弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一、本件申請を却下する。
二、申請費用は申請人の負担とする。
       事   実
第一、当事者の求める裁判
一、申請人
1 申請人が被申請人小倉工場検定課試験係に勤務する従業員であることを仮に定
める。
2 申請費用は被申請人の負担とする。
との判決
二、被申請人
主文同旨の判決
第二、当事者の主張
一、申請の理由
1 当事者
 被申請人は、電気機械器具の製造販売を業とする会社であり、申請人は、昭和四
〇年三月被申請人会社に雇用され、以来被申請人会社小倉工場検定課試験係に勤務
していた者である。
2 派遣駐在命令
 被申請人は、申請人の同意を得ることなく、昭和四七年七月二一日付をもつて、
申請人を右小倉工場検定課試験係から本社サービス改善企画室へ転属させる旨命
じ、研修教育を受けさせた後、さらに同年八月二一日、同日付で申請人を北九州市
<以下略>所在の申請外末松産業株式会社(以下末松産業という)へ技術サービス
員として派遣駐在せしめる旨の業務命令を発した。(以下この命令を本件命令とい
う)
3 本件命令の性質
本件命令は、次に述べる実態からみて、いわゆる出向命令にあたるというべきであ
る。
(一) 末松産業と被申請人との関係
 末松産業は、電気機械器具の製造販売を目的とする、資本金一〇〇〇万円、従業
員約一二〇名の比較的小規模の会社であり、主たる事業は被申請人の販売代理店と
して、被申請人の製品を販売することにあるが、被申請人とは資本、組織とも別個
独立の会社であり、同社内に被申請人の支店や営業所があるわけでもない。このよ
うな関係にある末松産業への派遣は、申請人と被申請人との間の労働契約の範囲を
超えるものである。
(二) 本件命令による労働効果の帰属
 末松産業は、代理店として、主に被申請人会社の製品の販売を業とするものでは
あるが、右製品の販売が同社自身の業務であることは勿論であり、そのためになさ
れるサービス業務もまた同様である。したがつて、申請人が末松産業において行う
サービス業務は、同社の業務を同社の利益のために行うものというべきである。
(三) 労働指揮権
 申請人は、前記のとおり資本、組織のいずれも被申請人会社とは別個独立の末松
産業にあつて、就業時間、休日等の具体的な労働条件は同社の就業規則によつて規
律され、申請人に対する勤怠管理も同社によつてなされ、さらに申請人は同社派遣
の故をもつて被申請人のストライキ不介入要員とされている。また、勤務の具体的
な指揮命令も末松によつてなされている。即ち、申請人の作業内容は、クレーム品
の検査・点検・修理・指導・巡回サービス等であるが、例えばクレーム品の修理に
あつては、ある納入先からクレームが発生した場合、その情報をうけた末松産業社
員の指揮に基づいて納入先に赴き、巡回サービスにあつては末松産業に保管されて
いる納入先一覧表に従つてその計画を建てるなど、実際の作業における申請人に対
する直接的指揮は、殆ど末松産業側が行つている。
 前記サービス改善企画室の組織および機構の実態は、技術サービス員から作業日
報を提出させたり、各地区のサービス員等の会議を開くことにより、将来のサービ
ス改善のための企画・立案のデータ作りを主目的とする、いわば情報集約のためあ
るいは連絡のための体制であつて、技術サービス員である申請人らに対する指揮監
督のための機構としては機能していない。
 なお、被申請人は、末松産業その他の派遣先代理店および安川電機労働組合と派
遣駐在について協議するにあたりその当初においては、申請人ら技術サービス員に
対する労働指揮権が代理店側に移ることを明らかにしていたが、本件仮処分申請後
は、右事実を否定するに至つた。これは本件の訴訟対策であり、同時に、本件命令
が実際上はいわゆる出向命令と考えざるを得ないことを裏付けるものである。
4 本件命令の無効性
本件命令およびこれを前提とする前記転属命令は、いずれも無効である。
(一) 出向命令権の不存在
 およそ使用者が従業員に対し、他の企業への出向を命ずるについては、当該従業
員の同意を要すると解すべきところ、本件出向命令につき申請人の同意はなく、そ
の他労働契約、労働慣行、就業規則、労働協約のいずれにも、申請人の同意を得ず
してその出向を命じ得る根拠はない。
(1) 労働契約
 申請人と被申請人との間の労働契約は、被申請人の指揮下において被申請人に対
し労務を提供することを約したにとどまり、第三者である末松産業の指揮下におい
て同社のため同社に対し、申請人の労務提供義務を定めたものではない。
(2) 労働慣行
 被申請人会社には、従業員の同意なしに出向を命じうるとの慣行は確立されてい
ない。
(3) 就業規則
 申請人が被申請人会社に入社した昭和四〇年当時の就業規則第五六条は、「業務
上必要なときは、他の勤務地に赴任を命ずることがある。」旨定めていたが、昭和
四五年一〇月二一日、同条は改正され、「業務上必要なときは、勤務地の変更、職
場、職種の異動または社外勤務への出向を命ずることができる。社員は、正当な理
由なくしてこれを拒むことはできない。」と定められた。
 しかし、右改正は、申請人ら従業員に新たに出向義務を創設するもので、重要か
つ不利益な労働条件の変更にあたるから、申請人の同意なくして、ただちに労働契
