弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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          主         文
     1 本件控訴を棄却する。
     2 控訴費用は,控訴人の負担とする。
          事 実 及 び 理 由
第1 当事者の求めた裁判
 1 控訴人
  (1) 原判決を取り消す。
  (2) 被控訴人は,A株式会社(本店・山口県防府市ab丁目c番d号)に
対し,金3000万円及びこれに対する平成11年3月26日(本件訴状送達の
日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  (3) 訴訟費用は第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
 2 被控訴人
  (1) 本件控訴を棄却する。
  (2) 控訴費用は控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
 1 次項に当審における当事者の主張を付加するほか,原判決「第2 事案の
概要」欄に記載のとおりであるからこれを引用する(ただし,「施行隊」とある
のを「施工隊」と,「原告の損害」とあるのを「A株式会社の損害」と,各改め
る。)。
 2 当事者の主張
  (1) 控訴人
   ア 被控訴人は取締役会に対して付議し決議すべき事項について付議せ
ず,報告すべき事項を報告せず,取締役会の権能を無視したのであり,その結
果,取締役会に適切な経営判断を行う機会を与えなかったのであるから,そのこ
とがA株式会社の取締役としての忠実義務ないし善管注意義務に反することは明
白である。
   イ 被控訴人はA株式会社取締役を退任した直後に,eにおいてBを,山
口県防府市においてCを,それぞれ設立してA株式会社と競合する事業を行って
いる。Bには,Dの総経理(社長)であった者及び施工管理者であった者も加わ
っている。これ以外にも被控訴人は取締役在任中にA株式会社従業員に対してA
株式会社を辞めて被控訴人が設立する予定の会社に来るよう勧誘していた。
     こうした被控訴人の退任前後の行動は,控訴人が問題とする各支出,
回収管理等に関し,忠実義務違反を強く推認させる。
  (2) 被控訴人
    被控訴人は海外事業について直属の上司である社長に報告し,また全取
締役が出席する営業会議において報告していたのであり,仮に重ねて取締役会に
報告すべきであるとすれば,社長専務その他の取締役からでも,その旨を被控訴
人ないし社長に促すべきであったが,そのようなことは全くなかった。にもかか
わらず,控訴人は社長始め他の取締役の責任を追及していない。A株式会社自ら
の不注意又は怠慢を棚に上げて被控訴人の責任のみ追及するもので,信義則に反
する。損害賠償請求は許されないか,過失相殺すべきである。
    控訴人はただ取締役会の報告を怠ったなどというのみで,被控訴人の経
営判断の前提となった事実認識にどのような重要かつ不注意な誤りがあったとい
うのか,ついに主張していない。
第3 当裁判所の判断
 1 本件訴えの適否について
  (1) 証拠(甲1ないし3,甲29,乙6,原審証人E,同F,原審被控訴
人本人)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。
   ア 控訴人は,亡H(本訴係属後死亡)が創業したH’グループの中核会
社(商社)であり,本社は大阪市にある。
   イ A株式会社は,昭和32年ころ,H’グループの傘下に入った会社で
あり,資本金2億円で40万株の株式を発行している。株主は92名(平成11
年12月末日現在)であるが,控訴人はそのうち約30パーセントの株式を保有
しており,ほかに,Hやその家族において約4パーセントの株式を保有してい
る。
   ウ 控訴人の代表取締役会長であるHはA株式会社の代表取締役会長を兼
ねていた。控訴人の代表取締役社長であるIも少なくとも平成9年3月以前から
A株式会社の取締役を兼任している。両名を含め,本訴提起当時,A株式会社の
取締役7名のうち3名が控訴人の取締役を兼任していた。
   エ Fは平成9年3月末に社長を退任するまで14年間A株式会社の代表
取締役社長を勤めていたが,同人はA株式会社がH’グループの傘下に入ったと
きに,控訴人からA株式会社に派遣された者である。
   オ Fの後を受けたEも,昭和33年に控訴人の従業員となり,昭和61
年から控訴人の取締役であった者であり,平成9年3月に控訴人から派遣され,
A株式会社の取締役に就任すると同時に代表取締役社長に就任した者である。
   カ 以上のとおり,A株式会社は,控訴人の支配下にあり,控訴人の事実
上の子会社である。
   キ 本訴は,A株式会社の社長に就任したEが,A株式会社のDに対する
債権が不良債権であるなどとHに報告したところ,Hが「H’グループ」全体の
問題と考え,控訴人において被控訴人に対する責任追及を行うよう指示したこと
から,控訴人が訴えを提起することになったものである。控訴人は本訴提起前,
平成10年12月10日A株式会社に到達した書面で,同社監査役宛に被控訴人
に対して訴えを提起すべきことを求める手続は取ったが,A株式会社は,Hの指
示どおり,控訴人が予定する株主代表訴訟に委ねて,訴えを提起しなかったもの
である。
  (2) 取締役がその任務を懈怠し,会社に損害を与えた場合に,取締役が賠
償責任を負うのは会社に対してであり,これを訴えによって追及することも,本
来は,会社が自ら行うべきことである。株主代表訴訟は,上記の会社が行うべき
訴訟を株主が自ら会社を代表して訴訟を担当することを認めた制度であるが,株
主に会社を代表する権限が付与されるのは,株主の要求にもかかわらず,会社が
取締役の違法行為を不問に付し,取締役に対して損害賠償を求める訴えを提起し
ないからである。
    ところで,訴訟提起の手数料は,訴訟によって当事者が得る利益金額を
基準として算定するのが原則であるところ,平成5年の商法改正により,特に,
取締役に対する株主代表訴訟における訴訟の目的の価額の算定については,財産
権上の請求に非ざる請求に係る訴えとみなされることとなり(商法267条5
項),現行の民事訴訟費用等に関する法律によれば,一律に8200円で足りる
こととなった。これは,株式会社が,資本を広く国内外から集め,大量,巨額の
経済活動を行っていて,今日の経済社会における中心的役割を果たしていること
から,その会社経営を適法公明正常に行わせることが公益上も必要であるとこ
ろ,株主が株主権に基づき,会社経営に対する監視手段として代表訴訟を提起す
ることに,公益的な価値を認めることができるからであるといえる。従前のとお
り会社が賠償請求訴訟の結果得る利益の金額を基準として手数料を算定すると,
取締役が巨額の損失を会社に与えた場合ほど,提訴における株主の費用負担が多
額となり,提訴が制約される結果となり,健全な企業経営の監視手段としての活
用が阻害される。即ち,法がこのような特別の配慮をしたのは,会社と対立しな
がらも,経営の監視のための困難な訴訟に出ようとする株主の意欲を失わせない
ようにするためであるということができる。
    従って,この手数料に関する特別規定は,株主が会社の意向と対立しつ
つなお,取締役の違法行為を是正するための訴えを提起することを促すための,
特殊な配慮ということができ,取締役に対する責任追及一般における訴訟提起の
手数料が減額されたわけではない。この法改正により,本制度が,取締役に対す
る責任追及に関する,株主と会社の態度の相違が存在することを前提とするもの
であることが,より一層明確になったというべきであって,そうした対立がない
場合には会社が自ら取締役に対して損害賠償の訴えを提起すべきであり,株主が
