弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人阿部幸作、同越智譲の上告理由第一点について。
 論旨は、本件手附は解約手附であるとした原判決は、民法五五七条の解釈を誤り、
理由不備の違法がある、というにある。
 しかし、原判決の引用する第一審判決の認定した事実関係のもとに、所論の本件
手附は損害賠償の予定をかねた解約手附の性質を有するものであるとした原判決(
第一審判決理由を引用)の説示は相当であつて、その判断の過程において所論の違
法はない。所論は、原判決を正解せず、原審が適法に行なつた証拠の取捨判断およ
び事実認定を非難するに帰し、採用することができない。
 同第二点および上告会社代表者Dの上告理由について。
 論旨は、要するに、被上告人と大阪府との間で本件売買契約の目的物件である本
件不動産についての払下契約が締結された時点あるいは右不動産について上告人主
張の仮登記仮処分手続がなされた時点において、被上告人又は上告人が民法五五七
条一項にいう契約の履行に着手したものというべきである旨の上告人の主張を排斥
した原判決は、右法条の解釈適用を誤つた違法がある、というに帰する。
 よつて按ずるに、民法五五七条一項にいう履行の着手とは、債務の内容たる給付
の実行に着手すること、すなわち、客観的に外部から認識し得るような形で履行行
為の一部をなし又は履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をした場
合を指すものと解すべきところ、本件において、原審における上告人の主張によれ
ば、被上告人が本件物件の所有者たる大阪府に代金を支払い、これを上告人に譲渡
する前提として被上告人名義にその所有権移転登記を経たというのであるから、右
は、特定の売買の目的物件の調達行為にあたり、単なる履行の準備行為にとどまら
ず、履行の着手があつたものと解するを相当とする。従つて、被上告人のした前記
行為をもつて、単なる契約の履行準備にすぎないとした原審の判断は、所論のとお
り、民法五五七条一項の解釈を誤つた違法があるといわなければならない。(なお、
本件の事情のもとに、上告人主張の仮登記仮処分手続がなされたことをもつては所
論の履行の着手があつたものとみることができない旨の原判決の判断は正当である。)
 しかしながら、右の違法は、判決に影響を及ぼすものではなく、原判決破棄の理
由とはなしがたい。その理由は、次のとおりである。
 解約手附の交付があつた場合には、特別の規定がなければ、当事者双方は、履行
のあるまでは自由に契約を解除する権利を有しているものと解すべきである。然る
に、当事者の一方が既に履行に着手したときは、その当事者は、履行の着手に必要
な費用を支出しただけでなく、契約の履行に多くの期待を寄せていたわけであるか
ら、若しかような段階において、相手方から契約が解除されたならば、履行に着手
した当事者は不測の損害を蒙ることとなる。従つて、かような履行に着手した当事
者が不測の損害を蒙ることを防止するため、特に民法五五七条一項の規定が設けら
れたものと解するのが相当である。
 同条項の立法趣旨を右のように解するときは、同条項は、履行に着手した当事者
に対して解除権を行使することを禁止する趣旨と解すべく、従つて、未だ履行に着
手していない当事者に対しては、自由に解除権を行使し得るものというべきである。
このことは、解除権を行使する当事者が自ら履行に着手していた場合においても、
同様である。すなわち、未だ履行に着手していない当事者は、契約を解除されても、
自らは何ら履行に着手していないのであるから、これがため不測の損害を蒙るとい
うことはなく、仮に何らかの損害を蒙るとしても、損害賠償の予定を兼ねている解
約手附を取得し又はその倍額の償還を受けることにより、その損害は填補されるの
であり、解約手附契約に基づく解除権の行使を甘受すべき立場にあるものである。
他方、解除権を行使する当事者は、たとえ履行に着手していても、自らその着手に
要した出費を犠牲にし、更に手附を放棄し又はその倍額の償還をしても、なおあえ
て契約を解除したいというのであり、それは元来有している解除権を行使するもの
にほかならないばかりでなく、これがため相手方には何らの損害を与えないのであ
るから、右五五七条一項の立法趣旨に徴しても、かような場合に、解除権の行使を
禁止すべき理由はなく、また、自ら履行に着手したからといつて、これをもつて、
自己の解除権を放棄したものと擬制すべき法的根拠もない。
 ところで、原審の確定したところによれば、買主たる上告人は、手附金四〇万円
を支払つただけで、何ら契約の履行に着手した形跡がない。そして、本件において
は、買主たる上告人が契約の履行に着手しない間に、売主たる被上告人が手附倍戻
しによる契約の解除をしているのであるから、契約解除の効果を認めるうえに何ら
の妨げはない。従つて、民法五五七条一項にいう履行の着手の有無の点について、
