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       主   文
特許庁が平成五年審判第九二二号事件について平成六年一〇月二一日にした審決を
取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
主文と同旨の判決
二 被告
 「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第二 請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
 原告は、昭和六二年二月二三日、名称を「草食動物の硝酸塩中毒予防方法」とす
る発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(特願昭六二ー三七七五九
号)したところ、平成四年一一月一九日拒絶査定を受けたので、平成五年一月一三
日審判を請求し、平成五年審判第九二二号事件として審理されたが、平成六年一〇
月二一日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同
年一二月七日原告に送達された。
二 審決の理由の要点
(1) 本願は、明細書の記載からみて、「脱窒バクテリアを草食動物に投与する
ことを特徴とする、草食動物の硝酸塩中毒予防方法」に関するものと認める。これ
に対する原査定の拒絶の理由の概要は、「本願発明において使用する『脱窒バクテ
リア』の入手手段が示されていないので、当業者が本願発明を容易に実施できる程
度に明細書が記載されていないから、この出願は、特許法三六条三項(注 昭和六
〇年法律第四一号によるもの。以下同じ)に規定する要件を満たしていない。」と
いうものである。
 これに対して請求人(原告)は、審判請求の理由において、微生物の寄託番号を
補正する補正案を示し、明細書中で引用している文献の報告者による、本願発明に
おいて使用する微生物を昭和六一年当時において分譲可能であったこと、本願の発
明者が昭和六一年に分譲を受けたこと、現在も分譲可能であることを証明する証明
書を提出して、①使用される微生物は出願当初の明細書において引用した文献で明
確に特定されていること、②平成四年六月二九日に使用される微生物が微工研菌寄
第一三〇一六号として寄託されていること、から明細書の不備はないと主張してい
る。
(2)① しかしながら、微生物の利用に特徴がある発明は、微生物の性質上、出
願時に当該微生物を所定の寄託機関に寄託することを開示の要件とするものであ
る。
 しかるに、本願明細書には、微生物に関する文献名のみが記載されているだけ
で、寄託番号は記載されていないから、明細書の記載は不備であることは明らかで
ある。
② なお、上記文献の報告者が、該微生物が昭和六一年当時において分譲可能であ
ったことを証明していても、これは発明者個人に対してのものであって、出願当時
において、何人にも分譲可能、つまり、容易に入手可能であったものとは認められ
ない。そうすると、寄託番号に関する補正は、明細書の要旨を変更するものと認め
られるから、この補正案を受け入れることはできない。
(3) したがって、本願は、特許法三六条三項に規定する要件を満たしていない
ので、拒絶すべきものである。
三 審決を取り消すべき事由
 審決の理由の要点(1)は認め、同(2)①、②、(3)は争う。
 本願は特許法三六条三項に規定する要件を満たしていないとした審決の判断は、
誤りである。
(1) 審決の理由の要点(2)①は、微生物の寄託に関する特許法施行規則二七
条の二の「微生物に係る・・・容易に入手することができる場合を除き、」の規定
部分を全く無視し、微生物を寄託することのみが、微生物を利用した発明における
出願手続の唯一の手段であることを前提とした判断であって、誤りである。
(2) 本願明細書には、本願発明において利用される微生物について、その機能
(性質)、属及び種を明らかにして微生物が明確に特定できるように記載されてい
ると共に、その微生物について発表した文献名も正確に記載されている。この文献
名の記載によって、文献に記載してある微生物の機能・性質等の内容を知ることが
できると同時に、その発表された微生物に対して興味があれば、それを発表した発
表者に対して、その微生物を分けてもらえるかどうかの連絡が可能なのであって、
文献名の記載は、出願前の容易入手性を担保したものといえるのである。そのう
え、原告は、上記の点を裏付ける資料として、その出願当初において、本件微生物
の発表者でない本願の発明者(任意の第三者)が、本件微生物の発表者から分譲を
受けたこと、及びその当初から任意の第三者に分譲することが可能であったことを
立証するための証明書(甲第六号証)を提出したのである。この証明書の補正(提
出)は、あくまでも「出願前の容易入手性」を裏付けるものであり、「出願後の容
易入手性」を立証するためのものではないのであり、特許法一七条の規定に基づく
