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令和2年11月5日判決言渡
令和2年(行ケ)第10061号審決取消請求事件
口頭弁論終結日令和2年9月8日
判決
原告X
同訴訟代理人弁理士國弘安俊
Zこと
被告Y
同訴訟代理人弁護士折田啓
同訴訟代理人弁理士河野広明
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2018-890094号事件について令和2年3月31日
にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯等
(1)被告は,次の商標(以下「本件商標」という。)の商標権者である(甲4,
5)。
登録番号第6012612号
登録出願日平成29年9月1日
設定登録日平成30年1月19日
登録商標別紙1のとおり
商品及び役務の区分第21類
指定商品大阪市天満地域産の切り子硝子で作ったグラス
(2)原告は,平成30年12月19日,本件商標の無効審判請求をし,特許庁
は,これを無効2018-890094号事件として審理し,令和2年3月
31日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同
年4月13日,原告に送達された。
(3)原告は,令和2年5月8日,審決の取消しを求めて本件訴訟を提起した。
2審決の理由の要旨
審決の理由は別紙審決書(写し)記載のとおりであり,要するに,本件商標
の商標登録は商標法(以下,条文は商標法の条文を示す。)4条1項10号,1
5号及び19号のいずれにも反するものではないから,46条1項によって商
標登録を無効とすることはできないというものである。
第3原告主張の取消事由
(以下,審決の略語と同様に,別紙2の商標を「引用商標1」,別紙3の商標を「引
用商標2」,別紙4の商標を「引用商標3」といい,引用商標1~3をまとめて「引
用商標」といい,「天満切子」の文字を「使用標章」という。)
1取消事由1(引用商標等の周知性の判断の誤り)
(1)引用商標の周知性について
審決は,「請求人は,別紙2ないし4の構成からなる引用商標を『切子ガラ
ス製の食器類』について使用し,需要者に広く知られている旨主張している
ところ,請求人の提出に係る証拠を総合してみても,引用商標の使用を裏付
ける証拠はほとんどなく,引用商標は,申立人の業務に係る申立人商品を表
示するものとして需要者の間に広く認識されているものと認めることはでき
ない。」(第5の1(1)〔17頁〕)と判断した。
引用商標1に付されている落款は,「武山」の文字を横書きにしたものであ
り,A(審決でいう「A氏」。以下「A」という。)の技術を承継したB(以
下「B」という。)の落款であり,Aが用いていた「武山」の文字を縦書きに
した落款とは異なる(甲13)。しかし,いずれの落款も「武山」の文字から
なるものであり,縦書きと横書きの文字は社会通念上同一として扱われるか
ら,引用商標1は,「天満切子」の文字に縦書きの「武山」の落款を付した,
Aが使用していた商標と社会通念上同一ということができ,Aが使用標章の
使用を始めた平成12年以来,引用商標1又はそれと社会通念上同一の商標
が使われてきたといえる。また,引用商標2及び3は,A,Aが運営してい
た切子工房RAU及び原告(以下,A,切子工房RAU及び原告をまとめて
「原告ら」という。)の商品を表示するものとして,原告らの店舗や工房に日
常的に展示されており,需要者に広く知られている。したがって,審決の上
記判断は誤りである。
(2)使用標章の周知性について
ア使用標章の自他商品識別力について
(ア)審決は,「『天満切子』の文字は,その構成中『天満』の文字は,『大
阪市北区,旧淀川と天満堀川(埋め立て)に囲まれた街区』・・・の意味
を有する語であり,・・・請求人の業務に係る商品との関係において,生
産地を表すと認められ,その構成文字全体として,『大阪市天満地域の切
り子硝子』を表すものと認識されるものであるから,自他商品の識別標
識としての機能を有しないものといえる。」(第5の1(2)イ〔17頁〕)と
判断した。
(イ)しかし,天満地域がかつてガラス産業の中心地であったことを世間
一般人は知らない。そして,大阪の天満その他で製造されていたカット
グラスは「大阪のカットグラス」という普通名称で呼ばれており(甲1
4),「天満切子」の名称は,切子工房RAUの創業者であるAが自己の
