち、上告人が先代Dの家督を相続して上告人家の当主となるや、上告人は被上告
人家に対し原判示のような経過で作成され且つ被上告人家に手渡されていた議定書
(以下本件議定書という)の返還を求めるとともに、従来議定書通り行わるべきで
ある上告人家への利益分配が正確に行われていないということで計算の明示を求め
たことから、上告人家被上告人家の対立抗争を招くに至つた。そこで、上告人は案
田、鳩山、杉田、塚崎各弁護士らに依頼し、これが解決を図らんとしたところ、同
弁護士らは事件を民事訴訟として処理するを不得策とし、寧ろ刑事事件とし告訴に
よつて解決するに如かずとなし、上告人に告訴を慫慂したので、上告人は昭和六年
六月中右弁護士らを代理人として被上告人先代I外本件議定書に連名しているJ及
びKの相続人Lの三名を相手方として東京地方裁判所検事局に背任横領罪の告訴を
なすに至つた。ところで被告訴人側もこれに対抗し、有馬、中川、公荘、桐生各弁
護士らに依頼し、双方の弁護士の間において本件議定書に基く権利の存否につき全
く対立的な主張がなされ、紛争は深刻の度を増すに至つたが、検事局においては右
告訴事件が親族間の争であることに鑑み円満解決するを至当となし、双方に和解の
勧告をなしたので、右Iらは上告人に対し金一四万円程度の支払ならば和解に応ず
べき旨申し出たが、上告人の応ずるところとならず、一方上告人は議定書により共
有と認められているaの敷地六七〇坪につき二分の一の共有を認める外現金一〇〇
万円を交付するにおいては和解に応ずべき旨申し出たが、右Iらの拒否するところ
となつて、和解の話は行悩みの状態となり、爾来判示の如き状況裡に推移したが、
たまたま上告人の代理人である案田弁護士はIらの代理人たる桐生弁護士から、上
告人の先代Dが本件議定書上の権利を拠棄する旨手紙の端にしたため被上告人家に
通知している旨聞かされ、加えて判示の如き突発事情の発生により上告人の代理人
らは形勢上告人に不利なるものありと感じ、この際上告人において速かに和解する
を得策なりとし、極力上告人にIら提示の条件で和解すべき旨勧告したところ、上
告人も遂に譲歩のやむなきに至り、Iらと折衝の末、昭和七年六月三〇日Iらにお
いて上告人に対しb区所在の宅地二筆及び建物一棟を合計一一万円余に見積り、こ
れと現金一三二、○○○円を提供し、更に同人らより上告人に対する積権約一〇万
円を抛棄し、結局Iらより計金三五万円を出捐することとし、上告人においてかね
てIから賃借していたb通c丁目c番地のd所在の喫茶飲食店の建物を明渡し、且
つ本件議定書の無効なることを確認する等の和解契約を締結し(乙第一号証)、次
いで同年七月一四日これを明確ならしめるため同一内容の公正証書を作成したとい
うのである。そして以上の事実認定は前示挙示の証拠に照し首肯できないわけでは
なく、また原判決によれば、上告人の立証資料のすべてを以てしても、右認定はこ
れを覆えすを得ないというのであるが、それらの証拠を前示証拠と照合すれば、し
かく判断できないわけのものでもない。してみれば上告人家被上告人家の争は所論
共有関係についても争われていたものであり、この争が右和解契約により解決を見、
上告人は所論共有権を抛棄したものなること明らかであるから、所論は右和解契約
の趣旨を正解しないものと言うの外はない。それ故所論は採用できない。
 上告代理人弁護士岡田実五郎の上告理由第一点その第二について。
 所論は、所論店舗(M)は彼上告人先代Iの単独所有でなく、上告人のこれに対
する使用関係は賃貸借関係でなく、賃料債務なるものもなく、従つてf及びg町の
宅地建物がIの単独所有でない限り本件和解契約はこの点においても成立の基礎を
失い当然無効である旨の主張を原判決は事実の部に摘示しないばかりでなく、これ
に対し一顧の判断をも与えなかつたもので、右は訴訟法違反であり、判例違反であ
り、憲法違反であると主張する。原判決が右主張を事実摘示中に掲げていないこと
は所論のとおりであるが、原判決は前段説示のとおり認定しており、右認定の中に
おいて上告人がかねてIから賃借せる喫茶飲食店の建物を明渡し云々とうたい、右
建物が従前からIの単独所有であつたことを前提として判示しているから、右主張
については遠まわしながら言及しているものと言うべく、しかも、しかく認定して
いる以上は右主張を特に取上げて云々するまでもなかつたものと認めて妨げないか
ら、原判決には所論訴訟法違反も判例違反もないものというべく、従つてこれを前
