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平成29年(ネ)第373号,令和2年(ネ)第56号,第62号原状回
復等請求控訴,同附帯控訴事件
判決書
仙台高等裁判所第3民事部
前注
・略語・用語については,原則として原判決のとおりとする。
・当事者については,以下の表記を原則とする。
「一審原告」…本件訴訟(控訴審のみを含む)において請求に対する審
判を求めて訴訟を追行していた者をいい,後記「提訴時」,「死亡」,「承
継」,「取下」,「「ふるさと喪失」」を付さずに用いる場合は,原則として
口頭弁論終結時点で訴訟を追行していた者,すなわち,後記「提訴時一
審原告」(ただし,後記「取下一審原告」及び「死亡一審原告」を除く)
並びに後記「承継一審原告」(ただし,口頭弁論終結時までに訴えを取り
下げた者を除く)を指すが,第3章第5節及び第6節において,本件事
故で被害を被った主体を指すときは,原則として後記「承継一審原告」
を除き,「死亡一審原告」を加えた者,すなわち,後記「提訴時一審原告」
から「取下一審原告」を除いた者を指す。
「提訴時一審原告」…第1~6事件を提訴した者
「取下一審原告」…口頭弁論終結時までに訴えを取り下げ,一審被告ら
による同意が得られた提訴時一審原告及び口頭弁論終結時までに死亡
した提訴時一審原告のうち,同人を承継した全ての「承継一審原告」が
口頭弁論終結時までに訴えを取り下げ,一審被告らによる同意が得られ
た者
「死亡一審原告」…口頭弁論終結時までに死亡した提訴時一審原告(た
だし,一人の死亡一審原告に係る全ての「承継一審原告」が口頭弁論終
結時までに訴えを取り下げ,一審被告らによる同意が得られた者は除
く。)
「承継一審原告」…口頭弁論終結時までに死亡した提訴時一審原告を承
継した一審原告(同人自身が提訴時一審原告であるか否かを問わない)
「「ふるさと喪失」一審原告」…第2事件(26人)又は第6事件(14
人)の提訴時一審原告(合計40人)
・原判決と同一の事実を同一の証拠によって認定する場合は,原則として
証拠引用を省略し,証拠を付加する場合及び新たな事実を認定する場合
にのみ,当該証拠の番号を記載するものとする。
・人物名については原則として敬称略とする。
・月又は月日のみで表記した日付は平成23年のものとする。
令和2年9月30日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成29年(ネ)第373号,令和2年(ネ)第56号,第62号原状
回復等請求控訴,同附帯控訴事件(原審・福島地方裁判所平成25年
(ワ)第38号,第94号,第175号,平成26年(ワ)第14号,第
165号,第166号〔以下,これらの各事件を順に「第1事件」,「第2
事件」等ということがある。〕)
口頭弁論終結日令和2年2月20日
判決
当事者の表示別紙1当事者目録記載のとおり
主文
1原判決主文第1ないし3項に係る控訴及び附帯控訴について(それぞ
れ関連する一審原告ら共通)
⑴一審原告らの控訴のうち原判決主文第1項及び第3項に係る部分を
いずれも棄却する。
⑵一審被告らの附帯控訴に基づき,原判決主文第2項を取り消す。
⑶上記取消部分に係る一審原告らの請求をいずれも棄却する。
2原判決主文第4ないし7項に係る控訴について
⑴一審原告らのうち,別紙6主文一覧表の「分類」欄に①と記載のあ
る者(以下「一審原告ら①」という。)関係
ア一審原告ら①の控訴に基づき,原判決(主文第4ないし7項。以
下,本判決第2項において同じ)中一審原告ら①に係る部分を次の
とおり変更する。
イ一審被告らは,一審原告ら①に対し,連帯して同表の「認容額」
欄記載の各金員及びうち同表の「原審元金」欄記載の各金員に対す
る平成23年3月11日から支払済みまで年5分の割合による金員
を支払え。
ウ一審原告ら①のその余の請求をいずれも棄却する。
⑵一審原告らのうち,同表の「分類」欄に②と記載のある者(以下「一
審原告ら②」という。)関係
ア一審原告ら②の控訴に基づき,原判決中同一審原告らに係る部分
を次のとおり変更する。
イ一審被告らは,一審原告ら②に対し,連帯して同表の「認容額」
欄記載の各金員及びこれに対する平成23年3月11日から(ただ
し,同表の「始期」欄に日付の記載のある者については,当該日か
ら)支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
ウ一審原告ら②のその余の請求をいずれも棄却する。
⑶一審原告らのうち,同表の「分類」欄に③と記載のある者(以下「一
審原告ら③」という。)関係
ア一審原告ら③の控訴に基づき,原判決中同一審原告らに係る部分
を次のとおり変更する。
イ一審被告らは,一審原告ら③に対し,連帯して同表の「認容額」
欄記載の金員及びこれに対する平成23年3月11日から支払済み
まで年5分の割合による金員を支払え。
⑷一審原告らのうち,同表の「分類」欄に④と記載のある者(以下「一
審原告ら④」という。)関係
ア一審原告ら④の控訴に基づき,原判決中同一審原告らに係る部分
を次のとおり変更する。
イ一審被告らは,一審原告ら④に対し,連帯して同表の「認容額」
欄記載の各金員及びうち同表の「原審元金」欄記載の各金員に対す
る平成23年3月11日から支払済みまで年5分の割合による金員
を支払え。
⑸一審原告らのうち,同表の「分類」欄に⑤と記載のある者(以下「一
審原告ら⑤」という。)関係
ア一審被告らの一審原告ら⑤に対する控訴をいずれも棄却する。
イ一審原告ら⑤の控訴に基づき,原判決中同一審原告らに係る部分
を次のとおり変更する。
ウ一審被告らは,一審原告ら⑤に対し,連帯して同表の「認容額」
欄記載の各金員及びうち同表の「原審元金」欄記載の各金員に対す
る平成23年3月11日から支払済みまで年5分の割合による金員
を支払え。
エ一審原告ら⑤のその余の請求をいずれも棄却する。
⑹一審原告らのうち,同表の「分類」欄に⑥と記載のある者(以下「一
審原告ら⑥」という。)関係
ア一審被告らの一審原告ら⑥に対する控訴をいずれも棄却する。
イ一審原告ら⑥の控訴に基づき,原判決中同一審原告らに係る部分
を次のとおり変更する。
ウ一審被告らは,一審原告ら⑥に対し,連帯して同表の「認容額」
欄記載の各金員及びこれに対する平成23年3月11日から支払済
みまで年5分の割合による金員を支払え。
エ一審原告ら⑥のその余の請求をいずれも棄却する。
⑺一審原告らのうち,同表の「分類」欄に⑦と記載のある者(以下「一
審原告ら⑦」という。)関係
ア一審原告ら⑦の控訴に基づき,原判決中同一審原告らに係る部分
を次のとおり変更する。
イ一審被告東電は,一審原告ら⑦に対し,同表の「認容額」欄記載
の各金員及びこれに対する平成23年3月11日から支払済みまで
年5分の割合による金員を支払え。
ウ一審原告ら⑦のその余の請求をいずれも棄却する。
エなお,一審原告ら⑦は当審において一審被告国に対する訴えを取
り下げた。
⑻一審原告らのうち,同表の「分類」欄に⑧と記載のある者(以下「一
審原告ら⑧」という。)関係
ア一審原告ら⑧の一審被告東電に対する控訴及び一審被告国の同一
審原告らに対する控訴をいずれも棄却する。
イ一審原告ら⑧の一審被告国に対する控訴及び一審被告東電の同一
審原告らに対する控訴に基づき,原判決中同一審原告らに係る部分
を次のとおり変更する。
ウ一審被告らは,一審原告ら⑧に対し,連帯して同表の「認容額」
欄記載の各金員及びこれに対する平成23年3月11日から支払済
みまで年5分の割合による金員を支払え。
エ一審原告ら⑧のその余の請求をいずれも棄却する。
⑼一審原告らのうち,同表の「分類」欄に⑨と記載のある者(以下「一
審原告ら⑨」という。)関係
ア一審原告ら⑨の一審被告らに対する控訴及び一審被告国の同一審
原告らに対する控訴をいずれも棄却する。
イ一審被告東電の一審原告ら⑨に対する控訴に基づき,原判決中一
審被告東電に対する一審原告ら⑨の請求部分を次のとおり変更する。
ウ一審被告東電は,一審原告ら⑨に対し,一審被告国と連帯して同
表の「認容額」欄記載の各金員及びこれに対する平成23年3月1
1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
エ一審原告ら⑨のその余の請求をいずれも棄却する。
⑽一審原告らのうち,同表の「分類」欄に⑩と記載のある者(以下「一
審原告ら⑩」という。)関係
ア一審原告ら⑩の控訴をいずれも棄却する。
イ一審原告ら⑩に対する一審被告らの控訴に基づき,原判決中同一
審原告らに係る部分を次のとおり変更する。
ウ一審被告らは,一審原告ら⑩に対し,連帯して同表の「認容額」
欄記載の各金員及びこれに対する平成23年3月11日から支払済
みまで年5分の割合による金員を支払え。
エ一審原告ら⑩のその余の請求をいずれも棄却する。
⑾一審原告らのうち,同表の「分類」欄に⑪と記載のある者(以下「一
審原告ら⑪」という。)関係
ア一審原告ら⑪の控訴をいずれも棄却する。
イ一審原告ら⑪に対する一審被告らの控訴に基づき,原判決中一審
被告ら敗訴部分を取り消す。
ウ上記部分に係る一審原告ら⑪の請求をいずれも棄却する。
⑿一審原告らのうち,同表の「分類」欄に⑫と記載のある者(以下「一
審原告ら⑫」という。)関係
一審原告ら⑫の控訴をいずれも棄却する。
3当審における追加請求について
⑴一審被告らは,一審原告ら①,④及び⑤に対し,連帯して同表の
「追加元金」欄記載の各金員に対する平成23年3月11日から支払
済みまで年5分の割合による金員を支払え。
⑵一審原告ら①及び⑤のその余の当審における追加請求並びに一審原
告ら②,⑥ないし⑫の当審における追加請求をいずれも棄却する。
4訴訟費用は,次のとおりとする。
⑴一審原告ら①ないし⑥,⑧及び⑩と一審被告らとの間で生じた訴訟
費用は,第1,2審を通じてこれを5分し,その1を一審被告らの,
その余を同一審原告らの負担とする。
⑵一審原告ら⑦及び⑨と一審被告東電との間で生じた訴訟費用は,第
1,2審を通じてこれを5分し,その1を一審被告東電の,その余を
同一審原告らの負担とする。
⑶一審原告ら⑨と一審被告国との間で生じた控訴費用は各自の負担と
し,附帯控訴費用は同一審原告らの負担とする。
⑷一審原告ら⑪及び⑫と一審被告らとの間で生じた訴訟費用は,第
1,2審を通じて全て同一審原告らの負担とする。
5本判決第2項の⑴イ,⑵イ,⑶イ,⑷イ,⑸ウ,⑹ウ,⑺イ,⑻ウ,
⑼ウ及び⑽ウ並びに第3項の⑴は,本判決がこれらの部分に係る各一審
被告に送達された日から14日を経過したときは,仮に執行することが
できる。
ただし,一審被告らが,同部分に係る各一審原告に対し,同表の「担
保額」欄記載の各金員の担保を各自供するときは,当該一審被告は,当
該一審原告との関係で,その執行を免れることができる。
目次
前注......................................................................................1
主文......................................................................................3
目次......................................................................................9
第1章当事者の求めた裁判(当審における訴え変更後のもの)...........34
第1一審原告ら........................................................................34
第2一審被告東電.....................................................................36
第3一審被告国........................................................................36
第2章本件の概要...........................................................................37
第1節事案の概要等.....................................................................37
1事案の概要.......................................................................37
2原判決の概要....................................................................39
3当審における主張経過概要................................................40
控訴提起等....................................................................40
平穏生活権侵害に基づく損害賠償請求について................41
「ふるさと喪失」による損害賠償請求について................43
第2節前提事実(争いのない事実,後掲各証拠及び弁論の全趣旨により
容易に認められる事実)...........................................................43
第1当事者..............................................................................43
1提訴時一審原告ら.............................................................43
2一審被告東電....................................................................44
3一審被告国.......................................................................44
第2福島第一原発の概要等........................................................44
1福島第一原発の概要..........................................................44
2沸騰水型軽水炉の概要.......................................................45
3福島第一原発に係る非常時における安全設備等...................47
第3本件地震の発生から本件事故に至る経緯..............................49
1本件地震の発生及び本件津波の到来...................................49
21号機の状況....................................................................50
32号機の状況....................................................................52
43号機の状況....................................................................53
54号機の状況....................................................................54
65号機,6号機の状況.......................................................54
7放射性物質の大量放出.......................................................55
第3節争点.................................................................................55
1原状回復請求....................................................................55
2一審被告東電の損害賠償責任.............................................55
3一審被告国の損害賠償責任................................................55
4損害.................................................................................55
第4節争点に対する当事者の主張(要旨).....................................55
第3章当裁判所の判断.....................................................................56
第1節原状回復請求について........................................................56
第1総論.................................................................................56
第2請求の特定性について........................................................56
1実現すべき結果のみを記載した請求が特定性を欠いていること
........................................................................................56
2特定の作為を求める請求と善解しても不適法であること......58
第3原状回復請求の適法性についてのまとめ..............................60
第2節認定事実...........................................................................60
第1総論.................................................................................60
第2おおむね「長期評価」公表以前...........................................61
1津波地震等に係る一般的な知見..........................................61
津波地震.......................................................................61
津波地震の機序に係る知見.............................................61
アプレート間地震に係る津波..........................................62
イ「比較沈み込み学」....................................................63
ウ地震地体構造論..........................................................64
萩原マップ(1991,甲B413・190頁)......65
垣見マップ(2003,乙B163)......................65
エアスペリティモデル....................................................66
オ付加体モデル.............................................................66
カ明治三陸地震(1896)に係る谷岡・佐竹論文(199
6)..........................................................................67
キJAMSTECによる構造探査(平成13年)............67
2869年貞観津波(甲B1の1,12の1)に係る知見......68
概要..............................................................................68
「長期評価」公表までの知見..........................................68
ア平成2年....................................................................68
イ平成10年.................................................................69
ウ平成12年.................................................................69
エ平成13年.................................................................69
オ平成14年.................................................................70
3想定津波に係る知見等.......................................................71
設置許可時点における想定津波(3.1m)...................71
平成6年時点での一審被告東電による想定津波(3.5m)
....................................................................................71
7省庁手引き.................................................................71
4省庁報告書.................................................................72
ア4省庁報告書による想定津波(6.4m)...................72
イ電事連による想定津波(8.6m).............................72
ウ平成10年時点での一審被告東電による想定津波(4.8
m)..........................................................................72
エ計算値の2倍又は標準偏差分の2倍の津波までの考慮...73
「津波浸水予測図」.......................................................73
土木学会の「津波評価技術」..........................................74
ア平成14年2月の「津波評価技術」.............................74
イ一審被告東電の対応....................................................75
ウ本件事故後の津波評価技術の改訂................................76
第3地震調査研究推進本部地震調査委員会による「長期評価」.....76
1「長期評価」の作成・公表等.............................................76
「長期評価」の作成・公表(平成14年7月)................76
「長期評価」の概要.......................................................77
「長期評価」の信頼度の公表(平成15年3月)............79
地震本部による地震動予測地図の公表(平成17年3月)79
2「長期評価」に対する一審被告らの対応.............................80
保安院によるヒアリングと一審被告東電の対応(平成14年
8月)..........................................................................80
平成20年2月16日....................................................82
今村文彦見解(平成20年2月26日).........................83
平成20年試算(平成20年4月18日)......................83
平成20年6月10日....................................................84
一審被告東電内部における「長期評価」対応方針決定(平成
20年7月31日)とそれ以降のやり取り......................84
ア平成20年7月31日................................................85
イ平成20年8月6日....................................................86
ウ平成20年8月11日................................................87
エ平成20年8月14日................................................88
オ平成20年8月18日................................................88
カ平成20年10~12月頃土木学会委員からの意見聴取
.................................................................................88
耐震バックチェック内部説明会(平成20年9月10日)89
平成21年2月11日....................................................89
平成21年6月.............................................................90
平成21年8月.............................................................90
平成21年8月28日....................................................90
平成22年8月~平成23年2月...................................91
平成23年3月7日.......................................................91
一審被告国の対応..........................................................91
第4おおむね「長期評価」公表以降...........................................92
1土木学会の「長期評価」への対応等...................................92
土木学会における検討・審議予定等................................92
平成16年度アンケート................................................93
平成20年度アンケート................................................94
2中央防災会議の報告..........................................................95
3福島県の津波想定区域図等................................................95
福島県の津波想定区域図................................................95
一審被告東電による想定津波(5m).............................96
4茨城県の浸水想定区域図等................................................96
茨城県の浸水想定区域図の作成.......................................96
一審被告東電による想定津波(4.7m)......................96
5耐震バックチェック中間報告書の評価についての議論.........96
耐震バックチェック指示................................................97
耐震バックチェック中間報告等.......................................98
平成20年試算.............................................................98
平成21年報告.............................................................98
6おおむね「長期評価」公表以降の関連論文等......................99
鶴論文(平成14年)....................................................99
松澤・内田論文(平成15年).....................................100
石橋論文(平成15年)..............................................100
都司論文(平成15年)..............................................100
今村・佐竹・都司論文(平成19年)...........................100
「日本の地震活動」(平成21年3月).......................101
松澤論文(本件事故後。平成23年11月).................101
島崎論文(本件事故後。平成23年5月)....................102
7「長期評価」公表以降の貞観津波に係る知見....................102
⑴本件地震までの知見.....................................................102
ア平成16年...............................................................102
イ平成17年~平成22年文部科学省委託業務............103
ウ平成21年...............................................................107
エ平成22年...............................................................108
オ平成23年...............................................................109
⑵一審被告東電による検討..............................................109
ア佐竹論文による検討..................................................109
イ津波堆積物調査........................................................110
8本件地震以前における地震・津波に関する地震学者の考え方
......................................................................................111
第5溢水事故及び溢水事故対策等に係る知見等.........................112
1総論...............................................................................112
2本件事故前の事例...........................................................113
日・福島第一原発溢水事故(平成3年溢水事故)..........113
仏・ルブレイエ原発溢水事故(1999年).................113
台・馬鞍山原発外部電源喪失事故(2001年)..........115
印・マドラス原発溢水事故(2004年)....................116
本件事故後の一審被告東電による振返り.......................117
3本件事故前における各国の原子力発電所における水密化....118
4溢水勉強会.....................................................................118
概要............................................................................118
平成18年5月11日第3回溢水勉強会.......................119
平成18年5月25日第4回溢水勉強会及びマイアミ論文
..................................................................................120
平成19年4月調査結果報告書.....................................122
5衆議院における質疑........................................................123
6本件事故後の国内の原発における水密化...........................123
第3節一審被告東電の損害賠償責任............................................124
第1一般不法行為に基づく請求の可否について.........................124
1当裁判所の判断...............................................................124
2当審における一審原告らの主張に対する判断....................124
第2一審被告東電の義務違反...................................................127
1総論...............................................................................127
2一審被告東電の負っていた義務........................................127
本件事故当時の一審被告東電に対する規制法令の概要....127
ア原子力基本法...........................................................127
イ炉規法.....................................................................128
ウ電気事業法...............................................................130
エ省令62号...............................................................133
原子力発電所の有する危険性........................................134
一審被告東電の義務内容..............................................135
3津波に対する予見義務.....................................................135
4予見可能性の対象...........................................................137
5一審被告東電の予見可能性..............................................138
6本件事故発生を防止するために必要であった措置..............144
7一審被告東電の結果回避可能性........................................145
⑴結果回避可能性に係る主張立証責任等...........................145
⑵一審被告東電の結果回避可能性.....................................146
8一審被告東電の義務違反の有無及び程度...........................148
9一審被告東電の当審における主張について.......................152
第4節一審被告国の損害賠償責任...............................................156
第1規制権限不行使の違法性の判断枠組み...............................156
1当裁判所が採用する違法性の判断枠組み...........................156
2一審被告国の当審における新主張に対する判断.................158
第2本件における規制権限不行使の違法性...............................160
1経済産業大臣の規制権限の有無........................................160
2法令の趣旨・目的と被害法益の性質・重大性....................167
3予見可能性.....................................................................169
⑴予見可能性の対象........................................................169
⑵一審被告国の予見可能性..............................................169
⑶一審被告国の主張に対する判断.....................................171
ア「長期評価」の意義・性格........................................172
イ「長期評価」の作成過程における異論等....................173
海溝型分科会における議論.....................................173
公募意見における批判...........................................176
ウ地震地体構造等に係る知見との関係...........................178
エ慶長三陸地震及び延宝房総沖地震..............................180
オ「長期評価」公表後の専門家らによる異論等..............183
原子力安全委員会における議論等...........................183
垣見マップ...........................................................183
鶴論文,松澤・内田論文,石橋論文及び都司論文....184
地震学会会長兼調査委員会委員長の異論.................186
「地震動予測地図」との関係.................................187
中央防災会議の報告..............................................189
土木学会の第4期津波評価部会..............................190
カ「長期評価」公表後の改訂等.....................................191
長期評価信頼度の公表...........................................191
平成21年3月の「長期評価」の一部改訂..............192
キ本件事故後に証拠化された専門家の供述....................193
ク小括........................................................................196
4結果回避可能性...............................................................196
⑴一審被告国の結果回避可能性の位置付け.......................196
⑵結果回避可能性を基礎付ける事実の主張立証責任..........197
⑶防潮堤の設置について..................................................199
⑷重要機器室及びタービン建屋等の水密化について..........202
⑸小括............................................................................205
5規制権限の性質及び被害者による被害回避可能性..............205
6「長期評価」の見解に対する一審被告国の対応.................206
⑴平成14年8月の一審被告東電に対するヒアリング等....206
⑵保安院によるその後の調査...........................................209
⑶「津波評価技術」の考え方との関係..............................217
7総合的検討.....................................................................222
⑴規制権限不行使の違法性..............................................222
⑵一審被告国の主張に対する判断.....................................223
第3一審被告国の損害賠償責任とその範囲...............................228
1一審被告国の損害賠償責任の成否.....................................228
2一審被告国の損害賠償責任の範囲.....................................228
第5節損害論(総論)...............................................................230
第1一審原告らの請求の整理...................................................230
1提訴後損害分として請求している部分について.................230
2平穏生活権侵害に係る損害賠償請求の整理.......................231
3訴訟物の整理..................................................................232
平穏生活権侵害に基づく損害賠償請求...........................232
「ふるさと喪失」損害の賠償請求.................................235
中間指針等の月額10万円等の慰謝料の性格.................237
.......238
一律請求について........................................................239
第2損害の有無及び損害額の判断の在り方...............................241
1一審原告らの主張の整理..................................................241
2損害の判断の在り方........................................................241
3損害の判断において考慮すべき要素.................................242
本件事故により侵害された事柄.....................................242
ア基本的な社会インフラ..............................................244
イ生活の糧を取得する手段...........................................244
ウ家庭・地域コミュニティを育む物理的・社会的諸要素.244
エ周囲の環境・自然.....................................................244
オ帰るべき地・心の拠り所となる地・想い出の地等としての
「ふるさと」...........................................................245
カその他.....................................................................245
侵害態様・程度...........................................................245
本件事故後の経緯・現状..............................................246
第6節損害論(各論)...............................................................246
第1政府による避難指示等.....................................................246
1概要...............................................................................246
2避難区域等の設定等........................................................247
3一時避難要請区域の設定等..............................................248
4特定避難勧奨地点の設定等..............................................248
5収束宣言等.....................................................................249
6避難区域等の再編...........................................................251
帰還困難区域...............................................................251
居住制限区域...............................................................251
避難指示解除準備区域..................................................252
7避難指示の解除等...........................................................252
避難指示解除の要件.....................................................252
避難指示等解除の推移..................................................253
8特定復興再生拠点区域.....................................................254
第2中間指針等による賠償の枠組み........................................255
1中間指針........................................................................255
中間指針の策定...........................................................255
避難指示等対象区域.....................................................255
ア避難区域..................................................................255
イ屋内退避区域...........................................................255
ウ計画的避難区域........................................................255
エ緊急時避難準備区域..................................................256
オ特定避難勧奨地点.....................................................256
カ一時避難要請区域(南相馬市).................................256
避難等対象者...............................................................256
避難等対象者への賠償額の目安.....................................257
ア本件事故発生日から6か月間(第1期)....................257
イ第1期終了から6か月間(第2期)...........................258
ウ第2期終了から終期までの期間(第3期).................258
エ.....................................................258
備考............................................................................259
2中間指針第一次追補........................................................259
中間指針第一次追補の策定...........................................259
自主的避難等対象区域..................................................259
ア県北地域..................................................................259
イ県中地域..................................................................260
ウ相双地域..................................................................260
エいわき地域...............................................................260
自主的避難等対象者.....................................................260
自主的避難等対象者の賠償額の目安..............................260
ア子供及び妊婦...........................................................261
イその他の者...............................................................262
備考............................................................................262
3中間指針第二次追補........................................................262
中間指針第二次追補の策定...........................................262
第2期の終期変更........................................................262
第3期の賠償額の目安..................................................263
ア避難指示解除準備区域..............................................263
イ居住制限区域...........................................................263
ウ帰還困難区域...........................................................263
エ旧緊急時避難準備区域..............................................264
オ特定避難勧奨地点.....................................................264
カ自主的避難等対象区域..............................................264
備考............................................................................265
4中間指針第四次追補........................................................265
中間指針第四次追補等の策定........................................265
第3期の賠償額の目安..................................................266
ア帰還困難区域並びに大熊町及び双葉町の居住制限区域ない
し避難指示解除準備区域...........................................266
イそれ以外の地域........................................................267
備考............................................................................267
5自主賠償基準..................................................................267
帰還困難区域,大熊町,双葉町旧居住者.......................268
居住制限区域,避難指示解除準備区域(旧居住制限区域,旧
避難指示解除準備区域を含み,大熊町,双葉町を除く。)旧居
住者............................................................................268
旧特定避難勧奨地点(南相馬市)旧居住者....................268
旧特定避難勧奨地点(川内村,伊達市)旧居住者..........268
旧緊急時避難準備区域旧居住者.....................................268
旧一時避難要請区域,旧屋内退避区域旧居住者..............268
自主的避難等対象区域旧居住者.....................................269
県南地域及び宮城県丸森町旧居住者..............................269
6全中間指針の位置付け等..................................................270
全中間指針について.....................................................270
中間指針を巡る原賠審における議論..............................270
ア中間指針策定まで.....................................................270
第4回(5月16日)...........................................271
第7回(6月9日)..............................................271
第8回(6月20日)...........................................273
第12回(7月29日)........................................274
第13回(8月5日)...........................................275
イ中間指針第一次追補策定まで.....................................278
第14回(9月21日)........................................278
第15回(10月20日).....................................279
第16回(11月10日).....................................280
第17回(11月25日).....................................280
第18回(12月6日)........................................282
ウ中間指針第二次追補策定まで.....................................286
第19回(12月21日)(丙A46,47).........286
第21回(平成24年1月27日).......................287
第23回(平成24年2月17日).......................288
第24回(平成24年2月23日).......................288
第25回(平成24年3月8日)...........................288
エ中間指針第四次追補策定まで.....................................288
第34回(平成25年9月10日).......................289
第35回(平成25年10月1日).......................289
第36回(平成25年10月25日)....................291
第37回(平成25年11月22日)....................292
第39回(平成25年12月26日)....................293
全中間指針の位置付け..................................................295
第3相当因果関係(総論).....................................................296
1放射線に関する知見........................................................296
放射線に関する基礎的な知見........................................296
放射線による被曝........................................................297
放射線による健康被害..................................................299
2本件事故と放射性物質の放出...........................................301
3低線量被曝に関する知見等..............................................303
低線量被曝に関する科学的知見.....................................303
ICRPの勧告...........................................................305
ア1990年勧告........................................................305
イ2007年勧告........................................................306
本件事故当時の国内法令の定め.....................................308
健康調査等..................................................................310
ア基本調査..................................................................310
イ甲状腺検査...............................................................310
ウ健康診査..................................................................312
エこころの健康度・生活習慣に関する調査....................312
オ妊産婦に関する調査..................................................312
カ内部被曝検査...........................................................313
UNSCEARの報告..................................................313
ア2013年福島報告書..............................................313
滞在者の実効線量..................................................314
避難者の実効線量..................................................314
公衆における健康影響...........................................315
イ2015年報告書.....................................................316
ウ2016年報告書.....................................................316
社会心理学的知見........................................................317
アリスク認知の2因子モデル........................................317
イ災害によるPTSDに係る知見.................................318
ウ原発事故のリスク認知..............................................319
ストレス調査等...........................................................320
ア「震災を踏まえた子育て環境に関する調査研究」.......320
イ「福島子ども健康プロジェクト」..............................321
ウいわき市民調査........................................................323
エ福島市民調査...........................................................323
オ子供ストレス調査.....................................................323
カNHK/WIMAアンケート調査に基づく実証的研究.324
キ放射能に関する福島市民意識調査..............................326
ク双葉8か町村災害復興実態調査.................................326
第4相当因果関係(各論).....................................................326
1一審原告らの旧居住地ないし居住地の状況等....................327
水の状況.....................................................................327
食品の状況..................................................................329
ア国,地方自治体等による規制等.................................329
基準値等...............................................................329
検査結果,出荷制限等...........................................330
イ米に係る規制...........................................................332
ウ内水面の規制等........................................................335
エ住民の受けた影響.....................................................335
海の状況.....................................................................335
ア出荷制限等...............................................................336
イ住民の受けた影響.....................................................336
除染の状況..................................................................337
教育施設の状況...........................................................339
ア各教育施設の対応等..................................................339
イ避難指示区域における学校の状況等...........................342
避難指示区域における学校の状況...........................342
小中学校の校数及び児童数の変遷...........................343
ウ令和元年5月27日時点における富岡町小中学校の状況等
...............................................................................345
エ住民の受けた影響.....................................................346
医療・介護施設の状況..................................................346
ア医療施設等...............................................................346
福島県全体...........................................................346
相馬エリア...........................................................350
双葉エリア...........................................................350
ア内)..................................................................351
いわきエリア........................................................352
イ介護施設等...............................................................352
民間事業等の状況........................................................353
ア概観........................................................................353
イ「さくらモールとみおか」........................................354
健康調査等..................................................................355
避難及び帰還の状況.....................................................356
2グループごとの検討........................................................360
3旧居住地が帰還困難区域並びに大熊町及び双葉町の居住制限区
域及び避難指示解除準備区域(以下「帰還困難区域等」という。)
である一審原告らについて..............................................362
認定事実.....................................................................362
ア帰還困難区域の概要..................................................362
イ大熊町の旧居住制限区域並びに大熊町の旧避難指示解除準
備区域及び双葉町の避難指示解除準備区域の概要.......363
ウ帰還困難区域等旧居住者の受けた被害.......................363
居住・移転の自由の制限........................................364
旧居住地の汚染.....................................................364
日常生活の阻害.....................................................365
長期間の設定による今後の生活の見通しに対する不安,
帰還困難による不安..............................................366
生活費の増加........................................................366
ふるさとの喪失.....................................................367
検討............................................................................368
ア評価(損害額)........................................................368
イ一審原告らに対する具体的な認容額...........................370
全般.....................................................................370
一審原告(H-201)について...........................372
一審原告(亡)(T-1370)について...............373
4旧居住地が旧居住制限区域である一審原告ら(旧居住地が大熊
町の旧居住制限区域である一審原告らを除く。以下,本項にお
いて同じ。)について.......................................................374
認定事実.....................................................................374
ア旧居住制限区域の概要..............................................374
イ旧居住制限区域旧居住者の受けた被害.......................377
検討............................................................................379
ア評価(損害額)........................................................379
イ一審原告らに対する具体的な損害額...........................382
全般.....................................................................382
一審原告(亡)(H-0120)について...............382
5旧居住地が旧避難指示解除準備区域である一審原告ら(旧居住
地が大熊町,双葉町の旧避難指示解除準備区域である一審原告
らを除く。以下,本項において同じ。)について...............383
認定事実.....................................................................383
ア旧避難指示解除準備区域の概要.................................383
イ旧避難指示解除準備区域旧居住者の受けた被害..........384
検討............................................................................386
ア評価(損害額)........................................................386
イ一審原告らに対する具体的な損害額...........................389
6旧居住地が旧緊急時避難準備区域である一審原告らについて
......................................................................................389
認定事実.....................................................................389
ア旧緊急時避難準備区域の概要.....................................389
イ旧緊急時避難準備区域旧居住者の受けた被害..............390
広野町の状況........................................................391
川内村の状況(本訴において旧居住地が川内村である一
審原告はいない。)................................................392
田村市の状況........................................................393
南相馬市の状況.....................................................395
楢葉町の状況(本訴において旧居住地が楢葉町の旧緊急
時避難準備区域である一審原告はいない。)............396
検討............................................................................398
ア評価(損害額)........................................................398
イ一審原告らに対する具体的な損害額...........................400
全般.....................................................................400
一審原告(H-201)について...........................401
7旧居住地が旧特定避難勧奨地点である一審原告らについて.401
認定事実.....................................................................401
ア旧特定避難勧奨地点の概要........................................401
イ旧特定避難勧奨地点旧居住者の受けた被害.................402
検討............................................................................402
ア評価(損害額)........................................................402
イ一審原告らに対する具体的な損害額...........................404
全般.....................................................................404
一審原告(亡)(T-1529)について...............404
旧緊急時避難準備区域と重なる一審原告らについて.404
8旧居住地が旧一時避難要請区域である一審原告らについて.405
認定事実.....................................................................405
ア旧一時避難要請区域の概況........................................405
イ旧一時避難要請区域旧居住者の受けた被害.................406
検討............................................................................407
ア評価(損害額)........................................................407
イ一審原告らに対する具体的な損害額...........................408
全般.....................................................................408
旧特定避難勧奨地点を旧居住地とする一審原告らについ
て........................................................................408
9旧居住地が自主的避難等対象区域である一審原告らについて
......................................................................................409
認定事実.....................................................................409
ア自主的避難等対象区域の概況.....................................409
イ各地域の状況...........................................................411
福島市..................................................................411
二本松市...............................................................415
伊達市..................................................................418
本宮市..................................................................420
桑折町..................................................................422
国見町..................................................................425
川俣町..................................................................426
大玉村..................................................................429
郡山市..................................................................431
須賀川市...............................................................434
田村市..................................................................436
鏡石町..................................................................438
天栄村..................................................................439
石川町..................................................................441
玉川村..................................................................443
平田村..................................................................445
浅川町..................................................................446
古殿町..................................................................448
三春町..................................................................450
小野町..................................................................451
相馬市..................................................................453
新地町..................................................................455
いわき市...............................................................457
ウ各地域の自主的避難者数...........................................461
エ自主的避難等対象区域旧居住者の受けた被害..............462
検討............................................................................463
ア評価(損害額)........................................................463
イ一審原告らに対する具体的な損害額...........................468
全般.....................................................................468
一審原告T-3184について..............................469
子供であった者として扱うべき一審原告について....469
妊婦であった者として扱うべき一審原告について....470
10旧居住地が県南地域及び宮城県丸森町である一審原告らについ
て..................................................................................472
認定事実.....................................................................472
ア県南地域及び宮城県丸森町の概要..............................472
イ各地域の状況...........................................................473
平成23年3月.....................................................473
平成23年4月.....................................................474
平成23年5~12月...........................................475
平成24年1~8月..............................................476
平成24年9月以降..............................................477
ウ各地域の自主的避難者数...........................................477
エ県南地域及び宮城県丸森町旧居住者の受けた被害.......478
検討............................................................................479
ア評価(損害額)........................................................479
イ一審原告らに対する具体的な損害額...........................484
全般.....................................................................484
子供であった者として扱うべき一審原告について....485
妊婦であった者として扱うべき一審原告について....486
11旧居住地が上記3~10以外の地域である一審原告らについて
......................................................................................486
会津地域.....................................................................486
ア認定事実..................................................................486
会津地域の概要.....................................................486
会津地域の状況.....................................................487
会津地域の自主的避難者数.....................................488
イ一審原告らの損害.....................................................488
会津地域旧居住者の損害........................................488
一審原告らに対する具体的な損害額.......................490
子供であった者として扱うべき一審原告について....490
妊婦であった者として扱うべき一審原告について....491
宮城県(丸森町を除く。).............................................491
ア認定事実..................................................................491
宮城県(丸森町を除く。)の概要............................491
宮城県の状況........................................................492
宮城県内における本件事故関係の報道....................493
イ一審原告らの損害.....................................................497
宮城県旧居住者の損害...........................................497
一審原告らに対する具体的な損害額.......................498
茨城県........................................................................498
ア認定事実..................................................................498
茨城県の概要........................................................498
茨城県の状況........................................................499
イ一審原告らの損害.....................................................502
茨城県水戸市及び日立市旧居住者の損害.................502
茨城県つくば市及び牛久市旧居住者の損害..............503
一審原告らに対する具体的な損害額.......................503
栃木県........................................................................503
ア認定事実..................................................................503
栃木県の概要........................................................503
栃木県の状況........................................................504
イ一審原告らの損害.....................................................506
栃木県旧居住者の損害...........................................506
一審原告(T-2341)に対する具体的な損害額.507
上記3~10以外の旧居住者の損害についてのまとめ......508
第5弁済の抗弁.....................................................................508
1追加賠償項目..................................................................508
ADR等増額賠償........................................................509
要介護者増額賠償........................................................512
透析賠償.....................................................................514
ペット賠償..................................................................514
2世帯内融通について........................................................516
3精神的損害以外の項目(費目間の融通)について..............518
第6弁護士費用等..................................................................520
1弁護士費用.....................................................................520
2端数の取扱い..................................................................520
3遅延損害金.....................................................................521
第7節相互の保証について(一審被告国関係)...........................522
第1総論...............................................................................522
第2「相互の保証」の主張立証責任........................................522
第3「相互の保証」の内容.....................................................523
第4一審原告らについての検討..............................................524
1韓国について..................................................................524
2中国について..................................................................524
3フィリピンについて........................................................526
4ウクライナについて........................................................527
5相互の保証についてのまとめ...........................................528
第8節訴えを取り下げた一審原告らの扱いについて....................528
1二重訴訟一審原告...........................................................529
2一審被告国のみが取下げに同意した一審原告....................531
第9節結論...............................................................................532
事実及び理由
第1章当事者の求めた裁判(当審における訴え変更後のもの)
第1一審原告ら
1原判決を次のとおり変更する。
2原状回復請求
一審被告らは,各自,各一審原告(承継一審原告を除く。)らに対し,
それぞれ原判決別紙2原告目録の「旧居住地」欄記載の居住地におい
て,空間線量率を1時間当たり0.04μSv以下とせよ。
3損害賠償請求(平穏生活権侵害)
承継一審原告らを除く一審原告ら関係
ア提訴日の前日までの確定損害分
一審被告らは,各自,一審原告(承継一審原告を除く。)らに対
し,
別紙2一審原告等目録の「事件番号」欄に「38」とある一審
原告(承継一審原告を除く。)については各132万円,
別紙2一審原告等目録の「事件番号」欄に「175」とある一
審原告(承継一審原告を除く。)については各165万円,
別紙2一審原告等目録の「事件番号」欄に「14」とある一審
原告(承継一審原告を除く。)については各192万5000円,
別紙2一審原告等目録の「事件番号」欄に「165」とある一
審原告(承継一審原告を除く。)については各231万円,
及び各金員に対する平成23年3月11日から支払済みまで年5
分の割合による金員を支払え。
イ提訴後損害分
一審被告らは,各自,一審原告(承継一審原告を除く。)らに対
し,
別紙2一審原告等目録の「事件番号」欄に「38」とある一審
原告(承継一審原告を除く。)については平成25年3月11日
から,
別紙2一審原告等目録の「事件番号」欄に「175」とある一
審原告(承継一審原告を除く。)については平成25年9月11
日から,
別紙2一審原告等目録の「事件番号」欄に「14」とある一審
原告(承継一審原告を除く。)については平成26年2月11日
から,
別紙2一審原告等目録の「事件番号」欄に「165」とある一
審原告(承継一審原告を除く。)については平成26年9月11
日から,
それぞれ口頭弁論終結日までの間,各1か月5万5000円の割
合による金員及び各金員に対する平成23年3月11日から支払
済みまで年5分の割合による金員を支払え。
承継一審原告(ただし,口頭弁論終結時までに訴えを取り下げた
者を除く。)関係
一審被告らは,各自,承継一審原告らに対し,別紙7理由一覧表
の「承継請求額」欄記載の額及びこれに対する平成23年3月11
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4損害賠償請求(ふるさと喪失)
一審被告らは,各自,
別紙2一審原告等目録の「94号」欄又は「166号」欄に記載
のある一審原告ら(承継一審原告を兼ねる者を除く。)に対し,各6
60万円,
一審原告兼亡H-376承継人H-95に対し,1320万円,
一審原告兼亡H-101承継人H-100に対し,660万円,
及びこれに対する平成23年3月11日から支払済みまで年5分の割
合による金員を支払え。
5訴訟費用は,第1,2審を通じて,一審被告らの負担とする。
第2一審被告東電
1原判決中,一審被告東電敗訴部分及び本件訴えのうち平成29年3
月22日以降の損害賠償金の支払を求める訴えをいずれも却下した部
分を取り消す。
2上記部分につき,一審原告らの請求をいずれも棄却する。
3一審原告らの当審における追加請求をいずれも棄却する。
4一審原告らと一審被告東電との間に生じた訴訟費用は,第1,2審
を通じて,一審原告らの負担とする。
第3一審被告国
1原判決中,一審被告国敗訴部分及び本件訴えのうち平成29年3月
22日以降の損害賠償金の支払を求める訴えをいずれも却下した部分
を取り消す。
2上記部分につき,一審原告らの請求をいずれも棄却する。
3一審原告らの当審における追加請求をいずれも棄却する。
4一審原告らと一審被告国との間に生じた訴訟費用は,第1,2審を
通じて,一審原告らの負担とする。
第2章本件の概要
第1節事案の概要等
1事案の概要
平成23年3月11日午後2時46分,牡鹿半島の東南東約130
kmを震源とするM(マグニチュード)9.0,Mt(津波マグニチュ
ード)9.1の東北地方太平洋沖地震(本件地震)が発生した。本件地
震は,複数の震源域が連動して発生し,その範囲は,岩手県沖から茨
城県沖にかけて,長さ約450km,幅は約200kmに及んだとさ
れ,日本国内では観測史上最大規模であり,世界でも観測史上4番目
に大きな規模であった。
本件は,同日,この本件地震が引き起こした津波(本件津波)の影
響で,一審被告東電が設置し運営する福島第一原子力発電所(福島第
一原発)1~4号機から放射性物質が放出される事故(本件事故)が
発生したことにより,本件事故当時の居住地(旧居住地)が放射性物
質により汚染されるなどしたとして,福島県又は同県に隣接する宮城
県,茨城県若しくは栃木県に居住していた提訴時一審原告ら3864
人のうち,
①全員が,一審被告らに対し,人格権又は一審被告東電に対しては
民法709条,一審被告国に対しては国賠法1条1項に基づき,旧
居住地における空間放射線量率を本件事故前の値である0.04μ
Sv/h以下にすることを求める(原状回復請求)とともに,
②全員が,一審被告らに対し,一審被告東電に対しては,主位的に
民法709条,710条,予備的に原賠法3条1項に基づき,一審
被告国に対しては国賠法1条1項,民法710条に基づき,各自,
平穏生活権侵害による慰謝料の,提訴時までの確定損害分としては,
本件事故日である平成23年3月11日から第1,第3,第4又は
第5事件の各提訴日の前日まで1か月5万円の割合で算定した確定
損害金及び1割相当の弁護士費用並びにこれらに対する本件事故日
である平成23年3月11日から支払済みまで民法(平成29年法
律第44号による改正前のもの。以下,遅延損害金について同じ。)
所定の年5分の割合による遅延損害金の,提訴後損害分としては,
同各提訴日からそれぞれ各旧居住地において空間線量率が0.04
μSv/h以下となるまでの間1か月5万円の割合による損害金及
び1割相当の弁護士費用の,それぞれ支払を求め(平穏生活権侵害
に基づく損害賠償請求),
③「ふるさと喪失」一審原告ら40人(第2事件に係る26人及び
第6事件に係る14人であり,いずれも第1,第3,第4又は第5
事件の一審原告でもある。別紙2一審原告等目録の「94号」欄又
は「166号」欄に丸数字を記載している。以下,例えば「94号」
欄に「①」と記載のある一審原告の番号を「94号-1」とする例に
従って表記することがある。)が,一審被告らに対し,上記②と同様
の根拠法条に基づき,各自,「ふるさと喪失」による慰謝料として2
000万円及び1割相当の弁護士費用合計2200万円並びにこれ
に対する平成23年3月11日から支払済みまで民法所定の年5分
の割合による遅延損害金の支払を求め(「ふるさと喪失」による損害
賠償請求)
た事案である。
その後,原審の口頭弁論終結時までに,提訴時一審原告らのうち3
4人が死亡し,死亡一審原告らについては,上記②の平穏生活権侵害
に基づく損害賠償請求を,本件事故日である平成23年3月11日か
ら各死亡一審原告らの死亡日まで1か月5万円の割合で算定した損害
金及び1割相当の弁護士費用(別紙7理由一覧表の「減縮部分請求額」
欄記載の金額)を求める限度へ減縮した請求について,各承継一審原
告ら(合計91人)がこれを各自の承継分に応じて承継した(死亡し
た「ふるさと喪失」一審原告ら2人の各承継一審原告らについては,
上記③の「ふるさと喪失」損害に係る請求も承継した。)。
また,原審の口頭弁論終結時までに,提訴時一審原告らのうち40
人が訴えを取り下げた。
以上により,原審の口頭弁論終結時の一審原告らは,3881人と
なった(ただし,承継一審原告らの一部は元々提訴時一審原告であり,
両者を兼ねている者もいるところ,両者を兼ねているか否かについて
一件記録上必ずしも明確ではない者もいるため,全員について,両者
を兼ねているか否かを問わず,それぞれで1人と数えることとする。
その結果,上記人数は,両者を兼ねている者については2人と数えた
延べ人数となる。)。
2原判決の概要
原判決は,上記1①の原状回復請求に係る訴えを不適法であるとし
て却下し,1②の平穏生活権侵害に基づく損害賠償請求の提訴後損害
分に係る訴えのうち,原審の口頭弁論終結後の期間に対応する損害賠
償を求める部分を不適法であるとして却下するとともに,原審の口頭
弁論終結前の期間に対応する損害賠償を求める部分については,一審
被告東電に対する主位的請求(民法709条,710条)をいずれも
全部棄却した上で,予備的請求(原賠法3条1項)につき,一部の一
審原告らについてはその一部を認容してその余の請求を棄却し,その
余の一審原告らについてはいずれも全部棄却し,一審被告国に対する
請求(国賠法1条1項,民法710条)は,一審被告東電に対する予
備的請求を一部認容した一審原告らについてはその一部(一審被告東
電に対する認容額の2分の1の額)を認容してその余の請求を棄却し,
その余の一審原告らについてはいずれも全部棄却し,上記1③のふる
さと喪失による損害賠償請求についてはいずれも全部棄却した。
なお,原審による上記判断は,証拠上認められる全ての考慮要素を
中間指針等に
よる賠償額」を超える場合には,その超えて支払われた賠償金による
償額」を超えない場合又は弁済が認められる金額を超えない場合には,
請求を全部棄却することとしたものであり,当審も,かかる判断方法
を踏襲することとする。
3当審における主張経過概要
控訴提起等
原判決に対し,原審の口頭弁論終結時の一審原告ら全員及び一審
被告らが控訴を提起した(一審被告らは,請求が認容された一審原
告らに係る訴えとの関係でのみ控訴を提起した。)。
その後,当審の口頭弁論終結時までに,提訴時一審原告らのうち
59人が更に死亡し(死亡一審原告は,原審と合計で93人),死亡
一審原告らについては,原審と同様,上記1②の平穏生活権侵害に
基づく損害賠償請求を,本件事故日である平成23年3月11日か
ら各死亡一審原告らの死亡日まで1か月5万円の割合で算定した損
害金及び1割相当の弁護士費用(別紙7理由一覧表の「減縮部分請
求額」欄記載の金額)を求める限度へ減縮した請求について,各承
継一審原告ら(合計201人)が各自の承継分に応じてこれを承継
した。
また,当審の口頭弁論終結時までに,提訴時一審原告らが更に1
98人,及び承継一審原告らのうち16人が,それぞれ訴えを取り
下げたところ(なお,承継一審原告らの取下げにより,提訴時一審
原告のうち3人は,同人らを承継した全ての「承継一審原告」が口
頭弁論終結時までに訴えを取り下げることとなった。この3人の提
訴時一審原告についても「取下一審原告」と表記することについて
は,前注記載のとおりであり,別紙2一審原告等目録の「分類」欄
に「×」と記載している。),提訴時一審原告らのうち6人(H-04
14,H-0415,H-0416,H-0417,H-0456,
H-0519)については一審被告ら双方が,うち2人(H-01
42,H-0143)については一審被告東電のみが,それぞれ民
訴法261条2項所定の同意をしなかったため,前6者については
一審被告ら双方との関係で,後2者については一審被告東電のみと
の関係で,訴え取下げの効力が生じていない(これらの一審原告ら
の扱いについては,後に項を設けて説示する(第3章第8節)。)。
最終的に,当審の口頭弁論終結時において当事者であり判決の対
象となる一審原告らは,提訴時一審原告らが3541人(うち2人
は一審被告東電との間の訴訟のみ係属。),承継一審原告らが276
人,合計3817人である(ただし,上記1と同様に,上記人数は,
提訴時一審原告と承継一審原告を兼ねている者について2人と数え
た延べ人数となる。)。
平穏生活権侵害に基づく損害賠償請求について
一審原告らは,当審において,上記1②の請求のうち,当審口頭
弁論終結日の翌日から旧居住地の空間線量率が0.04μSv/h
以下になるまでの間1か月5万円の割合による慰謝料を請求する部
分を取り下げ,かつ,第1,第3,第4,又は第5事件の各提訴日か
ら当審口頭弁論終結日までの損害金等に対する本件事故日である平
成23年3月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合によ
る遅延損害金の支払を求める訴え(附帯請求)を追加したところ,
一審被告らは,一審原告らの上記訴えの一部取下げに同意し,又は
同意したものとみなされた。これにより,当審においては,上記1
②の平穏生活権侵害に基づく損害賠償請求は,一審原告らが,一審
被告らに対し,一審被告東電に対しては主位的に民法709条,7
10条,予備的に原賠法3条1項に基づき,一審被告国に対しては
国賠法1条1項,民法710条に基づき,各自,本件事故日である
平成23年3月11日から当審口頭弁論終結日(令和2年2月20
日)までの間,1か月5万円の割合による平穏生活権侵害による慰
謝料(ただし,承継一審原告らについては,前示のとおり,本件事
故日である平成23年3月11日から各死亡一審原告らの死亡日ま
で1か月5万5000円の割合(弁護士費用を含む。)で算定した額
を基に各自の承継分に応じて算出した金額)及びこれに対する本件
事故日である平成23年3月11日から支払済みまで民法所定の年
5分の割合による遅延損害金の支払を求める内容となった。
一審被告らは,これを受けて,上記平穏生活権侵害に基づく損害
賠償請求のうち,原審の口頭弁論終結日の翌日から当審口頭弁論終
結日まで(ただし,当審係属中に死亡した死亡一審原告に係る承継
一審原告らについては死亡一審原告の死亡時まで)の損害金及び弁
護士費用の支払を求める請求に係る訴えについて,附帯控訴を提起
し,同訴えについて従前主張していた本案前の答弁を撤回した上で,
これを却下した原判決の取消しと同請求の棄却を求めた上,一審原
告らが追加した同請求部分に係る附帯請求の棄却を求めた。これに
より,上記平穏生活権侵害に基づく損害賠償請求については,一審
原告らの主たる請求及び附帯請求に対し,一審被告らによる棄却答
弁のみがされている状態となった。
「ふるさと喪失」による損害賠償請求について
上記1③の請求をしている一審原告ら(「ふるさと喪失」一審原告
ら)及び同一審原告らに係る承継一審原告らは,当審において,同
請求を,「ふるさと喪失」による慰謝料として600万円及び1割相
当の弁護士費用合計660万円並びにこれに対する平成23年3月
11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金
の支払を求める請求へと減縮し,一審被告らはいずれもこれに同意
した。なお,「ふるさと喪失」一審原告のうち1名(H-0086)
は,当審において訴えを取り下げた。
第2節前提事実(争いのない事実,後掲各証拠及び弁論の全趣旨により
容易に認められる事実)
第1当事者
1提訴時一審原告ら
提訴時一審原告らは,いずれも平成23年3月11日当時,福島県
又は同県に隣接する宮城県,茨城県若しくは栃木県に居住していた住
民である。全部で3864人(第1事件800人〔うち避難者193
人,滞在者607人〕,第3事件1159人〔うち避難者177人,滞
在者982人〕,第4事件620人〔うち避難者69人,滞在者551
人〕,第5事件1285人〔うち避難者102人,滞在者1183人〕)
であったが,前示のとおり,その後,訴え取下げ又は死亡及び承継に
より,当審の口頭弁論終結時点においては延べ3817人(うち35
41人が提訴時一審原告ら)である。
一審原告らのうち,本件事故によって旧居住地から避難をした者を
避難者と,旧居住地に滞在を継続している者を滞在者とそれぞれ呼称
し,別紙2一審原告等目録の「原告番号」の頭字にそれぞれH,Tを
付することとしている。
2一審被告東電
一審被告東電は,平成23年3月11日当時,福島県双葉郡双葉町
及び同郡大熊町に福島第一原発を設置し運転していた東京電力株式会
社が会社分割及び商号変更を経た株式会社であり,本件事故に関し,
原賠法上の「原子力事業者」(3条1項)に該当する。
3一審被告国
一審被告国は,国賠法上の賠償義務を負う主体であり,本件訴訟に
おいて法務大臣が代表している。
第2福島第一原発の概要等
1福島第一原発の概要
福島第一原発は,福島県双葉郡双葉町(以下「双葉町」という。)及
び同郡大熊町(以下「大熊町」という。)に位置し,その敷地の東側が
太平洋に面しており,敷地全体の広さは約350万㎡である。福島第
一原発には原子炉が1~6号機まで6機設置されており,1号機は一
審被告東電が初めて建設し,昭和46年3月26日に運転を開始した
発電用原子炉である。その後,2号機は昭和49年7月に,3号機は
昭和51年3月に,4号機は昭和53年10月に,5号機は昭和53
年4月に,6号機は昭和54年10月に,それぞれ運転が開始された
(このうち1~4号機は大熊町に,5,6号機は双葉町に設置されて
いる。)。
1~6号機はいずれも沸騰水型(BWR)軽水炉(LWR)であり,
米国から全面的に技術を導入して設置された。電気出力は1号機が4
6万kw,2~5号機が78.4万kw,6号機が110万kwであ
る。各号機は,原子炉建屋(R/B),タービン建屋(T/B),コント
ロール建屋(C/B),サービス建屋(S/B),放射性廃棄物処理建
屋(RW/B)などからなり,それぞれ単独で,又は隣接号機による
共用形式で設置されている。
1~4号機の主要建屋の敷地高はO.P.+10mであり,5及び
6号機の主要建屋の敷地高はO.P.+13mである。また,敷地の
最も海側の部分であり,後記の非常用海水ポンプ等が設置されている
エリアの敷地高はO.P.+4mである。
(甲B1の1,乙B127)
2沸騰水型軽水炉の概要
軽水炉では,原子炉圧力容器内に,核分裂を起こしやすい物質であ
るウラン235の比率を濃縮により3~5%に高めて燃料被覆材で覆
いペレット状にした燃料棒を集合体にした核燃料を設置し,その周囲
に軽水(普通の水)を巡らせており,この軽水が,核燃料の核分裂に
より発生する中性子を減速させ(高速中性子から熱中性子へ)次の核
分裂を引き起こしやすくする減速材としての機能と,核分裂により高
熱を発した燃料から熱エネルギーを取り出して原子炉を一定以下の温
度に保つ冷却剤としての機能を同時に果たしている。軽水炉には沸騰
水型と加圧水型(PWR)があるところ,福島第一原発の1~6号機
で採用されている沸騰水型は,原子炉内で発生した蒸気で直接発電機
のタービンを回す点が加圧水型と異なっている。沸騰水型では,給水
ポンプと再循環ポンプによって送られた冷却水は,R/B内の原子炉
圧力容器の下部から上方に向かって燃料棒に沿って流れ,発熱した核
燃料によって加熱されるため,水の温度は上方に行くほど高くなり,
途中から沸騰を始めて水と蒸気が混ざった状態となるところ,この沸
騰した冷却水から原子炉圧力容器上方にある汽水分離器で蒸気を取り
出し乾燥させてT/Bに送り(電気出力100万kw級の沸騰水型で
は,原子炉出口での蒸気の温度はおおむね286℃となる。),この蒸
気の力でタービンを回して発電する。タービンを回した蒸気は海水を
冷却水とする復水器において水に戻され,再びR/B内へ送られる,
という循環を繰り返す。
異常時には,①原子炉圧力容器内で,中性子吸収剤と構造材から構
成される燃料制御棒が核燃料の集合体の中に急速に挿入されることで,
核燃料の核分裂反応を抑制し,原子炉の出力を低下させること(原子
炉停止機能),②このように停止後も核燃料はその内に残存する多量の
放射性物質の崩壊により発熱は続くことから,燃料被覆の破損を防止
するために炉心の冷却を続ける必要があり,そのために通常の給水系
の他に設置された様々な注水系(電動ポンプ等により原子炉に注水す
る設備)により炉心(燃料集合体をまとめてシュラウドの中に挿入し
たもの)の冷却を継続すること(原子炉冷却機能),③原子炉内に蓄積
される極めて強い放射能を有する放射性物質を施設外へ放出すること
を防止すること(格納機能)によって,放射性物質が原子炉外に流出
する事故を防ぐことが必須であるとされている。
仮に核燃料の冷却に支障を来たしたまま原子炉を停止するための措
置が取られないと,燃料表面では蒸気が形成され,それが断熱体とし
て働き,蒸気のブランケットによって熱の流れがなくなるまで燃料要
素は過熱され,約950℃に達すると,燃料被覆材は水素化されても
ろくなり,蒸気との発熱反応(水―ジルコニウム反応等)によって水
素を生成する。この状態が進むと燃料要素はかなりの損傷を受け,炉
心損傷に至ることになる。したがって,沸騰水型軽水炉の設計におい
ては,第一に,起こりそうもない事故状態を含む全ての予測される状
態に対して,適切な炉心冷却装置を設ける必要性と,第二に,圧力容
器の健全性を維持し,予測されるいかなる漏れに対しても適切な水の
補給が有効となることを確実にする必要性の二つの基本的な安全が図
られるべきであるとされている。
(甲B1の1,204,乙B126,丙B41の1)
3福島第一原発に係る非常時における安全設備等
沸騰水型軽水炉である福島第一原発においても,上記①の原子炉停
止機能としての燃料制御棒や③の格納機能としての圧力容器(RPV),
格納容器(PCV)等の設備を有していた。格納容器の形状は1~5
号機が「マークⅠ型」,6号機が「マークⅡ型」であり,前者は,フラ
スコ型をしたドライウェル(D/W)とドーナツ型をしたサプレッシ
ョンチャンバー(S/C。ウェットウェル等ともいわれる。)から構成
される。S/Cは内部に大量の水を蓄え,D/Wとベント管と呼ばれ
る8本の太い管でつながっており,配管破断等の事故時には,圧力容
器から放出された蒸気を凝縮して水に戻し,格納容器全体の圧力を抑
制する機能を有する。S/C内の水は,圧力容器内に注水する非常用
炉心冷却系(ECCS)の水源としての機能や,事故時に圧力容器か
ら蒸気と共に放出される核分裂生成物を1/100以下に除去するフ
ィルタとしての機能も有している。(甲B1の1,甲B204の1等)
また,上記②の原子炉冷却機能としては,主な設備として,1号機
には炉心スプレイ系(CS),非常用復水器(IC),高圧注水系(HP
CI),原子炉停止時冷却系(SHC)及び格納容器冷却系(CCS)
が,2~5号機にはCS及びHPCIのほか,原子炉隔離時冷却系(R
CIC)及び残留熱除去系(RHR)が,6号機にはRCIC及びR
HRのほか,高圧炉心スプレイ系(HPCS)及び低圧炉心スプレイ
系(LPCS)が,それぞれ設置されていた。また,1号機のCCS及
び2~6号機のRHRの熱交換器を除熱するため,冷却水として海水
を使用するところ,これを供給するために非常用海水ポンプ(CCS
W及びRHRS)が設置されていた。CS駆動のためには交流電源が
必要であり,IC,HPCI及びRCIC起動のためには直流電源が
必要である。また,CCSW及びRHRSはいずれも作動させるため
に6900Vの交流電源を必要とする。(甲B1の1)
福島第一原発では,通常運転中は自ら発電した電力を使用し,緊急
停止時など発電停止時には新福島変電所からの外部電源を用い,外部
電源すら用い得なくなったときには,非常用ディーゼル発電機を用い
ることになる。外部電源や非常用ディーゼル発電機からの電源は,高
圧交流電源であり,これを各号機に配置された動力用電源盤で変圧し
て利用する。動力用電源盤には,高圧電源用金属閉鎖配電盤(M/C),
低圧低電圧回路に使用されるパワーセンター(P/C)及び小容量の
所内低電圧回路に使用されるモーターコントロールセンター(MCC)
が存在し,交流を直流に返還する直流電源盤(バッテリー付属)も存
在する。そして,福島第一原発では,隣接する1及び2号機間,3及
び4号機間,5及び6号機間で互いに電源を融通し合えるよう設計さ
れている。非常用ディーゼル発電機は,1~4号機に,それぞれA,
B2系統が設置されていた。1号機の非常用ディーゼル発電機A・B
系は,タービン建屋地下1階(A系がO.P.+4.9m,B系がO.
P.+2m)に,2号機の非常用ディーゼル発電機は,A系がタービ
ン建屋地下1階(O.P.+1.9m),B系(空冷式)が共用プール
建屋1階(O.P.+10.2m)に,3号機の非常用ディーゼル発電
機A,B系は,いずれもタービン建屋地下1階(O.P.+1.9m)
に,4号機の非常用ディーゼル発電機A系はタービン建屋地下1階(O.
P.+1.9m),B系(空冷式)は共用プール建屋1階(O.P.+
10.2m)に,それぞれ設置されていた。(甲B1の1資料編76頁,
乙B259・4-56頁)
非常用ディーゼル発電機は,空冷式である2,4号機各B系を除く
6台は,非常用海水ポンプで取り込まれる海水を利用して発電機の冷
却を行う水冷式構造になっており,その非常用海水ポンプ6台は,い
ずれも屋外の海側エリア(O.P.+4m)に,建屋に覆われずにむき
出しで設置されていた。(甲B1の1本文編25,28頁,資料編75
頁,乙B259・4-56頁)
非常用ディーゼル発電機によって発電された電気は,まず高圧配電
盤(M/C)により6900Vに変圧され,更に低圧配電盤(P/C,
MCCなど)で480V又は210Vに変圧されて,発電所内の各機
器に供給されることとなっており,非常用ディーゼル発電機自体の機
能が維持されていても,配電盤が機能喪失すれば電源を供給すること
はできなくなるところ,配電盤は,1号機は,C,Dの2系統ともタ
ービン建屋1階(O.P.+10.2m)に,2号機は,C,Dの2系
統がタービン建屋地下1階(O.P.+1.9m),E系が共用プール
建屋地下1階(O.P.+2.7m)に,3号機は,C,Dの2系統が
いずれもタービン建屋地下1階(O.P.-0.3m)に,4号機の非
常用高圧配電盤は,C,Dの2系統がいずれもタービン建屋地下1階
(O.P.+1.9m),E系が共用プール建屋地下1階(O.P.+
2.7m)に,それぞれ設置されていた。(甲B1の1資料編76~7
7頁,乙B259・4-56頁)
第3本件地震の発生から本件事故に至る経緯
本件地震の発生から本件事故に至る経緯は,以下のとおりであり,
基本的に原審が認定したとおりである。
1本件地震の発生及び本件津波の到来
平成23年3月11日午後2時46分,東北地方太平洋沖でM9.
0(Mt9.1)の連動型巨大地震(本件地震)が発生した。本件地震
の震源は,牡鹿半島の東南東約130km付近(北緯38°06.2′,
東経142°51.6′),深さ約24kmの地点であり,震源域は,
三陸沖南部海溝寄り,宮城県沖,福島県沖,茨城県沖の複数の領域を
震源域として連動して発生し,その長さは約500km,幅は約20
0kmで,最大すべり量は50m以上であった。この地震は,西北西
―東南東方向に圧力軸を持つ逆断層型で,海のプレートである太平洋
プレートと陸のプレートの境界の広い範囲で破壊が起きたことにより
発生した(甲B1の1,乙B9,10,13,444)。
本件地震後,これに伴う津波(本件津波)が,ほぼ東方から福島第
一原発に到来した。福島第一原発約1.5km沖合の波高計によれば,
水位は,午後3時15分頃から上昇し,午後3時27分頃に約4mの
ピークとなった(第一波)後,いったん低下し,午後3時33分頃か
ら急に上昇し,午後3時35分頃に測定限界であるO.P.+7.5
mを超えた(第二波)。福島第一原発付近での津波の高さは,被告東電
の推計で+13.1m,中央防災会議の推計で+8.5m,藤井雄士
郎,佐竹健治による推計で約10m,8学会合同調査報告による推計
で約10mなどと推計されている。
本件津波は,1~4号機の主要建屋敷地高さ(O.P.+10m)を
超えて遡上し,1~4号機海側エリア及び主要建屋設置エリアはほぼ
全域が浸水した。1~4号機敷地エリアでの浸水高はO.P.+11.
5~15.5m(浸水深1.5~5.5m)であり,局所的に最大O.
P.+16~17m(浸水深6~7m)に及んだ。
21号機の状況
1号機の原子炉は,本件地震により自動的に緊急停止(原子炉スク
ラム)した。1号機は,3月11日午後3時37分,本件地震及び本
件津波により,1号機自体の発電能力による内部電源,新福島変電所
からの外部電源,非常用ディーゼル発電機からの非常用電源の全交流
電源を喪失し,前後して,バッテリーからの直流電源も喪失した(全
電源喪失)。このため,非常用冷却設備である非常用復水器(IC),
高圧注水系(HPCI)がいずれも機能を喪失し,炉心の冷却が不可
能になった。その結果,1号機の原子炉水位が急激に低下し,国会事
故調及び東電事故調によれば3月11日午後6時50分頃,保安院に
よれば3月11日午後6時頃,炉心損傷が開始した。
政府事故調は,3月11日午後8時07分以降,午後10時頃まで
に,炉心損傷が進んで炉心溶融(燃料ペレットの溶融)が生じ,圧力
容器又はその周辺部にその閉じ込め機能を喪失させるような損傷が生
じていた可能性があり,3月12日午前2時45分頃までにはそのよ
うな損傷(すなわち,炉心溶融)が生じていたものと推定している(甲
B1の2本文編28~29頁,資料編14~38頁)。
国会事故調は,炉心損傷の開始を3月11日午後6時50分頃とす
る被告東電の解析結果を引用しつつ,同日午後5時30分頃の段階で,
「このときまでには既にICを隔離してから約2時間が過ぎており,
既に炉心上部が露出し,溶融も始まっていたと推定される。」ともして
いる。
東電事故調は,本件地震発生8時間後(3月11日午後10時50
分頃)に溶融燃料の落下を仮定し,実際の炉心溶融時期を特定してい
ないが,炉心損傷後に炉心溶融が起こったこと自体は否定していない。
3月12日午後2時30分頃には,ベント(格納容器圧力の異常上
昇を防止し,格納容器を保護するため,放射性物質を含む格納容器内
の気体(ほとんどが窒素)を一部外部環境に放出し,圧力を降下させ
る措置)が成功したが,その結果,1号機から大気中に放射性物質が
放出された。
3月12日午後3時36分には,1号機原子炉建屋で,炉心損傷等
により発生し建屋内に蓄積された水素に着火した結果水素爆発が起き,
建屋上部は骨組みが露出する状態となり,放射性物質が大量に放出さ
れるに至った。
32号機の状況
2号機の原子炉は,本件地震により自動的に緊急停止(原子炉スク
ラム)した。2号機は,3月11日午後3時41分,本件地震及び本
件津波により,内部電源,外部電源,非常用電源の全交流電源を喪失
し,前後して直流電源を喪失した(全電源喪失)。このため,非常用冷
却設備である高圧注水系(HPCI)は機能を喪失し,原子炉隔離時
冷却系(RCIC)も制御不能となり,3月14日午後1時25分頃
までに機能を喪失し,炉心の冷却が不可能になった。その結果,2号
機の原子炉水位が低下し,国会事故調及び東電事故調によれば同日午
後7時20分頃,保安院によれば同日午後8時頃,炉心損傷が開始し
た。政府事故調は,同日午後1時45分頃から午後6時10分頃まで
の間に,圧力容器又はその周辺部にその閉じ込め機能を損なうような
損傷(溶融燃料の落下によるものを含む。)が生じていた可能性があり,
同日午後9時18分頃までには圧力容器又はその周辺部にそのような
損傷が生じたもの(すなわち,炉心溶融が生じていたもの)と推定し
ている。
3月14日午後9時過ぎ頃にベント又は原子炉建屋からの放出によ
り,3月15日午前7時から翌16日午前0時までの間に原子炉建屋
等からの放出により,それぞれ大気中に放射性物質が大量に放出され
た(なお,同月15日午前6時から6時12分にかけての頃,2号機
S/C付近において水素爆発によるものと思われる衝撃音が確認され,
原子炉建屋には外観上損傷はなかったものの,隣接する廃棄物処理建
屋の屋根が破損していることが確認されており,これらの過程で放射
性物質が環境中へ放出された可能性も指摘されているが,これを否定
する見解もある。(甲B1の2本文編64~67頁,乙B3の1・IV
-52頁)
43号機の状況
3号機の原子炉は,本件地震により自動的に緊急停止(原子炉スク
ラム)した。3号機は,3月11日午後3時38分頃(甲B1の2・1
48頁),本件地震及び本件津波により,内部電源,外部電源,非常用
電源の全交流電源を喪失したが(全交流電源喪失),バッテリーからの
直流電源は一部で機能を維持していた。そのため,3号機はバッテリ
ーからの直流電源による原子炉隔離時冷却系(RCIC)で原子炉を
冷却していたが,3月12日午前11時36分には原子炉隔離時冷却
系が自動停止し,午後0時35分には高圧注水系(HPCI)が自動
起動した。3月13日午後2時42分に高圧注水系が手動停止された
後,原子炉隔離時冷却系や高圧注水系の再起動が試みられたが,直流
電源の枯渇により再起動ができず(全電源喪失),炉心の冷却が不可能
になった。その結果,3号機の原子炉水位が低下し,国会事故調及び
東電事故調によれば3月13日午後10時40分頃,保安院によれば
同日午後11時頃,炉心損傷が開始した。政府事故調は,同日午前6
時30分頃から午後9時10分頃までの間,圧力容器又はその周辺部
にその閉じ込め機能を損なうような損傷(溶融燃料の落下によるもの
を含む。)が生じていた可能性があり,3月14日午前5時頃までには
そのような損傷が生じたもの(すなわち,炉心溶融が生じていたもの)
と推定している。
3月14日午前11時01分には,3号機原子炉建屋で,炉心損傷
等により発生し建屋内に蓄積された水素に着火した結果水素爆発が起
き,建屋の屋根が全て滅失するなどした結果,放射性物質が大量に放
出されるに至った。
後記5のとおり,3月15日午前6時過ぎ頃には,定期検査のため
運転停止中であった4号機原子炉建屋が爆発し,4号機原子炉建屋開
口部を通じて,3号機由来の放射性物質が大気中に放出された。
3月16日午前10時過ぎには,3号機原子炉建屋からの放出によ
り,大気中に放射性物質が大量に放出された。
54号機の状況
4号機は,平成22年11月から定期検査のため運転停止中であり,
全ての燃料は原子炉建屋4,5階の使用済み燃料プールに取り出され
ていた。また,非常用ディーゼル発電機2台のうちA系は点検中のた
め使用不能であった。
4号機は,3月11日午後3時38分,本件地震及び本件津波によ
り,外部電源,非常用ディーゼル発電機B系からの非常用電源の全交
流電源,バッテリーからの直流電源を喪失した(全電源喪失)。このた
め,使用済み燃料プールの冷却が不可能となり,3月14日4時08
分には水温が84℃に達するなど使用済み燃料の損傷が懸念されたが,
3月20日頃には放水車からの放水などにより燃料プールの水位・水
温が維持され,燃料損傷は回避された。
3月15日午前6時過ぎ頃,4号機原子炉建屋が爆発し,原子炉建
屋4,5階部分が損傷した。その原因は,排気筒合流部を通じて3号
機から流入した水素による水素爆発とみられている。
65号機,6号機の状況
5号機及び6号機は,定期検査のためいずれも停止中(6号機は冷
温停止状態)であり,本件津波により5号機は全交流電源喪失の状態
になったものの,6号機の非常用ディーゼル発電機1台が運転を継続
しており,3月12日午前8時13分には,この6号機の非常用ディ
ーゼル発電機から5号機への電源融通が開始され,その後順次電源を
復旧していく中で,残留熱除去系ポンプを起動するなどした結果,5
号機も,3月20日午後2時30分に冷温停止状態となった。
(乙B3の1・Ⅳ―82~86頁,丙B41の1・206~215頁)
7放射性物質の大量放出
上記の本件事故の一連の経緯により大気中に放出された放射性物質
の量は,ヨウ素131換算値にして,保安院による4月12日の推定
で37万TBq,6月6日の推定で77万TBq,平成24年2月1
日の推定で48万TBq,原子力安全委員会による4月12日の推定
で63万TBq,独立行政法人日本原子力研究開発機構による8月2
4日の推定で57万TBq,一審被告東電による平成24年5月24
日の推定で90万TBqなどと推計されている。
このほか,放射性物質による汚染水も大量に海洋に放出された。
第3節争点
1原状回復請求
2一審被告東電の損害賠償責任
3一審被告国の損害賠償責任
4損害
第4節争点に対する当事者の主張(要旨)
一審原告らの主張は別紙8「一審原告らの主張整理」のとおり,一
審被告東電の主張は別紙9「1審被告東京電力の主張の要旨」(別紙1
0「弁済の抗弁(精神的損害の追加賠償金額)および既払い賠償金額
一覧表」を含む。)のとおり,一審被告国の主張は別紙11「一審被告
国の主張の要旨」(令和2年2月27日付け)のとおりである。
第3章当裁判所の判断
第1節原状回復請求について
第1総論
一審原告(承継一審原告を除く。以下,この節において同じ。)らは,
被控訴人らに対し,それぞれ原判決別紙2原告目録の「旧居住地」欄
記載の居住地において,空間線量率を1時間当たり0.04μSv以
下とするよう求めている。
原判決は,上記請求は,被控訴人らにおいてなすべき作為の内容が
全く特定されておらず請求の特定性を欠き不適法である,また,実現
不可能な作為を求めるものであるから不適法であるとして,上記請求
に係る訴えを却下したところ,当裁判所も,上記請求に係る訴えは不
適法であり却下すべきであると判断する。その理由は以下のとおりで
ある。
第2請求の特定性について
1実現すべき結果のみを記載した請求が特定性を欠いていること
⑴給付請求における請求の趣旨は,一審原告らが求める判決の主文
と同一のものであり,強制執行が可能な程度に特定され,明確化さ
れる必要がある。本件の請求の趣旨第1項の原状回復請求は,「被控
訴人らは,各自,各一審原告に対し,それぞれ原判決別紙2原告目
録の「旧居住地」欄記載の居住地において,空間線量率を1時間当
たり0.04μSv以下とせよ」というもので,実現すべき結果の
みを記載しているが,そのような結果を実現するために,被告らに
対し作為を求めるものであると解されるから,その作為の内容は,
上記に述べたとおり,強制執行が可能な程度に特定されなければな
らない。
しかるに,一審原告らの原状回復請求は,被控訴人らにおいてな
すべき作為(除染工事)の内容が全く特定されていないから,請求
の特定性を欠き不適法である。
⑵これに対し,一審原告らは,国道43号線訴訟(大阪高裁平成4
年2月20日判決・民集49巻7号2409頁,最高裁平成7年7
月7日第二小法廷判決・民集49巻7号2599頁)や横田基地第
1次・第2次訴訟(最高裁平成5年2月25日第一小法廷判決・集
民167号下359頁)において抽象的不作為請求が適法とされて
いることを指摘し,特に公害・環境問題をめぐって違法な権利侵害
状態の差止めや違法な権利侵害状態の存在を前提にその違法状態の
除去等のための一定の作為を求める訴訟においては,被害者側にお
いて,実現すべき状態(請求内容)をもたらす具体的な方法まで特
定する必要はないのであり,請求内容の実現のための方法を特定し
ない請求も民事訴訟としては適法とされるべきである,などと主張
し,当審において,作為請求と不作為請求は,表裏一体の関係にあ
る場合も多く存し,例えば,60ホンを超える音量を出すことを禁
ずる不作為命令は,60ホン以下に音量を抑える措置を求める作為
命令に置換え可能であり,義務負担者からすれば,行動指示形式が
不作為か作為かで異なるだけであって,具体的な義務内容としては
同一であり,とりわけ,本件の原状回復請求のごとく講学上結果除
去請求と称される請求は,既に生じている侵害結果を除去しないこ
とが侵害の継続になるのであって,作為請求とはいえ,将来の侵害
をしないという不作為を求める不作為請求と機能的に同一であるこ
となどから,判決によって義務付けられる内容に差があるとするの
は不相当である,と主張する。
しかしながら,これまでに請求の特定性が肯定された抽象的不作
為請求の事案では,原告において,侵害結果と当該結果を生じさせ
ている発生源とを明らかにしさえすれば,その除去あるいは防止は
種々の手段・方法によって容易に実現可能であるため,具体的な除
去・防止行為の特定を被告に任せて履行させることとしても,被告
にとって酷とはいえないと考えられるのに対し,本件においては,
そもそも侵害結果を生じさせている発生源たる放射性物質による汚
染状況の詳細は不明といわざるを得ず,一審原告らの旧居住地にお
ける空間線量率を1時間当たり0.04μSv以下とするための作
為の具体的な内容を一審被告らが認識することは不可能な現況にあ
る(後記2参照)のであるから,実現可能な義務の具体的内容が合
理的に限定されているとはいえない。
また,一審原告らの挙げる国道43号線訴訟等の事例においては,
不作為命令によって禁止する侵害行為の発生源が義務負担者の支配
領域内にあり,侵害の結果の防止方法についての資料,情報等が義
務負担者に集中しているといえるのに対し,本件においては,本件
事故によって放出された放射性物質はもはや一審被告らの支配領域
外に拡散しており,侵害の結果の防止方法(一審原告らが求めるレ
ベルまでの除染方法)についての資料,情報等が一審被告らに集中
しているということもできないから,一審原告らの請求を認容する
ことはこの点からも不相当である。
⑶したがって,一審原告らの主張は採用できない。
2特定の作為を求める請求と善解しても不適法であること
仮に,一審原告らの請求を,例えば,除染特措法に基づき一審被告
国や市町村が実施する除染については,環境省により除染関係ガイド
ラインが定められていることを参考にして,「一審被告らは,各自,各
一審原告に対し,各一審原告の旧居住地において居住の用に供されて
いる主たる建物について,除染関係ガイドラインに定められた「建物
等の工作物の除染等の措置」に従った除染工事を行い,同ガイドライ
ンに定められた測定方法により,生活空間2~5点程度の地表から1
mの高さの位置においてNaIシンチレーション式サーベイメータで
測定したγ線の空間線量率がいずれも1時間当たり0.04μSv以
下となるようにせよ」と特定の作為を求めているものと善解したとし
ても,以下のとおり,一審原告らの請求は,実現不可能な作為を求め
るものとして不適法である。
すなわち,除染関係ガイドラインは,除染特措法に基づき一審被告
国又は市町村が行う除染を前提としているところ,除染特措法が想定
している除染結果は,長期的な目標として追加被曝線量が1mSv/
y以下となることを目標として行われているものであり,除染関係ガ
イドラインに従った除染工事を行ったとしても,空間線量率を一審原
告らの求める1時間当たり0.04μSv以下に低下させることが保
証されているものではない。したがって,仮に一審原告らの主張を上
記のように解したとしても,実現不可能な作為を求めるものといわざ
るを得ない。
さらに,除染関係ガイドラインに従った除染工事のほかに,確実に
一審原告らの旧居住地の空間線量率を1時間当たり0.04μSv以
下まで低減させる実現可能な方法が存在すると認めるに足りる証拠は
ないから,一審原告らの原状回復請求は,実現可能な執行方法が存在
しないという点からも不適法である。
以上に対し,一審原告らは,当審において,除染特措法の目標値は
あくまでも政策的な目標にすぎないこと,除染関係ガイドラインは範
囲が限定されたものであり,かつ,改訂されるなどしているのである
から,これらをもって実現可能な執行方法が存在しないと速断するの
は不相当であると主張する。しかしながら,一審原告らは,当審にお
いても,具体的に一審原告らが求めるレベルまでの除染方法について
具体的な主張立証をしていない以上,一審原告らの主張によっても前
記判断は覆らない。
第3原状回復請求の適法性についてのまとめ
以上によれば,一審原告らの原状回復請求は,除染特措法に基づく
行政権の行使を不可避的に包含するかなどその余の点について判断す
るまでもなく,一審被告らに求める作為の内容が特定されていないも
のであって,不適法である。
一審原告らによる原状回復請求は,一審原告らが,本件事故によっ
て放出された放射性物質について,自分たちが受容し,その線量や影
響を受忍しなければならないいわれはなく,何としてでも本件事故前
の状態に戻してほしいとの切実な思いや,放射性物質を放出させるよ
うな事故を起こした原子力発電所を設置・運転してきた一審被告東電
及び国民の平穏生活権の保障に責任をもって当たるべき一審被告国に
おいて,どのような手段をもってしても原状回復をすべきであるとの
強い思いに基づく請求であることがうかがわれ,心情的には共感を禁
じ得ないところではあるが,民事訴訟手続における請求によって法的
に実現できるものとはいえない。
第2節認定事実
第1総論
本件事故は,福島第一原発の非常用電源設備が津波により浸水した
ことにより生じたものであるところ,その予見可能性等に関連する津
波やその原因たる地震に関する知見等を,本件において重要な事実で
ある「長期評価」の公表時点を中心として時系列的に整理すれば,後
記第2から第4までに認定するとおりであり,また,溢水事故及び溢
水事故対策等に係る知見等については,後記第5に認定するとおりで
ある。
第2おおむね「長期評価」公表以前
1津波地震等に係る一般的な知見
津波地震
津波地震は,明治三陸地震のような,地震動に対して異常に大き
な津波を発生させる地震を指すものとして,1972年,地震学者
の金森博雄によって提唱された。その後,1981年,「長期評価」
策定にも関与した阿部勝征は,津波地震を,津波マグニチュード(M
t)と表面波マグニチュード(Ms)の差,すなわちMt-Msが
0.5以上である地震と定量的に定義した。(乙B148)
津波地震とされている代表的な地震としては,明治三陸地震(1
896(以下,地震又は津波の表記において,地震又は津波の通称
名の次の括弧内に地震又は津波の発生年の西暦を書いて示すことが
ある。)),アリューシャン地震(1946),ニカラグア地震(19
92),ペルー地震(1996)などが挙げられている。
なお,津波地震ではない地震により津波が発生することも知られ
ており,津波地震は津波発生の必要条件ではない(ちなみに,地震
本部等の見解によれば,本件地震は津波地震の定義からは外れると
されている(乙B444・7頁)。)。
津波地震の機序に係る知見
津波地震の機序については,付加体と呼ばれる堆積物(プレート
が沈み込む際にはぎ取られ上陸プレートに付加したもの)の中で断
層運動が起き,津波を発生させるという説もあるが,最近では,付
加体が存在せず,上盤プレート上の堆積物がそのまま沈み込んでい
るところ(例えばニカラグアなど)でも津波地震が起きていること
が報告されており,付加体説は必ずしも当てはまらないとの説もみ
られる。その概要は以下のとおりである。
アプレート間地震に係る津波
1960年代に,複数の地球学者から「プレートテクトニクス」
という概念が提唱されるようになった。
地球の表面は,十数枚のプレートと呼ばれる厚さ数十キロメー
トル程度の岩盤で覆われており,これらが,それぞれ異なる方向
に年間数cmの早さで移動しているため,プレート同士の間に圧
縮したり引っ張ったりする力が働く。プレート境界は,互いに近
づく収束境界(日本海溝などの海溝),互いに離れていく発散境界
(大西洋中央海嶺など)及び互いにすれ違う横ずれ境界(米国の
サンアンドレス断層など)に分類される。プレート間の相互運動
によりプレート境界にゆがみが生じる。このゆがみは次第に蓄積
し,ついに限界に達したとき,ゆがみを解放する運動として地震
が発生する。このようにプレートとプレートとの間の相対運動の
結果として起こる地震をプレート間地震と呼ぶ。
例えば,日本列島はユーラシアプレート(説によっては加えて
北米プレート)の東縁に位置しており,東方向から太平洋プレー
トが毎年10cm程度,南東方向からフィリピン海プレートが毎
年4cm程度近づき,それぞれ千島海溝―日本海溝―伊豆マリア
ナ海溝及び相模トラフ―南海トラフ―琉球海溝を沈み込み口とし
て日本列島の乗るユーラシアプレート(及び北米プレート)の下
に沈み込んでいる。このように太平洋プレートやフィリピン海プ
レートのような海のプレートが沈み込む場所が海溝ないしトラフ
と呼ばれる地球上で最も低い場所であり,これらの海のプレート
が沈み込むのに従って,陸側プレートであるユーラシアプレート
(及び北米プレート)が引きずられるように沈降し,限界に達し
た際に破壊を生じて反発して跳ね上がる際に,太平洋沿岸のプレ
ート間地震を発生させている。海のプレートは絶えず動き続ける
ため,陸側プレートは再び沈降―隆起し,プレート間地震は繰り
返されることになる。
近代的観測が可能になって以降に発生した明治三陸地震(18
96),アリューシャン地震(1946),ニカラグア地震(19
92),ジャワ地震(1994),ペルー地震(1996)等の津波
地震は,地震計記録や検潮所の津波波形の分析により,いずれも
海溝軸近傍のプレート境界で起こっていることが確認された。太
平洋沖の巨大地震は,1933年の三陸地震のような海のプレー
ト内部の地震(海のプレートが沈降する際に下方に曲げられ,ゆ
がみが蓄積されて,伸長が生じる上部では正断層の地震が,圧縮
が生じる下部では逆断層の地震が起こる。前者は巨大地震となる
ことがあり,沿岸部に津波などの被害をもたらす。1933年の
三陸地震はこの代表例とされる。)を除き,全てプレート間地震で
ある。
1990年頃までには,津波地震は海溝軸近傍のプレート境界
(海溝)沿いの浅いところで起き,一方普通のプレート間地震は
深いところで起きるという考え方が,「長期評価」までの知見とし
て存在した。
(甲B327,413,414,乙B156)
イ「比較沈み込み学」
金森博雄は,1972年,プレート間の相互作用は地域によっ
て異なり,それに従って巨大地震の発生様式も異なると提唱し,
その後,上田誠也らと共に「比較沈み込み学」として,巨大地震
が発生するチリ型と巨大地震が発生しないマリアナ型を両極端と
する考えに発展した。すなわち,海のプレートは陸のプレートよ
りも重いため,これらが衝突すると海のプレートが陸のプレート
の下に沈み込むところ,海のプレートの中でも比較的若いプレー
トは高温で軽いため浮力が強く,陸のプレートよりは重いため沈
み込むものの浮力も強いため両者の境界面はしっかりと固着され
るのに対し,海のプレートでも比較的古いプレートは海水により
冷却されて重くなるため,陸のプレートと衝突すると簡単に沈み
込み両者の境界面はそれほどしっかりと固着しないと考えられる。
チリ沖やアラスカ沖などは若い海のプレートが沈み込んでいるた
め陸のプレートとの固着が強い分,大規模な地震が発生しやすく,
マリアナなどは古い海のプレートが沈み込んでいるため固着が弱
い分大規模地震が発生しにくいというものである。このように
様々なプレート沈み込み帯を比較することにより沈み込み帯にお
ける地震の特徴を抽出しようとする考え方を「比較沈み込み学」
という。
この比較沈み込み学に照らすと,東北地方太平洋沖地震が発生
した領域での海のプレートは1億2000万年よりも古く,マグ
ニチュード9クラスの巨大地震が起きるほど若くないため,最大
でもマグニチュード8前半クラスまでしか発生しないと考えられ
ていた。
(乙B35,177)
ウ地震地体構造論
地震地体構造論とは,地震の起こり方(規模,頻度,深さ,震源
モデルなど)の共通性又は差異に基づいて特定の地域ごとに区分
し,それと地体構造との関連性を明らかにする学問であり,旧ソ
連を含むヨーロッパ諸国では1940年代頃から主張され始めた
が,地震に関する記録が比較的容易に入手可能な日本では長らく
一般化しなかった。
比較沈み込み学と地震地体構造論の考え方は,いずれも地震の
発生メカニズムについて地質体の相互作用の共通性から分類する
という考え方としては同様であるが,前者は主に海溝型地震を対
象としたものであるのに対し,後者はどちらかといえば内陸地震
を対象としたものである。
地震地体構造に関する代表的な文献としては,宮村論文(19
62)(以下,論文は,「……論文(1996)」又は「……「(論文
名)」(2000)」のように,論文(名)の前に論文執筆者を,次
の括弧内に論文の発表年の西暦を表記するものとする。),垣見論
文(1983),マツダ論文(1990),Kinugasa論文(199
0)などが挙げられるが,その後,以下のとおり,萩原編論文(1
991,以下「萩原マップ」という。),垣見ほか論文(2003,
以下「垣見マップ」という。)が発表された。
萩原マップ(1991,甲B413・190頁)
過去の地震地体構造研究から,それぞれの地形・地質学的,
地球物理学的な共通の特徴を抽出し,地震地体構造区分図を作
成したもの。同マップでは,日本海溝沿いの岩手県南部沖から
房総半島沖までの海域一帯をG3(最大期待地震規模M8)と
して1つの区分としている。
垣見マップ(2003,乙B163)
萩原マップも含めた過去の知見を比較・参照した上で,垣見
ほか(1994)の区分図を改定し,新たな地震地体構造区分
図を作成したもの。萩原マップよりも区分が細かく,宮城県沖
から茨城県沖までを8A3(最大期待地震規模M7.5)とし
て1つの区分としている。垣見マップは,「長期評価」が公表さ
れる以前である平成14年4月6日に投稿され,査読を経て平
成15年に学会誌に掲載された。
(甲B413,乙B162,163,174,371)
エアスペリティモデル
プレート間には固着が強いアスペリティ(地層の断層面で固着
していて大きな地震動を出す部分)と滑らかにすべっている部分
が存在するとして,アスペリティの空間的分布や面積比によって
地震の起こり方に特徴があると考え,世界各地の沈み込み帯を4
個のカテゴリーに分類した論文(T.レイ・金森博雄ら論文(1
982))により比較沈み込み学が更に進展した。
現に,20世紀以降本件地震までに発生したマグニチュード9
以上の巨大地震は,全世界において,カムチャツカ地震(195
2),チリ地震(1960),アラスカ地震(1964),スマトラ
地震(2004)の4個であったところ,スマトラ地震を除く3
個の地震は,上記4個のカテゴリー上超巨大地震が起こるとされ
るカテゴリー1の沈み込み帯で発生していた。
日本海溝では,北の宮城沖に比べて福島沖では固着は弱いと考
えられていた(太平洋プレートは沈み込んでいるが,その上のプ
レートはそれほど動いておらず,海溝より西側の地表や海底での
地殻変動は,北の宮城沖に比べて小さいことがその根拠である。)
ため,大きな地震は起きづらいと考えられていた。
(乙B35,174,177)
オ付加体モデル
その後,津波地震は,沈み込む海洋プレートの表面に乗った未
固結で密度の小さな堆積物の一部が沈み込むことができず,剥ぎ
取られて陸寄り斜面に取り残されて厚い付加体プリズムを形成し
ている特殊な海底構造を有する領域でのみ発生する極めて特殊な
地震であるという考え方(以下「付加体モデル」という。)も,von
Huene&School(1991)等によって提唱された。
もっとも,ペルー地震(1960),ニカラグア地震(199
2)など,海溝付近に付加体が形成されていない領域でも過去に
津波地震が発生していることは,平成14年頃,既に明らかにな
っていた。(今村論文(1993,甲B449),谷岡・佐竹論文
(2003,甲B327),今村論文(2003,甲B333),乙
B393の1等)
カ明治三陸地震(1896)に係る谷岡・佐竹論文(1996)
明治三陸地震(1896)が発生した三陸沖の海溝寄りの領域
は,海底に凹凸があり,凹んでいる部分には堆積物が入る一方で,
凸の部分(地塁)には堆積物が溜まらず,陸側のプレートとより
強くカップリング(固着)するため,そのような場所では,海溝
付近でも地震が発生し,津波地震になる(他方で,海底地形に凹
凸がないところでは堆積物が一様に入ってくるので,堆積物の下
ではカップリング(固着)が弱くなって地震を起こしにくい)と
いう見解が,谷岡・佐竹「津波地震はどこで起こるか」(1996)
(乙B148,以下「谷岡・佐竹論文(1996)」という。)によ
って示されていた。
キJAMSTECによる構造探査(平成13年)
文部科学省所管の独立行政法人海洋研究開発機構(JAMST
EC)は,海底の深部構造を調査して地震や津波の発生メカニズ
ムを解明するため,平成7年から構造探査を開始し,平成9年か
らは,海溝型巨大地震の発生過程を解明するため,段階的に構造
探査システムを増強しながら類似の調査を遂げ,多くの知見を公
表してきたところ,平成13年に公表された三浦誠一ほか「日本
海溝前弧域(宮城沖)における地震学的探査―KY9905航海
―」(乙B146)において,日本海溝における構造探査が196
0年代から屈折法,反射法など数多く行われてきた中で,日本海
溝の北部である三陸沖及び南部である福島沖では詳細な構造探査
が行われ,海溝軸近傍及びプレート境界部の低速度領域の存在,
プレート沈み込み角度など,南北の違いが明らかになっていると
した。
2869年貞観津波(甲B1の1,12の1)に係る知見
概要
貞観津波は,869年7月13日(貞観11年5月26日)に東
北地方沿岸を襲った巨大津波であり,史料がほとんど残されていな
いものの(「日本三代実録」が唯一の正史といわれる。),地層の痕跡
調査などから,これまでに多くの専門家によって調査が進められて
きた。(甲B1の1)
「長期評価」公表までの知見
ア平成2年
平成2年阿部壽ほか「仙台平野における貞観11年(869年)
三陸津波の痕跡高の推定」(1990年「地震」第2輯43巻)は,
仙台平野の痕跡高を考古学的所見及び堆積学的検討に基づく手法
により推定すると,貞観津波の痕跡高は仙台平野の河川から離れ
た一般の平野部で2.5m~3mで,浸水域は海岸線から3km
くらいの範囲であったこと,海岸付近の津波高は,痕跡高を数m
上回る規模であったことなどが推定され,既往の研究が述べてい
るように1611年慶長三陸地震に匹敵するような大津波であっ
たと思われるとした。(甲B1の1,12の1)
イ平成10年
平成10年渡邊偉夫「869(貞観11)年の地震・津波の実
態と推定される津波の波源域」は,津波が襲来した沿岸は仙台平
野から福島県北部沿岸で,災害が発生し,津波の波源域は三陸は
るか沖の北緯39度付近から福島県北部沿岸はるか沖まで長さ約
200㎞,幅約50kmであったと推定されるとし,その後千年
以上もこの地域に津波の発生していないことは,注目に値する,
もっとも,使用したデータの数や質を考えると,精度は必ずしも
良いとはいえないため,今後新しいデータが発見されれば,大幅
に変えられる可能性は十分ある,などとした。(甲B12の2)
ウ平成12年
平成12年今村文彦・箕浦幸治ほか「貞観津波と海底潜水調査」
は,日本の津波の85%以上が三陸沖の日本海溝付近によるプレ
ートのひずみ変動であり,貞観津波もこの三陸沖型の津波と言わ
れてきたが,この研究により,もっと内陸に近いところでの発生
ではないかとの研究結果が出た,貞観津波の影響は福島県から宮
城県まで70kmの海岸線に及んだこと,海底潜水調査の結果作
製した海底図等をもとに,M8.5とし,想定津波の影響をシミ
ュレーション計算してみると,その計算結果は,史実に述べられ
ている状況に非常に似ていることが分かった,などとした。(甲B
12の3)
エ平成13年
平成13年箕浦・今村「貞観津波の堆積物及び東北日本太平洋
岸における大規模津波の再来間隔」は,貞観津波の堆積物調査と
数値シミュレーションに関する英文報告であるところ,大規模津
波の再来間隔は800~1100年であるところ,貞観津波から
は1100年以上が経過しており,再来間隔を考えれば,大津波
が仙台平野を襲う可能性は高いなどとした。(甲B359)
平成13年菅原大助・箕浦・今村「西暦869年貞観津波によ
る堆積作用とその数値復元」は,津波堆積物調査を行い,福島県
相馬市の松川浦付近で仙台平野と同様の堆積層を検出したことな
どから,貞観津波の堆積作用は局地的な現象ではなく,仙台平野
から福島県相馬市に及ぶ大規模なものであった,海岸部に到達し
た津波の波高が極めて大きかった可能性があることが明らかにな
った,陸上での地震動の大きさを少なめに見積もって計算すると,
貞観津波の規模はおよそM8.3と考えられ,この数値復元によ
れば,海岸線に沿った津波波高は,大洗から相馬にかけてはおよ
そ2~4m,相馬から気仙沼にかけてはおよそ6~12mとなっ
た,などとした。(甲B1の1,12の5)
平成13年箕浦「津波災害は繰り返す」は,今村教授と共同で
津波発生の理工学的解析を試みた結果,貞観津波の数値的復元に
成功し,仙台平野の海岸で最大9mに達する到達波が7~8分間
隔で繰り返し襲来,相馬市の海岸では更に規模の大きな津波が襲
来した,津波による海水の遡上が800~1100年に1度発生
していると推定され,貞観津波からは1100年以上が経過して
おり,堆積作用の周期性を考慮すれば,大津波が仙台平野を襲う
可能性は高い,などとした。(甲B134)
オ平成14年
平成14年箕浦・今村ほか「宮城県沖地震モデルによる貞観津
波の解析」は,貞観津波をいくつかの仮想断層モデルパターンに
よってシミュレーション計算したところ,実際に津波が遡上した
痕跡との比較により,1978年宮城県沖地震型よりも大規模な
断層のずれであったこと,マグニチュード8.2程度であった可
能性が高いことなどが判明したとした。(甲B12の6)
3想定津波に係る知見等
決72頁2行目~81頁4行目)のとおりであるから,これを引用す
る。要約すれば,以下のとおりである。
設置許可時点における想定津波(3.1m)
福島第一原発1~4号機は,昭和35年のチリ地震津波における
O.P.+3.122mの津波を想定可能な最大津波として設計さ
れた。
平成6年時点での一審被告東電による想定津波(3.5m)
一審被告東電作成に係る平成6年3月報告書「福島第一・第二原
子力発電所津波の検討について」では,やはりチリ地震津波を参
考に計算し,福島第一原発の護岸前面での最高水位はO.P.+3.
