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平成17年(ネ)第10125号補償金請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所平成15年(ワ)第29080号)
口頭弁論終結日平成18年9月12日
判決
控訴人X
訴訟代理人弁護士飯沼春樹
同児玉譲
同黒澤基弘
同竹山拓
同櫻井和子
同山本啓太
同武内正樹
同平田啓子
同長町真一
被控訴人大塚製薬株式会社
訴訟代理人弁護士松本司
同山形康郎
主文
1原判決を次のとおり変更する。
(1)被控訴人は,控訴人に対し,286万6500円及びこれに対
する平成15年12月26日から支払済みまで年5分の割合によ
る金員を支払え。
(2)控訴人のその余の請求を棄却する。
2訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを100分し,その3を被
控訴人の負担とし,その余を控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2被控訴人は,控訴人に対し,1億円及びこれに対する平成15年12月2
6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
第2事案の概要
本件は,被控訴人の従業員であった控訴人が,被控訴人に対し,別紙特許
請求の範囲目録1記載の請求項1ないし8の発明(以下「本件物質発明」と
いう。)及び同目録2記載の請求項1ないし3の発明(以下「本件用途発
明」といい,上記両発明を併せて「本件各発明」という。)がいずれも控訴
人を共同発明者の一人とする職務発明であり,その特許を受ける権利の共有
持分を被控訴人に承継させたと主張して,特許法35条(平成16年法律第
79号による改正前のもの。以下同じ。)3項所定の相当の対価の支払を受
ける権利の一部請求として合計1億円及び訴状送達の日の翌日以降の遅延損
害金の支払を求めた事案である。
原審は,本件物質発明に係る相当の対価の請求については控訴人主張の相
当対価請求権(相当の対価を受ける権利)が時効消滅し,本件用途発明に係
る相当の対価の請求については本件用途発明により被控訴人が受けるべき利
益が存せず,被控訴人が控訴人に既に支払った対価の額を超える不足額が存
しないとして,控訴人の請求を棄却したため,控訴人がこれを不服として控
訴を提起した。
1前提となる事実(争いがない事実,証拠及び弁論の全趣旨により容易に認
められる事実)
(1)ア被控訴人は,医薬品,医薬部外品,食料品等の製造,販売等を目的と
する株式会社である。
イ控訴人は,昭和48年9月に被控訴人に徳島工場第1研究所技術員と
して雇用され,次のような役職等を経て,平成15年2月に被控訴人を
退職した。
・昭和49年4月徳島工場第3研究室(後に徳島研究所生物研究部
と改称)研究員,研究主任(呼吸循環器Ⅱ班リー
ダー)
・昭和60年1月大阪支店開発課課長
・昭和61年1月徳島研究所新薬研究1部主任研究員
・昭和62年1月徳島研究所新薬研究3部部長
・昭和63年1月徳島研究所応用研究部部長
・平成10年4月育薬研究部血栓血管研究所所長
・平成11年10月医薬第1研究所応用研究部部長
・平成13年8月薬効開拓研究所兼医薬営業本部学術支援担当部長
(2)ア被控訴人は,昭和54年8月25日,発明の名称を「テトラゾリルア
ルコキシカルボスチリル誘導体」として本件物質発明に係る特許出願を
し,昭和63年12月27日,特許第1471849号として特許権(
特許請求の範囲は別紙特許請求の範囲目録1記載のとおり。以下「本件
物質特許権」という。)の設定登録を受けた。
その後,平成11年8月25日,本件物質特許権は存続期間満了によ
り消滅した。
イ被控訴人は,平成4年7月10日,発明の名称を「内膜肥厚の予防,
治療剤」として本件用途発明に係る特許出願をし,平成8年8月8日,
特許第2548491号として特許権(特許請求の範囲は別紙特許請求
の範囲目録2記載のとおり。以下「本件用途特許権」という。)の設定
登録を受けた。
その後,被控訴人は,平成17年5月2日,本件用途特許権を放棄し
たとして特許権抹消登録申請を行い,同年5月18日,本件用途特許権
の抹消登録がされた。
ウ(ア)本件物質発明は,薬理作用を有する化合物及びその製造法等の発
明であり,本件用途発明は,本件物質発明の化合物であるシロスタゾ
ール(6−[4−(1−シクロヘキシルテトラゾール−5−イル)ブ
トキシ]−3,4−ジヒドロカルボスチリル)等を有効成分とする薬
剤の用途を「内膜肥厚の予防,治療剤」(別紙特許請求の範囲目録2
記載の請求項1,2),「PTCA後やステントの血管内留置による
冠状動脈再閉塞の予防および治療剤」(同請求項3)とする用途発明
である。
(イ)本件各発明は,被控訴人の業務範囲に属し,かつ,被控訴人の従
業員の職務に属するものであって,いずれも特許法35条1項所定の
職務発明に当たる。
(ウ)本件物質特許権の公開特許公報(甲1の1)及び特許公報(甲1
の2)の「発明者」欄には,A(以下「A」という。)及びB(以
下「B」という。)の2名が記載されているが,控訴人の記載はな
い。
(エ)本件用途特許権の特許公報(甲12)の「発明者」欄に控訴人,
C(以下「C」という。),D(以下「D」という。)及びE(以
下「E」という。)の4名が記載されているとおり,控訴人は,本件
用途発明の4名の共同発明者の一人である。
(3)被控訴人においては,従業員の職務発明に関し,「発明考案取扱規
程」(昭和47年1月1日実施。以下「被控訴人規程」という。)が定め
られている。被控訴人規程(乙6)には,次の定めがある。
「(発明等の届出)
第3条従業員が,会社の業務範囲に属する事項について,発明等をな
した場合は,別に定める様式により遅滞なく所属上長を経て,第8条
に定める発明考案審査委員会に届けなければならない。
(工業所有権の譲渡)
第4条従業員は,前条によって届け出た発明等でそれをなすに至った
行為がその者の現在または過去の職務に属する場合(以下特許法第3
5条の職務発明という)のものについては,それに基づく日本国およ
び,外国における工業所有権を受ける権利および工業所有権を会社に
譲渡しなければならない。
(出願)
第7条会社は第4条によって工業所有権を受ける権利を取得した場合
には審査のうえ必要と認めたものについては特許,実用新案,意匠(
以下特許等という)の出願を行う。
第2項前項の特許等の出願を行わないものについては,会社がなお承
継の必要を認めたものをのぞいて,その工業所有権を受ける権利を従
業員に返却する。
(発明考案審査委員会)
第8条前条に定める審査および対価の支払いを公正適切に行うため発
明考案審査委員会(以下委員会という)を置く。
第2項・第3項(省略)
(出願補償)
第9条第7条により特許等の出願を行った場合,会社はその発明等を
なした者に対して次の補償金を支給する。
区分特許実用新案意匠
金額3,000円2,000円2,000円
第2項補償金を支給される発明等が2人以上の共同のものであるとき
は,原則として補償金額はこれを各人に等分して支給するものとす
る。
第3項ないし第5項(省略)
(登録補償)
第10条第7条による特許等の出願が登録になった場合には,会社は
その発明等をなした者に対して次の補償金を支給する。
区分特許実用新案意匠
金額5,000円5,000円5,000円
第2項補償金を支給される発明等が2人以上の共同のものであるとき
は,第9条第2項の規定を準用する。
第3項・第4項(省略)
(実績補償)
第11条委員会は工業所有権として登録された発明等の実施状況を調
査し,委員会が当該発明等の実施効果が顕著であって会社業績に貢献
したと認めた場合においては,その発明等をなした者に対して補償金
を支給する。(50,000円以上)
第2項補償金を支給される発明等が2人以上の共同のものであるとき
は,第9条第2項の規定を準用する。
第3項第7条第2項の会社が特許等の出願を行わずかつ発明者に返却
をもしない発明等については,その実施状況を調査し,委員会が当該
発明等の実施効果が顕著であって会社業績に貢献したと認めた場合に
おいてはその発明等をなした者に対して第11条第1項に準じた補償
金を支給する。ただし,その発明等が工業所有権として登録される性
質を有しないものと認められた場合はこの限りではない。
(対価の支払いを受ける権利の効力)
第12条従業員がその身分を喪失もしくは死亡した場合であっても,
それによって第9条,第10条及び第11条による対価を受ける権利
は喪失しないものとする。対価の支払いを受ける従業員が死亡してい
る場合には,対価の支払方法等についてその遺族と協議する。」
(4)本件各発明の特許を受ける権利は,被控訴人規程4条に基づいて,被控
訴人に譲渡(承継)され,前記(2)のとおり,被控訴人は,それぞれ特許出
願をし,特許登録を受けた。
(5)被控訴人は,昭和63年1月20日,本件各発明に係る化合物の一種で
あるシロスタゾールを有効成分とする医薬品(販売名・「プレタール錠5
0」及び「プレタール錠100」。以下「本件製剤」という。)の製造に
ついて,効能・効果を「慢性動脈閉塞症に基づく潰瘍,疼痛及び冷感等の
虚血性諸症状の改善」として薬事法14条(平成14年法律第96号によ
る改正前のもの。以下同じ。)所定の承認を受け,同年4月,抗血小板剤
として本件製剤の販売を開始した。その後,平成8年3月,本件製剤につ
いて,「効能・効果」及び「用法・用量」に変更なしとの同法14条の
4(平成14年法律第96号による改正前のもの。以下同じ。)に基づく
再審査の結果が公表された(乙12,13)。
その後,平成15年4月,本件製剤について,「脳梗塞(心原性脳塞栓
症を除く)発症後の再発抑制」の効能・効果を追加する旨の薬事法14条
の承認がされた。
(6)被控訴人は,本件用途発明について,控訴人に対し,平成4年12月下
旬に被控訴人規程9条に基づく出願補償として750円(同条1項に規定
する3000円の4分の1)を,平成8年12月下旬に被控訴人規程10
条に基づく登録補償として1250円(同条1項に規定する5000円の
4分の1)を支払った。
(7)控訴人は,平成15年12月19日,原審に本件訴訟を提起した。
2争点
(1)本件物質発明の発明者該当性(争点1)
(2)本件物質発明に係る相当対価請求権の消滅時効の成否(争点2)
(3)本件各発明に係る相当の対価の額(争点3)
3争点についての当事者の主張
(1)争点1(本件物質発明の発明者該当性)について
この点に関する当事者双方の主張は,原判決6頁21行から12頁20
行までに記載のとおりであるから,これを引用する。
(2)争点2(本件物質発明に係る相当対価請求権の消滅時効の成否)につい

(被控訴人の主張)
ア(ア)被控訴人規程は,職務発明に係る特許を受ける権利の被控訴人へ
の承継の対価として,出願補償,登録補償及び実績補償を定めてい
る。そして,それぞれの対価の支払を受ける権利の消滅時効は,それ
ぞれの支払時期を起算点とするものと解される。
被控訴人規程中の出願補償に係る条項(9条)から解釈すると,出
願補償の支払時期は特許出願時となる。
そして,本件物質発明の出願日は昭和54年8月25日であるが,
被控訴人における実際の運用は,毎年12月の給与支給日に出願補償
を併せて支払っていたから,本件物質発明の出願補償に係る対価請求
権の消滅時効の起算点は,昭和54年12月下旬となる。
なお,被控訴人は,B及びAに対し,同年12月下旬に,本件物質
発明の出願補償の支払をしたが,控訴人には支払をせず,また,控訴
人から請求を受けることもなかった。
(イ)被控訴人規程中の登録補償に係る条項(10条)から解釈する
と,登録補償の支払時期は特許権の設定登録時となる。
そして,本件物質特許権の設定登録日は,昭和63年12月27日
であるが,被控訴人における実際の運用は,出願補償の場合と同様,
毎年12月の給与支給日に登録補償を併せて支払うというものであ
り,昭和63年中の支払は不可能であったから,その支払時期は平成
元年12月下旬となり,同時点が,登録補償に係る対価請求権の消滅
時効の起算点となる。
なお,被控訴人は,B及びAに対し,平成元年12月下旬に,本件
物質発明の登録補償の支払をしたが,控訴人には支払をせず,また,
控訴人から請求を受けることもなかった。
(ウ)被控訴人規程中,実績補償について支払時期を明示した条項はな
いが,実績補償に係る条項(11条)から解釈すると,特許登録後
で,かつ,当該特許発明の実施後が実績補償の支払時期となる。
そして,本件物質発明の実施品である本件製剤の販売開始時は,昭
和63年4月であるから,本件物質発明の実績補償の支払時期は,同
年4月以降で,かつ,本件物質特許権が登録された同年12月27日
以降となる。そして,上記登録に係る登録補償の支払時期は平成元年
12月下旬であるから,実績補償に係る対価請求権の消滅時効の起算
点も遅くとも同年12月下旬となる。
(エ)本件訴訟は,平成15年12月19日に原審に提起されたもので
あるところ,その時点では,被控訴人規程に基づく本件物質発明の出
願補償,登録補償及び実績補償に係る各対価請求権は,各起算日より
10年以上経過しているから,いずれも,時効により消滅している。
(オ)被控訴人は,平成16年11月30日の原審第4回弁論準備手続
期日において,控訴人に対し,本件物質発明の相当対価請求権の消滅
時効を援用する旨の意思表示をした。
イ(ア)控訴人は,特許法35条4項の「発明により使用者等が受けるべ
き利益の額」の確定は,本件物質発明の実施時点では不可能であるこ
と,本件物質発明に係る相当対価請求権の支払時期が早期に到来する
のは従業者にとって不利であることを前提として,本件物質発明に係
る被控訴人規程11条に基づく実績補償の支払時期は,本件物質特許
権の存続期間満了時以降と解釈すべきである旨主張する。
しかし,最高裁平成15年4月22日第三小法廷判決(民集57巻
4号477頁)は,「勤務規則等に対価の支払時期が定められている
場合には,当該支払時期が到来するまでの間は,相当の対価の支払を
受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして,その支払を
求めることができない」と判示している。この判示は,仮に勤務規則
等が存在しても対価の支払時期が全く定められていない場合は,相当
対価請求権の発生時期は,特許を受ける権利の承継時であることを前
提とし,その承継時において特許法35条4項所定の「発明により使
用者等が受けるべき利益の額」,すなわち,客観的に見込まれる利益
の額は算定可能であって,対価の額も定まることを前提とするもので
あり,上記最高裁判決によれば,特許発明の実施時においても「発明
により使用者等が受けるべき利益の額」の確定は可能であるといわざ
るを得ない。
また,製造承認された医薬品について薬事法14条の4の再審査に
より新たな副作用が判明し,販売量が減少することはあるが,他の医
薬品以外の製品においても欠陥が判明して販売量が減少することはあ
り得るから,医薬品の再審査制度の存在により,医薬品が特殊な製品
であるということは到底いえない。
さらに,職務発明に係る相当対価請求権の支払時期が早期に到来す
ることは,債権者である従業者にとって,むしろ有利な状況である。
仮に控訴人がいうように日本の社会風土から,従業者が在職中に使用
