弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 被告が、原告に対し、地方公務員災害補償法の規定に基づき、平成七年一二月
五日付けでなした公務外認定処分はこれを取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
       事実及び理由
第一 請求
 主文同旨
第二 事案の概要
一 本件は、原告が、被告に対し、原告の二男の死亡は公務に起因するものであ
り、これを公務外災害であるとした被告の処分は違法であるとしてその取消しを求
めた事案である。
二 前提事実(争いのない事実等)
1 訴外a(昭和四三年一〇月二二日生、以下単に「被災者」とする)は、原告の
二男であり、平成三年四月一日に大阪府警察本部に警察官として採用され、警察学
校卒業後、平成三年一一月二八日からζ警察署警ら課警ら第一係員として、平成五
年三〇日から同署地域課地域第三係員として派出所に勤務していた(甲五、原告本
人)。
 被災者が、所属していた地域課地域第三係は、警部補以下二四名で構成され、被
災者はb警部補(平成五年七月当時)を直属の上司として第一運用区の各派出所
(β、γ、δ、ε)を拠点として勤務を行っていた。
 当時の被災者の勤務内容は、警邏(派出所の受持区域を巡行し、犯罪の予防、検
挙、交通指導取締、少年の補導等の住民に対する助言、指導を行うこと。通常は昼
間は一名、夜間は二名で行うものとされている。)、巡回連絡、立番、見張り、在
所、盗難等の被害届の受理及び各種願届の受理、盗難臨検、駐車苦情に対する措置
等であった。次に勤務体制並びに勤務時間、休憩時間については、第一当務の勤務
時間は午前九時から午後五時四五分、休憩時間は四五分、第二当務のうちA当務の
勤務時間は午前九時から翌午前八時(拘束時間二三時間)、休憩時間は七時間、B
当務の勤務時間は午前九時から翌午前一〇時(拘束時間二五時間)、休憩時間は九
時間とされていた。またこのA当務とB当務については、勤務員の半数が当務日毎
に交互に行うように指定されなければならないとされており、休憩時間の中に連続
四時間の仮眠時間を含み、どの時間帯でとるかについても予め指定されているとと
もに、右休憩時間とは別に一回の当務につき各一五分間の休息が四回計一時間指定
されていた。さらに、被災者が勤務していた第一運用区の各派出所は昼夜とも二人
勤務が所定の体制であった(証人b)。
2 平成五年七月二四日午前〇時八分ころ、被災者は、盗難の件でカラオケボッ
クス「ブルートレインエフ」(東大阪市〈以下略〉所在)にc巡査とともに立ち寄
った。そして同敷地内の椅子に座り、被害者である同店経営者から事情聴取中の午
前〇時一二分ごろ、暴走族車と思われるオートバイのけたたましいエンジン音が聞
こえたため、c巡査が被災者に確認と本署基地局への無線連絡を指示した。被災者
が基地局への無線連絡を終え、c巡査の右隣の椅子に座った後、被災者は椅子から
落ちるように前のめりに倒れ、c巡査が呼びかけたが、全く反応しなかった。
3 被災者は救急車で医療法人若弘会若草第一病院(東大阪市〈以下略〉所在)に
搬送されたが、同病院d医師により死亡が確認され、警察医の広瀬医院(東大阪市
〈以下略〉所在)e医師により「急性虚血性心疾患(疑)」で死亡したと診断され
た。
4 原告は右「急性虚血性心疾患(疑)」(以下単に「本件発症」とする)が、公
務上の災害であるとして、平成五年九月一〇日付けで公務災害の認定請求を行った
ところ、被告は本件発症は公務に起因するものではないとして、平成七年一二月五
日付けで公務外の災害であると認定し、その旨を原告に通知した。原告はこれを不
服として、平成七年一二月一九日付けをもって地方公務員災害補償基金大阪府支部
審査会に対し審査請求を申し立てたが、同支部審査会は平成九年三月七日付けで右
審査請求を棄却する旨の裁決をなし、その旨を原告に通知した。さらに原告は右裁
決を不服として、平成九年六月五日付けで地方公務員災害補償基金審査会に対し再
審査請求を申し立てたが、同審査会は平成一〇年三月四日付けで右再審査請求を棄
却する旨の裁決を行い、同年四月一六日にこの旨を原告(代理人)に通知し、同年
四月一七日、原告は右通知を知った。
