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平成22年10月8日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成21年(行ウ)第597号却下処分取消請求事件
口頭弁論終結日平成22年6月9日
判決
ノルウェー王国オスロ<以下略>
原告インヴィトロジェンダイナルエーエス
同訴訟代理人弁護士井坂光明
同補佐人弁理士奥山尚一
有原幸一
松島鉄男
河村英文
深川英里
東京都千代田区<以下略>
被告国
同訴訟代理人弁護士大西達夫
同指定代理人下田一博
市川勉
天道正和
主文
1本件訴えを却下する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する控訴のための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1当事者の求める裁判
1請求の趣旨
(1)特許庁長官が,意願2008−006212について,平成21年3月4
日にした,平成20年11月4日付け提出の手続補正書に係る手続に対する
却下処分を取り消す。
(2)訴訟費用は被告の負担とする。
2請求の趣旨に対する答弁
(1)本案前の答弁
主文第1,第2項と同旨
(2)本案の答弁
ア原告の請求を棄却する。
イ訴訟費用は原告の負担とする。
第2事案の概要
Office1本件は,「域内市場における調和のための官庁(商標及び意匠)」(
,以下「OHIM」という。)出願を基礎forHarmonizationintheInternalMarket
とするパリ条約による優先権主張をして我が国の特許庁に意匠登録出願をした
が,その優先権証明書提出書に係る手続において意匠法15条1項,特許法4
3条2項所定の優先権証明書(原本)の提出をしなかったとして意匠法68条
2項,特許法18条の2第1項の規定により同手続を却下する処分(提出書却
下処分)を受けた原告が,これに対する異議申立てをするとともに,優先権証
明書の原本を添付して手続の補正をしたが,この手続補正書に係る手続につい
て却下する処分(本件処分)を受けたことから,本件処分が違法であると主張
して,その取消しを求める事案である。
2争いのない事実
(1)原告は,平成20年3月12日,意匠に係る物品を「マグネティックセパ
レーションラック」とする意匠登録出願(意願2008−006212。以
下「本件出願」という。)をし,それと同時に,パリ条約による優先権主張
(優先権主張の基礎とされる出願をした国「OHIM」,出願日「2007
年9月12日」,出願番号「000788799−0003」)をした。
(2)原告は,平成20年6月9日,本件出願における優先権主張の基礎となる
最初の出願であると主張する登録共同体意匠(000788Designnumber
799−0003)の出願について,OHIMの発行した認証謄本のうち表
紙を含む2枚分を複写(コピー)したもの及びその訳文を添付して,優先権
証明書提出書(以下「本件提出書」という。)を提出した(なお,意匠法1
5条1項,特許法43条2項の規定によれば,本件における優先権証明書の
提出期限は,平成20年6月12日である。)。
上記の複写(コピー)された書面には,本件出願の優先権の基礎となる出
願の登録日(出願日)が「2007年9月12日」であること,この基礎出
願の登録番号(出願番号)が「000788799−0003」であること,
この優先権証明書がOHIMによって発行されたものであることが記載され
ていたが,登録共同体意匠を記載した図面はなかった。
(3)特許庁長官は,平成20年7月7日(発送日は同月11日),本件提出書
に係る手続について,原告に対し,意匠法15条1項,特許法43条2項に
規定するパリ条約の同盟国の認証がある優先権証明書の添付がなく(本件提
出書に添付のものは,優先権証明書の表紙である出願の年月日等を記載した
書面等を複写したものであり,また,最初の出願に係る意匠出願の謄本も添
付されていない。),法令で定める要件を満たしていないため,却下すべき
ものと認められる旨通知するとともに,原告に弁明の機会を与えた(意匠法
68条2項,特許法18条の2第2項)。
これに対し,原告は,同年8月8日,特許庁長官に対し,「優先権証明書
の代わりに当該証明書の複写を提出してしまったことは,……補正の機会す
ら与えられないような法的瑕疵には該当しない」,「(本件提出書に係る手
