弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成八年(ワ)第一五四〇六号 実用新案権侵害差止等請求事件
        判    決
      原    告     日亜化学工業株式会社
      右代表者代表取締役  【A】
      右訴訟代理人弁護士  品 川 澄 雄
      同          山 上 和 則
      同          吉 利 靖 雄
      右補佐人弁理士    【B】
      同          【C】
      同          【D】
      同          【E】
      被    告     豊田合成株式会社
      右代表者代表取締役  【F】
      右訴訟代理人弁護士  大 場 正 成
      同          尾 崎 英 男
      同          嶋 末 和 秀
      同          黒 田 健 二
      右補佐人弁理士    【G】
      同          【H】
      同          【I】
        主    文
 一 被告は、原告に対し、金一億〇四八六万円及びこれに対する平成九年九月一
三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
 二 原告のその余の請求を棄却する。
 三 訴訟費用は、これを四分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担
とする。
 四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
        事実及び理由
第一 原告の請求
 被告は、原告に対し、金一億五二三七万八五九七円及びこれに対する平成九年九
月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
 本件は、原告が被告に対し、被告は原告の窒化ガリウム系半導体発光素子の実用
新案権、窒化ガリウム系化合物半導体発光素子の特許権の各技術的範囲に属する発
光ダイオードチップを製造・販売し、原告の右実用新案権及び特許権を侵害したと
して、損害賠償(遅延損害金の支払を含む。)を求めている事案である。
 一 争いのない事実
  1 原告は、蛍光体及び各種の発光材料並びに関連する応用製品、電子工業製
品に関係する部品及び素材の製造・販売並びに研究開発等を業とする株式会社であ
る。
 被告は、自動車・搬送機器・船舶等の各種輸送機器用、農業機械・建設機械・工
作機械用、家庭電気機器用及び給排水等に関する住宅設備機器用のゴム・合成樹
脂・ウレタン製品、半導体を利用する表示・標識器具、電気・電子部品その他の製
造並びに販売等を業とする株式会社である。
  2(一) 原告は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」という。)を有
していた(平成一一年五月三一日存続期間終了)。
       登録番号   第三〇二七六七六号
       考案の名称窒化ガリウム系半導体発光素子
     出願日 平成五年五月三一日
       登録日 平成八年五月二九日
      なお、本件実用新案権については、平成五年法律第二六号による改
正後の実用新案法が適用される。
   (二) 本件実用新案権の願書に添付された明細書(平成一一年二月八日付
け訂正請求による訂正後のもの。以下「本件実用新案明細書」という。)の実用新
案登録請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりである(以下、この考案を「本
件考案」という。)。
      「ほぼ矩形の平面を有する基板の同一矩形面側に、平面がほぼ矩形
のn型窒化ガリウム系化合物半導体からなる第1の半導体層と、矩形の平面からそ
の1つの隅部を含む領域が切欠された平面形状を有するp型窒化ガリウム系化合物
半導体からなる第2の半導体層とを備え、該第2の半導体の切欠隅部に対応する該
第1の半導体層の表面に第1の電極層が形成され、該第2の半導体層のほぼ全面に
透光性の第2の電極層が形成され、該第2の電極層の隅部にワイヤボンディング用
の台座電極が形成され、該第1の電極層と該台座電極とは、基板の矩形面の投影面
の対角線上の位置に対応する位置に配置されていることを特徴とする窒化ガリウム
系化合物半導体発光素子。」
   (三) 本件考案の構成要件を分説すれば、次のとおりである(以下、分説
した各構成要件を、その符号に従い、「本件考案の構成要件A」のように表記す
る。)。
     A ほぼ矩形の平面を有する基板の同一矩形面側に、
     (1) 平面がほぼ矩形のn型窒化ガリウム系化合物半導体からなる第
1の半導体層と、
     (2) 矩形の平面からその一つの隅部を含む領域が切欠された平面形
状を有するp型窒化ガリウム系化合物半導体からなる第2の半導体層とを備え、
     B 該第2の半導体層の切欠隅部に対応する該第1の半導体層の表面に
第1の電極層が形成され、
     C 該第2の半導体層のほぼ全面に透光性の第2の電極層が形成され、
     D 該第2の電極層の隅部にワイヤボンディング用の台座電極が形成さ
れ、
     E 該第1の電極層と該台座電極とは、基板の矩形面の投影面の対角線
上の位置に対応する位置に配置されていることを特徴とする
     F 窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。
  3(一) 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有してい
る。
       特許番号   第二五六〇九六三号
       発明の名称窒化ガリウム系化合物半導体発光素子
     出願日 平成五年三月五日
       登録日 平成八年九月一九日
   (二) 本件特許権の願書に添付された明細書(平成九年一一月一一日付け
訂正請求(平成一〇年四月六日付け補正あり)による訂正後のもの。以下「本件特
許明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、次のとおりである(以下、この
発明を「本件発明」という。)。
      「n型窒化ガリウム系化合物半導体層と、p型窒化ガリウム系化合
物半導体層との間に、ZnおよびSiがドープされたn型InxGa1-xN(但し、xは0
<x<1の範囲である。)層を発光層として具備することを特徴とする窒化ガリウ
ム系化合物半導体発光素子。」
   (三) 本件発明の構成要件を分説すれば、次のとおりである(以下、分説
した各構成要件を、その符号に従い、「本件発明の構成要件A」のように表記す
る。)。
