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裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     当審における未決勾留日数中四〇〇日を本刑に算入する。
         理    由
 (弁護人佐々木哲蔵ほか三八名連名の上告趣意に対する判断)
一 部落民に対する差別・偏見を理由とする憲法一四条、三七条一項違反の主張に
ついて
 所論は、被告人が部落出身者であるの故をもつて、捜査官の予断と偏見に基づい
て行われた差別的捜査は、憲法一四条に違反するものであるから、右差別的捜査に
よつて得られた証拠は、禁止、排除されるべきであるのに、かかる証拠により事実
を認定した原判決は、憲法一四条に違反し、また、原判決は、捜査官の差別的捜査、
第一審の差別的審理、判決を追認、擁護したのみならず、事実認定において、被告
人が部落差別をうけていたが故に、不在証明等被告人に有利な事実を明らかにする
ことが困難であることに思いを致すことなく、更には、被告人の自白の維持と部落
問題との関係についての審理、判断を回避し、捜査官の約束を信じて行つた嘘の自
白を合法化するため、殊更被告人に対し予断と偏見に基づく不当な非難を浴びせる
など、真実発見のために当然行うべき事件の大局的観察を意図的に避けることによ
つて、事件の真相を歪曲し、被告人を有罪としたものであるから、積極的な差別言
動と同様に部落差別に該当し、憲法一四条、三七条一項に違反する、というのであ
る。
 しかし、記録を調査しても、捜査官が、所論のいう理由により、被告人に対し予
断と偏見をもつて差別的な捜査を行つたことを窺わせる証跡はなく、また、原判決
が所論のいう差別的捜査や第一審の差別的審理、判決を追認、擁護するものでなく、
原審の審理及び判決が積極的にも消極的にも部落差別を是認した予断と偏見による
差別的なものでないことは、原審の審理の経過及び判決自体に照らし明らかである。
それ故、所論違憲の主張は、前提を欠き、適法な上告理由にあたらない。
二 自白の任意性等に関する憲法三八条一項二項違反の主張について
 (一)所論は、被告人は、取調にあたつた捜査官から、「Aaちやん殺しを自白
すれば十年で出してやる。」と約束され、これを信じて自白をしたものであるから、
自白に任意性がない、というのである。しかし、所論のような約束があつたという
ことは、原審において初めて被告人が述べたことであつて、被告人は、捜査段階で
自白して以来、捜査段階、第一審の審理を通じて自白を維持し、検察官から死刑の
論告求刑を受けた後の被告人の意見陳述の機会においても争わなかつた事実等に照
らせば、被告人の原審における右供述は真実性のないものであり、その他、所論の
いう約束があつたことを窺わせる証跡はみあたらない。
 (二)所論は、被告人の自白は不当に長く勾留された後の自白である、というの
である。しかし、記録によると、被告人は、窃盗、暴行、恐喝未遂被疑事件で逮捕、
勾留された後、窃盗、森林窃盗、傷害、暴行、横領被告事件で起訴勾留され、更に、
強盗強姦殺人、死体遺棄被疑事件で逮捕、勾留され、右一連の逮捕、勾留により引
き続き身柄の拘禁をうけていたものであるが、最初の逮捕の日から二九日目に強盗
強姦殺人、死体遺棄、恐喝未遂事件について三人共犯に関する一部自白をし、三二
日目に単独犯行の全面自白をしたものであつて、事件の性質、規模、証拠収集の経
過や取調状況等に照らせば、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白とは認められ
ない。
 (三)所論は、被告人は、片手錠を掛けられたまま連日連夜苛酷な取調を受けた
ものであつて、かかる取調によつて得られた自白には任意性がない、というのであ
る。記録によると、被告人が片手錠をかけられたまま取調を受けた事実を認めるこ
とができる。しかし、片手錠による場合は両手錠による場合に比して、一般的に心
理的圧迫の程度は軽く、記録にあらわれた被告人に対する取調状況を併せ考察して
も、自白の任意性を疑わせる状況はみあたらない。
 (四)所論は、昭和三八年六月二〇日の接見以降同月二六日の接見までの間、検
察官が弁護人と被告人との接見を理由なく拒否したが、この時期に自白調書が集中
的に作成されており、右接見拒否は、、明らかに自白強要を妨害されないためのも
のであつて、この期間にされた自白には任意性がない、というのである。記録によ
ると、弁護人と被告人との接見は、同月一八日に二〇分間、同月一九日に五分間、
同月二〇日に五分間、同月二六日に一五分間、同月二八日に一五分ないし二〇分間、
同年七月六日に一五分ないし二〇分間行われているが、同年六月二一日から同月二
五日までの間接見が行われた事実はない。しかし、右期間中の弁護人と被告人との
接見を検察官が理由なく拒否した事実は認められない。
 (五)以上のほか、所論は、被告人の自白は、捜査官により強要されたものであ
り、また、捜査官の強制、脅迫、誘導等によるもので任意にされたものではない、
というのであるが、記録を調べても、捜査官による強要、強制、脅迫、誘導等が行
われたと信ずるに足りる証跡を発見することができない。
 以上のとおり、被告人の自白が、捜査官により強要された自白、又は捜査官の強
制・脅迫による自白、不当に長い勾留の後の自白その他任意にされたものでない自
白であつて、これを証拠とした原判決は憲法三八条一項二項に違反するとの所論は、
いずれもその前提を欠き、適法な上告理由にあたらない。
三 違法な別件逮捕・勾留、再逮捕・勾留によつて収集された証拠に証拠能力を認
めた原判決は、刑訴法の手続規定に違反し、憲法三一条、三三条、三四条、三六条、
三七条一項、三八条一項二項に違反し、かつ、判例に違反するとの主張について
 (一)所論は、同年五月二二日付逮捕状による被告人の逮捕及びこれに引き続い
て行われた勾留は、専ら、逮捕状を請求するだけの証拠の揃つていない強盗強姦殺
人、死体遺棄(「本件」)について取調をする目的で、証拠の揃つている軽微な犯
罪である窃盗、暴行、恐喝未遂(「別件」)の罪名で逮捕、勾留したものであり、
更に、同年六月一六日付逮捕状による被告人の再逮捕及びこれに引き続いて行われ
た勾留は、既に同年五月二三日から同年六月一七日まで別件の逮捕・勾留によつて
取調をした被疑事実と同一の被疑事実である「本件」について再び逮捕・勾留をす
るものであるから、右各逮捕・勾留及びその間の被告人に対する取調は、刑訴法の
手続に違反し、憲法三一条、三三条、三四条、三六条、三七条一項、三八条一項二
項に違反するものであるところ、右の如く令状主義を潜脱した違法、違憲の「別件」
の逮捕・勾留及び「本件」の再逮捕・勾留中に得られた証拠により犯罪事実を認定
した原判決は、刑訴法の手続に違反し、かつ、憲法に違反する、というのである。
 そこで、所論違憲主張の前提である「別件」の逮捕・勾留及び「本件」の逮捕・
勾留を含む一連の捜査手続が刑訴法の手続規定に違反した違法なものであるかどう
かについてみるに、記録によると、捜査官は、被告人に対する窃盗、暴行、恐喝未
遂被疑事件について、同年五月二二日逮捕状の発付を得て翌二三日被告人を逮捕し、
被告人は同月二五日勾留状の発付により勾留され、右勾留は同年六月一三日まで延
長され(第一次逮捕・勾留)、検察官は、勾留期間満了の日に、同被疑事件のうち
窃盗及び暴行の事実と右勾留中に判明した窃盗、森林窃盗、傷害、暴行、横領の余
罪の事実とについて公訴を提起し(右余罪については、あらためて勾留状が発せら
れた。)、右恐喝未遂被疑事件については、処分留保のまま勾留期間が満了したこ
と、被告人に対する右被告事件の勾留に対し弁護人から同月一四日保釈請求があり、
同月一七日保釈許可決定により被告人は釈放されたが、これに先だち、捜査官は、
同月一六日被告人に対する強盗強姦殺人、死体遺棄被疑事件について逮捕状の発付
を得て、同月一七日被告人が保釈により釈放された直後右逮捕状により被告人を逮
捕し、被告人は、同月二〇日勾留状の発付により勾留され、右勾留は同年七月九日
まで延長され(第二次逮捕・勾留)、検察官は、勾留期間満了の日に、強盗強姦、
強盗殺人、死体遺棄の事実と処分留保のままとなつていた前記恐喝未遂の事実とに
ついて公訴を提起したものであること、が認められる。
 ところで、被告人に対する強盗強姦、強盗殺人、死体遺棄、恐喝未遂被告事件(
以下「本事件」という。)の捜査と第一次逮捕・勾留、第二次逮捕・勾留との関係
について考察するに、記録によると、その経過は次のとおりである。すなわち、本
事件は、同年五月一日午後七時三〇分ころAb方表出入口ガラス戸に二女Aaの身
分証明書が同封された脅迫状が差し込まれ、同女の通学用自転車が邸内に放置され
ていたのを間もなく家人が発見して警察に届出たのが捜査の端緒となつたのである
が、長女Acが、脅迫状に指定された日時、場所に身の代金に擬した包を持つて赴
き、犯人と言葉を交わしたところ、犯人は他に人がいる気配を察知して逃走し、犯
人逮捕のため張り込み中の警察官が犯人を追つたが逮捕することに失敗した。その
ため、埼玉県警察本部及び狭山警察署は、重大事件として同月三日現地に特別捜査
本部を設けて捜査を開始し、同日犯人の現われたAd屋附近の畑地内で犯人の足跡
と思われる三個の足跡を石膏で採取したほか、警察官、消防団員多数による広域捜
索(山狩)を実施し、同日Aaの自転車の荷掛用ゴム紐を、翌四日農道に埋められ
ていたAaの死体をそれぞれ発見し、死体解剖の結果、死因は頸部圧迫による窒息
死であり、姦淫された痕跡があり、死体内に残留されていた精液から犯人の血液型
がB型(分泌型―排出型)であることが判明し、また、死体とともに発見された手
拭及びタオルは犯人の所持したもので犯行に使用されたものと推定されたが、一方、
Aaの所持品のうち鞄、教科書、ノート類、チヤツク付財布、三つ折財布、万年筆、
筆入及び腕時計が発見されなかつた。そのころ、Ae経営の豚舎内から飼料撹拌用
のスコツプ一丁が同月一日夕方から翌二日朝にかけて盗難に遭つたことが判明して
いたのであるが、同月一一日右スコツプが死体発見現場に近い麦畑に放置されてい
るのが発見され、死体を埋めるために使用されたものと認められるところ、Ae方
豚舎の番犬に吠えられることなく右スコツプを夜間豚舎から持ち出せる者は、Ae
方の家族か、その使用人ないし元使用人か、Ae方に出入りの業者かに限られるの
で、それらの関係者二十数名について事件発生当時の行動状況を調査し、筆跡と血
液型とを検査するなどの捜査を進めた結果、元Ae方豚舎で働いていたことのある
被告人の事件当日の行動がはつきりしないほか、脅迫状の筆跡と被告人の筆跡とが