続は)補正をすることが可能であり,……複写ではない優先権証明書を提出
する機会が与えられるべきである」などと記載した弁明書を提出するととも
に,優先権証明書の原本を直ちに提出することが可能であることを示すため
であるとして,同証明書(OHIMの発行した認証謄本)全部(4枚)の写
し(カラーコピー)を提出した。
(4)特許庁長官は,平成20年8月29日,本件提出書に係る手続について,
不適法なものであり(その理由は上記(3)前段のとおり),その補正をする
ことができないとして,意匠法68条2項,特許法18条の2第1項の規定
により,これを却下する処分(以下「本件提出書却下処分」という。)をし,
同処分書は,同年9月2日,原告に送達された。
(5)原告は,平成20年10月31日,特許庁長官に対し,本件提出書却下処
分の取消しを求めて,行政不服審査法に基づく異議申立て(以下「本件異議
申立て」という。)をした。
また,原告は,同年11月4日,特許庁長官に対し,本件提出書に係る手
続の補正として,本件出願における優先権主張の基礎となる最初の出願につ
いてOHIMが発行した認証謄本(優先権証明書の原本)とその訳文を提出
した。
(6)特許庁長官は,平成20年12月3日(発送日は同月9日),上記(5)の
手続補正書に係る手続(以下「本件手続」という。)について,原告に対し,
本件手続は手続補正の形式を採っているが,その実体は優先権証明書の提出
を目的としたものであること,優先権証明書の提出期限(同年6月12日)
を経過し,優先権主張の効力を失った後に優先権証明書を提出するという補
正手続は,補正の限度を超えた不適法なもので,その不備は補正することが
できないことを通知し,原告に弁明の機会を与えた(意匠法68条2項,特
許法18条の2第2項)。
これに対し,原告は,平成21年1月8日,特許庁長官に対し,本件異議
申立てにより本件提出書却下処分が取り消された場合には,本件手続は遡及
効を有する有効な手続として認められるものであるから,本件提出書却下処
分が確定するまで,本件手続に対する却下処分を控えるよう求める旨の弁明
書を提出した。
(7)特許庁長官は,平成21年3月4日(発送日は同月6日),上記(6)前段
の理由により本件手続を却下する処分(以下「本件処分」という。)をした
上で,同年4月27日,本件異議申立てを棄却する決定(以下「本件異議決
定」という。)をした。
(8)原告は,平成21年5月1日,特許庁長官に対し,本件処分の取消しを求
めて,行政不服審査法に基づく異議申立てをしたが,特許庁長官は,同年7
月2日,原告の異議を棄却する決定をした。
(9)原告は,平成21年10月23日,当裁判所に対し,本件提出書却下処分
及び本件異議決定の取消しを求める訴訟(当庁平成21年(行ウ)第540号,
以下「別件訴訟」という。)を提起した。
また,原告は,同年12月9日,本件処分の取消しを求めて,本件訴訟を
提起した。(当裁判所に顕著な事実)
3争点
(1)本件訴えの利益
(2)本件処分の適法性
4争点に関する当事者の主張
(1)争点(1)(本件訴えの利益)について
ア原告
原告は別件訴訟において本件提出書却下処分の取消しを求めているが,
それとは別に本件処分の取消しを求める訴えの利益がある。
被告は,不整合処分の取消義務を根拠として訴えの利益が認められない
と主張するが,不整合処分の取消義務が認められる範囲については論者に
よって異なるところがあり,本件の場合に不整合処分の取消義務が肯定さ
れるか完全に明確とはいい難い。また,取消義務が肯定された場合におい
ても,実際に取り消されるまでは本件手続が却下された状態が続くことに
なるから,なお,本件処分の取消しを求める訴えの利益がなくなるとはい
えない。
イ被告
別件訴訟における本件提出書却下処分についての取消判決の拘束力は,
当該処分の根拠規定(意匠法68条2項において準用する特許法18条の
2第1項)の要件事実に関する認定判断,すなわち本件提出書に係る手続
が「不適法な手続であって,その補正をすることができないもの」には当
たらないとする取消判決の理由中の認定判断に及ぶものと解される。した
がって,本件提出書却下処分をした行政庁(特許庁長官)としては,当該
手続が「不適法な手続であって,その補正をすることができないもの」に
は当たらないとの取消判決の認定判断に抵触する認定判断をすることは許
されないのであるから,出願人が第二国出願そのものを放棄し又は取り下
げるなどの事情がない限り,取消判決の拘束力に従い,本件提出書に係る