     A n型窒化ガリウム系化合物半導体層と、p型窒化ガリウム系化合物
半導体層との間に、n型InxGa1-xN(ただし、xは0<x<1の範囲である。)
層を発光層として備えている。
     B 発光層にZn及びSiをドープしている。
     C 窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。
  4 被告は、別紙「物件目録」記載の発光ダイオードチップ(以下「被告物
件」という。)及び被告物件を組み込んだLEDランプ(以下「被告ランプ」とい
う。)をそれぞれ製造し、平成八年九月一九日から平成九年四月末日までの期間、
被告物件を単体で二〇一万三七二七個、被告ランプを六五万九六九九個、それぞれ
販売した。右期間の合計販売金額は、被告物件が一億五九三七万二八九七円、被告
ランプが六六四四万六九九五円である。
  5 原告は、被告に対し、平成八年七月二九日到達の警告状(乙第一四号証)
において、本件実用新案権に係る実用新案技術評価書(甲第三号証)を提示して、
被告の製造・販売に係る窒化ガリウム系発光ダイオードランプに用いられているチ
ップが本件考案の技術的範囲に属する旨を警告した。
 二 争点
  1 被告物件が本件考案の技術的範囲に属するかどうか。殊に、被告物件が本
件考案の構成要件B、D及びEを充足するか。
  2 被告物件が本件発明の技術的範囲に属するかどうか。
  3 本件実用新案権侵害についての被告の過失の有無
  4 本件実用新案権及び本件特許権に基づく各請求に対する「先願特許実施の
抗弁」の成否
  5 本件特許権に基づく請求に対する「自由技術の抗弁」の成否
  6 原告の損害額
 三 当事者の主張
  1 争点1(被告物件が本件考案の技術的範囲に属するかどうか)について
   (原告の主張)
    被告物件の層4、層5及び層6は、n型窒化ガリウム系化合物半導体層で
あり、そのうち層5が本件考案の「第1の半導体層」に該当し、層8及び層9は、
p型窒化ガリウム系化合物半導体層であり、そのうち層9が本件考案の「第2の半
導体層」に該当し、電極層11は、本件考案の「透光性の第2の電極層」に該当
し、被告物件は、本件考案の構成要件A、C及びFを充足する。
    電極層10は、別紙「物件目録」の図面(以下「目録図面」という。)記
載のとおり、本件考案の「第1の半導体層」に該当する層5の表面の、「第2の半
導体層」に該当する層9(矩形の平面からその一つの隅部を含む領域が切欠された
平面形状を有する。)の切欠隅部に対応する箇所に形成されているので、本件考案
の「第1の電極層」に該当し、被告物件は、本件考案の構成要件Bを充足する。 
 
    台座電極12は、ワイヤボンディング用の電極であり、目録図面記載のと
おり、本件考案の「透光性の第2の電極層」に該当する電極層11の隅部に形成さ
れており、被告物件は、本件考案の構成要件Dを充足する。
    本件考案の「第1の電極層」に該当する電極層10と、本件考案の「ワイ
ヤボンディング用の台座電極」に該当する台座電極12とは、目録図面記載のとお
り、基板2の矩形面の投影面の対角線上の位置に対応する位置に配置されており、
被告物件は、本件考案の構成要件Eを充足する。
   したがって、被告物件は、本件考案の技術的範囲に属し、その製造・販売
は、本件実用新案権を侵害する行為に該当する。
   (被告の主張)
    本件考案は、窒化ガリウム系化合物半導体発光素子に係る平成五年五月三
一日付け特許出願(特願平五-一二九三一三号。以下「原特許出願」という。)か
らの平成八年一月二五日付け分割特許出願(特願平八-一一〇四四号)について、
同年二月六日に実用新案登録出願に変更し、平成五年法律第二六号による改正後の
実用新案法の下で、特許庁での審査を受けることなく、平成八年五月二九日に設定
登録されたものであり、原特許出願の願書に添付された図面・図3、本件実用新案
権の願書に添付された図面・図1に記載されているように、第1及び第2の電極層
が各々第1及び第2の半導体層の隅部で対角線上に形成されることを特徴としてい
る。しかるに、被告物件においては、目録図面・図2に示されているように、電極
層10が形成されているのは第2の半導体の切欠隅部ではなく、また、台座電極1
2が形成されているのは透明電極層11の隅部ではない。さらに、電極層10及び
台座電極12は、その基板に対する大きさからすれば、対角線上の位置にあるとは
いえない。したがって、被告物件は、本件考案の構成要件B、D、Eを充足せず、
その技術的範囲に属しない。
  2 争点2(被告物件が本件発明の技術的範囲に属するかどうか)について
   (原告の主張)
    被告物件は、窒化ガリウム系化合物半導体発光素子であって、層4、層5
及び層6がn型窒化ガリウム系化合物半導体層であり、層8及び層9がp型窒化ガ
リウム系化合物半導体層である。そして、n型窒化ガリウム系化合物半導体層とp
型窒化ガリウム系化合物半導体層との間に、Si及びZnがドープされたn型InGaN層で
ある層7を発光層として備えている(なお、層7におけるGaとInとの組成比率
は、Ga:In=0.89:0.11である。)。したがって、被告物件は、本件発明の構成要件
AないしCをすべて充足し、本件発明の技術的範囲に属するものであり、その製
造・販売は、本件特許権を侵害する行為に該当する。
   (被告の主張)
   (一)被告の主張その一
       本件発明は、発光効率及び発光強度の増大をその作用効果とするも
のであるが、平成二年一二月二六日に被告らによって特許出願され、平成四年八月
三一日に出願公開された「窒化ガリウム系化合物半導体レーザダイオード」に係る
発明(特願平二-四一四八四三号、特開平四-二四二九八五号。以下「被告A発
明」という。)、平成二年四月二七日に被告らによって特許出願され、平成四年一
月一四日に出願公開された「窒化ガリウム系化合物半導体発光素子」に係る発明
(特願平二-一一四一九一号、特開平四-一〇六六五号。以下「被告B発明」とい
う。)に照らせば、本件特許明細書の特許請求の範囲に記載された構成のみでは、
公知技術である被告A発明と被告B発明との単なる寄せ集めによる作用効果を奏す
るにすぎないというべきであるから、本件発明の技術的範囲は、具体的に発光強度
が示されている実施例の構成を参酌して定めるほかはない。そして、本件発明の実
施例に示された発光強度、発光効率が特定の「n型窒化ガリウム系化合物半導体
層」及び「p型窒化ガリウム系化合物半導体層」との組み合わせによって実現され
ていることをも考慮して、本件発明の技術的範囲を限定的に解すべきである。
       本件発明の実施例では、「n型窒化ガリウム系化合物半導体層」
は、具体的にはSiを1×1020
/cm3
ドープしたn型GaN層である。これに対し、被告物
件では、右のSi濃度に相当する高キャリア濃度のn+
層5とInGaN層7の間に、低キャ