会社を代表して訴えを提起することを予定していないものというべきである。す
なわち,株主の有する権利は,本来,会社の経営を支配しあるいは参画すること
であり,それによって利益を得ることであって,直接に会社に代わってその権利
を行使することができる権利ではない。ただ,株主代表訴訟は,株主の意思に反
して,会社が取締役の違法行為を見逃そうとする場合に,これを防ぐ方法として
認められたに過ぎない。そして会社が自ら訴えを提起する場合には,請求額を基
準として算定される通常の申立手数料が必要であることはいうまでもない。
  (3) こうしてみると,本訴は,株主代表訴訟制度の本来の目的を明らかに
外れたものである。A株式会社は株主たる控訴人と意思を相通じているばかり
か,株主たる控訴人の支配下にある。そのような支配力を有する控訴人として
は,株主等としての通常の権利行使の方法によりA株式会社の経営を監督し,A
株式会社として取締役の責任を追及させることが可能であり,これを妨げる事情
は見当たらない。株主代表訴訟制度は,このような場合に,株主が自ら訴訟に当
たることを予定した制度ではない。
  (4) 確かに,本訴請求額である訴額3000万円に対する訴訟提起手数料
は13万円程度であり,代表訴訟を利用することでA株式会社ないし控訴人が得
られる利益は,A株式会社が直接訴えるのに比べてさほど大きくはない。従って
本訴が手数料を免れるための訴訟であるとは断定はできない。けれども,だから
といって,本訴が制度の趣旨に背馳する訴訟であることに変わりはなく,そのこ
とは手数料の多寡で左右されるわけではない。
  (5) 従って,本訴は,制度の本来の目的を逸脱するものであり,制度を濫
用するものとして本来は不適法として却下すべきものである。ただし,本件で
は,既に本案につき攻撃防御が行われ,第1審が実体判断をして請求を棄却して
おり,当裁判所も本案判決をなすに熟していると考えるので,不適法として却下
するのではなく,本案の判断を行うこととする。仮に訴えが不適法であるとして
却下すると,その判断は既判力や参加的効力を有しないと解されるから,A株式
会社において再度訴えを提起する可能性があり,被控訴人にとってかえって不利
であり,いたずらに係争期間を長引かせることになる。他方,会社と株主とは意
思を相通じていてその間に対立はなく,その意味で本訴は会社のする訴訟とは実
質的には同一であって,その判決の効力を会社が受けたとしても会社にとっては
特段の不利益はないからである。
 2 本案に関する判断
  (1) 当裁判所の本案に関する判断は,以下に,当審における控訴人の主張
に関して付言するほかは,原判決21頁9行目以下の理由説示のとおりであるか
ら,これを引用する(ただし,原判決24頁6行目「営業を強化して」の後に
「受注を増やし」を加え,29頁7行目「タイでの」を「タイに送り込むことが
できる」と改める。)。
  (2) 控訴人は,被控訴人がA株式会社取締役会に無断で,DやJを設立
し,無断で資本金を送金し,かつその後の融資を行ったかのような主張をする
が,被控訴人がDの設立準備段階からF社長には報告していたこと,資金の送金
はF社長の決裁なしにできるものでないことは上記引用の原判決認定のとおりで
あるうえ,証拠(証人F,被控訴人本人)によると,A株式会社の経営に関する
重要事項は会長であるHの了解なしに決定実行することはできない実情であった
こと,A株式会社の営業内容については,毎月1回会長であるHがA株式会社を
訪れ,同人の面前で,全取締役が出席した部長会が開かれ,各部の営業内容が報
告されていたこと,海外事業部の営業内容(主として海外での工事の受注状況で
あるが,その受注の実行のための海外子会社の設立を含む。)もその際に当然に
報告されていたことが認められるのであって,Fの後任として社長になり初めて
A株式会社に関わることになったEが調べた限りで,Dに対する出資や融資につ
いて取締役会の記録に記載がないことが判明したとしても,被控訴人が他の取締
役に無断で勝手に出資や融資を行ったことを示すものとはいえず,非が被控訴人
にあるということはできない。
  (3) 控訴人は,Dへの出資や融資が,A株式会社の内規に定めた取締役会
の稟議事項であるのに,その報告すら行われなかったことが,忠実義務違反,善
管注意義務違反であるという。そして,その内規(甲25)には,関係会社に対
する融資,出資は,起案を総務部長が行い,経理部長に回議し,社長が決裁し,
会長には報告することになっており,取締役会には稟議することとされている。
しかし,稟議がいちいち取締役会の決議を経ることであるとすると,社長の決裁
や会長への報告を定めた意味がなくなるし,この決裁や報告がせいぜい議案提出
に関するものであるとすると,経営判断が迅速に行われるべきであることと矛盾
する(取締役会は数ヶ月に1度開催される程度であった。)。結局,この内規は
実際は遵守されていなかったものと解され(これを定めたというF前社長自身が
認めている。),稟議というのは事後報告文書を取締役に回覧するという程度の
意味で実行されていたにとどまるものと解される。そうであれば,被控訴人が取
締役会の決議を得なかったとしても,違法不当ということはできない。もとよ
り,子会社であるDに対する数百万円から1000万円程度の出資や融資が,A
株式会社の重要な資産の処分などに当たるとは到底解されない。
    なお,控訴人は,Dに対する送金が,被控訴人の指示のみで,内規に定
める総務部長の起案,経理部長の決裁を経ていないことが問題であるとも主張す
るが,当該送金に関するA株式会社の送金手続資料は一切提出されておらず(被
控訴人からの送金指示を受けた海外事業部の職員の陳述書(甲31))が提出さ
れているが,その記載からは,起案をその職員がしたことが窺えるのみで,当該
送金が総務部長,経理部長,社長の決裁を経ていないことを裏付け得るものでな
いことは明らかである。控訴人も,起案を総務部長にさせなかったことが違法で
あるなどと主張するものとは考えられない。),その主張を認めることはできな
い。
    また,たとえ社長の了解の下に決定し実行したうえ,営業会議や部長会
で報告されていても,取締役会に報告せず決議されていない以上,A株式会社の
内規に反するといい得るとしても,内規違反の事実は,A株式会社がDやJから
融資金や立替金を回収できないことと因果関係があるとはいえない。
  (4) なお,被控訴人がA株式会社取締役を退任した後,中国e市において
A株式会社と同様のライニングを業とするBを,山口県防府市においてCをそれ
ぞれ設立しており,それらの業種がA株式会社と競合すること,Bには,Dの総
経理(社長)であった者及び施工責任者であった者も加わっていることは,被控
訴人の認めるところである。また,これ以外にも被控訴人はA株式会社取締役に
在任中に,A株式会社従業員に対して被控訴人が設立する予定の同業会社に来る
よう勧誘していたことも甲26,被控訴人本人から認めることができる。
    しかし,被控訴人がeに設立した会社は,DがEの指示で閉鎖されたの
ちに,同社で働いていた人物の就業先とすることを目指して設立されたものであ
り,Cも,外国でそうした事業を行うためには国内会社との合弁である必要があ
るため設立した会社であり(被控訴人本人),被控訴人が海外事業部長として在
任中からA株式会社と敵対する事業を行うつもりであったことを窺わせる事情で
はない。また,A株式会社の従業員に,退職の意向を告げて一緒に仕事をしない
かと声をかけたのも,海外事業部長を解かれたのち,退職後の自らの世すぎのた
めに,これまで従事していた仕事で身につけた知識や技術を生かす道を考えたも
のであり,それが競業回避義務に反するとはいい難く,この事実があるからとい
って,海外事業部長在任中の業務処理が忠実義務・善管注意義務に反する違法な
ものであったと推認することはできない。
  (5) 控訴人は,このほか,Dに送金された金額のうち8000万円が行方