三 原告の主張
1 被災者は、いわゆる新任巡査として率先して仕事をせざるを得ない状況にあ
り、本人の性格も非常に真面目で警察官の仕事に対し誠実に取り組んでいたこと等
から、本件発症一年前から、その所定業務との対比においても、また他の同僚との
対比においても、多くの時間外労働を行ってきたものである。被災者の場合、もと
もと所定業務内容それ自体が深夜を含む不規則勤務であり、主体となる第二当務の
拘束時間は二四時間あるいはそれ以上という長時間に及ぶものであって、また拘束
時間中に含まれる休憩時間についても、最初からその自由利用の原則が排除されて
いるなど極めて拘束性の強いもの
であった。これに加え、恒常的な人手不足からくる一人体制(昼間)が日常化して
おり、これらがあいまって被災者の時間外労働の多さの原因となっていたのであ
る。
 具体的には被災者の発症前一年間の勤務日数は二四四日で、同僚のf巡査(二三
七日)やg巡査(二三〇日)よりやや多い程度であるが、時間外勤務時間は二五
四・五時間(一勤務日あたり平均約一時間の時間外勤務)で、f巡査(一六四時
間)やg巡査(二四一時間)の平均二〇二・五時間より五〇時間余り多くなってい
る。特に休日を除く時間外勤務時間は被災者は一〇二時間で、f巡査(五九時
間)、g巡査(八七・五時間)の平均七三・三時間より三〇時間あまり多くなる。
また休暇取得状況も平成五年一月から七月まで被災者の取得した年休はわずか一日
であり夏休の二日を含めても四日間しか休暇がとれておらず、同時期の同僚巡査と
の対比においても明らかに休暇取得日数は少なかった。しかも被災者の時間外労働
は発症前月から発症当月にかけて、勤務日数そのものは他の同僚巡査とかわらない
のに、時間外勤務は四二時間(一勤務あたり一、二時間)であり、同僚二名の時間
外勤務時間数の平均(二三・八時間)より約二〇時間も多くなっている。その傾向
は発症当日に近づけば近づくほど明らかであって、平成五年七月(ただし二三日ま
で)の時間外勤務時間数はf巡査四時間、g巡査五時間であるのに対し日に一三時
間にもなる。
 被災者は、発症前一か月前には、通常の勤務と異なる特別勤務である後方治安警
備(治安三号)に従事しているが、これは、緊急度、危険度の高い勤務で、その勤
務時間の長さ、勤務内容からすると相当な疲労が残るものであり、また、当時勤務
体制が三部制から二部制へ変更したことにより、少ない人数で従前の勤務を担当す
ることになったため、勤務が過重となっていた。そして発症前一週間の被災者の勤
務の実態は、①警察勤務の規定上異例の取り扱いとなる拘束時間の長いB当務が三
回連続し、②七月一七日から一八日にかけてはたった一回の当務勤務において合計
四・五時間もの超過勤務が命じられており通常の派出所勤務の超過勤務時間を大幅
に超え、③次の七月二〇日から二一日の勤務では疲れの最もたまる深夜(前日の午
後一〇時から翌日の午前五時)の時間帯において本来連続四時間は与えられるべき
仮眠はおろかまともな休憩時間すら確保できていない状況であって、④さらに
この日午前八時から九時三五分の間ε派出所の修理立会いを命ぜられ、結局午前一
〇時三〇分まで居残り勤務となり、⑤発症前日より当日にかけては、一人勤務の中
で連続して処理しなければならない事案があり、就勤後発症時まで、ほとんどまと
もに休憩ができない状況が続いていたものである。さらに発症当日の被災者の勤務
内容は朝から本当に一息つく間もなく働きづめに働いて、夕食も上司ととり、また
午後七時から勤務につき、休憩時間を半分以上あてて書類作成をし、午後一一時こ
ろよりは再び警邏勤務に出ている。このように被災者の勤務の実態は、発症(死
亡)のその時点に至るまで極めて非人間的な公務が継続していた。
 以上のとおり、被災者の公務の過重性は、発症一年以上前から恒常的に続いてい
たものであるが、発症前月、当月さらには一週間前と近づくにつれて、その過重性
の程度はますます増大していったといえる。
2 被災者の死因は、冠動脈疾患あるいは致死的不整脈による心臓突然死であると
考えられる。そして被災者が従事していた深夜を含む長時間・不規則勤務、さらに
は睡眠不足、心理的ストレス等が冠動脈疾患や不整脈に与える影響に関しては今日