リア濃度のGaNのn層6が存在している。本件発明の実施例では、単に高濃度のSiを
ドープしたn型GaN層を用いているが、被告物件では、GaNの単結晶についてはSiを
多く加えると結晶性が劣化するため、層5の上に直接層7を形成すると層7の結晶
性に悪影響が及んで発光効率、発光強度が損われることから、層5より結晶性の優
れたSi濃度の低い層6を介在させ、高キャリア濃度のGaN層5と低キャリア濃度の
GaN層6との組合せとすることによって、層7の結晶性を良好なものとし、層7の発
光効率、発光強度の向上を実現している。
       また、本件発明の実施例では、「p型窒化ガリウム系化合物半導体
層」は、具体的にはMgを2×1020
/cm3
ドープしたp型GaN層である。これに対し、被
告物件では、MgがドープされたGaAlN層8とMgがドープされたGaN層9からな
り、GaInN層7に直に接している層はGaAlN層8である。GaInN層7に接している層の
組成は、ダブルヘテロ構造に直接影響を与える要素であり、被告物件においては、
本件発明の実施例のダブルヘテロ構造とは異なる組成の選択をしている。被告物件
における層8の組成の選択は、被告物件の発光効率を向上させる上で極めて重要な
働きをしている。
      そうすると、被告物件は、本件発明の実施例に示された層構成とは
異なる層構成によって、発光効率、発光強度の向上を実現しているものであるか
ら、本件発明の構成要件A所定の「n型窒化ガリウム系半導体層」及び「p型窒化
ガリウム系半導体層」を備えているとはいえず、本件発明の技術的範囲に属するも
のではない。
   (二)被告の主張その二
       本件発明は、InGaN層を発光層とするダブルヘテロ型GaN系発光素子
につき、ZnとSiの両方を発光層にドープするという構成によって、発光強度が増大
するという作用効果を奏するものであるが、SiがドープされたInGaN層を発光層と
するダブルヘテロ型GaN系発光素子は、「ジャーナル オブ アプライド フィジッ
クス三二巻」(乙第一二号証)によって、また、n型の窒化ガリウム系化合物半導
体層とi型の窒化ガリウム系化合物半導体層からなるMIS型窒化ガリウム系化合
物半導体発光素子において、発光層であるi層のドーピング元素としてZnとSiを共
に添加すること、ZnとSiのドーピングの割合を変えると発光色が変わることは、い
ずれも被告B発明の公開特許公報(乙第八号証)によって、それぞれ開示されてい
る。
       これらの公知技術に加えて、本件特許明細書の記載、殊に実施例及
び比較例の各特性や、発光層にドナー及びアクセプタとしてドーパントを添加して
発光色すなわち主発光波長を調節することは当業者に容易であり、その場合にドー
パントの添加量を多くすれば発光強度が増大することも当然に予想されるものであ
ること、本件発明の実施例についてシリコンのドープ量が亜鉛のドープ量に対し数
倍となっている点を強調する後記の原告の主張内容(原告の反論(一)参照)など
を併せみれば、本件発明の技術的意義は、むしろ、Zn及びSiの濃度を実施例1ない
し3のように変えても、発光層に形成される主たるバンドギャップの大きさが変わ
らず、右実施例のようなドーパント濃度条件下では、発光色すなわち主発光波長が
Inの添加量により決定され、Zn及びSiの量によって変化しないというところにあ
り、本件発明は、本件特許明細書の特許請求の範囲に記載されてはいないものの、
シリコンのドープ量が亜鉛のドープ量の数倍になることをその構成要件とするもの
というべきである。    
       被告物件では、ZnとSiの濃度はいずれも1018
/cm3
のオーダーである
が、Zn及びSi添加の目的は所望の青色発光の波長調節にあり、その濃度については
適度な発光強度が得られるものが選択されているにすぎない。また、被告物件の設
計条件では、主発光波長はZnとSiの濃度によって変わっている。さらに、被告物件
では、SiとZnの濃度はほぼ同程度(SiがZnの一・二ないし一・三倍程度)である。
       したがって、被告物件は、本件発明の技術的範囲に属しない。
   (原告の反論)
   (一)被告の主張その一に対して
       本件発明は、Zn及びSiがドープされたn型InxGa1-xN層を発光層
として具備することを特徴とする半導体発光素子であるのに対し、被告A発明は、
このような層を有する発光素子ではない。また、本件特許明細書には、本件発明の
作用効果として、ドナー及びアクセプタのペア発光の数が増加することにより青色
発光強度が増大すること(段落【0010】)、主発光波長についてはInGaN中の
Inのモル比を変えることによって赤色から紫色まで自由に調節することができるこ
と(段落【0025】)が記載されているが、被告A発明に係る公開特許公報(乙
第七号証)には、このような作用効果について何ら開示されていない。
       次に、本件発明は、n型窒化ガリウム系化合物半導体層とp型窒化
ガリウム系化合物半導体層の組合せを用いる発光素子であり、Zn及びSiがドープさ
れたn型InxGa1-xN層を発光層とするのに対し、被告B発明は、n層とi層との
組み合わせを用いる発光素子であって、その公開特許公報(乙第八号証)は、本件
発明の構成を何ら示唆するものではない。また、本件発明では、前記のとおり、ド
ナー及びアクセプタのペア発光の数が増加することによって青色発光強度が増大
し、主発光波長についてはInGaN中のInのモル比を変えることによって赤色から紫色
まで自由に調節することができるという作用効果を奏するのに対し、右公開特許公
報は、右の作用効果を奏することについて何ら示唆するものではない。さらに、右
公開特許公報では、本件発明の実施例についての「シリコンを5×1019
/cm3
、亜鉛を
1×1019
/cm3
ドープした」との記載に見られる、シリコンのドープ量が亜鉛のドープ
量に対し数倍となるような事例も存在しない。
       したがって、本件発明は、被告A発明及び被告B発明の単なる寄せ
集めではなく、その技術的範囲が実施例の構成に限定される理由はない。
   (二)被告の主張その二に対して
       乙第一二号証には、pn接合型窒化ガリウム系化合物半導体発光素
子のInGaN発光層にSiをドープすることは記載されていても、Znをドープすること
については記載されていないし、示唆もされていない。また、被告B発明に係る公
開特許公報(乙第八号証)は、本件発明の構成要件及び作用効果を開示するもので
はないことは、前述したとおりである。乙第一二号証に係る技術及び被告B発明
は、本件発明とは異なるものであり、この点は、本件特許権に対する無効審判の請
求を成り立たないとした審決(甲第三〇号証)に照らしても明らかである。さら
に、被告B発明がMIS型発光素子に関するものであるのに対し、乙第一二号証に