同一又は類似するとの鑑定の中間報告を得て、被告人が有力な容疑者として捜査線
上に浮んだのである。
 以上の捜査経過でも明らかなように、事件発生以来行われてきた捜査は、強盗強
姦殺人、死体遺棄、恐喝未遂という一連の被疑事実についての総合的な捜査であつ
て、第一次逮捕の時点においても、既に捜査官が被告人に対し強盗強姦殺人、死体
遺棄の嫌疑を抱き捜査を進めていたことは、否定しえないのであるが、右の証拠収
集の経過からみると、脅迫状の筆跡と被告人の筆跡とが同一又は類似すると判明し
た時点において、恐喝未遂の事実について被害者Abの届書及び供述調書、司法警
察員作成の実況見分調書、Acの供述調書、被告人自筆の上申書、その筆跡鑑定並
びに被告人の行動状況報告書を資料とし、右事実にAfに対する暴行及びAg所有
の作業衣一着の窃盗の各事実を併せ、これらを被疑事実として逮捕状を請求し、そ
の発付を受けて被告人を逮捕したのが第一次逮捕である。また、捜査官は、第一次
逮捕・勾留中被告人から唾液の任意提出をさせて血液型を検査したことや、ポリグ
ラフ検査及び供述調書の内容から、「本件」についても、被告人を取調べたことが
窺えるが、その間「別件」の捜査と並行して「本件」に関する客観的証拠の収集、
整理により事実を解明し、その結果、スコツプ、被告人の血液型、筆跡、足跡、被
害者の所持品、タオル及び手拭に関する捜査結果等を資料として「本件」について
逮捕状を請求し、その発付を受けて被告人を逮捕したのが第二次逮捕である。
 してみると、第一次逮捕・勾留は、その基礎となつた被疑事実について逮捕・勾
留の理由と必要性があつたことは明らかである。そして、「別件」中の恐喝未遂と
「本件」とは社会的事実として一連の密接な関連があり、「別件」の捜査として事
件当時の被告人の行動状況について被告人を取調べることは、他面においては「本
件」の捜査ともなるのであるから、第一次逮捕・勾留中に「別件」のみならず「本
件」についても被告人を取調べているとしても、それは、専ら「本件」のためにす
る取調というべきではなく、「別件」について当然しなければならない取調をした
ものにほかならない。それ故、第一次逮捕・勾留は、専ら、いまだ証拠の揃つてい
ない「本件」について被告人を取調べる目的で、証拠の揃つている「別件」の逮捕・
勾留に名を借り、その身柄の拘束を利用して、「本件」について逮捕・勾留して取
調べるのと同様な効果を得ることをねらいとしたものである、とすることはできな
い。
 更に、「別件」中の恐喝未遂と「本件」とは、社会的事実として一連の密接な関
連があるとはいえ、両者は併合罪の関係にあり、各事件ごとに身柄拘束の理由と必
要性について司法審査を受けるべきものであるから、一般に各別の事件として逮捕・
勾留の請求が許されるのである。しかも、第一次逮捕・勾留当時「本件」について
逮捕・勾留するだけの証拠が揃つておらず、その後に発見、収集した証拠を併せて
事実を解明することによつて、初めて「本件」について逮捕・勾留の理由と必要性
を明らかにして、第二次逮捕・勾留を請求することができるに至つたものと認めら
れるのであるから、「別件」と「本件」とについて同時に逮捕・勾留して捜査する
ことができるのに、専ら、逮捕・勾留の期間の制限を免れるため罪名を小出しにし
て逮捕・勾留を繰り返す意図のもとに、各別に請求したものとすることはできない。
また、「別件」についての第一次逮捕・勾留中の捜査が、専ら「本件」の被疑事実
に利用されたものでないことはすでに述べたとおりであるから、第二次逮捕・勾留
が第一次逮捕・勾留の被疑事実と実質的に同一の被疑事実について再逮捕・再勾留
をしたものではないことは明らかである。
 それ故、「別件」についての第一次逮捕・勾留とこれに続く窃盗、森林窃盗、傷
害、暴行、横領被告事件の起訴勾留及び「本件」についての第二次逮捕・勾留は、
いずれも適法であり、右一連の身柄の拘束中の被告人に対する「本件」及び「別件」
の取調について違法の点はないとした原判決の判断は、正当として是認することが
できる。従つて、「本件」及び「別件」の逮捕・勾留が違法であることを前提とし
て、被告人の捜査段階における供述調書及び右供述によつて得られた他の証拠の証
拠能力を認めた原判決の違憲をいう所論は、その前提を欠き、その余の所論は、単
なる法令違反の主張であつて、いずれも適法な上告理由にあたらない。
 (二)所論は、本被告事件における別件逮捕・勾留及び再逮捕・勾留を合法化し、
これによつて得た自白調書の証拠能力を認めた原判決の判断は、最高裁判所の判例
に違反するほか、高等裁判所及び下級審の判例に違反する、というのである。
 しかし、所論引用の当裁判所昭和二六年(れ)第二五一八号同三〇年四月六日大
法廷判決並びに大阪高等裁判所昭和四三年(う)第九三六号同四五年四月二四日判
決及び昭和四六年(う)第一〇四八号同四七年七月一七日判決は、いずれも事案を
異にし本件に適切でなく、その余の所論引用の下級審判決は、すべて地方裁判所の
判決であつて刑訴法四〇五条所定の判例にあたらないから、所論判例違反の主張は、
いずれも適法な上告理由にあたらない。
四 その他の憲法三一条、七六条三項等違反の主張について
 所論は、原審は、検証及び部落差別問題の専門家その他の証人についての弁護人
の事実取調請求を却下したほか、採証法則に違反し、あるいは経験則、科学法則を
無視し、多くの重要な事実について推認、推測、推論等の文字を使つて事実を創作
ないし想像して事実認定をし、更には、被告人は自白した場合にも虚偽の事実を主
張するものであるとの独断に立つて事実を判断するなど、初めから被告人が有罪で
あることを前提とした不公正な審理を行い、予断と偏見に基づいて証拠を評価し、
事実を認定したものであつて、憲法三一条、七六条三項等に違反する、というので
ある。
 しかし、原審が初めから被告人は有罪であるとの予断と偏見に基づいて不公正な
審理、判決をしたものでないことは、その審理の経過及び判決自体に照らして明ら
かであるから、所論違憲の主張は、前提を欠き、その余の所論は、実質は単なる法
令違反、事実誤認をいうに帰するものであつて、いずれも適法な上告理由にあたら
ない。
五 判例違反の主張について
 所論は、原判決は、虚無の証拠を他の証拠と総合して違法に事実を認定し、名古
屋高等裁判所昭和二五年二月一四日(二〇日の誤記と認められる。)判決・高裁特
報六号一〇一頁の判例に反する判断をした、というのである。
 しかし、原判決が虚無の証拠を事実認定の証拠とし、あるいは、虚無の証拠を他
の証拠と総合して事実を認定したものとは認められないから、所論は、前提を欠き、
適法な上告理由にあたらない。
六 その他の主張について
 その他の所論は、すべて単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、適法な上告
理由にあたらない。(弁護人寺田熊雄の上告趣意に対する判断)
 所論は、単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、適法な上告理由にあたらな
い。(被告人本人の上告趣意((昭和五一年一月二四日付上申書による趣意を含む。))
に対する判断)
 所論は、事実誤認の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。(原判決の事
実認定についての職権による調査及び判断)
 弁護人及び被告人本人の各上告趣意の主たる論点は、被告人に対する本被告事件
のうち本事件(強盗強姦、強盗殺人、死体遺棄、恐喝未遂事件)の犯人は被告人で
はなく、被告人を本事件について有罪とした原判決は、重大な事実誤認を犯し、被
告人にえん罪をきせるものである、というのである。
 上告審は、上告趣意が適法な上告理由にあたらない場合であつても、自ら原判決
の当否を調査することができ、その調査の過程において、原判決の事実認定に重大
な瑕疵を発見し、これを看過することが著しく正義に反すると認められる場合には、
最終審の責務として、刑訴法四一一条により職権を行使してその瑕疵を是正する処
置をとるべきものであることはいうまでもない。
 そこで、当裁判所は、弁護人及び被告人本人の所論にかんがみ、職権により訴訟
記録並びに第一審及び原審裁判所が取調べた証拠(以下「記録」という。)に基づ
いて、原判決の事実認定の当否を調査したのであるが、その結果、原判決の事実認
定に重大な瑕疵は発見されず、原判決の事実認定及び判断は、正当として是認する
ことができるとの結論に達した。その理由の主要な点を説示すると、次のとおりで
ある。
一 本事件の争点は、被告人が犯人であるかどうかということに帰する。そこで、
記録中の被告人と犯人との同一性についての関係証拠をみると、(1)被告人と犯
人との同一性の認定に関する客観的証拠(被告人の自白以外の物的証拠及び証言)、
(2)被告人が犯人であるとの自白の真実性を担保する証拠、(3)自白の内容及
び犯行の態様を明らかにする客観的証拠がある。
 (1)については、その証拠として、(イ)脅迫状及び封筒とその筆跡並びに被
告人の筆跡、(ロ)犯行現場附近で採取された石膏足跡(石膏成型足跡)及び被告
人方から押収された地下足袋、(ハ)被害者Aaの体内に残留していた精液の血液
型及び被告人の血液型、(二)死体とともに発見された手拭及びタオル、(ホ)死
体埋没現場近くで発見されたスコツプ、(ヘ)Ab方に脅迫状が投入された直前こ
ろ同家の所在を尋ねた人物に関するAh証言、(ト)身の代金を受け取りに現われ
た犯人の音声を聞いたAc及びAiの各証言がある。
 これらの客観的証拠が被告人の自白を離れて被告人と犯人との同一性を認定する
に足りる証明力をもつならば、自白についての検討をまつまでもなく、被告人が犯
人であることの証明の目的が達せられるというべきである。
 その意味で、右各証拠が自白を離れていかなる程度の証明力をもつかが重要な意
義を有するのであつて、原判決も、この点に留意して、客観的証拠の証明力につい
て細心の検討を加えたあとが窺える。更に、これらの客観的証拠は、被告人の自白
に照らして、その証明力が考察されることも重要であり、原判決が自白の補強証拠
としての評価についても併せて検討を加えたのは、相当である。
 (2)については、その証拠として、鞄、万年筆及び腕時計がある。これらは、
いずれも被告人が犯行現場から持ち去り、その所在を秘密にしていたAaの所持品
であつて、被告人が自ら明らかにしたことにより発見された証拠物であるとされて
いるものであり、かかる関係が明確にされれば、被告人が犯人であるとの自白の真
実性を担保するものとして高く評価される。
 原判決は、右三証拠のほか、被告人が脅迫状をAb方に投入しに行く途中自動三