者たる会社に対価請求をすることが困難であるような現実があったと
しても,その現実を肯定し,助長するような解釈をすべきではなく,
また,特許権の存続期間満了時に従業者が退職しているとは必ずしも
いえない(現に,控訴人は,本件物質特許権の存続期間満了時に,被
控訴人に在職していた。)。
したがって,控訴人の上記主張は失当である。
(イ)控訴人は,自ら曖昧な被控訴人規程を設けた被控訴人が,その曖
昧さのために,本件物質発明の実施状況が判明するまで被控訴人規程
に基づく実績補償の請求を差し控えた控訴人に対し,相当対価請求権
の消滅時効を主張することは,権利の濫用に当たり許されない旨主張
する。
しかし,仮に控訴人において被控訴人規程に基づく実績補償の支払
時が不明であるなら,被控訴人に実績補償を請求し,仮に支払時期が
未到来であったとすればその到来を待ち改めて権利行使すればよかっ
たのである。
なお,被控訴人は,控訴人が本件物質発明の発明者であるとの認識
はなく,事実,控訴人は発明者ではないし,控訴人自身も支払時期が
明確な出願補償,登録補償ですら請求していないことからすれば,自
らを発明者であるとは考えていなかったものと推測される。
したがって,控訴人の上記主張は失当である。
(ウ)控訴人は,控訴人に対する本件物質発明に係る相当対価請求権の
消滅時効の援用は,労働基準法3条の均等待遇義務に違反し,許され
ない旨主張する。
しかし,特許法35条は,従業者等の保護の社会的側面をもった規
定であるといわれているが,同条の「従業者等」とは「法人の役員」
までが含まれる概念であって,労働基準法のいうところの労働者概念
とは異なるものであり,また,ここにいう従業者等の「保護」は,あ
くまで,特許法の目的(1条)の枠内で,発明を奨励するために発明
の創作者である従業者を保護するという趣旨であって,労働基準法と
同様の保護を与えるという趣旨ではないのであるから,職務発明の対
価請求に労働基準法3条の適用はないというべきである。
なお,被控訴人は,本件物質発明の発明者であるB及びAに功労金
として金員を払うことはあったが,それは本件物質発明に係る相当の
対価としての支払ではなく,被控訴人規程に基づく支払でもないか
ら,被控訴人規程を運用した事例には当たらない。
したがって,控訴人の上記主張は失当である。
(控訴人の反論)
ア時機に後れた攻撃防御方法
被控訴人は,平成16年11月30日の原審第4回弁論準備手続期日
において初めて本件物質発明に係る相当対価請求権の消滅時効を主張す
るに至ったものである。それまでの間に,第1回口頭弁論期日も含めて
4回の期日が重ねられており,かつ,平成15年12月の本件訴訟提起
以来約11か月の期間が経過していた。本件物質発明についての本件訴
訟の争点が発明者の確定であることについて,幾度となく整理及び確認
がされ,これに関する主張は概ね終了し,原審裁判所がその判断をなす
ことが予定されており,その判断によっては,次の段階として相当の対
価の額が争点になることについて,原審裁判所及び当事者双方において
合意されていた。
このような状況において,被控訴人が相当対価請求権の消滅時効の主
張を提出するということは,時機に後れたものであることは明らかであ
る。そして,被控訴人において,本件物質発明の実施品である本件製剤
の製造開始時期,本件物質特許権の設定登録時期及び被控訴人規程を十
分に把握している以上,上記消滅時効の主張は,本件訴訟の提起を受け
た段階で即座に,かつ,容易に行うことができたものであり,このよう
に時機に後れたことは,被控訴人の故意又は重大な過失に基づくもので
あることも明白である。
したがって,被控訴人の本件物質発明に係る相当対価請求権の消滅時
効の主張は,時機に後れた攻撃防御方法として,民事訴訟法157条1
項に基づき却下されるべきである。
イ消滅時効の未完成
(ア)①被控訴人規程11条1項は,実績補償について,「委員会は工
業所有権として登録された発明等の実施状況を調査し,委員会が当
該発明等の実施効果が顕著であって会社業績に貢献したと認めた場
合」に支給すると明文で規定しており,その文言上,「実施状
況」,「実施効果」ないし「会社業績への貢献」の有無が判明する
前に実績補償に係る対価請求権を行使できると解釈することは不可
能である。
②被控訴人規程の解釈に当たっては,その適用を受けるべき従業者
らを基準として解釈すべきである。そして,特許法及びその解釈に
精通しているわけではない従業者らを基準とすれば,被控訴人規程
11条1項の明文の規定にもかかわらず,「実施状況」,「実施効
果」ないし「会社業績への貢献」の有無が明らかになるのを待つこ
となく,特許の実施開始時又は特許権の設定登録時のいずれか遅い
方の時点(本件物質発明においては実施後の特許権設定登録時)を
実績補償の支払時期とし,その支払時期に対価請求権の行使が可能
になるという解釈をなし得るはずがない。
そもそも,現在の日本の社会風土において,従業者が,在職中
に,会社に対して正当な対価の支払を請求することなどは,現実に
は極めて困難であることは言を俟たないのであるから,特許権の存
続期間満了時まで対価請求ができないこととしても,従業者に特段
の不利益を生じさせるものではない。
実績補償に係る対価請求権の支払時期を特許発明の実施時又は特
許権設定登録時のいずれか遅い方の時点と解釈することは,このよ
うな我が国の社会風土の現状や被控訴人規程の文言を無視し,「実
施状況」,「実施効果」ないし「会社業績への貢献」の有無等に一
切構うことなく対価請求権を行使する「架空の従業者」を想定し,
その保護を優先することにより,被控訴人規程の文言に忠実に従
い,「会社業績への貢献」が明らかになるのを待って対価請求権を
行使した現実の従業者の対価請求権そのものを失わせる結果となる
ものであって不当である。
確かに被控訴人規程は,表現が明確でなく,委員会(発明考案審
査委員会)の開催時期等についても何らの定めも置かれていないな
ど,一義的明確に支払時期を画し得るものではないため,請求権の
行使時期としては複数の解釈が生じ得るものといえるが,このよう
な曖昧不明確な被控訴人規程の解釈が問題となる場合,表現の曖昧
さがもたらす不利益は,自ら曖昧な被控訴人規程を設けた被控訴人
が甘受すべきであり,これを従業者に負わせることは著しく正義に
反するものであって,会社業績への貢献の有無が確定するのを待っ
て請求権を行使した従業者の権利行使を阻むような解釈をすべきで
はない。
③特許法35条4項所定の「発明により使用者等が受けるべき利益
の額」については,理論上,特許を受ける権利の承継時点において
客観的に見込まれる利益の額を算定することは可能であるとはいう
ものの,特に医薬品発明の場合には,当該発明を実施することによ
り使用者等が受ける利益の額は,販売後の新たな副作用の判明のほ
か,患者数の変動,効果の認知度,競合製品の登場,再審査におけ
る承認等様々な後発事情により大きく左右されるため,現実に
は,「発明により使用者等が受けるべき利益の額」を特許を受ける
権利の承継の時点において算定することは極めて困難であり,発明
の実施期間全体における実績が判明した後でなければ,相当の対価
の額を正しく算定することはほぼ不可能である。
このように「発明により使用者等が受けるべき利益の額」をあら
かじめ見積もることの困難さに鑑み,相当の対価の算定の合理性・
容易性を確保するため,被控訴人規程11条は,特許法の定める相
当の対価の算定・支払時期を修正し,「発明により使用者等が受け
るべき利益の額」が正しく明らかになる時期にまで遅らせた趣旨の
規定であると解される。
上記のような被控訴人規程11条の趣旨に鑑みれば,同条は,実
績補償の算定・支払時期を,「発明により使用者等が受けるべき利
益の額」が確定的に判明する時期,すなわち,特許期間満了時以降
に置くことを定めたものと解すべきである。
このような解釈は,医薬品の再審査制度の趣旨に照らしても合理
的である。医薬品の販売に当たっては,事前に厚生労働大臣による
製造承認(薬事法14条)を得ることを要するものとされている
が,新薬は,一度の承認で確定的に製造・販売が認められるわけで
はなく,当初の承認から6年間を再審査期間とし,この期間中は1
年毎の使用状況の調査・報告が義務づけられ,6年後に再度,これ
らの調査・報告を踏まえての審査を受け,当該再審査における承認
が得られて初めて確定的に製造・販売が認められている(同法14
条の4)。一方,この再審査において承認が得られなかった場合,
当該医薬品を製造・販売する製薬会社においては,既に発売中であ
る当該医薬品の製造中止・回収を余儀なくされ,莫大な損失を被る
ことになるから,再審査期間中の販売により利益を得たとしても,
それは暫定的なものにすぎない。このような医薬品の再審査制度は
他の発明の場合にはみられないものである。もともと医薬品につい
ては将来の販売見通しを正しく見積もることは極めて困難であるこ
とに加え,再審査の結果によっては,当初の利益見積りに反して莫
大な損失を被る可能性すらあるのであるから,被控訴人にとって
は,少なくとも再審査による承認を受けるまでの期間(当初の承認
から6年間)は,実績補償の算定・支払時期を遅らせるべき強い必
要性及び合理性がある。
④さらに,被控訴人の実際の運用をみると,本件物質発明の共同発
明者である他の従業者については,各退職後の時期に実績補償の支
払がされている。すなわち,被控訴人は,本件物質発明の共同発明
者のAに対し,その退職後の平成14年12月ころ,実績補償とし
て約2000万円を支払い,また,共同発明者のBに対しても,そ
の退職時である平成9年ころ実績補償を支払っている。
このような運用は,被控訴人自身においても実績補償の支払時期
を,少なくとも「特許権の存続期間満了時(特許発明の実施の終了
時)」又は「発明者たる従業者の退職時」に置いたものであるとの
認識を有していたことを如実に示すものである。一方で,被控訴人
において,登録補償の支払と同時に実績補償を支払うという運用は
行っておらず,従業者に対して,登録補償と同時に実績補償の請求
が可能である旨を教示する等の行為も一切行っていない。
このような運用の実情に鑑みれば,被控訴人においても,少なく
とも特許権の設定登録時に実績補償を支払うべきであるという認識
を有してはいなかったことは疑いようがなく,被控訴人規程11条
1項の実績補償の支払時期を特許発明の実施時又は特許権の設定登
録時のいずれか遅い方の時点(本件物質発明においては実施後の特
許権設定登録時)と解することは,被控訴人及び従業者のいずれの
認識からも乖離したものである。
(イ)以上のとおり,被控訴人規程11条1項の実績補償の支払時期を
特許発明の実施時又は特許権の設定登録時のいずれか遅い方の時点に
置くという解釈は,同条の文言,趣旨,医薬品発明の特性及び被控訴
人における現実の運用のいずれに照らしても不当なものである。
そして,被控訴人規程11条は,実績補償の算定・支払時期を「発
明により使用者等が受けるべき利益の額」が確定的に判明する時期と
することを定めたものと解されるところ,本件物質特許権の存続期間
満了時(平成11年8月25日)まで本件物質発明の実施が継続され
ていた本件においては,被控訴人が本件物質発明により受けるべき利
益の額が確定的に判明するのは,上記存続期間満了時以降であるか
ら,実績補償の支払時期も上記存続期間満了時以降となる。
そうすると,本件物質発明に係る相当対価請求権の消滅時効の起算
点も上記存続期間満了時以降となるから,控訴人の上記相当対価請求
権の消滅時効期間(10年)は未だ経過しておらず,消滅時効は完成
していないというべきである。
ウ権利の濫用
仮に被控訴人規程11条1項が実績補償の支払時期を特許発明の実施
時又は特許権の設定登録時のいずれか遅い方の時点とする旨定めたもの
で,本件物質発明に係る相当対価請求権の消滅時効が既に完成している
との解釈が成り立ち得るとしても,①同条項の文言は曖昧で,従業者に
対し,実績補償の支払時期は実施状況の判明後に到来するものとの誤信
させるものであること,②被控訴人は,自ら曖昧な条項を設けた上,現
実の運用として,登録補償の支払時には,同時に支払時期が到来してい
るはずの実績補償をあえて支払わず,その支払時期の到来について従業
者に知らせようともせず,実績補償は特許権の存続期間満了後ないし従
業者の退職後に支払うという運用を行ってきたものであって,かかる被
控訴人の態度は従業者に実績補償の支払時期を「特許権の存続期間満了
時(特許発明の実施の終了時)」又は「発明者たる従業者の退職時」で
あると積極的に誤信させようとした欺罔行為にほかならないことからす
れば,自ら積極的に従業者の誤信をもたらした被控訴人において,同条
項の文言の曖昧さのために,かかる誤信をして,あえて実施状況が判明
するまで相当対価の請求を差し控えた控訴人に対し,本件物質発明に係
る相当対価請求権の消滅時効を援用することは,権利の濫用に当たり許
されないというべきである。
エ均等待遇義務違反
職務発明に係る相当対価請求権は,労働法的性格を有する権利であ
り,また,相当の対価の支払に係る勤務規則等の定めは,労働条件を構
成するものである。相当対価請求権の行使は個々の従業者の意思に委ね
られているとしても,雇用関係において,使用者は,各労働者を均等に
待遇すべき義務(均等待遇義務)を負っているから(労働基準法3
条),被控訴人が主張する消滅時効期間経過後の近接する時期にされた
相当対価請求について,合理的な理由もなく,一方の従業者については
請求に応じ,他方の従業者については消滅時効を援用するとの差別的取
扱いをすることは上記義務に違反するものである。
前記のとおり,被控訴人は,本件物質発明の共同発明者のAに対し,
その退職後の平成14年12月ころ,実績補償として約2000万円を
支払い,共同発明者のBに対しても,その退職時である平成9年ころ実
績補償を支払っている。さらに,被控訴人は,本件物質発明の直接の発
明者ではないFに対しても,被控訴人が主張する消滅時効期間経過後
に,実績補償に相当する金員を支払っている。
このように被控訴人において,Aを始めとする他の発明者に対して,
被控訴人の主張する消滅時効期間経過後の時期に本件物質発明の実績補
償を支払っておきながら,控訴人についてのみ消滅時効期間経過後の支
払を認めないなどという異なる取扱いをすることは,労働基準法3条に
違反するものである。
したがって,仮に被控訴人規程11条が実績補償の支払時期を特許発
明の実施時又は特許権の設定登録時のいずれか遅い方の時点とする旨定
めたもので,被控訴人が主張するように本件物質発明に係る相当対価請
求権の消滅時効が平成11年12月下旬には完成しているとの解釈が成
り立ち得るとしても,被控訴人が控訴人の本件物質発明に係る相当対価
請求権について消滅時効を援用することは,労働基準法3条に違反し,
許されないというべきである。
(3)争点3(本件各発明に係る相当の対価の額)について
(控訴人の主張)
ア被控訴人による本件物質発明の実施
被控訴人は,昭和63年4月以降,慢性動脈閉塞疾患患者の治療薬(
慢性動脈閉塞症に基づく潰瘍,疼痛及び冷感等の虚血性諸症状の改善
薬)として,血小板凝集抑制作用及び末梢血管拡張作用を併せ持つ抗血
小板剤である本件製剤を販売している。なお,被控訴人は,現在に至る
まで,本件物質特許権について第三者に実施を許諾したことはない。
イ被控訴人による本件用途発明の実施
(ア)被控訴人は,本件用途特許権成立後,本件用途特許権を自己実施
