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平成15年()第23943号特許権侵害差止等請求事件ワ
口頭弁論終結日平成18年1月25日
判決
原告出光興産株式会社
同訴訟代理人弁護士片山英二
同林康司
同大月雅博
同訴訟復代理人弁護士荒井剛
同補佐人弁理士小林浩
被告昭和シェル石油株式会社
同訴訟代理人弁護士島田康男
同補佐人弁理士友松英爾
被告日興産業株式会社
被告エヌ・エスルブリカンツ株式会社
上記2名訴訟代理人弁護士石川順道
同訴訟復代理人弁護士山本敦子
同補佐人弁理士亀川義示
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告らは,別紙物件目録記載の各物件を製造し,又は販売してはならない。
2被告らは,その占有に係る別紙物件目録記載の各物件を廃棄せよ。
3被告昭和シェル石油株式会社及び被告日興産業株式会社は,原告に対し,連
帯して2億1000万円及びこれに対する平成15年10月24日から支払済
みまで年5分の割合による金員を支払え。
4被告らは,原告に対し,連帯して11億6760万円及び内金9億1000
万円に対する平成15年10月24日から,内金2億5760万円に対する被
告昭和シェル石油株式会社については平成16年10月8日から,被告日興産
業株式会社及び被告エヌ・エスルブリカンツ株式会社については同月2日から
各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,塑性加工用潤滑油剤についての特許権を有する原告が,被告らが製
造し,販売する別紙物件目録記載の各物件(以下「被告各製品」という)が。
上記特許権に係る発明の技術的範囲に属するとして,被告らに対し,特許法1
00条1項に基づき,被告各製品の製造及び販売の差止めを求め,同条2項に
基づき被告各製品の廃棄を求めるとともに被告昭和シェル石油株式会社以,,(
下「被告昭和シェル」という)及び被告日興産業株式会社(以下「被告日興。
産業」という)が,上記特許権の出願公告の日(平成7年8月23日)から。
平成11年1月31日までの間,共同して被告各製品を製造販売していたとし
て,被告昭和シェル及び被告日興産業に対し,民法703条に基づき,実施料
相当額の不当利得の返還を求め,被告らが,同年2月1日から平成12年10
月31日までの間,共同して被告各製品を製造販売していたとして,被告らに
対し,同条に基づき,実施料相当額の不当利得の返還を求め,被告らが,同年
11月1日から平成16年8月31日までの間,共同して被告各製品を製造販
売していたとして,被告らに対し,同法709条に基づき,特許権侵害による
損害(遅延損害金を含む)の賠償を,それぞれ求めた事案である。。
1前提となる事実(括弧内に証拠を掲示したもの以外は,当事者間に争いがな
い)。
⑴当事者
原告は,石油,油脂及び石油製品の製造及び販売,石油その他鉱物資源の
調査,開発及び採取,医薬品,農業薬品及び農業用資材の製造及び販売等を
業とする株式会社である。
被告昭和シェルは,石油類,石油化学製品及び化学製品の製造,加工,売
買,輸出入等を業とする株式会社である。
被告日興産業は,潤滑油の製造及び販売等を業とする株式会社である。
(「」。)被告エヌ・エスルブリカンツ株式会社以下被告エヌ・エスという
は,石油及び油脂の輸出入及び販売等を業とする株式会社である。
⑵原告の特許権
原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,特許請求の範囲請求項
1の特許発明を「本件発明」と,本件特許権に係る特許を「本件特許」とい
。,「」。)(,)。うまたその明細書を本件明細書というを有している甲12
特許番号第2128578号
発明の名称塑性加工用潤滑油剤
出願年月日昭和63年11月15日
出願番号特願平4-343672
分割の表示特願昭63-286868の分割
出願公告年月日平成7年8月23日
出願公告番号特公平7-78226
登録年月日平成9年4月25日
特許請求の範囲請求項1
「(),()A炭素数6~40の直鎖オレフィン2~50重量%及びB
40℃における動粘度が0.5~30cStの分岐オレフィン及び分岐
オレフィンの水素化物よりなる群から選ばれる少なくとも一種の化合物
を含有してなる塑性加工用潤滑油剤」。
⑶構成要件の分説
本件発明は,次の構成要件に分説することができる(以下,分説した各構
成要件をその符号に従い「構成要件A」のように表記する。。)
A炭素数6~40の直鎖オレフィン2~50重量%
B40℃における動粘度が0.5~30cStの分岐オレフィン及び分岐
オレフィンの水素化物よりなる群から選ばれる少なくとも一種の化合物
C上記AとBを含有してなる塑性加工用潤滑油剤
⑷塑性加工について
「塑性加工」とは,通常,金属等の固体が形状又は寸法の永久変形を起こ
すように加工することをいう。例えば,圧延(圧延機により鋼板,棒鋼,平
鋼等の形状に成形加工すること,絞り(金属の平板素材から容器状のもの)
を押し出して成形加工すること。自動車のボディー,アルミ缶,鍋,家電器
具等の製造に用いられる,打抜き(打抜用の金型で所定の形状のものを。)
打ち抜くこと,引抜き(線,棒,管などの素材を素材断面より小さい寸法)
のダイスを通して引き抜き,ダイス孔と同形状の断面の製品に加工するこ
と,冷間鍛造(常温下で金型等により金属等の全部又は一部を圧縮・打撃)
して成形加工すること)が,塑性加工の典型的なものである。
例えば,絞りや打抜き等の塑性加工では,加工する金属に金型を押し付け
ることによって加工がされるが,加工後の製品の表面状態を良好に仕上げ,
加工性を向上させ,また,加工工具の寿命を延長するために,加工する金属
と金型の間に潤滑性を確保することが必須であり,したがって,塑性加工に
おいては,潤滑油剤が必要不可欠なものとして使用される。
⑸被告らの行為
ア被告昭和シェル及び被告日興産業は,両被告間で受委託契約を締結する
などして,遅くとも平成4年ないし平成5年ころには,共同して,別紙物
件目録記載の各物件(以下「被告各製品」という)の日本国内における。
製造販売を開始した。
イ被告昭和シェル及び被告日興産業は,平成11年2月1日,両被告が主
たる株主となって,被告エヌ・エスを設立し,同日をもって,国内ユーザ
各社に対する被告各製品の販売活動を被告エヌ・エスに移管し,以後,被
告ら3社は,被告昭和シェル及び被告日興産業の従前の活動と同様に,共
同して,被告各製品の日本国内における製造販売行為を開始した。
ウ被告らは,現在,被告各製品の製造及び販売を停止している。
⑹被告各製品の構成
ア別紙物件目録記載1⑴の物件(以下「被告製品1」という)。
被告製品1は,1-ドデセン(炭素数12の直鎖オレフィン)と1-テ
トラデセン(炭素数14の直鎖オレフィン)を含み,1-ドデセンと1-
テトラデセンの合計量は12重量%である。また,被告製品1は,イソパ
ラフィン(分岐オレフィンの水素化物)を含み,被告製品1に含まれるイ
ソパラフィンの40℃における動粘度は,2.12cStである。
イ別紙物件目録記載1⑵の物件(以下「被告製品2」という)。
被告製品2は,1-ドデセンと1-テトラデセンを含み,1-ドデセン
と1-テトラデセンの合計量は6重量%である。また,被告製品2は,イ
ソパラフィンを含み,被告製品2に含まれるイソパラフィンの40℃にお
ける動粘度は,2.19cStである。
ウ別紙物件目録記載2⑴ないし⑷の各物件(以下,同目録中の番号に従っ
て「被告製品3⑴」などという)。
被告製品3⑴ないし⑶は,1-ドデセンと1-テトラデセンを含み,1
,,-ドデセンと1-テトラデセンの合計量は被告製品3⑴では13重量%
,。,被告製品3⑵では11重量%被告製品3⑶では13重量%であるまた
被告製品3⑴ないし⑶は,イソパラフィン(分岐オレフィンの水素化物)
を含み,被告製品3⑴ないし⑶に含まれるイソパラフィンの40℃におけ
る動粘度は,被告製品3⑴では1.18cSt,被告製品3⑵では2.0
1cSt,被告製品3⑶では2.80cStである。
被告製品3⑷は,1-ドデセンと1-テトラデセンを含み,1-ドデセ
,。,ンと1-テトラデセンの合計量は2~50重量%の範囲内にあるまた
被告製品3⑷は,イソパラフィンを含み,被告製品3⑷に含まれるイソパ
,.。ラフィンの40℃における動粘度は05~30cStの範囲内にある
エ別紙物件目録記載1⑶の物件(以下「被告製品4」という)。
被告製品4は,1-ドデセンと1-テトラデセンを含み,1-ドデセン
と1-テトラデセンの合計量は,2~50重量%の範囲内にある。また,
被告製品4は,イソパラフィンを含み,被告製品4に含まれるイソパラフ
ィンの40℃における動粘度は,0.5~30cStの範囲内にある。
⑺被告各製品の構成要件充足性
被告各製品は,いずれも,構成要件AないしCの各構成を有する。
⑻無効審判の請求等
被告らは平成16年9月3日本件特許につき無効審判を請求した無,,,(
効2004-80140(乙28,42。))
特許庁審判官は,原告に対し,平成17年6月6日,無効理由の通知をし
た(乙35,42。)
原告は,平成17年7月11日,特許請求の範囲請求項1を次のとおり訂
正する旨の訂正の請求をした(甲28,乙42。訂正部分には下線を付して
ある。以下「本件訂正請求」という。。)
「(),,,,A1-オクテン1-デセン1-ドデセン1-テトラデセン
1-ヘキサデセン,1-オクタデセン,1-エイコセン及びこれらの混合
物から選択される直鎖オレフィン2~50重量%,及び(B)40℃にお
ける動粘度が0.5~30cStのポリブテン及びその水素化物よりなる
群から選ばれる少なくとも一種の化合物を含有してなるアルミニウムフィ
ン成形用潤滑油剤」。
上記無効審判事件について,平成17年11月14日,訂正を認め(以下
「」。),()。本件訂正という本件特許を無効とする旨の審決がされた乙42
2争点
⑴被告各製品は,本件発明の技術的範囲に属するか。
⑵本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものか。
ア本件発明は,発明として未完成か。
イ本件発明は,新規性を欠くか。
ウ本件発明は,進歩性を欠くか。
エ本件特許は,平成2年法律第30号による改正前の特許法(以下「平成
2年改正前特許法」という)36条に違反するか。。
⑶本件特許権は,明細書の虚偽記載により,権利行使することが権利の濫用
に当たるか。
⑷実施料相当額
⑸損害の発生の有無及びその額
3争点に関する当事者の主張
⑴争点⑴(被告各製品は,本件発明の技術的範囲に属するか)について。
(原告の主張)
被告らは,被告各製品は脱脂性の向上という作用効果を奏しないから,被
告各製品は本件発明の技術的範囲に属しないと主張する。
そもそも,作用効果不奏功の主張は,特許権非侵害の抗弁事由となり得な
いとの立場もあり得るところである(なお,大阪高裁平成14年11月22
(。)),,日判決エアロゾル製剤事件控訴審最高裁ホームページ参照が仮に
作用効果不奏功が抗弁事由となるとした場合,被告らにおいて被告各製品が
本件発明の作用効果を奏しないことを主張立証すべき責任を負うことにな
る。しかし,被告らは,本件発明の重要な作用効果である加工性や表面品質
の向上について,何ら不奏功を主張していない。
また,被告らは,被告各製品が加工性や表面品質の向上,脱脂性や防錆性
の向上という本件発明の作用効果を奏していることを広く発表しているので
あるから,被告各製品は,本件発明の技術的範囲に属する。
(被告らの主張)
ア本件発明は,加工性の向上と共に,加工製品の表面の脱脂性の向上をそ
の作用効果とする。
ここにおいて「脱脂」とは,金属表面に付着している油脂性の汚れを,
除去して清浄にすること(JIS工業用語大辞典第4版,脂肪を抜き取)
ること(広辞苑第5版,圧延,成形などで付着した油脂分や汚れを除去)
する方法(JIS用語辞典Ⅴ金属・化学・窯業編「アルミニウム表面処理
用語)を意味するところ,被告各製品は,そもそも加工製品の表面の脱」
脂を行うものではなく,加工製品の表面の脱脂性の向上という作用効果を
有するものではない。
,,,,そして対象物件が特許発明の作用効果を奏しない場合当該物件は
特許権を侵害するものではない大阪地裁平成13年10月30日判決エ((
アロゾル製剤事件第一審。判例タイムズ1102号270頁)参照。)
,,,したがって被告各製品は本件発明の作用効果を奏するものではなく
本件発明の技術的範囲に属しない。
イ本件明細書においては,所定の作用効果を奏するためにいかなる構成が
必要とされるかについて,何らの説明もされておらず,数値限定がされて
いるにもかかわらず,限定された数値が従来の数値に対して格段の効果を
奏することが説明されているわけでもない。それどころか,被告らが,実
施例及び比較例を追試したところでは,格別の効果がないことが明らかに
されている。
しかも,本件明細書では,特許請求の範囲に記載された構成に加えて,
公知の油性剤や極圧剤を添加することができ,また,各種公知の乳化剤,
防錆剤,腐食防止剤,消泡剤などを適宜添加することもできると記載され
ており,これらの配合量は特に制限はないとされている。
そうすると,特許請求の範囲に記載の構成のみで所定の作用効果を奏す
ることが当業者に容易に理解できる程度に技術開示されていない以上,本
件明細書に記載の作用効果が本件発明の奏する作用効果であるということ
はできない。
同様に,被告各製品の説明書に,本件明細書に記載の作用効果が記載さ
れているとしても,本件発明に該当する構成によって当該作用効果が生ず
ることが明らかにされない以上(添加物によって生ずる作用効果である可
能性があるから,被告各製品の作用効果であるということはできない。)
,,,したがって被告各製品は本件発明の作用効果を奏するものではなく
本件発明の技術的範囲に属しない。
⑵争点⑵ア(発明未完成)について
(被告らの主張)
本件発明は,以下のとおり,発明として完成していないため,特許法2条
1項の「発明」に該当せず,同法29条1項柱書の規定により特許すること
ができないものであるから,本件特許は,同法123条1項2号の規定に基
づき,特許無効審判により無効とされるべきものである。
ア加工性向上の技術的課題を解決していないこと-乙1記載の実験
()試作油及び比較油の調製ア
本件発明の構成要件Aの成分として,α-オレフィン(三菱化学株式
会社製「ダイアレン208。炭素数20~28の直鎖α-オレフィン」
の混合物。以下「()成分」という)を用い,本件発明の構成要件Bのa。
成分として,ポリブテン(日本油脂株式会社製「ニッサンポリブテン0
N。分岐オレフィン。25cSt/40℃。数平均分子量370。以」
下「()成分」という)又はイソパラフィン(被告昭和シェル製「パb1。
」。.。「」。)ラオール130136cSt/40℃以下()成分というb2
を用いて,次の4種類の試作油を調製した。
a()成分48重量%+()成分52重量%の潤滑油(以下「試作油ab1
①」という)。
(「」b()成分2重量%+()成分98重量%の潤滑油以下試作油②ab1
という)。
c()成分48重量%+()成分52重量%の潤滑油(以下「試作油ab2
③」という)。
(「」d()成分2重量%+()成分98重量%の潤滑油以下試作油④ab2
という)。
また,試作油①ないし④と比較対照する比較油として,パラフィン系鉱
油〔基油(コスモ石油株式会社製「コスモピュアスピン。4.75〕」
cSt/40℃以下()成分という及びブチルステアレート花。「」。)(c
王株式会社製。以下「()成分」という)を用いて,()成分90重量dc。
%+()成分10重量%の潤滑油(以下「比較油」という)を調製しd。
た。
()外観性状試験イ
a試作油①ないし④及び比較油をそれぞれガラス容器に入れ,温度2
0±1℃の恒温槽に一昼夜保持してから,その外観性状を肉眼で観察
した。
その結果,試作油②及び④並びに比較油はいずれも透明な液体状態
であったが,試作油①及び③は,白色状態に固化し,容器を横倒しし
ても流動性は全く認められなかった。
金属塑性加工(空調用アルミフィン加工)において,潤滑油は,通
常,被加工面に吹き付けることによって使用されるので,試作油①及
び③のようにいわゆる常温において固化しているものは,製作現場に
おいて使用することができない。
b原告は,乙1記載の実験における試作油①及び③は,30℃程度に
加温することで液体状態になり,塑性加工を行う現場では,必要な加
工温度に加温することも通常行われているから,潤滑油の供給に問題
はないと主張する。
しかし,アルミフィンしごき加工の加工工程の概要に関する報告書
(乙16)及びアルミフィン加工油実験報告書(乙15)からも,加