輪車に追い越された事実を供述し、右供述に基づいて捜査した結果、Aj証言によ
つてその事実が裏付けられたことも、被告人の自白の真実性を高めるものとして掲
げている。
 (3)については、自白が被告人の経験に基づいて事実を述べているかどうか、
換言すれば、被告人の述べる犯行態様と死体の損傷、死体埋没現場で発見された証
拠物その他犯行の態様を示す物的証拠との間に、被告人が犯人であることに合理的
な疑を抱かせるような本質的な矛盾がないかどうかが吟味されなければならない。
 そこで、以上の点について逐次検討を加えてゆく。
二 原判決は、客観的証拠により、(1)Ab方に届けられた脅迫状の筆跡は、被
告人のものであること、(2)昭和三八年五月三日Ad屋附近の畑地で発見された
足跡三個は、被告人方から押収された地下足袋によつて印象されたものと認められ
ること、(3)被告人の血液型は、B型(分泌型)であつて、被害者Aaの膣内に
残留していた精液の血液型と一致すること、(4)Aaを目隠しするのに使われた
タオル及びAaの両手を後ろに縛り付けるのに使われた手拭は、被告人が入手可能
の状況にあつたこと、(5)死体を埋めるために使われたスコツプは、Ae方豚舎
から同月一日の夜間に盗まれたものであるが、被告人がかつて同人方に雇われて働
いていたことがあつて、右豚舎にスコツプがあることを知つており、容易にこれを
盗むことができたであろうこと、(6)Ab方の近所のAhは、脅迫状がAb家へ
届けられたころAh方を訪れてAb方はどこかと尋ねた人物は被告人に相違ないと
証言していること、(7)同月三日午前零時過ぎころAd屋附近で犯人の音声を聞
いたAc及びAiは、いずれも犯人の声が被告人の声とよく似ていると証言してい
ること、以上の事実を被告人の自白を離れても認めることができるとし、これらの
事実は、相互に関連しその信憑力を補強し合うことにより、脅迫状の筆跡が被告人
の筆跡であることを主軸として、被告人が犯人であることを推認させるに十分であ
り、この推認を妨げる状況は全く見いだすことができない、としている。
 そこで、原判決が客観的証拠について行つた評価及びこれに基づいて被告人を犯
人とした推論が、経験則、論理則に基づいた合理的なものであるかどうかについて
検討すると、次のとおりである。
 (一)原判決が客観的証拠の主軸に据えている脅迫状及び封筒(浦和地裁昭和三
八年押一一五号の一)の筆跡と被告人の筆跡との同一性の認定については、Ak・
Al作成の鑑定書、Am作成の鑑定書、An作成の鑑定書(以上を合せて「三鑑定」
という。)及びAo作成の鑑定書があり、三鑑定は、いずれも脅迫状の筆跡と被告
人の筆跡とは同一であると結論している。
 所論は、三鑑定は、いわゆる伝統的筆跡鑑定方法によるものであつて、鑑定人の
主観と勘とに頼つた客観性、科学性のないものであり、特定の文字について「相同
性」のみを強調し、「相異性」「稀少性」「常同性」を無視して、なされた信頼度
の低いものである、というのである。
 しかし、原判決が、いわゆる伝統的筆跡鑑定方法は、鑑定人の経験と勘に頼ると
ころがあり、ことの性質上その証明力にはおのずから限界があることは否定するこ
とができないが、このことから直ちに、この鑑定方法が非科学的で不合理であると
いうことはできないのであつて、筆跡鑑定におけるこれまでの経験の集積と専門的
知識によつて裏付けられたその方法と判断は、鑑定人の単なる主観にすぎないもの
とはいえず、特に、An鑑定は、表現こそ異なるが、「相異性」「稀少性」「常同
性」についても十分斟酌、検討を加えていることが認められるとして、三鑑定に客
観的な証明力を肯定したのは、正当である。また、三鑑定の鑑定方法及びその結果
の相当性を鑑定事項の一つとして弁護人が申請したAo鑑定は、筆跡の科学的鑑定
方法として、文字の「相同性」のみならず「相異性」「稀少性」「常同性」の検討
を必須の要件とし、その検討は、即自的でなく近代統計学を応用した科学的な裏付
けのされたものでなければならないとする理論的前提に立つて、三鑑定を批判して
いるが、右Ao鑑定においても、「三鑑定書における鑑定においては、文字の比較
が即自的であり、稀少性、常同性の検討は不充分である。三鑑定が指摘するように、
被検文書と照合文書の間に、いくつかの稀少性、常同性を満たしていると思われる
類似点も多く見られることは確かである。しかし、かなり異つた点もあり、同一筆
跡であると断定するには、根拠不十分である。」というにとどまり、しかも、具体
的に被検文書(脅迫状)と三鑑定の用いた照合文書とを検討した結果として、「か
なりの類似点は見られ、通常の学歴をもつ人の場合には、同一の筆跡であると判定
するのにあるいは充分であるかも知れないという印象をうけるが、本人が学歴低く
日常字を書くことの殆どないグループに属する者であることを考慮するとき、本人
の字の稀少性はグループの中では薄れるため、同一人と直ちに判定することには理
論的に同意しがたいように思う。」と説明し、積極的に同筆と断定しないまでも、
異筆とは結論していない。
 所論はまた、脅迫状の文章は、横書きで句読点が正確に打たれているほか、多く
の漢字が当て字として用いられており、その中には教育漢字に含まれていない字が
使われるなど、教育程度の低い被告人の表記能力、文章構成能力ではとうてい書き
うるものではない、というのである。
 しかし、本件脅迫状の文章は、句読点を用いているといつても、おおむね各行の
終わりに「。」を付しているにすぎず、当て字についても、当てる漢字と当てられ
る仮名との間には、音を同じくするほかは、何ら関連性のない漢字を使つているの
であつて、高度の表記能力、文章構成能力を必要とするものではなく、原判決が、
他の補助手段を借りて下書きや練習をすれば、作成することが困難な文章ではない
としたのは、是認することができる。
 なお、本件脅迫状の文中には、平仮名の「つ」を書くべきところは、すべて片仮
名の「ツ」を用いており、また、日付の記載は、漢数字とアラビア数字を混用して
いるほか、助詞「は」は、「は」と「わ」を混用しているが、それらと同じ用法が、
被告人自筆の昭和三三年五月一日付早退届(同押号の五八)、同三八年五月二一日
付上申書(同号の六〇)並びに記録中の被告人の司法警察員及び検察官に対する供
述調書添付図面の被告人自筆の説明文中に随所に見られ、顕著な特徴として挙げる
ことができる。更に、本件脅迫状の文中には、「一分出もをくれたら」、「車出い
ツた」、「死出死まう」など五か所において、「で」の当て字に「出」の字が用い
られているが、被告人自筆の被告人からApあて(昭和三九年)八月二一日付の手
紙(東京高裁昭和四一年押二〇号の四)の文中にも、「来て呉れなくも言い出すよ」、
「あつかましいお願い出すが」と書かれていて、本件脅迫状におけると同じように、
「で」の字に「出」の字を当てているのは、単なる偶然とはみられない。
 (二)Ad屋附近の畑地から採取された石膏足跡三個(浦和地裁昭和三八年押一
一五号の五)と被告人方から押収された地下足袋一足(同押号の二八の一)との足
跡の同一性に関する証拠として、Ak・Aq作成の鑑定書がある。同鑑定は、押収
にかかる右石膏足跡三個(鑑定資料(一)、そのうち左足による一個を(一)(1)、
右足による二個を(一)(2)、(一)(3)とする。)及び押収にかかる右地下
足袋一足(鑑定資料(二)、そのうち右足地下足袋を(二)(1)、左足地下足袋
を(二)(2)とする。)について、資料(一)の足跡は、資料(二)の地下足袋
によつて印象されたものかどうかを鑑定したものであるところ、(イ)資料(一)
(1)の石膏足跡は資料(二)(2)の左足地下足袋と同一種別、同一足長と認め
られるが、右の石膏足跡には決定的な異同識別の基礎となるべき損傷特徴が顕出さ
れていないとし、また(ロ)鑑定資料(二)(1)の右足地下足袋には、損傷特徴
として、竹の葉型模様のほぼ左端溝部外側縁を基点として約三八ミリメートル程度
の間が厚さ約一ないし二ミリメートル程度でゴムが剥がれ、外側に弓状に屈曲して
いる著名な破損、拇趾先端外側縁のゴムが破損し、約二センチメートルの部分が不
規則な側縁を形成する破損、足先部より六線目及び七線目の横線模様右端の損傷が
それぞれ認められ、これに対応して、資料(一)(3)の石膏足跡には、竹の葉型
模様の後部外側縁に著明な破損痕跡があり、踏付部前端外側縁部に特有の損傷痕跡
が認められ、また資料(一)(2)の石膏足跡には、拇趾先端部及び踏付部前端外
側縁部に損傷部位が認められ、これらは、いずれも決定的な異同識別資料としての
適格性をもつものであるとしている。そして、その鑑定方法として、資料(一)の
石膏足跡と資料(二)の地下足袋との符合についての実体究明を行うため、資料(
二)の地下足袋を警察技師及び被告人本人に履かせて、前記足跡採取現場から採取
した土その他各種の土による対照足跡の印象実験及び採型実験を反覆実施し、印象
個所、土質の柔軟度、歩行速度、歩幅、姿勢等による重心の移行、地面におよぼす
重圧等印象条件の違いによる誤差を考慮したうえ、各観点から比較検査を実施した
ものであつて、その鑑定方法は、客観的妥当性のある信頼度の極めて高いものであ
ることが認められる。それ故、原判決が、「鑑定資料(一)の1号足跡は、同上(
二)の左足地下足袋と同一種別、同一足長と認む。鑑定資料(一)の2号足跡は、
同上(二)の右足地下足袋によつて印象可能である。鑑定資料(一)の3号足跡は
同上(二)の右足地下足袋によつて印象されたものと認む。」との同鑑定の結果を
採用したのは、相当である。
 所論は、鑑定資料(一)の石膏足跡と資料(二)の地下足袋との足長測定を実施
した結果、資料(一)(2)の石膏足跡と資料(二)(1)の地下足袋とでは一・
三一センチメートル、資料(一)(3)の石膏足跡と資料(二)(1)の地下足袋
とでは一・一二センチメートルの差があり、いずれも資料(一)(2)、(3)の
石膏足跡の方が大きく、また、計測実験の結果を統計的に解析した結果は、資料(
一)(2)、(3)の石膏足跡が資料(二)(1)の地下足袋によつて印象された
確率は一パーセントにも達しないし、更に、資料(二)の地下足袋は、被告人の兄
Arのものであつて、その文数は九文七分であるところ、被告人は、普通十文半の
地下足袋を履いているのであるから、被告人が資料(二)の地下足袋を履いて、被
告人方からAd屋附近まで往復することはできない、というのである。
 しかし、資料(二)の地下足袋は、甲布の裏にゴム底を縫い付けて製作された、
いわゆる職人足袋といわれるものであつて、右の地下足袋を履いた場合、甲布の外
辺がゴム底よりも外に広がることもあり得ることを考慮に入れて、資料(一)(2)、