日本のみならず世界各国で多くの研究成果や事例が報告されている。また労働省は
平成八年一月二二日付けで「能血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するもの
を除く)の認定基準の一部改定について」とする通達を出し、新たに不整脈による
突然死を認定基準の対象疾病とした。
 他方、被災者には、公務過重性以外に本件発症の要因となる特段の基礎疾患は存
在しない。
3 以上より、本件での被災者の本件発症は同人が従前に行っていた公務の過重性
に起因するものと考えるのが最も合理的である。よって公務と発症との間に相当因
果関係が認められるから、これを否定した被告の処分は違法である。
四 被告の主張
 被災者の従事した公務は、通常の警察署の地域課の課員が行う通常の業務を行っ
ていたものに過ぎない。ζ警察署の地域課員の行う業務はその業務内容の点につい
ては、地域的にみて他の署に比較して楽(労働負荷が少ない)なものであった。時
間外勤務時間数自体も多いというものではない。また組織的にみて被災者が他の職
員に比較して肉体的、精神的に過重な業務を行うようなこともなく、また他の職員
に比較して過重な業務を行うような特別の事情が被災者にあったわけでもない。当
務のロ
ーテーションは厳格に守られており、非番や週休日があったのであるからその間に
充分な疲労の回復ができたものである。被災者の行っていた業務は業務自体が量的
もしくは質的に過重な業務とはいえないものであるうえ、他の職員に比しても量的
もしくは質的に過重な業務を行っていたものでもなく、時間的にも、実際にも休養
が充分にとれていたものである。
 被災者の発症当日の勤務内容については、まず盗難臨検は侵入盗事案の処理のた
めに行う日常業務であり、処理に時間がかかるものの他の業務に比較して質的に過
重な業務でなく、特に他の業務に比して緊張を強いられるような業務でもなく、ま
た実際に従事した件数(二件)も事件事故の多い他の署と比較して多いとはいえな
い。また十分に休憩がとれていたものであって到底肉体的、精神的に過重な業務で
あったとはいえない。休憩時間に書類作成が行われることがある一方で、手待ち時
間に休憩をとる実態があり、午後八時四五分ころにc巡査がγ派出所に戻ったとき
に被災者は休憩室で休憩していたことを考えると、被災者は在所時間中に事実上の
休憩、休養がとれていたことは明らかである。さらに暴走族の車両と思われるオー
トバイの爆音も突然耳元で発生したものでなく、警察官である被災者にとっては聞
き慣れたものであったのであるから、これをもって本件疾病を発症させるような異
常な出来事に遭遇したとはいえない。
 次に、本件疾病発症前一週間の公務については、A当務とB当務は、どちらが楽
かは人によって異なるものであること、またこの間の被災者の業務内容は地域課の
通常の警察官のものであり、過度の緊張を強いられるようなものではない。
 さらに発症前一か月前の公務についても、原告の問題とする警備出動について
は、被災者は六月二六日、二七日の当務が初めての経験でなく、その内容からして
特段の精神的、肉体的負荷がかかったものとは認められず、勤務終了当日は非番
で、翌二八日、二九日は二日連続の週休日で十分な休養がとれていたものである。
原告は、右警備出動が治安三号であり、相当に緊張度、危険度の高い任務であった
と主張するが、治安一号、二号、三号は警備の危険性などの程度をいうものではな
く、原告主張のような服装を常時するものでもない。また三部制勤務から二部制勤
務に変更となったことは事実であるが、右変更により勤務のローテーションが代わ
っただけで、週の所定労
働時間である四〇時間が増えたわけではない。六月二六日から七月一二日まで、仮
に被災者が従来どおり三部制の勤務をした場合と比較すると、かえって二部制の勤
務の方が拘束時間は短く休暇日数が増えていることになる。二名勤務が一名勤務と
なった点についても、地域課の課員の公務である警邏や巡回連絡、立番、見張りと
いう待ちの業務のいずれも一名勤務になったからといってさほど担当者に負担がか
かるものではない。被災者は七月一三日は非番で、一四日は週休、一五日、一六日
は夏期休暇を取得し、十分な休養がとれたはずである。