原判決の解釈に誤りがあること前に説示したとおりであるが、手附倍戻しによる契
約解除の効果を認めた原判決の判断は、結論において正当として是認することがで
きる。論旨は、結局、理由がなく、採用することができない。
 上告代理人阿部幸作、同越智譲の上告理由第三点について。
 論旨は、上告人の信義則違反、権利濫用の抗弁を排斥した原判決は、民法一条の
解釈を誤つた違法がある、というにある。
 しかし、被上告人のなした本件手附倍戻しによる本件売買契約解除の意思表示は
何ら信義則違反、権利濫用にあたらないとした原判決の判断は、正当として是認す
ることができる。論旨は理由がない。
 よつて、民訴法四〇一条、三九六条、三八四条二項、九五条、八九条に従い、裁
判官横田正俊の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見により、主文のとおり
判決する。
 裁判官横田正俊の反対意見は、次のとおりである。
 民法五五七条一項の解釈について多数意見は、売買の当事者の一方が履行に着手
した後は、(イ)その相手方は契約を解除することはできないが、(ロ)履行に着
手した当事者は解除権を行使することを妨げないというが、私は、右(ロ)の点に
ついて見解を異にし、履行に着手した当事者もまた解除することをえないものと解
するのである。けだし、履行に着手した当事者は、手附による解除権を抛棄したも
のと観るのを相当とするばかりでなく、履行の着手があつた場合には、その相手方
も、単に契約が成立したに過ぎない場合や、履行の準備があつたに過ぎない場合に
比べて、その履行を受けることにつきより多くの期待を寄せ、契約は履行されるも
の、すなわち、契約はもはや解除されないものと思うようになるのが当然であるか
ら、その後における解除を認容するときは、相手方は、手附をそのまま取得し又は
手附の倍額の償還を受けてもなお償いえない不測の損害をこうむることもありうる
からであり、また、右のように解することは、民法の前示法条の文理にもよく適合
するからである。多数意見を推し進めれば、当事者の一方が履行の一部、いな大部
分を終つた場合においても、相手方において履行に着手しないかぎり、その当事者
の都合次第で契約を解除することを認容しなければならなくなるものと思われるが、
このような場合の解除が相手方の利益を不当に害する結果を伴い(相手方は、履行
に対する期待を甚しく裏切られるばかりでなく、原状回復義務を負わされることに
もなる)、時には、信義に反するきらいさえあることを否定することができないで
あろう。もつとも、一部でも履行があつた場合には、解除権を抛棄したものと観る
べきであるとの論が予想されるが、もしそのような考え方が正しいとするならば、
履行の準備の域を越えすでに履行の着手があつた段階において同様の結論を認めて
然るべきであり、これが正に民法五五七条一項の法意であると解される。
 ところで、本件売買契約の履行に関し、被上告人において上告人の主張するよう
な行為をしたとすれば、右は、履行の着手に該当するものと解されるから(この点
においては、上告代理人阿部幸作、同越智譲の上告理由第二点および上告会社代表
者Dの上告理由に対する多数意見に全く同調する)、被上告人は、以上に説示した
理由により、手附による解除権をすでに喪失したものと解するほかなく、したがつ
て、被上告人がした解除の効力を認めて上告人の本訴請求を棄却した原判決には、
右の点において民法五五七条一項の解釈を誤つた違法があるに帰し、その違法は判
決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。
 よつて、民訴法三九四条、四〇七条を適用して、原判決を破棄し、本件を原裁判
所に差し戻すべきものと思料する。
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    横   田   喜 三 郎
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    山   田   作 之 助
            裁判官    五 鬼 上   堅   磐
            裁判官    横   田   正   俊
            裁判官    草   鹿   浅 之 介
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    城   戸   芳   彦
            裁判官    石   田   和   外
            裁判官    柏   原   語   六
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    岩   田       誠

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