している。なお,被控訴人は,現在に至るまで,本件用途特許権につ
いて第三者に実施を許諾したことはない。
医薬品の用途に関する発明につき排他的独占利用があるというため
には,当該用途について薬事法上の承認を受けたことを必ずしも要す
るものではない。このことは,もともと我が国の薬事制度上,承認さ
れた効能以外の効果を目的としての医薬品の使用(いわゆる「適応外
使用」)も予定されているところであり,現に多数の医薬品について
適応外使用がなされているという一事だけを見ても明らかである。
すなわち,医薬品の用途については,薬事法上の承認を得た上で,
当該医薬品の効能・効果として掲げて製造・販売等が行われることが
原則ではあるが,現実には,多くの医薬品について適応外使用がされ
ており,厚生労働省においても,このような現状を踏まえ,医療現場
での適応外使用に係る強いニーズと適切使用との調整を図るべく,適
応外使用を一定の範囲で健康保険制度の中に取り込む等様々な施策・
検討を実施しているものであって(甲26の1,2),このような現
状に鑑みれば,用途に係る効能・効果につき薬事法上の承認を得てい
なくとも,医薬品の用途に関する発明が独占的に実施されることは何
ら不自然なことではなく,承認の有無と実施の有無とは直接に関連す
るものではない。
被控訴人は,本件製剤について本件用途発明の用途である内膜肥厚
抑制作用(再狭窄予防作用)に係る効能・効果につき薬事法上の承認
を受けてはいないものの,平成8年8月8日に本件用途特許権が設定
登録された後,次に述べるとおり,本件製剤について本件用途発明の
用途である内膜肥厚抑制作用(再狭窄予防作用)を公然と表示し,積
極的に宣伝するなどして,その製造販売をし,医療機関は,本件用途
発明の上記用途に使用することを目的として本件製剤を購入している
から,本件用途発明が独占的排他的に実施されていることは明らかで
ある。
①公開医薬品情報における本件用途発明に係る作用効果の表示
本件用途発明の用途である内膜肥厚抑制作用(再狭窄予防作用)
は,狭心症・心筋梗塞の治療として経皮的冠動脈形成術(バルーン
カテーテル・ローターブレーダー及びステント等による冠動脈拡張
術)が行われた後に高い確率で再発する内膜肥厚(再狭窄)を予防
する作用である。
被控訴人は,本件製剤の販売に当たり,本件用途発明に係る内膜
肥厚抑制作用(再狭窄予防作用)を公然と表示している。
すなわち,薬事法52条に基づいて医薬品情報が提供される「添
付文書」(甲23)では,「薬効薬理」の項目において,血管細胞
に対する作用として,「ヒトの培養血管平滑筋におけるH−チミジ3
ンの取り込みを抑制する」と記載されているが,この作用は,まさ
にかかる細胞ないし分子レベルでの作用が,血管内膜肥厚抑制とい
う現象につながるものであり,本件用途発明で訴求している内膜肥
厚抑制作用の本質を述べたものにほかならない。
次に,製薬企業が,日本病院薬剤師会の依頼に応じて,薬剤師に
よる医薬品の評価のために作成・配布している文書が「医薬品イン
タビューフォーム」(以下「IF」という。)であるところ,本件
製剤に関するIF(甲24)では,「Ⅵ.薬効薬理に関する項目」
の「2.薬理作用(2)薬効を裏付ける試験成績1)非臨床試験」中
の「④血管細胞に対する作用」の項目において,「(d)頸動脈内膜剥
離後内膜肥厚に対する影響(ラット)」との項が設けられ,本件製
剤の有効成分であるシロスタゾールの内膜肥厚抑制作用を示す記述
がされている。当該項目の記載内容は,シロスタゾールの投与方法
に差はあるものの,その科学的内容においては,本件用途特許権の
明細書(甲12)記載の「薬理試験1PTCAによる血管内膜肥
厚に対する抑制作用」(段落【0008】以下)とほぼ同内容であ
り,シロスタゾールが内膜肥厚抑制作用を持つことを訴求する内容
である。
また,上記IFの上記「2.薬理作用(2)薬効を裏付ける試験成
績1)非臨床試験」中の「⑤その他の作用」の項目の「(a)動脈内
ステント留置後の新生内膜増生に対する影響(イヌ)」に記載の内
容は,上記明細書(甲12)記載の「薬理試験2ステントの血管
内留置による血管肥厚に対する抑制作用」(段落【0015】以
下)の記載の基となった実験結果そのものである。
さらに,上記IFの「Ⅵ.薬効薬理に関する項目」の「2.薬理
作用(2)薬効を裏付ける試験成績2)臨床試験」中の「③その他の
作用」の項目においては,「(d)頸動脈における内膜中膜肥厚進展抑
制作用」と題して,臨床効果をも記載している。
②内膜肥厚抑制作用(再狭窄予防作用)の宣伝
被控訴人は,本件用途特許権が設定登録された平成8年ころか
ら,循環器科における本件製剤の臨床採用を促進するため,循環器
科系の臨床医に対し,積極的に本件製剤の有効成分であるシロスタ
ゾールの内膜肥厚抑制作用(再狭窄予防作用)を宣伝している。
すなわち,被控訴人の社内では,そのころから,製品育成の責任
者であるプロダクト・マーケッティング・マネジャー(PMM),
製品情報をコントロールする学術部,製品の新規情報の構築と発信
を担う応用研究部及び応用開発部等の各担当者がチームを組み,医
薬情報担当者(以下「MR」という。)をしてシロスタゾールの内
膜肥厚抑制効果を積極的に宣伝させる態勢を整えている。このこと
は,被控訴人内においてMR教育用資料として毎年作成され,個々
のMRに配布されている「医薬品PPT集」や「プレタール科別
PPT」等と題する資料(甲27の1ないし4)から明らかでstory
Cilostazolある。当該資料の中には,「ステント植え込み症例における
の再狭窄予防効果」,「シロスタゾール・プロブコール投与による
ステント実施後の再狭窄率の検討」,「ステント留置による内膜肥
厚の抑制」,「やとの違い」等と題されたシロスタAspirinTiclopidine
ゾールの内膜肥厚抑制作用(再狭窄予防作用)を視覚的に示すため
のデータが数多く並べられ,同作用ないし効果が重ねて表示されて
いる。
また,被控訴人は,MRによる宣伝だけではなく,控訴人を含む
担当者,担当責任者自身を各地の病院,臨床医の会合等に派遣し
て,講演・説明を行わせ,循環器科系医師及び薬剤師に対して,直
接,シロスタゾールの再狭窄予防のための有用性を宣伝させてい
る(甲28の1ないし11,29の1ないし3)。控訴人自身,被
控訴人内において「プレタールの父」として,MR・営業担当者か
らの依頼を受け,日本各地での講演・説明会等に出向き,シロスタ
ゾールの効能・効果及び安全性について説明を行い,あるいは,同
様の事項に関する説明方法,内容等についてアドバイスを求めら
れ,指示をしたケースが多数ある。
③シロスタゾールの内膜肥厚抑制作用(再狭窄予防作用)の浸透
被控訴人による本件製剤に関する前記①,②の情報の伝達・宣伝
の結果,本件製剤の内膜肥厚抑制作用(再狭窄予防作用)は,循環
器科系臨床医に広く認知され,同作用ないし効果を期待して一般に
臨床使用されるようになった。
平成12年10月発行の「循環器病の診断と治療に関するガイド
ライン(1998−1999年度合同研究班報告)」(社団法人日
本循環器学会。甲25)においても,「d)PTCA後の管理」の
項目中に,「ⅲ)再狭窄予防;」の標準的治療法として,シロスタ
ゾールが他の2薬とともに挙げられている。
なお,上記ガイドラインには,シロスタゾール及び他の2薬にい
ずれも保険適応がないこと(独立した効能としての承認を受けてい
ないこと)が明記されており,このことは,薬事法上の効能・効果
の承認の有無と実施の有無とが全く関係のないことを示すものであ
る。
④循環器科における本件製剤の売上げの増加
本件製剤の再狭窄予防を目的とする使用が一般化するに伴い,本
件製剤の循環器科系での売上げは,平成8年を境に激増し,平成1
0年には,循環器科系での売上げが本件製剤の総売上げの相当割合
を占めるようになったものであり,このような循環器科系における
売上げの激増は,被控訴人が本件製剤の内膜肥厚抑制作用(再狭窄
予防作用)を積極的に宣伝した結果,当該効能を期待しての臨床使
用が一般に広まったことが,その原因と考えられる。
具体的には,本件製剤は,慢性動脈閉塞症(四肢の循環不全)の
治療(薬事法上の承認済みの効能・効果)だけでなく,再狭窄予
防(本件用途発明に係る用途)においても効果を有するところ,循
環器科で治療を受ける虚血性心疾患患者の中には,慢性動脈閉塞症
を併発している患者が一定割合を占めることから,循環器科系医師
にとっては,慢性動脈閉塞症の治療に当たり,複数ある慢性動脈閉
塞症の治療薬の中から,一石二鳥の効果を有する本件製剤を選択す
べき魅力がある。被控訴人は,本件製剤のかかる優位性を広く浸透
させるため積極的な宣伝活動を展開し,その結果,循環器科におけ
る本件製剤の処方件数を倍増させることに成功したものである(甲
30)。慢性動脈閉塞症を発症する患者の数は循環器科より脳神経
科の方がはるかに多いにもかかわらず,循環器科における本件製剤
の処方件数が脳神経科を大きく上回っており(甲30),循環器科
における本件製剤の処方が,慢性動脈閉塞症の治療だけではなく,
本件用途発明の用途である再狭窄予防を目的としたものであること
を如実に示している。このような循環器科における処方の実態を見
れば,被控訴人により本件用途発明の用途を目的として本件製剤の
製造販売がされていることは明らかである。
⑤本件用途特許権放棄後の日本心血管インターベンション学会にお
ける被控訴人の発表
被控訴人は,本件用途特許権放棄後の平成17年6月16日,日
本心血管インターベンション学会のランチョンセミナーにおいて,
講師である医師をして,シロスタゾールの再狭窄予防効果が改めて
確認された大規模な臨床試験の結果を含む本件製剤の再狭窄予防効
果についての発表を行わせた。このように被控訴人は,本件用途特
許権の放棄後においてもなお,積極的に本件製剤の再狭窄予防作用
の宣伝に務めている。
⑥他社の販売の抑止
平成11年8月25日が本件物質特許権の存続期間が満了した
後,他社がシロスタゾールを有効成分とする後発製剤を販売してい
るが,被控訴人が,本件用途特許権による独占権を有している限
り,本件製剤につき本件用途発明の用途である再狭窄予防作用を効
能・効果として承認を得るかどうかにかかわらず,他社は上記効能
・効果の承認を得ることができないのは勿論のこと,上記効能・効
果を目的としての製造販売や,被控訴人が行っているような宣伝活
動をなし得ないのであるから,被控訴人は,本件用途特許権によ
り,他社の再狭窄予防作用を目的としたシロスタゾールを有効成分
とする医薬品の製造販売を抑止してきたものである。
⑦まとめ
以上のとおり,被控訴人は,本件用途特許権により,後発他社に
よる再狭窄予防作用を目的とした同種製剤の製造販売を抑止しつ
つ,積極的に本件製剤の内膜肥厚抑制作用(再狭窄予防作用)を宣
伝普及させ,その結果,当該用途市場における後発製剤に対する本
件製剤の優越的シェアを確立したのであるから,被控訴人におい
て,本件用途発明を排他的に独占利用して,本件用途発明を実施
し,それにより利益を得ていることは明らかである。
(イ)被控訴人は,公開医薬品情報(添付文書及びIF)における本件
用途発明の用途と関係する記載は薬事法77条の3所定の情報の提供
にすぎないなど,被控訴人の活動は本件用途発明の用途に係る内膜肥
厚抑制作用(再狭窄予防作用)を宣伝したものではない旨主張する。
①しかし,薬事法77条の3は,医薬品等を適正に使用し,その有
効性及び安全性を確保することを目的として,医薬品の製造業者等
において,医薬関係者に対し,上記目的達成に必要な情報の提供に
努めるよう規定したものであり,この規定の趣旨からすれば,同条
が提供を求めている情報とは,「医薬品を使用する医師などの医薬
関係者が,その専門的立場から必要とする添付文書の記載事項の補
足,裏付けとなる情報又は添付文書に記載されていない重要な副作
用の発現,既知の副作用ではあるが重篤な症例の発生数の増加で緊
急を要する情報など」(甲31)である。本件製剤について,承認
外の再狭窄予防作用ないし効果を目的とした使用が一切予定されて
いないのであれば,実証データをいくつも用意して再狭窄予防の効
果(メリットのみ)を羅列することは,何ら本件製剤の「適正な使
用」ないし「有効性及び安全性の確保」に資するものではなく,薬
事法77条の3が求めている提供の情報には当たらない。
このことは,被控訴人が行っているような本件製剤の公開医薬品
情報における再狭窄予防作用の記載が上記情報の提供に当たるので
あれば,他社も同様の情報の提供を義務づけられていることになる
から,他社の後発製剤の添付文書・IFにも同様の記載がされて然
るべきであるにもかかわらず,後発製剤の上記添付文書・IFには
再狭窄予防作用の記載がされていないことからも明らかである。
②また,前記「医薬品PPT集」(甲27の1ないし4)はMRが
病院等に対する営業活動の際に用いるための宣伝用資料集であるこ
と,被控訴人が循環器科系医師及び薬剤師に対して行っている説明
会・講演会等は,学術目的のものではなく,あくまでも営業活動で
あり,そこでは本件製剤のシェア拡大を第一義として本件用途特許
権を最大限に活用し,本件製剤の有する内膜肥厚抑制作用(再狭窄
予防作用)の宣伝が行われていること,本件製剤を承認された効能
・効果(慢性動脈閉塞症の治療,脳梗塞発症後の再発抑制)でのみ
用いることを予定する限りでは,営業活動の主な対象は,血管外
科,内科及び脳神経科となるはずであるのに,被控訴人はわざわ
ざ「循環器(再狭窄)」と題した資料まで用意して,循環器科系の
医師及び薬剤師を対象とした説明会・講演会を日本各地で行い,そ
の結果,循環器科において脳神経科における処方件数を大きく上回
る本件製剤の処方実績を上げていることに照らすと,被控訴人によ
る本件製剤の内膜肥厚抑制作用(再狭窄予防作用)の宣伝は,その
内容・態様・効果のいずれの面をとっても,本件用途発明の用途に
用いることを目的とした本件製剤の販売のための営業活動として行
われていることは明らかであり,「社会公衆に対する保健衛生の観
点からの情報提供」などではあり得ず,薬事法77条の3の情報の
提供に当たらない。
(ウ)なお,本件製剤の内膜肥厚抑制作用(再狭窄予防作用)は心臓の
血管(心疾患)に限られず,四肢の動脈(慢性動脈閉塞症)の治療に
おいても機能し得るものであるから,本件製剤の内膜肥厚抑制作用(
再狭窄予防作用)を宣伝することは,必ずしも承認された範囲を超え
た効能・効果等を宣伝するものではなく,薬事法66条1項に触れる
ものではないが,仮に薬事法に違反するとの評価を受けるとしても,
違法なのはあくまで宣伝ないし広告であって,被控訴人による「再狭
窄予防効果のある慢性動脈閉塞症治療剤」の独占的排他的な製造販売
そのものが違法性を帯びるものではないから,控訴人の有する本件用
途発明に係る相当対価請求権に何らの影響を与えるものではない。ま
た,仮にそのような宣伝ないし広告の持つ違法性により本件製剤の製
造販売そのものが違法性を帯びるとしても,かかる違法はあくまで薬
事法に対するものであって,特許法上,被控訴人において本件用途発
明を独占的排他的に実施して利益を得ていることに変わりはないか
ら,薬事法への抵触の有無が控訴人の有する上記相当対価請求権に影
響することはない。
ウ相当の対価の算定方法
(ア)計算式
被控訴人による本件製剤の販売実績は,特許法35条1項による通
常実施権に基づく部分及び独占権に基づく部分から構成されるとこ