適正な補正である。また、寄託番号の補正は、特許法施行規則二七条の三の「微生
物の試料の分譲」に対応して、単に分譲の窓口を拡大したにすぎないのであって、
出願後の容易入手性を裏付けるためではない。
 したがって、審決の理由の要点(2)②の認定、判断は誤りである。
第三 請求の原因に対する認否及び反論
一 請求の原因一及び二は認める。同三は争う。審決の認定、判断は正当であっ
て、原告主張の誤りはない。
二 反論
(1) 「出願前の容易入手性」と「出願後の容易入手性」とは異なるものである
から、微生物が公知であるかないかにかかわらず、「出願後の容易入手性」をもっ
て「出願前の容易入手性」に代えることはできない。出願後の手続補正において補
完する場合の「容易入手性」について立証する書面は、微生物が公知である場合に
ついても、「出願前の容易入手性」について立証するものでなければならない。つ
まり、手続補正が、公知の当該微生物を出願前に当業者が容易に入手できたもので
あることを示すものであるのならともかく、出願後に容易入手となった事実を証明
することで、容易入手性が補完されるならば、出願時に当業者が容易に実施できな
かった発明を容易に実施できることとすることになり、不当なことになるので、こ
れは補完できないものである。
 甲第六号証(証明書)の四項の「昭和六一年当時において分譲可能であったこ
と」との記載からいえることは、本願出願後である平成四年五月の段階で確認し
た、昭和六一年当時の【A】教授の意思がそうであったというに止まり、任意の第
三者に本願出願前に分譲したことを証明しているものとはいえないし、本願出願時
において任意の第三者にはこの点(同教授の意思)が判明していないというべきで
ある。したがって、上記証明書によって、本願出願前に本件微生物が容易に入手で
きたものであることを証明したとはいえない。
 また、本願発明における微生物が本願出願人など特定人に分譲されているとして
も、それだけでは、本願出願前に任意の第三者に分譲可能であることを示すことに
はならないから、原告主張のように公知で分譲可能というだけでは、本件微生物が
本願出願時に当業者が容易に入手可能であったものとすることはできない。
 したがって、本願発明の微生物は、本願出願前において容易に入手することがで
きたものとはいえないから、当業者が容易に実施できるように明細書に記載されて
いるためには、特許出願前において、特許手続上の寄託機関に寄託されることを要
するというべきであって、「出願後の寄託」で「出願前の容易入手性」を補完する
ことはできないというべきである。
 なお、「……出願時に当該微生物を所定の寄託機関に寄託することを開示の要件
とするものである」との審決の説示は、出願時に容易に入手可能な微生物について
もなお寄託を要するとした趣旨のものではない。
 以上のとおりであって、審決の認定、判断は正当である。
第四 証拠(省略)
       理   由
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(審決の理由の要点)、及び
審決の理由の要点(1)(本願発明の構成、拒絶理由の概要、審判請求の理由)に
ついては、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。
(1) 明細書の発明の詳細な説明には、当業者が容易に実施をすることができる
程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載しなければならないが(特許法三六
条三項)、微生物に係る発明について特許出願をしようとする者は、当業者がその
微生物を容易に入手することができる場合を除き、ブダペスト条約で定める国際寄
託当局の受託証の写し又は特許庁長官の指定する機関に寄託したことを証明する書
面を願書に添付しなければならないと規定されている(特許法施行規則二七条の
二)。
 本件において、特許出願の願書に上記受託証の写し又は証明書が添付されていな
いことは明らかである。
(2) 本願の当初明細書(甲第二号証の二)には、「本発明の目的は草食動物に
おける硝酸塩中毒の発生を積極的に防止する方法を提供することにあり、更に具体
的に述べれば、牧草等の哺食により必然的に摂取される硝酸態窒素を積極的に無害
化させることにより硝酸塩中毒を予防する方法を提供することにある。」(九頁一
八行ないし一〇頁三行)、「本発明によれば、脱窒バクテリアを草食動物に投与す
ることにより上記の問題点が解決されると共に上記の目的が達成される。……本発
明者は毒性が一般に低いとされる光合成バクテリアの利用に着目して研究を進めた
処、ロードプソイドモナス(Rhodopseudomonas)属のものが好ま
しく、殊にスファエロイデス(sphaeroides)種のものであって、ロー
ドプソイドモナス・スファエロイデス・フォルマ・sp・デニトリフィカンス(R
hodopseudomonas sphaeroides forma sp.
denitrificans)と命名されたもの〔T.SATOH et al.