不明となっている旨主張し,Eの証言中には,Dの支出には交際費が異常に多か
ったなどという供述もあるが,それらについての客観的で的確な証拠は一切提出
されていない。
  (6) よって,被控訴人に取締役としての忠実義務違反,善管注意義務違反
があり,それによってA株式会社に損害を与えたとの控訴人の主張はこれを認め
ることができないから,その余の点につき検討するまでもなく,本件請求は理由
がなく,失当である。
 3 結論
   以上によれば,控訴人の請求を棄却した原判決は相当であるから,本件控
訴を棄却することとし,控訴費用の負担につき民事訴訟法67条1項,61条を
適用して,主文のとおり判決する。
   広島高等裁判所第3部
       裁判長裁判官   下   司   正   明
          裁判官   檜   皮   高   弘
         
          裁判官   齋   藤   憲   次
(参考)原判決引用部分
「原判決第2事案の概要」欄部分
 1 本件は,A株式会社の元取締役である被告が,その在職中,取締役会決議
を経ることなくA株式会社から多額の金員を支出させ,あるいは,取締役として
の忠実義務ないし善管注意義務に違反する行為を行い,よって,A株式会社に対
して合計4280万5320円の損害を被らせたことにより,商法266条1項
5号もしくは民法709条によりその損害を賠償する責任があるとして,A株式
会社の株主である原告が,被告に対し,商法267条に基づき,上記損害の内金
3000万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成11年3月2
7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金をA株式会社に
支払うよう求めた株主代表訴訟である。 
 2 前提事実(当事者間に争いがない。)
  (1) 商法267条の要件
   ア 原告は,昭和32年2月11日のA株式会社設立時から現在までA株
式会社の株主である。
   イ 原告は,平成10年12月8日,A株式会社の監査役に対し,被告の
責任を追及する訴えを提起すべく書面で請求し,同書面は,同月10日に到達し
た。
     しかし,A株式会社は,上記書面が到達した日の翌日から30日以内
に訴えを提起しなかったので,原告は,平成11年3月12日に本件訴えを提起
した。
  (2) 被告のA株式会社における地位
    被告は,平成5年3月23日から平成10年2月20日までの間,A株
式会社の取締役の地位にあり,また,平成9年6月までは海外事業部長の地位に
あった。
  (3) Dについて
    A株式会社は,平成5年12月27日,中華人民共和国雲南省e市にお
いて,K及びLとの間でDを設立し,被告は,同日,Dの副董事長(副会長)に
就任した。
  (4) Jについて
   ア A株式会社は,昭和62年1月,シンガポールにおいて,原告及び現
地法人との間で,Mを設立し,被告が同社の代表取締役に就任した。
   イ Mは,平成4年4月,現地法人との共同出資により,Jを設立した。
  (5) Dに対する融資等について
   ア A株式会社は,Dに対し,平成7年1月に500万円の融資金,同年
2月及び平成8年6月にそれぞれ500万円ずつの仮払金を支出した(以下,上
記の合計1500万円の支出を「本件支出」という。)。 
   イ A株式会社が本件支出を行うことについては,A株式会社の取締役会
における承認決議を経ていない。
   ウ A株式会社は,Dから,上記の合計1500万円の返済を受けていな
い。
  (6) Dに対する原材料の販売について
   ア A株式会社は,Dに対し,平成5年12月の設立当初から平成9年6
月ころまでの間,継続的に,原材料を販売した。
   イ 上記の売掛債権の一部が未払いとなっている。
  (7) 施工隊の人件費について
   ア Jが,平成8年から同9年にかけて,タイ国におけるライニング工事
(NFCプロジェクト。以下,「タイNFC工事」という。)を受注した際,D
は,そのワーカーをJに施工隊として派遣した。
   イ A株式会社は,そのころ,Dに対し,上記施工隊の人件費664万6
490円を支払った(なお,後記3・(5)・イ・(ア)・a・③記載のとおり,こ
れがA株式会社がJに代わって立替払いしたものか否かは,争いがある。)
   ウ A株式会社が施工隊人件費を支払うことについては,A株式会社の取
締役会において承認決議を経ていない。
   エ A株式会社は,Jから施工隊人件費の一部の支払いを受けていない。
 3 争点
  (1) 本件の争点は,次のとおりである。
   ア 本件訴訟は訴権の濫用に当たるか否か(本案前の抗弁)。
   イ 本件支出について
    (ア) 本件支出は,被告が独断で行わせたものであるか否か。
    (イ) 本件支出は,商法及びA株式会社の内規に照らし,取締役会の承
認を得る必要がある事項にあたるか否か。
    (ウ) 本件支出を行わせたことについて,被告に忠実義務違反ないし善
管注意義務違反があったか否か。
    (エ) 本件支出を回収しなかったことについて,被告に忠実義務違反な
いし善管注意義務違反があったか否か。
    (オ) 取締役会ないし営業会議における報告に関し,被告に忠実義務違
反ないし善管注意義務違反があったか否か。
    (カ) 被告の行為と原告の損害の間に因果関係があるか否か。
   ウ 原材料の販売代金について
    (ア) Dに対する原材料の販売は,被告が独断で行わせたものであるか
否か。
    (イ) Dに対して原材料の販売を行わせたことについて,被告に忠実義
務違反ないし善管注意義務違反があったか否か。
    (ウ) 原材料の売掛債権を回収しなかったことについて,被告に忠実義
務違反ないし善管注意義務違反があったか否か。
    (エ) 取締役会ないし営業会議における報告に関し,被告に忠実義務違
反ないし善管注意義務違反があったか否か。
    (オ) 売掛債権の未回収額はいくらか。
    (カ) 被告の行為と原告の損害の間に因果関係があるか否か。
   エ 施工隊人件費について
    (ア) Dに対する施工隊人件費の支払いは,被告が独断で行わせたもの
であるか否か。
    (イ) 施工隊人件費の支払いは,商法及びA株式会社の内規に照らし,
取締役会の承認を得る必要がある事項にあたるか否か。
    (ウ) Dに対して施工隊人件費を支払わせたことについて,被告に忠実
義務違反ないし善管注意義務違反があったか否か。
    (エ) Jから施工隊人件費の回収を受けなかったことについて,被告に
忠実義務違反ないし善管注意義務違反があったか否か。
    (オ) 被告の行為と原告の損害の間に因果関係があるか否か。
  (2) 争点ア(本案前の抗弁)について
   ア 被告の主張
    (ア) 原告は,A株式会社の30パーセント以上の株式を持つ株主であ
り,原告の代表取締役会長はA株式会社の代表取締役会長の地位にあり,原告の
代表取締役はA株式会社の取締役であり,原告の取締役がA株式会社の代表取締
役であるなど,A株式会社は原告のいわゆる子会社であって,原告の意思はA株
式会社の意思と一致する。
    (イ) そして,本件訴えは,A株式会社が権利行使をする意思があるに
もかかわらず,申立手数料の節約を図ることを目的として,原告による株主代表
訴訟という形式をとったものであるから,訴権の濫用に当たるものであって不適
法であり却下すべきである。
   イ 原告の主張
    (ア) 原告は,A株式会社の株式の約30パーセントを保有するに過ぎ
ないことや,A株式会社の取締役7名のうち,原告の取締役をも兼任しているの
は3名であり,過半数に満たないことからすれば,原告の意思がA株式会社の意
思と常に一致するという関係にはない。