5m程度と想定された。
7省庁手引き
平成5年7月の北海道南西沖地震(奥尻島津波)を機に,平成9
年3月に7省庁によって作成された「地域防災計画における津波対
策強化の手引き」(7省庁手引き)では,津波を伴う地震発生の可能
性が指摘されているような沿岸地域については,現在の知見により
想定し得る最大規模の地震津波を想定し,既往最大津波と比較検討
を行った上で常に安全側の発想から沿岸津波水位のより大きい方を
対象津波として設定するものとするとされた。
4省庁報告書
ア4省庁報告書による想定津波(6.4m)
平成9年3月,4省庁により「太平洋沿岸部地震津波防災計画
手法調査報告書」(4省庁報告書)が作成され,想定地震の地域区
分は地震地体構造論上の知見に基づき設定し,想定地震の発生位
置は既往地震を含め太平洋沿岸を網羅するように設定することと
され,福島第一原発が所在する大熊町ないし双葉町の想定地震津
波は6.4~7.2mと想定された。
イ電事連による想定津波(8.6m)
電事連が平成9年10月15日に一審被告国(通商産業省)に
提出した対応方針メモ「7省庁津波に対する問題点及び今後の対
応方針」では,福島第一原発に想定される津波は,4省庁報告書
による計算値で最大O.P.+8.4~8.6m,事業者シミュレ
ーション結果によれば最高O.P.+4.8m等とされていた。
ウ平成10年時点での一審被告東電による想定津波(4.8m)
一審被告東電が,通産省(資源エネルギー庁)に対して報告す
るため,4省庁報告書に基づき福島第一原発の安全性について検
討した結果平成10年6月に作成した書面「津波に対する安全性
について(太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査)」では,福島
第一原発1~4号機での最高水位はO.P.+4.7~4.8m
と想定された。この数値は,4省庁報告書が,既往津波のほかに
地震地体構造上想定し得る津波についても検討を行っていること
を踏まえ,既往津波のみならず,萩原マップの地震地体構造区分
ごとに最大規模のマグニチュードを想定し,津波の数値シミュレ
ーションを実施して得られた数値である。(甲B128,乙B38
7)
エ計算値の2倍又は標準偏差分の2倍の津波までの考慮
①4省庁報告書では,実測値は計算値の標準偏差分の2倍まで
考慮することとされ,②4省庁報告書の調査委員会の委員には,
通商産業省の顧問でもある首藤伸夫教授や阿部勝征教授が参加し
ていたが,これらの専門家は津波数値解析の精度は「倍半分」(す
なわち,最大2倍の誤差があり得る)と発言し,③通商産業省は,
平成9年6月までに,仮に今の数値解析の2倍で津波高さを評価
した場合に,その津波により原子力発電所がどうなるか,さらに
その対策として何が考えられるかを提示するよう電力会社に要請
しており,④電事連は,平成12年2月,想定の1.2倍,1.5
倍,2倍の水位で非常用機器が影響を受けるかどうかを分析した
津波に対するプラント概略影響評価を作成した。
「津波浸水予測図」
国土庁と財産法人日本気象協会が平成11年3月に作成公表した
「津波浸水予測図」によれば,津波予報区ごとに気象庁から発表さ
れる量的津波予報で予報された津波の高さ2m,4m,6m,8m
に対応する浸水状況を予測したところ,このうち6mと8mの場合
に,福島第一原発1~4号機のタービン建屋及び原子炉建屋はほぼ
建屋の全体において浸水深1~4mで浸水すると予測された。
同予測図では,現実的に発生する可能性が高く,その海岸に最も
大きな浸水被害をもたらすと考えられる地震を想定して作成してあ
ること,海岸域で想定した津波高さは最大10mとしているが,地
域によっては10m以上の津波高さになることもあること,格子間
隔は100mであり,それ以下の規模の地形は表現されていないこ
と,干潮時には浸水の程度が小さいこと,防波堤等の港湾構造物に
ついては100m以上の規模を持つもののみ海岸地形として考慮し,
標高を0mとしていることから,防波堤等による津波の遮蔽効果は
十分には表現されておらず,さらに構造物上の浸水深は過大評価さ
れていること,陸上の土地利用の形態・構造物の高さについては考
慮していないため,陸上の摩擦係数は一律の値を用いていることな
どの注意書きがされている。
土木学会の「津波評価技術」
ア平成14年2月の「津波評価技術」
土木学会原子力土木委員会津波評価部会は,平成14年2月,
「原子力発電所の津波評価技術」(津波評価技術)を作成した。こ
れは,地震地体構造論の知見に基づき,同じ海域でこれまでに発
生した津波の痕跡高を説明できる断層モデルを基準として基準断
層モデルを設定し,これに基づいて,波源の不確定性や数値計算
上の誤差,地形データ等の誤差を考慮するため,基準断層モデル
の諸条件(パラメータ)を合理的範囲内で変化させた数値計算を
多数実施し(パラメータスタディ),評価対象地点に対して最も影
響が大きくなる断層モデルを選定し,それによる計算結果が既往
津波の再現計算結果及び痕跡高を上回ることを確認するといった
手法を採っている。
このように,「津波評価技術」は,福島県沖海溝沿い領域には大
きな既往津波の記録がないことなどから,地震地体構造論の知見
に基づき,同海域に波源の設定領域を設けておらず,その海域を
波源とする津波を評価できるようにはなっていなかった。また,
その作成過程において算定結果に一定の安全率を掛ける方式が検
討されたこともあったが,最終的にこの方式は取り入れられなか
った。
イ一審被告東電の対応
一審被告東電は,平成14年3月,「津波評価技術」に従った数
値シミュレーションを行い,一審被告国に報告したところ,同報
告書によれば,1~4号機での設計津波最高水位は,近地津波(福
島県沖海溝沿い領域には波源を設定していない。)ではO.P.+
5.4~5.5m(5~6号機でO.P.+5.6~5.7m),
チリ沖に波源を設定した遠地津波ではO.P.+5.4~5.5
m(5~6号機でも同じ)と推計され,既往津波の痕跡高を上回
っていることが確認された(平成14年推計)。
一審被告東電は,上記推計結果に基づき,6号機非常用ディー
ゼル発電機冷却系海水ポンプ用モータのかさ上げや,少なくとも
3,4号機のタービン建屋地下1階における海水配管トレンチ,
電源ケーブルトレンチの貫通部の浸水防止対策などの対策を実施
した。
一審被告東電は,平成21年2月,平成18年に保安院から求
められた耐震バックチェックの最終報告に向けて,最新の海底地
形と潮位観測データを考慮して「津波評価技術」に基づく想定津
波を再評価した結果(福島県沖海溝沿い領域には波源を設定して
いない。),1~4号機の取水ポンプ位置の津波水位はO.P.+
5.4~5.6m(5~6号機でO.P.+6.0~6.1m),
敷地北側及び敷地南側からは浸水せず,と推計された(平成21
年推計)。
一審被告東電は,この再評価に基づき,ポンプ用モータのシー
ル処理等の対策を講じた。
ウ本件事故後の津波評価技術の改訂
土木学会は,本件事故後である平成28年9月30日,「津波評
価技術」を「原子力発電所の津波評価技術2016」に改訂し,
「決定論的津波評価手法」に加え「確率論的津波評価手法」を取
り入れるなどし,地震本部の地震・津波に関する評価や,活断層
と海溝型地震を対象にした長期評価が参考となるほか,「確率論的
津波評価手法」では,震源をあらかじめ特定しにくい地震等に関
する評価手法で示されている地震地体構造区分の枠組み等も参考
にすることができる旨明記した。もっとも,「決定論的津波評価手
法」においては,福島県沖海溝沿い領域には大きな既往津波がな
いとして,M8規模の津波地震の波源の設定領域を設けていない。
第3地震調査研究推進本部地震調査委員会による「長期評価」
1「長期評価」の作成・公表等
「長期評価」作成・公表等に係る認定事実は,おおむね原判決第3
とおりであるが,当裁判所において追加・補正した上で,以下のとお
り認定する。
「長期評価」の作成・公表(平成14年7月)
平成7年の阪神・淡路大震災を機に,「地震による災害から国民の
生命,身体及び財産を保護するため……地震に関する調査研究の推
進のための体制の整備等について定めることにより,地震防災対策
の強化を図り,もって社会の秩序の維持と公共の福祉の確保に資す
ること」を目的として制定された地震防災対策特別措置法(平成7
年法律第111号)に基づき,文部科学省(平成11年法律102
号による改正前は総理府)に地震調査研究推進本部(地震本部)地
震調査委員会が設置され,平成11年4月23日付け「地震調査研
究の推進について」に基づき,海溝型地震の発生可能性について,
海域ごとに長期的な確率評価を行っている。
平成14年7月31日,地震本部は,日本海溝沿いのうち三陸沖
から房総沖にかけての領域を対象とし,長期的な観点での地震発生
の可能性,震源域の形態等について評価をし,同委員会長期評価部
会海溝型分科会(以下「海溝型分科会」という。),同部会,同委員会
での議論を経て,「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価
について」(長期評価)を作成,公表した。
「長期評価」の概要
「長期評価」は,過去に大きな既往地震の報告がない福島県沖海
溝沿い領域を含む,「三陸沖北部から房総沖の海溝寄り」という南北
800km程度の巨大な領域を設定し,この領域で,M8クラスの
プレート間大地震(津波地震)(プレート境界地震。太平洋プレート
の沈み込みに耐え切れなくなった北米プレートがはね上がることで
起きる地震)が,17世紀以降,①慶長16年10月28日(16
11年12月2日)の津波を引き起こした慶長三陸地震,②延宝5
年10月9日(1677年11月4日)の津波を引き起こした延宝
房総沖地震,③明治29年(1896年)6月15日の津波を引き
起こした明治三陸地震,と約400年で3回発生していることから,
この領域全体で約133年に1回の割合でこのような大地震(津波
地震)が発生すると推定し,ポアソン過程という確率推定方法によ
り,今後30年以内のこの領域全体での発生確率は20%程度,今
後50年以内の発生確率は30%程度,この領域の中の特定の海域
での発生確率については,地震を引き起こすと考えられた断層長(2
00km程度)と領域全体の長さ(800km程度)の比を考慮し
て,530年に1回の割合で発生すると推定し,今後30年以内の
発生確率は6%程度,今後50年以内の発生確率は9%程度と推定
した(以下「「長期評価」の見解」という。)。また,そこでいう想定
地震の規模は,過去に発生した地震のMt等を参考にして,Mt8.
2前後と推定された。
なお,「長期評価」では,冒頭の柱書部分に,なお書きとして,「今
回の評価は,現在までに得られている最新の知見を用いて最善と思
われる手法により行ったものではあるが,データとして用いる過去
地震に関する資料が十分にないこと等による限界があることから,
評価結果である地震発生確率や予想される次の地震の規模の数値に
は誤差を含んでおり,防災対策の検討など評価結果の利用にあたっ
てはこの点に十分留意する必要がある。」と記載されている。(甲B
5の2)
また,内閣府は,平成14年7月31日,「長期評価」の公表に合
わせて,「地震に関する調査研究が推進されることは,地震活動の長
期評価も含めて,防災機関としても重要であると考えています。し
かし,国の機関として発表する情報については,学会における発表
とは異なり,社会からは内容を保証されたものと受け取られ,それ
に対する防災対応についても,国,地方公共団体とも無責任ではい
られません。情報の性質や信頼度等もあわせて正確に社会に伝わる
ことが,説明責任を果たす上でも重要です。今回の評価では,地震
調査研究推進本部の発表文にもあるとおり,現在までに得られてい
る最新の知見を用いて最善と思われる手法により行ったものではあ
りますが,データとして用いる過去地震に関する資料が十分にない
こと等による限界があることから,評価結果である地震発生確率や
予想される次の地震の規模の数値には誤差を含んでおり,防災対策
の検討など評価結果の利用にあたってはこの点に十分留意する必要
があります。」などと公表した。(乙B383)
「長期評価」の信頼度の公表(平成15年3月)
平成15年3月24日,地震本部地震調査委員会は,「プレートの
沈み込みに伴う大地震に関する「長期評価」の信頼度について」(以
下「長期評価信頼度」という。)を作成,公表し,その中で,項目別
に「長期評価」の信頼度をA(高い),B(中程度),C(やや低い)
及びD(低い)の4段階でランク分けし,「三陸北部から房総沖の海
評価の信頼度」はC(「想定地震と同様な地震が発生すると考えらえ
る地域を1つの領域とした場合」に,「想定地震と同様な地震が領域
内で1~3回しか発生していないが,今後も領域内のどこかで発生
すると考えられる。発生場所を特定できず,地震データも少ないた
評価の信頼度」はA(「想定地震と同様な地震が3回以上発生してお
り,過去の地震から想定規模を推定できる。地震データの数が比較
評価の信頼度」はC(「想定地震と同様な地震が発生すると考えらえ
る地域を1つの領域とした場合」に,「想定地震と同様な地震は領域
内で2~4回と少ないが,地震回数をもとに地震の発生率から発生
確率を求めた。発生確率の値の信頼性はやや低い。」ことを意味する。)
とした。
この評価内容は,平成21年3月9日の改訂によっても変更はな
かった。
地震本部による地震動予測地図の公表(平成17年3月)
地震本部地震調査委員会は,平成17年3月23日,それまでに
実施した長期評価(地震学者を主な委員とする長期評価部会で検討
したもの)及び強振動評価(地震工学等の専門家を含めた委員から
なる地震動評価部会で検討したもの)を総合的に取りまとめて「全
国を概観した地震動予測地図」報告書(乙B361の1~3,以下
「地震動予測地図」という。)を作成・公表したところ,そこにおい
て,「長期評価」の見解は,確率論的手法の基礎資料としてのみ取り
扱われ,決定論的手法の基礎資料としては取り扱われなかった。
(乙B361の1・54頁,乙B361の2・55頁,70頁,乙B
361の3・174頁,221頁)
2「長期評価」に対する一審被告らの対応
「長期評価」に対する一審被告らの対応に係る認定事実は,おおむ
のとおりであるが,当裁判所において追加・補正した上で,以下のと
おり認定する。
保安院によるヒアリングと一審被告東電の対応(平成14年8月)
保安院は,平成14年8月5日までの間に,「長期評価」に対する
対応方針等について一審被告東電からヒアリングを行い,その際,
先に説明をした東北電力はかなり波源を南にずらして女川について
検討していると述べた上,一審被告東電も福島沖から茨城沖の領域
で津波地震が発生した場合のシミュレーションを行うべきであると
の見解を示した。しかし,一審被告東電担当者は,福島県沖では有
史以来津波地震が発生していないし,谷岡・佐竹論文(1996)
によると,津波地震はプレート境界面の結合の強さや滑らかさ,沈
み込んだ堆積物の状況が異なるなど,特定の領域や特定の条件下で
のみ発生する極めて特殊な地震であるという考え方が示されている
などとして,同論文を示して約40分間にわたり抵抗したところ,
保安院は,一審被告東電に対し,シミュレーションの代わりに地震
本部がどのような根拠に基づいて「長期評価」の見解を示したもの
であるかを委員を務める学者に確認するよう指示して,当日のヒア
リングを終えた。(乙B283・2~7頁,資料①)。
一審被告東電の担当者は,「長期評価」が発表された1週間後であ
る平成14年8月7日,谷岡・佐竹論文(1996)の共著者であ
り,「長期評価」を取りまとめた海溝型分科会委員でもある佐竹健治
に対し,「弊社では土木学会の審議結果に基づいて津波の検討を実施
しておりますが,推進本部(地震本部)から異なる見解が示された
ことから若干困惑しております。」などとするメールを送り,地震本
部がこのような「長期評価」を発表した理由を尋ねたのに対し,佐
竹健治は,同月7日,メールにて,谷岡・佐竹論文(1996)で
は,少なくとも日本海溝沿いでは明治三陸地震(1896)タイプ
の津波地震が発生する場所と通常のプレート間地震が発生する場所
とは異なると述べたが,これがどこまで一般化できるかについては
可能性を述べるにとどめ,今後の研究を待つ旨結論付けた,慶長三
陸地震(1611),延宝房総沖地震(1677)の津波地震(ただ
し,これらについて津波地震とみなすことについては自分も含めて
反対意見もあった。)の波源がはっきりしないため,「長期評価」で
は海溝沿いのどこで起きるか分からないとした,今後の津波地震の
発生を考えたときに,典型的なプレート間地震が発生している領域
の海溝付近では津波地震が発生しないか否かについて,これを否定
する谷岡・佐竹論文(1996)と,肯定する「長期評価」のどちら
が正しいかは分からないというのが正直な答えだが,「長期評価」で
は過去400年間のデータを考慮しているのに対し,谷岡・佐竹論
文(1996)では過去100年間のデータと海底地形のみを考慮
したという違いがある旨回答した。(乙B283・8~9頁,資料③
~⑤)
一審被告東電は,同月下旬頃までに,保安院の担当官に対し,佐
竹委員に「長期評価」で日本海溝付近の海溝寄りのどこでも津波地
震が起こるとされた理由を聞いたところ,佐竹委員は,分科会で異
論を唱えたが,分科会としてはどこでも起こると考えることになっ
た,とのことであった,土木学会手法に基づいて決定論的に検討す
れば,福島沖から茨城沖には津波地震は想定しないことになるが,
電力共通研究で実施する確率論(津波ハザード解析)ではそこで起
こることを分岐として扱うことはできるので,そのように対応した
いと伝えたところ,保安院は了承し,「長期評価」をめぐる取り急ぎ
の対応としては,ひとまず沙汰止みとなった。(乙B283・9~1
0頁,資料⑥)
以上のやり取りの結果,最終的に,この平成14年時点において
は,一審被告東電は,「長期評価」に基づく想定津波への対策を検討
することを見送り,一審被告国も,「長期評価」から想定される津波
の高さについて一審被告東電に推計を指示したり自ら推計したりす
ることはなく,「長期評価」から想定される津波についての対策を一
審被告東電に指示することはなかった。
平成20年2月16日
一審被告東電は,平成19年7月に発生した新潟県中越沖地震を
受けて,一審被告東電内部で打合せを行っていたところ,平成20
年2月16日の打合せにおける配付資料には,福島県内の原子力発
電施設に関わるバックチェックスケジュールが記載されるとともに,
「地震随伴事象である「津波」への確実な対応」として,津波高さ
の想定変更について,従来の「海溝沿いの震源モデル考慮せず」の
「+5.5m」の想定から,「海溝沿い震源モデルを考慮」した「+
7.7m以上」への見直し(案)が示され,その備考欄には「詳細評
価によってはさらに大きくなる可能性」と記載されていた。
今村文彦見解(平成20年2月26日)
一審被告東電は,平成20年2月26日,土木学会の委員である
地震学者の今村文彦に意見を求めたところ,中央防災会議において
は,福島県沖海溝沿いでの大地震には「繰り返し性がないこと及び
切迫性がないことを理由に,結論を出さなかった」が,「私は,福島
県沖海溝沿いで大地震が発生することは否定できないので,波源と
して考慮すべきであると考える。」との意見(以下「今村文彦見解」
という。)が示された。(乙B394の4・450頁)
平成20年試算(平成20年4月18日)
の今村文彦見解等を受けて,子会社であ
る東電設計に対して津波評価を委託し,同社は,平成20年4月1
8日,「新潟県中越沖地震を踏まえた福島第一・第二原子力発電所の
津波評価委託第2回打合せ資料資料2福島第一発電所日
本海溝寄りの想定津波の検討Rev.1」を作成し,「長期評価」に
基づく試算(平成20年試算)を行った。この平成20年試算にお
いては,「長期評価」に従い,福島県沖海溝沿い領域に明治三陸地震
の波源モデル(「津波評価技術」の三陸沖の領域③の波源モデル。M
w8.3)を置き,「津波評価技術」の方法による詳細パラメータス
タディを行ったところ,朔望平均満潮位(O.P.+1.490m)
時の津波高さは,1~4号機取水ポンプ位置でO.P.+8.31
0(4号機)~9.244m(2号機),敷地南側(O.P.+10
m)でO.P.+15.707m(浸水深5.707m),4号機原
子炉建屋中央付近(O.P.+10m)でO.P.+12.604m
(浸水深2.604m),4号機タービン建屋中央付近(O.P.+
10m)でO.P.+12.026m(浸水深2.026m)と試算
された。これは,敷地をO.P.+10m盤で計算し,建屋の存在を
考慮しない前提での試算である。
平成20年6月10日
平成20年6月10日,一審被告東電内部で津波評価に関する説
明が行われ,担当者が,平成20年試算の想定波高の数値,防潮堤
を作った場合における波高低減の効果等につき説明をしたところ,
a原子力・立地本部副本部長(以下「a副本部長」という。)は,①
津波ハザードの検討内容に関する詳細な説明,②福島第一原発にお
ける4m盤への津波の遡上高さを低減するための対策の検討,③沖
に防潮堤を設置するのに必要な許認可の調査,④機器の対策に対す
る検討をそれぞれ行うよう指示を出した。(乙B394の4・549
頁)
一審被告東電内部における「長期評価」対応方針決定(平成20
年7月31日)とそれ以降のやり取り
平成20年7月31日,一審被告東電内部で,a本部長らに対す
る津波評価に関する2回目の説明が行われ,①「長期評価」の取扱
いについては,評価方法が確定しておらず,直ちに設計に反映させ
るレベルのものではないと思料されるので,「長期評価」の知見につ
いては,電力共通研究として土木学会に検討してもらい,しっかり
とした結論を出してもらう,②その結果,対策が必要となれば,き
ちんとその対策工事等を行う,③耐震バックチェックは,当面,「津
波評価技術」に基づいて実施する,④土木学会の委員を務める有識
者に上記方針について理解を得る,とすることが一審被告東電の方
針として決定された(以下「一審被告東電方針」という。)。(乙B3
94の1・110~115頁,乙B394の4・556~569頁,
乙B395の2・204~208頁)
一審被告東電方針をめぐっては,証拠上,以下のようなやり取り
が残されている。
ア平成20年7月31日
一審被告東電方針について,他の電力事業者にも周知し,意見
を聴くことになったところ,一審被告東電のbが,日本原子力発
電株式会社(以下「日本原電」という。)のcGM及び東北電力の
d課長に宛てて送信したメールには,以下のような記載がされて
いる(抜粋)。(乙B394の4・570頁)
「推本[裁判所注:地震本部又は「長期評価」を指す。以下同じ。]
太平洋側津波評価に関する扱いについて,以下の方針の採用是
非について早急に打合せしたく考えております。
・推本で,三陸・房総の津波地震が宮城沖~茨城沖のエリアの
どこで起きるかわからない,としていることは事実であるが,
・原子力の設計プラクティスとして,設計・評価方針が確定し
ている訳ではない。
・今後,電力大として,電共研~土木学会検討を通じて,太平
洋側津波地震の扱いをルール化していくこととするが,当面,
耐震バックチェックにおいては土木学会津波をベースとす
る。
・以上について有識者の理解を得る(決して,今後なんら対応
をしない訳ではなく,計画的に検討を進めるが,いくらなん
でも,現実問題での推本即採用は時期尚早ではないか,とい
うニュアンス)」
「以上の方針について,関係各社の協調が必要であり,また各社
抱えている固有リスクの観点で,一枚岩とならない可能性があ
ると思います。」
イ平成20年8月6日
上記アのメールを受けて,一審被告東電,日本原電及び東北電
力等の各担当者が集まり,打合せを行い,各社は,一審被告東電
方針について持ち帰り,社内で確認し,回答することとなった。
一審被告東電方針がまとめられた,取扱注意とされた「推本見
解に対する今後の対応方針について(案)」には,以下の記載があ
る(抜粋)。(乙B394の4・572頁)
「問題点の抽出・分析
□推本見解を否定できるかどうか
①NISA合同WGの阿部勝征主査は,推本の地震調査委員会
の委員長も務めており,推本見解を否定しないこと,土木学
会津波評価部会が実施した津波PSAのアンケートにおい
て,上記地震はどこでも起こるとしていること(重みを1.
0で回答)から,推本見解を否定することは不可能。
②津波研究の第一任者(ママ)であるNISA合同WG委員の
今村先生(東北大)も,上記地震はどこでも起こるとの見解
を示しており(アンケートでは0.6),津波評価にあたって
推本を無視することは困難。
③推本見解を否定できる地震学的データはない。(三陸沖とそ
れ以南を差別化することは可能かもしれないが)
□評価手法が確立しているかどうか
④土木学会「原子力発電所の津波評価技術」発刊時には,推本
見解が出されていなかったことから,このような地震に対す
る設計・評価方針が確定しておらず,各社の対応が統一され
ていない。
□対策が短期に取れるかどうか
⑤推本見解を採用したとたんに既往評価水位を大幅に上回るた
め,必要となる対策を短期間に取ることは不可能。」
「推本見解を完全否定することは困難であることから,改訂前ま
でに可能な対策を随時進める。」
また,その打合せ概要をまとめたメモには,以下の記載がある
(抜粋)。(乙B394の4・571頁)
「原電は茨城県の津波について,痕跡を再現する一枚モデルを別
途作成した上でパラメータスタディを行い評価。このモデルの
考慮によって,推本の見解を反映したことにつながる可能性も
あると考えている。」
「東北電力は貞観津波について,論文に示されたモデルそのもの
を用いて検討を行っている。」
ウ平成20年8月11日
上記イの打合せを受けて,日本原電が一審被告東電のeに対し
て社内での検討結果を伝えたことを,eが一審被告東電内部で直
属の上司であるbらに伝える内部メールには,以下のような記載
がある(抜粋)。(乙B394の4・573頁)
「推本見解に対する東電方針について,原電cさんから以下の
回答がありました。
・上層部に相談し,東電方針に賛成(口ぶりは積極的賛成では
ない感じ)
・ただし,12月のバックチェック最終報告時点で,推本見解
をバックチェックに取り入れなくてよい理由を具体的にどの
ように言うのか,また,12月までに何をするのか見えない
ので,今後よく調整するよう,上層部に言われている
確かに,WGの阿部先生や今村先生等,津波評価部会の首藤先
生,佐竹先生等に対する説明内容は思い浮かびますが,世間(自
治体,マスコミ・・・)がなるほどと言うような説明がすぐには
思いつきません。ちょっと考えたいと思います。」
エ平成20年8月14日
上記ウのeメールに対してbが返答した内部メールには,以下
のような記載がある(抜粋)。(乙B394の4・573頁)
「対社会への説明骨子,阿部先生,今村先生,高橋先生他推本,
津波関係者への説明骨子,電共研の計画,をペーパ化し,社内
の合意形成,3社の合意形成,の後,できるだけ早く有識者説
明を開始する必要があると思います。というのは,最終報告前
であっても,ちょっとした質問,コメントとして公開の場で,
明日以降にいつでも「推本津波」が話題に出る可能性自体はあ
るわけなので。福島技連等でも。」
オ平成20年8月18日
一審被告東電内部で,bが,e等に宛てた内部メールには,以
下のような記載がある(抜粋)。(乙B394の4・575頁)
「推本は,十分な証拠を示さず,「起こることが否定できない」
との理由ですから,モデルをしっかり研究していく,でよいと
思いますが,上記869年の再評価は津波堆積物調査結果に基
づく確実度の高い新知見ではないかと思い,これについて,さ
らに電共研で時間を稼ぐ,は厳しくないか?」
カ平成20年10~12月頃土木学会委員からの意見聴取
一審被告東電は,平成20年10~12月頃,土木学会の委員
を務める有識者らを訪ね,一審被告東電方針について理解を求め
たところ,有識者からは,特段否定的な意見は出なかった。
もっとも,阿部勝征は,同年12月10日,一審被告東電に対
し,「地震本部がそのような見解を出している以上,事業者はどう
対応するのか答えなければならない。対策を取るのも一つ。無視
するのも一つ。ただし,無視するためには,積極的な証拠が必要。」
と述べた。(乙B394の4・589~594,608頁)
耐震バックチェック内部説明会(平成20年9月10日)
平成20年9月10日,一審被告東電内部で耐震バックチェック
説明会(福島第一原発関係)が開催された。席上配布資料には,平
成20年試算の福島第一最大浸水深図が記載され,敷地南側で津波
高さ15.7m(浸水深5.7m)の津波が想定されたことが示さ
れており,「敷地南部の放水口付近から敷地(O.P.+10m)へ
遡上する。」,「敷地北部・南部から敷地への遡上及び港内からO.P.
4mへの遡上について対策が必要」,「推本がどこでもおきるとした
領域に設定する波源モデルについて,今後2~3年間かけて電共研
で検討することとし,「原子力発電所の津波評価技術」を改訂予定。」,
「電共研の実施について各社了解後,速やかに学識経験者へ推本の
知見の取扱について説明・折衝を行う。」,「改訂された「原子力発電
所の津波評価技術」によりバックチェックを実施。」,「ただし,地震
及び津波に関する学識経験者のこれまでの見解及び推本の知見を完
全に否定することが難しいことを考慮すると,現状より大きな津波
高を評価せざるを得ないと想定され,津波対策は不可避」などと記
載されていた。(乙B394の4・585頁)
平成21年2月11日
平成21年2月11日,一審被告東電内部で中越沖地震対応打合
せが行われ,原子力設備管理部長が,「土木学会評価でかさ上げが必
要となるのは,1F5,6のRHRSポンプ[裁判所注:福島第一
原発5,6号機残留熱除去海水系ポンプ]のみであるが,土木学会
評価手法の使い方を良く考えて説明しなければならない。もっと大
きな14m程度の津波がくる可能性があるという人もいて,前提条
件となる津波をどう考えるかそこから整理する必要がある。」との発
言をした。
平成21年6月
一審被告東電は,平成21年6月,土木学会に対し,「長期評価」
の取扱いにつき審議を依頼した。
土木学会では,平成21年度から平成23年度までの期間に,「長
期評価」の取扱いを含む波源モデルの構築,数値計算手法の高度化,
不確かさの考慮方法の検討(確率論的検討を含む。),津波に伴う波
力や砂移動の評価手法の構築等の幅広い分野について審議し,平成
24年10月を目途に「津波評価技術」の改訂を行うこととした。
平成21年8月
一審被告東電の原子力設備管理部長は,平成21年8月上旬頃,
一審被告東電の担当者に対し,平成20年試算の波高の試算結果に
ついては,保安院から明示的に試算結果の説明を求められるまでは
説明不要と指示した。
平成21年8月28日
一審被告東電は,平成21年8月28日,保安院に対し,資料を
示して福島第一原発の津波評価の状況を説明したが,その中では,
「津波評価技術」に基づく「O.P.+5~6m程度」の想定津波の
みを報告し,「長期評価」に基づく平成20年試算によりO.P.+
15.7mとの推計結果が得られていることは報告しなかった。
平成22年8月~平成23年2月
一審被告東電は,平成22年8月から平成23年2月まで,4回
にわたり,福島地点津波対策ワーキングを開催して,平成24年1
0月を目途に結論が出される予定の土木学会における検討結果いか
んによっては福島第一原発・福島第二原発における津波対策として
必要となり得る工事の内容につき検討がされた。同ワーキングでは,
機器耐震技術グループからは海水ポンプの電動機の水密化が,建築
耐震グループからはポンプを収容する建物の設置が,土木技術グル
ープからは防波堤のかさ上げ及び発電所内における防潮堤の設置が
それぞれ提案され,さらに,これらの対策工事を組み合わせて対処
するのが良いのではないかといった議論がなされた。しかし,一審
被告東電は,土木学会による検討結果が出る前に対策工事を行うこ
とは考えておらず,そのため,結果として,本件事故に至るまで,
「長期評価」から想定される津波に対する具体的な対策は全く取ら
れなかった。
平成23年3月7日
一審被告東電は,平成23年3月7日,保安院に対し,「福島第一・
第二原子力発電所の津波評価について」を示して,初めて平成20
年試算の結果を報告し,「福島第一原発の津波対策については,平成
24年10月を目処に結論が出される予定の土木学会における検討
結果いかんでは津波対策工事を検討しているが,同月までに対策工
事を完了させるのは無理である」旨を説明した。
一審被告国の対応
一審被告国は,前記⑴のとおり,「長期評価」が公表された直後の
平成14年8月の保安院によるヒアリングにおいては,担当官が一
審被告東電担当者に対し,福島沖から茨城沖の領域で津波地震が発
生した場合のシミュレーションを行うべきであるとの見解を示した
ものの,その後は,「長期評価」から想定される津波の高さについて
一審被告東電に推計を指示したり自ら推計したりすることはなく,
「長期評価」から想定される津波についての対策を一審被告東電に
指示することもなかった。
第4おおむね「長期評価」公表以降
1土木学会の「長期評価」への対応等
土木学会の「長期評価」への対応等に係る認定事実は,おおむね原
行目)及び原判決129頁4~13行目のとおりであるが,当裁判所
において追加・補正した上で,以下のとおり認定する。
土木学会における検討・審議予定等
波評価技術」を公表しているが,その中では,福島県沖海溝沿い領
域には大きな既往津波の記録がないとされたため波源の設定領域を
設けていなかった。
土木学会では,「長期評価」を受けて,平成15年度から検討する
こととしていた確率論的な評価手法の中で「長期評価」の見解を取
り扱うこととし,平成17年及び平成19年には論文として発表し
ており,一審被告東電から平成21年6月に審議要請を受けて,(福
島県沖海溝沿い領域を含む)太平洋側プレート境界沿いの波源モデ
ルの構築についても平成21年度~平成23年度までの期間に「津
波評価技術」の改訂に向けた審議をし,平成24年10月を目途に
結論を出す予定であった。
一審被告東電は,土木学会により従前の想定津波を大きく超える
津波が想定された場合に備えて,平成22年8月から平成23年2
月まで,4回にわたり,福島地点津波対策ワーキングを開催し,福
島第一原発・福島第二原発における津波対策として必要となり得る
対策工事の内容につき検討し,機器耐震技術グループからは海水ポ
ンプの電動機の水密化が,建築耐震グループからはポンプを収容す
る建物の設置が,土木技術グループからは防波堤のかさ上げ及び発
電所内における防潮堤の設置がそれぞれ提案され,さらに,これら
の対策工事を組み合わせて対処するのがよいのではないかといった
議論をしていた。なお,そこでは,日本海溝沿い海域はどこでも津
波地震は発生することを前提にはされたものの,福島県沖では延宝
房総沖地震を参考に津波堆積物調査等を踏まえて検討することとさ
れていた。(甲B412の3,5,乙B394の4・626,640,
650,654頁)
平成16年度アンケート
土木学会津波評価部会は,平成16年頃,確率論的津波ハザード
解析に適用するロジックツリーの重みについて,同評価部会の委員
及び幹事31人,地震学者5人の合計36人にアンケートを取り(回
答者35人),「三陸沖~房総沖海溝寄りの津波地震活動域(JTT
1~JTT3)」で「超長期の間にMt8級の地震が発生する可能性」
について,0~1の間で項目ごとに合計が1となるよう小数又は分
数での重み付けをさせ,地震学者を他の見識者の4倍として全体加
重平均をした結果,分岐①「過去に発生例があるJTT1及びJT
T3は活動的だが,発生例のないJTT2は活動的でない」とした
重みが「0.50」,地震学者グループの平均で「0.35」,分岐②
「JTT1~JTT3は一体の活動域で,活動域内のどこでも津波
地震が発生する」とした重みが「0.50」,地震学者グループの平
均で「0.65」であり,地震学者グループにおいては,「津波地震
は(福島県沖海溝沿い領域を含む)どこでも起きる」とする方が,
「福島県沖海溝沿い領域では起きない」とする判断より有力であっ
た。
平成20年度アンケート
土木学会津波評価部会は,平成21年2月頃,同評価部会の委員
及び幹事34人並びに外部専門家5人の合計39人(専門家でない
土木学会津波評価部会の委員及び幹事も含む。ちなみに,平成13
年3月時点の同部会の委員・幹事30人のうち,13人は電力会社,
5人は電力関連団体に所属する者であった。)に上記イと同様のアン
ケートを取り(回答者は10~28人),「三陸沖~房総沖海溝寄り
の津波地震活動域(JTT)」で「超長期の間にMt8級の地震が発
生する可能性」について重み付けをさせた結果,分岐①「過去に発
生例がある三陸沖(1611年,1896年の発生領域)と房総沖
(1677年の発生領域)でのみ過去と同様の様式で津波地震が発
生する」とした重みが「0.40」,②「活動域内のどこでも津波地
震が発生するが,北部領域に比べ南部ではすべり量が小さい」とし
た重みが「0.35」,③「活動域内のどこでも津波地震(1896
年タイプ)が発生し,南部でも北部と同程度のすべり量の津波地震
が発生する」とした重みが「0.25」であった(平成20年アンケ
ートについては,地震学者のみの重み付け結果は記載されていな
い。)。
このように,①が最も有力であったが,福島県沖海溝沿い領域で
も津波地震が発生するとする②と③の合計(0.6)は,同領域で
は津波地震は起きないとする①の重み(0.4)を上回っている。
2中央防災会議の報告
判決107頁17行目~108頁15行目)のとおりであるから,こ
れを引用する。要約すれば,以下のとおりである。
「防災基本計画を作成し,及びその実施を推進すること」(災害対策
基本法11条2項1号),「強化地域に係る地震防災基本計画を作成し,
及びその実施を推進」すること(大規模地震対策特別措置法5条1項),
「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震防災対策推進基本計画……を作
成し,及びその実施を推進」すること(日本海溝・千島海溝周辺海溝
型地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法5条1項)など
をつかさどる,内閣府に設置された中央防災会議の日本海溝・千島海
溝周辺海溝型地震に関する専門調査会は,同調査会における議論を経
て,平成18年1月25日,「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関
する専門調査会報告」(以下「日本海溝・千島海溝報告書」という。)を
作成した。同報告書においては,調査対象領域については「長期評価」
を基本としつつも,防災対策の検討対象とする地震は,既往の巨大地
震が確認されている地域に限ることとして,福島県沖海溝沿い領域を
防災対策の検討対象から除外した。
3福島県の津波想定区域図等
福島県の津波想定区域図等に係る認定事実は,原判決第3章第3の
るから,これを引用する。要約すれば,以下のとおりである。
福島県の津波想定区域図
福島県は,平成19年,県内の沿岸市町が作成する津波ハザード
マップや津波避難計画の作成支援を目的として,津波想定区域図を
作成したが,そこでは,福島県沖海溝沿い領域には地震を想定しな
かった。
一審被告東電による想定津波(5m)
一審被告東電は,平成19年6月,福島県の津波シミュレーショ
ン結果を入手し,福島県が想定した津波高さがO.P.+5m程度
であり,一審被告東電の「津波評価技術」に基づく想定津波(1~
6号機でO.P.+5.7m)を上回らないことを確認した。
4茨城県の浸水想定区域図等
茨城県の浸水想定区域図等に係る認定事実は,原判決第3章第3の
これを引用する。要約すれば,以下のとおりである。
茨城県の浸水想定区域図の作成
茨城県は,茨城県沿岸津波浸水想定検討委員会における議論を経
て,平成19年,浸水想定区域図(甲B252)を作成したが,そこ
では,福島県沖海溝沿い領域には地震を想定しなかった。
一審被告東電による想定津波(4.7m)
一審被告東電は,平成20年3月,茨城県の津波シミュレーショ
ン結果を入手し,茨城県が想定した津波高さがO.P.+4.7m
程度であり,一審被告東電の「津波評価技術」に基づく想定津波(1
~6号機でO.P.+5.7m)を上回らないことを確認した。
5耐震バックチェック中間報告書の評価についての議論
耐震バックチェック中間報告書の評価についての議論に係る認定事
目)のとおりであるが,当裁判所において追加・補正した上で,以下
のとおり認定する。
耐震バックチェック指示
原子力安全委員会による「発電用原子炉施設に関する耐震設計審
査指針」の全面改訂(平成18年9月19日原子力安全委員会決定。
改訂後のものが「平成18年耐震設計審査指針」。乙A8の2)を受
けて,保安院は,あらかじめ審議会に諮って確認基準(バックチェ
ックルール)を策定し(乙B377),平成18年9月20日,一審
被告東電を含む原子力事業者に対し,既設発電用原子炉施設等につ
いて,平成18年耐震設計審査指針に照らした耐震安全性の評価を
実施し,報告するよう指示した(耐震バックチェック)。
平成18年耐震設計審査指針は,地震随伴事象である津波につい
ても,「施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性が
あると想定することが適切な津波によっても,施設の安全機能が重
大な影響を受けるおそれがないこと」を要求しており,この津波安
全性評価も耐震バックチェックの対象とされていた。すなわち,上
記バックチェックルールは,津波に対する安全性の確認基準につい
て,「津波の数値シミュレーションは,想定津波の発生域において,
過去に敷地周辺に大きな影響を及ぼしその痕跡高の記録が残されて
いる既往の津波について数値シミュレーションを行ったうえで,想
定津波の数値シミュレーションを行う。」とした上で,「想定津波の
数値シミュレーションに当たっては,既往の津波の数値シミュレー
ションを踏まえ,想定津波の断層モデルに係る不確定性を合理的な
範囲で考慮したパラメータスタディを行い,これらの想定津波群に
よる水位の中から敷地に最も影響を与える上昇水位及び下降水位を
求め,これに潮位を考慮したものを評価用の津波水位とする。」とし
ており(丙B42の別添・44~45頁),その内容は,実質的には
津波評価技術の考え方を採用したといえるものであった(乙B18
8,286の1・4,5,39~41頁)。
耐震バックチェック中間報告等
一審被告東電は,一審被告国に対し,平成20年3月に福島第一
原発5号機の,福島第二原発4号機の,平成21年4月に福島第二
原発1~3号機の,同年6月に福島第一原発1~4,6号機の,そ
れぞれ耐震バックチェック中間報告書を提出し,保安院は同年7月
21日に,原子力安全委員会は同年11月19日に,代表プラント
である福島第一原発5号機,福島第二原発4号機の中間報告の内容
を妥当と認めた。また,保安院は,平成22年7月末頃までに,福
島第一原発3号機の中間報告の内容を妥当と認めた。
津波安全性の評価については,耐震バックチェックの中間報告に
おいては対象とされておらず,最終報告書での報告対象とされてい
たが,提出前に本件事故に至った。
平成20年試算
一審被告東電は,この耐震バックチェックの過程で,前記第3の
いてO.P.+15.707mとの推計結果を得た。
平成21年報告
資源エネルギー庁総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部
会耐震・構造設計小委員会の地震・津波ワーキンググループと地質・
地盤ワーキンググループとの合同ワーキンググループ(以下「合同
福島第一原発5号機等の耐震バックチェック中間報告書の評価につ
いて議論したが,その際,岡村行信委員から,貞観津波を考慮すべ
き旨の意見が出された。折しも,同年
⑥)が出された直後のことである。
この指摘を踏まえ,保安院は,同年8月上旬頃,一審被告東電に
対し,貞観津波等を踏まえた福島第一原発等における津波評価,対
策の現況について説明を要請したため,一審被告東電は,同年8月
28日及び9月7日頃,保安院に対し,耐震バックチェックには津
波評価技術による津波評価で対応すること,最終報告には間に合わ
ないが,電力共通研究,土木学会により合理的に設定された波源を
検討し,これに対して必要な対策を実施していくことなど,前記一
も踏まえた試算結果が福島第一原発でO.P.+8.6~8.9m
であったことを報告し(以下「平成21年報告」という。),これら
の説明に使用した全ての資料を渡した。
その際,保安院からは,「JNESのクロスチェックでは,女川と
福島の津波について重点的に実施する予定になっているが,福島の
状況に基づきJNESをよくコントロールしたい(無邪気に計算し
てJNESが大騒ぎすることは避ける)」等の発言がされた。
(甲B1の1・400頁,甲B4・88頁,乙B394の4・621
~623頁)
6おおむね「長期評価」公表以降の関連論文等
鶴論文(平成14年)
鶴哲郎ほか「日本海溝域におけるプレート境界の弧沿い構造変化:
プレート間カップリングの意味」(平成14年)(以下「鶴論文」と
いう。)は,日本海溝の北部海溝軸付近では堆積物が厚く積み上がり
プレートに挟まれた部分が楔形を作っているのに対し,南部ではプ
レート内の奥まで堆積物が薄く拡がり楔形構造がみられないという
地域差があるため,特に10~13km超の深度で南部よりも北部
のプレート間カップリングが強く,このカップリングの違いが,日
本海溝域でのプレート境界地震発生の地域差(北部で派生したM7.
5超の大規模なプレート境界地震のほぼ全て)を説明できる可能性
を示唆している。(乙B149の1・2)
松澤・内田論文(平成15年)
松澤暢・内田直希「地震観測から見た東北地方太平洋下における
津波地震発生の可能性」(平成15年),以下「松澤・内田論文」とい
う。)は,鶴論文を踏まえた上で,福島県沖の海溝近傍では,三陸沖
のような厚い堆積物は見つかっていないため,大規模な低周波地震
が起きても大きな津波は引き起こさないかもしれないとしている。
石橋論文(平成15年)
石橋克彦「史料地震学で探る1677年延宝房総沖津波地震」(平
成15年)(乙B19,以下「石橋論文」という。)は,延宝房総沖地
震の規模はM6.5程度かもしれないとして,「長期評価」が同地震
をM8クラスとして,慶長三陸地震(1611)や明治三陸地震(1
896)と同グループのものとして扱ったことに疑問を呈している。
都司論文(平成15年)
都司嘉宣「慶長16年(1611年)三陸津波の特異性」(平成1
5年)(乙B18,以下「都司論文」という。)は,慶長三陸地震は津
波地震ではなく,地震によって誘発された大規模な海底地すべりに
よるものであった可能性が高いとしている。
今村・佐竹・都司論文(平成19年)
今村文彦・佐竹健治・都司嘉宣ら「延宝房総沖地震津波の千葉県
沿岸~福島県沿岸での痕跡高調査」(平成19年)(以下「今村・佐
竹・都司論文(平成19年)」という。)は,延宝房総沖地震につい
て,津波被害を受けた各地の津波浸水高について,福島県沿岸では
3.5~7m等と推定し,この推定した津波浸水高を再現できる波
源モデルを設定している。(甲B261,乙B372の1,乙B39
3の1,乙B401)
「日本の地震活動」(平成21年3月)
地震本部による「日本の地震活動(第2版)」(平成21年3月)
(乙B21)は,延宝房総沖地震について,震源域の詳細や,プレ
ート間地震であったか沈み込むプレート内地震であったかは不明で
あり,津波地震であった可能性が指摘されているなどとしている。
松澤論文(本件事故後。平成23年11月)
松澤暢「なぜ東北日本沈み込み帯でM9の地震が発生しえたの
か?―われわれはどこで間違えたのか?」(平成23年11月)(乙
B35,以下「松澤論文」という。)は,本件地震の発生により,多
くの地震学者の常識や先入観が間違っていたことが明らかになった
として,本件地震のようなM9の地震発生を予見できなかった理由
は,本件地震前は,「比較沈み込み学」が展開され,東北地方南部の
ように1億年以上も経った古いプレートが沈み込んでいる場所では
固着が弱くM8の地震すら滅多に起きないと考えられていたこと,
1990年代末から2000年代初頭にかけてのGPSデータの解
析から,宮城県沖から福島県沖にかけての領域はほぼ100%固着
しているという結果が得られていたものの,国土地理院の約100
年の測地測量の結果からは,固着によるゆがみエネルギーは100
年以内の再来間隔で生じるM7~8弱の地震で解消されると考えら
れた上,2000年代後半以降のGPSデータからは,宮城県沖か
ら福島県沖にかけての固着状況はかなり緩んでいることが分かって
いたことなどによるものとしている。
島崎論文(本件事故後。平成23年5月)
島崎邦彦「超巨大地震,貞観の地震と長期評価」(平成23年5月)
(乙B162,以下「島崎論文」という。)は,「比較沈み込み学」の
見地から,プレートが日本に近づく速度は年間約8cmだが,その
全てが地震で解消されるわけではなく,そのずれ残りは地震を起こ
さずにゆっくりずれて解消されていると考えられてきており,日本
海溝でM9の地震が起こるとは考えられてこなかったなどとしてい
る。
7「長期評価」公表以降の貞観津波に係る知見
⑴本件地震までの知見
ア平成16年
平成16年2月19日に実施された中央防災会議「日本海溝・
千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会」の第2回会合にお
いて,事務局が,「大地震発生の過去事例がなく,近い将来,地震
の発生の恐れがあるとは肯定されないが,ただし可能性を否定も
できないというものについては,今後の調査研究の成果を踏まえ
て,必要な時点で適宜追加と見直しを行うこととしたいという考
え方をご提案」したいなどとして,貞観津波は詳細が分かってい
ないため検討対象から外すと述べたのに対し,各委員からは次々
に反論や意見が出された。この中で,島崎邦彦教授は,「例えば1
933年の三陸沖というのはプレートが曲がってポリッと折れた
わけですから,その隣がまだ折れていなければいつか折れるとい
う,そういう風に考えるのが普通なので,ですから正断層は19
33年のむしろ南を考えた方が将来の予防をする意味では意味が
あると思います。それは津波地震も同様です」と発言した。最終
的には,事務局提案のとおり既往地震に限定し貞観津波等は検討
対象から外されることとされた。(甲B7,9の2,26)
イ平成17年~平成22年文部科学省委託業務
平成17年10月12日,文部科学省は,東北大学に対して,
宮城県沖地震はおよそ37年の繰り返し間隔で発生すると考えら
れているところ,前回の1978年宮城県沖地震から既に27年
が経過し(平成17年の時点で),次の地震の発生が差し迫りつつ
あり,その発生時期や規模に関する予測の高精度化が急務である
ことなどから,「宮城県沖地震重点調査観測」の一環として,地震
時に破壊の中心となるアスペリティ(付加体)の固着状況やその
周囲のすべり状態のモニタリング等を業務委託した(東北大学か
ら東京大学地震研究所/独立行政法人産業技術総合研究所活断
層・地震研究センターへ再委託がされた。)。この委託業務は平成
22年3月31日まで4年半にわたり継続された。(甲B13の1
~6,甲B26)
上記業務委託の成果として,①平成18年8月岡村行信ほか「仙
台平野の堆積物に記録された歴史時代の巨大津波―1611年慶
長津波と869年貞観津波の浸水域―」,②平成19年7月岡村ほ
か「ハンディジオスライサーを用いた宮城県仙台平野(仙台市・
名取市・岩沼市・亘理町・山元町)における古津波痕跡調査」,③
平成19年9月岡村行信(産総研活断層研究センター長)ほか「石
巻平野における津波堆積物の分布と年代」,④平成20年5月澤井
祐紀ほか「ハンドコアラ―を用いた宮城県仙台平野(仙台市・名
取市・岩沼市・亘理町・山元町)における古地震痕跡調査」,⑤平
成20年5月「宮城県沖地震における重点的調査観測」(平成19
年度成果報告書),⑥平成20年8月佐竹健治ほか「石巻・仙台平
野における869年貞観津波の数値シミュレーション」(以下「佐
竹論文」という。),⑦平成22年7月澤井「福島県富岡町仏浜周
辺の海岸低地における掘削調査」,⑧平成22年8月行谷,佐竹ほ
か「宮城県石巻・仙台平野および福島県請戸川河口低地における
869年貞観津波の数値シミュレーション」及び⑨平成22年「平
成17-21年度統括成果報告書」等が発表された。それぞれの
概要は以下のとおりである。
①平成18年8月岡村行信ほか「仙台平野の堆積物に記録され
た歴史時代の巨大津波―1611年慶長津波と869年貞観津波の浸
水域―」(甲B14の1)
近年における「仙台平野は津波被害が少ない」という認識に
反し,歴史記録には巨大な津波が仙台平野を襲ったという記述
がある,として,貞観津波を紹介。津波堆積物の調査から,貞
観津波は仙台平野南部(山元町・亘理町)において少なくとも
2~3kmの遡上距離を持っていたことが分かった,などとし
た。
②平成19年7月岡村行信ほか「ハンディジオスライサーを用
いた宮城県仙台平野(仙台市・名取市・岩沼市・亘理町・山元
町)における古津波痕跡調査」(甲B14の3)
ジオスライサーの調査により貞観津波による砂層を発見し
た,として,再来間隔はおよそ600~1300年である,な
どとした。
③平成19年9月岡村行信(産総研活断層研究センター長)ほ
か「石巻平野における津波堆積物の分布と年代」(甲B14の
2)
石巻平野において貞観津波を含む5層の津波堆積物を発見し
たこと,その再来間隔が500~1000年程度であり,通常
の宮城県沖地震の再来間隔よりもはるかに長いこと,中でも貞
観津波は当時の海岸線から2~3km内陸まで浸水する巨大な
ものであり,いわゆる連動型地震であった可能性をうかがわせ
ることなどが分かった,などとした。
④平成20年5月澤井祐紀ほか「ハンドコアラ―を用いた宮城
県仙台平野(仙台市・名取市・岩沼市・亘理町・山元町)におけ
る古地震痕跡調査」(甲B14の4)
仙台市におけるイベント砂層の分布を知ることができたが,
放射性炭素年代にはばらつきが見られ,貞観以前におけるイベ
ントの詳しい繰り返し間隔を知るためにはさらなる調査が必要
である,などとした。
⑤平成20年5月「宮城県沖地震における重点的調査観測」(平
成19年度成果報告書)(甲B37)
プレート間地震を仮定し,断層幅100km,すべり7m以
上の断層モデルでの浸水域の広がりは津波堆積物の分布をほぼ
完全に再現できた,福島県常磐海岸北部では,浪江・請戸地区
において,これまで松川浦地区などで報告されている貞観津波
とみられる堆積物(箕浦1995,菅原ほか2002)を検出
し,さらに,それより古い時期のイベント堆積物の採取ができ
た,貞観津波のような巨大津波が過去4000年の間に繰り返
し発生していた,などとした。
⑥平成20年8月(平成21年4月発表)佐竹健治ほか「石巻・
仙台平野における869年貞観津波の数値シミュレーション」
(佐竹論文)(甲B1の1,甲B14の5,甲B16)
貞観津波による石巻平野と仙台平野における津波堆積物の分
布といくつかの断層モデルからのシミュレーション結果とを比
較したもので,長さ200km,幅100km,すべり7m以
上のプレート間地震モデルでは浸水域が大きくなり,上記両平
野における津波堆積物の分布をほぼ完全に再現できることを確
認した,ただし,断層の南北方向の広がり(長さ)を調べるた
めには,仙台湾より北の岩手県あるいは南の福島県や茨城県で
の調査が必要である,とした。
⑦平成22年7月澤井「福島県富岡町仏浜周辺の海岸低地にお
ける掘削調査」(甲B14の9)
宮城沖重点を補完する目的で行われた福島県富岡町における
掘削調査の結果報告。砂層を確認したが,年代測定による対比
が十分でないためなお調査が必要である,とした。
⑧平成22年8月行谷,佐竹ほか「宮城県石巻・仙台平野およ
び福島県請戸川河口低地における869年貞観津波の数値シミ
ュレーション」(甲B14の8)
仙台平野から南に約50kmに位置する請戸地区(福島県双
葉郡浪江町)において津波堆積物の調査が行われ,その位置と
津波浸水計算による浸水範囲とを比較し,貞観地震の断層モデ
ルについて検討を行ったもの。その結果,断層の長さが200
kmのモデルでは全地域で津波堆積物の分布をよく再現するこ
とができたが,断層のモデルが100kmのモデルでは計算浸
水域が請戸地区における津波堆積物の位置まで到達しなかっ
た,今後は,石巻平野よりも北の三陸海岸や請戸地区よりも南
の福島県,茨城県沿岸における津波堆積物の調査が必要である,
とした。
⑨平成22年「平成17-21年度統括成果報告書」(甲B3
6)
貞観津波は断層の長さ200km,幅100km,すべり量
7mのプレート境界型地震が励起した津波として説明可能であ
ることが分かった。また,貞観津波のような巨大な津波が,過
去4000年間に繰り返し発生していたことも明らかになっ
た。貞観津波の前には280AD~560AD頃と,700B
C~460BC頃に巨大津波が襲来していたことが推定され,
こうした巨大津波の再来間隔はおおよそ450~800年程度
の幅を持っているようであることが分かった。もっとも,年代
の決定精度が十分でなく,連動型地震の信頼性の高い発生履歴
は十分に解明されていない。
さらに,沿岸域での地質調査は,津波堆積物の検出だけでな
く,過去の地殻上下変動に関する情報も含んでおり,本業務に
おいても,貞観津波とその一つ前の巨大津波が襲来した時期に,
調査地周辺が沈水したことが推定された。こうした地震前後の
沈水現象は地震時の地殻変動が原因である可能性があり,過去
の地震の規模や震源域を推定するための重要な情報を持つ,な
どとした。
ウ平成21年
平成21年11月宍倉正展,澤井ほか「沿岸の地形・地質調査
から連動型巨大地震を予測する」は,一般に,歴史上マグニチュ
ード8クラスの海溝型地震の繰り返し間隔はおよそ100年程度
であるが,地震の規模は常に一定ではなく,隣り合う震源域がま
れに連動して巨大化することが近年明らかになっており,これを
連動型地震と呼ぶところ,平成16年12月のスマトラ島沖地震
(マグニチュード9.1)はまさに連動型巨大地震の典型例であ
った,連動型地震は通常の海溝型地震と比べて再来間隔が長いこ
とが特徴であり,また,歴史記録には残りにくく,地形・地質学
的な調査に基づいた数千年オーダーでの履歴解明が必要である,
貞観津波は内陸約1~3kmまで浸水したことが明らかになり,
宮城県沖地震よりもはるかに広くすべり量も大きい断層であった
と推定された,もっとも,断層の南北の延長に関しては,仙台,
石巻平野の津波堆積物データだけではなく,北端の決定には三陸
海岸,南端の決定には常磐海岸における浸水域データが必要とな
る,仙台平野では600~1300年間隔,石巻平野では500
~1000年間隔で貞観地震のように平野の奥まで浸水するタイ
プの津波が発生していたことが津波堆積物の痕跡から推定される
ため,次の貞観タイプの地震が非常に切迫した状況である可能性
があることからすれば,早急な対応が必要である,などとした。
(甲B14の6)
エ平成22年
平成22年8月宍倉,澤井,岡村行信ほか「平安の人々が見た
巨大津波を再現する―西暦869年貞観津波―」は,東北日本の
三陸海岸は1896年明治三陸津波や1933年昭和三陸津波に
よって大きな津波被害が知られているが,宮城県の仙台・石巻平
野から福島県にかけての海岸ではそれほど大きな津波に襲われる
とは考えられていなかった,しかし,前記イの文部科学省による
委託業務に係る研究によれば,堆積層の観察等により,古文書に
わずかに記録が残っている巨大津波の実態が明らかになってきた,
その研究により,産業技術総合研究所が宮城県と福島県で明らか
にした過去の巨大津波像を紹介することとした,などとして,福
島県南相馬市小高区では,泥炭層中に3層見られる津波堆積物の
うち最上位のものが貞観津波によるものであると推定された結果,
貞観津波襲来当時の海岸線の位置が現在とほぼ同じであると仮定
するならば,貞観津波の遡上距離は少なくとも1.5kmと推定
された,石巻平野から南相馬市小高区にかけて見られる津波堆積
物の広域対比を行うと,西暦1500年ころのイベント,貞観津
波(869),西暦430年ころのイベント(小高区の結果が基),
紀元前390年ころのイベント(山元町の結果が基)が共通して
認められ,これらの津波の再来間隔はおよそ450~800年程
度の幅を持っていることが調査から明らかになった,近い将来に
再び起こる可能性も否定できない,貞観津波は,宮城県から福島
県にかけての沖合の日本海溝沿いのプレート境界で,長さ200
km程度の断層が動いた可能性が考えられ,マグニチュード8以
上の地震であったことが明らかになってきた,などとした。(甲B
1の1,甲B14の7)
オ平成23年
平成23年今村,箕浦ほか「地質学的データを用いた西暦86
9年貞観津波の復元について」は,貞観津波像を数値シミュレー
ションにより復元し,波源モデルの推定を行った,堆積物から推
定した水理量の分布から判断すると,すべり量6.6mは過大評
価であり,5.6mをやや上回る程度であると考えられる,など
とした。(乙B168)
⑵一審被告東電による検討
ア佐竹論文による検討
佐竹教授は,平成20年10月頃,貞観津波に関する研究成果
を年度内に発表できる見込みだとして,後に発表予定であった佐
20年10月18日受理された後のもの。乙B190の2・8頁)
を,一審被告東電に渡した。同年12月,一審被告東電が,同論
文に示されていた波源モデルを基に福島第一原発及び福島第二原
発における波高を試算したところ,前者でO.P.+8.7(1~
4号機)~9.2m(5~6号機)(敷地南側には浸水せず),後者
で7.7~8.0mという結果を得た。
一審被告東電がこの結果を保安院に報告した平成23年3月7
日付け書面(甲B16)には,「仮に土木学会の断層モデルに採用
された場合,不確実性の考慮(パラメータスタディ)のため,2
~3割程度,津波水位が大きくなる可能性あり」との記載がある。
イ津波堆積物調査
一審被告東電は,「長期評価」や佐竹論文は,津波評価技術に基
づく福島第一原発等の安全性評価を覆すものかどうかを判断する
ため,念のため,電力共通研究として土木学会に検討を依頼する
こととするとともに,土木学会の委員である阿部勝征から,平成
20年12月10日,「地震本部がそのような見解を出している以
上,事業者はどう対応するのか答えなければならない。対策を取
るのも一つ。無視するのも一つ。ただし,無視するためには,積
極的な証拠が必要。福島県沿岸で津波堆積物の調査を実施し,地
震本部の見解に対応するような津波が過去に発生していないこと
を示すことがよいのではないか」旨の意見を受けたこと(前記第
調査を実施することとし,平成21年12月から平成22年3月
までの間に福島県の太平洋沿岸において津波堆積物調査を実施し
た(甲B1の1)。その結果,福島県北部(福島第一原発から10
km北方に位置する南相馬市小高区浦尻地区)で標高4mまで貞
観地震の津波による津波堆積物を確認したが,一方,富岡町から
いわき市にかけての福島県南部では,BC1000年以降の堆積
物中に津波堆積物は認められず,標高4~5mを超える津波はな
かった可能性が高いとされた。
一審被告東電は,この結果を平成23年1月に論文として投稿
し,同論文は本件事故後である平成23年5月25日に発表され
た(丙B46)。
8本件地震以前における地震・津波に関する地震学者の考え方
前示(前記第2)のおおむね長期評価までの種々の知見を前提にし
て,本件地震以前における地震・津波に関する地震学者の考え方につ
15頁22行目)のとおりであるから,これを引用する。要約すれば,
以下のとおりである。
本件地震以前における地震・津波に関する地震学者の考え方は,お
おむね以下のとおりであった。
①日本海溝沿いの震源については,「長期評価」のとおり,沖合の日
本海溝寄りの領域と陸寄りの領域に分け,さらに陸寄り領域は震源を
幾つかのセグメントに分けて考えていた。
②まず,日本海溝沿いの領域全般について,M9クラスの地震が起
こり得るとは考えられていなかった。M9クラスの超巨大地震は,チ
リ沖やアラスカ沖のようにプレートが若くて密度がそれほど大きくな
く,海溝に沈み始めたばかりで浅い角度で沈み込んでいるところで発
生するという「比較沈み込み学」仮説に,多くの地震学者が賛同して
いた。
③多くの地震学者から「比較沈み込み学」が受容されるのと同時に,
地震は過去に発生したものが繰り返すものであり,過去に発生しなか
った地震は将来にも起こらないとする考え方が一般的であった。その
ため,福島県沖で発生する可能性がある地震については,陸寄りの領
域においては,平成14年頃の時点では,過去約400年間の記録に
基づき,最大でも塩屋崎沖で発生した福島県東方沖地震(昭和13年)
のようなM7.5クラスとされていた。平成20年頃からは,貞観地
震の波源モデルが徐々に明らかにされつつあったが,依然として福島
県沿岸に貞観地震によりどの程度の津波が来襲し,また,地震波源が
どこまでの広がりを持つものであったかは必ずしも明確でなかった。
④一方,沖合の海溝寄りの領域で発生する津波地震については,「長
期評価」のように,M8クラスの地震が三陸沖から房総沖にかけての
どこでも起こり得るとする考えと,従前どおり特定領域でしか起こら
ないとする考えの両論があった。前者を推す島崎邦彦は,歴史記録が
ないのはわずかな期間の記録しか見ていないためであって津波地震が
福島県沖だけ起こらないとする理由がない,また,そもそも津波地震
は,固着の弱いところで起こる「ぬるぬる地震」であってプレートの
新旧が固着の強弱を支配する比較沈み込み学は適用されないため,三
陸沖から房総沖にかけての各領域のプレートの新旧度合いとは関係な
くどこでも同規模程度の津波地震が起こり得るという考えであった。
⑤他方,土木学会においては,この領域での津波地震発生の可能性
について両論があったことを踏まえ,三陸沖から房総沖にかけてのど
こでも起こるとする場合と特定領域でのみ起こるとする場合の両方の
津波発生パターンを考慮に入れたロジックツリーによる確率論的津波
ハザード評価の研究を「津波評価技術」の後継研究として進めていた。
第5溢水事故及び溢水事故対策等に係る知見等
1総論
本件事故は,前記第2章第2節第3のとおり,本件地震及び本件津
波により1~4号機が浸水しいずれも全電源喪失状態になるなどした
ことによるものであるところ,本件事故までの溢水事故及び溢水事故
対策等に係る知見については,おおむね以下のとおりであった。
2本件事故前の事例
日・福島第一原発溢水事故(平成3年溢水事故)
本件事故を起こした福島第一原発は,平成3年10月30日,1
号機を定格出力で運転中,タービン建屋地下1階(南側)電動駆動
原子炉給水ポンプ付近の床下に埋設されている補機冷却水系海水配
管の母管から分岐し原子炉海水ポンプ用空調機へ供給する配管の分
岐部近傍に約22mm×40mmの貫通穴があき,同ポンプ周りの
床面から海水が湧水したため,原子炉が手動停止されるという事故
(発電停止時間1635時間20分(約69日間))が発生した(以
下,「平成3年溢水事故」という。)。当時,1号機タービン建屋地下
1階には,1号機専用及び1・2号機共通の非常用ディーゼル発電
機が2台設置されていたところ,1・2号共通ディーゼル発電機及
び機関の一部に浸水が確認された。
一審被告東電は,平成3年溢水事故を機に,地下階に設置された
重要機器が内部溢水により被水・浸水して機能を失わないよう,原
子炉建屋階段開口部への堰の設置,非常用電気品室エリアの堰のか
さ上げ等の他,原子炉最地下階の残留熱除去系機器室等の入口扉,
原子炉建屋1階電線管貫通部トレンチハッチ及び非常用ディーゼル
発電機室入口扉の水密化を実施した。
(甲B181の5の1,甲B190,192~194,乙B26の
1,乙B90,丙B41の1・38頁,証人f②30~31頁)。
仏・ルブレイエ原発溢水事故(1999年)
フランス・ボルドーの北方,ジロンド河口に位置するルブレイエ
原子力発電所は,1999(平成11)年12月27日から28日
夜にかけて,強い低気圧による吸い上げと非常に強い突風(約56
m/s)による高波により,満潮と重なってジロンド河口に波が押し
寄せ,堤防内が氾濫し,ルブレイエ原子力発電所の一部が浸水した
(浸入水量約10万㎥)。風と波の方向から,1号機と2号機が洪水
の影響を最も受け,扉や開口部を通じて水が広がり,電気室の地下
レベル,海水ポンプ室の接続坑道,周辺建屋と燃料建屋の地下レベ
ルに達した結果,冷却系統の一部を喪失し,3号機と4号機は内部
に僅かの水が浸水した。送電網にも擾乱が生じ,全号機の225k
V補助電源が24時間喪失し,2号機と4号機の400kV送電網
が数時間喪失し,INESレベル2が発動された。
ルブレイエ原発は,事故発生後,主要建屋の開口部の閉鎖等の応
急措置のほか,ジロンド川に面した防護用堤防のかさ上げ,2.3
mのうねり波防護壁の設置等防御ラインの強化対策に加えて,開口
部への耐水材の充填,防水性扉の設置など水密化対策を施した。
ルブレイエの事例について,独立行政法人原子力安全基盤機構(J
NES)は,国内の全原子力発電所は,海水をヒートシンクとして
利用しており,ルブレイエ原発のように河川水をヒートシンクとし
て用いていないため,ルブレイエ原発溢水事故と同一の事象が発生
することはないものの,沿岸立地につき津波に対する備えを十分に
行っておくことが重要であるとし,平成17年頃,保安院と共催し
た安全情報検討会(平成15年設置)において,外部事象(津波)に
よる溢水及び内部溢水の両方に対する施設側の溢水対策(水密構造
等)の実態を整理しておく必要がある,とした。
もっとも,一審被告東電によるルブレイエ原発溢水事故に対する
対応については,この事故が洪水防止壁が押し流されたことによる
ものであるとの原因のみに着目し,福島第一原発等日本国内の原発
では設置許可申請書において過去に発生した津波ベースでの水位と
発電所敷地の標高比較で津波対策評価を実施しているため,ルブレ
イエ原発の浸水事象はこの津波対策評価に包絡される,とするだけ
で,溢水により全電源喪失を容易に引き起こすという結果や,実際
にどのような対策が施されたかに着目してなかったこと,長時間の
全電源喪失が発生する確率が十分に低いという安全審査指針の考え
に捕らわれ,福島第一原発等で同様の事態が生じた際の全電源喪失
が発生する可能性について自ら再検討するという姿勢が不足してい
たこと,さらに,①追加対策によるコスト負担の増加,②設計基準
を超えた状態が発生する可能性があることを認めることによる設置
許可の取消しや長期運転停止の事態,③対策を実施することによる
負担増等への懸念から,調査姿勢が消極的であったことなどの問題
があったと,一審被告東電自らが本件事故後の「福島原子力事故の
総括および原子力安全改革プラン」(甲B17,以下「一審被告東電
総括書」という。)において指摘している。
(甲B17・13頁,甲B294,乙B175,429~435,4
37,証人f①38頁,証人f②42,56~59頁,弁論の全趣
旨)
台・馬鞍山原発外部電源喪失事故(2001年)
台湾の馬鞍山原子力発電所で,2001年(平成13年)3月1
8日,海からの濃霧等に起因した送電線絶縁劣化により2回線が停
止するという外部電源喪失事故が発生した。さらに,非常用DGが
2台起動失敗するという事象も重なったが,残った直流電源により
炉心冷却をしながら,共有できるDGを停止した系統につなぎ,2
時間で復旧した。
一審被告東電は,上記事故につき,「適切に点検・保守管理を行っ
ていることから,同様の事態が発生する可能性は極めて小さく,ま
た発生しても早期に対応可能」として検討を終了した。
原子力安全委員会及び保安院は,一審被告東電に対し,超高圧送
電線の塩害,遮断機の絶縁劣化や非常用DGの励磁制御回路の故障
など維持管理等の課題を踏まえ,検討・確認の指示をしたところ,
一審被告東電は,上記のように適切に点検・保守管理を行っている
ことを確認したと報告し,これが了承されたため,更に検討を深め
ることをしなかった。
一審被告東電による馬鞍山原発外部電源喪失事故に対する対応に
ついては,ルブレイエ原発溢水事故に対する対応と同様,事故が生
じた原因のみに着目し,全交流電源喪失が発生した場合の影響や,
採られた対策等に着目しなかったという問題点があり,調査姿勢が
消極的になった要因も,ルブレイエ原発溢水事故に関して指摘した
点と同様のことが考えられると,一審被告東電自らが本件事故後一
審被告東電総括書において指摘している。
(甲B17,乙B437)
印・マドラス原発溢水事故(2004年)
インドのマドラス原子力発電所は,2004年(平成16年)1
2月26日,スマトラ島沖地震によって発生した津波によって海水
ポンプが浸水した。海水ポンプを除いてはプラント被害がなく,I
NESレベル0とされた。
一審被告東電によるマドラス原発溢水事故に対する対応について
は,その被害の程度が低かったため注目せず検討の対象としなかっ
たこと,当時「原子力発電所の津波評価技術」による津波高さの評
価結果が十分保守性を有していると考えていたため直ちに対策を実
施せず,長期的な対応としてポンプ・モーターの水密化の検討に取
り組んでいたのみであったことなどの問題があった,本来は,上記
事故については海水ポンプの機能喪失という原因のみへの対策では
なく,最終ヒートシンクの喪失という結果への対策という観点から
着目すべき事故であったと,一審被告東電自らが本件事故後一審被
告東電総括書において指摘している。
(甲B17,乙B436,437)
本件事故後の一審被告東電による振返り
一審被告東電は,平成28年,福島第一原発とは別の原発の審査
資料として配布した「根本原因分析図」と題するチャート図におい
の自身の取扱いについて,一審被告東電総括書における前示の指摘
に加えて,以下のとおり問題点を整理した。
ルブレイエ原発溢水事故及び馬鞍山原発外部電源喪失事故につい
ては,日本では長時間のSBOが発生する確率が十分に低いという
安全審査指針の考えに固執していたことに加えて,規制当局の判断
に満足していた結果,自ら課題を設定し,解決するという安全意識,
技術力が不足していたこと,調査姿勢が消極的だった要因としては,
発生原因の分析を重視し有効な対策等に関する結果を踏まえた検討
が弱いことや,海外設備は設備故障率が高く,日本の設備の方が優
れているとの思い込みがあったことなども挙げられること,マドラ
ス原発溢水事故については,そもそも検討対象として扱わなかった
原因として,結果が重大ではなかったことに加えて,担当者の調査
件数が多く(年間1000~1500件),作業が滞りがちであり,
十分な検討に至らなかったというマンパワー不足の問題や,内的事
象に比べて外的事象に対して深い検討ができておらず,情報の検討
手順が教訓を拾い上げにくいプロセスであったという問題も挙げら
れることなどが指摘できるとして,結局,根源的には,原子力では
継続的に安全性を高めることが重要であるとの認識が不足しており
重要な経営課題と設定しマネジメントされることがなかったのでは
ないか,と総括されている。
(甲B17,乙B437)
3本件事故前における各国の原子力発電所における水密化
アメリカのブラウンズフェリー原子力発電所やスイスのミューレブ
ルク原子力発電所では,主要建屋や重要機器室の水密化が本件事故前
から実施されていた。
4溢水勉強会
溢水勉強会に係る事実については,おおむね原判決第3章第3の4
あり,当裁判所において追加・補正した上で,以下のとおり認定する。
概要
心が高まり,おおむね以下の経緯により溢水勉強会が設置された。
保安院は,平成17年12月14日,一審被告東電の津波ハザー
ド,建屋フラジリティ及びシステム解析の各担当者を呼び,JNE
S(独立行政法人原子力安全基盤機構)の担当者同席の下,津波評
価技術に関して打合せを行った。保安院及びJNESは,一審被告
東電担当者に対し,津波によって施設内のポンプ等が浸水した場合
にどういう事態になるのか,何か対策をしておくべきなのかに関す
る説明ができないことについて,保安院上層部は不安感を抱いてい
るため,この点を早急に検討したいと考えている旨説明した。これ
に対し,一審被告東電は,現在,電力共通研究として,津波PSA
手法(津波ハザード,建屋フラジリティ及びシステム解析)の整備
を進めており,平成20年度までに研究結果をまとめる予定である,
この手法を採らずに浸水した場合の事態を想定してシステム解析す
ることはある程度の期間で可能だが,そのような事態になり得る可
能性を合わせて評価しなければ対策計画等の判断基準にはならない
のではないか,と消極的な反応を示したものの,保安院から,津波
PSA手法とは別に,当面の対象として福島第一原発及び福島第二
原発を例に取って,設計波高を超えた場合に施設がどうなるのか,
その脆弱性を概算で良いので把握したい,保安院,JNES及び電
気事業者で集まり,定期的な状況報告会を開いてはどうか,平成1
8年6月までに保安院内部で進捗報告できるものをまとめてもらい
たいなどと更に伝え,JNESと電気事業者とで連絡を取り合って
検討を進めることとされた(乙B412)。
その結果,保安院とJNESは,両者が主体で,電気事業者(一
審被告東電を含む。),電事連,原子力技術協会及びメーカーがオブ
ザーバーで参加する形で,「内部溢水,外部溢水勉強会」(溢水勉強
会)を発足させることとなり,平成18年1月30日,第1回が開
かれ,平成19年3月まで,合計10回にわたる議論を経て,平成
19年4月,「溢水勉強会の調査結果について」を取りまとめた。
平成18年5月11日第3回溢水勉強会
平成18年5月11日の第3回溢水勉強会において,一審被告東
電は,代表プラントとして選定された福島第一原発5号機について,
O.P.+14m(5号機の敷地高さO.P.+13.0m+1m)
及びO.P.+10m(上記仮定水位O.P.+14mと設計水位
O.P.+5.6mの中間)の津波を仮定し,仮定水位の継続時間は
考慮しないで(無限時間継続するものと仮定して)機器影響評価を
行ったところ,①O.P.+10m,O.P.+14mの両ケース共
に非常用海水ポンプ(敷地レベルよりも低い取水エリアレベル(O.
P.+4mの屋外に設置)が津波により使用不能な状態となること,
②津波水位O.P.+10mの場合には建屋への浸水はないと考え
られることから,建屋内の機器への影響はないが,津波水位O.P.
+14mの場合は,タービン建屋大物搬入口,サービス建屋入口か
ら流入すると仮定した場合,タービン建屋の各エリアに浸水し,電
源設備の機能を喪失する可能性があること,③津波水位O.P.+
14mのケースでは,浸水による電源の喪失に伴い,原子炉安全停
止に関わる電動機,弁等の動的機器が機能を喪失すること,が確認
された(甲B11の1,乙B253)。
平成18年5月25日第4回溢水勉強会及びマイアミ論文
平成18年5月25日の第4回溢水勉強会において,一審被告東
電は,「確率論的津波ハザード解析による試計算について」を報告し
た。
一審被告東電のbほか4人は,平成18年7月17日から同月2
0日まで米国フロリダ州マイアミで開催された第14回原子力工学
国際会議(ICONE-14)において,上記の第4回溢水勉強会
での報告を発展させた「日本における確率論的津波ハザード解析法
の開発」(マイアミ論文)を発表した。
マイアミ論文は,既往津波が確認されていない「JTT2」と呼
ばれる領域(福島県沖日本海溝沿い領域はここに含まれる。)におい
ても津波地震が発生するという仮定(そこでは,JTT系列はいず
れも似通った沈み込み状態に沿って位置しているため,日本海溝沿
いの全てのJTT系列において津波地震が発生すると仮定しても良
いのかもしれない,とされている。)と,既往津波のあるJTT1(1
896年明治三陸津波),JTT3(1677年延宝房総沖津波)で
のみ発生するという仮定(そこでは,JTT2では既往津波が確認
されていないことから,津波地震はJTT1とJTT3のみで発生
すると仮定しても良いのかもしれない,とされている。)の双方をロ
ジックツリーで考慮し,確率論的津波ハザード解析(PTHA)の
手法を適用し,例として用いる福島の地点における津波ハザード曲
線を評価したところ,不確かさ0.05,0.50では,「長期:近
地(東北地方沿岸の主に大津波を起こした歴史的な大地震の断層モ
デルから区分したJTT系列,JTNR系列,JTS1,JTN2
及びJTN3を波源域として考慮。以下同じ。)+遠地(環太平洋の
遠地のうち,津波発生時に東北地方沿岸での影響が顕著な地点を区
分した,南アメリカ大陸の西海岸の3つの波源域。以下同じ。)」,「長
期:近地」及び「長期:遠地」のいずれにおいても津波高さ10.0
mの津波の確率は1.0E-07(1000万年に1度)に達せず,
不確かさ0.95では,「長期:近地+遠地」及び「長期:近地」で
いずれも津波高さ10.0mを超える津波の確率は,1.0E-0
4(1万年に1度)と1.0E-05(10万年に1度)のほぼ中
間,不確かさの平均(全ハザード曲線の期待値)では,「長期:近地
+遠地」及び「長期:近地」でいずれも津波高さ10.0mを超える
津波の確率は,1.0E-05(10万年に1度)と1.0E-06
(100万年に1度)の間でやや前者寄りであった。また,長期の
確率レベルと今後50年の確率レベルは,今回例として用いた地点
においてはほぼ等しかった。なお,津波高さの中央値は,いずれの
場合も5mを超えていない。(甲B10の2)
上記のマイアミ論文の津波ハザード評価の地点は福島第一原発1
~4号機のものではないところ,前記b作成に係る平成29年1月
付けの意見書によれば,福島第一原発1~4号機における津波ハザ
ード曲線(波源をどこに置いたかは不明である。)によれば,不確か
さの平均で,津波高さO.P.+10.0mを超える津波の確率は,
1~4号機でいずれも1.0E-05(10万年に1度)と1.0
E-06(100万年に1度)の間であるが,前者にほぼ近い数値
である。(丙B71)
なお,マイアミ論文のロジックツリーの重み設定は,地震・津波
の専門家でない土木学会委員・幹事の意見も多く含んで設定された
ものであった。
平成19年4月調査結果報告書
最終的に平成19年4月に取りまとめられた「溢水勉強会の調査
結果について」(甲B11の2)においては,検討事項として,実用
発電用原子炉については,設置許可段階では溢水に関する設計基準
として安全設計審査指針及び技術基準に規定があるが(もっとも,
溢水に対する規制要求を明確化するため,技術基準の該当条項(第
8条)に機能要求事項の規定を追加することが必要。),設置許可に
続く後段規制(工事計画認可及び使用前検査,保安規定認可,保安
検査,定期検査)には規定がないため,溢水に関する安全規制をど
の規制手段に当てはめるか,技術基準の解釈(審査基準)及び規制
要求として民間規格(溢水対策設計指針)の整備等が必要であると
された。
そして,耐震設計審査指針の改訂に伴い地震随伴事象として津波
評価を行うことから,外部溢水に係る津波の対応は耐震バックチェ
ックに委ねることとしつつ,溢水に対する規制について,保安院,
JNES及びオブザーバーとして電気事業者等からなる溢水ワーキ
ングチームを立ち上げ,平成19年4月以降,要検討事項とされた
上記の技術基準解釈案の作成,後段規制の在り方検討,民間規格案
作成等について引き続き検討することとされた。
(甲B11の2)
5衆議院における質疑
6行目)までのとおりであり,当裁判所において追加・補正した上で,
以下のとおり認定する。
平成18年3月1日の第164回国会衆議院予算委員会第7分科会
において,吉井英勝衆議院議員(日本共産党)は,津波のうち,押し波
による被害だけではなく,引き波による被害にも注目すべきである,
福島第一原発では,基準水面から4m水位が下がると冷却水を取水す
ることができなくなる事態が想定されるのではないか,大規模地震や
津波の影響によって冷却ポンプの機能が失われれば崩壊熱が除去でき
なくなり,炉心溶融,水蒸気爆発,水素爆発といったチェルノブイリ
原発事故に近い最悪の事態を想定して対策を採る必要があるのではな
いか等の趣旨の質問を行った。
また,平成18年10月27日の第165回国会衆議院内閣委員会
において,同議員は,原子力安全委員会委員長に対し,日本の原発の
約6割が,内部電源についてバックアップ電源の系列が2系列しかな
いところ,仮に内部電源に事故が発生した場合,ディーゼル発電機等
が働かなくなり機器冷却系等が機能しなくなったら崩壊熱除去ができ
なくなる旨を指摘した上,このような事態についての審査状況等につ
いて質問を行った。(甲B138)
6本件事故後の国内の原発における水密化
本件事故後には,柏崎刈羽原子力発電所,福島第二原発,大飯原子
力発電所,東海第二原子力発電所,浜岡原子力発電所等の原子力発電
所で,主要建屋や重要機器室の水密化が津波対策として実施されてい
る。
第3節一審被告東電の損害賠償責任
第1一般不法行為に基づく請求の可否について
1当裁判所の判断
当裁判所も,原判決と同様に,本件事故による損害について,民法
709条に基づく一般不法行為による損害賠償を求める一審原告の主
位的請求は理由がないと判断する。その理由は,後記2のとおり当審
における一審原告らの主張に対する判断を加えるほかは,原判決第3
章第4の1(144頁2行目~145頁24行目)のとおりであるか
ら,これを引用する。
2当審における一審原告らの主張に対する判断
一審原告らは,原賠法3条1項に基づく損害賠償請求権と一般不法
行為法に基づく損害賠償請求権は,請求権が競合しているにすぎない
のだから,どちらの請求権に基づき損害賠償請求するかは被害者の選
択に委ねられているとする。そして,仮に被害者が一般不法行為法に
基づき損害賠償請求を行ったとしても,原子力事業者には原賠法3条
1項に基づく損害賠償責任も発生しているのであるから,当該損害に
ついて軽過失しかない第三者に求償することは原賠法5条に基づき許
されないと解すべきであり,これが可能となってしまう不都合はない
旨主張する。
しかしながら,原賠法5条1項は,「(原賠法)第3条の場合」にお
いて,「(原賠法3条の)規定により損害を賠償した原子力事業者は」
故意により損害を生じさせた自然人に対して求償権を有すると規定し
ているのであるから,一般不法行為法に基づき損害を賠償した原子力
事業者には適用がなく,その場合は軽過失しかない第三者に求償でき
ることになると読むのが自然な解釈であって,一審原告らの上記主張
は失当である。
また,一審原告らは,「東日本大震災における原子力発電所の事故に
より生じた原子力損害に係る早期かつ確実な賠償を実現するための措
置及び当該原子力損害に係る賠償請求権の消滅時効の特例に関する法
律」(平成25年12月11日法律第97号,以下「時効特例法」とい
う。)が対象とする「特定原子力損害」が原賠法3条1項の規定により
賠償責任を負う損害を指していることは明らかであるとしつつも,上
記の請求権競合の考え方からすれば,一般不法行為法に基づく損害賠
償請求権にも時効特例法は適用されると主張するが,同法の文言から
は無理のある解釈といわざるを得ない。
一審原告らは,さらに,一般不法行為法に基づいて損害賠償金を支
払った加害者が自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)15
条に基づく加害者請求をすることができるとされていることや,独占
禁止法25条において違反行為者の無過失責任が定められているのに
一般不法行為法に基づく損害賠償請求も認められていること(最高裁
昭和47年11月16日判決・民集26巻9号157頁)などは,一
般不法行為法による損害賠償請求権は私人に当然に付与され,明文の
規定なしにその権利を奪うべきではないという私法上の大原則に基づ
くものであるから,原賠法3条1項の場合も上記各法律と同様に解す
べきであると主張する。
しかしながら,一審原告らが参照すべきものとして挙げている自賠
法15条に基づく加害者請求は,元々,生命又は身体を害した場合に
限定して認められている自賠法3条による支払をした場合に限られず,
一般不法行為法に基づく損害賠償請求に対して支払をした場合も含め
て加害者請求することができることとされている。また,独占禁止法
25条による特別な損害賠償請求の制度は,同法による禁止事項の全
てに関して設けられているものではないことから,同条に掲げられた
禁止事項以外の事項に違反した場合の一般不法行為法に基づく損害賠
償請求を排除していない。したがって,上記各法律は,いずれも,一
般不法行為法に基づく損害賠償請求をする場面が当然に予定されてい
るといえるのに対し,原賠法の原子力損害賠償責任に係る規定は,原
子力事業者にその1次的な賠償責任(無過失責任)を集中させ(3条,
4条1項),第三者への求償を制限するなどし(5条),時効特例法も
原賠法のみを想定した文言で規定するなどしており,これらの規定を
通覧すれば,原賠法は,「原子炉の運転等の際,当該原子炉の運転等に
より原子力損害を与えた」(3条1項)場合については全て同法へ取り
込み,一般不法行為法に基づく損害賠償請求をする場面は全く予定し
ていないと解するのが相当である。
したがって,原賠法3条1項は,一般不法行為法の特則であって,
同項が適用される場合には,民法上の不法行為責任の規定は排除され
ると解するのが相当であるから,一審原告らの主張は理由がない。
もっとも,本訴において,一審原告らは,本件事故は一審被告東電
の重大な過失ないし強い非難に値する過失により発生したものであり,
そのことは慰謝料の算定に際して十分に考慮されるべきであると主張
している上,一審被告国の責任原因として一審原告らが主張している
一審被告国の規制権限不行使の違法性を判断するためには,その前提
として,一審被告東電に予見義務違反に裏付けられた結果予見可能性
及び結果回避可能性を前提とする結果回避義務違反(以下「一審被告
東電の義務違反」という。)があったために本件事故が発生したといえ
るかどうかが問題となると解される。
したがって,以下では,一審被告東電の義務違反について判断した
上で(後記第2),その判断を前提として,一審被告国の国賠法上の責
任(後記第4節)及び損害論(後記第5節及び第6節)について判断
することとする。
第2一審被告東電の義務違反
1総論
一審被告東電は,本件事故の一連の経緯により,福島第一原発から
放射性物質を大量に大気中に放出させ,放射性物質による汚染水も大
量に海洋に放出させたことにより(前記第2章第2節第3の7),後記
第6節に認定した一審原告らの損害を発生させているため,「原子炉の
運転等の際,当該原子炉の運転等により原子力損害を与えた」という
べきであるから,一審原告らに対し,原賠法3条1項の責任を負って
いる(なお,本件津波は,同項ただし書の「異常に巨大な天変地異」に
は到底当たらない。)。
もっとも,上記第1のとおり,本訴においては,一審被告東電の義
務違反の有無及びその程度を判断する必要があるため,以下,検討す
ることとする。
2一審被告東電の負っていた義務
本件事故当時の一審被告東電に対する規制法令の概要
ア原子力基本法
本件事故以前,原子力基本法(平成16年法律第155号によ
る改正前の昭和30年法律第186号及び平成24年法律第47
号による改正前の昭和30年法律第186号)は,「原子力の研究,
開発及び利用を推進することによつて,将来におけるエネルギー
資源を確保し,学術の進歩と産業の振興とを図り,もつて人類社
会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与すること」を目的として
(1条),「原子力の研究,開発及び利用は,平和の目的に限り,
安全の確保を旨として,民主的な運営の下に,自主的にこれを行
うものとし,その成果を公開し,進んで国際協力に資するものと
する」(2条)という原子力利用の基本方針を定めていた。
本件事故後,平成24年法律第47号による改正により,2条
2項に「前項の安全の確保については,確立された国際的な基準
を踏まえ,国民の生命,健康及び財産の保護,環境の保全並びに
我が国の安全保障に資することを目的として,行うものとする。」
とする規定が追加されたが,上記改正前においても,原子力の利
用は「安全の確保」を旨として行うこととされていた以上,国民
の生命,健康及び財産の保護は当然に同法の目的とされ,我が国
における原子力政策の基本とされていたものといえる。
イ炉規法
本件事故以前,原子力発電所の設置については,炉規法(「核原
料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」。平成14年
法律第178号による改正前の昭和32年法律第166号,平成
18年法律第50号による改正前の昭和32年法律第166号及
び平成23年法律第74号による改正前の昭和32年法律第16
6号)が,「原子力基本法(昭和三十年法律第百八十六号)の精神
にのつとり,核原料物質,核燃料物質及び原子炉の利用が平和の
目的に限られ,かつ,これらの利用が計画的に行われることを確
保するとともに,これらによる災害を防止し,及び核燃料物質を
防護して,公共の安全を図るために,製錬,加工,貯蔵,再処理及
び廃棄の事業並びに原子炉の設置及び運転等に関する必要な規制
等を行うほか,原子力の研究,開発及び利用に関する条約その他
の国際約束を実施するために,国際規制物資の使用等に関する必
要な規制等を行うこと」を目的として(1条。なお,平成19年
法律第84号による改正以後は「規制等」が「規制」と改められ
た。),実用発電用原子炉の設置には経済産業大臣の許可を必要と
すること(23条1項1号),経済産業大臣は,実用発電用原子炉
施設の位置,構造及び設備が核燃料物質,核燃料物質によって汚
染された物又は同原子炉による災害の防止上支障がないものであ
ることが認められるときでなければ,上記許可をしてはならない
こと(24条1項4号),実用発電用原子炉設置者は,保安規定を
定め,同原子炉の運転開始前に,経済産業大臣の認可を受けなけ
ればならず(37条1項),経済産業大臣は,保安規定が核燃料物
質,核燃料物質によって汚染された物又は同原子炉による災害の
防止上十分でないと認めるときは,上記認可をしてはならないこ
と(同条2項)などを定めていた。
本件事故後,平成25年法律第82号による改正により,炉規
法の目的が「原子力施設において重大な事故が生じた場合に放射
性物質が異常な水準で当該原子力施設を設置する工場又は事業所
の外へ放出されることその他の核原料物質,核燃料物質及び原子
炉による災害を防止し,及び核燃料物質を防護して,公共の安全
を図るために,製錬,加工,貯蔵,再処理及び廃棄の事業並びに
原子炉の設置及び運転等に関し,大規模な自然災害及びテロリズ
ムその他の犯罪行為の発生も想定した必要な規制を行うほか,原
子力の研究,開発及び利用に関する条約その他の国際約束を実施
するために,国際規制物資の使用等に関する必要な規制を行い,
もつて国民の生命,健康及び財産の保護,環境の保全並びに我が
国の安全保障に資することを目的とする」(1条)ものであること
が明確にされているが,上記改正前においても,原子力災害を防
止して「公共の安全を図る」こと,すなわち国民の生命,健康及
び財産の保護を図ることは当然に炉規法の目的とされていたもの
といえる。
ウ電気事業法
設置許可がなされた後における電気事業の用に供する原子力発
電所の運転については,本件事故当時まで,炉規法(平成25年
法律第82号による改正前のもの)73条により同法27条から
29条までの適用が除外され,電気事業法(平成24年法律第4
7号による改正前の昭和39年法律第170号)による規制が行
われていた。
電気事業法は,「電気事業の運営を適正かつ合理的ならしめるこ
とによつて,電気の使用者の利益を保護し,及び電気事業の健全
な発達を図るとともに,電気工作物の工事,維持及び運用を規制
することによつて,公共の安全を確保し,及び環境の保全を図る
こと」を目的として(1条),①事業用電気工作物を設置する者は,
事業用電気工作物を経済産業省令(後記省令62号)で定める技
術基準に適合するように維持しなければならないこと(39条1
項),その技術基準を定める経済産業省令においては,事業用電気
工作物は,人体に危害を及ぼし,又は物件に損傷を与えないよう
にすること(同条2項1号),②経済産業大臣は,事業用電気工作
物が同条1項の経済産業省令で定める技術基準に適合していない
と認めるときは,事業用電気工作物を設置する者に対し,その技
術基準に適合するように事業用電気工作物を修理し,改造し,若
しくは移転し,若しくはその使用を一時停止すべきことを命じ,
又はその使用を制限することができること(技術基準適合命令,
40条),③経済産業大臣は,事業用電気工作物の設置又は変更の
工事に係る認可,同工事終了後使用前の検査,輸入した核燃料物
質の検査,発電用ボイラー等公共の安全の確保上特に重要なもの
についての定期検査等を実施し(47条1項及び2項,49条1
項,50条の2第3項,51条1項及び3項,52条3項,54
条1項並びに55条4項),四半期ごとにその実施状況等を原子力
安全委員会に報告し,必要があると認めるときは,その意見を聴
いて,原子力発電工作物に係る保安の確保のために必要な措置を
講ずること(107条の3,ただし,平成14年法律第178号
による改正後),④経済産業大臣は,技術基準適合命令を発するた
めに必要な限度において,政令で定めるところにより,原子力を
原動力とする発電用の電気工作物(原子力発電工作物)を設置す
る者に対し,同原子力発電工作物の保安に係る業務の状況に関し
報告又は資料の提出をさせたり,経済産業省の職員をして,原子
力発電工作物を設置する者等の事業場に立ち入り,原子力発電工
作物等の物件を検査させたりすることができること(106条,
107条),⑤技術基準適合命令等に違反した者は,3年以下の懲
役若しくは300万円以下の罰金に処し,又はこれを併科するこ
と(116条2号),その場合,法人には3億円以下の罰金に処す
ること(121条1号,ただし,平成14年法律第178号によ
る改正前は,技術基準適合命令等に違反した者は,300万円以
下の罰金(118条7号,法人にも罰金(121条)))などを定
めていた。
本件事故後,平成25年法律第82号による改正により,炉規
法の73条(適用除外規定)が削除される代わりに,同法内に新
たに発電用原子炉の設置,運転等に関する規制に係る規定が設け
られ(第四章第二節),従前電気事業法によって定められていた上
記規制のうち,①(技術基準適合維持義務)は炉規法43条の3
の14に(ただし,経済産業省令ではなく原子力規制委員会規則
(後記平成25年原子力規制委員会規則第6号「実用発電用原子
炉及びその附属施設の技術基準に関する規則」)で定める技術基準
とされた。),②(技術基準適合命令)は同法43条の3の23第
1項に(ただし,経済産業大臣ではなく原子力規制委員会の権限
とされた上で,「発電用原子炉施設の位置,構造及び設備が核燃料
物質若しくは核燃料物質によって汚染された物又は発電用原子炉
による災害の防止上支障がないものとして原子力規制委員会規則
で定める基準に適合するものであること」との基本設計に係る安
全性について定めた設置許可基準(同法43条の3の6第1項4
号)に適合していないと認めるときにも発電用原子炉の使用停止,
改造,修理又は移転等の命令を発することができることとされ
た。),③(認可,定期検査等の実施及び原子力安全委員会への報
告等)は同法43条の3の9等に(ただし,認可,定期検査等は
経済産業大臣ではなく原子力規制委員会の権限とされた。),④(報
告徴収,立入検査等)は同法67条,68条に,⑤(罰則)は同法
78条8号の2に(ただし,1年以下の懲役若しくは100万円
以下の罰金又は併科,法人にも罰金(81条2号)。),それぞれお
おむね同様の内容で引き継がれた。
したがって,福島第一原発のような発電用原子炉については,
本件事故の前後(平成25年法律第82号による炉規法改正の前
後)を通じて,原子力基本法や炉規法が目的として掲げる国民の
生命,健康及び財産の保護を図るために,経済産業大臣(上記改
正後は原子力規制委員会)に対し大きな権限を与えて,国民の生
命,健康及び財産に対し危害が及ぶことなどがないように厳重に
規制するという法的構造であったといえる。
エ省令62号
本件事故以前,電気事業法39条1項による委任に基づき,省
令62号(昭和40年通商産業省令第62号「発電用原子力設備
に関する技術基準を定める省令」)4条1項は,技術基準として,
平成14年頃においては,「原子炉施設並びに一次冷却材又は二次
冷却材により駆動される蒸気タービン及びその附属設備が地すべ
り,断層,なだれ,洪水,津波又は高潮,基礎地盤の不同沈下等に
より損傷を受けるおそれがある場合は,防護施設の設置,基礎地
盤の改良その他の適切な措置を講じなければならない。」と(平成
15年経済産業省令第102号による改正前),平成18年頃にお
いては,「原子炉施設並びに一次冷却材又は二次冷却材により駆動
される蒸気タービン及びその附属設備が想定される自然現象(地
すべり,断層,なだれ,洪水,津波,高潮,基礎地盤の不同沈下等
をいう。ただし,地震を除く。)により原子炉の安全性を損なうお
それがある場合は,防護措置,基礎地盤の改良その他の適切な措
置を講じなければならない。」と(平成20年経済産業省令第12
号による改正前)定めており,いずれも,発電用原子炉を含む事
業用電気工作物について,津波等による損傷によって安全性を損
なうことがない技術基準を設定していた。なお,同項の「適切な
措置を講じなければならない」とは,供用中における運転管理等
の運用上の措置を含むと解釈することとされ,同条は,耐震性の
要求は別途されるとして,想定される自然災害又は外部からの人
為的災害により原子炉の安全性を損なうおそれのある場合に,適
切な措置を講ずることを求めたものであると解説されていた(甲
A6)。
本件事故後,平成23年経済産業省令第53号による改正によ
り,同省令5条の2に「津波による損傷の防止」として,「原子炉
施設並びに一次冷却材又は二次冷却材により駆動される蒸気ター
ビン及びその附属設備が,想定される津波により原子炉の安全性
を損なわないよう,防護措置その他の適切な措置を講じなければ
ならない。」及び「津波によって交流電源を供給する全ての設備,
海水を使用して原子炉施設を冷却する全ての設備及び使用済燃料
貯蔵槽を冷却する全ての設備の機能が喪失した場合においても直
ちにその機能を復旧できるよう,その機能を代替する設備の確保
その他の適切な措置を講じなければならない。」との基準が追加さ
れるなどし,さらに,平成25年6月28日には,津波による損
傷の防止のための基準も含んだ技術基準規則(平成25年原子力
規制委員会規則第6号「実用発電用原子炉及びその附属施設の技
術基準に関する規則」)が制定され,前記の平成25年法律第82
号による炉規法改正により,以後は,発電用原子炉に適用すべき
技術基準の内容は同規則に引き継がれることとなった。
したがって,本件事故の前後を通じて,発電用原子炉について
適用されるべき技術基準には,供用中も含めて,津波による損傷
を防止する措置を講じるべきことを定めていたといえる。
原子力発電所の有する危険性
福島第一原発の採用していた軽水炉は,核分裂の過程において熱
エネルギーを放出するウラン235等の核燃料物質を燃料として使
用する装置であり(前記第2章第2節第2の2),その稼働により,
を発生させるものであって,原子力発電所の安全性が確保されず,
ひとたび設備の損傷等により事故が発生すると,人体等に有害な放
射性物質が発電所の内外に漏出して,当該原子炉施設の従業員やそ
の周辺住民等の生命,身体に重大な危害を及ぼすとともに,周辺の
環境を放射能によって汚染し,避難等に伴って住民の生活やコミュ
ニティを破壊するのであり,さらに,放射性物質が極めて長期にわ
たって漏出した場所に残存することから,生活やコミュニティの再
構築を著しく困難にさせるといった,深刻な災害を引き起こすおそ
れがあるものである。
一審被告東電の義務内容
等を踏まえ,原子力発電所が引き起こすおそれのある重大な事故及
びそれによる深刻な災害を万が一にも起こさないようにするための
ものであると解されることなどからすれば,原子力事業者である一
審被告東電は,福島第一原発を設置,稼働するに当たり,少なくと
も,同原発周辺に居住しその事故等がもたらす災害により直接的か
つ重大な被害を受けることが想定される範囲の住民との間で,原子
力発電所による重大な事故及びそれによる深刻な災害を起こして,
当該住民の生命・身体,財産,平穏に生活する権利等を侵害しない
ようにするべく,原子力発電所の安全性を維持する義務を負ってい
たというべきである。(最高裁平成4年10月29日第一小法廷判
決・民集46巻7号1174頁[伊方原発訴訟],最高裁判所平成4
年9月22日第三小法廷判決・民集46巻6号571頁[もんじゅ
H4訴訟])
3津波に対する予見義務
平成14年当時の省令62号4条1項にいう「津波…により損傷を
受けるおそれがある」の意義は,設置許可基準である平成13年安全
設計審査指針の指針2第2項「安全機能を有する構築物,系統及び機
器は,地震以外の想定される自然現象によって原子炉施設の安全性が
損なわれない設計であること。重要度の特に高い安全機能を有する構
築物,系統及び機器は,予想される自然現象のうち最も苛酷と考えら
れる条件,又は自然力に事故荷重を適切に組み合わせた場合を想定し
た設計であること。」と整合的に解釈されていた。そして,この「自然
現象のうち最も苛酷と考えられる条件」とは,「対象となる自然現象に
対応して,過去の記録の信頼性を考慮の上,少なくともこれを下回ら
ない苛酷なものであって,かつ,統計的に妥当とみなされるもの」を
いうと解釈されていた。
上記のような平成13年安全設計審査指針の指針2の解釈は,省令
62号4条1項にいう「津波…により損傷を受けるおそれがある」の
解釈としても妥当なものとして是認できるところ,上記解釈によって
も,「予想される自然現象のうち最も苛酷と考えられる条件」として想
定すべき津波は,既往最大の津波に限られるものではなく,合理的な
根拠に基づいて「予想」され,「統計的に妥当とみなされる」津波であ
れば,既往最大の津波を超える規模の津波であっても「予想される自
然現象のうち最も苛酷と考えられる条件」の津波として安全対策が要
求されていたものということができる(「少なくともこれを下回らない」
との文言も,想定津波が既往最大の津波よりも大きくなり得ることを
前提とした文言といえる。)。
したがって,一審被告東電は,「津波により損傷を受けるおそれがあ
る」福島第一原発について,津波に関する科学的知見を継続的に収集
し,「予想される自然現象のうち最も苛酷と考えられる条件」として合
理的に想定される津波については,これを予見すべき義務があったと
いうべきである。
4予見可能性の対象
一審原告らは,本件において一審被告らの責任を判断する際の予見
可能性の対象としては,福島第一原発1~4号機の主要建屋の敷地高
さ(O.P.+10m)を超える津波(以下,単に「O.P.+10m
を超える津波」ともいう。)の到来という事象で足りると主張するのに
対し,一審被告らは,本件津波と同程度の津波の到来についての予見
可能性が必要であると主張する。
しかし,本件事故は,前示のとおり,本件津波が,1~4号機の主
要建屋敷地高さ(O.P.+10m)を超えて遡上し,1~4号機海側
エリア及び主要建屋設置エリアがほぼ全域冠水するなどしたことによ
り,1~4号機全てにおいて全電源喪失に陥ったというものであると
ころ(前記第2章第2節第3),予見可能性は,結果回避措置を採るこ
とを法的に求める前提となるものであるから,予見可能性の対象は,
このような1~4号機について全電源喪失を招くような津波というべ
きである。しかるに,前示のとおり1~4号機の主要建屋の敷地高(O.