手続について,意匠法68条2項において準用する特許法17条3項2号
に規定する事由があるものとして,手続の補正を命じ,又は既に出願人に
おいて本件提出書に係る手続の補正を目的とする手続を執っている場合に
は,これを有効な補正として取り扱わなければならない。
本件出願の場合には,既に本件手続補正書に係る手続(本件手続)につ
いて本件処分により却下されているため,特許庁長官としては,本件提出
書却下処分の取消判決の拘束力に従い,本件処分を自ら取り消すべき義務
(いわゆる不整合処分の取消義務)を負い,本件手続で優先権証明書が提
出されたものとすることにより,本件提出書に係る手続について特許法4
3条2項(及びこれを準用する意匠法15条1項)違反の状態を解消する
手続補正があったものとし,本件共同体意匠に係る出願を基礎とするパリ
条約による優先権の主張が有効であるものとして,本件出願を取り扱わな
ければならないことになる。
したがって,本件提出書却下処分の違法事由とは異なる固有の違法事由
が本件処分に存在するといった事情がない限り,本件提出書却下処分の取
消訴訟とは別に,本件処分の取消しを求める必要はなく,本件訴訟につい
ては,訴えの利益を欠く不適法なものというべきである。
(2)争点(2)(本件処分の適法性)について
ア原告
(ア)特許庁長官は,本件提出書却下処分を前提として本件処分をしたもの
であるが,本件提出書却下処分は,後記(イ)のとおり,違法なもので,
取り消されるべきものである(原告は,本件提出書却下処分の取消しを
求める訴訟〔別件訴訟〕を提起している。)。
したがって,本件提出書却下処分を前提とする本件処分も,違法なも
のとして,取り消されるべきである。
(イ)本件提出書却下処分の違法事由
意匠法68条2項が準用する特許法18条の2第1項は,「特許庁長
官は,不適法な手続であって,その補正をすることができないものにつ
いては,その手続を却下するものとする。」と規定しているが,「その
補正をすることができないもの」とは,手続の本質的部分が欠落してお
り,補正を認めると手続の同一性が損なわれるようなものをいうと解す
べきである。どのような場合が手続の本質的部分の欠落に該当するかは,
各手続の要件を定めた条文の解釈によって定められることになるが,後
記のとおり,特許法18条の2,43条2項の規定の趣旨,方式審査便
覧,裁判例,パリ条約の規定,比較法的観点に照らしても,優先権証明
書の原本の代わりに写しを提出したことは「手続の本質的部分の欠落」
に当たらず,補正を認めても手続の同一性を損なうことになるとはいえ
ない。
したがって,本件提出書に係る手続は補正可能であり,補正すべき旨
を命じることなく同手続を却下した処分(本件提出書却下処分)は違法
である。
a特許法18条の2について
(a)方式審査便覧の記載
特許庁の方式審査便覧15.20(却下−1)「不適法な出願書
類等に係る手続の却下の取扱い」は,特許法18条の2第1項の規
定により却下すべき場合として,「物件の提出を目的とする手続
(優先権証明書提出等)に物件が添付されていないとき」((16)
ニ)を挙げているが,本件提出書に係る手続は,優先権証明書の写
しであることが明らかな書面が添付されているのであるから,これ
には該当しない。
仮に,本件提出書に係る手続が形式的に上記の場合((16)ニ)に
該当するとしても,同便覧15.20(却下−1)は,①「基準の
運用に当たっては,当該出願書類等を総合的に検討し客観的に手続
者の合理的意思を判断するよう努めるものとする。」,②「形式的
には以下に掲げる却下事項に該当する場合であっても,個別的具体
的な事例においては,必要に応じた取扱いを行うことにより,関係
法令の適正かつ妥当な運用を図るものとする。」と定めているので
あるから,一律に手続を却下すべきではない。特に,本件のように
期限が定められている手続について,その期限経過後に当該手続を
却下することは,出願人に対して重大な不利益を与えるものである
から,この点を十分に考慮する必要があるというべきである。そし
て,本件における具体的事実関係を考慮すれば,原告が優先権証明
書の原本を提出すべきところ,誤って写しを提出してしまったこと
(手続者の合理的意思)は客観的に明らかであるから,補正が認め
られるべきである。
(b)裁判例
特許法18条の2は,平成8年の特許法改正(平成8年法律第6
8号)により新設されたものであり,同改正前に行われていた不受
理処分を却下処分として規定上明確化したものであるから,不受理