係る技術は、pn接合型発光素子に関するものであって、両者は発光機構を異に
し、これらを組み合わせること自体、根拠がない。
       本件発明においては、ZnとSiに関する構成要件は、本件特許明細書
の特許請求の範囲に基づく限り、ZnとSiの具体的な濃度又はそれらの割合ではな
く、InGaN発光層にZn及びSiをドープしてn型とすることであり、主発光波長がZn及
びSiの濃度によって変化するか否かは、本件発明の技術的範囲を定めるについて何
ら影響しない(なお、主発光波長がZn及びSiの濃度によって変化する場合は、当業
者は必要に応じてInの組成比を調整して主発光波長を決定できる。)。
       したがって、被告の主張するように、本件発明の技術的範囲につい
て、実施例を採り上げて、限定的に解釈すべき理由はない。
       被告物件は、InGaN発光層にZnとSiを添加してn型としているのであ
って、これにより本件発明の効果である発光強度の増大を得ているのであり、ま
た、1018
/cm3
というZnとSiの濃度についても、本件発明の実施例をそのまま用いて
いるから、本件発明の技術的範囲に属する。
  3 争点3(本件実用新案権侵害についての被告の過失の有無)について
   (原告の主張)
    被告は、本件考案の技術的範囲に属する被告物件を製造・販売して、本件
実用新案権を侵害したものであり、これについて少なくとも過失がある。
   (被告の主張)
    平成五年法律第二六号による改正後の実用新案法においては、特許法一〇
三条の過失の推定規定が準用されていない(実用新案法三〇条参照)。これは、実
用新案が特許庁の審査を経ることなく登録されるので、登録された実用新案の有効
性が公的に担保されず、単に実用新案が登録されたという事実のみで一般第三者の
過失を推定することはできないという配慮によると考えられる。そして、実用新案
法では、技術評価書を提示して警告を行なうことを実用新案権行使の条件としてい
るが(同法二九条の二)、本件のように技術評価書の評価が「2」(当該考案が進
歩性を欠如するものと判断されるおそれがある。)である場合には、有効な権利の
存在を推定させるものではなく、むしろ無効な権利であることの推定が働く。した
がって、評価「2」の技術評価書によって警告を受けた者には、仮に後に裁判所に
よって実用新案権侵害の判断がなされることがあっても、そのことについて過失が
あるとはいえないと解すべきである。
    本件においては、被告物件は、平成九年四月に販売が終了し、その後本件
対象外の新製品に切り変わっており、同月以前に評価「6」(特に関連する先行技
術文献を発見できない。)の技術評価書が得られて、その技術評価書に基づく警告
がなされていない以上、仮に被告物件の製造・販売が本件実用新案の侵害に当たる
としても、被告には過失があるとはいえない。
    したがって、被告は、本件実用新案権の侵害を理由とする損害賠償責任を
負うものではない。
  4 争点4(「先願特許実施の抗弁」の成否)について
   (被告の主張)
    被告は、本件考案の実用新案登録出願の日である平成五年五月三一日及び
本件発明の特許出願の日である同年三月五日のいずれよりも前に出願された第二六
二三四六六号特許権(平成二年二月二八日出願。以下「被告第一特許権」とい
う。)及び第二六六六二二八号特許権(平成三年一〇月三〇日出願。以下「被告第
二特許権」という。)を有しており、特許法六八条によってこれを専ら実施する権
利を有しているところ、被告物件は、さらに左記の構成を備えており、被告第一特
許権及び被告第二特許権に係る各発明を実施したものである。したがって、被告
は、被告物件の製造・販売が本件実用新案権及び本件特許権を侵害することを理由
とする本訴請求に対し、特許法六八条に基づき、「先願特許実施の抗弁」を有す
る。
           記
    SiがドープされたGaNからなる層5、層6は、有機金属化合物気相成長法に
より形成され、気相成長時に導入されたSiを含むことによって、それぞれの抵抗率
が1.0×10-2
Ω・cm及び4.5×10-2
Ω・cmであり、Mgがドープされた層8、層9全体
に均一に電流が流れる。
   (原告の主張)
    被告第一特許権及び被告第二特許権に係る各発明と本件発明及び本件考案
とは、異なる構成要件から成る異なる技術思想であり、ある技術態様が被告第一特
許権及び被告第二特許権に係る各発明の技術的範囲に属すると同時に、本件発明あ
るいは本件考案の技術的範囲にも属することがあり得ることは、多言を要しない。
その場合には、被告第一特許権及び被告第二特許権に係る各発明の技術的範囲に属
する技術態様であっても、これを原告に無断で実施した場合には、本件特許権ある
いは本件実用新案権の侵害となる。このように、たとえ先願特許発明の実施であっ
ても、後願の他の特許発明や登録実用新案の技術的範囲にも属し、その特許権や実
用新案権の侵害を構成することがあり得るのであるから、「先願特許の実施」であ
るからといって、それだけで直ちに本件実用新案権や本件特許権の侵害に対する抗
弁が成立することにはならない。したがって、被告の「先願特許実施の抗弁」は、
適法な抗弁たり得ない。
  5 争点5(「自由技術の抗弁」の成否)について
   (被告の主張)
    本件発明は、GaInNを発光層としたダブルヘテロ構造の窒化ガリウム系化合
物半導体発光素子で、発光層にSiとZnをドープしたことを特徴とするものである
が、以下に述べるとおり、本件特許権の特許出願日より前に被告によって特許出願
され、公開されていた被告A発明及び被告B発明から容易に推考されるもの、ある
いは右各発明の単なる寄せ集めにすぎないものであり、何人も自由に実施すること
のできる技術である。
    まず、被告A発明に係る公開特許公報(乙第七号証)には、レーザダイオ
ードに不可欠であり、発光ダイオードの素子構造でもあるダブルヘテロ構造の窒化
ガリウム系化合物半導体発光素子構造が開示されており、本件発明と被告A発明
は、発光層にZn及びSiをドープすることが開示されているか否かの点で相違するだ
けである。また、被告B発明は、MIS型の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子
においてドナー及びアクセプタとしてSiとZnを混入した発光素子の発明であり、そ
の公開特許公報(乙第八号証)には、特許請求の範囲として「n型の窒化ガリウム
系化合物半導体(AlxGa1-xN;x=0を含む)からなるn層と、i型の窒化ガリ
ウム系化合物半導体(AlxGa1-xN;x=0を含む)からなるi層とを有する窒化
ガリウム系化合物半導体発光素子において、前記i層のドーピング元素は、亜
鉛(Zn)とシリコン(Si)であることを特徴とする発光素子。」と記載されてい
る。
    MIS型にしても、pn接合を用いたダブルヘテロ構造にしても、ドナー