P.+10m),非常用海水ポンプの設置場所(O.P.+4mの屋外),
及び配電盤の設置場所(O.P.-0.3m~+10.2m)(前記第2
章第2節第2の3)に加え,一審被告東電自身も主張するとおり,当
時は外部溢水対策として,ドライサイトの維持が基本的な考え方であ
ったため,津波がO.P.+10mを超えて福島第一原発の敷地内に
浸水した場合に備えた水密化等の対策は採られていなかったことなど
によれば,福島第一原発に到来する津波がO.P.+10mさえ超え
れば,1~4号機について全電源喪失に至る現実的危険性があったし,
一審被告東電はそのことを当然に知り得る立場にあったといえる(前
記から,一審被告東電としては,O.P.+1
0mを超える津波の到来を予見できた場合には,そのような津波が到
来しても全電源喪失に至らないような結果回避措置を採るべき法的義
務があったというべきである。
したがって,一審被告東電の義務違反を判断する際の予見可能性の
対象は,O.P.+10mを超える津波の到来というべきである。
5一審被告東電の予見可能性
前記認定事実(前記第2節)によれば,一審被告東電は,以下の理
由により,遅くとも,「長期評価」が公表された平成14年7月31日
から相当の期間を経た平成14年末頃までには,O.P.+10mを
超える津波の到来を予見することが可能であったというべきである。
「長期評価」が公表された平成14年までには,以下のとおり,津
波や,津波地震に係る知見が積み重ねられていた。①プレート間地震
による津波は,近代的観測が可能になった以降に限っても,明治三陸
地震(1896年),アリューシャン地震(1946年),ニカラグア
地震(1992年),ジャワ地震(1994年),ペルー地震(1996
年)等が挙げられるところ,東日本に沿うように伸びている日本海溝
は,津波地震となる可能性が高いプレート間地震及びプレート内地震
(とりわけ巨大地震となり得る正断層地震)が断続的に起きる場所で
あることが知られていた。②多くの地震学者が「比較沈み込み学」仮
説に賛同し,1億2000万年よりも古い海のプレートである太平洋
プレートが沈み込んでいるマリアナ海溝などは固着が弱い分大規模地
震が発生しにくいとされ,日本海溝沿いの領域全般について,M9ク
ラスの地震が起こり得るとは考えられておらず,さらに,「比較沈み込
み学」を更に進展させたアスペリティモデルの考え方によれば,日本
海溝沿い領域のうち,北の宮城沖に比べて福島沖では固着が弱く,大
きな地震は起きないと考えられていたものの,福島県沖海溝沿い領域
でM8クラスの津波地震が起きるかどうかについては,福島県沖海溝
沿い領域を含む三陸沖北部から房総沖の海溝寄り領域のどこでも起こ
り得るという考えと,既往地震のあった特定領域でしか起こらないと
いう考えの両説があった状況であり,前者の説が「比較沈み込み学」
に反するとは考えられていなかった。③土木学会は,平成14年2月
の「津波評価技術」において,「地震は過去に発生したものが繰り返す
ものであり,過去に発生しなかった地震は将来にも起こらない」とす
る考え方を採用し,基本的には既往津波の痕跡高を説明できる基準断
層モデルを基準とした結果,福島県沖日本海溝沿い領域には波源の設
定領域を設けなかったのであるが,本来,ここでいう「過去に発生し
たもの」というのは,繰り返し間隔が非常に長いこともあるので少な
くとも数百年のスパンで考える必要があり,福島県沖海溝沿い領域で
津波地震が起きていないというのは東北地方の地震・津波が歴史記録
に残っている過去400年程度に限られたものにすぎないのであるか
ら,そのような現状では歴史地震の欠落状況を考慮しなければならず,
より安全寄りに既往津波の波源に限らず波源を設定し備えるという考
え方も十分に合理性を持っていた状況であった(甲B314)。④現に,
日本三大実録を除き正史にはほとんど記録が残されていない貞観津波
(896)について,地層の痕跡調査などが多くの専門家によって進
められていたところ,平成14年までに,慶長三陸地震(1611)
に匹敵するような大津波であったと思われるとする阿部ほか(199
0),津波の波源域は福島県北部沿岸沖までと推定され,その後100
0年以上もこの海域で津波が発生していないことは注目に値するとす
る渡邉(平成10年),津波の影響は福島県から宮城県まで70kmの
海岸線に及んだことや,M8.5によるシミュレーション結果が史実
の状況に非常に似ているなどとする今村・箕浦ほか(平成12年),大
規模津波の再来間隔(800~1100年)からすると,貞観津波の
ような大津波が仙台平野を襲う可能性は高いなどとする箕浦・今村(平
成13年),相馬市の松川浦付近で仙台平野と同様の堆積層を検出した
ことから,貞観津波の地震の規模はおよそM8.3,堆積作用は局地
的ではなく仙台平野から相馬市に及ぶ大規模なもので,海岸部に到達
した津波の波高は極めて大きかった可能性があることが明らかになっ
たなどとする菅原・箕浦・今村(平成13年),貞観津波はM8.2程
度であった可能性が高いとする箕浦・今村ほか(平成14年)などが
現れていたことからすれば,この時点ではまだ貞観津波についての知
見は研究途上であったとしても,たかだか400年程度の記録では到
底カバーできない過去に大地震や大津波が起きた可能性,ひいては既
往津波の波源に限定せずに波源を設定した上で安全に備える考え方の
合理性は,相当程度に高まっていた。⑤平成3年頃以降,津波地震は,
沈み込む海のプレートの表面に,プレートと一緒に沈み込むことがで
きずに堆積した厚い付加体が存在する特殊な海底構造を有する領域の
みで発生する特殊な地震であるという「付加体モデル」を提唱する専
門家も存在したが,一方で,ペルー地震(1960),ニカラグア地震
(1992)など,付加体が形成されていない領域でも過去に津波地
震が発生していることが今村論文(1993及び2003)等で明ら
かになっていたから,この時点で付加体の存在が津波地震の発生に必
要条件であるとはいえない状況であった。⑥日本海溝沿いの震源につ
いては,沖合の日本海溝寄りの領域と陸寄りの領域に分け,さらに陸
寄り領域は震源を幾つかの領域に分けていたところ,この領域の分け
方において,三陸沖から福島沖までを同一領域に位置付けるか否かや,
福島県沖海溝沿い領域でM8クラスの津波地震が発生するか否か等に
ついては,地震学者の間でも,これらを肯定する見解が通説となって
いたとまでは認められないが,逆に,これを否定する説が通説となっ
ていたとも認められず,地震学者の見解も分かれている状況であった。
⑦溢水事故により非常用電源を喪失することの危険性について参考と
すべき事故として,平成14年までにも,福島第一原発そのものによ
る平成3年溢水事故,ルブレイエ原発溢水事故(1999年),馬鞍山
原発外部電源喪失事故(2001年)等が起きていた。
以上のような津波や津波地震に係る知見,溢水事故の危険性とその
対策等に係る知見が積み重ねられていた中で,海溝型地震の発生可能
性について海域ごとに長期的な確率評価を行うこととされ文部科学省
に設置された地震調査研究推進本部(地震本部)地震調査委員会によ
り,日本海溝沿いのうち三陸沖から房総沖にかけての領域を対象とし
た「長期評価」が公表され,その中で,福島県沖海溝沿い領域を含む
「三陸沖北部から房総沖の海溝寄り」という南北800km程度の領
域を設定し,M8クラスのプレート間大地震が発生する確率は,この
領域で,今後30年以内の発生確率は20%程度,今後50年以内の
発生確率は30%と推定し,この領域の中の特定の海域での発生確率
については,今後30年以内の発生確率は6%程度,今後50年以内
の発生確率は9%程度と推定し,想定地震の規模は,Mt8.2前後
と推定したのであって,「津波評価技術」では波源を想定していなかっ
た福島県沖海溝沿い領域についても,今後30年に(特定海域として)
6%程度の確率で,Mt8.2前後の地震が起きる可能性があるとし
たものであった。
この「長期評価」は,一審被告国が平成7年の阪神・淡路大震災を
機に,地震防災対策の強化を図ることを目的として制定された地震防
災対策特別措置法(平成7年法律第111号)に基づき設置され,海
溝型地震の発生可能性について,海域ごとに長期的な確率評価を行っ
ていた国の公的機関である地震調査研究推進本部(地震本部)地震調
査委員会が作成,公表したもので,単なる一専門家の論文等とはその
性格や意義において大きく異なるものであったことは明らかであり,
そのことは,その発表直後に保安院が一審被告東電からヒアリングを
行い,その際に,福島沖から茨城沖も津波地震をシミュレーションす
るべきとの見解を示していたこと(前記第2節第3の2⑴)からも十
分にうかがわれるところである。
そして,実際には,一審被告東電は,「長期評価」の見解を踏まえた
津波地震のシミュレーションをすぐには実施しなかったものの,平成
20年2月26日,地震学者の今村文彦から,「福島県沖海溝沿いで
大地震が発生することは否定できないので,波源として考慮すべきで
ある」との見解(今村た
ことを切っ掛けに,子会社(東電設計)に試算を委託し,同年4月1
8日,「長期評価」の見解を踏まえ,福島県沖海溝沿い領域に明治三陸
地震の波源モデル(Mw8.3)を置き,「津波評価技術」の方法によ
る詳細パラメータスタディを行ったところ,最大,敷地南側(O.P.
+10m)でO.P.+15.707m(浸水深5.707m)との試
算結果(平成20年試算)に接した(前記第2節第3の2⑷)という
のであるから,仮に,「長期評価」が公表され,これを認識してから速
やかに平成20年試算と同様のシミュレーションを行ったとすれば,
遅くとも平成14年末頃までには平成20年試算結果で特定された津
波(以下「本件試算津波」ということがある。)と同等の津波が到来す
る可能性について認識することが可能であったと推認することができ
る(甲B314・35頁参照)。そして,本訴においては,「長期評価」
の見解から想定される津波を直接的・具体的に特定する証拠はないも
のの,平成20年試算は,東電設計において「長期評価」の見解を踏
まえ,福島県沖海溝沿い領域に明治三陸地震の波源モデルを置いて試
算されたものであり,そこで代入する波源モデルや波源の設定位置が
多少でも異なれば,シミュレーション結果の津波波高の数値や津波が
到来する方向に違いが出てくることとなると考えられるから,一審被
告東電が結果回避義務を尽くすために検討の対象とすべき想定津波は,
本件試算津波そのものではなく,個々のシミュレーションによって生
ずる誤差をも考慮した安全裕度を踏まえた,本件試算津波から一定の
幅を持った範囲の津波であると解すべきところ,前記4の一審被告東
電の義務違反を判断する際の予見可能性の対象であるO.P.+10
mを超える津波は,優にそのような範囲内に収まっているということ
ができる。
その安全性が確保さ
れないときは,当該原子炉施設の従業員やその周辺住民等の生命,身
体に重大な危害を及ぼし,周辺の環境を放射能によって汚染し,長期
にわたって住民の生活やコミュニティを破壊するなど,深刻な災害を
引き起こすおそれがある,極めて危険性の高いものであって,前記2
置,稼働するに当たり,同原発周辺に居住し,その事故等がもたらす
災害により直接的かつ重大な被害を受けることが想定される範囲の住
民との間で,原子力発電所による重大な事故及びそれによる深刻な災
害を起こして,当該住民の生命・身体,財産,平穏に生活する権利等
を侵害しないようにするべく,原子力発電所の安全性を維持する義務
を負っていたのであるから,上記のとおり重要な意義を有する国の機
関である地震本部から「長期評価」が公表された以上,一審被告東電
が上記予見可能な内容に係る予見義務を負ったとみることは酷とはい
えないし,本件においては,現に平成14年8月の時点で,保安院か
ら,福島沖から茨城沖も津波地震をシミュレーションするべきとの見
解が示されていたのであるから,一審被告東電が予見義務を免れない
ことは一層明らかである。
したがって,一審被告東電には,平成14年末頃までに,福島第一
原発1~4号機敷地において,O.P.+10mを超える津波の到来
について,予見義務に裏付けられた予見可能性があったと認めること
が相当である。
6本件事故発生を防止するために必要であった措置
前示(第2章第2節第2の2)のとおり,福島第一原発のような沸
騰水型軽水炉では,大地震や大津波に襲われたような非常時において,
直ちに核燃料の核分裂反応を抑制することが必要であるが(原子炉停
止機能),このように直ちに抑制しても,放射性物質の崩壊による発熱
は続くことから,燃料の破損を防止するために炉心の冷却を続けるこ
とが必須であり(原子炉冷却機能),仮にこの原子炉冷却機能まで喪失
した場合には,燃料が過熱され,水素を発生したり,炉心損傷に至っ
たりして,放射性物質を施設外へ放出することを防止する機能(格納
機能)さえ失い,周辺環境に多大な悪影響を及ぼすことになるのであ
るから,全ての予測される状態に対して,適切な炉心冷却装置を設け
る必要性が極めて高い。
しかるに,福島第一原発1~4号機では,原子炉冷却機能に係る設
備として,内部電源及び外部電源を喪失したような非常時に備えて,
非常用ディーゼル発電機による非常用電源設備が設置されていたとこ
ろ,この非常用電源設備は,上記のように極めて重要な役割を担って
おり,法令上も,省令62号4条1項により「津波により損傷を受け
るおそれ」がないものでなければならなかった上,一審被告東電にお
いて上記5のとおり福島第一原発1~4号機敷地においてO.P.+
10mを超える津波の到来を予見することができたのであるから,非
常用ディーゼル発電機8台の設置場所(O.P.+1.9~10.2
m,建屋内)や,そのうち水冷式6台の非常用海水ポンプの設置場所
(O.P.+4mの屋外に設置),さらには配電盤の設置場所(O.P.
-0.3m~+10.2m,建屋内)にも鑑みれば,津波に浸水するこ
とによりこれらの非常用電源設備が機能喪失することを防ぐ措置を採
ることが必須であったというべきである。
しかしながら,一審被告東電は,そのような措置を講じることなく,
漫然と平成23年3月11日を迎え,本件事故を起こすこととなった。
7一審被告東電の結果回避可能性
⑴結果回避可能性に係る主張立証責任等
本訴において,予見可能であった津波による被害を回避するため
の措置の合理性ひいては結果回避可能性を細部まで厳密に検討する
ためには,福島第一原発の詳細構造及び本件事故の詳細な経緯等に
係る資料が必要不可欠であると考えられるところ,これらの資料は
原子力事業者である一審被告東電(及びその安全規制者である一審
被告国)が専ら保持しているのであるから,結果回避措置の合理性
ひいては結果回避可能性について,一審原告らが細部まで厳密に主
張立証することはそもそも不可能に近いものである。
また,原子力発電所という高度に専門性があり最先端の知見に基
づいて管理運用されるべき設備の瑕疵により損害を被った者が,そ
の賠償を設備の設置・管理者に対して求めるという訴訟類型におけ
る主張立証責任の分配については,当事者間の衡平の観点に特に留
意する必要が高いというべきである(最高裁平成4年10月29日
第一小法廷判決・民集46巻7号1174頁[伊方原発訴訟]参照)。
そうだとすれば,本件では,予見可能であった(予見義務のある)
津波に関しては,原子力事業者である一審被告東電に対し,いかな
る結果回避措置が合理的であるかを特定し,当該措置を講じても本
件事故が回避不可能であったことを基礎付ける事実等,結果回避可
能性がなかったことを基礎付ける事実等を,相当の資料,根拠に基
づき主張立証することを求めることが,当事者間の衡平の観点から
相当であり,かかる主張立証が尽くされない場合には,結果を回避
することが可能であったのに結果回避措置を採らず,それにより本
件事故が発生したことが事実上推認されるとみることが相当である
とも考えられるが,仮にそこまではいえないとしても,少なくとも,
一審原告らにおいて,一定程度具体的に特定して結果回避措置につ
いての主張立証を果たした場合には,その具体化された措置が実施
できなかったこと,又はその措置を講じていても本件事故が回避不
可能であったこと等の,結果回避可能性を否定すべき事実を,一審
被告東電において,相当の根拠,資料に基づき主張立証する必要が
あり,一審被告東電がかかる主張立証を尽くさない場合には,結果
回避可能性があったことが事実上推認されるものとみることが相当
である。
⑵一審被告東電の結果回避可能性
本件において,一審原告らは,福島第一原発敷地高さを超える津
波に対する代表的な防護措置としては,防潮堤の設置,重要機器室
の水密化及びタービン建屋等の水密化があり,これらの措置がいず
れも講じられることが求められるが,防潮堤の設置には長期間を要
すること,原子炉施設においては万が一にも深刻な災害が起こらな
いようにする必要があることから,防潮堤の完成に先立ち重要機器
室及びタービン建屋等の水密化の措置が講じられるべきであるし,
これらの水密化がされた後においても更に防潮堤の設置によって多
重の防護が確保されるべきである(なお,重要機器室及びタービン
建屋等の水密化の完成までの間は暫定的な措置として使用の一時停
止(電気事業法40条参照)が検討されるべきである)と主張して
いるところ,これは上記の結果回避措置を一定程度具体化した主張
に当たるといえ,また,本件訴訟には,かかる主張に沿う証拠も相
当程度に提出されているといえるから,一審被告らにおいて,一審
原告らが主張する上記各措置が実施できなかったこと,又はこれら
の措置を講じていても本件事故が回避不可能であったこと等の,結
果回避可能性を否定すべき事実を,相当の根拠,資料に基づき主張
立証しない場合には,結果回避可能性があることが事実上推認され
るものとみることが相当であるというべきである。
しかるに,一審被告東電は,前示のとおり,平成14年末頃まで
には,O.P.+10mを超える津波の到来が予見可能であったに
もかかわらず,それから本件事故までの8年以上もの間,適切な結
果回避措置を採らなかったものであるところ,結果回避のために合
理的な措置を特定した上で当該措置を講じても本件事故という結果
を回避することが不可能であったことについて,具体的な主張立証
をしていない。また,一審原告らが主張する結果回避措置が実施で
きなかったこと又は実施しても本件事故が回避不可能であったこと
については,一審被告東電は,仮に平成20年試算に基づいて津波
対策を講じる場合,当時において唯一合理的であると考えられてい
たドライサイト理論からは,同試算において津波が遡上するとされ
た敷地南側及び敷地北側上に防潮堤を設置することによって敷地へ
の浸水を防ぐというのが合理的対策であるところ,そのような対策
では福島第一原発の敷地東側から到来した本件津波を防ぎ切れなか
ったと主張し,解析結果(丙B51)を提出する。しかし,一審被告
東電が主張するような防潮堤を設置することでは結果回避措置とし
て十分なものとはいえないというべきであるから,一審被告東電の
かかる主張は失当である(詳細は後に一審被告国の責任の部分にお
したがって,一審被告東電に結果回避可能性があったことが推認
されるというべきである。
8一審被告東電の義務違反の有無及び程度
以上によれば,一審被告東電には,遅くとも平成14年末頃までに
は,敷地高さを超える津波が福島第一原発に到来することを予見する
ことが可能であり,かつ,それに対して適切に合理的な回避措置を講
じていれば,本件津波による本件事故という結果を回避することが可
能であったのに,それを怠った結果,本件事故が発生したというべき
であって,一審被告東電には義務違反が認められる。
そして,この間における一審被告東電の対応をみると,まず,「長期
評価」が公表された直後である平成14年8月には,保安院のヒアリ
ングにおいて,担当官から,福島沖から茨城沖も津波地震をシミュレ
ーションするべきとの見解を示されたのに,一審被告東電担当者は,
福島県沖では有史以来津波地震が発生していないし,谷岡・佐竹論文
(1996)によると,津波地震は特定の領域や特定の条件下でのみ
発生する極めて特殊な地震であるという考え方が示されているなどと
して,同論文を示して約40分間にわたり抵抗し,担当官から,それ
では地震本部がどのような根拠に基づいて「長期評価」の見解を示し
たのかを確認するようにと指示されると,「長期評価」の策定に関与し
た学者の中から上記論文の共著者である佐竹健治ただ一人に問い合わ
せただけで,保安院に対し,佐竹委員に理由を聞いたところ,佐竹委
員は,分科会で異論を唱えたが,分科会としてはどこでも起こると考
えることになった,とのことであった,土木学会手法に基づいて決定
論的に検討すれば,福島沖から茨城沖には津波地震は想定しないこと
になるが,電力共通研究で実施する確率論ではそこで起こることを分
岐として扱うことはできるので,そのように対応したいと伝え,保安
院の了解を得たというのである(前記第2節第3の2⑴)。
しかしながら,かかる一審被告東電の対応は,保安院から求められ
た「長期評価」の見解の根拠を確認する手段として,「長期評価」作成
に際して海溝型分科会での議論に加わった,島崎邦彦,阿部勝征,安
藤雅孝,海野徳仁,笠原稔,菊地正幸,鷺谷威,佐竹健治,都司嘉宣,
野口伸一ら多数の地震学者の中から,上記ヒアリングにおいて「長期
評価」の見解に対する「抵抗」の根拠とした論文の共著者である佐竹
健治ただ一人に問い合わせただけで,同分科会の主査であった島崎邦
彦や「長期評価」においてその論文が引用されている阿部勝征,菊地
正幸,鷺谷威,都司嘉宣,野口伸一らには問い合わせなかったという
こと自体,恣意的で「長期評価」の見解の信頼性を正当に評価するた
めの調査としては適切さに欠けるものであったというべきである。ま
た,このとき問い合わせられた当の佐竹健治の回答は,上記谷岡・佐
竹論文がどこまで一般化できるかは分からない,同論文と「長期評価」
の見解のどちらが正しいか分からないというのが正直な答えである,
などというものであった(前記第2節
論を唱えたが,分科会としてはどこでも起こると考えることになった」
と報告したのでは,「長期評価」の見解の根拠を確認するようにという
本来の指示に応じたものとも佐竹健治の回答を正確に報告したものと
もいえないし,「土木学会手法に基づいて決定論的に検討すれば,福島
沖から茨城沖には津波地震は想定しないことになるが,電力共通研究
で実施する確率論ではそこで起こることを分岐として扱うことはでき
る」というのも,何故そのようなことになるのかの理由が不明である
といわざるを得ない。そもそも防災対策の要否を検討する際には,問
題となる事象が現実化する可能性の高さはもとより重要であるが,そ
れとともに当該事象が一旦現実化した場合の危険性がどのようなもの
であるかを知ることも重要であることは明らかであり,津波地震のシ
ミュレーションは正にその危険性を知るためには不可欠の第一歩であ
るから,仮に「確率論で分岐として扱う」ことが相当であったとして
も,上記シミュレーションを行わないことが正当化されるものではな
いというべきである。結局,以上のような一審被告東電の対応は,当
時の一審被告東電が,ヒアリングの当初から,「長期評価」の見解に基
づき福島第一原発に到来する津波について検討させられることをおそ
れ,保安院担当官から求められたシミュレーションの実施を何として
も回避しようとする意図に基づくものであったことが強くうかがわれ
るといわざるを得ない。
さらに,それから約6年後に,今村文彦見解を受けて平成20年試
算が行われその結果が判明した後においてすら,一審被告東電の担当
者は,①一審被告東電方針に係る平成20年7月頃の他の原子力事業
者に宛てたメールにおいて,「以上について有識者の理解を得る(決し
て,今後なんら対応をしない訳ではなく,計画的に検討を進めるが,
いくらなんでも,現実問題での推本即採用は時期尚早ではないか,と
被告東電方針をまとめた取扱注意とされたペーパーでは,「長期評価」
の見解を否定する地震学的データはないことなどから否定することは
不可能としつつ,「推本見解を採用したとたんに既往評価水位を大幅に
上回るため,必要となる対策を短期間に取ることは不可能」などと記
載し(同イ),③一審被告東電の内部メールにおいて,日本原電の担当
者から,日本原電上層部は,一審被告東電方針に賛成したものの積極
的賛成ではない感じであり,平成20年12月のバックチェック最終
報告時点で「長期評価」の見解をバックチェックに採り入れなくてよ
い理由をどのように説明するのかよく調整するよう言われた旨の回答
があったと報告した上,「確かに,WGの阿部先生や今村先生等,津波
評価部会の首藤先生,佐竹先生等に対する説明内容は思い浮かびます
が,世間(自治体,マスコミ・・・)がなるほどと言うような説明がす
ぐには思いつきません。」と記載し(同ウ),④一審被告東電の内部メ
ールにおいて,「推本は,十分な証拠示さず,「起こることが否定でき
ない」との理由ですから,モデルをしっかり研究していく,でよいと
思いますが,上記869年の再評価は津波堆積物調査結果に基づく確
実度の高い新知見ではないかと思い,これについて,さらに電共研で
時間を稼ぐ,は厳しくないか?」と記載していたこと(同オ)などが
認められる。これらの記載からは,「いくらなんでも,現実問題での推
本即採用は時期尚早ではないか」という表現に端的に現れているよう
に,一審被告東電が,「長期評価」の見解や貞観津波に係る知見等の,
防災対策における不作為が原子炉の重大事故を引き起こす危険性があ
ることを示唆する新たな知見に接した場合に,当該知見を直ちに防災
対策に生かそうと動くことがないばかりか,当該知見に科学的・合理
的根拠がどの程度存するのかを可及的速やかに確認しようとすること
すらせず,単に当該知見がそれまでに前提としていた知見と大きな格
差があることに戸惑い,新たな知見に対応した防災対策を講ずるため
に求められる負担の大きさを恐れるばかりで,そうした新たな防災対
策を極力回避しあるいは先延ばしにしたいとの思惑のみが目立ってい
るといわざるを得ないが,このような一審被告東電の姿勢は,原子力
発電所の安全性を維持すべく,安全寄りに原子力発電所を管理運営す
べき原子力事業者としては,あるまじきものであったとの批判を免れ
ないというべきである。
他方において,一審被告東電が前示のとおりの一審被告東電方針を
立て,これに従って土木学会に「長期評価」の見解の取扱いの検討を
委託していたこと等も認められることに照らせば,一審被告東電に故
意又はこれと同視し得る程度の重過失があったとまでいうことはでき
ないが,以上に説示した諸事情に照らせば,本件における一審被告東
電の義務違反の程度は,決して軽微といえない程度であったというべ
きであり,一審原告らに対する慰謝料の算定に当たって考慮すべき要
素の一つとなるというべきである。
9一審被告東電の当審における主張について
一審被告東電は,当審において,おおむね以下のとおり主張して(な
お,一審被告国の主張と共通する部分も多くあるため,ここでは一審
被告東電の主張の概略を摘示し,判断を加えるにとどめ,後に一審被
告国の責任を示すところで(後記第4節),一審被告国の主張に対する
判断として,一審被告東電の主張と共通する部分に対する判断も示す
こととする。),一審被告東電の本件事故当時の対応には,法律上の義
務違反はなく,仮にあったとしても,故意又はそれに匹敵する重過失
と呼べるような程度のものではなかったとしている。
すなわち,①法律上求められる結果回避のための措置を講ずる義務
の有無や内容については,予見可能性を基礎付ける科学的知見の成熟
度や信頼度の程度によって大きく左右されるのであり,本訴で一審原
告らが主張しているような結果回避措置を本件事故前の時点で他の優
先度のより高い地震対策等に差し置いて実施すべき法律上の義務があ
ったといえるためには,それを基礎付ける予見可能性の程度も具体的
な科学的根拠に基づくものであり,かつ損害発生の危険が具体的であ
り切迫性を有するものである必要があるところ,「長期評価」の見解は,
海溝沿い領域における過去の既往地震の発生個所が特定できない状況
下で,既に実際の観測結果によって海溝沿い北部と南部とで地震の発
生条件が異なることが確認されていた中で,防災行政上の見地から,
三陸沖北部から房総沖までの海溝寄りをまとめて,同範囲においてM
8クラスの地震が発生する可能性を否定することができないとして確
率計算をしたものであり,それ以上に積極的・科学的な根拠に基づい
て示されたものではなかったこと,実際に,地震本部自身によって信
頼度が「やや低い」とされたことや,土木学会は,専門的な審議を経
ても,本件事故直前の時点において「長期評価」の見解を支持してい
なかったこと,「長期評価」の見解は政府の中央防災会議でも福島県の
防災対策でも採用されなかったこと,「長期評価」の見解について,多
くの専門家が,成熟した見解ではなく,専門家の間でコンセンサスが
得られた通説ではなかったなどとコメントしていることなどからすれ
ば,「長期評価」の見解は,一義的に確立された科学的知見でも,一審
被告東電の結果回避義務を基礎付けるようなものでもなく,損害発生
の危険が具体的であり切迫性を有するものであったとはいえない。
また,②地震や津波の予測については,試験や実験をすることがで
きないため,専門家の間でも様々な見解があり得るところ,原子力事
業者が投資できる資金や人材等のリソースは有限であり,際限なく想
定し得るリスクの全てに資源を費やすことは不可能であって,かつ,
闇雲に緊急性の低いリスクに対する対策に注力した結果,緊急性の高
いリスクに対する対策が後手に回るといった危険性がある以上,予見
可能性の程度が上記の程度ほどに高いものでなかった「長期評価」の
見解により予想されるリスクに対する安全対策は施すべき段階には至
っていなかったというべきである。さらに,余計な設備を増やすこと
によって却って施設全体の安全性に不当なリスクが生じたりする危険
もあるため,発表される知見を具体的な安全対策に取り込むためには,
少なくとも様々な角度からの批判的検討や検証というプロセスを経る
ことが必要不可欠であるところ,一審被告東電は,実際には「長期評
価」の見解に基づく津波を確定論的津波評価の対象として考慮するか
どうかについて土木学会に審議を委託し,その整理を踏まえて適切に
対応することとするなどしていたことからすれば,一審被告東電の対
応はその時点においては何ら不合理なものとはいえなかった,などと
いうものである。
しかしながら,上記①の主張については,「長期評価」の見解の信頼
性は,一審被告東電の主張するような信頼性が低いものではなかった
というべきである(この点については,後記第4節において一審被告
国の損害賠償責任に関して説示するところと同様である。)。
また,一審被告東電は,仮に福島第一原発に敷地高さを超えて重大
な事故を発生させるおそれのある津波が到来する可能性があることを
示す見解が発表されても,当該知見が,多数の学者による批判的検討
や検証に耐え,多数の学者が共通の認識を持つ程度にまで確立してい
ない限り,そのような知見は工学上「Practicallyeliminated」(物理的
にあり得ないか,又は,高い信頼性を持って極めて発生しにくいと考
えられ,実質的に考慮から排除される状態)なリスクにすぎないのだ
から,原子力事業者はこの知見に基づく措置を求められるべきではな
いとも主張し,原子力工学者である山口彰(乙B180)や津波工学
者である今村文彦(乙B187)の意見を援用している。しかしなが
ら,かかる主張によるならば,当該リスクが現実化した場合の結果が
極めて重大であるような場合であっても,上記程度に知見が確立する
までの間は対策を講じなくてもよいこととされ,その間に重大な結果
が発生してしまう危険性を排除できないことになるし,原子力発電所
の安全性に対する責任を負っている立場にはない第三者にすぎず,一
般に新たな知見の提唱に対しては懐疑的・批判的に接することが職業
的良心であるともいえる学者の多数が当該知見について共通の認識を
持つに至るまでは,上記責任を直接的に負うべき立場にある原子力事
業者が当該知見によって予測される重大事故について何ら対策を講じ
なくてよいということになるが,このような帰結は是認し難いものと
いうほかないから,上記主張をにわかに採用することはできないとい
うべきである。
次に,上記②の主張については,そもそも複数のリスクのいずれも
が直ちに対策を講ずることが必須であるという場合もあり得ることは
いうまでもなく,当面は複数のリスクのうち緊急性が最も高いものだ
けに対応するという方針が直ちに正当化されるものではないし,仮に
この点を一旦措き,上記主張が成り立つとしても,「長期評価」の見解
によって予想されるリスクに対する安全対策を講じたとすれば,資金
や人材等のリソースが枯渇してより緊急性の高いリスクへの安全対策
が後手に回らざるを得なかったことについて,一審被告東電において
具体的に主張立証することが必要であるというべきであるが,一審被
告東電は,単に一般論として上記の理を述べ,抽象的に,日本では津
波よりも地震の被害が圧倒的に多く,当時は平成19年7月16日の
新潟中越沖地震が発生するなどしたことから,耐震性の再検討や対策
が急務かつ最優先事項であった旨主張するのみで,上記のとおり必要
な具体的主張立証をしていない。
また,特定のリスクに対して安全対策を施すと却って施設全体の安
全性に別のリスクが生じたりする危険もあるとの点については,一般
論としてはそのような場合があり得るとしても,実際に本訴において,
O.P.+10mを超える津波に対する安全対策がどのように施設全
体としての安全性能を低下させるのかについて具体的な主張立証をし
ない以上,上記結論を覆すものとはなり得ないというべきであるとこ
ろ,一審被告東電が引用する岡本孝司が掲げる例は,本件事故を受け
て,大飯原発の事業者が,非常用DGの機能を維持するため大量の燃
料を施設内に分散配置するという対策を検討していたが,当該対策は
火災対策の観点ではリスクを高めていたというものであるが,かかる
対策は,福島第一原発で考えられる結果回避措置(あるいは一審原告
らが主張する結果回避措置)とは程遠く,およそ参考とはならないし,
他にみるべき主張立証はない。
以上,一審被告東電の反論はいずれも失当であるか理由がないとい
うべきである。
第4節一審被告国の損害賠償責任
第1規制権限不行使の違法性の判断枠組み
1当裁判所が採用する違法性の判断枠組み
規制権限の不行使という不作為が国賠法上違法であるというために
は,当該公務員が規制権限を有し,規制権限の行使によって受ける国
民の利益が国賠法上法的に保護されるべき利益であることに加えて,
同権限の不行使によって損害を受けたと主張する国民との関係におい
て,当該公務員が規制権限を行使すべき義務が認められ,この作為義
務に違反することが必要である。そして,規制権限行使の要件が法定
され,同要件を満たす場合に権限を行使しなければならないとされて
いるときは,同要件を満たす場合に作為義務が認められることになる
のに対し,規制権限行使の要件は定められているものの,権限を行使
するか否かについて裁量が認められている場合や,規制権限行使の要
件が具体的に定められていない場合には,①規制権限を定めた法が保
護する利益の内容及び性質,②被害の重大性及び切迫性,③結果発生
の予見可能性,④結果回避可能性,⑤現実に実施された措置の合理性,
⑥規制権限行使以外の手段による結果回避困難性(被害者による被害
回避可能性),⑦規制権限行使における専門性,裁量性などの諸事情を
総合的に検討して,具体的な事情の下において,その不行使がその許
容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは,そ
の不行使は,被害を受けた者との関係において国賠法1条1項の適用
上違法となるものと解するのが相当である(最高裁平成元年11月2
4日第二小法廷判決・民集43巻10号1169頁[宅建業者訴訟],
最高裁平成7年6月23日第二小法廷判決・民集49巻6号1600
頁[クロロキン薬害訴訟],最高裁平成16年4月27日第三小法廷判
決・民集58巻4号1032頁[筑豊じん肺訴訟],最高裁平成16年
10月15日第二小法廷判決・民集58巻7号1802頁[水俣病関
西訴訟],最高裁平成26年10月9日第一小法廷判決・民集68巻8
号799頁[大阪泉南アスベスト訴訟])。
済産業大臣は,事業用電気工作物が「技術基準に適合していないと認
めるとき」に技術基準適合命令を行うことができると定め,省令62
号4条1項は,平成14年当時においては「原子炉施設並びに一次冷
却材又は二次冷却材により駆動される蒸気タービン及びその附属設備
が(中略)津波(中略)により損傷を受けるおそれがある場合は,防護
施設の設置,基礎地盤の改良その他の適切な措置を講じなければなら
ない」と,平成18年当時においては「原子炉施設並びに一次冷却材
又は二次冷却材により駆動される蒸気タービン及びその附属設備が想
定される自然現象((中略)津波(中略))により原子炉の安全性を損
なうおそれがある場合は,防護措置,基礎地盤の改良その他の適切な
措置を講じなければならない」と,それぞれと定めていたものである
ところ,その要件等が一義的に明確に定められていたものではなく,
また,対象が原子力発電所であることからすると,その判断には専門
技術的判断を要するため,同規定は経済産業大臣に専門技術的裁量を
認めたものというべきである。
したがって,本件では,経済産業大臣に専門技術的裁量が認められ
ることを前提として,その規制権限の不行使が許容される限度を逸脱
して著しく合理性を欠くと認められるかについて判断すべきである。
2一審被告国の当審における新主張に対する判断
ところで,以上に説示したところは,長きにわたる本件訴訟及び同
種訴訟の審理において,一審被告国が最近まで主張してきたところと
おおむね同旨である(平成30年3月30日付け当審第2準備書面2
3頁以下等。なお,一審原告らの主張は,以上と異なる限りにおいて
は採用の限りでない。)が,一審被告国は,当審においては,自然災害
による原子力災害発生の予見可能性は,原子力工学はもとより,多方
面にわたる極めて高度な最新の科学的,専門技術的知見に基づいた将
来の予測に係る総合的判断が必要とされるものであるという性質上,
具体的審査基準の合理性とその当てはめの合理性によって判断される
ものであるから,裁判所が判断代置審査をすることは許されないので
あって,いわゆる伊方原発訴訟に係る最高裁平成4年10月29日第
一小法廷判決・民集46巻7号1174頁が示した判断過程審査方式
が本件でも妥当し,①判断基準に合理性が認められない場合,又は②
判断基準への適合性の判断過程に看過し難い過誤,欠落がある場合に
限り,違法と判断されるべきである(2段階審査による判断過程審査),
と主張するようになり,令和元年9月13日付け当審第11準備書面
においては,この新主張は,規制権限不行使の違法性の判断枠組みに
関する従来の主張を撤回し,新たな判断枠組みを主張するものではな
い,としたが,当審の口頭弁論終結日に陳述された令和2年1月20
日付け当審第15準備書面においては,上記の判断手法ないし判断構
造は,規制権限の不行使の違法性が問題となったこれまでの最高裁判
決とは全く異なるものであり,一審被告国が控訴審において取り分け
強く主張するのはこの点である,と主張するに至った。
しかしながら,かかる新主張は,上記のような訴訟経過に照らして
も疑問があるように思われることはしばらく措き,その内容を検討し
ても,次のとおり,にわかに採用することができない。
そもそも伊方原発訴訟は,原子炉施設の設置許可処分の取消しを求
める訴訟であって,1個の行政処分が総体として違法であるかどうか
が問われ,その判断のためには津波等の自然災害による事故のリスク
にとどまらず,「当該原子炉施設そのものの工学的安全性,平常運転時
における従業員,周辺住民及び周辺環境への放射線の影響,事故時に
おける周辺地域への影響等を,原子炉設置予定地の地形,地質,気象
等の自然的条件,人口分布等の社会的条件及び当該原子炉設置者の技
術的能力との関連において,多角的,総合的見地から検討する」必要
があったものである上,設置許可処分の時点では,設置許可申請書に
おける基本設計が示されているのみで具体的な設計内容を示す詳細設
計が明らかにされていない状態で書面審査が求められることとなるた
めに,原子力工学はもとより,多方面にわたる極めて高度な最新の科
学的,専門技術的知見に基づいた総合的判断が求められたと解される
ものである。これに対し,本件においては,現実に設置され稼働して
いる原子炉に係る技術基準適合性が問われているものである上,本件
で判断の対象となるのは省令62号4条1項の「想定される津波によ
って原子炉施設の安全性を損なうおそれがない」といえるか否かとい
う点に絞られ,具体的な判断対象も,実際上は「長期評価」の見解が
示した津波地震の想定に信頼性(規制権限の行使を義務付ける程度の
客観的かつ合理的根拠)が認められるか否かという点などであると考
えられるから,「原子力工学はもとより,多方面にわたる知見に基づい
た総合的判断」が求められるものとはいえない。
また,一審被告国は,本件で求められるのが「将来の予測」に係る
判断であることも,規制権限の不行使の違法性が問題となったこれま
での最高裁判決とは異なり,伊方原発訴訟の判断過程審査方式を本件
で採用すべき根拠とするようであるが,法令によって規制権限が付与
された行政庁がその権限を行使して当該法令が保護する法益の侵害を
防止しようとする場合には,(現在のみならず)将来における法益侵害
の蓋然性をも予測して規制権限行使の要否を判断することは当然であ
ると解されるから,「将来の予測」に係る判断であることを根拠として,
その判断手法ないし判断構造が規制権限の不行使の違法性が問題とな
ったこれまでの最高裁判決とは全く異なり,判断代置審査は許されず
判断過程審査が求められるとする一審被告国の主張は,失当というべ
きである。
したがって,一審被告国の上記主張には理由がなく,本件における
規制権限の不行使の違法性の判断手法ないし判断構造を,これが問題
となったこれまでの最高裁判決に係る事案と別異に解する根拠はない
というべきである。
第2本件における規制権限不行使の違法性
1経済産業大臣の規制権限の有無
子力発電所について安全性が確保されないときは,当該原子炉施設の
従業員やその周辺住民等の生命,身体に重大な危害を及ぼし,周辺の
環境を放射能によって汚染するなど,深刻な災害を引き起こすおそれ
があることに鑑みると,経済産業大臣は,その基本設計について安全
性が審査された上で設置許可処分が行われて稼働を開始した発電用原
子炉についても,その後の時の経過により進展した最新の科学的知見
等に照らして,技術基準への適合性を通じて不断に安全性を審査する
必要があり,審査の結果,原子炉施設が技術基準に適合しないときに
は,原子炉施設の事故等がもたらす災害により被害を受けることが想
定される範囲の住民の生命,身体の安全等を保護するために,技術基
準適合命令(電気事業法40条)を適時かつ適切に発して,当該発電
用原子炉を「修理し,改造し,若しくは移転し,若しくはその使用を
一時停止すべきことを命じ,又はその使用を制限する」(同条)権限が
与えられていたものと解される。
これに対し,一審被告国は,一審原告らの主張する津波対策は,い
ずれも基本設計に関する事項であるから,詳細設計についての規制で
ある省令62号に基づく技術基準適合命令により是正させることはで
きなかったと主張する。
確かに,炉規法は,原子炉の設置・変更許可(23条~26条の2)
のほかに,設計・工事方法の認可(炉規法27条。実用発電用原子炉
については,炉規法73条による適用除外の結果,電気事業法47条)
等の各規制を定め,これらの規制が段階的に行われることとされてい
るのであるから,設置許可段階においては,専ら当該原子炉の基本設
計のみが規制の対象となり,後続の設計・工事方法の認可(炉規法2
7条,73条,電気事業法47条)の段階で規制の対象とされる当該
原子炉の具体的な詳細設計及び工事の方法は規制の対象とならないも
のと解される(最高裁平成4年10月29日第一小法廷判決・民集4
6巻7号1174頁[伊方原発訴訟],最高裁平成4年10月29日第
一小法廷判決・集民166号509頁[福島第二原発訴訟],最高裁平
成17年5月30日第一小法廷判決・民集59巻4号671頁[もん
じゅ行政訴訟第二次上告審])。
そして,電気事業法39条及び同条により委任を受けた省令62号
で定める技術基準は,上記の段階的規制によれば,基本設計のみが規
制対象となる設置許可を経た後である工事計画認可の段階における基
準ともされていることから(電気事業法47条3項1号),その場面に
おいては基本的には詳細設計について規律する基準であると解される
(甲A6・1頁,乙A16・1頁参照)。そうすると,経済産業大臣が
電気事業法39条及び省令62号で定める技術基準に適合していない
と認めるときに発すべきである電気事業法40条所定の技術基準適合
命令も,基本的には詳細設計についての技術基準に適合していないと
認めるときに発することを想定しているようにも思われる。
炉規法が,実用発電用原子炉の設置・変更許可の申請があった場合
における,基本設計の安全性に係る事項について定めた同法24条1
項各号所定の基準に適合するかどうかの審査は,原子力の開発及び利
用の計画との適合性や原子炉施設の安全性に関する極めて高度な専門
技術的判断を伴うものであることから,同条2項において,経済産業
大臣が上記許可をする場合には,あらかじめ各専門分野の学識経験者
等を擁する原子力委員会及び原子力安全委員会の意見を聴き,これを
尊重してしなければならないと定めている(最高裁平成4年10月2
9日第一小法廷判決・民集46巻7号1174頁[伊方原発訴訟],最
高裁平成17年5月30日第一小法廷判決・民集59巻4号671頁
[もんじゅ行政訴訟第二次上告審]参照)のに対して,電気事業法4
0条は,経済産業大臣が技術基準適合命令を発するに当たって,原子
力委員会又は原子力安全委員会の意見を聴く手続を義務付けていない
ことも,技術基準適合命令は基本的には詳細設計についての技術基準
に適合していないと認めるときに発することを想定していることをう
かがわせるものであるともいえる。
しかしながら,経済産業大臣が,特定の発電用原子炉について,運
転供用開始後に,その基本設計の安全性に係る事項について定めた炉
規法24条1項各号所定の基準に適合していないと判断した場合に,
原子力事業者に対して技術基準適合命令を発することができないと解
するのは,以下の理由から,相当ではない。
原審も指摘するとおり,経済産業大臣が,発電用原子炉の設置許可
申請がされた時点においては,原子炉施設の位置,構造及び設備が核
燃料物質,核燃料物質によって汚染された物又は原子炉による災害の
防止上支障がないものであるという基本設計の安全性に係る事項につ
いて定めた炉規法24条1項4号所定の基準に適合すると判断して設
置許可を発したところ,その後の地形や気象条件その他の原子炉周辺
環境の変化や,上記基本設計基準適合性に係る判断の根拠となった知
見の進歩・発展等によって,当該発電用原子炉が,そのままの基本設
計では上記基準に適合しないと判断される結果,経済産業大臣が設置
許可を発したままであることが不相当である状態に至る(又は不相当
であると認識される)事態が生じることは当然に想定し得るところ,
そのような,詳細設計における安全性を欠いた発電用原子炉より更に
危険ともいうべき基本設計における安全性を欠いた発電用原子炉につ
いて,経済産業大臣において,詳細設計の場合に発することができる
技術基準適合命令のような命令を発する権限を有さず,より実効性の
小さい強制力を有しない行政指導か,さもなければより強力な事実関
係の変更に伴う設置許可の取消し(又は撤回)か,という両極端の規
制手段しか行使できないと解するのは,厳重な安全規制によって安全
性が確保されることを大前提に原子力発電所の稼動を認めるという,
原子力基本法,炉規法,電気事業法等の原子力に係る法制度全体に通
底する趣旨・目的に照らし不合理というべきである。
翻って,前記の段階的規制を採った法令を通覧すると,これらは,
あくまでも発電用原子炉の設置許可,設計建設,運転供用開始へと進
む段階における規制の在り方について定めたものにすぎず,むしろ,
運転供用開始後の規制については,基本設計や詳細設計を区別するこ
となく,端的に,当該原子炉を設置した者はこれを「経済産業省令で
定める技術基準に適合するよう維持しなければならない」(電気事業法
39条1項)と規定するのみであって,そこにいう「経済産業省令で
定める技術基準」を詳細設計に限定する趣旨までは読み取ることがで
きない。現に,これを受けた省令62号は,前記のように工事計画認
可段階における基準とされているものの(同法47条3項1号),発電
用原子炉の運転供用を開始した後においても維持すべき基準として定
められたものである(乙A16・1頁参照)上,その技術基準の中に
は,例えば,原子炉が「津波」等によって「損傷を受けるおそれがある
場合」に,「防護施設の設置,基礎地盤の改良その他の適切な措置を講
じなければならない」(4条1項),「原子炉施設は,通常運転時におい
て原子核分裂の連鎖反応を安全に持続することができ,かつ,故障時
においても原子核分裂の連鎖反応を無制御に継続しないものでなけれ
ばならない」(8条1項)など,詳細設計のみならず基本設計にも関わ
る基準を定めるものが存する。そもそも,基本設計や詳細設計という
概念は,法令上明示的に区別されているものではないことに鑑みても,
技術基準適合命令を発令する場合の対象においてこの区別を採用し,
後者は対象となるが前者は対象とならないと解釈すべき理由はない。
しかも,経済産業大臣において,特定の原子炉について技術基準に適
合しない状況を把握した場合に,技術基準に適合させるために必要な
措置が詳細設計の変更で足りるのか,基本設計の変更まで要するのか
については,当該原子炉を設置し運営する原子力事業者において具体
的に検討しなければ分からない事態も容易に想定されるから,技術基
準適合命令を発する段階でそれが基本設計にも及ぶのかという問題提
起自体が不適切であるともいい得る。
この点,平成24年法律第47号による改正後の炉規法43条の3
の23は,前記のとおり,同改正前の電気事業法40条の規定内容に
相当する「発電用原子炉施設が第43条の3の14の技術上の基準に
適合していないと認めるとき」のほかに,「発電用原子炉施設の位置,
構造若しくは設備が第43条の3の6第1項第4号の基準に適合して
いないと認めるとき」にも発電用原子炉の使用停止等の措置を命ずる
ことができることとして,原子炉施設が省令62号の定める技術基準
に適合しない場合に加え,原子炉施設が基本設計に関する設置許可基
準に適合しない場合にも,当該原子炉の使用停止等の命令を発し得る
ことを明文で規定したことから,逆に,平成24年法律第47号によ
る改正までは技術基準適合命令が基本設計に及び得なかったという見
方もできなくもない。しかしながら,そのように解することは,前記
の,厳重な安全規制によって安全性が確保されることを大前提に原子
力発電所の稼動を認めるという原子力に係る法制度全体に通底する趣
旨・目的に照らし不合理である。むしろ,立法者の意思としては,前
示のとおり,原子炉施設の安全審査の構造として段階的安全規制を採
用し,設置許可の段階の安全審査においては,当該原子炉の基本設計
の安全性にかかわる事項のみをその対象とし,それ以外の当該原子炉
の具体的な詳細設計及び工事の方法は後続の設計及び工事方法の認可
(炉規法27条)等の段階で規制の対象とすることとし(最高裁平成
4年10月29日第一小法廷判決・民集46巻7号1174頁[伊方
原発訴訟]参照),原子炉設置の許可,変更の許可(同法23条から2
6条の2まで),設計及び工事方法の認可(同法27条),使用前検査
(同法28条),保安規定の認可(同法37条),定期検査(同法29
条),原子炉の解体の届出(同法38条)等,段階的に許可や認可等を
介在させることによって,厳重な安全規制によって安全性が確保され
ることを大前提に原子力発電所の稼動を認めるという前記の原子力に
係る法制度全体に通底する趣旨・目的を実現することを目指している
ものと考えられるのであって,段階的安全規制の考え方を根拠にして,
技術基準適合命令が基本設計に及び得ないという,その目指すところ
に反するような解釈をすることは背理であるといわざるを得ない。そ
うすると,上記の平成24年改正も,原子力法制度全体の趣旨・目的
に沿った合理的な解釈をすべきであって,あくまでも,本件事故を受
けて,従前の規定の仕方では不明確であった技術基準適合命令が基本
設計にも及ぶ旨を明確にし,発電用原子炉の安全性について規制する
側の権限をより明確にすることにより,規制する側に対し,適時・適
切な規制権限を発動することを促す趣旨であったとみるのが相当であ
り,本件事故前には技術基準適合命令が基本設計に及び得なかったと
解すべき根拠とはならないというべきである。
以上より,発電用原子炉の基本設計について,その後の原子炉周辺
環境の変化や,基本設計基準適合性に係る判断の根拠となった知見の
進歩・発展等によって,省令62号4条1項の技術基準に適合しない
と認められる場合には,経済産業大臣は,電気事業法40条の技術基
準適合命令を発令することが可能であると解すべきである。
したがって,そもそも,一審原告らの主張する津波対策が基本設計
に関する事項であるとの一審被告国の主張は,前記のとおり詳細設計
や基本設計といった概念が法令上のものではないことからその外縁が
必ずしも明確とはいえないこととの関係で疑問がなくもない上,この
点を一旦措き,仮に一審原告らの主張する津波対策が基本設計に関す
る事項であるとしても,技術基準適合命令が及ばないとする一審被告
国の主張は失当である。
2法令の趣旨・目的と被害法益の性質・重大性
上記のとおり,電気事業法40条は,事業用電気工作物が技術基準
に適合していないと認めるときは技術基準適合命令を発することがで
きる旨を定め,同法39条2項1号は,事業用電気工作物は人体に危
害を及ぼし,又は物件に損傷を与えないようにすることを技術基準に
定めることを求め,同条1項は,事業用電気工作物を設置する者に技
術基準維持義務を課している。また,炉規法(平成25年法律第82
号による改正前のもの。以下本項において「旧炉規法」という。)は,
設計及び工事の方法の認可や検査に関する27条から29条までの規
定は,電気事業法に基づく検査等を受ける原子炉施設であって実用発
電用原子炉に係るものについては適用除外としているが(旧炉規法7
3条),これに相当する電気事業法に基づく規制が適用され,実用発電
用原子炉については炉規法及び電気事業法の規定が矛盾のないように
適用されており,原子炉の安全に関する法律として,原子炉の設置後
の措置である技術基準適合命令についても炉規法の趣旨は及ぶという
べきである。そして,旧炉規法1条は,「原子力基本法の精神にのっと
り,核原料物質,核燃料物質及び原子炉の利用が平和の目的に限られ,
かつ,これらの利用が計画的に行われることを確保するとともに,こ
れらによる災害を防止し,及び核燃料物質を防護して,公共の安全を
図るために,製錬,加工,貯蔵,再処理及び廃棄の事業並びに原子炉
の設置及び運転等に関する必要な規制等を行うほか,原子力の研究,
開発及び利用に関する条約その他の国際約束を実施するために,国際
規制物資の使用等に関する必要な規制等を行うこと」としており,原
子炉施設の安全性が確保されないときは,当該原子炉施設の周辺住民
等の生命,身体に重大な危害を及ぼし,周辺の環境を放射能によって
汚染するなど,深刻な災害を引き起こすおそれがあることに鑑み,上
記災害が万が一にも起こらないようにすることを目的としているとい
える。これらの規定に照らせば,規制権限を定めた法は,国民の生命,
身体,財産等を保護することを目的としているものと認められ,これ
らの利益は国民が平穏な生活を営む上で必要不可欠な重要な利益とい
える。
そして,原子力発電所において一たび事故が発生した場合は,その
作業員のみならず,周辺住民らの生命や身体にも被害を及ぼし得るも
のであり,とりわけ原子力発電所の事故により放射性物質が放出され
た場合には,広範囲かつ長期間にわたって住民の生命や身体に影響を
及ぼすおそれが生じ,放射能汚染の大きい地域には長期間にわたって
帰還できず,放射能による健康被害に対する不安を抱えながら生活す
ることを余儀なくされるなどの重大な結果をもたらし得るものであっ
て,このことは,本件事故によって実際に現実化した被害自体からも
明らかであるが,本件の一件記録からは,本件事故において全交流電
源喪失が生じ,それから複数の原子炉が次々と損傷していく過程にお
いては,福島第一原発の吉田昌郎所長が,「2号機に水が入らず完全に
格納容器の圧力をぶち破って燃料が全部出て行ってしまい,その分の
放射能が全部外にまき散らされる最悪の事故となり,1号機,3号機
の注水も停止しなければならなくなる」ことまで予期していたように
(甲B181の3の4・50頁),本件事故で現実に生じた被害より更
に巨大な被害が生ずる可能性すらあったことも認められる。このよう
に,一たび原子力発電所において事故が発生すれば,その被害は極め
て甚大で取り返しのつかないものとなる危険性が高いものである。
3予見可能性
⑴予見可能性の対象
当裁判所は,一審被告東電の義務違反を判断する際の一審被告東
電の予見可能性の対象はO.P.+10mを超える津波の到来とい
うべきであると判断するところ(前記第3節第2の4),一審被告国
の予見可能性についても,この判断がそのまま当てはまる。
⑵一審被告国の予見可能性
前記認定事実(前記第2節)によれば,一審被告国は,以下のと
おり(一審被告東電と重なる部分については要約する。),遅くとも
「長期評価」が公表された平成14年7月31日から相当の期間を
経た平成14年末頃までには,O.P.+10mを超える津波の到
来を予見することが可能であったというべきである。
「長期評価」が公表された平成14年までには,津波や津波地震
に係る知見が積み重ねられていた(前記第3節第2の5①~⑦)。こ
れらの知見や溢水事故の危険性とその対策等に係る知見が積み重ね
られていた中で,海溝型地震の発生可能性について海域ごとに長期
的な確率評価を行うこととされて文部科学省に設置された地震調査
研究推進本部(地震本部)地震調査委員会により,日本海溝沿いの
うち三陸沖から房総沖にかけての領域を対象とした「長期評価」が
公表され,その中で,過去に大きな既往地震の報告がない福島県沖
海溝沿い領域を含む,「三陸沖北部から房総沖の海溝寄り」という南
北800km程度の巨大な領域を設定し,M8クラスのプレート間
大地震が発生する確率は,この領域で,今後30年以内の発生確率
は20%程度,今後50年以内の発生確率は30%と推定し,この
領域の中の特定の海域での発生確率については,今後30年以内の
発生確率は6%程度,今後50年以内の発生確率は9%程度と推定
し,想定地震の規模は,Mt8.2前後と推定したのであって,「津
波評価技術」で波源を想定していなかった福島県沖海溝沿い領域に
ついても,今後30年に(特定海域として)6%程度の確率で,M
t8.2前後の地震が起きる可能性があるとされたものであるとこ
ろ,上記のとおり,地震本部は文部科学省に設置された組織である
から,これは当然に一審被告国の知見とすべきものである。
そうすると,一審被告国は,一審被告東電において,「長期評価」
の見解を踏まえた試算を開始し,遅くとも平成14年末頃までに,
福島第一原発にO.P.+10mを超える津波が到来することを予
見することが可能であったとされたものと同じ知見を一審被告東電
と同時に認識していたのであるから,経済産業大臣において,一審
被告東電に対し,直ちに「長期評価」の見解を踏まえた試算を開始
するように指示し,あるいは規制当局として自ら「長期評価」の見
解を踏まえた試算をするなどしていれば,遅くとも平成14年末頃
までには,福島第一原発にO.P.+10mを超える津波が到来す
る可能性について認識し得たというべきである(なお,ここで認識
し得た津波は,平成20年試算結果で特定された本件試算津波その
ものではなく,安全裕度等を踏まえた一定の幅を持った範囲の津波
であったと解すべきことについては,一審被告東電に関して前記第
3節第2の5に説示した理と同様である。)。
もっとも,ここで検討されるべき予見可能性は,規制権限不行使
の違法性を基礎付ける作為義務の有無及び程度を判断するための考
慮要素と位置付けられるものであるから,経済産業大臣が職務上の
法的義務として,そのような予見をすべき立場にあったといえるこ
とが必要であるし,また,技術基準適合命令は,当該命令を受けた
者に法的義務を課すものであり,これに違反した場合には刑罰が科
され得ることにも照らせば,当該者に結果回避義務を課すに足りる
程度の予見可能性が必要であると解される。本件において,一審被
告国は,「長期評価」の見解の公表を根拠として一審被告国に予見可
能性を認めることは不当であるとして争っているところ,その趣旨
は,「長期評価」中で示された見解には信頼性の高低に大きな幅があ
り,本件で一審原告らが引用している部分は,「施設の設定に用いる
ことはできないものの,確率表現をすることにより国民の防災意識
の高揚に用いる範囲では有用といえるような精度が高くないもの」
に当たるというものであるが,かかる主張も,上記のような意味で
の予見可能性を争う趣旨と解されるから,以下では,「長期評価」の
信頼性に係る一審被告国の主張の当否を判断する形で,更なる検討
を進めることとする。
⑶一審被告国の主張に対する判断
一審被告国は,当審においては,原判決が,「規制権限行使の必要
性を導く前提としての予見可能性の対象となる事項は,規制権限の
行使を義務付ける程度に客観的かつ合理的根拠を有する科学的知見
であれば足り,(一審被告国が原審で主張した)「学会や研究会での
議論を経て,専門的研究者の間で正当な見解であると是認され,通
説的見解といえる程度に形成,確立した科学的知見であること」が
常に要求されるものではない」旨を説示したことを踏まえ,「長期評
価」の見解は「規制権限の行使を義務付ける程度に客観的かつ合理
的根拠を有する科学的知見」に当たらないとして,同見解の信頼性
を種々の角度から論難している。
当裁判所も,原判決が説示した上記判断基準自体は相当であると
考えるが,この基準のうち「長期評価」の見解の信頼性が「規制権
限の行使を義務付ける程度」に至っているかどうかの判断は,実質
的に規制権限の不行使に違法性が認められるか否かの判断に近いと
もいえるから,以下の検討を進める上では,まず,本項において,
「長期評価」の見解の信頼性に係る一審被告国の主張の当否を検討
することによりその信頼性の程度等を検証し,これを踏まえ,後記
7において,一審被告国に「長期評価」の見解を反映した規制権限
の行使が義務付けられるべきか否かを判断することとする。
ア「長期評価」の意義・性格
一審被告国は,「長期評価」は,「国民の防災意識の高揚」を図
ること等を目的とした全国地震動予測地図の作成を目指していた
ため,「高度の理学的根拠に裏付けられた知見」から「理学的に否
定できない知見」までの様々なレベルの知見を取り入れて策定・
公表されたものであって,原子力規制に取り込むだけの客観的か
つ合理的根拠を伴っているか否かという点について様々な分野の
専門家が審議した結果として策定・公表されたものではなく,実
際の審議においても,科学的根拠から離れ,専ら防災行政的な警
告の観点から結論を導いていると主張している。
しかしながら,地震本部は,前記認定事実のとおり,地震防災
対策特別措置法(平成7年法律第111号)に基づき,地震防災
対策の強化を図ることなどを目的として文部科学省に設置された
究の成果を社会に伝え,政府として一元的に推進するために作ら
れた組織」(弁論の全趣旨)として,「地震調査研究の成果を地震
防災対策に生かす」こと,「地震調査研究の成果は,国民一般や防
災関係機関等の具体的な対策に結びつく情報として提示されねば
ならない」こと,「地震調査研究については,地震防災対策に活用
可能なものとなるよう,防災関係機関の意見を十分踏まえるとと
もに,その成果は,順次,地震防災対策に活用していくことが求
められる」ことなどを明示している(甲B246)。したがって,
このような目的に沿って,地震学者等の専門家らの審議に付され
策定・公表された「長期評価」の性質は,本来的に,一般の社会
的・経済的諸要素を踏まえた価値判断的な評価である行政判断で
はなく,防災を目的とした災害の原因となる自然現象についての
科学的な評価である科学的判定であると解されるのであって(甲
B471),一審被告国の主張は,自らが設置した機関の自らが明
示している目的や性質を否定するに等しいものとの批判を免れ難
く,採用することができない。
イ「長期評価」の作成過程における異論等
海溝型分科会における議論
一審被告国は,「長期評価」作成過程の海溝型分科会では数多
くの問題点が指摘されていたとして,例えば,「1896年明治
三陸地震のタイプは1896年のものしか知られていないし,
1933年昭和三陸地震のタイプも1933年のものしか知ら
れていない。1611年の地震と869年の地震は全然分から
ない。」(甲B272の1・7頁),延宝房総沖地震について,「太
平洋ではなく,相模トラフ沿いの地震ともとれる。最近石橋さ
んが見直した結果では,もっと陸よりにして規模は小さく津波
は大きくしたはず。陸に寄せると太平洋プレートの深い地震に
なり,浅いとしたらプレート内の浅い地震になる。」(甲B27
2の2・5頁),「1677[裁判所注:延宝房総沖地震]は日本
海溝沿いのプレート間大地震に入れてしまったのか?これには
非常に問題がある。それを入れたために400年に3回になっ
ているが,石橋説のように房総沖の地震にしてしまうと400
年に2回になってしまう。」(甲B272の3・5頁),「167
7年は房総沖ではなくて,房総半島の東のずっと陸地近くでM
6クラスの地震かもしれない。『歴史地震』に載っている。」(甲
B272の5・4頁),慶長三陸地震について,「相田は波源域
が分からないので津波の計算をしたときの根拠は「1933と
ほぼ同じ場所で発生しているので同様のプレート間正断層型地
震とした」と佐藤良輔断層パラメータ本に書いてある。それが
正しいとしたら,正断層型地震は2回起きたことになってしま
う。要するに江戸時代だから分からないということ。」(甲B2
72の3・6頁),「1611年は津波があったことは間違いな
いが,見れば見るほどわけが分からない。」(甲B272の5・
4頁),「そもそもこれが三陸沖にはいるのか?千島の可能性だ
ってある。」,「たまたまそこにしか記録がないから仕方ない。」,
「千島にものすごく大きなものをおけるだけの証拠があれば,
そこにおける,というストーリーなのだが。そういう証拠はあ
るか」,「逆にそういうものをおかないと津波堆積物の説明がつ
かない。」(甲B272の5・5頁),「次善の策として三陸に押
し付けた。あまり減ると確率が小さくなって警告の意味がなく
なって,正しく反映しないのではないか,というおそれもある。」
(甲B272の5・5頁,乙B406の3・289頁)などの
意見が出されたことや,「長期評価」を公表する際にも,冒頭の
柱書部分に,「データとして用いる過去地震に関する資料が十
分でないこと等による限界があることから,評価結果である地
震発生確率や予想される次の地震の規模の数値には誤差を含ん
でおり,防災対策の検討など評価結果の利用にあたってはこの
点に十分留意する必要がある。」(甲B5の2・1頁)と付記さ
れたことなどをもって,経済産業大臣において,「長期評価」の
見解を認識しながら規制権限を行使しなかったとしても違法と
はいえないと主張する。
しかしながら,一審被告国が引用する海溝型分科会の議論に
おける各意見は,確かにそのような発言がされていた事実は認
められるものの,同分科会では,こうした意見も受けて議論を
経た末に,最終的に,冒頭柱書部分に上記のような一定の留保
は付されたものの,「現在までに得られている最新の知見を用い
て最善と思われる手法により行った」評価であるとして,「長期
評価」の見解が公表されることになったものであるから,議論
の過程において反対意見が存したからといって直ちに同見解の
結論の信頼性が低くなるという関係にはなく,かえって,こう
した反対意見も踏まえた議論の結果として「長期評価」の見解
が出されたことに鑑みれば,その結論は十分に信頼できるもの
というべきである。
この点,佐竹健治は,上記議論について,後に,「1611年
と1677年については場所がよく分からないと。場所がよく
分からないので,どこかで起きたということで,どこでも起き
るというよりは,どこかで起きたから一つにまとめるようにし
たのが現状です。」,「400年間に3回ということで確率を出し
たんですけれども,それが例えば2回とか1回だと確率の値は
大きく変わってしまいます。そのように確率あるいは評価とい
うのは,かなりの不確定性があるものだというふうに感じまし
た。」,「津波の数を減らすと確率が小さくなってしまいますので,
防災的に警告の意味がなくなってしまうということで,これは
科学的というよりは防災行政的な意味の発言だった」などと別
件の法廷において供述している(乙B154・38~39頁)。
しかしながら,これは海溝型分科会の委員であった一地震学者
による一つの見方にすぎないものであり,前示の地震本部の位
置付けや「長期評価」の性格等に鑑みれば,地震学者等の多数
の専門家らから構成された国の一機関における公式見解とされ
たものである以上,およそ科学的根拠がないのに専ら防災行政
のために発表されたなどとは考え難いところである。慶長三陸
地震及び延宝房総沖地震に関する「長期評価」の見解の信頼性
については後記エにおいて改めて検討するが,いずれにせよ,
防災行政的なものであるから原子力事業者の防災対策を検討す
る上では考慮対象とするに及ばないとするかのような一審被告
国の主張は,採用の限りではない。
公募意見における批判
一審被告国は,地震本部による「長期評価」の策定に対して
は,その研究目的や方法,成果の活用見通し等に曖昧な点があ
ったことなどから,研究開始当初から防災関係者や研究者等に
よる批判を受けていたとして,例えば,地震本部が「長期評価」
の確率計算手法に関する報告書を公表するに当たって平成10
年に実施した意見公募に際し,地震工学及びリスク論等を専門
とする亀田弘行(京都大学名誉教授)が,地震本部の研究目的
が理学的に将来の地震活動度を探ることにあるのか,防災のた
めの社会情報を提供することにあるのか曖昧で,このままでは
情報の受け手に様々な解釈を生み,混乱を招くとの懸念を示し,
防災目的ならば受け手側のニーズの把握はもとより,理学のみ
ならず工学,社会科学といった分野横断的な討議が必須である
旨の意見を寄せていた(乙B297・47頁)ことや,地震本
部の研究方針等に批判的な意見を含む賛否両論の意見が多数寄
せられており(同39~53頁),地震本部が示した調査研究の
方針や活用見通し等に対する異論が,本件事故前に実施されて
いた地震本部による意見公募に際して多数寄せられていたこと
(乙B298別紙3・8~13頁)を挙げる。
しかしながら,こうした新たな研究成果の発表に対して異論
が寄せられることはむしろ通常のことであり,異論が寄せられ
ていたことから地震本部による「長期評価」の見解の信頼性が
低かったとの立論には飛躍があるし,一審被告国が挙げる亀田
弘行は,上記意見の中で,「不確定性を伴う将来の地震発生に対
して確率表現の方法を開発することは基本的に重要」であり,
「今後の活断層調査の進展に伴って増加する断層情報を適切に
反映する方法が必要とされるという基本認識は全く妥当」であ
るとして,地震本部による「長期的な地震発生確率の評価手法
及びその適用例について」と題する試案は,こうした努力の重
要な一歩であり,大いに評価したい旨,総論的には賛成してい
たのであり(乙B297),地震本部は,批判的な意見を含む賛
否両論の意見を広く募集し,これらを参考にしながら研究活動
を進めていたのであって,議論に透明性があるという点では信
頼性を高めていたともいえ,一審被告国の主張は,いずれも「長
期評価」の見解を考慮に値しないものとする根拠にはならない。
ウ地震地体構造等に係る知見との関係
一審被告国は,「長期評価」が公表された平成14年当時,明治
三陸地震が発生した三陸沖の海溝寄りと福島県沖の海溝寄りで地
震地体構造等が同一であるという知見は皆無であった,三陸沖の
海溝寄りの領域は,海底に凹凸があり,へこんでいる部分には堆
積物が入る一方で,凸の部分(地塁)には堆積物が溜まらず,陸
側のプレートとより強くカップリング(固着)するため,そのよ
うな場所では海溝付近でも地震が発生し津波地震になるが,海底
地形に凹凸がないところでは堆積物が一様に入ってくるので,堆
積物の下ではカップリング(固着)が弱くなって地震を起こしに
くいという見解が谷岡・佐竹論文(1996)によって示された
ことにより,明治三陸地震は既往地震としてメカニズムがある程
度特定され,モデルが設定できる地震となっていたし,付加体モ
デルの考え方が一般化しつつある中で,三陸沖の海溝寄りの領域
には付加体がみられるが,福島県の海溝寄りの領域では付加体が
みられないことが分かっており,JAMSTECが行った海底深
部構造の調査結果や鶴論文によれば,三陸沖の海溝寄りの領域と
福島県沖の海溝寄りの領域では,海底の深部構造が異なっている
ことも判明していたことなどから,三陸沖の海溝寄りの領域と福
島県沖の海溝寄りの領域とでは,プレートの固着状況や堆積物の
状況等から,同一性,近似性が否定される状況にあり,このこと
は,本件事故時点まで変わらなかったと主張する。
ヨーロッパ諸国では1940年代頃から主張され始め,日本では,
代表的な論文として宮村論文(1962)以降,垣見論文(19
83),萩原マップ等が出されてはいたものの,平成14年当時,
いまだ確立した知見に至っていたとはいえないし,萩原マップに
おいては,日本海溝沿いの岩手県南部沖から房総半島沖までの海
域一帯を一つの区分としていたこと(なお,一審被告国は,平成
15年には三陸沖と福島県沖を別の区分とした垣見マップが作
成・公表されていることから,平成3年に公表された萩原マップ
は,平成14年当時の知見としては既に古いものとなっていた旨
主張するが,平成15年に垣見マップが公表されたからといって,
直ちに萩原マップの合理性がなくなるものともいえないし,「津波
評価技術」も萩原マップを参照していることなどに照らせば,萩
原マップが平成14年当時には参照できないほど合理性を失って
いたとはいえない。)などからすれば,一審被告国の上記主張を直
ちに採用することはできない。
また,海底の凹凸や付加体の有無等の海底構造の差異について
は,一審被告国がその根拠として挙げる谷岡・佐竹論文(199
6)の執筆者である佐竹健治は,地震本部における「長期評価」
策定に向けた議論においては同論文に係る見解に言及しておらず,
同論文は「長期評価」の参考文献にも挙げられていない上,そも
そも同論文は,津波が生じる必要条件として海溝近くの海底の起
伏の大きさ等の特徴を挙げているものではなく,あくまで仮説を
立てて「明治三陸地震の発生域で将来マグニチュード7クラスの
地震が起きた場合」には津波地震となる可能性が非常に高いとし
ているにすぎないもので,明治三陸地震の発生域にみられる付加
体等の特徴的な海底構造が津波発生の必要条件であり,日本海溝
沿いの他の場所では津波は起きないなどと断定したものではなか
ったし,海溝付近に付加体が形成されていない領域でも過去に津
波地震が発生していることは平成14年頃に既に明らかになって
時通説あるいは有力説であったとまでいうことはできず(ちなみ
に,地震学者の松澤暢は,別件(刑事事件)の証人尋問で,「付加
体の議論は私自身は非常にもっともらしいと思いましたけれども,
評価として使うレベルまでいっているかといわれると,多分,多
くの委員はちゅうちょしたんだろうなというふうに理解しました」
と供述している(乙B407の1・86頁)。),三陸沖の海溝寄り
の領域と福島県沖の海溝寄りの領域との海底構造の差異を殊更強
調して「長期評価」の見解の信頼性が低いと主張することは当を
得ていないといわざるを得ない。「長期評価」は,佐竹健治も含め
た多数の専門家が加わって議論され,平成14年に作成・公表さ
れたものであることなどにも鑑みると,一審被告国の上記主張は
失当というべきである。
エ慶長三陸地震及び延宝房総沖地震
一審被告国は,「長期評価」の見解が,過去約400年に3回の
津波地震が発生したとしていることについて,明治三陸地震以外
の慶長三陸地震及び延宝房総沖地震は,平成14年当時,これら
が津波地震であったか否かや,その震源がどこであったのかは明
らかではなかったのに,これらをいずれも日本海溝沿いで発生し
た津波地震であると断定し,その科学的根拠を明示していないこ
となどから,「長期評価」の記載だけではその見解が審議会等の検
証に耐え得る程度に客観的かつ合理的根拠に裏付けられたもので
あると判断できるものではなかったと主張する。
そして,具体的に,慶長三陸地震は,平成14年当時の科学水
準に照らした場合,既往地震としてメカニズムが特定されず,モ
デルが設定できる地震とはなっていなかったため,慶長三陸地震
が発生した領域と福島県沖の日本海溝沿いの領域との同一性,近
似性を議論・検討する以前の状況にあり,このことは,本件事故
時点においても変わらなかったと主張する。
しかしながら,一審被告国の上記主張に沿うような意見は,平
成14年当時の長期評価部会海溝型分科会においても委員から出
ていたものであるが,同分科会では,それらの意見が出されなが
らも,多数の地震学者らの議論を経て,最終的に「最新の知見を
用いて最善と思われる手法により行った」ものとして「長期評価」
の見解がまとめられ,一審被告国の一機関である地震本部から公
表されたのであるから,そのこと自体に照らしても,「長期評価」
の見解が客観的かつ合理的根拠を有する科学的知見であることを
否定することはできないというべきである。また,「長期評価」の
見解における知見が「規制権限の行使を義務付ける程度」に至っ
ているかどうかという観点から重要なのは,福島県沖にも津波地
震が起きると考えるべきかどうかであって,その地震が起こるメ
カニズムの詳細ではないというべきところ,平成16年度及び平
成20年度に土木学会津波評価部会において実施されたアンケー
トの結果に照らしても,地震学者の間では,福島県沖海溝領域で
は津波地震は起きないという見解より同領域を含むどこでも起き
るとする見解の方が有力だったと認められる(前記第2節第4の
のであるから,過去の地震の詳細が不明であること
を理由に,「福島県沖にも津波地震が起きる」と考える「長期評価」
の見解を防災対策において考慮しないとすることが正当化される
ものではないというべきである。
また,一審被告国は,延宝房総沖地震について,平成14年当
時,震源域や規模のほか,これが津波地震であるかどうかについ
てすら明らかになっておらず,モデル化の前提となる知見として
は羽鳥論文(1975)(甲B6の3・2~30頁)くらいしかな
く,既往地震としてのメカニズムと領域が十分に特定されていな
い状況であった,その後,今村・佐竹・都司論文(平成19年)に
より茨城県沖波源モデルが設定されるなど,既往地震としてのメ
カニズムや発生領域がある程度特定され,波源モデルとしてモデ
ル化できる地震となりつつあったが,同論文においても,波源モ
デルの設定に関する課題もあるとされていたから,同地震が発生
した領域と福島県沖の日本海溝沿いの領域とを比較検討した場合,
プレートの固着状況等の同一性や近似性を認めるには足りない状
況であったと主張する。
しかしながら,延宝房総沖地震は,平成14年の「津波評価技
術」においても,上記羽鳥論文の図を引用しながら,延宝房総沖
地震は「海溝付近で津波地震と考えられる1677年地震津波が
発生している」としているのであるから,今村・佐竹・都司論文
(平成19年)が出る前の段階で「長期評価」において取り上げ
たことが「長期評価」の見解の信頼性を損なうようなものであっ
たとはいえない。まして,同論文が発表された以降は,既往地震
としてのメカニズムや発生領域がある程度特定され,波源モデル
としてモデル化できる地震となったというべきであるから,同地
震が津波地震であるとの前提で作成された「長期評価」の見解の
信頼性は更に高まったといえ,そのことは,論文執筆者(今村文
彦)による,同論文による茨城県波源モデルは延宝房総沖地震が
二つの異なる性質を持つ地震であったことを示すモデルであって,
下側の断層については,太平洋プレートとフィリピン海プレート
の沈み込みに伴う影響を受けたと考えられるものであったとの別
件訴訟における証言(乙B372の1,乙B393の1・21~
24頁)を考慮しても,左右されるものではない。
オ「長期評価」公表後の専門家らによる異論等
原子力安全委員会における議論等
一審被告国は,「長期評価」の公表以降,原子力安全委員会に
おける審議の過程で,様々な委員から,「長期評価」の見解一般
を規制判断を行う際の前提として取り扱うことへの異論が出さ
れたなどと主張する。
しかしながら,一審被告国が指摘する委員の異論が出された
のは,原子力安全委員会の一分科会における1回の審議の中で
のことにすぎない(乙B379)。また,原子力安全委員会に寄
せられた国民からの意見に対し,「長期評価」は目的・評価方法・
データが異なることから,原子力安全委員会が直接それらを取
り入れることはない旨の回答をしたこと(乙B381,382)
は,それ自体としては当然の内容であって,「長期評価」の見解
に対する原子力安全委員会の評価を示すものとはいえない。
垣見マップ
一審被告国は,「長期評価」の公表後である平成15年に公表
された垣見マップは,「長期評価」における領域区分とは異なる
もので,「長期評価」を参考文献に掲げておらず,これを新たな
地震地体構造論上の知見とみなしていないと主張する。
しかしながら,そもそも垣見マップは「長期評価」が公表さ
れる以前に投稿されたものなのであるから(第2節第2の1⑵
り,そのことが「長期評価」の見解の信頼性の評価を左右する
ものではない。また,垣見マップの領域区分が「長期評価」の
それよりも詳細な区分を採用し,福島県沖の領域(8A3)を,
明治三陸地震の震源域がある三陸沖(8A2)や延宝房総沖地
震の震源域である可能性のある房総沖(8A4)とは異なる区
分としたこと(乙B163)が,地震地体構造論としての最新
の見解であったといえるとしても,そもそも地震地体構造論自
体が一つの仮説にすぎず確立された見解とはいえないものであ
ったから,「長期評価」の見解がそれ以前の地震地体構造論を参
照して作成されたのだとしても,その信頼性が直ちに失われる
とまではいえないし,仮に一審被告国が主張するように,「長期
評価」の「同じ構造をもつプレート境界の海溝付近に,同様に
発生する可能性があるとし,場所は特定できないとした」(19
頁)との記載が,三陸沖北部から房総沖にかけての海溝寄りの
領域を地震地体構造上一体であることを認める意味を含まず,
海溝軸から陸寄りに向けてどこでも徐々に沈み込んでいるとい
う大局的な構造や海溝軸からの距離を示すものにすぎないのだ
とすれば(乙B190の2・3頁),「長期評価」は,当時の地震
地体構造論を参照しつつも,必ずしも地震地体構造論に全面的
に依拠して策定されたものではないといえるから,なおのこと
地震地体構造論の新たな見解が公表されたからといって,「長期
評価」の見解の前提が崩れることにはならない。
鶴論文,松澤・内田論文,石橋論文及び都司論文
「長期評価」公表後に公表された鶴論文は,谷岡・佐竹論文
(1996)やJAMSTECによる構造探査結果を前提に,
北部の海溝軸付近と南部の海溝軸付近とでは地域差がみられる
として,このことが日本海溝域でのプレート境界地震発生の地
域差を説明できる可能性があると示唆しているところ(前記第
の見解の前提となっている明治三陸地震クラスの津波地震が福
島県沖でも発生する可能性について否定的に働くものであった
と主張する。また,平成15年に公表された松澤・内田論文(前
海溝近傍では,三陸沖のような厚い堆積物は見つかっていない
ため,大規模な低周波地震が起きても大きな津波は引き起こさ
ないかもしれないとしているところ,一審被告国は,この松澤・
内田論文は,福島県沖で明治三陸地震クラスの津波地震が発生
する可能性が低い旨を指摘しているのであるから,「長期評価」
の見解と整合しないものであったと主張する。さらに,同年に
公表された石橋論文は,延宝房総沖
地震の規模はM6.5程度かもしれないとして,「長期評価」
が同地震をM8クラスとして,慶長三陸地震(1611年)や
明治三陸地震(1896年)と同グループのものとして扱った
ことに疑問を呈しているところ,一審被告国は,これは「長期
評価」の見解が延宝房総沖地震を取り込んだことについて異論
を述べたものであると主張する。加えて,同年に公表された都
司論文慶長三陸地震は津波地震
ではなく,地震によって誘発された大規模な海底地すべりによ
るものであった可能性が高いとしているところ,一審被告国は,
これは「長期評価」の見解と異なるものであると主張する。
確かに,前2者は,日本海溝沿いについて,北部の海溝軸付
近と南部の海溝軸付近とに違いを見いだし,南部である福島県
沖に津波地震が発生する可能性が北部である三陸沖よりも相対
的に低い可能性を理学的に示唆した論文であったといえる。ま
た,後2者は,「長期評価」が三陸沖北部から房総沖の海溝寄り
のプレート間大地震(津波地震)として過去400年間に3回
発生したとして挙げた延宝房総沖地震と慶長三陸地震を,それ
ぞれそこに挙げることに正面から異論を呈したり(石橋論文),
あるいは異なる見解を示したり(都司論文)するものであった
といえる。
しかしながら,これらはあくまでも学者による個人的な論文
にすぎず,「長期評価」公表後1年程度以内にこれらが発表され
たからといって,一審被告国の一機関に多数の専門家が集まっ
て議論した末に作成・公表された「長期評価」の信頼性を直ち
に揺らがせるものであるとはいえない。
地震学会会長兼調査委員会委員長の異論
「長期評価」公表直後である平成14年8月8日,当時地震
学会会長兼調査委員会委員長であった大竹政和(東北大学名誉
教授)が,当時の地震本部地震調査委員会委員長であった津村
建四朗に対し,概略,①「長期評価」が慶長三陸地震(1611
年)を正断層型の地震ではなく津波地震であると判断した根拠
等を問いただし,②「長期評価」は宮城県沖地震及び南海トラ
フ地震に係る長期評価に比べて格段に高い不確実性を持つこと
を明記するよう求めるなどしたこと,これに対する対応として,
地震本部は,①については「長期評価」の記載の一部を修正す
ることとし,②については今後検討するなどとした事実が認め
られるところ(乙B370),一審被告国は,この事実をもって,
「長期評価」の見解が当時多くの専門家から受け入れられない
内容であったと主張している。
しかしながら,大竹政和の異論も,学者による個人的な見解
にすぎず,「長期評価」の見解の信頼性の判断に際して相応の資
料価値を有するとはいえるものの,直ちに同見解の信頼性を揺
あり,そのことは上記①及び②の地震本部の対応を踏まえても
特に異なるものではない。
「地震動予測地図」との関係
地震本部地震調査委員会は,平成17年3月23日,「全国
を概観した地震動予測地図」報告書(地震動予測地図)を作成・
公表したが,そこでは「長期評価」の見解を,確率論的手法の
基礎資料としてのみ取り扱い,決定論的手法の基礎資料として
告国は,これは,地震本部自身も,「長期評価」の見解は決定論
的に取り扱うまでの十分な科学的根拠を伴っている知見ではな
く,科学的根拠が乏しく理学的に否定できない知見にすぎない
として取り扱っていたものであると主張する。
しかしながら,地震動予測地図は,「ある特定の震源断層に
着目し,そこで地震が発生した場合に周辺の地域がどの程度の
強い揺れに見舞われるかを示した地図」(乙B361の1・2
頁)であり,地震動による揺れの評価が対象であって,津波の
影響は評価対象ではない。津波地震とは,地震動に対して異常
に大きな津波を発生させる地震を指すのであるから(前記第2
の目的が異なるものである。したがって,かかる地震動予測地
図の内容を形式的に参照して「長期評価」の見解の信頼性を問
題とする一審被告国の主張は失当である。
また,この点を措いたとしても,地震動予測地図のうち,確
率論的手法に基づく地図については,「全国で発生する様々な
地震について,長期的な地震発生の可能性を考慮し,将来見舞
われるおそれのある強い揺れの可能性を地域毎に評価した結果
を地図上に示すもの」(同3頁)であり,全国を対象として起
こり得る地震動をくまなく評価する観点から,発生可能性のあ
る地震を網羅することとされているため,「長期評価」の見解
に基づく津波地震も考慮対象としているのに対し,決定論的手
法に基づく地図については,「特定の一つの地震に対して,震
源断層のずれ動き方などのシナリオを想定し,その地震が発生
したときに評価対象地域がどのような強い揺れに見舞われるか
を示すもの」(同3頁)であるため,対象地域を特定した上で,
発生確率や周辺地域への影響の大きさ,強震動予測手法の高度
化の観点から,そこで対象とする地震を選び出したとされてお
り,その選抜の過程で,上記目的達成の観点から対象とする地
震を絞っていると推認されるから,そこで選抜されなかったと
しても,「長期評価」の見解の信頼性を評価するに当たって大
きな意味を持つものとはいえない。
さらに,地震動予測地図は,「長期評価」を検討した地震学
者を主な委員とする長期評価部会のメンバーに加え,地震工学
等の専門家を含めた委員からなる地震動評価部会で検討された
強震動評価を総合的に取りまとめて作成・公表されたものであ
るから,地震学に係る専門性が長期評価部会よりも薄められた
母体における議論の結果ともいえるのであって,そこでの取扱
いをもって,より地震学の度合いの濃い長期評価部会作成に係
る「長期評価」の見解の信頼性を低めるものとはいえない。
中央防災会議の報告
内閣府に設置された中央防災会議の日本海溝・千島海溝周辺
海溝型地震に関する専門調査会は,平成18年1月25日,日
本海溝・千島海溝報告書を作成し,同報告書において,調査対
象領域については「長期評価」を基本としつつも,防災対策の
検討対象とする地震は,既往の巨大地震が確認されている地域
に限ることとして,福島県沖海溝沿い領域を防災対策の検討対
象から除外した(前記第2節第4の2)ところ,一審被告国は,
この結論に至るまでの議論は,「長期評価」公表後に示された海
底地形及び海溝軸付近の堆積物の形状等に関する最新の調査結
果などを踏まえたものであったが(甲B1・307頁,乙B2
70・15,16頁,乙B275・8~10頁),その結果,平
成18年時点においても,「長期評価」の見解は地震地体構造の
知見として客観的かつ合理的根拠を伴うものではないと判断さ
れていたと主張する。
しかしながら,中央防災会議は,我が国の全ての地域及び住
民と全ての施設を対象とする広域的かつ一般的な防災対策を対
象とするものであって,地方公共団体に防災対策を法令上義務
付けることとなり,時間的・財政的制約を考慮せざるを得ない
性質のものであるから,既往地震が確認されている領域のみを
検討対象とすることとし,福島県沖海溝沿い領域を検討対象か
ら除外したのであって(もっとも,貞観地震(869),慶長三
陸地震(1611),延宝房総沖地震(1677),昭和三陸(1
933)の4つの地震については,防災対策の検討対象とはし
ないものの,それぞれ大津波が襲来したとされていることなど
に留意すべきとされ,慶長三陸地震(1611)については,
明治三陸地震の断層モデルの津波による防災対策と重なる領域
もあるが,陸前高田市以南さらに福島県北部沿岸において津波
が大きかったという史料があるのでこの点に留意すべきとされ
ている(乙B16・15頁)。)。このことから,極めて高度な安
全性が求められる施設である原子力発電所の津波対策において
も福島県沖海溝沿い領域の地震を想定しなくてもよいというこ
とになるものではない。前示したとおり,「長期評価」の見解は
科学的判定というべき性質のものであって(前記ア),これが一
般の社会的・経済的諸要素を踏まえた価値判断的な評価である
行政判断をすべき中央防災会議で採用されなかったからといっ
て,その科学的信頼性が低下することにはならない。したがっ
て,中央防災会議の報告によって「長期評価」の見解の信頼性
が否定されるものではない。
なお,一審被告国の当審第16準備書面97頁中の,「長期評
価」が設定した波源と日本海溝・千島海溝報告書が設定した波
源とを対比させるために一審被告国が作成した図表(図表11)
では,後者の波源域図の中に前者の波源域のエリアが一部位記
されている(赤い点線で囲んでいる部分)ところ,前者の波源
域のエリアが実際よりも東側にずらして位記され,その結果と
して両者がほとんど重ならないような図となっているが,ミス
リーディングで不適切なものといわざるを得ない。
土木学会の第4期津波評価部会
一審被告国は,本件事故直前である平成21年度から平成2
3年度にかけて開催された第4期土木学会原子力土木委員会津
波評価部会では,一審被告東電の委託を受けて津波評価技術の
改訂に向けた議論をしていたところ,「長期評価」の見解がその
まま規制に取り込める程度に客観的かつ合理的根拠に裏付けら
れた科学的知見であるとは判断されなかったと主張する。
しかしながら,土木学会は土木工学に関する民間の学会であ
る社団法人にすぎず,その津波評価部会は平成13年3月時点
において委員及び幹事30人のうち過半数を電力会社又はその
関連団体に所属する者が占めるような部会であった(前記第2
,原子力事業者を適正に監督・規
制するための見解を策定するには不向きな団体であるといわざ
るを得ず,そのような津波評価部会が,採用すれば原子力事業
者に重い負担を強いる結果となりかねない「長期評価」の見解
を採用しなかったとしても,その意義はおのずから限界がある
というべきであって,一審被告国の予見可能性に係る前記判断
を左右するものとはいえない。
カ「長期評価」公表後の改訂等
長期評価信頼度の公表
一審被告国は,平成15年3月に地震本部地震調査委員会が
公表した長期評価信頼度において,「三陸北部から房総沖の海溝
寄りのプレート間大地震(津波地震)」について,発生領域及び
発生確率の各評価の信頼度がいずれも4段階中C(やや低い)
ら一審被告国の予見可能性ないし予見義務を導くことは不適当
であると主張する。
しかしながら,長期評価信頼度の記述によれば,同分類にお
いては,「発生領域の評価の信頼度」は,「想定地震と同様な地
震が領域内で1~3回しか発生していないが,今後も領域内の
どこかで発生すると考えられる。発生場所を特定できず,地震
データも少ないため,発生領域の信頼性はやや低い。」ものがC
評価と,4回以上発生しているものがB評価とされており,「発
生確率の評価の信頼度」は,「想定地震と同様な地震が領域内で
2~4回と少ないが,地震回数をもとに地震の発生率から発生
確率を求めた。発生確率の値の信頼性はやや低い。」ものがC評
価と,5~9回発生しているものがB評価と,10回以上発生
しているものがA評価とされているのであるから,これらの評
価は,いずれも領域内での過去の地震の発生回数を基準として
機械的に付されたにすぎないものであって,このランク分けが
防災対策を検討する上で決定的な意義の相違をもたらすものと
は考え難い。すなわち,過去の地震については,それぞれの領
域ごとに発生回数等の地震に関するデータが残されている期間
が異なるところ,例えば,400年間に3回発生した領域と8
00年間に6回発生した領域を比較すると,発生確率は等しく
なるが信頼性は上記評価方法によれば前者が低く後者が高いと
されることとなり,「三陸北部から房総沖の海溝寄り」について
は,地震データが400年程度に限られていることからC評価
となったものであって,このように対象データが少ないために
不確実性が紛れ込まざるを得ない見解であっても,防災対策の
策定に当たってこれを考慮しなくてよいということに直ちにな
らないことは,むしろ明らかというべきである。
平成21年3月の「長期評価」の一部改訂
地震本部は,平成21年3月,「長期評価」の一部改訂を行っ
たが,「長期評価」の見解に係る記載はほぼ同一であり,発生確
率の更新も行われなかった(丙B50)ところ,一審被告国は,
このことは,三陸沖北部から房総沖の海溝寄りの領域を一体と
みなす「長期評価」の見解について,平成14年以降,地震地
体構造上,客観的かつ合理的根拠を与えるような新たな科学的
知見が公表されていない状況であったことの証左であるとして,
「長期評価」の見解が,平成21年時点においてもなお「理学
的に否定できない知見」のままであったと主張する。
しかしながら,一審被告国が「長期評価」公表後に現れた異
論等としてるる主張する事実がありながら,なお,地震本部が
上記改訂においても「長期評価」の見解に修正を加えなかった
ことは,むしろ,一審被告国が主張する事実は地震本部による
「長期評価」の見解を揺るがせるものではなく,地震本部は「長
期評価」公表後の新たな知見等を踏まえてもなお「長期評価」
の見解が合理性を失っていないと判断したからこそ改訂時に修
正しなかったとみることが相当というべきであって,一審被告
国の主張は失当である。
キ本件事故後に証拠化された専門家の供述
以上のほか,一審被告国は,本件事故後に本件訴訟や同種訴訟
等のために証拠化された地震研究又は津波研究に係る専門家(津
村博士(地震学者),松澤教授(地震学者),今村教授(津波工学
者),首藤名誉教授(津波工学),谷岡教授(地震学者),笠原名誉
教授(地震学者),佐竹教授(地震学者))らの回顧的供述を援用
して,これら専門家は,「長期評価」の見解は単に「理学的に否定
できない知見」という趣旨で公表されたものであって,それ以上
の具体的根拠を有するものではなかった旨の見解を示していると
主張する。
しかしながら,そもそも上記の各供述は,「長期評価」が公表さ
れた当時に一審被告国(保安院等)や一審被告東電が聴取したも
のではなく,当時の一審被告国がこうした専門家の意見を踏まえ
て規制権限を行使しなかったという関係にないことは明らかであ
る。一審被告国がその当時に実際に行った対応は,一審被告東電
に対するヒアリングを実施し,一旦は「長期評価」の見解を踏ま
えたシミュレーションをするよう指示したのに,一審被告東電担
当者から強く抵抗されると,「長期評価」の見解の根拠を確認する
ようにと指示を変え,これに対し,一審被告東電は,自らが抵抗
の根拠とした論文の共著者である委員に問い合わせただけで,そ
の報告内容も「長期評価」の見解の根拠を確認するという指示に
応えたものではなかったのに,これをそのまま受け入れてしまっ
たものであることは,前示(前記第2節第3の2⑴)のとおりで
あって,後日重大事故が発生した後になって,「長期評価」の見解
の信頼性に当時から疑問を抱いていた旨の供述をどれほど集めた
ところで,それらが当時の一審被告国の不作為に対する違法性の
判断にいかなる意義を有するか自体が不明確であるといわざるを
得ない。これが仮に,一審被告国が「長期評価」が公表された当
時にその信頼性等について自ら適切に調査しあるいは一審被告東
電をして適切に調査させていたとしても,上記のとおり「理学的
に否定できない知見という以上の具体的根拠を有するものではな
い」といった意見が聴取され,「長期評価」の見解を基にして福島
第一原発の安全性を一審被告国が再検討する必要や一審被告東電
をして再検討させる必要はないと正当に判断していたであろうか
ら,現実には何もしていなかったとしても,その不作為が国賠法
上違法と評価されることはない,という趣旨のものであるとして
も,そもそもこれらの供述者が「長期評価」が公表された当時に
尋ねられていたとすれば,本件事故後に本件訴訟や同種訴訟等の
ために求められて供述したのと同様の意見を述べたはずであると
直ちに推認することはできないから,かかる主張を採用すること
はできないというべきである。
このように考えるべきことは,例えば,現在,地震本部地震調
査委員会津波評価部会部会長を務めている今村文彦(津波工学者)
が,平成28年12月19日付け意見書(乙B187)において
は,「津波地震については三陸沖と福島沖・茨城沖との違いを示唆
する理学的知見が存在したことから,既往地震について考慮する
以外に,日本海溝沿いのどの地域でも発生すると取り扱うべきと
はとても考えられなかった。」旨を述べているものの,本件事故前
の平成20年2月26日には,一審被告東電に対し,「福島県沖海
溝沿いで大地震が発生することは否定できないので,波源として
考慮すべきであると考える。」との意見(今村文彦見解)を述べ,
その結果として一審被告東電が子会社に平成20年試算をさせる
に至っていたという証拠上明らかな事実(前記第2節第3の2⑶
及び⑷)も一つの証左となる。本件における現実の事実経過は,
本件事故前に「長期評価」等の重大事故の危険性を示唆する情報
が公表されていたのに,その情報に係る警告が防災に役立てられ
ないまま未曾有の大災害に至ったというものであるところ,かか
る事実経過に関与してしまった専門家の多くにとっては,自らが
関与しながら,結果的に本件事故を防ぐことができなかった原因
を「長期評価」の見解の信頼性の低さや未成熟性に求めることに
よって,自らの当時の対応を正当化し自らを納得させたいという
無意識のバイアスがかかると考えられるから,本件事故前に一審
被告らがこれらの専門家に意見を求めたとしても,本件事故後に
したのと同じ供述がされたはずであると推認することはできない
とみることが相当というべきである。
ク小括
以上によれば,「長期評価」の見解の信頼性を論難する一審被告
国の主張は,いずれもそのまま採用することはできないといわざ
るを得ず,これらの主張を踏まえても,「長期評価」の見解は,一
審被告国自らが地震に関する調査等のために設置し多数の専門学
者が参加した機関である地震本部が公表したものとして,個々の
学者や民間団体の一見解とはその意義において格段に異なる重要
な見解であり,相当程度に客観的かつ合理的根拠を有する科学的
知見であったことは動かし難く,少なくとも,これを防災対策の
策定において考慮に値しないなどということは到底できなかった
というべきである。
4結果回避可能性
⑴一審被告国の結果回避可能性の位置付け
前記第1のとおり,結果回避可能性は,本件における経済産業大
臣の規制権限不行使の違法性を検討する際の考慮要素となると解さ
れるが,それとともに,国賠法上の責任を認めるためには,規制権