処分に関する裁判例が判示するところは,却下処分についても同様
に妥当するものである。しかるところ,「請求人相違」という理由
に基づいて意見書及び手続補正書を不受理とした特許庁長官(被控
訴人)の処分について,東京高等裁判所昭和59年11月28日判
決(判例時報1148号141頁,判例タイムズ550号285
頁)は,補正を命ずることなく,請求人相違を理由に,意見書等提
出期限経過後に各書面につき不受理処分をしたのであるから,各処
分はいずれも違法として取消しを免れないと判断している。
提出期限が定められているため,不受理(現行法では却下)処分
がされると出願人に重大な不利益を課するという点において,上記
裁判例の事案は本件と同様であり,その判示するところは,本件に
も同様に妥当するものである。
b特許法43条2項について
(a)特許法43条2項は,優先権主張に係る基礎出願の事実及び内容
を証明する証明書の提出を要求しているが,これは,優先権主張
(特許法43条1項)だけでは国名と出願年月日しか特定されてい
ないものについて,具体的な出願及びその内容を特定し,かつ,こ
れらを証明することを目的とするものである。
(b)本件提出書に添付して提出された書類は,優先権証明書の表紙を
含む複写2枚と訳文2枚の合計4枚の書類であるが,上記複写2枚
が提出されたことによって,まず,優先権証明書が存在することが
証明されている。また,この複写には,本願の優先権の基礎となる
出願の登録日(出願日)が「2007年9月12日」であることと,
この基礎出願の登録番号(出願番号)が「000788799−0
003」であることが明示されるとともに,この優先権証明書がO
HIMによって発行されたものであることも明示されている。
OHIMが,共同体意匠に関し,図面を掲載した公報をインター
ネット上(<URL省略>)で一般に公開していることは周知の事
実であり,基礎出願の図面に関しては,上記複写2枚が特許庁に受
領された平成20年6月10日以降,上記番号「00078879
9−0003」を使用して,OHIMのデータベース(RCD−O
NLINE)から容易に閲覧可能な状態にあった。
以上のとおり,法定期間内に提出された書面によって,優先権証
明書の存在が裏付けられているとともに,基礎出願の出願日を確認
することができ,さらに,上記書面に記載された登録番号(出願番
号)を使用してOHIMのデータベースから基礎出願の図面を確認
することが可能となっていたのであるから,特許法43条2項の規
定によって意図された優先権の確認は実質的に可能となっていた。
(c)なお,特許法43条5項は,我が国と優先権書類データを交換す
ることができる国にした出願に基づいて優先権を主張する場合に,
優先権書類の提出を省略できることを規定している。この規定から
も明らかなように,特許法43条2項に規定される優先権証明書の
提出は,優先権の存在が確認可能ならば,手続の簡素化のために省
略され得る性質のものである。事実,特許出願に関して,大韓民国
及び欧州特許庁にした出願に基づいて優先権主張をする場合には,
優先権証明書の提出は省略でき,平成19年7月からは,アメリカ
合衆国にした出願に基づく優先権主張においても優先権証明書の提
出が省略可能になっている。また,平成20年特許法等改正によっ
て,出願人の利便性向上及び行政処理の効率化の観点から,優先権
書類の電子的交換を世界的に実現するため,優先権書類を交換でき
る対象国を拡大する改正が行われ,改正後は,第一国以外の国や国
際機関(WIPO等)で電子化されたデータの受け入れも可能とな
り,優先権証明書の提出については,より一層省略される方向へと
向かっている。
意匠法においては,特許法43条5項を準用していないが,優先
権の存在が確認可能であれば,手続の簡素化のために優先権証明書
の提出が省略され得る性質のものであるということについて,特許
出願と意匠出願との間に差異はない。そもそも,優先権主張の申立
て自体は第三者に重大な影響があるとしても,優先権証明書の提出
に関連する手続的な瑕疵が,第三者に格別の不利益を及ぼすといっ
た弊害は考えられない。すなわち,優先権主張自体が適法に行われ
ていれば,それによって,優先権主張の基礎出願の出願日を前提と
して出願の登録要件等が判断されることが十分予測されるのである
から,本件のような場合に補正を認めたとしても,第三者に看過し
得ない不測の不利益を及ぼすものではない。また,優先権証明書の
提出期限を設けているのは,審査が遅延しないようにするためと考