ろ,これらの2構成要素の優劣を算定することは困難であるが,前記
のとおり,本件各発明について被控訴人が自己実施しており,第三者
に使用許諾されていない場合,控訴人の本件各発明の特許を受ける権
利の譲渡の対価は,被控訴人が第三者に使用許諾したと仮定し,その
場合,当該第三者から受け取る実施料を基準とし,これに共同発明者
全体の貢献割合を乗じた上で,共同発明者間の貢献割合を乗じて算定
すべきである。
したがって,本件各発明の特許を受ける権利の譲渡対価の計算式と
しては,以下のとおりと考えるのが妥当である。
計算式:「特許権存続期間中の被控訴人の本件製剤売上額(ただ
し,本件物質特許権及び本件用途特許権の存続期間が競合する期間
については,それぞれの貢献度を乗ずる。)」×「ライセンス実施
料率」×「共同発明者全体の貢献度」×「共同発明者間における控
訴人の貢献度」
(イ)自社売上額を用いる理由
自社売上額にライセンス実施料率を乗ずるのは,被控訴人が医薬品
業界において特別著名な会社であるとか,著名な営業力があるとは認
められないので,第三者は少なくとも被控訴人と同額の売上げを得る
ことができたと推認できるからである。
(ウ)貢献度の比率
本件物質特許権及び本件用途特許権が競合して売上げに貢献した時
期における,売上額に対する貢献度の比率は,本件物質特許権:本件
用途特許権=9:1と評価できる。
(エ)ライセンス実施料率
本件物質特許権及び本件用途特許権のライセンス実施料率は,他の
技術分野の場合と異なり,医薬品の技術のライセンス料率が高額であ
ることや,シロスタゾールの研究開発に関して,財団法人日本薬学会
の技術賞を受賞したこと,本件用途発明についても,北米放射線学会
において優秀賞を受賞したことからすれば,少なくとも30パーセン
トと評価される。
(オ)共同発明者の貢献度
本件物質発明は,抗血小板作用及び血管拡張作用を併せ持つ新しい
タイプの新薬に関するものであるところ,抗血小板剤という新しい分
野の研究を早くから開拓してきたことのみならず,実際の病気治療に
重要であり,医薬品開発を早く実現できることを重視して血管拡張作
用を持たせるという前例のない薬剤プロファイルを目標設定したこと
が成功の要因であったこと,単一の候補化合物の選択が控訴人主導で
行われたこと等に鑑みれば,本件物質発明がされるについての発明者
の貢献度は30パーセントを下らない。
本件用途発明のアイディアは,控訴人の発露によるものであるとこ
ろ,当時の学問的常識から,被控訴人内部では,内膜肥厚抑制無効説
が主流であったことに鑑みれば,控訴人の本件用途発明に係る貢献度
は非常に高く,本件用途発明がされるについての発明者の貢献度は,
最低でも70パーセントであると考えられる。
(カ)共同発明者間における控訴人の貢献度
本件物質発明の完成についての貢献割合は,Bが合成研究所所長と
いう職務に就いている関係から特許出願願書に発明者として記載され
ているにすぎないこと,本件物質発明に関して被控訴人の社長賞を受
賞したのは控訴人及びAの2名であることなどから,控訴人:A:B
=4:4:1であり,控訴人の貢献度は4/9である。
本件用途発明の共同発明者は,控訴人,C,D及びEの4名である
が,具体的な研究開発における関与度に鑑みて,貢献割合は,控訴人
:C:D:E=3:1:1:1であり,控訴人の貢献度は3/6であ
る。
エ本件物質発明に係る相当の対価の額
(ア)本件用途特許権と競合しない期間
本件用途特許権は平成8年8月8日に成立したので,本件用途特許
権と競合しない期間である平成元年から平成7年の売上合計額183
7億0884万0845円を基礎に本件物質発明に係る相当の対価の
額を計算すると,次のとおり73億4835万3633円となる。
・計算式1837億0884万0845円×ライセンス実施料率
0.3×発明者貢献度0.3×共同発明者間における控訴人の貢献度
4/9=73億4835万3633円
(イ)本件用途特許権と競合する期間
本件用途特許権と競合する期間である平成8年から平成10年の売
上合計額は631億6325万0422円を上回っており,この金額
を基礎に本件物質発明に係る相当の対価の額を計算すると,次のとお
り22億7387万7015円となる。
・計算式631億6325万0422円×当該売上げにおける本件
物質発明の貢献度0.9×ライセンス実施料率0.3×発明者貢献度
0.3×共同発明者間における控訴人の貢献度4/9=22億738
7万7015円
(ウ)合計
上記(ア)及び(イ)の合計は96億2223万0648円となる。
オ本件用途発明に係る相当の対価の額
(ア)本件物質特許権と競合する期間
本件物質特許権の存続期間は平成11年8月25日までであり,本
件物質特許権と競合する期間である平成8年から平成10年の売上合
計額631億6325万0422円(前記エ(イ))を基礎に本件用途
発明に係る相当の対価の額を計算すると,次のとおり6億6321万
4129円となる。
・計算式631億6325万0422円×当該売上げにおける本件
用途発明の貢献度0.1×ライセンス実施料率0.3×発明者貢献度
0.7×共同発明者間における控訴人の貢献度3/6=6億6321
万4129円
(イ)本件物質特許権と競合しない期間
本件物質特許権と競合しない期間である平成11年から平成14年
までの売上合計額は938億2847万0835円を上回っており,
この金額を基礎に本件用途発明に係る相当の対価の額を計算すると,
次のとおり9億8519万8943円となる。
・計算式938億2847万0835円×当該売上げにおける本件
用途発明の貢献度0.1×ライセンス実施料率0.3×発明者貢献度
0.7×共同発明者間における控訴人の貢献度3/6=9億8519
万8943円
(ウ)合計
上記(ア)及び(イ)の合計は16億4841万3072円となる。ま
た,甲43によると,売上合計額は,平成8年から平成10年までが
705億円,平成11年から平成14年までが1219億円,平成1
5年から平成17年までが1148億円となっており,これらの金額
を基礎に上記と同様の計算式により算定すると,本件用途発明に係る
相当の対価の額は,合計32億2560万円となる。なお,この金額
には平成18年以降の利益が含まれていないが,これを含めれば,上
記金額をはるかに上回るものである。
(エ)本件用途特許権が放棄された点等について
①被控訴人は,本件用途特許権をその存続期間の満了前に放棄して
いるが,前記のとおり,被控訴人においては,本件用途発明を排他
的に独占利用することにより,既に本件製剤の市場優位性を確立し
ているのであるから,本件用途特許権の放棄は,特許法35条4項
の「発明により使用者等が受けるべき利益の額」の算定や,控訴人
の有する相当対価請求権の存否及び内容に影響を与えるべきもので
はない。
②また,仮に本件用途発明が未実施であった場合を想定しても,使
用者等が自ら進んで将来受けるべき利益を放棄した場合に,本来相
当の対価を受けるべき地位にあった発明者の対価請求権が一方的に
奪われるべき理由はない。なぜなら,そもそも従業者の有する相当
対価請求権の内容は,特許を受ける権利の承継時において,使用者
等の受けるべき利益額を客観的に推測して算定し,確定されるべき
ものであるから,相当の対価の額は,本来的に,使用者等により合
理的な利用がなされることを前提とした推測に基づき定められるべ
きものであって,権利承継後の事情を参酌することが可能であると
しても,使用者等が自らの不合理な判断のために,受けるべき利益
を逸失したなどという事情まで参酌すべき合理性はなく,従業者等
が受けるべき相当の対価の額を定めるに当たって考慮されるべき「
発明により使用者等が受けるべき利益の額」は,当該発明を承継し
た使用者等において,営利企業としての合理的な判断の下,当該発
明を最大限に有効活用し,利益を得ることを前提として算定される
べきものであるからである。そして,本件用途発明に係るシロスタ
ゾールの再狭窄予防作用ないし効果は,社団法人日本循環器学会発
行の「循環器病の診断と治療に関するガイドライン」(甲25)に
おいて,再狭窄予防の標準的治療法として同化合物が記載されるほ
どに評価され,広く浸透しているのであるから,被控訴人において
は,本件用途特許権を有効活用し,本件用途発明の排他的独占利用
による利益を獲得すべきなのであって,かかる利益可能性を自ら放
棄し,特許権を放棄するなどという判断は,営利企業としておよそ
合理的なものではないから,仮に本件用途発明が未実施であった場
合を想定しても,本件用途特許権の放棄は相当の対価の算定に当た
り考慮すべき事項には当たらない。
カまとめ
以上によれば,本件物質発明に係る相当の対価の額は96億2223
万0648円,本件用途発明に係る相当の対価の額は16億4841万
3072円をそれぞれ上回るものであるが,控訴人は,このうち,本件
各発明につき各5000万円の合計1億円を被控訴人に請求するもので
ある。
(被控訴人の反論)
ア本件用途発明の実施の事実の不存在
(ア)①被控訴人は,本件製剤を「慢性動脈閉塞症に基づく潰瘍,疼痛
及び冷感等の虚血性諸症状の改善」,「脳梗塞(心原性脳塞栓症を
除く)発症後の再発抑制」の効能・効果を有する抗血小板剤として
販売しているのであって,本件用途発明の用途である「内膜肥厚の
予防,治療剤」又は「PTCA後やステントの血管内留置による冠
状動脈再閉塞の予防および治療剤」として本件製剤を販売しておら
ず,本件用途発明を実施していない。また,内膜肥厚抑制は,薬事
法上承認されていない効能・効果であり,この用途で本件製剤を販
売することはできない。
そもそも,「本件用途発明のように,医薬品の用途に関する発明
の場合,発明を他者が実施することのできない態様において利用す
ることによる利益というためには,特段の事情がない限り,当該用
途について薬事法上の承認を受けた上,当該医薬品の効能・効果と
して掲げて製造又は販売等を行うことを要する」(原判決38頁6
行∼10行)と解すべきである。なぜなら,物質の用途発明は,物
質そのものの発明ではなく,当該用途について使用された場合につ
いてのみ排他的な効力を有するものであるから,当該用途を有する
ものであることを前提として当該物質を製造したり,販売する場合
に限って及ぶものと考えられるからである。
これを特許発明の実施の観点からいえば,医薬品に係る特許発明
は,薬事法で承認された効能で製造,販売されて,初めて実施と評
価されるべきものである。
②特許法67条2項も,「その特許発明の実施について安全性の確
保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって当該
処分の目的,手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間
を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるた
めに,その特許発明の実施をすることができない期間があったと
き」として,承認(本件では効能・効果の承認)を受けない間は,
特許発明の実施ができないと規定しているのである。この規定の予
定している例としては,医薬品の物質発明が典型例であるが,用途
発明においても,当該用途を効能・効果として製剤を製造販売でき
ないという点では同じであり,物質発明の場合と別異に扱う理由は
ない。
したがって,仮に医療機関等において薬事法上承認されていない
効能・効果に係る用途発明の用途に用いるために医薬品を使用(適
応外使用)されるようなことがあったとしても,その医薬品を製造
販売することをもって,当該用途発明の実施と評価することはでき
ないというべきである。
③以上のとおり,被控訴人による本件用途発明の実施の事実はな
い。
(イ)控訴人は,循環器科(心臓循環)における本件製剤の処方件数
が,脳神経科の処方件数より大きく上回っており,そのことは本件用
途発明の用途で本件製剤が使用されたことを裏付けるものであると主
張するが,本件製剤については平成15年4月に「脳梗塞(心原性脳
塞栓症を除く)発症後の再発抑制」の効能・効果が追加承認されるま
では,上記効能・効果が承認されていなかったため,脳神経科におけ
る処方が少なかったにすぎない。
また,本件製剤の添付文書(改訂第4版)(甲2)に「4.血管細
胞に対する作用」の記載が追加されたのも,平成15年4月に上記効
能・効果の追加承認を得たためであり,その追加された記載内容は,
血管内膜肥厚抑制に関連するものの,その効能・効果を直接記載して
いるものではなく,血管内膜肥厚の一要因であるH―チミジンに関連3
する記載がされているにとどまっている。しかも,人間に対する臨床
試験の結果ではなく,「培養血管平滑筋」という実験室レベル(invi
tro)での作用を記載したものにすぎず,薬事法上の承認を受けた効能
・効果の記載と同等といえるような記載ではない。
さらに,本件製剤のIFに本件用途発明の用途と関係する記載が追
加されたのは,平成14年12月改訂の改訂第5版(乙12)及び平
成15年4月改訂の改訂第6版(乙13)からであり,その追加され
た記載内容は,乙12では「②動脈内ステント留置後の新生内膜増生
に対する影響(イヌ)」(22頁)及び「③頸動脈内膜剥離後内膜肥
厚に対する影響(ラット)」(23頁)の動物実験にすぎず,乙13
では「頸動脈における内膜中膜肥厚進展抑制作用」に「Ⅱ型糖尿病患
者89例」の試験結果(50頁)として他で発表された論文を著者の
承認を得て転載したものであり,いずれも薬事法77条の3に定める
情報の提供として記載したものである。
そして,添付文書及びIFの上記記載の時期からすれば,控訴人の
主張する論理を前提としても,それ以前の本件製剤の販売量は,本件
用途発明の実施とは何ら関係しないものである。なお,控訴人は他社
の後発製剤の添付文書・IFには再狭窄予防作用の記載がされていな
いというが,後発製剤メーカーは,被控訴人とは異なり,本件用途発
明に係る動物実験等を行っていない関係上,そのような記載ができな
いことは当然のことである。
また,仮に循環器科の医師らが,医療現場において,被控訴人が承
認された効能・効果の製剤,すなわち抗血小板剤として販売した本件
製剤を「適応外使用」したとしても,被控訴人の実施とはいえないこ
とは,前記(ア)で述べたとおりである。
(ウ)控訴人は,被控訴人が,社内のMRに対して配布している「医薬
品PPT集」と題するプレゼンテーション用資料(甲27の1ないし
4)中に,本件製剤の再狭窄予防作用のデータを記載し,また,各地
の病院,臨床医の会合等において,循環器科系医師及び薬剤師を対象
として,本件製剤の再狭窄予防効果の説明を主題とした説明会・講演
会を行い(甲28の1ないし11,29の1ないし3),本件製剤に
ついて本件用途発明の用途である再狭窄予防効果を積極的に宣伝させ
ているなどと主張する。
①しかし,これらは宣伝ではなく,薬事法77条の3に定める情報
の提供にすぎない。控訴人は,同条が,副作用等の安全性に関する
情報のみを対象とするかのような主張をするが,同条は「その他医
薬品または医療用具の適正な使用のために必要な情報」と定めてお
り,同条が提供を求めている情報は安全性に関する情報のみに限定
されていない。
②本件製剤の添付文書及びIFについては,前記(イ)のとおり,薬
事法上の承認を受けた効能・効果の記載と同等といえるような記載
ではないか,薬事法77条の3所定の情報の提供にすぎない。
また,「医薬品PPT集」は,被控訴人の学術部が作成し,被控