やアクセプタを混入した発光素子の技術は、広く半導体の発光素子技術に共通する
一般的なものである。ただ、ドナーやアクセプタになり得る様々な元素のうち、ど
の元素の組合せが適当であるかはGaN系と他の半導体(例えばGaAs系)で当然に同じ
とはいえない。しかし、被告B発明にかかる公開特許公報(乙第八号証)には、Zn
及びSiがGaN系半導体発光素子のドナー、アクセプタとして適当であることが開示
されているので、この知見を被告A発明に係るダブルヘテロ構造のGaN系半導体発光
素子に適用して本件発明を想到するのは、当業者にとって容易である。この点は、
本件特許明細書の「発明が解決しようとする課題」欄の記載等からも明らかであ
る。
    したがって、本件発明は、被告A発明及び被告B発明から容易に推考され
るもの、あるいは右各発明の単なる寄せ集めにすぎないものであり、何人も自由に
実施することのできる技術というべきであり、被告物件の製造・販売は、本件特許
権を侵害する行為に該当しない。
   (原告の主張)
    前記のとおり、被告A発明及び被告B発明に係る各公開特許公報(乙第七
号証及び第八号証)は、本件発明の構成要件及び作用効果を開示するものではな
く、被告A発明及び被告B発明と本件発明とは、構成・作用効果が異なる全く別の
発明である。本件発明は、被告A発明及び被告B発明から容易に推考されるもので
も、右各発明の単なる寄せ集めでもなく、何人も自由に実施することのできる技術
とはいえない。
  6 争点6(原告の損害額)について
   (原告の主張)
    被告物件の単価は、一個当り七九・一四円(合計販売金額一億五九三七万
二八九七円÷販売個数二〇一万三七二七個)であり、被告ランプの単価は、一個当
り一〇〇・七二円(合計販売金額六六四四万六九九五円÷販売個数六五万九六九九
個)である。被告物件の製造原価は、一個当り二五円を上回らず、被告ランプの製
造原価は、一個当り三五円を上回らない(甲第三三号証。なお、原告の同種製品の
製造原価が右金額よりも低額であることに照らしても、右金額は妥当である。)。
そうすると、被告物件について、被告がその販売によって取得する限界利益は一個
当り五四・一四円(単価七九・一四円-製造原価上限二五円)、平成八年九月一九
日から平成九年四月末日までの間の合計販売利益額は一億〇九〇二万三一七九円
(五四・一四円×二〇一万三七二七個)と算定され、また、被告ランプについて、
被告がその販売によって取得する限界利益は一個当り六五・七二円(単価一〇〇・
七二円-製造原価上限三五円)、右期間の合計販売利益額は四三三五万五、四一八
円(六五・七二円×六五万九六九九個)と算定される。
    また、弁理士・税理士【J】作成の見解書(甲第三八号証)によれば、右
期間の被告物件及び被告ランプの販売による被告の限界利益率は、七三・五パーセ
ントと認められ、右期間の被告物件及び被告ランプの合計販売利益は、一億六五九
七万七六二〇円(被告物件及び被告ランプの合計販売金額二億二五八一万九八九二
円×七三・五パーセント)と算定される。
    したがって、被告は、右期間に少なくとも一億五二三七万八五九七円を上
回る利益を得たものということができるから、特許法一〇一条二項に基づき、右金
額が本件実用新案権及び本件特許権の侵害行為によって原告の受けた損害額と推定
される。
   (被告の主張)
    被告物件及び被告ランプは、被告が製造、販売したpn接合型窒化ガリウ
ム系発光ダイオードの最初の製品であり、そのため製品の売上に比べて製造開発費
が多くかかり、また、生産性も低かったため、売上利益及び営業利益はいずれもマ
イナスであった(売上高二億二五八一万九八九二円、売上原価四億一三三八万一二
六六円、販売費及び一般管理費八四四九万二二三四円)。したがって、被告は、平
成八年九月一九日から平成九年四月末日までの間、被告物件及び被告ランプの製
造・販売によって利益を受けているものではなく、原告が一億五二三七万八五九七
円の損害を受けたものと推定し得るものではない。
第三 当裁判所の判断
 一 争点1(被告物件が本件考案の技術的範囲に属するかどうか)について
  1 弁論の全趣旨によれば、被告物件の層4、層5及び層6は、n型窒化ガリ
ウム系化合物半導体層であり、そのうち層5が本件考案の「第1の半導体層」に該
当し、層8及び層9は、p型窒化ガリウム系化合物半導体層であり、そのうち層9
が本件考案の「第2の半導体層」に該当し、電極層11は、本件考案の「透光性の
第2の電極層」に該当するものと認められる。したがって、被告物件は、本件考案
の構成要件A、C及びFを充足する。
  2 次に、被告物件が本件考案の構成要件Dを充足するかどうかについて検討
する。
    甲第二号証によれば、本件実用新案明細書には、次の記載がされているこ
とが認められる。
  (一) サファイア基板の半導体層非形成面でチップをリードフレームにマウ
ントした構造の発光素子は、チップサイズを小さくできるという利点はあるが、窒
化ガリウム系化合物半導体層(特に最上層のp型層)に形成された電極によって発
光光が遮られ、発光光取り出し効率が低下するという欠点がある。つまり、電極に
金線等をワイヤーボンディングする際、ボンディング位置の電極面積は、金線の太
さに合わせてある程度の大きさを必要とするため、その位置が発光面の中心部にあ
ると、その中心部の電極、ワイヤーボンディングの際にできるボール等で発光光が
遮られることになる。(段落【0007】)
  (二) 本考案は、‥‥発光素子からの発光光をできるだけ遮ることなく外部
に取り出し得る構造を提供することを主目的とする。(段落【0008】)
  (三) 本考案の発光素子は、‥‥第2の半導体層(p型層)13上の電極層
15に形成された台座電極16が第2の電極層15の隅部でワイヤーボンディング
を行うことができるため、電極やボールにより発光光が遮られることが抑制され、
効率よく外部へ発光光を取り出すことができる。(段落【0024】)
  (四) 本考案によれば、‥‥発光光をできるだけ遮ることなく外部に取り出
し得る窒化ガリウム系化合物半導体発光素子構造が提供される。(段落【002
9】)
 本件実用新案明細書の右各記載からすれば、本件考案は、電極がある程度の面積
を必要とするので、それが発光面の中心部にあると、その電極やワイヤーボンディ
ングの際にできるボール等で発光光が遮られることから、発光光をできるだけ遮る
ことなく外部に取り出し得るようにするために、台座電極について「第2の電極層
の隅部」に配置するという構成を採ったものであって、これに本件考案の構成要件
A所定の「第2の半導体層」の平面形状や、「隅」という語が一般に「囲まれた区
域のかど」、「場所の中央でない所」という意味を有すること(広辞苑第五版参
照)などをも併せ考えれば、構成要件Dにいう「第2の電極層の隅部」とは、ある
程度の面積を必要とする台座電極についての第2の電極層上の配置場所として、第