限を行使すれば現実に生じた損害の発生を防止することができたか
どうかという,作為と結果回避との間の因果関係の要件でも必要で
あると解されるところ,本件では,本件事故により実際に発生した
本件津波は「長期評価」の見解から予見可能であった想定津波より
巨大なものであったから,予見可能な結果に係る回避行為を尽くし
ても実際の結果発生が不可避であったのではないかという形で,結
果回避可能性の有無が争点となっている。
この点に関し,上記のとおり二つの場面で問題となる「結果回避
可能性」の相互関係については,両者をいずれも本件事故という結
果の回避可能性であって実質的に重なるものと解する立場のほか,
前者の場面である,特定の時点において公務員が権限を行使しなか
ったことが国賠法上の違法性を有するかどうかは,その時点におい
て権限を行使したとすれば同時点で予見される結果を回避すること
ができたといえるかどうかという問題であると捉え,当該権限行使
により(本件津波ではなく)想定津波の到来による被害を回避する
ことができたかどうかについて判断すべきであって,仮に想定津波
は回避できたが本件津波は回避できなかったと認められるとすれば,
その場合には規制権限不行使の違法性は肯定されるものの不作為と
結果発生との因果関係は否定されるために,結果として国賠法上の
責任を負わないこととなる,すなわち,上記争点は,規制権限不行
使の違法性ではなく因果関係の場面において問題となるものである
と理解する立場もあり得る。しかし,上記いずれの立場であっても,
作為義務を果たした(規制権限を行使した)場合に本件事故という
結果を回避することができたかどうかの検討が不可欠であり,これ
が一審被告国の責任の成否を左右することとなることには変わりが
ないから,以下では,本件事故という結果の回避可能性について,
検討を進めることとする。
⑵結果回避可能性を基礎付ける事実の主張立証責任
本件における一審被告国の規制権限の行為は技術基準適合命令の
発令とされているから,一審被告国の結果回避可能性の有無は,経
済産業大臣において技術基準適合命令を発した場合に,本件事故の
発生を回避することができたといえるかどうかによるところ,この
場合の技術基準適合命令の内容は,経済産業大臣が炉規法24条1
項4号所定の基準適合性が失われていると判断した理由を具体的に
記載することが必要であり,その結果,命令を受けた者においてい
かなる点を改善すべきであるかが明示されることとなると解される
が,更に進んで,その改善のためにいかなる具体的措置をとるべき
かまでを技術基準適合命令中において特定する必要はなく,その点
は命令を受けた者である一審被告東電において,具体的措置を検討
し適宜の方法を選択すべきこととなると解される。
において説示したところに加え,このよう
な理解を前提とすると,本件における一審被告国の結果回避可能性
におい
て説示した一審被告東電の場合と同様,予見可能であった(予見義
務のある)津波に関して,一審原告らにおいて,一定程度具体的に
特定して結果回避措置についての主張・立証を果たした場合には,
一審被告国において,当該措置が実施できなかったこと又は当該措
置を講じていても本件事故が回避不可能であったこと等の結果回避
可能性を否定すべき事実を相当の根拠・資料に基づき主張・立証す
る必要があり,一審被告国がかかる主張・立証を尽くさない場合に
は,結果回避可能性があったことが事実上推認されるものとみるこ
とが相当であり,本件において一審原告らは上記の主張・立証を果
たしているといえるから,一審被告国において,一審原告らが主張
する上記各措置が実施できなかったこと,又はこれらの措置を講じ
ていても本件事故が回避不可能であったこと等の,結果回避可能性
を否定すべき事実を,相当の根拠,資料に基づき主張・立証しない
場合には,結果回避可能性及び因果関係があることが事実上推認さ
れるとみることが相当である。
そこで,以下では,かかる考え方に基づき,一審原告らが主張す
る防潮堤の設置並びに重要機器室及びタービン建屋等の水密化によ
る結果回避可能性について,順次検討することとする。
⑶防潮堤の設置について
証拠(乙B175・14頁,乙B180・6頁,乙B186・44
頁,乙B187・38頁,乙B188・20頁,乙B347・120
頁,乙B393の1・96頁,乙B402・43頁,乙B426の
1,2)によれば,少なくとも本件事故当時までは,津波対策とし
ては,ドライサイトコンセプト,すなわち,安全上重要な全ての機
器が設計基準津波の水位より高い場所に設置されることなどによっ
て,それらの機器が津波で浸水するのを防ぎ,津波による被害の発
生を防ぐという考え方が主流であり,我が国においては,仮に設計
基準津波が敷地に浸入することが想定された場合には,防潮堤・防
波堤等の設置により津波の敷地への浸入を防止してドライサイトを
維持することが津波対策の基本的な考え方であったことが認められ
る。したがって,一審被告国(経済産業大臣)から技術基準適合命
令が発せられた場合に一審被告東電が検討する結果回避措置として
は,第1次的には,津波に備えた防潮堤を設置することが考えられ
たであろうといえる(乙B175,185,186,188,丙B5
1)。
もっとも,一審被告らは,本件事故後に平成20年試算に基づく
本件試算津波に対して対応することができる防潮堤を設置した場合
のシミュレーションを行ったところ,本件試算津波は福島第一原発
から南東方向の沖合に置かれた波源からの津波であったことから,
福島第一原発の敷地南側からが大きなものとなり,主要建屋が存在
する10m盤に津波が流入してくるのは敷地南側からのみであるた
め,仮に本件試算津波を本件事故前に予想でき,高い波高が予測さ
れる場所(南側)にそれに応じた高い防潮堤を設置していたとして
も,これでは敷地の北側,東側及び南側の全ての方向から到来した
本件津波による浸水を回避できなかったと主張する。
しかしながら,一審被告らが援用する証拠(丙B51)は,本件
試算津波を基に鉛直壁を設定して波高を確認した上で,高い波高が
予測される場所に防潮堤を設置するという,正に本件試算津波のた
めのオーダーメイドの防潮堤を設置すると仮定したものであるとこ
ろ,そのような局所的な防潮堤に対しては疑問を呈する専門家の意
見も存するところである(甲B465・25頁)。さらに,そもそも
「長期評価」の見解は,福島県沖の日本海溝寄りの海域のどこでも
津波地震が発生する可能性があるというものであったが,平成20
年試算は,東電設計において福島県沖海溝沿い領域に明治三陸地震
の波源モデルを置いて実施されたものであり,代入する波源モデル
や波源の設定位置が多少でも異なれば,シミュレーション結果の津
波波高の数値や津波が到来する方向に違いが出てくることとなるか
ら,一審被告らが結果回避義務を尽くすために被害の防止を検討す
る際の対象とすべき想定津波は,本件試算津波のようなピンポイン
トで特定される津波ではなく,個々のシミュレーションによって生
ずる誤差をも考慮した安全裕度を踏まえた,本件試算津波から一定
の幅を持った範囲の津波であったというべきであるから(前記第3
節第2の5),南側からの津波のみに対して防潮堤を設置すれば足
りることにはならないというべきである。南側の防潮堤のみを高く
することが合理的であるとして一審被告国が援用する専門家の見解
のうち,今村文彦(乙B187・38頁)は,あくまでも試算津波が
波源の位置を含めて信頼できるという前提条件を加えた質問に対す
る回答であることなどから,一審被告国の主張を裏付けるものとし
ては失当であるし,岡本孝司(乙B175・14頁)や山口彰(乙B
180・6頁)の意見は,原子力発電所の安全対策に投入できる資
源や資金に限りがあること(リソース有限論)を主な理由とする点
において疑問があるばかりでなく,上記の観点からもにわかに首肯
し難いといわざるを得ない。
したがって,一審被告らの上記主張を採用することはできない。
そして,仮に本件において,「長期評価」の見解等に照らし,福島
第一原発において省令62号4条1項の技術基準に適合しない点が
認められるとして,経済産業大臣から技術基準適合命令が発せられ,
一審被告東電が上記見解を基に安全裕度を踏まえて本件試算津波か
ら一定の幅を持った範囲の津波を想定して防潮堤を築く結果回避措
置を採ったとすれば,それにもかかわらず本件事故という結果の回
避が不可能であったことについての的確な主張立証はない。
なお,一審原告らも自認するように,防潮堤の設置には相当の期
間が必要となると考えられるから,経済産業大臣の技術基準適合命
令を受けた一審被告東電が防潮堤を築くという対策を採った場合に
は,本件津波が到来するまでにそれが完成していたといえるかどう
かが結果回避可能性(権限不行使と結果との因果関係)の点におい
て問題とはなり得る。
しかしながら,そもそも本件では,一審被告らにおいて,結果回
避手段として防潮堤の設置を選択したとしても本件事故までにその
完成が間に合わなかったから結果発生を避けることができなかった
ということについては,的確な主張・立証がされていない。加えて,
一件記録上,東海第二原子力発電所における防護壁の設置に3年5
か月又は6年4か月を要したという例もみられるものの(甲B25
3・2頁,乙B187・46頁),これはそれぞれ福島県が浸水区域
図を公表した時点,スマトラ島沖地震発生時点から本件津波が起き
るまでの期間であり,工事期間として参照するには不正確であるこ
と,専門家の見解の中には3年間で足りるとするものも見受けられ
ること(甲B465・33頁)などにも鑑みれば,「非常に長い年月
が必要であり」,「施設がもう近くにございますので,工事の施工
自体も難しいかなと考えます。」との今村文彦の別件刑事事件にお
ける証言(乙B442・18頁)を考慮しても,防潮堤の設置によ
る結果回避可能性は否定されないというべきである。
⑷重要機器室及びタービン建屋等の水密化について
一審原告らは,結果回避措置として,津波が福島第一原発の敷地
に浸入したとしても本件事故を防ぐことができるような,重要機器
室及びタービン建屋等の水密化が可能であったと主張し,これに対
し,一審被告国は,津波が敷地に浸入することを容認した上で建屋
等の全部の水密化を行うことは合理性・信頼性のある対策とはいえ
ず,規制機関がそのような対策を是認することはあり得ず,そのよ
うな対策を命じる規制権限の行使が義務付けられることもないなど
と反論している。
しかしながら,一審被告国の上記反論のうち,「規制機関が水密
化という対策を是認することはあり得ず,そのような対策を命じる
規制権限の行使が義務付けられることもない」との部分は,ここで
検討されるべきなのは(規制権限行使が義務付けられるかどうかを
判断するための前提として)水密化という対策により結果回避可能
性が認められるかどうかであるし,経済産業大臣が発する技術基準
適合命令の内容に水密化をせよなどという具体的対策の内容まで特
定することが必要であるとは考え難いことは前示(前記⑵)のとお
りであるから,上記反論は二重の意味で的外れであるといわざるを
得ない。また,上記反論は,一審原告らのいう「水密化」とは,「津
波が敷地に浸入することを容認した上で建屋等の全部の水密化を行
うこと」であると解されるという前提(令和元年9月13日付け当
審第12準備書面10頁)に立っているが,これ自体について,一
審原告らから,かかる整理は正確性を欠き,そのような誤解を前提
とする論述は的外れであると批判された(令和元年12月3日付け
控訴審準備書面⒄104頁)のに,当審の弁論終結に至るまで,同
様の主張に終始したものである(令和2年1月20日付け当審第1
5準備書面162頁)。この点についても,一審原告らにおいては,
防潮堤の設置を求めず津波が敷地に浸入することを容認した上で水
密化を求めているわけではないし,水密化の対象は重要機器室及び
タービン建屋等の双方としているのであって,これを「建屋等の全
部」とすることは不正確であるといわざるを得ないのに,水密化に
よっては結果回避が不可能であったとする1審被告国の主張はこれ
を前提としたものなのであるから,にわかに採用することができな
いというほかはない。
もっとも,「水密化」自体に関しては,本件事故当時までは,津波
対策としては,ドライサイトコンセプトという考え方が主流であっ
たことは前示(前記⑶)のとおりである。しかし,本件で結果回避
可能性を判断するため,津波対策として具体的にいかなる措置が想
定されたかを検討するには,その対策の立案が求められる場面が,
新たな原子力発電所の建設に際してどのような津波対策を採用する
かという場面ではなく,既に稼働中の原子力発電所において,敷地
の高さを超える津波が到来し,その結果として重大事故が生ずると
いう危険が存することが明らかとなったとして,経済産業大臣によ
り技術基準適合命令が発せられたという場面であることに留意する
必要がある。そして,津波そのものに対応するためのものではなく
通常の浸水又は溢水に対応するための水密化という技術自体は新し
いものではなく(乙B181),現に国内では東海第二原発や敦賀
原子力発電所等の他の原子力発電所においては本件事故前に建屋の
水密化工事が行われ(甲B435),国外でも主要建屋や重要機器
室の水密化を実施していた原子力発電所も存在していた(前記第2
節第5の3)し,平成22年8月から平成23年2月までに開催さ
れた福島地点津波対策ワーキングにおいても,防波堤のかさ上げ等
と共に(海水ポンプの)電動機の水密化が提案され,こうした対策
工事を組み合わせて対処するのがよいのではないかとの議論がされ
ていた(前記第2節第3の2⑿)というのであるから,仮に,経済
産業大臣から炉規法24条1項4号所定の基準適合性が失われてい
ることが具体的に記載された技術基準適合命令が発せられ,最悪の
場合は福島第一原発の「使用を一時停止」しなければならない(電
気事業法40条)状況に置かれた一審被告東電において,基準適合
性を回復させるために考え得る対策をあらゆる方面から検討したと
すれば,防潮堤の設置と共に,それでも防ぎ切れない浸水に対応す
るための重要機器室及びタービン建屋等の水密化についても検討の
対象となったであろうと推認することが相当であるというべきであ
る。したがって,一審被告国の上記主張が,「防潮堤・防波堤の設置
によりドライサイトであることを維持するという以外の結果回避措
置は考えられなかった」という趣旨であるとしても,これを採用す
ることはできないし,上記のような意味における重要機器室及びタ
ービン建屋等の水密化では本件事故という結果発生を避けることが
できなかったことについて的確な主張・立証がされていないという
べきである。
⑸小括
以上によれば,一審原告らが主張する結果回避措置が実施できな
かった又は実施していても本件事故が回避不可能であった旨の一審
被告国の主張は採用できないから,結果回避可能性及び因果関係が
あることが事実上推認されるというべきである。
5規制権限の性質及び被害者による被害回避可能性
前記第1のとおり,技術基準適合命令の発令については経済産業大
臣に専門技術的裁量が認められるのであるが,その裁量は飽くまで技
術基準適合命令の発令には科学的,専門技術的知見に基づく総合判断
を要することから認められるものであって,そうした根拠から離れた
広範な裁量が許容されるものではない。そもそも経済産業大臣に規制
権限が与えられている趣旨は,原子力事業者が利益追求のために安全
性をないがしろにするようなことがあった場合に,同権限を行使して
原子力災害を防止し公共の安全を確保することにあるのであって,仮
に,原子炉施設において全交流電源喪失のような事態が発生する危険
性が生じているのに原子力事業者においてそのような事態の発生を防
止すべく適切な対応をとっていない場合には,当該施設の周辺の住民
らが自ら被害を回避することは実際上不可能であって,経済産業大臣
の権限行使によってしか安全性を確保することができないものであ
る。加えて,我が国が,原子力基本法を始めとする関係法令,関与機
関,賠償制度,交付金制度等を整備し,エネルギー政策として,原子
力発電所の設置を推進してきたという経緯にも鑑みれば,原子炉施設
周辺の住民のように何らの専門技術的知見を持たない一般人が,専門
技術的知見を有しており,かつ知見を収集することが可能である経済
産業大臣の権限行使を期待し,それしか期待できないとするのも当然
のことであったといえる。
そうだとすれば,福島第一原発の原子炉施設が技術基準に適合し安
全性を具備している状態を確保するために一審被告東電を規制する立
場にある経済産業大臣としては,一審被告東電が津波対策等の防災対
策を適切に講じているか否かについて厳格に判断することが期待され
ていたというべきである。
6「長期評価」の見解に対する一審被告国の対応
⑴平成14年8月の一審被告東電に対するヒアリング等
一審被告国は,「長期評価」の見解が将来の地震発生可能性を確
率によって示すという新しい考え方に基づく知見であり,福島第一
原発の津波に対する安全性の基準該当性に係る従前の評価を覆し得
る知見であったことは認めつつ,原子力規制機関においては,かか
る知見の科学的根拠の有無・程度を検討することなく原子力規制に
取り込むことはできないと認識されていたために,保安院において
は,「長期評価」の見解が客観的かつ合理的根拠に裏付けられた知
見であるのか否かについて調査する必要が生じたが,平成14年8
月に一審被告東電から「長期評価」の見解の科学的根拠についてヒ
アリングをした結果,同見解が客観的かつ合理的根拠に裏付けられ
たものとは認められないと判断し,これを決定論的安全評価には取
り入れず,確率論的安全評価の中で取り入れていくとの一審被告東
電の方針を了解したものであり,「長期評価」の見解を裏付ける科学
的根拠がなかったことを踏まえると,この時点における調査を十分
に行ったと評価されるべきであると主張する。
しかしながら,前示(前記第2節第3の2⑴)のとおり,平成1
4年8月5日に行われた一審被告東電に対するヒアリングにおいて
は,保安院は,当初,福島から茨城沖も津波地震をシミュレーショ
ンすべきとの見解を示したのに,一審被告東電担当者から,福島県
沖では有史以来津波地震が発生していないし,谷岡・佐竹論文(1
996)によると,津波地震は特定の領域や特定の条件下でのみ発
生する極めて特殊な地震であるという考え方が示されているなどと
して,同論文を示して約40分間にわたり抵抗されると,シミュレ
ーションすべきとの上記見解を一旦撤回して,地震本部がどのよう
な根拠に基づいて「長期評価」の見解を示したのかを確認するよう
指示したというのであり,さらに,この指示に対し,一審被告東電
は,海溝型分科会の委員ではあるものの,上記の「抵抗」に際して
用いた論文の共著者である佐竹健治ただ一人に問い合わせただけ
で,保安院に対し,佐竹委員に理由を聞いたところ,佐竹委員は,
分科会で異論を唱えたが,分科会としてはどこでも起こると考える
ことになったとのことであった,土木学会手法に基づいて決定論的
に検討すれば,福島沖から茨城沖には津波地震は想定しないことに
なるが,電力共通研究で実施する確率論ではそこで起こることを分
岐として扱うことはできるので,そのように対応したいと保安院担
当官に伝えたところ,保安院担当官は,それ以上の調査を一審被告
東電に求めることもなく,一審被告東電の上記方針を了解したとい
うのである。
上記事実によれば,当時の一審被告東電は,当初のヒアリングの
段階から一貫して,「長期評価」の見解に基づき福島沖等に津波地震
をシミュレーションさせられることを何としても回避したいと考え
ていたことが優に推認されるところ,そのような一審被告東電の考
え方あるいは姿勢は,当日のやり取り自体から,保安院の担当官に
おいても十分に認識できたはずであるといえる。そして,一審被告
東電が「長期評価」の見解の根拠を確認する対象者を自らの抵抗の
根拠とした論文の共著者である佐竹健治ただ一人としたことの不適
切さも保安院担当官において当然に認識し得たといえるし,当の佐
竹健治の回答内容に係る報告内容が正確で適切なものであるかにつ
いても,上記のような一審被告東電の不適切な対応を認識し得た保
安院担当官としては,一審被告東電の報告を鵜呑みにするのではな
く,自らにおいて確かめることが望まれたといえる。さらに,「決定
論的に検討すれば津波地震は想定しないことになるが,確率論では
分岐として扱うことはできる」という一審被告東電から示された考
え方についても,そもそもこのときの報告自体からは,何故にその
ような考え方が相当であるのかについての説明が尽くされていたと
は認め難いし,確率論として扱うにせよ,問題となる事象が一旦現
実化した場合にその危険性がどのようなものであるかを知ることに
意義があることは同様であることは前示(前記第3節第2の8)の
とおりであるから,かかる方針が示されたからといって,当初一審
被告東電に津波地震のシミュレーションを求めた保安院担当官がそ
の要請を撤回する合理的理由になるとは考え難いのであって,同担
当官は,一審被告東電に対し,少なくとも海溝型分科会の主査であ
る島崎邦彦や他の「長期評価」の見解の結論に賛成した委員に問い
合わせさせるべきであったといえるし,上記のとおりシミュレーシ
ョンの意義を否定すべき根拠が示されたとはいえず,むしろ一審被
告東電の対応はいかにも都合の悪い情報を隠そうとしていることが
疑われるようなものであったから,シミュレーションの要請を撤回
する理由はなく,そのような方針変更が適切であったとはいえない。
しかも,津波の確率論的安全評価の手法(津波PSA)は,この平
成14年当時のみならず本件事故時においてもなお,実際に施設に
適用するのに不可欠なフラジリティデータが不足していたことなど
の理由により,いまだ既存の施設に適用できるレベルに達していな
かったものであることは,一審被告国が自認するところである(令
和2年1月20日当審第16準備書面122頁)から,少なくとも
当面の安全対策には何ら資するものでなかったのであり,したがっ
て,確率論的安全評価において「長期評価」の見解を考慮するとい
う,平成14年8月に一審被告東電が一審被告国に対して示した方
針は,それによって福島第一原発に係る喫緊の安全性確保の要請を
満たし得るものでなかったことは明らかで,そのことは規制機関で
ある保安院の担当官においても当然に認識し得たものであったとい
うべきである。
結局,この時点の保安院の対応は,結果としては,国の一機関に
多数の専門分野の学者が集まり議論して作成・公表した「長期評価」
の見解について,その一構成員で反対趣旨の論文を発表していた一
人の学者のみに問い合わせて同見解の信頼性を極めて限定的に捉え
るという,一審被告東電による不誠実ともいえる報告を唯々諾々と
受け入れることとなったものであり,規制当局に期待される役割を
果たさなかったものといわざるを得ない。一般に営利企業たる原子
力事業者においては,利益を重視するあまりややもすれば費用を要
する安全対策を怠る方向に向かいがちな傾向が生じることは否定で
きないから,規制当局としては,原子力事業者にそうした傾向が生
じていないかを不断に注視しつつ,安全寄りの指導・規制をしてい
くことが期待されていたというべきであって,上記対応は,規制当
局の姿勢として不十分なものであったとの批判を免れない。
⑵保安院によるその後の調査
一審被告国は,保安院は,上記⑴のとおり,一審被告東電に対し
てヒアリング等を行い,ひとまず一審被告東電の対応案を了解した
以降も,以下のとおり地震及び津波について科学的知見を収集する
仕組みを設けていたものの,「長期評価」の見解の正当性を裏付ける
科学的知見や科学的根拠が発表されていない状況であったため,そ
のような知見の収集の仕組みの中で「長期評価」の見解が規制に取
り入れられるべき科学的知見として取り上げられることはなかった
のであるから,保安院の「長期評価」の見解についての調査が不十
分であったとはいえないと主張する。
すなわち,①保安院が財団法人原子力発電技術機構(以下「NU
PEC」という。)に委託していた地震及び津波に関する新たな知見
の収集検討事業は,平成15年11月以降はJNESの事業となっ
たため,保安院とJNESと連携した「安全情報検討会」を立ち上
げ,新知見について調査を行うこととしたところ,保安院は,マド
ラス原発溢水事故(平成16年)を受け,安全情報検討会において
平成17年6月以降外部溢水問題について本格的な検討を開始し,
情報収集に努めていたが,これらのNUPECや安全情報検討会を
通じた情報収集において,「長期評価」の見解が取り上げられること
はなかった。②保安院は,原子力事業者に働きかけて平成18年1
月に「溢水勉強会」を立ち上げたが,平成19年4月に報告がまと
められるまでの間に「長期評価」の見解が取り上げられることはな
かった。③平成18年9月に改訂された耐震設計審査指針に津波に
対する安全性評価が盛り込まれたのに伴い,溢水勉強会では,外部
溢水に係る津波の対応については耐震バックチェックに委ねること
とされたが,女川原発の耐震バックチェックにおいて,JNES及
び東北電力は波源モデルの位置を検討するに当たって「長期評価」
の見解に拠る領域区分を採用しなかったし,福島第一原発の耐震バ
ックチェックにおいても,専門家から「長期評価」の見解に基づい
て津波の解析・評価をする必要があるとの意見が表明されることは
なかった。④保安院は,平成22年12月16日付けで「原子力施
設の耐震安全性に係る新たな科学的・技術的知見の継続的な収集及
び評価への反映等のための取組について(平成21年度)」と題する
報告書(乙B199)を取りまとめたところ,そこでは地震本部の
全国地震動予測地図は専門家の審議を踏まえて「新知見情報」では
なく「新知見関連情報」と位置付けられ,平成21年3月に改訂さ
れた「長期評価」に至っては「参考情報」に位置付けられるにとど
まり,「長期評価」の見解を規制に直ちに反映する必要があるとは判
断されなかった。これらの保安院の調査態勢及び調査状況によれば,
「長期評価」の見解に対する調査が不十分であったとはいえない,
というのである。
しかしながら,仮に平成14年8月頃の一審被告国の「長期評価」
の見解の信頼性に関する調査がその時点で適切なものであったと評
価できるのであれば,その後の一審被告国の規制権限不行使の違法
性は,その後の知見の進展等により一審被告国に新たな調査義務が
生じたかどうか,また,生じたとすれば一審被告国において同義務
を果たしたと評価できるかどうかという観点から検討されるべきこ
ととなり,その後に「長期評価」の見解の正当性を裏付ける科学的
知見や科学的根拠が発表されていなかったとの一審被告国の主張は,
新たな調査義務を生じさせる出来事がなかったとの趣旨で意味があ
ることとなろうが,本件においては,前示のとおり,そもそも平成
14年8月頃の一審被告国の調査が不適切であったというほかない
のであるから,仮にその後に新たな調査義務を生じさせる出来事が
なかったとしても,当初の不適切な対応が直ちに正当化されるもの
ではないというべきである。
さらに,上記各主張の内容自体を検討しても,上記①及び②のN
UPEC及び安全情報検討会によるマドラス原発溢水事故を受けた
外部溢水問題についての検討過程や溢水勉強会において「長期評価」
の見解が取り上げられなかったとの点については,そこでの検討対
象の中心は外部溢水があったと仮定した場合の問題点や対策であっ
ために,外部溢水があるか否かに関わる「長期評価」の見解は取り
上げられなかったものと解されるから,そのことが一審被告国の調
査が不十分であったとの評価を妨げるものとはならない。それどこ
ろか,マドラス原発溢水事故は,最終ヒートシンクの喪失という結
果への対策という観点から着目すべき事故であったところ,同事故
の発生により津波に対する原子力発電所の脆弱性が顕在化し溢水事
故に対する関心が高まったことから,保安院主導で平成18年1月
までに溢水勉強会が立ち上げられ,平成19年3月まで合計10回
にわたる議論が行われた上で,同年4月に報告書が取りまとめられ
たものであり,取り分け,平成18年5月11日に開かれた第3回
溢水勉強会においては,一審被告東電から,O.P.+14mの津
波を仮定して福島第一原発5号機の機器影響評価を行ったところ,
電源設備の機能を喪失する可能性があり,それに伴い原子炉安全停
止に関わる電動機,弁等の動的機器が機能を喪失することが確認さ
れた旨の報告を受けた(前記第2節第5の4⑵)のであるから,こ
の時点では,一審被告国においても,敷地高さを超える津波が到来
すれば福島第一原発が重大事故を起こす危険性が高いことを現実に
認識したと認められるところである。そうすると,これらの事実は
「長期評価」の見解に対する平成14年の不適切な対応を見直し,
改めて適切な対応をとる契機とすべき重要なものであったといえる
が,それにもかかわらず,一審被告国が格別の対応をとらなかった
ことは,一層不適切なものであったといわざるを得ない。
上記③の耐震バックチェックの対応についても,一審被告国も主
張する平成18年9月の耐震設計審査指針の改訂により,「施設の供
用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定する
ことが適切な津波によっても,施設の安全機能が重大な影響を受け
るおそれがないこと」が要求されるようになり,保安院が,これに
基づいた耐震バックチェックを一審被告東電を含む原子力事業者に
対し指示したことは,津波による浸水が原子炉施設の重大事故に発
展し得ることについての知見の集積が反映されたものといえるのに,
当時の耐震バックチェックの手続においては「津波評価技術」の地
震想定及び数値シミュレーションの手法によって行われることが事
実上前提とされていた(甲B1の1・389頁,甲B275・6頁)
ために,一審被告国が主張する対応となったものであり,かえって,
保安院によるバックチェックが,原子力事業者において評価した数
値が正しいかを同じ視点からチェックする程度の機能しか果たして
いなかったとの指摘をせざるを得ないところである。また,東北電
力の耐震バックチェックにおける保安院に対する最終報告書及びJ
NESによるクロスチェックにおいて,断層位置を津波評価技術の
領域区分の「領域3」の最南端を波源モデルとして選択したことに
ついては,女川原発の立地からすれば当然であり(乙B390・付
録4頁等参照),「長期評価」の見解を採用するか否かはそこではほ
とんど影響がなかったといえるから,福島第一原発について福島県
沖の海溝寄りを震源域として想定すべきであったかどうかという観
点で「長期評価」の見解を採用するか否かが重要である本件の判断
を左右するものではないというべきである(なお,この点,一審被
告国は,「領域3」を津波評価技術の領域を超えてさらに南方にずら
し,女川原発に沖合で正対するような位置に設定した場合は,上記
波源モデルによる想定津波を更に上回る最大津波水位が推計される
可能性が否定できなかったと主張するが,その当時具体的にそのよ
うな推計値があったにもかかわらず東北電力がそれを選択しなかっ
たものではなく,あくまでも可能性を基礎とした事後的な主張にす
ぎないし,この点を一旦措き,波源をより南方にずらせば更に高い
最大津波水位が推計されたと仮定したとしても,東北電力による最
終報告書の内容が問題となり得ることはともかく,このことから,
福島第一原発において「長期評価」の見解を採用しなかったことが
正当化されることにはならず,いずれにせよ一審被告国の主張は失
当であるといわざるを得ない。)。
上記④の,保安院が平成22年12月16日付けで作成した上記
報告書において,「長期評価」の見解を「新知見情報」にも「新知見
関連情報」にも位置付けなかったことについては,保安院を含めた
経済産業大臣による規制権限の不行使が問題とされている本訴にお
いて,その不行使を正当化する根拠とはなり得ず,主張自体失当と
いうべきである。この点を一旦措いたとしても,同報告書では一応
「津波」の部門も設けてはいるものの,その主たる対象は,その表
題や「新知見情報」等の定義に照らし,あくまでも耐震安全性及び
耐震裕度に係る評価であって,津波地震や津波等に係る安全評価で
はないと考えられる上,同報告書の評価対象は主に平成21年度に
発表された文献等であって,「長期評価」は対象外であったともいえ
るから(乙B199・1,3頁),同報告書に取り上げられなかった
ことはさして大きな意味を持つものではないというべきである。
以上のとおり,一審被告国の上記主張はいずれも採用することが
できず,かえって,前示のとおり,「長期評価」公表後も,マドラス
原発溢水事故(平成16年)が発生し,これを契機に溢水事故に対
する関心が高まって溢水勉強会が立ち上げられ,その中では津波の
到来により原子炉安全停止にかかわる動的機器が機能喪失に至るこ
とが判明したこと,耐震設計審査が「極めてまれではあるが発生す
る可能性があると想定することが適切な津波」によっても施設の安
全機能が重大な影響を受けるおそれがないことを求めるに至ったこ
と,さらには,平成18年3月や10月に,国会の衆議院の委員会
質疑において,福島第一原発を含む我が国の原子力発電所の電源設
備の津波等に対する脆弱性が深刻な重大事故につながり得ることを
前提とした質問がされることもあったこと(前記第2節第5の5)
等の事実に鑑みれば,「長期評価」が公表された以降も,津波による
浸水により福島第一原発の電源設備がダメージを受ければ重大事故
に発展し得ることについての知見が積み重ねられており,それにつ
いて経済産業大臣において認識し得たというべきであるから,平成
14年末頃までにO.P.+10mを超える津波あるいは本件試算
津波から安全裕度等を踏まえた一定の幅を持った範囲の津波が福島
第一原発に到来することについて認識し得た経済産業大臣による技
術基準適合命令の発令という規制権限行使に対する期待は一層高ま
っていたというべきである。
なお,原子力規制に関するこの間の保安院の姿勢をうかがわせる
本件の証拠関係に現れたエピソードとして,例えば,平成21年8
月28日及び同年9月7日に保安院で行われた一審被告東電からの
ヒアリング(平成21年報告)において,保安院審査官が,「JNE
Sによる浜岡原子力発電所に係る津波クロスチェックで東海,東南
海,南海の3地震の連動を考慮したシミュレーションをしたところ,
津波の大きさは中部電力の評価結果を大きく上回る結果となったが,
この扱いはバックチェックとは切り離し,余裕を考慮した津波への
対処として中部電力が自主的に設備対策をするということで落ち着
いた。」,「十分検討されていないモデル[裁判所注:「長期評価」の
見解を指すものと解される。]による結果で運転中プラントが止まっ
てしまう等という不合理なことを考える人はいないと思う。ただし,
先生方がどう言うかだが…。バックチェックでまともに扱うべきと
の意見は暴論だと思うが,他方で,全く触れないということで通る
かどうかは議論があるかもしれない。」などと話した上,「JNES
のクロスチェックでは女川と福島の津波について重点的に実施する
予定になっているが,福島の状況に基づきJNESをよくコントロ
ールしたい。無邪気に計算してJNESが大騒ぎすることは避ける。」
などと発言していたこと(乙B394の4・621~623頁,前
)が挙げられる。かかる発言からは,津波の浸
水により原子力発電所が重大事故を起こす危険性があるという情報
が積み重ねられてきた平成21年8月ないし9月という時期におい
て,保安院の審査官が,福島第一原発について「長期評価」の見解
に基づいた津波の試算を行った場合には,「JNESが大騒ぎする」
ような結果が出ることを濃厚に予測していたことが推認されるとい
えるが,さらに,同審査官が,規制の対象者たる原子力事業者であ
る一審被告東電の担当者の面前で,「福島の状況に基づきJNESを
よくコントロールしたい。無邪気に計算してJNESが大騒ぎする
ことは避ける。」などと発言していたというのであるから,これでは
原子力規制機関であるはずの保安院が,原子力事業者である一審被
告東電の側に立ち,むしろ原子力事業者と一体化して,「原子力施設
及び原子炉施設の設計に関する安全性の解析及び評価等を行うこと
により,原子力の安全の確保のための基盤の整備を図ることを目的
とする」(平成25年法律第82号による廃止前の独立行政法人原子
力安全基盤機構法4条)独立行政法人であるJNESによる安全性
のチェックを阻止しようとしていたとの批判すら免れず,原子力規
制機関の担当官としては誠にあるまじき言動であったといわざるを
得ない。
⑶「津波評価技術」の考え方との関係
一審被告国は,原子力規制機関は,設置許可処分時だけでなく同
処分後も,原子炉施設が相対的安全性を確保できているか否かの判
断について専門技術的裁量を有していると解されるから,裁判所が
使用開始後の原子炉施設に関する原子力規制機関の規制権限不行使
の適否を審理するに当たっては,その審理判断は,その当時の科学
技術水準に照らし,①使用開始後の原子炉施設に関して用いられた
安全性の審査又は判断の基準に不合理な点があるか否か,②当該原
子炉施設がその基準に適合するとした原子力規制機関の判断の過程
に看過し難い過誤,欠落があるか否か,という2段階で行われるべ
きであり,設定した審査基準等の内容が不合理であるか,又はその
基準への適合性の判断が不合理であるといえない限り,規制権限の
不行使が裁量を逸脱したものとして国賠法上の違法性が認められる
余地はないとした上,本件事故当時,保安院等の原子力規制機関は,
想定津波に対する波源設定の安全性の審査又は判断の基準として,
事実上「津波評価技術」と同様の考え方を採用していたところ,「津
波評価技術」の考え方は科学的な合理性を有するものであったから,
これに基づく経済産業大臣による規制権限不行使も違法ではなかっ
たと主張する。
しかしながら,そもそも上記主張が前提とする2段階審査の判断
枠組みをいう一審被告国の主張が採用できないことは,前記第1の
2において説示したとおりである。また,設置許可処分は,規制行
政庁である内閣総理大臣においてあらかじめ各専門分野の学識経験
者等を擁する原子力委員会の科学的,専門技術的知見に基づく意見
を聴き,これを尊重してしなければならないと定められているのに
対し,経済産業大臣が技術基準適合命令を発するに当たっては,そ
のような意見聴取の手続が定められているわけではない。実質的に
も,設置許可処分の際には,仮に安全性に欠ける原子炉施設の設置
を許可すれば,それまでには全くなかった重大な危険性を周辺地域
に生じさせることになってしまうのであるから,専門分野の学識経
験者らの意見を聴く等の重く慎重な手続を経させることは安全性を
重視した必要かつ合理的なものであるといえるのに対し,既に稼働
している原子炉施設に危険性が存することが発覚した場合には,設
置の際と同様の重い手続を経なければ危険性を解消できないという
のは明らかに不合理であるから,上記のような規定の相違にはむし
ろ合理的根拠があるといえる。
もっとも,設置許可処分に際して上記のような意見聴取手続が定
められている趣旨に鑑みれば,一旦は炉規法24条1項4号所定の
基準適合性があると認められ設置許可がされた発電用原子炉につい
て,その後の科学的,専門技術的知見の進歩により,同号所定の基
準適合性が失われたことを理由に技術基準適合命令の発令が問題に
なるような場合にも,何らかの形で科学的,専門技術的知見に基づ
く意見を聴取する手続を踏むこと自体は適切であると考えられるが,
本件においては,そもそもそのような手続がとられた事実は認めら
れない。
この点,一審被告国は,原子力規制機関は,想定津波に対する波
源設定の安全性の審査又は判断の基準として,事実上「津波評価技
術」と同様の基準を採用していたのであるから,裁判所はこの事実
上の審査基準の合理性とその具体的な適合性の判断の過程に看過し
難い過誤,欠落があったか否かによって審査すべきであると主張す
る。
しかしながら,上記主張のうち2段階審査の判断枠組みに係る部
分が採用できないことは前示(前記第1の2)のとおりである上,
そもそも「津波評価技術」は,一審被告国も自認するとおり,保安
院等の当時の原子力規制機関が「事実上」基準として用いていたに
すぎないものであるし,これを作成した土木学会原子力土木委員会
津波評価部会は,土木工学に関する民間の学会である土木学会に設
置され,平成13年3月時点において委員及び幹事30人のうち過
半数を電力会社又はその関連団体に所属する者が占めるような部会
であったから,原子力事業者を適正に監督・規制するための見解を
策定するには不向きな団体であるといわざるを得ないことは前示
(前記3⑶オ)のとおりであって,同部会や同部会が作成した「津
波評価技術」をもって,原子炉設置許可処分の取消訴訟において裁
判所が尊重すべき,法令上「原子力の研究,開発及び利用に関する
行政の民主的な運営を図るため」(原子力委員会及び原子力安全委員
会設置法(平成24年法律第47号による改正前の昭和30年法律
第188号)1条)に設置された原子力安全委員会や原子炉安全専
門審査会の専門技術的な調査審議や判断と同列に扱うことはできな
いというべきである。
また,前記認定事実のとおり,土木学会津波評価部会で実施され
た平成16年度アンケートでは,地震学者グループによる「JTT
1~JTT3は一体の活動域で,活動域内のどこでも津波地震が発
生する」とした重みが平均で「0.65」であり,津波地震は福島県
沖日本海溝沿い領域も含めどこでも起こるとする判断の方が,福島
県沖日本海溝沿い領域では起きないとする判断よりも有力であった
地震活動域(JTT)」で「超長期の間にMt8級の地震が発生す
る可能性」について重み付けをさせた平成20年アンケートでは,
地震学者のみの回答結果は記されていないものの,「活動域内のど
こでも津波地震が発生するが,北部領域に比べ南部ではすべり量が
小さい」とした重みが「0.35」,「活動域内のどこでも津波地震
(1896年タイプ)が発生し,南部でも北部と同程度のすべり量
の津波地震が発生する」とした重みが「0.25」であり,その和
(0.6)は,「過去に発生例がある三陸沖(1611年,1896
年の発生領域)と房総沖(1677年の発生領域)でのみ過去と同
様の様式で津波地震が発生する」とした重み(0.4)を上回って
電力会社やその
関連団体に所属する者が多数加わっている土木学会においても,「長
期評価」の見解の信頼性を否定するような見解が一般的であったわ
けではなく,むしろ,地震学者の間では,津波地震は福島県沖日本
海溝沿い領域も含めどこでも起こるとする判断の方が,福島県沖日
本海溝沿い領域では起きないとする判断よりも有力であったといえ
るから,一審被告国の主張はこの意味でも失当である。
この点,佐竹健治は,当審において,「津波評価技術」が,既往津
波の発生履歴が確認できない領域を含めて,地震地体構造の知見に
基づいて波源を設定するとの考え方を採用していたことは,安全寄
りに波源を設定する上で合理的な方法であり,地震地体構造の知見
を十分検討せずして,既往津波の発生履歴が確認できない領域に合
理的な波源を設定する方法はないと考えられる旨の意見書(乙B3
92)を提出しているが,これは,本件地震が発生した時点までに
地震地体構造の見解が確立していたとはいえないにもかかわらず,
当時においても地震地体構造に拠って波源設定をすることのみが合
理的であったとする一学者の見解にすぎず,上記の土木学会津波評
価部会におけるアンケート結果のほか,例えば,平成18年に一審
においてすら,「JTT系列はいずれも似通った沈み込み状態に沿っ
て位置しているため,日本海溝沿いの全てのJTT系列において津
波地震が発生すると仮定しても良いのかもしれない」と述べられて
いることや,佐竹健治自身,別件訴訟における反対尋問においては,
「津波評価技術」と「長期評価」とは作成の目的が異なるものであ
り,「津波評価技術」は起こった地震から津波を計算する技術として
は当時の最高度の技術を集約したものではあるが,過去の地震につ
いての詳細な検討はしていないから,将来どこでどういう地震や津
波が起きるかについての詳細な検討はできず,それを正にメインテ
ーマとして行ったのが「長期評価」であって,どこでどんな地震が
起きるかに関しては,「長期評価」の方が優れた知見であるというこ
とでよいかと問われて,そうである旨を証言していたこと(乙B1
56・59頁)等に照らし,上記意見書の記載は本件の判断を左右
するものとはいえない(なお,佐竹健治は,上記意見書において,
上記証言は,「津波評価技術」と「長期評価」とは目的・役割が異な
り,「長期評価」は防災に役立つ情報を広く国民に向けて提供するた
め,信頼性の高い情報も低い情報も併せて同様に評価の基礎に置い
ていることなどを述べたものである旨も記載しているが,かかる記
載は,上記証言の趣旨から明らかにかけ離れているといわざるを得
ない上,その内容自体が採用できないことは,前記3⑶アに説示し
たところと同様である。)。
7総合的検討
⑴規制権限不行使の違法性
以上に認定説示した諸事情のほか,本件においては,規制権限を
行使した場合に生ずる不利益は特定の企業たる原子力事業者の財産
的負担にとどまり,例えば,薬剤の承認取消し措置を講ずれば当該
薬剤を必要とする患者の治療を受ける機会を奪いかねないといった
事情が存するケース(最高裁平成7年6月23日第二小法廷判決・
民集49巻6号1600頁[クロロキン薬害訴訟])とは異なること,
また,前示(前記3⑵)のとおり,経済産業大臣においては,遅くと
も平成14年末頃までには,福島第一原発にO.P.+10mを超
える津波が到来する可能性について認識し得たというべきであると
ころ,敷地高さを超える津波が到来すれば福島第一原発が重大事故
を起こす危険性が高いことは,この時点でも認識することが期待さ
れたところではあるが,平成18年5月の溢水勉強会における一審
被告東電の報告(前記第2節第5の4⑵)により,一審被告国とし
てこれを現実に認識したと認められること,さらに,同年9月には,
耐震設計審査指針が全面改訂されて既存の原子炉施設に対する耐震
バックチェックが始まり,改訂された審査指針には,「施設の供用期
間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定すること
が適切な津波によっても,施設の安全機能が重大な影響を受けるお
それがないこと」が加えられて,この津波安全性評価も耐震バック
チェックの対象とされるに至ったこと(前記第2節第4の5)など
が指摘できるところである。
これら本件において現れた全ての事情を総合考慮すると,本件に
おける経済産業大臣による技術基準適合命令に係る規制権限の不行
使は,経済産業大臣に専門技術的裁量が認められることを考慮して
も,遅くとも平成18年末までには,許容される限度を逸脱して著
しく合理性を欠くに至ったものと認めることが相当であり,一審原
告らとの関係において,国賠法1条1項の適用上違法となるものと
いうべきである。
⑵一審被告国の主張に対する判断
これに対し,一審被告国は,原子力基本法及び炉規法が想定する
原子力発電所の安全性は,いわゆる相対的安全性(何らかの事故発
生等の危険性の程度が,科学技術の利用により得られる利益の大き
さとの対比において,社会通念上容認できる水準であると一般に考
えられる場合に,これをもって安全と評価するという意味での安全
性)を意味し,原子力規制機関は,設置許可処分時だけでなく同処
分後も,原子力発電所が相対的安全性を備えているか否かの判断に
ついて専門技術的裁量を有しているから,裁判所が,使用開始後の
原子炉施設に関する原子力規制機関の規制権限の不行使が国賠法上
違法となるか否かを判断するに当たっては,規制権限の不行使が問
題とされる当時の科学技術水準に照らし,①使用開始後の原子炉施
設に関して用いられた安全性の審査又は判断の基準に不合理な点が
あるか否か,②当該原子炉施設がその基準に適合するとした原子力
規制機関の判断の過程に看過し難い過誤,欠落があるか否か,とい
う2段階の観点から行われるべきであり,設定した審査基準等の内
容が不合理であるか,又はその基準への適合性の判断が不合理であ
るといえない限り,規制権限の不行使が裁量を逸脱したものとして
国賠法上の違法性が問題となる余地はないのであって,控訴審にお
いて取り分け強く主張するのはこの点であるとする(令和2年1月
20日付け当審第15準備書面181頁)。
上記主張のうち,2段階審査の判断枠組みをいう一審被告国の主
張が採用できないことは,前記第1の2において説示したとおりで
あるが,他方,原子炉施設に求められる安全性が,一審被告国が主
張するところのいわゆる相対的安全性であることは,当裁判所もこ
れを否定するものではなく,本件においては,「長期評価」の見解に
代表される本件事故までに積み重ねられていた知見によれば,重大
な原子炉事故が発生する危険性の程度が,「科学技術の利用により得
られる利益の大きさとの対比において,社会通念上容認できる水準
であると一般に考えられる」程度を超えていたのではないかが問題
の核心であって,一審被告国の多岐にわたる主張も,かかる観点か
ら考慮すべきものであると解される。そして,本件当時において上
記危険性の程度が「社会通念上容認できる水準」を超えていたかど
うかを判断するに当たっては,結果の重大性に影響された先入観を
もって過去を振り返ることはもとより慎むべきであるが,他方にお
いて,結果の発生を防止し得なかった関係者が,自己の不作為を無
意識的にでも正当化するために当時の認識を潤色して記憶を喚起す
るおそれもあるのであるから,関係者の回顧的供述ではなく当時客
観的に実際に存した事実関係や言動等が重視されるべきであって,
以上の当裁判所の検討は,かかる観点を踏まえて進めてきた上で,
たとえ今後30年に(特定海域として)6%程度の確率でMt8.
2前後の地震が起きる可能性にすぎないとしても(前記第2節第3
そのような地震が引き起こし得る(前
記第3節第2の4等)本件事故のような極めて甚大で取り返しのつ
かない重大な原子炉事故(前記第2の2等)が発生する危険性の程
度は,「科学技術の利用により得られる利益の大きさとの対比におい
て,社会通念上容認できる水準であると一般に考えられる」程度を
超えていたと判断したものである。
なお,本件証拠関係によれば,一審被告東電に関する事実として,
①一審被告東電が,平成14年8月に保安院担当官から「長期評価」
の見解に基づく津波地震のシミュレーションを求められたのに強く
抵抗し,「長期評価」の見解の根拠に関する調査についても,同見解
に反する論文の著者である委員一人のみに問い合わせ,調査の趣旨
に沿わない不適切な報告をしただけで,シミュレーションを行わな
いままで済ませたこと(前記第2節第3の2⑴),②平成20年8な
いし9月頃の一審被告東電内部における平成20年試算の結果への
対応の検討においては,「長期評価」の見解を否定できる地震学的デ
ータはなく,津波評価に当たり同見解を無視することは困難であっ
て,現状より大きな津波高を評価せざるを得ないと想定されるから,
津波対策は不可避である旨の情報が共有されていたこと(「津波評価
にあたって推本を無視することは困難」,「推本見解を完全否定する
ことは困難」,「世間(自治体,マスコミ・・・)がなるほどと言うよ
うな説明がすぐには思いつきません」,「最終報告前であっても,ち
ょっとした質問,コメントとして公開の場で,明日以降にいつでも
「推本津波」が話題に出る可能性自体はある」等の一審被告東電内
部文書等における記載,「地震及び津波に関する学識経験者のこれま
での見解及び推本の知見を完全に否定することが難しいことを考慮
すると,現状より大きな津波高を評価せざるを得ないと想定され,
津波対策は不可避」等の一審被告東電内部における耐震バックチェ
ック説明会における配布資料の記載等。
わらず,平成21年8月には,一審被告東電の原子力設備管理部長
が,部下に対し,平成20年試算による波高の結果は保安院から明
示的に説明を求められるまでは説明不要であると指示していたこと
(同⑽)等が認められるのであって,これらの事実によれば,当時
の一審被告東電が,「長期評価」の見解に基づく試算結果が公になれ
ば津波対策を迫られることが確実であり,その要請を拒絶すること
は不可能であると認識していたことが認められる。そして,かかる
事実からは,当時の一審被告東電が,「仮に「長期評価」の見解が正
しいとすれば重大な原子炉事故が発生する危険性があるとしても,
同見解は客観的かつ合理的根拠を有する科学的知見ではないから,
現時点においては何ら対策を講じなくてよい」などという説明が社
会通念上容認されるとは,およそ考えていなかったことが優に推認
されるというべきである。
また,一審被告国の規制機関たる保安院の担当官についても,前
記6⑵の,平成21年8月及び9月に行われた一審被告東電からの
ヒアリングにおける「福島の状況に基づきJNESをよくコントロ
ールしたい。無邪気に計算してJNESが大騒ぎすることは避ける。」
などの発言からは,福島第一原発について「長期評価」の見解に基
づいて到来する津波の試算を行った場合には,同原発の安全性に重
大な問題が発覚したとJNESが大騒ぎし,一審被告らがその対応
に苦慮することとなるような結果が出ることを濃厚に予測していた
ことが推認されるのであって,かかる事実からは,同担当官におい
ても,「仮に「長期評価」の見解が正しいとすれば重大な原子炉事故
が発生する危険性があるとしても,同見解は客観的かつ合理的根拠
を有する科学的知見ではないから,現時点においては何ら対策を講
じなくてよい」などという説明が社会通念上容認されるとは,およ
そ考えていなかったことが優に推認されるというべきである。
以上のような本件における現実の事実経過は,「長期評価」の見解
等当時の知見によれば,重大な原子炉事故が発生する危険性の程度
が,「科学技術の利用により得られる利益の大きさとの対比において,
社会通念上容認できる水準であると一般に考えられる」程度を超え
ていたことについて,一審被告らにおいても認識していたことの証
左であるというべきであって,そのいずれもが,福島第一原発につ
いて「長期評価」の見解による想定津波の試算が行われれば,喫緊
の対策措置を講じなければならなくなる可能性を認識しながら,そ
うなった場合の影響(主として一審被告東電の経済的負担)の大き
さを恐れる余り,そのような試算自体を避けようとし,あるいはそ
のような試算結果が公になることを避けようとしていたものと認め
ざるを得ないというべきである。
なお,一審被告国は,当審において,原子力規制実務では,審議
会(原子炉安全専門審査会等)において,自然科学に限らない様々
な分野の専門家が,当該科学的知見が原子力規制に取り込むだけの
客観的かつ合理的根拠を伴っているかという点について審議をした
上で,当該科学的知見を規制に取り入れるかどうかを判断している
ことから,規制権限の行使を正当化するだけの客観的かつ合理的根
拠が伴っている科学的知見というためには,少なくとも,そのよう
な様々な分野の専門家(審議会等)の検証に耐え得る程度の客観的
かつ合理的根拠が伴っていなければならず,単に国の機関が発表し
た見解や意見であるというだけでは足りないというべきである,と
も主張するに至っている。
しかしながら,既に認定説示してきたところに照らせば,「長期評
価」の見解が公表された平成14年に,一審被告国が「様々な分野
の専門家から成る審議会等」による検証を行っていないことはもと
より,そのような検証を行う必要があるかどうかを検討したことす
らなかったに等しいといわざるを得ないのであって,これを当時に
おいてそのような「検証に耐え得る程度の客観的かつ合理的根拠」
がないと判断したかのようにいうことは,現に何も行っていなかっ
たことを後付けで合理化しようとする主張であるとの批判を免れ難
い。
以上のとおり,一審被告国の主張はいずれも理由がないというべ
きである。
第3一審被告国の損害賠償責任とその範囲
1一審被告国の損害賠償責任の成否
以上によれば,本件における経済産業大臣の技術基準適合命令に係
る規制権限の不行使は,遅くとも平成18年末までには国賠法1条1
項の適用上違法となったというべきであり,かつ,この時点において
は経済産業大臣の過失も認められ,上記不行使と本件事故との因果関
係も認められるから,一審被告国は,国賠法1条1項に基づく損害賠
償責任を免れないというべきである。
2一審被告国の損害賠償責任の範囲
一審被告国は,仮に一審被告らが損害賠償責任を負うとしても,本
件において一次的かつ最終的な責任を負うのは福島第一原発の設置・
運営に当たっていた一審被告東電であり,一審被告国の規制権限不行
使の責任は二次的かつ補完的なものにとどまるから,一審被告国の損
害賠償責任は,一審被告東電の損害賠償責任よりも限定された範囲に
とどまると主張する。
しかしながら,確かに,福島第一原発の安全管理について一次的に
責任を負うのは,事業者である一審被告東電であり,一審被告国の責
任は二次的・後見的なものであるということはできるものの,そのこ
とは,一審被告ら間における内部的な責任負担割合を決める事情とし
ては考慮されるとしても,一審原告らに対する損害賠償責任を限定す
る法律上の根拠に直ちになるわけではない。むしろ,原子力発電所の
設置・運営は,原子力の利用の一環として国家のエネルギー政策に深
く関わる問題であり,我が国においては,一審被告国がその推進政策
を採用し,原子力発電所に高い安全性を求めることを明示しつつ,自
らの責任において,一審被告東電に福島第一原発の設置を許可し,そ
の後も許可を維持してきたものであった。このような原子力発電所に
特有の事情を含む本件に現れた諸事情を総合考慮するならば,本件事
故によって損害を被った者との対外的な関係において,一審被告国の
立場が二次的・補完的であることを根拠として,その責任の範囲を発
生した損害の一部のみに限定することは,相当でないというべきであ
る。
したがって,一審被告国の上記主張を採用することはできず,一審
被告東電及び一審被告国は一審原告らに係る損害全体についての損害
賠償債務を負い,これらは不真正連帯債務の関係に立つものと解する
ことが相当である。
第5節損害論(総論)
第1一審原告らの請求の整理
1提訴後損害分として請求している部分について
一審原告らは,平穏生活権侵害による請求を,①本件事故日から第
1,第3,第4又は第5事件の各提訴日の前日まで1か月5万500
0円(ただし,承継一審原告らについては各自の承継分に応じた金額。
以下,この段落において同じ。)の割合による金員及びこれに対する
本件事故日である平成23年3月11日から支払済みまで年5分の割
合による遅延損害金の支払を求めた上,これに加えて,②上記各提訴
日から口頭弁論終結日まで1か月5万5000円の割合による金員の
支払を求め(一審原告らは,当審において,口頭弁論終結日の翌日か
ら原判決別紙2原告目録の各「旧居住地」欄記載の居住地において空
間線量率が1時間当たり0.04μSv以下となるまで1か月5万5
000円の割合による金員の支払を求める部分に係る訴えを取り下
げ,一審被告らはこれに同意した。),さらに,当審における追加請求
として,③上記提訴日から口頭弁論終結日まで1か月5万5000円
の割合による金員に対する本件事故日である平成23年3月11日か
ら支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている。
原審においては,上記②の請求(上記の当審における一部取下げ前
のもの)に係る訴えについて,一審被告らから,そのうち口頭弁論終
結日の翌日以降のものについては将来の給付を求める訴えとなるとこ
ろ,その要件を欠くため不適法であるとの本案前の答弁がされ,原判
決も,口頭弁論終結日の翌日以降の金員の支払を求める部分は,将来
請求としての適格性を欠き不適法である旨判断し(原判決52頁2行
目から53頁12行目まで,及び146頁8行目から14行目まで),
この請求部分に係る訴えを却下した。
当裁判所は,一審原告らの上記部分に係る請求は,いわゆる継続的
不法行為に基づき発生すべき将来の損害の賠償請求ではなく,あくま
でも過去の一回的事象(本件事故)によって即時に発生した損害を請
求するものであって,ただその損害額の算定を不確定な将来の事象(各
「旧居住地」欄記載の居住地において空間線量率が1時間当たり0.
04μSv以下となること)にかからしめた損害賠償請求にすぎない
と解すべきであるから,将来の給付を求める訴えとしての適格性は問
題とはならないと解するものの,上記のとおり,一審原告らは当審に
おいて,上記②の訴えの一部を取り下げ,一審被告らの同意を得たた
め,いずれにせよ,この問題は解消されることとなった。
2平穏生活権侵害に係る損害賠償請求の整理
上記1を前提として,当裁判所は,一審原告らの平穏生活権侵害に
係る損害賠償請求を,提訴日の前日までの期間に基づき請求している
部分と,提訴後口頭弁論終結日までの期間に基づき請求している部分
を一体のものとして(もとより訴訟物は,一審被告東電に対するもの
は民法709条,710条又は原賠法3条1項に基づく請求,一審被
告国に対するものは国賠法1条1項等に基づく請求であり,提訴日の
前日までの分と提訴後の分はいずれも同一である。),それらが認め
られるかどうかを判断することとする。
具体的には,当審における口頭弁論終結日が令和2年2月20日で
あるため,承継一審原告を除く一審原告らの請求は,一審被告ら各自
に対し,本件事故日である平成23年3月11日から口頭弁論終結日
である令和2年2月20日まで1か月5万5000円の割合による金
員(すなわち590万3965円)及びこれに対する平成23年3月
11日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求めるもの
であり,承継一審原告らの請求は,本件事故日である平成23年3月
11日から各被承継人たる死亡一審原告らの死亡日まで1か月5万5
000円の割合による金員(別紙7理由一覧表の「減縮部分請求額」
欄記載の金額)に各自の承継分を乗じた金額の支払を求めるものとな
る。
3訴訟物の整理
本訴における訴訟物について,原判決が整理しているところ(原判
決150頁19行目から152頁2行目まで,及び288頁7行目か
ら289頁13行目まで),本訴においては,一部の一審原告らが別
途「ふるさと喪失」損害に基づく損害賠償請求に係る訴えを提起して
いるため,平穏生活権侵害に基づく損害賠償請求とこの「ふるさと喪
失」損害に基づく損害賠償請求との関係が問題となるが,この点につ
いての原審の判断は相当とはいえない。したがって,原判決を一部補
正した上で,本訴における訴訟物を整理すると,以下のとおりとなる。
平穏生活権侵害に基づく損害賠償請求
一審原告らは,平穏生活権侵害に基づく損害賠償請求に関し,「全
ての一審原告に共通する精神的な損害の一部(内金)として,一律
に,月額金5万円の慰謝料を請求するものである。」として,本件が
一部請求であることを明示し(原審訴状82頁),また,一審原告ら
の請求する平穏生活権侵害による損害は中間指針等とは重なり合わ
ず,仮に重なり合う部分があったとしても中間指針等により賠償が
認められている部分は本訴の訴訟物としない旨主張している(一審
原告ら原審準備書面(被害総論10),原審における一審原告ら最終
準備書面(第4分冊)35頁,弁論の全趣旨)。
そうすると,平穏生活権侵害による損害賠償として本訴の訴訟物
を構成するのは,①本件事故に基づき一審原告ら(ただし,承継一
審原告らを除き,死亡一審原告らを加える。以下,本節及び第6節
において本件事故で被害を被った主体を指すときは同じ。)が被った
精神的損害であって,財産的損害,生命・身体的損害を含まず,②
「中間指針等による賠償額」を含まず,③これらを控除した損害額
が請求金額を超えるときは,請求金額の範囲であると解するのが相
当である。
なお,一審原告らは,当審において,原判決が一審原告らの主張
のうち上記①について「本件事故に基づき原告らが被った精神的損
害であって,積極損害,消極損害,生命・身体的損害やそれらに伴
う精神的損害を含ま」ないとして,交通事故に基づく損害賠償請求
訴訟等で用いられるいわゆる個別損害項目積算方式を基に主張して
いるかのように整理したことは不相当である,一審原告らは,いわ
ゆる公害訴訟等(スモン事件に係る福岡地判昭53・11・14判
時910.33,西淀川大気汚染訴訟(第一次)に係る大阪地判平
3・3・29判時1383.22等)で用いられる,損害を個別では
なく包括的・総体的にかつ総合的に把握するいわゆる包括請求方式
を採用し,本件事故によって一審原告らが被った「人の全人格的な
生活」全般に関わる有形無形の全ての損害について,「包括的生活利
益としての人格権」の侵害に基づく損害を構成するものとして包括
的に請求しているのであり,「中間指針等による賠償額」(中間指針
等が定める慰謝料自体はもちろん,明示的に慰謝料とは独立した項
目とされた生命・身体的損害,営業損害,財物等の喪失又は減少等,
就労不能等による損害,その他検査費用,避難費用等)及び一審被
告東電による既払金(中間指針等が定める慰謝料を超えて支払われ
た分)を除外するという限度において部分的ではあるものの,それ
以外の部分は包括一律請求として慰謝料請求するものであると主張
する(控訴理由書69頁以下等)。当裁判所は,原判決が一審原告ら
の主張を正解せず,そのため一審原告らの主張を正解した場合に比
して慰謝料の認定額が低くなったとの一審原告らの論旨は,原判決
が,平穏生活権侵害に基づく損害賠償における被侵害法益(平穏生
活権)の内実を,人が「その選択した生活の本拠において平穏な生
活を営む権利を有し,社会通念上受忍すべき限度を超えた大気汚染,
水質汚濁,土壌汚染,騒音,振動,地盤沈下,悪臭によってその平穏
な生活を妨げられないのと同様,社会通念上受忍すべき限度を超え
た放射性物質による居住地の汚染によってその平穏な生活を妨げら
れない利益」であるとした上で,ここにいう「平穏な生活には,生
活の本拠において生まれ,育ち,職業を選択して生業(なりわい)
を営み,家族,生活環境,地域コミュニティとの関わりにおいて人
格を形成し,幸福を追求してゆくという,人の全人格的な生活(原
告らのいう「日常の幸福追求による自己実現」)が広く含まれる」と
広く捉えていること(原判決152頁),平穏生活権侵害の成否を判
断する際の考慮要素の一つである「被侵害利益の性質と内容」につ
いては,「政府による避難指示等により居住及び移転の自由が法的に
制約されたか否かは重要な要素となるが,それだけで平穏生活権侵
害の成否が決まるものではなく,本件事故により原告らの生活に影
響した社会的事実を広く参照して決するべきである」としているこ
と(原判決153頁)などに鑑みると,必ずしも原判決の思考過程
を正解していないと考えるものの,原判決の説示は,特に一審原告
らの主張を整理する部分において若干不明確といえなくもないため,
改めて,少なくとも当審においては,平穏生活権侵害による損害賠
償に係る本訴の訴訟物についての一審原告らの主張を,上記①から
③までのとおり整理することとした上で,そのうち①については,
あくまでも一審原告らは上記のいわゆる包括請求方式を採用しこれ
に基づき主張していることを前提として判断することを明確にして
おく。
「ふるさと喪失」損害の賠償請求
旧居住地が帰還困難区域,旧居住制限区域又は旧避難指示解除準
備区域である提訴時一審原告らのうち40人(「ふるさと喪失」一審
原告。前注参照)は,原状回復及び平穏生活権侵害に基づく損害賠
償を求める訴え(第1事件及び第3ないし第5事件)と別個に「ふ
るさと喪失」損害に基づく損害賠償を求める訴え(第2又は第6事
件)を提起している。
一審原告らは,平穏生活権侵害に基づく損害賠償請求と「ふるさ
と喪失」損害に基づく損害賠償請求の関係について,本件事故によ
って「包括的生活利益としての人格権」が侵害されたことにより,
①「生存と人格形成の基盤」の破壊・毀損(生存と人格形成の基盤
の法益が破壊ないし損傷を受けたこと)による損害と,②「日常的
な幸福追求による自己実現」の阻害(幸福追求・価値を選択しなが
ら普通の日常生活を営む法益が破壊ないし損傷を受けたこと)によ
る損害の2つの類型の被害が現れていることに基づき,これを基礎
として包括慰謝料請求を2つに区分して請求しているものであると
した上で(一審原告ら控訴理由書166頁以下等),全ての提訴時一
審原告らについて,中間指針等が認める損害を除いて一律に月額5
万円の平穏生活権侵害に基づく慰謝料(弁護士費用を除く。)を請求
するとともに,そのうち40人(「ふるさと喪失」一審原告)は,上
記①の損害の賠償を特に取り出してこれを上記①に係る損害として
別に訴えを提起していたものであるから,これらの一審原告らにつ
いては,平穏生活権侵害に基づく損害賠償としては上記②に係る損
害のみを請求していることになるものの,「ふるさと喪失」一審原告
ら以外の帰還困難区域,居住制限区域又は避難指示解除準備区域を
旧居住地とする一審原告らは,上記①に係る損害が生じていること
は同様であるにもかかわらずその損害の賠償を特に取り出して別に
訴えを提起していない以上,これらの一審原告らの関係では,平穏
生活権侵害に基づく損害賠償として,上記②に係る損害に加えて,
上記①の損害も合わせてその中で請求する趣旨である旨主張してい
る(一審原告ら控訴理由書205頁以下,控訴審準備書面(被害3)
16頁以下)。
一審原告らの主張は,一つの「平穏生活権侵害に基づく損害」と
いう言葉を,「ふるさと喪失」一審原告らについては上記②のみを指
すものとして使い,それ以外の一審原告らについては上記①及び②
の双方を指すものとして使っており,若干分かりづらい面があるこ
とは否めないものの,主張それ自体が不合理であるとか失当である
とかいうことはできない以上,当裁判所は,一審原告らの主張が上
記の趣旨であるものとして判断すべきであると考える。したがって,
原判決が,この点,一審原告らの主張を合理的に意思解釈したとし
て,一審原告らは,本件事故により,継続的に発生する性質の損害
を「平穏生活権」侵害による損害として,継続的でなく,一回的に
発生する性質の損害を「ふるさと喪失」による損害として,それぞ
れ他方の請求を明示的に除外して請求しているものと解した上で,
「ふるさと喪失」一審原告以外の一審原告らについてはこの前者の
みを請求しているものと整理している点は相当ではない。
以上の前提を踏まえ,本判決においては,一審原告らの主張する
上記①の「生存と人格形成の基盤」の破壊・毀損(生存と人格形成
の基盤の法益が破壊ないし損傷を受けたこと)による損害を「ふる
さと喪失」損害と呼称することとし,これは,請求の趣旨第3項(控
訴の趣旨第4項)の損害賠償請求(弁護士費用相当額部分を除く,
600万円の損害賠償請求)の被侵害法益として審理の対象となる
権利利益の侵害であるだけでなく,同請求に係る訴えを提起してい
ない「ふるさと喪失」一審原告以外の一審原告らについても,請求
の趣旨第2項(控訴の趣旨第3項)の損害賠償請求(弁護士費用相
当額部分を除く,月額5万円の平穏生活権侵害に基づく損害賠償請
求)の被侵害法益として審理の対象となる権利利益の侵害であると
整理した上で,これらの侵害が認められるかを判断することとする。
中間指針等の月額10万円等の慰謝料の性格
一審原告らは,原賠審による中間指針等が後掲のとおり一人月額
10万円又はこれに加えて1000万円の慰謝料を認めている点
の「日常的な幸福追求による自己実現」の阻害による損害のみを賠
償の対象としており,①の「生存と人格形成の基盤」の破壊・毀損
による損害はその対象としていないと主張しているところ(控訴理
由書189頁以下,控訴審準備書面(被害3)18頁以下),仮にこ
の主張が,中間指針等で定められた月額10万円等の慰謝料では評
価されていない他の損害項目(上記①の損害等)も存在するのであ
るから中間指針等の慰謝料額を超える額が裁判により認められるこ
とも不合理ではない旨の主張であるならば格別,そうではなく,本
判決によって認められる「ふるさと喪失」損害に基づく損害賠償の
額から中間指針の慰謝料額を控除することは認められるべきではな
い旨の主張であるとすれば,採用することができない。なんとなれ
ば,一審原告らの整理する上記①の損害も②の損害もいずれも本件
事故という原因事実及びこれによって生じた精神的損害という被侵
害利益を共通にするものであるから,これらに基づく損害賠償請求
権は同一の訴訟物であると解すべきところ(最高裁昭和48年4月
5日第一小法廷判決・民集27巻3号419頁参照),中間指針等で
は,本件事故と相当因果関係のある損害であれば「原子力損害」(原
賠法3条)に該当するから生命・身体的損害を伴わない精神的損害
(慰謝料)についても相当因果関係が認められる限り賠償すべき損
害というべきであるとした上で,上記の月額10万円等の慰謝料を
目安とするとしており,精神的損害(慰謝料)の中で特に上記②の
みを対象とするような趣旨や,上記①を対象から外すような趣旨は
読み取れないから,中間指針等で定めた慰謝料は,本訴における訴
訟物と同一の被侵害利益に係る賠償義務というべきだからである。
したがって,当裁判所は,本判決において,一審原告らが主張する
上記①及び②の損害いずれであっても,「中間指針等による賠償額」
を超える部分に限って請求を認容することとする。
上記「ふるさと喪失」損害も,これを除いた平穏生活権侵害に基
づく損害(以下,「平穏生活権侵害に基づく損害」は,「ふるさと喪
失」損害を含む場合において用いることも,同損害を含まない場合
において用いることもあるが,その区別が必要な場合には,当該箇
所においてその旨を明示することとする。)も,いずれも訴訟物は異
ならないと考えられるため,本判決においては,以下,「ふるさと喪
失」一審原告らについては,請求金額に一律600万円(弁護士費
用を除く。)を上乗せしていることを除いては,旧居住地が帰還困難
区域,旧居住制限区域又は旧避難指示解除準備区域である全ての一
審原告らにおいて,「ふるさと喪失」損害もこれを除いた平穏生活権
侵害に基づく損害も主張しているという点においては変わらないこ
とを前提に,それぞれこれらの損害が認められるか,認められると
してその額をいくらと評価するべきかを判断していくこととする。
そして,当裁判所は,一審原告らがいわゆる包括請求方式を採用し
ていることを前提として,証拠上認められる全ての要素を考慮して
精神的損害の賠償額を認定し,①それが「中間指針等による賠償額」
を超えるか否かを判断し(一審原告らが一審被告東電から現に受領
し又は将来受領する賠償金は,それが「中間指針等による賠償額」
の範囲内であれば,本訴請求債権から除外されているから,現に受
領したか否かを問わず,本件では考慮しない。),②既払額が「中間
指針等による賠償額」を超える場合には,ADRにおいて「中間指
針等による賠償額」を超えて支払われた賠償金等による弁済の抗弁
について判断し(後記第5),③残った認定損害額を請求金額の範囲
内において全部又は一部認容し,④認定損害額が「中間指針等によ
る賠償額」及び上記②の「中間指針等による賠償額」を超える部分
に係る既払額を超えない場合には,請求を全部棄却することになる。
なお,中間指針等の位置付けについては後に判示するところであ
るが(後記第6節第2の6),個別の事情によって,そこで示されて
いる賠償額と異なる損害を認定することは当然に許容されていると
ころである。
一律請求について
一律請求に係る考え方は原判決と同様である。すなわち,本件は
4000人近くの一審原告らによる大規模集団訴訟であり,一審原
告らは,全員に共通する損害を主張している(一律請求)。これは,
結局,一審原告らが本件事故に基づいて被った精神的苦痛を一定の
限度で全員に共通するものとして捉え,その賠償を請求するものと
理解することができる。もとよりそのような被害であっても,一審
原告ら各自の生活環境,生活実態や身体的条件等の相違に応じてそ
の内容及び程度を異にし得るものではあるが,他方,そこには,全
員について同一に存在が認められるものや,また,その具体的内容
において若干の差異はあっても,平穏生活権が侵害されているとい
う点においては同様であって,これに伴う精神的苦痛の性質及び程
度において差異がないと認められるものも存在し得るのであり,こ
のような観点から同一と認められる性質・程度の被害を一審原告ら
全員に共通する損害として捉えて,各自につき一律にその賠償を求
めることは許されるというべきであり,裁判所が,一定の指標に基
づいて一審原告らを適切なグループに区分し,そのグループごとに
共通する慰謝料の要素を抽出して共通被害を認定することも許され
るというべきである(最高裁昭和56年12月16日大法廷判決・
民集35巻10号1369頁[大阪国際空港事件],最高裁昭和63
年(オ)第612号平成5年2月25日第一小法廷判決・訟月40
巻3号452頁[横田基地第5次~第7次訴訟],最高裁平成6年1
月20日第一小法廷判決・訟月41巻4号532頁[福岡空港訴訟],
最高裁平成7年7月7日第二小法廷判決・民集49巻7号1870
頁[国道43号線訴訟]等参照)。
本訴では,一審原告らの旧居住地によって一審原告らをグループ
分けして共通被害を認定するのが相当であるから,後記第6節第4
のとおり,一審原告らを,その旧居住地に基づいて,①帰還困難区
域並びに大熊町及び双葉町の居住制限区域及び避難指示解除準備区
域,②旧居住制限区域,③旧避難指示解除準備区域,④旧緊急時避
難準備区域,⑤旧特定避難勧奨地点,⑥旧一時避難要請区域,⑦自
主的避難等対象区域,⑧県南地域及び宮城県丸森町,⑨これらの区
域外,の9グループに分け(このうち⑨についてはさらに地域ごと
に検討する。),それぞれのグループごとに,「中間指針等による賠償
額」を超える共通損害が認められるか否かを判断することとする。
第2損害の有無及び損害額の判断の在り方
1一審原告らの主張の整理
て「包括的生活利益としての人格権」が侵害されたことにより,①「生
存と人格形成の基盤」の破壊・毀損(生存と人格形成の基盤の法益が
破壊ないし損傷を受けたこと)による損害と,②「日常的な幸福追求
による自己実現」の阻害(幸福追求・価値を選択しながら普通の日常
生活を営む法益が破壊ないし損傷を受けたこと)による損害の2つの
類型の被害が生じているとした上で,「ふるさと喪失」一審原告らに
ついては,上記①が「ふるさと喪失」損害に,上記②が「平穏生活権侵
害に基づく損害」に当たると主張し,それ以外の一審原告らについて
は,上記①及び②の双方が「平穏生活権侵害に基づく損害」に含まれ
るものと主張している。
そして,一審原告らの主張を全体を通してみれば,上記②に係る被
侵害法益の内実は,人が,生活の本拠において生まれ,育ち,職業を
選択して生業(なりわい)を営み,家族,生活環境,地域コミュニティ
との関わりにおいて人格を形成し,幸福を追求してゆくという,全人
格的な生活(一審原告らのいう「日常的な幸福追求による自己実現」)
が広く含まれ,上記①に係る被侵害法益の内実は,そのように,人が
人格を形成し幸福を追求していくべき全人格的な生活の本拠そのもの
(一審原告らのいう「生存と人格形成の基盤」)が広く含まれると主
張しているものと解するのが相当であるから,当裁判所は,これらが
破壊・毀損ないし阻害されたかを判断することとする。
2損害の判断の在り方
原判決(原判決152頁20行目から154頁20行目まで)は,
上記②の損害の成否の判断枠組みとして,本件事故によって拡散され
た放射性物質によって居住地の汚染が社会通念上受忍すべき限度を超
えた平穏生活権侵害となるか否かという判断枠組みを用いているが,
本訴において一審原告らが受けたと主張する被害は,福島第一原発の
正常な稼働によって生じたものではなく,前示(前記第3節及び第4
節)のとおり一審被告東電の義務違反及び一審被告国の違法な規制権
限不行使の結果として福島第一原発が本件事故を起こしたことによる
ものであって,社会にとって公共性ないし公益上の必要性がある施設
等の正常な運用・供用等による侵害行為が生じているという場合では
ないから,上記判断枠組みは本訴において妥当するものであるとはい
えない。したがって,原判決の用いた上記判断枠組みが相当でないと
の一審原告らの論旨(控訴理由書145頁以下)は理由があるという
べきである。
当裁判所は,本件事故により一審原告らが主張する上記①及び②の
損害が生じたか,生じたとして損害額をいくらと評価すべきかについ
ては,端的に,各一審原告について,本件事故と相当因果関係のある
損害の有無及び額を認定していくこととする。
3損害の判断において考慮すべき要素
当裁判所が,本件事故と相当因果関係のある損害の有無及び額を判
断するに当たり考慮に入れるべき要素としては,以下のものが考えら
れる。
本件事故により侵害された事柄
本件事故により,放射性物質が放出され広範に飛散したことによ
って,どのような事柄が侵害されたかについては,一審原告らが,
旧居住地において,本件事故前に享受していた事柄全般を考慮対象
に入れてその侵害の有無や程度を把握する必要がある。そのような
事柄として主な要素は,以下のア~カのように分類して挙げること
が可能である。なお,以下の要素は,必ずしもそれぞれが独立して
いるものではなく,互いに重なり合ったり,関連したりして,有機
的に一体の事柄を形成している関係にもあるものであるから,後記
の損害論(各論)において必ずしも取り出して触れていない事柄で
あっても,考慮の対象外に置いているものではない。また,以下の
要素の中には,財産的な側面を有するものも多く含まれており,こ
れらの一部について,一審原告らの中には,別途一審被告東電から
財産的損害に対する賠償として金銭の支払を受けている者もいるが,
後に判示するとおり(後記第6節第5の3),一審被告東電による財
産的損害に対する賠償は,本訴における精神的損害に対する慰謝料
額には充当されないと解すべきであるから,逆に,慰謝料額の評価
においても,財産的損害自体については除外して考慮することとす
る。もっとも,こうした要素の多くが,一口に各人の財産的損害と
して評価され得ないものも多い上に,一審被告東電からそうした財
産的損害に対する賠償を受けていない者も多くいること,本件で一
審原告らが被ったと主張する精神的損害には,①「生存と人格形成
の基盤」の破壊・毀損(生存と人格形成の基盤の法益が破壊ないし
損傷を受けたこと)による損害と,②「日常的な幸福追求による自
己実現」の阻害(幸福追求・価値を選択しながら普通の日常生活を
営む法益が破壊ないし損傷を受けたこと)による損害の2つが含ま
れていることは前示のとおりであるところ,以下の要素は,全体と
して人が生存と人格形成をする基盤であると共に,日常的な幸福追
求をする上で欠かせない日常生活そのものでもあり,いずれも,財
産的な価値だけでなく,それらが破壊・毀損されることによって上
記①ないし②の精神的損害を受けたと評価すべき側面も有している
というべきであるから,本訴における慰謝料額の評価においても,
その限度では考慮に入れることとする。
ア基本的な社会インフラ
(例)
電気・水道・ガス等のインフラ
医療・警察・消防等の施設
学校・教育・育児等の学習環境,成育環境
道路・鉄道等の交通インフラ
電波・電話網・光ケーブル等の通信インフラ
イ生活の糧を取得する手段
(例)
第1次産業:農業・林業・水産業等
第2次産業:鉱工業・製造業・建設業等
第3次産業:観光業も含めた地元企業・大手企業の出先機関・
自営業(美容院や自動車整備工場,商店等)等
ウ家庭・地域コミュニティを育む物理的・社会的諸要素
(例)
親戚・家族や近所付き合いの拠点となるべき自宅・住まい等
職場・学校等を起点とした人的つながり
趣味・会議所・社交場・運動場・温泉・娯楽施設・公園等
冠婚葬祭施設,墓地等
祭り・イベント・風物詩等
エ周囲の環境・自然
(例)
大気・水質・土壌・気候等
山・湖沼・川・海等
家庭菜園・山菜・キノコ採集・魚釣り等
オ帰るべき地・心の拠り所となる地・想い出の地等としての「ふ
るさと」
(例)
実家・母校・行きつけの店・駅等
想い出の場所・景色等
地元の評判・観光地としての価値等
カその他
(例)
避難・移住・生活再建等のために支出した諸々の経済的な負担
被曝者・被災者としてのレッテル・いじめ等
被曝により将来的に健康被害が生じるのではないかという恐怖
ないし不安
侵害態様・程度
侵害態様としては,一審被告らの故意又は過失の有無,程度も重
要であるところ,前示のとおり,一審被告らに本件事故について故
意又は重大な過失までは認めることはできないものの,本件におけ
る一審被告東電の義務違反の程度は,決して軽微とはいえない程度
であったというべきであるから,これを前提に損害額を算定するこ
ととする。
より,どの程度放射能汚染されたか(空間線量率等が指標となる。),
又は侵害されたかが重要な要素となる。なお,後記第6節第3の3
の被曝を予防するために定められたものではある
が,本件事故当時の炉規法,実用炉規則及び線量限度告示では,周
辺監視区域外の線量が1mSv/y以下となるように放射線源を管
理することが求められており,法令上,1mSv/yを超える公衆
の被曝は許容されていなかったということができるため,これも考
慮要素の一つとすべきである。
また,政府による避難指示等により居住及び移転の自由が法的に
制約されたか否かも重要な指標の一つであるが,仮に法的に制約さ
れなかったからといって,直ちに侵害がなかったとすべきではなく,
本件事故により一審原告らの生活に影響した社会的事実や,福島第
一原発からの距離等に応じて一審原告らが感じた恐怖・不安等も広
く考慮に入れて,本件事故との相当因果関係を判断すべきである。
なお,避難の合理性(旧居住地から避難した場合に,避難と本件事
故との間に相当因果関係が認められるか)と平穏生活権侵害の成否
は,考慮要素を共通にするため,結果的にほとんどの場合に結論は
一致すると考えられるが,平穏生活権侵害の成否を考えるに当たっ
ては,必ずしも後者が前者の前提となるものではなく,境界的な事
例においては,旧居住地の汚染は平穏生活権侵害として賠償に値す
る程度に至らないが避難の合理性は認められるという場合も想定さ
れ得る。
本件事故後の経緯・現状
新たな放射性物質の放出を抑制する措置が取られたか否か(各原
子炉の冷温停止状態が達成されたか否か),社会インフラ等の復帰状
況,除染の進展状況及び空間線量率の推移,それらに要した期間,
居住人口・帰還率の推移等は重要な考慮要素となる。
第6節損害論(各論)
第1政府による避難指示等
1概要
政府による避難指示等については,原審口頭弁論終結までの状況は
おおむね原判決が摘示したとおり(原判決156頁冒頭行から158
頁12行目まで)であるが,当審において一部補正し,原判決口頭弁
論終結日以降当審の口頭弁論終結日までの状況を加え,以下のとおり
判示する。
2避難区域等の設定等
内閣総理大臣は,3月11日,原災法(平成24年法律第41号に
よる改正前のもの)15条に基づき,福島第一原発から半径3km圏
内を避難区域に,半径3~10km圏内を屋内退避区域に設定し,ま
た,同法16条1項に基づき,福島第一原発に係る原災本部を設置し
た。
内閣総理大臣は,3月12日,原災法15条に基づき,福島第一原
発から半径20km圏内及び前日に原子炉除熱機能が喪失した旨の通
報がされるなどしていた福島第二原発から半径10km圏内を避難区
域に設定し,福島第二原発に係る原災本部を設置の上福島第一原発に
係る原災本部に統合した。
内閣総理大臣は,3月15日,原災法15条に基づき,福島第一原
発から半径20~30km圏内を屋内退避区域に設定した。
原災本部長である内閣総理大臣は,4月21日,原災法20条に基
づき,福島第二原発に係る避難区域を半径8km圏内に変更するとと
もに,同月22日,福島第一原発から半径20km圏内を,原災法2
8条2項において読み替えて適用される災害対策基本法63条1項に
基づく警戒区域に設定し,緊急事態応急対策に従事する者以外の者に
対して,市町村長が一時的な立入りを認める場合を除き,当該区域へ
の立入りを禁止し,又は当該区域からの退去を命ずることとした。
原災本部長である内閣総理大臣は,4月22日,原災法20条に基
づき,福島第一原発から20~30km圏内の屋内退避区域の設定を
解除するとともに,葛尾村,浪江町,飯舘村,川俣町の一部及び南相
馬市の一部であって避難区域を除く区域を,原則としておおむね1か
月程度の間に順次当該区域外へ退避のための立ち退きを行うこととさ
れる計画的避難区域に,広野町,楢葉町,川内村,田村市の一部及び
南相馬市の一部であって避難区域及び計画的避難区域を除く区域を,
常に緊急時に避難のための立退き又は屋内への退避が可能な準備を行
うこと,引き続き自主的避難をし,特に子供,妊婦,要介護者,入院患
者等は当該区域内に入らないようにすること,当該区域においては,
保育所,幼稚園,小中学校及び高等学校は,休所,休園又は休校とす
ること,勤務等のやむを得ない用務等を果たすために当該区域内に入
ることは妨げられないが,その場合において常に避難のために立退き
又は屋内への退避を自力で行えるようにしておくこととされる緊急時
避難準備区域に,それぞれ設定した。
緊急時避難準備区域の設定は,9月30日に一括解除されたことに
より,緊急時避難準備区域は全て解除となった(丙C353)。
3一時避難要請区域の設定等
南相馬市は,3月16日,市民の生活の安全確保等を理由として,
その独自の判断に基づいて,南相馬市の全住民に対して一時避難を要
請した(丙C538)。その後,南相馬市が,4月22日,上記2のと
おり屋内退避区域の設定が解除されるのに合わせて,一時避難要請区
域から避難していた住民に対して,自宅での生活が可能な者の帰宅を
許容する旨の見解を示したことにより,一時避難要請区域は全て解除
となった。
4特定避難勧奨地点の設定等
原災本部は,警戒区域及び計画的避難区域の外であって,計画的避
難区域とするほどの地域的な広がりがみられないものの,事故発生後
1年間の積算線量が20mSvを超えると推定される空間線量率が続
いている複数の地点について,6月16日,特定避難推奨地点とする
方針を策定し,以後順次住居単位で特定避難勧奨地点を設定した。
具体的には,6月30日ないし11月25日の間に,伊達市霊山町
の103地点112世帯,同市月舘町の6地点6世帯,同市保原町の
8地点10世帯,7月21日ないし11月25日の間に,南相馬市鹿
島区の4地点5世帯,同市原町区の138地点149世帯,9月30
日までに川内村下川内地区の1地点1世帯が,それぞれ特定避難勧奨
地点に設定された。
伊達市及び川内村の特定避難勧奨地点は平成24年12月14日
に,南相馬市の特定避難勧奨地点は平成26年12月28日に,それ
ぞれ解除されたことにより,特定避難勧奨地点は全て解除となった。
5収束宣言等
原災本部は,7月19日,本件事故の収束に向けた道筋の進捗状況
を公表し,ステップ1の目標である「放射線量が着実に減少傾向とな
っている」について,福島第一原発の敷地境界における被曝線量評価
が最大でも年間1.7mSv(暫定値)であり,本件事故当初と比較
して十分に減少しているとして目標達成とし,次なるステップ2の目
標である「放射性物質の放出が管理され,放射線量が大幅に抑えられ
ている」状態を目指すべく,福島第一原発について冷温停止状態(①
圧力容器底部の温度がおおむね100℃以下になっていること,②格
納容器からの放射性物質の放出を管理し,追加的放出による公衆被曝
線量を大幅に抑制していること,の2条件であると定義)に持ち込む
ことなどを実現し,今後3~6か月でステップ2の目標を達成する計
画であるなどとした(丙C327,328,342,352)。
原災本部は,12月16日,福島第一原発の原子炉は冷温停止状態
に達し,格納容器からの放射性物質の放出による敷地境界における被
曝線量は0.1mSv/yと,目標とする年間1mSvを下回り(も
っとも,既に放出された放射性物質の影響を含めた敷地境界における
空間線量率は年間1mSvを大きく上回っていた。),循環注水冷却
システムの中期的安全が確保されているなど,不測の事態が発生した
場合も敷地境界における被曝線量が十分低い状態を維持することがで
きるようになったとして,ステップ2の目標達成と完了を確認したと
公表した。当時の野田佳彦総理大臣は,同日,記者会見で,福島第一
原発の「原子炉は冷温停止状態に達し,事故そのものが収束に至った
と確認された」と述べた(収束宣言,甲C248)。
もっとも,本来は圧力容器内の水温を正確に計測し放射性物質の放
出を管理することができる状態が「冷温停止」の定義であるところ,
上記収束宣言では「冷温停止状態」という独自の言葉を用いているこ
と,国会に設置された東京電力福島原子力発電所事故調査委員会は,
12月18日,福島第一原発などを視察した上,同委員会委員長が,
記者会見で,収束宣言について「納得がいかない。国民と受け止め方
にギャップがあるのではないか」「何をもって完了と判断したのか疑
問だ」などと発言したこと,原子力安全委員会の当時の班目委員長が,
同月19日の記者会見で,収束宣言は「安全宣言」とは異なることを
強調するなどしたことなどから,収束宣言に疑問符も多く出される状
況が続き,平成24年1月13日には,収束宣言をした当時の野田総
理大臣自らが「事故を収束させ,新たな戦いに向かってさまざまな取
り組みを強化する」と収束宣言を軌道修正する事態となった(甲C2
48)。
本件事故から9年近くが経った現在においてもなお1~3号機の燃
料デブリを取り出す目途さえ決まらない状況である(弁論の全趣旨)。
福島第二原発については原子炉冷却機能が復旧したことにより原子
炉の冷温停止が維持できる状態にあることなどから,福島第二原発か
ら8km圏内に設定されていた避難区域の設定は,12月26日に解
除されたが,同区域は全て福島第一原発から20km圏内の警戒区域
となっていた。
6避難区域等の再編
平成24年4月1日から平成25年8月8日にかけて,上記2の避
難区域,警戒区域,計画的避難区域は,以下の三つの区域に再編され
た。
帰還困難区域
放射性物質による汚染レベルが極めて高く,避難指示の解除まで
に要する期間が長期にならざるを得ない地域に設定。この地域では
除染の効果が限定的であり,また周辺線量の高さから作業員の被曝
防護の必要性が高く,インフラ復旧についても広範かつ大規模な作
業が困難である可能性が高い。また,立ち入った際の被曝管理及び
放射性物質の汚染拡散防止の観点から,その境界において一定の物
理的防護措置を講じざるを得ず,住民の立入りを厳しく制約せざる
を得ない可能性が高い。この区域は,関連する市町村や住民と緊密
な意見交換を行いながら,長期化する避難生活や生活再建の在り方,
自治体機能の維持などについて,国として責任を持って対応してい
くこととされた。
居住制限区域
再編時点からの年間積算線量が20mSvを超えるおそれがあり,
住民の被曝線量を低減する観点から引き続き避難を継続することを
求める地域に設定。この区域では,将来的に住民が帰還し,コミュ
ニティを再建することを目指し,除染やインフラ復旧などを計画的
に実施することとされた。
避難指示解除準備区域
年間積算線量が20mSv以下となることが確実であることが確
認された地域に設定。
順次,田村市の一部(平成24年4月1日再編),川内村の一部(同
日再編),南相馬市の一部(同月16日再編),飯舘村の一部(同年
7月17日再編),楢葉町の一部(同年8月10日再編),大熊町の
一部(同年12月10日再編),葛尾村の一部(平成25年3月22
日再編),富岡町の一部(同年3月25日再編),浪江町の一部(同
年4月1日再編),双葉町の一部(同年5月28日再編),川俣町の
一部(同年8月8日再編)に設定された(丙C28,159)。
この区域では,当面引き続き避難指示が継続されることになるが,
除染,インフラ復旧,雇用対策など復旧・復興のための支援策を迅
速に実施し,住民の一日でも早い帰還を目指すこととされた。
7避難指示の解除等
避難指示解除の要件
避難指示解除の要件については,「「原子力災害からの福島復興の
加速に向けて」改訂(平成27年6月12日原子力災害対策本部決
定)」及び「特定復興再生拠点区域の避難指示解除と帰還・居住に向
けて(平成30年12月21日原子力災害対策本部決定)」によって
定められているところ,これによれば,その要件は,①空間線量率
で推定された年間積算線量が20mSv以下になることが確実であ
ること,②電気,ガス,上下水道,主要交通網,通信など日常生活に
必須なインフラや医療・介護・郵便などの生活関連サービスがおお
むね復旧すること,子供の生活環境を中心とする除染作業が十分に
進捗すること,③県,市町村,住民との十分な協議,の3つである
(丙C539)。
避難指示等解除の推移
平成26年4月1日,田村市都路地区の避難指示解除準備区域が
解除された。
平成26年10月1日,川内村の避難指示解除準備区域が解除さ
れ,川内村の居住制限区域が新たに避難指示解除準備区域に再編さ
れた。
平成27年9月5日から平成28年7月12日にかけて,楢葉町,
葛尾村,川内村,南相馬市の居住制限区域,避難指示解除準備区域
が順次解除された(丙C603)。
平成29年3月31日から4月1日にかけて,飯舘村,浪江町,
川俣町,富岡町の居住制限区域,避難指示解除準備区域が解除され
た(丙C604,605)。これにより,大熊町・双葉町を除く避難
指示解除準備区域は全て解除となった。
平成31年4月10日,大熊町の居住制限区域及び避難指示解除
準備区域が解除された(丙C487)。これにより,居住制限区域は
全て解除となった。
現時点でなお残っている避難指示区域は,帰還困難区域(設定さ
れた時点と変わらず,南相馬市の一部・飯舘村の一部・大熊町の過
半・葛尾村の一部・富岡町の一部・浪江町の過半・双葉町の大半が
その区域内にある。)及び双葉町の避難指示解除準備区域である。
当審弁論終結後には,双葉町の避難指示解除準備区域全て及び帰
還困難区域の一部の区域が令和2年3月4日午前0時に,大熊町の
帰還困難区域の一部の区域が同月5日午前0時に,富岡町の帰還困
難区域の一部の区域が同月10日午前6時に,それぞれ解除される
予定である(なお,全町避難が続いている双葉町の避難指示解除は
初めてであり,また帰還困難区域が含まれる避難指示解除も初めて
である。もっとも,解除の対象は,3町ともJRの駅や駅周辺道路
にとどまっている。丙C539~543)。また,この解除に伴い,
同月14日,富岡駅から浪江駅までの区間で運転見合わせとなって
いたJR常磐線が全線で運転を再開し,この間の双葉駅,大野駅,
夜ノ森駅も再開され,同日から,普通列車のほか,仙台と上野・品
川間を直通で結ぶ特急「ひたち」が運転を開始する予定である(丙
C543,544)。
8特定復興再生拠点区域
双葉町は平成29年9月15日付けで約555ha(居住人口目標:
約2000人)が(丙C498),大熊町は同年11月10日付けで
約860ha(居住人口目標:約2600人)が(丙C488),浪江
町は同年12月22日付けで約661ha(居住人口目標:約150
0人)が(丙C499),富岡町は平成30年3月9日付けで約39
0ha(居住人口目標:約1600人)が(丙C491),飯舘村は同
年4月20日付けで約186ha(居住人口目標:約180人)が(丙
C503),葛尾村は同年5月11日付けで約95ha(居住人口目
標:約80人)が(丙C502),それぞれ,福島復興再生特別措置法
17条の2に基づき,「特定復興再生拠点区域復興再生計画」につい
て内閣総理大臣による認定を受け,これにより,帰還困難区域の一部
に特定復興再生拠点区域(除染により放射線量がおおむね5年以内に
避難指示解除に支障がない基準以下に低減することが見込まれるなど
の基準を満たし,避難指示を解除して居住を可能と定めることが可能
となった区域であり,復興再生の拠点とされるもの)が設けられ,同
区域において,道路,上下水道等のインフラ復旧や除染,家屋解体等
を一体的・集中的に進め,避難指示解除を目指すこととされた。(甲
C309,丙C490)
第2中間指針等による賠償の枠組み
1中間指針
中間指針の策定
原賠審は,原賠法18条2項2号に基づき,
第1回~第13回原賠審における議論を経て,4月28日に「東京
電力(株)福島第一,第二原子力発電所事故による原子力損害の範
囲の判定等に関する第一次指針」,5月31日に「東京電力(株)福
島第一,第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に
関する第二次指針」をそれぞれ策定した後,これらを取り込んだも
のとして,8月5日,中間指針(「東京電力株式会社福島第一,第二
原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指
針」)を策定した。
避難指示等対象区域
中間指針は,以下の地域を「避難指示等対象区域」と定義してい
る(各区域の設定の経緯は第1の2に前示したとおりである。)。
ア避難区域
福島第一原発から半径20km圏内(4月22日,警戒区域に
設定)と,福島第二原発から半径10km圏内(4月21日,半
径8km圏内に縮小)。
イ屋内退避区域
3月25日に自主避難の促進等が発表され,4月22日,後記
ウ及びエの設定に伴い,解除された区域。
ウ計画的避難区域
福島第一原発から半径20km以遠の周辺地域のうち,本件事
故発生から1年内に積算線量が20mSvに達するおそれのある
区域であり,おおむね1か月程度の間に,同区域外に計画的に避
難することが求められる区域。
エ緊急時避難準備区域
福島第一原発から半径20~30km圏内の区域から上記ウの
区域を除いた区域のうち,常に緊急時に避難のための立退き又は
屋内への退避が可能な準備をすることが求められ,引き続き自主
避難をすること及び特に子供,妊婦,要介護者,入院患者等は立
ち入らないこと等が求められる区域。
オ特定避難勧奨地点
上記ウ及びエ以外の場所であって,地域的な広がりが見られな
い本件事故発生から1年間の積算線量が20mSvを超えると推
定される空間線量率が続いている地点であり,政府が住居単位で
設定した上,そこに居住する住民に対する注意喚起,自主避難の
支援・促進を行うことを表明した地点。
カ一時避難要請区域(南相馬市)
南相馬市全域から上記ア~エに設定された区域を除いた区域
(南相馬市は同市内に居住する全住民に対して一時避難を要請し
た(前記第1の3)。)。
避難等対象者
中間指針は,避難指示等により避難等を余儀なくされた者であっ
て,以下のアないしウに該当する者を「避難等対象者」として定義
している。なお,屋内退避区域を除く避難指示等対象区域に滞在し
た者は,この中間指針にいう「避難等対象者」には含まれないが,
後記の一審被告東電による自主賠償基準においては,滞在した者も
避難した者と同等の賠償を受けることとしている。
ア本件事故が発生した後に避難指示等対象区域内から同区域外に
避難及びこれに引き続く同区域外での滞在(対象区域外滞在)を
余儀なくされた者。ただし,6月20日以降に緊急時避難準備区
域(特定避難勧奨地点を除く。)から避難した者のうち,子供,妊