工油を温めて使用することは非現実的,非実用的方法であることは明
らかである。原告の上記主張は,アルミのロールが室温より低温で,
それに加工油を塗布,噴霧すれば加工油の温度は下がることを考慮し
ていない。
念のため,被告らは,原告主張の工程を加えることを試みたが,試
作油①及び③は,30℃に温めたとしても,加工油として使用に耐え
ないことが確認された(乙17。)
()潤滑性能試験ウ
空調用アルミフィン加工における加工性を調べるため,アルミ加工に
おける潤滑性能を評価するものとして,一般に用いられている「バウデ
ン-レーベン摺動試験」を行い,摩擦係数を測定した。なお,本件発明
のような塑性加工油剤は一般的に液体であり,バウデン-レーベン摺動
試験もこれを滴下して行うのが通常であるが,上記()aのとおり,試イ
作油①及び③は固体状態であったため,試作油①及び③については,そ
,。の摩擦特性を確認するため固体状態の試作油を塗布して試験を行った
その結果,試作油①は比較油と同じ数値を示し,試作油②は比較油の
約2倍の摩擦係数を示し,試作油③は比較油よりやや高い摩擦係数を示
し,試作油④は比較油の約1.4倍の摩擦係数を示した。
金属塑性加工(空調用アルミフィン加工)における加工性は,摩擦係
数の大小と相関しており,摩擦係数が小さいことは加工時の摩擦が小さ
く,加工性がよいことを示す。
,,,したがって試作油①ないし④は加工性が向上しているとはいえず
むしろ加工性が悪化していると評価される。
()発明未完成エ
このように,本件発明の特許請求の範囲に属する試作油①ないし④の
いずれも,その加工性を向上させるものではなく,むしろ,その加工性
を悪化させていることは明らかであるから,本件発明は,本件発明が目
的とする技術的課題を何ら解決しておらず,本件発明は,発明として未
完成なものである。
なお,原告は,試作油①ないし④について,技術常識を度外視してあ
えて選択された各パラメータの上限値や下限値による試作油であると主
張するが,試作油①ないし④は,本件明細書において「最も好ましい」
とした範囲に属するものであるから,原告の主張は当たらない。
イ加工性向上の技術的課題を解決していないこと-乙15記載の実験
試作油①ないし④及び比較油を調製し,これらを使用したアルミフィン
打ち抜き実験を実施したところ,以下のような結果となった。
()試作油①及び③についてア
試作油①及び③については,白色固化しており,現状の加工油の供給
装置では均一な塗布(フエルト塗布)ができないし,工具(金型)にお
いて噴霧式給油ノズルから噴霧給油できないので,実験することができ
なかった。
()フィンカラーフレア割れイ
フィンカラーフレア割れとは,アルミフィンを打ち抜いてしごき加工
を行って,できた円形の孔円周部に立ち上がらせたフィンカラーフレア
が割れてしまうことをいう。
.,.,.試作油②では106%試作油④では119%比較油では19
9%のフィンカラーフレア割れが認められた。フィンカラーフレア割れ
の比率(%)は(14穴/1枚)×5枚×3列=210穴についての,
発生率である。
フィンカラーフレア割れがこの程度発生すると,製作現場では,不適
格な加工油として,使用することができない。加工油として使用するに
は,通常,フィンカラーフレア割れが少なくとも3%未満であることが
必要とされている。
試作油②及び④では,比較油に比べてフィンカラーフレア割れの比率
が低くなっているが,このように試作油②及び④並びに比較油のいずれ
もがこのような高い割合でフィンカラーフレア割れが生じるようでは,
加工油として不適格なものであり,比較油に比べて比率が低くなってい
ることに何の技術的意義もない。
()アイアニングパンチの焼付き及び加工アルミ材の付着等ウ
試作油④においては,工具のアイアニングパンチにアルミ板材のアル
ミ素材に由来すると思われるリング状の曇りの発生が明らかに認められ
た。この現象は,加工ショット数の増加によりアイアニングパンチにア
ルミ素材が凝着する現象の前兆である。更にしごき加工を続けるとアイ
アニングパンチへのアルミ素材の凝着現象が顕著になり,10000シ
ョット以内でカラー部千切れ・破断及びフィンカラー座屈を生じること
が推測される。また,このようなアルミ凝着が生じたアイアニングパン
チによってしごき加工を行い,フィンカラー内面に肌荒れが発生した場
合には,熱媒体が通る銅パイプの挿入不良の原因となることは明らかで
ある。
()このように,乙15記載の実験の結果,試作油①ないし④のうちのエ
一部は固化して,アルミフィンの打抜加工実験に供することができず,
また,試作油①ないし④のすべてが比較油と比べてそのしごき不良率を
著しく向上させることはないどころか,アルミフィンの打抜加工のため
のアルミフィン加工油としては使用に耐えないものであることが判明し
た。
この結果,本件発明は,本件発明の目的とする作用効果を奏するもの
ではなく,本件特許が掲げる技術的課題を解決していないから,発明と
して未完成なものである。
なお,原告は,試作油①ないし④について,技術常識を度外視してあ
えて選択された各パラメータの上限値や下限値による試作油であると主
張するが,同主張が当たらないことは,前記ア()において述べたとおエ
りである。
ウ防錆性向上の技術的課題を解決していないこと-乙18記載の実験
原告は,防錆性の向上も,本件特許の作用効果の1つであると主張する
ので,この点についても実験したところ,そのような効果は得られなかっ
た。
エ本件明細書の実施例1の組成の塑性加工用潤滑油以外については作用効
果が不明であること
原告は,摩擦係数と加工性との関係に関連して,実際にどの程度の加工
性,成形性が得られるかについては,当該潤滑油を用いて,それぞれの素
材(様々な性質・形状の金属)につき所望の塑性加工(圧延,絞り,打抜
き,引抜き,冷間鍛造等)を様々な加工条件を設定した上で実施してみな
ければわからないと主張する。
原告のこの主張に基づけば,本件発明の効果がそれなりに実証されてい
るのは,本件明細書の実施例1における「1-ヘキサデセンと1-オクタ
デセンの1:1の混合物20%に,ポリブテン(分子量265)80%を
添加した打抜加工用潤滑油」のみであるから,本件発明は,この特定の組
成の打抜加工用潤滑油以外は,その作用効果が不明であり,作用効果の予
測性もない。
したがって,本件発明は,本件明細書の実施例1以外の部分(範囲)に
ついては,発明として未完成なものである。
オ本件発明は架空のものであること
,()本件明細書にはアルミフィン成形専用50トンプレス社製BurrOak
を使用して打抜加工実験を行ったことが記載されているが,上記プレスを
取り扱っている株式会社オークジャパンは,被告らからの問合せに対し,
「50トンプレス』というプレスは,過去にも現在にも存在しておりま『
せん」と回答した。。
すなわち,本件発明の有意性を裏付ける重要な実験である上記打抜加工
実験は,実施が不可能のはずであるから,本件発明は,すべて架空のもの
であり,発明が完成された段階で出願されたものとはいえず,本件発明は
未完成のものである。
(原告の主張)
本件発明は,発明として完成しており,かつ,当業者が容易に実施するこ
とができるものである。以下のとおり,被告らが行った実験によっても本件
発明が未完成であるとはいえず,被告らの指摘も当たらない。
ア乙1記載の実験について
()乙1記載の実験と同一の条件により行われた甲11記載の実験によア
れば,試作油①及び③は,室温(20.6℃)において流動性のある半
固体状態であり,30℃程度に加温することにより液体状態になるので
あって,()成分又は()成分単独の場合と比較して,摩擦係数が明らb1b2
かに低下していることから,被告らが技術常識を度外視してあえて選択
している各パラメータの上限値や下限値での試作油であっても本件発明
は実施可能であるといえる。
また,塑性加工を行う現場では,必要な加工温度に加温することも通
常行われており,試作油①及び③も30℃で液体であるから,潤滑油の
供給に問題はなく,現実の現場で使用ができないというものではない。
()乙1記載の実験結果は,金属塑性加工(空調用アルミフィン加工)イ
における加工性は,摩擦係数の大小と相関しており,摩擦係数が小さい
ことは加工時の摩擦が小さく,加工性がよいことを示すとの前提に立っ
ている。
しかし,乙1添付の参考文献⑵「表面処理フィン材の特性におよぼす
揮発性プレス油の影響」を前提としても,潤滑油を使用した場合の,摩
擦係数と限界しごき率(加工性に関する指標)との間に相関関係は認め
られない。塑性加工においては,摩擦と潤滑に関して多くの要素が諸々
の作用をもたらすのであって,実際にどの程度の加工性,成形性が得ら
れるかについては,当該潤滑油を用いて,それぞれの素材(様々な材質
・形状の金属)につき所望の塑性加工(圧延,絞り,打抜き,引抜き,
冷間鍛造等)を様々な加工条件を設定した上で実施してみなければわか
らない。
したがって,乙1記載の実験結果をもって加工性の良否を結論付ける
ことはできない。
また,摩擦係数と粘度とは,添加剤の有無にかかわらず,粘度が高く
なるに伴って摩擦係数が減少するという関係にある(乙9の636頁左
欄の図1)ところ,乙1では,粘度が高い試作油②(主成分()成分のb1
40℃における粘度が25cStが粘度が低い試作油④主成分()),(b2
成分の40℃における粘度が1.36cSt)よりも大きな摩擦係数を
示しており,乙1記載の実験の結果自体にも疑問がある。
イ乙15記載の実験について
()試作油①及び③は給油不能との点についてア
潤滑油剤の供給法としては,フェルト塗布やノズル噴霧よりも「浸せ
き(浸漬」による方法(加工素材を潤滑油剤に浸せき()する)dipping
ことにより素材の表面に加工油を付着させる方法)が塑性加工の分野で
はより一般的である。加えて,固体の潤滑油を部材に塗布して使用する
例は,特公昭43-30438号公報(乙7)にも明記されている。
()フィンカラーフレア割れイ
a加工性の改善について
乙15記載の実験では,試作油②で10.6%,試作油④で11.
9%,比較油で19.9%のフィンカラーフレア割れがそれぞれ発生
しており,被告らが技術常識を度外視してあえて選択している各パラ
メータの上限値や下限値による試作油であっても,より常識的にパラ
メータを選択していると解される比較油との比較において,フィンカ
ラーフレア割れの発生率の半減という加工性の著しい改善を示してい
る。
なお,乙15記載の実験では,加工後のアルミフィンの性状の評価
に際し,加工工具の不具合と考えられるとして,4列中1列を除外し
ているが,この加工工具の不具合が何かは明らかにされておらず,恣
意的な除外であったとも疑われる。
b加工油として不適格であるとの主張について
被告らは,フィンカラーフレア割れは3%未満でなければ加工油と
して不適格であると主張するが,塑性加工においては,被加工材の種
,(,,,,),類や性状加工の種類圧延絞り打抜き引抜き冷間鍛造等
加工工具の選択,各種の加工条件の設定など,潤滑油剤以外にも極め
て多くの要素が加工性に影響するのであって,前提条件等が何ら示さ
れない「3%」の基準には重大な疑念がある。
()アイアニングパンチのリング状の曇りについてウ
乙15記載の実験では,フィンカラーフレア割れという不良の発生率
が試作油④(発生率11.9%)よりも格段に大きい比較油(発生率1
9.9%,試作油④とほぼ同等の試作油②(発生率10.6%)につ)
いて,いずれも「微かに曇りが見られた」にすぎないとされており,フ
ィンカラーフレア割れと同様「曇り」の発生には,潤滑油剤以外の様,
々な要素又はそれらの組合せが関係しているものと考えられる。
また,乙15では,日高精機株式会社の技術陣による,フィンカラー
座屈等の不良が生じるとの推測が述べられているにすぎず,これらのコ
メントが被告らによる伝聞であることも考えれば「アイアニングパン,
チの曇り」と潤滑油剤の加工性との連関についての説明は,単なる推測
を述べたものにすぎないと考えるべきである。
ウ乙18記載の実験
被告らは,乙18記載の実験は,その結論部分(4項)の「防錆油(さ
び止め油)の性質を有していない」との記述から分かるとおり「さび止,
め油」に関する試験,すなわち,試験片表面に油膜がどの程度残存するか
に関するものであって,本件発明における防錆性に関するものではない。
本件発明における「防錆面「防錆性」は「上記油性剤,極圧剤等の」,,
添加により加工部分の脱脂や防錆面で様々な不都合があった」という本。
件明細書の記述からも明らかなとおり,添加された油性剤や極圧剤の脱脂
性が十分でない場合に,これが原因となって加工品に錆などの腐食が発生
することを防ぐことを意味しているのであって「さび止め油」のように,
素材表面に油膜を残存させることを意味するものではない。なお,被加工
材表面に腐食の発生を評価する試験としては,通常,銅板腐食試験法が用
いられ,被告各製品の評価においても用いられている。
「」(「()」エ本件発明は架空のものであることについて上記被告らの主張
オ)について
後記⑹の「原告の主張」と同旨()
⑶争点⑵イ(本件発明の新規性欠如の有無)について
(被告らの主張)
本件発明は,次のとおり,本件特許の特許出願前に日本国内において頒布
(。「」された刊行物である特開昭61-85492号公報乙6以下引用例1
という)に記載された発明(以下「引用例1発明」という)と同一であ。。
り,本件特許は,特許法29条1項3号の規定に違反して特許されたもので
あるから,同法123条1項2号の規定に基づき,特許無効審判により無効
にされるべきものである。
ア引用例1発明
引用例1発明は「潤滑油にアルキルペンタエリトリトールホスフアイ,
トの1種以上とホスホン酸エステルの1種以上を配合させることを特徴と
する冷間加工用潤滑剤」であるところ,引用例1には「本発明のベー。,
ス油として用いられる潤滑油は,鉱油の他に,αオレフイン油,モノエス
テル油,ポリブテン油,ポリグリコール油などの合成油及びこれらの混合
油が例示される(3頁右上欄5ないし8行)との記載がある。。」
上記記載中「αオレフイン油」は,本件発明の構成要件Aの「直鎖オレ
フィン」に該当する。
,「」,「」またポリブテン油は本件発明の構成要件Bの分岐オレフィン
に該当する。
さらに「これらの混合油が例示される」と記載されており「αオレ,。,
フイン油」と「ポリブテン油」の混合油が例示,記載されている。
そして「冷間加工用潤滑剤」は「塑性加工用潤滑油剤」に含まれる。,,
したがって,引用例1には,本件発明の構成要件AないしCを備えた塑
性加工用潤滑油剤が記載されている。
なお,引用例1発明は「ベース油」に極圧剤と考えられる「アルキル,
ペンタエリトリトールホスフアイトの1種以上とホスホン酸エステルの1
種以上を配合する」ものであるが,本件明細書においても,構成要件Aな
いしCを備える塑性加工用潤滑油剤をベース油として,これに油性剤や極
圧剤を加えることが記載されているから,引用例1発明の技術思想と本件
発明とは,この点において相違はない。
イ直鎖オレフィンの炭素数について
本件発明の構成要件Aにおいては,直鎖オレフィンの炭素数が6ないし
40であることが規定され,数値の限定がされている。
しかし,本件発明において「炭素数6ないし40の直鎖オレフィン」,
とは,例えば,炭素数が6の直鎖オレフィンでもよいし,炭素数が10の
直鎖オレフィンでもよいし,炭素数が14の直鎖オレフィンでもよいし,
これらの2種以上の混合物でもよいという意味である。
,(。「」。)他方特公昭43-30438号公報乙7以下引用例2という
には,炭素数が10ないし37,38以上の直鎖オレフィンが示されてお
,,り本件発明の構成要件Aにおける炭素数はごく一般的なものであるから
前記のとおり,引用例1の「αオレフイン油」は,本件発明の構成要件A
の「直鎖オレフィン」に該当する。
ウ分岐オレフィンの動粘度について
()本件発明の構成要件Bにおいては,分岐オレフィン及び分岐オレフア
ィンの水素化物よりなる群から選ばれる少なくとも1種の化合物の,4
.。0℃における動粘度が05~30cStであることが規定されている
しかし,引用例2には「オレフイン組成物と混合出来る鉱油あるい,
は炭化水素油の代表的なものは,石油から得られ,25乃至10000
SayboltUniversalセイボルト・ユニバーサル・セカンド(S.U.S()
)の粘度を有するものであるが,これは単一の炭化水素でも炭Seconds
化水素混合物でもよい(2頁右欄22ないし27行)と記載されて。」
いる。
「25乃至10000S.U.S」は,動粘度に換算すれば,2.0
cSt以下~2164cStである。なお,25S.U.S.は,2.