提としてのみ或は理由あるであろう所論違憲の主張も前提を欠くに帰するものと言
わなければならない。故に所論はすべて採用する能わざるところのものである。
 同第三点について。
 所論は本件和解契約は所論のような理由で、本件議定書の無効なることを前提と
して締結されたものであり、このことは和解契約に被上告人I家に返還されある議
定書の無効なることを確認すとの文詞によつても明らかであろう、然るに原判決は
本件議定書を将来に向つて無効とする趣旨で本件和解は成立したものであると認定
判断し、上告人の右に関する主張を全く無視して判断せず、これを脱漏しているの
であつて、右は訴訟法違反であることは勿論所論判例違反でもあり、延いて憲法の
規定にも違反しているものだというのである。しかしながら前段説示によつて明ら
かなとおり、原判決は上告人家被上告人家には本件議定書に基く深刻な係争が展開
されていたが、判示のような事情と関係弁護士らの努力により遂に上告人も譲歩し
て判示のような和解点に到達し、本件議定書上の双方の従来の言い分はともあれ、
将来これについて何らの請求をなさないことを確約し、この意味において本件議定
書は無効なることを互に確認した趣旨のものであると認定しているのであるから、
原審としては本件議定書が所論の理由で元来無効であるかどうか、その他所論の細
部に立入つて言及するの必要はなかつたものと言うべきである。従つて原判決には
所論訴訟法違反、判例違反のかきんあるものと言い難く、延いで所論違憲の主張も
その前提を欠くに帰し、所論はすべて理由なきものと言わざるを得ない。
 同第二点について。
 しかし、所論特記の判例は、その後に言い渡された判決すなわち「判決言渡期日
において該期日を変更する旨の決定を言渡すときは仮令当日当事者双方出頭せざり
し場合においても尚其効力を生じ改めて新期日を当事者に通知することを要せざる
は民事訴訟法第二〇七条第一九〇条第二項の規定により明かなり」(大審院昭和七
年(オ)第三四一一号昭和八年三月二八日判決、民集一二巻五一三頁参照)との判
決の外これと同趣旨に出た屡次の判決により変更されているのであるから、所論(
違憲の主張を含めて)はその理由なく、採用に値しない。
 同第一点の第一及び同第四点について。
 上告人は本件和解をなすに当り被上告人側はもとより、上告人側の弁護士らにお
いても本件議定書上の権利は先代Dにおいて抛棄していると主張したため、上告人
もこれを信じ議定書はDの権利抛棄の結果本来無効なりと考え、これを前提として
本件和解をなしたところ、右事実は虚構であつたから、かかる事実を基礎とする本
件和解契約は当然無効のものであると抗争し、これと反対の判断に出た原判決を事
実上証拠上極力攻撃し、原判決のこの点の認定は経験則にも反する事実誤認であり、
或は重要なる証拠を無視或は遺脱してなした裁判であり、訴訟法にも判例にも反し、
延いて所論憲法違反をも招いているものだと非難するのである。よつて、原判決を
検するに、原判決は上告人において上告代理人であつた案田弁護士らから先代Dが
本件議定書上の権利を抛棄している旨聞知していたことは疑がないが、上告人はこ
れにより本件議定書は本来無効なりと考えこれを前提として本件和解をなすに至つ
たとの事実は上告人の提出援用にかかる全立証によつてはこれを認定し難いと言つ
ているのであり、右判断は本件証拠関係に照し首肯できないわけのものでもないの
である。ただ、原判決は右にいう「全立証によつてもこれを認定し難い」旨の判断
を敷衍すべく、判示の如く種々説明しているのである。すなわち、前段認定事実中
に示したとおりの上告人から被上告人家に対する告訴事件が上告人の不利な方向に
進展しつつある折柄、案田弁護士ら上告人側の弁護士らは速かに和解するに如かす
となし、上告人に対しIら提示の条件にて和解すべき旨勧告したところ、上告人は
なお多額の要求を固執して右勧告に応ずるの色がなかつたので、右弁護士らはIら
の代理人から聞知したままに先代Dはすでに議定書上の権利を抛棄したものである
と強調して、上告人をして右和解に同意さすべく努力したことは確認できるけれど
も、右事実以上に右権利抛棄が原因となり、その結果として和解締結の意思決定を
上告人において余儀なくされたとの事実は本件証拠のすべてに徴するも未だ以て確
認の程度に達し難いとうたつているのであり、右判断は、本件証拠関係に照し首肯
できなくはないのであり、一方上告人の指摘する書証人証のすべてを斟酌するも必
ずしも右と反対の判断に出なければならないわけのものとも認められないのである。