 加えて、時間外勤務時間数及び休暇の取得状況についてみるに、時間外勤務時間
数は、平成五年一月以降は、被災者は一五四時間、g巡査は一五二・五時間であ
り、発症前一か月間で、被災者六時間、f巡査六時間、g巡査六時間であり、発症
前三か月間では、被災者五四時間、f巡査六四時間、g巡査七〇時間である。なお
原告は、時間外勤務時間数について被災者の同僚巡査としてf巡査を比較の対象と
するが、同人は平成四年九月から一一月まで初総入校中で時間外勤務や休日勤務が
ないので比較する前提に欠ける。甲一九の二によると七月の被災者の時間外勤務が
他の二名と比較して有意に多いが、「時間外勤務等命令・実績簿」にf巡査、g巡
査の時間外勤務時間数が反映されていない可能性もあり、実際の勤務実態が判明し
ない以上、被災者の七月の時間外勤務時間が同僚に比して多いとは到底いえない。
他方休暇については、発症前一か月間で被災者二日、f巡査二日、g巡査〇日、発
症前三か月間では、被災者二日、f巡査二日g巡査一日であり、被災者と他の同僚
巡査との間に明らかな差があるわけではない。
 そしてなお、被災者の任命権者等は、公務が被災者にとって精神的にも肉体的に
もかなりの負担であったとの意見を述べていることは事実であるが、任命権者の音
見によって公務過重性の有無の判断が左右されるようなものではないことは当然で
ある。本件のような事案に公務起因性を認めるとすると、交替勤務を行う地域課の
警察官に発症した脳・心臓疾患は、その全部を公務上の災害と認定しなければなら
なくなる。
 以上によれば、被災職員が従事した公務は、本件疾病が虚血性心疾患にしろ、致
死性不整脈であるにしろ、これを発症せる程の過重なものとは到底いえず、本件疾
病が被災職員の公務と相当因果関係をもって発症したも
のとはいえない(なお、本件は、認定基準によれば、認定基準を満たす可能性は全
くない)から、本件疾病を公務外の災害と認定した被告の本件処分は違法なもので
はない。
五 争点
 本件災害の公務起因性の有無
第三 当裁判所の判断
一 証拠(後掲の外は、甲八、甲二八、証人b、証人c、原告本人)及び弁論の全
趣旨によれば以下の事実が認められる。
1 被災者の勤務状況
(一) 平成四年八月から平成五年四月までの勤務状況(甲一七、甲一九の二1
3)
 右期間の被災者の時間外勤務時間数は、休日勤務時間(一二一・五時間)を含め
て一八一時間であった。他方被災者の同僚のf巡査は、休日勤務時間(八一時間)
を含めて一二一時間、g巡査は休日勤務時間(一一九・五時間)を含めて一七七・
五時間であった。ただし、f巡査については平成四年九月から一一月まで、警察学
校の初任総合課に入校しており、右期間中は、時間外勤務や休日勤務がなかった。
右期間を除く同じく休日勤務時間を含めた時間外勤務時間は、被災者が一一八・五
時間、f巡査が一二一時間、g巡査が一二四時間であった。また常に被災者の時間
外勤務時間が他の二名を上回っていたわけではなく、月によって被災者の時間外勤
務時間が他の二名より多い月もあれば、他の二名とも、あるいはその一人の時間外
勤務時間が被災者のそれよりも多い月もあった。
(二) 発症前一年間の休暇取得状況(甲一九の二14、原告本人)
 被災者の発症前一年間の取得した年休の日数は三日間であり、そのうち平成五年
一月以降の年休の取得数は係りの異動のための同年三月の一日だけであり、また同
期間の総休暇取得数は四日間であった。他方f巡査については、発症前一年間の年
休は七日間であり、そのうち平成五年一月以降の年休の取得数は七日、同期間の総
休暇取得数は一六日間であり、g巡査の発症前一年間の年休は四・五日間であり、
そのうち平成五年一月以降の年休の取得数は四日であり、同期間の総休暇取得数は
七日間であった。
 発症前一か月間で比較すると、被災者とf巡査は特別休暇二日、g巡査は〇日で
あり、発症前三か月間の比較では、被災者は、特別休暇二日、f巡査は特別休暇二
日及び年休二日、g巡査は年休一日であった。
(三) 被災者の発症前一か月間の勤務(甲一二、甲一七の三、甲一九の二19、
甲一九の三)
(1) 警備出動(平成五年六月二六日、二七日)について
 平成五年六月二六日
(土)から同月二七日(日)にかけて大阪府警察の機動隊員等が東京サミットの警