2の電極層の平面上の突出部付近の場所で、かつ、第2の電極層の平面上の中心部
付近でない場所を意味するというべきである。
      被告物件においては、別紙「物件目録」の「構造の説明」欄の記載及
び目録図面・図2に示されたとおり、本件考案の「第2の電極層」に該当する電極
層11は、矩形からその一つの隅部を含む領域を切欠した平面形状を有するのに対
し、電極層11表面に形成された台座電極12は、平面が正方形状であり、その一
端がチップの中心点、すなわちチップの平面を縦横各々二等分する仮想線A-A及
びB-Bの交点にあり、正方形の右一端から延伸された二辺が右仮想線A-A及び
B-Bに接する位置に形成されている。そうすると、被告物件の台座電極12は、
もはや電極層11の平面上の中心部付近でない場所に形成されているとはいえず、
被告物件は、構成要件Dを充たすものではないというべきである。
  3 以上によれば、被告物件は、本件考案の技術的範囲に属するものとはいえ
ないから、原告の請求のうち本件実用新案権の侵害を理由とするものは、その余の
点(争点3、4及び6)について判断するまでもなく、理由がない。
 二 争点2(被告物件が本件発明の技術的範囲に属するかどうか)について
  1 弁論の全趣旨によれば、被告物件は、窒化ガリウム系化合物半導体発光素
子であって、層4、層5及び層6がn型窒化ガリウム系化合物半導体層であり、層
8及び層9がp型窒化ガリウム系化合物半導体層であること、右のn型窒化ガリウ
ム系化合物半導体層とp型窒化ガリウム系化合物半導体層との間に、Si及びZnがド
ープされたn型InGaN層である層7を発光層として備えていることがそれぞれ認めら
れる。したがって、被告物件は、本件発明の構成要件AないしCをすべて充足す
る。
  2 被告は、本件発明について、本件特許明細書の特許請求の範囲に記載され
た構成のみでは公知技術である被告A発明と被告B発明との寄せ集めによる作用効
果を奏するにすぎず、その技術的範囲は実施例の構成を参酌して定めるほかはない
とし、本件発明の構成要件A所定の「n型窒化ガリウム系半導体層」及び「p型窒
化ガリウム系半導体層」について、実施例に示された層構成に限定して解釈すべき
旨を主張するので(被告の主張その一)、この点について検討する。
    甲第五号証、第二三号証の一、二、第二四号証によれば、本件発明は、n
型窒化ガリウム系化合物半導体層とp型窒化ガリウム系化合物半導体層の組合せを
用い、Si及びZnをドープしたn型InGaN層を発光層とするダブルヘテロ構造の窒化ガ
リウム系化合物半導体発光素子であり、その発光層にSi及びZnをドープすることに
よって、従来のMIS構造の発光素子に比して、発光効率及び発光強度を格段に増
大させることをその作用効果とするものであると認められる。
    しかるに、乙第七号証によれば、被告A発明は、青色ないし紫色領域、あ
るいは紫外光領域での発光が可能な半導体レーザーを得ることを目的とするもので
あり、その公開特許公報には、((AlxGa1-x)yIn1-yN:0≦x≦1,0≦y≦1)から
なる層(x=0の場合にはInGaN層となる。)を発光層としたダブルヘテロ構造の窒
化ガリウム系化合物半導体発光素子構造が開示されていることが認められるもの
の、その発光層にZn及びSiをドープする構成は開示されておらず、右構成による発
光効率及び発光強度の増大も何ら示唆されていない。また、乙第八号証によれば、
被告B発明は、n層とi層との組み合わせを用いるMIS構造の窒化ガリウム系化
合物半導体発光素子において、発光色を変化させることをその作用効果とするもの
であり、その公開特許公報には、i層にZn及びSiをドープし、Znに対してSiのドー
ピング割合を変化させることにより、青色、白色、赤色と発光色を変化させ得る旨
が記載されていることが認められるが、n型InGaN層を発光層とするダブルヘテロ構
造の発光素子においてその発光層にSi及びZnをドープする構成は開示されておら
ず、右構成による発光効率及び発光強度の増大も何ら示唆されていない。そして、
被告A発明と被告B発明とは、一方がダブルヘテロ構造、他方がMIS構造であ
り、その発光機構が異なり、これらを組み合わせれば、ダブルヘテロ構造の発光素
子を用いて発光強度を増加させることになると当然に言えるものではない。
    そうすると、本件発明は、被告A発明と被告B発明との寄せ集めによる作
用効果を奏するにすぎないということはできず、本件発明の構成要件A所定の「n
型窒化ガリウム系半導体層」及び「p型窒化ガリウム系半導体層」について、本件
発明の実施例に示された層構成に限定して解釈すべき理由はない。
    したがって、被告の右主張は、採用できない。
  3 被告は、「ジャーナル オブ アプライド フィジックス三二巻」(乙第
一二号証)に係る技術や被告B発明、本件特許明細書の記載、発光層にドナー及び
アクセプタとしてドーパントを添加して発光色すなわち主発光波長を調節すること
は当業者に容易であり、その場合にドーパントの添加量を多くすれば発光強度が増
大することも当然に予想されるものであることなどから、本件発明の技術的意義に
ついて、その実施例1ないし3のようなドーパント濃度条件下では発光色がInの添
加量により決定され、Zn及びSiの量によって変化しないというところにあると捉
え、本件発明は、シリコンのドープ量が亜鉛のドープ量の数倍になることをその構
成要件としている旨を主張するので(被告の主張その二)、この点について検討す
る。
    前記のとおり、本件発明は、Si及びZnをドープしたn型InGaN層を発光層と
するダブルヘテロ構造の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子であり、その発光層
にSi及びZnをドープすることによって、従来のMIS構造の発光素子に比して、発
光効率及び発光強度を格段に増大させることをその作用効果とするものであると認
められる。
    しかるに、乙第一二号証には、n型InGaN層を発光層とするダブルヘテロ構
造の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子において、その発光層にSiをドープする
ことが開示されているが、併せてZnをドープすることについては開示されていない
し、示唆もされていない。また、被告B発明の公開特許公報(乙第八号証)には、
i層にZn及びSiをドープし、Znに対してSiのドーピング割合を変化させることによ
り、青色、白色、赤色と発光色を変化させ得る旨が記載されていることが認められ
るが、n型InGaN層を発光層とするダブルヘテロ構造の発光素子においてその発光
層にSi及びZnをドープする構成は開示されておらず、右構成による発光効率及び発
光強度の増大も何ら示唆されていないことは、前記のとおりである。そして、乙第