0cSt以下であることは明らかであるが,更に詳細な数値を算定する
ことができない。
また「アルミニウムの圧延(乙8。以下「引用例3」という)に,」。
,「..」は15~45cst/40℃の粘度の鉱物油をベースオイルと
(290頁右欄末行)することが記載されている。
このように,本件発明の構成要件Bに規定されている動粘度は,引用
例2及び引用例3に示されているものとほとんど重複しており,本件特
許の特許出願前に知られていたごく一般的慣用的な数値でしかないか
ら,前記のとおり,引用例1の「ポリブテン油」は,本件発明の構成要
件Bの「分岐オレフィン」に該当する。
()また,本件発明において構成要件とされている「40℃における動イ
.」,,粘度が05~30cStという範囲は極めて広範囲のものであり
また,上記のとおり,引用例2及び引用例3に記載された範囲とほとん
ど重複するものであるから,引用例1に記載された「αオレフイン油と
ポリブテン油との混合油からなる潤滑油剤」を実施しようとすれば,引
用例2又は引用例3に記載されている程度の粘度を用いることになる。
このことを勘案すれば,上記「40℃における動粘度が0.5~30c
St」という構成要件は,範囲を限定したことに格別の意味はないとい
わざるを得ない。
すなわち,本件発明の構成要件Bは,動粘度については,格別の限定
を加えたという意味合いはなく,単に「分岐オレフィン及び分岐オレ,
フィンの水素化物」というに等しいから,実質的に引用例1に記載され
ている。
()しかも,引用例2や引用例3の記載は,本件発明や引用例1と同様ウ
,,,に塑性加工油に関するものであり塑性加工油として使用するときは
その塑性の性質を問わず,同程度の粘度のものを使用することは常識で
あるから,引用例1及び本件発明と同一技術分野に属する引用例2や引
用例3における粘度をもって,引用例1に記載された潤滑剤の粘度を推
定することは極めて合理的なことである。
なお,原告は,引用例2に「鉱油あるいは炭化水素油」と記載されて
いる部分について,この記載における「炭化水素油」とは,鉱油,具体
的には軽油や灯油のようなものを指していると主張するが,炭化水素油
と鉱油とは,具体的にも,概念的にも,異なるものである。
エ直鎖オレフィンの含有量について
()本件発明の構成要件Aにおいては,直鎖オレフィンの含有量を2なア
いし50重量%と規定している。
しかし,引用例3には,
「1.5~4.5cst/40℃の粘度の鉱物油をベースオイルと
し,これに油性向上剤として高級アルコール(C~C)高級脂肪1018
酸(C~C)高級脂肪酸のブチルエステルあるいはメチルエステ1218
ル等を添加したものがあるが,主として使用されるのは
()アルコール:4~7%ⅰ
()アルコール:4~7%+エステル:1~3%ⅱ
である(296頁左欄8~15行)。」
と記載されており,油性向上剤等を4~10%程度含有させることが示
されている。
,「」(。「」。)また新版石油製品添加剤乙14以下引用例4という
には「近い将来には添加剤や混合する合成油の成分の方が石油系潤滑,
油留分より多くなってくるという説も,決して誇張ではないかもしれな
い」との記載がある。。
したがって,本件発明の構成要件Aにおける油性向上剤の含有量は一
般的なものである。また,そもそも,油性向上剤の含有量は,塑性加工
油の用途や加工方法に応じて当業者が適宜選択できる設計的な事項でし
かない。
()なお,引用例3に記載された4~10%という使用量が,本件発明イ
の「2~50重量%」の範囲に包含されていることは疑う余地もない。
また,本件発明における「2~50重量%」などという限定は,本件
発明が(A)成分と(B)成分よりなる混合物であることを考えれば,
当業者であれば誰でも考えつく常識的な数値であって,このような限定
はないに等しい。
オしたがって,本件発明の構成要件A及びBにおける各数値は,慣用技術
あるいは設計事項程度のことであるから,本件発明は,引用例1に開示さ
れている技術思想と同一であり,新規性がない。
「」(「()」カ引用例1と本件発明における技術思想の相違後記原告の主張
ア)について
原告は,本件発明の技術思想は,引用例1の技術思想と異なり,引用例
1には,本件発明の構成要件が開示されていないと主張する。
しかし,発明の構成要件が開示されているか否かは,発明の目的によっ
て左右されるものではなく,本件発明には,引用例1記載の技術から本件
発明を想到することを妨げるような目的は何ら記載されていない。本件発
明は,各構成要素が基油,油性剤,油性向上剤,極圧剤,添加剤のいずれ
に当たるかということを構成要件とするものではない。
また,上記ア記載のとおり,本件明細書においても,構成要件Aないし
Cを備える塑性加工用潤滑油剤をベース油として,これに油性剤や極圧剤
を加えることが記載されているのであるから,引用例1記載のような「α
オレフイン油とポリブテン油よりなるベース油」に「アルキルペンタエリ
トリトールホスフアイトの1種以上とホスホン酸エステルの1種以上」を
配合した加工用潤滑油が,後者を配合したことによって,本件発明の技術
的範囲に含まれないということはできない。つまり「アルキルペンタエ,
リトリトールホスフアイトの1種以上とホスホン酸エステルの1種以上」
を配合するか否かは,本件発明と引用例1発明との比較において何ら影響
を及ぼさない。
キ「αオレフイン油」がα-オレフィンオリゴマーを指すとの主張につい

原告は「トライボロジー叢書8潤滑グリースと合成潤滑油(甲8。,」
以下「甲8文献」という)の記載を引用し,α-オレフィンオリゴマー。
すなわちαオレフィン油は「α-オレフィンを低重合(オリゴメリゼー,
ション)し,末端二重結合を水素添加したものである」と主張する。
しかし,甲8文献には「α-オレフィンオリゴマーすなわちαオレフ,
ィン油」という記載はない。甲8文献には「α-オレフィンオリゴマー,
(),は読んで字のごとくα-オレフィンを低重合オリゴメリゼーションし
末端二重結合を水素添加したものである」と記載され,次いで反応式が示
されており,反応式においては,α-オレフィンの例としてデセン-1が
示され,それが低重合され,水素添加されて,α-オレフィンオリゴマー
となることが示されている。
また,α-オレフィンオリゴマーとα-オレフィンが異なるものである
ことは,それぞれの化学構造の違いからも明らかであり,当業者がα-オ
レフィンオリゴマーとα-オレフィン(油)が同一物であると認識してい
る,ということはあり得ない。そもそも,甲8文献の204頁の()の3.11
タイトルは「α-オレフィンオリゴマー(ポリ-α-オレフィン」と,)
いうものであり,このタイトルに照らしても,α-オレフィンオリゴマー
がα-オレフィン(油)であるとの原告の主張が誤りであることは明らか
である。
ク引用例1の「αオレフイン油」が特定も限定もされていないとの主張に
ついて
原告は,引用例1の「αオレフイン油」との記載について,直鎖か分岐
かの特定がされておらず,その他の特定も限定もされていないとして,引
用例1には,本件発明の構成要件Aの「炭素数6~40の直鎖オレフィン
2~50重量%」が開示されているとはいえないと主張するが「αオレ,
」,,,フイン油がいかなる性質性状を有しどのように利用されているかは
当業者によく知られているのであるから,原告の上記主張は失当である。
(原告の主張)
ア引用例1と本件発明における技術思想の相違
引用例1発明は,潤滑油にアルキルペンタエリトリトールホスファイト
の1種以上とホスホン酸エステルの1種以上を配合させることを特徴とす
る冷間加工用潤滑剤であり,アルキルペンタエリトリトールは油性向上剤
として,ホスホン酸エステルは極圧剤として,それぞれ作用するものであ
る。すなわち,引用例1発明は,基油に油性向上剤及び極圧剤を添加した
潤滑油剤にほかならず,まさしく本件発明が課題として認識した従来技術
に係る潤滑油剤である。
引用例1発明は,添加剤を必須要件とする発明であり,添加剤の配合を
回避することを目的の1つとする本件発明とは,技術思想が異なることは
明らかである。本件発明においても,各種の添加剤を様々な目的から添加
することは妨げられないが,このことをもって,本件発明の技術思想が引
用例1と同一であるとはいえない。
イ引用例1と本件発明の構成要件Aについて
()「直鎖オレフィン」についてア
被告らは,引用例1中の「αオレフイン油」が本件発明の構成要件A
の「直鎖オレフィン」であると主張するが「αオレフイン油」は,α,
-オレフィンの低重合体であるα-オレフィンオリゴマーを指すのであ
って,直鎖オレフィンではない。
合成潤滑油としてのα-オレフィン油の意義については,甲8文献に
詳しく述べられているとおりである。すなわち,合成潤滑油たるα-オ
レフィンオリゴマーであるαオレフィン油は「α-オレフィンを低重,
合(オリゴメリゼーション)し,末端二重結合を水素添加したものであ
る(甲8文献の204頁。そして,このオリゴマーは「イソパラフ」),
ィン系の炭化水素」であり「分子構造が櫛(くし)状の分岐をもつよ,
うに設計してある(甲8文献の205頁)ものである。イソパラフィ」
ンは,分岐構造を有する飽和炭化水素であり,甲8文献の204頁の反
応式で例示されているα-オレフィンオリゴマーも「CH」の側,817
鎖の繰り返し構造や元素の数(炭素と水素がn:2n+2になってい
。),。るから分かるとおり櫛状構造の分岐を有する飽和炭化水素である
他方「α-オレフィン」とは,分子内に二重結合を一個持つ不飽和,
炭化水素(オレフィン)のうち二重結合がαの位置(末端の炭素とそれ
に隣接する炭素の間)にあるものであり,合成潤滑油であるα-オレフ
ィンオリゴマー(αオレフィン油)の原料となるものである(甲8文献
の204ないし205頁そして本件発明の構成要件Aにおける炭)。,「
素数6~40の直鎖オレフィン」は,α-オレフィンという構造に限定
すれば,炭素数が6~40の直鎖型α-オレフィン(n(ノルマル)-
α-オレフィン)を指すのである。
「,,引用例1におけるベース油として用いられる潤滑油は鉱油の他に
αオレフイン油・・・との記述から明らかなとおりこの記載中のα」,「
オレフイン油」は,甲8文献の204頁以下で説明されている合成潤滑
油としてのα-オレフィンオリゴマーであって,その原料たるα-オレ
フィン又は本件発明の構成要件Aにおける直鎖オレフィンを意味するも
のではない。当業者であればむしろ,引用例1の上記記載における「α
オレフイン油」は「一般に潤滑油剤の基油として用いられる合成油の,
一種である」構成要件Bにおける分岐オレフィン(の水素化物)である
と理解する。
また,甲8文献で「末端二重結合を水素添加したものである(20」
4頁)と解説されているとおり,合成潤滑油としてのα-オレフィンオ
,()リゴマーは原料たるα-オレフィンのオリゴメリゼーション低重合
と共に水素が添加され,飽和炭化水素となったものである。このような
水素添加を行うのは,潤滑油剤としての性質上,熱安定性や酸化安定性
を高めることが望ましいからである。他方,本件発明の構成要件Aの直
鎖オレフィンは,構成要件Bと異なり,水素化物が除外されており,か
つ,本件明細書の詳細な説明欄で「分子内に二重結合を1個有する」,
とされているとおり,二重結合を有する不飽和炭化水素である。
したがって,本技術分野における当業者であれば,引用例1の「ベー
ス油として用いられる潤滑油は,鉱油の他に,αオレフイン油・・・」
との記載における「αオレフイン油」は「分岐状(櫛状)の構造を持,
ったα-オレフィンオリゴマーであり水素添加されて飽和炭化水素とな
ったもの」と当然に理解するのであり,本件発明の構成要件Aの直鎖オ
レフィンと理解することはない。
()直鎖オレフィンの炭素数についてイ
引用例2には「炭素数10以上の直鎖オレフイン」が記載されてい,
るのみであって「炭素数6ないし40の直鎖オレフィン」という限定,
は,引用例2には示されていない。
()直鎖オレフィンの含有量についてウ
被告らは,鉱油をベース油とし,引用例3及び引用例4の記述を引用
して,本件発明の構成要件Aにおける直鎖オレフィンの含有量(2~5
0重量%)は一般的なものであり,油性向上剤の含有量は,塑性加工油
の用途や加工方法に応じて当業者が適宜に設定できる設計的な事項にす
ぎないと主張する。
しかし,従来技術において加工性を維持するため油性剤や極圧剤等を
添加することには様々な不都合があったところ,本件発明は,これを克
服し,油性剤,極圧剤等を添加しなくても優れた加工性等を実現したも
のである。これに対し,引用例3に記載された基油たる鉱油に油性向上
剤を添加した冷間圧延油は,本件発明のいう従来技術であって,引用例
3での油性向上剤の添加量と本件発明の構成要件Aにおける直鎖オレフ
ィンの含有量を比較することは無意味である。
()したがって,そもそも直鎖か分岐かの特定すらされておらず,そのエ
他何らの特定も限定もされていない引用例1の「αオレフイン油」との
記載をよりどころに,引用例1に,本件発明の構成要件Aの「炭素数6
~40の直鎖オレフィン2~50重量%」が開示されているとはいえな
い。
ウ引用例1と本件発明の構成要件Bについて
,「,,()引用例1にはベース油として用いられる潤滑油は鉱油の他にア
αオレフイン油・・ポリブテン油・・などの合成油及びこれらの混合油
が含まれる」との記載があるものの,この記載に本件発明の構成要件B
の「40℃における動粘度が0.5~30cStの分岐オレフィン/そ
の水素化物」が開示されていないことは明らかである。
()被告らは,引用例2及び引用例3に鉱油又は炭化水素油の粘度に関イ
する記載があることを理由として,40℃における動粘度が0.5~3
0cStであることが一般的慣用的な数値でしかないと主張する。
しかし,引用例2で述べられている「鉱油あるいは炭化水素油」は,
「石油から得られ」るものであり,ここにいう「炭化水素油」とは,鉱
油,具体的には軽油や灯油のようなものを指している。また,引用例3
も,鉱油の粘度を記載したものである。これに対し,本件発明の構成要
件Bにおける分岐オレフィン又はその水素化物は,合成油である。そし
て,鉱油の粘度をそのままポリブテンに適用することはできないから,
引用例2又は引用例3で述べられている粘度を根拠とする被告らの上記
主張は,失当である。