    (イ) また,本件は,大阪市に本店所在地を有する原告が,山口地方裁
判所に訴えを提起したものであるから,同裁判所に出廷するのに必要とされる代
理人の旅費等を考慮すれば,本件訴えの方式は何ら費用節減にならない。
    (ウ) 実質的にも,A株式会社は被告の職務権限規定違反を看過し,被
告の独断行為に歯止めをかけることができなかったのであるから,A株式会社に
は厳正かつ適切な訴訟提起及び遂行が必ずしも期待できず,原告が株主代表訴訟
を提起する必要があったものである。
    (エ) したがって,本件訴訟は訴権の濫用には当たらず,被告の本案前
の抗弁は理由がない。
  (3) 争点イ(本件支出)について
   ア 原告の主張
    (ア) 取締役会決議事項であるのに被告が独断で本件支出を行わせたこ

     a 被告の独断行為であること
       被告は,平成5年3月23日から平成10年2月20日までの
間,A株式会社の取締役の地位にあり,また,平成5年3月から平成9年6月ま
での間,同社の海外事業部担当の地位にあって,海外事業部の実権を握ってい
た。
       そして,被告は,このような地位にあることを奇貨として,独断
で,A株式会社をして本件支出を行わせた。
     b 取締役会決議事項であること
      (a) 商法260条2項は「重要なる財産の処分」を取締役会決議
事項と定め,また,A株式会社の平成2年11月21日制定の職務権限規定(甲
25)には「関連会社及びその他の会社への出資,融資」については取締役会に
付議すべきものと定められている。
      (b) 加えて,A株式会社の取締役会において過去に付議された事
例,本件支出の金額とA株式会社の資本金や経常利益の金額の比較からしても,
本件支出を行うことが取締役会決議事項であったことは明らかである。
     c 以上のとおり,被告は,本件支出が取締役会決議事項であるにも
かかわらず,A株式会社の取締役会の承認決議を経ることなく,独断でA株式会
社をして本件支出を行わせたものである。
    (イ) 被告の忠実義務違反ないし善管注意義務違反
     a 被告の忠実義務及び善管注意義務の内容
       被告は,A株式会社の海外事業担当の取締役として,同社に対し
て忠実義務を負っており,具体的には,A株式会社に損害を被らせることを回避
し,又はA株式会社が被る損害を可及的に最小限に抑えるよう適切な措置をとる
べき義務を負っており,更に,Dの副薫事長を兼任し同社の経営状況を熟知して
いるものとして,A株式会社がDに対して回収を見込めない資金投入を行わない
よう,また,A株式会社がDに対して有する債権等については適切な回収措置を
とり得るよう,A株式会社に対してDの経営状況を適宜,正確に報告すべき義務
を負っていたものである。
       なお,被告は,上記のうち報告義務の点について,被告は業務執
行権を有していなかったから取締役会に対する報告義務を負う取締役ではないと
主張するが,被告は,Dに対する債権を回収する権限やDに対する原材料の売却
を指示する権限を有し,Dの設立に際する合弁契約をA株式会社の授権代表との
立場で調印するなど海外事業部担当の取締役として具体的な業務執行権を有して
いたのであるから,取締役として取締役会に対して報告義務を負っていたことは
明らかであり,また,被告は,海外事業部の実権を握る立場にあったのであるか
ら,取締役会の構成員でありながら,その担当する海外業務について報告義務を
負わないというのは不合理であり,更に,そもそも,被告はA株式会社の取締役
である以上,忠実義務の履行としてA株式会社に不利益を与えないためにDに関
する正確な情報を報告すべき義務を負っていたものである。
     b しかるに,
      (a) 仮払金500万円を支出させたことについて
        被告は,平成8年5月には直属の部下からDの銀行預金が底を
つき,入金予定金額が支払予定金額を大幅に下回っているとの報告を受けていた
ほか,そのころ,A株式会社にはDに対する融資金や原材料の売却代金など20
00万円を超える未収金が発生し,Dが危機的な状況にあることを知っていたに
もかかわらず,平成8年6月に,A株式会社をしてDに対して仮払金500万円
を支出させた。
      (b) 本件支出を回収しなかったことについて
        被告は,海外事業部担当の取締役として,本件支出の回収につ
いて責任を負っていたにもかかわらず,具体的な回収計画も立てず,単にDの売
上げで返済するという抽象的かつ漠然とした考えの下,具体的な回収措置を何ら
取らなかった。
        なお,被告は,Dから本件支出の回収を図ろうとすれば同社を
破綻に至らせることになるので不可能であったと主張するが,Dは原材料費その
他の支払いができないという状態が設立以来3年間も継続していたのであるか
ら,A株式会社に対して忠実義務を負っていた被告としては,A株式会社が被る
損害を可及的に少なくするように具体的な回収計画を立てて実行すべきであった
のである。
      (c) 正確な報告をしなかったことについて
        被告は,前記のとおり,平成8年6月ころにはDが危機的な状
況にあることを知りながら,A株式会社の取締役会において,Dの経営状況等に
ついて何ら報告しなかった。
        また,仮に,被告がA株式会社の営業会議においてDの経営状
況について何らかの報告をしていたとしても,正確な報告をしていなかった。
    (ウ) 被告の行為と原告の損害との間の因果関係
     a 被告はA株式会社をして平成8年6月に仮払金500万円を支出
させ,更に,本件支出の回収を行わなかったが,その後,A株式会社はDから本
件支出の返済を受けられず1500万円の損害を被っており,被告のこれらの行
為とA株式会社の損害の間に因果関係があることは明らかである。
     b また,被告がA株式会社の取締役会ないし営業会議においてDの
正確な経営状況を報告していれば,A株式会社としては,平成8年6月の仮払金
500万円の支出をしないで済んでいたであろうし,また,本件支出に関して
も,Dが売掛先から回収予定の金員をA株式会社に対する返済に充てるように指
示するなど適宜何らかの措置を取ることにより,本件支出の回収不能という損害
を被らずに済んだはずである。
   イ 被告の主張
    (ア) 前記ア・(ア)(取締役会決議事項であるのに被告が独断で本件支
出を行わせたこと)について
     a 同aの事実(被告の独断行為であること)について
      ① 同主張の事実中,被告が独断で本件支出を行わせたとの点を否
認する。
      ② 当時,A株式会社の海外事業部は社長直属の部署であり,被告
は,本件支出を行うことについて,当時の社長であるFの決裁を受けており,被
告が取締役として独断で本件支出を行わせたものではない。
        また,内規の決裁表(甲25)を見ても,関連会社に対する融
資は,社長が取締役会の決議を得るか,あるいは報告の上,決裁となっており,
使用人や業務執行権のない取締役が独断で行うことはできないのである。
     b 同bの事実(取締役会事項であること)について
      (a) 同(a)の事実は,認める。
      (b) 同(b)の事実は,知らない。
      (c) 同(c)の事実について
        重要な財産の処分に当たるか否かは,財産の価額,その会社の
総資産に占める割合,当該財産の保有目的,処分行為の態様及び従来の取扱い等
の事情を総合的に考慮して判断すべきところ,本件支出の各500万円はA株式
会社の総資産の約0.1パーセントに過ぎず,しかも,本件支出は,子会社同様
の会社への貸付及び工事の仮払いであり営業のため通常行われるものであるか
ら,重要な財産の処分には当たらない。
      (d) 同(d)の事実は,争う。
     c 同cの事実は,争う。
