弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 弁護人荒川文六の上告趣意前段について。
 所論は、被告人の所為(第一審判決摘示事実第一の事実)はすべて労働争議にお
ける争議行為であつて、労働組合法一条二項の適用を受くべき正当な行為であるか
ら、本件における集金した電気料金を会社に納入せずに組合乃至組合長名義で保管
すること(いわゆる納金スト)は、正当な争議行為として何等違法性なきものであ
る。従つて右納金ストを目して労働組合法一条二項に規定する正当な行為の限界を
逸脱するものであると判示した原判決は憲法二八条に違反すると主張する。
 しかし、原判示のごとく、被告人は前争議行為における職場放棄中の賃金一人あ
たり金二十六円余、八十五名分二千余円を給料中から控除することに反対するため
使用者所有の金銭利用を阻止しようとし、その意に反し九百余万円を抑留して、こ
れを引渡さないのみならず、被告人名義の預金としたのであつて、右主張貫徹手段
として採用した金銭抑留については使用者に与える不利益の程度、すなわち抑留限
度等に関し当初から何ら顧慮した形跡なく全く無制限であつて、しかも抑留金額、
抑留日数の相当部分は使用者の要求屈服後において漫然継続したような事実関係に
あり、他に特別の事情の認め得ない限り使用者の負うべき危険及びその失うことあ
るべき利益と労働者の主張貫徹により得べき利益との間には社会通念上権衡を失す
ること甚だしいものありというべく、かくのごときは法の期待する労使対等交渉担
保のため使用者の犠牲において労働者を保護すべき範囲内とはとうてい認め難いか
ら、右行為は全体として労働組合法一条二項に規定する正当な行為の限界を逸脱す
るものというべく、同条項による保護を受け得ないこと当然である。従つて集金に
かゝる電気料金を原判示のごとく抑留保管した被告人の所為が労働組合法一条二項
にいう正当な行為であることを前提とする所論違憲の主張はその前提を欠き刑訴四
〇五条の適法な上告理由に当らないのみならず、右のごとき被告人の所為が労働組
合法一条二項にいう正当な行為に当らないとする原審の判断が何等憲法二八条に違
反するものでないことは、当裁判所大法廷判決(昭和二三年(れ)第一〇四九号、
同二五年一一月一五日大法廷判決、集四巻一一号二二五七頁、昭和二五年(れ)第
九八号、同二六年七月一八日大法廷判決、集五巻八号一四九一頁)の趣旨に徴し明
らかである。
 同上告趣意後段について。
 所論は、原判決が被告人の所為(第一審判決摘示事実第二及び第三の事実)に暴
力行為等処罰に関する法律一条一項を適用処断していることが憲法二八条に違反す
るというのであるが、暴力行為等処罰に関する法律一条一項が憲法二八条に違反す
るものでないことは、当裁判所大法廷の判例とするところであり(昭和二四年(れ)
第八九八号、昭和二九年四月七日大法廷判決、集八巻四号四一五頁)、原判決が援
用する第一審判決摘示の第二、第三の犯罪事実はその挙示する証拠によつて肯認で
きるのであつて、原判示のごとく、「判示労働組合A分会執行委員会において執行
委員長である被告人はB次長をa荘へ行かせないで、直接配電局に拉致することを
強硬に主張し、反対者を排し、決議を成立させ、ついで、原判示第二、第三のよう
な所為にいでたものであり、判示スクラムの如きはけつして自然発生的なものとい
うを得ず、統制のもとに行われたきわめて強固なものであつて、B次長が数量の円
陣脱出のため懸命の努力を払つたが、とうていその効果がなかつた」ことが第一審
判決挙示の証拠に徴し明らかである。従つて、被告人の所為が団体交渉のための正
当な行為であると認めることができないことは、当裁判所大法廷判決(昭和二二年
(れ)第三一九号、同二四年五月一八日大法廷判決、集三巻六号七七二頁、昭和二
三年(れ)第一〇四九号、同二五年一一月一五日大法廷判決、集四巻一一号二二五
七頁)の趣旨に徴し明らかであつて、原判決が被告人の判示所為に対し暴力行為等
処罰に関する法律一条一項を適用処断していることは正当である。所論は理由がな
い。
職権をもつて按ずるに、そもそも、横領罪の成立に必要な不法領得の意思とは、他
人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき、権限がないのに、所有者で
なければできないような処分をする意思をいうのであり、必らずしも、占有者が自
己の利益の取得を意図することを必要とするものでないことは、当裁判所の判例と
するところである(昭和二三年(れ)第一四一二号、同二四年三月八日第三小法廷