備のために東京へ派遣された。そして被災者も特別機動隊一号隊員として大阪府警
第二機動隊に他の職員六名と共に派遣され、警備業務を行った。被災者は、平成四
年一〇月四日、平成五年六月一日及び同年六月一二日から一七日にかけて、警備業
務に従事したことがある。
 このときの警備体制は危険性が高いことを前提とする「治安三号」であり、服装
は、ジェラルミン製の防弾チョッキを前後に着用し、足にはジェラルミン製のすね
当て、腕にもジェラルミン製のてこをつけ、靴はコンバットシューズという長靴
(戦闘靴)をはくというものであった。また休憩、仮眠は右服装を着用したまま、
バス型のトラック内で座席に座りながらとるといったものであった。
 当日の具体的な勤務としては、同月二六日午前七時三〇分にζ警察署を出発し、
翌二七日午前一一時に退庁するまで、断続的に待機や警備、資材返納等に従事する
というものであった。また被災者は新米警官であったことから出発の一時間前には
出勤し資材の用意等を行わなければならず、このため当日は午前四時五〇分に起床
し出勤している。同月二六日、二七日の拘束時間は約二八時間であり、そのうち時
間外勤務は約八時間三〇分であった。
 この特別勤務について、被災者は、原告に対し夜間の仮眠時間がとれず苦痛であ
った旨述べ、またこの特別勤務の後、被災者には疲労の様子が見られたが、特別勤
務のあと二日間の週休をおえて再び勤務についたときには外観上疲労の様子はなく
なった。
(2) 三部制から二部制への変更(甲一二、甲一四の九ないし四四、甲一五の
一、二、甲一七の四、甲一九の三)
 東京サミットによる人員の東京への流失により、大阪府下の外勤体制は平成五年
六月二八日から七月一二日まで従前の三部制勤務から二部制勤務に変更され、被災
者の所属するζ警察署地域課から七名が特別機動隊に応援派遣された。そして被災
者が配置された二係は二八名で構成されたが、当務ごとに二個班(七ないし八名)
が週休となるために、編成人員については、本来の三部制勤務に比べると四ないし
五名の減員となっていた。
 勤務のローテーションは、三部制が当務・非番・週休、当務・非番・週休であ
り、二部制は当務・非番・当務・非番・週休・週休、当務・非番・当務・非番・週
休・週休であり、二部制、三部制のいずれも週四〇
時間の範囲で勤務がなされるように勤務が組まれている。
 同年六月二六日から同年七月一二日までに被災者が行った勤務は、当務が六日、
非番が五日、週休が六日であった。そして仮に、この期間を被災者が従来と同様の
三部制の勤務をしたとすれば、当務が六日、非番が六日、週休が五日となるはずで
あった。
 右の期間のうち六月三〇日から七月一二日までの当務は五回であるが、その当務
はA当務、B当務、A当務、B当務、A当務で行われている。そしてその超過勤務
時間は、七月二日から三日にかけてのB当務で午前一〇時から一二時までの居残り
(盗難臨検)の二時間、七月六日から七月七日にかけてのA当務で、本来の休憩時
間である七月七日午前五時から六時まで緊急配備に従事し、六時間の休憩時間しか
とれなかったことから本来の体憩時間七時間との不足時間が超過勤務として一時
間、七月八日から七月九日かけてのB当務で、休憩時間中の午後七時から一五分
間、午後八時四五分から一五分間、それぞれ、被害届受理業務を行った結果、本来
の休憩時間九時間に三〇分間不足し、その三〇分間を超過勤務時間とし、七月一二
日から七月一三日にかけてのA当務で、就業開始時間である七月一二日の午前九時
より早い午前八時から就勤し午前九時まで、ぞう品還付処理を行ったので一時間の
超過勤務となり、結局六月三〇日から七月一二日までの超過勤務時間は、合計四時
間三〇分である。
 またこの間六月三〇日、七月六日、七月一二日の昼間は派出所での一人勤務であ
り、続いて夜間は隣接の派出所に転配となり複数勤務を行っていた。
 なお被災者は、平成五年七月一三日は非番で、七月一四日(水)は週休、七月一
五日(木)、一六日(金)の両日は夏季休暇を取得していた。
(四) 被災者の発症前一週間の勤務(甲一二、甲一四の四五ないし六二)
 被災者の平成五年七月一七日(土)から同月二二日(木)までの公務の内容は次
のとおりである。
(1) 平成五年七月一七日(土)から七月一八日(日)