    (イ) 前記ア・(イ)(被告の忠実義務違反ないし善管注意義務違反)に
ついて
     a 同a(被告の忠実義務ないし善管注意義務の内容)について
      (a) 同主張は,争う。
      (b) なお,被告は,A株式会社の取締役であるとともに,Dの副
董事長でもあったのであり,A株式会社の利益を図ると同時に,Dの利益をも図
らねばならない立場にあったのであるから,Dを破綻に至らせるような決定を独
断ですることはできず,そのような決定はA株式会社として行うべきものであ
る。
        また,商法260条3項の取締役会に対する報告義務は,業務
執行権を有する取締役が負うものであるところ,被告は,A株式会社の取締役で
はあるが,業務執行権を有する取締役ではないから,被告には取締役会に対する
報告義務はない。
     b(a) 同b・(a)(仮払金500万円を支出させたこと)について
       ① 同主張の事実は,否認ないし争う。
       ② 前記のとおり,平成8年6月の仮払金の支出は,被告が独断
で行わせたものではない。
         また,原告は,平成8年6月当時,Dが危機的な状況にあっ
たと主張するが,当時の被告の認識としては,Dは,工事も受注しており,業績
も徐々に上向き,将来的には黒字経営が可能であると考えていた。そもそも,ど
のような事業でもすぐに充分な売上が上がり,利益が出るものではなく,まし
て,海外における事業であるから,日本国内と異なる苦労があり,多少の見込み
違いがあっても,短兵急に投資した見返りを求めべきものではないのである。し
たがって,平成8年6月にA株式会社が仮払金500万円を支出した当時,将来
返済可能と判断できたのであれば,500万円の支出は不当な支出ではない。
      (b) 同b・(b)(本件支出を回収しなかったこと)について
       ① 同主張の事実は,否認ないし争う。
       ② 被告は,Dから本件支出等の債権を回収することが可能であ
るのにしなかったのではなく,当時,Dには支払う余裕がなく,あえて返済を求
めれば,Dが破綻に至ることは必定であったので回収することができなかったの
である。
         被告は,Dから債権を回収するためには,Dの営業を強化し
て利益を上げ,しかる後に回収するしかないと考えていたものであり,そもそ
も,A株式会社の子会社ともいうべきDとの取引において,中国という社会制度
の異なる外国で創業して間もない時点で,貸付債権や売掛債権を回収しようとい
うのは通常の経営判断とはいえない。
      (c) 同b・(c)(正確な報告をしなかったこと)について
       ① 被告がA株式会社の取締役会においてDの経営状況等につい
て報告しなかったことは,認める。
         しかし,前記のとおり,被告には取締役会において報告する
義務はない。
       ② また,被告は,海外事業部担当の取締役あるいはDにおいて
A株式会社の利益代表の地位にあった間は,Dの経営状況,業績見通し及び決算
等を当時のA株式会社のF社長に報告していたし,取締役全員及びその他のもの
を構成員とし毎月1回開催されていた営業会議においても,海外事業に関する必
要な報告は行っていた。
    (ウ) 前記ア・(ウ)(被告の行為と原告の損害の間の因果関係)につい

     a 原告は,Dから本件支出の回収ができず同額の損害を被ったと主
張するが,これは,A株式会社の現在の社長であるEが回収不能となることを覚
悟の上でDの事業を休止させたからであって,被告の行為と原告の損害のと間に
因果関係はない。
     b また,A株式会社がDから債権を回収しようとしても,結局は,
Dの営業活動により利益を上げて,しかる後に回収するしか方法はなかったので
あるから,仮に,被告のDに関する報告が不十分であったとしても,やはり被告
の行為と原告の損害との間に因果関係はない。
  (4) 争点ウ(原材料の販売代金)について
   ア 原告の主張
    (ア) 被告の忠実義務及び善管注意義務の内容
      前記(3)・ア・(イ)・aと同じ。
    (イ) 被告の忠実義務違反ないし善管注意義務違反
     a 原材料を売却させたこと
       被告は,平成8年6月ころにはDが危機的な状況にあることを知
っていたにもかかわらず,その後も平成9年6月までの間,独断で,A株式会社
をして,Dに対して原材料の販売を行わせ,A株式会社にとって回収見込みのな
い売掛債権を増大させた。
     b 売掛債権を回収しなかったこと
       被告は,前記(3)・ア・(イ)・b・(b)と同様に,Dに対する売
掛債権について具体的な回収措置を何ら取らなかった。
     c 正確な報告をしなかったこと
       前記(3)・ア・(イ)・b・(c)と同じ。
    (ウ) 売掛債権の未回収額
       A株式会社は,平成9年6月までDに対して原材料を売却した
が,その売掛債権のうち2155万8830円が回収不能となっている。
    (エ) 被告の行為と原告の損害との間の因果関係
     a 被告は,A株式会社をしてDに原材料を継続的に売却させ,その
売掛債権の回収も怠ったが,その後,A株式会社はDから売掛債権残金2155
万8830円の支払いを受けられず,同額の損害を被っており,被告のこれらの
行為とA株式会社の損害との間には因果関係があることは明らかである。
     b また,被告がA株式会社の取締役会ないし営業会議においてDの
正確な経営状況等を報告していれば,A株式会社としては,少なくとも平成9年
になってからの合計877万8590円の原材料の売却については出荷停止の措
置を取ることにより損失を免れることができたであろうし,また,売掛債権の回
収に関しても適宜何らかの措置を取ることにより,2155万8830円の回収
不能という損害を被らずに済んだはずである。
   イ 被告の主張
    (ア) 前記ア・(ア)(被告の忠実義務及び善管注意義務の内容)につい

      前記(3)・イ・(イ)・aと同じ。
    (イ) 前記ア・(イ)(被告の忠実義務違反ないし善管注意義務違反)に
ついて
     a 同a(原材料を売却させたこと)について
      (a) 同主張の事実は,否認ないし争う。
      (b) 前記(3)・イ・(イ)・b・(a)・②と同様に,Dに対する原
材料の売却は,被告が独断で行わせたものではなく,また,当時,Dが危機的な
状況にあったものでもない。
         また,A株式会社がDに対する原材料の売却を停止すれば,
Dはその業務を行うことができなくなり,破綻に至ることは必定であったから,
そのような決定を被告が単独で行うことはできない。
     b 同b(売掛債権を回収しなかったこと)について
      (a) 同主張の事実は,否認ないし争う。
      (b) 前記(3)・イ・(イ)・b・(b)・②と同様に,当時,Dから
売掛債権を回収することはできなかったし,すべきでもなかったのである。
     c 同c(正確な報告をしなかったこと)について
       前記(3)・イ・(イ)・b・(c)と同じ。
    (ウ) 前記ア・(ウ)(売掛債権の未回収額)について
       同主張の事実は,否認する。
    (エ) 前記ア・(エ)(被告の行為と原告の損害との間の因果関係)につ
いて
     a 同主張の事実は,否認ないし争う。
     b 前記(3)・イ・(ウ)と同様に,被告の行為と原告の損害との間に
因果関係はない。
  (5) 争点エ(施工隊人件費)について
   ア 原告の主張
    (ア) 取締役会決議事項であるのに被告が独断で施行隊人件費の支払い
を行わせたこと
     a 被告の独断行為であること
       被告は,Jが請け負ったタイNFC工事において,DからJに施
工隊を派遣するに際し,前記のとおり,A株式会社の海外事業部の実権を握って