エ引用例1と本件発明の構成要件Cについて
引用例1が本件発明の構成要件A及びBのいずれも開示するものでない
以上,本件発明の構成要件C,すなわち,構成要件Aの成分と構成要件B
の成分を組み合わせることについて,引用例1が開示するものでないこと
は当然である。
引用例1発明は,アルキルペンタエリトリトールホスファイトという油
性向上剤とホスホン酸エステルという極圧剤を基油に配合することをその
内容とするものであり,基油自体についての発明ではない。引用例1にお
ける「αオレフイン油」との記載は,基油についてのものであり,この記
載は,基油として鉱油や合成油及びこれらの混合油,換言すれば,従来か
ら使われているベース油が使用できるという程度の一般的記載にすぎず,
基油に関する特定の成分構成を何ら開示,示唆するものではない。
オ上記のとおり,引用例1には,本件発明の構成要件AないしCのいずれ
も開示されていないから,本件発明が引用例1発明と同一の発明であると
はいえない。
⑷争点⑵ウ(本件発明の進歩性欠如の有無)について
(被告らの主張)
,,,,仮に本件発明に新規性が認められるとしても本件発明は次のとおり
本件特許の特許出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載
,,された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり
,,本件特許は特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであるから
同法123条1項2号の規定に基づき,特許無効審判により無効にされるべ
きものである。
ア進歩性の欠如①
仮に,本件発明に新規性が認められるとしても,本件発明の構成要件A
及びBにおける各数値は,慣用技術ないしは設計事項程度のことであるか
ら,本件発明は,引用例1(乙6)に開示されている技術思想並びに引用
例2(乙7)及び引用例3(乙8)に基づいて,当業者が容易に発明をす
ることができたものである。
イ進歩性の欠如②
,()(,,本件発明は引用例1乙6発明並びに引用例2ないし4乙78
14合成潤滑油について乙10以下引用例5という圧),「」(。「」。),「
延における潤滑(乙9。以下「引用例6」という「合成潤滑油最近」。),
の進歩⑷ポリブテンの製造と合成潤滑油としての応用乙11以下引」(。「
用例7」という「潤滑油の基材・合成潤滑油(乙12。以下「引用。),」
例8」という)及び「油性向上剤および極圧添加剤(乙13。以下「引。」
用例9」という)に記載された発明(以下「引用例2発明」ないし「引。
用例9発明」という)に基づいて,当業者が容易に発明をすることがで。
きたものである。
()鉱油に対する油性向上剤等の添加ア
塑性加工用潤滑油剤として,古くは鉱油が単独で用いられていたとこ
ろ,その加工性を向上させるために,鉱油に,油性向上剤として高級ア
ルコール,高級脂肪酸,高級脂肪酸のエステルを含有させることが行わ
れるようになった。このことは,引用例3,引用例6及び引用例9に記
載されている。
()鉱油と共に含有される油性向上剤イ
鉱油と共に含有される油性向上剤としては,デセン-1(1-デセ
ン,ドデセン-1(1-ドデセン,テトラデセン-1(1-テトラ))
デセン,ヘキサデセン-1(1-ヘキサデセン,オクタデセン-1))
(1-オクタデセン)のような直鎖オレフィンを用いることも古くから
知られていたことである。このことは,引用例2に記載されている。
()鉱油に代えて用いられる合成油ウ
油性向上剤や極圧剤が配合される鉱油についても,鉱油に代えて合成
油が用いられていた。こうした合成油の1つとして,引用例6及び引用
例7には「ポリブテン油」が記載されている。引用例1にも,鉱油の,
代わりにベース油としてポリブテン油(分岐オレフィン)を含有するア
ルミニウム塑性加工用の潤滑剤が示されている。この「ポリブテン油」
は,ブテンを重合したものであるから,本件発明における「分岐オレフ
ィン」に該当する。
()ポリブテンエ
オレフィンを低分子重合したポリオレフィン油は,当業者間になじみ
深いものとして知られ,ブテンを重合して末端を水素添加したポリブテ
ンは,ポリオレフィンの代表的なものであると理解され,化学構造的に
も鉱油に最も近いことが知られている。このことは,引用例5及び引用
例8に記載されている。この「ポリブテン」は,本件発明における「分
岐オレフィンの水素化物」に該当する。
()周知のベース油及び油性向上剤・極圧剤オ
塑性加工油には,ベース油に必要な加工性の向上を求めて油性向上剤
や極圧剤等が配合されるところ,ベース油については鉱油,合成油(炭
化水素油,ポリオレフィン油,ポリブテン,合成系飽和炭化水素油)が
よく知られており,また,これらのベース油に配合される油性向上剤や
,,,,極圧剤等として高級アルコール高級脂肪酸高級脂肪酸のエステル
α-オレフィン(直鎖オレフィン)もよく知られていた。
()小括カ
本件発明は,構成要件Aに記載の直鎖オレフィンを油性向上剤とし,
これを構成要件Bに記載の分岐オレフィン及び分岐オレフィンの水素化
物よりなる群から選ばれる少なくとも1種の化合物をベース油として,
A及びBを含有させて塑性加工用潤滑油剤としたものである。直鎖オレ
フィンはよく知られた油性向上剤であり,分岐オレフィン及び分岐オレ
フィンの水素化物よりなる群から選ばれる少なくとも1種の化合物もよ
く知られていたベース油であり,油性向上剤とベース油を含有させて塑
性加工用潤滑油剤とすることは周知の技術である。
直鎖オレフィンと,分岐オレフィン及び分岐オレフィンの水素化物よ
りなる群から選ばれる少なくとも1種の化合物とを含有させて,塑性加
工用潤滑油剤とすることは,引用例1発明ないし引用例9発明に基づい
て当業者が容易に発明をすることができたものである。
()直鎖オレフィンの炭素数についてキ
本件発明の構成要件Aにおいては,直鎖オレフィンの炭素数が6~4
0であることが規定されているが,引用例2に炭素数が10~37,3
8の直鎖オレフィンが示されているように,直鎖オレフィンの炭素数が
6~40であることは特別のものではなく,塑性加工用潤滑油剤におい
ては,ごく一般的なものである。
()構成要件Bの動粘度についてク
本件発明の構成要件Bにおいては,分岐オレフィン及び分岐オレフィ
ンの水素化物よりなる群から選ばれる少なくとも1種の化合物の40℃
における動粘度が0.5~30cStであることが規定されている。
しかし,上記⑶の「被告らの主張」ウのとおり,引用例2には,()
オレフィン組成物と混合できる鉱油あるいは炭化水素油の代表的なもの
として,2.0cSt以下~2164cStの粘度を有するものが記載
されている。
また,上記⑶の「被告らの主張」ウのとおり,引用例3には,1.()
5~4.5cSt/40℃の粘度の鉱物油をベース油とすることが記載
されている。
そして,引用例6には「比較的粘度の高いもの(たとえば100~,
150SSU,100゜F」及び「比較的粘度の低いもの(30~5)
5SSU,100゜F」の鉱油が記載されている。なお「SSU」),
は「SUS」の誤記と思われる。これらを換算すれば(21~32,,
cSt/37.8℃)及び(2以下~9cSt/37.8℃)となる。
このように,本件発明の構成要件Bに規定されている動粘度は,引用
例2,引用例3及び引用例6に示されているものとほとんど重複してい
る。
()構成要件Aにおける直鎖オレフィンの含有量についてケ
本件発明の構成要件Aにおいて,直鎖オレフィンの含有量を2~50
重量%と規定している。
しかし,上記⑶の「被告らの主張」エのとおり,引用例3には,()
油性向上剤等を4~10%程度含有させることは示されている。
また,引用例4には「近い将来には石油系潤滑油留分よりも添加剤,
や混合する合成油の成分の方が多くなってくることも決して誇張ではな
いかもしれない」との記載がある。。
したがって,本件発明の構成要件Aにおける直鎖オレフィンの含有量
2~50重量%というのは,油性向上剤の含有量としてごく一般的なも
のであり,油性向上剤の含有量は,塑性加工油の用途や加工方法に応じ
て当業者が適宜に設定できるような設計的な事項でしかない。
()作用効果(加工性)についてコ
本件発明は,構成要件A,B及びCを具備することによって,加工性
に優れるとともに表面品質にも優れた塑性加工用潤滑油剤を得るように
企図したものであるが,特段の作用効果を見出せない。しかも,本件発
明は,同じくベース油に油性向上剤を加えることによって,加工性に優
れるとともに表面品質にも優れた塑性加工用潤滑油剤を得ようとした従
前の塑性加工用潤滑油剤と比較して,優れた作用効果は認められない。
()作用効果(臭い)についてサ
本件発明は,ベース油及び油性向上剤としてほとんど臭いのないもの
を選択したにすぎず,本件発明の組合せによって,ベース油あるいは油
性向上剤が有していた臭いが消えたというものではない。
そして,ベース油及び油性向上剤として,ほとんど臭いのないものを
選択することについて,格別の困難性はない。
直鎖オレフィンであるn-α-オレフィンも,分岐オレフィンの水素
化物であるイソパラフィンも,いずれもほとんど臭いはなく,まして悪
臭や不快臭などないことは,当業者によく知られている。
したがって,上記n-α-オレフィンとイソパラフィンを配合し,混
合したものにも悪臭や不快臭が生じないことは明らかであって,本件発
明とされる構成物(塑性加工用潤滑油剤)が不快臭を生じないことも,
当業者にとっては当然すぎることであって,本件発明に特有の作用効果
ではない。
()したがって,本件発明は,引用例1発明ないし引用例9発明に基づシ
いて当業者が容易に発明をすることができたものであり,その作用効果
においても何ら特段の作用効果が得られているものでもないから,本件
発明には進歩性がなく,特許法29条2項の規定により特許を受けるこ
とができないものであり,本件特許は,同法123条1項2号の規定に
より無効にされるべきものである。
ウ進歩性の欠如③
本件発明は,アメリカ合衆国(以下「米国」という)特許第3,28。
8,715号明細書(乙19。以下「引用例10」という)に記載され。
た発明(以下「引用例10発明」という,引用例8(乙12)発明及。)
び引用例1(乙6)発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることがで
きたものである。
()引用例10についてア
引用例10は,引用例2の対応米国特許である。
引用例10には,
「A〕直鎖オレフィンと〔
〔A-1〕直鎖オレフィンの炭素数10~38以上
〔A-2〕直鎖オレフィンの含有量が10~95重量%以上
〔B〕鉱油を含有する
〔B-1〕該鉱油(又は炭化水素油)の動粘度が25~10000
S・U・S(2.0以下~2164cSt)
〔C〕塑性加工用潤滑油」
が記載されている。
()引用例10発明と本件発明との対比イ
本件発明と引用例10発明とを比較すると,本件発明の構成要件Bが
「分岐オレフィン及び分岐オレフィンの水素化物からなる群から選ばれ
」,〔〕る少なくとも一種の化合物であるのに対して引用例10発明のB
が「鉱油」である点においてのみ相違している。
()引用例8についてウ
引用例8には,次の記載がある。
「合成系の炭化水素は・・・化学構造的にも性状的にも鉱油に最も近
い。中でもオレフィンを低分子重合(分子量300~2500)したポ
リオレフィン油がなじみの深いものである。たとえばブテンを重合し末
端を水素添加したポリブテンは代表的なものであり・・・(52頁,」
右欄21ないし27行)
()引用例1についてエ
引用例1には,次の記載がある。
「本発明は,アルミニウムあるいはアルミニウム合金の冷間鍛造に好
適な潤滑剤及びそれを用いた塑性加工方法に関する(1頁右下欄4。」
ないし6行)
「本発明のベース油として用いられる潤滑油は,鉱油の他に・・・,
ポリブテン油・・・などの合成油及びこれらの混合油が例示される」。
(3頁右上欄5ないし8行)
()容易想到性についてオ
上記()のとおり,引用例8には,炭化水素,特に,ポリオレフィンウ
,。油が化学構造的にも性状的にも鉱油に最も近いことが記載されている
また,ポリオレフィン油は「分岐オレフィン又は分岐オレフィンの水,
素化物」である。
したがって,引用例10発明の〔B〕の「鉱油」に代えて「分岐オレ
フィン又は分岐オレフィンの水素化物」を用いることは,当業者にとっ
て容易である。
なお,引用例8におけるポリオレフィン油は,電気絶縁油,ガスコン
プレッサ油又は2サイクルエンジン油に使用されることが記載されてい
,。,るが塑性加工用潤滑油剤に使用することは記載されていないしかし
引用例1には,上記()の記載があるから,塑性加工用潤滑油剤においエ
ても同様に考えられることである。
エ進歩性の欠如④
本件発明は,引用例10(乙19)発明,引用例9(乙13)発明,引
用例1(乙6)発明及び特開昭52-114602号公報(乙36。以下
「引用例11」という)に記載された発明(以下「引用例11発明」と。
。),。いうに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである
()引用例10についてア
引用例10には,アルミニウム製品に圧延等の塑性加工を行う際の潤
滑に用いられる組成物の発明が記載されており,その潤滑油組成物の成
分としてヘキサデセン-1,オクタデセン-1等の炭素数が10以上の
長鎖オレフィンが挙げられ,そのオレフィンは,次の一般式
で表わされるもので,上記一般式は,R及びR’の結合位置が不明瞭で
あるが,具体的な例示化合物等の記載からみて,直鎖オレフィンである
か,又は直鎖オレフィンが包含されるものと解される。また,潤滑油組
成物中のオレフィンは10~95重量%の範囲が好都合である旨の記載
もあり,さらに,オレフィンは潤滑油粘度の鉱油,ジエステル油と混合
されることについても記載があり,オレフィンが混合される典型的な鉱
油又は炭化水素油の粘度が25~10,000セイボルトユニバーサル
秒であることについても記載がある。粘度「25~10,000セイボ
ルトユニバーサル秒」の換算に関しては,換算表(乙38)の最小値は
.(),,326セイボルトユニバーサル秒SUSであり換算表によると
32.6SUSは2.0センチストークス(cSt)で,高粘度用の換