約の内容となるものではない。
(4) 労働協約
 被申請人と申請人所属の安川電機労働組合との間の労働協約には、従業員の出向
義務を基礎づける条項はない。昭和四四年一二月の右労使間の「組合員の出向に関
する覚え書き」も、組合員の出向義務自体を基礎づけるものではない。
(二) 思想・信条による差別待遇
 本件命令は、申請人が従来から政治的思想・信条として日本共産党の熱心な支持
者であり、その立場から、労働者の生活と権利を擁護すべく、活発な組合活動を行
つてきたことを被申請人が嫌悪し、合理化計画の名のもとに中高年令者や申請人の
ごとき被申請人にとつて好ましくない思想信条を抱く活動家を中心に販売代理店等
に出向を命じ、その期間経過後は、系列会社に転出させるなどして、被申請人会社
から放逐する意図のもとになされたものであつて、憲法第一九条、第一四条、労働
基準法第三条に違反し、無効といわなければならない。
5 仮処分の必要性
申請人には、次のとおり、本件仮処分の必要性がある。
(一) 申請人には、勤めをもつ妻と幼児があり、従来は被申請人会社小倉工場の
勤務を終えて後、自家用自動車で妻の勤務先および子の保育先に妻子を迎えに行く
ことができたが、本件命令後はそれができず、老令である申請人の母親又は勤務を
終えた妻のいずれかが子供を迎えに行くことになり、この点家族一同相当の苦痛を
感じている。
(二) 末松産業では、被申請人会社と比較して、勤務時間が一日三〇分長く、土
曜休日制がなく、遠距離の宿泊出張が時折あり、従前被申請人会社において向上さ
れた労働条件を享受していた申請人にとつては、大きな苦痛である。
(三) 従前の職場内で活発に組合活動、サークル活動をしていた申請人にとつ
て、現在の同僚から隔絶された環境のもとにあつては、右活動を十分になしえず、
精神的苦痛が大である。
(四) 申請人は、自己の信念に従つて末松産業での就労を拒否し、被申請人会社
小倉工場に就労しようとしたが、右就労を拒否され、さらに、申請人がこれを強行
しようとすれば業務命令違反の故をもつて解雇されるおそれがある。
(五) 末松産業への派遣期間は二年間とされているから、その期間内に迅速に法
的救済がなされなければ、申請人が本件命令の効力を争つていることが全く無意味
に帰する。
 以上のとおり、早急に申請人の地位を保全しなければ、申請人および家族にとつ
て回復しがたい重大な損害をもたらすおそれがある。
6 結論
 よつて、申請人は、申請人が被申請人小倉工場検定課試験係に勤務する従業員で
あることを仮に定める旨の判決を求める。
二、申請の理由に対する認否
1 申請の理由1および2の事実は認める。
2 同3のうち、本件命令がいわゆる出向命令にあたるとの主張は争う。
 同3(一)の事実のうち、末松産業の事業内容および同社と被申請人会社との関
係についての部分は認めるが、その余は否認する。
 同(二)の事実のうち、末松産業が代理店として、主として被申請人の製品の販
売に従事していることは認めるが、その余は否認する。
 同(三)の事実のうち、申請人の末松産業への派遣後その勤務時間等末松産業の
就業規則に定められた時間に従つて勤務していること、申請人に対する勤怠管理が
末松によつてなされていること、申請人がストライキ不介入要員であること、およ
び申請人の作業内容は認めるが、その余は否認する。
3 同4の主張は、申請人主張の就業規則(改正前後)の存在のみ認め、その余は
すべて争う。
4 同5のうち、申請人の妻が勤務していること、子供を保育所に預けているこ
と、末松産業では、被申請人会社に比較して、勤務時間が一日三〇分長く、時折宿
泊出張があること、申請人の末松産業への派遣期間が二年と予定されていることは
認めるが、その余はすべて否認する。
三、被申請人の主張
1 本件命令の性質
(一) サービス改善企画室設置に至る経過と目的
 今日の被申請人ら同業メーカー間の激甚な販売競争の実態は、もはや、価格面に
おいては限界に達し、残された唯一の方法は、製品の故障修理や点検等のサービス
面における競争に打ちかつことにあるため、被申請人会社においても、サービス面
で他社に先んずるべく、その改善に鋭意検討を加えていた。一方、かねてより被申
請人会社の販売代理店からも、販売先へのサービスの改善に関して強い要請があつ
た。そこで、被申請人会社としては、従来モータースイツチ等の部門ごとにサービ
スの担当が分れて連絡の緊密と迅速を欠いていたことを反省し、サービス体制の一
元化による迅速かつ的確なサービスを実現すべく、昭和四七年二月、被申請人会社
本社にサービス改善企画室を設置した。
(二) サービス改善企画室の組織、機構
 右サービス改善企画室本部に一〇名の室員を配置し、四支店(東京、名古屋、大
阪、九州(本社))に、それぞれの地区を統轄する地区リーダーを各一名配置し、
さらにその下に各支店管轄地域内のモデル代理店八店(東京三、名古屋二、大阪
二、九州一《末松産業がこれにあたる》)に技術サービス員(派遣駐在員と称する
こともある)を二名ずつ(モーター担当一名、スイツチ担当一名)派遣、配置し
た。本部室員は、主に派遣されたサービス員の報告(作業日報)を集約し、これを
分析して故障内容、所要時間などのデータを作成し、将来のサービス改善のための