えられるが,本件について補正を認めたとしても審査に不当な遅延
をもたらすものでもない。
したがって,優先権証明書の提出手続について殊更厳格な解釈を
するのは妥当ではない。
cパリ条約4条D項について
パリ条約4条D(1)に基づく特許法43条1項の優先権主張自体は,
その有無が第三者の権利に重大な影響を及ぼすため,基礎となる出願
の年月日及び国名を明示した申立てをしなければならないこと,その
申立てがされるかどうかが不明で権利関係が不確定な状態が長期間継
続すると支障が大きいことから,各同盟国が申立ての期限を国内法に
おいて規定すべきことを,各同盟国の条約上の義務として規定したも
のである。したがって,優先権主張の申立て自体の要件の充足につい
ては厳格に解釈するのが条約の趣旨にもかなうものである。
これに対し,特許法43条2項が規定する優先権証明書の提出は,
パリ条約上の義務を規定したものではなく,パリ条約が各同盟国に手
続上要求することを許容しているものにすぎない。そして,パリ条約
4条D(3)は,そのような手続を要求する場合においても,書類の公
証を要求してはならないこと,3か月の期間内は提出のために有償と
してはならないことという制限を各同盟国に課し,出願人に過大な負
担がかからないようにして,優先権主張を行う出願人を保護する趣旨
を規定したものと解される。
パリ条約は,各同盟国の国民の工業所有権の保護を目的として同盟
を形成し,その保護のための各種規定を置くものであるが,その最も
重要な規定の一つが優先権に関する規定である。こうしたパリ条約の
目的及び優先権主張に関する規定の趣旨からすれば,優先権証明書の
提出に関する手続については,できる限り出願人に有利となる解釈が
採用されるべきであり,重大な瑕疵(優先権証明書の添付が全くない
単なる提出書だけが提出された場合等)があった場合に優先権の喪失
を国内法で規定することが条約違反にならないとしても,本件のよう
に補正を認めるべき事情があるにかかわらず,それを認めないような
解釈,運用を行うことは,上記パリ条約の趣旨に反するものというべ
きである。
d比較法的観点
比較法的観点からしても,優先権証明書の提出手続について,本件
のような事情の下においても補正を許さないような厳格な扱いをする
ことは妥当でない。
すなわち,パリ条約の同盟国等における優先権証明書に関する要件
をみると,アメリカ合衆国においては,優先権証明書の提出は必要で
あるが,期間制限は設けられておらず,特許付与に至るまで提出する
ことが可能である。
また,優先権証明書の提出について期間制限を設けている立法例に
おいても,例えば,特許協力条約に基づく規則(以下「PCT規則」
という。)第17規則17.1(c)は,期間内に優先権書類の提出がな
い場合であっても,出願人に優先権書類の提出の機会を与えた後でな
ければ,優先権主張を無視することができない旨を規定し,欧州共同
体意匠に関するEC委員会規則は,優先権書類提出について不備があ
った場合は,補正のための期間を指定した上,当該期間内に補正がさ
れない場合に初めて優先権主張が効力を失うこととされている(10
条(3)c(7)。理事会規則46条も同旨)。
欧州特許条約も,EPC90条(4)において,優先権に関するもの
を含め,補充し得る方式要件の欠陥については,これを補充するよう
指令すべきこととされ(優先権証明書の提出に関して欠陥があった場
合にも補充の指令がされるべきことは,EPC規則59に明記されて
いる。),同条(5)において,指令に応じた補充がされないときに初
めて優先権主張が喪失されると規定されている。
このように,優先権証明書の提出については,比較法的にも,出願
人に過度に不利益とならないような扱いが規定されており,このこと
は優先権証明書提出に関して厳格な解釈をしなくても不都合が生じな
いことを示すものであって,この点は,我が国の特許法の解釈におい
ても十分に考慮されるべきである。
イ被告
本件提出書却下処分は,次のとおり,適法なものであり,本件提出書は
補正することができないものであるから,本件手続を却下した処分(本件
処分)は適法である。
(ア)パリ条約による優先権主張がその効力を生じるためには,パリ条約を
受けて我が国の法令上優先権主張の手続として要求される方式,すなわ
ち,①出願と同時にする優先権を主張する旨及び必要な事項を記載した
書面の提出又はそれらの事項の願書への記載のほか,②優先権証明書提
出期間内における優先権証明書の提出のいずれもが遵守されることが必