算係数によると,10,000SUSは2160cStであるから,2
5~10,000SUSは,少なくとも2.0~2160cStの範囲
を包含する。
()引用例10発明と本件発明との対比イ
引用例10発明も,本件発明も,塑性加工用の潤滑油剤において,炭
素数が10以上の直鎖オレフィン10~50重量%を含有するものであ
る点で一致又は重複する。
そして,直鎖オレフィン以外の成分が,本件発明では,40℃におけ
る動粘度が0.5~30cStの分岐オレフィン及び分岐オレフィンの
水素化物よりなる群から選ばれる少なくとも一種の化合物であるのに対
し,引用例10発明では,鉱油又はジエステル油等であり,その粘度が
「潤滑油粘度」とされていて,オレフィン組成物が混合される典型的な
鉱油又は炭化水素油が,25~10,000セイボルトユニバーサル秒
の粘度を持つ石油から得られたもの,とされている点で相違している。
本件発明における分岐オレフィン又は分岐オレフィンの水素化物は,
本件明細書によると,ポリブテン等を含む。
()容易想到性についてウ
引用例9の記載によると,α-オレフィンが油性向上剤としての効果
を有すること及びアルミニウムの潤滑に対しても有効に作用することが
知られており,引用例10で長鎖オレフィンの具体例として挙げられて
いるヘキサデセン-1(セテン)は,引用例9においてその例とされて
いるものであるから,当業者であれば,引用例10発明におけるそのよ
うな長鎖オレフィンが油性向上剤として機能するものであると理解する
,,,ことができそうすると引用例10における鉱油又はジエステル油は
潤滑油組成物における基油(基材)に相当するものであるということも
,,「,,理解できそのことはこれらのオレフィン類は潤滑油粘度の鉱油
。」。ジエステル組成物等と混合されるとの記載によっても裏付けられる
一方,引用例1の記載によると,アルミニウム材の塑性加工時に使用
される油性向上剤とベース油からなる潤滑油組成物においてベース油と
して用いられる潤滑油(基油)として,鉱油のほかに,合成油であるジ
オクチルセバケート,トリメチロールプロパントリカプリレートと並ん
でポリブテンが知られているから,引用例1と同じ加工対象の潤滑油組
成物である引用例10発明に係る潤滑油組成物の基油である鉱油又はジ
エステル油に代えて,ジエステル油と同じ合成油として引用例1に記載
,,されている金属加工油基油として周知のポリブテンを使用することは
当業者が容易に想到することができるものである。また,潤滑油組成物
の基油として用いられるポリオレフィンは,水素化されているものも水
素化されていないものも,同様に用いられることは,例えば引用例11
により知られている。
引用例10において,オレフィンに混合される鉱油,ジエステル油は
「潤滑油粘度」であるとされ,具体的には,鉱油の場合として,25~
10,000SUSとされており,本件発明のように「40℃における
動粘度が0.5~30cSt」という規定はされていないが,引用例1
0においても,アルミニウムの塑性加工に用いられる潤滑油を目的とす
るものであり,25~10,000SUSは,前記のとおり,少なくと
も2.0~2160cStの範囲を包含する,広い範囲のものであるか
ら,引用例10における粘度の規定は,本件発明のものと重複する範囲
のものであるか,あるいは,例えば,引用例1で潤滑油の基油として鉱
油と並んで具体的に使用されているジオクチルセバケートの粘度が1
.((.)),25cSt100゜F=378℃であることを考慮すると
「40℃における動粘度が0.5~30cSt」という規定は,当業者
がアルミニウムの塑性加工において,普通に使用する潤滑油(基油)の
,。粘度範囲を規定したものにすぎず格別の範囲を規定したものではない
また,本件発明の加工性が向上するという効果については,引用例9
に記載されているα-オレフィンの油性向上剤としての効果から予測さ
れる範囲のものであり,本件発明の臭気が少なく作業環境が向上すると
いう効果及び加工製品の表面の脱脂性が向上するという効果について
も,既知の効果であるか,引用例10発明,引用例9発明,引用例1発
明及び引用例11発明に基づいて容易に想到する本件発明の潤滑油剤の
構成が奏する効果の単なる確認にすぎず,それが格別のものであるとは
いえない。
()よって,本件発明は,引用例10発明,引用例9発明,引用例1発エ
明及び引用例11発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることがで
きたものである。
オ訂正の請求について
()訂正事項ア
原告は,上記1⑻のとおり,無効審判事件において,本件訂正請求を
したが,この訂正は「A)炭素数6~40の直鎖オレフィン」を,,(
その好ましい態様である「1-オクテン,1-デセン,1-ドデセン,
1-テトラデセン,1-ヘキサデセン,1-オクタデセン,1-エイコ
センあるいはこれらの混合物」に限定し(以下,この訂正事項を「訂正
事項1」という「B)分岐オレフィン及び分岐オレフィンの水素。),(
化物よりなる群から選ばれる少なくとも一種の化合物」を,その好まし
い態様である「ポリブテン及びその水素化物よりなる群から選ばれる少
」(,「」なくとも一種の化合物に限定し以下この訂正事項を訂正事項2
という「塑性加工用潤滑油剤」を,その好ましい態様である「アル。),
ミニウムフィン成形用潤滑油剤に限定した以下この訂正事項を訂」(,「
正事項3」という)ものである。。
()訂正の可否イ
a本件明細書には「これらの直鎖オレフィンの具体例としては,1,
-オクテン,1-デセン,1-ドデセン,1-テトラデセン,1-ヘ
キサデセン,1-オクタデセン,1-エイコセンあるいはこれらの混
合物などを挙げることができる(3欄18ないし22行)との記。」
載があるが,この記載は「アルミニウム,銅,黄銅その他の金属あ,
るいは合金を塑性加工するに際し(2欄12ないし13行)との記」
載から明らかなとおり,広く金属又は合金の塑性加工を対象としてい
るものであり「アルミニウムフィン成形用」に特定して記載されて,
いるのではない。
したがって,訂正事項1は,訂正事項3との関連において,願書に
添付した明細書の記載に基づかないものであるから,本件訂正請求は
認められない。
bまた,原告は,訂正事項3の根拠として,本件明細書の打抜加工実
験の記載を挙げている。
しかし,上記打抜加工実験は「1-ヘキサデセンと1-オクタデ,
センの1:1の混合物」によってアルミフィン成形加工実験を行った
ものにすぎないから,上記打抜加工実験の記載に基づいて訂正事項1
の訂正が認められるものではない。
cさらに,原告は,特許庁審判長に提出した平成17年7月11日付
け意見書(甲27の1)において,訂正事項3に関し「アルミニウ,
ムフィン成形用潤滑油剤」であることに,他の金属及び他の加工方法
とは違った特異性がある旨主張している。
,「,,しかし訂正事項1により訂正された1-オクテン1-デセン
1-ドデセン,1-テトラデセン,1-ヘキサデセン,1-オクタデ
セン,1-エイコセンあるいはこれらの混合物」は,上記のとおり,
広く金属又は合金の塑性加工を対象としているのであって,原告の主
張するような特異性のある「アルミニウムフィン成形用潤滑油剤」の
構成要素として記載されているのではない。
したがって「アルミニウムフィン成形用潤滑油剤」については,,
訂正事項1との関連において,本件明細書には一切記載がない。
d上記aないしcのとおり,訂正事項1は訂正事項3との関連におい
て,また,訂正事項3は訂正事項1との関連において,願書に添付し
た明細書の記載に基づかないものであるから,本件訂正請求は,特許
法134条の2第5項において準用する同法126条3項に違反する
ものであり,認められない。
()訂正後の本件発明の進歩性の有無ウ
仮に,本件訂正請求が認められたとしても,訂正事項1は,引用例1
0に記載されている技術事項であり,訂正事項2は,引用例1に記載さ
れている技術事項であり,訂正事項3は,引用例9に記載されている技
術事項であり,訂正事項1ないし3によって新たに格別の効果が得られ
るものでもない。
したがって,本件訂正後の本件発明は,特許法29条2項の規定に違
反するものであり,上記訂正請求が認められたとしても,本件特許は,
無効にされるべきものである。
(原告の主張)
ア進歩性の欠如①
()引用例1(乙6)についてア
引用例1については,上記⑶の「原告の主張」のとおりである。()
()引用例2(乙7)についてイ
,「,引用例2発明はアルミニウム材と加工部材の間に潤滑剤を付与し
切削,圧延,引抜き,または押し出しによって加工部材とアルミニウム
材とを接触せしめてアルミニウム材を加工する方法にお
いて,潤滑剤に一般式
(式中R’は水素またはメチル基を示し,R”は少なくとも8個の炭素
原子を有する直鎖アルキル基を示す)を有する単量体オレフィン系化合
物を含有せしめたことを特徴とするアルミニウム材加工方法」に関する
ものである。
()引用例2発明と本件発明との対比ウ
a引用例2発明と本件発明とを比較すると,両発明は,直鎖オレフィ
ンを潤滑油剤の必須成分として用いるという点で共通する。
しかし,引用例2には,本件発明のその他の技術事項,すなわち,
直鎖オレフィンと分岐オレフィン又はその水素化物を組み合わせて用
いること,直鎖オレフィンを2~50重量%配合すること,分岐オレ
フィンの40℃における動粘度が0.5~30cStであること,の
いずれについても,何らの記載も示唆も存在しない。
b引用例2では,直鎖オレフィンからなる潤滑剤が用いられており,
この点からも,引用例2は,構成要件Bの成分に直鎖オレフィンを配
合することへの動機付けとはならない。すなわち,引用例2には,直
鎖オレフィンを分岐オレフィン又はその水素化物に組み合わせて用い
ることが開示されていないのはもちろん,それとは逆に,直鎖オレフ
ィンを単独で潤滑剤として用いることが記載されている。
()本件発明に係る潤滑油剤のような特定の2成分を特定の配合比で配エ
合した潤滑油剤は,引用例1に引用例2及び引用例3を参照したとして
,。,,も当業者が容易に想到し得たものではないしたがって本件発明は
引用例1発明ないし引用例3発明によってその進歩性が否定されるもの
ではない。逆に,引用例1ないし引用例3の記載は,油性剤や極圧剤を
配合せずとも優れた加工性等を実現することができる潤滑油剤という本
件発明の技術思想から遠ざける契機ないし動機付けとなるものである。
イ進歩性の欠如②
()引用例1についてア
引用例1については,上記⑶の「原告の主張」のとおりである。()
()引用例2についてイ
引用例2については,上記アのとおりである。
()本件発明の構成要件Aの直鎖オレフィンは油性剤(油性向上剤)でウ
あるとの主張(上記「被告らの主張」イ(),()及び())につい()アイオ

a本件特許の特許出願(原出願)当時の「油性剤(油性向上剤」の)
意義
油性剤とは,長い炭化水素基と極性基からなる構造を有しており,
炭化水素基の部分は,潤滑油(基油)分子と似ているためそれに溶解
するという性質を持つ一方,極性基の部分は金属(極性表面を有して
いる)と親和性を有する化合物である。このような極性化合物を金。
属加工用の潤滑剤に添加することで,基油の金属表面への吸着性を向
上させ,材料金属や工具の摩擦,摩耗を低減する機能を果たすのであ
る。
すなわち,本件特許出願(原出願)当時に考えられていた油性剤と
は,その分子中に,基油と類似性を持つ長い炭化水素基と,電気極性
を有する金属表面に対し親和性を有する極性基という2つの異なる部
位を有する化合物である(なお,極圧剤とは,高い圧力を受ける部分
の潤滑剤に用いられる添加剤であり,高圧に伴う熱の発生によって分
解し,材料金属と硫,塩,リン化物を作り,それが皮膜として機能す
ることにより摩擦面の摩耗,焼付きを防止するという機能を有する添
加剤である。。)
油性剤の代表的なものは,本件明細書や引用例3にも挙げられてい
るとおり,高級脂肪酸(例:ステアリン酸,高級アルコール(例:)
オレインアルコール,高級脂肪酸のエステル,脂肪族アミン・アミ)
ド等であり,いずれも「長い炭化水素基+極性基」という特徴を備え
た化合物(極性化合物)である。
本件明細書の従来技術についての記載における「油性剤」も「長,
い炭化水素基+極性基」という基本概念を前提とするものである。
また,引用例1,引用例3及び引用例6において示されている「油
性剤」も「長い炭化水素基+極性基」という本件特許の特許出願当,
時の「油性剤」の概念を前提としている。
b直鎖オレフィンと「油性剤」
本件発明の構成要件Aの直鎖オレフィンは,直鎖の炭化水素基を有
,,,,しているものの極性基を有していないため極性はなくこのため
直鎖オレフィンは,従来技術の下で油性剤としては機能しないと考え
られていたものである。
なお,本件特許の特許出願(原出願)の後,本件発明に係る潤滑油
,「()」,剤に関し構成要件Aの直鎖オレフィンをもって特殊な油性剤
「特殊な)添加剤」などと呼ぶことがあるが,ここでの添加剤概念(
は,もはや「長い炭化水素基+極性基」という本件発明前の油性剤概
念とは異なるものである。
c引用例2
被告らは,引用例2を根拠に「鉱油と共に含有される油性向上剤,
として直鎖オレフィンを用いることが古くから知られていた」と主張
する。
しかし,引用例2の実施例では,直鎖オレフィンのみからなる切削
油が用いられているのであり,引用例2に接した当業者は,直鎖オレ
フィンが油性向上剤ではなく,潤滑油として用いられていると理解す
るのである。
dしたがって,本件特許の特許出願(原出願)当時において,直鎖オ
レフィンを油性向上剤として理解することは,技術的にも,また,本
件明細書等の公平な理解としても成り立ち得ないものである。
被告らの特許無効に関する主張は,いずれも直鎖オレフィンを油性
向上剤として理解することを柱とするものであり,この理解が正当で
ない以上,被告らの無効理由の主張は,いずれも成り立たない。
ウ進歩性の欠如③
米国の特許明細書である引用例10に対応する日本の特許公報である引
用例2(乙7)には,本件発明の技術的事項,すなわち,直鎖オレフィン
と分岐オレフィン又はその水素化物を組み合わせて用いること,直鎖オレ
フィンを2~50重量%配合すること,分岐オレフィンの40℃における