一二号証に係る技術と被告B発明とは、一方がダブルヘテロ構造、他方がMIS構
造であり、その発光機構が異なり、これらを組み合わせれば、ダブルヘテロ構造の
発光素子を用いて発光強度を増加させることになると当然に言えるものではない。
    右の点に加え、本件特許明細書には、「Zn濃度よりもSi濃度の方を多くす
ることによりInGaNを好ましくn型とすることができる。」という記載(段落【0
009】)や、「主発光波長はInGaN中のInのモル比を変えることによって赤色から
紫色まで自由に調節することができ、その産業上の利用価値は大きい。」という記
載(段落【0025】)はあるものの、Siのドープ量がZnのドープ量の数倍である
ことや、主発光波長がZn及びSiの量によって変化しないことを示す記載は一切な
く、単に本件発明の実施例において、Siのドープ量がZnのドープ量の四倍ないし五
倍になっていたにすぎないこと(甲第五号証、第二三号証の一及び二、第二四号証
によって認められる。)などを併せ考えると、本件発明について、シリコンのドー
プ量が亜鉛のドープ量の数倍になることをその構成要件としていると解すべき理由
はない。
    したがって、被告の右主張は、採用できない。
  4 以上によれば、被告物件は、本件発明の技術的範囲に属するものというべ
きである。
 三 争点4(「先願特許実施の抗弁」の成否)について
   被告は、本件特許権より先願の被告第一特許権及び被告第二特許権を有して
いるところ、被告物件は被告第一特許権及び被告第二特許権の各発明を実施したも
のであるから、被告物件の製造・販売が本件実用新案権及び本件特許権を侵害する
ことを理由とする本訴請求に対し、特許法六八条に基づく「先願特許実施の抗弁」
を有する旨を主張する。
   そこで検討するに、特許法は、六八条本文において、特許権者が業として特
許発明の実施をする権利を専有する旨を規定するが、特許権者による特許発明の実
施であっても、他人の権利との関係において制限され得ることは当然であり、ある
特許発明の実施であっても、それがその特許とは別個の他人の特許発明又は登録実
用新案の技術的範囲に属するような態様でされる場合には、その他人の特許権又は
実用新案権を侵害する行為に該当するものとして、許されるものではない。そし
て、この理は、その他人の特許発明又は登録実用新案が先願であると後願であると
で異なるところはなく、例えば、ある特許発明が先願の特許発明を利用するもので
あり、特許法七二条により、その実施について当該先願の特許発明に係る特許権者
の許諾が必要な場合であっても、その利用発明が特許として有効に成立している以
上、当該利用発明により付加された発明部分はその先願の特許発明において開示さ
れた技術思想を超えるものであり、当該先願の特許発明の特許権者が当該利用発明
により付加された発明部分までをも自由に実施し得るというものではない。そうす
ると、被告物件が本件実用新案権及び本件特許権より先願の被告第一特許権及び被
告第二特許権の各発明を実施したものであるからといって、それだけで直ちに本訴
請求に対する適法な抗弁が成立するものではない。
   したがって、被告の「先願特許実施の抗弁」は、その主張自体失当というべ
きである。
 四 争点5(「自由技術の抗弁」の成否)について
  前記二2のとおり、被告A発明は、本件発明に係るInGaN層を発光層としたダ
ブルヘテロ構造の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子の発光層にZn及びSiをドー
プする構成並びに右構成による発光効率及び発光強度の増大を開示・示唆するもの
ではなく、また、被告B発明は、n型InGaN層を発光層とするダブルヘテロ構造の発
光素子においてその発光層にSi及びZnをドープする構成並びに右構成による発光効
率及び発光強度の増大を開示・示唆するものではない。そして、被告A発明と被告
B発明とは、一方がダブルヘテロ構造、他方がMIS構造であり、その発光機構が
異なり、これらを組み合わせれば、ダブルヘテロ構造の発光素子を用いて発光強度
を増加させることになると当然に言えるものではない。
   そうすると、本件発明は、被告A発明及び被告B発明から容易に推考される
ものでも、右各発明の単なる寄せ集めでもなく、何人も自由に実施することのでき
る技術とは到底いえない。
   右によれば、特許権侵害訴訟において、特許無効の抗弁とは別個に、いわゆ
る「自由技術の抗弁」なるものを有効な抗弁として扱い得るかどうかはひとまずお
くとしても、本件における被告の「自由技術の抗弁」が、その前提を欠き失当であ
ることは明らかである。
 五 争点6(原告の損害額)について
  1 これまでに検討したところによれば、被告物件及び被告ランプを製造・販
売することは、本件特許権を侵害する行為に当たり、原告は、被告に対し、その侵
害行為により自己の受けた損害の賠償を請求し得る。
  2 ところで、損害額に関する原告の主張は、特許法一〇二条二項に基づい
て、被告が本件特許権侵害行為により得た利益の額を原告の損害額と推定するもの
であるが、ここでいう「利益」とは、純利益を指すものではなく、売上高から売上
額に比例して増減する、いわゆる変動経費を控除したものを意味するというべきで
ある。
  3(一) 被告物件及び被告ランプの平成八年九月一九日から平成九年四月末
日までの期間の売上高(合計販売金額)が合計二億二五八一万九八九二円(被告物
件につき一億五九三七万二八九七円、被告ランプにつき六六四四万六九九五円)で
あることは、当事者間に争いがない。
   (二) そこで、右期間の変動経費の額について検討する。
 この点について、被告は、売上原価が四億一三三八万一二六六円、販売費及び一
般管理費が八四四九万二二三四円であり、被告物件及び被告ランプの売上利益及び
営業利益はいずれもマイナスであった旨を主張し、その根拠として、乙第二〇号証
(平成八年四月から平成九年三月までの期間の被告の製造に係るすべての発光ダイ
オード製品の損益に関する資料が添付された、被告経理部長作成の陳述書)を提出
する(なお、被告は、同号証添付資料記載の各損益額の約三六・六五パーセント
が、被告物件及び被告ランプの平成八年九月一九日から平成九年四月末日までの期
間の損益額に相当することを前提とする。)。
       乙第二〇号証には、右期間の売上高が六億一六一一万二〇〇〇円、
製造原価が一三億二〇〇七万四〇〇〇円、販売費及び一般管理費が二億三〇五二万
三〇〇〇円である旨が記載されており、また、製造原価中の細目として、比例費が
一億〇一八七万七〇〇〇円(製造原価の約七・七二パーセント)、固有費が六億七
九八二万二〇〇〇円(製造原価の約五一・五〇パーセント)、配賦費が五億三八三
七万五〇〇〇円(製造原価の約四〇・七八パーセント)である旨が記載されてい
る。
       しかし、乙第二〇号証が製造原価として掲げる費目の中には、配賦