企画、立案をするほか、室員のうち熟練技術者四名は、高度、難解な修理等にあた
り、必要に応じて派遣技術サービス員の応援等に従事する。また、各地区のリーダ
ーは、担当地域内の派遣サービス員を常時指揮監督するものである。
(三) 技術サービス員としての申請人の地位
 申請人は、被申請人から右技術サービス員の一人として選ばれ、九州地区の代理
店末松産業へ派遣駐在を命ぜられたものである。
 そして、被申請人会社製品の購入先からモーター・スイツチの故障修理等の申入
れが販売代理店経由でなされた場合、申請人は被申請人会社の従業員として、かつ
被申請人会社自身の業務として右修理等のサービスを提供し、その内容等につき日
報を作成して、サービス改善企画室に報告し、また、同企画室が開く毎月一回のサ
ービス企画室九州地区班の会議に出席し、サービスのあり方について検討する等の
業務に従事している。そして、申請人は、被申請人の従業員としてその業務を遂行
していることから、給与、賞与その他右業務に伴う諸費用を、被申請人会社から支
給されている。
 右に照らせば、申請人が被申請人の労働指揮権に服していることはいうまでもな
い。したがつてまた、申請人が被申請人会社小倉工場検定課試験係から本社サービ
ス改善企画室に配属されたことは、就業規則上は第五六条の職種の異動にあたり、
さらに同企画室の技術サービス員として末松産業へ派遣されたことは、同条の勤務
場所の変更にあたるにすぎない。それは、労働指揮権の移転を本質的内容とするい
わゆる出向にあたるものではない。
2 本件命令の有効性
(一) 本件命令を発する権限の存在
(1) 労働契約
 申請人は、入社試験の際、「与えられたものは何んでもやつてみる。勤務場所は
どこでも可、できれば北九州。」と答え、また、採用決定後、昭和四〇年三月二一
日、被申請人会社との間で労働契約を締結した際、「就業規則その他の諸規程を守
り、会社の指示する職務に誠実に従事する。」ことを約しているから、申請人は、
右契約に基づいて、本件命令に応じる義務がある。
(2) 就業規則
 前記改正前の就業規則第五六条と改正後のそれは、その内容において同趣旨のも
のであつて、改正によりその明確化を図つたにすぎない。
 したがつて、申請人は、昭和四〇年三月の入社の時点において、勤務場所の変
更、勤務場所の変更等の命令に応ずる義務を労働契約の内容として負担していたと
いうべきであるから、正当な理由なくして、本件命令を拒否することはできない
(なお、仮に申請人の主張を容れて本件命令が一種の出向命令にあたるとしても、
右に変りはない)ところ、申請人には、次に述べるとおり、拒否の正当な理由はな
い。
 申請人は、さきに派遣駐在を内示された際、これを拒否する理由として、(イ)
共稼ぎであるため、遠隔地へ行く場合は、妻の勤務に支障が生じ、退職しなければ
ならなくなる。(ロ)子供を託児所に預けており、生活全般がリズムに乗つて営ま
れているので、その生活のリズムを崩したくない。(ハ)両親が年老いているの
で、近くにいてやりたい。(ニ)入社の際、被申請人会社小倉工場以外で働かない
約束があるとの四点を主張した。しかし、(ニ)のごとき約束はなく、かえつて、
前記のとおり、勤務場所はどこでもよいと述べていたぐらいである。その他の事情
については、申請人の勤務場所が北九州市<以下略>の末松産業に決まつたこと、
被申請人が申請人の借家を捜すのに協力し、最終的に申請人が小倉区<以下略>に
住所を定めたことにより、両親との同居が可能となり妻の勤務に支障も生じないこ
とになつて、一切が解決ずみである。
 一方、被申請人には、前記のとおり申請人に対して本件派遣駐在を命ずべき必要
がある。(なお、申請人を派遣駐在員として選考するについては、その資格・能
力・性格・従来の職場における地位等を十分吟味し、申請人を最も適格者と認めた
ものである)また、申請人所属の安川電機労働組合も、被申請人の申請人に対する
本件命令の正当性を認めている事情にある。
(3) 労働慣行
 今日まで、被申請人会社において、被申請人会社の子会社への出向、あるいは代
理店への一時派遣について、かつて異議を述べ、これを拒否した者はいない。した
がつて、申請人会社では、従業員の同意なしに出向あるいは派遣を命じうる慣行が
確立しているというべきである。
四、被申請人の主張に対する申請人の答弁
1 前記三1の主張のうち、サービス改善企画室設置の目的・経過とその機構、申
請人が右機構の一員として派遣されたものであることは認めるが、その業務の実態
に関する主張はこれを争う。すでに述べたとおり、申請人は末松産業の直接の指揮
監督下にあつて、同社の販路拡大の利益のためサービス業務に従事しているもので
あるから、その実態は出向であつて、被申請人主張のような単なる勤務場所の変更
ではない。
2 同2の主張はすべて争う。なお、申請人が本件命令内示の際、主張のような理
由を挙げて拒絶したことはあるが、これらは現在においても依然解消されず、本件
命令によつて現に苦痛を受けていることはさきに述べたとおりである。
第三、疎明資料(省略)
       理   由
一、本件命令の性質および効力を検討するに先立ち、その前提として疎明される事
実関係を以下に掲げる。
 成立に争いのない疎甲第二ないし第四号証、第一九、第二〇号証、第三〇号証、
疎乙第一四号証、第一五号証の一、二、第二〇号証の一ないし一三、第二一号証の