動粘度が0.5~30cStであることのいずれも記載ないし示唆されて
いない。
したがって,引用例10に,オレフィンの好適な濃度が10~95重量
%の範囲であることが記載されていたからといって,本件発明の特許性が
否定される理由は全くない。
エ進歩性の欠如④
本件特許の出願当時,直鎖オレフィンは当業者には油性剤として認識さ
れていなかったと考えるのが自然であり,仮に,そのような認識があった
としても,引用例10発明,引用例9発明,引用例1発明及び引用例11
発明を組み合わせて本件発明を導く合理的動機付けが存在しないし,仮に
そのような動機付けがあり,上記各引用例発明を組み合わせたとしても,
本件発明の構成要件をすべて具備した潤滑油組成物には到達し得ず,さら
に,本件発明に係る潤滑油組成物は,上記各引用例発明からは予期できな
い顕著な効果を奏する。
⑸争点⑵エ(本件特許は,平成2年改正前特許法36条に違反するか)に。
ついて
(被告らの主張)
ア本件明細書の実施例1の組成の塑性加工用潤滑油以外については作用効
果が不明であることについて
原告は,上記⑵の「原告の主張」ア()のとおり,実際にどの程度の()イ
加工性,成形性が得られるかについては,当該潤滑油を用いて,それぞれ
の素材につき所望の塑性加工を様々な加工条件を設定した上で実施してみ
なければわからないと主張する。
原告のこの主張によれば,本件明細書において,本件発明の効果がそれ
なりに実証されているのは,唯一,本件明細書の段落【0009】の実施
例1における「1-ヘキサデセンと1-オクタデセンの1:1の混合物2
,()」0%にポリブテン分子量26580%を添加した打抜加工用潤滑油
のみである。本件発明は,この特定の組成の打抜加工用潤滑油以外につい
ては,その作用効果が不明であり,作用効果の予測性もない。
したがって,本件明細書は,平成2年改正前特許法36条の要件を満た
さない。
イ原告自らが技術常識を度外視したパラメータと主張する上限値及び下限
値をもって好ましい範囲と記載していることについて
原告は,特許請求の範囲に属するのみならず,本件明細書において「最
も好ましい」とした範囲に属する成分による試作油①ないし④について,
技術常識を度外視してあえて選択している各パラメータの上限値や下限値
によるものであると主張する。原告のこの主張によれば,本件明細書の記
載は,技術常識を度外視した上限値及び下限値をもって,好ましい範囲,
あるいは,最も好ましい範囲,と記載していることになる。
そして,本件発明における「直鎖オレフィン」の炭素数及び含有量並び
に「分岐オレフィン及び分岐オレフィンの水素化物」の動粘度の数値範囲
も,前記のとおり有意義な数値とはいえないことは明白である。
したがって,本件明細書は,平成2年改正前特許法36条の要件を満た
さない。
ウ特許請求の範囲に記載された成分を用いることの理由付けが記載されて
いないことについて
本件発明は(A)成分が直鎖オレフィンであること及び(B)成分が,
分岐オレフィン又はその水素化物であることを規定しているが,本件明細
,()「」()書はA成分が直鎖オレフィンでなければならない理由及びB
成分が「分岐」オレフィン又はその水素化物でなければならない理由を全
く開示しておらず,発明の実体が不明である。
したがって,本件明細書は,平成2年改正前特許法36条の要件を満た
さない。
エ特許請求の範囲に記載された成分及び数値についての根拠が記載されて
いないことについて
本件明細書の実施例の潤滑油剤は,1-ヘキサデセンと1-オクタデセ
ンの1:1混合物20%,ポリブテン(分子量265)80%よりなる組
成物である。そして,1-ヘキサデセンは,炭素数16の直鎖オレフィン
であり,1-オクタデセンは,炭素数18の直鎖オレフィンである。
この実施例からいえることは,炭素数16の直鎖オレフィンと炭素数1
8の直鎖オレフィンよりなる組成物は,打抜加工の際の潤滑油剤として比
較例1及び2より優れていることのみである。この実験のみから,本件発
明に包含される組成物のすべてが加工性に優れた塑性加工用潤滑油剤であ
るといえる根拠は不明である。
また,本件発明においては,構成要件Aの直鎖オレフィンの炭素数が6
~40と規定されているが,上記実施例から炭素数が6~40に特定され
。,る根拠は不明である炭素数6未満のものは引火点が低いため適当でなく
炭素数40を超えるものは固体状となるため使用が困難であるとしても,
炭素数6~40のものがすべて加工性に優れた潤滑油剤を作るのに有効で
あるとする根拠は不明である。
さらに,構成要件Bでいう,40℃における動粘度が0.5~30cS
tの範囲のものという数値限定が生まれた根拠も不明である。このような
数値限定は,本件明細書の実施例からは到底読み取れない。
構成要件Bの成分も,本件明細書の実施例では,ポリブテンが示されて
いるのみであるにもかかわらず「分岐オレフィン又はその水素化物」が,
上記動粘度の条件さえ満たしていれば,そのすべてが所定の作用効果を奏
することの根拠が全く説明されていない。
したがって,本件明細書は,平成2年改正前特許法36条の要件を満た
さない。
(原告の主張)
ア「本件明細書の実施例1の組成の塑性加工用潤滑油以外については作用
効果が不明であることについて(上記「被告らの主張」ア)について」()
上記⑵の「原告の主張」と同旨()
イ「原告自らが技術常識を度外視したパラメータと主張する上限値及び下
限値をもって好ましい範囲と記載していることについて(上記「被告」(
らの主張」イ)について)
「最も好ましい」範囲からの選択であっても,技術的に有利なもの,不
利なものが存在することは自明のことであるところ,被告らは,あえて不
利なものを選択している。
ウ「特許請求の範囲に記載された成分を用いることの理由付けが記載され
ていないことについて(上記「被告らの主張」ウ)について」()
発明の特許要件として,発明のメカニズムを明らかにすることは要求さ
れていない。
エ「特許請求の範囲に記載された成分及び数値についての根拠が記載され
ていないことについて(上記「被告らの主張」エ)について」()
数値限定のみをもって発明の特徴とする典型的な数値限定発明でない限
り,その数値限定の意味を逐一明らかにする必要は認められない。
⑹争点⑶(本件特許権は,その出願手続において不正な手段が用いられてお
り,権利行使することは権利の濫用に当たるか)について。
(被告らの主張)
ア本件特許明細書における実施例の記載
本件明細書は【請求項1】のほか【発明の詳細な説明】に【産業上の,
利用分野【0001【従来の技術及び発明が解決しようとする課題】】】,
【】,【】【】,【】,0002発明が解決しようとする課題00030004
【0005【0006【0007】と続き【0008】~【001】,】,,
3】において,実施例と比較例の比較を行っている。
実施例と比較例はいずれも「アルミフィン成形専用50トンプレス
(社製)を用い,打抜実験を行った」ものであり(0009】BurrOak【
実施例10010比較例10011比較例2その結果が0,【】,【】),【
012】表1に示されている【0013】は,表1の説明であり「臭。,
」。【】気についての5人の感応結果も記載されているそれに続く0014
は【発明の効果】である。
本件明細書の記載は,以上のとおりであるから,本件発明の特許性(技
術上の新規性,進歩性)は,実施例1と比較例1,2の比較によって裏付
けられている。
イ「アルミフィン成形専用50トンプレス(社製」の不存在とBurrOak)
原告の対応
被告らは,本件発明の追試を試みようとしたところ,本件明細書に記載
された実施例1,比較例1及び比較例2の打抜加工実験に用いられた「ア
ルミフィン成形専用50トンプレス(社製」は,本件特許の特BurrOak)
許出願当時から現在に至るまで販売されていないことが明らかとなった。
そこで,被告らは,平成16年2月4日の第2回弁論準備手続期日にお
いて,被告ら準備書面⑴を陳述し,同準備書面において「アルミフィン,
成形専用50トンプレス(社製」は,本件特許の特許出願当時BurrOak)
から現在に至るまで販売されていないこと,現在利用可能な社BurrOak
のプレス機は30トンと60トンであり,被告らは実験方法を検討中であ
ることを述べるとともに社への問合せの結果を含む報告書乙,,(BurrOak
2)を提出した。
これに対し,原告は「社製アルミフィン成形専用50トンプ,BurrOak
レス機」の存在あるいは上記報告書の疑問点を主張することもなく,打抜
実験は30トンでも60トンでも構わない旨を述べ,その後の準備書面に
おいても,同様の主張を繰り返している。
ウ特許明細書の虚偽記載
BurrOak上記の原告の対応及びアルミフィン成形専用50トンプレス「(
社製」が現在に至るまで販売されていないことに照らし,本件明細書に)
記載された実施例1,比較例1及び比較例2の打抜加工実験は行われてい
ないといわざるを得ず,少なくとも,同明細書に記載された条件では行わ
れていない。
本件においては,上記実験は,特許発明の特許性(技術上の新規性,進
歩性)を裏付ける重要なものであるから,これに関する虚偽の記載の存在
により,米国特許法のフロードにおけるクリーン・ハンドの原則を参考と
して,同原則,あるいは,権利濫用の法理に基づき,原告による本件特許
権に基づく差止請求,損害賠償請求は,許されないというべきである。
(原告の主張)
ア被告らの上記主張の根拠は,実施例に記載された「アルミフィン成形専
用50トンプレス(社製」は存在しないということに尽きるよBurrOak)
うである。
イしかし,本件発明は,各潤滑油成分を構成要件とする塑性加工用潤滑油
剤についての発明であり,特定のプレス機をその構成ないし前提とするも
のではないし,実施例に記載された「アルミフィン成形専用50トンプレ
ス(社製」以外のプレス機で本件発明が実施できないなどといBurrOak)
うことは全くない。
ウ本件特許の出願(原出願)につながる研究開発の過程で,原告は,取引
関係等のある複数のアルミフィン製造メーカーの工場において実機試験を
行っており,本件明細書の実施例及び比較例における打抜加工実験は,す
べて上記の実機試験の結果によるものである。
ただ,実験がなされてから既に15年以上が経過し,また,上記の試験
は第三者たるアルミフィン製造メーカーの設備を間借りする形で実施され
たものであるため,当時用いられたプレス機の詳細を現時点で正確に特定
することはもはや困難であり,しかも,本件明細書の「アルミフィン成形
専用50トンプレス社製)を用いとの記載に何らかの誤記例(」(BurrOak
えば最大荷重トン数)が存する可能性も完全に排除することはできない。
そもそも,本件明細書の上記記載は「アルミフィン成形用プレスを用い」
という程度の意味しか持たないものであって(少なくとも当業者は必ずそ
う理解する,上記のような誤記が仮にあったとしても,本件発明の実施)
可能性や技術的範囲は何ら影響を受けるものではない。
⑺争点⑷(実施料相当額)について
(原告の主張)
ア被告エヌ・エスに被告各製品の販売を移管するまでの期間について
被告昭和シェル及び被告日興産業が共同して被告各製品の製造販売を開
始したのは,遅くとも平成4年ないし平成5年ころである。
本件特許の出願公告日(平成7年8月23日)から,被告エヌ・エスに
被告各製品の販売を移管する平成11年1月31日までの間における,被
告各製品の販売金額の総額は,21億円を下らない。
被告昭和シェル及び被告日興産業は,上記の期間,本件特許権に対する
通常の実施料(10パーセント)を支払うことなく被告各製品を製造販売
したことにより,2億1000万円(21億円×0.1)の利得を得,原
告は,上記実施料を得ていないから,上記同額の損失を被った。
イ被告エヌ・エスに被告各製品の販売を移管した後の期間について
被告らが共同して被告各製品の製造販売を開始した平成11年2月1日
から,本件訴訟の提起の日から遡って3年以内の日である平成12年10
月31日までの間における,被告各製品の販売金額の合計は,6億800
0万円を下らない。
被告らは,上記の期間,本件特許権に対する通常の実施料(10パーセ
ント)を支払うことなく被告各製品を製造販売したことにより,6800
万円(6億8000万円×0.1)の利得を得,原告は,上記実施料を得
ていないから,上記同額の損失を被った。
ウ海外への直接販売分に関する主張について
被告昭和シェル及び被告エヌ・エスは,海外向けの被告各製品を販売し
ているが,被告ら自身が直接海外にすべて輸出しているのではなく,輸出
を行う第三者に対し,国内で,いったん被告各製品を販売しているのであ
る。
したがって,被告らが,販売価額の相当部分を海外への直接販売分とし
て除外した数字を主張することには,正当性がない。
エ製造元が販売した後の販売に関しては実施料の支払はない旨の主張につ
いて
被告らは,通常,特許権者から実施権を付与されて製品を製造・販売す
る場合には,製造元が実施契約を結び,実施品の倉出し価格の総額に対し
て実施料を支払い,その後の販売に関しては,実施料を支払わないと主張
する。
しかし,被告らの上記主張は,特許権侵害訴訟における不当利得額の算
定に対する反論としての意味を持たない。被告らの侵害行為により原告が
被った損失及び被告らが得た利得とは,侵害行為をそれぞれ行っている各
被告が侵害行為により得た利得の総計であり,これを被告日興産業の利得
に限る根拠は全く存在しない。
オ不当利得返還義務が連帯債務となることについて
()被告エヌ・エスに被告各製品の販売を移管するまでの期間についてア
被告昭和シェルは,平成7年8月23日から平成11年1月31日ま
での期間に,被告日興産業に対し,被告各製品の製造を委託し,被告日
興産業は,被告各製品を製造した上で,被告昭和シェルにこれをすべて
販売し,被告昭和シェルは,買い受けた被告各製品に自社のブランドを
付して第三者に販売した。
よって,被告昭和シェルの行為と被告日興産業の行為との間には,密
接な関連共同性が認められ,民法719条1項前段に該当する。
また,権利者と複数の共同的権利侵害者の間で不当利得返還請求権が
成立する場合,不当利得返還請求を受ける当事者間に目的に向けての共
同体が形成されているときは,不当利得返還請求にも不真正連帯債務関
係が認められるべきところ,被告昭和シェルの行為と被告日興産業の行