訴人のMRに対して配布しているものであり,外部へ配布すること
を予定した資料ではなく,外部へのプレゼンテーション用資料では
ない。MRは,日本製薬工業協会の定める「医療用医薬品プロモー
ションコード」(乙17)により,医師からの質問に対して医薬品
の正確な知識・情報を提供する義務を負っているため,被控訴人
は,MRに本件製剤の知識・情報を習得できるよう教育するため,
医薬品PPT集を作成しているのである。
さらに,被控訴人は,全国に支店17か所,出張所50か所を有
し,在籍するMRは,平成12年ないし平成13年当時,約800
名であったが,本件用途発明の発明者であり,再狭窄予防に関して
詳しい知識を有する控訴人が講師として招へいされた説明会は11
件にとどまっている。しかも,その説明会も医師の側から要望があ
ったことを受けたものがほとんどであり,また,被控訴人側から説
明しようとしたケースでも,再狭窄が生じるインターベンション治
療において,特に専門性を有している医師が出席予定であったケー
スである。
③以上のとおり,被控訴人の活動は,本件製剤についての薬事法7
7条の3に定める情報の提供であって,本件用途発明の用途に係る
効能・効果を宣伝したものではない。
イ相当の対価について
(ア)控訴人主張の相当の対価の算定方法及び本件各発明に係る相当の
対価の額は,いずれも争う。
(イ)職務発明の相当対価の算定の考慮事項である「発明により使用者
等が受けるべき利益の額」(特許法35条4項)とは,使用者等が発
明の実施を排他的に独占し得る地位を取得することにより受けること
になると見込まれる利益を意味するところ,被控訴人は本件用途発明
を実施していないのみならず,他社の後発製剤も内膜肥厚抑制の効能
を掲げて販売されているわけではない。また,仮に他社の後発製剤が
適応外使用されたとしても本件用途特許権により他社の後発製剤の製
造販売を差し止めることはできない。
したがって,被控訴人においては,本件用途発明の実施を排他的に
独占し得る地位を取得しておらず,その実施による排他的独占的利益
を得ていないから,「発明により使用者等が受けるべき利益の額」が
存しない。
なお,控訴人は,仮に被控訴人がした本件製剤の宣伝活動が薬事法
66条1項違反の評価を受けるとしても,相当対価請求権には影響を
及ぼさない旨主張するが,薬事法66条1項に違反する行為は刑罰の
対象(同法85条4号)となる強度の違法性を帯びる行為であるこ
と,特許法35条4項の「発明により使用者等が受けるべき利益の
額」は,合法な利益を前提とし,違法な利益は含まれないというべき
であることからすれば,上記主張は失当である。
(ウ)被控訴人が本件用途特許権を放棄したのは,今後とも本件用途発
明の用途を効能・効果として追加承認申請する予定はなく,維持する
理由もなかったからである。仮に本件用途発明が控訴人の主張するよ
うな大きな利益を生み出すものであるならば,控訴人の対価請求を回
避するためだけに,本件用途特許権を放棄することなどあり得ない。
第3当裁判所の判断
1本件物質発明に係る相当の対価の請求について
(1)控訴人が本件物質発明の発明者であるかどうか(争点1)はさておき,
まず,本件物質発明に係る相当対価請求権の消滅時効の成否(争点2)に
ついて検討する。
なお,控訴人は,被控訴人の本件物質発明に係る相当対価請求権の消滅
時効の主張は,時機に後れた攻撃防御方法であるとして,民事訴訟法15
7条1項に基づき却下されるべきである旨主張するが,控訴人の上記主張
は採用することができない。その理由は,原判決27頁19行から25行
までに記載のとおりであるから,これを引用する。
(2)ア特許法35条3項は,職務発明について特許を受ける権利又は特許権
を使用者等に承継させる旨を定めた勤務規則等がある場合においては,
従業者等は,当該勤務規則等により,特許を受ける権利等を使用者等に
承継させたときに,相当の対価の支払を受ける権利を取得することを規
定し,同条4項は,その対価の額は,その発明により使用者等が受ける
べき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を
考慮して定めなければならないことを規定しており,これらの規定によ
れば,勤務規則等に使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関す
る条項がある場合においても,これによる対価の額が同条4項の規定に
従って定められる相当の対価の額に満たないときは,同条3項の規定に
基づいて,その不足額に相当する対価の支払を求めることができるもの
と解される(最高裁平成15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻
4号477頁参照)。
そして,相当の対価の支払時期については,勤務規則等に対価の支払
時期が定められているときは,その支払時期によるものと解するのが相
当であり,その支払時期が到来するまでの間は従業者等は権利を行使す
ることができず,権利の行使につき法律上の障害があるというべきであ
るから,勤務規則等に定められている支払時期が相当の対価の支払を受
ける権利の消滅時効の起算点となると解するのが相当である(上記最高
裁判決参照)。
これを本件についてみるに,前記前提となる事実のとおり,被控訴人
規程に,被控訴人の従業員(従業者)がした職務発明については特許を
受ける権利を被控訴人に譲渡しなければならないこと(4条),被控訴
人は,上記特許を受ける権利を取得した場合には,審査の上必要と認め
たものにつき特許出願を行うこと(7条1項),被控訴人は,特許出願
をした場合には,その発明をした者に対し,出願補償として3000円
を支給し(9条1項),その特許出願に係る特許権が設定登録されたと
きは,上記発明をした者に対し,登録補償として5000円を支給する
こと(10条1項),被控訴人が設置した委員会(8条1項)が,特許
権として登録された発明の実施状況を調査し,当該発明の実施効果が顕
著であって会社業績に貢献したと認めた場合には,その発明をした者に
対し,実績補償として補償金(5万円以上)を支給すること(11条1
項)などが定められている。
以上によれば,被控訴人規程は,被控訴人が従業者のした職務発明に
ついて特許を受ける権利を承継したきは,その発明をした従業者に対
し,その対価として出願補償,登録補償,実績補償を支払うこと,出願
補償の支払時期は出願した時点,登録補償の支払時期は特許権の設定登
録がされた時点とすることを定めていることが認められる。
一方,実績補償については,被控訴人規程11条1項は,委員会
が,「登録された発明等の実施状況を調査」し,「当該発明等の実施効
果が顕著であって会社業績に貢献したと認めた場合」にその発明等をし
た者に支給すると定めているが,そのような被控訴人の設置した委員会
による実施状況の調査や会社業績に貢献したことの認定といういわば被
控訴人の意思いかんによって,その支払時期を画したものと解すること
はできないから,同条項を合理的に解釈すれば,上記委員会による調査
や認定の定めは,特許権の設定登録がされた発明が実施された場合にお
いて,実績補償の支払に当たっての被控訴人における内部的な手続(委
員会の実施状況の調査)及び支払の要件(委員会が実施効果が顕著であ
って会社業績に貢献したと認めた場合)を規定したものというべきであ
る。そして,同条項が委員会は「登録された発明等の実施状況」を調査
すると定めていることに照らすと,特許権の設定登録がされた発明が実
施された時は,従業者において,同条項に基づき実績補償の支払を請求
することができるというべきであるから,同条項は,実績補償の支払時
期は,特許権の設定登録がされた発明が実施された時(特許権の設定登
録時又は特許発明の実施時のいずれか遅い時点)とすることを定めてい
るものと解するのが相当である。このように解することによって,被控
訴人においては,特許権の設定登録がされた発明が実施された場合,自
発的に又は従業者からの請求を受けて,委員会による実施状況の調査を
経て,委員会が実施効果が顕著であって会社業績に貢献したと認めたと
きに,実績補償の支払をし,一方,従業者においては支払額に不足があ
ると考えれば,特許法35条3項に基づく相当の対価の不足額を請求す
ることにより,被控訴人と従業者の利害の調整を図ることができ,被控
訴人規程11条1項の趣旨に副うものということができる。
イ前記前提となる事実のとおり,本件物質発明の特許出願及び本件物質
特許権の設定登録はそれぞれ昭和54年8月25日及び昭和63年12
月27日であり,本件物質発明の実施品である本件製剤の販売開始時期
は昭和63年4月である。
そうすると,本件物質発明の特許を受ける権利の相当の対価の支払時
期は,被控訴人規程によれば,出願に係る対価としての出願補償につい
ては出願時である昭和54年8月25日,登録に係る対価としての登録
補償については設定登録時である昭和63年12月27日であり,ま
た,実施に係る対価としての実績補償については,実施時よりも設定登
録時が遅いため,設定登録時である昭和63年12月27日となり,上
記各時点が消滅時効の起算点となると考えられる。
もっとも,被控訴人は,出願補償及び登録補償の支払について,毎年
12月の給与支給日に併せて行うとの運用が行われていた旨主張し,控
訴人においてもそれを争うものではないと認められるので(なお,本件
用途発明に係る出願補償及び登録補償は,上記運用に沿うように,いず
れも12月下旬に控訴人に支払われている。),それらの支払時期は,
各支払時期経過後最初の12月の給与支給日となるものと解されるとこ
ろ,それぞれの給与支給の具体的な日付けは判然としないから,遅くと
も当該月の最終日と解するのが相当であり,上記運用によれば,出願補
償については昭和54年12月31日,登録補償については平成元年1
2月31日が,それぞれ消滅時効の起算点となり,また,実績補償につ
いても,登録補償の支払と同様に考えて,平成元年12月31日が消滅
時効の起算点となる(被控訴人も登録補償の支払時期と同じく平成元年
12月下旬が起算点となると主張している。)と認めるのが相当であ
る。
ウそうすると,本件物質発明が特許出願,特許登録され,実施されたこ
とを前提とする控訴人の本件物質発明に係る相当対価請求権は,本件訴
訟の提起のあった平成15年12月19日までに,その時効起算点から
既に10年以上が経過しており,消滅時効が完成しているというべきで
ある。
そして,被控訴人が,平成16年11月30日の原審第4回弁論準備
手続期日において,控訴人に対し,消滅時効を援用する旨の意思表示を
したことは,当裁判所に顕著であるから,控訴人の本件物質発明に係る
相当対価請求権は,時効により消滅したというべきである。
(3)アこれに対し控訴人は,被控訴人規程11条1項は,実績補償の算定・
支払時期を「発明により使用者等が受けるべき利益の額」が確定的に判
明する時期とすることを定めたものであり,本件物質特許権の存続期間
満了時まで本件物質発明の実施が継続されていた本件においては,被控
訴人が本件物質発明により受けるべき利益の額が確定的に判明するの
は,上記存続期間満了時以降であるから,実績補償の支払時期は,上記
存続期間満了時である平成11年8月25日以降となる旨主張する。
しかし,被控訴人規程11条1項の文言に照らしても,同条項が実績
補償の算定・支払時期を「使用者等が受けるべき利益の額」が確定的に
判明する時期とすることを定めた趣旨のものと解することはできない。
また,控訴人の上記主張は,実績補償の算定が,当該特許権の存続期間
の満了時まで不可能あるいは著しく困難であることを前提とするものと
解されるところ,職務発明について特許を受ける権利を使用者に承継さ
せた場合に従業者が取得する相当対価請求権は,承継の時に発生するも
のであり,その相当の対価の額は,「発明により使用者等が受けるべき
利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮
して」定められるものであって(特許法35条4項),一定程度の不確
定要素が伴わざるを得ないとしても,相当対価請求権の発生時におい
て,客観的に見込まれる利益の額として「使用者等が受けるべき利益の
額」を算定することは可能であり,まして,被控訴人規程11条1項の
場合のように,特許権の設定登録がされた発明が実施された時点以降に
おいては,既に実現化されている発明の実施の状況等を具体的に勘案し
て「使用者等が受けるべき利益の額」を推計できるのであるから,控訴
人の上記主張は,その前提において誤りがあるといわなければならな
い。
そして,本件のように,対象となる特許を受ける権利が医薬品に関す
る発明に係るものであり,医薬品販売による利益の額を考慮すべき場合
であっても,その算定の手法及び容易性ないし困難さの程度は,他の発
明の場合と質的に異なるものということはできない。控訴人は,医薬品
発明の場合,使用者等が受ける利益の額は,医薬品の販売後の新たな副
作用の判明,患者数の変動,効果の認知度,競合製品の登場,再審査に
おける承認等様々な後発事情により大きく左右されると主張するが,そ
のような後発的な事情により販売量が増減するなどの事態が発生し得る
ことは,医薬品以外の製品においても同様であって,特に医薬品の場合
に限ったことではない。
また,控訴人が主張するように,「使用者等が受けるべき利益の額」
が確定的に判明する時点,すなわち,特許権の存続期間満了時以降ま
で,相当対価請求権の支払時期が到来しないとすることは,その時点ま
で従業者が対価を請求できないことを意味するのであって,従業者にと
ってかえって不利益な状況となり得るのであるから,勤務規則等に明確
な定めがある場合にのみ,そのような解釈が可能となると解すべきであ
るところ,被控訴人規程11条の文言は,控訴人が主張するように,利
益が確定的に判明する時点ないし特許権の存続期間の満了時期を支払時
期とする旨を明確に示すものと認めることはできない。控訴人は,従業
者が在職中に会社に対して正当な対価の支払を請求することは現実には
極めて困難であるから,特許権の存続期間満了時まで対価請求ができな
いとしても,特段の不利益を生じさせないとも主張するが,従業者は,
職務発明についての特許を受ける権利を使用者に承継させたときは,そ
の時点で相当対価請求権を取得するのであり,その取得した権利を特許
権の存続期間満了時まで行使できないとすることが,従業者にとって不
利益であることはいうまでもなく,控訴人主張のような現実があること
が,従業者に不利益を生じさせないとする理由となるものではないし,
また,従業者の退職時に特許権の存続期間が満了しているとは必ずしも
いえないのであって,控訴人の主張は,被控訴人規程の実績補償の支払
時期を特許権の存続期間満了時とする旨定めたものと解釈すべき根拠と
なり得るものではない。
以上のとおり,被控訴人規程11条1項は実績補償の支払時期を「発
明により使用者等が受けるべき利益の額」が確定的に判明する時期,す
なわち特許権の存続期間満了時と定めたものと解すべきであるとする控
訴人の主張は,採用することができない。
イまた,控訴人は,被控訴人規程11条1項の文言は,従業者に対し,
実績補償の支払時期は実施状況の判明後に到来するものと誤信させるも
のであり,被控訴人は,自ら曖昧な条項を設けた上,その現実の運用な
どによって,従業者に実績補償の支払時期を「特許権の存続期間満了