一ないし六および申請人本人尋問の結果(但し、後記措信できない部分を除く)お
よびこれにより真正に成立したと認められる疎甲第一九号証、第二四号証、第二六
号証、第三〇号証、証人Aの証言およびこれにより真正に成立したと認められる疎
乙第一号証、第一一号証、証人Bの証言およびこれにより真正に成立したと認めら
れる疎乙第二号証、第一〇号証ならびに証人C、同D、同E、同F、同G、同Hの
各証言によれば、次の事実が疎明される(但し、一部争いのない事実を含む)。
1 サービス改善企画室設置の趣旨・目的
(一) 被申請人会社は、電気機械器具の製造および販売を目的とする会社であ
り、その主要製品は、大別すると、電動機類(モーター)と制御器類(スイツチ)
である。そのうち、小型モーター(五五キロワツト以下のもの)およびこれに必要
なスイツチ類の多くを、被申請人会社の全国八〇の代理店を経由して販売してい
た。
 ところで、被申請人会社では、その製品の開発、生産、販売、および技術サービ
ス(販売先での故障修理や定期的な巡回・点検、技術相談など)等の業務がモータ
ーあるいはスイツチなど製品別の管理体制(いわゆる事業部制)のもとで運営され
ていたため、サービス面においても、電動機事業部と制御器事業部が独立し、両者
を統一したサービス体制が存在しなかつた。そして、右各部門別の技術サービス員
を、被申請人会社の本社および支店(東京、名古屋、大阪)に配置する形態でサー
ビス業務を遂行していた。
(二) しかしながら、右サービス体制のもとでは、モーターおよびスイツチの各
サービス員の連携動作が組織的に困難であり、またサービス員が故障現場等の地理
不案内のため、不必要に時間を費し、さらにクレームの内容が不正確に伝達される
などして、サービスの生命ともいうべき迅速性と的確性に欠け、需要者は勿論、代
理店側の意を満すに十分ではなかつたため、その改善を強く要請されていた。
(三) さらに、被申請人会社ら同業メーカー間の激甚な販売競争の実態は、もは
や、価格面においては限界に達しており、残された唯一の方法は、製品の故障修理
や点検等のサービス面の競争に打ちかつことにあるとみられるに至つたため、被申
請人会社においても、前記迅速性と的確性の要請を満たす新しいサービス体制の確
立こそ、販売競争における優位を確保するための必須の条件であるとの認識が強く
なつた。
 そこで、被申請人会社は代理店の全国組織である全国代理店連合会とも数次の協
議を重ねた後、昭和四七年二月、本社機構として新しく「サービス改善企画室」の
設置に踏み切つたものである。
2 サービス改善企画室の機構
 右サービス改善企画室(以下単に企画室ということもある)の機構として、被申
請人会社は、企画室本部に室長(渉外担当の取締役があたる)以下一〇名の室員を
配置し、その下に、技術サービス員に対する指揮監督機関として被申請人会社の支
店(東京、名古屋、大阪、九州)に各地区リーダーを配置し、さらにその下に、各
支店の管轄内で販売実績の高い代理店からモデル代理店八店(東京三、名古屋二、
大阪二、九州一)を選び、これらに技術サービス員二名ずつ(モーターおよびスイ
ツチ担当各一名)を配置(機構上の名称は派遣駐在)することとした。本部室員
は、主に技術サービス員の作成、提出した業務日報を集約し、これを分析して故障
内容、所要時間等のデータを作成し、将来のサービス改善の企画、立案に携わるほ
か、うち四名の室員は、代理店駐在の技術サービス員および地区リーダーでは解決
しえない高度、難解な技術的問題を処理することを任務とし、地区リーダーは、各
地区にあつて技術サービス員を常時指揮監督することを任務とし、技術サービス員
は、実際のサービスに従事し、その都度業務日報を作成してサービス改善企画室に
提出し、また一か月に一回企画室の主催する地区会議に出席することを任務とす
る。かようにして、被申請人会社の機構上は、サービス改善企画室本部ー地区リー
ダーー技術サービス員という指揮命令系統が整備された。
3 申請人ら技術サービス員の選考およびその交渉の経緯
(一) 技術サービス員の選考
 企画室本部およびその委任を受けた本社総務部では、技術サービス員として、被
申請人会社小倉工場および行橋第一工場から各一〇名を選考することとし、小倉工
場においては課長常会で検討の結果、同工場検定課からも二名を選び出すこととな
つた。そこで、同課課長らは、同課内の検査係および試験係から各一名を選出する
こととし、検査係からは件外Cを選出し、試験係からは、その経歴、家庭事情、能
力等を考慮したうえ、即戦力たりうる者との基準のもとに、申請人を適任として選
出した。
(二) 申請人の職歴・家庭事情等
(1) 申請人は、昭和四〇年三月、福岡県立八幡工業高等学校を卒業し、同月二
一日、被申請人会社に雇用され、以来被申請人会社検定課試験係として勤務し、そ
の間、商用試験五年、特殊試験一年九ケ月の経験を経たものである。
(2) 申請人は、安川電機労働組合小倉支部所属の組合員であり、同支部の職場
委員を一期(一年間)務めたことがあるが、他に組合の役職についたことはない。
職場集会等においては比較的活発に発言するタイプと目されていた。なお、被申請
人会社外で映画サークルの活動をしていた。
(3) 職級上は、昭和四三年三月に四級に昇級して以来同じ地位にあるが、右は