為との間の密接な関連共同性からすれば,本件において,目的に向けて
の共同体の形成は十分に認められる。
したがって,被告昭和シェル及び被告日興産業は,上記の期間におけ
る本件特許権の侵害行為によって生じた原告に対する不当利得返還義務
について(不真正)連帯債務を負っている。,
()被告エヌ・エスに被告各製品の販売を移管した後の期間についてイ
被告昭和シェルは,平成11年2月1日をもって,国内ユーザー各社
に対する被告各製品の販売活動を,被告昭和シェルと被告日興産業との
合弁企業である被告エヌ・エスに移管し,同日以降,被告日興産業は,
新たな製造委託に基づき,被告各製品を製造した上で,被告エヌ・エス
と被告昭和シェルにこれをすべて販売し,被告昭和シェル及び被告エヌ
・エスは,買い受けた被告各製品に自社のブランドを付して,それぞれ
相互補完的に第三者に販売している。
よって,被告らの行為の間には,密接な関連共同性が認められ,民法
719条1項前段に該当する。
したがって,被告らは,平成11年2月1日から平成12年10月3
1日までの期間における本件特許権の侵害行為によって生じた原告に対
する不当利得返還義務について(不真正)連帯債務を負っている。,
(被告らの主張)
ア平成7年8月23日から平成11年1月31日までの期間は,被告日興
,。産業が被告各製品を製造し被告昭和シェルが被告各製品を販売していた
上記期間における被告日興産業の被告昭和シェルへの販売金額の総額
は,8億1579万2210円である。そして,上記期間における被告昭
和シェルの国内特約店あての販売金額は,8億8497万8070円であ
る。
イ平成11年2月1日から平成12年10月31日までの期間は,被告日
興産業が被告各製品を製造し,被告昭和シェル及び被告エヌ・エスが被告
各製品を販売していた。
上記期間における被告日興産業の被告昭和シェル及び被告エヌ・エスへ
の販売金額の総額は,5億2232万4000円である。そして,上記期
間における被告エヌ・エスの販売金額は,4億5735万3400円であ
る。
上記期間における被告昭和シェルの販売先は,すべて国外の特約店であ
り,国内の特約店には販売されていない。
,,ウ通常特許権者から実施権を付与されて製品を製造・販売する場合には
製造元が実施契約を結び,実施品の倉出し価格の総額に対して実施料を支
払い,その後の販売に関しては,実施料を支払わない。
エ被告各製品のような石油製品は,薄利多売の製品であり,石油製品に関
する特許の実施料は,極めて低いのが一般的であって,通常1ないし2%
程度である。実際に,上記ア及びイの期間における被告各製品の製造・販
売についても,十分に損益分岐点に達せず,赤字となっている。
オ実施料の算定に当たり,実施許諾対象製品に対する特許発明の寄与の程
度が考慮されることは,当然のことである。そして,本件発明が被告各製
品の売上げに寄与するところがないことは,後記⑻の「被告らの主張」()
ウのとおりである。
⑻争点⑸(損害の発生の有無及びその額)について
(原告の主張)
ア被告らは,本件訴訟の提起の日から遡って3年以内の日である平成12
年11月1日から被告らが被告各製品の製造販売を停止したと主張する平
成16年8月31日までの期間,故意又は過失により,被告各製品の製造
販売を共同して行い,本件特許権を侵害した。
被告らが,上記の期間に製造販売した被告各製品の量の合計は,1万1
700キロリットルを下らない。そして,原告は,上記販売数量を含めた
数量の本件発明の実施品を製造販売する能力を有しており,被告らによる
本件特許権の侵害行為がなければ,上記販売数量と同量の潤滑油剤を製造
販売することが可能であり,その1リットル当たりの利益の額は,88円
である。
したがって,被告らによる上記の期間における本件特許権の侵害行為に
より原告が受けた損害の額は,10億2960万円(1万1700キロリ
ットル×1000×88円/リットル)を下らない(特許法102条1
項。)
イ原告は,被告らの本件特許権の侵害行為のために本件訴訟の提起を余儀
なくされ,原告訴訟代理人らに支払を約した弁護士費用相当額の損害を被
った。
本件事案の性質,内容等にかんがみれば,被告らに対する本件差止請求
及び損害賠償請求のために要し,又は要する弁護士費用のうち7000万
円は,本件特許権の侵害行為と相当因果関係のある損害に当たる。
ウ被告らの行為の間には,密接な関連共同性が認められ,民法719条1
項前段に該当することは,上記⑺の「原告の主張」オ()のとおりであ()イ
る。
したがって,被告らは,本件特許権の侵害行為によって生じた原告に対
する損害賠償義務について(不真正)連帯債務を負っている。,
(被告らの主張)
ア被告各製品の製造・販売数量
平成12年11月1日から平成15年10月31日までの期間は,被告
日興産業が被告各製品を製造し,被告昭和シェル及び被告エヌ・エスが被
告各製品を販売していた(なお,被告日興産業は,平成16年8月31日
,,,,をもって被告各製品の製造を停止し被告エヌ・エスは同日をもって
,,,被告各製品の販売を停止し被告昭和シェルは同年1月31日をもって
被告各製品の輸出を停止した。。)
上記期間における製造数量は,8785キロリットルであり,販売数量
は,被告昭和シェル及び被告エヌ・エスの両社で合計7843キロリット
ルである。
,,なお上記の期間に被告エヌ・エスが海外に直接販売した被告各製品は
2400.420キロリットルである。
イ特許法102条1項にいう「利益」
いわゆる粗利を特許法102条1項にいう「利益」とすることは,原告
に実際以上の利益を与えることになるため,損害賠償請求においては,い
わゆる粗利を「利益」とすることは認められない。
原告の利益については,原材料費のみならず販管費(製造費,荷造運賃
費,販売経費,一般管理費等)を考慮して考えるべきところ,原告の実施
品の利益率は,多く見ても2%前後である。
原告の主張によれば,原告の実施品の利益率は47.45%となるが,
このような高い利益率は法外なものであり,被告らや当業に従事する他社
の計算書類により公表されている利益実績,特約店を介在した取引形態と
いう当業界の取引慣行及び原告の実施品の取引の実情に照らし,到底認め
られるものではない。
ウ本件発明の寄与の程度
()特許法102条1項ただし書は,侵害者の営業努力その他の要因にア
より「侵害者の譲渡数量=権利者の喪失した販売数量」とできない事,
情を侵害者が立証すれば,その事情に応じた額を控除する趣旨の規定で
あるから,侵害された特許発明が侵害品の売上げにどの程度寄与したか
の問題を同項ただし書の適用により解決することができる。
()被告各製品の売上げは,次のとおり,被告各製品の性能(品質)にイ
よるのであって,本件発明の作用効果によるものではない。
a被告各製品は,アルミフィンの加工工程における洗浄工程を不要と
するものであり,このことは,被告各製品の売上げに大きな影響を与
えている。
,,,これに対し本件発明の作用効果は加工性の向上や脱脂性であり
洗浄工程を不要とすることは,本件発明の作用効果ではない。
bアルミフィンの加工工程においては,加工油による作業者の手荒れ
が大きな問題となっているところ,被告各製品は,手荒れ防止の効果
が顕著であり,このことは,被告各製品が購入される大きな動機とな
っている。
手荒れ防止が本件発明の作用効果ではないことはいうまでもない。
()被告各製品は,市中において大量に販売される製品ではなく,発注ウ
者の注文に応じて納品されるものであり,その性能要請に応じて製品の
性能(品質)が決定される。
本件発明の作用効果は漠然としており,その構成も漠然としたもので
あるから,本件発明のみで発注者の要求する性能及び品質に応じること
はできない。
したがって,被告各製品の売上げは,販売者の営業努力及び市場開発
努力によるものであって,本件発明によるものではない。
第3争点に対する当裁判所の判断
1争点⑵ウ(進歩性の有無)について
本件については,事案の内容にかんがみ,まず争点⑵ウから判断する。
⑴引用例10について
ア引用例10(乙19)には,次の記載がある。
()「本発明はアルミニウム製品の加工に関するものである。特に詳しア
くは,本発明は加工工程中,加工部材とアルミニウム材の間の摩擦面に
オレフィンのある群のものを用いて摩擦状態の下にアルミニウムを加工
する技術の改良に関する。
アルミニウム製品,例えばフィルム,フォイル等を含むアルミニウム
,,,,シートアルミニウムワイヤを加工する際アルミニウムを切削押出
プレス,スタンピング,鍛造する際等々においては,加工部材とアルミ
ニウムとの間の界面の潤滑には様々な困難があった(1欄10ない。」
し23行)
()「上記目的のために有益であることを私どもが明らかにした(かつイ
顕著な刺激性又はその他の生理的効果を持たない)組成物は,以下の一
般式をもつ少なくとも炭素数10の長鎖オレフィンである(以下「オレ
フィン」又は「オレフィン組成物」と称する。)
(I)
上記一般式において,R,R’は水素,フッ素からなる群から選ばれ
た基であり,その上に,R’はメチル基,フルオロメチル基,ジフルオ
ロメチル基及びトリフルオロメチル基からなる群から選ばれた基であっ
てもよく,R”は少なくとも8個の炭素原子を持つ直鎖アルキル基,及
び少なくとも8個の炭素原子を持つ直鎖フルオロアルキル基とからなる
群から選ばれた,1価の直鎖飽和脂肪族基である。R”は炭素原子数が
35を越えないことが望ましいが,それ以上の長鎖基も使える(1。」
欄62行ないし2欄10行)
()従って加工用部材の加工又は工作の結果として上記部材が酸ウ「,,(
化アルミニウム皮膜が破れた後に)新鮮なアルミニウム表面とただ一度
だけ接触するアルミニウムの工作条件下で,加工を受けるアルミニウム
片と加工部材との間の摩擦界面にこれらの長鎖オレフィンを導入する
,(,,,)とアルミニウムの加工それが圧延切削押出引き抜き等の場合
を行うのに必要な力が大幅に減少した;更に,アルミニウムが加工部材
に付着した形跡はなかった;そして更に,このようなオレフィンによっ
て,加工されたアルミニウムは高度に研磨された表面となったことを見
出したのは驚くべきことであった。上記目的に対してこれらの長鎖オレ
フィンを使用すると,アルミニウムの加工の後に,検出可能な残留汚染
物を残すことなく,この長鎖オレフィンは比較的温和な条件下で,アル
ミニウム表面から容易に蒸発できるのが普通であると言う更なる利点を
有することも見出された。このことにより,圧延アルミニウムシート又
は箔の加工の際に使用される通常の組成物を凌ぐ著しい改善が得られ
た,と言うのはアルミニウム表面の汚染を防ぐために加工後にアルミニ
ウムから潤滑剤を除去するために比較的厄介な工程が必要だからであ
る。最後に,これらの潤滑剤は,工具を清浄にすることに,研磨するこ
とに,及び交換することに割かれる時間を大幅に短縮し,工具の寿命を
著しく延ばす(2欄29ないし55行)。」
()「分岐鎖状化合物と対比して)上記一般式(I)に示された直鎖エ(
の化合物には,以下のものが含まれる,例えば,デセン-1,ドデセン
,,,,-1テトラデセン-1α-メチルテトラデセン-1ドデセン-2
テトラデセン-2,ペンタデセン-1,ヘキサデセン-1(セテン,)
α-メチルヘキサデセン-1,オクタデセン-1,オクタデセン-2,
,,,1-フルオロテトラデセン-112-ジフルオロテトラデセン-1
,,,1-フルオロヘキサデセン-1トリフルオロ-ヘキサデセン-11
1,1,2-テトラフルオロヘキサデセン-2,等々パラフィン製品の
クラッキングから得られるそのようなオレフィン類,又はフィッシャー
・トロプシュ()プロセスにより得られるこれらのオレFischer-Tropsch
フィン類の混合物も同様である(2欄56ないし66行)。」
()「製造が容易なこと,合成原料が容易に入手できること,及びそれオ
らの原料の安定性,並びに潤滑剤として及び他の公知の潤滑剤への添加
剤として優れた特性のために,オレフィン系材料として,12~25個
の炭素原子の鎖長で1-又は2-の位置にオレフィン系不飽和結合を有
する直鎖不飽和脂肪族炭化水素を使用することが好ましい。
,,上記オレフィンは単独あるいはこれらの混合物として使用できるし
或いはこれらのオレフィンは,アルミニウムの加工の際に改善をもたら
すオレフィンの能力に顕著に影響しないその他の稀釈剤及び展延剤と混
。,,,合してもよいかくしてこれらのオレフィン類は潤滑油粘度の鉱油
ジエステル組成物等と混合される(2欄67行ないし3欄10行)。」
「,()上記溶剤又はその他の潤滑油組成物に対するオレフィンの濃度はカ
溶液又は混合物の総重量の10~95重量%の範囲なら使用に好都合で
ある(3欄22ないし26行)。」
()「オレフィン組成物が混合される典型的な鉱油又は炭化水素油は,キ
25~10,000セイボルトユニバーサル秒(S.U.S)の粘度.
を持つ石油から得られたものであるが,これは単一の炭化水素でも炭化
水素混合物でもよい(3欄31ないし35行)。」
()特許請求の範囲ク
「1.切削,圧延,引き抜き及び押出から成る群から選ばれる加工方
法に用いる加工部材とアルミニウム材を接触することによるアルミニウ
ム材の加工方法において,加工部材とアルミニウム材との間の界面に,
下記の一般式を有し本質的に単量体オレフィンから成る皮膜を供給
()することを特徴とする改良方法。supplying
(式中,R’は水素及びメチル基から成る部類から選ばれる基であり,
R”は8~20個の炭素原子を有し,実質的にアルキル基の全ての炭素
が直鎖の中にある一価のアルキル基である)。
2.圧延ロールと圧延対象のアルミニウムとの間の界面に,下記の一
般式の本質的に単量体オレフィンから成る皮膜を供給することを特徴と
するアルミニウムの圧延方法。
(式中,R’は水素及びメチル基から成る部類から選ばれ,R”は8~
20個の炭素原子を有し,実質的にアルキル基の全ての炭素が直鎖の中
にある一価のアルキル基である(7欄57行ないし8欄14行)。)」
イ上記アの記載からすると,引用例10には,アルミニウム製品に圧延等
の加工を行う際の潤滑に用いられる組成物において,その成分として,上
記ア()の一般式(Ⅰ)で表される炭素数が10以上の長鎖オレフィン1イ
0ないし95重量%及び25ないし10,000セイボルトユニバーサル
秒(S.U.S)の粘度を持つ石油から得られた鉱油又は炭化水素油を.