時(特許発明の実施の終了時)」又は「発明者たる従業者の退職時」で
あると積極的に誤信させようとしたものであるから,同条項の文言の曖
昧さのために,あえて実施状況が判明するまで対価請求の請求を差し控
えた控訴人に対し,本件物質発明に係る相当対価請求権の消滅時効を援
用することは,権利の濫用に当たり許されない旨主張する。
確かに,被控訴人規程11条1項の文言は,実績補償の支払時期につ
いて明確さを欠くものではあるが,前記のとおり,同条項の委員会によ
る実施状況の調査や会社業績に貢献したことの認定の定めは,実績補償
の支払に当たっての被控訴人における内部的な手続及び支払の要件を規
定したものであって,同条項が特許権の存続期間の満了時まで実績補償
の支払時期を遅らせたものと誤認させるものとは認められないから,そ
れが控訴人の主張するような誤信を招く規定文言であるということはで
きない。また,控訴人が主張するように,被控訴人がA及びBに対し,
その退職後又は退職時に実績補償を支払ったことがあったとしても,そ
のことをもって直ちに被控訴人において,実績補償の支払時期を「特許
権の存続期間満了時(特許発明の実施の終了時)」又は「発明者たる従
業者の退職時」とする運用が確立されていたとまで認めることはできな
いし,まして,被控訴人が従業者に対しそのように誤信させていたこと
を認めるに足りる証拠はない。
したがって,被控訴人による消滅時効の援用が権利の濫用であるとい
うことはできず,控訴人の上記主張は採用することができない。
ウさらに,控訴人は,被控訴人において,本件物質発明の共同発明者で
あるA及びBに対し,被控訴人の主張する消滅時効期間経過後の時期に
本件物質発明の実績補償を支払っておきながら,控訴人についてのみ消
滅時効期間経過後の支払を認めないという異なる取扱いをすることは,
労働基準法3条の均等待遇義務に違反するものであり,消滅時効の援用
は許されない旨主張する。
しかし,相当対価請求権の行使は,個々の従業者等の意思に委ねられ
ているというべきであり,その支払請求に対して使用者が消滅時効の援
用を行うか否かについても,個々の対価請求権ごとに個別具体的に検討
することが許される事柄であって,使用者等がこれを一律に取り扱わな
ければならないと解することはできないから,仮に被控訴人がA及びB
に対して実績補償の支払をした事実が認められるとしても,この事実の
みをもって,被控訴人が控訴人の本件物質発明に係る相当対価請求権に
ついて消滅時効を援用することが労働基準法3条の均等待遇義務に違反
するものとして許されなくなると解することはできない。
したがって,控訴人の上記主張も採用することはできない。
(4)以上のとおり,控訴人の本件物質発明に係る相当対価請求権は,既に時
効により消滅したものというべきである。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の本件物
質発明に係る相当の対価の支払請求は理由がない。
2本件用途発明に係る相当の対価の請求について
(1)本件用途発明は,控訴人,C,D及びEの4名が共同で行った職務発明
であること,被控訴人は,本件用途発明の特許を受ける権利の譲渡を受
け,その特許出願をし,特許登録を受けたこと,控訴人は,被控訴人か
ら,本件用途発明に係る特許を受ける権利(共有持分)の承継(譲渡)の
対価として,被控訴人規程に基づき平成4年12月下旬に出願補償として
750円,平成8年12月下旬に登録補償として1250円の合計200
0円の支払を受けたことは,前記前提となる事実のとおりである。
そこで,控訴人の本件用途発明に係る相当の対価の額(争点3)につい
て検討し,控訴人において受領した額に不足額があるかどうかを判断す
る。
(2)控訴人は,本件用途特許権の成立後,被控訴人が本件用途発明を実施し
ているとして本件用途発明に係る相当の対価の支払を請求するのに対し,
被控訴人は,本件用途発明の実施の事実はないと主張するので,まず,こ
の点について検討する。
前記前提となる事実と証拠(甲1ないし3,12,14,15,23な
いし29,32,33,35ないし41,乙10ないし15,18(枝番
を省略))及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア(ア)被控訴人は,昭和61年1月,シロスタゾールを有効成分とする
医薬品である本件製剤について,効能・効果を「慢性動脈閉塞症に基
づく潰瘍,疼痛及び冷感等の虚血性諸症状の改善」として,薬事法1
4条の規定に基づく製造承認の申請をし,昭和63年1月20日,そ
の承認を受け,同年4月18日,上記効能・効果を有する抗血小板剤
として本件製剤の販売を開始した。その後,平成15年4月,本件製
剤について,「脳梗塞(心原性脳塞栓症を除く)発症後の再発抑制」
の効能・効果を追加する旨の薬事法14条の承認がされ,被控訴人
は,後記のとおり本件製剤の添付文書の効能・効果欄にその旨追加記
載して本件製剤を販売した。
(イ)本件用途発明は,本件物質発明の化合物であるテトラゾリルアル
コキシジヒドロカルボスチリル化合物及びその化合物の一種であるシ
ロスタゾールの用途を「内膜肥厚の予防,治療剤」(別紙特許請求の
範囲目録2記載の請求項1,2),シロスタゾールの用途を「PTC
A後やステントの血管内留置による冠状動脈再閉塞の予防および治療
剤」(請求項3)とする用途発明である。
この点に関連して,本件用途発明の明細書(甲12)の「発明の詳
細な説明」には,「【従来の技術と発明が解決すべき課題】近年,冠
状動脈硬化症に対してその冠状動脈狭窄部の拡大のために経皮的冠状
動脈拡大術(PTCA)が広く行われており,さらにステントの血管内
留置が考案され施行されつつある。すなわち,冠状動脈硬化症におい
ては,硬化は冠状動脈の主幹部に専ら起り,組織学的には粥状硬化を
主体とし,これに細胞,線維性内膜肥厚,さらに泡沫細胞や内膜膠原
線維の水腫性,脂肪性膨化などが加ったものとされており,そのよう
な硬化に対して狭窄部にPTCAを施して拡大させる手術が広く行わ
れ,最近ステントの血管内留置が行われつつある。しかしながら,そ
のようなPTCAあるいはステントの血管内留置を行なった場合,と
くに線維性内膜肥厚により高度の狭窄を示す症例においては,血管内
皮細胞が剥離され,それによって平滑筋細胞の増殖が起り再閉塞の原
因となると考えられ,そのため,平滑筋細胞の増殖を特異的に抑える
薬剤が再閉塞の予防に有効であると考えられている。」(段落【00
02】),「サイクリックAMP増加作用,血小板凝集抑制作用を有
する上記テトラゾリルアルコキシジヒドロカルボスチリル化合物(I)
が血管平滑筋細胞の増殖を抑制し,内膜肥厚の予防,治療効果を有
し,冠状動脈硬化,とくにPTCA後やステントの血管内留置による
冠状動脈再閉塞の予防,治療に有用であることを見い出した。」(段
落【0003】),「【課題を解決するための手段および発明の効果
】本発明は,前記式(I)で示されるテトラゾリルアルコキシジヒドロ
カルボスチリル化合物を有効成分として含有する内膜肥厚の予防,治
療剤を提供するものである。・・・特に好ましい化合物は,6−[4−
(1−シクロヘキシルテトラゾール−5−イル)ブトキシ]−3,4−ジ
ヒドロカルボスチリルである。このものは,商品名シロスタゾールに
て血管拡張剤としてすでに市販されている。」(段落【0005】)
との記載がある。
なお,被控訴人は,本件用途特許権について,平成17年5月18
日の抹消登録をもって放棄した。
イ(ア)本件製剤の当初の添付文書(薬事法52条に基づき医薬品に添付
する文書)には,「効能・効果」として,「慢性動脈閉塞症に基づく
潰瘍,疼痛及び冷感等の虚血性諸症状の改善」が記載され,「薬効薬
理」の項目には,「1.抗血小板作用」,「2.抗血栓作用」,「
3.血管拡張作用」,「4.作用機序」について記載されていた。
その後,平成15年4月改訂の上記添付文書の改訂第4版では,「
効能・効果」に「脳梗塞(心原性脳塞栓症を除く)発症後の再発抑
制」が追加され,さらに「薬効薬理」の項目に,「4.血管細胞に対
する作用」として,「ヒトの培養血管平滑筋におけるH−チミジンの3
取り込みを抑制する。」との記載が追加された(これに伴い,「作用
機序」は「5.」に繰り下がった。)。この記載は,PTCA(経皮
的冠状動脈拡大術)あるいはステントの血管内留置を行った場合に再
閉塞の原因となる平滑筋細胞の増殖の抑制に関するものであり,本件
用途発明の用途に係る血管内膜肥厚抑制(再狭窄予防)につながるも
のである。
なお,添付文書の記載要領(平成9.4.25薬発第606号)に
よれば,「薬効薬理」の項目には,「効能又は効果を裏付ける薬理作
用及び作用機序を記載すること」とされている。
(イ)本件製剤についての平成12年3月改訂のIF(製薬企業が,日
本病院薬剤師会の依頼に応じて,薬剤師等による医薬品の適正使用や
評価のため情報として作成・提供している文書)の改訂4版(乙1
4)には,「Ⅸ.非臨床試験に関する項目」の「(1)その他の作用」中
に「①培養ラット大動脈平滑筋細胞増殖に及ぼすシロスタゾール,P
GEの影響(invitro)シロスタゾールは大動脈平滑筋細胞におい1
て,インスリン,PDGF及び10%仔牛血清による細胞増殖を抑制
した。」,「②動脈内ステント留置後の新生内膜増生に対する影響(
イヌ)雑種犬においてシロスタゾール(60㎎/㎏/日,ステント留
置3日前より24週間連日経口投与)投与によるExpandablemetallic
stent(EMS)動脈内留置後の新生内膜増生に対する影響を検討し
た結果,血流の低下のあるなしにかかわらず,血栓形成並びに新生内
膜肥厚を抑制した。」,「③頸動脈内膜剥離後内膜肥厚に対する影響(
ラット)ラットにおける頸動脈内膜剥離後内膜肥厚に対して,シロ
スタゾール(局所投与)の影響を検討した結果,有意に内膜肥厚を抑
制した。」と記載されている。
また,平成14年12月改訂のIFの改訂第5版(乙12)には,
上記①ないし③が「Ⅵ.薬効薬理に関する項目」に記載されている。
さらに,平成15年4月改訂のIFの改訂第6版(乙13)におい
ては,「Ⅵ.薬効薬理に関する項目」中に,上記①ないし③のほ
か,「ヒト臍帯動脈由来平滑筋細胞増殖抑制作用(invitro)」につ
いて,また,「頸動脈における内膜中膜肥厚進展抑制作用」として「
Ⅱ型糖尿病患者89例」を対象とした本件製剤の投与の実験結果につ
いて記載されている。
(ウ)社団法人日本循環器学会が平成12年10月に発行した「循環器
病の診断と治療に関するガイドライン(1998−1999年度合同
研究班報告)」(甲25)において,「Ⅲ待機的冠動脈インターベ
ンションの実際(ガイドライン)」の「d)PTCA後の管理」の「
ⅲ)再狭窄予防」の項目に「トラニスト(45),プロブコール(4
6),シロスタゾール(いずれも保険適応はない)」との記載があ
り,PTCA後の再狭窄予防の薬剤として,シロスタゾールが他の2
薬とともに挙げられている。上記ガイドラインは,医師等に対し,標
準的な診療情報を提供することを目的として作成されたものである。
ウ被控訴人がMR(医薬情報担当者)に配布した「医薬品PPT集」(
平成10年12月現在。甲27の1ないし4)の本件製剤に関する部分
には,「ステント植え込み症例におけるの再狭窄予防効Cilostazol
果」,「シロスタゾール・プロブコール投与によるステント実施後の再
狭窄率の検討」,「ステント留置による内膜肥厚の抑制」,「やAspirin
との違い」等と題するスライドが用意され,シロスタゾールのTiclopidine
内膜肥厚抑制作用(再狭窄予防作用)を示すデータが記載されている。
「医薬品PPT集」は,被控訴人の医薬品に関する情報を記載した社
内資料であるが,その表紙(甲27の1)に「多彩にアレンジ・効果的
なプレゼンテーションを応援」との記載があるように,MRの医師等に
対するプレゼンテーションに使用されることを予定したものであり,M
Rによる営業活動において,そのような内容のプレゼンテーションが行
われていたことが推認される。
エ(ア)被控訴人は,全国に支店17か所,出張所50か所を有してい
る。被控訴人は,平成8年以降,MRやPMM(被控訴人本社の製品
育成の責任者であるプロダクト・マーケッティング・マネジャー)な
どが循環器科医師等に対し,本件用途発明の用途に係るシロスタゾー
ルの再狭窄予防効果等を説明するなどして,本件製剤の循環器科部門
への販路拡張を図る営業展開を行うようになった。
(イ)控訴人自身も,被控訴人に在籍中,営業担当者等から依頼を受け
て,医師の会合等に出席し本件製剤について説明することがあり,平
成8年から9年にかけて札幌,徳島,倉敷など各地に赴いたことがあ
ったほか,平成12年6月28日(四街道市医師会勉強会),7月1
0日(東邦大佐倉病院循環器センター),9月20日(徳州会千葉西
総合病院循環器センター),10月ころ(阿久根市民病院循環器
科),11月ころ(高知日赤病院),11月28日(大阪医大薬理
学教室),12月1日(第2回榛原浜岡菊川循環器談話会),平成1
3年5月10日(京都市山科区の音羽病院),5月ころ(国保旭中央
病院),6月ころ(横浜市大),7月ころ(川崎社会保険病院循環
器),8月20日(横浜栄共栄病院循環器内科),11月7日(東海
大学循環器内科),12月ころ(旭川医大,女子医大),平成14年
2月ころ(水戸済生会病院),2月18日(成東病院),9月4日(
豊橋ハートセンター)に,それぞれの会合等に出席して本件製剤の特
性・有用性やシロスタゾールの再狭窄予防効果等について,医師に対
し説明等を行った。
平成12年から平成13年にかけて,各営業担当者から控訴人に宛
てた上記会合等への出席依頼メールには,「ロータブレーター・ステ
ントを中心に千葉県でもNO.1の症例数を抱えているHPがござい
ます。・・・大変大きな市場がございます。・・・Gより,『インタ
ーベンションにおけるPUの薬理と期待できる薬効(案)』につきま
して,説明頂ければと存じます。」,「残念ながらPTCA・ステン
ト後にはPUの処方はほとんどされておらず,・・・この度循環器科
で勉強会の時間を頂く事が出来ましたのでGからPUの紹介をして頂
きたいと思いましてメールさせて頂きました。」,「循環器ではイン
ターベンション後の再狭窄予防,血管外科はASOで使っていただい
ております。内容は循環器のDrをメインターゲットにしてプレター
ルの基礎的な事と他剤(チクロピジン)との違いをメインにお願いし
たいと思っています。」,「やはりインターベンションにおける薬物
治療はスタンダードなパナルジン&ASAですが,是非PUのリステ
の件の紹介と・・・」,「臨床面ではカテ班を含めてインターベンショ
ン領域にPUを組み込めていないのが現状です。・・・PUのキャラ
クターについてご講義お願いできませんでしょうか?」などと記載さ
れており,平成12年当時,全国各地の営業担当者等において,シロ
スタゾールの再狭窄予防効果等をアピールして,循環器科部門での本
件製剤の販売促進を図っていたことが窺われる。
オ本件物質特許権の存続期間満了後である平成12年2月以降,他の医
薬品会社各社は,シロスタゾールを有効成分とする抗血小板剤につい
て,効能・効果を「慢性動脈閉塞症に基づく潰瘍,疼痛及び冷感等の虚
血性諸症状の改善」とする薬事法14条所定の承認を受け,同年7月以
降,本件製剤の後発品の販売を開始したが,それらの後発品の添付文書