同期入社の者(多くは五級)に比較して遅い方とみられる。もつとも、四級から五
級への最長滞留年数は、七年と定められているので、特段の遅れがあるとはみられ
ない。なお、申請人よりも勤続年数または年令の高い四級者も数十人存在する。
(4) 家庭事情として、申請人は、北九州市<以下略>のアパートに借間して生
活していたが、妻も同区内の会社に職を有している関係で、子は保育所に預け、申
請人が勤務終了後、自動車で妻子を迎えに廻り、ともに帰宅する日常であつた。ま
た、両親も同区内で二人で暮しているところから、申請人としては、従来からなる
べく北九州市を離れたくないとの希望を有し、入社の際もその旨を表明していた。
(なお、本件命令後、後記のように末松産業に駐在するようになつてからは、同社
に通勤しやすい小倉区<以下略>に借家し、父母とも同居し、保育所からの迎えは
申請人の勤務時間の都合上、母がこれにあたるなどして、現在に至つている。)
(三) 申請人に対する本件命令前の交渉経緯
 被申請人会社は、前記選考のうえ、昭和四七年六月九日頃から、所属課長・係長
等を通じて申請人に対し、右選考の事実(ただし、派遣先は当時未定)を告げてそ
の承諾を求め、その後繰り返し交渉・要請を続けたが、申請人は、(1)妻との共
稼ぎができなくなる。(2)子供を保育所に預ける必要があるし、いま築かれてい
る生活のリズムを壊したくない。(3)両親が老令であるから、できるだけ近くに
いてやりたい。(4)入社の際、被申請人会社小倉工場以外では働かない旨の約束
があつた等の理由をあげて、これに応じなかつた。そこで、被申請人会社は、調査
の結果、右(4)の約束の事実はないこと、右(1)(2)については会社が派遣
先においても妻の就職先や子の保育所を確保するよう努力すること、(3)の両親
の問題は、上司が両親のもとに赴いて承諾して貰うつもりであること等を告げ、さ
らに同年七月初旬頃には、派遣先を種々調整の結果、申請人の派遣先として当初見
込まれていた大阪市方面には他の者をあて、申請人のそれを北九州市<以下略>所
在の末松産業にするなどして極力説得にあたつたが、その同意を取りつけるに至ら
なかつた。
 その間、申請人は、所属労働組合に援助方を要請し、組合はこれをうけて、会社
に対し発令の延期を求めたうえ、種々協議を重ねたが、結局、組合としても被申請
人会社のした申請人の選考経過および予定されている発令先を考慮した上やむを得
ないものと認め、申請人の説得に当るに至つた。
 かくして、被申請人会社は、当初同年六月二一日付の発令を予定し、小倉工場か
ら選考の他九名については右同日付で企画室転属を命じ、技術サービスの研修に入
らせたが、申請人に関してはこれを一時延期し、上記のような交渉、説得工作や組
合との協議にあたつたが、申請人の同意を得るに至らなかつた。
(四) 本件命令およびその後の申請人の就業状況
 前記の経緯ののち、被申請人会社は、申請人に対し、同年七月二一日付をもつて
サービス改善企画室への転属を命じ、同月二五日から同年八月一九日まで技術サー
ビス員としての研修(工場実習)を受けさせた後、八月二一日付をもつて末松産業
への派遣駐在を命じた。申請人は、右命令に応じる義務はないとの見解を維持しな
がらも、事実上は、前記研修を受け、かつ、八月二二日から、末松産業駐在の技術
サービス員としての業務に服して現在に至つている。
4 末松産業と被申請人との関係
 末松産業は、前記のとおり北九州市<以下略>に所在し、電気機械器具の製造お
よび販売を目的とする資本金一〇〇〇万円、従業員約一二〇名の比較的小規模の会
社であり、主たる事業は、被申請人会社の販売代理店として、被申請人会社の製品
を販売することにあるが、被申請人会社とは資本、組織とも別個独立の会社であ
り、また同社内に被申請人会社の支店や営業所はない。
5 申請人の末松産業での労働条件等および業務の具体的内容
(一) 労働条件等
 申請人の駐在に関し、被申請人会社と末松産業との間に取り替わした「技術サー
ビス員派遣駐在契約書」によれば、就業条件は原則として被申請人会社の規定を適
用するものとされるほか、下記の数項目については特段の定めがあり、実際上も右
の定めにしたがつて運用がなされている。
(1) 勤務時間
 申請人は、末松産業の勤務時間の定めに従つて、午前八時三〇分から午後五時一
五分(途中休憩時間が被申請人会社と同じく正午から一二時四五分まである)まで
勤務しているが、被申請人会社では、午前八時三〇分から午後四時四五分までであ
つたから、一日につき三〇分間勤務時間が延長された結果となる。なお、右延長時
間の勤務については、被申請人会社において、申請人に対し定時外勤務手当を支給
している。
(2) 休日、休暇
 同様、末松産業の基準に従うが、これによれば、土曜日は半日出勤となり、従来
被申請人会社において土曜日の半数が休日とされていたことと差異を生ずる。な
お、この差についても、前同様の手当が支給されている。
年次有給休暇については、従来の被申請人会社のそれと変るところはない。
(3) 賃金、賞与その他諸費用の負担
 申請人は、被申請人会社から従前の賃金、賞与のほか、派遣手当、昼食手当、時
間差補償(前記の定時外勤務手当)を支給されている。その結果、従前に比較し、