(3)の石膏足跡を観察すると、同足跡の踵後端部は、甲布部分が印象されている
とも、移行によるずれとも思われる形跡が残つているとみられるのであるから、こ
れらの点を明確にしないで、単に資料(一)の石膏足跡の足跡成型部分の全長を測
定し、これと資料(二)の地下足袋の足長とを比較して有意的な差異があるとする
ことは、正当でない。また、Ak・Aq鑑定によれば、同鑑定における着装実験で
は、被告人に資料(二)の地下足袋を履かせたところ、やや窮屈な様子であつたが、
被告人は、こはぜを最上部まではめて歩行したというのであるから、文数の違いは、
被告人が資料(二)の地下足袋を履いてAd屋附近に現われたとの推認の妨げとな
るものではない。
 それ故、右の地下足袋と石膏足跡とは、自白を離れ、被告人と犯人とを結びつけ
る証拠として重要な価値をもつものといえる。
 (三)Ah証言の信用性についてみるに、第一審において、証人Ahは、昭和三
八年五月一日午後七時三〇分ころ同人方表口にAb方の所在を尋ねに来た男につい
て、被告人が逮捕されたのち警察に行つて見たが、顔かたち、背丈、髪の毛の具合
などが似ていると思つたと述べ、また、法廷の被告人を見て、「そうです、そうで
す、この人です」と言つており、原判決は、右証言は十分信用するに値し、その信
用性を疑わせる事情はなんら見当らない、としている。
 所論は、同証人が同年六月五日に至つて初めて右事実を警察に届出たのは不可解
である、というのであるが、その間の事情については、同証人の第一審及び原審に
おける証言の中に如実に述べられているとおり、事件とのかかわりを持つことが恐
ろしくて届け出を躊躇していたためであるというのであつて、かかる心情が決して
不自然でないことは、原判決の説示するとおりである。更に、所論は、Ab方を尋
ねに来た時刻が午後七時三〇分ころであるとのAh証言は、同人の司法警察員及び
検察官に対する各供述調書並びにAzの司法警察員に対する供述調書に照らして考
察すると、なんら根拠のないものであり、ひいては、Ah方にAb家の所在を尋ね
に来た人物があつたとのAh証言は、架空なものである、というのであるが、所論
の援用する各供述調書は、第一審において検察官が証拠調請求をしたのに対し被告
人が同意せず、証拠として採用されていないものであつて、所論は、証拠に基づか
ない論難である。のみならず、Ah証言を仔細に検討してみても、特に不自然と思
われるような個所は見いだせない。
 原判決の判示するとおり、関係証拠によると、Ab方に脅迫状が投入されたのは
午後七時三〇分ころと推認されるのであつて、これと接近した時刻に同人方から東
方約一二〇メートル離れたAh方でAb方の所在を尋ねた人物は、本事件と密接な
関連があるとみられるところ、その人物が被告人であると述べているAh証言は、
被告人と犯人との同一性を認定する証拠として重要な価値をもつものである。
 (四)スコツプ(同押号の四一)は、関係証拠によると、Ae経営の豚舎で飼料
撹拌用に使われていたものであつて、昭和三八年五月一日夕方から翌二日朝にかけ
て何者かに盗まれたが、同月一一日被害者Aaの死体埋没現場の西北約一二五メー
トルの地点の麦畑の中に放置されているのが発見されたことが認められる。
 所論は、本件スコツプが死体を埋めるために使用されたと認めるに足りる証拠は
なく、本件スコツプに付着している土壌と死体埋没現場から採取した土壌との同一
性に関するAs作成の鑑定書は、死体を埋めた穴の附近から採取した土壌を鑑定資
料としたとするが、その採取場所には疑問があり、また、その鑑定方法についても、
鑑定に必要な検査が一部欠落しているほか、検査結果の検討が科学的根拠にもとづ
く合理的なものではないから、同鑑定は信頼性のないものである、というのである。
 しかし、警察技師As作成の「土壌の採取について」と題する報告書添付写真と
司法警察員Bl作成の実況見分調書とを比較検討すれば、As鑑定は、死体を埋め
た穴の附近から土壌を採取して鑑定資料としていることは明らかであるから、資料
の適格性に疑問はない。
 次に、As鑑定は、スコツプに付着している土壌(付着場所、外観及び色調によ
りこれをさらに八種類に区分)が、スコツプが置いてあつた麦畑の表土、死体を埋
めた穴の附近の土壌(外観、色調により表土から順次八種類に区分)、右穴の附近
の麦畑の表土及び右穴の附近の茶の木の下の土壌のうち、いずれに類似しているか
を鑑定したものであり、その検査方法として、資料の外観、色調等の一般検査のほ
か、「比重による比較検査」「化学検査」「器械分析」「砂分の検査」「粘土分の
検査」「赤外吸収スペクトル測定」「熱灼減量測定」の七項目について検査を実施
して、類似性の比較を行つているのであるが、すべての資料について一般検査、比
重による比較検査を行いながら、一部の資料についてはその余の検査項目の一部又
は全部を省略していることは、所論の指摘するとおりである。これは、同鑑定が資
料の量、(中には、約〇・三グラム又は一グラムという微量のものもある。)や混
在の状態に応じて検査方法を選択して実施したことによるとみられるから、あなが
ち検査方法に妥当性がないとはいえないが、資料間の類似性を比較するには必ずし
も充分な検査が行われたとはいえない。いずれにしても、同鑑定は、検査をした資
料の範囲で、それらの資料間の相対的な類似性を求めているのであるから、その証
明力には限界があり、もとより同鑑定をもつて直ちに本件スコツプが死体を埋める
ために使用されたと認定することは相当でなく、原判決も右鑑定のみによつて本件
スコツプが死体を埋めるために使用されたとは認定しておらず、同鑑定とその他の
証拠とを総合して認定したものと認められる。
 ところで、関係証拠によると、本件スコツプはAe経営の豚舎内で飼料撹拌用に
用いられていたものであるが、同豚舎には豚の盗難防止のため番犬が飼われており、
また、近くの同人方居宅にも数匹の犬がいたのであるから、夜間これらの犬に騒が
れることなくスコツプを持ち出すことができるのは、Ae方の家族か、その使用人
ないし元使用人か、Ae方に出入りの業者かに限られると推認され、このことと被
告人が同年二月末まで同豚舎で働いていた事実とを併せ考えれば、原判決が本件ス
コツプを被告人が犯人であることを指向する証拠の一つとして挙げたのは、正当で
ある。
 (五)被害者Aaの死体を後ろ手に縛つた状態で発見された手拭一本(同押号の
一一)及びAaを目隠しにした状態で発見されたタオル一本(同押号の一〇)につ
いて、被告人の自白を除いた関係証拠によつて認められる事実関係は、次のとおり
である。
 本件手拭は、狭山市aのAt屋が昭和三八年正月年賀用として得意先一六〇軒に
配付した一六五本のうちの一本であるが、警察は、被告人宅からの一本を含めて一
五五本を回収し、三本は現に使用中のため回収しなかつたが現存することを確認し、
結局七軒から七本が回収できなかつた。ところで、本件手拭には、所持者を特定す
るに足りる記号その他の特徴はなく、それ自体では本件手拭が被告人方に配られた
ものであるかどうかを判別することはできない。しかし、被告人方から手拭一本が
回収されているが、警察が回収を行つた時期には、既にAt屋から配られた手拭が
犯行に用いられたことがテレビ等を通じて広く知れわたつていたのであり、原判決
が未回収の手拭七本のうちには被告人の姉婿Au方及び隣家Av方に配られた分も
含まれていて、そのいずれかが被告人方にあつたのではないかと説示するのも必ず
しも不合理ではないから、被告人方から手拭一本が警察に回収された事実があるか
らといつて、直ちに、被告人方に配られた手拭が犯行に用いられなかつたと断定す
ることも合理的とはいえない。
 次に、本件タオルは、その模様の特徴から東京都江東区所在のAw株式会社が昭
和三四年から同三七年までの間に得意先に配つたもののうちの一本であることが明
らかであり、また、被告人が勤務していたことのあるAx株式会社Ay工場にもA
w食品のタオルが配られたこと、Axが配られたタオルをAy工場の野球部員に賞
品として配つたことがあること、被告人が同工場の野球部員であつたことが認めら
れるが、一方、本件タオル自体には所持者を特定する特徴はなく、被告人が同工場
からタオルをもらつて自宅に持ち帰り、それが本事件発生当日まで被告人方に存在
したかどうかを確認するに足りる客観的証拠はなく、また、同種のタオルが狭山市
内にも配られていたことが認められている。
 以上の事実関係から、被告人が、本事件発生当時本件の手拭及びタオルを所持し
ていたと直接認めることはできないが、それらを入手することが可能な立場にあつ
たといえるのである。このことと、全く異なる経路で配られた右の手拭とタオルと
を二つとも入手する可能性をもつ者は極く限られるということとを併せ考えると、
原判決が右の手拭及びタオルの存在を被告人と犯人とを結び付ける証拠の一つとし
て挙げたのは、正当である。
 (六)Ba作成の鑑定書によると、被害者Aaの膣内に残留していた精液の血液
型はB型(分泌型―排出型)であり、Aaの血液型はO・MN型であることが証明
され、Bb作成の鑑定書によると、被告人の血液型はB・MN型(分泌型―排出型)
と判定されている。それ故、原判決が右血液型の一致を被告人と犯人とを結び付け
る証拠としたのは、正当である。
 (七)昭和三八年五月三日午前零時ころAd屋附近に現われた犯人と問答をした
Ac及び同女に付き添つてAd屋まで行つたAiの、犯人の音声が被告人のそれに
似ているとの各証言を、被告人と犯人とを結び付ける証拠の一つとした原判決の判
断は、不当とはいえない。
 以上のとおり、これらの客観的証拠は、いずれも自白を離れて被告人と犯人とを
結び付ける証拠としての証拠価値をもち、これらの証拠を総合して考察するならば、
被告人が本事件の犯人であるとの蓋然性は極めて高度のものであり、これに反する
事実は見いだせない。してみると、これらの証拠は被告人を犯人と推認するに足り
るものであるとした原判決の判断は、正当として是認することができる。
三 原判決は、被告人の自供に基づいて捜査したところ自供どおりに証拠が発見さ
れた関係にあるかどうか(いわゆる秘密の暴露)を考察した結果、被告人の自供に
基づき発見された被害者Aaの所持品である鞄、万年筆及び腕時計の三証拠がこの
関係にあるとし、また、被告人が脅迫状をAb方に届けに行く途中b街道で自動三
輪車に追い越されたとの自供に基づいて捜査したところ、Ajがその時刻ころ自動
三輪車で右街道を通行した事実が明らかになつたが、この事実に関するAj証言も
また右の関係にある、としている。これに対し、所論は、(1)右三証拠は、Aa
の所持品であるとの証明はなく、(2)三証拠の発見過程に捜査官の作為や工作が