費や減価償却費など、製品の売上額に比例して増減するとは到底いえないもののほ
か、製品の売上額との増減の関連性が明らかでないものも相当含まれているといわ
ざるを得ない。弁論の全趣旨を総合すれば、製造原価のうちの被告物件及び被告ラ
ンプの売上額に比例して増減する性質のものと明らかに認められるのは、比例費約
三七三四万円(一億〇一八七万七〇〇〇円×約三六・六五パーセント)のみであ
り、その余の製造原価については、被告物件及び被告ランプの単価や販売期間、販
売数量、発光ダイオード製品の需要状況、被告会社の事業規模など、本件訴訟に提
出された全証拠及び弁論の全趣旨により認められる諸般の事情を総合勘案すれば、
固有費の約二〇パーセントに当たる約四九八三万円(六億七九八二万二〇〇〇円×
約三六・六五パーセント×約二〇パーセント)を変動経費と認めるのが相当であ
る。また、販売費及び一般管理費についても、そのすべてが製品の売上額との増減
の関連性を有するものとはいえず、製造原価の場合と同様、本件訴訟に提出された
全証拠及び弁論の全趣旨により認められる諸般の事情を総合勘案すれば、その約四
〇パーセントに当たる約三三七九万円(二億三〇五二万三〇〇〇円×約三六・六五
パーセント×約四〇パーセント)をもって変動経費と認めるのが相当である。  
 
       そうすると、被告物件及び被告ランプの平成八年九月一九日から平
成九年四月末日までの期間の変動経費の額は、約一億二〇九六万円(売上高の約五
三・五六パーセント)であると認められる。
   (三) したがって、被告が右の期間、本件特許権の侵害行為により得た利
益の額は、一億〇四八六万円(売上高の約四六・四四パーセント)であるというべ
きであり、原告は、被告の本件特許権の侵害行為によって、同額の損害を被ったも
のと推定される(右推定をくつがえすに足りる証拠はない。)。
 六 結論
   以上によれば、原告の請求は、一億〇四八六万円及びこれに対する平成九年
九月一三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で
理由がある。
   よって、主文のとおり判決する。
(口頭弁論の終結の日 平成一二年八月二八日)
  東京地方裁判所民事第四六部 
      裁判長裁判官    三 村 量 一
         裁判官    村 越 啓 悦
         裁判官  中 吉 徹 郎
        物件目録
 左記構造を有する窒化ガリウム系化合物半導体発光ダイオードチップ(以下「目
録物件」という。)
一 図面の簡単な説明
  図1は、目録物件の用法の一例を示す参考図であり、目録物件を組み込んだL
EDランプの全体を示す正面図である。
  図2は、目録物件を上から見たときの構成部分の配置関係を示す平面図であ
り、目録物件の構成部分の水平面内での位置、大小関係を反映している。図2中、
実線は目録物件を真上から見たときに観察される構成部分の境界であり、破線は保
護膜13を取り除いた場合に観察される構成部分の外周である。網かけ部は電極層
10、台座電極12の大きさを示す。二点鎖線A-A、B-Bは図2の平面図にお
いてチップを縦、横各々二等分する仮想線であり、Lは仮想線A-A、B-Bより
区分される4つの仮想正方形のうちの右下仮想正方形中に位置する層5の部分の一
辺の長さである。一点鎖線Ⅱ-Ⅱは仮想切断線で、この仮想切断線で目録物件を切
断した模式断面図が図3である。
  図3は、目録物件の構成部分の垂直方向の層構造を示す模式断面図であり、図
2の一点鎖線Ⅱ-Ⅱにより示される仮想切断線で切断した目録物件の断面を模式的
に表した図である。これは、各層が順次積層された様子を示すための図であり、図
中の各層の厚さは実際の厚さの関係とは全く異なる。また、参考のため、目録物件
にワイヤーボンディングを行った状態を示しているが、ボール101、121及び
ワイヤー102、122自体は、目録物件の構成部分の一部ではない。
  図4は、目録物件の構成部分の層構造を示す模式分解斜視図である。ただし、
シリコン酸化物からなる膜13は図示していない。
二 図面符号の説明
  各図面の符号が示す目録物件の構成部分は以下のとおり。ただし、かっこを付
したものは参考のため示したもので、目録物件の構成部分ではない。
 1 窒化ガリウム系化合物半導体発光ダイオードチップ
 2 サファイア単結晶からなる基板
 3 AlNからなる緩衝層
 4 SiがドープされたGaNからなる低キャリア濃度n層
 5 SiがドープされたGaNからなる高キャリア濃度n+

 6 SiがドープされたGaNからなる低キャリア濃度n層
 7 Si及びZnがドープされたn型GaInNからなる層
 8MgがドープされたGaAlNからなる層
 9MgがドープされたGaNからなる層
 10 Alからなる電極層
 11 Au及びNiからなる電極層
 12 Au及びNiからなる台座電極
 13 シリコン酸化物からなる膜
 (14) 保護レンズ
 (15) リードフレーム
 (16) リードフレーム
 (101) ボール
 (102) ワイヤー
 (121) ボール
 (122) ワイヤー
三 構造の説明
 1 正方形の平面を有するサファイア単結晶からなる基板2の同一面側に、AlNか
らなる緩衝層3を介して、SiがドープされたGaNからなる低キャリア濃度n層4
と、SiがドープされたGaNからなる高キャリア濃度n+
層5と、Siがドープされた
GaNからなる低キャリア濃度n層6と、Si及びZnがドープされたn型GaInNからなる
層7と、MgがドーブされたGaAlNからなる層8と、MgがドープされたGaNからなる層
9とが順次積層されている。
 2 図2の平面図に示すように、縦、横各々二等分する二点鎖線で示す仮想線A
-A及びB-Bにより四つの正方形に区分すると右下仮想正方形部分に位置するウ
エハー表面の約八割を、層9からn+
層5の一部まで、エッチングにより取り除くこ
とにより、n+
層5を露出させ、このn+
層5表面に、右下仮想正方形部分のほぼ中央に
中心が位置し、その直径が右下仮想正方形中に位置するn+
層5の部分の一辺の長さ
Lの約八割の長さを有する円形の表面を有するAlからなる電極層10が形成されて
いる。
 3 層9のほぼ全面に透光性のAu及びNiからなる電極層11が形成されている。
 4 左上仮想正方形部分の電極層11の表面には、その二辺がそれぞれ右上仮想
正方形と左下仮想正方形の一辺に接し、その一辺が右下仮想正方形中に位置するn+
層5の部分の一辺の長さLの約八割の長さを有し、平面が正方形のワイヤーボンデ
ィング用のAu及びNiからなる台座電極12が形成されている。
 5 図3に示すように、層6、7、8、9、電極層11、12の周辺部がシリコ
ン酸化物からなる膜13で覆われている。
図1、図2図3、図4

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