いたことを奇貨として,A株式会社をして,Jに代わって,Dに対し,次のとお
り,施工隊人件費合計664万6490円を支払わせた。
      (a) 平成8年11月5日  252万円
      (b) 平成8年12月18日 252万円
      (c) 平成9年3月3日   160万6490円 
     b 取締役会決議事項であること
       A株式会社が立て替えた施工隊人件費は,平成8年末から同9年
にかけて支出されており,当時のA株式会社の資本金及び経常利益の金額と比較
すれば,重要な財産の処分にあたることは明らかであり,取締役会決議事項に当
たる。
     c 以上によれば,被告は,施工隊人件費の立替払いが取締役会決議
事項であるにもかかわらず,A株式会社の取締役会の承認決議を経ることなく,
独断で,A株式会社をして立替払いを行わせたものである。
    (イ) 被告の忠実義務違反ないし善管注意義務違反
     a 被告の忠実義務ないし善管注意義務の内容
       前記(3)・ア・(イ)・aと同じ。
     b しかるに,
      (a) 施行隊人件費を支払わせたこと
       ① 被告は,Jの代表取締役を兼任しており,施工隊が派遣され
た平成8年末から同9年にかけてのころ,Jが資金的に行き詰まり,A株式会社
に立替金を返済することは不可能であることを熟知していたにもかかわらず,独
断で,A株式会社をしてJに代わって施工隊人件費をDに対して支払わせた。
       ② また,被告は,Dの副董事長とJの代表取締役を兼任してい
たことを奇貨として,施工隊1人当たりの人件費を月額1万元という相場の10
倍以上の高額な価格に設定した上,必要もないのに敢えてDのワーカーを施工隊
としてタイNFC工事に派遣した。
         しかも,被告は,Jの担当者から,Dから派遣された施工隊
の技量が極めて低く,タイのワーカーを増やすべきであるとの提言を受けていた
にもかかわらず,これを聞き入れず,Dの施工隊を派遣し続けた。
       ③ 更に,仮に,DからJに対して施工隊を派遣する必要があっ
たとしても,A株式会社がJに代わって施工隊人件費をDに支払う必要性は全く
なかったのであり,それにもかかわらず,被告はA株式会社をして立替払いを行
わせた。
       ④ 以上によれば,本件は,被告がA株式会社から不当に資金を
引き出すために仕組んだものであり,そうでないとしても,A株式会社をして施
工隊人件費の立替払いを行わせたことは,A株式会社をして,取得する必要がな
く,かつ,回収不可能な債権を取得させたものであり,A株式会社の取締役とし
ての忠実義務に違反することは明らかである。
      (b) 施行隊人件費の立替金を回収しなかったこと
         被告は,前記(3)・ア・(イ)・b・(b)と同様に,Dに支払
った立替金をJから回収するための具体的な措置を何ら取らなかった。
    (ウ) 被告の行為と原告の損害との間の因果関係
     a 被告は,A株式会社をして施行隊人件費の立替払いを行わせ,更
に,Jからその回収を行わなかったが,その後,A株式会社はJから立替金の支
払いを受けられず,664万6490円の損害を被っており,被告のこれらの行
為とA株式会社の損害との間に因果関係があることは明らかである。
     b なお,被告は,A株式会社が平成9年以後もJに対して貸付けな
どを行っていることから,Jは破綻しておらず,回収不能ではないと主張する
が,これは,A株式会社が,Jの関連会社として政策的に責任をとるためやむな
く行ったものであり,Jが破産状態であることに変わりはない。
   イ 被告の主張
    (ア) 前記ア・(ア)(取締役会決議事項であるのに被告が独断で施行隊
人件費 の支払いを行わせたこと)について
     a 同aの事実(被告の独断行為であること)について
      ① 同主張の事実中,被告が独断で664万6490円を支出させ
たとの点を否認する。
      ② 前記(3)・イ・(ア)と同様に,被告は,Dに対して664万6
490円を支払うことについて,当時の社長であるFの決裁を受けており,被告
が取締役として独断で支払わせたものではない。
      ③ なお,タイNFC工事のゴム及びレンガの施工は,Jが現代重
工から受注し,その一部をA株式会社が1800万円で受注した上,これをDに
請け負わせたものであり,DがA株式会社から工事費を受け取るのは当然であ
り,原告が主張するようにJが負担すべき施行隊人件費を立替払いしたものでは
ない。
     b 同bの事実(取締役会決議事項であること)について
       前記(3)・イ・(ア)・b・(c)と同様に,Jに対する664万6
490円の支払いは,取締役会決議事項には当たらない。
     c 同cは,争う。
    (イ) 前記ア・(イ)(被告の忠実義務違反ないし善管注意義務違反)に
ついて
     a 同a(被告の忠実義務ないし善管注意義務の内容)について
       前記(3)・イ・(イ)・aと同じ。
     b(a) 同b・(a)(施行隊人件費を支払わせたこと)について
       ① 同主張の事実は,否認ないし争う。
       ② 前記(ア)・aと同じく,Jに対する664万6490円の支
払いは,被告が独断で行わせたものではないし,当時,Jが資金的に行き詰まっ
ていたものでもない。
         また,当時,タイにはタイNFC工事を施工する人員がおら
ず,人員の余裕の有無などの点からしてDのワーカーを派遣するのが適当であっ
たのであり,人件費の金額についても,企業が仕事を請け負って労働者を国外に
出張させる場合には,そこでの生活費,管理費,技術料,企業の利益等を考慮し
て決定されるのであり,中国国内の賃金水準と単純に比較すべきではない。
         更に,仮に,Dに対する664万6490円の支払いが,原
告が主張するようにJに代わって立替払いしてものであったとしても,親会社が
子会社に代わってとりあえず立替払いするということは何ら違法・不当なことで
はない。
      (b) 同b・(b)(施行隊人件費の立替金を回収しなかったこと)
について
       ① 同主張の事実は,否認ないし争う。
       ② 被告がJから664万6490円の返済を受けなかったの
は,Jには支払う余裕がなかったからである。
     c 前記ア・(ウ)(被告の行為と原告の損害との間の因果関係)につ
いて
       同主張の事実は,否認ないし争う。
「原判決21頁9行目以下の理由説示」部分
 2 争点イ(本件支出)について
  (1) 「取締役会決議事項であるのに被告が独断で本件支出を行わせた」と
の主張について
   ア 被告が独断でA株式会社をして本件支出を行わせたか否かについて
    (ア) 原告は,被告が独断でA株式会社をして本件支出を行わせたと主
張し,A株式会社の代表取締役社長である証人Eは,要旨,「A株式会社の従業
員から,被告から本件支出を行うように指示があったと聞いている。」と証言し
ており,また,A株式会社の従業員であるNの陳述書(甲31)には,要旨,
「平成7年2月の仮払金と同年5月の融資金は,被告の指示に基づき,自分が送
金手続を行った。」との記載がある。
    (イ) 他方で,被告は,本件支出は被告が独断で行わせたものではな
く,当時のA株式会社の代表取締役社長であったF(以下「F元社長」とい
う。)の決裁を受けていると主張し,本人尋問においても,要旨,「海外に送金
するときは,海外事業部からF元社長に稟議書を回し,F元社長が決裁して,経
理部に送金を指示し,経理部が銀行で送金手続きを取るということで処理されて
いたのであり,本件支出も同様である。」と供述し,また,証人Fも,要旨,
「海外送金に限らず,支出はすべて社長決裁であったから,決裁を受けずに支出
がなされるということは考えられない。出資とかは役員会に諮ったが,工事関係