婦,要介護者,入院患者等以外の者を除く。
イ本件事故発生時に避難指示等対象区域外におり,同区域内に生
活の本拠としての住居があるものの引き続き同区域外滞在を余儀
なくされた者。
ウ屋内退避区域内で屋内退避を余儀なくされた者。
避難等対象者への賠償額の目安
中間指針は,避難等対象者が受けた損害を,検査費用(人),避難
費用,一時立入費用,帰宅費用,生命・身体的損害,精神的損害,営
業損害,就労不能等に伴う損害,検査費用(物)及び財物価値の喪
失又は減少等に項目を分けているところ,このうち精神的損害につ
いては,
なくされ,正常な日常生活の維持・継続が長期間にわたり著しく阻
害されたために生じた精神的苦痛(「生命・身体的損害」を伴わない
ものに限る。以下同じ。)
を余儀なくされ,正常な日常生活の維持・継続が長期間にわたり著
しく阻害されたために生じた精神的苦痛を賠償の対象とし,その損
害額については,上記「避難費用」のうち生活費の増加費用と合算
した一定の金額とすることとした上で,その対象となる期間を3期
に分け,具体的な賠償額の目安を以下のとおりとしている。
ア本件事故発生日から6か月間(第1期)
月額10万円。ただし,避難所,体育館,公民館等における避
難生活等を余儀なくされた者については,1人月額12万円。
ただし,避難指示等の解除等から相当期間経過後は,特段の事
情がある場合を除き,賠償の対象とはならない。
なお,始期は,原則として本件事故発生日である3月11日と
するが,緊急時避難準備区域内に住居がある子供,妊婦,要介護
者,入院患者等であって,6月20日以降に避難した者及び特定
避難勧奨地点から避難した者については,当該者が実際に避難し
た日を始期とする。また,終期については,特段の事情がある場
合を除き,避難指示等の解除等から相当期間経過後までとする。
賠償額は月単位で算定され,基本的には日割りを想定していない
ことから,一審被告東電は,3月11日から3月31日までを平
成23年3月の1か月分とし,第1期の終期を平成23年8月3
1日としている。
イ第1期終了から6か月間(第2期)
月額5万円。
第2期の期間は6か月間とされたが,「但し,警戒区域等が見直
される等の場合には,必要に応じて見直す。」とされ,後記3の中
間指針第二次追補において,避難指示区域見直しの時点まで延長
された。
ウ第2期終了から終期までの期間(第3期)
今後の本件事故の収束状況等を踏まえ,改めて損害額の算定方
法を検討するとされ,後記3の中間指針第二次追補において損害
額の算定方法が示された。

屋内退避区域の設定が解除されるまでの間,同区域において屋
内退避をしていた者設定が変わった後に避難
した者を除く。)に対し,10万円。
備考
中間指針は,本件事故が収束せず被害の拡大がみられる状況下,
賠償すべき損害として一定の類型化が可能な損害項目やその範囲等
を示したものであるから,中間指針で対象とされなかったものが直
ちに賠償の対象とならないというものではなく,個別具体的な事情
に応じて相当因果関係のある損害と認められることがあり得る,と
された。
2中間指針第一次追補
中間指針第一次追補の策定
原賠審は,第13回~第18回原賠審におけ
る議論を経て,関係者へのヒアリングを含め調査・検討を行った結
果,避難指示等対象区域の周辺地域では自主的避難をした者が相当
数存在していることを確認したため,こうした者に対する賠償の目
安について一定の範囲を示すべく,12月6日,中間指針第一次追
補(「東京電力株式会社福島第一,第二原子力発電所事故による原子
力損害の範囲の判定等に関する中間指針追補(自主的避難等に係る
損害について)」)を策定した。
自主的避難等対象区域
中間指針第一次追補は,以下の23市町村のうち避難指示等対象
区域を除いた区域を,「自主的避難等対象区域」と定義している。
ア県北地域
福島市,二本松市,伊達市,本宮市,桑折町,国見町,川俣町,
大玉村
イ県中地域
郡山市,須賀川市,田村市,鏡石町,天栄村,石川町,玉川村,
平田村,浅川町,古殿町,三春町,小野町
ウ相双地域
相馬市,新地町
エいわき地域
いわき市
自主的避難等対象者
中間指針第一次追補は,以下の者を「自主的避難等対象者」と定
義している。
本件事故発生時に自主的避難等対象区域内に生活の本拠としての
住居があった者(本件事故発生後に当該住居から自主的避難を行っ
たか,自主的避難等対象区域外から同区域外に引き続き滞在したか,
当該住居に滞在を続けたか等を問わない。)。
なお,本件事故発生時には避難指示等対象区域内に住居があった
者についても,中間指針において精神的損害の賠償対象とされてい
ない期間(例えば,4月22日の緊急時避難準備区域の設定以降,
同区域から避難せずに滞在した期間や,同区域設定解除後に帰還し
た後の期間等)及びうち子供・妊婦が自主的避難等対象区域内に避
難して滞在した期間(本件事故発生当初の時期を除く。)については
賠償対象とする。
自主的避難等対象者の賠償額の目安
中間指針第一次追補は,自主的避難等対象者が受けた損害のうち,
①放射線被曝への恐怖・不安により自主的避難等対象区域内の住居
から自主的避難を行った場合(区域外滞在者も含む。)における,ⅰ)
生活費の増加費用,ⅱ)正常な日常生活の維持・継続が相当程度阻
害されたために生じた精神的苦痛,ⅲ)避難及び帰宅に要した移動
費用を,②放射線被曝への恐怖・不安を抱きながら自主的避難等対
象区域内に滞在を続けた場合における,ⅰ)放射線被曝への恐怖・
不安,これに伴う行動の自由の制限等により,正常な日常生活の維
持・継続が相当程度阻害されたために生じた精神的苦痛,ⅱ)放射
線被曝への恐怖・不安,これに伴う行動の自由の制限等により生活
費が増加した分があればその増加費用を,それぞれ合算した額を,
①の場合も②の場合も同額として算定することとして,その賠償額
の目安を以下のとおりとしている。
ア子供及び妊婦
自主的避難等対象者のうち子供(対象期間において満18歳以
下の者)及び妊婦(対象期間に妊娠していた者)については,本
件事故発生から平成23年12月末までの損害として40万円。
本件事故発生時に避難指示等対象区域内に住居があった者につい
て,中間指針で対象とされていない期間については,上記40万
円のうち当該期間に応じた金額を,子供・妊婦が自主的避難等対
象区域内に避難して滞在した期間については,本件事故発生から
12月末までの損害として1人20万円を目安としつつ,当該期
間に応じた金額を,それぞれ目安とする。
平成24年1月以降に関しては,今後,必要に応じて検討する
こととされ,後記3の中間指針第二次追補において,「少なくとも
子供及び妊婦については,個別の事例又は類型毎に,放射線量に
関する客観的情報,避難指示区域との近接性等を勘案して,放射
線被曝への相当程度の恐怖や不安を抱き,また,その危険を回避
するために自主的避難を行うような心理が,平均的・一般的な人
を基準としつつ,合理性を有していると認められる場合には,賠
償の対象となる。」,「賠償すべき損害及びその損害額の算定方法は,
原則として第一次追補第2の[損害項目]で示したとおりとする。
具体的な損害額については,同追補の趣旨を踏まえ,かつ,当該
損害の内容に応じて,合理的に算定するものとする。」とされた。
イその他の者
その他の自主的避難等対象者については,本件事故発生当初の
時期(おおむね本件事故発生から4月22日頃まで)の損害とし
て8万円。
備考
象と認められ得る旨が明記されている。
3中間指針第二次追補
中間指針第二次追補の策定
原賠審は,第19回~第26回原賠審におけ
る議論を経て,政府が,9月30日,緊急時避難準備区域を解除し,
平成24年3月末を一つの目途に新たな避難指示区域を設定するこ
とを予定していることを踏まえて,中間指針及び中間指針第一次追
補において今後の検討事項とされていたこと等について可能な範囲
で考え方を示すこととして,平成24年3月16日,中間指針第二
次追補(「東京電力株式会社福島第一,第二原子力発電所事故による
原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針第二次追補(政府によ
る避難区域等の見直し等に係る損害について)」)を策定した。
第2期の終期変更
中間指針第二次追補は,第1期終了から6か月間としていた中間
指針の「第2期」を平成24年3月末を一つの目途とする避難指示
区域見直しの時点まで延長し,当該時点から終期までの期間を「第
3期」とした。
第3期の賠償額の目安
中間指針第二次追補は,中間指針において対象区域としていた避
難区域のうち,第一原発から半径20km圏内(4月22日,警戒
区域に設定)及び計画的避難区域について,平成24年3月末を一
つの目途に,避難指示解除準備区域,居住制限区域及び帰還困難区
域という新たな避難指示区域が設定されることから,第3期におけ
る精神的損害の賠償額の目安を以下のとおりとした。以下において
は,いつ自宅に戻れるか分からないという不安な状態が続くことに
よる精神的苦痛の増大等が考慮された。
ア避難指示解除準備区域
月額10万円。
イ居住制限区域
月額10万円とした上,おおむね2年分をまとめて240万円
の請求をすることができるものとする。ただし,避難指示解除ま
での期間が長期化した場合は,賠償の対象となる期間に応じて追
加するが,その場合,最大でも帰還困難区域における損害額まで
をおおむねの目安とすることが考えられるとされた。
ウ帰還困難区域
長年住み慣れた住居及び地域における生活の断念を余儀なくさ
れたために生じた精神的苦痛に対する賠償として,600万円。
なお,今後5年以上帰還できない状態が続くと見込まれることか
ら,こうした長期にわたって帰還できないことによる損害額を一
括して実際の避難指示解除までの期間を問わず一律に算定するこ
ととしたが,この額はあくまでも目安であり,帰還できない期間
が長期化する等の個別具体的な事情によりこれを上回る額が認め
られ得るとした。
エ旧緊急時避難準備区域
9月30日に解除されたこと等を踏まえ,同区域の第2期は中
間指針で決められたとおり第1期終了から6か月間とし,第3期
は平成24年3月11日から終期までとすることとした上で,月
額10万円。
終期の「避難指示等の解除から相当期間経過後」は,この区域
におけるインフラ復旧が平成24年3月末までにおおむね完了す
る見通しであること,同年度2学期が始まる同年9月までには関
係市町村において学校通学できる環境が整う予定であること,一
方で避難者が従前の住居に戻る準備には一定期間が必要であるこ
となどを考慮して,同年8月末までを目安とするが,楢葉町の旧
緊急時避難準備区域については,同町の区域のほとんどが避難指
示区域であることを踏まえ,その避難指示区域の設定解除後相当
期間(今後の状況を踏まえて判断)が経過した時点までとする。
オ特定避難勧奨地点
解除に向けた検討が開始されていること等を踏まえ,同地点の
第2期は中間指針で決められたとおり第1期終了から6か月間と
し,第3期は平成24年3月11日から終期までとすることとし
た上で,月額10万円。
「避難指示等の解除から相当期間経過後」は,特定避難勧奨地
点の解除から3か月間を当面の目安とする。
カ自主的避難等対象区域
中間指針第一次追補においては,12月末までを対象期間とし,
平成24年1月以降については今後必要に応じて賠償の範囲等に
ついて検討することとされたところ,①中間指針第一次追補の時
点とは対象期間における状況が全般的に異なること,②他方,少
なくとも子供・妊婦の場合は放射線への感受性が高い可能性があ
ることが一般に認識されていると考えられること等から,中間指
針第一次追補の内容をそのまま適用することはしないが,個別の
事例又は類型によってこれらの者が放射線被曝への相当程度の恐
怖・不安を抱き,その危険を回避するために自主的避難を行うよ
うな心理が合理性を有していると認められる場合には賠償の対象
とすることとされた。
備考
中間指針,中間指針第一次追補及び中間指針第二次追補で対象と
されなかったものが直ちに賠償の対象とならないというものではな
く,個別具体的な事情に応じて相当因果関係のある損害と認められ
ることがあり得るとして,一審被告東電に対しては,個別の事例ご
とに,上記中間指針等の趣旨を踏まえてその全部または一定の範囲
を賠償の対象とする等の合理的かつ柔軟な対応が求められるとして
いる。
4中間指針第四次追補
中間指針第四次追補等の策定
原賠審は,第27回~第39回原賠審におけ
る議論を経て,平成25年1月30日に「東京電力株式会社福島第
一,第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関す
る中間指針第三次追補(農林漁業・食品産業の風評被害に係る損害
について)」を(弁論の全趣旨),平成25年12月26日に中間指
針第四次追補(「東京電力株式会社福島第一,第二原子力発電所事故
による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針第四次追補(避
難指示の長期化等に係る損害について)」)を,それぞれ策定した(以
下,中間指針,中間指針第一次追補,中間指針第二次追補及び中間
指針第四次追補を合わせて「全中間指針」という(「中間指針等」か
ら「自主賠償基準」を除いたもの)。)。
中間指針第四次追補では,この間,平成25年8月には全ての避
難指示区域の見直しが完了し,帰還困難区域,居住制限区域及び避
難指示解除準備区域の3つとされたところ,このうち後2者につい
ては,区域内への自由な立入りが可能となったほか,除染実施計画
やインフラ復旧工程表に基づき除染やインフラ復旧等が進められる
と共に,企業の営業活動も一部再開されるなど,避難指示の解除に
向けた検討が始まっている一方,帰還困難区域については,将来に
わたって居住を制限することが原則とされ,区域内への立入りは制
限され,本格的な除染やインフラ復旧等はされておらず,現段階で
は避難指示解除までの見通しすら立っていない状況であり,避難指
示が長期化することが想定されることを前提に,こうした区域の住
民からは,なお避難指示解除の見通しがつかず事故後6年を大きく
超える長期避難が見込まれ,将来の生活の見通しが立たないことに
対する精神的損害等に係る賠償の考え方を示すことが求められてい
るとして,本指針により,これまで示してきた指針等に加え,避難
指示が長期化した場合に賠償の対象となる範囲等について現時点で
可能な範囲でこれらの目安を示すこととしている。
第3期の賠償額の目安
中間指針第四次追補は,第3期における精神的損害の賠償額の目
安を以下のとおりとした。
ア帰還困難区域並びに大熊町及び双葉町の居住制限区域ないし避
難指示解除準備区域
中間指針第二次追補の600万円に1000万円を加算し,上
記600万円を月額に換算した場合の将来分(平成26年3月以
降)の合計額(ただし,通常の範囲の生活費の増加費用を除く。)
を控除した金額を目安とする。具体的には,第3期の始期が平成
24年6月の場合は,本指針に基づく損害賠償請求が可能になる
ことが見込まれる平成26年3月時点における状況を見て判断し,
本指針を定めた時点から除染計画やインフラ復旧計画等に状況の
変化がないときは,その時点からの将来分を控除した後の加算額
は700万円とする。
イそれ以外の地域
引き続き月額10万円。「避難指示等の解除等から相当期間経過
後」の「相当期間」は,避難指示区域については1年間を当面の
目安とし,例えば帰還に際して従前の住居の修繕等を要する者に
関しては業者の選定や修繕等の工事に実際に要する期間,工事等
のサービスの需給状況等を考慮する等,個別具体的な事情を踏ま
え柔軟に判断するものとする。
備考
なお,中間指針第四次追補では,本指針において示されなかった
ものが直ちに賠償の対象とならないというものではなく,個別具体
的な事情に応じて相当因果関係のある損害と認められるものは,指
針で示されていないものも賠償の対象となるし,本指針で示す損害
額の算定方法が他の合理的な算定方法の採用を排除するものでもな
いと明記され,一審被告東電には,被害者からの賠償請求を真摯に
受け止め,合理的かつ柔軟な対応と同時に被害者の心情にも配慮し
た誠実な対応が認められるなどと付言している。
5自主賠償基準
一審被告東電は,全中間指針を踏まえた上で,全中間指針で対象と
された者に県南地域及び宮城県丸森町旧居住者も加えた者を対象とし
て,以下のとおり自主賠償基準を策定し,これに基づき,精神的損害
の賠償を行っている。
帰還困難区域,大熊町,双葉町旧居住者
①3月11日から平成24年5月まで月額10万円(避難所等加
算別途。平成23年3月分は1か月分として計算。)の15か月分1
50万円,②平成24年6月から平成29年5月まで5年分600
万円,③帰還困難慰謝料700万円の合計1450万円。
居住制限区域,避難指示解除準備区域(旧居住制限区域,旧避難
指示解除準備区域を含み,大熊町,双葉町を除く。)旧居住者
3月11日から平成30年3月31日まで85か月分850万円。
旧特定避難勧奨地点(南相馬市)旧居住者
避難の有無を問わず,3月11日から平成27年3月31日まで
月額10万円の49か月分490万円。
旧特定避難勧奨地点(川内村,伊達市)旧居住者
避難の有無を問わず,3月11日から平成25年3月31日まで
月額10万円の25か月分250万円。
旧緊急時避難準備区域旧居住者
避難の有無を問わず,3月11日から平成24年8月31日まで
月額10万円の18か月分180万円。平成24年9月1日時点で
高校生以下であった者に対しては,これに加えて平成24年9月か
ら平成25年3月31日まで月額5万円の7か月分35万円を追加
賠償。
旧一時避難要請区域,旧屋内退避区域旧居住者
避難の有無を問わず,3月11日から9月30日まで,月額10
万円の7か月分70万円。
自主的避難等対象区域旧居住者
①3月11日~12月31日の間に18歳以下である期間があっ
た者(誕生日が平成4年3月12日~平成23年3月11日の者及
び本件事故発生時に自主的避難等対象区域旧居住者であった者から
平成23年3月12日~12月31日の間に出生した者)及び妊婦
であった者(平成23年3月11日~12月31日の間に妊娠して
いた期間がある者)に対し,避難の有無を問わず40万円(以下自
主的避難等対象区域旧居住者との関係で「1期賠償」という。)。②
平成24年1月1日~8月31日の間に18歳以下である期間があ
った者(誕生日が平成5年1月2日~平成23年3月11日の者及
び本件事故発生時に自主的避難等対象区域旧居住者であった者から
平成23年3月12日~平成24年8月31日の間に出生した者)
及び妊婦であった者(平成24年1月1日~8月31日の間に妊娠
していた期間がある者)に対し,避難の有無を問わず8万円(以下
自主的避難等対象区域旧居住者との関係で「2期賠償」という。)。
③それ以外の者に対しては,避難の有無を問わず,3月11日~
4月22日頃の損害として8万円。
(丙C21,24)
県南地域及び宮城県丸森町旧居住者
①3月11日~12月31日の間に18歳以下である期間があっ
た者(誕生日が平成4年3月12日~平成23年3月11日の者及
び本件事故発生時に県南地域又は宮城県丸森町旧居住者であった者
から平成23年3月12日~12月31日の間に出生した者)及び
妊婦であった者(平成23年3月11日~12月31日の間に妊娠
していた期間がある者)に対し,避難の有無を問わず20万円(以
下県南地域及び宮城県丸森町旧居住者との関係で「1期賠償」とい
う。)。②平成24年1月1日~8月31日の間に18歳以下である
期間があった者(誕生日が平成5年1月2日~平成23年3月11
日の者及び本件事故発生時に県南地域又は宮城県丸森町旧居住者で
あった者から平成23年3月12日~8月31日の間に出生した者)
及び妊婦であった者(平成24年1月1日~8月31日の間に妊娠
していた期間がある者)に対し,避難の有無を問わず4万円(以下
県南地域及び宮城県丸森町旧居住者との関係で「2期賠償」という。)。
(丙C24)
6全中間指針の位置付け等
全中間指針について
原賠法は,文部科学省に,原子力損害の賠償に関して紛争が生じ
た場合に,和解の仲介のほか,「当該紛争の当事者による自主的な解
決に資する一般的な指針」の策定に係る事務を行わせるため,原賠
審を置くことができる旨定めている(同法18条1項)。これを受け
て,本件事故に関しても,法学者及び放射線の専門家等の委員から
なる原賠審が設置された。
中間指針を巡る原賠審における議論
原賠審においては,中間指針を策定する過程で,証拠上認定でき
る限りで,概要,以下のような議論がされた。
ア中間指針策定まで
中間指針は,前示のとおり,第1回~第13回原賠審における
議論を経て,策定された。そこでは,おおむね,以下のような議
論がなされた。(甲A20,21,丙A9,11,13~16,2
1)
第4回(5月16日)
損害が非常に多岐にわたる分野に及んでいるが,どの分野に
おいても,基本的に相当因果関係の範囲内で損害賠償すべきで
ある。そして,精神的損害については,避難等を余儀なくされ
たことに伴い,正常な日常生活の維持・継続が長期間にわたり
著しく阻害されたため生じたものは相当因果関係のある損害と
認めることができると考えられる。生活費の増額分は比較的僅
少かつ個人差も余りないと考えられるため精神的損害と合わせ
て算定することも検討する。
精神的損害については,避難場所によって類型化しても良い
のではないかということ,ここで議論している精神的損害はあ
くまで避難をしていることで非常に不便な生活を強いられてい
ることに対するものであり,これとは異なるタイプの精神的損
害についても当然あり得るが,それについては引き続き検討す
ることとする。
第7回(6月9日)
精神的損害額算定方法に関する論点ペーパーが配布され議論
がされた。同ペーパーでは,精神的損害額を検討するに当たっ
て考慮すべき事項として,①平穏な日常生活の喪失,②自宅に
帰れない苦痛,③避難生活の不便さ,④先の見通しがつかない
不安などが考えられると記載されている。
精神的損害額について,従来の裁判例などをある程度調べて
議論した方が良いが,日常生活の維持・継続が阻害されている
ケースを探すのは困難であろう。過去の長期避難を強いられた
例としては地滑りによって数年にわたり自宅に戻れないという
状況が続いたときの精神的損害賠償が問題となった裁判例も参
考にはなるが,その例と本件事故の異同を意識すべきであって,
直ちにこれに依拠することは不適当だろう。
交通事故との違いを意識しながらいわゆる赤本や自賠責基準
を参照することも有意義ではないか。もっとも,怪我をして自
由に動けない状態で入院している者と比べて,不自由な生活で
避難しているとはいえ行動自体は一応自由である本件事故の被
害者の慰謝料額は低くても良いのではないか。実際にいくら支
出したかということと損害賠償は切り分け,相当な損害額を支
払うという考え方もあるだろう。生活費の増加について精神的
損害の中に含めると本来的な慰謝料よりも包括的慰謝料の性質
を帯びるのではないか。事故が収束してから慰謝料を払うとい
うことであれば一時金で対応すれば足りるが,事故が収束して
おらず事態が進行中である場合に慰謝料を払う必要があるとす
ると,時期を段階的に分けた上で定期金的に賠償していくとい
う手段も考えざるを得ないのではないか。
この指針は,あくまでも現段階における考え方であって,将
来的に事態が推移し,例えば不安定な状態が非常に長期に継続
した場合には先の見通しがつかない不安という要素が大きな割
合を占め,この点の慰謝料が大きくなるなど,また別の枠組み
を検討する必要が生じる可能性もあるという整理である。
損害の終期については,自宅に戻ることが可能となった日が
一つの基準にはなり得るところ,戻れるか否かについてある程
度見通しが立った段階で,慰謝料についてはもう一度見直す必
要があり,仮に戻る見通しが立たないということになれば,慰
謝料を毎月賠償していくという建付けは不適当となり,交通事
故の症状固定の考え方のように,一時金の額を検討する必要が
生じることもあり得るのではないか。
乳幼児についても大人と同額で良いのかという論点もあると
ころ,乳幼児の苦痛が大人より少ないとしても,その分親の負
担は大きいかもしれないことを考えれば,平均して同額として
も良いのではないか。
純粋に精神的損害のてん補という整理であれば,避難場所に
よる差異は余り付けなくても良いのではないか。
世帯単位か個人単位かについて,仮に1人10万円の慰謝料
とした場合に,例えば一家8人の家族では世帯全体で80万円
と多額になるが,本当にこれで良いのか検討を要する。世帯で
基準を下げるということになると個々の行動に変なインセンテ
ィブを与える可能性もあるので,個々の判断を妨げない個人に
対する支払で良いのではないか。世帯単位で考えた場合,住民
票の所帯が実際の生活単位とは一致していない場合があるなど,
その認定が非常に困難であり,個人単位で均一とすべきではな
いか。精神的損害というのは余り財産と関係がない人格的な利
益の問題なので,世帯という考え方は採り難いのではないか。
純粋に精神的な損害に対する慰謝料という整理であれば,世帯
ごとよりも個人ごとに考えた方が良いだろう。
第8回(6月20日)
慰謝料に関する参考と題し,慰謝料を算定するに当たって参
考となりそうな裁判例を,身体的損害があるケースとないケー
スとで分けて整理した一覧表が配られ,議論された。
事務局からはおおむね以下のとおり指針案の説明がされた上
で議論がされ,第1期(本件事故発生から6か月間),第2期(第
1期終了から6か月間)及び第3期(第2期以降,終期までの
期間)に分けた上で,第1期については1人月額10万円を目
安にし,避難所等にいた期間は2万円上積みして12万円を目
安にすること,第2期については1人月額5万円を目安にする
という案で第二次指針追補を決定することとされた。
損害額の算定は月単位で行うのが合理的と認められるが,こ
れはあくまでも目安であるから,具体的な賠償に当たって柔軟
な対応を妨げるものではない。
損害発生の始期については,個々の対象者が避難等をした日
にかかわらず,原則として本件事故発生時である平成23年3
月11日とする。
損害発生の終期としては基本的には対象者が対象区域内の住
居に戻ることが可能となった日とすることが合理的であるが,
対象者の具体的な帰宅の時期等を現時点で見通すことは困難で
あるため,なお引き続き検討する。
第12回(7月29日)
区域外であっても,避難区域のすぐそばに住んでいる住民に
子供がいるなどした場合に,避難した方が良いという気持ちは
非常に分かるので,そこをどう扱うかという問題がある。
20mSv/yで切って,そのすぐそばの人は全く何も支払
わないとすると,水俣病の救済において問題を長引かせたこと
の再現にならないか危惧する。もっとも,どこまで広げれば良
いというものではなく,たとえば20mSv/yの範囲の外に
もう少し広い範囲を決めてその部分については例えば全額では
なく一定額を賠償するという方向性の議論が必要ではないか。
微妙なところまで全部決まらないと指針が出せないというこ
とになると,この指針に沿った迅速な救済というものが実現で
きない。したがって,この指針に書かれていないものは賠償し
ないという宣言をしているという読まれ方をされては困るとい
うのが大前提である。今後の様々な調査や知見の集積によって,
類型的に基準を定めることができるものについては指針を追加
すれば良いし,そこまでは類型化できず,非常に個別的な判断
に依拠せざるを得ないものについては,原賠審による和解の仲
介等において個別的な判断をしながら対応をしていき,そうい
った事例を積み上げていく中で,また一定の類型的な指針がで
きれば指針を追加する,という考え方で,できる限り,明確化
できるものは逐次明確化して迅速な解決を目指すべきだろう。
自主避難については全く個別事情の問題ではなく一定の基準
があるのではないか。政府の決めた20mSv/y以下でも,
避難した者は賠償対象に入るべきだという主張に対して一定の
基準で答える必要があるのではないか。では,10mSv/y
なのか,5mSv/yなのかという点について原賠審が基準を
決めるということは難しく,やはり政府が責任を持って考える
べき問題ではないか。ただ,指針のどこかに付記する形等によ
り,原賠審としての考え方は示すこととしたい。
第13回(8月5日)
前回の議論を踏まえ,「自主避難に関する論点」としてまとめ
られたペーパーが資料3として配布された。そこでは,中間指
針では,「政府の避難指示等の有無を基準として,避難をする合
理性が認められるものを指針の対象と」しているが,「一方,こ
れ以外にも,避難等の対象区域外に住居があって放射能の危険
を懸念して自主的に避難している者が多数いると考えられ,こ
れらの者の避難費用等が賠償すべき損害と認められるか否かの
問題がある」ところ,一般論として,このような対象区域外の
者についても「被曝の危険を回避するための避難行動が社会通
念上合理的であると認められる場合には,その避難費用等は,
賠償すべき損害となり得る」として,その基準は,例えば本件
事故直後については第一原発からの「距離等」を,その後につ
いては「避難を開始する地点の放射線量等」が,それぞれ考え
られるが,こういった20mSv/yを下回る地域について自
主的な避難に合理性が認められるかは風評被害に類似しており,
避難指示等が解除された区域との整合性なども考慮すべきであ
って,適切な基準が建てられるか問題となる,などとしている。
原賠審の委員等からはおおむね以下のような発言等があり,
議論がされた。
自主的避難者のコアとなる問題は,不安に感じて避難した者
をどう扱うかというものであるが,単に不安を感じているから
直ちに賠償するというのではなく,ある程度合理性が必要とな
るだろう。
自主的避難者の基準の一つとして,実際に住民が日々有して
いる情報は,20mSv/yというものではなく,その時点時
点の線量率がどの程度かというものであるから,これは1つの
基準になるだろう。また,水素爆発があったことや,子供がい
る場合に不安に感じた,こういったことをファクターとして,
何らかの基準を決めていくことになるだろう。
放射線量が1~20mSv/yの間であっても,おそらく単
なる不安の問題ではなくて,ある種の健康の危険というものが
あるけれどもそれがどの程度のものか分からないという状況下
での不安は,廃棄物処分場のそばで井戸水を飲んでいる者の不
安とは質が違うのではないか。例えば10mSv/yでも,1
0年間では100mSvであり,一般的には癌の発生する有意
な数値といわれているのだとすれば,ある程度長期的なスパン
を考えて現在の放射線量を考えるべきではないか。
本件事故直後,おそらく3月20日過ぎくらいまでは,住民
は,実際に空間の線量率が分からない状態で避難しているのだ
ろうし,20mSv/yを超えるとして計画的避難区域が設定
されたのが4月22日だとすると,国の基準が正確に住民に伝
わったのは早くともそれ以降であることなど,その時点で避難
することが合理的であったかを考慮する必要があるのではない
か。特に子供についての不安はいまだに消えていない。
100mSv/yだと0.5%癌の発症率が上がるというこ
とで,それ以下ではよく分かっていない現状で,不法行為の世
界で法的に健康への危険があるかといい切れるかというと難し
い。そうするとやはり不安を法的にどう取り上げるかというこ
とを考えざるを得ないと思う。
不法行為の世界では,過去の自主避難について,どこまでが
相当因果関係の範囲内といえるか,合理的な回避行動として認
められるのか,というのが基準となろう。そうすると,その時
点その時点の時期,場所,幼児・妊婦等の人の属性等で考えて
いくことになろう。
ここで賠償の対象とするのは,あくまでも原子力損害という
カテゴリーのものであり,相当因果関係の範囲内のものという
ことなので,当然,自ら限度がある。もっとも,人の健康その
ものに対する被害のおそれがあるので避難した者については,
難しい問題があるので,今後もっと十分に資料を集めて議論す
る必要があるだろう。一定範囲の自主的避難に係る損害につき
原則として相当因果関係が認められる類型として指針で明示す
ることが可能か否か,原賠審において引き続き検討を行う。
なお,同日,中間指針が決定・公表された。
イ中間指針第一次追補策定まで
中間指針第一次追補は,前示のとおり,第13回~第18回原
賠審における議論を経て,策定された。そこでは,おおむね以下
のような議論がされた。(甲A20,22~25,丙A21~29)
第14回(9月21日)
「福島県における避難の概況」と題して事務局が作成したペ
ーパーが資料1として,前回までの議論を踏まえ「自主的避難
に関する主な論点」としてまとめられたペーパーが資料2とし
て,「避難等対象区域外の空間線量率の推移」等が参考資料2と
して配布され,引き続き自主的避難者に対する賠償基準等につ
いて議論がされた。
原賠審の委員等からはおおむね以下のような発言等があり,
議論がされた。
本件事故直後の混乱時期は,どの程度汚染されているかが分
からないことと合わせて,事故がこの先どういうふうに展開し
ていくのかが分からないことも大きな要素であり,例えば,2
0mSv/yなら安全だとか,それに従った避難指示が出たり
した段階で,事故の先行きがこれ以上悪化しないということが
まだ明確になっていないとすると,自主的に避難した者が避難
指示区域外であるからといって合理的でない避難であったとい
う判断はしづらいのではないか。
当時原子力がもうコントロール可能になったというふうに政
府が認めた時期がいつかということが重要になろうか。そうだ
とすると,4月22日に解除されたことをみると,この時点で
ある程度目途がついたということがいえるのだろうか。
20mSv/yというのは,たまたま作業者の基準では5年
間を平均した時に1年当たり20mSv,5年間で100mS
vを超えないというものがあるので,これを基準としているよ
うだが,これが余りにも高すぎるのではないかという我々の感
覚というのはそれなりに理解されるだろう。ただ,それをどこ
まで下げるかというのも困難だが,そこでは地域性(コミュニ
ティ自体が成り立つのか,ホットスポットが近くにあるのか等)
が一つの要素となるのではないか。
自主的避難者の議論では,科学的な放射線量の危険性という
ものが議論の基礎にあるので,どうしても科学的な基準を議論
してしまいがちだが,原賠審で議論すべきなのは,科学的に安
全かどうかの基準そのものではなく,安全に関する基準がどこ
にあるかということを念頭に置きながら,住民が危険性を感じ
て避難することに合理性があるかどうかということであって,
この点は注意して議論する必要がある。特に本件事故後初期の
段階は,公的に公表されたデータも問題だが,同時に様々な情
報が飛び交っている状況なので,住民の不安感がどこまで合理
的かと判定するときの素材として,そういう非公式に流布して
いたものも考慮に入れないといけないのかもしれない。
第15回(10月20日)
自主的避難に係る賠償を検討するに当たって参考とすべく,
いわき市の弁護士や実際に自主的避難をした者も含め,関係者
からのヒアリングが行われた。
第16回(11月10日)
参考資料として「自主的避難関連データ」と題する事務局作
成のペーパーが資料2として配布され,議論された。
議論では,自主的避難者について,本件事故直後(第一期)
とそれ以降(第二期)を区別するべきか,終期をどこに置くか,
実際に避難した者と避難せず滞在した者を区別するべきか,避
難指示対象区域外の者を対象とするとして,空間線量率で線を
引くのか,第一原発からの距離で線を引くのか,それ以外の要
素も考えるのか,どこで線を引くのが妥当か,住民の属性(妊
婦・子供・子供の親等)をどう考慮するか,等々について議論
がされた。
第17回(11月25日)
自主的避難者に対する慰謝料について検討するための参考資
料として「中間指針追補(自主的避難等に係る損害関係)のイ
メージ(案)」と題するペーパーが資料1として,「慰謝料の金
額に係る裁判例について」と題する事務局作成のペーパーが資
料2として配布された。資料1では,対象区域について,少な
くとも自主的避難等対象区域においては住民が放射線被曝への
相当程度の恐怖や不安を抱いたことには相当の理由があり,そ
れに基づき自主的避難を行ったことについてもやむを得ない面
があるとして,一定の自主的避難等対象区域の設定をすること
としつつ,同区域以外の地域についても個別具体的な事情に応
じて賠償の対象となる場合を排除するものではない,とされて
いる。資料2は,事務局の方で,本件に比較的近いと思われる
例として,空港・基地周辺の騒音,道路の騒音・排気ガス,地下
鉄工事騒音,マンション工事騒音,スーパーマーケット室外機
騒音,解体工事騒音,犬の騒音・悪臭,下水悪臭,産業廃棄物悪
臭,豚舎悪臭,工場悪臭,養鶏場虫害,日照被害,産業廃棄物火
災に係る訴訟の裁判例を19件挙げたものである。
原賠審の委員等からはおおむね以下のような発言等があり,
議論がされた。
避難区域以外の一定範囲の住民が一定の状態,すなわち事故
によって自主的避難をすることが相当であると認められる程度
の恐怖・不安を抱かざるを得なかったという状態に置かれたこ
とをもって,損害と考えるべきであり,その点で,自主的避難
をした住民も,その地域にとどまり続けた住民も,同じ損害を
被ったものと考えるべきである。
追加指針において対象地域内の全住民に共通して認められる
べき賠償項目と金額を示すこととし,これを超える損害の賠償
を認めるべき特段の事情がある場合には,これを個別の請求に
委ねることとせざるを得ない。
賠償額は,避難費用等も含めた包括的慰謝料とし,自主的避
難も滞在者も一律の額として示した上で,特段の事情のある場
合には個別の請求を許容するものとすることが妥当である。
対象時期については,損害賠償の基本的な考え方に照らせば,
過去のある時点について,その時々の状況に照らして,対象区
域に滞在することに著しい恐怖・不安を抱くことが原発事故と
相当因果関係のある損害と認められるか否かを評価するのが原
則であり,将来についても損害賠償を認めるか否かは,この状
態が続くことに高度の蓋然性がある場合に限られる。
終期について,自主的避難は,国が緊急時避難準備区域を解
除した9月末よりも後にいつまでも伸ばすと復興に向けての動
きを遅らせることになるし,国が出した緊急時避難準備区域の
解除という判断は放射線に対する不安・恐怖を打ち切る1つの
参考になると考えられるので,9月末から若干準備期間を置い
た9月末プラスアルファを終期とするというのも一つの考え方
ではないか。
避難指示対象区域から自主的避難等対象区域へ避難した者に
対して二重に賠償対象とすべきか,については,すべきである
という意見と,既に中間指針による賠償の範囲内に包摂されて
おり,すべきではない,とする意見の双方が出された。
子供や妊婦については,同伴者も子供と一緒に避難している
以上,生活費の増加分等があるので,それを考慮すると,賠償
額を増やした方が良いのではないか,という意見に対し,子供
等については同伴者が着いているのが通常なので,子供の賠償
の中にその部分も含めて増額した上で,子供一人分についての
賠償額を決めれば良いのではないかという意見も出された。
第18回(12月6日)
中間指針第一次追補の案がペーパーとして配布され,議論さ
れた。同ペーパーでは,今回の指針の対象となる区域として,
既に中間指針で賠償の対象となっている区域と,今回新たに「自
主的避難等対象区域」として設定する区域の2つに分け,前者
については中間指針で賠償対象となっていなかった時期等を賠
償対象とする内容,後者については,避難したか滞在したかを
問わず,子供・妊婦については12月末までの分,それ以外の
者については本件事故発生当初の時期の分を今回の賠償の対象
とする内容となっている。考え方として,第一に,本件事故に
起因して自主的避難等対象区域から自主的避難を行った者につ
いては,主として生活費の増加費用並びに避難及び帰宅に要し
た移動費用が生じ,合わせてこうした避難生活によって一定の
精神的苦痛を被っていると考えられることから,少なくともこ
れらについては賠償すべき損害と観念できること,一方,滞在
者については,主として放射線被曝への恐怖・不安やこれに伴
う行動の自由の制限等を余儀なくされることによる精神的苦痛
が生じ,合わせて生活費の増加費用も生じている場合が考えら
れることから,少なくともこれらについては賠償すべき損害と
観念できること,第二に,自主的避難は避難指示等により余儀
なくされた避難とは異なることから,避難指示等の場合と賠償
額を同じ扱いにすることは必ずしも公平かつ合理的とはいえな
いこと,第三に,自主的避難者か滞在者かの違いにより賠償額
に差を設けることは,①いずれも自主的避難等対象区域内の住
居に滞在することに伴う放射線被曝への恐怖・不安に起因して
発生したものであること,②滞在に伴う精神的苦痛は自主的避
難によって解消されるが,新たに避難生活に伴う生活費増加等
が生じるという相関関係があること,③自主的避難等対象区域
内の住民の中には諸般の事情により滞在を余儀なくされた者も
いるであろうこと,④広範囲に居住する多数の自主的避難等対
象者について自主的避難者と滞在者を区別し個別に自主的避難
の有無及び期間等を認定することは実際上極めて困難であり,
これをしようとすると早期の救済が妨げられるおそれがあるこ
と等を考慮すると,公平かつ合理的とはいい難いことから,精
神的損害と生活費の増加費用等を一括して一定額を算定すると
共に,自主的避難者と滞在者の賠償額を同額とすることが妥当
と判断したとされている。対象者の属性と賠償対象期間につい
ては,本件事故発生当初においては大量の放射性物質の放出に
よる放射線被曝への恐怖・不安を抱くことは年齢等を問わず一
定の合理性を認めることができ,その後においては,少なくと
も子供・妊婦の場合は放射線への感受性が高い可能性があるこ
とが一般に認識されていること等から,比較的低線量とはいえ
通常時より相当程度高い放射線量による放射線被曝への恐怖・
不安を抱くことについては人口移動により推測される自主的避
難の実態からも一定の合理性を認めることができるため,自主
的避難等対象者のうち子供・妊婦については本件事故発生から
12月末までの分を,その他の自主的避難等対象者については
本件事故発生当初の時期の分を,それぞれ賠償対象期間として
算定することが妥当と判断したとされている。損害額の算定に
当たっては身体的損害を伴わない慰謝料に関する裁判例等を参
考にした上で,精神的苦痛及び子供・妊婦の場合の同伴者や保
護者分も含めた生活費増加費用等について一定程度勘案するこ
ととしたとされている。
原賠審の委員等からはおおむね以下のような発言等があり,
議論がされた。
自主的避難等対象区域は,市町村単位で示すこととし,福島
第一原発からの距離,避難指示区域との近接性,放射線量につ
いての情報,避難の状況など様々な要素を総合考慮して確定す
ることとして,福島県の県北地域の全市町村,県中地域の全市
町村,相双地域のうち避難指示等対象区域に設定された10市
町村を除いた相馬市及び新地町,並びにいわき地域のいわき市
とすることが相当である。
中間指針の精神的損害の根拠は主に「避難先の不便」に重点
が置かれ,他方,中間指針第一次追補の損害の根拠は「低線量
被曝の健康への不安」に重点が置かれており,両者は性質が異
なると整理することができるため,中間指針で既に精神的損害
を賠償されている者について,中間指針第一次追補の賠償対象
者にも該当する場合は,重複賠償を認めるべきである。
終期について,実質的に本件事故から1年後の平成24年3
月までという案が良いと思っていたが,12月までという意見
が多数であればこだわらない。ただ,平成24年1月以降につ
いても,きちんと状況に応じて支払う旨の明記をしてもらいた
い。
平成24年3月までで良いかなと思っている部分もあるが,
最高裁の口頭弁論終結時までという判例を参考にすると,中間
指針第一次追補との関係では12月末がだいたいそれに近いの
で,12月末とした上で,それ以降については検討する旨をは
っきり書いてもらいたい。
平成24年1月以降の分に関して「必要に応じて検討する」
という趣旨は,状況が変わらなければ少なくとも検討はすると
いうことという意味であり,12月末で切ってしまうと受け取
られないために,「必要に応じて賠償の範囲について検討する」
という文言とすべきではないか。
子供・妊婦に対する賠償額について,避難指示対象区域の避
難者は中間指針では9月以降毎月5万円であり,仮に自主的避
難等対象区域に対する賠償額を50万円とすると上記の10か
月分ということになるが,これはバランスが悪いのではないか,
そうすると,原賠審の委員全員が合意できる金額というのは3
0万円プラスアルファ程度ではないか,子供・妊婦については
同伴者の増加費用も考慮に入れるべきであるから,50万円に
近い額とすべきではないか等々の意見を集約し,40万円と決
定された。また,それ以外の者に対する賠償額については,中
間指針で屋内退避を4月22日まで指示された屋内退避区域の
者に対して10万円と定められたことを参考にし,同額ではバ
ランスが悪いがなるべく近い数字ということで8万円と決定さ
れた。
ウ中間指針第二次追補策定まで
中間指針第二次追補は,前示のとおり,第19回~第26回原
賠審における議論を経て,策定された。そこでは,おおむね,以
下のような議論がなされた。(甲A11,12,19,丙A30,
31,46,47)
第19回(12月21日)(丙A46,47)
中間指針第一次追補の公表を経て,対象区域や賠償額につい
て種々の批判や意見が寄せられたため,自主的避難等対象区域
に対する賠償について主に議論することとされた。議論の前提
として,自主的避難等対象区域に含まれなかった地域について
賠償が認められないと考えているわけではなく,個別的な賠償
が認められ得ることが強調された。自主的避難等対象区域に設
定しなかった市町村は,放射能汚染されている地域に一定の広
がりがみられず限定されているため,市町村単位で設定するこ
とを考えると全体を設定することは不適当であり,むしろ放射
線量が高いところについてはスポット的に個別的な対応をする
ことが適当だと考えられたためであるとの説明がされた上で,
区域の線引きについて議論がされた。
原賠審の委員等からはおおむね以下のような発言等があり,
議論がされた。
自主的避難等対象区域外の者について,個別的な対応をする
として,ではどういう要素があれば賠償の対象となるかという
のはなかなか難しい問題だが,自主的避難等対象区域は少なく
とも一定範囲においては比較的高い放射線量が認められるので
あるから,そこにおける放射線量というのは一つの参考値にな
るだろう。
中間指針第一次追補で自主的避難等対象区域に設定した区域
内の市町村においては,ほぼ全てにおいて3月に行政がヨウ素
剤を配布しており,これを受けて不安を感じて自主的避難をし
た者も一定数いたと考えられることからすれば,合理的な設定
であったと思う。
原賠審では,中間指針第一次追補で設定した自主的避難等対
象区域はそれなりに合理性のあるものであったと判断した上で,
区域外の住民も,自分の住んでいる場所において放射線量が高
ければ個別的に賠償の対象になることを改めて強調することと
したい。
第21回(平成24年1月27日)
政府による避難指示区域の見直しの方針を受けて,今後,原
賠審において今後の賠償の在り方を議論していくことを前提と
し,各避難指示区域に関係する地方公共団体(双葉地域8町村)
等の関係者からのヒアリングを行うなどした上で議論がされた。
原賠審の委員等からはおおむね以下のような発言等があり,
議論がされた。
指針は一審被告東電を縛るものではなく,あくまでも一審被
告東電が自主的に指針に基づいて賠償するものだから,結局,
一審被告東電がどうしても嫌だといわれてしまうと動かなくな
ってしまう,一審被告東電側としても合理的に考えれば納得す
るか反対しにくい賠償というものを決めていくというのが指針
の役割であると思っている。したがって,ただ金額を多くすれ
ば良いというものではないだろう。
第23回(平成24年2月17日)
原子力損害賠償紛争解決センター(ADR)の室長から活動
状況についての報告がされ,一審被告東電が,個々の事案の折
衝において,中間指針に具体的に書いていないことについて賠
償すると中間指針に反することになるため,賠償できない,と
いって硬直な交渉姿勢に出る事案の報告が多数寄せられている
ことなどが紹介された。
第24回(平成24年2月23日)
賠償額の目安を議論するに当たっては,損害賠償として説明
できるかということが重要である旨の能見会長の発言があった。
第25回(平成24年3月8日)
原賠審の定める指針は,損害賠償の一般法理に照らして説明
できないことをそのときの勢いで,あるいは政策的に決められ
たと事後的に評価され,指針全体の信頼性を揺るがすことのな
いようにすべきであり,それなりに理論的な説明は付けた方が
良い旨の発言があった。
エ中間指針第四次追補策定まで
中間指針第四次追補は,前示のとおり,第27回~第39回原
賠審における議論を経て,策定された。そこでは,おおむね,以
下のような議論がなされた。(丙A17~20,32,43,44)
第34回(平成25年9月10日)
避難指示解除後の賠償の考え方が議論され,帰還困難区域に
おいては,原則として少なくとも本件事故後6年間は避難指示
が解除されず住民の立入りが制限され,本格的な除染が実施さ
れていないなど,現段階では避難指示解除までの見通しを立て
ることが困難な状況があり,かつ,避難指示が事故後6年を大
きく超えて長期化する可能性がある地域も存在すると考えられ
るため,こういう地域については,もう戻れないということを
前提として一括で慰謝料を賠償するという考え方についても議
論がされ,大方の賛同を得られた。その上で,今まで毎月払っ
てきた慰謝料との関係を理論的に整理する必要があるとされ,
具体的には,今までの毎月のものに上乗せして故郷に戻れない
ということについての一括の慰謝料の賠償を考えることとする
が,6年分を前払いしているものとのオーバーラップを調整す
る必要性が頭出しされた。
第35回(平成25年10月1日)
避難指示の長期化に伴う賠償を議論する前提として,内閣府
の担当官から帰還困難区域についての現状が報告された。その
中で,他の地域を先行する必要があるなどの事情により,帰還
困難区域についてはまだ除染が実施されていないこと,全ての
人が365日,8時間は外で生活し,16時間は遮蔽率の低い
家の中で生活したと仮定すると,大体3.8μSv/hが20
mSv/yと同値であるとされていること,富岡町,浪江町,
大熊町といった線量が非常に高い地域については,環境省によ
る除染のモデル事業を実施してもそこまで線量が低下しなかっ
たこと,今後も環境省の方で除染技術を開発しながらモデル事
業を継続していく予定であること,避難指示解除の必要条件と
しては20mSv/yを下回らなければならないところ,その
ほかに,インフラの復旧状況,生活関連サービスや除染の状況
等を踏まえ,地元と協議した上で避難指示解除していくという
のが政府の方針であることなどが報告された。
原賠審の委員等からはおおむね以下のような発言等があり,
議論がされた。
避難指示が長期化している区域においては,①長期間の避難
の後,最終的に帰還するか否かを賠償がなされる時点で判別す
ることは困難であること,②一般的には帰還が可能な場合の精
神的損害よりも帰還が不可能な場合の精神的損害の方が大きい
と考えられること,③現在も自由に立入りができず,除染計画
やインフラ復旧計画がなく帰還の見通しが立たない状況におい
ては,仮に長期間経過後に帰還が可能となったとしても,移住
を余儀なくされたものと同様に扱うことも合理的と考えられる
ことなどから,最終的に帰還するか否かを問わずに,「長年住み
慣れた住居及び地域における生活の断念を余儀なくされた精神
的苦痛等」を賠償することとしてはどうか。
中間指針第二次追補の一括600万円と,長期化していわば
ふるさとをなくしてしまった場合の損害賠償と,多少オーバー
ラップするところ,これをどう考えるか。
いつ自宅に戻れる分からない不安な状態が続くことによる精
神的苦痛に関しての賠償をしてきたところ,ふるさとの喪失や
故郷の喪失のような損害に転換すると考えて良いのか,仮に良
いとしていつ転換するのか,理論的に問題となりそうだ。
仮に今の時点で故郷を失うことによる慰謝料を出すと,その
中には自宅に戻れないことによる不安の状態が続くことによる
慰謝料が含まれると考えられるのではないか。
今回の故郷を失ったことによる慰謝料は,死亡慰謝料とは性
質が違うので,後者の場合の慰謝料金額は参考にならないので
はないか。むしろ,後遺症の方が近いとも思われる。
解除後の相当期間としては,慎重に1年程度は標準的な区切
りとして必要ではないか。
第36回(平成25年10月25日)
ADRにおける個別事案における検討状況が室長から報告さ
れた。その上で,前回に引き続き,避難指示の長期化に伴う賠
償の考え方について議論がされた。
原賠審の委員等からはおおむね以下のような発言等があり,
議論がされた。
帰還困難区域の精神的損害額について,事務局として判例や
世の中の基準を調べているけれども,参照すべき適当な裁判例
や基準がなかなか見当たらない。
例えば,一般に慰謝料の類型として最も高額であり遺族間で
配分される死亡慰謝料を参考とし得るかどうかについて
・一家の支柱が死亡した慰謝料を,本件のように家族全員が同
じ状況にあり対象となる場合にもそのままスライドして全員が
賠償を受けるというのは適当ではないのではないか。
・死亡慰謝料が上限となるのではないか。
・死亡慰謝料は相続され相続人の頭数で割ることになるのだか
ら,その金額を基準にすることもあり得るのではないか。
既に支払われた6年分の慰謝料との調整は,今回,故郷を失
ったということでその慰謝料が支払われると,今までの毎月の
分はその中に入ってしまうので,期間が経過していない約3年
分については調整が必要となるのではないか。
解除後の相当期間について,以下のように色々な意見が出さ
れたが,1年を当面の目安とする案が比較的多数を占めた。
・例えば家の修繕に必要な期間一つ取って考えてみても,大工
不足が予測されることからすれば,1年では短過ぎるのではな
いか。
・まず相当期間が例えば1年なら1年と決まれば,それを前提
にして政府が住民と協議して解除時期を決めるに当たって考慮
されるのではないか。そういう意味では,余りに短過ぎては例
外的な場合が多くなり現実的ではないが,対象となる避難者の
大部分が包摂され得る期間であれば良いので,1年という案も
一応原則としてはあり得るのではないか。
・解除時期が住民のインフラの復旧状況等をかなり考慮に入れ
て決められるとすれば,復興の遅れを促進するような長い相当
期間を定めるよりも,特段の事情のない限り1年というのは合
理的ではないか。
第37回(平成25年11月22日)
避難指示が長期化した場合の精神的損害の賠償について,原
賠審の委員等からはおおむね以下のような発言等があり,議論
がされた。
帰還困難区域以外の区域で,例えば,避難指示解除が当初の
5~6年というものよりも遅れ,7年後に解除されたと仮定し
た場合,解除の1年後まで月額10万円の賠償がされることに
なるため,960万円の慰謝料が賠償されることになるところ,
こういった仮定の数字とのバランスも,帰還困難区域に対する
慰謝料額を算定する際には考慮する必要があるのではないか。
長期化に基づく慰謝料の判断基準時は,既に支払われている
600万円の将来分を控除する必要から,一時点に決める必要
があるところ,一審被告東電による賠償が支払われる時点とす
ること自体はそれで良いとも思われるが,実際に支払われる時
点を基準時とすると,基準時を意図的にずらすことが可能にな
り不適当だろう。また,600万円の中に含まれている生活費
増加費用分については控除しないとしたときに,ではその額は
いくらなのかという難しい問題に直面することになるので,む
しろ,600万円は精神的損害の額を考慮する要素として生活
費増加費用を考えているという理解をした上で,将来分を控除
する際に生活費増加費用分を控除する必要はないという割り切
りもあるのではないか。
第39回(平成25年12月26日)
中間指針第四次追補の案が説明され,それについて議論がさ
れた。
まず,事務局からは,以下のような案の説明があった。
一括の精神的損害額の算定の考え方として,過去の裁判例及
び死亡慰謝料の基準等も参考にした上で,避難指示が事故後1
0年を超えた場合の避難に伴う精神的損害額の合計額を十分に
上回る金額とした。
第二次追補において,長年にわたって帰還できないことによ
る損害額を5年分の避難に伴う慰謝料として一律に600万円
と算定していることから,このうち,被害者が一審被告東電に
対し本指針に基づき損害賠償請求が可能になると見込まれる平
成26年3月以降に相当する部分は「長年住み慣れた住居及び
地域が見通しのつかない長期間にわたって帰還不能となり,そ
こでの生活の断念を余儀なくされた精神的苦痛等」に包含され
ると考えられるため,その分を加算額から控除することとした。
一括慰謝料の具体的な1000万円という数字については,
原賠審の各委員から適当だと思われる数字を聴取し集約した金
額であり,これを下回る意見も,上回る意見も出されたが,そ
の平均額を意識しながら合理的な金額と思われる数字を仮に設
定した。
原賠審の委員等からはおおむね以下のような発言等があり,
議論がされた。
遺族間で配分される死亡慰謝料の場合,世帯の人数が平均3
人であることを前提に仮に一家の父親が死亡した場合の家族の
受取額は950万円なので,それよりも若干上回る金額という
ことで1000万円という数字は適当ではないか。
各委員の意見の集約の結果が1000万円であればこれに従
いたい。なお,具体的な事情によってはこれを上回る金額もあ
り得るということで,故郷を喪失することについての精神的苦
痛には相当の開きがあるため,ADRにおいて検討される慰謝
料の範囲には相当の幅があるものになるだろうし,和解によっ
て決着する慰謝料額にも本指針で示される金額からは相当程度
外れたものになることもあり得ることは了解されたい。
慰謝料というものは本来それぞれの精神的な苦痛ということ
で簡単に一律に判断できるものではないが,原賠審の役割とし
て,全てが個別的な判断に任されてはなかなか賠償が進まない
ことから,指針を示すことによって早期の賠償を促進するとい
う観点から,平均的,あるいは最低ラインとしての慰謝料額を
示したものである。
生活費や慰謝料を含めて月額いくらという形で慰謝料額を定
めてきたのだが,もう戻れないということで,故郷を喪失する
者についての純粋な精神的苦痛の慰謝料を決めることとしたも
ので,故郷を喪失したという段階でどれだけの精神的苦痛があ
るかということを理論的に計算できるため,その段階で一律の
金額を定めることにしているものであり,これはむしろ従来の
裁判所の判例の考え方に沿うものである。だから慰謝料の打ち
切りではないかといわれているが,むしろ精神的な慰謝料は一
括で決められるものだろう。
全中間指針の位置付け
うな議論の経過によれば,個別具体的な事情に応じた
本件事故と相当因果関係のある損害は別途あり得るので,それは全
中間指針で定める基準の外で損害賠償がされるべきであるという前
提で,全中間指針は,本件事故と相当因果関係のある,日常生活の
阻害や故郷の喪失による精神的損害(比較的僅少で個人差が余りな
いと考えられる生活費の増額分も含む。)に対する損害賠償額を,簡
易迅速な損害回復を旨とするため支払う側の当事者である一審被告
東電も納得し支払を拒否しないような金額として妥当な額を基準と
して打ち出したものであるということができる。そして,その額を
定める議論においては,交通事故損害賠償訴訟における基準や参考
となり得る判例が参照されたが,本件事故と類似の事例は見つから
なかったため,最終的には,交通事故や参考裁判例の事例との違い
を意識しながら,法学者及び放射線の専門家等から構成された原賠
審の委員から出された意見の平均的な額を基準にするなどして,全
中間指針における賠償の基準額は定められた。20mSv/yを下
回る低線量の地域住民については,単なる根拠のない不安を損害と
みなすものではなく,低線量被曝は健康被害があるけれどもそれが
どの程度のものか分からないという知見を基にしつつ,取り分け本
件事故直後には,公的に公表されたデータ以外に非公式に様々な情
報が飛び交っていた状況を考慮に入れ,本件事故により住民が危険
性や恐怖・不安を覚えて自主的に避難することに合理性があるかと
いう観点から相当因果関係の有無を検討する必要があるとされた。
以上によれば,全中間指針において定められた額は,指針策定当
時までの事情を基に,個別事情を捨象して当該地域に居住していた
全住民に共通する損害項目を考慮に入れながら,一審被告東電側も
任意の支払を拒否することのないように合理的と考えられる額とし
て定められたものと解されるから,任意の支払を念頭に置いた和解
金的な色彩があることは否定できないところである。そうすると,
本訴において,口頭弁論終結時までの事情を基に,一審被告東電に
よる任意の支払を期待するという要素を考慮に入れずに,本件事故
と相当因果関係のある損害額を定める場合に,全中間指針における
基準額よりも高い額となることは,ある意味では自然な結果である
ともいえる。
第3相当因果関係(総論)
1放射線に関する知見
放射線に関する基礎的な知見
放射線とは,電磁波や各種粒子線の総称であり,電磁波には,電
波,超短波,赤外線,可視光線,紫外線,X線,γ線が,粒子線に
は,α線,β線,陽子線,中性子線,重陽子線,重粒子線,中間子線
がある。放射線を出す性質や能力のことを放射能といい,放射線を
出す物質を放射性物質という。ある放射性物質が有する放射能の大
きさは「ベクレル(Bq)」(1秒間に1個原子核が壊変する量),放
射線被曝線量は「シーベルト(Sv)」という単位を用いる。
放射性物質は原子核がエネルギー的に不安定であり,その安定を
取るためにエネルギーをα線,β線,γ線等の放射線という形で放
出する。これを放射性壊変という。放射性物質の原子核が放射性壊
変により変化し,エネルギー的に安定すれば放射線を出さなくなる
が,放射性物質の中には安定するまで放射性壊変を複数回繰り返す
ものもある。例えば,ウラン238はα線を放出してトリウム23
4という放射性物質に,トリウム234は更にβ線を放出してプロ
トアクチニウム234という放射性物質に変化し,鉛206になっ
て安定するまでに十数回も壊変するといった具合である。放射性壊
変を繰り返し,放射能が弱まって初めの半分になるまでの時間を物
理学的半減期と呼ぶ。例えば,福島第一原発で燃料として使用され
ていたウラン235の半減期は7億年,同じくウラン238の半減
期は45億年(なお地球の年齢は約46億年)である。(乙C3の1,
丙C338)
放射線による被曝
α線は生体組織に対する透過力が弱く(紙1枚で止まる),皮膚の
角質層を透過できないため,α線による外部被曝は問題にならない
ものの,α線を放出する放射性物質が後記のような原因で体内に入
り体内から被曝する内部被曝は,組織内で局所的に高密度の電離を
起こし集中的にエネルギーを与えるため,DNAに大きな損傷を与
え,生物への強い影響を引き起こす。β線は生物に及ぼす影響力は
α線ほど強くないが,透過力は弱いもののα線よりは強いため(エ
ネルギーにもよるが,空気中で数m飛び,プラスチック1cm,ア
ルミ板2~4mm程度で止まる。),皮膚を透過することから(透過
距離はおよそ数mm),線量が相当高い場合には熱傷のような症状を
引き起こすなど,体外からの被曝により皮膚や皮下組織に影響を与
える可能性がある。もっとも,身体の奥深くまで届くことはない。
γ線やX線は透過力が強く(エネルギーにもよるが,空気中で数十
mから数百m飛び,密度の高い鉛や鉄の厚い板で止まる。),深部の
臓器・組織にまで到達するが,生物への影響力はα線ほど強くはな
く,β線と同程度である。以上のことから,外部被曝では,α線や
β線は身体の奥深くまで届くことはなく,β線の線量が高い場合に
熱傷のような症状を引き起こす程度だが,γ線は身体の奥の臓器に
まで到達するため,外部被曝で問題になるのは主にγ線である。そ
こで,空間線量率は,空間中のγ線量を測定したものである。一方,
内部被曝では,α線,β線,γ線のいずれもこれを放出する放射性
物質が体内の細胞に影響を及ぼす可能性がある。また,ウラン等放
射性物質の種類によっては,それが体内に取り込まれた場合,内部
被曝の影響だけでなく,科学的な金属毒性等の影響を受ける場合も
ある。(乙C3の1)
外部被曝は地表や空気中にある放射性物質,あるいは衣服や体表
面に付いた放射性物質等から放射線を受けることにより起こる。一
方,内部被曝は,①食事等により飲食物中の放射性物質を体内に取
り込んだ場合(経口摂取),②呼吸により空気中の放射性物質を体内
に吸い込んだ場合(吸入摂取),③皮膚から吸収された場合(経皮吸
収),④傷口から取り込んだ場合(創傷浸入),又は⑤診療のための
放射性物質を含む放射性医薬品を体内に投与した場合に起こる。一
旦放射性物質が体内に入ると,排泄物と一緒に体外に排泄され,時
間の経過と共に放射能が弱まるまで,身体は放射線を受けることに
なる。このように代謝により体内の放射性物質が半減する時間を生
物学的半減期と呼び,上記の物理学的半減期と合わせて体内の放射
性物質が半減するまでの時間を実効半減期と呼ぶ。(乙C3の1)
人は,常に自然界からの外部被曝として,大地からの放射線と宇
宙からの宇宙線を主とする自然放射線を受けている。また,食物や
空気中のラドン等,自然由来の放射性物質の摂取による内部被曝も
日常生活では避けられない。例えば我が国に住む人の場合,平均し
て,1年間で,宇宙からは0.3mSv,大地からは0.33mSv
の外部被曝を,空気中のラドンやトロンから0.48mSv,食物
から0.99mSvの内部被曝を受けており,合計すると年間で2.
1mSvになる(世界平均は年間2.4mSv)。また,我が国では
放射線検査等で受ける医療被曝の割合が大きいことが知られており,
例えばCT検査では1回当たり2.4~12.9mSv,胸部X線
検査では1回当たり0.06mSvの人口放射線を被曝することに
なる。
(乙C3の1,丙C338等)
放射線による健康被害
放射線の影響は,放射線を受けた本人に出る「身体的影響」と,
子供や孫等子孫に出る「遺伝性影響」とに分けられる。また,被曝
してから症状が出るまでの時間によって,比較的早く症状が出る「急
性影響(早期影響)」と数か月後以降に現れる「晩発影響」(特にが
んが発症するには数年から数十年の時間を要するとされる。)とに分
けられる。さらに,放射線の影響が生じるメカニズムの違いにより
「確定的影響」と「確率的影響」とに分けられ,前者は放射線によ
り臓器や組織を構成する細胞が多数死んだり,変性したりすること
で起こる症状であって,しきい線量が存在するのに対し,後者はが
んや遺伝性影響といった細胞の遺伝子が変異することで起こる影響
であり,個々の突然変異が病気につながる可能性は低いものの,理
論的にはがんや遺伝性影響の原因となる可能性が全くないとはいえ
ないため,がんや遺伝性影響については,しきい線量がないものと
仮定して管理が行われている。この低線量被曝に関する知見につい
ては,項を改めて後述(後記3)する。(乙C3の1)
人体が放射線を受けたことによりどのような影響を受けるかは,
どこにどれだけ放射線を受けたかによって異なる。臓器によって放
射線に対する感受性が異なるため,局所被曝では,被曝した箇所に
放射線感受性の高い臓器が含まれているかどうかで影響の生じ方が
大きく異なってくることになる。内部被曝の場合は,放射性物質が
蓄積しやすい臓器・組織の被曝線量が高くなるため,この部分の臓
器・組織の放射線感受性が高い場合,放射線による影響が出る可能
性が高くなる。内部被曝の場合にどれだれ放射線を受けるかは,上
記の実効半減期によって決まるため,特に問題になるのは,この実
効半減期が長く,組織に与える影響力が強いα線を出す放射性物質
ということになる。例えば,プルトニウムは,呼吸と共に肺から取
り込まると,血管に入り血流によって移動して,骨や肝臓に沈着し,
そこでα線を出すため,肺がん・白血病・骨腫瘍・肝がんを引き起
こす可能性がある。
また,放射線の人体への影響においては,年齢によっても差があ
り,胎児期は放射線感受性が高く,また影響の出方に時期特異性が
あることが分かっている。加えて,妊婦が被曝した場合,妊婦のご
く初期(着床前期)に一定以上被曝すると流産が起こることがある
上,この時期を過ぎてからの被曝では流産の可能性は低くなるもの
の,子宮内を放射線が通過したり,放射性物質が子宮内に移行した
りすれば胎児も被曝し,胎児の体が形成される時期(期間形成期)
に一定以上被曝すると,器官形成異常(奇形)が起こることがあり,
大脳が活発に発育している時期(胎児前期)に一定以上被曝すると
精神発達遅滞の可能性があるなど,胎児のリスクは大人に比べて相
対的に高い。
以上の理から,例えば,チェルノブイリ原発事故後に,ベラルー
シやウクライナの子供の甲状腺がんの発症数が増えたが,これは,
事故により放出された放射性ヨウ素が甲状腺に蓄積しやすく,子供
の甲状腺が大人よりも放射線感受性が高いことの両方がその原因と
考えられている。
(乙C3の1)
2本件事故と放射性物質の放出
福島第一原発に使用されていた軽水炉型原発は,前示のとおり,濃
縮してウラン235含有率を3~5%まで高めたウラン238を燃料
として使用するところ,その運転による核分裂により,ヨウ素131,
セシウム134,セシウム137,ストロンチウム90,プルトニウ
ム239等の放射性物質が生成される。原子炉が正常に働いている限
りはこれらの核分裂生成物は燃料棒の中にとどまり原子炉から外へは
漏れないが,本件事故により,生成物は気体状(核燃料の融点は28
50℃であり,核燃料が溶解しているということはそれ以上の温度に
達していたということである。そして,例えば,セシウム137の沸
点は678℃であるため,その時点では気体状となっていた。)とな
り原子炉から漏れ,放射性雲(プルーム)と呼ばれる状態で大気中を
流れた。この放射性雲には,放射性希ガス,放射性ヨウ素及び放射性
セシウム等のエアロゾル(微小な液滴や粒子)が含まれており(例え
ば,大気中で冷やされ液化したセシウム137の凝固点は28℃であ
り,更に冷やされこれ以下の温度になると,液体から微小な粒子へ形
を変える。),これは軽いため,風に乗って遠くまで拡散した。そのた
め,これが上空を通過した付近の地では,放射性物質からの放射線に
より外部被曝を受けることとなる。また,雲中の放射性物質を吸入等
した者は内部被曝を受けるところ,このうち放射性希ガス(クリプト
ン,キセノン)は体内に取り込まれても留まることはないが,放射性
ヨウ素や放射性セシウムのエアロゾルは,放射性雲が通過する間に少
しずつ地表に落ちてきて地表面や植物等に沈着するため,通過後も外
部被曝が続くほか,汚染された飲料水や食物を摂取することで内部被
曝を受けることとなる。(乙C3の1)
国際原子力機関(IAEA)と経済協力開発機構(OECD)原子
力機関(NEA)は,国際原子力事象評価尺度(INES)を定めてい
る。同尺度によれば,原子力施設等の異常事象や事故は,その深刻度
に応じて7つのカテゴリーに分類されるところ,本件事故は,これに
より放射性物質が77京ベクレル(暫定値)放出されたため(なお,
チェルノブイリ原発事故は520京ベクレル。),最も深刻な事故で
あることを示すレベル7と判断された。(乙C3の1)
本件事故により環境中に放出された放射性物質のうち,人体の健康
や環境への影響において主に問題になるのが,ヨウ素131,セシウ
ム134,セシウム137,ストロンチウム90の4種類である(ト
リチウムやプルトニウム239等その他の様々な放射性物質は,この
4種類に比べれば半減期が短いか,本件事故による放出量が少なかっ
た。)。ヨウ素131は物理学的半減期が8日と短いものの,体内に
入ると10~30%は甲状腺に蓄積され,しばらくの間甲状腺はβ線
とγ線に被曝することになる。いずれもβ線とγ線を出すセシウム1
34は実効半減期が64~88日,セシウム137は実効半減期が7
0~99日といずれも長く,化学的性質がカリウムとよく似ているお
り体内に入った後はカリウム同様全身に分布するため,人体に及ぼす
影響は大きい。また,セシウム137は物理学的半減期が30年に及
ぶため,環境汚染が長く続くことになる。β線を出すストロンチウム
90は物理学的半減期が29年に及ぶ上,化学的性質がカルシウムに
似ているため体内に入ると骨に蓄積する。また,γ線を出さないため,
どこにどれだけ蓄積されているかセシウム134やセシウム137ほ
ど簡単に調べることができない。(乙C3の1)
外部被曝においては,仮に放射性物質が1か所にある場合(点線源),
放射性物質(線源)からの距離の2乗に反比例して線量率は低くなる
関係にあり,線量率が一定であれば,その線量率に放射線を浴びてい
た時間を乗じることで被曝量を計算することができる。
空間線量率は,空間中のγ線(事故由来の放射線だけでなく,大地
からの放射線や宇宙線などの自然放射線も検出される。)を測定した
もので,1時間当たりのマイクロシーベルトで表示される。
3低線量被曝に関する知見等
低線量被曝に関する知見等については,おおむね原判決の「事実及
び理由」中第3章第5の4(165頁9行目~183頁1行目)が説
示するとおりであり,当審において一部追加・補正した上で,以下の
とおり説示する。
低線量被曝に関する科学的知見
る限界線量(しきい値)を超えると初めて影響が現れる確定的影響
と,受ける線量に応じて影響の出る確率が高まる確率的影響とがあ
る。急性障害,白血球減少,白内障などは確定的影響とされ,10
0mSv以下の領域では確定的影響は生じないとされている(しき
い値が存在する。)。一方,がんの発生は確率的影響とされ,100
mSvを超える領域では,被曝線量に比例して発がんのリスクが増
加することが確認されているが,100mSv以下の被曝線量では,
他の要因による発がんの影響によって隠れてしまうほど小さいため,
放射線による発がんリスクの明らかな増加を疫学的に証明すること
は極めて難しい。例えば,主に広島・長崎の原爆被爆者集団の疫学
調査の結果によれば,放射線被曝がおよそ150mSv以上ではほ
ぼ直線的に線量と共にリスクが上昇することが分かっているが,1
50mSvより低い線量では直線的にリスクが上昇(低下)するか
明らかではない。そのため,低線量域においても放射線量と発がん
リスクは比例関係にあるのか,それとも実質的なしきい値が存在す
るのか,あるいは別の相関があるのかについては,研究者の間でも
結論が出ていない。確率的影響についてもしきい値がある(しきい
値あり直線モデル)との説,放射線は複数通らないと影響は出ない
(低線量では直線よりも影響は出にくい)との説,100mSv以
下の領域においてもリスクは直線的に増加する(LNTモデル)と
の説,低線量ではむしろ身体に益がある(放射線ホルミシス)との
説,長時間の低線量被曝は短時間の高線量被曝よりもむしろ危険で
ある(ペトカウ効果)との説(ただし,後記の実験結果)など様々な
説が唱えられている。
国際法放射線防護委員会(ICRP)をはじめとする国際機関で
は,LNTモデルを採用し,100mSv以下の領域においても確
率的影響のリスクは直線的に増加するものとして放射線防護を図る
こととされている。例えば,ICRPは,低線量域でも線量に依存
して影響(直線的な線量反応)があると仮定した上で,上記疫学調
査でのデータを基にリスクを推定し,大人も子供の含めた集団では
100mSv当たり0.5%がん死亡の確率が増加するとして,放
射線防護の基準を定めている。この仮定に基づけば,理論上いかに
低い線量でも影響が発生する確率はゼロではないことになる。
なお,国立がん研究センターが発表した,放射線の瞬間的被曝線
量によってがんの相対リスクがどの程度高くなるかについての数値
は,100mSv未満は検出困難,100~200mSvは1.0
8倍,200~500mSvは1.19倍,500~1000mS
vは1.4倍,1000~2000mSvは1.8倍(1000m
Sv当たり1.5倍と推計)となっている。一方,同センターが発
表した,生活習慣によるがんの相対リスクは,受動喫煙(非喫煙女
性)は1.02~1.03倍,野菜不足は1.06倍,運動不足は
1.15~1.19倍,大量飲酒は1.4~1.6倍,喫煙は1.6
倍などとされている。
動物実験や培養細胞実験の研究により,原爆のように短い時間に
高い線量を受ける場合に対して,低い線量を長時間にわたって受け
る場合(低線量率の被曝)の方が,被曝した総線量が同じでも影響
のリスクは低くなる傾向があることが明らかになっている。
(乙C3の1)
ICRPの勧告
ア1990年勧告
ICRPの1990年勧告は,放射線防護体系として,①放射
線被曝を伴うどんな行為も,その行為によって被曝する個人又は
社会に対して,それが引き起こす放射線損害を相殺するのに十分
な便益を生むのでなければ,採用すべきでない(行為の正当化),
②ある行為内のどんな特定の線源に関しても,個人線量の大きさ,
被曝する人の数,及び,受けることが確かでない被曝の起こる可
能性,の3つ全てを,経済的及び社会的要因を考慮に加えた上,
合理的に達成できる限り低く(AsLowAsReasonablyAchievable)
保つべきである(防護の最適化,ALARAの原則),③関連する
行為全ての複合の結果生ずる個人の被曝は線量限度に従うべきで
あり,また潜在被曝の場合にはリスクの何らかの管理に従うべき
である(個人線量限度・個人リスク限度),という3つの基本原則
を勧告している。
職業被曝に関する線量限度は,いかなる1年間にも実効線量は
50mSvを超えるべきでないという付加条件付きで,5年間の
平均値が20mSv/y(5年間に100mSv)という実効線
量限度を勧告している。
公衆被曝に関する線量限度は1mSv/yとし,特殊な状況に
おいては,5年間にわたる平均が1mSv/yを超えなければ,
単一年にこれよりも高い実効線量が許されることもあり得るとし
ている。
イ2007年勧告
ICRPの2007年勧告は,放射線防護の3つの基本原則(正
当化,最適化,線量限度の適用)を引き続き維持し,職業被曝の
線量限度,公衆被曝の線量限度についても1990年勧告の基準
を維持している。
2007年勧告は,被曝状況を①緊急時被曝状況,②現存被曝
状況,③計画被曝状況の3つのタイプに分類し,計画被曝状況に
対しては線量拘束値を,現存被曝状況及び緊急時被曝状況に対し
ては参考レベルを,それぞれ設定することを勧告している。
「緊急時被曝状況」とは,ある行為(放射線被曝又はそのリス
クの増加を生じさせる活動。例えば,原子力発電所の運転など)
を実施中に発生し,至急の対策を要する不測の状況(例えば,原
子力発電所事故発生後の状況)である。緊急時被曝状況に対して
は,急性又は年間で20~100mSvの参考レベルを設定すべ
きとされる。
「参考レベル」とは,緊急時又は現存被曝状況において,それ
を上回る被曝の発生を許す計画の策定は不適切であると判断され,
それより下では防護の最適化を履行すべき線量のレベルであり,
参考レベルに選定される値は,考慮されている被曝状況の一般的
な事情によって決まるとされる。
「現存被曝状況」とは,管理についての決定をしなければなら
ない時に既に存在する,緊急事態の後の長期被曝状況を含む被曝
状況(例えば,原子力発電所事故後の汚染された土地における生
活)である。現存被曝状況に対しては,1~20mSv/yの参
考レベルを設定し,個人線量を参考レベルより下に引き下げるこ
とを目的として最適化プロセスを履行すべきであるとされる。
「計画被曝状況」とは,被曝が生じる前に放射線防護を前もっ
て計画することができ,被曝の大きさと範囲を合理的に予測でき
るような状況(例えば,原子力発電所の通常操業中の状況)であ
る。計画被曝状況に対しては,1mSv/y以下の線量拘束値を
設定すべきであるとされる。
「線量拘束値」とは,これを超えれば,防護が最適化されてい
るとはいえず,ほとんどいつも対策を取らなければならない線量
レベルであるとされる。
政府は,少なくとも平成26年以降,福島県内の状況は現存被
曝状況におおむね移行しているものとし,参考レベルは設定して
いないとしている。
本件事故当時の国内法令の定め
本件事故当時,放射線障害の防止のための基準は,放射線障害防
止の技術的基準に関する法律(昭和33年法律第162号。平成2
4年法律第47号による改正前のもの)により,「放射線を発生する
物を取り扱う従業者及び一般国民の受ける放射線の線量をこれらの
者に障害を及ぼすおそれのない線量以下とする」との基本方針(3
条)の下,文部科学省に置かれた放射線審議会の審議に基づいて決
定されていた(6条)。
本件事故当時,ICRPの1990年勧告は国内法令に取り入れ
られていたが,2007年勧告の国内法令への取入れは,放射線審
議会において審議中であった。
本件事故当時,炉規法(平成24年法律第47号による改正前の
もの)35条1項の委任に基づく実用炉規則8条により,原子炉設
置者は,管理区域,保全区域及び周辺監視区域を定め,それぞれ立
入制限,居住制限等の措置を講じなければならないものとしていた。
「管理区域」とは,炉室,使用済燃料の貯蔵施設,放射性廃棄物の
廃棄施設等の場所であって,その場所における外部放射線に係る線
量が3か月につき実効線量1.3mSv(5.2mSv/y相当)
を超えるおそれのあるものをいう(実用炉規則1条2項4号,線量
限度告示2条1項1号)。
「保全区域」とは,原子炉施設の保全のために特に管理を必要と
する場所であって,管理区域以外のものをいい(実用炉規則1条2
項5号),線量基準は設けられていない。
「周辺監視区域」とは,管理区域の周辺の区域であって,当該区
域の外側のいかなる場所においてもその場所における線量が実効線
量1mSv/y(経済産業大臣が認めた場合には5mSv/y)を
超えるおそれのないものをいう(実用炉規則1条2項6号,線量限
度告示3条1項1号,2項)。
すなわち,実効線量が1mSv/yを超えるおそれがある区域は
周辺監視区域として,さらに,5.2mSv/yを超えるおそれの
ある区域は管理区域として,立入等を厳しく制限されることとなっ
ていた。
また,原子炉設置者は,放射線業務従事者の線量が,5年間につ
き100mSv,1年間につき50mSvを超えないようにする措
置を講じなければならないとされていた(実用炉規則9条,線量限
度告示6条)。
さらに,実用発電用原子炉以外の他の放射線源を取り扱う場合に
も,それぞれの規制法令により,同様に,管理区域を(放射線源に
よっては保全区域や周辺監視区域も)定め,放射線業務従事者の線
量を管理することとされていた。
本件事故当時,公衆被曝限度を直接定める法令は存在しなかった
が,上記のとおり,周辺監視区域外の線量が1mSv/y以下とな
るよう放射線源を管理することが求められていたことからすると,
実質的には,1990年勧告の定めるとおり,1mSv/yを超え
る公衆の被曝は許容されていなかったものということができる(も
っとも,そのことを直接的に規制する法令の規定はなかった。)。
健康調査等
福島県では,本件事故後,指定医療機関において無料で受診する
ことができる以下の健康調査を行ったところ,その結果はそれぞれ
以下のとおりである。
ア基本調査
本件事故当時福島県に居住していた者等約205万名を対象に
行った,問診票による外部被曝実効線量推計の結果(平成27年
12月30日における回答率27.4%,放射線業務従事経験者
を除く線量推計者45万9620人),99.8%が5mSv未満
であり,最大値は25mSv(相双地区旧居住者),平均値は0.
8mSv,県北地区の平均値は1.4mSv,県中地区の平均値
は1.0mSv,県南地区の平均値は0.6mSv,会津地区の
平均値は0.2mSv,南会津地区の平均値は0.1mSv,相
双地区の平均値は0.8mSv,いわき地区の平均値は0.3m
Svであった。
イ甲状腺検査
平成4年4月2日から平成23年4月1日までに県内で出生し
た約37万名(受診者約30万名)を対象に,平成23年度から
平成25年度までに行った甲状腺先行検査(1回目)の結果,A
判定(A1:囊胞や結節は認められなかったもの。A2:5.0m
m以下の結節や20.0mm以下の囊胞が認められたもの)が2
9万8182人(99.2%),B判定(B:5.1mm以上の結
節や20.1mm以上の囊胞が認められた者)が2293人(0.
8%),C判定(甲状腺の状態から判断して,直ちに二次検査を要
するもの)が1人(0.0%)であった。B,C判定対象者の二次
検査の結果,悪性ないし悪性疑いは116人(5.1%)であっ
た。
平成4年4月2日から平成24年4月1日までに県内59市町
村で出生した38万1282人を対象に,平成26年度から平成
27年度に行った甲状腺本格検査(2回目)の結果(平成28年
9月30日までの受診者27万0431人),一次検査でA判定が
26万8209人(99.2%),B判定が2222人(0.8%),
C判定が0人(0%)であった。B判定対象者2222人を対象
に行った甲状腺二次検査の結果(平成28年9月30日までの受
診者1685人,結果確定者1553人),A判定が378人(2
4.3%),通常診療(保険診療)を必要とする者が1175人(7
5.7%)であり,「悪性ないし悪性疑い」と判定された者は68
人(4.4%)であった。
平成4年4月2日から平成24年4月1日までに県内59市町
村で出生した33万6609人を対象に,平成28年度から平成
29年度に行った甲状腺本格検査(3回目)の結果(平成28年
9月30日までの受診者4万9387人,検査結果確定者3万0
253人),一次検査でA判定が3万0042人(99.3%),
B判定が211人(0.7%),C判定が0人(0%)であった。
B判定対象者211人の二次検査は,平成28年10月から開始
された。
なお,この検査における「囊胞」とは,中に液体がたまった袋
状のもので(囊胞内結節・充実部分を含む囊胞を含まない。),細
胞がないため,がん化することはない。また,この検査における
「結節」とは,甲状腺の細胞が変化したもの(囊胞内結節・充実
部分を含む囊胞を含む。)で,良性のものと悪性のもの(がん)が
あるが,多くは良性である。
甲状腺がんの90%以上は乳頭がんであるが,乳頭がんは発育
が遅く,穏やかな性質で,命に関わることは非常にまれであると
される。
このほか,市町村により,独自の甲状腺検査が行われている。
ウ健康診査
旧警戒区域,旧計画的避難区域,旧緊急時避難準備区域が所在
する12市町村(田村市,南相馬市,川俣町,広野町,楢葉町,富
岡町,川内村,大熊町,双葉町,浪江町,葛尾村,飯舘村)の全域
及び伊達市の旧特定避難勧奨地点が所在する区域の旧居住者並び
に基本調査の結果必要と認められた者約21万名を対象に,指定
医療機関での集団検診及び個別検診を実施している。
その結果,肥満,耐糖能異常,肝機能異常,高血圧の割合が増
加した,などとされる。
エこころの健康度・生活習慣に関する調査
旧警戒区域,旧計画的避難区域,旧緊急時避難準備区域が所在
する12市町村の全域及び伊達市の旧特定避難勧奨地点が所在す
る区域の旧居住者約21万名を対象にアンケート調査を行った結
果,16歳以上で「気分の落ち込みや不安に関して支援が必要と
考えられる人」は,平成23年度で14.6%,平成24年度で
11.7%,平成25年度で9.7%等であった。
オ妊産婦に関する調査
年度ごとに,県内で母子健康手帳を交付された者,調査期間内
に県外で母子手帳を交付され,県内で分娩した者にアンケート調
査を行い,支援が必要と思われる者には電話やメールによる相談
対応等を行っている。
平成23年度の調査結果(平成23年度対象数1万6001人,
回答率58.2%)では,早産率は4.75%(全国平均5.7%),
低出生体重児率は8.9%(全国平均9.6%),先天奇形・先天
異常発生率は2.85%(一般的発生率3~5%)と,全国平均
や一般的に報告されているデータとの差はほとんどなく,平成2
4~26年度も同様であった。
カ内部被曝検査
このほか,福島県では,希望者に対し,ホールボディーカウン
ター(WBC)による内部被曝の検査を行っており(平成23年
6月~平成28年11月の検査人数31万2269人),預託実効
線量(体内から受けると思われる内部被曝線量について,成人で
50年間,子供で70歳までの累積線量を表したもの)1mSv
未満が31万2243人,1mSvが14人,2mSvが10人,
3mSvが2人であった。
このほか,市町村が独自の内部被曝検査を行っている。
UNSCEARの報告
ア2013年福島報告書
UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)
は,平成25年(2013年)10月25日第68回国際連合総
会第4委員会において第60回年次会合の活動報告を行い,平成
26年4月2日,その報告の基盤となっている科学的附属書A「2
011年東日本大震災後の原子力事故による放射線被曝のレベル
と影響」(2013年福島報告書)を発表した。
その内容は,概要以下のとおりである。
滞在者の実効線量
避難が行われなかった福島県の市町村(避難指示のあった双
葉町,広野町,浪江町,楢葉町,大熊町,富岡町,飯舘村,川俣
町,南相馬市,田村市,川内村,葛尾村の12市町村以外の市
町村。グループ2)の住民の,本件事故から1年間の実効線量
(外部被曝,吸入による内部被曝,経口摂取による内部被曝の
合計。自然放射線源によるバックグラウンド線量への上乗せ分)
は,成人で1.0~4.3mSv,10歳児で1.2~5.9m
Sv,1歳児で2.0~7.5mSvと推定される。
グループ3(福島県に隣接する宮城県,群馬県,栃木県,茨
城県及び福島県に近い千葉県,岩手県)の住民の本件事故から
1年間の実効線量は,成人で0.2~1.4mSv,10歳児
で0.2~2.0mSv,1歳児で0.3~2.5mSvと推定
される。
避難者の実効線量
予防的避難地区(双葉町,大熊町,富岡町,楢葉町,広野町,
南相馬市,浪江町,田村市の一部,川内村,葛尾村の一部)から
避難した者の本件事故から1年間の実効線量は,成人で1.1
~5.7mSv,10歳児で1.3~7.3mSv,1歳児で
1.6~9.3mSvと推定される。
計画的避難地区(飯舘村,南相馬市,浪江町,川俣町,葛尾村
の一部)から避難した者の本件事故から1年間の実効線量は,
成人で4.8~9.3mSv,10歳児で5.4~10mSv,
1歳児で7.1~13mSvと推定される。
公衆における健康影響
本件事故による被曝は確定的影響のしきい値を大きく下回っ
ている。これは,放射線被曝を原因として生じる急性の健康影
響(急性放射線症や他の確定的影響)が報告されていないこと
とも一致している。
精神的な健康の問題と平穏な生活が破壊されたことが,本件
事故後に観察された主要な健康影響を引き起こした。これは,
地震,津波,原発事故の多大な影響,及び放射線被曝に対する
恐怖や屈辱感への当然の反応の結果であった。公衆においては,
うつ症状やPTSD症状などの心理的な影響が観察されており,
今後健康に深刻な影響が出てくる可能性がある。
日本の一般住民における固形がんの基準生涯リスク(事故に
起因する放射線被曝がない場合の固形がんの生涯リスク)は通
常約35%であるところ,10mSvの実効線量に被曝した後
の固形がんの推定相対リスクは約35.13/35≒1.00
4であり,放射線被曝によるがんの生涯リスクは識別可能な疾
患発生率の上昇につながらないかもしれないが,一部のがんと
年齢層のリスクが増加した可能性は残る。
推定された甲状腺吸収線量のほとんどは,疫学的な研究で甲
状腺がんの過剰な発生率が観測されない範囲内だった。しかし,
線量が範囲上限に近い場合は,十分に大きな集団では個人のリ
スク上昇により放射線被曝による甲状腺がんの発生率が識別で
きるほどに上昇する可能性があることが示唆される。線量分布
に関する情報が不十分なので,UNSCEARとしては幼少期
及び小児期により高い甲状腺線量を被曝した人について識別可
能な程度に甲状腺がんの発生率が上昇する可能性があるかどう
か確固たる結論を導くことはできない。
小児白血病患者の有意な増加はないと予想される。また,乳
がん発生率の有意な上昇もないと予想される。本件事故による
胎児被曝が原因で,自然流産や流産,周産期死亡率,先天的な
影響又は認知障害の発生率が上昇することもないと予想される。
リスクのいかなる増加も,小児白血病又は他の小児がんの発生
率の有意な上昇にはつながらないと予測されている。
イ2015年報告書
UNSCEARは,平成24年10月末までに開示又は公表さ
れた情報に基づき2013年福島報告書を作成した後,その後の
知見の進展を踏まえ,平成27年10月頃,「東日本大震災後の原
子力事故による放射線被曝のレベルと影響に関するUNSCEA
R2013年報告書刊行後の進展」(2015年報告書)を発表し
た。
審査された新たな情報源79編のうち,半数以上が2013年
福島報告書の主要な仮定の1つ又は複数を確証するものであり,
実質的に2013年福島報告書の主要な知見に影響を及ぼしたり,
その主要な仮定に異議を唱えたりするものはなかったが,12編
についてはさらなる解析又はさらに質の高い調査で確認すること
により,2013年福島報告書の仮定や知見のいずれかに異議を
唱える可能性があると判定された。
ウ2016年報告書
UNSCEARは,平成28年,2015年報告書以降の知見
の進展を踏まえ,平成28年頃,「東日本大震災後の原子力事故に
よる放射線被曝のレベルと影響に関するUNSCEAR2013
年報告書刊行後の進展国連科学委員会による今後の作業計画を
指し示す2016年白書」(2016年報告書)を発表した。
審査された新たな情報源のうち,大部分が2013年福島報告
書の主要な仮定の1つ又は複数を追認するものであり,実質的に
2013年福島報告書の主要な知見に影響を及ぼしたり,その主
要な仮定に異議を唱えたりするものはなかったが,一部について
は,さらなる分析やより質の高い調査での確認が必要であるなど
とされた。
社会心理学的知見
アリスク認知の2因子モデル
一般人のリスク認知においては,集団を対象に専門家が行うリ
スク評価のようにある事象(ハザード)の生じる確率にその事象
によって生じる影響被害の程度を掛け合わせて評価している(頻
度説)わけではなく,その事象(ハザード)を主観的・直感的に認
識してその事象を避けたり受け入れたりしている(主観説)とさ
れる。
一般人のリスク認知に影響する因子は,大きく「恐ろしさ因子」
と「未知性因子」に分けられ(リスク認知の2因子モデル),「恐
ろしさ因子」の要素としては,①制御可能性(そのリスクにさら
されているとき,死を免れるように制御できるかどうか),②恐ろ
しさ(冷静に考えて対処できるリスクか,ひどく恐ろしいと感情
的な反応を招くリスクか),③世界的な惨事(世界的な惨事の脅威
となるリスクかどうか),④致死的帰結(被害が現実のものとなっ
たとき,その帰結は致死的なものかどうか),⑤平等性(リスクと
引き換えになるベネフィットは平等に人々に分配されるかどう
か),⑥カタストロフ(一度に1人が死ぬリスクか,それとも一度
に多くの命が奪われるリスクか),⑦将来世代への影響(将来世代
を脅かすものかどうか),⑧削減可能性(そのリスクは簡単に削減
できるものなのかどうか),⑨増大か減少か(そのリスクは増大し
ているのか,減少しているのか),⑩自発性(人はそのリスク状況
に自発的に入っていくのかどうか)の10要素が,「未知性因子」
の要素としては,⑪観察可能性(それによる被害の発生プロセス
は観察できるかどうか),⑫さらされていることの理解(リスクに
さらされている人が正確にそのことを理解できるかどうか),⑬影
響の晩発性(それによる死は即時的か,それとも後になってから
か),⑭新しさ(新しく新奇なリスクか,それとも古くてなじみの
あるリスクか),⑮科学的理解(科学的に理解されているリスクか
どうか),の5要素があるとされている。
イ災害によるPTSDに係る知見
PTSDの発症率は,自然災害が約4~60%なのに対し,人
為災害では15~75%と,自然災害よりも人為災害の方が高い
という研究がある(NeriaY,2007)。世界的に最もPTSD
発症率が高かった人為災害として知られている北海パイパー・ア
ルファ油田事故(1998)の事故調査では,安全システムの欠
落が原因とされたにもかかわらず企業の法的責任が問われなかっ
た点など,人為災害における心理社会的な複合ストレスがPTS
Dの発症率を高めた要因である可能性が指摘されている(Hull
AM,2002)。また,同じく極めて高いPTSD発症率が報告
されているエストニア号事件(1994)の研究者が,PTSD
の遷延化には被害者に対する救済が行われずに不透明な状況が長
引いていることが関係している可能性があると考察している
(AnbergFK,2011)。これらに加えて,事故の中でも特に原
発事故について,典型的な心理的ショックでありトラウマ体験で
あり,取り分け,事故に関する的確な情報が与えられなかったこ
とや,政府機関に対する不信感,そして長期にわたる放射線障害
発症の恐怖にさらされていることがトラウマ要因として挙げられ
るとする,チェルノブイリ原発事故に係る研究(Weisaeth,20
00)や,沈黙の災害(Silentdisaster)であり放射線被曝に伴う
ストレス影響は広範囲に発展し長期にわたりやすいとの指摘(丸
山,2011)などもみられる。
アンケート調査に基づく実
証的研究も,本件事故を対象に,原発事故がストレス症状に及ぼ
す影響を明らかにするために行われたものである。
(甲C375~377)
ウ原発事故のリスク認知
1987年(昭和62年)までにスロヴィックがアメリカ人を
対象に行った調査によれば,「原子炉事故」は,恐ろしさ因子,未
知性因子とも高いものとされている。なお,調査の正確な日時は
不明であるが,1979年(昭和54年)のスリーマイルアイラ
ンド原発事故の際には,数日以内に原子炉で水素爆発が起きる危
険性があるとか,大量の放射性物質が大気中に放出される可能性
があるといった憶測を含んだセンセーショナルな報道が周辺住民
や世界中の人々の恐怖心を煽り,1986年(昭和61年)のチ
ェルノブイリ原発事故の際も,「死者数千人!」といった見出しに
よって原発事故による壊滅的な被害の記憶を人々に鮮明に焼き付
け,原子力に対するリスク認知を高めたとされており,このよう
なスリーマイルアイランド原発事故,チェルノブイリ原発事故の
報道が,恐ろしさ因子を高めた可能性がある。
1991年(平成3年)までに別の研究者が日本人を対象に行
った調査によれば,「原子炉事故」は,恐ろしさ因子は高いが,未
知性因子は低い(「自動車事故」よりは高いが,「鉄道事故」より
も低い)ものとされている。
本件事故後に,本件事故のリスク認知に関する調査が行われて
いるわけではないが,心理学者である中谷内一也は,本件事故後
のリスク認知にとって影響が大きいのは低線量被曝のリスクであ
るが,恐ろしさ因子,未知性因子とも高いものとしている。
このことは,一審原告らが被曝した追加被曝線量が客観的にみ
ればそれほど高くなく,健康影響に与えるリスクが小さいとして
も,だからといって直ちに,一審原告らの不安が不合理なもので
あるとか,およそ賠償に値しない単なる不安感であるとかいうこ
とはできないことを示している。
ストレス調査等
ア「震災を踏まえた子育て環境に関する調査研究」
福島県が,平成25年11月から平成26年1月にかけて,福
島県に住民票を置く,①18歳未満の子供がいない20~70歳
未満の者1800人,②就学前児童を持つ世帯の保護者1800
人,③小学校児童を持つ世帯の保護者1800人の合計5400
人を対象にアンケート調査を行ったところ(回答者数1805人),
震災による子供への影響に対する心配として,「放射線による健康
被害」を挙げた者が61.7%,「外遊び・自然体験の不足」を挙
げた者が57.9%,「運動不足」を挙げた者が35.3%,「震災
体験が子どもの心に与える影響」を挙げた者が29.1%,「放射
線に不安を感じることによるストレス」を挙げた者が24.6%,
上記のうち,子供のいる世帯の保護者に対するアンケートにおい
て,子育てで不安を感じることとして「環境汚染や食品の安全性
への心配(放射線の影響などを含む)」を挙げた者が36.2%等
であった。
福島県が,県内の小学5年生1380人,中学2年生1380
人,高校2年生500人の合計3260人を対象に行ったアンケ
ート調査の結果(回答数1372人),震災後,「不安を感じるこ
とが多くなった」者が21.9%等であった。
イ「福島子ども健康プロジェクト」
中京大学教授成元哲らが組織する「福島子ども健康プロジェク
ト」が,平成25年1月(第1回調査),平成26年1月(第2回
調査),平成27年1月(第3回調査),平成28年1月(第4回
調査)に,福島県中通り9市町村(福島市,郡山市,二本松市,伊
達市,桑折町,国見町,大玉村,三春町,本宮市)に住民票を置く
平成20年度出生児の保護者6191人を対象にアンケート調査
方式で第1回調査を行い(回答数2628人),その後,第1回調
査回答者を対象とした第2回調査(回答数1605人),第2回調
査回答者を対象とした第3回調査(回答数1207人),第3回調
査回答者に第1回調査回答者のうち第3回調査未回答者を加えた
第4回調査(回答数1015人)を行った。その結果,「放射能
の健康影響についての不安が大きい」に「あてはまる」,「どちら
かといえばあてはまる」と回答した者は,第1回アンケート時点
で「原発事故直後」を振り返って95.2%,「事故半年後」を振
り返って91.3%,「この1ヶ月間」(平成25年1月回答時点,
本件事故約2年後)で79.5%,平成26年1月時点(約3年
後)で63.7%,平成27年1月時点(約4年後)で58.5%,
平成28年1月時点(約5年後)で51.4%等であった。
母親(回答者のうち,母親以外の者,震災時に対象市町村に不
在であった者,調査時点で対象市町村に居住していない者を除い
た者。)の精神的健康度をK6(ケスラーが一般人口中の精神疾患
のスクリーニング尺度として開発した6項目の指標)を用いて評
価した結果,精神的に不良であるとされる9点以上の者は,本件
事故直後で68.6%,半年後で48.1%,2年後で18.0%
であり,SQD(ScreeningQuestionnaireforDisasterMental
Health。12項目からなる災害精神保健に関するスクリーニング
質問票)を用いて評価した結果,うつ症状(医学概念と異なり,
専らSQDの12項目の回答から判定されたもの)を示した者は,
本件事故直後で52.0%,半年後で41.3%,2年後で28.