判決、集三巻三号二七六頁、昭和二三年(れ)第九三〇号、同二四年六月二九日大
法廷判決、集三巻七号一一三五頁。)。従つて、他人の金員を保管する者が、所有
者の意思を排除して、これをほしいままに自己の名義をもつて他に預金するが如き
行為は、また、所有者でなければできないような処分をするに帰するのであつて、
場合により、横領罪を構成することがあるものといわなければならない。
 しかしながら、右の如き保管者の処分であつても、それが専ら所有者自身のため
になされたものと認められるときは、不法領得の意思を欠くものとして、横領罪を
構成しないことも、また、当裁判所の判例とするところである(昭和二六年(あ)
第五〇五二号、同二八年一二月二五日当小法廷判決、集七巻一三号二七二一頁)。
本件につき原判決の判示するところを検討するに、原判決は控訴趣意第一点に対す
る判断の前段において判示するごとき事実関係、就中、判示のごとく集金した電気
料金はその都度遅滞なく判示会社指定の銀行の右会社の普通預金口座か郵便局の右
会社振替口座に振込み納入しなければならなかつたこと、しかるに電気料金の集金
は通常どおり行うもこれを会社に納金することを停止し、これを使用させねように
すること等の闘争方針に従い、被告人等執行委員は判示各営業所の集金係員等に指
令して、会社の指定した銀行以外の銀行等において、被告人口座に預入させたこと、
右納金停止等の指令が秘密裡に集金係員等に伝達され、会社側には事前事後に何ら
の連絡もなかつたこと、事前に会社側に通告して行われたものではなかつたこと等
の事実を認定して被告人に対し横領罪を以つて問擬している。
しかし労働争議の手段として集金した電気料金につき一時自己の下に保管し、しか
もその保管の方法が会社のため安全且つ確実なものであり、そして毫も自らこれを
利用又は処分する意思はなく、争議解決まで、専ら会社のため一時保管の意味で、
単に形式上自己名義の預金となしたに過ぎないと認められる場合においては、これ
を以つて直ちに横領罪の成立を認むべきものでないことは、前記当小法廷の判例の
趣旨に徴し肯認せられるところである(なお昭和二九年(あ)第三〇〇五号、同三
三年九月一九日当小法廷判決参照)。しかるに、原判決が本件預金が右の趣旨に出
でたものであるか否かを審究することなく、その判示するような「事実関係におけ
る被告人名義の右預金所為は前記にいわゆる不法領得の意思実現と解されても致し
方ない筋合であり」と速断し、被告人には不法領得の意思がないから横領罪は成立
しない旨の控訴趣意をその理由がないとしたのは、法律の解釈を誤つた違法がある
か、又は理由不備の違法があるから、破棄を免れない、よつて刑訴四一一条四一三
条に従い原判決を破棄し、本件を大阪高等裁判所に差し戻すべきものとする。
 よつて主文のとおり判決する。
 この判決は裁判官藤田八郎の左記反対意見があるほか、裁判官一致の意見による
ものである。
 藤田裁判官の少数意見は次のとおりである。
 弁護人荒川文六の上告趣意は、すべて理由がないとする多数意見に賛成する。
 多数意見は、さらにすすんで、職権審理の結果、原判決は、本件預金が専ら会社
のため一時保留の意味でなされたかどうかの点について、審究することなく、被告
人に不法領得の意思ありと速断したのは違法であるとして原判決を破棄すべきもの
とするのであるが、自分は、原判決をよく検討すれば、原判決はこの点についても
審理をつくした上、原判示のごとき諸般の事実関係を確定し、(殊に、本件の金銭
抑留については、使用者に与える不利益の程度すなわち抑留限度等に関し、当初か
ら何ら顧慮した形跡なく、全く無制限であつて、しかも抑留金額抑留日数の相当部
分は争議における使用者の要求屈服后において漫然継続した事実等)これらの事実
関係にもとづいて、本件預金は「使用者の意に反して、もつぱら労働者のために抑
留した」ものと判定したこと、すなわち、多数意見のいう「もつぱら会社のために
したもの」でない趣旨をあきらかにしたものであることは原判文上、まことに明瞭
であつて、その間に多数意見の指摘するごとき違法をみとめることはできない。従
つて、自分は本件上告はこれを棄却すべきものと思料する。
 検察官 神山欣治公判出席
  昭和三三年九月一九日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    河   村   大   助
            裁判官    奥   野   健   一

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