での貸付けや仮払いといった工事を推進するための支出は社長権限でやってい
た。」と証言している。
    (ウ) そこで検討するに,証人Eの証言内容は,伝聞証拠であるから,
確たる証拠ということはできず,また,Nの陳述書(甲31)も,陳述書という
証拠の性質上確たる証拠ということはできない上,その内容をみても,具体性に
乏しく信用性は低いといわざるを得ない。
      他方で,証拠(乙13,証人F,被告本人)によれば,本件支出が
なされた当時,海外事業部はF元社長直属の部署であったことが認められるとこ
ろ,海外送金に関する上記(イ)の被告の供述内容及び証人Fの証言内容は,A株
式会社の会社組織に照らしても,合理的であり,何ら不自然な点はなく,本件で
は,他に,社長の決裁がなく海外送金がなされたことを窺わせるような確たる書
証も提出されていないことなどに照らすと,上記(イ)の被告の供述及び証人Fの
証言は,十分信用することができる。
      そして,信用できる上記(イ)の被告の供述及び証人Fの証言によれ
ば,本件支出は,被告が独断で行わせたものではなく,F元社長が被告の申出を
受け,決裁の上,本件支出を指示したものと認めるのが相当である。
   イ 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の主張
は理由がない。
  (2) 「被告が独断で本件支出を行わせたことが,忠実義務違反ないし善管
注意義務違反に当たる」との主張について
   ア 前記(1)・アで認定・判断したとおり,被告が独断でA株式会社をし
て本件支出を行わせたと認めることはできないから,その余の点について判断す
るまでもなく,原告の主張は理由がない。
   イ なお,原告の主張が「被告の独断行為でなかったとしても,A株式会
社が平成8年6月に仮払金500万円の支出を行ったことについて,被告に忠実
義務違反ないし善管注意義務違反がある」との趣旨を含むものであったとして
も,証拠(甲21,被告本人)によれば,Dは,当時,資金繰りに困窮してお
り,Dを破綻させないためには「親会社」であるA株式会社が資金援助する必要
があったと認められるところ,後記(3)・ウで認定した各事実に照らせば,被告
がF元社長に対して500万円の支出を求めた点について,忠実義務違反ないし
善管注意義務違反があったということはできない。
  (3) 「被告が本件支出を回収しなかったことが,忠実義務違反ないし善管
注意義務違反に当たる」との主張について
   ア 被告は,A株式会社の取締役として,A株式会社に損害を被らせるこ
とを回避し,又はA株式会社が被る損害を可及的に最小限に抑えるよう適切な措
置をとるべき一般的な義務を負っていたものと認められる。
   イ そして,前提事実のとおり,被告は,平成9年6月までA株式会社の
海外事業部長の地位にあったものであり,証拠(証人F)によれば,被告は,平
成9年6月までの間,Dに対する債権の回収について第一次的に責任を負うべき
立場にあったことが認められるが,被告が,Dに対して本件支出を回収するため
の具体的な措置を取らなかったことは,被告も本人尋問において自認するところ
である。
   ウ しかし,証拠(甲21,甲23,乙13,証人F,被告本人)及び弁
論の全趣旨によれば,①海外事業部は,F元社長直属の部署であり,被告は,海
外事業部に関する重要事項はF元社長に報告し,その指示を受けながら海外事業
を行っていたこと,②F元社長の海外事業部に関する方針は,目先の利益を考え
るのではなく,将来展望が大事というものであり,実際,F元社長は,在任中,
被告に対し,Dに対する債権を回収する措置をとるように具体的な指示をしたこ
とはなかったこと,③Dは,平成5年12月の設立以来,受注状況が思わしくな
く,資金不足の状態にあり,そのような状況の中で,本件支出を回収しようとす
れば,Dを倒産に追い込むことになりかねなかったこと,④被告は,海外事業部
長在任中,Dから債権を回収するためには,Dの営業を強化して利益を上げ,し
かる後に回収するしかないと考えていたこと,⑤被告は,A株式会社の取締役で
あるとともに,Dの副董事長(副会長)でもあったのであり,A株式会社の利益
を図ると同時に,Dの利益をも図らねばならない立場にあったこと,以上の事実
が認められ,これらの事実に照らすと,被告において,F元社長の指示ないし取
締役会の決議もないにもかかわらず,Dが破綻するのが必定であるのに,独断
で,本件支出その他のDに対する債権の回収を実行すべき義務があったとまでは
いうことができない。
   エ 以上によれば,原告の主張は理由がない。
  (4) 「被告が正確な報告をしなかった」との主張について
   ア 取締役会に対する報告について
    (ア) 原告は,被告は,A株式会社の取締役として,その担当する海外
事業部に関する事項を取締役会において報告する義務があるところ,平成8年6
月にはDが危機的な状況にあることを知っていたのであるから,そのころ,Dの
経営状況を取締役会において報告すべき義務があったと主張する。
      そして,被告が,A株式会社の取締役会において,Dの経営状況に
ついて報告したことがなかったことは,被告も本人尋問において自認するところ
である。
    (イ) しかし,①前記認定のとおり,海外事業部は,F元社長直属の部
署であり,被告は,海外事業部に関する重要事項はF元社長に報告し,その指示
を受けながら海外事業を行っていたこと,②証拠(証人F,被告本人)によれ
ば,海外事業部に関する事項について取締役会に上程するか否かは,F元社長が
指示していたことが認められること,③証拠(甲1)及び弁論の全趣旨によれ
ば,被告は,A株式会社の代表取締役ではなく,職制上も,専務や常務といった
肩書きを有しない平取締役であったことが認められること,④証拠(証人F,被
告本人)によれば,被告は,F元社長に対して,適宜,Dを含む海外事業に関す
る事項について報告していたほか,A株式会社の全役員も構成員となっている営
業会議において,海外事業の受注状況,受注予定等を報告していたことが認めら
れること,以上によれば,海外事業部に関する事項について取締役会に対する報
告義務を負っていたのはF元社長であるというべきであり,被告は,海外事業部
長として,F元社長に対して報告義務を負っていたとはいえるが,取締役会にお
いてDの経営状況等を報告すべき具体的義務があったとまではいえない。
   イ 営業会議における報告について
    (ア) 原告は,被告が営業会議においてDの経営状況等について報告を
していたとしても,不正確な報告をしていたと主張する。
    (イ) 確かに,平成9年度の海外子会社の状況に関する報告書(乙2の
2)に記載されているDの売上高及び損失の数字は不正確であったことは,被告
も本人尋問において自認するところであるが,証拠(証人F)によれば,F元社
長は,Dのバランスシートその他でDの経営状況を把握し,その経営状況が芳し
くないことも十分認識していたことが認められることからすれば,被告は,F元
社長や営業会議において正確な報告をしていたものと推認することができ,前記
の報告書(乙2の2)の存在のみで,被告が営業会議においてDの経営状況につ
いて不正確な報告をしていたと断定することはできない。
   ウ 以上によれば,被告に取締役会ないし営業会議に対する報告に関し
て,忠実義務違反ないし善管注意義務違反があったとは認められず,原告の主張
は理由がない。
 3 争点ウ(原材料の販売代金)について
  (1) 「被告が独断で原材料を売却させたことが,忠実義務違反ないし善管
注意義務違反に当たる」との主張について
   ア 原告は,被告が独断でA株式会社をしてDに原材料を売却させたと主
張し,Nの陳述書(甲31)には,要旨,「Nは,被告に対し,原材料の出荷停
止を進言したが,聞き入れてもらえなかった。」との記載がある。