これを要するに本上告論旨は種々陳弁するが、ひつきようするに、原審が適法に有
する裁量の範囲内で証拠を自由に駆使評価し、これに基いてなした自由な事実上の
判断を所論の如くかれこれ非難する以外のものではなく、採るを得ないところのも
のである。なお、思うに、乙第一号証の契約は、原判決は正当にも民法上の和解契
約と判断しているのであるから、和解契約であれば、民法六九六条の適用を免れな
いものであること言うまでもない。そして右六九六条によれば、「当事者ノ一方カ
和解ニ依リテ争ノ目的タル権利ヲ有スルモノト認メラレ又ハ相手方カ之ヲ有セサル
モノト認メラレタル場合ニ於テ其者カ従来此権利ヲ有セサリシ確証又ハ相手方カ之
ヲ有セシ確証出テタルトキハ其権利ハ和解ニ因リテ其者ニ移転シ又ハ消滅シタルモ
ノトス」と規定されているのであるから、所論抛棄をしたものでないという権利は
本件和解に因りもはや消滅に帰しているものと言わざるを得ない筋合である。従つ
て上告人の主張に即しても本論旨は結局採用の余地なきものと認めるの外はない。
 同第六点について。
 しかし、原判文を通覧すれば判明するように、所論主張事実は原判決事実摘示の
部に不十分ながらも掲載されてあり、また理由の部においても措辞いささか簡単で
はあるが判断されているのである。すなわち、原判決は(三)において、控訴人(
上告人)は右和解契約は詐欺に基きなされたものであつて、控訴人はこれが取消の
意思表示をなしたから無効であると主張するけれども、Iら又はその代理人が故ら
に相手方を錯誤に陥れ、これに因り意思を決定表示せしむるため故意に事実を虚構
して、先代Dが議定書の権利を抛棄していると主張した事実は控訴人の全立証によ
つてもこれを肯認し難い云々と判示しているのであるから、原判決は所論主張の点
について言及していることが明らかなわけである。所論はひつきよう原判決を正解
しないものと言うの外なく、採るを得ない。
 同第五点について。
 所論主張が、原判決に事実として摘示されていないことは所論のとおりである。
しかしながら、原判決は理由(四)において控訴人(上告人)は本件和解は強迫に
よりなされたものであつて、控訴人はこれが取消の意思表示をなしたから無効であ
ると主張するが、云々の証拠を綜合すれば、本件和解当時の控訴人の代理人たる鳩
山弁護士は検事局において控訴人が係検事に提供する目的で親戚に金策を依頼した
書面が某新聞の手により写真に撮影されている旨及び控訴人の提起した告訴には当
時某政党総裁が関係している模様で議会で問題となるおそれがある旨聞知するや、
控訴人を責め、かかる事実があるにおいては、控訴人において速かに相手方と和解
し紛争を解決するにあらざれば、控訴人の代理人を辞任すべしと申し出た事実を認
めることができるが、同弁護士において控訴人を畏怖せしめこれに因りて本件和解
をなさしめんとする故意のあつた事実は認めるに由なく、また、Iら及び検事某氏、
案田、塚崎、杉田弁護士が該事実を以て控訴人を詰問した事実は到底認め難くと判
示しており、所論塚田弁護士の発言ないし行動も右と一連の事実関係をなしている
ものと考えられるが故に、原審としては右判示により塚田弁護士の関係においても
上告人は畏怖の念を起して本件和解をなすに到つたものとは認め難いことを自らう
たつているものと解するを相当とする。左すれば原判決は、所論訴訟法にも判例に
も背反せず、延いて憲法にも違反しないものと解すべきであるから、所論は採用の
限りではない。
 同第七点について。
 しかしながら、所論信義則違反の前提たる事実は原審において明確に主張せられ
おらず(原審において主張されたのは別個の事実関係である)、且つ又原判決にお
いても明認されてもいないのであるから、所論はひつきようするに、原判決判断の
範囲外において独自の事実関係を想定して、種々論議するに帰し、到底採るを得な
い。
 よつて、民訴三九六条、三八四条一項、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一
致で主文のとおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    下 飯 坂   潤   夫
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    高   木   常   七

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