要であり,上記①の手続を執ってパリ条約による優先権を主張しても,
上記②の手続を怠った場合には,当該優先権の主張はその効力を失い,
優先権の主張自体がなかったことになるというべきである。
(イ)意匠法15条1項,特許法43条2項は,パリ条約4条D(3)の規定
を受けて,優先権証明書について「最初に出願をし……たパリ条約の同
盟国の認証がある出願の年月日を記載した書面,……及び図面に相当す
るものの謄本又はこれらと同様な内容を有する……証明書であってその
同盟国の政府が発行したもの」の提出を要求しており,他の手続に関す
る規定にみられるように「写し」等の提出で足りるものとはしていない
から(特許法184条の7第1項,2項,同法施行令15条3項4号等
参照),パリ条約による優先権主張の手続において提出することが要求
される優先権証明書は,同盟国の政府が発行した優先権証明書の原本そ
のものをいい,その写しは含まれないものと解するのが相当である。
しかるところ,原告は,本件において,本件出願と同時に本件共同体
意匠出願を基礎とするパリ条約による優先権の主張をしたものの,優先
権証明書提出期間内に提出した本件提出書の添付書類はOHIMが発行
した優先権証明書の原本ではなく,その一部の写しであり,法令の規定
による優先権証明書とは認められないから,本件提出書に係る手続は,
手続としての本質的要件を欠くもので,意匠法15条1項,特許法43
条2項に反する不適法なものである。
特許法18条の2第1項の「不適法な手続であって,その補正をする
ことができないもの」とは,補正に適さない重大な要件の瑕疵のある手
続をいうものと解すべきところ,本件のように優先権証明書を提出しな
いまま優先権証明書提出期間が経過してしまった優先権主張について,
同期間経過後,優先権証明書の原本の提出による手続補正を認めるとす
れば,優先権証明書提出期間を定め,その期間内に優先権証明書の提出
がないときは当該優先権の主張がその効力を失う旨規定する特許法43
条2項及び4項の規定の趣旨が没却されることは明らかである。そうす
ると,本件提出書に係る手続の瑕疵は,優先権主張の手続における重大
な要件の瑕疵であって,補正には適さないものというべきである。
(ウ)以上のとおり,本件提出書に係る手続は,意匠法15条1項,特許法
43条2項に反する不適法な手続であって,その補正をすることができ
ないから(方式審査便覧15.20(却下−1),2(16)ニ),意匠法
68条2項,特許法18条の2第1項の規定に基づき,その手続を却下
した処分(本件提出書却下処分)は適法である。
(エ)原告の主張に対する反論
a原告は,本件において,優先権証明書の原本を提出すべきところを
誤って複写を提出してしまったなどと主張するが,このような初歩的
な過誤の可能性まで想定することはできないから,本件提出書及びそ
の添付書類を総合的に検討しても,手続者の合理的意思として,誤っ
て複写を提出したことが客観的に明らかであるとは認められない。
bまた,原告は,本件提出書に添付して法定期間内に提出した複写書
類によっても,優先権主張に係る国において意匠登録出願した日を確
認することができ,さらに,上記書面に記載された出願番号を使用し
て,OHIMのデータベースを介して基礎出願の図面を閲覧すること
によって,基礎出願に係る意匠と我が国に提出された意匠登録出願に
係る意匠との同一性を確認することができたから,特許法43条2項
の規定で意図された優先権の確認は実質的に可能となっていたなどと
主張する。しかしながら,我が国の法令上は,パリ条約4条D(3)の
規定を受けて,優先権の主張をした者に,最初に出願をした同盟国の
認証があり,その同盟国の政府が発行した優先権証明書を優先権証明
書提出期間内に提出させ,同盟国が証明している事項に基づいて,そ
れらの確認を行うという方式が採用されているのであって,同盟国の
ホームページ等を検索することにより,事実上第一国の出願に係る意
匠の確認ができればよいというものではないから,原告の主張は理由
がない。
c原告は,優先権証明書の提出は省略され得る性質のものであるなど
と主張するが,意匠登録出願については,特許法43条5項の規定の
準用がなく,OHIMを含め,我が国と優先権書類データを電磁的に
交換することができることの確認が行われた対象国ないし国際機関は
存在しないのであるから,手続の簡素化のためにOHIMが発行した
優先権証明書の提出が省略され得る性質のものということはできない。
dさらに,原告は,本件提出書について補正を認めたとしても,第三