昭和四七年度においては、一か月約一万五七〇〇円、同四八年度にあつては、一ケ
月約二万〇三〇〇円の増収となつている。
 また、申請人がその業務を行うに際して要した一切の費用(例えば、出張旅費、
所要自動車ガソリン代等)は、被申請人会社に請求して、その支払を受けることと
なつている。
(4) 勤怠管理
 申請人に対する勤怠管理は、末松産業が行ない、その結果を被申請人会社(サー
ビス改善企画室)に報告している。
(二) 派遣期間
 被申請人会社の計画によれば、派遣駐在の期間は二年間であり、各駐在員に対す
る内示の際にもその旨告知された。もつとも、発令が事業の年度を基準としてなさ
れる関係で、各代理店との間の前記派遣駐在契約書においては、昭和四七年七月二
一日から同四九年三月二〇日までと定められ、実際にはこれにしたがうこととなる
と解される。
(三) 業務の具体的内容
 申請人の作業内容は、クレーム品の調査、点検、修理等を行うことである。通常
の場合、被申請人会社製品の納入先から販売店たる末松産業に対してクレームがあ
り、これを受けた同社が、技術サービス員派遣依頼書に、訪問先、故障の内容等を
記載して、サービス技術員派遣を依頼するのを原則としているが、実際上は仕事の
効率を上げるため、同社において直接口頭で駐在サービス員に連絡・指示があり、
それに基いて修理に出向くことが多いが、サービス改善企画室に入つたクレーム情
報を企画室から地区リーダーである前記Cに連絡がなされ、同人から申請人に対し
その処理を命じることもある。これらの場合の修理等の対象となる製品は、大部分
が被申請人会社の製品か、少くとも被申請人会社の製品が一部使用されているもの
であり、修理に際して、部品等を要するときは、被申請人会社小倉工場から届けさ
せることとなる。申請人がサービス業務のため出張をするに際しては、その出張先
等について末松産業の連絡・指示をうけているが、その旅費等の費用一切は被申請
人会社の旅費規定に基き申請人に支給されている。
 技術サービス員の派遣されている代理店には、被申請人会社からサービスカーが
配置され、申請人がサービス業務を行うためには、右被申請人会社のサービスカー
を使用しているが、その経費はすべて被申請人会社が負担している。
 右業務のほか、申請人は、日々の作業内容、作業時間等の具体的事実を記載した
業務日報を作成して地区リーダーのCを通じて被申請人会社サービス企画室に提出
し、被申請人会社は、これにより技術サービス員のサービス業務の内容を掌握して
いる。また毎月一回企画室主催の九州地区班会議に出席しているが、右会議の付議
事項の一例として、業務日報の活用、方策、技術サービス員の労働上の待遇、技術
サービス員の教育計画等について検討がなされている。
6 本件命令に関連する協約、就業規則等
(一) 労働契約
 申請人は、入社試験の際、「与えられたものは何んでもやつてみる。勤務場所は
どこでも可、できれば北九州。」と抱負や希望を述べ、また、被申請人会社との間
に締結した労働契約において、「就業規則その他の諸規程を守り、会社の指示する
職務に誠実に従事する。」ことを約した。
(二) 就業規則
 申請人が被申請人会社に入社した昭和四〇年当時の就業規則第五六条は、「業務
上必要なときは、他の勤務地に赴任を命ずることがある。」旨定めていたが、同条
は昭和四五年一〇年二一日改正され、「業務上必要なときは、勤務地の変更、職
場、職種の異動または社外勤務への出向を命ずることができる。社員は、正当な理
由なくしてこれを拒むことはできない。」と定められた。
(三) 組合員の出向に関する覚え書き
 被申請人会社と申請人所属の安川電機労働組合との間に締結された労働協約に
は、いわゆる出向に関する条項はないが、昭和四三年一〇月、右労使間において、
「組合員の出向に関する覚え書き」が協定された。右によれば、「出向とは、組合
員が社員として在籍のまま他社または他団体に転出し、その役員または従業員とし
て勤務に服することをいう。」と定義され、また、「出向は、出向に付帯する条件
により、これを休職出向および一時派遣の二形態に大別する。」と定められ、その
他、組合との事前協議や組合員資格、出向期間、給与、出向手当等に関する協定が
なされている。もつとも、右覚え書きは、出向者の地位や労働条件に関するものと
みられ、いわゆる出向の義務そのものを根拠づける条項はない。
 本件命令に至る経緯、本件命令の内容・効果等に関し、以上の事実が疎明され
る。
 申請人本人尋問の結果のうち右疎明に反する部分、その他以上の認定に反する疎
明資料は、前掲各疎明に照し、採用できないし、他に右疎明を覆すに足りる証拠は
ない。
二、以上の事実関係を前提にして、先ず、本件命令がいわゆる出向を命じたもので
あるか否かについて検討する。
1 一般に、出向の名で総称される勤務形態のうちにも、その目的や出向元会社と
の身分上の関係その他において種々の態様のものがあると考えられるが、これが法
的にみて通常の勤務形態と著しく異り問題を内包するゆえんは、使用者が労働者に
対し、自己の指揮命令下において、自己のための労務の給付を求めるという関係
(民法六二三条、六二五条、労働基準法一五条参照)を超えて、第三者のために第
三者の指揮下において労務に服させることが、雇傭契約に基く労働力の利用処分権