 第二当務β派出所(δ派出所へ転配)B当務
  午前一〇時一〇分から一一時 警ら(職務質問一件、地理教示二件)
  午後〇時から午後三時    巡回連絡(実施戸数一三戸、その間にタイヤに
いたずらとの苦情処理一件)。
  午後三時から四時      見張り(その間三〇分間、単車盗難の被害届受
理)
  午後四時一〇分から四〇分  自転車盗難の被害届受理
  午後五時から午後一一時   η稲荷祭礼警備(被災者と同僚一名はδ派出所
で待機、待機中に自転車盗難被害届受理)
  午前三時から六時      警ら(小検問実施)
  午前六時から七時      見張り
  午前七時から八時      立番
  午前九時から一〇時     警ら
  午前〇時から一二時     盗難臨検
  超過勤務時間四・五時間
(2) 平成五年七月一八日(日)
 午前一二時に勤務終了。非番。
(3) 平成五年七月一九日(月)
 週休、終日自宅にいた。
(4) 平成五年七月二〇日(火)から七月二一日(水)まで
 第二当務β派出所(δ派出所へ転記)B当務。
  午前一〇時から一一時    立番
  午後〇時から三時      巡回連絡(実施戸数一二戸)
  午後三時から三時一五分   立番
  午後二時一五分から四五分  駐車苦情処理
  午後三時四五分から四時   立番
  午後四時から五時      見張り
  午後六時から六時五〇分   警ら(h巡査同行、職務質問一件)
  午後六時五〇分から七時一〇分 δ派出所で遺失届受理(財布)
  午後七時一〇分から八時   警ら(h巡査同行、職務務質問二件)
  午後一〇時から一一時    警ら(h巡査同行、午後一〇時一〇分カラオケ
店に防犯指導のために立ち寄り)
  午後一一時から一二時    放置されたぞう品の単車を本署へ搬送(h巡査
同行)
  午前〇時五分から〇時三〇分 拾得届受理
  午前一時から二時三〇分   h巡査と共にαで本署交通課の行う酒気帯び運
転取扱いのための検問の応援
  午前三時三五分から四時三〇分 h巡査と共に傷害事案取扱い(帰宅中の被害
者を暴走族風の者が顔面を殴打したとの申告被害者を病院へ搬送)
  午前六時から午前七時    振休
  午前七時から八時      見張り
  午前八時から九時三五分   ε派出所の修理工事立会い
  午前九時三五分から午前一〇時 勤務交替、本署引き上げ
  午前一〇時三〇分       勤務終了
  超過勤務時間二・五時間
(5) 平成五年七月二一日(水)
 午前一〇時一五分に、けん銃、無線機等を返納して、一〇時三〇分に勤務を終
了。非番。
(6) 平成五年七月二二日(木)
 週休、被災者は終日自宅にいた。
(五) 被災者の本件発症前日から発症までの公務について
 被災者の発症前日である平成五年七月二三日(金)から発症直
前までの公務の内容は、概略次のようなものである。
 午前九時〇〇分
 ζ警察署において朝礼及び指示配置を受けた後、当日の就労場所であるβ派出所
に向かった。なお、β派出所は二名勤務であるが、相勤務者が休暇であったため、
一人勤務を行っている。
 午前九時二〇分頃から九時四〇分頃まで
 β派出所で単車の盗難を内容とする被害者からの被害届の受理業務(被害者の届
出に基づいて、発生日時、場所、状況等を聴取して被害届を代書すること)を行っ
ている。
 午前一〇時二一分から
 本署基地局(以下「基地局」という。)からの指示により、本件発症場所に臨場
して、盗難臨検を行っている。その業務内容は、被害者から被害金品についての事
情聴取後本署刑事課i主任の指示で犯人の侵入箇所、被害場所等の見分、指紋採取
等であった。
 午前一一時一五分頃から
 基地局からの指示でη派出所から応援にきた同僚のc巡査も参加して盗難臨検を
実施。
 午後〇時頃
 基地局からの指示で、この処理をc巡査に引き継いで、被災者は同市〈以下略〉
所在のチュックマン中古車販売店へ盗難臨検のために向かった。
 午後〇時五分
 同店に到着し、被害者から被害状況について説明を受けた後に、本署から現場に
臨場した本署刑事課のj主任と共に侵入口である玄関、犯人が物色したと思われる
ロッカー、机等を見分し、指紋採取等を行った。
 午後一時頃から午後二時まで
