弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人は無罪。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人扇正宏作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、こ
れを引用し、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。
 原審記録及び当審証拠調の結果に徴して按ずるに、所論第二点第四(一)黄色点
滅信号に関する解釈適用の誤をいう点は、原判決判示の「黄色点滅の注意信号」と
いうのは、黄色点滅の注意進行信号の誤記であることが記録上明らかであるから、
所論理由齟齷の主張は前提において採用出来ない。
 同(二)本件交差点が交通整理の行なわれている交差点であるという点は、原判
決の「同交差点の信号機は県道A号線方面が黄色点滅の注意(進行)信号を、同B
号線方面は赤色点滅の一時停止信号を示しつつあつて交通整理が行われていない状
態にある」という判断は正当であつて、所論は理由がない。(昭和四三年(あ)第
二六〇〇号同四四年五月二二日第一小法廷決定参照)
 <要旨第一>所論同第三、原判決が道路交通法四二条にいわゆる徐行義務を違法に
認めたとの点は、原審検証調書により認められるように、本件交差点
は、「被告人の進行道路(県道A号線)から交差道路(県道B号線)右方の見透し
は、被告人運転の車輌と同型のバス運転席より見て被告人の進行道路の停止線から
交差道路右方横断歩道右側端まで七・八米乃至一〇・三米、被告人が安全を確認し
たという横断歩道手前から一〇・三米乃至一二・七米にすぎないのであつて、同所
の道路がいずれもアスフアルト舗装であり、最高速度の規制はA号線のみ五〇キロ
メートルであること、交通量が多いこと等の状況に鑑みると、道路交通法四二条に
いう左右の見とおしのきかないものに該当すると認めるのが相当である。しかし
て、被告人の進行道路は交差道路に対し優先道路に指定されているものではなく、
又その幅員が明らかに広い場合でもない(むしろ稍狭い。)から、交差道路の信号
機が赤色点滅の一時停止信号を示していたからといつて、同法四二条に定める徐行
義務は免除されないのであつて、この点に関する原判示は正当であるから所論は理
由がない。(昭和四二年(あ)第二一一号同四三年七月一六日第三小法廷判決、集
二二巻七号八一三頁参照)。
 その余の所論は、本件被告人の注意義務に関する事実誤認の主張に帰するが、原
判決認定のように、本件において被告人は、昭和四二年三月四日午後一〇時一五分
ころ大型乗用自動車に乗客十数名を乗せて運転し、鎌倉市長谷方面より藤沢市方面
に向かい県道A号線を進行し、同線が県道B号線と交差する鎌倉市ab番地先交差
点にさしかかり、これを直進しようとしたが、同交差点の信号機は県道A号線方面
が黄色点滅の注意進行信号を、同B号線方面は赤色点滅の一時停止信号を示しつつ
あつて交通整理が行なわれていない状態にあり、しかも同所は左右の見とおしが困
難な場所であつたが被告人は約三〇キロメートル毎時の速度をもつて交差点内に進
入し、交差点中央の手前七、八米のあたりまで進出し、折柄右B号線上を被害者が
自己の運転する自動二輪車に外一人を同乗させ、右方大船方面より左方腰越方面に
向つて赤色点滅信号を無視し、一時停止をしないで交差点内に進入してくるのを右
斜前方約一五・六米の地点にようやく発見し、衝突の危険を感じて急制動措置をと
つたが、既に遅く、交差点中央附近において自車前部を自動二輪車の左側面に衝突
させたというのであつて、原判決は、被告人に対し、右B号線上の左右から交差点
内に進入してくる車輌との衝突事故を未然に防止するため、そのような車輌の有
無、動勢など左右の交通に注意し安全を確認しながら進行すべきは勿論万一衝突な
どの危険を認めた場合直ちに停止、避譲しうるように適宜減速し徐行すべき業務上
の注意義務があるにかかわらず、これを怠り左右の交通の安全を十分に確認せず漫
然約三〇キロメートル毎時の速度をもつて交差点内に進入し交差点中央の手前七、
八米のあたりまで進出した過失を認めたものであるところ、記録に徴するに、被告
人は右交差点に入るに当り横断歩道手前附近で前後左右の安全を確認し且つ自車の
約二〇米位先を先行する軽四輪車が交差点を通り抜けるのを見乍ら、約四〇キロメ
ートルの時速を約三〇キロメートルに減速して交差点に進入したのであつて、進入
の時点において被告人は、交通安全確認の義務を尽し黄色点滅信号に従い注意進行
を行つたものと認められるが、道路交通法四二条にいう徐行義務を尽したものとは