含有するものが記載されているものと認められる。そして,圧延及び引抜
きは,上記第2の1⑷のとおり,塑性加工に含まれる。また,上記一般式
(Ⅰ)の組成物は,R及びR’を水素とすれば,炭素数が10以上の直鎖
オレフィンとなるから,上記一般式(Ⅰ)の組成物には,炭素数が10以
上の直鎖オレフィンが含まれる。さらに,粘度換算についての報告書(乙
38)によれば,32.6S.U.S.は2.0cStに相当し,10,
000S.U.S.は2160cStに相当し,25ないし10,000
S.U.S(上記ア())は,少なくとも2.0ないし2160cSt.キ
の範囲を包含するものであることが認められる。
ウよって,本件発明と,引用例10発明とは,塑性加工用の潤滑油剤にお
いて,炭素数が10以上の直鎖オレフィン10ないし50重量%を含有す
るものが含まれる点で一致又は重複し,潤滑油剤の直鎖オレフィン以外の
成分が,本件発明では,40℃における動粘度が0.5ないし30cSt
の分岐オレフィン及び分岐オレフィンの水素化物よりなる群から選ばれる
少なくとも一種の化合物であるのに対し,引用例10発明では,鉱油又は
ジエステル組成物等であり,その粘度が「潤滑油粘度」とされていて,オ
レフィン組成物が混合される典型的な鉱油又は炭化水素油が,2.0ない
し2160cStの粘度を持つ石油から得られたものとされている点で相
違する。
⑵引用例9について
ア引用例9(乙13)には,次の記載がある。
()「潤滑油,グリースの使命は,いうまでもなくすべり合う金属どうア
しを油膜によって分離し,摩擦,摩耗を減少させ焼付きを防止すること
にある。しかしながら,潤滑条件がか酷になるとこの油膜は熱的あるい
は機械的に破壊され,もはや潤滑作用を示さなくなり,著しい摩擦ある
いは摩耗の増大をもたらし,ついには焼付きに至る。このような境界潤
extreme滑条件下において潤滑油に潤滑性能を与えるのが極圧添加剤,(
)と総称される一連の添加剤である。pressureadditives
従来,この種の添加剤は,吸着膜によって摩擦,摩耗を減少させる油
性向上剤()と,化学反応の結果生成する被膜によっoilinessimprovers
て焼付きを防止する極圧添加剤とに分類されていたが,現在は,油性向
上剤と極圧添加剤を総括して極圧添加剤と称するようになってきた」。
(343頁左欄2ないし16行)
()「油性剤としては,古くからオレイン酸などの高級直鎖脂肪酸あるイ
いは高級アルコール,アミン,エステル,グリセライド,さらには塩素
化油脂,硫化油脂などが用いられてきた(347頁右欄12ないし。」
15行)
()「以上で述べた油性剤は,現在でも広く使用されているが,最近でウ
はα-オレフィン,あるいは芳香族化合物の油性剤としての効果が注目
R.S.OWENScetane1-cetaneethylstearatevinylstearateされているらは。,,,,
,,を潤滑剤としてステインレスの潤滑に対する二重結合の影響を検討し
表6の結果を得ている。表6に示されるように,は炭素鋼,ニ1-cetene
ッケルに対してはあまり効果はないが,クロムおよびスティンレス鋼に
対しては著しい摩擦減少効果を示している。この作用機構としては,摩
擦面でα-オレフィンの二重結合が開きクロムあるいはクロム酸化物と
化学的に結合し,強固な化学吸着膜を形成し,焼付きを防止しているも
のと説明されている。また,α-オレフィンはアルミニウムの潤滑に対
しても有効に作用するといわれている(347頁右欄21ないし3。」
5行)
イ上記アの記載からすると,引用例9は,α-オレフィンが油性向上剤と
しての効果を有し,アルミニウムの潤滑に対しても有効に作用することを
開示している。
⑶引用例1について
ア引用例1(乙6)には,次の記載がある。
()「潤滑油にアルキルペンタエリトリトールホスフアイトの1種以上ア
とホスホン酸エステルの1種以上を配合させた冷間加工用潤滑剤を被加
工材の表面に塗布し,被加工材表面にアルキルペンタエリトリトール及
びホスホン酸エステルと被加工材との反応によつて形成される膜の存在
の下に被加工材の塑性加工を行うことを特徴とするアルミニウム塑性加
工方法(1頁特許請求の範囲請求項3)。」
()「本発明は,アルミニウムあるいはアルミニウム合金の冷間鍛造にイ
好適な潤滑剤及びそれを用いた塑性加工方法に関する(1頁右下欄。」
4ないし6行)
()「本発明に用いられるアルキルペンタエリトリトール及びホスホンウ
酸エステルの作用について述べると概略以下の通りである。すなわち,
アルキルペンタエリトリトールは,被加工材または金型加工面などに吸
着し,油性向上剤として働くもので,加工開始時のような低温,低面圧
条件における金属同士の接触を防止するものであり(3頁左上欄8な」
いし14行)
()「本発明のベース油として用いられる潤滑油は,鉱油の他に,αオエ
レフイン油,モノエステル油,ポリブテン油,ポリグリコール油などの
合成油及びこれらの混合油が例示される(3頁右上欄5ないし8行)。」
イ引用例1の4頁の表には,潤滑剤の例として,鉱油,ジオクチルセバケ
ート,トリメチロールプロパントリカプリレート及びポリブテンが記載さ
れている。
ウ上記ア及びイの記載からすると,引用例1は,アルミニウム塑性加工に
用いられ,油性向上剤及びベース油からなる潤滑剤において,ベース油と
して,鉱油のほか,ポリブテンが用いられることを開示している。
⑷引用例11について
ア引用例11(乙36)には,次の記載がある。
()「イオウ含有量50ppm以下の多段接触水添炭化水素油,流動パア
ラフイン,ポリオレフインまたはアルキル化芳香族化合物のうちの少く
とも1種類を潤滑油基油として含有する潤滑油組成物(1頁特許請。」
求の範囲請求項⑴)
()「本発明の他の目的は実際の使用条件下でオイルステインの発生のイ
ない金属加工用潤滑油,特に防錆油,圧延油,切削油,摺動面油を提供
することである(2頁左下欄2ないし5行)。」
()「ポリオレフインとしては分子量200~2500の水素化されてウ
いるかまたはされていないポリブテン,ポリイソブチレン,ポリプロピ
レンが使用できる。例えば出光石油化学㈱製出光ポリブテンあるいは出
光IP-ソルベント等が好適である(3頁左上欄下から3行ないし。」
右上欄3行)
()「実施例1エ
下記表2に示す試料を用いてオイルステインの実験を行なつた。試料
1~4は本発明による潤滑油組成物である。5,および6は比較品とし
て1段接触水添油を主成分として用いた潤滑油組成物であり,7は市販
のさび止め油である。
表2
・・・試料1,2,4,5,7の性状を表3に示す。
試料
番号
試  料  組  成
12段接触水添油(100%)
23段接触水添油(100%)
31+酸化防止剤D.B.P.C.(0.5wt%)
4出光I.P.-ソルベント2835(100%)
51段接触水添油(100%)
65+酸化防止剤D.B.P.C.(0.5wt%)
7市販さび止め油






表3
(4頁左上欄6行ないし左下欄)」
イ上記アの記載からすると,引用例11は,潤滑油の基油として用いられ
,,るポリオレフィンは水素化されているものも水素化されていないものも
同様に用いられることを開示している。
⑸容易想到性について
ア引用例9には,上記⑵イのとおり,α-オレフィンが油性向上剤として
の効果を有することが開示されており,引用例9の上記⑵イ()で例示さウ
,,れたは引用例10の上記⑴ア()で例示されたものであるから1-ceteneエ
当業者であれば,引用例10における「長鎖オレフィン」が油性向上剤と
して機能するものであり,引用例10の上記⑴ア()の「他の公知の潤滑オ
剤への添加剤として優れた特性」との記載が油性向上剤としての特性を指
。,,すものであると理解することができるそうすると引用例10において
潤滑油剤の直鎖オレフィン以外の成分である「鉱油又はジエステル組成物
等」が,潤滑油組成物における基油に相当するものであることも理解する
ことができる。
イ引用例1には,上記⑶ウのとおり,アルミニウム塑性加工に用いられ,
油性向上剤及びベース油からなる潤滑剤において,ベース油として,鉱油
のほか,ポリブテンが用いられることが開示されており,引用例10発明
及び引用例1発明は,いずれも,アルミニウム製品の塑性加工用の潤滑油
剤に関する発明であるから,引用例10発明において,潤滑油組成物にお
ける基油である鉱油又はジエステル組成物等に代えて,引用例1に鉱油と
試料1試料2試料4試料5試料7
粘度cst
 (37.8℃)
8.3248.02212.38.3292.678
いおう分
 wtppm
73<52202100
同等のベース油として明示されているポリブテンを用いることは,当業者
が容易に想到し得るものである。
なお,ポリブテンが分岐オレフィン又は分岐オレフィンの水素化物に該
当することは,本件明細書に「本発明において(B)成分として用いられ
る分岐オレフィン及び分岐オレフィンの水素化物とは,上記直鎖オレフィ
ン(A)以外のオレフィン及びこのオレフィンの水素化物をいう。これら
は,一般に潤滑油剤の基油として用いられる合成油の一種であり,具体的
には,例えばポリブテン,ポリプロピレン等の分岐オレフィン,その水素
化物,あるいはこれらの混合物などが挙げられる(3欄26ないし3。」
3行)と記載されているとおりである。
そして,引用例11には,上記⑷イのとおり,潤滑油の基油として用い
られるポリオレフィンとしては,水素化されているポリブテンも水素化さ
れていないポリブテンも,同様に用いられることが開示されている。
以上のことからすると,引用例10発明において,引用例1発明を組み
合わせて,直鎖オレフィン以外の成分として,分岐オレフィン又は分岐オ
レフィンの水素化物を用いることは,当業者にとって容易に想到できたこ
とといえる。
ウ次に,動粘度に関しては,引用例3に「1.5~4.5cst/40,
℃の粘度をもつ鉱物油をベースオイルとし,更に油性を向上さすため高級
アルコール,高級脂肪酸,高級脂肪酸のエステル等を添加する(29。」
0頁右欄45行ないし291頁左欄2行「冷間圧延油は1.5~4.),
5cst/40℃の粘度の鉱物油をベースオイルとし,これに油性向上剤
として高級アルコール(C~C)高級脂肪酸(C~C)高級脂肪10181218
酸のブチルエステルあるいはメチルエステル等を添加したものがある2」(
96頁左欄8ないし12行)との記載があり,引用例6に「鉱油として,
はステンレス鋼用には比較的粘度の高いもの(たとえば100~150S
SU100゜Fアルミニウムの冷間用には比較的粘度の低いもの3,),(
0~55SSU,100゜F)が使用される(636頁左欄1ないし。」
5行「SSU」は「SUS」の誤記と認められる)との記載があり,。,。
「トライボロジー叢書1新版潤滑の物理化学(第二版(乙37))」
に,引用例1において潤滑油の基油として鉱油と並んで記載されているジ
オクチルセバケート(上記⑶イ)の100゜Fにおける粘度が12.5c
Stであることが記載されている。そして,100゜Fは,ほぼ37.8
℃に相当し,粘度換算表(乙38)によれば,100ないし150SUS
は,ほぼ21ないし32cStに相当し,30ないし55SUSは,少な
くとも2.0ないし8.5cStの範囲を含むものであることが認められ
る。
そうすると,潤滑油組成物の基油の粘度として,引用例3には,40℃
で1.5~4.5cStのもの,引用例6には,ステンレス鋼用として約
38℃で21~32cStのもの,アルミニウム冷間用として約38℃で
2.0~8.5cStのもの,引用例1には,約38℃で12.5cSt
のものが,それぞれ開示されているものと解される。
他方,本件明細書の記載によれば「40℃における動粘度が0.5な,
いし30cSt」という数値範囲が示されているものの,その上限値及び
下限値について,本件発明が有するとされる各作用効果に関し,技術的観
点からどのような臨界的意義が存するかは,全く開示されておらず,その
示唆もない。
したがって,本件発明において,潤滑油組成物における基油に相当する
「分岐オレフィン及び分岐オレフィンの水素化物よりなる群から選ばれる
少なくとも一種の化合物」の動粘度を「40℃における動粘度が0.5な
いし30cSt」と規定している点は,前記の各引用例における数値範囲
の開示を考慮すれば,当業者がアルミニウムの塑性加工において,通常使
用する潤滑油の基油の粘度範囲を規定したものにすぎず,格別の範囲を規
定したものではないものと認められる。
したがって,引用例10発明に引用例1発明を組み合わせた場合に,当
業者が,その分岐オレフィン又は分岐オレフィンの水素化物の動粘度を,
40℃で0.5ないし30cStとすることに,格別の困難性はないもの
といえる。
エよって,本件発明と引用例10発明との相違点に係る構成は,引用例1
,,,,発明に基づき引用例369及び11の各記載を考慮することにより
当業者が容易に想到し得るものと認められる。
オまた,本件発明の有する加工性の向上という効果は,引用例10発明に
開示されているα-オレフィンについて,これが油性向上剤としての効果
を有する旨の引用例9の記載から容易に予測されるものであり,加工製品
の表面の脱脂性の向上という効果も,引用例10の上記⑴ア()の記載のウ
ように,既知の効果であるか,引用例10発明に引用例1発明を組み合わ
せた潤滑油剤の構成が奏する効果として容易に予測し得るものにすぎず,
それが格別のものであるとは認められない。
カ以上のアないしオの説示に照らし,本件特許の出願当時,直鎖オレフィ
ンは当業者には油性剤として認識されていなかったと考えるのが自然であ
り,仮に,そのような認識があったとしても,引用例10発明,引用例9
発明,引用例1発明及び引用例11発明を組み合わせて本件発明を導く合
理的動機付けが存在しないし,仮にそのような動機付けがあり,上記各引
用例発明を組み合わせたとしても,本件発明の構成要件をすべて具備した
潤滑油組成物には到達し得ず,さらに,本件発明に係る潤滑油組成物は,
上記各引用例発明からは予期できない顕著な効果を奏する旨の原告の主張
を,いずれも採用する余地がないことは明らかといえる。
,,,したがって本件発明は引用例10発明に引用例1発明を組み合わせ
引用例3,6,9及び11の各記載を考慮することにより,当業者が容易
に発明をすることができたものというべきである。
⑹訂正の請求について
なお,原告は,上記第2の1⑻のとおり,無効審判事件において,本件訂
正請求をしたが,同訂正請求を認める旨の審決が確定したとしても,訂正後
の本件発明は,次のとおり,引用例10発明に引用例1発明を組み合わせ,
引用例3,6,9及び11の各記載を考慮することにより,当業者が容易に
発明をすることができたものである。
ア本件訂正後の本件発明と,引用例10発明とは,アルミニウム製品加工
用の潤滑油剤において,1-オクテン,1-デセン,1-ドデセン,1-
テトラデセン,1-ヘキサデセン,1-オクタデセン及び1-エイコセン
から選択される直鎖オレフィン10ないし50重量%を含有するものが含
まれる点で一致又は重複し,①潤滑油剤の直鎖オレフィン以外の成分が,
本件発明では,40℃における動粘度が0.5ないし30cStのポリブ
テン及びその水素化物よりなる群から選ばれる少なくとも一種の化合物で
あるのに対し,引用例10に記載された発明では,鉱油又はジエステル組
成物等であり,その粘度が「潤滑油粘度」とされていて,オレフィン組成
物が混合される典型的な鉱油又は炭化水素油が,2.0ないし2160c
(「」Stの粘度を持つ石油から得られたものとされている点以下相違点①
という)及び②アルミニウム製品の加工に関し,本件発明では,アルミ。
フィン成形用と特定されているのに対し,引用例10に記載された発明で
,(「」。)はアルミニウム製品の加工とされている点以下相違点②という
で相違する。
イ相違点①について
相違点①については,上記⑸アないしエと同様である。
ウ相違点②について
引用例10は,上記⑴ア()のとおり,様々な態様のアルミニウム製品ア
の加工があることを前提とし,加工対象のアルミニウムの形態も,様々な
ものがあることを前提としているまた引用例10発明は上記⑴ア()。,,ア
のとおり,アルミニウムの加工に際し,アルミニウム材と加工部材との間
の摩擦面における潤滑の問題点の解消を試み,その課題解決のために,ヘ
キサデセン-1等のオレフィンを潤滑油組成物の成分として用いることを
,,,開示するものであるから当業者はアルミフィンの成形加工についても
同様の技術課題が存すると認識し得るものと認められる。また,本件訂正
後の本件明細書において,アルミフィンの成形加工に関して,独自の技術
課題が存することは何ら開示されておらず,その示唆も認められない。
したがって,当業者にとって,引用例10発明の潤滑油剤を,アルミニ
ウム製品の加工のうち,アルミフィン加工の用途に限定した潤滑油剤とし
て用いること(相違点②)に,何らの困難はないといえる。
エしたがって,本件訂正後の本件発明は,引用例10発明に引用例1発明
,,,,を組み合わせ引用例369及び11の各記載を考慮することにより
当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。
⑺上記⑴ないし⑸のとおり,本件発明は,引用例10発明に引用例1発明を
組み合わせ,引用例3,6,9及び11の各記載を考慮することにより,当
業者が容易に発明をすることができたものであり,本件特許は,特許法29
条2項の規定に違反して特許されたものであって,上記⑹のとおり,本件訂
,,,正後の本件発明も引用例10発明に引用例1発明を組み合わせ引用例3
6,9及び11の各記載を考慮することにより,当業者が容易に発明をする
ことができたものであるから,本件特許は,同法123条1項2号の規定に
基づき,特許無効審判により無効にされるべきものである。
2上記1のとおり,本件特許は,特許法123条1項2号の規定に基づき,特
許無効審判により無効にされるべきものであるから,原告は,同法104条の
3第1項の規定により,被告に対し,本件特許権を行使することができない。
第4結論
以上によれば,原告の請求は,その余の点を判断するまでもなく,いずれも
理由がないからこれらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第29部
清水節裁判長裁判官
山田真紀裁判官
東崎賢治裁判官
物件目録
1次の⑴ないし⑶の製品名・型番号のいずれか又は両方を有する潤滑油剤(製品
名のうち「フィンストック」は,英字表記「FINSTOCK」を含む),。
⑴「フィンストックRF190「T-7G08A」」,
⑵「フィンストックRF190HS」
⑶「フィンストックRF270「T-7F21C」」,
2次の⑴ないし⑷の製品名・型番号のいずれか又は両方を有する潤滑油剤(製品
名のうち「プロホーマー」は,英字表記「PROFORMER」を含む),。
⑴「プロホーマーK18A「T-7K18A」」,
⑵「プロホーマーK18B「T-7K18B」」,
⑶「プロホーマーK18C「T-7K18C」」,
⑷「プロホーマーK18D「T-7K18D」」,

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