弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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平成20年(わ)第907号,第1021号,第1354号
主文
被告人を懲役3年に処する。
未決勾留日数中140日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1甲(当時52歳)に対する恋愛感情及びそれが満たされなかったことに対する
怨恨の感情を充足する目的で,
1別表1記載のとおり,平成20年2月6日午後5時31分ころから同年4月2
4日午前5時8分ころまでの間,前後93回にわたり,兵庫県西宮市a町bc丁
,,目d番e−f号所在の被告人方等において上記甲から拒まれたにもかかわらず
被告人方に設置された固定電話機又は被告人使用の携帯電話機から上記甲使用の
携帯電話機及び神戸市内の同女方固定電話機に連続して電話をかけ,
2別表2記載のとおり,同年2月6日午後5時13分ころから同月8日午後2時
4分ころまでの間,前後12回にわたり,同県下又はその周辺地域において,被
,「。」告人使用の前記携帯電話機から前記甲使用の携帯電話機に対し電話ください
「最後のお別れだけはしたいので夜に電話します。拒否されたら行ってしまうか
な」などの内容の電子メールを送信し,同女にこれらを閲読せしめ,もって同。
女の身体の安全,住居等の平穏若しくは行動の自由が著しく害される不安を覚え
させるような方法により,義務のないことを行うことを要求し,
3別表3記載のとおり,同月8日ころから同月27日ころまでの間,前後4回に
わたり,神戸市g区h町ij番地k所在の株式会社乙「丙工場」内において,前
記甲のタイムカードに「帰ってから妹のメール見て下さい「時間があるならタ」
イムカードに返事入れていて下さい」などと各記載したメモ紙片を貼付し,さら
に同市g区h町il番地先駐車場に駐車中の同女使用車両前部ワイパー部分に
「マックスバリューよって下さい」などと記載したメモ紙片を挟み込むなどし,
いずれもそのころ同女にこれらを閲覧せしめ,もって同女の身体の安全,住居等
の平穏若しくは行動の自由が著しく害される不安を覚えさせるような方法によ
り,義務のないことを行うことを要求し,
4同月25日午前8時15分ころ,前記駐車場内において,同女が出勤のため同
所に来たところを待ち伏せし,同女に対し,同所から同市g区h町im番地n先
,,丁駅北側路上までの間の約42mにわたり徒歩で追従するなどしてつきまとい
「これで最後やから手紙を受け取って」などと言って封書1通を受け取ること。
を執ように要求し,もって同女の身体の安全,住居等の平穏若しくは行動の自由
,,,が著しく害される不安を覚えさせるような方法により待ち伏せしつきまとい
かつ義務のないことを行うことを要求し,
5別表4記載のとおり,同年3月2日ころから同年6月21日ころまでの間,前
後28回にわたり,同市g区op丁目q番r号所在の前記甲方敷地内等に使用済
みコンドーム等著しく不快又は嫌悪の情を催させるような物を投棄するなどし
て,同女の知り得る状態に置き,
もってつきまとい等を反復してする,ストーカー行為をし,
第2前記甲に対する恋愛感情が満たされなかったことから同女を憎むようになり,
同女の名誉を毀損しようと企て,同年3月24日ころから同年4月24日ころま
での間,前記被告人方において,パーソナルコンピューターを使用して,インタ
ーネットを介し,株式会社戊管理のサーバーコンピューターに「風の谷の甲」と
題するウェブサイトを開設した上別表5記載のとおり同ウェブサイト上にも,,「
う一度甲に抱きしめてほしかった。あの時のように…「不倫でした。今も忘れ」
ない甲の可愛い胸…いくらその胸で泣いたか…綺麗な乳首…愛し合った日を忘れ
ない」などと既婚者である同女が他の男性と性的関係にあるかのような内容の。
文字データを同女の氏名,年齢等同女を特定し得る情報とともに送信して,これ
を同サーバーに記憶・蔵置させ,よって,同ウェブサイトにアクセスした不特定
多数のインターネット利用者がこれを閲覧することが可能な状態とし,もって公
然と事実を摘示し,人の名誉を毀損し,
第3平成19年11月ころから平成20年2月初旬ころまでは前記甲に対する恋愛
感情から,それ以降同年6月21日ころまではその感情が満たされないことで同
女を憎み,報復等の目的で,上記一連の期間,前記被告人方等において,同県下
又はその周辺にいた同女に対し,同女に精神的ストレスによる障害が生じるかも
しれないことを認識しながら,あえて,自己の心情等を吐露する内容の電子メー
ル約1000通を同女の携帯電話機に送信したり,同携帯電話機に連続して執よ
うに電話をかけたり,既婚者である同女が他の男性と性的関係があるかのような
内容のインターネット上のウェブサイトを作成して同女にその内容を了知させた