5%(第3回調査回答者中では25.7%),3年後で28.5%,
4年後で26.0%であり,PTSD症状(PostTraumaticStress
Disorder,心的外傷後ストレス障害。医学概念と異なり,専らS
QDの12項目の回答から判定されたもの)を示した者は,本件
事故直後で51.2%,半年後で39.4%,2年後で25.7%
(第3回調査回答者中では23.3%),3年後で15.5%,4
年後で13.9%等であった。
また,子供の問題行動をSDQ(StrengthsandDifficulties
Questionnaire。子供の社会性の発達や行動を25項目の質問で評
価するための国際的標準の尺度)を用いて評価した結果,「支援の
必要性が高い」児童は,総合得点で,2年後(4歳児,年少)で1
6.7%,3年後(5歳児,年中)で15.5%,4年後(6歳児,
年長)で14.4%(4~12歳児日本標準値9.5%),「行為」
のみでみると,2年後で21.9%,3年後で18.8%,4年後
で15.6%(日本標準値7.1%)等であり,子供の「行為」
と,母親の「うつ症状」との間には有意な関連があるとされた。
ウいわき市民調査
いわき明星大学の高木竜輔らが,平成26年1月にいわき市平
地区,小名浜地区の681人(対象数1500人,回答数681
人)に行った調査の結果,「放射能の健康影響への不安がある」と
回答した者は46.7%等であった。
エ福島市民調査
中京大学の松谷満らが,平成26年3月に福島市民3510人
を対象に行った調査の結果(回答数1354人),「放射能の健康
影響に対する不安が大きい」と回答した者は44.9%等であっ
た。
オ子供ストレス調査
福島大学教授筒井雄二らが組織する,福島大学子どもの心のス
トレスアセスメントチーム(平成26年4月から福島大学災害心
理研究所。)が,平成23年6月中旬から7月下旬にかけて,福島
市,郡山市の小学校(1210人),幼稚園・保育園(660人)
に通学・通園する合計1870人を対象にアンケート調査を行っ
た結果(回答数1322人)によると,①児童・園児の保護者で
は,子供が小さいほど放射線に対する不安が強く,放射線に対す
る知識と情報獲得に熱心である,父親に比べ,母親の方が放射線
に対する不安が強い,②児童・園児の保護者では,子供が小さい
ほど精神的ストレスが強い,父親に比べ,母親の方がストレスが
強い,③子供のストレスは,年齢が低いほど強い,④母親のスト
レスの強さと子供のストレスの強さに関連性があるなどとされた。
その後の福島大学災害心理研究所の調査結果によると,福島県
で生活している母親の放射線に対する不安や心理的ストレスは,
平成23年の震災直後が最も高く,時間経過とともに減弱しつつ
あるが,福島県以外に居住する母親と比較すると,平成27年1
月段階でも不安やストレスが明らかに高い状態が続いており,近
年では不安やストレスの低下が鈍りつつあり,平成26年から平
成27年にかけて不安やストレスはほとんど低下していない,3
歳児から小学6年生までの子供も,他県と比べて高いストレスが
震災直後から現れ,母親と同様,時間経過とともに減弱しつつあ
るが,他県との差はいまだに大きいなどとされた。
カNHK/WIMAアンケート調査に基づく実証的研究
日本放送協会(NHK)仙台放送局と早稲田大学災害復興医療
人類学研究所(WIMA)が共同で,平成27年1~3月,福島
県の主に仮設住宅,みなし仮設住宅居住者1万6686世帯(他
に,宮城県2万7271世帯,岩手県1万2187世帯の合計5
万6144世帯)を対象にアンケートを行い(福島県の回収数2
862世帯,全体では1万1377世帯),その回答結果から人間
科学的な調査研究を行った。この調査研究では,対象を5グルー
プに分けて,改訂出来事インパクト尺度(IES-R,Impactof
EventScale-Revised)でストレス度を評価した結果,平均得点(高
いほどストレスが高く,自己評価式の質問紙のためPTSDとの
診断をすることはできないが,合計点が25点以上であるとスト
レス反応が非常に強いと判断され,PTSDと診断される可能性
が高くなるとされる数値)は,①帰還困難・居住制限区域グルー
プで25.9点,②避難指示解除準備区域グループで22.9点,
③旧緊急時避難準備区域グループで19.8点,④区域外避難(自
主避難)グループで24.9点,⑤地震・津波などの原発事故以
外の理由による避難グループで21.1点であり,多重比較を行
った結果,グループ①と③,①と⑤,③と④の間に有意な差が認
められるとされ(なお,本アンケートの手法上,上記④グループ
には,津波等本件事故とは別の理由により区域外に避難した者も
含まれ得る。),帰還の見通しが立たないグループ①と,いわゆる
自主避難のグループ④が共に統計学的に有意にストレス度が高い
ことが示された。なお,本調査の研究者らが行った別の本件事故
後3年目までの調査データでは避難指示区域別のストレス度に統
計学的な有意差は認められなかったことから,事故後4年目(本
調査)にして,区域による差が顕在化してきたと考えられる。区
域の違いは賠償金の格差も生んでおり,区域の境界線として設定
された住宅街の細い道を挟んで地域住民の分断が引き起こされて
いるとの指摘もされる。
ここで,上記IES-Rの点数を押し上げる要因として挙げら
れたのは,本件事故発生当初1週間に「死の恐怖」を感じたこと,
福島県の「地元(ふるさと)を喪失」した辛さ,地域の人との関わ
りの中で避難者であることによって「嫌な経験」をしたこと,悩
み・気がかり,困ったことを「相談できる人がいない」こと,「家
族との関係」が現在うまくいっていないこと,「不動産の心配」や
「生活費の心配」があること,の7つであった。
また,本調査研究では,強制避難者については,科学リテラシ
ーの低い者(放射線と放射能が「同じものである」,「まったくわ
からない」と回答した者)のストレス度が高く,科学リテラシー
の高い者(「違っており明確に区別できる」と回答した者)のスト
レス度が低かったのに対し,自主的避難者においては科学リテラ
シーの高低とストレス度との関連は見いだせなかった。
(甲C375~377)
キ放射能に関する福島市民意識調査
福島市が,平成24年5月,平成26年5月に福島市民及び福
島市外へ避難している者(第1回調査対象数5500人,第2回
調査対象数3500人)にアンケート調査を行った結果(第1回
調査回答数2972人,第2回調査回答数1507人),本人の外
部被曝による健康不安が「大いに不安である」,「やや不安である」
と回答した者は,1年後(第1回調査)で81.1%,3年後(第
2回調査)で70.7%,家族の外部被曝による健康不安を感じ
る者は,1年後で89.4%,3年後で80.5%,本人の内部被
曝による健康不安を感じる者は,1年後で83.3%,3年後で
70.5%,家族の内部被曝による健康不安を感じる者は,1年
後で90.9%,3年後で81.1%等であった。
ク双葉8か町村災害復興実態調査
福島大学災害復興研究所が,平成23年9~10月に,双葉8
町村(浪江町,双葉町,大熊町,富岡町,楢葉町,広野町,葛尾
村,川内村)の全2万8184世帯にアンケート調査を行った結
果(回答数1万3576世帯),現在の生活困難として「放射能の
影響が心配」と回答した者は57.8%,今後の生活上の困難と
して,「避難の期間がわからない」と回答した者は57.8%,「放
射能の影響が不安」と回答した者は47.4%等であった。
第4相当因果関係(各論)
1一審原告らの旧居住地ないし居住地の状況等
前示(第5
える上では,基本となる社会インフラの状況,生活の糧を取得する手
段としての産業,家庭・地域コミュニティを育む物理的・社会的諸要
素,周囲の環境・自然の状況,有形・無形の諸要素からなる「ふるさ
と」の状況,いじめや風評被害等の状況,健康被害への恐怖感又は不
安感等の中心的対象である空間線量率等が重要な要素となるところ,
これらの要素に関する社会的事実等については,おおむね原判決の「事
実及び理由」中第3章第5の5(183頁2行目~192頁9行目)
が説示するとおりであり,当審において一部追加・補正した上で,以
下のとおり説示する。
水の状況
本件事故による水源の汚染により,福島市の水道水から,3月1
6日に放射性ヨウ素177Bq/kg,放射性セシウム58Bq/
kgが,3月19日に放射性ヨウ素33Bq/kgが,3月21日
に放射性ヨウ素23Bq/kgが,それぞれ検出された。福島県災
害対策本部及び厚生労働省健康局水道課は,原子力安全委員会の定
める飲料水の暫定指標値である放射性ヨウ素300Bq/kg,放
射性セシウム200Bq/kgを下回っており,摂取制限が必要な
レベルではないなどとしていた。
飯舘村(4月22日に計画的避難区域に設定されるまで,30k
m圏外には避難指示は出ていなかった。)の水道水から,3月20日
に,暫定指標値を超える放射性ヨウ素965Bq/kg,3月21
日に放射性ヨウ素492Bq/kgが検出され,3月21日から4
月1日まで水道水の摂取が制限された。
厚生労働省は,3月21日,水道水の放射性ヨウ素が100Bq
/kgを超える場合には乳児による摂取を控えるよう求め,100
Bq/kgを超える放射性ヨウ素が検出された飯舘村(3月21日
から5月10日まで。965Bq/kg),伊達市(3月22日から
3月26日まで,3月27日から4月1日まで。120Bq/kg),
川俣町(3月22日から3月25日まで。3月17日308Bq/
kg,3月18日293Bq/kg,3月21日130Bq/kg),
郡山市(3月22日から3月25日まで。150Bq/kg),南相
馬市(3月22日から3月30日まで。220Bq/kg),田村市
(3月22日から3月23日まで,3月26日から3月28日まで。
3月17日348Bq/kg,3月19日161Bq/kg,3月
24日107Bq/kg),いわき市(3月23日から3月31日ま
で。103Bq/kg),茨城県(3月23日から3月27日まで。
188.7Bq/kg),千葉県(3月23日から3月27日まで。
130Bq/kg),東京都(3月23日から3月24日まで。21
0Bq/kg),栃木県(3月25日から3月26日まで。110B
q/kg)の,それぞれ対象水道地域や周辺地域の乳児に対する摂
取制限が行われた(甲C380)。これに対して,放射性セシウムが
200Bq/kgを超過したことはなく,また,飯舘村を除き,成
人に対する摂取制限が行われたことはない。
厚生労働省は,平成24年4月1日以降,水道水の放射性セシウ
ムの管理目標値を,それまでの暫定規制値である200Bq/kg
(なお,本件事故直後は300Bq/kgとしていた。)から新たに
10Bq/kgと設定し,放射性ヨウ素については,半減期が短く
(前記第3の2のとおり物理的半減期は8日),周辺環境においても
検出されていないことから,新たな目標を設定する必要はないとし
た。
最近の状況としては,南相馬市の井戸水について,平成25年1
0月1日,平成27年1月5日,平成28年1月5日及び平成29
年2月1日に実施された採水検査では,いずれも,プルトニウムは
検出限界値未満であり,ストロンチウム90は検出されたものの数
値は微量で全国データ分布の範囲内であり,WHOの飲料水水質基
準を大きく下回っていた。また,南相馬市小高区,原町区及び鹿島
区で平成28年5月16日~平成29年2月28日に行われた井戸
水の放射能測定では,いずれも放射性物質(ヨウ素131,セシウ
ム134及びセシウム137)が不検出であった。さらに,南相馬
市(原町区及び小高区)の水道水について,平成29年12月に実
施された水道水の採水検査では,実施された3回とも,放射性セシ
ウム及び放射性ヨウ素いずれも検出限界値未満であった。(丙C37
5,376)
このように,水道水の汚染は,成人の健康に影響を及ぼすような
レベルではなく,成人に対する摂取制限のなされた飯舘村及び摂取
制限の対象となった乳児のいる家庭を除けば,独立して賠償の対象
となるような権利侵害(水質汚濁)とまではいえないにしても,一
審原告らは,人の生活に不可欠な水道水にまで放射能汚染が及んで
いることを知り,本件事故による放射線被曝に対する不安を一層強
めることになった。
食品の状況
ア国,地方自治体等による規制等
基準値等
厚生労働省は,3月17日,原子力安全委員会の定めた暫定
規制値(放射性ヨウ素については,飲料水,牛乳・乳製品につ
き300Bq/kg,野菜類(根菜,芋類を除く。)につき20
00Bq/kg,放射性セシウムについては,飲料水,牛乳・
乳製品につき200Bq/kg,野菜類,穀類,肉・卵・魚・そ
の他につき500Bq/kgなど。)を上回る食品について食品
衛生法6条2号に当たるものとして対応するよう,各自治体に
通知した。
その後,農林水産省は,平成24年2月3日,牛用飼料の放
射性セシウムの暫定許容値を300Bq/kgから100Bq
/kgへ引き下げた。
また,厚生労働省は,同年4月1日,年間線量の上限を5m
Sv/yとして設定されていた放射性セシウムの暫定規制値
(飲料水,牛乳・乳製品につき200Bq/kg,野菜類,穀
類,肉・卵・魚・その他につき500Bq/kg)を,国際規格
の指標に合わせて年間線量の上限を1mSv/yとした基準値
(飲料水につき10Bq/kg,牛乳につき50Bq/kg,
一般食品につき100Bq/kg,乳児用食品につき50Bq
/kg)に改定した。
検査結果,出荷制限等
厚生労働省による通知を受けるなどした自治体が,それぞれ
検査を実施したところ,複数の自治体の食品から,暫定規制値
を上回る放射能が検出された。
3月19日には,福島県が依頼する前にモニタリング検査し
た川俣町の乳牛の原乳から暫定規制値を超える放射性ヨウ素が
検出されたため,同日中に,川俣町の原乳の出荷自粛を要請し
た。翌20日には,福島県の乳牛の原乳から,最大5200B
q/kgの放射性ヨウ素が検出されたため,県は,同日,県内
の全酪農家に対し,原乳の出荷自粛を要請した。
また,一部の葉菜類から規制値を超えたという検査結果が出
るなどしたこともあり,出荷自粛要請などの措置が取られ,3
月21日には,規制値を超える値が出た具体的品目に対し規制
をかける旨の出荷制限指示が出された。
原災本部は,原災法20条3項に基づき,3月21日,福島
県,茨城県,栃木県及び群馬県において産出されたホウレンソ
ウ及びカキナについて出荷制限を行い,その後も,多数の品目
について出荷制限が行われた。10月14日には,福島市及び
南相馬市産の柿を原料とする乾燥果実(あんぽ柿及び干し柿)
から暫定規制値を超える放射性セシウム(500Bq/kg)
が検出され,加工・出荷自粛の要請がされた。その後,県北地
方4市町(福島市,伊達市,桑折町及び国見町)で採れた柿を
原料とする乾燥果実については,毎年加工自粛とされてきたと
ころ,平成30年度についても食品衛生法の基準値(100B
q/kg)を超える放射性セシウムが検出されたため,同年度
もなお加工自粛とされた。また,牛肉については,高濃度の放
射性セシウムを含む稲わらが給与されるなどした肉用牛が出荷
流通していたことや,出荷された複数の牛肉から暫定規制値を
超える放射性セシウムが相次いで検出されたことが明らかにな
ったため,7月19日,福島県全域の全ての肉用牛について,
原災本部長指示による出荷制限が指示された。平成28年12
月26日時点においても,牛肉等については会津地域を含む全
域で出荷が制限されている(一定の要件を満たせば出荷は可能
である。)。
このほか,青森県,岩手県,宮城県,山形県,茨城県等各県に
おいて摂取・出荷・収穫等自粛の要請が行われた。
本件事故後に検査対象自治体(青森県,岩手県,秋田県,宮
城県,山形県,福島県,茨城県,栃木県,群馬県,千葉県,埼玉
県,東京都,神奈川県,新潟県,山梨県,長野県,静岡県)から
出荷された食品については,地方自治体により放射性物質検査
が行われ,の暫定規制値を超えて汚染された食品が流通
しないための措置が講じられたり,各県において摂取・出荷・
収穫等自粛の要請が行われたりした。
(甲C248番号33,34,47,59,63,73,83,
107,108,113~116等,甲C342~348,3
92)
イ米に係る規制
3月25日,福島県は,県内農用地における放射性物質による
汚染実態が不明であることから,農家に対し,予定している農作
業を延期し様子見をし,放射性物質が地表面に存在している状態
と思われることから,これ以上拡散させないために当面耕転作業
を見送ること,水稲については,播種時期及び移植時期をそれぞ
れ半月程度ずつ通常よりも遅らせ,耕転作業も遅らせること,摂
取や出荷を差し控えるよう指示されている野菜については,放射
性物質の拡散を避けるため,すき込みや焼却を行わないことなど
を要請した。
福島県は,3月末から4月中旬にかけて,2回にわたり,県内
を10kmメッシュに分けた上で,各地点について農用地の土壌
調査を実施し,その評価結果に基づき,今後の農作業の進め方に
ついて,様子見をするよう指示している県内農家に対し,4月6
日及び同月12日,避難指示等対象区域以外において稲の作付制
限は行わないこと,避難指示等対象区域についてはなお国等と調
整を進めていくことなどを通知した。
原災本部は,4月8日,稲の作付けについて,今後水田土壌の
調査結果を踏まえて,国と各関係自治体が協議して,作付制限を
行うところについて決定する予定である旨などの考え方を公表し,
同月22日,県内の避難指示等対象区域について,平成23年産
の稲の作付けをしないよう要請するよう指示した。これを受けて,
福島県は,避難指示等対象区域の関係市町村長に対し,同区域内
の農家(約6800戸,約8500ha)については平成23年
産の稲の作付けを行わないよう要請した。
福島県は,8月5日,本件事故を受けて,県内の米について,
収穫前の予備調査と収穫後の本調査の二段階で放射性物質調査を
実施し,この結果が出るまでは市町村全域における米を出荷しな
いよう依頼することとした。12月27日,農水省は,平成24
年の稲の作付けについて,平成23年米について食品衛生法の暫
定基準値(500Bq/kg)を超過した地区については作付制
限を行うこと,平成23年米について食品衛生法の新基準値(1
00Bq/kg)を超過した地区については作付制限を行うかど
うかを十分検討することなどを公表した。
平成24年3月9日,農水省は,平成24年産稲の作付制限区
域の設定について公表した。
福島県は,県産米の放射性物質の全量(全袋)検査を生産・流
通業者が実施する体制を平成24年産米の出荷から整えることと
した。
農林水産省は,平成24年3月29日,出荷制限が課された地
域等の県産の平成23年産の米(対象数量は最大3万7000t
程度)について市場流通から隔離する方針を発表した。
福島県内の平成24年産玄米の全量全袋検査で,検査点数約1
035万点中放射性セシウムが基準値(100Bq/kg)を超
えたものは71点あった。
おおむね以上のような経過を経て,米については,前年の調査
において検出された放射性セシウム濃度に応じて,以下のような
段階的な作付けの制限が行われている。
・作付制限立入りが制限されており,作付け・営農は不可。
・農地保全・試験栽培営農が制限されており,除染後の農地の
保全管理や市町村の管理の下で試験栽培を実施。
・作付再開準備管理計画を策定し,作付再開に向けた実証栽培
等を実施。
・全量生産出荷管理管理計画を策定し,全ての圃場で吸収抑制
対策等を実施,もれなく検査(全量管理・全袋検査)し,順次出荷。
本件事故後,上記の制限が下の段階の制限へと段階的に弱めら
れる地域が拡大していき,平成31年産米からは,帰還困難区域
並びに大熊町及び双葉町以外における制限はされていない。
(甲C248番号26,27,31,32,45,46,48,5
1~53,56,64~66,70~72,74~77,79,8
0,97,111,112等,甲C349,353,355~35
9,361~364,丙C527の1~4)
ウ内水面の規制等
本件事故により,福島県内の数多くの河川や湖沼が放射性物質
によって汚染され,さらに,山林の除染が後回しにされたため,
放射性物質により汚染された山林を通った雨水が河川に流れ込む
ことにより,河川や湖沼の汚染が常態化することとなり,一時期,
内水面に係る魚の出荷制限が数多く指示され,渓流釣り等を楽し
みとする多くの人の趣味を奪うなどの結果をもたらした。(甲C1
59,弁論の全趣旨)
令和元年8月28日時点で,採捕自粛要請や摂取制限指示がな
お続いている河川,出荷制限指示のある魚種,河川・湖沼及び関
係漁協等はまだ複数ある(甲C248番号121,382)。
エ住民の受けた影響
土壌・内水面そのものや農作物・動植物等の汚染により,農業
や畜産業等を生業としていた地域住民は大きな打撃を被った。ま
た,それ以外の地域住民も,これまで地域周辺の豊かな自然から
享受してきた農作物,果樹,きのこ,山菜,川魚,野生鳥獣などの
収穫・摂取等に,不安等精神的な影響も含め大小の制限を受ける
こととなった。さらに,本件事故以後,福島県産の農作物等を中
心に,産地が福島等であること自体による販売量や価格の低下(い
わゆる風評被害)を招き,生産農家等のみならず,住民としても,
地元県産であることによるブランド力を一気に失う結果となった。
本件事故前に福島県産の農作物等を売りに誘客してきた旅館・ホ
テルは多数に上るため,ブランド力が失墜したことにより,福島
県の観光業に大きな影響を及ぼしている。
(上記ア~ウに掲げた各証拠,弁論の全趣旨)
海の状況
ア出荷制限等
本件事故及びその後の廃炉作業に伴う汚染水の海洋放出等によ
り,福島県沖及び周辺海域が放射性物質により汚染され,多くの
海産物も出荷制限を受けることとなった。
福島県内の全ての沿岸漁業,底引き網漁業は3月12日以降の
操業を自粛し,この操業自粛は,試験操業を除き当審口頭弁論終
結時点においてもなお継続している。
平成24年6月から,放射能が基準値以下であったミズダコ,
ヤナギダコ,シライトマキバイについて,福島第一原発から20
km圏内を除く福島県沖で試験操業が実施され,その後,少しず
つ試験操業対象の魚種は増えているが,平成29年2月8日時点
で97魚種にとどまっており(例えば,本件事故前に福島県相馬
市に所在する相馬原釜漁港に水揚げされていた魚種は約120~
170魚種であった。),その漁業規模も本件事故前の規模にはる
かに及ばない現状にある(平成30年の漁獲高は4010トンで,
震災前の10年比で15.5%にとどまっている。)。
(甲C248番号36,89,109,110,弁論の全趣旨)
イ住民の受けた影響
漁業や海産物販売を生業としていた地域住民は,海洋そのもの
や海産物等の汚染により大きな打撃を被った。それ以外の地域住
民も,これまで福島県内の豊かな漁場から享受してきた魚介類を
従前のように食べることができなくなった。また,本件事故以後,
福島県産の海産物を中心に,産地が福島等であること自体による
販売量や価格の低下(いわゆる風評被害)を招き,漁業者や水産
加工業者等のみならず,住民としても,地元県産であることによ
るブランド力を一気に失う結果となった。本件事故前に福島県産
の海産物を売りに誘客してきた旅館・ホテルは多数に上るため,
ブランド力が失墜したことにより,福島県の観光業に大きな影響
を及ぼしている。
(上記アに掲げた各証拠,弁論の全趣旨)
除染の状況
原災本部は,8月26日,「除染に関する緊急実施基本方針」を策
定・公表し,避難指示の対象地域では国が除染を実施すること,現
存被ばく状況(20mSv/y以下の地域)においては長期的な目
標として追加被ばく線量を1mSv/y以下とすること,国が市町
村の除染計画の作成・実施に対して技術的・財政的な支援を行うこ
となどを示した。
環境省は,9月28日,年間5mSv未満の地域については基本
的に面的除染の対象とせず,除染費用を国の財政支援の対象外とす
るとの方針を示したところ,これに対し,各自治体が猛反発し,福
島市長会が原災本部宛には抗議文を,福島県知事に対しては要望書
をそれぞれ提出するなど,同方針の撤回を求めた。環境省は,10
月10日,上記方針を転換し,1mSv/y以上の地域について国
が財政措置をして除染する基本方針を固め,12月19日,汚染廃
棄物対策地域及び除染特別地域を指定すると共に(避難指示区域に
対して指定された。),8県102市町村を対象として汚染状況重点
調査地域(その地域及びその周辺の地域において検出された放射線
量等からみて,その地域内の事故由来放射性物質による環境の汚染
状態が「汚染廃棄物対策地域の指定の要件等を定める省令」(平成2
3年環境省令第34号)4条で定める0.23μSv/h未満であ
るという要件に適合しない,又はそのおそれが著しいと認められ,
汚染の状況について重点的に調査測定をすることが必要な地域。福
島県に加え,岩手県,宮城県,茨城県,栃木県,群馬県,埼玉県,千
葉県にわたる104市町村が指定され,平成27年9月までに5市
町村の,平成30年3月頃までに15市町村の指定が解除されてい
る。)の指定を行うことを公表した。
以上の経緯により,一審被告国は除染特別地域の(除染特措法2
5条,30条),市町村は汚染状況重点調査地域の(同法32条,3
5条,38条),それぞれ除染を行うこととされ,それぞれの実施主
体の定めた除染実施計画に基づき,除染が実施されてきた。環境省
によれば,平成30年3月19日までに,帰還困難区域を除く全て
の面的除染が完了したとされる。
福島県では,平成30年3月頃までに会津坂下町,湯川村,昭和
村,会津美里町,三島町,矢祭町,塙町,柳津町の8町村が汚染状況
重点調査地域の指定を解除され,その時点で福島市,郡山市,いわ
き市,白河市,須賀川市,相馬市,二本松市,伊達市,本宮市,桑折
町,国見町,大玉村,鏡石町,天栄村,西郷村,泉崎村,中島村,矢
吹町,棚倉町,鮫川村,石川町,玉川村,平田村,浅川町,古殿町,
三春町,小野町,広野町,新地町,田村市,南相馬市,川俣町,川内
村の33市町村が指定されている。
宮城県では,平成30年3月頃までに石巻市が汚染状況重点調査
地域の指定を解除され,その時点で白石市,角田市,栗原市,七ヶ
宿町,大河原町,丸森町,亘理町,山元町の8市町が汚染状況重点
調査地域に指定されている。
茨城県では,平成30年3月頃までに鉾田市が汚染状況重点調査
地域の指定を解除され,その時点で日立市,土浦市,龍ケ崎市,常
総市,常陸太田市,高萩市,北茨城市,取手市,牛久市,つくば市,
ひたちなか市,鹿嶋市,守谷市,稲敷市,つくばみらい市,東海村,
美浦村,阿見町,利根町の19市町村が指定されている。
栃木県では,佐野市が汚染状況重点調査地域の指定を解除され,
その時点で鹿沼市,日光市,大田原市,矢板市,那須塩原市,塩谷
町,那須町の7市町が指定されている。
これらの除染特措法に基づき実施した除染の費用は,原子力損害
として,実施主体から,あるいは,復興予算として一審被告国が負
担した後,一審被告国から一審被告東電に求償されることになる(除
染特措法44条,45条)。
一方,除染特別地域として対象とされている,楢葉町,富岡町,
大熊町,双葉町,浪江町,葛尾村,飯舘村並びに田村市,南相馬市,
川俣町及び川内村の旧警戒区域又は旧計画的避難区域であった地域
では,国が直轄して除染実施計画に基づく除染を実施したが,前7
町村では,除染実施割合は総土地面積の約4~40%にとどまって
いる。
なお,福島県知事は,子供の放射線防護に対する強い危機意識か
ら,7月8日,「「ふくしま」の子どもを守る緊急宣言」を発し,県が
「ふくしまの子どもを守る緊急プロジェクト事業」を総額358億
円で立ち上げて校庭や公園の表土除去や線量計を配布するなどの手
立てを講じる計画を立てるなど,政府の対応を待たずに自主的避難
者の帰還等を促している。
(甲C283~296,338~341,354,355,378,
379)
教育施設の状況
ア各教育施設の対応等
福島県は,4月5日から4月7日までに,福島第一原発から2
0km圏外の福島県内1648の小中学校,幼稚園,保育園等の
空間線量率を調査し,福島市,本宮市,二本松市,伊達市,郡山
市,相馬市の52校で3.7μSv/h(19.3mSv/y相
当)以上の空間線量率(地上1m)が計測された。
文部科学省は,4月14日に,4月5日~4月7日の調査で3.
7μSv/h以上であった52校を対象に再調査を実施し,福島
市,郡山市,伊達市の13校で3.8μSv/h(20mSv/
y相当)の空間線量率(地上1m)が計測された。
文部科学省は,4月19日,「福島県内の学校の校舎・校庭等の
利用判断における暫定的考え方について」を発出し,再調査によ
り校庭等で3.8μSv/h(幼稚園,小学校,特別支援学校に
ついては50cm高さ,中学校については1m高さ)以上の空間
線量率が測定された学校については,当面,校庭等での活動を1
日当たり1時間程度にするなど,学校内外での屋外活動をなるべ
く制限することが適当である,3.8μSv/h未満の空間線量
率が測定された学校については,校舎・校庭等を平常どおり利用
して差し支えないなどとし,保育所等(認可外保育施設を含む。)
を管轄する厚生労働省も,同日,同旨の通知を発出した。
これに基づき,上記13校につき屋外活動の制限が行われ,他
の教育施設においても,それぞれの自治体や施設運営主体による
独自の措置として,屋外活動の制限などの被曝回避措置が取られ
た(例えば,西白河郡の西郷村の小学校では,本件事故後3月3
1日まで1日4時間の屋外活動制限措置が取られていた。制限解
除後も草むしりや花壇の手入れをするときはゴム手袋やマスクを
して活動するなど,放射線被曝回避措置を講じた学校生活が続い
た。甲C406)。
文部科学省は,5月27日,「福島県内における児童生徒等が学
校等において受ける線量低減に向けた当面の対応について」を発
出し,平成23年度,学校において児童生徒等が受ける線量につ
いて,当面,1mSv/y以下を目指す,校庭等の空間線量率が
1μSv/h以上の学校について,設置者に対し放射線量の低減
策を講じるための財政的支援を実施する,などとし,6月20日
には,福島県外においても,校庭等の空間線量率が1μSv/h
以上の学校には福島県内と同様に財政的支援を実施することとし
た。
その頃から8月頃にかけて,各自治体において校庭等の除染が
行われた(例えば,福島市では,空間線量率が3.8μSv/h
以上であった26施設の除染を6月末までに,市立小中学校全7
2校の除染を8月末までに実施した。)。その結果,5月12日以
降,3.8μSv/h以上の空間線量率が計測された教育施設は
なく,8月25日の測定の最大値は0.8μSv/hであった。
文部科学省は,福島県内全ての学校等(第1回(6月1日~3
0日)は1641校園,第2回(7月1日~31日)の調査対象
は1659校園。)における簡易型積算線量計によるモニタリング
を実施したところ,教職員が受けた積算線量(時間平均)は,2
回を通じて,0~0.7μSv/hで推移しており,全体平均は
0.1μSv/hであった。仮に学校滞在時間を1日8時間,年
間200日と仮定すると,年間0~1.1mSv,全体平均では
年間約0.2mSvとなる。(甲C405)
文部科学省は,8月26日,「福島県内の学校の校舎・校庭等の
線量低減について(通知)」を発出し,夏季休業終了後,学校にお
いて児童生徒等が受ける線量については原則1mSv/y以下と
し,これを達成するため,校庭等の空間線量率については,児童
生徒等の行動パターンを考慮し,1μSv/h未満を目安とする,
学校内において比較的線量が高いと考えられる場所については,
校内を測定して当該場所を特定し,除染したり,除染されるまで
の間近づかないように措置したりすることが重要と考えられる,
などとした。
福島県内の18歳未満の住民の避難者数は,平成24年4月1
日時点から漸減してはいるものの,平成29年3月1日時点でな
お県内避難者数が1万0286人,県外避難者数が8624人と
なっている(甲C358)。
イ避難指示区域における学校の状況等
避難指示区域における学校の状況
避難指示が出された小中学校は,本件事故後休校を余儀なく
されていたが,その後,避難指示の解除に伴って,徐々に再開
してきている。平成30年までに田村市,南相馬市,広野町,
楢葉町,川内村の5市町村において小中学校が再開しており,
平成30年度からは,新たに5町村(富岡町,浪江町,川俣町,
葛尾村,飯舘村)の小中学校が再開された。
もっとも,浪江町において,再開に向けて平成29年6月に
実施された意向調査によれば,現在のところ再開したとしても
町内の小中学校に通学させる考えがないとする割合が,回答世
帯のうち約95.2%に上った。また,平成29年8月31日
の報道によれば,再開予定の富岡町の小中学校に「戻れない」
とする割合が回答世帯の約86.8%に上ったとされる。
実際,平成30年3月1日時点の報道では,再開した小中学
校に通学予定の子供の数は,先に再開済みの市町村と合わせて,
本件事故前の8.6%,531人にとどまるとされる。また,
各自治体は,通学する子供が少ないため,複数の学校を1つの
校舎に集約させて(例えば2階に小学校,3階に中学校を置く
などの工夫をして),事実上「1自治体1校」の状態で再開した。
さらに,多くの子供が越境通学を余儀なくされる飯舘村や葛尾
村などでは,福島市などから峠道などを1時間以上バスに揺ら
れて通学することになるため,取り分け低学年の児童には大き
な負担となっている。
他方で,ほぼ全町的に避難指示が続いている大熊町や双葉町
では,依然町内の学校再開の目途は立っておらず,避難先での
学校教育を余儀なくされている。
平成30年3月12日時点の報道によれば,福島県内の12
市町村の小中学校の児童生徒数は,本件事故直後(平成23年
5月)に1421人まで減少し,その後も,避難生活の長期化
や全国的な少子化の流れを背景に児童生徒数の減少傾向は続き,
平成29年5月時点で929人と,本件事故前(平成22年)
8388人の約11%にまで減少した。震災か
ら7年が経ち,避難先で学ばせることを選択する保護者も少な
くないとされている。
(甲C263,264,266,267,297,304,30
5,丙C386)
小中学校の校数及び児童数の変遷
県内11市町村の小学校の校数及び児童数の変遷は,以下の
とおりである(甲C298~300)。
小学校の校数(単位:校)及び児童数(単位:人)
平成22年平成26年平成29年
校数児童数校数児童数校数児童数
南相馬市164028152132152158
田村市182299161850131722
葛尾村16811219
川内村1112126145
川俣町681266196527
楢葉町2432287262
飯舘村33483184351
浪江町6116262265
富岡町2937223211
大熊町27562128225
双葉町234324226
また,県内11市町村の中学校の校数及び生徒数の変遷は,
以下のとおりである(甲C301~303)。
中学校の校数(単位:校)及び生徒数(単位:人)
平成22年平成26年平成29年
校数生徒数校数生徒数校数生徒数
南相馬市619856133161266
田村市71236711457974
葛尾村14418113
川内村154117117
川俣町242123972325
楢葉町1254173143
飯舘村11831105164
浪江町361132539
富岡町2550226219
大熊町1371168120
双葉町120817111
ウ令和元年5月27日時点における富岡町小中学校の状況等
福島第一原発から南方約9.3kmに位置する富岡町小中学校
(双葉郡富岡町大字小浜字中央237の2所在)は,平成30年
4月に再開し,令和元年5月27日時点で再開後2年目を迎えた。
富岡町内には小学校及び中学校が各2つずつあったが,本件事
故による町民避難のためこの4校は3月14日以降いずれも臨時
休校した。その後,9月1日,富岡第一小学校校舎において富岡
町小中学校の三春校として再開し,さらに,平成30年4月,富
岡第一中学校校舎において富岡町小中学校の富岡校として再開し
た。現在でも小学校(富岡第二小学校)及び中学校(富岡第二中
学校)の校舎は閉鎖されている。
富岡町では,本件事故当時,上記4校合計約1500人の児童
生徒が在籍していたが,本件事故後,上記三春校で再開時に82
人(約5%)まで激減し,富岡校が再開した後である平成31年
度でも,4校(三春校及び富岡校)合計で40人(3%未満)にと
どまっている。
上記時点における富岡校では,小学1,2年生,小学3,4年
生,小学5,6年生,中学2,3年生を,それぞれ1人の教員が受
け持ち,1つの教室で異なる内容の授業をする複式授業を実施し
ており,また教員数不足から,三春校とライブ中継をして授業す
る工夫も採り入れざるを得ない状況である。
本件事故前,取り分け富岡第一中学校は体育系の部活動が盛ん
で,バトミントンの強豪校であり,g選手等の出身校で知られた
が,富岡校再開後,中学校の部活動は,卓球部(部員3人)と,美
術や音楽に取り組む総合文化部(部員1人)があるのみである。
平成31年度(令和元年度)からは特別陸上部を新設したが,生
徒数が少ないことから個人種目に限られている。
(甲C313,丙C461~464,弁論の全趣旨)
エ住民の受けた影響
以上によれば,本件事故に由来する放射性物質による教育施設
そのものや周辺地域の汚染等により,福島県やその周辺県内の教
育施設に通学していた地域住民は,未成年者は成人に比して放射
線感受性が強いとされることもあり,放射線被曝に対する大きな
不安を感じ,通学や学習に制限を受けるなどの影響を受けたり,
自由な外遊びができなくなるなど,本件事故前に比して,学習環
境,生育環境を制限された。
医療・介護施設の状況
ア医療施設等
福島県全体
福島県全体では,医師数が平成22年12月31日の時点か
ら平成24年12月31日時点までに約200人減少したが,
その後漸増し,平成28年12月31日時点では平成22年時
点と同数程度まで回復した(もっとも,全国の医師数は,平成
22年から平成28年にかけて約2万4000人増加してい
る。)。病院の常勤医数としては,3月1日時点と比較して,平
成24年12月1日時点では64人減少したが,平成27年1
2月1日時点で38人増となっている。しかし,エリア別にみ
ると,浜通り地方の医師不足は依然として深刻な状況であり,
病院が稼働していながら医師数・看護職員数の減少が大きい相
双医療圏の旧緊急時避難準備区域内の病院においては非常に厳
しい状況が続いている。
平成29年12月時点における県内避難地域12市町村にお
ける病院,診療所及び歯科診療所の再開率は,避難指示解除か
ら数年が経過している市町村においては87.5%,避難指示
解除から1年程度が経過している市町村においては19.5%,
帰還困難区域が大部分を占める市町村においては9.0%とな
っており,薬局の再開率は,それぞれ20.0%,10.0%,
9.7%となっている。例えば富岡町(後記の「福島県ふた
ば医療センター附属病院」の所在地)では,本件事故前は病院
1,診療所13,歯科診療所6,薬局6であったが,平成29
年12月現在では,病院0,診療所2(平成29年4月に富岡
中央医院が再開)にとどまっている。その後,平成30年4月
福島県ふたば医療センター附属病院」が開院した。
県内11市町村の病院,診療所,歯科診療所及び薬局の数の
変遷は以下のとおりである(甲C306)。
医療機関等の数の変遷
H23.3.1現在H29.12現在
南相馬市(小高区)
病院21
診療所83
歯科診療所50
薬局42
田村市(都路地区)
病院00
診療所11
歯科診療所11
薬局00
楢葉町
病院00
診療所54
歯科診療所01
薬局30
富岡町
病院10
診療所132
歯科診療所60
薬局60
川内村
病院00
診療所12
歯科診療所00
薬局00
大熊町
病院20
診療所52
歯科診療所40
薬局40
双葉町
病院10
診療所50
歯科診療所50
薬局20
浪江町
病院10
診療所131
歯科診療所80
薬局80
葛尾村
病院00
診療所11
歯科診療所11
薬局00
飯舘村
病院00
診療所22
歯科診療所00
薬局20
川俣町
病院00
診療所11
歯科診療所00
薬局00
合計12125
相馬エリア
住民の避難が続く中,旧緊急時避難準備区域を中心に,医療
従事者は流出している。
3月1日時点で81人だった常勤医数は,12月1日時点で
55人まで減少したが,平成24年12月1日時点で73人,
平成25年12月1日時点で75人,平成27年12月1日時
点で89人と持ち直した。一方,3月1日時点で719人だっ
た看護職員数は,平成25年1月1日時点で618人まで減少
し,その後平成26年1月1日時点では641人まで回復した
が,平成28年1月1日時点では619人と減少に転じている。
このように,厳しい医療従事者不足の状況下,一部の病院では
いまだ入院を再開できておらず,再開している病院でもその多
くが一部の稼働にとどまっている。なお,南相馬市では,原町
区のみならず,小高区及び鹿島区においても,平成30年3月
時点までに各4か所の医療機関が再開している。
双葉エリア
旧警戒区域等の設定に伴い,医療施設の建物被害状況の把握
は困難な状態が続いている。旧警戒区域内の5病院が休止して
おり,平成28年8月現在稼働しているのは広野町の高野病院
のみ(その後平成30年4月に後記のとおり「福島県ふたば
医療センター附属病院」が富岡町に開院した。)である。
3月1日時点で39人だった常勤医数は,平成24年12月
1日時点で3人,平成25年12月1日時点で2人,平成27
年12月1日時点では1人と,減少の一途をたどっている。看
護職員数も,3月1日時点で397人だったが,平成25年1
月1日時点で108人まで減少し,その後も,平成26年1月
1日時点で106人,平成28年1月1日時点で88人と,減
少の一途をたどっている。
福島県ふたば医療センター附属病院(上記の双葉エリア内)
本件事故後,福島県は数次にわたり医療計画を立て,双葉郡
における医療再生に向けて努力しているが,避難指示解除後も
医療機関の再開は容易でなく,特に本件事故前には多かった民
間病院については再開は厳しい状況にある。そのような中,県
が構想を推進したのが「福島県ふたば医療センター附属病院」
であり,平成30年4月23日,365日24時間稼働する救
急科を標榜し,中等症患者(一般病棟入院患者)に対する救急
医療を担う二次救急指定病院として開院した。ベッド数は30
床あり,救急科と内科を擁している。また,双葉郡内の同病院
から半径16km以内の住民からは訪問看護サービスも受け付
けたり,同年10月からは多目的医療用ヘリの運航を開始した
りしている。同病院の受診者数は,平成30年5月が156人,
同年7月が262人と増え,開院から7月末までの受診者数合
計は622人である。
もっとも,同病院は二次指定救急病院であるため,地元住民
が日常的に利用してきた病院の再開が困難な状況下ではその果
たし得る役割は限定されたものであり,令和元年5月27日時
点では,専ら廃炉や除染等従事者や関係企業向けの医療機関と
なっている。
いわきエリア
3月1日時点で261人だった常勤医数は,平成24年12
月1日時点で260人,平成25年12月1日時点で256人
と減少したものの,平成27年12月1日時点で262人と震
災前の数まで回復した。一方,3月1日時点で2460人だっ
た看護職員数は,平成26年1月1日時点では2555人,平
成28年1月1日時点では2586人と増加傾向にある。
いわき市の現住人口は減少しているものの,被災住民の受け
入れにより,実際にいわきエリアで暮らしている住民は増えて
おり,医療需要の増大が見込まれている。
(甲C268~271,311,丙C380,454~457,5
37,当審における現地進行協議等による弁論の全趣旨)
イ介護施設等
平成29年における双葉郡地域の介護事業の状況は,全体的に,
避難により世帯が分離され,若者の帰村・帰町が進まないことに
より高齢者世帯が増えたため,介護サービスのニーズは増えてい
る一方,本件事故後から廃止中の施設も多く,また,介護職員不
足等により在宅介護サービスが不足しており,そのことが自宅で
生活することの不安要因となっている。
平成29年10月14日の報道によれば,富岡町,浪江町,飯
舘村,川俣町山木屋地区の4町村など,解除済みを含む避難区域
にあった特別養護老人ホームと介護老人保健施設の計11施設の
うち,地元で再開したのは3施設にとどまり,浪江町の特別養護
老人ホームのようにいわき市など避難先に移転したままの施設も
あるとされる。浪江町の担当課長は,「帰還者が少ないため利用が
見込みにくいということもあり,赤字覚悟で再開してもらうのは
難しい。どう支援するかが重要だ。」と指摘する。職員不足も深刻
であり,飯舘村では特別養護老人ホームの職員不足が顕在化して
おり,同村の担当課長は「デイサービスなど通所や訪問型の事業
は十分に対応できず,村外の施設に協力を依頼する方向で考えて
いる。」と話す。今後,高齢の帰還者が増えれば要介護者の受入れ
施設不足が深刻化する恐れがあるともされる。
南相馬市には,高齢者施設として養護老人ホーム(高松ホーム:
定員100名)が,あったところ,7月11日時点で,施設ごと
市外に避難したため,閉鎖していた。また,介護施設として鹿島
区内に介護老人保健施設及び特別養護老人ホームが各1施設ずつ
あり,本件事故直後はそれぞれ一旦同系列の別の施設に避難した
が,4月13日ないし6月10日に元の場所で再開した。また,
同区内のグループホームは2施設あったところ,1施設は本件事
故直後も開いており,もう1施設は本件事故直後は一旦同系列の
別の施設に避難したが,6月10日に元の場所で再開した。ただ
し,上記4施設はいずれも7月11日時点で満床である。また,
小高区,原町区内の特別養護老人ホーム,老人保健施設,認知症
高齢者グループホームなどの入所施設は,7月11日時点で,警
戒区域や緊急時避難準備区域内にあるため,全て閉鎖していた。
(甲C258,272,丙C330の2,丙C331)
民間事業等の状況
ア概観
福島県内において,平成19年時点と比べると,平成24年時
点における福島県内卸売業は,事業所数,従業者数,年間商品販
売額のいずれについても25%以上減少し,県内小売業は,事業
所数及び従業者数において30%以上減少し,年間商品販売額及
び売場面積は15%から20%近く減少した。取り分け相双地区
については減少が著しく,卸売業に係る上記3指数はいずれも5
0%を超える減少幅であり,小売業に係る上記4指数も45%か
ら60%を超える減少幅である。
また,福島県の被災12市町村では,平成30年2月現在,商
工会会員事業所の半数を超える1750事業所(64.7%)が
再開したが,うち地元で再開した事業所は774事業所(28.
6%)にとどまっている。
(丙C307~309)
イ「さくらモールとみおか」
平成29年3月30日に全面開業した富岡町が整備を進めた
「さくらモールとみおか」(福島県双葉郡富岡町大字小浜字中央4
16番地所在)は,同年4月1日の富岡町の避難指示解除に先立
って,JR常磐線富岡駅から約1km(徒歩10分程度)の場所
に開設された公設民営型複合商業施設であり,スーパーマーケッ
ト,ドラッグストア及びホームセンターと,フードコートに出店
する飲食店が3店舗からなり,営業時間はフードコートを除き午
前中から午後7時までである(令和元年5月27日の当審におけ
る現地進行協議期日の時点)。
近隣に大型の商業施設がほとんどないため,富岡町及び周辺自
治体住民にとって,いわき市まで出掛けずに食品や日用品等を入
手することができる本施設は便利である。
もっとも,本施設の周辺には建物の取壊しも行われないまま放
置されている飲食店や娯楽施設等が点在するなど,近隣の状況と
のギャップが目立つ現状である(同期日の時点)。
平成30年6月24日,来場者数が100万人を突破した。
(甲C312,丙C458~460,当審における現地進行協議
等による弁論の全趣旨)
健康調査等
福島県が実施した県民健康調査における,放射線業務従事経験者
を除く累計約46万500人に係る本件事故後約4か月間の外部被
ばく線量推計結果は,県北地区では約87%,県中地区では約92%
が2mSv未満となり(1mSv未満はそれぞれ約20%,約5
1%),県南地区は約88%,会津・南会津地区は99%以上,相双
地区は約77%,いわき地区は約99%以上が1mSv未満となっ
た。この結果を踏まえて,県は,平成30年3月31日,これまで
の疫学調査により100mSv以下での明らかな健康への影響は確
認されていないことから,4か月間の外部被ばく線量推計値ではあ
るが,「放射線による健康影響があるとは考えにくい」と評価した。
福島県が平成30年7月に実施したホールボディカウンターの検
査結果によれば,1378人全員について,預託実効線量(体内か
ら受けると思われる内部被曝線量について,成人で50年間,子供
で70歳までの累積線量を表したもの)は,健康に影響が及ぶ数値
ではないとされた。
福島県では,本件事故を踏まえ,子供たちの健康を長期的に見守
るため,3月11日時点で0歳から18歳までであった県民を対象
に甲状腺(超音波)検査を実施している。
(丙C367,368,486)
避難及び帰還の状況
福島県の推計によれば,3月15日時点で,県内からの避難者総
数(強制避難者,自主的避難者の双方を含み,県内への避難,県外
への避難の双方を含むが,自主的避難者数は主に県内避難所へ避難
した人数。)は10万2648人,うち避難指示等対象区域からの強
制避難者が6万2392人,福島県内の避難指示等対象区域外から
の自主的避難者(本件地震・本件津波による避難者を含む。)が4万
0256人(39.1%)であった。その時点で,人口に占める自主
的避難者の割合が高かったのは,相馬市の11.8%(4457人),
国見町の9.8%(986人),いわき市の4.5%(1万5377
人)等であり,自主的避難者の人数が多かったのは,いわき市の1
万5377人(人口比4.5%),郡山市の5068人(人口比1.
5%),福島市の3234人(人口比1.1%)等であった。
自主的避難者の数は,3月15日から4月22日にかけては一旦
減少を示したものの,その後また増加に転じ,9月22日時点で最
大5万0327人であった。
福島県内からの避難者総数は,平成24年5月の16万4865
人をピークとして,その後減少を続け,平成28年11月時点で8
万4289人となっている。
平成28年10月24日時点で,強制避難者を除く福島県内から
の自主的避難者は約2万9000人程度である。
避難指示が解除された旧避難指示等対象区域については,順次,
帰還者の受入れが進んでいるが,いまだ多数の者が引き続き避難を
継続している。
その一部が旧緊急時避難準備区域(9月30日解除)である広野
町では,3月11日時点での人口5490人(1989世帯)に対
して,平成29年1月5日時点での帰還者は2897人(52.8%),
令和元年5月31日時点の町民居住人口は4197人(約4分の3)
にとどまっている。(甲C316の1,2)
村の一部が旧居住制限区域(平成26年10月1日避難指示解除
準備区域に再編,平成28年6月14日解除),旧避難指示解除準備
区域(平成26年10月1日解除),大半が旧緊急時避難準備区域(9
月30日解除)である川内村では,3月11日時点での人口303
8人に対して,平成29年1月1日時点で31.38%の者がなお
避難しており,帰還者は1878人(61.8%)にとどまってい
る。(甲C281-3,4)
市の一部(福島第一原発から20km圏内)が旧避難指示解除準
備区域(平成26年4月1日解除),一部が旧緊急時避難準備区域(9
月30日解除),その余は自主的避難等対象区域である田村市では,
3月11日時点での人口4万1662人(うち旧避難指示解除準備
区域人口380人,旧緊急時避難準備区域人口4117人)に対し
て,平成28年12月31日時点での避難者は874人,平成30
年10月31日時点での避難者は313人であり,旧避難指示解除
準備区域内でみると,同日時点で,帰還率は79.9%と8割弱に
とどまっている。(甲C273)
市の一部が帰還困難区域,一部が旧居住制限区域,旧避難指示解
除準備区域(平成28年7月12日解除),一部が旧緊急時避難準備
区域(9月30日解除),その余が旧一時避難要請区域(4月22日
解除)である南相馬市では,3月11日時点での人口7万1561
人(小高区1万2842人,原町区4万7116人,鹿島区1万1
603人)に対し,平成24年11月22日時点で4万8872人
(うち鹿島区は1万3775人と増加しているが,これは,同年5
月28日以降,同区内に建設された仮設住宅への入居が開始される
など,他の地域からの避難者が含まれていることが要因と考えられ
ている。)と減少し,その後,平成29年3月2日時点で5万651
2人(小高区1198人(帰還率9.3%。帰還困難区域旧居住者
含む。),原町区4万3120人(帰還率91.5%。小高区などか
らの避難者受入れ等を含む。),鹿島区1万2194人(帰還率10
5.1%。小高区,原町区などからの避難者受入れ等を含む。))と
若干持ち直したが,平成30年10月31日時点でも帰還率は約9
0%(人口は本件事故時点との比較で約84%)にとどまっている。
小高区及び原町区の旧避難指示区域内でみると,平成28年7月1
2日に解除されるまで0人だった小高区及び原町区の居住人口は,
解除以降徐々に増えていき,平成30年12月31日時点では,小
高区の居住人口は3076人(居住率約38%),原町区の居住人口
は490人(居住率約65%)となった。(丙C274,330の1,
374,404,519)
町の大半が旧避難指示解除準備区域(平成27年9月5日解除)
である楢葉町では,3月11日時点での人口8011人に対して,
平成27年4月30日時点での居住人口は人口の0.2%の15人
にすぎなかった。その後徐々に帰還者は増えているが,平成29年
1月4日時点での帰還者は767人(帰還率10.42%),平成3
0年10月31日時点の町内居住率は約50.9%に当たる356
0人(1809世帯)まで回復したにすぎない。(甲C276の1,
2,丙C231)
村の一部が帰還困難区域,一部が旧居住制限区域(平成28年6
月12日解除),大半が旧避難指示解除準備区域(平成28年6月1
2日解除)である葛尾村では,3月11日時点での人口1567人
に対して,平成28年12月1日時点での帰還者は102人(帰還
率6.5%),平成30年12月1日時点(人口1418人)での帰
還者は265人(県内外の避難者数は1079人)にとどまってい
る。(甲C261,279)
町の一部が帰還困難区域,一部が旧居住制限区域(平成29年4
月1日解除),一部が旧避難指示解除準備区域(同日解除)である富
岡町では,3月11日時点での人口1万5960人に対して,平成
29年10月14日の報道によれば,帰還率は2.6%(避難指示
解除対象者中)とされ,平成30年12月1日時点で,町内居住者
は826人(586世帯)にとどまっている一方,県内外への避難
者はなお1万2240人(6036世帯)に及んでいる。富岡町に
はイの商業施設「さくらモールとみおか」があるところ,平
成29年8月30日の新聞報道によれば,平日は除染や原発の作業
員らで賑わうものの,土曜日の昼は人がまばらであるとされる。一
般にこうした施設のフードコートは周辺住民で賑わう週末に混雑す
るが,この施設では,除染や解体事業等に携わる作業員等により賑
わう平日のランチタイムが繁忙時間となっている(令和元年5月2
7日の当審における現地進行協議期日の時点)。(甲C257,25
8,277の2,312,丙C492)
町の過半が帰還困難区域,一部が旧居住制限区域(平成29年3
月31日解除),一部が旧避難指示解除準備区域(同日解除)である
浪江町では,3月11日時点での人口2万1542人(7766世
帯)に対して,平成29年5月31日時点の人口は1万8256人
(6950世帯)であり,同時点の居住人口は234人(165世
帯)にすぎない。その後,居住人口は徐々に増加しているものの,
平成29年10月14日の報道によれば,帰還率は2.4%(避難
指示解除対象者中)とされ,平成30年10月末時点で人口1万7
699人(6894世帯)中,居住人口は853人(561世帯)に
とどまっており,平成30年10月31日時点で,避難者数は県内
外を合計して,なお2万0535人に上り,帰還率は4.2%(8
53名)にすぎない。(甲C258,278の1~3)
富岡町と浪江町は,いずれも,平成29年3月,4月に居住制限
区域及び避難指示解除準備区域が解除されたものの,6年半の間に
避難先で家を買ったり,就職したり,子供が進学したり等様々な理
由で,若い世代を中心に帰還率は上がらないと分析されている(甲
C257)。
村の一部が帰還困難区域,過半が旧居住制限区域(平成29年3
月31日解除),一部が旧避難指示解除準備区域(同日解除)である
飯舘村では,3月11日時点での人口6509人に対して,10月
1日時点で避難者数が6164人に上り,平成27年時点では人口
41人,平成29年10月14日の報道によれば,帰還率は8.5%
(避難指示解除対象者中)とされ,平成30年11月1日時点で避
難者はなお4775人,村内居住者は937人にとどまっている(甲
C258,262,280の1,2,295,丙C504,510)。
川俣町では,3月11日時点での人口1252人に対して,平成
29年10月14日時点で,旧居住制限区域の山木屋地区の帰還率
は24.5%であり,平成30年11月1日時点での避難者は,山
木屋地区で714人,それ以外で198人,合計912人である(甲
C254,258,275,278の2,3)。
2グループごとの検討
前記第1の7のとおり,原審口頭弁論終結日(平成29年3月21
日)以降,避難指示区域のうち,平成29年3月31日から4月1日
にかけて,飯舘村,浪江町,川俣町,富岡町の居住制限区域,避難指示
解除準備区域の設定が解除され,平成31年4月10日,大熊町の居
住制限区域及び避難指示解除準備区域の設定が解除された。また,当
審口頭弁論終結後である令和2年3月4日には双葉町の避難指示解除
準備区域全て及び帰還困難区域の一部が,同月5日には大熊町の,同
月10日には富岡町の,いずれも帰還困難区域の一部が,それぞれ解
除予定である。
以上を前提にすると,当審における一律請求についても,原審と同
様に,政府による避難指示区域等に沿って分類可能な,①帰還困難区
域並びに大熊町及び双葉町の居住制限区域及び避難指示解除準備区域,
②旧居住制限区域(大熊町を除く。),③旧避難指示解除準備区域(大
熊町,双葉町を除く。),④旧特定避難勧奨地点,⑤旧緊急時避難準備
区域及び⑥旧一時避難要請区域の六つ(なお,本件訴訟には,旧居住
地が旧屋内退避区域(解除後に緊急時避難準備区域に設定された地域
を除く。)である一審原告はいない。),中間指針等に沿って分類可能な,
⑦自主的避難等対象区域及び⑧県南地域及び宮城県丸森町の二つ,並
びに⑨上記以外の地域の合計九つのグループ(このうち⑨については
更に地域ごとに検討する。)に分類して判断するのが相当である。
以下,この各グループごとに,本件事故と相当因果関係のある損害
について検討する。
なお,一審被告らの予見可能性や結果回避可能性等を判断する際に
後知恵バイアスを排除することが重要であることと同様に,一審原告
らの受けた損害を検討する際に後知恵バイアスを排除することも重要
であるから,ある地点の空間線量率等が事後的に判明し,それによっ
て健康被害を受ける可能性や程度等が明らかとなったからといって,
直ちに,当時同地点に居住していた一審原告がそれらの情報に基づく
客観的なリスクを認識できたはずであるという前提に立つことは相当
でない。以下,各グループごとに,各地点における当時の空間線量率
を摘示するものの,これは,あくまでも,上記のような意味での後知
恵バイアスを排除して損害額を評価する際の一事情としているにすぎ
ない。
3旧居住地が帰還困難区域並びに大熊町及び双葉町の居住制限区域及
び避難指示解除準備区域(以下「帰還困難区域等」という。)である一
審原告らについて
認定事実
ア帰還困難区域の概要
帰還困難区域は,旧避難区域及び旧計画的避難区域のうち,長
期間,具体的には5年間を経過してもなお,年間積算線量が20
mSvを下回らないおそれのある,平成23年12月26日時点
で年間積算線量が50mSv超の地域であり,南相馬市の一部(平
成24年4月16日再編),飯舘村の一部(平成24年7月17日
再編),大熊町の過半(平成24年12月10日再編),葛尾村の
一部(平成25年3月22日再編),富岡町の一部(平成25年3
月25日再編),浪江町の過半(平成25年4月1日再編),双葉
町の大半(平成25年5月28日再編)が設定されている。
帰還困難区域については,本件事故からおよそ9年間を経た現
時点まで避難指示が解除されたことはなく,令和2年3月4日な
いし10日に解除が予定されている双葉町,大熊町及び富岡町の
一部区域も,JR常磐線の線路,双葉駅(双葉町),大野駅(大熊
町)及び夜ノ森駅(富岡町)の駅舎並びに周辺の道路等に限定さ
れている(丙C539~542)。
帰還困難区域には依然避難指示解除の見通しが立っていない区
域も多く,「復興五輪」との位置付けがされている2020年東京
オリンピックの聖火リレーが,平成31年4月20日に再開した
ナショナルトレーニングセンターである「Jヴィレッジ」をスタ
ート地点とし,上記解除予定のJR常磐線の各駅周辺がルートの
一部として設定されてはいるものの,なお「復興五輪」という言
葉に実感が湧かない旧居住者も多いのが現状である(丙C545,
当裁判所に顕著な事実,弁論の全趣旨)。
イ大熊町の旧居住制限区域並びに大熊町の旧避難指示解除準備区
域及び双葉町の避難指示解除準備区域の概要
大熊町及び双葉町は,町の大半(人口の96%の居住していた
区域)が帰還困難区域であって,人口,主要インフラ及び生活関
連サービスの拠点が帰還困難区域に集中していたため,大熊町の
旧居住制限区域及び旧避難指示解除準備区域がいずれも解除済み
であり,双葉町の避難指示解除準備区域が令和2年3月4日に解
除予定であっても,帰還困難区域の避難指示が
解除されない限り住民の帰還は現実的に困難である。中間指針第
四次追補においても帰還困難区域と同様に扱われており(前記第
,自主賠償基準においても同様である(前記第2の5

したがって,これらの地域は帰還困難区域と同様に扱うのが相
当である。
ウ帰還困難区域等旧居住者の受けた被害
帰還困難区域等を旧居住地とする一審原告らについて,各一審
原告の受けた被害はそれぞれの状況に応じて様々であるが,おお
むね,次のような被害を被っていると認められる。
居住・移転の自由の制限
帰還困難区域においては,区域境界に物理的な防護措置が実
施され,基本的には立入りが禁止されており,一時立入りを実
施する場合には,スクリーニングを確実に実施し,個人線量管
理や防護装備の着用が徹底されるなど,様々な制限がある(原
判決が引用する証拠のほか,当審における現地進行協議等によ
る弁論の全趣旨)。
帰還困難区域等の大半は旧警戒区域であり,そうでない区域
も避難区域又は計画的避難区域であった区域であって,強制避
難の対象であったため,この区域の一審原告らの多くは,本件
事故が起きた3月11日頃に取るものも取り敢えず避難したま
ま自宅に帰ることができていなかったり,自宅を避難した当時
のまま放置せざるを得なかったりといった状況が続いている
(一審原告H-111,当審における現地進行協議等による弁
論の全趣旨)。
原災法20条3項に基づいて設定された避難区域,計画的避
難区域,避難指示区域への立入りには罰則はないが,原災法(平
成24年法律第47号による改正前のもの)28条2項,災害
対策基本法63条1項に基づいて設定された警戒区域への立入
りは,10万円以下の罰金又は拘留という刑事罰をもって禁止
されていた(災害対策基本法116条2号)。
このように,帰還困難区域等に生活の本拠を有していた一審
原告らは,罰則の有無にかかわらず,生活の本拠において居住
を継続する権利(居住及び移転の自由)を制約されたものであ
る。
旧居住地の汚染
帰還困難区域は,平成23年12月26日時点において空間
線量率が50mSv/yを超える地域であり,社会システム工
学者である沢野伸浩が平成25年11月19日第8次航空機モ
ニタリングの結果を計算処理した結果によれば,平成25年1
1月19日時点においても,双葉町において最大42.23μ
Sv/h(年間追加被曝線量は222.05mSv/y相当。
μSv/hの数値から0.04を引いて0.19で割り,小数
点以下3桁を四捨五入する簡易な換算方式(1日のうち屋外に
8時間,屋内(遮蔽効果(0.4倍)のある木造家屋)に16時
間滞在するという生活パターンを仮定。甲B97参照)で計算
したもの。以下,同様の換算方式による年間追加被曝線量相当
値を括弧内に表記する。),浪江町において最大約39.96μ
Sv/h(210.11mSv/y相当),大熊町において最大
約37.04μSv/h(194.74mSv/y相当)とい
った,100mSv/yを超える空間線量率が現れていた。
このような放射性物質による旧居住地の汚染は,単に旧居住
地の土地建物の経済的価値を毀損しているだけでなく,旧居住
地への帰還を困難にさせて,帰還困難区域旧居住者に多大な精
神的苦痛を与え続けているものというべきである。
日常生活の阻害
帰還困難区域等に居住していた一審原告らは全員が避難を強
いられたところ,自宅以外での生活を長期間余儀なくされ,正
常な日常生活の維持・継続が長期間にわたり著しく阻害された。
一審原告らの中には,いまだ仮設住宅等における避難生活を強
いられている者もいるほか,新たに住居を構えた一審原告らに
おいても,生活の糧となる生業の変更を余儀なくされるなど,
避難前と同様の日常生活が回復できているとはいえず,原告ら
の属性にかかわらず,日常生活の阻害は長期化しているものと
いえる。
長期間の設定による今後の生活の見通しに対する不安,帰還
困難による不安
本件事故から6か月が経過した後の平成23年10月1日時
点においても,避難区域・警戒区域(飯舘村及び南相馬市の一
部の帰還困難区域においては計画的避難区域)が解除されず,
避難指示区域の見直しまで今後の生活の見通しが立たない不安
が増大する状況にあり,平成23年12月16日から平成25
年8月8日までの間に避難指示区域が見直された後も,帰還困
難区域等として長期間にわたり帰還が不可能な状況となったこ
とによる不安が継続した。そして,本件事故から約9年間が経
過した今なお,JR常磐線の沿線のごく一部の地域を除き帰還
困難区域の避難指示の解除がいつされるか不透明な状況であり,
帰還できる日を待ち望む者もいれば,もはや帰還することに期
待を寄せられる状況ではなくなった者もいるなど,不安定な状
況を強いられている。一審原告らの被った精神的苦痛は,時の
経過によっても容易に癒やされず,将来的な見通しが立たず人
生設計の建てようがない状況が長期化することによって,むし
ろ増大した側面もあるというべきである。
生活費の増加
また,帰還困難区域等からの避難者は,避難生活によって多
かれ少なかれ生活費が増加したと推認されるところ,個別に相
当因果関係の立証が可能なものについては積極損害として別途
賠償されるべきであり,現に一審被告東電により賠償がされて
いるものの,個別に相当因果関係の立証が困難なものも多数発
生していると推認される。したがって,このことは慰謝料の増
額要素として考慮するのが相当である。なお,原賠審による全
中間指針作成に係る議論においても,生活費の増加については
精神的損害に対する賠償額を算定する際に加味することとされ
たことについては前示(前記第2の6)のとおりである。
ふるさとの喪失
一個人にとって,その居住地は,単にそこで生活をするとい
うだけではなく,その地において様々な事や物を享受したり,
コミュニティにおける他人との交流を深めたりしながら,人格
を形成していく基盤でもあるというべきであって,第5節第2
の3にも前示したとおり,基本的な社会的インフラや生活の糧
を取得する手段にとどまらず,家庭・地域コミュニティを育む
物理的・社会的諸要素,周囲の環境・自然,帰るべき地・心の拠
り所となる地・思い出の地等としての「ふるさと」としての居
住地の持つ意味合いなどを考慮に入れて,一審原告らの受けた
精神的損害を評価すべきである。
そうすると,帰還困難区域等の一審原告らにおいては,極め
て限定された区域を除き,本件事故から9年を経ようとする今
もなお帰還困難区域の指示解除の目途さえ立っていない状況で
あること(なお,一審原告H-65,518は,平成25年1
0月31日に帰還困難区域に設定された旧居住地所在の旧自宅
に測定に来た放射線測定士から「ここには100年帰れません。」
と言われた旨陳述している(甲H65の1の3)。)に鑑みて,
「生存と人格形成の基盤」を一個人の人生のスパンで見ればほ
ぼ不可逆的に破壊・毀損されたというべきである。
検討
ア評価(損害額)
のとおり,帰還困難区域等を旧居住地とする一審原告ら
は,生活の本拠であった旧居住地から強制的に転居させられ,長
期にわたる不自由な避難生活の継続を余儀なくされるとともに,
旧居住地の状況把握さえままならないままこれを放置せざるを得
ない状況が続き,本件事故から9年間近くを経た今なお旧居住地
が元どおりになることに対して期待を寄せることができない状況
でいるのであるから,一審原告らが平穏生活権を侵害されたこと
は明らかであり,賠償に値する精神的苦痛を被ったものと認めら
れる。
以上を前提に,平穏生活権侵害に基づく慰謝料の額を算定する
と,その額は,①強制的に転居させられた点について150万円,
②避難生活の継続を余儀なくされたことについて月額10万円,
③「ふるさと喪失」について600万円と評価すべきである。
そして,上記②の避難生活の継続は,本件事故があった3月1
1日が属する月である平成23年3月を始期とし,終期は,後記
のとおり,旧居住地が旧居住制限区域及び旧避難指示解除準備区
域であった一審原告らについては,遅くとも平成30年3月31
日まで避難生活の継続が強いられていたとみるべきであることに
鑑みて,同日が属する月である平成30年3月とし,その翌月以
降は,さらに避難生活の継続が強いられており,ごく一部の区域
を除いて指示の解除の目途さえ立っていない状況であることから,
もはや帰るべき「ふるさと」を喪失したとみて「ふるさと喪失」
損害に係る慰謝料において考慮することが相当である。したがっ
て,避難生活の継続が強いられていた期間は,平成23年3月か
ら平成30年3月までの85か月間であり,その点についての慰
謝料額は850万円と評価すべきである。
上記③の「ふるさと喪失」損害については,前記(第5節第1
「ふるさと喪失」一審原告らに限らず,それ以
外の一審原告らにおいても,「平穏生活権侵害に基づく損害」に含
まれるものとして「ふるさと喪失」損害を主張しているものと整
理すべきであるところ,「ふるさと喪失」一審原告らについてみれ
ば,一審原告H-6,一審原告H-88,89,一審原告H-3
83~388の旧居住地は双葉町の,一審原告H-126の旧居
住地は大熊町の,一審原告H-111の旧居住地は富岡町の,一
審原告H-65,518の旧居住地は浪江町の,それぞれ帰還困
難区域である。また,その他の一審原告らは,上記4町のほか,
南相馬市小高区及び飯舘村の各帰還困難区域(双葉町の避難指示
解除準備区域である一審原告1人((H-122))を含む。)を旧
居住地とする。
帰還困難区域では,上記一個人の人生のスパ
ンで見ればほぼ不可逆的に「生存と人格形成の基盤」を破壊・毀
損されたというべきであって,その損害は非常に重大であるとい
うべきところ,前記1に認定した各事実,原審に現れた関係各証
拠に,当審に現れた関係各証拠(甲C274,285~292,
295,296,310,314,315,323~326,丙C
329~331,371,372,374,377~385,39
0~402,404,450~453,461,479~483,
492~495,497,499~501,504~508,5
10~512,514,518,519,538(いずれも枝番を
含む。),甲H65の1の3,甲H111の1の3,一審原告H-
65,518(当審),一審原告H-111(当審),当審における
現地進行協議等による弁論の全趣旨)も合わせて認定することが
できる,一審原告らの旧居住地である双葉町,大熊町,富岡町,
浪江町,南相馬市小高区及び飯舘村の状況や,一審原告らがほぼ
不可逆的に帰還ができない状態に置かれたことによる様々な被害
等を考慮した上で,積極損害(避難費用など),消極損害(営業損
害など),生命・身体的損害(本件事故に起因する疾病・自死によ
る損害など),財物損害(不動産の損害など)は別途賠償されるこ
と,「生存と人格形成の基盤」が破壊・毀損されたことによって平
成30年3月まで避難継続を余儀なくされたことについての慰謝
料は上記②で評価されていること,他方で,同年4月以降,「生存
と人格形成の基盤」が破壊・毀損されたことによる避難生活の継
続についてはこの「ふるさと喪失」損害によって評価すべきであ
ること,一審被告東電の義務違反の程度は著しいこと(前記第3
節第2の8),その他,一切の事情を総合的に考慮して,「ふるさ
と喪失」一審原告らに限られず,このグループに属する全ての一
審原告らについて,「ふるさと喪失」損害としては上記のとおり6
00万円を認めるのが相当である。
イ一審原告らに対する具体的な認容額
全般
上記アによれば,旧居住地が帰還困難区域等である一審原告
らに対しては,精神的損害に係る賠償として合計1600万円
の支払がなされるべきであるところ,「中間指針等による賠償額」
である合計1450万円(自主賠償基準)を超える150万円
が本訴において認容すべき額となる(承継一審原告らについて
は,各死亡一審原告(別紙7理由一覧表の「死亡年月日」欄に
年月日の記載がある者)に認容すべき額に同表の各「承継割合」
欄記載の数値を乗じた額となる。以下の他グループの承継一審
原告らについても同じである。)。
なお,原判決は,平穏生活権侵害と「ふるさと喪失」損害を
区別してそれぞれについて認めるべき額を定め,「中間指針等に
よる賠償額」もその両者を区別して定めているものとして,そ
れぞれ個別に中間指針等を超える額を算出しているが(原判決
196頁4行目から198頁23行目まで),前示(第5節第1
の3「訴訟物の整理」)のとおり,平穏生活権侵害による損害賠
償請求権も「ふるさと喪失」損害に係る賠償請求権も訴訟物及
び精神的損害に対する慰謝料である点は同一であり,当事者間
において精神的損害の中でこれらを特に区別して取り扱うこと
が明示ないし黙示に合意されていたような事実はうかがわれな
いから,上記のとおり,名目にかかわらずそれらを一体のもの
として「中間指針等による賠償額」を超える額を算出すべきで
ある(以下同じ。)。
旧居住地が帰還困難区域等である提訴時一審原告は,別紙7
理由一覧表の「避難指示区分等」欄に「帰還困難区域」,「双葉
町」又は「大熊町」と記載のある61人(うち,旧居住地が双葉
町の避難指示解除準備区域である者は1人,大熊町の旧居住制
限区域又は旧避難指示解除準備区域である者は1人。),そこか
ら取下一審原告を除いた一審原告は54人であり,その中の死
亡一審原告を承継した承継一審原告は,同表の当該死亡一審原
告の行の下に続けて同人の原告番号に枝番を付した番号で表示
した者である(承継一審原告については,以下の他グループに
おいても同表に上記の要領で記載する。)。
一審原告H-201について
一審原告H-201の旧居住地について,一審原告らは,浪
江町の帰還困難区域であると主張するのに対し,一審被告東電
は,同一審原告が一審被告東電に対し,裁判外の直接請求にお
いて,被災時の住所を「(住所省略)」と自ら記載していること
などから,同一審原告の旧居住地は南相馬市原町区であり避難
指示区分は旧緊急時避難準備区域であると主張している。
この点,原判決は,同一審原告の住民票所在地は浪江町であ
り(甲H201の2),その陳述書(甲H201の1)でも,旧
居住地は浪江町であり(1頁),「自宅又は家族が一軒家を所有」
しており(4頁。なお,上記南相馬市の住所はアパート(以下
「本件アパート」という。)である。),旧「警戒区域」,現「帰還
困難区域」である(6頁),「自宅は井戸水だった」(11頁),
「帰還困難区域なので,帰れないんだろうと思う。不安」(19
頁)などと記載していること,「仕事の都合で南相馬市でアパー
トを借り,実家のある浪江町と行き来して生活していた」と陳
述したこと(平成29年3月21日原審第23回口頭弁論調書)
などから,同一審原告の旧居住地は浪江町の帰還困難区域であ
ったとしている(原判決199頁16行目から200頁9行目
まで)。
しかしながら,同一審原告は,過去に自ら旧居住地を南相馬
市と記入して一審被告東電に賠償請求をしたことがあるのに加
え(丙H201の1),本件アパートを賃借したのは平成11年
2月16日(賃貸期間は同月18日から2年間)のことであっ
て(丙H201の2),その後2年ごとに更新を繰り返し本件事
故までに12年以上が経過していたこと,本件事故前の平成2
3年1~2月の本件アパートに係る電話料金は両月とも562
5円,ガス料金は1月分7941円,2月分1万0888円,
電気料金は1月分4357円(使用量205kWh),2月分4
175円(使用量197kWh)であって,同一審原告はこれ
らをそれぞれ支払い,その請求書をいずれも本件アパートで受
領していたこと(丙H201の3~5,弁論の全趣旨)などに
よれば,同一審原告の生活の本拠は本件アパートであったとい
うべきである。
したがって,一審原告(H-201)の旧居住地は,浪江町
の帰還困難区域ではなく,本件アパートの所在地となるため,
避難指示区分は旧緊急時避難準備区域(後記6)と認める(丙
C8,弁論の全趣旨)。
一審原告(亡)(T-1370)について
原判決は,旧居住地が富岡町の帰還困難区域である一審原告
(亡)(T-1370)について,同人は平成25年5月16日
に死亡したため,平成26年3~4月分の「中間指針等による
賠償額」を超える損害は発生していないとしている。しかしな
がら,前示(前記第2章第2節第3)のとおり,避難生活の継
続を余儀なくされたことに係る損害は,当審においても月額1
0万円とした上で算定しているものの,その都度発生する継続
的不法行為による損害ではなく,あくまでも過去の一回的事象
(本件事故)によって,そのような期間避難生活の継続を余儀
なくされたという損害であって,本件事故によって直ちに発生
していたものとみるべきであるから,同損害の算定上終期とし
た平成30年3月よりも前に死亡したとしても,その分を減額
すべきではない。したがって,同人の損害についても,合計1
600万円と認め,「中間指針等による賠償額」である合計14
50万円(自主賠償基準)を超える150万円が本訴において
認容すべき額となる(なお,一審被告東電は,一審原告(亡)T
-1370に関して,同人の死亡を考慮に入れず,中間指針等
に従って算出される賠償額全額の支払をしていることが認めら
れる(丙C548)。)。
もっとも,一審原告(亡)T-1370は平成25年5月1
6日に死亡している関係で,その請求額は(弁護士費用を含め
て)144万0645円であるため(別紙7理由一覧表の「減
縮部分請求額」欄参照),実際の認容額は同額となる。
4旧居住地が旧居住制限区域である一審原告ら(旧居住地が大熊町の
旧居住制限区域である一審原告らを除く。以下,本項において同じ。)
について
認定事実
ア旧居住制限区域の概要
旧居住制限区域は,旧避難区域及び旧計画的避難区域のうち,
年間積算線量が20mSvを超えるおそれがあり,住民の被曝線
量を低減する観点から引き続き避難を継続することが求められる
地域であり,除染や放射性物質の自然減衰などによって,年間積
算線量が20mSv以下であることが確実であることが確認され
た場合には避難指示解除準備区域に移行することが予定されてい
た。
旧居住制限区域においては,住民の一時帰宅(ただし,宿泊は
禁止されている。),主要道路における通過交通,公共目的の立入
りなどは可能であったが,同区域内での宿泊,同区域外からの集
客を主とする事業(宿泊業,観光業など),同区域内での宿泊者の
存在を前提に実施される事業は原則として禁止され,不要不急の
立入りは控え,用事が終わったら速やかに退出することが求めら
れていた(丙C34)。
早いところでは平成27年9月
5日に川内村の居住制限区域が解除され(もっとも,同区域は避
難指示解除準備区域に設定された。),遅くとも平成29年3月3
1日から4月1日にかけて,飯舘村,浪江町,川俣町,富岡町の
居住制限区域がそれぞれ解除されたため(なお,大熊町の居住制
限区域は平成31年4月10日に解除になっている。),当審口頭
弁論終結時(令和2年2月20日)までに,居住制限区域は全て
解除となっている。
一審原告H-2の旧居住地((住所省略))は居住制限区域に設
定され,平成29年3月31日に解除となったところ,令和元年
5月27日の時点で,空間線量率は,場所によって0.2~1.
2μSv/h(0.84~6.11mSv/y相当)程度で推移
している。本件事故前には毎年2000kg程度の収穫があった
旧居住地の田には水入れをすることができず,ただ農地が痛まな
いように耕されるのみの状態の田畑が広がっている。立野地区は
春の筍が良く採れ,漁業が盛んな請戸地区の住民にも好評だった
が,解除後の今なお食べられない。浪江町には1000人弱しか
帰還しておらず(平成30年10月31日時点での帰還率は4.
2%(853名)),JR浪江駅周辺の町内は,本件事故前はショ
ッピングセンターを中心に賑わいを見せていたが,令和元年5月
27日の時点では,上記ショッピングセンターの再開の見通しは
立っておらず,駅前商店街も開いている店はほとんどない。町役
場に隣接する仮設のマルシェが開いて約10店舗が入っているほ
かは,コンビニ等が点在するのみで,かつての賑わいからは程遠
い。毎年恒例の夏祭りや町民による手作りイベント「十日市」も,
本件事故以降,避難指示が解除された平成29年に7年ぶりに開
催されるまでの間,浪江町での開催はできなくなった。このよう
な町の状況から,一審原告H-2は,本件事故前に営んでいた自
動車修理工場の営業をしようにも成り立たず,食材を売る店もほ
とんどないため,旧居住地に帰還できておらず,帰還の目途も立
っていない。(甲C310,丙C480,481,当審における現
地進行協議等による弁論の全趣旨)
一審原告H-18の旧居住地((住所省略))は居住制限区域に
設定され,平成29年4月1日に解除となったが,約250m以
東及び約330m以北は帰還困難区域に位置し,帰還困難区域と
居住制限区域を分かつ境界線上のガードレール等のバリケードが
物々しい。同一審原告のように,居住地が居住制限区域に設定さ
れていた間に窃盗や獣などにより荒れ放題となった自宅を止む無
く取り壊した者は,その隣人等にも多くいるため,令和元年5月
27日の時点で,その旧居住地周辺は広大な空き地に民家が点在
し,本件事故後の集約により使われなくなった町立富岡第二中学
校(前記・荒
涼とした風景が広がっている。居住制限区域内にあった墓地(夜
ノ森共同墓地)にあった一審原告H-18の夫等の墓は,平成2
8年に既に現居住地である群馬県高崎市に移しており,同一審原
告は,夜ノ森に生まれ育ち骨を埋めるつもりであった夜ノ森とい
う地から離れることを余儀なくされた人生に言いようのない無念
さを抱いている。(甲C315,当審における現地進行協議等によ
る弁論の全趣旨)
旧居住地((住所省略),居住制限区域)の旧自宅から歩いて数
分のところに大熊町の帰還困難区域との境界のバリケードがある
一審原告H-94は,避難指示解除後も近隣住民は殆ど帰ってお
らず,自らもまだ帰還していないものの(令和元年7月22日の
当審における本人尋問の時点),生まれ育った地にいつかは戻りた
いという気持ちを持ち続けており,自分が死んだら子供や孫たち
はお参りに来てくれないかもしれないという諦めと共に,それで
も旧自宅近くにある墓に入るつもりであるなどと,その心中の葛
藤を吐露する。(甲H94の1の3,一審原告H-94(当審))
イ旧居住制限区域旧居住者の受けた被害
旧居住制限区域を旧居住地とする一審原告らについて,各一審
原告の受けた被害はそれぞれの状況に応じて様々であるが,帰還
困難区域と同様,おおむね,次のような被害を被っていると認め
られる。
旧居住制限区域においては,上記アのとおり,住民の一時帰宅
などは可能であったが,宿泊は禁止され,同区域内への不要不急
の立入りは控え,用事が終わったら速やかに退出することが求め
られるなど,様々な制限があった。
前示のとおり,早い地域では平成27年9月5日に,遅い地域
でも平成29年4月1日に,大熊町を除く旧居住制限区域は設定
が解除されているものの,避難を余儀なくされた平成23年3月
以降,設定がされていた決して短いとはいえない期間に,既に生
活の本拠を別の地へ移し,もはやふるさとに戻ることは考えよう
がない者が多いことは,上記アに認定した各事実,取り分け,設
定解除後もなかなか帰還率が上がっていないことや,実際にそこ
に旧居住地を有していた一審原告H-2,同H-18,同H-9
4らの状況を勘案すれば,推認するに難くない。
このように,旧居住制限区域に生活の本拠を有していた一審原
告らは,現時点までに既に設定の全てが解除されているとしても,
生活の本拠において居住を継続する権利(居住及び移転の自由)
を大きく制約された。また,避難生活の継続によって正常な日常
生活の維持・継続が長期間にわたり著しく阻害され,本件事故以
降,今後の生活の見通しが立たない不安が増大する状況にあり,
避難指示区域が見直された後も,いつ自宅に戻れるか分からない
という不安な状態が継続したこと,空間線量率も安心して居住で
きるほど低くはないこと,生活費が増加していること,「ふるさと」
の少なくとも一部が破壊・毀損されたこと等については,帰還困
難区域と同等又はそれに準じるものである。
なお,原判決は,旧居住制限区域に係る「ふるさと喪失」損害
について,継続的賠償とは別途の確定的,不可逆的損害が発生し
ているとは認められないとしてこれを否定している(原判決29
1頁11行目から293頁9行目まで)。これは,原判決が,「ふ
るさと喪失」損害を,帰還が社会通念上不能となった時点におい
て,平穏生活権侵害による継続的損害の賠償を終了させ,確定的,
不可逆的な損害を定額に包括評価して賠償を終了させることが許
されると解した上で,そのような確定的,不可逆的な損害を「ふ
るさと喪失」損害と位置付けていることから来るものでもあると
解されるところ(原判決288頁7行目から289頁13行目ま
で),当裁判所は,「ふるさと喪失」損害をそのような確定的,不
可逆的な損害に限る必然性はなく,あくまでも,一審原告ら主張
に係る「ふるさと喪失」損害は,本件事故と相当因果関係のある
「生存と人格形成の基盤」の破壊・毀損であると捉えるべきであ
ると考えるものである(前記第5節第2の1及び2)。したがって,
より端的に,そのような意味における「ふるさと喪失」損害が旧
居住制限区域について発生しているかを判断すると,前記1で認
定した一審原告らの旧居住地ないし居住地の状況等や,上記アの
認定事実等に鑑みれば,旧居住制限区域の一審原告らにおいては,
既に全ての避難指示が解除されており,帰還困難区域等よりはそ
の程度が低いとはいえるものの,本件事故から9年を経ようとす
る今もなお様々な社会インフラ等の状況は本件事故前の状態とは
程遠く,帰還率も上がっていない状況であると認められ,一個人
の人生のスパンで見れば,「生存と人格形成の基盤」を相当程度破
壊・毀損されたというべきである(したがって,ここで生じてい
る「ふるさと喪失」損害は,帰還困難区域等の居住者と同一のも
のというわけではなく,「ふるさと変容」損害などの呼称がより適
切とも考えられないではないが,本件訴訟における一審原告らの
主張に鑑み,上記のような理解の下で「ふるさと喪失」損害とし
て取り扱うこととする。この点は後記の旧避難指示解除準備区域
についても同様である。)。
検討
ア評価(損害額)
は,生活の本拠であった旧居住地から強制的に転居させられ,長
期にわたる不自由な避難生活の継続を余儀なくされるとともに,
一時帰宅は可能であったとしても,空間線量率の高い地域に帰宅
することは精神的に容易ではないため,事実上旧居住地の状況把
握さえままならず放置せざるを得ない状況が,本件事故から短く
ても4年半余り,長いところでは6年余りの間継続した結果,解
除から約3年ないし4年半経った現在もなお旧居住地への帰還に
踏み切ることができなかったり,既に諦めたりしている者も少な
くない状況でいるのであるから,一審原告らが平穏生活権を侵害
されたことは明らかであり,賠償に値する精神的苦痛を被ったも
のと認められる。
以上を前提に,平穏生活権侵害に基づく慰謝料の額を算定する
と,その額は,①強制的に転居させられた点については帰還困難
区域と同額である150万円,②避難生活の継続を余儀なくされ
たことについてやはり帰還困難区域と同額である月額10万円,
③「ふるさと喪失」については,150万円と評価すべきである。
そして,上記②の避難生活の継続は,本件事故があった3月1
1日が属する月である平成23年3月を始期とし,終期は,旧居
住制限区域の多くが平成29年3月31日から4月1日になって
ようやく解除されていること,解除後少なくとも1年間は,住民
側が帰還するための準備や,当該地域における社会インフラの整
備等住民を受け入れる側の準備などが必要であるといえること,
中間指針第四次追補は「避難指示等の解除等から相当期間経過後」
の「相当期間」を,避難指示区域については1年間を当面の目安
としつつ,個別具体的な事情を踏まえ柔軟に判断するものとされ
イ),一審被告東電による自主賠償基
準においては居住制限区域について月額10万円を平成30年3
月31日まで
からすれば,平成30年3月とするのが相当である。したがって,
避難生活の継続が強いられていた期間は,平成23年3月から平
成30年3月までの85か月間であり,その点についての慰謝料
額は850万円と評価すべきである。
上記③の「ふるさと喪失」損害については,帰還困難区域等の
グループと同様,前記(第5
喪失」一審原告らに限らず,それ以外の一審原告らにおいても,
「平穏生活権侵害に基づく損害」に含まれるものとして「ふるさ
と喪失」損害を主張しているものと整理すべきであるところ,「ふ
るさと喪失」一審原告らについてみれば,一審原告H-2,23
6,237,H-82,200,254の旧居住地は浪江町の,一
審原告H-18,同H-346,一審原告H-94,433,4
34,一審原告H-442の旧居住地は富岡町の,それぞれ旧居
住制限区域である。また,「ふるさと喪失」一審原告以外の一審原
告らは,上記2町の他,南相馬市小高区及び飯舘村の各旧居住制
限区域を旧居住地とする。
旧居住制限区域では,
ンで見れば相当程度「生存と人格形成の基盤」を破壊・毀損され
たというべきであって,その損害は重大であるというべきところ,
前記1に認定した,一審原告らの旧居住地である浪江町,富岡町,
南相馬市小高区及び飯舘村の各状況,一審原告らが避難指示が解
除された今なお帰還することが困難な状況が続いていることなど
様々な被害(甲H2の1の4,5,甲H94の1の3,甲H44
2の1の3,一審原告H-2(当審),一審原告H-94(当審),
一審原告H-442(当審),当審における現地進行協議等による
弁論の全趣旨)等を考慮した上で,積極損害(避難費用など),消
極損害(営業損害など),生命・身体的損害(本件事故に起因する
疾病・自死による損害など),財物損害(不動産の損害など)は別
途賠償されること,「生存と人格形成の基盤」が破壊・毀損された
ことによって平成30年3月まで避難継続を余儀なくされたこと
についての慰謝料は上記②で評価されていること,他方で,避難
指示が解除されて最低でも1年間が経過した同年4月以降もなお
「生存と人格形成の基盤」の破壊・毀損が残存していることによ
る避難生活の継続又は帰還後の生活における諸々の不便・困難さ
についてはこの「ふるさと喪失」損害によって評価すべきである
こと,一審被告東電の義務違反の程度は著しいこと(前記第3節
第2の8),その他,一切の事情を総合的に考慮して,「ふるさと
喪失」一審原告らに限られず,このグループに属する全ての一審
原告らについて,「ふるさと喪失」損害として上記のとおり150
万円を認めるのが相当である。
イ一審原告らに対する具体的な損害額
全般
上記アによれば,旧居住地が旧居住制限区域である一審原告
らに対しては,精神的損害に係る賠償として合計1150万円
の支払がなされるべきであるところ,「中間指針等による賠償額」
である合計850万円(自主賠償基準)を超える300万円が
本訴において認容すべき額となる。旧居住地が旧居住制限区
域である提訴時一審原告は,別紙7理由一覧表の「避難指示区
分等」欄に「旧居住制限区域」と記載のある58人,そこから
取下一審原告を除いた一審原告は52人である。
一審原告(亡)H-0120について
一審原告(亡)H-0120は平成28年2月13日に死亡
している関係で,その請求額は325万0689円であるため
(別紙7理由一覧表の「減縮部分請求額」欄参照),実際の認容
額は同額となる
のとおり300万円が認容すべき額であるところ,後記第6の
弁護士費用を加算した額は330万円であり,一審原告(亡)
H-0120の請求額を超える。)。
5旧居住地が旧避難指示解除準備区域である一審原告ら(旧居住地が
大熊町,双葉町の旧避難指示解除準備区域である一審原告らを除く。
以下,本項において同じ。)について
認定事実
ア旧避難指示解除準備区域の概要
旧避難指示解除準備区域は,旧避難区域及び旧計画的避難区域
のうち,年間積算線量20mSv以下となることが確実であるこ
とが確認された地域である。電気,ガス,上下水道,主要交通網,
通信など日常生活に必須なインフラや医療・介護・郵便などの生
活関連サービスがおおむね復旧し,子供の生活環境を中心とする
除染作業が十分に進捗した段階で,県,市町村,住民との十分な
協議を踏まえ,避難指示を解除することが予定されていた。
旧避難指示解除準備区域においても,旧居住制限区域とほぼ同
様,住民の一時帰宅(ただし,宿泊は禁止されている。),主要道
路における通過交通,公共目的の立入りなどは可能であったが,
同区域内での宿泊,同区域外からの集客を主とする事業(宿泊業,
観光業など),同区域内での宿泊者の存在を前提に実施される事業
は原則として禁止されていた。製造業など居住者を対象としない
事業や営農・営林については,それぞれ個別の規制に従う必要は
あるものの,旧避難指示解除準備区域であることによる制限はさ
れていなかった点等が旧居住制限区域とは異なる。(丙C34)
前示(前記第1の6及び7)のとおり,田村市の一部(平成2
4年4月1日再編),川内村の一部(同日再編),南相馬市の一部
(同月16日再編),飯舘村の一部(同年7月17日再編),楢葉
町の一部(同年8月10日再編),大熊町の一部(同年12月10
日再編),葛尾村の一部(平成25年3月22日再編),富岡町の
一部(同年3月25日再編),浪江町の一部(同年4月1日再編),
双葉町の一部(同年5月28日再編),川俣町の一部(同年8月8
日再編)に設定されていたが,早いところでは平成26年4月1
日に田村市都路地区の避難指示解除準備区域が解除され,遅くと
も平成29年3月31日から4月1日にかけて,飯舘村,浪江町,
川俣町,富岡町の避難指示解除準備区域がそれぞれ解除されたた
め(なお,大熊町の避難指示解除準備区域は平成31年4月10
日に解除になっている。双葉町の避難指示解除準備区域は,令和
2年3月4日に解除予定である。),当審口頭弁論終結時(令和2
年2月20日)までに,避難指示解除準備区域は,双葉町を除き
全て解除となっている。
イ旧避難指示解除準備区域旧居住者の受けた被害
旧避難指示解除準備区域を旧居住地とする一審原告らについて,
各一審原告の受けた被害はそれぞれの状況に応じて様々であるが,
旧居住制限区域と同様,おおむね次のような被害を被っていると
認められる。
旧避難指示解除準備区域においては,上記アのとおり,住民の
一時帰宅などは可能であったが,区域内での宿泊や,区域外から
の集客を主とする事業,区域内での宿泊者の存在を前提に実施さ
れる事業等が禁止されるなど,様々な制限があった。
前示のとおり,早い地域では平成26年4月1日に,遅い地域
でも平成29年4月1日に,大熊町及び双葉町を除く旧避難指示
解除準備区域は設定が解除されているものの,避難を余儀なくさ
れた平成23年3月以降,設定がされていた決して短いとはいえ
ない期間に,既に生活の本拠を別の地へ移し,もはやふるさとに
戻ることは考えようがない者が多いことは,上記1に認定した各
事実,取り分け,最初に設定が解除された田村市の都路地区(福
島第一原発から20km圏内)でも,その帰還率は,平成30年
10月31日時点で79.9%と8割弱にとどまっているなど,
設定解除後もなかなか帰還率が上がっていないことや,実際にそ
こに旧居住地を有していた一審原告らも帰還することに不安や困
難を感じて帰還しない者も多く,また,帰還した者においてもと
ても本件事故前の状況に戻ったというにはほど遠い現状を痛感す
る生活を送っている(甲H25の1の2,甲H90の1の3,甲
H95の1の3,甲H95の2~4,16,24,25,甲H30
3の1の3,甲H395の1の2,3,一審原告H-25(当審),
一審原告H-90(当審),一審原告H-95(当審),一審原告
H-303(当審),一審原告H-395(当審))。
このように,旧居住制限区域に生活の本拠を有していた一審原
告らは,現時点までに既に設定の全て(双葉町を除く。)が解除さ
れているとしても,生活の本拠において居住を継続する権利(居
住及び移転の自由)を大きく制約された。また,避難生活の継続
によって正常な日常生活の維持・継続が長期間にわたり著しく阻
害され,本件事故以降,今後の生活の見通しが立たない不安が増
大する状況にあり,避難指示区域が見直された後も,いつ自宅に
戻れるか分からないという不安な状態が継続したこと,生活費が
増加していること,「ふるさと」の少なくとも一部が破壊・毀損さ
れたこと等については,旧居住制限区域に準じるものである。
なお,原判決は,旧避難指示解除準備区域に係る「ふるさと喪
失」損害について,継続的賠償とは別途の確定的,不可逆的損害
が発生しているとは認められないとしてこれを否定している(原
判決291頁11行目から293頁9行目まで)が,旧居住制限
あくまでも,一審原
告ら主張に係る「ふるさと喪失」損害は,本件事故と相当因果関
係のある「生存と人格形成の基盤」の破壊・毀損であるところ,
前記1で認定した一審原告らの旧居住地ないし居住地の状況等に
鑑みれば,旧避難指示解除準備区域の一審原告らにおいては,既
に全ての避難指示が解除されており(双葉町を除く。),帰還困難
区域等よりはその程度が低いとはいえるものの,本件事故から9
年を経ようとする今もなお様々な社会インフラ等は本件事故前の
状態までには復帰しておらず,帰還率も上がっていない状況であ
ることなどに鑑みて,「生存と人格形成の基盤」を一個人の人生の
スパンで見れば相当程度破壊・毀損されたというべきである。
検討
ア評価(損害額)
審原告らは,生活の本拠であった旧居住地から強制的に転居させ
られ,長期にわたる不自由な避難生活の継続を余儀なくされると
ともに,一時帰宅は可能であったとしても,空間線量率の高い地
域に帰宅することは精神的に容易ではないため,事実上旧居住地
の状況把握さえままならず放置せざるを得ない状況が,本件事故
から短くても3年余り,長いところでは6年余りの間継続した結
果,解除から約3年ないし6年経った現在もなお旧居住地への帰
還に踏み切ることができなかったり,既に諦めたりしている者も
少なくない状況でいるのであるから,一審原告らが平穏生活権を
侵害されたことは明らかであり,賠償に値する精神的苦痛を被っ
たものと認められる。
以上を前提に,平穏生活権侵害に基づく慰謝料の額を算定する
と,その額は,①強制的に転居させられた点については帰還困難
区域と同額である150万円,②避難生活の継続を余儀なくされ
たことについてやはり帰還困難区域と同額である月額10万円,
③「ふるさと喪失」については,100万円と評価すべきである。
そして,上記②の避難生活の継続は,本件事故があった3月1
1日が属する月である平成23年3月を始期とし,終期は,旧避
難指示解除準備区域の半分近くが平成29年3月31日から4月
1日になってようやく解除されていること,解除後少なくとも1
年間は,住民側が帰還するための準備や,当該地域における社会
インフラの整備等住民を受け入れる側の準備などが必要であると
いえること,全中間指針においても自主賠償基準においても,精
神的損害に対する賠償額の算定において,避難指示解除準備区域
を居住制限区域と全く同様の扱いとしていることなどからすれば,
平成30年3月とするのが相当である。したがって,避難生活の
継続が強いられていた期間は,平成23年3月から平成30年3
月までの85か月間であり,その点についての慰謝料額は850
万円と評価すべきである。
上記③の「ふるさと喪失」損害については,帰還困難区域等の
グループと同様,前記(第5
喪失」一審原告らに限らず,それ以外の一審原告らにおいても,
「平穏生活権侵害に基づく損害」に含まれるものとして「ふるさ
と喪失」損害を主張しているものと整理すべきであるところ,「ふ
るさと喪失」一審原告らについてみれば,「ふるさと喪失」損害を
請求している一審原告らのうち,一審原告H-90,一審原告H
-202,一審原告H-220及び同H-393の旧居住地は浪
江町の,一審原告H-95及び同人が承継した被承継人である亡
H-376,一審原告H-149,一審原告H-336の旧居住
地は楢葉町の,一審原告H-100が承継した被承継人である亡
H-101の旧居住地,一審原告H-302,同H-303,同
H-304及び同H-305の旧居住地は南相馬市小高区の,一
審原告H-395の旧居住地は葛尾村の,それぞれ旧避難指示解
除準備区域である。また,他の一審原告らは,上記4市町村のほ
か,南相馬市原町区及び田村市都路町の各旧避難指示解除準備区
域を旧居住地とする。
旧避難指示解除準備区域
生のスパンで見れば相当程度「生存と人格形成の基盤」を破壊・
毀損されたというべきであって,その損害は重大であるというべ
きところ,前記1に認定した,一審原告らの旧居住地である浪江
町,楢葉町,南相馬市小高区及び原町区,田村市都路町並びに葛
尾村の各状況,一審原告らが避難指示が解除された今なお帰還す
に掲記の各証拠,当審における現地進行協議等による弁論の全趣
旨)等を考慮した上で,積極損害(避難費用など),消極損害(営
業損害など),生命・身体的損害(本件事故に起因する疾病・自死
による損害など),財物損害(不動産の損害など)は別途賠償され
ること,「生存と人格形成の基盤」が破壊・毀損されたことによっ
て平成30年3月まで避難継続を余儀なくされたことについての
慰謝料は上記②で評価されていること,他方で,避難指示が解除
されて最低でも1年間が経過した同年4月以降もなお「生存と人
格形成の基盤」の破壊・毀損が残存していることによる避難生活
の継続又は帰還後の生活における諸々の不便・困難さについては
この「ふるさと喪失」損害によって評価すべきであること,一審
被告東電の義務違反の程度は著しいこと(前記第3節第2の8),
その他,一切の事情を総合的に考慮して,「ふるさと喪失」一審原
告らに限られず,このグループに属する全ての一審原告らについ
て,「ふるさと喪失」損害として上記のとおり100万円を認める
のが相当である。
イ一審原告らに対する具体的な損害額
上記アによれば,旧居住地が旧避難指示解除準備区域である一
審原告らに対しては,精神的損害に係る賠償として合計1100
万円の支払がなされるべきであるところ,「中間指針等による賠償
額」である合計850万円(自主賠償基準)を超える250万円
が本訴において認容すべき額となる。
旧居住地が旧避難指示解除準備区域である提訴時一審原告は別
紙7理由一覧表の「避難指示区分等」欄に「旧避難指示解除準備
区域」と記載のある117人,そこから取下一審原告を除いた一
審原告は103人である。
6旧居住地が旧緊急時避難準備区域である一審原告らについて
認定事実
ア旧緊急時避難準備区域の概要
旧緊急時避難準備区域は,本件事故以降,福島第一原発から2
0~30km圏内に設定されていた屋内退避区域の解除に伴い,
同区域から避難区域及び計画的避難区域を除いた区域を主として,
4月22日以降,常に緊急時に避難のための立退き又は屋内退避
が可能な準備を行うこと,自主的避難をし,特に子供,妊婦,要
介護者,入院患者等は同区域内に入らないようにすることが引き
続き求められていた区域であり,広野町,楢葉町,川内村,田村
市の一部及び南相馬市の一部に設定されていた。同区域において
は,保育所,幼稚園,小中学校及び高等学校は休所,休園又は休
校とすること,勤務等のやむを得ない用務等を果たすために同区
域内に入ることは妨げられないが,その場合も常に緊急的に屋内
への退避や自力での避難ができるようにしておくこととされてい
た。緊急時避難準備区域は,9月30日に一括して解除された。
(前記第1の2)
イ旧緊急時避難準備区域旧居住者の受けた被害
旧緊急時避難準備区域においては,上記アのとおり,避難が強
制されるようなものではなかったものの,自主的避難が求められ,
特に子供,妊婦,要介護者,入院患者等は同区域内に入らないよ
うにすることが求められており,保育所,幼稚園,小中学校及び
高等学校は休所,休園又は休校とされるなどしていた区域である
こと,同区域は9月30日に一括して解除されたものの,その大
半は福島第一原発から20~30km圏内のエリアであり,20
km圏内に設定された当時の警戒区域(避難指示再編後でいえば
旧避難指示解除準備区域(上記5のグループ))と接していたり,
あるいは20km圏外でさらに30km圏外へも広がりを見せる
当時の計画的避難区域(避難指示再編後でいえば旧居住制限区域
(上記4のグループ)又は旧避難指示解除準備区域)と接してい
たりする位置関係にあったこと(丙C27,28),原子力発電所
の水素爆発,炉心溶融という今まで誰も経験したことがないよう
な本件事故が起きて半年以内という期間であったことなどに鑑み
れば,実質的には,同区域内の旧居住者は,同区域からの避難を
余儀なくされ,同区域が設定されていた広野町,楢葉町,川内村,
田村市の一部及び南相馬市の一部に係る,以下のような本件事故
後の状況に鑑みれば,少なくとも
での間,避難の継続を余儀なくされたというべきである。
広野町の状況
広野町は,政府による避難指示等(3月12日福島第二原発
10km圏内である町北端の一部に避難区域,3月15日町全
域に屋内退避区域,4月22日町全域に緊急時避難準備区域)
とは別に,3月12日,町全域の住民に対し自主的な避難を要
請し,同月13日には独自の避難指示を出し,町役場を,同月
15日には小野町に,4月15日にはいわき市に移転していた
ところ,平成24年3月1日には町役場を元の場所で再開し,
同月31日には独自の避難指示も解除し,広野町の公共サービ
ス,生活関連サービスは,同年9月までにはおおむね復旧して
いたと認められる。もっとも,同時点における町内居住者の数
は447人にとどまっていたこと(甲C316の1の2)から
すれば,この頃までに町が本件事故前の状況に戻っていたとは
いい難い状態であった。
広野町は全域が旧緊急時避難準備区域であったところ,町役
場を含む町内18箇所の平成25年4月1日の空間線量率は,
0.11~0.22μSv/h(0.37~0.95mSv/y
相当)であり,いずれも追加被曝線量1mSv/y相当値を下
回っている。
平成24年12月28日第6次モニタリングから平成25年
11月19日第8次モニタリングまでの結果から計算した同期
間の広野町内の空間線量率は0.05~1.80μSv/h(0.