及びIFには,本件製剤の添付文書及びIFに記載されているような本
件用途発明の用途に関係する「薬効薬理」等の記載はない。
(3)ア上記認定によれば,被控訴人は,その効能・効果を「慢性動脈閉塞症
に基づく潰瘍,疼痛及び冷感等の虚血性諸症状の改善」(平成15年4
月からは「脳梗塞(心原性脳塞栓症を除く)発症後の再発抑制」を追
加)とする抗血小板剤として,昭和63年4月以降,本件製剤を製造,
販売しているものであるが,平成8年8月8日に本件用途特許権の設定
登録がされた後も,本件製剤について,本件用途発明の「内膜肥厚の予
防,治療」,「PTCA後やステントの血管内留置による冠状動脈再閉
塞の予防および治療」の用途に係る効能・効果につき薬事法14条所定
の承認を受けてはいないものの,他方で,平成12年10月には,標準
的な診療情報を医師等に提供することを目的として作成された「循環器
病の診断と治療に関するガイドライン」(社団法人日本循環器学会発
行)に,PTCA後の再狭窄予防の薬剤として,シロスタゾールが他の
2薬とともに挙げられるまでに,その効果が認知されたものとなってい
た状況の下で,平成12年以降,被控訴人の全国各地の営業担当者等
が,本件製剤の特性の一つとしてシロスタゾールの再狭窄予防効果等を
積極的にアピールして,循環器科部門での本件製剤の販売促進を図って
いたことに加え,平成12年3月改訂のIF,平成15年4月改訂の添
付文書において,本件製剤の内膜肥厚抑制(再狭窄予防)の効果を示唆
する記載を追加しているものである。
このように,被控訴人は,本件製剤について,「PTCA後やステン
トの血管内留置による冠状動脈再閉塞の予防および治療剤」と明示的に
表示して販売していたものでないにしても,遅くとも平成12年ころか
らは,本件製剤に再狭窄予防効果等があることをその特性として積極的
に位置付けた販売活動を行っていたものであり,平成12年10月ころ
には,循環器科医師等の間でシロスタゾールがPTCA後の再狭窄予防
の薬剤として広く認知されるようになったことからすれば,少なくとも
平成12年10月以降の本件製剤の販売の中には,本件製剤が上記ガイ
ドラインにいうPTCA後の再狭窄予防の薬剤として,すなわち本件用
途発明の「PTCA後やステントの血管内留置による冠状動脈再閉塞の
予防および治療」の用途に使用されるものとして販売されたものが一定
量含まれているものと認めるのが相当であり,そうすると,本件におい
ては,その一定量の販売の限度で,本件用途発明に係る「PTCA後や
ステントの血管内留置による冠状動脈再閉塞の予防および治療剤」なる
発明の実施があったというべきである。そして,本件製剤の後発品を製
造販売する会社を含め第三者において,その後発品等を「PTCA後や
ステントの血管内留置による冠状動脈再閉塞の予防および治療」の用途
に使用されるものとして販売することは,本件用途特許権の効力により
禁止されているというべきであるから,被控訴人において本件製剤を上
記用途に使用されるものとして販売した上記一定量には,第三者が本件
用途発明の実施を禁止されていることに起因して販売することができた
分が含まれているといえるから,その限りでは本件用途発明を排他的,
独占的に実施したものということができる。
イ(ア)これに対し被控訴人は,医薬品に係る特許発明は,薬事法で承認
された効能・効果で製造,販売されて,初めて実施と評価されるべき
ものであり,薬事法上承認されていない効能・効果に係る用途発明の
用途に用いるために医薬品を使用(適応外使用)されるようなことが
あったとしても,その医薬品を製造,販売することをもって,当該用
途発明の実施と評価することはできない旨主張する。
確かに,医薬品の用途発明は,その用途に係る効能・効果につき薬
事法上の承認を得て実施されるのが一般的であるとはいえるが,医薬
品の用途発明においては,当該用途に使用されるものとして当該医薬
品を販売すれば,発明の実施に当たるということができるのであり,
このことは必ずしも薬事法上の承認の有無とは直接の関係がないとい
うべきであって,仮にその販売が薬事法上の問題を生じ得るとして
も,実際に当該用途に使用されるものとして販売している以上,当該
用途発明を実施しているというべきである。医薬品の用途発明の実施
は,例えば医薬品の容器やラベル等にその用途を直接かつ明示的に表
示して製造,販売する場合などが典型的であるといえるが,必ずしも
当該用途を直接かつ明示的に表示して販売していなくても,具体的な
状況の下で,その用途に使用されるものとして販売されていることが
認定できれば,用途発明の実施があったといえることに変わりはな
い。前記のとおり,本件においては,本件製剤の有効成分であるシロ
スタゾールがPTCA後の再狭窄予防の薬剤として広く認知されてお
り,被控訴人は,本件製剤に再狭窄予防効果等があることをその特性
として積極的に位置付けた販売活動を行い,本件製剤のうちの一定量
は本件用途発明に係る用途に使用されるものとして販売されていたと
認められるのであるから,被控訴人による本件用途発明の実施があっ
たというべきであり,被控訴人の上記主張は採用することができな
い。
なお,被控訴人は特許法67条2項に言及しているが,同条項は存
続期間の延長登録の出願ができる場合を規定したものであって,薬事
法上の承認を受けないで行った行為が特許発明の実施に当たるかどう
かを規定しているものでないことはいうまでもなく,被控訴人の主張
は失当である。
(イ)また,被控訴人は,本件製剤の公開医薬品情報(添付文書及びI
F)における本件用途発明の用途と関係する記載は,薬事法上の承認
を受けた効能・効果の記載と同等といえるようなものではなく,薬事
法77条の3に定める「その他医薬品または医療用具の適正な使用の
ために必要な情報」の提供にすぎないなどと主張する。
確かに,本件製剤の添付文書及びIFにおける内膜肥厚抑制(再狭
窄予防)に関する記載それ自体は,直接宣伝を目的としたものではな
く,効能・効果を直接的に表示したものではないが,本件製剤に内膜
肥厚抑制(再狭窄予防)の効果があるとの情報を示唆する記載であ
り,また,前記認定のとおり,被控訴人のMRなどによる医師等の会
合での説明の実態からすれば,被控訴人は,本件製剤に再狭窄予防効
果等があることをその特性として積極的に位置付けた販売活動を行
い,本件製剤のうちの一定量は本件用途発明に係る用途に使用される
ものとして販売されていたのであって,本件製剤の添付文書及びIF
の記載が薬事法77条の3に定める情報の提供に当たるかどうかは,
被控訴人が本件用途発明を実施していたとの前記判断を何ら左右する
ものではない。
(4)そこで,本件用途発明について,相当の対価の額を算定する際の考慮要
素である特許法35条4項所定の「発明により使用者等が受けるべき利益
の額」について検討する。
アところで,「発明により使用者等が受けるべき利益の額」は,使用者
等が「受けた利益」そのものではなく,「受けるべき利益」であるか
ら,「権利を承継した時に客観的に見込まれる利益の額」をいうものと
解されるところ,使用者等は,特許を受ける権利を承継した職務発明に
ついて特許を受けたときは,その特許権について特許法35条1項に基
づく通常実施権を有するから,「発明により使用者等が受けるべき利
益」は,使用者等がその発明を実施することにより受けることが見込ま
れる利益ではなく,使用者等が従業者等から特許を受ける権利を承継す
ることにより,当該発明の実施を排他的に独占し得る地位を取得するこ
とによって受けることが見込まれる利益をいうものと解される。そし
て,「発明により使用者等が受けるべき利益」を考慮するに当たって
は,当該発明の実施又は実施許諾による使用者等の利益の有無やその額
など,特許を受ける権利の承継後の事情についても,その承継の時点に
おいて客観的に見込まれる利益の額を認定する資料とすることができる
と解するのが相当である。
そこで,被控訴人が前記(3)アのとおり本件用途発明を排他的,独占的
に実施したことによる利益について検討する。なお,前記のとおり,被
控訴人は,本件製剤について,本件用途発明の「PTCA後やステント
の血管内留置による冠状動脈再閉塞の予防および治療」の用途に係る効
能・効果について薬事法14条の承認を受けていないことから,被控訴
人が本件製剤を「PTCA後やステントの血管内留置による冠状動脈再
閉塞の予防および治療」の用途に使用されるものとして販売しているこ
とについて薬事法上の問題が生じ得るとしても,そのことは,上記販売
による利益を「発明により使用者等が受けるべき利益」として評価する
ことの妨げにならないというべきである。
イ本件用途発明の実施による本件製剤の売上額について
(ア)前記のとおり,被控訴人は,昭和63年4月から,本件製剤を「
慢性動脈閉塞症に基づく潰瘍,疼痛及び冷感等の虚血性諸症状の改
善」(平成15年4月からは「脳梗塞(心原性脳塞栓症を除く)発症
後の再発抑制」を追加)の効能・効果を有する抗血小板剤として販売
するとともに,平成12年10月以降,本件製剤のうち一定量を「P
TCA後やステントの血管内留置による冠状動脈再閉塞の予防および
治療」の用途に使用されるものとして販売していたが,その後,平成
17年5月18日の抹消登録をもって,本件用途特許権を放棄したも
のである。
(イ)本件においては,本件製剤の売上額に関する証拠としては,被控
訴人のPPMである中村作成の平成12年6月1日付け「PLETAALMed
iumTermProspect(DrugPrice)」と題する書面(甲43)が提出され
ているだけであるが,これには本件製剤の売上額について,次の記載
がある。
・昭和63年(1988年)44億円
・平成元年(1989年)143億円
・平成2年(1990年)178億円
・平成3年(1991年)197億円
・平成4年(1992年)210億円
・平成5年(1993年)215億円
・平成6年(1994年)213億円
・平成7年(1995年)214億円
・平成8年(1996年)238億円
・平成9年(1997年)253億円
・平成10年(1998年)263億円
・平成11年(1999年)309億円
・平成12年(2000年)308億円(計画値)
・平成13年(2001年)339億円(計画値)
・平成14年(2002年)363億円(計画値)
・平成15年(2003年)383億円(計画値)
・平成16年(2004年)402億円(計画値)
ところで,被控訴人は,本件製剤の売上額に関し控訴人の主張を「
争う」としているものの,控訴人からその主張を裏付ける証拠として
上記甲43が提出されているにもかかわらず,甲43の上記記載内容
について具体的に反論ないし反証していないことに照らすと,少なく
とも実績額を示した平成11年までの本件製剤の売上額は上記記載の
とおりであったと認めるのが相当である。もっとも,甲43は,平成
12年以降の売上額については,計画値として記載しているにとどま
るので,これをもって直ちに実際の売上額とみることはできないとこ
ろ,上記記載によれば,本件製剤の循環器科部門への販路拡張を図る
営業展開を開始した平成8年以降平成11年までの間,本件製剤の売
上額は順調に増加して推移していたことからすると,平成12年から
平成17年までの本件製剤の年間売上額は,少なくとも平成8年から
・106平成11年までの年間売上額の平均である265億円(算定式
)を下らなかったものと推認3億円÷4=265億円(1億円未満切捨て)
するのが相当である。
(ウ)前記のとおり,平成12年10月以降の本件製剤の売上額の中に
は,本件用途発明の「PTCA後やステントの血管内留置による冠状
動脈再閉塞の予防および治療」の用途に使用されるものとして販売さ
れたものの売上げが一部含まれているといえるが,本件においては,
平成12年10月以降において,「PTCA後やステントの血管内留
置による冠状動脈再閉塞の予防および治療」の用途に使用されるもの
として販売された本件製剤の数量や売上額を直接明らかにする資料は
提出されていない。
この点に関し,甲30(被控訴人のPPMである中村が平成12年
1月作成した「プレタール製品開発図」と題する書面)には,本件製
剤の診療部課別(「脳神経」,「心臓循環」,「整形外科」,「糖尿
病」,「外科」)の症例数(処方件数)が,本件用途特許権の設定登録
がされた平成8年から平成10年までは実績数として,平成11年な
いし平成13年までは予測数として記載されており,これによると,
平成8年は全体で11万5000症例のうち「心臓循環」が2万症
例,平成9年は全体で13万1000症例のうち「心臓循環」が2万
6000症例,平成10年は全体で15万4000症例のうち「心臓
循環」が5万症例であり,平成8年から平成10年までの「心臓循
環」の症例数(合計9万6000)の全体症例数(合計40万)に占
める割合の平均は24%であることが認められるところ,平成15年
4月以降は,本件製剤について「脳梗塞(心原性脳塞栓症を除く)発
症後の再発抑制」の効能・効果の追加承認がされ,「脳神経」の症例
数が増加したと考えられることを勘案すると(甲30では,上記追加
承認を見込んで,平成13年の「脳神経」の症例数が前年の約7倍(
25万4000症例)に増加することが予測されている。),平成1
2年10月以降における本件製剤の「心臓循環」の症例数の全体症例
数に占める割合は,20%と認めるのが相当である。
そして,①上記の「心臓循環」の症例数(処方件数)に係る分がす
べて,PTCA(経皮的冠状動脈拡大術)が実施された事例であって,
本件製剤が「PTCA後やステントの血管内留置による冠状動脈再閉
塞の予防・治療」の用途に使用されるものとして販売されたものの症
例数(処方件数)であると認めることはできないこと,②本件製剤に
ついては,上記用途に係る効能・効果につき薬事法14条所定の承認
を得ていないから,医療において本件製剤を上記用途に用いること
は,いわゆる適応外使用(「薬事法による製造又は輸入の承認を受け
ている医薬品であって,当該医薬品が承認を受けている効能・効果以
外の効能・効果を目的とした又は承認を受けている用法・用量以外の
用法・用量を用いた医療における使用」。甲26の1)に当たり,保
険の適応がなかったことなどに照らすと,上記の「心臓循環」の症例
数(処方件数)の少なくとも4分の1(25%)程度が,「PTCA
後やステントの血管内留置による冠状動脈再閉塞の予防・治療」の用
途に使用されるものとして販売された本件製剤に係る分に当たるもの
と推認するのが相当である。
そうすると,平成12年10月以降の本件製剤の売上額の20%
が「心臓循環」部門で処方されるものであり,更にその25%が「P
TCA後やステントの血管内留置による冠状動脈再閉塞の予防・治
療」の用途に使用されるものとして販売された本件製剤に係る分に当
たるものであって,結局,平成12年10月以降の本件製剤の売上額
の5%(算定式・0.2×0.25=0.05)が本件用途発明(「PTCA後や
ステントの血管内留置による冠状動脈再閉塞の予防・治療剤」の用
途)の実施による売上額と推認される。
ウ本件用途発明の排他的,独占的な実施による利益
前記のとおり,特許法35条4項所定の「発明により使用者等が受け
るべき利益の額」は,使用者等が当該発明の実施を排他的に独占し得る
地位を取得することによって受けることが見込まれる利益をいうもので
あるから,使用者等が特許を受ける権利を承継した後に当該発明を実施
したことによる利益を検討するに当たっても,当該発明を実施したこと