り,同女の身辺につきまとうなどの行為を繰り返し,同女に重大な精神的ストレ
スを与え,よって,同女に全治不詳の適応障害及びうつ病性障害の傷害を負わせ
たものである。
(証拠の標目)
省略
(補足説明)
1弁護人は,判示第3の事実について「被告人の故意に関し,平成19年11月,
ころから被害者に精神的ストレスによる障害が生じるかもしれないことを認識してい
たとの部分は争う。公訴事実中,電子メールを送信したことを除く被告人の所為につ
いては,連続して執ように電話をかけなどのように,回数的に漠然としている上,か
けた電話はどんな内容だったのか等具体的に明示されていないから,すべてを認める
ことはできない。本件傷害の公訴事実には,手続上及び証拠上問題があり,現在の審
理状況の下では,認定できる被告人の所為と被害者の負傷との間に因果関係ありとす
る証拠は存在せず,傷害の点は無罪たるを免れない」と主張するので,以下,傷害。
罪の成立を認めた理由を補足して説明する。
2本件の事実関係
関係証拠によれば,以下の事実が認められる。
()被告人は,職場の上司である甲に対して恋愛感情を抱き,平成19年11月1
ころから平成20年2月初旬ころにかけ,連日にわたり,朝昼晩を問わず,自己の心
情等を吐露する内容の電子メールを同女の携帯電話機に送信し,その回数は,1日に
数回ないし数十回,合計で1000通近くに達した。それらの電子メール中には「甲
ちゃんの許容範囲超えてしまってるよね「俺の存在って甲ちゃんにとって重いよ。」
ね…」等,自己の行為が甲にとって精神的負担になっていることを自覚した内容のも
のも含まれていた。
()被告人は,平成20年2月初旬ころ,甲から今後電子メール等を拒否する旨2
告げられると,同女に対する恋愛感情が満たされないことで同女を憎むようになり,
報復等の目的で,同年6月21日ころまでの間,判示第1の1ないし5,第2のとお
りのストーカー行為等の規制等に関する法律違反や名誉毀損の各犯行等を繰り返し
た。
()前記名誉毀損の犯行に係るウェブサイトの内容を了知するなどした甲は,同3
年7月,血圧上昇,食欲不振,情緒不安定等の症状を訴えて近所の神経科クリニック
を受診したが,その際,待合室で被告人に似た人物を見掛けて恐慌発作を起こしたこ
とから,己診療所を紹介され,同年8月から通院し,担当医師庚から「外傷後ストレ
ス障害,うつ病性障害」と診断され,現在に至るまで抗うつ剤やカウンセリングによ
る治療を受けている。
3検討
以上の事実関係を前提に,傷害罪の成否について検討する。
()実行行為について1
被告人が甲に対して本件公訴事実記載の無形的方法による加害行為に及んだこと
は,前記認定のとおりであり,これが傷害罪の実行行為に該当することは明らかであ
る。
()傷害結果について2
検察官は,甲が負った傷害は「全治不詳の外傷後ストレス障害(以下「PTSD」
という,うつ病性障害」であると主張し,庚医師も,DSM−Ⅳ及びICD−1。)
0の各診断基準に基づき,同様の診断名を下している。
しかし,以下の事情に照らすと,検察官の主張のうち,甲がPTSDの傷害を負っ
たとの事実については,これをそのまま認定することはできない。
すなわち,DSM−ⅣとICD−10とでは診断基準に差異はあるものの,PTS
Dと診断するためには,心的外傷体験があり,再体験,回避,持続的な覚醒亢進の3
つの症状が必要であるとする点については共通であり,そのうち,心的外傷体験の定
義について,DSM−Ⅳ診断基準Aは「()実際にまたは危うく死ぬまたは重症を1
負うような出来事を,1度または数度,または自分または他人の身体の保全に迫る危
険を,患者が体験し,目撃し,または直面した。()患者の反応は強い恐怖,無力2
感または戦慄に関するものである」と定義し,ICD−10の診断基準Aは「誰に。
でも大きな苦痛を引き起こすような,並外れた驚異的な,または破局的な性質の出来
事・状況への暴露」と定義している。ところで,庚医師の公判供述等によれば,PT
SDは,元来,戦争神経症や性暴力の被害者の精神的後遺症とが社会問題となり,P
TSDの概念が提示され,診断基準が作られてきたものと認められるが,上記各診断
基準Aの心的外傷体験の定義にかんがみると,前記認定のような被告人の無形的方法
,。,による加害行為が心的外傷体験に該当するか疑問が残るといわざるを得ない現に
庚医師も「被害の内容は外傷後ストレス障害を引き起こすのに十分なものであると,
考える」とする一方「そうでないと認識された場合には,適応障害の診断を付ける,
ことになる」との所見をも示している。
以上によれば,甲が負った傷害については「全治不詳の適応障害及びうつ病性障,
害」と認定するのが相当である。
()因果関係について3
庚医師は,この点について「本例の場合は,ストーカー被害以前は社会的適応も,
よく,情緒面での問題はなかったことから,ストーカー被害がその後の精神変調の原