05~9.26mSv/y相当),平均0.51~0.58μS
v/h(2.47~2.84mSv/y相当)であったが,これ
は,非生活圏である山林なども含めての数値である。
広野町の人口は,本件事故時点では5490人(1989世
帯)であり,本件事故直後は200人台に落ち込んだものの,
その後徐々に回復し,町内居住者は,平成25年6月に100
0人を,平成27年4月に2000人を,平成29年3月に3
000人を突破したが,令和元年5月31日時点の町民居住人
口は4197人と,本件事故時点の約4分の3にとどまってい
る(甲C316の1,2)。
川内村の状況(本訴において旧居住地が川内村である一審原
告はいない。)
川内村大字下川内字貝ノ坂,字萩の区域は旧居住制限区域(前
記4)であり,平成26年10月1日に旧避難指示解除準備区
域(前記5)に再編され,平成28年6月14日に避難指示が
解除された。川内村大字下川内(以下「下川内」ともいう。)の
一部(20km圏内)及び同上川内(以下「上川内」という。)
のごく一部は旧避難指示解除準備区域(前記5)であり(丙C
30の1),平成26年10月1日に避難指示が解除された。下
川内には特定避難勧奨地点があり,平成24年12月14日に
解除された(後記7)。そして,川内村のその余の地域が,9月
30日まで,旧緊急時避難準備区域であった。
また,川内村は,以上の政府による避難指示等とは別に,3
月16日には村全域に独自の避難指示を出し,郡山市に役場機
能を移転していたところ,平成24年3月26日までにはこの
独自の避難指示も解除して川内村役場を再開し,川内村の公共
サービス,生活関連サービスは,平成24年9月までにはおお
むね復旧していたと認められる。もっとも,後記の,より後の
時点における帰還率や避難率に鑑みれば,同月時点における帰
還率は低迷していたものと優に推認される。
福島第一原発から20km圏内であるいわなの郷,保健福祉
医療複合施設ゆふね,下川内坂シ内付近,村営バス停留所(貝
ノ坂地区),五枚沢集会所,毛戸集会所,割山トンネルの電波時
計脇を除いた,川内村役場を含む川内村内8箇所の平成25年
4月1日の空間線量率は,0.09~0.52μSv/h(0.
26~2.53mSv/y相当)であり,川内村大字下川内字
小田代付近と下川内地区農業集落排水処理施設で5mSv/y
相当値を,それ以外の6箇所ではいずれも1mSv/y相当値
を,それぞれ下回っている。
川内村の帰還率は,平成26年12月1日時点においても全
体で57.45%にとどまっており,その殆ど全域が旧避難指
示解除準備区域に設定されずに旧緊急時避難準備区域であった
上川内に限っても同日時点で避難率は約31~42%と高かっ
たところ,その後徐々に改善されたものの,平成29年1月1
日時点においても,全体の帰還率は68.62%にとどまり,
上川内に限っても避難率は約21~35%と依然高い状況であ
った(甲C281の4,弁論の全趣旨)。
田村市の状況
田村市のうち,福島第一原発から20km圏内である都路町
古道の一部は避難指示解除準備区域(前記5)に設定されてお
り,おおむね30km圏内である都路町,船引町横道,常葉町
堀田及び常葉町山根(20km圏内の上記旧避難指示解除準備
区域を除く。)が,9月30日まで,旧緊急時避難準備区域に設
定されていた(丙C8,27)。なお,その余の区域は,政府に
よる避難指示等はなく,中間指針第一次追補で自主的避難等対
象区域(後記9)とされた。
田村市の福島第一原発から20~30km圏内の,田村市都
路行政局を含む8箇所の平成25年4月1日の空間線量率は0.
09~0.48μSv/h(0.26~2.32mSv/y相
当)であり,いずれも5mSv/y相当値を下回っている。
平成24年12月28日第6次モニタリングから平成25年
11月19日第8次モニタリングまでの結果から計算した同期
間の田村市内の空間線量率は0.06~1.70μSv/h(0.
11~8.74mSv/y相当),平均0.38~0.44μS
v/h(1.79~2.11mSv/y相当)であったが,これ
は20km圏内の旧避難指示解除準備区域及び30km圏外の
自主的避難等対象区域を含んだ数値である。
田村市の公共サービス,生活関連サービスは,平成24年9
月までにはおおむね復旧していたと認められる。もっとも,以
下のとおり,帰還率は順調には上がらなかった。
田村市のうち,旧緊急時避難準備区域における帰還率は,平
成30年10月31日時点においてこそ約92.2%まで回復
したものの,平成26年3月31日時点では約55.6%,平
成27年3月31日時点では約64.8%,平成28年3月3
1日時点では約73.2%と低迷が続き,90%を初めて超え
たのは平成29年3月31日の調査であった(甲C273)。
南相馬市の状況
南相馬市のうち,小高区の一部は帰還困難区域(前記3),小
高区,原町区の一部は旧居住制限区域(前記4),小高区,原町
区の一部は旧避難指示解除準備区域(前記5)であった。南相
馬市のうち,福島第一原発から20~30km圏内である鹿島
区の一部と原町区の大半が,9月30日まで旧緊急時避難準備
区域に設定された。その余の原町区の一部と鹿島区の大半は,
中間指針において一時避難要請区域(後記8)とされた区域で
ある。なお,鹿島区橲原,原町区大谷,大原,高倉,押釜,片
倉,馬場の一部は特定避難勧奨地点(後記7)に設定されてい
た。
南相馬市の旧緊急時避難準備区域の,非生活圏である高倉ダ
ム(高倉ダム管理事務所),高の倉ダム助常観測所,鉄山ダム,
南相馬市横山ダムを除いた,南相馬市役所(福島第一原発から
約26km)を含む7箇所の平成25年4月1日の空間線量率
は,0.12~0.91μSv/h(0.42~4.58mSv
/y相当)であり,いずれも5mSv/y相当値を下回ってい
る。南相馬市の旧緊急時避難準備区域を旧居住地とする一審原
告らは相当数いる(うち1人が南相馬市鹿島区であり,その余
は全員南相馬市原町区)。平成24年12月28日第6次モニタ
リングから平成25年11月19日第8次モニタリングまでの
結果から計算した同期間の南相馬市の空間線量率は0.05~
17.00μSv/h(0.05~89.26mSv/y相当),
平均1.51~1.70μSv/h(7.74~8.74mSv
/y相当)であるが,これは,小高区の帰還困難区域等及び鹿
島区の旧一時避難要請区域を含んだ数値である。
避難指示区域を除いた南相馬市原町区の公共サービス,生活
関連サービスは,本件事故直後からおおむね復旧していたもの
と推認される。もっとも,南相馬市原町区は,西側に,福島第
一原発から20km圏外まで突き出るように設定された旧帰還
困難区域,旧居住制限区域及び旧避難指示解除準備区域と隣接
ないし近接しているような位置関係であり(丙C28,159),
以下のとおり,避難指示区域を除く部分だけをみても,本件事
故をきっかけに減少した人口はなかなか戻らなかった。
南相馬市原町区の旧帰還困難区域,旧居住制限区域,旧避難
指示解除準備区域に設定された区域を除く本件事故当時の住民
登録人口は4万5677人(1万6401世帯)であったが,
平成28年7月31日時点では4万1748人(1万6714
世帯),平成30年10月31日時点では4万1349人にとど
まっている(もっとも,同日時点の世帯数は1万7062世帯
と本件事故当時を上回っているが,これは,仮設住宅等へ入居
した他の地域からの避難者も相当数いることや,本件事故前と
比べて,一人世帯等,より少人数の世帯に取って代わられてい
ることを示している。なお,世帯員が異なる場所に避難をして
いるケースもあるため,住民登録世帯数と実際の居住世帯数は
異なることが前提の数字である。甲C274)。
楢葉町の状況(本訴において旧居住地が楢葉町の旧緊急時避
難準備区域である一審原告はいない。)
楢葉町のうち,福島第一原発から20km圏内(町の大半)
は平成24年8月10日に旧避難指示解除準備区域(前記5)
に設定され,平成27年9月5日に解除された。そして,楢葉
町のその余の地域(一部)が,9月30日まで,旧緊急時避難
準備区域であった。(丙C27~29,32,157,159,
230,603)
楢葉町の復興は,おおむね以下のような経緯をたどった。平
成27年9月5日に楢葉町の役場(本庁舎)が再開し,平成2
8年2月,県立ふたば医療センター附属ふたば復興診療所が開
設,同年3月24日には大手民間企業の子会社が工場を竣工,
同年4月には国立研究機関が外部利用を開始するなどした。平
成25年以降試験作付けが実施されていた稲作は,平成28年
3月に米の出荷制限が解除され,同年,6年ぶりに稲作が本格
的に再開された。また,平成29年4月,あおぞらこども園や,
楢葉小学校・中学校が小中連携型として再開した。さらに,復
興のための災害公営住宅140戸と商業交流ゾーン,医療福祉
ゾーンからなるコンパクトタウン「笑ふるタウンならは」が設
置され,平成29年から平成30年頃にかけて分譲が実施され,
同年6月26日には同タウン内にスーパー,ホームセンター,
飲食店,理容店,コインランドリー等を備える商業施設が開設
した。そして,平成31年4月20日には,本件事故以降,廃
炉作業などの拠点として使用され一時休止していた日本サッカ
ー界初のナショナルトレーニングセンターである「Jヴィレッ
ジ」(楢葉町・広野町にまたがる施設)が全面再開するなどした。
(丙C217,218,234,322,521~523,52
5,526)
楢葉町の帰還率は,平成28年8月4日時点で8.1%(6
41人361世帯),同年10月31日時点で9.75%(71
8人396世帯),同年11月30日時点で10.01%(73
7人405世帯),平成29年1月4日時点で10.42%(7
67人419世帯)と漸増し,平成30年10月31日時点で
町内居住率約50.9%まで回復しているものの,
全体的に低迷している。(丙C157,178,231,233)
以上によれば,福島第一原発から20km圏外の旧緊急時避
難準備区域にある女平地区集会所の空間線量率が,平成25年
4月1日時点で0.25μSv/h(1.11mSv/y相当)
と5mSv/y相当値を下回っており,平成26年4月1日時
点で0.15μSv/h(0.58mSv/y相当)と1mS
v/y相当値を下回っていた(丙C71の4,5)ことを考慮
しても,福島第一原発から20km圏内の地域が大半を占める
楢葉町の旧緊急時避難準備区域(20km圏外)について,公
共サービス,生活関連サービス共に平成24年9月までに復旧
していたとはいい難い状況であったというべきである。
検討
ア評価(損害額)
旧緊急時避難準備区域を旧居住地とする一審
原告らは,生活の本拠であった旧居住地から実質的に避難を余儀
なくされ避難の継続を余儀なくされたのであるから,一審原告ら
が平穏生活権を侵害されたことは明らかであり,賠償に値する精
神的苦痛を被ったものと認められる(なお,仮に実際には避難し
なかったとしても,実質的に避難を余儀なくされるような状況下
に置かれたことに変わりはないから,避難した者と同額の損害を
負ったというべきである。また,設定が解除される前に死亡した
者についても,前示のとおり,本件は本件事故という一回的行為
により全ての損害がその時点で発生している事案とみるべきであ
るから(前記第2章第2節第3。),損害額は他の者と同額と評価
すべきである。)。
以上を前提に,平穏生活権侵害に基づく慰謝料の額を算定する
と,その額は,①実質的に強制的に転居させられた点については
100万円,②避難生活の継続を余儀なくされたことについては
帰還困難区域と同額である月額10万円(避難の有無を問わない。)
と評価すべきである。なお,旧居住地が帰還困難区域等,旧居住
制限区域又は旧避難指示解除準備区域以外の一審原告らは,「ふる
さと喪失」損害を主張していない。
そして,上記②の避難生活の継続は,本件事故があった3月1
1日が属する月である平成23年3月を始期とし,終期は,旧緊
急時避難準備区域の設定解除(9月30日)から少なくとも1年
間は住民側が帰還するための準備などに必要な期間であるという
べきであり,中間指針第二次追補(前記エ)において
も自主賠償基準(前記第2の5)においても終期を平成24年
8月末としていること,その中間指針第二次追補では,終期の「避
難指示等の解除から相当期間経過後」について,この区域におけ
るインフラ復旧が平成24年3月末までにおおむね完了する見通
しであること,同年度2学期が始まる同年9月までには関係市町
村において学校通学できる環境が整う予定であること,一方で避
難者が従前の住居に戻る準備には一定期間が必要であることなど
を考慮して,同年8月末までを目安とするが,楢葉町の旧緊急時
避難準備区域については,同町の区域のほとんどが避難指示区域
であることを踏まえ,その避難指示区域の設定解除後相当期間(今
後の状況を踏まえて判断)が経過した時点までとする,と具体的
に考慮要素が挙げられていたことなどからすれば,平成24年8
月とするのが相当である。したがって,避難生活の継続が強いら
れていた期間は,平成23年3月から平成24年8月までの18
か月間であり,その点についての慰謝料額は180万円と評価す
べきである(実際の避難期間を問わない。)。
なお,旧緊急時避難準備区域については,前示のとおり,特に
子供,妊婦,要介護者,入院患者等は同区域内に入らないように
することが引き続き求められていた区域であることなどから,一
審被告東電の自主賠償基準においては,平成24年9月1日時点
で高校生以下であった者には特別に同月から平成25年3月31
日まで月額5万円の7か月分35万円を追加賠償することとされ
ているところ,上記①ないし③の損害は,子供や妊婦等の属性に
関係なく認められる損害であるというべきであるから,当裁判所
は,本グループについては,これらの者の属性によって損害額に
差を設けるべきではないと考える。
イ一審原告らに対する具体的な損害額
全般
上記アによれば,旧居住地が旧緊急時避難準備区域である一
審原告らに対しては,精神的損害に係る賠償として合計280
万円の支払がなされるべきであるところ,「中間指針等による賠
償額」である,平成24年9月1日時点で高校生以下であった
者については215万円(自主賠償基準)を超える65万円が,
それ以外の者については180万円(自主賠償基準)を超える
100万円が,それぞれ本訴において認容すべき額となる。
旧居住地が旧緊急時避難準備区域である提訴時一審原告は,
別紙7理由一覧表の「避難指示区分等」欄に「旧緊急時避難準
備区域」と記載のある214人H-201
を含む。),そこから取下一審原告を除いた一審原告は202人
(なお,うち6人は,訴えを取り下げたものの一審被告らによ
る同意が得られなかった一審原告らである(後記第8節の1参
照)。)である。
一審原告H-201について
一審原告H-201については,
おり,旧居住地は旧緊急時避難準備区域と認めるべきであると
ころ,仮に,一審被告東電から帰還困難区域における自主賠償
基準に基づく賠償を既に受領している場合は過払状態となるが,
ここでは,あくまでも,賠償は未受領であることを前提として,
当グループに係る自主賠償基準を超える額を認容することとす
る。
7旧居住地が旧特定避難勧奨地点である一審原告らについて
認定事実
ア旧特定避難勧奨地点の概要
旧特定避難勧奨地点は,警戒区域及び計画的避難区域の外であ
って,計画的避難区域とするほどの地域的な広がりはみられない
ものの,本件事故発生後1年間の積算線量が20mSvを超える
と推定される特定の地点である。政府として一律に避難を指示し
たり,産業活動を規制したりするような状況ではないものの,生
活形態によっては年間20mSvを超える可能性も否定できない
ため,同地点内の住民に対し,住居単位で,注意喚起,自主的な
避難の支援・促進を行うこととされ,6月30日ないし11月2
5日の間に,伊達市霊山町,月舘町,保原町の117地点128
世帯が,7月21日ないし11月25日の間に,南相馬市鹿島区
橲原,原町区大谷,大原,高倉,押釜,片倉,馬場の142地点1
53世帯が,9月30日までに川内村下川内の1地点1世帯が設
定されていた。伊達市及び川内村の特定避難勧奨地点は平成24
年12月14日に,南相馬市の特定避難勧奨地点は平成26年1
2月28日に,それぞれ解除された。(前記第1の4)
イ旧特定避難勧奨地点旧居住者の受けた被害
旧特定避難勧奨地点においては,上記アのとおり,避難が強制
されたわけではなかったものの,本件事故発生後1年間の積算線
量が20mSvを超えると推定されるとして住居単位で設定され
たものである以上,当該住居に居住する世帯としては,余程の事
情等がない限り避難をすることを選択せざるを得なかったものと
推認され,実質的には,同地点からの避難を余儀なくされ,少な
くとも後記の終期とすべき時点までの間,避難の継続を余儀
なくされたというべきである。
検討
ア評価(損害額)
旧特定避難勧奨地点として設定された各住居
を旧居住地とする一審原告らは,生活の本拠であった旧居住地か
ら実質的に避難を余儀なくされ,避難の継続を余儀なくされたの
であるから,一審原告らが平穏生活権を侵害されたことは明らか
であり,賠償に値する精神的苦痛を被ったものと認められる(な
お,仮に実際には避難しなかったとしても,実質的に避難を余儀
なくされるような状況下に置かれたことに変わりはないから,避
難した者と同額の損害を負ったと解すべきである。また,解除前
に死亡した者についても,本件は本件事故という一回的行為によ
り全ての損害がその時点で発生している事案とみるべきであるか
ら(),損害額は他の者と同額と評価すべきである。)。
以上を前提に,平穏生活権侵害に基づく慰謝料の額を算定する
と,その額は,①実質的に強制的に転居させられた点については
50万円,②避難生活の継続を余儀なくされたことについては帰
還困難区域等と同額である月額10万円と評価すべきである(避
難の有無を問わない。)。なお,旧居住地が帰還困難区域等,旧居
住制限区域又は旧避難指示解除準備区域以外の一審原告らは,「ふ
るさと喪失」損害を主張していない。
そして,上記②の避難生活の継続は,特定避難勧奨地点が設定
されたのは上記のとおり6月30日ないし11月25日の間であ
ったものの,これは,政府方針が決まり放射線量のモニタリング
結果が出た時期によるものであって,あくまでも地点設定の根拠
となるべき状況は本件事故直後から存在していたものと推認でき
るから,3月11日が属する月である平成23年3月を始期とし,
終期は,特定避難勧奨地点の設定解除から少なくとも3か月間は
住民側が帰還するための準備などに必要な期間であるというべき
であり,中間指針第二次追補(前記においても自
主賠償基準(前記及びにおいても,終期を特定避
難勧奨地点の各解除から3か月間としていることなどから,川内
村及び伊達市については平成25年3月,南相馬市については平
成27年3月とするのが相当である。したがって,避難生活の継
続が強いられていた期間は,川内村及び伊達市については平成2
3年3月から平成25年3月までの25か月間,南相馬市につい
ては平成23年3月から平成27年3月までの49か月間であり,
その点についての慰謝料額はそれぞれ250万円,490万円と
評価すべきである(実際の避難期間を問わない。)。
イ一審原告らに対する具体的な損害額
全般
上記アによれば,旧居住地が旧特定避難勧奨地点である一審
原告らに対しては,精神的損害に係る賠償として,川内村及び
伊達市については合計300万円,南相馬市については合計5
40万円の支払がなされるべきであるところ,旧居住地が川内
村又は伊達市の旧特定避難勧奨地点であった一審原告はおらず,
旧居住地が南相馬市の旧特定避難勧奨地点であった一審原告は,
別紙7理由一覧表の「避難指示区分等」欄に「旧特定避難勧奨
地点」と記載のある9人であり,同人らに対しては,「中間指針
等による賠償額」である合計490万円(自主賠償基準)を超
える50万円が本訴において認容すべき額となる。
一審原告(亡)T-1529について
旧居住地が南相馬市原町区片倉の特定避難勧奨地点であった
一審原告(亡)T-1529は,特定避難勧奨地点設定中の平
成25年11月12日に死亡しているものの,上記アのとおり,
その損害額は他の者と同額であるとみるべきである。
旧緊急時避難準備区域と重なる一審原告らについて
本グループに属する一審原告らの中には,同時に,旧居住地
が旧緊急時避難準備区域(前記6)である者も存在する。
一審原告H-362,一審原告H-363,一審原告H-3
64,一審原告H-365,一審原告兼亡T-1529承継人
T-1528,亡T-1529承継人T-1529-1及び一
審原告兼亡T-1529承継人T-1530は,いずれもその
旧居住地又は被承継人の旧居住地が南相馬市原町区片倉であり,
旧緊急時避難準備区域に属する。
これらの者については,請求原因を選択的に主張しているも
のと解すべきであるから,慰謝料額の大きい方のグループに属
するものとして請求認容すべきであるところ,以上に判示する
ところによれば,本グループの南相馬市の旧特定避難勧奨地点
に属する者に対する慰謝料額の方が大きいため,これらの一審
原告らについては,本グループに属するものとして請求を認容
することとする(なお,最終的な認容額は旧緊急時避難準備区
域のグループよりも少なくなるが,それは本グループの方が「中
間指針等による賠償額」が大きいことによるものである。)。
8旧居住地が旧一時避難要請区域である一審原告らについて
認定事実
ア旧一時避難要請区域の概況
南相馬市は,平成23年3月16日,市民の生活の安全確保等
を理由として,その独自の判断に基づいて,南相馬市の住民に対
して一時避難を要請し,4月22日,一時避難要請区域から避難
していた住民に対して,自宅での生活が可能な者の帰宅を許容す
る旨の見解を示した(前記第1の3)。
中間指針は,南相馬市全域から,避難指示区域及び緊急時避難
準備区域を除いた区域を一時避難要請区域として分類していると
ころ,南相馬市のうち,その過半である福島
第一原発から30km圏内は帰還困難区域,旧居住制限区域,旧
避難指示解除準備区域又は旧緊急時避難準備区域であるため,旧
一時避難要請区域は,30km圏外であるその余の区域(鹿島区
の大半,原町区の一部)である。なお,30km圏外のうち鹿島
区橲原地区及び原町区大原地区の一部の住居は旧特定避難勧奨地
点となっている。
南相馬市が測定した,鹿島区役所を含む鹿島区内17箇所の9
月29日から9月30日までの空間線量率(地上1m)は0.0
8~2.89μSv/h(0.21~15.00mSv/y相当),
鹿島区役所を含む鹿島区内13箇所の平成24年3月17日から
5月23日までの空間線量率(地上1m)は,0.18~2.53
μSv/h(0.74~13.11mSv/y相当)であった。ま
た,旧一時避難要請区域内にある,南相馬市役所鹿島区役所(福
島第一原発から約32km)及び鹿島公民館橲原分館(同約32
km)の6月30日から9月30日までの空間線量率は0.27
~1.91μSv/h(1.21~9.84mSv/y相当),1
0月31日から12月31日までの空間線量率は,0.28~1.
8μSv/h(1.26~9.3mSv/y相当),平成24年1
月31日から4月12日までの空間線量率は,0.28~1.7
μSv/h(1.26~8.7mSv/y相当),平成25年4月
1日の空間線量率は,0.25~0.37μSv/h(1.11~
1.74mSv/y相当)であった(丙C91)。
南相馬市鹿島区の公共サービス,生活関連サービスは,本件事
故直後からおおむね復旧していたものと認められる。
イ旧一時避難要請区域旧居住者の受けた被害
旧一時避難要請区域においては,政府による避難指示等の対象
にはされず,南相馬市によっても避難が強制されたわけではなか
ったものの,上記アのとおり,南相馬市は,その過半が福島第一
原発から30km圏内であり,いまだに帰還困難区域に設定され
ている区域もあるような立地にあって,本件事故のような未曽有
の原発事故への対応として市が全住民に対して一時避難を要請し
たものである以上,市内に居住する住民としては,相応の事情等
がない限り避難をすることを選択せざるを得なかったものという
べきであって,実質的には,南相馬市からの避難を余儀なくされ,
余儀なくされたというべきである。
検討
ア評価(損害額)
告らは,生活の本拠であった旧居住地から実質的に避難を余儀な
くされ,避難の継続を余儀なくされたのであるから,一審原告ら
が平穏生活権を侵害されたことは明らかであり,賠償に値する精
神的苦痛を被ったものと認められる(なお,仮に実際には避難し
なかったとしても,実質的に避難を余儀なくされるような状況下
に置かれたことに変わりはないから,避難した者と同額の損害を
負ったと解すべきである。)。
以上を前提に,平穏生活権侵害に基づく慰謝料の額を算定する
と,その額は,①実質的に避難を余儀なくされた点については2
0万円,②避難生活の継続を余儀なくされたことについては月額
5万円と評価すべきである(避難の有無を問わない。)。なお,旧
居住地が帰還困難区域等,旧居住制限区域又は旧避難指示解除準
備区域以外の一審原告らは,「ふるさと喪失」損害を主張していな
い。
そして,上記②の避難生活の継続は,本件事故があった3月1
1日が属する月である平成23年3月を始期とし,終期は,旧一
時避難要請区域が南相馬市のうち帰還困難区域,旧居住制限区域,
旧避難指示解除準備区域及び旧緊急時避難準備区域を除いたわず
かな区域にすぎず,旧一時避難要請区域のすぐ福島第一原発寄り
である20~30km圏内に設定された緊急時避難準備区域の設
定が解除されたのが9月30日であって,旧一時避難要請区域の
旧居住者としては,少なくとも同日までは旧居住地に帰還するこ
とに躊躇を覚えたとしても不合理とはいえないこと,住民側が帰
還するための準備などには相当期間が必要であるというべきであ
ることに加え,収束宣言により福島第一原発の冷温停止状態の達
成が確認されたのは12月16日であること(前記第1の5)な
どに鑑みて,平成24年2月とするのが相当である。したがって,
避難生活の継続を余儀なくされた期間は,平成23年3月から平
成24年2月までの12か月間であり,その点についての慰謝料
額は60万円と評価すべきである(実際の避難期間を問わない。)。
イ一審原告らに対する具体的な損害額
全般
上記アによれば,旧居住地が旧一時避難要請区域である一審
原告らに対しては,精神的損害に係る賠償として,合計80万
円の支払がなされるべきであるところ,「中間指針等による賠償
額」である70万円(自主賠償基準)を超える10万円が,本
訴において認容すべき額となる。
旧居住地が旧一時避難要請区域である提訴時一審原告は別紙
7理由一覧表の「避難指示区分等」欄に「旧一時避難要請区域」
と記載のある47人,そこから取下一審原告を除いた一審原告
は39人である。
旧特定避難勧奨地点を旧居住地とする一審原告らについて
一審原告H-142及び一審原告H-143は,旧特定避難
勧奨地点を旧居住地とするが,同時に,本グループである旧一
時避難要請区域にも属すると思われるため,同一審原告らにつ
いては,請求原因を選択的に主張しているものと解すべきであ
るから,慰謝料額の大きい方のグループに属するものとして請
求認容すべきであるところ,旧特定避難勧奨地点旧居住者の慰
謝料額の方が高いため,同一審原告らについては,旧特定避難
勧奨地点旧居住者(前記7)のグループに属するものとして請
求を認容することとする(なお,最終的な認容額は本グループ
よりも少なくなるが,それは旧特定避難勧奨地点のグループの
方が「中間指針等による賠償額」が大きいことによるものであ
る。)。
9旧居住地が自主的避難等対象区域である一審原告らについて
認定事実
ア自主的避難等対象区域の概況
中間指針第一次追補は,おおむね福島第一原発から100km
圏内に位置し奥羽山脈により隔てられていない福島県内の自治体
のうち,県北地域,県中地域,相双地域,いわき地域の23市町
村(避難指示等対象区域を除く。したがって,いずれも福島第一
原発から30km圏外である。)を自主的避難等対象区域と定義し
ている()。
一審被告東電の自主賠償基準は,避難の有無を問わず,自主的
避難等対象区域に居住していた,①3月11日~12月31日の
間に18歳以下である期間があった者(誕生日が平成4年3月1
2日~平成23年3月11日の者及び本件事故発生時に自主的避
難等対象区域旧居住者であった者から平成23年3月12日~1
2月31日の間に出生した者)及び妊婦であった者(平成23年
3月11日~平成23年12月31日の間に妊娠していた期間が
ある者)に対し,避難の有無を問わず40万円(1期賠償)を,②
平成24年1月1日~同年8月31日の間に18歳以下である期
間があった者(誕生日が平成5年1月2日~平成23年3月11
日の者及び本件事故発生時に自主的避難等対象区域旧居住者であ
った者から平成23年3月12日~平成24年8月31日の間に
出生した者)及び妊婦であった者(平成24年1月1日~8月3
1日の間に妊娠していた期間がある者)に対し,避難の有無を問
わず8万円(2期賠償)を,③それ以外の者に対しては,避難の
有無を問わず,3月11日~4月22日頃の損害として8万円(こ
れも1期賠償であるが,上記①の1期賠償と区別するため,以下,
本項において「1期賠償」とは上記①のみを指すこととする。)を,
それぞれ支払うこととしている()。
なお,子供及び妊婦で実際に避難した者には上記に加えて20
万円を,平成24年1月1日から8月31日までの追加的費用等
につき4万円を,それぞれ賠償することとしているところ,一審
被告東電は,これらを精神的損害等に対する慰謝料とは別の項目
として支払う旨,自らのホームページにおいて整理していること
などから,これらについては精神的損害に対する賠償には当たら
ないとした原判決は相当である。
そうすると,本グループを旧居住地とする者のうち,①1期賠
償の対象たる子供・妊婦については40万円の,②2期賠償の対
象たる子供・妊婦については8万円(うち妊婦は後記「③それ以
外の者」としての8万円と合計して16万円)の,①1期賠償及
び②2期賠償の双方の対象たる子供・妊婦については48万円の,
③それ以外の者については8万円の,それぞれ賠償が一審被告東
電からなされている(なされる予定である)ことを前提として以
下検討する。
イ各地域の状況
福島市
a平成23年3月
福島市御山町に所在する県北保健福祉事務所事務局では,
3月15日に24.24μSv/h(127.37mSv/
y相当)という,年間追加被曝線量100mSv相当値を超
える空間線量率が計測され,3月21日時点で7.34μS
v/h(38.42mSv/y相当),3月27日時点で3.
61μSv/h(18.79mSv/y相当)に達していた。
3月15日に計測された上記放射線量は,2号機から放出さ
れた放射性物質を含む蒸気雲(プルーム)が風に乗って北北
西の方向に流れたためと考えられるが,そのような情報は事
前に住民に伝えられなかったため,福島市民が適切な放射線
被曝回避措置を取ることは困難であった。3月17日から3
月31日までにも,福島市杉妻町で2.0~8.0μSv/
h(10.3~41.9mSv/y相当),福島市大波字滝ノ
入で4.0~18.3μSv/h(20.8~96.1mSv
/y相当)といった,20mSv/y相当値を超える空間線
量率が計測され,福島市荒井字原宿でも0.5~1.0μS
v/h(2.4~5.1mSv/y相当)の空間線量率が計測
されていた。福島市五老内町に所在する福島市役所(福島第
一原発から約62km)の3月31日の空間線量率は2.6
1μSv/h(13.53mSv/y相当),農業総合センタ
ー果樹研究所,福島西インターチェンジ,ふくしま自治研修
センターの同日の空間線量率は0.64~1.93μSv/
h(3.16~9.95mSv/y相当)であった。
福島市では,本件地震により,14万7000戸の停電,
市内全域の断水,大規模な電話の不通,2726戸のガス供
給停止などが発生したが,平成23年4月頃までには,福島
市内の公共サービス,生活関連サービスはおおむね復旧して
いたものと認められる。
b平成23年4月
福島市役所,農業総合センター果樹研究所,福島西インタ
ーチェンジ,ふくしま自治研修センターの4箇所の4月1日
から4月9日までの空間線量率は0.62~2.31μSv
/h(3.05~11.95mSv/y相当),福島市役所で
1.53~2.31μSv/h(7.84~11.95mSv
/y相当)であり,平成23年4月時点では,福島市役所の
ような市街地においても,10mSv/y相当値を超える線
量が計測されていた。上記4箇所に県北保健福祉事務所事務
局を加えた5箇所の4月12日から4月14日までの空間線
量率は,0.49~1.83μSv/h(2.37~9.42
mSv/y相当)であった。福島市杉妻町,大波字滝ノ入,荒
井字原宿の4月1日から4月29日までの空間線量率は,0.
1~3.8μSv/h(0.3~19.8mSv/y相当)で
あった。福島市役所の4月30日の空間線量率は1.49μ
Sv/h(7.63mSv/y相当)であった。4月6日から
4月29日にかけて第1次航空機モニタリングが実施され,
福島市にも1.9~3.8μSv/h(10~20mSv/
y相当)の区域が分布していることが確認された。
c平成23年5~12月
福島市が測定した,福島市役所を含む18箇所の5月2日
から5月11日までの空間線量率は,0.20~2.87μ
Sv/h(0.84~14.89mSv/y相当),県北保健
福祉事務所事務局の5月12日の空間線量率は1.45μS
v/h(7.42mSv/y相当)であった。
福島市役所の5月31日から12月31日までの空間線量
率は,0.93~1.36μSv/h(4.68~6.95m
Sv/y相当)であった(丙C91)。
福島市が6月17日から6月20日までに行った全市一斉
放射線量測定の結果,1118地点中,0.5μSv/h未
満が93件,0.5~1.0μSv/h未満が214件,1.
0~1.5μSv/h未満が321件,1.5~2.0μSv
/h未満が309件,2.0~2.5μSv/h未満が13
4件,2.5~3.0μSv/h未満が33件,3.0~3.
4μSv/h未満が8件,3.4μSv/h以上が6件,市
内19地区の平均空間線量率は0.26~2.24μSv/
h(1.16~11.58mSv/y相当),全市平均で1.
33μSv/h(6.79mSv/y相当)であった。
5月26日第2次航空機モニタリングから11月5日第4
次航空機モニタリングまでの結果から計算した福島市内の空
間線量率は0.05~3.10μSv/h(0.05~16.
11mSv/y相当),平均0.58~0.79μSv/h(2.
84~3.95mSv/y相当)であった。
d平成24年1~8月
福島市役所の平成24年1月31日から2月16日までの
空間線量率は,1.06~1.08μSv/h(5.37~
5.47mSv/y相当)であった。
福島市が平成24年3月8日から3月23日に行った市内
2916地点の全市一斉放射線量測定の結果,783区画中,
0.23μSv/h未満が29件,0.23~0.5μSv/
h未満が144件,0.5~0.75μSv/h未満が21
2件,0.75~1.0μSv/h未満が178件,1.0~
1.25μSv/h未満が146件,1.25~1.5μSv
/h未満が39件,1.5~1.75μSv/h未満が23
件,1.75~2.0μSv/h未満が10件,2.0~2.
25μSv/h未満が2件,平均0.77μSv/h(3.8
mSv/y相当)で,全体の71.9%が1μSv/h未満
であり,2μSv/h以上の区画が存在するのは大波地区と
渡利地区であった。
福島市内22箇所の平成24年4月1日の空間線量率は,
0.04~1.39μSv/h(0~7.11mSv/y相
当)であった。
平成24年6月28日第5次航空機モニタリングから計算
した福島市内の空間線量率は0.05~1.90μSv/h
(0.05~9.79mSv/y相当),平均0.47μSv
/h(2.26mSv/y相当)であった。
e平成24年9月以降の状況
福島市が平成25年3月1日から3月15日までに行った
全市一斉放射線量測定の結果,916区画中,0.23μS
v/h未満が48件,0.23~0.5μSv/h未満が3
89件,0.5~0.75μSv/h未満が258件,0.7
5~1.0μSv/h未満が175件,1.0~1.25μS
v/h未満が34件,1.25~1.5μSv/h未満が9
件,1.5~1.75μSv/h未満が3件,平均0.56μ
Sv/h(2.74mSv/y相当)であり,95.0%が
1.0μSv/h未満であった。
平成25年4月1日から平成29年3月2日までの福島市
内22箇所の空間線量率は,0.04~0.63μSv/h
(0~3.11mSv/y相当)であった。
平成24年12月28日第6次航空機モニタリングから平
成25年11月19日第8次航空機モニタリングまでの結果
から計算した福島市内の空間線量率は,0.05~1.50
μSv/h(0.05~7.68mSv/y相当),平均0.
33~0.41μSv/h(1.53~1.95mSv/y相
当)であった。
f福島市民の追加被曝線量
福島市内の積算線量は,3月12日から4月5日までの積
算で0.4~2.1mSv,3月12日から平成24年3月
11日までの1年間の積算線量推定値(4月6日以降は4月
5日の測定値が継続すると仮定した数値として公表されたも
の)で2.4~16.8mSvであり,福島市民の実際の追加
被曝線量は20mSv/yを超えるものではなかった。
二本松市
a平成23年3月
二本松市太田では,3月17日から3月31日までに,1.
1~5.2μSv/h(5.6~27.2mSv/y相当)と
いった,20mSv/y相当値を超える空間線量率が計測さ
れていた。
二本松市による測定では,平成23年3月,二本松市岩代
支所で10μSv/h(52mSv/y相当),二本松市役所
本庁(福島第一原発から約56km)でも8μSv/h以上
(42mSv/y相当)といった,20mSv/y相当値を
大きく上回る空間線量率が測定されていた。
二本松市役所,二本松市役所東和支所の3月31日の空間
線量率は1.64~3.3μSv/h(8.42~17.2m
Sv/y相当)であった。
二本松市の公共サービス,生活関連サービスは,本件事故
直後からおおむね復旧していたものと認められる。
b平成23年4月
二本松市役所,二本松市役所東和支所の4月1日から4月
30日までの空間線量率は,0.77~2.93μSv/h
(3.63~15.21mSv/y相当)であった。
二本松市の測定では,二本松市役所本庁,安達支所,岩代
支所,東和支所の4月1日から4月15日までの空間線量率
は,0.78~3.11μSv/h(3.89~16.16m
Sv/y相当)であった。
二本松市太田の4月3日から4月20日までの空間線量率
は,0.8~2.2μSv/h(4.0~11.4mSv/y
相当)であった。
c平成23年5~12月
二本松市役所東和支所,二本松市田沢集会場の5月31日
から12月31日までの空間線量率は,0.4~0.64μ
Sv/h(1.9~3.16mSv/y相当)であった。
二本松市が測定した,二本松市役所本庁,安達支所,岩代
支所,東和支所の5月1日から5月15日までの空間線量率
は,0.59~1.89μSv/h(2.89~9.74mS
v/y相当)であった。
福島県や二本松市が測定した,二本松市役所東和支所,二
本松市田沢集会場,二本松市役所安達支所,二本松市役所岩
代支所の6月1日から10月1日までの空間線量率は0.3
8~1.67μSv/h(1.79~8.58mSv/y相
当),原子力災害対策現地本部及び福島県が測定した,二本松
市沼ヶ作,坊主滝,針道の7月19日の空間線量率は0.2
1~3.52μSv/h(0.89~18.32mSv/y相
当)であった。
5月26日第2次航空機モニタリングから11月5日第4
次航空機モニタリングまでの結果から計算した二本松市内の
空間線量率は0.05~3.50μSv/h(0.05~1
8.21mSv/y相当),平均0.96~1.27μSv/
h(4.84~6.47mSv/y相当)であった。
d平成24年1~8月
二本松市内の2~17箇所の平成24年1月31日から4
月12日までの空間線量率は,0.22~0.87μSv/
h(0.95~4.37mSv/y相当)であった。
平成24年6月28日第5次航空機モニタリングの結果か
ら計算した二本松市内の空間線量率は0.12~1.90μ
Sv/h(0.42~10.21mSv/y相当),平均0.
89μSv/h(4.47mSv/y相当)であった。
e平成24年9月以降
二本松市内の18箇所の平成25年4月1日から平成29
年3月2日までの空間線量率は,0.07~0.76Sv/
h(0.16~3.79mSv/y相当)であった。
平成24年6月28日第5次航空機モニタリングから平成
25年11月19日第8次航空機モニタリングまでの結果か
ら計算した二本松市内の空間線量率は,0.05~1.90
μSv/h(0.05~9.79mSv/y相当)であった。
伊達市
a伊達市の概況
伊達市のうち,霊山町上小国,下小国,石田,月舘町月舘,
保原町富沢には特定避難勧奨地点(前記7のグループ)に設
定された地点があり,平成24年12月14日に解除された。
その余の地域は自主的避難等対象区域である。
b平成23年3月
伊達市保原町舟橋に所在する伊達市役所保原本庁舎(福島
第一原発から約61km)の3月31日の空間線量率は,2.
25μSv/h(11.63mSv/y相当)であった。
伊達市霊山町では,3月17日から3月30日までに,3.
6~14.0μSv/h(18.7~73.5mSv/y)と
いった,20mSv/y相当値を超える空間線量率が計測さ
れていた。
伊達市の公共サービス,生活関連サービスは,本件事故直
後からおおむね復旧していたものと認められる。
c平成23年4月
伊達市役所保原本庁舎の4月1日から4月30日までの空
間線量率は,1.21~2.09μSv/h(6.16~1
0.79mSv/y相当)であった。
伊達市霊山町では,4月1日から4月29日までに,2.
1~4.0μSv/h(10.8~20.8mSv/y)とい
った,20mSv/y相当値を超える空間線量率が計測され
ていた。
4月29日第1次航空機モニタリングの結果から計算した
伊達市内の空間線量率は0.37~6.30μSv/h(1.
74~32.94mSv/y相当),平均1.32μSv/h
(6.74mSv/y相当)であったが,これは,伊達市内の
特定避難勧奨地点を含んだ数値である。
d平成23年5~12月
伊達市役所保原本庁舎の5月31日の空間線量率は1.0
6μSv/h(5.37mSv/y相当),小国ふれあいセン
ター,下小国中央集会所,霊山パーキング,月舘相葭公民館
の6月30日から12月31日までの空間線量率は0.84
~2.18μSv/h(4.21~11.26mSv/y相
当)であった。
5月26日第2次航空機モニタリングから11月5日第4
次航空機モニタリングまでの結果から計算した伊達市内の空
間線量率は0.23~6.80μSv/h(1.00~30.
32mSv/y相当),平均0.80~1.43μSv/h(4.
00~7.32mSv/y相当)であったが,これは,伊達市
内の特定避難勧奨地点を含んだ数値である。
e平成24年1~8月
伊達市役所保原本庁舎を含む,伊達市内の4~14箇所の
平成24年1月31日から4月12日までの空間線量率は,
0.17~1.59μSv/h(0.68~8.16mSv/
y相当)であった。
平成24年6月28日第5次航空機モニタリングの結果か
ら計算した伊達市内の空間線量率は,0.29~3.90μ
Sv/h(1.32~20.32mSv/y相当),平均0.
92μSv/h(4.63mSv/y相当)であったが,これ
は,伊達市内の特定避難勧奨地点を含んだ数値である。
f平成24年9月以降
伊達市役所保原本庁舎を含む,伊達市内の14~15箇所
のモニタリング地点の平成25年4月1日から平成29年3
月2日までの空間線量率は,0.05~0.58μSv/h
(0.05~2.84mSv/y相当)であった。
平成24年12月28日第6次航空機モニタリングから平
成25年11月19日第8次航空機モニタリングまでの結果
から計算した伊達市内の空間線量率は,0.15~3.00
μSv/h(0.58~15.58mSv/y相当),平均0.
58~0.71μSv/h(2.84~3.53mSv/y相
当)であったが,これは,伊達市内の特定避難勧奨地点を含
んだ数値である。
本宮市
a平成23年3月
本宮市役所(福島第一原発から約57km)の3月31日
の空間線量率は,2.11μSv/h(10.89mSv/y
相当)であった。
本宮市の公共サービス,生活関連サービスは,本件事故直
後からおおむね復旧していたものと認められる(弁論の全趣
旨)。
b平成23年4月
本宮市役所の4月1日から4月30日までの空間線量率は,
1.06~2.09μSv/h(5.37~10.79mSv
/y相当)であった。
4月29日第1次航空機モニタリング結果から計算した本
宮市内の空間線量率は0.61~2.20μSv/h(3.0
0~11.37mSv/y相当),平均1.24μSv/h(6.
32mSv/y相当)であった。
c平成23年5~12月
本宮市役所,白沢総合支所,旧白沢総合支所の5月31日
から12月31日までの空間線量率は,0.52~0.9μ
Sv/h(2.53~4.5mSv/y相当)であった。
5月26日第2次航空機モニタリングから11月5日第4
次航空機モニタリングまでの結果から計算した本宮市内の空
間線量率は0.55~3.10μSv/h(2.68~16.
11mSv/y相当),平均1.02~1.44μSv/h(5.
16~7.37mSv/y相当)であった。
d平成24年1~8月
本宮市の2~7箇所の平成24年1月31日から4月12
日までの空間線量率は,0.18~0.65μSv/h(0.
74~3.21mSv/y相当)であった。
平成24年6月28日第5次航空機モニタリングの結果か
ら計算した本宮市内の空間線量率は0.48~1.90μS
v/h(2.32~9.79mSv/y相当),平均0.98
μSv/h(4.95mSv/y相当)であった。
e平成24年9月以降
本宮市の7箇所の平成25年4月1日から平成29年3月
2日までの空間線量率は,0.07~0.26μSv/h(0.
16~1.53mSv/y相当)であった。
平成24年12月28日第6次航空機モニタリングから平
成25年11月19日第8次航空機モニタリングまでの結果
から計算した本宮市内の空間線量率は0.30~1.30μ
Sv/h(1.37~6.63mSv/y相当),平均0.5
8~0.73μSv/h(2.84~3.63mSv/y相
当)であった。
桑折町
a平成23年3月
桑折町(測定場所不詳)においては,3月20日から3月
22日までに,3.98~6.33μSv/h(20.74~
33.11mSv/y相当)といった,20mSv/y相当
値を超える空間線量率が計測されていた。
福島北警察署桑折分庁舎(福島第一原発から約66km)
の3月31日の空間線量率は2.1μSv/h(10.8m
Sv/y相当)であった。
桑折町の公共サービス,生活関連サービスは,本件事故直
後からおおむね復旧していたものと認められる。
b平成23年4月
福島北警察署桑折分庁舎の4月1日から4月30日までの
空間線量率は1.18~2.02μSv/h(6.00~1
0.42mSv/y相当),桑折町が測定した桑折町内4箇所
(桑折公民館,睦合公民館,伊達崎公民館,半田公民館)の4
月22日から4月30日までの空間線量率は0.74~1.
02μSv/h(3.68~5.16mSv/y相当)であっ
た。
4月29日第1次航空機モニタリングの結果から計算した
桑折町内の空間線量率は,0.20~1.70μSv/h(0.
84~8.74mSv/y相当),平均1.07μSv/h(5.
42mSv/y相当)であった。
c平成23年5~12月
福島北警察署桑折分庁舎の5月31日から12月31日ま
での空間線量率は0.67~0.98μSv/h(3.32~
4.95mSv/y相当)であった。
桑折町が測定した,桑折町内4~5箇所の5月1日から1
2月28日までの空間線量率は0.44~0.97μSv/
h(2.11~4.89mSv/y相当),町民運動場,桑折
テニスコート,ふれあい公園,桑折町内11の児童館,保育
所,幼稚園,小中学校の,6月1日から6月14日までの空
間線量率(地上50cm)は,0.65~3.28μSv/h
(3.21~17.05mSv/y相当)であった。
5月26日第2次航空機モニタリングから11月5日第4
次航空機モニタリングまでの結果から計算した桑折町内の空
間線量率は0.17~1.90μSv/h(0.68~9.7
9mSv/y相当),平均0.71~1.05μSv/h(3.
53~5.32mSv/y相当)であった。
d平成24年1~8月
桑折町の1~4箇所のモニタリング地点の平成24年1月
31日から4月12日までの空間線量率は,0.19~0.
71μSv/h(0.79~3.53mSv/y相当)であっ
た。
桑折町が測定した5箇所の平成24年1月4日から8月3
1日までの空間線量率は,0.33~0.72μSv/h(1.
53~3.58mSv/y相当)であった。
平成24年6月28日第5次航空機モニタリングの結果か
ら計算した桑折町内の空間線量率は0.19~1.20μS
v/h(0.79~6.11mSv/y相当),平均0.68
μSv/h(3.37mSv/y相当)であった。
e平成24年9月以降
桑折町の4箇所のモニタリング地点の平成25年4月1日
から平成29年3月2日までの空間線量率は0.05~0.
34μSv/h(0.05~1.58mSv/y相当),桑折
町が測定した5箇所の平成24年9月3日から平成28年7
月22日までの空間線量率は0.08~0.53μSv/h
(0.21~2.58mSv/y相当)であった。
平成24年12月28日第6次航空機モニタリングから平
成25年11月19日第8次航空機モニタリングまでの結果
から計算した桑折町内の空間線量率は0.10~1.02μ
Sv/h(0.32~5.16mSv/y相当),平均0.3
9~0.55μSv/h(1.84~2.68mSv/y相
当)であった。
国見町
a平成23年3月
国見町役場(福島第一原発から約66km)の3月31日
の空間線量率は1.15μSv/h(5.84mSv/y相
当)であった。
国見町の公共サービス,生活関連サービスは,本件事故直
後からおおむね復旧していたものと認められる(弁論の全趣
旨)。
b平成23年4月
国見町役場の4月1日から4月30日までの空間線量率は,
0.69~1.21μSv/h(3.42~6.16mSv/
y相当)であった。
4月29日第1次航空機モニタリングの結果から計算した
国見町内の空間線量率は,0.47~1.50μSv/h(2.
26~7.68mSv/y相当),平均0.99μSv/h(5.
00mSv/y相当)であった。
c平成23年5~12月
国見町役場の5月31日から12月31日までの空間線量
率は,0.39~0.55μSv/h(1.84~2.68m
Sv/y相当)であった。
5月26日第2次航空機モニタリングから11月5日第4
次航空機モニタリングまでの結果から計算した国見町内の空
間線量率は0.32~1.40μSv/h(1.47~7.1
6mSv/y相当),平均0.61~0.96μSv/h(3.
00~4.84mSv/y相当)であった。
d平成24年1~8月
国見町役場の平成24年1月31日から4月12日までの
空間線量率は,0.23~0.35μSv/h(1.00~
1.63mSv/y相当)であった。
平成24年6月28日第5次航空機モニタリングの結果か
ら計算した国見町内の空間線量率は0.35~1.20μS
v/h(1.63~6.11mSv/y相当),平均0.63
μSv/h(3.11mSv/y相当)であった。
e平成24年9月以降
国見町役場の平成25年4月1日から平成29年3月2日
までの空間線量率は,0.05~0.22μSv/h(0.0
5~0.95mSv/y相当)であった。
平成24年12月28日第6次航空機モニタリングから平
成25年11月19日第8次航空機モニタリングまでの結果
から計算した国見町内の空間線量率は0.20~0.84μ
Sv/h(0.84~4.21mSv/y相当),平均0.3
6~0.48μSv/h(1.68~2.32mSv/y相
当)であった。
川俣町
a川俣町の概況
川俣町のうち,山木屋地区の一部は居住制限区域,避難指
示解除準備区域(平成29年3月31日に解除された。)であ
り,その余は自主的避難等対象区域である。
b平成23年3月
川俣町役場(福島第一原発から約47km)の3月31日
の空間線量率は1.7μSv/h(8.7mSv/y相当)で
あった。
川俣町の自主的避難等対象区域(福島第一原発から約47
km)において,3月17日から3月29日までに,1.6~
6.7μSv/h(8.2~35.1mSv/y相当)といっ
た,20mSv/y相当値を超える空間線量率が計測されて
いた。
川俣町の自主的避難等対象区域の公共サービス,生活関連
サービスは,本件事故直後からおおむね復旧していたものと
認められる。
c平成23年4月
川俣町役場の4月1日から4月30日までの空間線量率は,
0.74~1.65μSv/h(3.7~8.47mSv/y
相当)であった。
川俣町の自主的避難等対象区域では,4月4日から4月2
9日までに,0.6~2.3μSv/h(2.9~11.9m
Sv/y相当)の空間線量率が計測されていた。
4月29日第1次航空機モニタリングの結果から計算した
川俣町内の空間線量率は0.79~12.00μSv/h(3.
95~62.95mSv/y相当),平均2.17μSv/h
(11.21mSv/y相当)であるが,これは,山木屋地区
の居住制限区域,避難指示解除準備区域を含んだ数値である。
d平成23年5~12月
川俣町役場の5月31日から12年31日までの空間線量
率は0.53~0.72μSv/h(2.58~3.58mS
v/y相当)であった。
5月26日第2次航空機モニタリングから11月5日第4
次航空機モニタリングまでの結果から計算した川俣町内の空
間線量率は0.51~13.00μSv/h(2.47~6
8.21mSv/y相当),平均1.61~2.13μSv/
h(8.26~11.00mSv/y相当)であるが,これ
は,山木屋地区の居住制限区域,避難指示解除準備区域を含
んだ数値である。
e平成24年1~8月
山木屋地区を除く,川俣町の自主的避難等対象区域の1~
4箇所の平成24年1月31日から4月12日までの空間線
量率は,0.21~0.57μSv/h(0.89~2.79
mSv/y相当)であった。
平成24年6月28日第5次航空機モニタリングの結果か
ら計算した川俣町内の空間線量率は0.47~6.60μS
v/h(2.26~34.53mSv/y相当),平均1.3
9μSv/h(7.11mSv/y相当)であるが,これは,
山木屋地区の居住制限区域,避難指示解除準備区域を含んだ
数値である。
f平成24年9月以降の状況
山木屋地区を除く,川俣町の自主的避難等対象区域の4箇
所のモニタリング地点の平成25年4月1日から平成29年
3月2日までの空間線量率は,0.04~0.28μSv/
h(0~1.26mSv/y相当)であった。
平成24年6月28日第5次航空機モニタリングから平成
25年11月19日第8次航空機モニタリングまでの結果か
ら計算した川俣町内の空間線量率は0.29~4.40μS
v/h(1.32~22.95mSv/y相当),平均0.8
8~0.98μSv/h(4.42~4.95mSv/y相
当)であるが,これは,山木屋地区の居住制限区域,避難指示
解除準備区域を含んだ数値である。
大玉村
a平成23年3月
大玉村役場(福島第一原発から約60km)の3月31日
の空間線量率は1.63μSv/h(8.37mSv/y相
当)であった。
大玉村の公共サービス,生活関連サービスは,本件事故直
後からおおむね復旧していたものと認められる(弁論の全趣
旨)。
b平成23年4月
大玉村役場の4月1日から4月30日までの空間線量率は,
0.68~1.58μSv/h(3.37~8.11mSv/
y相当)であった。
4月29日第1次航空機モニタリングの結果から計算した
大玉村内の空間線量率は0.05~1.70μSv/h(0.
05~8.74mSv/y相当),平均0.60μSv/h(2.
95mSv/y相当)であった。
c平成23年5~12月
大玉村役場の5月31日から12月31日までの空間線量
率は,0.47~0.62μSv/h(2.26~3.05m
Sv/y相当)であった。
5月26日第2次航空機モニタリングから11月5日第4
次航空機モニタリングまでの結果から計算した大玉村内の空
間線量率は0.05~2.10μSv/h(0.05~10.
84mSv/y相当),平均0.52~0.71μSv/h(2.
53~3.53mSv/y相当)であった。
d平成24年1~8月
大玉村の1~3箇所の平成24年1月31日から4月12
日までの空間線量率は,0.14~0.42μSv/h(0.
53~2.00mSv/y相当)であった。
平成24年6月28日第5次航空機モニタリングの結果か
ら計算した大玉村内の空間線量率は0.15~1.60μS
v/h(0.58~8.21mSv/y相当),平均0.47
μSv/h(2.26mSv/y相当)であった。
e平成24年9月以降
大玉村の2~3箇所の平成25年4月1日から平成29年
3月2日までの空間線量率は,0.06~0.31μSv/
h(0.11~1.42mSv/y相当)であった。
平成24年12月28日第6次航空機モニタリングから平
成25年11月19日第8次航空機モニタリングまでの結果
から計算した大玉村内の空間線量率は0.08~1.20μ
Sv/h(0.21~6.11mSv/y相当),平均0.3
0~0.36μSv/h(1.37~1.68mSv/y相
当)であった。
郡山市
a平成23年3月
郡山市に所在する福島県郡山合同庁舎では,3月15日に
8.26μSv/h(43.26mSv/y相当),3月24
日に4.05μSv/h(21.11mSv/y相当)といっ
た,20mSv/y相当値を超える空間放射線量が計測され
ていた。
郡山市大槻町の3月26日から3月30日までの空間線量
率は,1.3~2.2μSv/h(6.6~11.4mSv/
y)であった。
郡山市役所(福島第一原発から約60km)を含む5箇所
の3月31日の空間線量率は,1~2.12μSv/h(5
~10.95mSv/y相当)であった。
郡山市では,本件地震により,約3万7000戸の断水,
約3万6000戸の停電,836戸のガス供給停止などが発
生したが,平成23年4月頃までには,郡山市内の公共サー
ビス,生活関連サービスはおおむね復旧していたものと認め
られる。
b平成23年4月
郡山市役所を含む5箇所の4月1日から4月30日までの
空間線量率は,0.3~2.14μSv/h(1.4~11.
05mSv/y相当)であった。
郡山市大槻町の4月1日から4月29日までの空間線量率
は,0.4~1.4mSv/y(1.9~7.2mSv/y相
当)であった。
4月29日第1次航空機モニタリングの結果から計算した
郡山市内の空間線量率は0.05~1.80μSv/h(0.
05~9.26mSv/y相当),平均0.55μSv/h(2.
68mSv/y相当)であった。
c平成23年5~12月
郡山市内4~5箇所の5月31日から12月31日までの
空間線量率は,0.2~1.36μSv/h(0.8~6.9
5mSv/y相当)であった。
郡山市が測定した,市内14箇所の行政センターの駐車場
中央及び建物入口の7月14日の空間線量率(地上1m)は,
0.21~1.07μSv/h(0.89~5.42mSv/
y相当)であった。
一審被告国,福島県,郡山市が合同で平成23年7月下旬
に測定した郡山市内の道路上の空間放射線量は,0.13~
2.81μSv/h(0.47~14.58mSv/y相当)
であった。
郡山市池ノ台に所在する荒池西公園は,平成23年7月2
6日の放射線量調査で,地上50cmで平均3.5μSv/
h(18.2mSv/y相当),部分的に4.2μSv/h(2
1.9mSv/y相当)といった20mSv/yを超える空
間線量率が計測されたため,公園の利用が制限され,郡山市
において除染実証実験が行われた。
郡山市が測定した,市内の道路1077箇所の平成23年
8月の空間線量率は,0.13~0.95μSv/h(0.4
7~4.79mSv/y相当)であった。
5月26日第2次航空機モニタリングから11月5日第4
次航空機モニタリングまでの結果から計算した郡山市内の空
間線量率は0.05~1.80μSv/h(0.05~9.2
6mSv/y相当),平均0.47~0.62μSv/h(2.
26~3.05mSv/y相当)であった。
d平成24年1~8月
郡山市内4~28箇所の平成24年1月31日から4月1
2日までの空間線量率は,0.06~1.32μSv/h(0.
11~6.74mSv/y相当),郡山市が測定した,市内の
道路1077箇所の平成24年8月の空間線量率は,0.1
0~0.48μSv/h(0.32~2.32mSv/y相
当)であった。
平成24年6月28日第5次航空機モニタリングの結果か
ら計算した郡山市内の空間線量率は0.05~1.40μS
v/h(0.05~7.16mSv/y相当),平均0.39
μSv/h(1.84mSv/y相当)であった。
e平成24年9月以降
郡山市内28箇所の平成25年4月1日から平成29年3
月2日までの空間線量率は,0.04~0.94μSv/h
(0~4.74mSv/y相当),郡山市が測定した,市内
の道路1077箇所の平成25年8月の空間線量率は0.1
0~0.34μSv/h(0.32~1.58mSv/y相
当),平成26年6~12月の空間線量率は0.10~0.2
7μSv/h(0.32~1.21mSv/y相当)であっ
た。
平成24年12月28日第6次航空機モニタリングから平
成25年11月19日第8次航空機モニタリングまでの結果
から計算した郡山市内の空間線量率は0.05~0.97μ
Sv/h(0.05~4.89mSv/y相当),平均0.2
7~0.32μSv/h(1.21~1.47mSv/y相
当)であった。
須賀川市
a平成23年3月
須賀川市役所(福島第一原発から約60km)の3月20
日から3月31日までの空間線量率(須賀川市による簡易測
定参考値を含む。)は,0.24~1.90μSv/h(1.
05~9.79mSv/y相当)であった。
須賀川市役所は,一時,須賀川市体育館に機能を移転して
いたが,公共サービス,生活関連サービスの提供はおおむね
継続されていたものと認められる。
b平成23年4月
須賀川市役所の4月1日から4月30日までの空間線量率
は,0.3~0.42μSv/h(1.4~2.00mSv/
y相当)であった。
4月29日第1次航空機モニタリングの結果から計算した
須賀川市内の空間線量率は0.12~1.40μSv/h(0.
42~7.16mSv/y相当),平均0.60μSv/h(2.
95mSv/y相当)であった。
c平成23年5~12月
福島県や須賀川市が測定した,須賀川市役所本庁,長沼支
所,岩瀬支所の5月1日から12月31日までの空間線量率
は,0.22~1.61μSv/h(0.95~8.26mS
v/y相当),須賀川市が測定した,市内多数箇所の7月6日
から9月20日までの空間線量率は,0.11~2.18μ
Sv/h(0.37~11.26mSv/y相当)であった。
5月26日第2次航空機モニタリングから11月5日第4
次航空機モニタリングまでの結果から計算した須賀川市内の
空間線量率は0.10~1.90μSv/h(0.32~9.
79mSv/y相当),平均0.54~0.74μSv/h(2.
63~3.68mSv/y相当)であった。
d平成24年1~8月
須賀川市内2~11箇所の平成24年1月31日から4月
12日までの空間線量率は,0.11~0.79μSv/h
(0.37~3.95mSv/y相当)であった。
平成24年6月28日第5次航空機モニタリングの結果か
ら計算した須賀川市内の空間線量率は0.13~1.30μ
Sv/h(0.47~6.63mSv/y相当),平均0.5
1μSv/h(2.47mSv/y相当)であった。
e平成24年9月以降
須賀川市内11箇所の平成25年4月1日から平成29年
3月2日までの空間線量率は0.06~0.34μSv/h
(0.11~1.58mSv/y相当)であった。
平成24年12月28日第6次航空機モニタリングから平
成25年11月19日第8次航空機モニタリングまでの結果
から計算した須賀川市内の空間線量率は0.09~1.02
μSv/h(0.26~5.16mSv/y相当),平均0.
31~0.38μSv/h(1.42~1.79mSv/y相
当)であった。
田村市
a田村市の概況
20km圏内である田村市都路町古道の一部は避難指示解
除準備区域(平成26年4月1日解除)に設定され,おおむ
ね30km圏内である都路町,船引町横道,常葉町堀田及び
常葉町山根(20km圏内の旧避難指示解除準備区域を除く。)
は,緊急時避難準備区域(9月30日解除)に設定されてい
た。
その余の区域は,自主的避難等対象区域である。
b平成23年3~12月
田村市の30km圏外のモニタリング地点の平成23年3
~12月の空間線量率は,証拠上明らかでない。
田村市の30km圏外の平成23年12月28日から平成
24年1月6日の空間線量率は,0.2~0.7μSv/h
(0.8~3.5mSv/y相当)であった。
4月29日第1次航空機モニタリングから11月5日第4
次航空機モニタリングまでの結果から計算した田村市内の空
間線量率は,0.15~9.50μSv/h(0.58~4
9.79mSv/y相当),平均0.78~1.25μSv/
h(3.89~6.37mSv/y相当)であったが,これ
は,田村市内の旧避難指示解除準備区域,旧緊急時避難準備
区域を含んだ数値である。
田村市役所は田村市船引町船引字馬場(福島第一原発から
約41km)の自主的避難等対象区域に所在し,平成26年
10月に田村市船引町船引字畑添の新庁舎に移転したが,田
村市の自主的避難等対象区域の公共サービス,生活関連サー
ビスは,平成23年3月時点でもおおむね継続されていたも
のと認められる。
c平成24年1~8月
旧田村市役所駐車場(現田村市図書館)を含む田村市の3
0km圏外12箇所の平成24年4月1日から同月12日ま
での空間線量率は,0.08~0.50μSv/h(0.21
~2.42mSv/y相当)であった。
平成24年6月28日第5次航空機モニタリングの結果か
ら計算した田村市内の空間線量率は,0.13~2.60μ
Sv/h(0.47~13.47mSv/y相当),平均0.
58μSv/h(2.84mSv/y相当)であったが,これ
は,田村市内の旧避難指示解除準備区域,旧緊急時避難準備
区域を含んだ数値である。
d平成24年9月以降
田村市の30km圏外12箇所の平成25年4月1日から
平成29年3月2日までの空間線量率は,0.05~0.3
9μSv/h(0~1.84mSv/y相当)であった。
平成24年12月28日第6次航空機モニタリングから平
成25年11月19日第8次航空機モニタリングまでの結果
から計算した田村市内の空間線量率は0.06~1.70μ
Sv/h(0.11~8.74mSv/y相当),平均0.3
8~0.44μSv/h(1.79~2.11mSv/y相
当)であったが,これは,田村市内の旧避難指示解除準備区
域,旧緊急時避難準備区域を含んだ数値である。
鏡石町
a平成23年3月
鏡石町役場(福島第一原発から約64km)の3月31日
の空間線量率は0.49μSv/h(2.37mSv/y相
当)であった。
鏡石町の公共サービス,生活関連サービスは,本件事故直
後からおおむね復旧していたものと認められる(弁論の全趣
旨)。
b平成23年4月
鏡石町役場の4月1日から4月30日までの空間線量率は,
0.34~0.46μSv/h(1.58~2.21mSv/
y相当)であった。
4月29日第1次航空機モニタリングの結果から計算した
鏡石町内の空間線量率は0.26~0.63μSv/h(1.
16~3.11mSv/y相当),平均0.40μSv/h(1.
89mSv/y相当)であった。
c平成23年5~12月
鏡石町役場の5月31日から12月31日までの空間線量
率は,0.2~0.29μSv/h(0.8~1.32mSv
/y相当)であった。
5月26日第2次航空機モニタリングから11月5日第4
次航空機モニタリングまでの結果から計算した鏡石町内の空
間線量率は0.15~0.66μSv/h(0.58~3.2
6mSv/y相当),平均0.26~0.39μSv/h(1.
16~1.84mSv/y相当)であった。
d平成24年1~8月
鏡石町役場の平成24年1月31日から同年4月12日ま
での空間線量率は,0.15~0.19μSv/h(0.58
~0.79mSv/y相当)であった。
平成24年6月28日第5次航空機モニタリングの結果か
ら計算した鏡石町内の空間線量率は0.17~0.40μS
v/h(0.68~1.89mSv/y相当),平均0.26
μSv/h(1.16mSv/y相当)であった。
e平成24年9月以降の状況
鏡石町役場の平成25年4月1日から平成29年3月2日
までの空間線量率は,0.07~0.13μSv/h(0.1
6~0.47mSv/y相当)であった。
平成24年12月28日第6次航空機モニタリングから平
成25年11月19日第8次航空機モニタリングまでの結果
から計算した鏡石町内の空間線量率は0.10~0.30μ
Sv/h(0.32~1.37mSv/y相当),平均0.1
5~0.20μSv/h(0.58~0.84mSv/y相
当)であった。
天栄村
a平成23年3月
天栄村役場(福島第一原発から約72km)の3月31日
の空間線量率は1.72μSv/h(8.84mSv/y相
当)であった。
天栄村の公共サービス,生活関連サービスは,本件事故直
後からおおむね復旧していたものと認められる(弁論の全趣
旨)。
b平成23年4月
天栄村役場の4月1日から4月30日までの空間線量率は,
1.26~1.78μSv/h(6.42~9.16mSv/
y相当)であった。
4月29日第1次航空機モニタリングの結果から計算した
天栄村内の空間線量率は,0.33~1.70μSv/h(1.
53~8.74mSv/y相当),平均0.82μSv/h(4.
11mSv/y相当)であった。
c平成23年5~12月
天栄村役場の5月31日から12月31日までの空間線量
率は,0.67~1μSv/h(3.32~5.05mSv/
y相当)であった。
5月26日第2次航空機モニタリングから11月5日第4
次航空機モニタリングまでの結果から計算した天栄村内の空
間線量率は,0.05~2.00μSv/h(0.05~1
0.32mSv/y相当),平均0.32~1.09μSv/
h(1.47~5.53mSv/y相当)であった。
d平成24年1~8月
天栄村役場を含む1~8箇所の平成24年1月31日から
4月12日までの空間線量率は,0.03~0.54μSv
/h(0~2.63mSv/y相当)であった。
平成24年6月28日第5次航空機モニタリングの結果か
ら計算した天栄村内の空間線量率は0.05~1.20μS
v/h(0.05~6.11mSv/y相当),平均0.35
μSv/h(1.63mSv/y相当)であった。
e平成24年9月以降
天栄村内7~8箇所の平成25年4月1日から平成29年
3月2日までの空間線量率は,0.03~0.30μSv/
h(0~1.37mSv/y相当)であった。
平成24年12月28日第6次航空機モニタリングから平
成25年11月19日第8次航空機モニタリングまでの結果
から計算した天栄村内の空間線量率は0.05~0.99μ
Sv/h(0.05~5.00mSv/y相当),平均0.2
7~0.53μSv/h(1.21~2.58mSv/y相
当)であった。
石川町
a平成23年3月
石川町役場(福島第一原発から約60km)の平成23年
3月31日の空間線量率は0.21μSv/h(0.89m
Sv/y相当),石川町による3月18日から3月31日まで
の放射能測定結果(測定場所不詳)は,0.19~0.75μ
Sv/h(0.79~3.74mSv/y相当)であった。
石川町の公共サービス,生活関連サービスは,本件事故直
後からおおむね復旧していたものと認められる。
b平成23年4月
石川町役場の4月1日から4月30日までの空間線量率は
0.15~0.22μSv/h(0.58~0.95mSv/
y相当),石川町による4月1日から4月13日までの放射能
測定結果(測定場所不詳)は,0.16~0.22μSv/h
(0.63~0.95mSv/y相当)であった。
4月29日第1次航空機モニタリングの結果から計算した
石川町内の空間線量率は0.12~0.51μSv/h(0.
42~2.47mSv/y相当),平均0.27μSv/h(1.
21mSv/y相当)であった。
c平成23年5~12月
石川町役場の5月31日から12月31日までの空間線量
率は,0.1~0.14μSv/h(0.3~0.53mSv
/y相当),石川町が測定した,町内506箇所の7月20日
から8月15日までの空間線量率は,0.10~0.27μ
Sv/h(0.32~1.21mSv/y相当)であった。
5月26日第2次航空機モニタリングから11月5日第4
次航空機モニタリングまでの結果から計算した石川町内の空
間線量率は0.10~0.54μSv/h(0.32~2.6
3mSv/y相当),平均0.18~0.26μSv/h(0.
74~1.16mSv/y相当)であった。
d平成24年1~8月
石川町役場を含む石川町内1~3箇所の平成24年1月3
1日から4月12日までの空間線量率は,0.15~0.1
9μSv/h(0.58~0.79mSv/y相当)であっ
た。
平成24年6月28日第5次航空機モニタリングの結果か
ら計算した石川町内の空間線量率は0.11~0.26μS
v/h(0.37~1.16mSv/y相当),平均0.18
μSv/h(0.74mSv/y相当)であった。
e平成24年9月以降
石川町内3箇所の平成25年4月1日から平成29年3月
2日までの空間線量率は,0.05~0.10μSv/h(0.
05~0.32mSv/y相当)であった。
平成24年12月28日第6次航空機モニタリングから平
成25年11月19日第8次航空機モニタリングまでの結果
から計算した石川町内の空間線量率は0.05~0.26μ
Sv/h(0.05~1.16mSv/y相当),平均0.1
2~0.14μSv/h(0.42~0.53mSv/y相
当)であった。
玉川村
a平成23年3月
玉川村役場(福島第一原発から約60km)の3月31日
の空間線量率は0.28μSv/h(1.26mSv/y相
当),福島県が測定した,玉川村に所在する福島空港の3月2
5日から3月31日の空間線量率は0.19~0.65μS
v/h(0.79~3.21mSv/y相当)であった。
玉川村の公共サービス,生活関連サービスは,本件事故直
後からおおむね復旧していたものと認められる(弁論の全趣
旨)。
b平成23年4月
玉川村役場の4月1日から4月30日までの空間線量率は
0.2~0.26μSv/h(0.8~1.16mSv/y相
当)であった。
4月29日第1次航空機モニタリングの結果から計算した
玉川村内の空間線量率は,0.14~0.59μSv/h(0.
53~2.89mSv/y相当),平均0.30μSv/h(1.
37mSv/y相当)であった。
c平成23年5~12月
玉川村役場の5月31日から12月31日までの空間線量
率は,0.16~0.2μSv/h(0.63~0.84mS
v/y相当)であった。
5月26日第2次航空機モニタリングから11月5日第4
次航空機モニタリングまでの結果から計算した玉川村内の空
間線量率は,0.11~0.73μSv/h(0.37~3.
63mSv/y相当),平均0.21~0.28μSv/h(0.
89~1.26mSv/y相当)であった。
d平成24年1~8月
玉川村役場を含む玉川村内1~4箇所の平成24年1月3
1日から4月12日までの空間線量率は,0.07~0.1
5μSv/h(0.16~0.58mSv/y相当)であっ
た。
平成24年6月28日第5次航空機モニタリングの結果か
ら計算した玉川村内の空間線量率は0.13~0.53μS
v/h(0.47~2.58mSv/y相当),平均0.22
μSv/h(0.95mSv/y相当)であった。
e平成24年9月以降
玉川村内4箇所の平成25年4月1日から平成29年3月
2日までの空間線量率は,0.05~0.13μSv/h(0.
05~0.47mSv/y相当)であった。
平成24年12月28日第6次航空機モニタリングから平
成25年11月19日第8次航空機モニタリングまでの結果
から計算した玉川村内の空間線量率は,0.08~0.44
μSv/h(0.21~2.11mSv/y相当),平均0.
15~0.18μSv/h(0.58~0.74mSv/y相
当)であった。
平田村
a平成23年3月
平田村役場(福島第一原発から約47km)の3月31日
の空間線量率は0.23μSv/h(1.00mSv/y相
当)であった。
平田村の公共サービス,生活関連サービスは,本件事故直
後からおおむね復旧していたものと認められる(弁論の全趣
旨)。
b平成23年4月
平田村役場の4月1日から4月30日までの空間線量率は,
0.18~0.23μSv/h(0.74~1.00mSv/
y相当)であった。
4月29日第1次航空機モニタリングの結果から計算した
平田村内の空間線量率は0.11~0.86μSv/h(0.
37~4.32mSv/y相当),平均0.34μSv/h(1.
58mSv/y相当)であった。
c平成23年5~12月
平田村役場の5月31日から12月31日までの空間線量
率は,0.15~0.22μSv/h(0.58~0.95m
Sv/y相当)であった。
5月26日第2次航空機モニタリングから11月5日第4
次航空機モニタリングまでの結果から計算した平田村内の空
間線量率は0.12~0.91μSv/h(0.42~4.5
8mSv/y相当),平均0.23~0.33μSv/h(1.
00~1.53mSv/y相当)であった。
d平成24年1~8月
平田村役場を含む平田村内1~6箇所の平成24年1月3
1日から4月12日までの空間線量率は,0.09~0.1
5μSv/h(0.26~0.58mSv/y相当)であっ
た。
平成24年6月28日第5次航空機モニタリングの結果か
ら計算した平田村内の空間線量率は0.15~0.60μS
v/h(0.58~2.95mSv/y相当),平均0.22
μSv/h(0.95mSv/y相当)であった。
e平成24年9月以降
平田村内6箇所の平成25年4月1日から平成29年3月
2日までの空間線量率は,0.06~0.12μSv/h(0.
11~0.42mSv/y相当)であった。
平成24年12月28日第6次航空機モニタリングから平
成25年11月19日第8次航空機モニタリングまでの結果
から計算した平田村内の空間線量率は0.10~0.46μ
Sv/h(0.32~2.21mSv/y相当),平均0.1
5~0.17μSv/h(0.58~0.68mSv/y相
当)であった。
浅川町
a平成23年3月
浅川町役場(福島第一原発から約67km)の3月31日
の空間線量率は0.24μSv/h(1.05mSv/y相
当)であった。
浅川町の公共サービス,生活関連サービスは,本件事故直
後からおおむね復旧していたものと認められる(弁論の全趣
旨)。
b平成23年4月
浅川町役場の4月1日から4月30日までの空間線量率は,
0.20~0.25μSv/h(0.84~1.11mSv/
y相当)であった。
4月29日第1次航空機モニタリングの結果から計算した
浅川町内の空間線量率は,0.20~0.58μSv/h(0.
84~2.84mSv/y相当),平均0.42μSv/h(2.
00mSv/y相当)であった。
c平成23年5~12月
浅川町役場の5月31日から12月31日までの空間線量
率は,0.15~0.2μSv/h(0.58~0.8mSv
/y相当)であった。
5月26日第2次航空機モニタリングから11月5日第4
次航空機モニタリングまでの結果から計算した浅川町内の空
間線量率は,0.17~0.61μSv/h(0.68~3.
00mSv/y相当),平均0.22~0.41μSv/h(0.
95~1.95mSv/y相当)であった。
d平成24年1~8月
浅川町役場を含む浅川町内1~4箇所の平成24年1月3
1日から4月12日までの空間線量率は,0.08~0.1
4μSv/h(0.21~0.53mSv/y相当)であっ
た。
平成24年6月28日第5次航空機モニタリングの結果か
ら計算した浅川町内の空間線量率は,0.14~0.27μ
Sv/h(0.53~1.21mSv/y相当),平均0.2
0μSv/h(0.84mSv/y相当)であった。
e平成24年9月以降
浅川町内4箇所の平成25年4月1日から平成29年3月
2日までの空間線量率は,0.04~0.11μSv/h(0
~0.37mSv/y相当)であった。
平成24年12月28日第6次航空機モニタリングから平
成25年11月19日第8次航空機モニタリングまでの結果
から計算した浅川町内の空間線量率は,0.11~0.22
μSv/h(0.37~0.95mSv/y相当),平均0.
14~0.17μSv/h(0.53~0.68mSv/y相
当)であった。
古殿町
a平成23年3月
古殿町役場(福島第一原発から約56km)の3月31日
の空間線量率は0.24μSv/h(1.05mSv/y相
当)であった。
古殿町の公共サービス,生活関連サービスは,本件事故直
後からおおむね復旧していたものと認められる(弁論の全趣
旨)。
b平成23年4月
古殿町役場の4月1日から4月30日までの空間線量率は,
0.17~0.23μSv/h(0.68~1.00mSv/
y相当)であった。
4月29日第1次航空機モニタリングの結果から計算した
古殿町内の空間線量率は0.17~1.30μSv/h(0.
68~6.63mSv/y相当),平均0.47μSv/h(2.
26mSv/y相当)であった。
c平成23年5~12月
古殿町役場の5月31日から12月31日までの空間線量
率は,0.15~0.2μSv/h(0.58~0.8mSv
/y相当)であった。
5月26日第2次航空機モニタリングから11月5日第4
次航空機モニタリングまでの結果から計算した古殿町内の空
間線量率は,0.05~1.00μSv/h(0.05~5.
05mSv/y相当),平均0.28~0.45μSv/h(1.
26~2.16mSv/y相当)であった。
d平成24年1~8月
古殿町役場を含む古殿町内1~7箇所のモニタリング地点
の平成24年1月31日から4月12日までの空間線量率は,
0.07~0.23μSv/h(0.16~1.00mSv/
y相当)であった。
平成24年6月28日第5次航空機モニタリングの結果か
ら計算した古殿町内の空間線量率は,0.15~0.68μ
Sv/h(0.58~3.37mSv/y相当),平均0.2
6μSv/h(1.16mSv/y相当)であった。
e平成24年9月以降
古殿町内7箇所の平成25年4月1日から平成29年3月
2日までの空間線量率は,0.05~0.18μSv/h(0.
05~0.74mSv/y相当)であった。
平成24年12月28日第6次航空機モニタリングから平
成25年11月19日第8次航空機モニタリングまでの結果
から計算した古殿町内の空間線量率は,0.08~0.57
μSv/h(0.21~2.79mSv/y相当),平均0.
18~0.20μSv/h(0.63~0.84mSv/y相
当)であった。
三春町
a平成23年3月
三春町役場(福島第一原発から約48km)の3月31日
の空間線量率は0.53μSv/h(2.58mSv/y相
当)であった。
三春町の公共サービス,生活関連サービスは,本件事故直
後からおおむね復旧していたものと認められる(弁論の全趣
旨)。
b平成23年4月
三春町役場の4月1日から4月30日までの空間線量率は
0.39~0.51μSv/h(1.84~2.47mSv/
y相当)であった。
4月29日第1次航空機モニタリングの結果から計算した
三春町内の空間線量率は,0.15~1.10μSv/h(0.
58~5.58mSv/y相当),平均0.52μSv/h(2.
53mSv/y相当)であった。
c平成23年5~12月
三春町役場の5月31日から12月31日までの空間線量
率は,0.27~0.84μSv/h(1.21~4.21m
Sv/y相当)であった。
5月26日第2次航空機モニタリングから11月5日第4
次航空機モニタリングまでの結果から計算した三春町内の空
間線量率は,0.14~1.20μSv/h(0.53~6.
11mSv/y相当),平均0.45~0.64μSv/h(2.
16~3.16mSv/y相当)であった。
d平成24年1~8月
三春町役場を含む三春町内1~5箇所の平成24年1月3
1日から4月12日までの空間線量率は,0.15~0.3
9μSv/h(0.58~1.84mSv/y相当)であっ
た。
平成24年6月28日第5次航空機モニタリングの結果か
ら計算した三春町内の空間線量率は,0.14~0.92μ
Sv/h(0.53~4.63mSv/y相当),平均0.4
5μSv/h(2.16mSv/y相当)であった。
e平成24年9月以降
三春町内5箇所の平成25年4月1日から平成29年3月
2日までの空間線量率は,0.07~0.32μSv/h(0.
16~1.47mSv/y相当)であった。
平成24年12月28日第6次航空機モニタリングから平
成25年11月19日第8次航空機モニタリングまでの結果
から計算した三春町内の空間線量率は,0.10~0.73
μSv/h(0.32~3.63mSv/y相当),平均0.
28~0.35μSv/h(1.26~1.63mSv/y相
当)であった。
小野町
a平成23年3月
小野町役場(福島第一原発から約39km)の3月31日
の空間線量率は0.19μSv/h(0.79mSv/y相
当)であった。
小野町の公共サービス,生活関連サービスは,本件事故直
後からおおむね復旧していたものと認められる(弁論の全趣
旨)。
b平成23年4月
小野町役場の4月1日から4月30日までの空間線量率は,
0.14~0.18μSv/h(0.53~0.74mSv/
y相当)であった。
4月29日第1次航空機モニタリングの結果から計算した
小野町内の空間線量率は,0.23~0.65μSv/h(1.
00~3.21mSv/y相当),平均0.35μSv/h(1.
63mSv/y相当)であった。
c平成23年5~12月
小野町役場の5月31日から12月31日までの空間線量
率は,0.1~0.13μSv/h(0.3~0.47mSv
/y相当)であった。
5月26日第2次航空機モニタリングから11月5日第4
次航空機モニタリングまでの結果から計算した小野町内の空
間線量率は0.13~0.72μSv/h(0.47~3.5
8mSv/y相当),平均0.27~0.34μSv/h(1.
21~1.58mSv/y相当)であった。
d平成24年1~8月
小野町役場を含む小野町の1~5箇所の平成24年1月3
1日から4月12日までの空間線量率は,0.08~0.1
5μSv/h(0.21~0.58mSv/y相当)であっ
た。
平成24年6月28日第5次航空機モニタリングの結果か
ら計算した小野町内の空間線量率は0.15~0.42μS
v/h(0.58~2.00mSv/y相当),平均0.22
μSv/h(0.95mSv/y相当)であった。
e平成24年9月以降
小野町内5箇所の平成25年4月1日から平成29年3月
2日までの空間線量率は,0.05~0.13μSv/h(0.
05~0.47mSv/y相当)であった。
平成24年12月28日第6次航空機モニタリングから平
成25年11月19日第8次航空機モニタリングまでの結果
から計算した小野町内の空間線量率は0.10~0.34μ
Sv/h(0.32~1.58mSv/y相当),平均0.1
5~0.16μSv/h(0.58~0.63mSv/y相
当)であった。
相馬市
a平成23年3月
相馬市中野寺前(福島第一原発から約42km)の3月1
7日から3月31日までの空間線量率は,0.7~3.5μ
Sv/h(3.5~18.2mSv/y相当)であった。
相馬市役所(福島第一原発から約42km)の3月31日
の空間線量率は0.65μSv/h(3.21mSv/y相
当)であった。
相馬市役所南側庁舎が地震により使用不能となるなどした
ものの,相馬市の公共サービス,生活関連サービスは,本件
事故直後からおおむね復旧していたものと認められる。
b平成23年4月
相馬市中野寺前の4月1日から4月29日までの空間線量
率は,0.3~1.1μSv/h(1.4~5.6mSv/y
相当),相馬市役所の4月30日の空間線量率は0.4μSv
/h(1.9mSv/y相当)であった。
4月29日第1次航空機モニタリングの結果から計算した
相馬市内の空間線量率は0.05~4.00μSv/h(0.
05~20.84mSv/y相当),平均1.00μSv/h
(5.05mSv/y相当)であった。
c平成23年5~12月
相馬市内1~4箇所の5月31日から12月31日までの
空間線量率は,0.15~1.39μSv/h(0.58~
7.11mSv/y相当),相馬市内15箇所の7月15日の
空間線量率は,0.136~0.767μSv/h(0.51
~3.83mSv/y相当),相馬市が測定した,市内応急仮
設住宅6箇所,災害廃棄物仮置場3箇所の7月13日の空間
線量率は,0.09~0.17μSv/h(0.26~0.6
8mSv/y相当)であった。
5月26日第2次航空機モニタリングから11月5日第4
次航空機モニタリングまでの結果から計算した相馬市内の空
間線量率は0.05~3.90μSv/h(0.05~20.
32mSv/y相当),平均0.88~0.96μSv/h(4.
42~4.84mSv/y相当)であった。
d平成24年1~8月
相馬市内4~14箇所の平成24年1月31日から4月1
2日までの空間線量率は,0.12~0.90μSv/h(0.
42~4.53mSv/y相当)であった。
平成24年6月28日第5次航空機モニタリングの結果か
ら計算した相馬市内の空間線量率は0.05~2.10μS
v/h(0.05~10.84mSv/y相当),平均0.5
7μSv/h(2.79mSv/y相当)であった。
e平成24年9月以降
相馬市内4~14箇所の平成25年4月1日から平成29
年3月2日までの空間線量率は,0.05~0.58μSv
/h(0.05~2.84mSv/y相当)であった。
平成24年12月28日第6次航空機モニタリングから平
成25年11月19日第8次航空機モニタリングまでの結果
から計算した相馬市内の空間線量率は0.05~1.50μ
Sv/h(0.05~7.68mSv/y相当),平均0.3
6~0.45μSv/h(1.68~2.16mSv/y相
当)であった。
新地町
a平成23年3月
新地町役場(福島第一原発から約52km)の3月31日
の空間線量率は0.45μSv/h(2.16mSv/y相
当)であった。
新地町の公共サービス,生活関連サービスは,本件事故直
後からおおむね復旧していたものと認められる(弁論の全趣
旨)。
b平成23年4月
新地町役場の4月30日の空間線量率は0.29μSv/
h(1.32mSv/y相当)であった。
4月29日第1次航空機モニタリングの結果から計算した
新地町内の空間線量率は0.17~0.57μSv/h(0.
68~2.79mSv/y相当),平均0.31μSv/h(1.
42mSv/y相当)であった。
c平成23年5~12月
新地町役場の5月31日から12月31日までの空間線量
率は,0.17~0.21μSv/h(0.68~0.89m
Sv/y相当)であった。
5月26日第2次航空機モニタリングから11月5日第4
次航空機モニタリングまでの結果から計算した新地町内の空
間線量率は0.05~0.63μSv/h(0.05~3.1
1mSv/y相当),平均0.30~0.41μSv/h(1.
37~1.95mSv/y相当)であった。
d平成24年1~8月
新地町役場を含む新地町の1~2箇所の平成24年1月3
1日から4月12日までの空間線量率は,0.16~0.2
0μSv/h(0.63~0.84mSv/y相当)であっ
た。
平成24年6月28日第5次航空機モニタリングの結果か
ら計算した新地町内の空間線量率は0.05~0.44μS
v/h(0.05~2.11mSv/y相当),平均0.26
μSv/h(1.16mSv/y相当)であった。
e平成24年9月以降
新地町内2箇所の平成25年4月1日から平成29年3月
2日までの空間線量率は,0.06~0.15μSv/h(0.
11~2.2mSv/y相当)であった。
平成24年12月28日第6次航空機モニタリングから平
成25年11月19日第8次航空機モニタリングまでの結果
から計算した新地町内の空間線量率は,0.05~0.35
μSv/h(0.05~1.63mSv/y相当),平均0.
17~0.21μSv/h(0.68~0.89mSv/y相
当)であった。
いわき市
aいわき市の概況
いわき市のうち,福島第一原発から30km圏内の区域(久
之浜町,大久町,小川町,川前町の一部)は,3月15日,屋
内退避区域(なお,本件訴訟には,旧居住地が旧屋内退避区
域(解除後に緊急時避難準備区域に設定された地域を除く。)
である一審原告はいない。)に設定された。
いわき市長は,3月11日,市内沿岸部全域に避難指示を
出し,3月13日,30km圏内である久之浜・大久地区,小
川・川前地区の一部の住民に対し,自主的な避難を要請した。
3月25日には,屋内退避区域において物流が止まるなどし,
社会生活の維持継続が困難となりつつあり,また,今後の事
態の推移によっては,放射線量が増大し,避難指示を出す可
能性も否定できないとして,政府(官房長官)からも屋内退
避区域の住民に対し自主的な避難を要請した。
いわき市の30km圏内の屋内退避区域の設定は,4月2
2日に解除され,同区域は緊急時避難準備区域には設定され
なかった。
いわき市の30km圏外の区域は,自主的避難等対象区域
である。
b平成23年3月
30km圏外のいわき市平字梅本に所在する福島県いわき
合同庁舎駐車場では,3月15日に23.72μSv/h(1
24.63mSv/y相当),3月21日に6.00μSv/
h(31.37mSv/y相当)といった,20mSv/y相
当値を超える空間線量率が計測されている。
いわき市の30km圏外8箇所の3月31日の空間線量率
は,0.39~1.46μSv/h(1.84~7.47mS
v/y相当)であった。
いわき市では,本件地震により,市内ほぼ全域での断水,
2万0670戸の停電,1万5309戸でのガス供給停止な
どが発生し,さらに,4月11日の余震により市内ほぼ全域
の19万9731戸が停電するなどしたが,いわき市の30
km圏外での公共サービス,生活関連サービスは,平成23
年4月頃までにはおおむね復旧していたものと認められる。
c平成23年4月
福島県いわき合同庁舎駐車場の4月1日の空間線量率は,
0.69μSv/h(3.42mSv/y相当),いわき市の
30km圏外8箇所の4月30日の空間線量率は,0.11
~0.62μSv/h(0.37~3.05mSv/y相当)
であった。
4月29日第1次航空機モニタリングの結果から計算した
いわき市内の空間線量率は0.05~4.50μSv/h(0.
05~23.47mSv/y相当),平均0.68μSv/h
(3.37mSv/y相当)であるが,これは,30km圏内
の旧屋内退避区域を含んだ数値である。
d平成23年5~12月
福島県いわき合同庁舎駐車場の5月1日から12月1日ま
での空間線量率は,0.17~0.28μSv/h(0.68
~1.26mSv/y相当),いわき市の30km圏外9箇所
の5月31日から12年31日までの空間線量率は,0.0
9~0.59μSv/h(0.26~2.89mSv/y相
当),いわき市が測定した,いわき市役所久之浜・大久支所を
除く30km圏外の,いわき市役所本庁舎(福島第一原発か
ら約43km)・支所合計12箇所の6月19日から8月18
日の空間線量率(地上1m)は,0.08~0.41μSv/
h(0.21~1.95mSv/y相当),福島県いわき合同
庁舎駐車場で0.19~0.24μSv/h(0.79~1.
05mSv/y相当)であった。
5月26日第2次航空機モニタリングから11月5日第4
次航空機モニタリングまでの結果から計算したいわき市内の
空間線量率は0.05~4.70μSv/h(0.05~2
4.53mSv/y相当),平均0.48~0.66μSv/
h(2.32~3.26mSv/y相当)であるが,これは,
30km圏内の旧屋内退避区域を含んだ数値である。
e平成24年1~8月
いわき市の30km圏外8箇所の平成24年1月31日か
ら4月12日までの空間線量率は,0.21~0.57μS
v/h(0.89~2.79mSv/y相当),いわき市が測
定した,30km圏内を含む市内876地点の平成24年1
月26日から2月9日までの空間線量率は,全て0.99μ
Sv/h(5.00mSv/y相当)未満,いわき市役所久之
浜・大久支所を除く30km圏外15箇所の平成24年8月
21日の空間線量率(地上1m)は,0.08~0.22μS
v/h(0.21~0.95mSv/y相当)であった。
平成24年6月28日第5次航空機モニタリングの結果か
ら計算したいわき市内の空間線量率は0.05~3.20μ
Sv/h(0.05~16.63mSv/y相当),平均0.