 午後一時頃から右の盗難臨検を終了してβ派出所に戻る。午後二時まで休憩。
 午後一時頃に同派出所に立ち寄った同僚のc巡査と一緒に派出所内で昼食(近所
の喫茶店からの出前)をとった。
 午後二時から四時まで
 午前中に取り扱った盗難関係の書類の作成を行った。ただし、カラオケボックス
「ブルートレインエフ」の盗難臨検関係の書類作成はc巡査が行った。この時間帯
に処理したのは「チュックマン中古車販売店」の盗難臨検関係の書類の整理である
 午後四時から五時まで
 警ら
 午後五時から六時まで
 休憩。この間の五時四五分頃転配のためにγ派出所に向かっている。
 午後六時から七時まで
 休憩。この間上司であるbと一緒に同所の休憩室で夕食(近所の中華料理店から
の出前)をとりテレビを見ながら休憩している。
 午後七時から午後九時
 万引き取扱いのために本署へ出張し、戻ってきたc巡査と共に、午後九時まで警
らを行っている。この間午後八時一六分に基地局から違法駐車の苦情申
告の処理に向かえとの指示を受けたので現地(同市〈以下略〉先路上)に臨場して
同八時二三分まで違法駐車車両に対する駐車ステッカー貼付け等の処理を行ってい
る。
 午後九時から午後一一時
 c巡査と共にγ派出所に戻り、しばらくc巡査の盗難臨検の書類処理を手伝い、
その後は横になってくつろいだ。
 午後一一時三〇分頃から午後〇時一三分頃まで
 c巡査と共に単車で警らに出発している。
 午後一一時五五分頃、同市〈以下略〉先道路でヘルメットを装着していない単車
乗りを発見したので翌日である平成五年七月二四日(土)午前〇時四分に点数切符
の告知処理を行っている。警ら移行後、基地局から前日の午前中に受理した事務所
荒らし(前記の力ラオケボックス、「ブルートレンエフ」)の重点警らを実施する
ように指示を受けていたので、午前〇時八分に同店に立ち寄ったところ、被害者か
ら追加被害の申告があったため、同敷地内の椅子に座りc巡査が追加被害届を作成
し、被災者がその補助をした。
 午後〇時一三分頃
 同店の東側に面する外環状線(国道一七〇号線)の南側からオートバイの爆音が
聞こえてきたので、c巡査が被災者に確認するように言ったところ、被災者は椅子
から立ち上がり、外環状線の方を窺いながら二人乗りオートバイ五、六台が北方向
に向かっています。」と答えた。被災者は、c巡査から基地局まで無線報告するよ
うにと言われて、被災者は無線報告を行い、椅子に座った。被災者は、その二、三
分後の午後〇時一五分頃、本件疾病を発症し、椅子から落ちるように前のめりに倒
れ、その頃死亡した。
(六) 以上の事実認定に対し、被告は、甲一二及び甲一九の二の時間外の記載と
甲一四の勤務日誌の記載とが一致しないことなどから、甲一九の二に記載されてい
る被災者の超過勤務について疑念があると主張するが、甲一九の二の時間外勤務命
令・実績簿は公式のものであり、特にこれに虚偽の事実を記載したことは窺われ
ず、命令権者の押印もなされていることからすると、右記載が虚偽であるとまでは
認められない。また特別警備中の服装等について、事例毎に異なると主張するが、
被災者の勤務した特別警備についてどうであったか具体的に主張するものではな
く、右認定を覆すに足りない。
2 被災者の健康状態(甲五、甲一三の二ないし九、甲三一の一、甲三三)
 被災者には、既往歴はなく、平成四年七月署の健康診断で尿蛋白がでたことが
あったが、当時の衛生管理の医師によれば、再検査の必要もなく放置可で問題なし
とされ、平成五年六月の署の健康診断では全く以上がなかった。そしてk医師は、
被災者の健康診断の状況、健康管理カード、被災者の一卵性双生児の弟に関する本
件発症直後の胸部写真、心電図の所見等より、被災者には冠動脈疾患や致死的不整
脈に繋がるような基礎疾患は見あたらないとする。
3 被災者の死因についての医学的所見等(甲四、甲二〇の一、二、甲三一の一、
甲三三)
 ζ署警察医e作成の被災者の死体検察書によれば、死亡原因は急性虚血性心疾患
(疑)とされ、被告の若草第一病院主治医d医師に対する照会では、虚血性心疾患
か不整脈などの心臓に由来する病気とされ、城北病院副院長医師k医師によれば、
前駆症状のない心臓突然死であり、頻脈性心室性不整脈、冠動脈疾患あるいは何ら