により得た利益そのものではなく,そのうち使用者等が当該発明を排他
的,独占的に実施したことに基づいて,通常実施権の行使による利益を
どれだけ上回る利益を得ているかを検討しなければならない。
これを本件についてみると,平成12年10月以降における本件用途
発明の実施による本件製剤の売上額のうち,その排他的,独占的な実施
に基づく売上額はいくらか(競業他社に本件用途発明の実施を禁止して
いることによって,通常実施権の行使による売上額に比して,これをど
れだけ上回る売上額を得ているか),その排他的,独占的な実施に基づ
く売上額のうち,本件用途発明による利益額はいくらか(その売上げに
係る想定実施料収入はどの程度か)を検討して,本件用途発明の排他
的,独占的な実施による利益を算定するのが相当である。
そこで検討するに,前記認定のとおり,被控訴人は,昭和63年4月
から本件物質特許権の存続期間が満了した平成11年8月までの11年
余の間,本件物質特許権の実施品である抗血小板剤として,シロスタゾ
ールを有効成分とする本件製剤を独占的に販売してきたものであり,そ
の後,他の医薬品会社により後発品が製造販売されているが,上記の独
占的な販売の結果,本件物質特許権の消滅後も,被控訴人がシロスタゾ
ールについて競業他社に対して依然として市場での優位な地位を保持し
ていることが窺われ,本件用途発明の実施による本件製剤の売上げに
は,被控訴人がシロスタゾールについて既に獲得した市場での優位性に
基づくところが多分にあるとみることができるから,被控訴人が本件用
途発明を独占していること自体に起因する市場での優位性はさほど大き
なものとは考えられないことなどを考慮すると,被控訴人の本件用途発
明の実施による本件製剤の売上額のうち,競業他社に本件用途発明の実
施を禁止していることに起因する分(排他的,独占的な実施による分)
は,上記売上額の30%とみるのが相当である。
また,本件用途発明は,シロスタゾールという既知の物質を「PTC
A後やステントの血管内留置による冠状動脈再閉塞の予防・治療剤」と
して用いるという限定された用途に係る発明であること,被控訴人は,
本件用途発明の用途に係る上記効能・効果について,薬事法14条所定
の承認を受けていないことなどに照らすと,本件用途発明の排他的,独
占的な実施による本件製剤の売上げに係る利益を算定するに当たって用
いる想定実施料率(競業他社に本件用途発明の実施を許諾することを想
定した場合の実施料率)は,売上額の3%と認めるのが相当である。
そうすると,被控訴人が平成12年10月以降において本件用途発明
を排他的,独占的に実施したことによる利益は,本件用途発明の実施に
よる本件製剤の売上額の30%をその排他的,独占的な実施に起因する
ものとみて,これに想定実施料率3%を乗じて得られた額ということに
なる。
エ具体的算定
(ア)平成12年10月から平成17年5月まで
①本件製剤の全体の売上額1236億6666万円
(1万円未満切捨て)265億円×(4+8/12)=1236億6666円
②本件用途発明の実施による売上額61億8333万円
(1万円未満切捨て)1236億6666万円×0.05=61億8333万円
③本件用途発明の排他的,独占的実施による売上分
18億5499万円
(1万円未満切捨て)61億8333万円×0.3=18億5499万円
④③の売上げに係る利益(想定実施料収入)5564万円
(1万円未満切捨て)18億5499万円×0.03=5564万円
したがって,平成12年10月から平成17年5月までの間に,被
控訴人が本件用途発明を排他的,独占的に実施したことによって得た
利益は,5564万円と算定される。
(イ)平成17年6月から平成24年7月10日まで
被控訴人は,平成17年5月18日の抹消登録をもって本件用途特
許権を放棄したが,使用者等が取得した特許権をその後放棄したこと
は,使用者等が従業者等から特許を受ける権利を承継することによ
り,当該発明の実施を排他的に独占し得る地位を取得することによっ
て受けることが見込まれる利益の額を左右するものではないから,仮
に本件用途特許権を放棄しなかったとして,被控訴人が平成17年6
月から本件用途特許権の存続期間が満了する平成24年7月10日ま
で本件用途発明を排他的,独占的に実施して本件製剤を販売した場合
に得ることが見込まれる利益について検討する。
これは,本件用途特許権が放棄されなかったと仮定した場合に想定
される利益であるが,市場の動向や競合製品の開発の有無など将来の
不確実な要素にかかるものであるから,控え目に予測,算定するのが
相当であり,平成12年10月から平成17年5月までの上記(ア)の
実績利益の年平均額に,本件用途特許権の残存期間を乗じて得られる
額の70%をもって,その間の想定される利益とみるのが相当であ
る。そうすると,上記年平均利益額である1192万円(算定式・556
4万円÷(4+8/12)=1192万円)に,本件用途特(1万円未満切捨て)
許権の残存期間(平成24年6月末までとして7年1月)を乗じたも
のの70%である5910万円(算定式・1192万円×(7+1/12)×0
.7=5910万円)が,平成17年6月から平成24年(1万円未満切捨て)
7月10日までの間に本件用途発明を排他的,独占的に実施して本件
製剤を販売した場合に得ることが想定される利益と推定される。
(ウ)したがって,平成12年10月(本件用途発明の実施時)から平
成24年7月10日(本件用途特許権の存続期間満了時)までの間
に,被控訴人が本件用途発明を排他的,独占的に実施し,又は実施す
ることにより得られる利益は,上記(ア)と(イ)の合計1億1474万
円と算定される。
オ以上のとおり,被控訴人が本件用途発明を排他的,独占的に実施し,
又は実施することにより得られる利益は1億1474万円と算定される
ところ,これをもって,被控訴人が本件用途発明について特許を受ける
権利を承継することにより受けることが見込まれる利益とみることを妨
げる特段の事情はないから,本件においては,上記利益の額をもって「
発明により使用者等が受けるべき利益の額」と認めるのが相当である。
(5)次に,本件用途発明について,相当の対価の額を算定する際の考慮要素
である特許法35条4項所定の「発明がされるについて使用者等が貢献し
た程度」について検討する。
前記前提となる事実並びに甲12及び弁論の全趣旨によれば,控訴人
は,昭和48年に徳島工場第1研究所技術員として被控訴人に就職して以
来,主に研究部門で就労してきたものであり,本件用途発明に係る特許出
願の当時は,徳島研究所応用研究部部長の職にあり,本件用途発明は控訴
人の職務の遂行そのものの過程で得られたものであること,本件用途発明
は,被控訴人の他の従業員の協力を得た上で,被控訴人が有していた本件
物質特許権の取得及びその実施の過程で蓄積された情報等が利用されて成
立したこと,控訴人においては,本件用途発明に当たり,被控訴人の設備
及び研究者等のスタッフを最大限利用したとことが認められ,これらの事
実に加え本件に顕れた諸事情を総合すると,本件用途発明がされるについ
て被控訴人が貢献した程度は90%と認めるのが相当である。
(6)そうすると,本件用途発明は控訴人を含む4名の共同発明であるが,本
件用途発明の特許を受ける権利全部が被控訴人に承継されたことに対する
相当の対価の額は,本件用途発明により被控訴人が受けるべき利益の額1
億1474万円から被控訴人の貢献度90%に相当する金額を差し引いた
1147万4000円となるところ,共同発明者の間で,各人の貢献度の
大小を的確に認定することができる証拠はなく,各人の本件用途発明に対
する貢献割合は平等であると推認される(控訴人の本件用途発明に対する
貢献割合が他の共同発明者よりも特に高いと認めるに足りる的確な証拠は
ない。)から,結局,控訴人が本件用途発明の特許を受ける権利(共有持
分)を被控訴人に承継させたことによって支払を受けるべき相当の対価の
額は,上記1147万4000円の4分の1に当たる286万8500円
と認めるのが相当である。
そして,控訴人は,被控訴人から本件用途発明に係る出願補償及び登録
補償として合計2000円の支払を受けているから,被控訴人が控訴人に
支払うべき上記相当の対価の不足額は,286万6500円となる。
したがって,被控訴人は,控訴人に対し,上記相当の対価の不足額286
万6500円及びこれに対する平成15年12月26日(訴状送達の日の
翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払
義務がある。
3結論
以上によれば,控訴人の本訴請求のうち,本件物質発明に係る相当対価請
求に関する部分については理由がなく棄却すべきであるが,本件用途発明に
係る相当対価請求に関する部分については,286万6500円及びこれに
対する平成15年12月26日から支払済みまで年5分の割合による金員の
支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却す
べきである。
よって,これと異なる原判決を上記のとおり変更することとし,主文のと
おり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官佐藤久夫
裁判官大鷹一郎
裁判官嶋末和秀
(別紙)特許請求の範囲目録1
1一般式:
[式中,Rは水素原子,低級アルキル基,低級アルケニル基,低級アルカノイ1
ル基,ベンゾイル基またはフエニルアルキル基であり,Rは水素原子,低級アル2
キル基または式:
(式中,R'はシクロアルキル基,Aは低級アルキレン基)3
で示される基であり,Zは水素原子または式:
(式中,Rは低級アルキル基,シクロアルキル基,シクロアルキルアルキル3
基,フエニル基またはフエニルアルキル基,Aは低級アルキレン基)
で示される基であつて,その置換位置は5,6,7または8位であり,カルボス
チリルの3位と4位の炭素間結合は一重結合または二重結合を示す。更に上記の
ベンゾイル基,フエニルアルキル基およびフエニル基のフエニル環は置換基を有
していてもよい。ただし,Zが式:
で示される基である時は,Rは水素原子または低級アルキル基であり,Zが水素原2
子の時は,Rは式:2
で示される基であり,また,RおよびRが水素原子,Aがトリメチレン基,12
式:
で示されるZの置換位置がカルボスチリルの6位であつて,カルボスチリルの3
位と4位の炭素間結合が二重結合を示す場合には,Rは低級アルキル基またはシ3
クロアルキル基以外の基である]
で示される化合物。
2該化合物が6−[4−(1−シクロヘキシルテトラゾール−5−イル)ブトキ
シ]−3,4−ジヒドロカルボスチリルである前記第1項の化合物。
3一般式:
[式中,Rは水素原子,低級アルキル基,低級アルケニル基,低級アルカノイ1
ル基,ベンゾイル基またはフエニルアルキル基であり,Rは水素原子または低級2
アルキル基であり,Zは式:
(式中,Rは低級アルキル基,シクロアルキル基,シクロアルキルアルキル3
基,フエニル基またはフエニルアルキル基,Aは低級アルキレン基)
で示される基であつて,その置換位置は5,6,7または8位であり,カルボス
チリルの3位と4位の炭素間結合は一重結合または二重結合を示す。更に上記の
ベンゾイル基,フエニルアルキル基およびフエニル基のフエニル環は置換基を有
していてもよい。ただし,RおよびRが水素原子,Aがトリメチレン基,式:12
で示されるZの置換位置がカルボスチリルの6位であつて,カルボスチリルの3
位と4位の炭素間結合が二重結合を示す場合には,Rは低級アルキル基またはシ3
クロアルキル基以外の基である]
で示される化合物を有効成分とする抗血栓剤。
4該化合物が6−[4−(1−シクロヘキシルテトラゾール−5−イル)ブトキ
シ]−3,4−ジヒドロカルボスチリルである前記第3項の抗血栓剤。
5一般式:
[式中,Rは水素原子であり,Rは水素原子であり,Zは式:12
(式中,Rはシクロアルキル基,シクロアルキルアルキル基,フエニル基また3
はフエニルアルキル基,Aは低級アルキレン基)
で示される基であつて,その置換位置は6位であり,カルボスチリルの3位と4
位の炭素間結合は一重結合または二重結合を示す。ただし,Aがトリメチレン基
であつて,カルボスチリルの3位と4位の炭素間結合が二重結合を示す場合に
は,Rは低級アルキル基またはシクロアルキル基以外の基である]3
で示される化合物を有効成分とする脳循環改善剤。
6該化合物が6−[4−(1−シクロヘキシルテトラゾール−5−イル)ブトキ
シ]−3,4−ジヒドロカルボスチリルである前記第5項の脳循環改善剤。
7一般式:
[式中,Rおよびカルボスチリルの3位と4位の炭素間結合は後記と同じであ1
り,Z'は水素原子またはヒドロキシ基であり,R'は水素原子,低級アルキル基ま2
たはヒドロキシ基である。ただし,Z'とR'とはいずれか一方がヒドロキシ基であ2
り,かつ,両者が共に水素原子であることはない]
で示されるヒドロキシカルボスチリルと一般式:
[式中,RおよびAは後記に同じであり,Xはハロゲン原子である]3
で示されるテトラゾール誘導体とを反応させることを特徴とする一般式:
[式中,Rは水素原子,低級アルキル基,低級アルケニル基,低級アルカノイ1
ル基,ベンゾイル基またはフエニルアルキル基であり,Rは水素原子,低級アル2
キル基または式:
(式中,R'はシクロアルキル基,Aは低級アルキレン基)3
で示される基であり,Zは水素原子または式:
(式中,Rは低級アルキル基,シクロアルキル基,シクロアルキルアルキル3
基,フエニル基またはフエニルアルキル基,Aは低級アルキレン基)
で示される基であつて,その置換位置は5,6,7または8位であり,カルボス
チリルの3位と4位の炭素間結合は一重結合または二重結合を示す。更に上記の
ベンゾイル基,フエニルアルキル基およびフエニル基のフエニル環は置換基を有
していてもよい。ただし,Zが式:
で示される基である時は,Rは水素または低級アルキルであり,Zが水素原子の時2
は,Rは式:2
で示される基であり,また,RおよびRが水素原子,Aがトリメチレン基,式:12
で示されるZの置換位置がカルボスチリルの6位であつて,カルボスチリルの3
位と4位の炭素間結合が二重結合を示す場合には,Rは低級アルキル基またはシ3
クロアルキル基以外の基である]
で示される化合物の製造法。
8式:
で示される化合物を,式:
(式中,Xはハロゲン原子である)
で示される化合物と反応させて,式:
で示される6−[4−(1−シクロヘキシルテトラゾール−5−イル)ブトキシ
]−3,4−ジヒドロカルボスチリルを製造する前記第7項の製造法。
(別紙)特許請求の範囲目録2
*【化1】1式(Ⅰ):

[式中,Rはシクロアルキル基,Aは低級アルキレン基を示し,カルボスチリル
骨格の3位と4位間の結合は一重結合または二重結合を示す]で表されるテトラ
ゾリルアルコキシジヒドロカルボスチリル化合物を有効成分とする内膜肥厚の予
防,治療剤。
2該有効成分が6−[4−(1−シクロヘキシルテトラゾール−5−イル)ブト
キシ]−3,4−ジヒドロカルボスチリルである上記1に記載の薬剤。
3該有効成分が6−[4−(1−シクロヘキシルテトラゾール−5−イル)ブト
キシ]−3,4−ジヒドロカルボスチリルであるPTCA後やステントの血管内
留置による冠状動脈再閉塞の予防および治療剤。

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