因となったことは明らかであろう。適応障害の診断を下した場合も,自覚的苦痛の大
きさ,社会活動への影響の大きさを考慮すると,重大な精神障害をストーカー被害に
よって発症したと認識されるところである」と判断しているところ,この判断は,。
前記認定の被告人の実行行為の内容や甲が呈している症状に加え,職場の仲間が目の
当たりにした甲の体調の変化等に照らし,十分な合理性を有する。
そうすると,被告人の実行行為と甲の傷害結果との間に因果関係があることは明白
である。
()故意について4
被告人が,平成19年11月ころから平成20年2月初旬ころにかけ,極端に頻繁
な頻度で,合計して約1000回という多数回にわたり,朝昼晩を問わず,自己の心
情等を吐露する内容の電子メールを甲の携帯電話機に送信し続けたこと,それらの電
子メール中には,自己の行為が甲にとって精神的負担になっていることを自覚した内
,,,容のものも含まれていたことは前記認定のとおりでありこうした事情に照らすと
被告人は,そのような態様による電子メールの送信等により,甲に精神的ストレスに
よる障害が生じるかもしれないことを認識しながら,あえて,同行為を継続したと推
認することができる。この点,被告人も,捜査段階で,インターネットを通じてPT
SDに関する相応の知識を有していたことを認めた上「私は,平成19年11月こ,
ろから1000回近くも大量のメールを甲に送っていたし,メールの内容にしても,
私がこれから自殺するかのようなものが多かったりするので,これらのメールを見た
りした甲が日常生活に支障がでるような精神的苦痛を受けるということが分かってい
た。しかし,私は,それでも,とにかく好きな甲にかまってほしかったのでメールを
,。」,送り続けたりして甲を精神的に苦しめていったのである旨供述しているところ
これらの供述部分は,上記推認を一定程度支持する意味を持つものということができ
る。確かに,被告人は,当時,甲に対する恋愛感情から電子メールを送信し続けてい
たと認められるが,そのような気持ちと上記のような傷害の未必的な故意とは両立す
るから,この点は上記推認を左右するものではない。
以上によれば,被告人が甲から電子メール等を拒否する旨告げられ,甲に対する恋
愛感情が満たされないことで甲を憎むようになった平成20年2月初旬以降同年6月
21日ころまでの間はもとより,それ以前の平成19年11月ころから平成20年2
月初旬ころにかけての時期においても,被告人が傷害の少なくとも未必的な故意をも
って,電子メールを送信し続けるなどの一連の実行行為に及んだことは,優に認定す
ることができる。
4結論
以上の検討結果からすると,被告人は,判示第3の事実について,傷害罪の成立を
免れないから,弁護人の主張は採用できない。
(法令の適用)
省略
(量刑の理由)
本件は,判示のとおりのストーカー行為等の規制等に関する法律違反,名誉毀損,
傷害の事案である。
被告人は,職場の上司である被害者に自己の交際相手が自殺したなどという嘘の話
をして相談に乗ってもらううち,被害者に対して一方的な恋愛感情を抱き,被害者に
精神的ストレスによる障害が生じるかもしれないことを認識しつつ,頻繁に電子メー
ルを送信するなどしていたところ,被害者から拒絶の意思を表明されると,見当違い
な憎しみを抱き,その仕返しなどのために,判示のようなストーカー行為や名誉毀損
行為を繰り返したものであって,独り善がりな本件各犯行の動機,経緯に酌むべき点
はなく,被害者の人格に対する配慮を全く欠いた態様は,執よう,悪質である。被告
人の一連の犯行により,被害者は,相当期間にわたって身体の安全,住居等の平穏,
行動の自由が著しく害される不安を覚えさせられ,名誉を深く傷つけられた挙げ句,
適応障害及びうつ病性障害まで発症して日常生活に種々の支障が生じ,長期間にわた
る通院,治療が必要な状態に陥らされたのであり,犯行の結果もまた重大である。被
害者の被った精神的被害は大きく,被害者が意見陳述書に被告人の厳重処罰を望むと
記した心情も十分に理解することができる。それなのに,被害者に対しては,これま
で何らの慰藉及び賠償の措置も講じられていない。
このような事情に照らすと,被告人の刑責は到底軽視できない。
他方,被告人は,傷害の故意について公判廷であいまいな供述をしているものの,
基本的には各犯行を素直に認め,金30万円をしょく罪寄附するなど,真しな反省の
態度を示していること,前科前歴がないことなど,被告人にとって酌むべき事情もあ
る。
そこで,これら諸般の情状を総合考慮し,被告人に対しては主文程度の刑をもって
臨むのが相当と判断した。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑・懲役4年)
平成21年4月17日
神戸地方裁判所第1刑事部
裁判官辛島靖崇

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