36μSv/h(1.68mSv/y相当)であるが,これ
は,30km圏内の旧屋内退避区域を含んだ数値である。
f平成24年9月以降
30km圏内のいわき市末続集会所,志田名集会所,旧戸
渡分校,いわき市海竜の里センターを除く,いわき市の30
km圏外51箇所の平成25年4月1日から平成29年3月
2日までの空間線量率は,0.03~0.31μSv/h(0
~1.42mSv/y相当)であった。
平成24年12月28日第6次航空機モニタリングから平
成25年11月19日第8次航空機モニタリングまでの結果
から計算したいわき市内の空間線量率は0.03~2.65
μSv/h(0~13.74mSv/y相当),平均0.25
~0.27μSv/h(1.11~1.21mSv/y相当)
であるが,これは,30km圏内の旧屋内退避区域を含んだ
数値である。
ウ各地域の自主的避難者数
自主的避難等対象区域の市町村における平成23年3月15日
時点の自主的避難者の人数及び割合は,以下のとおりである(丙
A26,47)。
H23.3.15時点の
自主的避難者数
H23.3.15時点の自主的避難
者数が人口に占める割合
福島市3,234人1.1%
二本松市647人1.1%
伊達市14人0.0%
本宮市133人0.4%
桑折町40人0.3%
国見町986人9.8%
川俣町1人0.0%
大玉村7人0.1%
郡山市5,068人1.5%
須賀川市1,138人1.4%
田村市※39人0.1%
鏡石町108人0.8%
天栄村56人0.9%
石川町16人0.1%
玉川村14人0.2%
平田村0人0.0%
H23.3.15時点の
自主的避難者数
H23.3.15時点の自主的避難
者数が人口に占める割合
浅川町0人0.0%
古殿町0人0.0%
三春町0人0.0%
小野町9人0.1%
相馬市4,457人11.8%
新地町0人0.0%
いわき市15,377人4.5%
(※田村市については,避難指示等対象区域を含んだ数字である。)
もっとも,福島県全体の自主的避難者の数は,本件事故発生直
後から一度減少したものの,4月末以降はおおむね増加傾向にあ
るとされており,3月15日の自主的避難者数4万0256人に
対して,3月25日2万3659人,4月22日2万2315人,
5月22日3万6184人,6月30日3万4093人,7月2
8日4万1377人,8月25日4万7786人,9月22日5
万0327人と推移した(丙A26,47)。
エ自主的避難等対象区域旧居住者の受けた被害
自主的避難等対象区域においては,上記アのとおり,避難が強
制ないし要請されたものではなく,いずれも福島第一原発から3
0km圏外であったことなどから,実質的に避難を余儀なくされ
たとまでいうことはできない。現に,上記ウのとおり,実際に自
主的に避難した者は,3月15日の時点で,おおむね1%を下回
っており,多い地域でも10%前後にとどまっている。しかしな
がら,前記第3の3の低線量被曝に関する知見等,前記1の一審
原告らの旧居住地ないし居住地の状況,上記イの各地域の概要等
によれば,未曽有の事故である本件事故の発生当初に,福島第一
原発の状況が安定しておらず,今後どのようにその被害が拡大す
るか不明で,自らが置かれた状況について十分な情報がない状況
下にあって,自主的避難等対象区域旧居住者が,放射線被曝に対
する恐怖や不安を感じ,これらの恐怖・不安から一時的に自主的
に避難を選択することには合理性が認められるというべきである。
取り分け
感受性が高く,また妊婦には流産の危険があるなどの知見があり,
子供・妊婦については,低線量被曝等の健康に対する不安や今後
の本件事故の進展に対する不安がそれ以外の者に比して大きかっ
たというべきであることを総合すると,この地域に居住していた
子供・妊婦としては,自主的に避難するのも無理はない状況に追
い込まれていたということができる。
検討
ア評価(損害額)
自主的避難等対象区域を旧居住地とする一審
原告らは,生活の本拠であった旧居住地から自主的に避難するこ
とが合理的といえる程度の恐怖・不安を覚え,取り分け子供・妊
婦については自主的に避難するのも無理はない状況に追い込まれ
ていたというべきであるから,一審原告らが平穏生活権を侵害さ
れたことは明らかであり,賠償に値する精神的苦痛を被ったもの
と認められる(なお,自主的に避難しなかった者についても,自
主的に避難することが合理的な状況ないし自主的に避難するのも
無理はない状況に追い込まれていた点については自主的避難者と
同様であるから,避難した者と同額の損害を負ったと解すべきで
ある。)。
以上を前提に,平穏生活権侵害に基づく慰謝料の額を算定する
と,その額は,①子供・妊婦は自主的に避難するのも無理はない
状況に追い込まれた点について15万円,それ以外の者は自主的
に避難することが合理的といえる程度の恐怖・不安を覚えた点に
ついて5万円,②避難生活の継続を余儀なくされたことについて
は,妊婦・子供は月額3万円,それ以外の者は月額1万円と評価
すべきである(避難の有無を問わない。)。なお,旧居住地が帰還
困難区域等,旧居住制限区域又は旧避難指示解除準備区域以外の
一審原告らは,「ふるさと喪失」損害を主張していない。
なお,上記②の月額については,
年3月時点で,福島市,桑折町,川俣町,郡山市,いわき市といっ
た地域の放射線モニタリング地点で20mSv/y相当値を超え
る空間線量率が計測されていたこと,平成23年4月時点におい
ても,福島市,二本松市,伊達市,本宮市,桑折町,川俣町,郡山
市といった地域において,20mSv/y相当値は下回るものの
10mSv/y相当値を超える空間線量率が計測されていたこと
などからすると,本件事故発生当初の時期(平成23年3~4月)
における自主的避難等対象区域旧居住者の抱いた放射線被曝に対
する不安,今後の本件事故の進展に対する不安は,一律に当該地
域からの避難や屋内退避を必要とするほどのものではなかったと
しても,旧緊急時避難準備区域(前記6),旧特定避難勧奨地点(前
記7)といった必ずしも避難が強制されるものでない区域の旧居
住者の抱いた不安と本質的に異なるものではなく,避難の必要性
や可能性を検討し,自主的に避難する状況に追い込まれていたと
いうべきであり,様々な事情により避難を選択しなかった旧居住
者についても,そのような選択をすること自体に困難を強いられ,
避難せずにそのまま居住することに対して恐怖・不安等を覚えた
といえるのであって,これらの事情に鑑みれば,平成23年3月,
4月の2か月については,より高額の慰謝料が認められるべきで
あるとも解されないではないが,当裁判所は,上記のような諸事
情も考慮に入れた上で,以下の終期を定め,その期間中の額を均
等にならして全体の損害額を算定するのを相当と認め,一律に,
子供・妊婦については月額3万円,それ以外の者については月額
1万円と評価すべきであると考える。
そして,上記②の避難生活の継続は,本件事故があった3月1
1日が属する月である平成23年3月を始期とし(なお,本件事
故後に子供・妊婦となった者についても同様とすることについて,
後記のとおり。),終期は,平成23年5~12月時点においても,
福島市,二本松市,伊達市,桑折町といった相当の人口,面積を
有する範囲において,20mSv/y相当値は下回るものの,1
0mSv/y相当値を超える空間線量率が計測されていたこと,
収束宣言により福島第一原発の冷温停止状態の達成が確認された
のが12月16日であること(前記第1の5)に,前記1の一審
原告らの旧居住地ないし居住地の状況等,取り分け,平成24年
3月以降,おおむね空間線量率が5mSv/yを下回るようにな
ったものの,なお福島市内,二本松市内,伊達市内,本宮市内,桑
折町内,国見町内,大玉村内,郡山市内,須賀川市内,天栄村内,
相馬市内等において5mSv/yを超える空間線量率が計測され
ることもあったことなどに鑑み,引き続き放射線被曝に対する恐
怖・不安を抱いていた者が少なくないとうかがわれ,その恐怖・
不安は合理的であるというべきであること,一審被告東電の自主
賠償基準では,平成24年1~8月分の賠償をすることとされて
いること(前記第2の5)などを考え合わせると,本件事故か
ら少なくとも1年間(平成24年2月まで)は,自主的避難等対
象区域旧居住者の抱いた放射線被曝に対する不安,今後の本件事
故の進展に対する不安は,引き続き賠償に値するものというべき
であることから,終期は平成24年2月とするのが相当である。
したがって,避難生活の継続が合理的であると解される期間は,
平成23年3月から平成24年2月までの12か月間であり,子
供・妊婦についての慰謝料額は51万円,それ以外の者について
の慰謝料額は17万円と評価すべきである(避難の有無,実際の
避難期間を問わない。)。
ここで,本判決において,本グループの子供・妊婦とは,本件
事故日から約1年後の平成24年2月29日までの間に18歳以
下の子供であった者(誕生日が平成4年3月12日~平成23年
3月11日の者及び本件事故発生時に自主的避難等対象区域旧居
住者であった者から平成23年3月12日~平成24年2月29
日の間に出生した者)及び妊婦であった者(平成23年3月11
日~平成24年2月29日の間に妊娠していた期間がある者)を
指すものとする(本件事故後である平成23年3月12日~平成
24年2月29日の間に出生して子供となった者又は妊娠して妊
婦となった者も含まれるところ,これらの者ないしその世帯につ
いても,出産又は妊娠以前から本件事故による影響が他の者や世
帯に比して大きかったといえるため,損害額算定上の始期は一律
に平成23年3月11日とする。)。
なお,一審被告東電は,科学的知見に基づけば,空間線量率が
20mSv/yの被曝の健康リスクは,他の発がん要因によるリ
スクと比べても十分低い水準にあるのであるから,20mSv/
yを大きく下回る地域の旧居住者には,放射線被曝による健康被
害の現実の危険性が生じていたということはできない以上,低線
量被曝の健康リスクの有無が広く周知され,自主的避難等対象区
域旧居住者らが自らが置かれている状況が認識し得る状況に至っ
た後は,もはや一審原告らの法的に保護された権利利益が本件事
故によって侵害されていると評価することはできず,それ以降は
本件事故を根拠とする慰謝料を認めることは相当ではないと主張
する。
しかしながら,一審被告東電の指摘する低線量被曝の健康リス
クに係る知見は,原子力発電所を設置・運営する一審被告東電や,
それに関わる周辺業務従事者であればいざしらず,たまたま原子
力発電所の事故の影響を受ける周辺地域に住んでいる一住民が本
件事故前に知っていてしかるべき知見ではなく,さりとて,本件
事故後に,様々なバイアスがかかった情報が飛び交う状況で,原
子力発電所は安全であると喧伝してきた一審被告東電や電力会社
側の情報や,同じく原子力発電所の安全性を担保し適切に監督し
てきたはずの一審被告国が主導した情報等が公表されたとしても,
未曽有の事故に巻き込まれた状況で何を信用して良いか分からな
い心境にあったと推認される大多数の一審原告らにおいて,それ
らの情報の中から冷静に低線量被曝に係る正確な情報を取捨選択
してこれを的確に把握することは,少なくとも本件事故後の相当
の期間は困難を極める状況であったと優に認めることができる。
福島県内の自主的避難者の数が,本件事故後一旦減少したものの,
4月末以降は再び増加に転じ,9月22日の時点で3月15日時
点の自主的避難者数を約1万人も上回っているという現象(前記
告らを含む避難指示等を受けなかった地域の住民の避難行動に混
乱を来たしていたことが見て取れるというべきである。
以上を踏まえると,一審被告東電のいう,低線量被曝の健康リ
スクの有無が広く周知され,自主的避難等対象区域旧居住者らが
自らが置かれている状況が認識し得る状況に至るには,本件事故
から最低でも1年は必要であったというべきであるから,上記判
示に係る平成24年2月という終期の判断を覆さない。一審被告
東電らの上記主張は失当である。
イ一審原告らに対する具体的な損害額
全般
上記アによれば,旧居住地が自主的避難等対象区域である一
審原告らに対しては,精神的損害に係る賠償として,子供・妊
婦については合計51万円,それ以外の者については合計17
万円の支払がされるべきであるところ,「中間指針等による賠償
額」(自主賠償基準)では,前記のとおり,1期賠償の対象
者は40万円,2期賠償の対象者は8万円(うち妊婦は後記「そ
れ以外の者」としての8万円と合計して16万円),双方の対象
者は48万円,それ以外の者は8万円とされているため,各一
審原告らは,これらの賠償額を超える部分が,それぞれ本訴に
おいて認容すべき額となる。
旧居住地が自主的避難等対象区域である提訴時一審原告は別
紙7理由一覧表の「避難指示区分等」欄に「自主的避難等対象
区域」と記載のある2821人,そこから取下一審原告を除い
た一審原告は2673人であり,そのうち子供として提訴して
いる者は同表の「子供・妊婦」欄に「○」と記載のある212人
及び同欄に「◎」と記載のある一審原告T-3184,妊婦と
して提訴している者は同欄に「●」と記載のある21人及び一
審原告T-3184である。したがって,子供又は妊婦として
提訴している者を除いた一審原告ら2439人については,自
主賠償基準の8万円を超える9万円が認容額となる。
一審原告T-3184について
一審原告T-3184については,平成23年3月11日当
時,子供であり(平成7年3月21日生)かつ妊婦であった(平
成23年4月28日出産)ため,子供かつ妊婦として提訴して
いるところ,当裁判所は,同一審原告を妊婦としてのみ扱うこ
ととする(同一審原告については,一審被告東電は,1期賠償
においては妊婦と,2期賠償においては子供として扱い,48
万円賠償することとしているため,同一審原告については,1
期賠償及び2期賠償の合計48万円を超える3万円が認容額と
なる。)。
子供であった者として扱うべき一審原告について
本グループにおいて子供であった者とは,平成23年3月1
1日~平成24年2月29日の間に18歳以下の子供であった
者(誕生日が平成4年3月12日~平成23年3月11日の者
及び本件事故発生時に自主的避難等対象区域旧居住者であった
者から平成23年3月12日~平成24年2月29日の間に出
生した者)をいうところ(上記ア),平成4年12月31日以前
に出生した一審原告ら7人(一審原告T-1151,同T-3
180,同T-2435,同T-0155,同T-1072,
同T-0782及び同T-1222)は,自主賠償基準によれ
ば1期賠償のみの40万円の対象者であるから,同額を超える
11万円が認容額となり,平成24年1月18日に出生した一
審原告T-1857は,自主賠償基準によれば2期賠償のみの
8万円の対象者であるから,同額を超える43万円が認容額と
なり,平成24年3月1日以降に出生した一審原告ら7人(一
審原告H-295,同H-298,同H-495,同T-49
7,同T-1095,同T-1566及び一審原告T-273
1)については子供であった者に当たらない上に,本グループ
のそれ以外の者にも該当しないため,賠償すべき損害は認めら
れない。そして,前記212人からこれらの15人を除いた1
97人については,いずれも,自主賠償基準によれば1期賠償
及び2期賠償の合計48万円の対象者であるから,同額を超え
る3万円が認容額となる。
妊婦であった者として扱うべき一審原告について
本グループにおいて妊婦であった者とは,平成23年3月1
1日~平成24年2月29日の間に妊娠していた期間がある者
をいうところ(上記ア),まず,別紙7理由一覧表の「出産日」
欄の日付がこの間である一審原告ら13人は,妊婦であった者
となる。そして,そのうち,平成24年1月18日に出産した
一審原告T-1856以外の12人は平成23年3月11日~
同年12月31日の間に出産しているため,自主賠償基準によ
れば,いずれも1期賠償のみの40万円の対象者であるから,
これらの一審原告らについては,40万円を超える11万円が
認容額となり(ただし,一審原告T-3184については前記
一審原告T-2509については後記のとおり,
いずれも認容額は3万円となる。),一審原告T-1856は,
自主賠償基準によれば,1期賠償及び2期賠償の合計48万円
の対象者であるから,同額を超える3万円が認容額となる。
次に,平成24年3月1日以降に出産した一審原告は,出産
日順に,平成24年3月2日出産の一審原告T-0495,同
年5月7日出産の一審原告H-0350,同年9月19日出産
の一審原告T-0656,平成25年2月3日出産の一審原告
T-1565,同年3月18日出産の一審原告T-1515,
同年6月20日出産の一審原告H-0074,平成26年3月
14日出産の一審原告H-0492,同月15日出産の一審原
告T-0046,平成27年5月13日出産の一審原告H-0
343の9人であるところ(なお,一審原告T-2509及び
同T-3154の2人はそれぞれ,平成25年2月24日,平
成26年5月12日に出産しているが,いずれも,平成23年
3月11日~平成24年2月29日の間にも出産しているため,
ここでは数に入れず,上記平成23年3月11日~同年12月
31日の間に出産した12人の中に入れている。もっとも,一
審原告T-2509については,一審被告東電は,2期賠償の
対象ともしているため,同一審原告については,1期賠償及び
2期賠償の合計48万円を超える3万円が認容額となる。),こ
のうち,一審原告T-0495,一審原告H-0350及び一
審原告T-0656の3人は,平成24年2月29日までに妊
娠していた期間があるものと推認できるため,妊婦であった者
として扱い,その余の6人は子供・妊婦以外の者として扱うこ
ととする。そして,妊婦であった者として扱う上記の3人は,
自主賠償基準によれば,いずれも1期賠償及び2期賠償の合計
48万円の対象者であるから,同額を超える3万円が認容額と
なる。一方,妊婦であった者として扱えない上記の6人のうち,
一審原告T-1565,同T-1515,同H-0074の3
人は,自主賠償基準によれば,いずれも2期賠償及び子供・妊
婦以外の大人への賠償の合計16万円の対象者であるから,こ
れらの一審原告らについては,16万円を超える1万円が認容
額となり,残りの一審原告H-0492,同T-0046,同
H-0343の3人は,自主賠償基準によれば子供・妊婦以外
の大人への賠償のみの8万円の対象者であるから,これらの一
審原告らについては,子供又は妊婦として提訴しなかった一審
原告らと同様に,8万円を超える9万円が認容額となる。
10旧居住地が県南地域及び宮城県丸森町である一審原告らについて
認定事実
ア県南地域及び宮城県丸森町の概要
福島県の県南地域(白河市,西郷村,泉崎村,中島村,矢吹町,
棚倉町,矢祭町,塙町,鮫川村)は,福島第一原発からおよそ南西
方面におおむね60~100km圏内に位置し,間に阿武隈高地
を挟むものの奥羽山脈により隔てられていない9市町村であり
(丙A47の1),宮城県丸森町は,福島第一原発からおよそ北北
西方面におおむね45~70km圏内に位置し,福島第一原発か
らの距離はおおむね隣接する伊達市(前記7又は9のグループ)
と等しい。
中間指針等では,これらの地域は賠償の対象とされていないが,
一審被告東電の自主賠償基準では,上記10市町村に居住してい
た,①3月11日~12月31日の間に18歳以下である期間が
あった者(誕生日が平成4年3月12日~平成23年3月11日
の者及び本件事故発生時に上記10市町村の旧居住者であった者
から平成23年3月12日~12月31日の間に出生した者)及
び妊婦であった者(平成23年3月11日~平成23年12月3
1日の間に妊娠していた期間がある者)に対し,避難の有無を問
わず20万円(1期賠償)を,②平成24年1月1日~同年8月
31日の間に18歳以下である期間があった者(誕生日が平成5
年1月2日~平成23年3月11日の者及び本件事故発生時に上
記10市町村の旧居住者であった者から平成23年3月12日~
8月31日の間に出生した者)及び妊婦であった者(平成24年
1月1日~8月31日の間に妊娠していた期間がある者)に対し,
避難の有無を問わず4万円(2期賠償)を,それぞれ賠償するこ
ととしている。これに対して,上記①及び②以
外の者は賠償の対象としていない。
なお,一審被告東電は,子供・妊婦か否かを問わず,追加的費
用等として4万円を賠償することとしているところ(丙C24),
一審被告東電は,これらを精神的損害等に対する慰謝料とは別の
項目として支払う旨,自らのホームページにおいて整理している
ことなどから,これらについては精神的損害に対する賠償には当
たらない。
イ各地域の状況
平成23年3月
県南地域及び宮城県丸森町の市町村の公共サービス,生活関
連サービスは,本件事故直後からおおむね復旧していたものと
認められる(丙C470,471,弁論の全趣旨)。
白河市に所在する県南合同庁舎の3月11日から同月14日
までの空間線量率は0.06~0.09μSv/h(0.11
~0.26mSv/y相当)であったが,同月15日には7.
56μSv/h(39.58mSv/y相当),同月16日には
4.1μSv/h(21.4mSv/y相当)といった,20m
Sv/y相当値を超える空間線量率が計測されていた。さらに,
同月17日~31日までは0.80~3.7μSv/h(4.
00~19.3mSv/y相当)であった。
宮城県丸森町(測定場所不明)で3月21日に測定された空
間線量率は,1.48μSv/h(7.58mSv/y相当)で
あった(丙C466の2)。3月24日及び28日に町内で採取
した水・農産物・原乳の放射能測定結果は,いずれも,ヨウ素・
セシウム共に基準値を下回ったが,ホウレンソウは基準値(原
子力施設等の防災対策に係る指針における摂取制限指標値)の
約半分程度の数値が測定された(丙C466の3)。
平成23年4月
県南合同庁舎の4月1日~19日までの空間線量率は0.6
7~0.78μSv/h(3.32~3.89mSv/y相当)
であった。
鮫川村役場,西郷村役場,泉崎村役場,中島村役場,矢吹町
役場,棚倉町役場,矢祭町役場,塙町役場の4月11日の空間
線量率は,0.15~0.81μSv/h(0.58~4.05
mSv/y相当)であった。
4月29日第1次航空機モニタリングの結果から計算した県
南地域の空間線量率は0.05~1.40μSv/h(0.0
5~7.16mSv/y相当),平均0.13~0.81μSv
/h(0.47~4.05mSv/y相当)であったが,これ
は,非生活圏である山林などを含んだ数値である。
宮城県丸森町では,4月24日~28日に町役場前ないし大
内まちづくりセンターで測定した空間線量率は0.23~0.
28μSv/h(1~1.05mSv/y相当)であった(甲
C381の1)。
平成23年5~12月
西郷村が測定した,西郷村役場の5月23日~6月13日の
空間線量率は0.58~0.65μSv/h(2.84~3.2
1mSv/y相当)であった。
白河市表郷庁舎,白河市大信庁舎,白河市東庁舎,矢吹町役
場,西郷村役場,泉崎村役場,中島村役場,棚倉町役場,塙町役
場,矢祭町役場,鮫川村役場の6月9日から12月28日まで
の空間線量率は0.10~0.91μSv/h(0.32~3.
21mSv/y相当)であった。別の資料では,平成23年8
月17日~9月7日の間に,白河市内で1.2μSv/h(6.
11mSv/y相当)が記録された地点もあるとされる(丙A
47の6)。
5月26日第2次航空機モニタリングから11月5日第4次
航空機モニタリングまでの結果から計算した県南地域の空間線
量率は0.05~1.80μSv/h(0.05~9.26mS
v/y相当),平均0.11~0.95μSv/h(0.37~
4.79mSv/y相当)であった。
宮城県丸森町では,町役場前の5月12日の空間線量率は0.
23μSv/h(1mSv/y相当),6月14日は0.18μ
Sv/h(0.74mSv/y相当),庁内各地域32地点の6
月22日の測定値は0.23~0.79(1~3.95mSv
/y相当)であった。また,保育所・児童館及び各小中学校等
(小学校等はグラウンドから50cm,中学校はグラウンドか
ら100cmで測定)における5月12日の測定結果は0.5
~1.33μSv/h(2.42~6.89mSv/y相当),
6月2~23日は0.36~1.2μSv/h(1.74~6.
11mSv/y相当)であった。その後,11月25~29日
の町内37地点における測定値は,0.19~0.95(0.7
9~4.79mSv/y相当),宮城県が12月31日に測定し
た空間線量率は0.23μSv/h(1.00mSv/y相当)
であった。町内の土壌検査では4月の時点でも上限値以下であ
り,4~11月に行われた町産の農林水産物の採取調査では,
放射性セシウムが検出されるもいずれも基準値内であり,年末
にかけて漸減した。(甲C381,丙C466)
平成24年1~8月
白河市表郷庁舎,白河市大信庁舎,白河市東庁舎,矢吹町役
場,西郷村役場,泉崎村役場,中島村役場,棚倉町役場,塙町役
場,矢祭町役場,鮫川村役場の平成24年1月4日の空間線量
率は,0.10~0.61μSv/h(0.32~3.00mS
v/y相当)であった。
白河市役所本庁,大信庁舎,表郷庁舎,東庁舎の平成24年
4月1日から平成28年2月1日までの空間線量率は,0.0
48~0.301μSv/h(0.04~1.37mSv/y
相当)であった。
平成24年6月28日第5次航空機モニタリングの結果から
計算した県南地域の空間線量率は0.05~1.10μSv/
h(0.05~5.58mSv/y相当),平均0.14~0.
47μSv/h(0.53~2.26mSv/y相当)であっ
た。
平成24年9月以降
県南地域50箇所の平成24年9月3日から平成29年3月
2日までの空間線量率は,0.05~0.44μSv/h(0.
05~2.11mSv/y相当)であった。
平成24年12月28日第6次航空機モニタリングから平成
25年11月19日第8次航空機モニタリングまでの結果から
計算した県南地域の空間線量率は0.05~0.88μSv/
h(0.05~4.42mSv/y相当),平均0.10~0.
48μSv/h(0.32~2.32mSv/y相当)であっ
た。
平成23年4月29日第1次航空機モニタリングから平成2
5年11月19日第8次航空機モニタリングまでの結果から計
算した丸森町内の空間線量率は0.09~2.20μSv/h
(0.26~11.37mSv/y相当),平均0.27~0.
65μSv/h(1.21~3.21mSv/y相当)であっ
た。もっとも,これは非生活圏である山林などを含んだ数値で
ある。
ウ各地域の自主的避難者数
県南地域及び宮城県丸森町の各市町村における平成23年3月
15日時点の自主的避難者の人数及び割合は,以下のとおりであ
る(丙A26,47)。
市町村名
H23.3.15時点の
自主的避難者数※
H23.3.15時点の自主的避難者
数が人口に占める割合
白河市522人0.8%
西郷村92人0.5%
泉崎村60人0.9%
中島村9人0.2%
矢吹町365人2.0%
棚倉町14人0.1%
矢祭町0人0%
塙町0人0%
鮫川村0人0%
※避難者数には,地震又は津波による避難者を含む。
もっとも,福島県全体の自主的避難者の数は,本件事故発生直
後から一度減少したものの,4月末以降はおおむね増加傾向にあ
るとされており,3月15日の自主的避難者数4万0256人に
対して,3月25日2万3659人,4月22日2万2315人,
5月22日3万6184人,6月30日3万4093人,7月2
8日4万1377人,8月25日4万7786人,9月22日5
万0327人と推移した(丙A26,47)。
エ県南地域及び宮城県丸森町旧居住者の受けた被害
県南地域及び宮城県丸森町においては,上記アのとおり,避難
が強制ないし要請されたものではなく,いずれも福島第一原発か
ら30km圏外であったことなどから,実質的に避難を余儀なく
されたとまでいうことはできない。
もっとも,県南地域は,福島第一原発がある福島県内の自治体
であり,しかも福島第一原発からおよそ南西方面におおむね60
~100km圏内の奥羽山脈により隔てられていない位置に存し
ていること,宮城県丸森町は,福島県外ではあるものの,福島県
に食い込むような形で隣接した自治体であり,福島第一原発から
およそ北北西方面におおむね45~70km圏内に位置し,特定
避難勧奨地点が市内に存在し自主的避難等対象区域でもある伊達
市や,同じく自主的避難等対象区域である新地町とおおむね隣接
していることなどから,いずれも,福島第一原発との近接性とい
う意味において自主的避難等対象区域と立地的にほぼ同等である
といえる。加えて,前記第3の3の低線量被曝に関する知見等,
前記1の一審原告らの旧居住地ないし居住地の状況,上記イの各
地域の概要等によれば,未曽有の事故である本件事故の発生当初
に,福島第一原発の状況が安定しておらず,今後どのようにその
被害が拡大するか不明で,自らが置かれた状況について十分な情
報がない状況下にあって,県南地域及び宮城県丸森町旧居住者が,
放射線被曝に対する恐怖や不安を感じ,これらの恐怖・不安から
一時的に自主的に避難をすることには合理性が認められるという
べきである。取り分け,胎児や子供は放射線感受性が高く,また
妊婦には流産の危険があるなどの知見があり,子供・妊婦につい
ては,低線量被曝等の健康に対する不安や今後の本件事故の進展
に対する不安がそれ以外の者に比して大きかったというべきであ
ることを総合すると,自主的避難等対象区域と同様に,県南地域
及び宮城県丸森町に居住していた子供・妊婦としては,自主的に
避難するのも無理はない状況に追い込まれていたということがで
きる。
検討
ア評価(損害額)
,県南地域又は宮城県丸森町を旧居住地とする
一審原告らは,生活の本拠であった旧居住地から自主的に避難す
ることが合理的といえる程度の恐怖・不安を覚え,取り分け子供・
妊婦については自主的に避難するのも無理はない状況に追い込ま
れていたというべきであるから,一審原告らが平穏生活権を侵害
されたことは明らかであり,賠償に値する精神的苦痛を被ったも
のと認められる(なお,自主的に避難しなかった者についても,
自主的に避難することが合理的な状況ないし自主的に避難するの
も無理はない状況に追い込まれていた点については自主的避難者
と同様であるから,避難した者と同額の損害を負ったと解すべき
である。)。
以上を前提に,平穏生活権侵害に基づく慰謝料の額を算定する
と,その額は,①子供・妊婦は自主的に避難するのも無理はない
状況に追い込まれた点について10万円,それ以外の者は自主的
に避難することが合理的といえる程度の恐怖・不安を覚えた点に
ついて3万円,②避難生活の継続を余儀なくされたことについて
は,妊婦・子供は月額2万円,それ以外の者は月額1万円と評価
すべきである(避難の有無を問わない。)。なお,旧居住地が帰還
困難区域等,旧居住制限区域又は旧避難指示解除準備区域以外の
一審原告らは,「ふるさと喪失」損害を主張していない。
そして,上記②の避難生活の継続は,本件事故があった3月1
1日が属する月である平成23年3月を始期とし(なお,本件事
故後に子供・妊婦となった者についても同様とすることについて,
後記のとおり。),
点で白河市において少なくとも2日間にわたり20mSv/y相
当値を超える空間線量率が計測されていたところ,本グループの
中で西郷村以外の町村は福島第一原発からの距離が白河市とおお
むね同等かより近い場所に位置すること,平成23年4~12月
においても,5mSv/y相当値前後の空間線量率が計測される
地点が数か所存在していたこと,収束宣言により福島第一原発の
冷温停止状態の達成が確認されたのが12月16日であること
(前記第1の5),平成24年になってもなお5mSv/y相当を
超える空間線量率が計測される地点もあったこと,他方で,原賠
審は,12月6日に公表した中間指針第一次追補において,政府
等による避難指示等対象区域外については,上記9の自主的避難
等対象区域として23市町村を選別した上で,この区域の居住者
に対する賠償基準を定め,それ以外の区域については一律の賠償
基準は定めなかったことなどを総合的に考慮すると,平成23年
12月までは,県南地域及び宮城県丸森町旧居住者の抱いた放射
線被曝に対する不安,今後の本件事故の進展に対する不安は,引
き続き賠償に値するものというべきであることから,子供・妊婦
以外の者については,平成23年12月とすべきである。また,
子供・妊婦については,前記のとおり,それ以外の者に比して低
線量被曝等の健康に対する不安や今後の本件事故の進展に対する
不安が大きかったというべきであるところ,県南地域及び宮城県
丸森町は,平成24年1月以降,おおむね空間線量率が5mSv
/yを下回るようになったものの,なお航空機モニタリングでは
5mSv/yを超える空間線量率が計測されることもあったこと
などに鑑み,引き続き放射線被曝に対する恐怖・不安を抱いてい
た子供・妊婦が少なくないとうかがわれ,その恐怖・不安は合理
的であるというべきであること,一審被告東電の自主賠償基準で
は,平成24年1~8月分の賠償をすることとされていること(前
記第2の5)などを考慮すれば,終期は平成24年2月とする
のが相当である(終期以前に子供又は妊婦ではなくなった者につ
いても,上記恐怖・不安ないしその影響は継続したものと考えら
れるため,同様とする。)。したがって,避難生活の継続が合理的
であると解される期間は,子供・妊婦については,平成23年3
月から平成24年2月までの12か月間であり,その点について
の慰謝料額は24万円,それ以外の者については,平成23年3
月から同年12月までの10か月間であり,その点についての慰
謝料額は10万円と評価すべきである(避難の有無,実際の避難
期間を問わない。)。
ここで,本判決において,本グループの子供・妊婦とは,自主
的避難等対象区域のグループと同様,本件事故日から約1年後の
平成24年2月29日までの間に18歳以下の子供であった者
(誕生日が平成4年3月12日~平成23年3月11日の者及び
本件事故発生時に県南地域又は宮城県丸森町旧居住者であった者
から平成23年3月12日~平成24年2月29日の間に出生し
た者)及び妊婦であった者(平成23年3月11日~平成24年
2月29日の間に妊娠していた期間がある者)を指すものとする
(本件事故後である平成23年3月12日~平成24年2月29
日の間に出生して子供となった者又は妊娠して妊婦となった者も
含まれるところ,これらの者ないしその世帯についても,出産又
は妊娠以前から本件事故による影響が他の者や世帯に比して大き
かったといえるため,損害額算定上の始期は一律に平成23年3
月11日とすることとする。)。
なお,一審被告東電は,県南地域及び宮城県丸森町が福島第一
原発から離れており,基本的に避難指示等対象区域に近接してい
ないという立地的な観点や,科学的知見に基づけば,空間線量率
が20mSv/yの被曝の健康リスクは,他の発がん要因による
リスクと比べても十分低い水準にあるところ,県南地域及び宮城
県丸森町では,一時的にも20mSv/y相当値を観測した地点
はなく,遅くとも4月3日以降は1μSv/hを下回っていたこ
と,この地域の大部分の住民が避難をせずに滞在していたこと(上
故直後からおおむね復旧していたこと(上,放射線やそ
の健康被害に関する情報提供は本件事故直後から新聞等により連
日報道され,生活には支障がなく,冷静に対応すべきであること
などが広く情報提供されていたことなどからすれば,県南地域及
び宮城県丸森町に居住していた住民については,本件事故の放射
線の影響によって法律上保護された利益が侵害されたという状況
にはないと主張する。
しかしながら,県南地域は福島第一原発からの距離がおおむね
60~100km圏内に位置しているところ,これは,やはり同
様に100km圏内に位置する自主的避難等対象区域の23市町
村と立地的には同等といえるし,宮城県丸森町に至っては,隣接
県ではあるものの,福島第一原発からおおむね45~70km圏
内と,より福島第一原発に近接しているのであるから,本グルー
プの区域に居住する住民の心理的には,自主的避難等対象区域と
同等程度に福島第一原発による影響を考えざるを得なかったとい
える。また,一審被告東電の指摘する低線量被曝の健康リスクに
係る知見に関しては,一審原告らにおいて,数ある情報の中から
冷静に低線量被曝に係る正確な情報を取捨選択してこれを的確に
把握することが少なくとも本件事故後数年間は困難を極める状況
であったと優に認めることができる点は,自主的避難等対象区域
グループの項(前記9)で説示したところと同様であって,福島
県内の自主的避難者の数が,本件事故後一旦減少したものの,4
月末以降は再び増加に転じ,9月22日の時点で3月15日時点
の自主的避難者数を約1万人も上回っているという現象(上
ウ)からも,本件事故後の情報が錯綜し,本グループの一審原告
らを含む避難指示等を受けなかった地域の住民の避難行動に混乱
を来たしていたことが見て取れるというべきである。もっとも,
本グループの空間線量率は,自主的避難等対象区域よりは低かっ
たことも事実である。
以上によれば,一審被告東電らの上記主張を踏まえても,自主
的避難等対象区域より終期を早くしつつ,避難中の損害額につい
ても若干低廉なものとした上で,県南地域及び宮城県丸森町につ
いて賠償すべき損害を認めた前記判断を覆さない。
イ一審原告らに対する具体的な損害額
全般
上記アによれば,旧居住地が県南地域及び宮城県丸森町であ
る一審原告らに対しては,精神的損害に係る賠償として,妊婦・
子供については合計34万円,それ以外の者については合計1
3万円の支払がされるべきであるところ,「中間指針等による賠
象者は20万円,2期賠償の対象者は4万円,双方の対象者は
24万円,それ以外の者は0円とされているため,各一審原告
らは,これらの賠償額を超える部分が,それぞれ本訴において
認容すべき額となる。
旧居住地が県南地域又は宮城県丸森町である提訴時一審原告
は別紙7理由一覧表の「避難指示区分等」欄に「県南地域」又
は「宮城県丸森町」と記載のある277人,そこから取下一審
原告を除いた一審原告は270人(うち子供として提訴してい
る者は同表の「子供・妊婦」欄に「○」と記載のある45人,妊
婦として提訴している者は同欄に「●」と記載されている3人)
である。したがって,子供又は妊婦として提訴している者を除
いた一審原告ら222人については,自主賠償基準の0円を超
える13万円が認容額となる。
子供であった者として扱うべき一審原告について
本グループにおいて子供であった者とは,平成23年3月1
1日~平成24年2月29日の間に18歳以下の子供であった
者(誕生日が平成4年3月12日~平成23年3月11日の者
及び本件事故発生時に県南地域又は宮城県丸森町旧居住者であ
った者から平成23年3月12日~平成24年2月29日の間
に出生した者)をいうところ(上記ア),本訴において本グルー
プの子供として提訴している一審原告らは,いずれも上記に該
当する。
そして,平成4年12月31日以前に出生した一審原告T-
2208及び同T-2797は,自主賠償基準によれば1期賠
償のみの20万円の対象者であるから,同額を超える14万円
が認容額となり,本グループの子供として提訴しているその余
の一審原告ら43人(平成23年3月12日以降に生まれた,
一審原告T-3257(平成23年6月7日出生)及び一審原
告H-0215(平成23年12月1日出生)も含む。)は,自
主賠償基準によれば,いずれも1期賠償及び2期賠償の合計2
4万円の対象者であるから,同額を超える10万円が認容額と
なる。
妊婦であった者として扱うべき一審原告について
本グループにおいて妊婦であった者とは,平成23年3月1
1日~平成24年2月29日の間に妊娠していた期間がある者
をいうところ(上記ア),本訴における本グループの妊婦として
提訴している一審原告H-0213,一審原告T-2229及
び一審原告T-3148の3名はいずれも上記に該当する。
なお,一審原告H-0213は平成23年12月1日に,一
審原告T-3148は平成23年6月7日に,それぞれ出産し,
一審原告T-2229は出産しなかったところ,自主賠償基準
によれば,いずれも1期賠償のみの20万円の対象者であるか
ら,これらの一審原告らについては,20万円を超える14万
円が認容額となる。
11旧居住地が上記3~10以外の地域である一審原告らについて
会津地域
ア認定事実
会津地域の概要
福島県は,南から北へ連なる阿武隈高地と奥羽山脈によって,
東から,阿武隈高地以東の浜通り,阿武隈高地と奥羽山脈に挟
まれた中通り,奥羽山脈以西の会津の3つに分けられるところ,
会津(会津地域(会津若松市,喜多方市,北塩原村,西会津町,
磐梯町,猪苗代町,会津坂下町,湯川村,柳津町,三島町,金山
町,昭和村,会津美里村の13市町村)及び南会津地域(下郷
町,檜枝岐村,只見町,南会津町の4町村)に分けられる。以下
合わせて「会津地域」という。)は,福島第一原発からおよそ8
0~140km圏内にあり,その間には阿武隈高地及び奥羽山
脈が南北に走っている(乙A47の1)。会津地域を旧居住地と
する提訴時一審原告は別紙7理由一覧表の「避難指示区分等」
欄に「区域外(会津地域)」と記載のある204人,そこから取
下一審原告を除いた一審原告は184人(うち子供として提訴
している者は同表の「子供・妊婦」欄に「○」と記載のある20
人,妊婦として提訴している者は同欄に「●」と記載のある5
人)である。
会津地域は,全中間指針によっても,自主賠償基準によって
も,一律の賠償の基準は定められていない。
会津地域の状況
会津若松市に所在する会津合同庁舎,南会津町に所在する南
会津合同庁舎の空間線量率は,3月15日には1.08~1.
18μSv/h(5.47~6.00mSv/y相当)であっ
たが,3月16日には0.09~0.44μSv/h(0.26
~2.11mSv/y相当)に落ち着いた。
南会津町役場南郷総合支所,伊南総合支所,舘総合支所,下
郷町役場,只見町役場,檜枝岐村役場の6月1日から10月1
1日までの空間線量率は,0.05~0.17μSv/h(0.
05~0.68mSv/y相当)であった。
会津地域のモニタリング地点の平成24年4月1日から平成
29年3月2日までの空間線量率は,0.02~0.19μS
v/h(0~0.79mSv/y相当)であった。
4月29日第1次航空機モニタリングから平成25年11月
19日第8次航空機モニタリングまでの結果から計算した会津
地域の空間線量率は0.04~0.74μSv/h(0~3.
68mSv/y相当),平均0.06~0.28μSv/h(0.
11~1.26mSv/y相当)であった。
会津地域の市町村の公共サービス,生活関連サービスは,本
件事故直後からおおむね復旧していたものと認められる。
会津地域の自主的避難者数
会津地域の各市町村における平成23年3月15日時点の自
主的避難者の人数及び割合は,以下のとおりである。
市町村名
H23.3.15時点の
自主的避難者数※
H23.3.15時点の自主的避難者
数が人口に占める割合
会津若松市99人0.1%
猪苗代町3人0.0%
その他0人0%
※避難者数には,地震又は津波による避難者を含む。
なお,同日時点で,避難区域からの避難者を,会津若松市は
247人,猪苗代町は473人,喜多方市は2900人,会津
坂下町は19人をそれぞれ受け入れている。
(丙A26,47)
イ一審原告らの損害
会津地域旧居住者の損害
会津地域の空間線量率が,3月15日の最も高かったときで
も5mSv/y相当値をわずかに上回る程度であり,その後は
おおむね5mSv/y相当値を下回っていたことなどからする
と,会津地域旧居住者が被曝による健康影響に対する不安,今
後の本件事故の進展に対する不安,被曝回避措置による生活上
の支障などを感じていたとしても,賠償すべき損害があるとは
認められない。
他方,成人よりも放射線感受性が強いとされる子供・妊婦に
ついては,会津地域が福島第一原発と同一の福島県の一地域で
あること,一旦でも5mSv/y相当値を上回るような放射線
が観測された地域の子供・妊婦が,その後の見通しも分からな
い中で恐怖・不安を覚えて自主的に避難すること自体は合理性
があり,本件事故と相当因果関係があるというべきである。も
っとも,会津地域は立地的に福島第一原発とは相当離れている
その後の放射
線値),自主的避難者はごく
わずかであり,他方で避難者の受入人数は相当数に上っている
月以上にわたる避難継続は本件事故と相当因果関係があるとい
うことはできない。
ここで,本判決において,本グループの子供・妊婦とは,自
主的避難等対象区域等のグループと同様,本件事故日から約1
年後の平成24年2月29日までの間に18歳以下の子供であ
った者(誕生日が平成4年3月12日~平成23年3月11日
の者及び本件事故発生時に会津地域旧居住者であった者から平
成23年3月12日~平成24年2月29日の間に出生した者)
及び妊婦であった者(平成23年3月11日~平成24年2月
29日の間に妊娠していた期間がある者)を指すものとする(本
件事故後である平成23年3月12日~平成24年2月29日
の間に出生して子供となった者又は妊娠して妊婦となった者も
含まれるところ,これらの者ないしその世帯についても,出産
又は妊娠以前から本件事故による影響が他の者や世帯に比して
大きかったといえるため,損害額算定上の始期は一律に平成2
3年3月11日とすることとする。)。
一審原告らに対する具体的な損害額
ち,子供・妊婦については自主的に避難することが合理的とい
える程度の恐怖・不安を覚えていたというべきであるから,こ
れらの一審原告らが平穏生活権を侵害されたことは明らかであ
り,賠償に値する精神的苦痛を被ったものと認められ(なお,
自主的に避難しなかった子供・妊婦についても,自主的に避難
することが合理的な状況であった点については自主的避難者と
同様であるから,避難者した者と同額の損害を負ったと解すべ
きである。),その額は,①子供・妊婦が自主的に避難すること
が合理的といえる程度の恐怖・不安を覚えた点について5万円,
②避難生活1か月相当分として1万円と評価すべきである(避
難の有無を問わない。)。
以上によれば旧居住地が会津地域である一審原告らに対して
は,精神的損害に係る賠償として,子供・妊婦について,合計
6万円の支払がなされるべきであるところ,これらの者に対す
る「中間指針等による賠償額」は0円であるため,上記6万円
が,本訴において認容すべき額となる。
会津地域を旧居住地とするその他の一審原告らには,賠償す
べき損害は生じておらず,請求は認められない。
子供であった者として扱うべき一審原告について
本グループにおいて子供であった者とは,平成23年3月1
1日~平成24年2月29日の間に18歳以下の子供であった
者(誕生日が平成4年3月12日~平成23年3月11日の者
及び本件事故発生時に会津地域旧居住者であった者から平成2
3年3月12日~平成24年2月29日の間に出生した者)を
いうところ(上記),本訴において本グループの子供として提
訴している一審原告らのうち,一審原告T-1553,同T-
1885,同T-1995,同T-2668の4人は,いずれ
も平成24年3月1日以降に出生した者であるため,本グルー
プにいう「子供」には当たらず,請求は認められない。
妊婦であった者として扱うべき一審原告について
本グループにおいて妊婦であった者とは,平成23年3月1
1日~平成24年2月29日の間に妊娠していた期間がある者
をいうところまず,この間に出産した一審原告2人
(一審原告T-1887及び同T-1592)は妊婦であった
者となる。次に,平成24年3月1日以降に出産した一審原告
は,出産日順に,平成24年11月20日出産の一審原告T-
2667,平成25年2月20日出産の同T-1002,同年
5月7日出産の同T-1993の3人いるところ,このうち,
一審原告T-2667は平成24年2月29日までに妊娠して
いた期間があるものと推認できるため,妊婦であった者として
扱い,その余の2人は本グループにいう「妊婦」には当たらず,
請求は認められない。
宮城県(丸森町を除く。)
ア認定事実
宮城県(丸森町を除く。)の概要
宮城県は,福島県の北方,福島原発からおよそ45~95k
m離れた地点において福島県と接している。このうち,福島第
一原発から最も近い丸森町は県南地域及び宮城県丸森町のグル
ープ(前記10)に入っているため,本グループにおいては,
宮城県のうち丸森町以外(以下本グループの説示においては単
に「宮城県」という。)を旧居住地とする者を対象とする。宮城
県を旧居住地とする提訴時一審原告は別紙7理由一覧表の「避
難指示区分等」欄に「区域外(宮城県)」と記載のある38人,
そこから取下一審原告を除いた一審原告は28人(うち子供と
して提訴している者は同表の「子供・妊婦」欄に「○」と記載の
ある3人,妊婦として提訴している者はいない。)であり,その
地域と人数の内訳は以下のとおりである。
牡鹿郡女川町1人
塩竈市2人
仙台市9人(うち子供として提訴した者3人)
多賀城市1人
名取市閖上2人
白石市11人
柴田郡大河原町2人
宮城県は,全中間指針によっても,自主賠償基準によっても,
一律の賠償の基準は定められていない。
宮城県の状況
宮城県仙台市における空間線量率は,平成23年3月11日
から平成24年10月31日まで,1mSv/y相当値(0.
23μSv/h)を下回っている。
宮城県の測定した,丸森町を除く宮城県各市町村の平成23
年12月1日の空間線量率は,0.06~0.17μSv/h
(0.11~0.68mSv/y相当)であった。
宮城県白石市内147箇所の3月9日から平成24年5月1
日までの空間線量率は,0.09~0.67μSv/h(0.2
6~3.32mSv/y相当)であった。白石市内168箇所
の空間線量率は,平成24年に0.09~0.70μSv/h
(0.26~3.47mSv/y相当),平成25年に0.06
~0.44μSv/h(0.11~2.11mSv/y相当),
平成26年に0.06~0.27μSv/h(0.11~1.2
1mSv/y相当),平成27年に0.05~0.25μSv/
h(0.05~1.11mSv/y相当)であった。
平成23年4月29日第1次航空機モニタリングから平成2
5年11月19日第8次航空機モニタリングまでの結果から計
算した宮城県内の空間線量率は0.04~1.30μSv/h
(0~6.6mSv/y相当),平均0.05~0.39μSv
/h(0.05~1.84mSv/y相当)であった。
宮城県各市町村の公共サービス,生活関連サービスは,本件
地震及び本件津波の影響は措くと,本件事故による影響は軽微
なものにとどまっていた。
宮城県内における本件事故関係の報道
本件事故のあった3月11日から4月10日までの1か月間
に宮城県内において報道された新聞(河北新報)記事の概要(主
に見出しの抜粋)は以下のとおりである(甲C389)。
3月14日「福島第1建屋爆発」「初の炉心溶融」「放射能漏
れ半径20キロ避難指示」「原子力信用失墜」「女川
で放射線測定値上昇」「8万人の避難本格化」「福島
第一原発の半径20キロ圏内と,第2原発の半径1
0キロ圏内に暮らす住民の避難が13日,本格化し
た」
3月15日「3号機水素爆発2人被ばく」「メルトダウン危機
放射能拡散の懸念」「福島第1・第2原発事態深刻
化「冷温停止」不調続く」「福島第1燃料露出「祈
るしかない」相次ぐ危機に住民緊迫」
3月16日「高濃度放射能漏出」「福島第12号機格納容器
損傷4号機火災」「半径30キロ屋内退避」「安全の
「壁」次々崩壊底なし止まらぬ事故」「放射能漏
れ関東にも」「郡山で130倍検出」
3月17日「福島市水道水に微量放射性物質」「放射線量宮城
4倍過去最大比」「事故評価最悪「レベル7」も
米シンクタンクなど指摘」「「安心の地」求め浪江か
ら新潟へ」
3月18日「水の効果専門家は疑問符」「一時的な対処療法」
「福島市高い放射線量」「中通り地方,降雪が影響
か」「食品に放射能基準値」「新潟・埼玉大量受け入
れ」
3月19日「福島・原発危機正念場」「燃料冷却「対症療法」
には限界」「福島中通り放射線量依然高い値」
3月20日「福島・双葉町「自治体疎開」」「さいたま市へ役場
機能ごと1500人」「福島・放射線量浪江,飯館
で高い数値」「保安院「長時間外にいないで」」「福
島の原乳放射性物質茨城県産ホウレンソウも
市場には出回らず」
3月21日「福島原発付近今日から東の風」「放射性物質陸側
に」「南東の風と雨影響北西60キロ福島市で放射
線高濃度」「放射性物質7都県検出」「大河原0.8
1マイクロシーベルト宮城県の放射線量」
3月22日「福島第1危機脱却足踏み3号機発煙作業中断」
「「灰色の煙」慌てる社員」「出荷自粛農家凍る」
「福島,茨城,栃木,群馬のホウレンソウ,カキナ
福島の原乳政府が出荷停止」「飯館「水道飲用控え
て」福島放射性物質を検出」「大河原町で0.65
マイクロシーベルト宮城県の放射線量」
3月23日「自粛区域特定を会津若松市長県などに申し入れ」
「伊達など福島5市町水道水の利用乳児は控え
て厚労省要請」「岩手と秋田でも放射性物質検出」
「首都圏でやや上昇全国の放射線量」「最大値は0.
57マイクロシーベルト女川除く宮城県内」
3月24日「首相福島産野菜など摂取制限放射性物質基準超
す」「濃度予想以上」「30キロ圏外の一部100ミ
リシーベルトの可能性官房長官が試算を公表」「東
京でも乳児の基準越え水道水のヨウ素,1ヵ所」
「最大値は0.50マイクロシーベルト女川除く
宮城県内」「放射線量少なく健康被害小さい福島原
発事故米医師が見解」
3月25日「水道水東京,乳児の制限解除埼玉千葉など基準
値越え」「最大値は山元0.56マイクロシーベル
ト女川除く宮城県内」
3月26日「宮城県知事「飲料水は安全」原乳も乳幼児摂取
基準下回る」「最大値は0.42マイクロシーベル
ト女川除く宮城県内」「山形と米沢の水道放射性
物質を検出国基準値は下回る」「国が放射性ヨウ素
拡散試算北西南南西に高線量30キロ圏外10
0ミリシーベルト超も」「原発周辺北西の風」
3月27日「福島第1放水口海水1250倍ヨウ素」「「危険
な水」が障害」「水道水の乳児摂取制限郡山など3
市町解除」
3月28日「福島第12号機,1000ミリシーベルト以上
建屋地下水たまり排出作業の妨げに」「福島苦渋
の「疎開」原発周辺の自治体避難生活長期化必至」
「乳児の水道水摂取伊達市が再び制限」
3月29日「福島第1建屋外にも汚染水2号機毎時100
0ミリシーベルト超」
3月30日「福島第1敷地プルトニウム微量検出保安院「燃
料の損傷深刻」」「福島市13日ぶり3.00マイク
ロシーベルトを下回る福島県の放射線量」「福島7
市町村の鶏卵からヨウ素規制値は下回る」「農水産
物放射性物質検出されず千葉など4県」
4月3日「福島第1汚染水海へ流出2号機保守管理穴に亀
裂」「福島風評被害温泉地も悲鳴原発から遠い場
所でもキャンセル次々」
4月5日「福島第1汚染水海に放出環境基準の500倍東
電異例の措置」
4月6日「福島・飯舘村妊婦と乳幼児村外避難1か月程度
希望者を募集」
4月10日「原発事故見えぬ将来“漂流”続く福島の避難者
双葉→県内転々→埼玉難しい「地域」の維持」
イ一審原告らの損害
宮城県旧居住者の損害
宮城県内の空間線量率はおおむね5mSv/y相当値を下回
っていたこと,福島第一原発とは異なる県で同原発からおおむ
ね60km以上離れており,物理的かつ心理的な距離という観
らに離れていると認められることなどを考慮すると,宮城県(丸
森町を除く。)旧居住者が被曝による健康影響に対する不安,今
後の本件事故の進展に対する不安,被曝回避措置による生活上
の支障などを感じていたとしても,賠償すべき損害があるとは
認められない。
なお,宮城県内における本件事故後1か月間の報道の概要は
の中には,本件事故当時に吹い
ていた南東の風に放射性物質が乗ったため,福島第一原発の北
西方向に高い空間線量率の地域が拡がっていることや,宮城県
よりも遠方の岩手県や秋田県でも放射性物質が検出されたり首
都圏の放射線量がやや上昇したりしたことなど,宮城県民にと
っても少なからず本件事故による影響が及ぶ危険に対する恐
怖・不安を覚えるような内容もあったものの,他方で,宮城県
内の空間線量率は毎日のように報道され,その値も福島県内と
比べて一貫して低く,日を追うにつれて漸減していることや,
県内の飲料水が安全であることなど,宮城県民に対しては本件
事故による影響はほぼないことも合わせて報道されていたとい
えるのであって,上記のような福島第一原発からの物理的・心
理的距離等も総合的に考慮すれば,宮城県旧居住者には,本件
事故の放射線の影響によって法律上保護された利益が侵害され
たということはできない。
そして,成人よりも放射線感受性が強いとされる子供・妊婦
については,上記のような報道に敏感であり,本件事故による
放射線の影響に対して抱いた恐怖・不安はより具体的であった
というべきではあるものの,なお,本訴における宮城県仙台市
の子供として提訴した一審原告ら3人については,本件事故の
放射線の影響によって法律上保護された利益が侵害されたとま
ではいえない。
一審原告らに対する具体的な損害額
宮城県を旧居住者とする一審原告らには,
賠償すべき損害は生じておらず,請求は認められない。
茨城県
ア認定事実
茨城県の概要
茨城県は福島県の南方,福島原発からおよそ65~85km
離れた地点において福島県と接している。茨城県を旧居住地と
する提訴時一審原告は別紙7理由一覧表の「避難指示区分等」
欄に「区域外(茨城県)」と記載のある11人,そこから取下一
審原告を除いた一審原告(死亡一審原告はいない。)は10人(う
ち子供として提訴している者は同表の「子供・妊婦」欄に「○」
と記載のある2人,妊婦として提訴している者はいない。)であ
り,その地域と人数の内訳は以下のとおりである。
日立市1人
水戸市1人
つくば市2人
牛久市6人(うち子供として提訴した者2人)
上記各市村の福島第一原発からの最短距離は,近い順に,日
立市はおよそ90km,水戸市はおよそ120km,つくば市
はおよそ150km,牛久市はおよそ180kmである。
茨城県は,全中間指針によっても,自主賠償基準によっても,
一律の賠償の基準は定められていない。
茨城県の状況
茨城県北茨城市の空間線量率は,3月15日に5.58μS
v/h(29.16mSv/y相当),3月16日に15.8μ
Sv/h(82.9mSv/y相当),3月18日には1.0μ
Sv/h(5.1mSv/y相当),3月19日には0.956
μSv/h(4.82mSv/y相当)という経過をたどった。
茨城県高萩市では,3月15日午前4時40分~午前8時4
0分に1.90μSv/h(10mSv/y相当)を超える高
い空間線量率が計測され,午前6時には最高値4.470μS
v/h(23.32mSv/y相当)が計測された。同日午前
8時50分以降は1.90μSv/h(10mSv/y相当)
を下回り,漸減した。(甲C391)
茨城県那珂郡東海村では,3月15日に5μSv/h(26
mSv/y相当)が計測された。
茨城県水戸市に所在する大場固定観測局(地上3.5m)で
測定された空間線量率は,3月15日に3.63μSv/h(1
8.9mSv/y相当),3月21日に1.59μSv/h(8.
16mSv/y相当)という経過をたどり,5月16日以降は
0.16μSv/h(0.63mSv/y相当)を下回った。
茨城県大洗町,茨城町,水戸市,東海村のいずれにおいても,
3月15~16日の2日間のうち,3月15日午前7時30分
前後に空間線量率が優位に高くなった(最高値は3.90μS
v/h)。(甲C336)
茨城県が測定した,固定放射線測定局のある水戸市,日立市,
常陸太田市,高萩市,北茨城市,ひたちなか市,常陸大宮市,那
珂市,鉾田市,茨城町,大洗町,東海村,大子町の,5月11日
から7月27日までの空間線量率は,0.070~0.205
μSv/h(0.16~0.87mSv/y相当),牛久市,つ
くば市を含む他の市町村のモニタリングカーによる同期間の空
間線量率は,0.052~0.297μSv/h(0.06~
1.35mSv/y相当)であった。
8月30日,放射性物質汚染対処特措法が公布され(平成2
4年1月1日に全面施行),12月28日,関東では茨城県で2
0市町,栃木県で8市町,群馬県で10市町,千葉県で9市,
埼玉県で2市が,汚染状況重点調査地域(その地域内の本件事
故由来放射性物質による環境の汚染の状況について重点的に調
査測定をすることが必要な地域)として設定された。また,8
月30日,文科省は,7月26日から8月2日まで茨城県で実
施した航空機モニタリング調査の結果を発表した。(甲C404)
平成24年6月28日第5次航空機モニタリングから平成2
4年12月28日第6次航空機モニタリングまでの結果から計
算した牛久市の空間線量率は0.11~0.30μSv/h(0.
37~1.37mSv/y相当),平均0.19~0.24μS
v/h(0.79~1.05mSv/y相当)であった。
茨城県各市町村の公共サービス,生活関連サービスは,本件
地震及び本件津波の影響はともかく,本件事故の影響は軽微な
ものにとどまっていた(甲C386,丙C476~478)。も
っとも,茨城県内では,本件事故直後(3月19日~3月24
日)から水道水の汚染状況についての調査・分析がなされ,放
射性セシウムが検出されたものは少なく数値も比較的低かった
が,放射性ヨウ素については,3月20日頃から高くなり,東
海村の水道水では3月23日に188.7ベクレル/kgが検
出された(水道水の放射性ヨウ素が100ベクレル/kgを超
える場合には,乳児による摂取を控えることとされている。)(甲
C398)。
茨城県においては,本件事故直後から,北茨城市役所に可搬
型モニタリングポストを設置し,その測定結果を定期的に公表
すると共に,健康に影響があるレベルではない旨を周知してい
た(丙C475の1,2)。
茨城県牛久市,つくば市,東海村,北茨城市,高萩市で甲状
腺検査や内部被ばく検査が実施された。また,茨城県常総市,
我孫子市では甲状腺検査費用の一部助成が行われた。(甲C40
0~403)
3月17日,厚生労働省が「飲食物摂取制限に関する指標」
を食品衛生法上の暫定規制値とし,これを上回る食品は食用に
供されることがないような対応を各自治体に要請したことを受
けて,茨城県では,農林水産物の放射性物質検査を3月18日
から本格的に開始し,暫定規制値を超える放射性物質が検出さ
れた農林水産物については出荷・販売の自粛を要請した。平成
24年3月15日,厚生労働省が,長期的な観点から食品の新
基準値を設定し,同年4月1日に施行されたことから,県では,
これに向けて,同年3月中から検査を実施し,100ベクレル
/kgを超えた農林水産物については出荷自粛を要請すると共
に,海産魚種については,沿海漁協において50ベクレル/k
gを超えるものについては予め生産自粛を要請するなど,基準
値を超えたものが市場に出回らないよう措置を講じた。平成2
5年3月31日時点で,特用林産物7品目,魚介類14品目,
農畜産物1品目,野生鳥獣の肉類1品目の計23品目について,
令和元年10月10日時点で,特用林産物6品目,魚介類2品
目,野生鳥獣の肉類1品目の合計9品目について,国の出荷制
限指示又は茨城県の出荷自粛要請が出されている。(甲C392,
393)
イ一審原告らの損害
茨城県水戸市及び日立市旧居住者の損害
上記アのとおり,茨城県では,本件事故直後に,福島第一原
発に最も近い北茨城市(福島第一原発からの最短距離はおよそ
70km)で20mSv/y相当値を大きく超える空間線量率
が計測されたり,高萩市や東海村において20mSv/y相当
値を超える空間線量率が,水戸市において20mSv/y相当
値に近い空間線量率が,それぞれ計測されたりした事実は認め
られるものの,これらの空間線量率はごく一時的なものであり,
その後はすぐに低減していること,福島第一原発からの物理的・
心理的な距離は県南地域及び宮城県丸森町のグループ(前記10)
と比較しても遠いと認められることなどからすると,茨城県に
おける農林水産物の出荷自粛等本件事故による様々な影響(上
を最大限考慮してもなお,日立市及び水戸市を旧居住
地とする一審原告らについては,成人よりも放射線感受性が強
いとされる子供・妊婦であれば格別,それ以外の者が被曝によ
り健康影響に対する不安,今後の本件事故の進展に対する不安,
被曝回避措置による生活上の支障などを感じていたとしても,
賠償すべき損害があるとまでは認められない(なお,上記のと
おり,本訴においては,日立市又は水戸市を旧居住地とする子
供・妊婦としての提訴者は一審原告らの中にいない。)。
茨城県つくば市及び牛久市旧居住者の損害
茨城県牛久市及びつくば市については,本件事故直後の時期
の空間線量率を認めるに足りる証拠はなく,立地的に,
よりも福島第一原発からさらに遠く150km以上離れている
ことなどによれば,
てもなお,子供・妊婦も含め,賠償すべき損害があるとは認め
られない。
一審原告らに対する具体的な損害額
のとおり,茨城県を旧居住者とする一審原告ら
には,賠償すべき損害は生じておらず,請求は認められない。
栃木県
ア認定事実
栃木県の概要
栃木県は福島県の南方,福島第一原発からおよそ80~16
0km離れた地点において福島県と接している。栃木県を旧居
住地とする提訴時一審原告は別紙7理由一覧表の「避難指示区
分等」欄に「区域外(栃木県)」と記載のある7人(うち子供と
して提訴している者は同表の「子供・妊婦」欄に「○」と記載の
ある1人)であり(死亡一審原告及び取下一審原告はいない。),
その地域と人数の内訳は以下のとおりである。
那須町4人(うち子供として提訴した者1人)
那須塩原市1人
宇都宮市2人
上記各市町の福島第一原発からの最短距離は,近い順に,那
須町はおよそ80km,那須塩原市はおよそ90km,宇都宮
市はおよそ130kmである。
栃木県は全中間指針によっても,自主賠償基準によっても,
一律の賠償の基準は定められていない。
栃木県の状況
栃木県における空間線量率は,3月15日に1.68μSv
/h(8.63mSv/y相当),3月16日に0.337μS
v/h(1.56mSv/y相当),3月18日に0.182μ
Sv/h(0.75mSv/y)という経過をたどった。3月
15~18日の那須町役場(4階建屋上サーベイメータ)で計
測された空間線量率の最大測定値は3月15日の1.75μS
v/h(9mSv/y相当),3月12~18日の宇都宮市所在
の栃木県保健環境センター(地上から20mのモニタリングポ
スト)で計測された空間線量率の最大測定値は3月15日の1.
318μSv/h(6.73mSv/y相当)であった(甲C
413)。
栃木県が測定した,宇都宮市(保健環境センター。地上50
cm),那須町(那須町立図書館),日光市(今市健康福祉セン
ター),真岡市(芳賀庁舎),小山市(小山庁舎),那珂川町(山
村開発センター),佐野市(安蘇庁舎)の,5月13日から6月
1日までの空間線量率は,0.05~0.45μSv/h(0.
05~2.16mSv/y相当)であった。
5月26日第2次航空機モニタリングから平成24年12月
28日第6次航空機モニタリングまでの結果から計算した栃木
県内の空間線量率は0.05~0.87μSv/h(0.05
~4.37mSv/y相当),平均0.05~0.38μSv/
h(0.05~1.79mSv/y相当)であった。
栃木県各市町村の公共サービス,生活関連サービスは,本件
地震及び本件津波の影響はともかく,本件事故の影響は軽微な
ものにとどまっていた。もっとも,県内の全ての学校等(小中
高校,幼稚園及び保育所)において5月13~19日に実施さ
れた放射線量調査の結果,1.0μSv/h(5.05mSv
/y相当)以上が測定された学校等が31施設あったところ,
この31施設はいずれも那須塩原市と那須町の学校等であり,
6月20~21日に実施された調査においても0.75~1.
22μSv/h(3.74~6.21mSv/y相当)という
計測値であった(甲C412)。
栃木県においては,本件事故後,放射能の影響調査等として,
環境放射能の調査,水道水の放射能影響調査,教育機関等にお
ける放射線量調査,農林水産物の放射能モニタリング調査等,
種々の施策を取った。また,落ち込んだ評判を回復させるため
の風評被害対策として,観光誘客活動,農産物の安全性PR活
動の実施・支援等の施策を取った(甲C413)。
県内において放射性物質の県産農林水産物への影響を確認す
るためのサンプリング調査が実施され,本件事故直後はホウレ
ンソウやカキナ等の葉物野菜が,その後は茶葉やキノコ類,そ
して山菜類等多数の農林水産物について出荷制限措置が取られ
た(甲C411)。
県では,平成24年度以降,学校給食一食まるごと事後検査
を実施してきたが,国の方針に基づき,平成27年度をもって
終了した。なお,この検査により基準値を超える数値が検出さ
れたことはなかった。
那須町では,本件事故などの影響により観光客が激減し,農
畜産物等への風評被害の影響を大きく受けた。平成23年度の
集計値では,年間の観光客入込み客数が約514万人から約3
90万人,宿泊客数が約167万人から約126万人とそれぞ
れ約25%の減少であった。これによる経済的損失は100億
円以上とみられている。(甲C410)
イ一審原告らの損害
栃木県旧居住者の損害
栃木県の空間線量率は,比較的高かった那須町でも最大測定
値が9mSv/y相当と,10mSv/y相当にも届かない値
であり,その翌日にはすぐに大きく低減していること,立地的
にも,福島第一原発から一番近くてもおよそ80km離れてい
ることなどを考慮すると,栃木県旧居住者が被曝による健康影
響に対する不安,今後の本件事故の進展に対する不安,被曝回
避措置による生活上の支障などを感じていたとしても,賠償す
べき損害があるとは認められない。
他方,成人よりも放射線感受性が強いとされる子供・妊婦に
ついては,一旦でも5mSv/y相当値を上回るような放射線
が観測された地域の子供・妊婦が,その後の見通しも分からな
い中で恐怖・不安を覚えて自主的に避難すること自体は合理性
があり,取り分け,本訴において栃木県旧居住者である子供・
妊婦は本件事故当時子供(18歳以下)であった一審原告(T
-2341)(平成7年7月21日出生)のみであるところ,同
一審原告の旧居住地である那須町は,栃木県の自治体の中でも
福島第一原発から最も近い約80km地点で福島県と接してお
り,同町の学校等では6月に実施された調査においても約5m
Sv/y相当の放射線が計測されたことなどに鑑みると,自主
的に避難すること自体には合理性があり,本件事故と相当因果
関係があるというべきである。
一審原告T-2341に対する具体的な損害額
T-2341については自主的に
避難することが合理的といえる程度の恐怖・不安を覚えていた
というべきであるから,同一審原告が平穏生活権を侵害された
ことは明らかであり,賠償に値する精神的苦痛を被ったものと
認められる(なお,自主的に避難しなかったとしても,自主的
に避難することが合理的な状況であった点については自主的避
難者と同様であるから,避難者した者と同額の損害を負ったと
解すべきである。)。
以上を前提に,平穏生活権侵害に基づく慰謝料の額を算定す
ると,その額は,①自主的に避難することが合理的といえる程
度の恐怖・不安を覚えた点について5万円,②避難生活の継続
を余儀なくされたことについて,本件事故があった3月11日
が属する月である平成23年3月を始期とし,
した状況等に鑑みて,同年8月を終期として,月額1万円と評
価すべきである(避難の有無を問わない。)。
以上によれば,那須町を旧居住地とする子供であった一審原
告T-2341について,精神的損害に係る賠償として,合計
11万円の支払がなされるべきであるところ,この者に対する
「中間指針等による賠償額」は0円であるため,上記11万円
が,本訴において認容すべき額となる。
栃木県を旧居住地とするその他の一審原告らには,賠償すべ
き損害は生じておらず,請求は認められない。
上記3~10以外の旧居住者の損害についてのまとめ
以上によれば,「中間指針等による賠償額」を超える損害として,
会津地域旧居住者のうち子供・妊婦19人については6万円を,栃
木県那須町旧居住者の子供である一審原告T-2341には11万
円を,それぞれ認める。
それ以外の者については,「中間指針等による賠償額」を超える損
害があるとは認められない。
第5弁済の抗弁
1追加賠償項目
一審被告東電は,「中間指針等による賠償額」を超える損害は認め
られないとしつつ,仮に認められるとしても,その少なくとも一部に
ついては弁済の抗弁が成立するとして,①ADR手続における個別事
情に基づく賠償,②要介護等による精神的損害の賠償,③透析患者に
対する精神的損害の賠償及び④避難に伴うペット喪失に係る精神的損
害の賠償の4つの追加賠償項目について,弁済の抗弁を主張している。
原判決は,弁済の抗弁のうち,上記①について認め,②~④は認めな
かったところ,当裁判所は,原判決と同様に,上記①については弁済
の抗弁を認めるべきであり,②及び③については弁済の抗弁を認める
べきでないと考えるが,④については原判決と異なり弁済の抗弁を認
めるべきであると考える。
その理由は,それぞれ以下のとおりである。
ADR等増額賠償
ADRにより「中間指針等による賠償額」を超えて支払われた精
神的損害に対する賠償額は,当事者の合理的意思解釈により,本訴
請求債権の元金に充当されると解するのが相当である(ADR手続
による和解契約後に同種事由の継続による追加賠償がされた場合は
その額も含む。)。
したがって,ADR等増額賠償を受けている一審原告らは,以下
のとおりの認容額(単位:円)となる。
原告番号一審原告氏名子

区域ADR等
増額賠償
認容額
H-111帰還困難300,0001,200,000
H-483帰還困難2,130,0000
H-0096居住制限2,220,000780,000
H-0221居住制限300,0002,700,000
H-0109解除準備2,550,0000
H-0110解除準備2,550,0000
H-0312解除準備200,0002,300,000
H-0359解除準備1,000,0001,500,000
H-0436解除準備900,0001,600,000
H-0459解除準備100,0002,400,000
H-0506解除準備1,320,0001,180,000
H-0258緊急時避難910,00090,000
H-0283緊急時避難2,000,0000
H-0360緊急時避難2,000,0000
H-0290緊急時避難4,180,0000
H-0389緊急時避難120,000880,000
H-0390緊急時避難120,000880,000
H-0397緊急時避難1,292,0000
H-0398緊急時避難540,000460,000
H-0399緊急時避難390,000610,000
H-0414緊急時避難1,110,0000
H-0415緊急時避難180,000820,000
H-0416○緊急時避難180,000470,000
H-0417○緊急時避難180,000470,000
H-0425緊急時避難2,100,0000
H-0426緊急時避難3,142,0000
H-0427○緊急時避難2,500,0000
H-0428○緊急時避難2,500,0000
H-0431緊急時避難1,900,0000
H-0432緊急時避難1,900,0000
H-0435緊急時避難1,900,0000
H-0450緊急時避難540,000460,000
H-0451緊急時避難540,000460,000
H-0457緊急時避難2,700,0000
H-0458緊急時避難3,600,0000
H-0468緊急時避難540,000460,000
H-0519緊急時避難4,530,0000
T-0132緊急時避難40,000960,000
T-0135緊急時避難140,000860,000
T-0139緊急時避難3,100,0000
T-0143緊急時避難90,000910,000
T-0144緊急時避難180,000820,000
T-0763緊急時避難100,000900,000
T-0765緊急時避難3,100,0000
T-0766緊急時避難3,100,0000
T-0768緊急時避難480,000520,000
T-0773緊急時避難120,000880,000
T-0787緊急時避難150,000850,000
T-0788緊急時避難150,000850,000
T-0843緊急時避難500,000500,000
T-1483緊急時避難3,100,0000
T-1486緊急時避難3,100,0000
T-1675緊急時避難210,000790,000
T-1733緊急時避難3,100,0000
T-1734緊急時避難3,100,0000
T-1864緊急時避難3,100,0000
T-2070緊急時避難180,000820,000
T-2140緊急時避難1,900,0000
T-2277緊急時避難390,000610,000
T-2283緊急時避難3,100,0000
T-2284緊急時避難3,100,0000
T-2285緊急時避難3,100,0000
T-2443緊急時避難90,000910,000
T-2454緊急時避難6,700,0000
T-2690緊急時避難48,000952,000
T-2693緊急時避難3,100,0000
T-2694緊急時避難3,100,0000
T-2695○緊急時避難930,0000
T-2696○緊急時避難3,100,0000
T-624一時避難144,0000
T-842○一時避難900,0000
T-2149一時避難100,0000
H-133自主的避難980,0000
H-0234○自主的避難100,0000
H-370自主的避難100,0000
T-2115自主的避難60,00030,000
T-2119自主的避難80,00010,000
T-2841自主的避難1,540,0000
T-2842自主的避難840,0000
要介護者増額賠償
一審被告東電は,一審原告H-34ら,避難指示等対象区域内に
生活の本拠を有し,要介護状態等の事情がある者及び要介護者を介
護している者に対して支払った追加賠償につき,弁済の抗弁を主張
している。
ところで,中間指針等の性質は,前示の全中間指針策定に至る議
論の経過(前記第2の6)にも現れているように,対象地域内の全
住民におおむね共通して認められるべき賠償項目を考慮に入れた上
で金額を決め,一律に当該基準に従って賠償することとした上で,
全住民に共通しない個別の事情については,それを具体的に特定し
た上で個別請求をすることも否定しないというものである。そして,
本訴においても,一審原告らをグループ化し,当該グループの一審
原告らに共通する損害項目を考慮に入れた上で損害額を一律に決め
ることとしているため,上記の中間指針等の性質と同質のものであ
って,そうであるからこそ,当裁判所が認めた損害額が「中間指針
等による賠償額」を超える場合は,一律に当該グループの一審原告
らの認容額とすべき理となる。そうすると,一審被告東電が,特定
の一審原告について,全住民におおむね共通しない個別の事情を考
慮して,これについて自主賠償基準を超える追加の賠償をしている
場合は,特定の地域内の全住民に共通する損害の外側にある損害に
ついて一審被告東電が自主的に賠償を行ったものというべきであっ
て,「中間指針等による賠償額」及び当裁判所が認めたグループごと
の損害額が同一線上にあるのに対して,個別の事情に対する追加の
賠償はこれとは別の線上にある事柄であるから,本訴における個別
の認容額を定めるに当たって,その内側に属するものとして充当す
ることは相当でないというべきである。
しかるに,一審被告東電が充当すべきであると主張している要介
護者増額については,一審被告東電自身,その趣旨を,要介護状態
等の事情がある者等に対し,避難等によって被った精神的苦痛が通
常の避難者と比べて大きいことに係る損害の賠償であり,要介護状
態等の個別の事情に基づき追加賠償したものであるとしていること
(丙C183,弁論の全趣旨),要介護状態等の事情がある者等は全
住民の中でおおむね共通しているとまではいえないことなどに照ら
すと,これは,全住民に共通する損害の外側にある損害というべき
であるから,これに係る賠償額について,本訴における損害額に充
当することは認めるべきではない。
したがって,自主賠償基準の要介護者等に対する増額賠償につい
て,一審被告東電による弁済の抗弁は失当である。
透析賠償
一審被告東電は,一審原告T-1732に対し,所定の要件を満
たす透析患者に対する追加賠償として支払った4万円について,弁
済の抗弁を主張している。
しかしながら,この透析患者に対する追加賠償は,一審被告東電
自身,その趣旨を,本件事故を原因として,透析患者が通常受けて
いる頻度,及び時間の人工透析を十分に受けられない状況に置かれ
たことにより,生命の危険を伴うほど健康状態が悪化することへの
恐怖と不安を抱き,日常生活の維持・継続が著しく阻害されたため
に生じた精神的損害に対する追加賠償したものであるとしているこ
と(弁論の全趣旨),透析患者である者は全住民の中で一般的とまで
いえないことなどに照らすと,これは,全住民に共通する損害の外
側にある損害というべきであるから,これに係る賠償額について,
本訴における損害額に充当することは認めるべきではない。
したがって,自主賠償基準の透析患者に対する増額賠償について,
一審被告東電による弁済の抗弁は失当である。
ペット賠償
一審被告東電は,一審原告H-53等,所定の要件を満たすペッ
トと離別・死別した者に支払った追加賠償について,弁済の抗弁を
主張している。
一審被告東電は,本件事故当時に避難指示区域に居住し,避難生
活を余儀なくされたことにより,哺乳類(犬や猫等)や鳥類のペッ
トと離別又は死別した者に対し,ペットの財産的価値と別個に,精
神的損害の追加賠償を行っているところ(丙C184),住民がそれ
ぞれ大事にしていた様々な日用品,趣味の物,思い出の物・自宅・
庭,動物(ペットや家畜等)や植物等との離別は,個別にみれば各
住民によって具体的な対象物は異なるものの,殆どの住民が等しく
直面した事態であって,全住民におおむね共通して生じた本件事故
と相当因果関係のある損害であり,これによる精神的損害は,中間
指針等や本訴における平穏生活権侵害による精神的損害と同一線上
のものであるというべきであるところ,一審被告東電において上記
のうちペットを取り上げて自主的に追加賠償をしているものという
べきであるから,本訴において当裁判所が認めた損害に充当すべき
である。
したがって,ペット賠償については,一審被告東電による弁済の
抗弁は認められる。もっとも,後記2のとおり,世帯内融通は認め
るべきではない。
以上を前提にすると,一審被告東電が別途賠償による弁済の抗弁
を主張している一審原告らについての認容額は,以下のとおりとな
る。
原告番号一審原告氏名区域ペット賠償認容額
H-0053帰還困難100,0001,400,000
H-0088帰還困難100,0001,400,000
H-0091帰還困難100,0001,400,000
H-0190帰還困難100,0001,400,000
H-0233帰還困難100,0001,400,000
H-0273帰還困難100,0001,400,000
H-0485帰還困難100,0001,400,000
H-0087居住制限100,0002,900,000
H-0333居住制限100,0002,900,000
H-0090解除準備100,0002,400,000
2世帯内融通について
一審被告東電は,当審において,①一審被告東電による自主賠償は,
世帯に属する被害者については,その世帯の代表者から世帯の構成員
全員に支払われるべき賠償金を一括して請求を受け,これに対して一
括して構成員全員分をまとめて支払っており,このような実態に鑑み
れば,世帯の代表者は請求においても弁済の受領においても,権限を
もって世帯の他の構成員を代理しているといえることから,形式上・
外観上は世帯の代表者に対してのみ賠償金の支払がなされており,世
帯の他の構成員に対しては特段支払がなされていないとしても,代表
者に対する賠償金の支払は当該世帯の構成員全員に発生した損害を填
補するものであること,②1審被告東京電力が自主賠償基準に基づい
て支払っている賠償金の中には,生計基盤をなす財産的損害の賠償や,
慰謝料のうちの生活費増加分等,世帯の構成員に共通する経済的利益
の填補に充てられるべきものがあり,それらは支払の性質上も個々の
被害者に対する損害の賠償に向けられたものではなく世帯の構成員全
員に対して向けられたものであるため,こうした性質を有する自主賠
償基準に基づく賠償金の支払については,個々の被害者に対する賠償
金ではなく世帯全員に対する賠償金として認められなければならない
こと,③取り分け自主的避難等対象区域においては,中間指針等によ
る賠償の対象でありながらも被害の程度が小さいため,精神的損害と,
世帯構成員全員に共通する部分がある損害(生活費増加分等)を明確
に区別することが困難であって,賠償額の大部分が世帯構成員全員に
共通すると考えられる場合の弁済については,一審被告東電による賠
償は世帯内部で通算の上弁済に充当されなければならないことなどか
ら,名目上は1人の一審原告に対してなされた支払であったとしても,
世帯内部における構成員同士の弁済の融通が認められるべきであると
主張する。
しかしながら,①一審被告東電が主張する自主賠償の手続は,一審
被告東電が一審被告東電や被害者の便宜のために請求や賠償金受領等
の窓口を世帯ごとに一本化した結果にすぎず,あくまでもそこで支払
われている賠償金は個々人の被害項目を積算したものというべきであ
る。また,②仮に世帯の構成員に共通する経済的利益の填補に充てら
れるべき費目があり,支払の性質上1世帯当たりいくらといった形で
決められた慰謝料を,これを受領した者の属する世帯の他の構成員に
係る本訴請求の一部弁済として充当すべきものも理論上あり得ると考
えられるとしても,一審被告東電は,具体的に一審原告の誰が受領し
たどの慰謝料がそのような費目であるかについて主張していない。さ
らに,③自主的避難等対象区域は,「中間指針等による賠償額」は小
さいとしても,被害の程度が小さいとは必ずしもいえず,一審被告東
電が主張するような,精神的損害と世帯構成員全員に共通する部分が
ある損害(生活費増加分等)を明確に区別することが困難であって賠
償額の大部分が世帯構成員全員に共通するとは考えられないし,この
点を措いたとしても,前示の全中間指針策定の経過における議論等に
よれば(前記第2の6),生活費増加分など世帯構成員全員に共通す
る部分がある損害についても,各自の賠償基準を決める際の考慮要素
とされた上で「中間指針等による賠償額」が定められていることから
すれば,このような損害は元々各自への賠償に割り振られているべき
ものであって,世帯構成員の一人に代表して支払われることが想定さ
れているものではないから,一審被告東電による賠償を世帯内部で通
算の上弁済に充当されなければならない性質のものとはいえない。
したがって,一審被告東電の上記主張は,いずれの理由においても
失当である。
3精神的損害以外の項目(費目間の融通)について
一審被告東電は,①1個の加害行為による損害項目が複数にわたる
場合でも,それらは実体法上同一の請求権の中の細目に過ぎず,訴訟
物としても1個としてみるべきものと解されているため,そのような
請求権に対する弁済が便宜上損害項目ごとに弁済額を示してなされて
いる場合であっても,法的な効果としては,実体法上一つの請求権の
総額に対して充当されるものとみるべきであること,②弁済の当事者
の意思としても,1個の事故による損害について,法的に損害として
認められる金額よりも多くの金額を弁済として支払った(過大に弁済
した)費目がある一方,弁済が不足する他の費目がある場合,過大に
弁済した費目の超過支払額を不当利得として返還を求めた上で,再度
不足する費目に対する弁済として支払うことを意図しているとは考え
られないため,訴訟物や請求権の個数の評価にかかわらず,費目間の
融通が認められるべきであることなどから,本訴において,財産上の
損害に対する賠償として,本来損害として認められる範囲を超えて賠
償を行った部分(例えば「住居確保損害」に対する賠償)については,
慰謝料の支払に充当されるべきであると主張し,それを前提とすると,
精神的損害以外の賠償項目も含めた全体の賠償状況を審理しなければ
審理不尽の違法があると主張する。
しかしながら,1個の加害行為による損害項目が複数にわたる事案
であって,被害者からの請求に対する弁済が便宜上損害項目ごとに弁
済額を示してなされている場合に,当事者としては,当該弁済はそこ
で示された損害項目に係るものに限定した上で,それ以外の項目に係
る損害の有無や額,支払方法等については別途合意形成をするなり民
事訴訟において解決をするなりの方法により解決を図ることを前提に
して,取りあえず合意形成が可能な一部の項目のみを他の項目に先立
って解決を図ることは往々にして行われることであって,かつ不合理
とはいえない。現に,本件事故に係る損害賠償においても,大量に被
害者からの請求を受けなければならない一審被告東電において,取り
あえず,比較的損害の有無や額を確定しやすい項目である財産上の損
害についての弁済を優先させ,被害者もその方針に応じたという実態
があるものと優に推認することができる。したがって,①一審被告東
電の主張するように,実体法上一つの請求権であり訴訟物としても1
個とみるべきことから直ちに費目間の融通を行うべきであるとはいえ
ず(なお,訴訟物の関係では,一個の債権の数量的な一部についての
み判決を求める旨を明示して訴えが提起された場合に,同一部請求に
ついての確定判決の既判力は残部の請求に及ばないとされ(最高裁昭
和37年8月10日第二小法廷判決・民集16巻8号1720頁),
この場合,必ずしも主張上一部請求である旨の明示がされていなくて
も,前訴において残部についても併せてこれを請求することが期待し
難かったといった事情があり,相手方としても残部について改めて訴
訟を提起されることを想定できる事情を認識していたことなどの事情
があれば,一部請求である旨の明示があると解すべきであると解され
る(最高裁平成20年7月10日第一小法廷判決・集民228号46
3頁参照)ところ,これは,実体法上も,そのときの事情や当事者の
意思によっては,損害項目の一部について他の項目に先立って解決を
図ることができることを前提としていると解される。),②現に本件
事故に係る一審被告東電と被害者との間の自主賠償において,当事者
の意思としては,財産的損害に限定して精神的損害に先立って解決を
図ろうとしたものと推認すべきであるから(したがって,財産的損害
について過大に弁済した分について仮に被害者が返還義務を負うとし
ても,それについては精神的損害に係る賠償とは切り分けて別途行う
こととしたものと推認される。),仮に本来損害として認められる範
囲を超えて賠償を行った部分があったとしても,本訴における慰謝料
の支払に充当されるべきであるとはいえないし,精神的損害以外の賠
償項目も含めた全体の賠償状況を審理しなければ審理不尽の違法があ
るともいえない。
したがって,一審被告東電の上記主張は,いずれの理由においても
失当である。
第6弁護士費用等
1弁護士費用
弁護士費用としては,以上により算出された(弁護士費用を除く)
認容額の10%相当を本件事故と相当因果関係のある損害の基準額と
認めるが,事案の性質,困難さ,本件訴訟の規模等に鑑み,上記基準
額を加えた認容額に1万円未満の端数が出る一審原告については,1
万円未満の端数を切り上げ,その増額分を上記基準額に加算した額を
弁護士費用として認めるのが相当である(承継一審原告については,
まず,死亡一審原告に本来認容すべきであった額を基に上記計算方法
により弁護士費用を計算した後に,各承継分を乗じて算出することと
する。)。
2端数の取扱い
承継一審原告の認容額に1円未満の端数が生じる場合,1円未満の
端数は切り捨てた(一審被告国について「国等の債権債務等の金額の
端数計算に関する法律」(昭和25年法律第61号)2条1項参照)。
3遅延損害金
前記前提事実(前記第2章第2節第3)のとおり,本件事故は,平
成23年3月11日の本件津波に端を発し,同日中には福島第一原発
が不正常な状態となり,その後の時間経過を経て順次拡大していった
ものであるから,全ての一審原告らとの関係で,損害は同日に生じた
ものというべきである。したがって,遅延損害金については,一審原
告らに対するそれぞれの認容額に対する本件事故の日である平成23
年3月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を認めるのが
相当である。
この点,一審被告国は,第1,第3,第4及び第5事件の一審原告
らが,「提訴後損害分」として,各提訴日から当審口頭弁論終結日まで
の損害金等の支払(主たる請求)に加えて,附帯請求として,これら
に対する平成23年3月11日から支払済みまで民法所定年5分の割
合による遅延損害金の支払を求めている点について,上記主たる請求
は各提訴日以降の損害を求めるものであるから,本件事故日から各提
訴日の前日までの遅延損害金等については論理的にあり得ないとして,
主張自体失当であると主張する。しかしながら,一審原告らの上記主
たる請求は,いわゆる継続的不法行為に基づき発生すべき将来の損害
の賠償請求ではなく,本件事故という一回的事象によって即時に生じ
た損害を求めているものであって,請求を「提訴後損害分」とし「各
提訴日から当審口頭弁論終結日まで1か月5万円の割合」による金員
としているのは,損害額の算定方法として特定したものにすぎないと
解するのが相当である(したがって,当裁判所は,当審において訴え
の一部取下げがされる前の請求についても,そもそも将来の給付を求
める訴えとしての適格性は問題とならなかったと判断する点について,
前記第5節第1の1参照。)から,一審被告国の上記主張は失当である。
なお,請求を認容すべき一審原告らの中には,本件事故後に出生し
た一審原告も数名いるところ,これらの者については各出生日からの
分に限って遅延損害金を認めるのが相当である。
第7節相互の保証について(一審被告国関係)
第1総論
一審原告T-1972,一審原告T-1114及び一審原告T-1
117並びに一審原告T-3036は自主的避難等対象区域の,一審
原告T-2229は県南地域の,それぞれ旧居住者であるところ,前
記第6節第4の9及び10に判示したとおり,これらの一審原告らに
は賠償されるべき損害が認められる。
ところで,一審被告国に対する請求は国賠法1条1項に基づくもの
であるところ,同法6条は,「この法律は,外国人が被害者である場合
には,相互の保証があるときに限り,これを適用する。」と定めている
が,上記一審原告らは,大韓民国籍,中華人民共和国籍,フィリピン
共和国籍又はウクライナ国籍であるため,これらの国について,同条
の定める「相互の保証」が認められるかが問題となる。
原判決は,上記いずれの国についても「相互の保証」が認められる
としたところ,当裁判所もその判断が妥当であると考える。その理由
は,原判決に補正を加え,当裁判所の補足的判断を加えた上,以下の
とおり判示する。
第2「相互の保証」の主張立証責任
国賠法1条1項は,内・外国人の別を問わず「他人」に損害を加え
たときに国等が賠償する責任を負う旨規定し,別途,国賠法6条で,
同法は「外国人が被害者である場合」には「相互の保証があるときに
限り」適用する旨定めていること,我が国と法制度の異なる外国の法
制度の内容を把握し主張するに当たっては,単なる法律の規定の文言
だけでなく現実の運用も問題となり得,特にいわゆる判例法国ではこ
の傾向が著しいというべきであって,請求する者が当該国の国民であ
るからといってこれが一般的に可能かつ容易とは考えられず,むしろ,
請求を受ける側である国の方が在外公館を通じた調査等によりこのよ
うな資料を入手しやすい立場にあること,さらに,外国法について相
互の保証を問題とすることによる損害賠償責任を免れるという利益は
国側に帰属することなどを考慮すると,外国人が国賠法1条1項に基
づき国家賠償請求する場合は,当該外国との関係で相互の保証がない
ことを国側において抗弁として主張立証すべきと解するのが相当であ
る。
第3「相互の保証」の内容
国賠法6条は,我が国の国民に国家賠償による救済を与えない国の
国民に対し,我が国が積極的に救済を与える必要はないという衡平の
観念に基づくものであるところ,渉外生活関係が著しく発展拡大して
いる今日,我が国の国民に外国に対する国家賠償による権利救済を図
る必要や,外国人に我が国に対する国家賠償による権利救済を図る必
要が増大している一方,各国の法制度は多様であり,我が国と法制度
の異なる外国の法制度との同一性を厳密に要求することは,権利救済
が認められる範囲を不当に制限することとなりかねず,また,同一性
を厳密に要求できないことから仮に我が国より寛大な制度であること
を要求することとすると,我が国より寛大な国家賠償制度を採用する
外国が相互の保証を要求する場合,我が国はその外国からみればより
厳格な制度を採用していることになるため当該国は我が国の国民から
の国家賠償を認めないこととなり,その結果,我が国にとっても相互
の保証を欠く結果となるという論理的破綻(いわゆる「両すくみ」)を
来たすため,これを防ぐ必要があることなどからすれば,相互の保証
がないというためには,我が国と当該国の国家賠償請求に係る制度(要
件及び効果等)が重要な点において同一ではなく,相互の保証を認め
ることによって国賠法6条の依拠する上記のような衡平の観念に反す
ることとなることについて立証を要すると解するのが相当である。
第4一審原告らについての検討
1韓国について
一審原告T-1972の国籍は韓国(大韓民国)であるところ,韓
国には国家賠償法が存在し,公務員等が職務を執行するについて故意
または過失により法令に違反して損害を加えたときは,その損害を賠
償しなければならないと定められていること,同国の判例上,公務員
の不作為に対しても国家賠償が認められること,外国人が被害者の場
合には相互の保証があるときに限り適用することとされ,同国の判例
上,我が国との間では相互の保証があるとされていることなどが認め
られるから,韓国との間には相互の保証があると認められる(最高裁
昭和59年11月29日第一小法廷判決・民集38巻11号1260
頁,最高裁平成19年11月1日第一小法廷判決・民集61巻8号2
733頁等参照)。
2中国について
一審原告T-1114及び同T-1117の国籍は中国(中華人民
共和国)である。
中国には中華人民共和国国家賠償法(以下この項において「中国国
賠法」という。)が存在し,行政機関又はその職員が,傷害又は死亡の
結果をもたらす違法な行為等や財産に損害を与える違法な行為等によ
り人身権又は財産権を侵害されたときは,当該行政機関又は職員の故
意・過失にかかわりなく(主観的要件は定められていない),侵害の
内容ごとに定められた算定方法(重大な結果を伴う人身権の侵害に限
り慰謝料請求も可能)により算出された金員の賠償を受けることがで
きると定められ,原則として外国人についても中国国賠法の規定が適
用され,その場合,相互保証主義を採用すること,中国国賠法の対象
とならない行政行為についても,中国の民法通則や中華人民共和国権
利侵害責任法により国の責任が認められる可能性があること,これら
の規定について外国人には適用がないことについて立証がされていな
いことなどから,我が国の国家賠償請求に係る制度と比較して重要な
点において同一ではなく相互の保証を認めることによって衡平の観念
に反することとなるとはいえず,中国との間には相互の保証がないと
は認められない。
これに対し,一審被告国は,本件のような場合について,中国国賠
法による賠償の対象に含まれるとは同法の文言上認め難く,中国の民
法通則等の一般私法の枠内でも賠償の対象となるか全く明らかではな
いなどとして,我が国の制度と実質的に同等の要件が定められている
とは認められず,相互の保証は否定すべきであると主張する。しかし
ながら,前示のとおり,相互の保証は,我が国の制度と当該国の制度
が重要な点において同一であるか否かによって判断すべきであって,
仮に本件の賠償請求が中国の法制度下では結論として否定されるとし
ても,そのことだけで我が国と中国との間に相互の保証がないという
ことはできないし,この点を措いたとしても,前示のとおり,相互の
保証がないことについては一審被告国に立証責任があるというべきで
あるところ,一審被告国は,中国国賠法や中国の一般私法で本件のよ
うな賠償が認められるか明らかではないと主張するのみで,我が国と
中国の国家賠償請求に係る制度が重要な点において同一ではなく,相
互の保証を認めることによって衡平の観念に反することとなることに
ついて立証を尽くしているとはいえないから,いずれにせよ,一審被
告国の主張は失当であり,前記判断を覆さない。
3フィリピンについて
一審原告T-3036の国籍はフィリピン(フィリピン共和国)で
ある。
フィリピンにおいては,我が国の国賠法に相当する特別の法律は存
在せず,国については主権免責が適用されるものの,国が訴えられる
ことを許可することが特別法又は一般法に明示されていれば,特別機
関(特定の作業を行うために特別に委託されなければならない機関)
が公的な権能を行使する際に故意または過失で行った作為又は不作為
により損害が生じたときにはフィリピン民法により損害賠償請求が可
能とされていること,その場合,慰謝料等の請求も可能とされている
こと,フィリピン民法は外国人にも適用があることが認められるから,
フィリピンとの間には相互の保証がないとは認められない。
一審被告国は,上記のような制度の建付けを有するフィリピンにお
いて,原子力発電所に対する規制権限の不行使が上記の特別機関の不
作為に当たり,本件と同様の賠償請求を日本人がフィリピンを相手に
行った場合にフィリピンがその同意の有無にかかわらず賠償責任を負
うことになるのかが不明である以上,相互の保証があるとは認められ
ないと主張する。しかしながら,前示のとおり,相互の保証は,我が
国の制度と当該国の制度が重要な点において同一であるか否かによっ
て判断すべきであって,仮に本件の賠償請求がフィリピンの法制度下
では結論として否定されるとしても,そのことだけで我が国とフィリ
ピンとの間に相互の保証がないということはできないし,この点を措
いたとしても,前示のとおり,相互の保証がないことについては一審
被告国に立証責任があるというべきであるところ,一審被告国は,フ
ィリピン民法で本件のような賠償が認められるか明らかではないと主
張するのみで,我が国とフィリピンの国家賠償請求に係る制度が重要
な点において同一ではなく,相互の保証を認めることによって衡平の
観念に反することとなることについて立証を尽くしているとはいえな
いから,いずれにせよ,一審被告国の主張は失当であり,前記判断を
覆さない。
4ウクライナについて
一審原告T-2229の国籍はウクライナである。
ウクライナには,外国人に対する国家賠償に関する法令として,ま
ず,ウクライナ憲法56条に,各人は,国家権力機関及び地方自治機
関並びにそれらの役職者・職員がその権限を遂行するに際しての違法
な決定や行為及び不作為により与えられた物的被害及び精神的被害を
国家又は地方自治体機関によって補償される権利を有する旨が定めら
れている上に,ウクライナ憲法26条に,憲法や法律,国際合意によ
って定められた例外を除き,ウクライナに滞在している外国人及び無
国籍者は,法的根拠に基づき,ウクライナ国民と同等の権利及び自由
を認められ,ウクライナ国民と同等の義務を負う旨定められている。
また,これを受けた2003年(平成15年)1月16日採択の「市
民保護に関する法律」(ウクライナ民法)や,2015年(平成27
年)12月10日採択の「国家公務に関する法律」は,国家権力機関
等が,その権限を遂行するに際しての不法な決定や行為,不作為によ
り個人又は法人に対して与えられた損害に対して,国家賠償が認めら
れる旨,ウクライナ民法26条1項は,全ての個人は民法上の権利及
び義務を持つ能力において同等である旨規定していること,ウクライ
ナのオンライン法務コンサルティングのコメンタールには,ウクライ
ナに滞在する外国籍の者がウクライナ民法が定める国家賠償請求権を
有することについて何らかの法的制限が存在するとの解説がないこと
などによれば,ウクライナとの間には相互の保証がないとは認められ
ない。
この点,一審被告国は,ウクライナ民法や上記の「国家公務に関す
る法律」には外国人に関する根拠条文はないこと,両法律共に相互保
証主義について定めがないことなどから,ウクライナ民法等の国家賠
償に関する規定が外国人に適用されるとまで認めることができないと
主張するが,ウクライナ憲法26条の規定の仕方に鑑みると,各法に
根拠条文がないことのみでは外国人にウクライナ国民と同等の権利等
が認められないことにはならないと考えるのが相当であるし,相互保
証主義はむしろ外国人にどこまで自国民と同等の権利等を与えるかの
上限を画するための仕組みであるから,これを定めていない国が外国
人に対し自国民と同等の権利等を与えないとするものであるとは直ち
にはいえない。したがって,一審被告国が主張する上記の諸点に鑑み
ても,なお,我が国とウクライナの国家賠償請求に係る制度が重要な
点において同一ではなく,相互の保証を認めることによって衡平の観
念に反することとなることについて一審被告国が立証を尽くしている
とはいえないから,一審被告国の主張は失当であり,前記判断を覆さ
ない。
5相互の保証についてのまとめ
以上によれば,外国人である一審原告らのいずれの国との関係でも
相互の保証が認められる。
第8節訴えを取り下げた一審原告らの扱いについて
当審の口頭弁論終結までに訴えを取り下げた一審原告らのうち,一
審被告ら双方による同意が得られた一審原告(取下一審原告)につい
ては,別紙2一審原告等目録の「分類」欄に「○」(原審における取下
一審原告)又は「●」(当審における取下一審原告)を付して特定する
こととしている。これらの者については,初めから訴訟が係属してい
なかったものとみなされる(民訴法262条1項)。一方,一審被告東
電又は一審被告らにおいて上記訴えの取下げに同意しなかった一審原
告らについては,以下のとおりとなる。
1二重訴訟一審原告
一審原告H-0456,同H-0519並びに同H-0414~0
417は,いずれも旧緊急時避難準備区域旧居住者であるところ,当
審係属中に訴えの取下げをしたが,一審被告らいずれの同意も得られ
なかった。
したがって,上記一審原告らについては,訴えの取下げの効力を生
じない(民訴法261条2項)。
ところで,上記一審原告らは,本訴を提起するよりも前の段階であ
る平成25年7月23日,本訴と同一の訴訟物につき,同一の請求原
因に基づいて,一審被告東電及び一審被告国に対して慰謝料の支払を
76号損害賠償請求事件。以下「新潟訴訟」という。)。同事件は,現時
点においても係属中である。(弁論の全趣旨)
このように訴訟物が同一又は重複する複数の訴訟を提起することは,
法律により禁止されているところ(民訴法142条),その趣旨は,仮
にこれを許すと,相手方当事者にとっては同一請求について二重の応
訴という不合理な負担を課されることになるし,また,裁判所にとっ
ても二重の審理を余儀なくされ,さらに判決内容に矛盾抵触のおそれ
を生じさせることになり,唯一,より有利な判決がされた方の事件を
残しその余の事件を取り下げることにより重複起訴した者のみを不当
に利することになるところ,これは訴訟経済や衡平の観点から相当で
はないという点に求められる。
このような法の趣旨に鑑みると,上記一審原告らについても,自己
により有利な判決を選択することを許すべきではないから,本来,判
決内容にかかわらず,形式的に提訴の先後関係によって適法不適法を
判断すべきであるとも考えられ,してみると,本件では,先に提訴し
た新潟訴訟のみが適法であって,後行事件となる本訴の提起が不適法
であると判断すべきであるとも考えられる。
しかしながら,本件のように,当事者が非常に多数に及んでおり,
しかも先行事件と異なる裁判所に重複起訴がされたような場合には,
稀に,相手方当事者も裁判所も重複起訴に気付かないままどちらの訴
訟も進行していくことが考えられるところ,そのようなレアケースに
おいて,仮に後行事件の方が先に終局判決にまで至り,先行事件につ
いては終局判決に至らないような時点に重複起訴が発覚した場合にお
いては,終局判決がされた後行事件を適法とし,終局判決に至らない
先行事件を不適法とすることが,前示の重複起訴を禁ずる趣旨である
訴訟経済の観点から妥当であるし,また,重複起訴をした者において
より有利な判決を選択することを可能にすることで同人を不当に利す
る結果を防ぐことにもつながるため,適切というべきである。
本件でも,後行事件である本訴について既に終局判決がされている
(しかも控訴審においても弁論終結に至っている。)のに対し,先行事
件である新潟訴訟はいまだ終局判決がされていないのであるから,こ
の場合,本訴は適法であって,少なくとも本訴について訴え取下げの
効力が生じていない以上は新潟訴訟が不適法であると判断すべきであ
る。
したがって,当裁判所は,上記一審原告らについても,本訴の提起
が適法であって,一審被告ら両名との間で訴え取下げの効力が生じて
いないことを前提に,判断をすることとする。
2一審被告国のみが取下げに同意した一審原告
一審原告H-142及び同H-143は,当審において訴えを取り
下げたところ,一審被告国の同意は得たが,一審被告東電の同意は得
られなかった。
したがって,これらの一審原告らについては,一審被告国との関係
では訴え取下げの効力が生じているが,一審被告東電との関係では訴
え取下げの効力が生じていない。これらの一審原告らについては,別
紙2一審原告等目録の「分類」欄に「⑦」を付して特定することとす
る(一審原告ら⑦)。
第9節結論
以上の次第で,一審原告らの請求(当審における追加請求を含む。)
のうち,原状回復請求に係る訴えは不適法であるから却下すべきであ
るが,その余の訴え(当審における一部訴え取下げ後のもの)は,全
体につき適法な訴えであって,そのうち一審被告東電に対する主位的
損害賠償請求(一般不法行為に基づく請求)は,理由がないから棄却
すべきであり,原賠法(一審被告東電に対する請求)又は国賠法(一
審原告国に対する請求)に基づく損害賠償請求は,一審原告ら③及び
④については全て理由があるから認容すべきであり,一審原告ら①,
②,⑤,⑥,⑧ないし⑩については,一審被告らに対し,連帯して別紙
6主文一覧表の「認容額」欄記載の各金員及びこれに対する平成23
年3月11日から(同表の「始期」欄に日付の記載のある者について
は,当該日から)支払済みまで年5分の割合の遅延損害金の支払を求
める限度で理由があるから認容すべきであり,その余は理由がないか
ら棄却すべきであり,一審原告ら⑦については,一審被告東電に対し,
同表の「認容額」欄記載の各金員及びこれに対する平成23年3月1
1日から支払済みまで年5分の割合の遅延損害金の支払を求める限度
で理由があるから認容すべきであり,その余は理由がないから棄却す
べきであり,一審原告ら⑪及び⑫については,全て理由がないから棄
却すべきである。これに対し,原判決は,一審原告らの請求のうち,
原状回復請求に係る訴え及び損害賠償請求のうち平成29年3月22
日以降の損害賠償金の支払を求める訴えを却下し(原判決主文第1項
及び第2項),その余の一審被告東電に対する主位的損害賠償請求(一
般不法行為に基づく請求)を棄却するとともに,原賠法又は国賠法に
基づく損害賠償請求は,一審原告ら①ないし④,⑦及び⑫については
全部棄却し,一審原告ら⑤,⑥,⑧ないし⑪については一部認容して
いるところ,当審においても請求の一部を認容した一審原告らにつき
それぞれの認容額を比較すると,一審原告ら⑤及び⑥についてはいず
れの一審被告に対しても当審が,一審原告ら⑧については一審被告東
電に対しては原審が,一審被告国に対しては当審が,一審原告ら⑩に
ついてはいずれの一審被告に対しても原審が,それぞれ高額となって
おり,一審原告ら⑨については一審被告東電に対しては原審が高額と
なっているが,一審被告国に対しては同額となっている。
したがって,以上と同旨の原判決主文第1項及び第3項は相当であ
るから,一審原告らの控訴のうち原判決主文第1項及び第3項に係る
部分はいずれも棄却するが,原判決中同判決主文第2項に係る訴え(当
審における一部訴え取下げ後のもの)を却下した部分は相当でないか
ら,一審被告らの附帯控訴に基づき,これを取り消し,更に弁論をす
る必要は認められないから,当裁判所において自判することとし(民
訴法307条ただし書),当裁判所が認める認容額は原判決が適法な請
求であるとした範囲の請求額を超えないから,上記取消部分に係る一
審原告らの請求はいずれも棄却する(以上につき,本判決主文第1項)。
次に,原判決主文第4ないし7項に係る控訴については,本判決主文
第2項のとおり,各当事者の控訴のうち,全部理由がない控訴を棄却
し,全部又は一部理由がある控訴に基づき,一審原告ら①については
同項⑴イ及びウ,一審原告ら②については同項⑵イ及びウ,一審原告
ら③については同項⑶イ,一審原告ら④については同項⑷イ,一審原
告ら⑤については同項⑸ウ及びエ,一審原告ら⑥については同項⑹ウ
及びエ,一審原告ら⑦については同項⑺イ及びウ,一審原告ら⑧につ
いては同項⑻ウ及びエ,一審原告ら⑨については同項⑼ウ及びエ,一
審原告ら⑩については同項⑽ウ及びエのとおり原判決を変更し,一審
原告ら⑪については,一審被告ら敗訴部分を取り消して同部分に係る
一審原告ら⑪の請求をいずれも棄却し,一審原告ら⑫については,控
訴をいずれも棄却することとする。さらに,当審における追加請求は,
一審原告ら④については全て理由があるから認容し,一審原告ら①及
び⑤については,そのうち別紙6主文一覧表の「追加元金」欄記載の
各金員(同表の「認容額」欄記載の金額から「原審元金」欄記載の金額
を減じたものである。)に対する平成23年3月11日から支払済みま
で年5分の割合の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認
容し,その余は理由がないから棄却し,その余の一審原告ら(ただし,
一審原告ら③を除く。)については,全て理由がないから棄却する(本
判決主文第3項)。
大規模集団訴訟である本件訴訟の特殊性にも鑑み,訴訟費用につい
ては,本判決主文第4項のとおり負担させることとし,仮執行宣言に
ついては,本判決主文第5項のとおり,これを付した上,一審被告ら
の申立てにより,担保を立てさせて仮執行免脱の宣言を付することと
して,主文のとおり判決する。
仙台高等裁判所第3民事部
裁判長裁判官上田哲
裁判官島田英一郎
裁判官渡邉明子
別紙1当事者目録
別紙2一審原告等目録
別紙3一審原告ら代理人目録
別紙4一審被告東電代理人目録
別紙5一審被告国代理人目録
別紙8一審原告ら主張整理
別紙9一審被告東京電力の主張の要旨
別紙10弁済の抗弁(精神的損害の追加賠償金額)および既払い賠償金
額一覧表
別紙11一審被告国の主張の要旨
(いずれも省略)

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