の範囲を逸脱するものではないかという点にあると思われる。当裁判所も、労務提
供の実態が右後者すなわち第三者のため(もしくは第三者の業務として)、第三者
の監督・指揮命令のもとでなされるに至る場合が、いわゆる出向にあたり、そし
て、この意味での出向は当初の雇傭契約(労働契約)の予想する範囲を明らかに超
えるものであるから、使用者がこのような労務提供を求める(出向を命ずる)ため
には、当該労働者の承諾もしくはこれを法律上正当づける特段の根拠(たとえば労
働協約等)を要するものと解する。
2 そこで、申請人が技術サービス員として末松産業において行うサービス業務
が、被申請人会社の業務であるか、あるいは末松産業のそれであるかについて判断
する。
(一) 前記のとおり、従来のサービス体制のもとで被申請人会社の技術サービス
員が行つていたサービス業務が、被申請人会社の業務であつたことは前掲各疎明資
料に徴し、また、被申請人会社の製品が一般の家庭用消費資材等と異り、主として
工場等を対象とするモーター、スイツチ類であることからみても明らかである。そ
して、前認定の新たなサービス体制は、迅速性と的確性の要請から、従来のサービ
ス体制に改革を加え、代理店にサービス技術員を常駐させるという方法でサービス
業務を遂行しようとするものであつて、その限度で従来の体制が変容を受けたに過
ぎず、右改革により被申請人会社がサービス業務を自社の業務から除外し、これを
販売代理店の業務に繰り入れようとしたものとは到底みることができない。
(二) 一方、末松産業ら販売代理店の側においても、従来から技術サービスを遂
行するだけの人的・物的な設備はなく、サービス面はメーカーたる被申請人会社に
一任してきたものであり、また、その故にこそ、前記のとおり、販路拡大のために
は被申請人会社のサービス体制の充実が必要であるとしてその旨強く要望を重ねて
きたものであることが窺われる。
(三) 被申請人会社が積極的にサービス体制を強化したこと自体、それがメーカ
ーの責任であるとの自覚に立つと同時に、これによつて需要者の要求に応え、その
信頼を獲得し、もつて自社製品の販路拡大、同種メーカー間の企業競争の有利な展
開をはかること、すなわち被申請人会社自身の利益を目的としたものであることは
容易に推測し得るところである。もとより、被申請人会社のなすサービスの強化
が、販売代理店たる末松産業の利益をももたらすことは当然であろうが、これは一
種の反射的利益というを妨げない。
上述したところからみて、申請人が技術サービス員として行う業務は、被申請人会
社の、被申請人会社のための業務であつて、少くとも直接的には、末松産業の、末
松産業のための業務ではないといわなければならない。被申請人会社が、申請人を
従前どおり被申請人会社の従業員として取扱い、給料を支給することはもとより、
派遣に伴う諸手当やサービス業務の諸費用を負担し、かつ業務用の自動車の提供も
しているゆえんは、まさにその点にある。
3 つぎに、申請人に対する指揮命令権が被申請人会社にあるか、あるいは末松産
業にあるかを、業務の実態に即して検討する。
(一) 前記のとおり、申請人は、日々のサービス業務の具体的内容について業務
日報を作成し、地区リーダーのCを通じて、被申請人会社サービス改善企画室に提
出し、また一か月一回サービス改善企画室の主催する九州地区班会議に出席するこ
とを命ぜられ、かつこれを実行している。その日常の業務の処理に当つては、顧客
から末松産業に電話等で修理の申入れがあつた場合、申請人が同社に在社するとき
は、同社社員が直ちにその旨を告げ、申請人が修理に出向くこととなり、また、他
の修理等に出かけて不在のときは、末松産業から地区リーダーCあてに連絡し、同
人から申請人に伝える方法をとつている。顧客から直接被申請人会社に申入れがあ
つた場合は、末松産業を経由しないことは勿論である。そして、申請人に対する指
示・伝達の万全を期するため、被申請人会社はポケツトベルを設備し、地区リーダ
ーをそのセンターとし、各技術サービス員に常時携行させ、いつでも地区リーダー
からの連絡がとれるような態勢を整備している。申請人が現場に赴くには、被申請
人会社提供の自動車(サービスカー)を使用し、修理用の部品や工具その他の諸費
用も一切被申請人会社の負担においてこれを行つている。
 以上の事実によれば、申請人に対する指揮命令権は被申請人会社にあり、現実に
も申請人はその指揮命令によつて業務を遂行しているということができる。もつと
も、前記のとおり、顧客からのクレームを末松産業側が申請人に直接依頼指示する
ことも少くないけれども、これは上述したところからみて、一種の取次ぎないし伝
達にあたり、同社の申請人に対する指揮命令とみるのはあたらないし、また、前記
の申請人の勤怠管理の点も、同じ一時派遣契約書において、末松産業から被申請人
会社に報告すべきことが義務づけられていることからみて、終局的には被申請人会
社の管理に服するものと解せられる。さらに、勤務時間や休日、休暇の基準が末松
産業の定めによつていることは争いがないけれども、派遣駐在の目的が前記のよう
に顧客から代理店へのクレームを迅速・的確に処理することにあり、したがつて、
代理店の営業日・営業時間中は常にクレームに対応し得る体勢にあることが要求さ
れ、その故に被申請人会社としては、右に必要な限度で自社従業員の就業時間等を