あつた疑いがあり、また、(3)Aj証言の内容は、被告人の自白後に初めて判明
したものではない、というのである。そこで記録によつて検討すると、次のとおり
である。
 (一)被告人は、昭和三八年六月二〇日司法警察員(巡査部長)Apに対し三人
共犯を自供したのであるが、その際、「鞄は俺がうつちやあつたんだけど今日は言
はない、今度Apさんが来た時地図を書いて教える。」と述べ、翌二一日同司法警
察員に対し、鞄を捨てた状況と場所を供述するとともに、その場所の略図を書いて
いる。同司法警察員は、右略図によつて鞄の捜索を行つたが発見するに至らず、そ
こで、司法警察員Bcが被告人に対し再度鞄の捨て場所を尋ねたところ、被告人は、
思い違いであつたとして、「山と畑の間の低いところ」に捨てた趣旨の、より具体
的な供述をするとともに、再び略図を書いた。この略図に基づいて鞄を捜索したと
ころ、雑木林と畑との境にある空溝の中で土を被つている鞄(同押号の三〇)を発
見するに至つた。そしてまた、この鞄はAaが本件被害に遭つた当時所持した物で
あることは、証拠上明らかなところである。
 ところで、右のとおり本件鞄が最初の捜索では発見されなかつたこと、鞄の発見
された場所一帯がいわゆる山狩による捜索の対象となつていたこと、鞄の発見以前
にすでにAaの所持品である自転車の荷掛用紐及び教科書類が右の雑木林で発見さ
れていること、被告人の鞄を捨てたときの状況に関する供述が細部ではくいちがい
があること、鞄の下から発見された牛乳びん、ハンカチ及び白三角布について被告
人が記憶がないと言つていること、などを考慮に入れて、記録を詳細に検討したが、
本件鞄の発見過程について捜査官になんらかの作為があつたと疑わせる証跡は見い
だせない。
 それ故、本件鞄は、Aaの所持品であつて、被告人が本件犯行現場から持ち去り
その所在を秘密にしていたが、被告人の自供に基づいて発見されたものであるとの
原判決の認定は、正当である。
 (二)被告人は、三人共犯の自供から単独犯行の自供に変つた直後の同月二四日
司法警察員Bcに対し、「万年筆は今申しました風呂場の入口のしきいの上に今も
かくしてありますから何うかAaちやんの家へ返してやつて下さい。」と述べ、初
めて万年筆の隠匿場所を捜査官に明らかにし、その場所の略図を書いている。捜査
官は、この自供及び被告人作成の右略図により、翌二五日捜索差押許可状の発付を
得て、翌々二六日被告人の図示する被告人方勝手場出入口の鴨居の奥を兄Arに捜
させたところ、万年筆(同押号の四二)を発見した。
 所論は、同年五月二三日被告人に対する窃盗、暴行、恐喝未遂被疑事件の捜索差
押許可状によつて被告人の居宅が捜索され、更に、同年六月一八日被告人に対する
強盗強姦殺人、死体遺棄被疑事件の捜索差押許可状によつて再び被告人の居宅が捜
索されており、殊に、第二回目の捜索差押の対象物は、鞄、腕時計、万年筆、財布、
その他本件に関係のある物となつていて、当然万年筆についても徹底した捜索が行
われているにもかかわらず、前後二回の捜索でも発見されなかつた万年筆が、被告
人の自供により同月二六日の捜索で発見されたというのは、極めて不自然であつて、
その間に捜査官の作為の加わつている疑いがある、というのである。
 本件万年筆が発見される前に、被告人の居宅がすでに二度にわたつて捜索された
ことは、所論の指摘するとおりである。そこで、右の各捜索状況を記録によつて検
討してみると、本件万年筆の発見された勝手場出入口の鴨居の奥は、右の各捜索が
被告人の居宅全体にわたつて行われたものであるから、捜索されてしかるべき場所
ではあるが、鴨居の高さや奥行などからみて、必ずしも当然に、捜査官の目に止ま
る場所ともいえず、捜査官がこの場所を見落すことはありうるような状況の隠匿場
所であるともみられる。従つて、二度の捜索によつて発見されなかつた事実がある
からといつて、本件万年筆に関し捜査官の作為が加つていたとするのは、相当でな
い。そこで、観点を変えて、被告人が本件万年筆の所在を供述したのは、捜査官の
誘導によるものであるかどうかについて検討してみると、被告人は、三人共犯を自
供した際鞄の捨て場所を明らかにし、その自供に基づいて鞄が発見され、その後、
被告人は、単独犯行を自供し、Aaの所持品の処分について述べ、時計の捨て場所
及び万年筆の隠匿場所をそれぞれ図示しているが、その自供の経過は自然であつて、
捜査官の誘導、作為があつた形跡は見当らない。この点に関し、被告人は、原審に
おいて、「捜査官から靴墨を置く場所を書けといわれ、図面に勝手場出入口の鴨居
のところを書いたところ、そこから万年筆が出たので驚いた、兄Arの犯行かと疑
つた。」旨を述べているが、彼此対比して検討すれば、被告人の原審における右供
述は不自然で真実性に乏しく、原判決が被告人の原審における右供述は信用できな
いとしたのは、首肯することができる。また、所論は、Ap巡査部長が、勾留中の
被告人のために下着の取り替えなどの用件を家族に伝えるため被告人方に立ち寄つ
た機会に、万年筆を当該鴨居に置いて来たかの如くいうが、憶測の域を出ない。
 次に、本件万年筆がAaの所持していたものであるかどうかについては、被告人
の自供のほか、その形状、使用したときの感触等からAaの所持したものに間違い
ないとするBdの証言があるが、万年筆自体からその所持者を特定する特徴や付着
指紋等を発見することはできなかつた。ところで、所論は、検察官から開示をうけ
た捜査関係書類中の警察庁技官Be作成の同年八月一六日付鑑定書の鑑定結果によ
ると、本件万年筆のインキ(資料①)は、黒青色、青色、淡青味灰色の色斑にテー
リング状態で分離し、Aaの使用していたインキびんのインキ(資料②)、Aaの
当用日記及び受験者合格手帳に使用されていたインキ(資料③)は、紫色、青色、
明青色の同じ形状の色斑に分離し、その結果、資料①のインキと資料②、③のイン
キとは異質であるとしており、一方、同Be作成の同月三〇日付鑑定書の鑑定結果
によると、本件万年筆のインキ(資料①)とAaの友人Bf使用のインキびんのイ
ンキ(資料④)及びBg郵便局備付のインキびんのインキ(資料⑤)とは、ともに
ほぼ同じ位置に黒味青、淡青味黒、淡緑味青、淡灰味青、青、濃青の色斑に分離し、
右分離した色斑のうち、濃度が比較的大きい黒味青、青及び濃青について試薬によ
り検査を行つた結果、資料①と資料④、⑤はいずれも類似しているとの結論を得た
としていて、これらの鑑定結果によると、本件万年筆のインキとAaの日常使用し
ていたインキとは異質のものであり、捜査官は、Aaが、級友のBfから同年四月
二四日にインキを借りたか、同年五月一日にBg郵便局に行つたとき同郵便局備え
付けのインキを入れたのではないかと見ているようであるが、Bfから借りたとす
れば、当然Aaの日記は同年四月二四日の前後で文字の色が変つていなければなら
ないが、そのような形跡はなく、結局、本件万年筆はAaの所持していたものとは
別物である、というのである。
 しかし、インキの異同については、原審の審理において、弁護人は同年七月(八
月の誤記と認める。)一六日付Be作成の鑑定書の取調を請求し、一方、検察官は
同年八月三一日付Be作成の鑑定書(所論のいう八月三〇日付鑑定書と同一のもの
と解される。)の取調を請求したが、相互に同意が得られず、いずれも取調請求が
撤回又は却下され、これらの鑑定書は、取調を経ていないのであるから、所論は、
証拠に基づかない主張である。
 ところで、記録に現れた証拠によると、Bh作成の鑑定書は、脅迫状の訂正部分
に使用されたインキ及び本件万年筆の残留インキが微量のため色素組成の化学的な
異同の実験は不可能であるとしているが、同人は、原審証言中で、脅迫状の訂正部
分が外観上いわゆるブルーブラツクの色調をもつものであることは認めている。従
つて、仮りに所論のいうように本件万年筆のインキがブルーブラツクであるとすれ
ば、その限りにおいては一致し、脅迫状の訂正部分は本件万年筆によつて書かれた
との原判決の認定とも符合する。
 以上のとおり、本件万年筆は、Aaの所持品であつて、被告人が本件犯行現場か
ら持ち去りその所在を秘密にしていたが、被告人の自供に基づいて発見されたもの
であるとの原判決の認定は、正当である。
 (三)被告人は、同年六月二四日司法警察員Bcに対して、「時計は家に帰つて
風呂場の出入口の内側の敷居の上へかくして置いたけれども五月一一日頃の夜七時
頃狭山市aあたりで捨ててしまいました。」と述べ、捨てた場所の略図を書き、腕
時計についてもこの日初めてその所在を明らかにした。被告人の供述の趣旨からみ
ると、捨てた場所は三差路のあたりであるというのである。
 そこで、捜査官は、同年六月二九日に至つて同日及び翌三〇日の二日間にわたり、
その附近を捜索し、また、近所の聞き込みを行つたが、腕時計を発見するに至らな
かつたところ、右捜索のあつたことを知つた近所に住むBiが、同年七月二日に、
右三差路附近の茶株の根元にあつた腕時計を発見したと警察に届出たことから、本
件腕時計(同押号の六一)を領置するに至つたものである。してみると、本件腕時
計の発見について右のような経緯はあるにせよ、本件腕時計は、被告人の供述に基
づいて、被告人が捨てたという場所の近くから発見された関係にあるものというこ
とができる。
 所論は、捜査官が被害者Aaの腕時計を公開捜査するため作成した品触れに記載
されている時計の側番号と、発見された本件腕時計の側番号とは相違しており、本
件腕時計がAaのものではなく、その捜索、発見の過程に疑惑がある、というので
あるが、側番号は、捜査官が品触れを作成するために見本として使用した同種同型
の腕時計の側番号を軽率にもそのまま記載したことが証拠上明らかであり、所論の
ような疑惑は、関係証拠からは窺えない。かえつて、関係証拠によると、本件腕時
計はAaと姉Acの二人が互いに使用していたことがあり、その場合、それぞれ違
つたバンド穴を使用していたというのであつて、本件腕時計のバンドにはその事実
を裏付ける形跡が窺える。要するに、本件腕時計の発見過程に捜査官の作為や工作
が介在したことを疑わせる事実は見いだせない。
 それ故、本件腕時計は、Aaの所持品であつて、被告人が本件犯行現場から持ち
去りその所在を秘密にしていたが、被告人の自供に基づいて発見されたものである
との原判決の認定は、正当である。
 (四)被告人は、捜査官に対して、脅迫状をAb方に届けに行く途中、b街道で
自動三輪車に追い越された旨の供述をしている。また、第一審証人Ajは、その時
刻に自動三輪車で同街道を通つた事実があると述べている。所論は、右事実は被告
人の自供後に判明したものではない、というが、警察官Bjの原審証言によると、
この事実は、被告人の自供の裏付捜査として同日同時刻ころ自動三輪車を運転して