“Arch.Microbiol.”108,265―269(1976)〕が動
植物に対して病原性を有さず且つ脱窒能を有しているために、草食動物の硝酸塩中
毒の予防に利用し得ることを見出すに至ったのである。」(一〇頁六行ないし一一
頁八行)、「本発明方法によれば、脱窒バクテリアを投与するだけで草食動物の血
中メトヘモグロビン濃度を低下させることができ、延いては草食動物の硝酸塩中毒
を予防することができる。」(一一頁末行ないし一二頁三行)と記載されているこ
とが認められる。
 そして、当初明細書に記載された上記文献(「Archives of Mic
hrobiology」第一〇八巻二六五頁ないし二六九頁(一九七六年)。甲第
五号証)には、東京都立大学理学部教授(当時)【A】外二名の執筆に係る「ロー
ドプソイドモナス・スファエロイデス・フォルマ・sp・デニトリフィカンス・ロ
ードプソイドモナス、スファエロイデスのサブ・スピースィーズとしての脱窒能を
有する菌株」と題する論文が掲載されており、同論文の「発生したガスの同定」の
項に、「〇・二%KNO3含有バーサル培地中で、照明を与え又は与えずにIL一
〇六を嫌気培養する場合に、ガスが激しく発生する。このガスを捕集し、ガスクロ
マトグラフィーにて同定した(第1図)。捕集されたガスの殆どは窒素からなって
おり、H2、NO及びN2Oは検出されなかった。」と記載されていることが認め
られる。
 更に、広島大学理学部教授【A】は、原告宛の平成四年五月二二日ころ作成の証
明書(甲第六号証)をもって、脱窒光合成バクテリアであるRhodopseud
omonas sphaeroides forma sp.denitrifi
cansは、同教授が東京都立大学在職中に、同教授の研究グループが見出したバ
クテリアであること、光合成バクテリアは七株(IL一〇一ーIL一〇七)得られ
たが、Rhodopseudomonas sphaeroides forma
 sp.denitrificansとは、IL一〇六株であること、上記バクテ
リアは昭和六一年当時において分譲可能であったこと(入手先 東京都立大学)、
本願発明の出願人である原告が、昭和六一年に同教授から上記バクテリアの分譲を
受けたこと、上記バクテリアは証明書作成時においても分譲可能であること、を証
明していることが認められる。
 上記認定の事実によれば、本願発明において使用する脱窒能を有する光合成バク
テリアであるロードプソイドモナス・スファエロイデス・フォルマ・sp・デニト
リフィカンスは、上記文献により、本願出願前公知の微生物であると認められる。
そして、上記微生物を利用しようとする者が、上記文献に記載された【A】教授ら
の研究グループに問い合わせることは容易になし得ることであり、そうすれば、上
記微生物の分譲を受けることが可能であったものと認められる。
 したがって、本願発明において使用する微生物(脱窒バクテリア)は、本願出願
前、当業者において容易に入手し得るものであったものと認めるのが相当である。
 なお、甲第三号証によれば、原告は、平成四年六月二二日に、前記光合成バクテ
リアを「ロードバクスター スフェロイデス f.sp.デニトリカンス Rho
dobacter sphaeroides f.sp. denitrific
ans」と表示して、工業技術院微生物工業技術研究所に寄託したこと〔受託番号
微工研菌寄第一三〇一六号(FERM Pー一三〇一六)〕、甲第四号証によれ
ば、原告は特許庁審判官に対し、本願の明細書に上記事項を追加記載する手続補正
案を示したことが認められるが、上記のとおり、本願発明において使用される微生
物は、本願出願前、当業者において容易に入手し得るものであったものと認められ
るから、仮に上記の点についての補正がなされたとしても、明細書の要旨を変更す
るものでないことは明らかである。
(3) 被告は、甲第六号証(証明書)の四項の「昭和六一年当時において分譲可
能であったこと」との記載からいえることは、本願出願後である平成四年五月の段
階で確認した、昭和六一年当時の【A】教授の意思がそうであったというに止ま
り、任意の第三者に本願出願前に分譲したことを証明しているものとはいえない
し、本願出願時において任意の第三者にはこの点(同教授の意思)が判明していな
いというべきであるから、上記証明書によって、本願出願前に前記微生物が容易に
入手できたものであることを証明したとはいえない旨主張する。
 しかし、甲第六号証は平成四年五月に作成されたものではあるが、上記「昭和六
一年当時において分譲可能であったこと」との記載は、昭和六一年当時の客観的事
実自体を示したものとみるべきであって、「出願前の容易入手性」について立証す
るものであることは明らかである。そして、特許法施行規則二七条の二にいう「当
業者がその微生物を容易に入手することができる場合」については、当業者が当該
微生物を容易に入手し得る状態にあったか否かが問題となるだけであるところ、本
件についてみれば、前記文献自体からは、当業者に【A】教授の前記微生物の分譲
意思が判明していなくとも、前記文献を手掛かりに、当業者が同教授に前記微生物
の分譲につき問い合わせることに何ら困難性はなく、問い合わせをすれば、分譲の
意思があることを容易に知り得る状態にあったものと認められ、したがって、前記
微生物は容易に入手し得る状態にあったものと認められるから、被告の上記主張は
採用できない。
 また被告は、本願発明における微生物が本願出願人など特定人に分譲されている
としても、それだけでは、本願出願前に任意の第三者に分譲可能であることを示す
ことにはならないから、原告主張のように公知で分譲可能というだけでは、本件微
生物が本願出願時に当業者が容易に入手可能であったものとすることはできない旨
主張する。
 しかし、甲第六号証の記載に照らしても、前記微生物の分譲対象者を特定の者に
限定しているとは認め難いから、被告の上記主張は採用できない。
(4) 以上のとおりであるから、本願は特許法三六条三項の規定する要件を満た
していないとした審決の判断は誤りであり、原告主張の取消事由は理由がある。
三 よって、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について行
政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 伊藤博 濱崎浩一 市川正巳)

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