変更したもの(その根拠は後に述べる)と解せられるから、右勤務時間等の一事を
もつて、申請人が末松産業の従業員として、その指揮命令下において就労している
ものということはできない。
4 以上に述べたこと総合して考えるとき、本件命令は、申請人に対し、末松産業
のために同社の指揮命令下で就労することを命じたものではないから、前に述べた
意味における出向にはあたらないと解せられる。なお、付言すると、前記「出向に
関する覚え書き」には、就業時間・休日(原則として出向先の規定に従う)、出向
期間(一時派遣の場合原則として二年間)、出向手当、労働条件の保障(社内勤務
の場合を下廻らないよう保障する)等の諸条項があり、本件命令に基く駐在におい
ても右と類似の取りきめが多くなされているところから、本件命令もまた右覚え書
きにいう出向を命じたものではないかとの疑問を容れる余地がないでもない。しか
しながら、右覚え書きは前記のとおり、出向を定義して「在籍のまま他社または他
団体に転出し、その役員または従業員として勤務に服することをいう」と定めてい
るから、本件駐在がこれにあたらないことは明らかである。そして、前掲各疎明に
よれば、右覚え書きは本件の前提となつたサービス体制改善強化とは無関係に、そ
れ以前、かつ別種の出向に関して協定されたものであること、しかしながら本件命
令に関しても、技術サービス員に妥当しかつ有利な条項については類推適用ないし
準用するとの発想で、労使協議のうえ、前記認定のような就労条件が定められたも
のであることが窺われるから、右覚え書き条項類似の定めがある故をもつて、本件
駐在が出向にあたるとみることはできない。
 結局、本件命令は、前記就業規則五六条に根拠を有し、申請人に対し被申請人会
社小倉工場検定課試験係からサービス改善企画室所属を命じたことは、同条の「職
種の異動」に該当し、さらに末松産業に派遣駐在を命じたことは、同条の「職場の
異動」ないしは「勤務場所の変更」に該当するというべきであつて、いわゆる同一
企業内における配置転換の形態に該当するものというべきである。
三、そこで、申請人が就業規則に根拠を有する被申請人会社の本件命令に対し、こ
れを拒絶するにつき正当な理由を有するか否かについて判断する。
 申請人が本件命令を拒否する理由は前記のとおりほぼ四点であつたが、そのう
ち、妻の勤務上の必要および両親の近くに居住する事の必要の点については、申請
人の派遣先が北九州市<以下略>所在の末松産業に決まつたことにより実質的に解
決したとみられる(なお、申請人が夫婦の通勤に便利な土地に借家を求め、父母と
も同居し、子供を保育所に委託し、その希望するところとさほど隔たりのない生活
を営んでいることは前認定のとおりである)。また、入社の際、勤務場所を被申請
人会社小倉工場とする旨の約束があつたとの主張の点についても、前記のとおり、
「できれば北九州」との希望を表明したことはあるとしても、特に小倉工場に限る
旨の特約があつたことの疎明はないから、少くとも現時点において、本件命令を拒
否する理由とはなりえない。もつとも、勤務時間や休日が前記のように変更とな
り、申請人の労務がそれだけ増大したことは否めず、そのことによつて妻子の迎え
が困難となり、家族に若干の負担をかけていることも窺うに足りる。しかしなが
ら、申請人の年令(現在二六才)ならびに被申請人会社が技術サービス員の代理店
派遣に強い必要と少なからぬ利益を有すること、労働時間の延長等に対しては、被
申請人会社の定めによる定時外勤務手当を支給し、その他派遣に伴う諸手当を給付
することによつて補償しようとしていること等と比較考慮すると右のような負担増
加は、申請人が労働協約・就業規則等にしたがい被申請人会社に労務を提供するに
あたつて受忍すべき限度内にあるというべく、申請人としては、本件命令を拒否す
る正当理由があるとはいえない。そして、他にかかる正当理由の疎明はない。
四、なお、申請人は、本件命令は思想信条による差別待遇である旨主張するので、
この点について判断する。
 前記のとおり、申請人は、検定課試験係員としての七年余の経験を有し、このこ
とからみてモーターおよびスイツチの両者にわたつて熟練しており、被申請人会社
のサービス体制の構想に添う知識・技術を有すると考えられること、申請人は組合
活動歴として職場委員を一期務めたことがあり、職場集会等で比較的活発に発言し
ていたとしても、被申請人会社の嫌悪するような特別の思想信条を包懐し、かつこ
れを顕著に表明していたものとは見受けられないこと、職級の昇進においても特に
著しい遅れがあるとはみえないこと、さらに前記認定のような技術サービス員の選
考およびその交渉の経緯、申請人のその他の事情に加えて、一般的な人事管理の複
雑性を考慮すると、いまだ、申請人に対する本件命令が思想、信条を理由とする差
別待遇にあたるとの疎明はないというほかない。したがつて、この点についての申
請人の主張も理由がない。
五、よつて、本件申請は理由がないからこれを却下することとし、申請費用の負担
につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 原政俊 田川雄三 中路義彦)

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