b街道を通つた者の有無を捜査した結果判明したというのであり、これによれば、
右事実は被告人の自供によつて初めて判明するに至つた事実であると認められるか
ら、被告人の供述は他の証拠によつて裏付けられた十分信用に値いするものである
と評価した原判決の判断は、正当である。
 以上のとおりであつて、被告人の自白は、犯人でなければ知りえない事実を内容
としているものであつて、その真実性は極めて高いということができる。
四、原判決は、被告人の犯行についての自供と死体の状況や死体と前後して発見さ
れた証拠物によつて推認される犯行の態様との間に、被告人が犯人であることを疑
わせるような矛盾があるかどうかについて、詳細に検討を加え、その結果、自白と
物的証拠との間に合理的な疑いをもたらすほどの矛盾は認められない、との判断を
示している。
 自白の真偽を判断するには、自白内容の合理性を探求することもまた重要である。
もともと、自白内容が被告人の経験に基づいた事実の供述であることを前提とする
かぎり、客観的な証拠との間に矛盾の生ずることはありえないはずである。しかし、
供述者は、自己の経験した事実について、供述時に記憶を失つたり、又は間違つた
記憶に基づいて供述をする場合があるほか、意識的にせよ無意識的にせよ自己に有
利に事実を潤色して供述し、あるいは、自己に都合の悪いことについては供述を回
避し、又はあいまいな供述をすることのあることは、原判決の指摘するとおりであ
り、その供述内容が終始一貫し、客観的証拠との間にいささかのくいちがいもなく
述べられることはむしろ稀であるから、供述内容と客観的証拠との間にくいちがい
があるからといつて、直ちに供述全体が真実性を失うものと評価することは正しく
ない。しかしまた、供述者は、自己が経験したことのない事実について、客観的証
拠を示されて、これに合致した、あたかも自己が経験した事実があるかのように供
述することもありうるのである。それ故、自白の真偽を判断するにあたつては、自
白に犯人でなければ判らないような秘密性のある事実の供述が含まれているかどう
か、また、自白内容と客観的証拠との間に合理性のある範囲を超えた重大なくいち
がいが含まれているかどうかを検討する必要がある。ところで、前者については、
すでに検討したとおり、被告人の自白に秘密性のある事実の供述が含まれているこ
とが明らかになつた。ここでは、被告人の自白内容と客観的証拠との間に合理性の
ある範囲を超えた重大な齟齬があるかどうかについて、以下検討する。
 (一)殺害方法について
 被告人は、殺害方法について、司法警察員に対する昭和三八年六月二三日付供述
調書では、「タオルで首をしめた」と述べ、その方法は、「はじめは両手でしめそ
の端を自分の右手で押え」たと言つたが、同月二五日付供述調書では、「右の手で
首を上から押えつけて」殺害したとし、次いで、検察官に対する同日付供述調書で
は、「右手の親指と外の四本の指を両方に広げ女学生の首に手の平が当るようにし
て上から押えて」殺害したとし、更に、同年七月一日付供述調書では、「首といつ
てもあごに近い方ののどの所を手の平が当る様にして上に押さえつけた」と補足し
ている。この殺害方法については、原審で弁護人は、死体前頸部に指頭痕や爪痕の
ないこと、前頸部に二種類の索状物によつて絞扼した圧迫痕跡があること、その他
眼瞼結膜に溢血点が比較的少なく眼球結膜にも溢血点や浮腫や血管充盈がないこと
からみると、本件の殺害は、自白にいう方法とは異なつた方法、すなわち単純な圧
頸による扼殺ではなく、おそらく幅の広い索状物による絞頸と前膊部や上膊部など
の比較的幅の広い鈍体による圧頸とを併せ用いた複雑な方法の殺害が行われたもの
に違いなく、死体の状況から推認し得る殺害方法と被告人の自白とは最も重要な点
で明白なくいちがいがある、と争つたが、原判決は、鑑定の結果からは、扼頸の具
体的方法についてまでこれを確認することはできないが、被害者Aaの死因が扼頸
による窒息であることは疑いがないから、死体の状況と被告人の自白との間に重要
な齟齬は認められないとして、論旨をしりぞけている。所論は、原審における弁護
人の右主張とほぼ同旨である。
 そこで検討すると、死体解剖所見にもとづく死因及び殺害方法についての鑑定と
して、Ba作成の鑑定書並びに同人の第一審及び原審証言があり、また、弁護人の
嘱託に基づくBk作成の鑑定書がある。右Bk鑑定は、右Ba鑑定書、同人の原審
証言、司法警察員Bl作成の実況見分調書並びに被告人の同年六月二五日付及び同
年七月一日付検察官に対する各供述調書を資料とした書面鑑定である。
 Ba鑑定人は、同鑑定書及び同人の原審証言で、Aaの殺害方法について、「(
イ)本屍の頸部外表検査では、前頸部に、喉頭部上縁下方から上胸部にわたり暗赤
紫色を呈し、その内に横走する暗赤紫色二条(記号C1及びC2で表わすもの)及
び暗黒色斑点がやや多数散在し(記号C4で表わすもの)、下顎骨下方より舌骨部
にわたり暗紫色を呈し、その内に暗黒色斑点若干が散在して(記号C3で表わすも
の)いるが、C1とC3は、いずれも皮膚の着色(変色)部分であり、また、C1
とC3との間は、皮膚の皺襞を伴つた横走状皮膚蒼白帯となつているが、頸部に索
状物を使つたという痕跡はみられない。一方、(ロ)頸部器官の摘出検査では、C
3に相当する舌骨部から下顎底にわたり手掌面大の皮下出血があり、C1、C2、
C4に相当する喉頭部より下部に手掌面大の皮下出血があり、舌前端部に挫創があ
り、甲状腺左右両葉の周囲にそれぞれ軟凝血塊があり、甲状軟骨右上角部に大豆大
出血があり、喉頭が充血性で溢血点がある。これらの所見は、頸部が索状物でなく、
物で扼圧された時の通常の痕跡であつて、扼圧した接触面が比較的広いことを意味
する。しかし、爪痕や指頭による圧迫痕があれば、手掌で首を締めたと断定できる
が、本屍には、これらが認められないので、圧頸の具体的な方法までは特定するこ
とはできない。」旨を説明している。
 次に、Bk鑑定人は、同鑑定書で、Aaの殺害方法について、「(イ)本屍には、
眼瞼結膜に溢血点が比較的少なく、眼球結膜にも溢血点や浮腫や血管充盈がみられ
ない。この所見は、経験上何らかの幅広い物で絞殺されたか、かなり幅のある太い
物で強く側頸部を圧迫した時にもしばしば認められる。(ロ)C1とC3との間は、
三センチメートル以上の幅があり、C1やC3の変化を幅広い索状体の結節又は辺
縁でできた損傷と受けとらなければ頤下部にできた皮下出血や喉頭部下部にある皮
下出血が全く説明がつかないので、これらの損傷部を索状体を交叉する際に圧迫し
た痕跡と考える。これらの外景所見から、幅広い兇器で絞殺したものか、あるいは
幅広い鈍体(手、足等)で圧頸したものと考えざるをえない。」旨を説明している。
 してみると、Ba鑑定は、殺害方法が扼殺であつて、扼圧が比較的幅広い物で行
われたが、その用具を特定するに足りる痕跡がないので、何によるものであるかま
では具体的に示すことができない、というのであつて、右殺害方法には親指と他の
四本の指とを広げた手掌による扼殺も含まれると解されるから、被告人の自供する
殺害方法はBa鑑定の右結論と矛盾するものではない。また、Bk鑑定も、幅広い
鈍体による圧頸を殺害方法の一つとして認めており、その鈍体には手も含まれるの
であるから、被告人の自供する殺害方法は、Bk鑑定の結論とも矛盾するものでは
ない。ただ、同鑑定は、幅広い物で絞殺した可能性もあることを認めるので、この
点について検討すると、その根拠として、(1)眼瞼結膜に溢血点が比較的少なく、
眼球結膜にも溢血点、浮腫、血管充盈を見ないこと、(2)C1、C3が幅広い索
状体の結節又は辺縁によりできた損傷とみられることを挙げているが、(1)は、
同鑑定も認めているとおり、絞頸以外の頸部圧迫の場合にも認められる相対的な所
見であり、(2)については、C1、C3を索状体の結節又は辺縁により生じた損
傷とみる根拠が必ずしも十分に説明されておらず、同鑑定が書面鑑定であるためそ
の所見の正確性にはおのずから限界があり、また、C1、C3は、前頸部の所見で
あつて、側頸部、項部になんらの所見もみられないから、C1、C3をもつて、直
ちに幅広い索状体による絞頸によるものであるとすることは、妥当でない。結局、
同鑑定は、一つの可能性として幅広い物による絞頸が考えられることを示すにすぎ
ず、扼頸による殺害方法を否定するものでないことも明らかである。ところが、同
鑑定は、前記結論に引き続き、右手の親指と他の四本を両方に広げてAaの首に手
の掌が当るようにして首を締めたとの被告人の供述に相当する所見は考えられない
との判断を示しているのは、同鑑定の説明及び結論から考察すると飛躍があり、こ
れに賛同することができないとする原判決の判断は、首肯することができる。
 以上のとおりであつて、殺害の方法に関し、死体の状況と被告人の自白との間に
重要な齟齬は認められないとした原判決の判断は、正当である。
 (二)姦淫の態様及び後頭部創傷について
 所論は、姦淫の態様についても自供と客観的事実との間に矛盾がある、というの
であるが、被害者Aaの死因は、頸部扼圧による窒息死であり、死体には多数の損
傷があるが、特にBa鑑定の指摘するとおり外陰部に生存中成傷した新鮮創として
表皮剥脱、擦過傷、皮下出血などの損傷が認められ、膣内から精液が検出されてい
るほか、同女は、目隠をされ、後ろ手に縛られ、ズロースを下げられた状態で発見
されている。そこで、被告人の姦淫の態様についての自供内容と死体の客観的な状
況とを対比して検討してみたが、その間に矛盾はみられない。
 所論は、本屍の後頭部創傷は、その程度からみて、Aaが意識を失うほどのもの
であるのに、被告人は、自供中でそのことに何も触れていないし、また、該創傷か
ら多量の出血があつたとみられるのに、被告人の自供する犯行現場や死体を処置し
た場所等から血液が検出されていないから、自白と客観的事実との間に重要な齟齬
がある、というのである。
 Ba鑑定及びBk鑑定は、ともに、該後頭部創傷の成因をAaの後方転倒等によ
る鈍体との衝突等と推定している。しかし、Ba鑑定は、その程度については触れ
ておらず、また、該後頭部創傷は生存中成傷の新鮮創としているが、出血の量につ
いては何も説明していない。Bk鑑定は、該後頭部創傷は生前或は死戦期のもので
ある可能性があるが、多量の出血があつたと認めるべき所見は見当らない、と説明
している。当裁判所がBa鑑定書添付の写真及び司法警察員Bl作成の実況見分調
書添付の写真を観察した限りでは、頭部の皮膚や毛髪等に血液が流出し付着した状
態をみることができなかつた。その他、記録を検討しても、所論のいうように、A
aが後頭部創傷によつて意識不明に陥つたこと、及び同創傷から多量の血液が流出