   イ しかし,Nの陳述書はその性質上,確たる証拠とはいえない上,仮
に,その内容が事実であったとしても,この事実のみからは,被告がF元社長の
決裁も受けずに独断で原材料の売却を指示したとまでは認められない。
     そして,①前記認定のとおり,被告は,海外事業部に関する重要事項
はF元社長に報告し,その指示を受けながら海外事業を行っていたことや,②証
人Fも,要旨,「Dから原材料売却代金の回収ができていないことは知っていた
が,原材料の出荷を停止することはDを破綻させることになるから,将来の仕事
量等などから判断して,あまりやかましく言わなかった。」と証言していること
に照らせば,被告は,F元社長の在任中は,同人の承認を得て,Dに原材料を売
却していたものと認めるのが相当である。
     また,F元社長退任後,被告が海外事業部長の地位を離れた平成9年
6月までの原材料の売却についてみても,証人Eは,要旨,「平成9年4月及び
5月にもDに原材料を売却している。就任直後で事情が良くわからなかったが,
仕事を続けていて材料がないと大変なことになるというので送ったものであ
る。」と証言していることからすれば,少なくとも,被告が独断で行わせたもの
ということはできない。
   ウ 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の主張
は理由がない。
   エ なお,原告の主張が「被告の独断行為でなかったとしても,A株式会
社がDに対して原材料を売却したことについて,被告に忠実義務違反ないし善管
注意義務違反がある」との趣旨を含むものであったとしても,証拠(甲21,被
告本人)及び弁論の全趣旨によれば,Dは,A株式会社が原材料を供給しなけれ
ば,仕事が出来ず破綻してしまう状況にあったことが認められるのであり,前記
2・(4)・イにおいて認定した各事実に照らすと,被告として,Dが破綻してし
まうような行動を取ることはできなかったというべきであるから,被告がF元社
長の承認の下,Dに対する原材料の供給を継続させたことについて,被告に忠実
義務違反ないし善管注意義務違反があったということはできない。
  (2) 「被告が原材料の売却代金を回収しなかったことが,忠実義務違反な
いし善管注意義務違反に当たる」との主張について
    前記2・(3)で認定・判断したところによれば,被告がDから原材料の
売却代金を回収する措置を取らなかったことについて,被告に忠実義務違反ない
し善管注意義務違反があるとはいえないから,原告の主張は理由がない。
  (3) 「被告が正確な報告をしなかった」との主張について
    前記2・(4)で認定・判断したとおり,原告の主張は理由がない。
 4 争点エ(施工隊人件費)について
  (1) 「取締役会決議事項であるのに,被告が独断で施工隊人件費の支出を
行わせた」との主張について
   ア 被告が独断でA株式会社をして施工隊人件費の支出を行わせたか否か
について
    (ア) 証拠(甲22の1ないし3,証人F,被告本人)及び弁論の全趣
 旨によれば,Jが受注したタイNFC工事にDのワーカーが施工隊として派遣
されたことに関連して,A株式会社からJに対し,平成8年11月5日から平成
9年3月3日までの間,合計664万6490円が支払われていることが認めら
れる。
    (イ) しかし,証人Fは,要旨,「タイNFC工事の関係で,Dからタ
イに人員を派遣したことは知っている。」と証言していることに加え,前記
2・(1)で認定・判断したところによれば,A株式会社が海外に送金するために
は,F元社長が決裁の上,送金を指示しなければできなかったのであるから,同
様に,A株式会社がDに合計664万6490円を送金したことも,F元社長が
決裁の上,送金を指示したものと推認することができ,この認定を覆すに足りる
証拠はない。
    (ウ) 以上によれば,A株式会社がDに対して合計664万6490円
を送金したことは,被告が独断で指示したものではなく,F元社長が被告からの
申出を受け,決裁の上,送金を指示したものと認めるのが相当である。
   イ 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の主張
は理由がない。
  (2) 「被告が施工隊人件費を支払わせたことが,忠実義務違反ないし善管
注意義務違反に当たる」との主張について
   ア まず,原告は,被告が独断で施工隊人件費の立替払いを行わせたと主
張するが,前記(1)で認定・判断したとおり,A株式会社がDに対して664万
6490円を送金したことは,被告が独断で行わせたものとは認められない。
     また,原告は,A株式会社が立替払いした当時,すでにJはこれを返
済することができるような状態にはなかったと主張するが,Jは,タイNFC工
事を受注して,工事を行っていたのであり,また,破綻に瀕していたと認めるに
足りる証拠もないから,支出時点においてすでに回収不能であったとは認められ
ない。
   イ 次に,原告は,被告がDのワーカーをタイNFC工事に派遣する必要
性がないのに,これを派遣したと主張するが,被告は,本人尋問において,要
旨,「インドネシアやマレーシアのワーカーは,すべてチェコの方に派遣されて
いたので,タイでのワーカーが不足していた。そして,タイでは中国人のビザが
取れるというので,Dのワーカーが遊んでいたので,これを使うことにした。」
と供述していることや,また,JのOから被告に宛てた,Dから派遣されたワー
カーに関して述べた書面(甲20)には,Dのワーカーの問題点も指摘されてい
るが,これにより助かっているとの記述もあり,その記載内容からは,派遣の必
要性がないのに敢えて派遣したという事実は窺えないことに照らすと,派遣する
必要がないのに派遣したとは認められない。
     また,原告は,Dから派遣されたワーカーの人件費は,相場の10倍
以上の高額に設定されていたと主張するが,中国国内の人件費と単純に比較する
ことはできないことや,派遣にかかる諸経費のことも考えると,異常な高額であ
ったとの立証があるとはいえない。
     更に,原告は,被告が,JのOからDのワーカーの技量が低く,タイ
のワーカーを増やすべきであるとの指摘を受けていたにもかかわらず,Dのワー
カーを派遣し続けたと主張するが,被告は,本人尋問において,要旨,「指摘を
受けた後,可能な範囲でタイのワーカーも使っている。」と供述しており,この
供述内容を覆すに足りる確たる証拠はない。
   ウ そしてまた,原告は,Dから派遣された施工隊の人件費をA株式会社
がJに代わって支払う必要性はなかったと主張するが,証拠(甲30,証人F)
によれば,Jには,当時,施工隊人件費を支払う余裕がなかったことが認めら
れ,他方で,これまで認定したとおり,Dも資金繰りに窮していたものであるか
ら,「親会社」のA株式会社としては,このような行動をとることによりD及び
Jを支援したことに特段の問題はないというべきである。
   キ その他,DからJに施工隊が派遣され,A株式会社がその人件費とし
て664万6490円を送金したことについて,被告に忠実義務違反ないし善管
注意義務違反があるとはいえない。
  (3) 「被告が施工隊人件費を回収しなかったことが,忠実義務違反ないし
善管注意義務違反に当たる」との主張について
   ア 前記認定のとおり,Jは,破綻に瀕していたものではないが,すぐに
支払う余裕がなかったことが認められるのであり,敢えて,回収しようとすれば
破綻に至ることは必定であったと考えられるから,前記2・(3)・ウで認定した
F元社長の海外事業についての方針に照らし,被告が,その海外事業部長在任中
にJから回収措置を取らなかったことについて,忠実義務違反ないし善管注意義
務違反があるとはいえない。
  (4) 以上によれば,原告の主張は理由がない。

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