かの心疾患に伴う致死的不整脈、基礎疾患をもたない単独の致死的不整脈であると
推定できるとされている。
二 職員が公務上死亡した場合、災害補償が実施されるが(地方公務員災害補償法
三一条、四二条災害)、ここに「職員が公務上死亡した場合」とは、職員が公務に
基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい(公務起因性)、これが肯定さ
れるためには、負傷又は疾病と公務との間に相当因果関係があることが必要であ
る。そして、使用者等に、その過失の有無を問うことなく危険を負担させ、損失の
補填を責任を負わせるものであるという災害補償制度の制度趣旨及び地方公務員災
害補償法の沿革、特質等に照らすならば、右当因果関係の有無は、当該災害が当該
公務に内在又は随伴する危険性が現実化したものであるか否かをもって決するのが
相当である。
 前記認定によれば、被災者の業務はもともと、深夜勤務を含む不規則なものであ
り、かつ拘束時間も二三時間ないし二五時間という長いものであった。そして警察
官という仕事柄時間外勤務が恒常的に発生しており、また本件発症前の平成五年一
月以降は、平成五年三月に年次休暇を一日取得した以降は年次休暇もとらず、五月
の大型連休も出勤し、六月には二回サミットの警備のための特別勤務に従事し、う
ち一回はジェラルミン製のチョッキ等重装備を装着しての約二八時間の断続勤務で
あった。そして被災者の疲労をみかねた原告の勧めにより、発症直前の七月一四、
一五日に夏期休暇を取得したが(甲二八)、その後職務に復帰後は、
本来続くべきではないB当務が他の所員の夏期休暇の取得のため連続することにな
り、しかもそのうち同年七月一七日の勤務では、規定上与えられるべき夜間の仮眠
も事件発生のため全くとれなかったか、あるいはとれたとしても一時間程度のもの
であった。また警察官という被災者の勤務は、それ自体特殊なものであり、精神
的、肉体的にかなりの重労働であることが窺われるが、被災者は特に真面目な性格
で(証人b、原告本人)、手を抜いたりすることもある派出所での立番勤務(証人
b)も真面目に行っていた(甲二八)。本件発症前には、被災者は風呂に入る時間
が短くなり、また原告がビールをもってきてくれるように依頼したところ、「仕事
でこき使われて、家でも言われるとかなわん。」と反発したり、よく「ストレスが
たまる。」と述べたりしていた(甲二八)。さらに被災者は、本件発症当時採用二
年目のいわゆる新米警察官であり、派出所での一人勤務は、精神的な負担となって
いたことも窺われる(甲一九の二4)。そして被災者は、本件発症前は疲労が蓄積
し、休日は終日家で寝ている状態であり(甲二八)、発症前日も忙しい勤務が続い
ており、その中で被災者が特にその検挙に熱心であった暴走族(甲二八)の走り去
る音を確認し、その旨基地局に通報した直後に倒れている。
 他方、被災者には本件発症の原因となるべき基礎疾患は認められず、また長時間
労働、不規則勤務、深夜勤務、心理的ストレスが冠動脈疾患、致死的不整脈や突然
死を引き起こす可能性は医学的に肯定されている。
 以上の事実を総合考慮すれば、本件発症は公務に内在する危険性が現実化したも
のとして、相当因果関係を肯定しうる。この点、被告は、被災者が行っている勤務
は、通常の勤務状態であり、また特にその勤務中に本件災害発生の原因となりうる
特別な事象がおこったわけではないから、公務との相当因果関係はないと主張す
る。しかし、警察官という被災者の勤務内容は、ひとつひとつ真面目に行おうとす
ればかなり厳しいものであるうえ、現実の被災者の勤務はマニュアル通り行われて
おらず、時間外勤務も恒常化していたこと、他方で必ずしも規定どおり勤務に従事
していない巡査もいること(証人b)などに照らせば、仮に他の交番勤務の巡査が
発症しなかったとしても、これをもって、相当因果関係が否定されるとまではいえ
ない。
四 よって、主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所
第五民事部
裁判長裁判官 松本哲泓
裁判官 川畑公美
裁判官 西森みゆき

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