したことを推認させる事実は存しない。それ故、本屍に後頭部創傷があるからとい
つて、被告人の自白と客観的事実との間に齟齬をきたすものとすることはできない。
 (三)死体の処置について
 所論は、死体の処置についての自白と客観的事実との間に矛盾がある、というの
である。
 そこで検討すると、Ba、Bk両鑑定によると、本屍はうつ伏せの状態で埋没さ
れていたため、体前面のうち土に圧迫されていない部分に強く死斑が出ているとと
もに、体背面にも軽度の死斑が残存している。原審におけるBa証言によると、こ
のような死斑の出現状態は、うつ伏せの状態で埋められる前に、あお向けの状態に
あり、しかも、一旦生じた死斑がその後体位転換によつて消失せず残存するために
は、三時間以上あお向けの状態に置かれたものと推定されるのである。ところで、
原判決は、「被告人は芋穴の中に死体を逆さ吊りしたと供述しているが、死体が穴
の中でどの様な状態にあつたかはつきり述べていないので、情況証拠によつてその
状態を推認するとしたうえ、証拠を検討し、逆さに吊り下ろす場合に死体をあお向
けに芋穴の底に横たえることは容易であるし、そうでないとしても、身体が腰部で
折れ、上半身があお向けの状態になることも考えられるが、その状態はいずれとも
判然としない。しかし、少なくとも死体は宙吊りの状態ではなかつたと考えるのが
相当であるとし、この状態を含めて、被害者Aaの死体は、殺害後、農道に堀つた
穴に埋め直すまでの間およそ五時間近く、あお向けの状態であつたと認めて差し支
えなく、結局、死斑の状態と被告人の死体処置に関する自白との間に矛盾がない」
旨を判示しているが、右判断は是認することができる。
 所論は、原判決は、芋穴の大きさ、その傍らの桑の木の位置及び木綿細引紐、荒
縄の長さから一つの算術計算を行い、自白とこれらの形状が一致すると説示するが、
その方法は、証拠の形状を勝手に変更して、自白に合うように計算したものである、
というのである。なるほど、原判決は、「被告人の供述するところに従い、縄の一
端を桑の木に二回りさせて約二〇センチメートルの端を残し、縄が桑の木から芋穴
の底に達するようにするには合計五・九一メートルの長さが必要であり、荒縄の四
本の合計は二四・〇三メートル、木綿細引紐の全長は二・六〇メートルであるから、
荒縄と細引紐とを結びつけ、これを四重にして使用したと仮定し、その四等分の長
さは約六・六五メートルとなるので、結び目を作るときに要する若干の長さを差し
引いても、被告人のいうような方法でAaの死体全体を芋穴の底に平らに横たえる
ことは十分可能である」旨を説示している。そこで考察すると、Aaの死体を芋穴
に逆さ吊りしたとき用いた木綿細引紐及び荒縄(同押号の八)は、その用いられた
ままの状態で死体埋没現場に遺留されていたと認めるのが自然であり、原判決の木
綿細引紐及び荒縄の使用方法についての仮定は説明の不充分な点があるが、要する
に、司法警察員Bl作成の実況見分調書によると、まず木綿細引紐をほぼ半分に折
つて二重にしたうえ、折り目の内側に紐の両端を通して環を作り、この環の中にA
aの両足を入れて縛り、また、荒縄二本を、それぞれ二重に折つて四本合せとし、
折れ目をほぼそろえて木綿細引紐の両端を合わせた部分と結び、この四本の荒縄に
は、更に数本の荒縄が順次継ぎ足されており、四本の荒縄のそれぞれの全長は、六・
九〇メートル、六・七五メートル、五・五八メートル及び四・八〇メートルである
というのであり、前記によると、右木綿細引紐を二重にした長さは一・三〇メート
ルとなる。右のそれぞれの長さから、所論の算定するところに従い、木綿細引紐と
荒縄との結び目に用いられた部分及び両足を縛るのに用いられた部分の長さを差し
引くと、足首の部位から測定した木綿細引紐と荒縄とを合わせた長さは、最長のも
ので約七・一五メートル、次が約七・〇〇メートル、約五・八三メートルの順で、
最短のもので約五・〇五メートルとなる。これによると、穴底にAaの全身をあお
向けに横たえた場合でも、上半身をあお向けに横たえた場合でも、うち三本は傍の
桑の木に縛ることができる。また、同実況見分調書によると、右の荒縄のほかに長
さ一・七五メートルの荒縄一本(同押号の九)がその傍らに遺留されていたのが同
時に発見されており、この荒縄を右四本の荒縄のうち最短のものに継ぎ足すとする
と、その全長は六・八〇メートルとなる。これによると、四本の荒縄はほぼ同じ長
さとなり、前記のいずれの場合でも、四本とも右桑の木に縛ることができる。それ
故、原判決の結論に誤りはないといえる。
 次に、所論は、右木綿細引紐の出所が客観的証拠により明らかにされていない、
というのである。ところで、被告人は、Aaの足を縛つて逆さ吊りにするために用
いたとする右木綿細引紐及び荒縄の出所について、検察官に対する同年七月三日付
供述調書で、「先ず犬のいる家の二本の縄を盗み、次ぎが建てかけの家の西側の横
倒しの梯子のそばの麻縄みたいな細い縄を盗み、最後に建てかけの家の東側の縄を
盗んだ。」と述べている。犬がいる家がBm方を指し、建築中の家がBn方を指す
ことは証拠上明らかであり、被告人の右供述にいう麻縄みたいな細い縄とは木綿細
引紐を指すものと認められるところ、原審証人Bm及びBn方の建築工事に携つた
原審証人Boは、荒縄については被告人の右供述を裏付ける証言をしているが、木
綿細引紐については両証人とも覚えがないと述べていて、結局、木綿細引紐につい
ての被告人の供述を裏付ける証拠がない。しかし、木綿細引紐と同時に入手したと
する荒縄については確たる裏付けがあり、木綿細引紐の存在についても両証人とも
積極的に否定しているわけでもないのであるから、木綿細引紐について裏付を欠く
からといつて、直ちに被告人の自白が虚偽架空なものと断ずることは、相当でない。
いわんや、この点をとらえて、被告人が自己の体験しない事実を供述したが故に生
じた齟齬であるとすることには合理的な根拠がない。
 (四)首に巻かれた木綿細引紐の用途について
 被害者Aaの死体は、木綿細引紐(同押号の六)が首に巻かれた状態で発見され
ているが、被告人は、捜査段階以来、Aaの首に巻かれていた木綿細引紐について
の記憶がない、と述べている。
 所論は、被告人の右供述は、事実を否認したのではなく、被告人が犯人でないた
め説明することができなかつたことによるものであるのに、原判決が、被告人がA
aの死を確実にするため、右木綿細引紐で首を締めたとの前提に立ち、被告人がこ
のことを情状面において自己に不利益な事実であると考えて否認した、としたのは、
全くの独断的な推論である、というのである。
 ところで、Ba鑑定によると、本屍の前頸部に多数の赤色斜走線があり、これは、
「生活反応がなく、索状物(荒縄或いは麻縄の類)の死後の圧迫により生じた死斑
と判断される。」としている。このことは、本屍が、その頸部に右木綿細引紐を巻
かれたまま土中にうつ伏せに埋められていたことから、その間の血液沈下により、
右木綿細引紐の縄目が前頸部に死斑として現われたとみることと符合する。これに
対し、Bk鑑定は、本屍の前頸部に三通りの赤色斜走線条の条痕が認められ、これ
は、死戦期または死の直後に細引紐等を用いて死を確実にするため頸部を締めたも
のと推定し、Aaの首に右木綿細引紐が巻かれていたことから、この場合、右木綿
細引紐で二、三回頸部を締めた可能性がある、としている。しかし、本屍は、前頸
部にのみ赤色斜走線条が認められ、側頸部、項部になんらの痕跡もみられないこと
や右線条が死斑とみられることを併せ考えると、Bk鑑定の右推論には疑問が残る。
一方、Aaの足にも木綿細引紐が巻かれたまま死体が発見されていることから、首
に巻かれた右木綿細引紐も死体の処置のため使おうとしたものと推定できる余地も
あり、結局、客観的証拠からはその使用目的は判然としない。
 被告人は、検察官に対する昭和三八年七月七日付供述調書で、検察官から首に巻
かれた右木綿細引紐(昭和三八年領一六四号の符号五)を示されて、「その五号の
麻縄については、どこを縛つておいたのか覚えがありません。然しその麻縄は梯子
の附近から盗つて来た麻縄の様です。」と述べている以上に具体的に触れていない。
それは、原判決の説示するように故意にその用法についての供述を避けたとも、あ
るいは、被告人の記憶に残るほどの使い方をしなかつたなどのためとも考えられる
が、いずれにしても、被告人が右木綿細引紐の具体的な用法について供述していな
いからといつて、被告人の自白全体の真実性に疑問を差しはさむことは、相当では
ない。
 (五)殺害時刻について
 Ba鑑定によると、本屍は、「胃腔内に大約二五〇竓の軟粥様半流動性内容を容
る。消化せる澱粉質の内に、馬鈴薯、茄子、玉葱、人参、トマト、小豆、菜、米飯
粒等の半消化物を識別せしむ。」、「十二指腸内並びに空膓内に微褐―淡黄色半流
動性内容ごく少許を容る。廻膓には黄緑色軟粥様内容と共に小豆のかわ少許を容る。」
とし、「胃内容並びに膓内容の消化状態及び通過状態より考察するに、本屍の最後
の摂食時より死亡時期までの間には(ごく特殊なる場合を除き)最短三時間を経過
せるものと推定せられる。」と説明している。一方、Bk鑑定は、Ba鑑定に記載
されている胃内容であるとすれば、通常食後二時間位と考える、とする。もとより、
胃内容物の消化状態から死亡時刻を推定するのは、胃内容物の消化状態を観察し、
自らの経験に基づいて判断するのであつて、それぞれの鑑定人によつて若干の差異
が生ずるとともに、それはあくまでも推定であるから、厳密な時間を断定するもの
ではない。
 ところで、被害者Aaは、事件当日朝食に小豆入りの赤飯を食べ、昼食として学
校で料理の実習に作つたカレーライスを午前一一時五〇分ころから午後零時五分こ
ろまでの間に試食したこと、また、下校時刻は午後三時二三分ころであつたことが、
関係証拠によつて明らかとなつている。原判決は、「Aaの死体とともに発見され
た雑部金領収書乙一枚(同押号の一四)の存在と証人Bpの第一審供述とによれば、
Aaは右領収書を受領するため下校後Bg郵便局に立ち寄つたことが認められる。
また、学校、郵便局、c街道のX型十字路の出会地点までの距離関係に徴すれば、
Aaが右出会地点に差しかかつたのは午後三時五〇分ころと認めて差し支えない。
更に、右X型十字路と「四本杉」との距離や被告人のいう犯行の手順からみると、
殺害時刻は午後四時ころから四時半ころまでの間であると認めるのが相当である。」
旨を説示している。原判決の右説示するところは、Ba鑑定のいう死亡推定時刻と
必ずしも矛盾するものではなく、また、被告人の自供とも矛盾するものでもない。
 所論は、「Bk鑑定の死亡推定時刻によれば、昼食を基準とする限り、原判決の
認定する殺害時刻に疑問があり、むしろ、Aaの胃内容物中にトマト片が発見され