者に不測の不利益を及ぼすものではなく,審査に不当な遅延をもたら
すものでもないと主張する。しかし,本件提出書に係る手続について
補正を認めれば,補正の効果により,当該優先権の主張が効力を生じ
るため,当該優先権による基準時よりも後で我が国の出願より前にパ
リ条約の同盟国に出願をした第三者に重大な不利益をもたらす結果に
なることは明らかである。また,上記補正を認めた場合,優先権証明
書の提出期限を経過したというだけでは当該優先権の主張が効力を失
ったか否かが確定せず,当該出願についての審査に着手することがで
きないので,審査に不当な遅延をもたらすことも明らかである。
eなお,原告は,優先権証明書の提出に関する諸外国の立法例につい
ても主張するが,パリ条約による優先権主張の手続については,優先
権証明書の提出を含めて,パリ条約及び我が国の法令上定められた方
式について,規定の文言に従って厳格に解釈されるべきであることか
らすれば,諸外国の立法例において上記方式と異なる取扱いを規定し
ているからといって,我が国の意匠法15条1項及び同項の規定にお
いて準用する特許法43条2項,4項の各規定を文理に反して解釈し
なければならない理由はない。
第3当裁判所の判断
1争点(1)(本件訴えの利益)について
(1)特許庁長官(処分行政庁)は,本件提出書却下処分が有効であること(本
件提出書に係る手続が不適法なものであり,その補正をすることができない
こと)を前提として,優先権証明書提出期間(平成21年6月12日まで)
経過後に,手続の補正として優先権証明書(原本)の提出をすることが許さ
れないことを理由として,本件手続を却下する処分(本件処分)をしたもの
である。
(2)原告は,別件訴訟において,本件提出書に係る手続は補正可能なものであ
る(意匠法68条2項の準用する特許法18条の2第1項が適用されるよう
なケースには当たらない。)と主張して,本件提出書却下処分の取消しを求
めているが(当裁判所に顕著な事実),仮に,別件訴訟において本件提出書
却下処分を取り消す旨の判決が確定すれば,後続する本件処分については,
その前提を欠くものとして,失効する(少なくとも,本件提出書却下処分の
取消判決の拘束力〔行政事件訴訟法33条1項〕により,処分行政庁である
特許庁長官は,本件提出書却下処分と矛盾,抵触する本件処分〔不整合処
分〕を職権により取り消す義務が生じる。)ことになると解される。
その結果,特許庁長官は,本件手続において優先権証明書が提出されたも
のとすることによって,本件提出書に係る手続につき特許法43条2項,意
匠法15条1項違反の状態を解消する手続補正があったものとし,本件共同
体意匠に係る出願を基礎とするパリ条約による優先権の主張が有効であるも
のとして,本件出願を取り扱わなければならないことになるのであるから,
原告の所期の目的は,本件提出書却下処分の取消しにより達成されることに
なるというべきである。
したがって,原告について,別件訴訟とは別に,本件処分の取消しを求め
る利益があるとは認められない。
(3)また,本件訴えの利益が肯定されるとすれば,原告としては,少なくとも
本件提出書却下処分が確定するまで,何度も手続の補正(優先権証明書の原
本の提出)を繰り返し,その手続却下処分を裁判手続で争うことができると
いうことにもなりかねない。そして,原告が本件処分の違法事由として主張
するところは,別件訴訟において原告が本件提出書却下処分の違法事由とし
て主張するところと基本的に同一であること(当裁判所に顕著な事実)を考
慮すると,上記の結論は,同一の違法事由について,何度も司法審査を求め
ることができるということを意味するものにほかならない。このような結論
は,いたずらに訴訟上の審理の繰返し(蒸し返し)を認めるものとして不当
であり,むしろ,紛争の抜本的解決という点からすれば,原告については,
本件手続の根底にある本件提出書却下処分の違法性について争わせることが
必要であり,かつ,それで原告の救済としても十分というべきである。
かかる観点からしても,本件訴えの利益を肯定することはできない。
2結論
よって,本件訴えは,訴えの利益を欠く不適法なものであるから,これを却
下することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官
岡本岳
裁判官
鈴木和典
裁判官
寺田利彦

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