いえない。しかもその徐行義務違反行為が本件事故の結果と条件関係にあるものと
もいい得る。しかし被告人に道交法違反の所為があるからといつて被告人の行為が
直ちに原判決摘示のように刑法上の業務上過失に当<要旨第二>るかどうかは更に考
えねばならない。蓋し道路交通法四二条は一般的危険予防のため特定の場所におけ
る徐行義務を課しているのであるが、その違反行為が同時に個別的な業
務上の過失行為に当るかどうかは、道交法違反の評価とは別に被告人の行為につき
具体的に過失の有無を論じなければならないからである。
 記録によれば、被告人は交差点に進入後横断歩道から約二メートル位の地点にお
いて、大船方面からの被害車のライトの光芒を認め、大船方向からの道路は赤色点
滅信号であるから一時停止をしなければならないのであるが、あのようなスピード
で或いは一時停止をしないかも知れないと感じ、更に一・三五米進行したところ辺
りでブレーキを踏み停車しようとしたが、丁度その時右斜前方一五・六メートルの
処即ち交差点手前の大船方面横断歩道左側端あたりを自車の前を横切ろうとするよ
うな状態で走つて来る被害車を発見し、ブレーキをかけると共にクラクシヨンも鳴
らしたが被害車はそのまま六〇キロメートル位の時速で前進して来て、被告人がブ
レーキをかけた地点から七・四五メートル前進した被告人車に衡突したのであつ
て、以上の事実によれば、被告人は、被害車のライトの光芒を認めた時点において
既に被害車に対し優先通行権(道交法三五条三項)のある左方の道路から先に交差
点に入り優先進行(同法同条一項)中の状態にあつたのであり、前記のように交差
点に入るに当り被告人は交通安全を確認し被害車の存在を認めなかつたことと合わ
せ考えると、前記の状態<要旨第三>にあつた被告人としては、その時点において、
徐行義務に違反しているとはいえ、被害車が一時停止の信号を無視して
暴走し、被告人車の進路を妨害するようなことまで予測し、事故の発生を未然に防
止すべき注意義務を負うものではないものといわなければならない。蓋しこの状況
において徐行義務違反の故に特に被害車の法規違反による異常な事態の生ずること
まで予測しなければならないという新らたな注意義務が生ずるものとは認め得られ
ないからである。
 又前記のように被告人が被害車のライトの光芒を認めた時被害車の暴走の予見を
したということが前記認定を左右するものとは考えられない。被告人は既に交差点
に入つた後ライトの光芒を見て危惧し直ちに応急の措置をとつたというに過ぎず非
難すべきいわれはない。
 してみれば原判決が本件被告人に対し前記のような刑事責任を認めたのは事実の
認定を誤つたものであり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから
この点において原判決は破棄を免かれない。論旨は理由がある。
 よつて刑事訴訟法三九七条一項三八二条に則り原判決を破棄し、同法四〇〇条但
書により更に判決する。
 本件公訴事実は、被告人は自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和四二
年三月四日午後一〇時一五分ころ大型乗用自動車(相模○△×□○)を運転し、鎌
倉市ab番地先の交通整理の行なわれている交差点を長谷方面から藤沢方面に向か
い直進するにあたり、同所において前記交差点の信号機が黄色の注意信号を点滅し
ており、かつ左右の見とおしが困難であつたから、徐行して左右道路から進入する
車両の安全を確認すべき注意義務があるのに左右の安全を確認せず、時速約三〇キ
ロメートルで進行した過失により右方から進行してきたC(三三年)運転の自動二
輪車に自車前部を衝突させ、左斜前方約一〇メートルに二名をはねとばし、よつて
同人に頭部打撲脳挫傷等の傷害を負わせ昭和四二年三月五日午前二時四〇分鎌倉市
cd番地D外科医院において死亡させ、同車に同乗中のE(三二年)に頭蓋底骨折
等の傷害を負わせ、前同医院において昭和四二年三月五日午前六時に死亡させ、自
車に同乗中のF(二八年)に加療約五日間を要する左膝挫傷等の傷害を負わせ、同
じくG(二年)に加療約一四日間を要する左膝挫傷等の傷害を負わせたものであ
る、というのであるが被告人の業務上の過失を認めるに足りる証拠がない。
 よつて刑事訴訟法四〇四条三三六条に則り被告人に対し無罪の言渡をすることと
し主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 脇田忠 判事 高橋幹男 判事 環直弥)

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