ているが、トマトが昼食のカレーライスの材料やその添え物として使われたとの証
明がないことからみれば、Aaは下校後もう一度食事を取つたと考えるほかはない。
それに、Aaは当日誕生日であり、午後三時ころ西武線第二ガード下で人待ち顔に
立つているのを中学校当時の担当教諭Bqが目撃していることが弁護人の調査で明
らかとなつた。これらの点を併せ考えると、Aaは下校後親しい友達と会つて食事
をし、そのあと二時間経過したころ、何者かに殺された可能性が強い。」というの
である。
 しかし、Bk鑑定は、Ba鑑定等を資料とする書面鑑定であつて、鑑定人自身が
胃内容物を観察して死亡推定時刻を判断したものではないから、その確度におのず
から限界があり、従つて、Bk鑑定の死亡推定時刻を動かしがたい前提とすること
は妥当でない。また、Aaが当日学校の料理の実習で試食したカレーライスやその
添え物の材料にトマトがあつたとする証拠がないというにすぎないのであつて、む
しろAaがその後別の機会に食事を取つたとすれば、原判決の指摘しているように、
その際食べた別の内容物も発見されたはずであるが、その形跡はみられない。その
他、所論が新目撃者を発見したとする点も、記録外の事実であるのみならず、記録
に現われた、Aaが放課後下校するまでの間の学校内での行動に関する級友達の証
言とは相容れないものである。結局、所論は、合理的な裏付けを欠くものである。
 (六)脅迫状訂正の筆記具並びに万年筆奪取の時期及び場所について
 所論は、被告人は、本件脅迫状及びその封筒を被告人の所持していたボールペン
で訂正したと自供しているが、右訂正は、ペン又は万年筆によるものであることは
鑑定の結果によつて明らかであり、被告人の右自供と客観的事実との間には重大な
くいちがいがある、というのである。
 そこで、本件脅迫状及び封筒によると、脅迫状の用紙上部欄外の「少時このかみ
にツツんでこい」との記載中「少時」という字が塗りつぶされているほか、本文第
一行目の「4月28日」との記載中「4」、「28」及び「日」の字が塗りつぶさ
れて、その下段に「五月2日」と記載されており、また、第二行目の「前の門」の
「前」の字が塗りつぶされて、その下段に「さのヤ」と記載されており、脅迫文が
明らかに訂正されたと見られる形跡がある。また、封筒の表の「少時様」と記載さ
れた宛名が斜線で消されて、その下方に「Ab」と宛名が書き直された形跡が窺え
る。同封筒の裏には「Ab」との記載が二個所ある。
 この点について、被告人は、捜査官に対する供述調書では、「通称「四本杉」と
呼ばれる雑木林内で被害者Aaを殺害した後、杉の木の下か檜の下かで、ズボンの
ポケツトから脅迫状を取り出し、持つていたボールペンで封筒及び脅迫文を前記の
とおり訂正し、強取した三つ折財布の中にあつた身分証明書を脅迫文と一緒に封筒
に入れて用意した。そのときに使つたボールペンは、兄Arのもので、万年筆のよ
うな形をしていて上から押すとペン先が出るようになつていた。」旨を述べている。
 しかし、原審において取調べたBh作成の鑑定書によると、脅迫状の訂正部分の
筆記具は、ペン又は万年筆であるとされ、原判決も、同鑑定の鑑定結果は信用する
に足りるものである、と認めている。そこで、原判決は、「被告人が犯人だとする
と、被告人が万年筆を鞄から取り出したのは、本件兇行が行われた「四本杉」の所
で思案していた間のことで、被告人がその場所でAaの鞄の中を探つて筆入れの中
にあつた万年筆を取り出し、それを使つて杉か檜の下で雨を避けて脅迫文を訂正し
たと認めざるをえないことになる。そうだとすると、万年筆を奪つた時期と場所に
関する供述及び万年筆を使つたことがないからインクが入つていたかどうかわから
ないとの捜査段階での供述は、偽りであるといわざるをえない。従つて、脅迫状の
訂正に使用した筆記具及び万年筆の奪取時期に関する第一審判決の事実認定には誤
りがある。」旨を判示している。
 そこで考察すると、Bh鑑定(補遺)は、「検体用箋紙(本件脅迫状)に書かれ
た日付「5月2日」(「五月2日」の誤記と認める。)と文字「さのや」(「さの
ヤ」の誤記と認める。)との二つは万年筆を使用した公算頗る大である。但し、本
検体万年筆(本件万年筆)で書いたものか、これ以外の万年筆を使用したかは判定
出来ない。但し、一応考えられることは、何れもペン先の腰の強さとペン先のペン
ポイントの太さとが、検体ペンのそれとおなじ位のものであつたと推定する。」と
している。また、本件万年筆が被告人の自供に基づいて被告人宅から発見されたこ
とにより、被告人が本件万年筆をAaから奪つたことが裏付けられている。従つて、
犯行現場である「四本杉」において、Aa所持の本件万年筆を奪つて使用すれば、
脅迫状及び封筒を訂正することは可能であつて、本件万年筆が右の訂正の筆記具と
して使われたとしても、証拠上の矛盾はない。
 それ故、被告人の本件脅迫状及びその封筒の訂正に用いた筆記具並びに本件万年
筆の奪取の時期及び場所に関する自供は、客観的証拠によつて認められる事実とく
いちがいがあることは明らかである。しかし、このくいちがいは、被告人が犯人で
あることについて合理的な疑をさしはさむほどのものではない。以上検討したとお
り、脅迫状等訂正の筆記具並びに本件万年筆の奪取の時期及び場所について、本事
件の犯行に関する物的証拠の示す事実と被告人の自白内容との間にはくいちがいが
あり、また、被害者Aaの首に巻かれていた木綿細引紐の用途について被告人は供
述しておらず、あるいは、右木綿細引紐及びAaの足首に巻かれていた木綿細引紐
の出所について明確な裏付けを欠く部分があるが、これらは、いずれも自白の真実
性に合理的な疑を抱かせるほどのものではなく、また、殺害の方法及び時刻、強姦
の態様、死体の損傷並びに死体の処置等についても、自白内容と物的証拠との間に
重要な齟齬はない。その他、所論は、自白内容の細部にわたり物的証拠とのくいち
がいがあるとし、あるいは、物的証拠から独自の推論を試みたうえ、自白内容と矛
盾する反対事実が存在するかの如く主張するが、いずれも合理的なものではない。
それ故、原判決が、自白と物的証拠との間に被告人が犯人であることに合理的な疑
をもたらすほどの矛盾は認められないとしたのは、正当である。
 なお、記録によると、被告人は、捜査段階では、(イ)川越警察署分室の留置場
の壁板に、「じょうぶでいたら一週かに一どツせんこをあげさせてください六・二
十日Brd」と詫び文句を爪書していること、(ロ)同留置場で紙を裂いて、「B
uさんゆるして下さい」と書いていること、(ハ)昭和三八年六月二七日付でAa
の父Abあてに、「このかみをぜひよんでくださいませAbさん私くしわBuさん
ごろしのBrです」との書き出しで、自己の家族をうらまないで下さいと訴えた手
紙を書いていること、更に、第一審において死刑の判決を受けた後、(二)同三九
年四月二〇日付で原審裁判長にあてた移監の上申書の書き出しに、「私はBgの女
子高校生殺しの大罪を犯し三月一一日浦和の裁判所で死刑を言い渡されたBsでご
ざいます。」と書いていることなど、深い反省と悔悟の情を表わしている事実がみ
られる。これらは、真実に裏付けられなければ表現できないものであつて、被告人
の自白の真実性を知る重要な手がかりとなる事実である。
五 本事件は、捜査の段階及び第一審の半年にわたる公判審理中、被告人が終始自
白を維持したこともあつて、後に原審で問題となつた点が解明されないまま、第一
審の判決が言渡された。ところが、被告人が、原審第一回公判期日において、突如、
自白を飜し、本事件の犯罪事実を全面的に否認するに至つたことから、原審は、事
実の解明のため、第一回公判以来一〇年間、八二回にわたる公判の大部分を事実の
取調にあて、延べ八〇名の証人を尋問し、一一回の被告人質問、六件の鑑定、七回
にわたる検証を実施して、第一審判決の事実認定の当否を審査するという経過をた
どつている。
 本事件については、これまで詳細に検討してきたとおり、脅迫状の筆跡をはじめ
とし、被告人の自白を離れて被告人が犯人であることを推断するに足りる数多くの
客観的証拠が存在し、かつ、真実性の高い、詳細な内容をもつ自白があるのである
が、一部に証拠上なお細部にわたつては解明されない事実が存在することも否定す
ることができない。この解明されない部分について合理的に可能な反対事実が存在
するかどうかを吟味し、これを排除することにより、はじめて有罪の確信に到達す
ることができるのである。そしてまた、合理的に可能な反対事実が存在する限り、
犯罪の証明が不充分として、疑わしきは被告人に有利に解決すべきである。所論は、
このような記録上解明されていない諸点を重視し、記録及び記録外の資料などをも
加えて、被告人の犯行としては合理的に説明のできない点があるとし、あるいは他
に真犯人のあることを疑わせるような事実がある、というのである。
 当裁判所は、原判決の事実認定にこのような疑点が合理的に存在するかどうかを
吟味するため、あらゆる角度から慎重に検討をした。たしかに、原審でも一部に証
拠上なお細部にわたつては解明されない事実があり、この解明されない部分につい
て、それぞれ、反対事実の成立を含めいく通りかの事実の成立の可能性が考えられ
るが、このような場合には、全関係証拠の総合判断により最も合理性のある確度の
高いものがあれば、それをとることとなるのである。このような見地から、右の解
明されない事実を検討した結果、被告人が犯人であることに合理的な疑念をさしは
さむ事実の成立は認められず、また、それらの解明されない事実を総合しても、右
の合理的な疑念を抱かせるに足りるものがあるとは認められない。
 それ故、原判決が、客観的証拠を中心にすえ、自白の真実性を検討し、更に、認
定の妨げとなる事実の存否を考察したうえ、これらを総合的に評価すると被告人が
犯人であることに疑いはないとした判断は、正当である。
 (結  論)
 よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、刑法二一条により、裁判官全員一
致の意見で、主文のとおり決定する。
  昭和五二年八月九日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    吉   田       豊
            裁判官    岡   原   昌   男
            裁判官    大   塚   喜 一 郎
            裁判官    本   林       譲
            裁判官    栗   本   一   夫

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