創作した伝統工芸技術を生かした美術工芸品に命名したオリジナルブラ
ンドで,その命名以前に「天満切子」の名称が使用された形跡はない(甲
14,16の1~4,20の1~8,21の1~13等)。平成15年1
月15日の産経新聞には「天満に切子があった」の文字が目立つように
表示され(甲20の3),平成22年4月8日の毎日新聞には「生き残る
『大阪ガラス』」の文字が目立つように表示されており(甲20の8),
その他の新聞記事(甲20の1,2,4~7)や各種雑誌類(甲21の
1~13)を含め,使用標章がAの命名したオリジナルブランドである
旨が記載されている。
Aが切子工房RAUを創業し,その商品に「天満切子」と命名した後,
少なくとも本件商標の登録出願時までに,原告ら以外に,使用標章を使
用した者は見当たらない。Aは,使用標章を使用し,「武山」の雅号でカ
ットグラスを製造していた。
Aは,平成24年10~11月頃に認知機能に障害が生じ始め,次第
に業務遂行が困難になってきた。このため平成26年10~11月頃,
Aの弟子であるBに「D」の号を付与して独立してもらうこととした。
Bは,独立後も使用標章を使用することについてAから口頭又は黙示の
許諾を得ていた。その後,平成27年2月19日に成年後見開始審判が
され,Aの成年後見人としてC弁護士(以下「C弁護士」という。)が選
任され,以後はC弁護士が,切子工房RAUの財産を含むAの全財産の
管理を行った。そして,C弁護士は,Aの弟子で当時切子工房RAUで
業務に従事していた被告に対し,工房内外注という形態で切子工房RA
Uの管理下,業務の一部を委託し,被告には切子工房RAUから毎月定
額の報酬が支払われていた。
Aは平成27年11月12日に死亡したが,相続人らの意向等により,
その後も切子工房RAUの事業を継続することになった。Aの死亡を理
由にA名義の預金口座が凍結され,切子工房RAUの売上金の受入れや
公共料金等の引落としができなくなったため,やむを得ず,Aの弟子で
当時切子工房RAUで業務に当たっていた被告の名義の預金口座を開設
し,切子工房RAUの預金口座としてC弁護士が売上・支払を管理した。
この間も被告に切子工房RAUの業務の一部が委託されていた。
平成28年2月11日,Aの遺産分割協議が成立し,原告がAの遺産
を全て承継することとなった(甲3)。
その後,被告は平成29年8月30日に切子工房RAUを退去し,そ
の翌日に本件商標に係る商標登録出願を行う一方で,Bは被告と入れ替
わる形で切子工房RAUに戻り,二代「武山」の雅号で使用標章を使用
してカットグラスの製造販売を行っている。
被告は切子工房RAUを退去後,新たに「切子工房昌榮」という屋号
で開業し,現在に至っている。被告の個人事業開業届(甲63(審判乙
20))によれば,被告は平成28年1月1日に「切子工房RAU内Z」
の屋号で開業した旨の開業届出書を平成28年6月29日付けで北税務
署に提出したが,北税務署の受付は平成31年2月15日になっており,
本件商標の無効審判の請求書副本は同年1月17日に被請求人代理人に
送達されたから(甲64),上記開業届は,審判請求書の副本を受領した
後に北税務署に提出したものと思われる。
このような事実によれば,原告らは,平成12年以降現在まで永年の
間,使用標章を業として間断なく反復継続して使用しているといえる。
そのため,使用標章は,原告らが独占的に使用してきたことにより自
他商品識別機能を有する。
(ウ)また,被告は,本件商標の登録出願に対する平成29年10月24
日起案の拒絶理由通知書(甲43)に対する同年12月7日提出の意見
書(甲44)において,本件商標について,「薄めのグレーの極という文
字よりも前面にある黒色の天満切子の文字が看者により強い印象を与え,
看者の注意を惹く部分であるといえます。」(甲44〔3頁〕)と述べてい
ることから,被告も本件商標中の「天満切子」の部分に自他商品の識別
機能があると考えていたといえる。
イ使用標章の周知性について
(ア)使用標章が付された原告らが製造販売するガラス製品(以下「原告
ら商品」という。)は,手作りで1個ずつ丁寧に製作されるものであり,
独特の工芸技術を用いて製作される希少で特殊な商品であるから,使用
標章の周知性は,商品の売上額,販売個数,広告宣伝の頻度のみによっ
て判断すべきではない。
(イ)審決は,周知性に関し,「テレビ番組において,請求人使用商品が出
演者へのプレゼントとされ,そのことが,ウェブサイトにおいて紹介さ
れたとしても,僅か1回にすぎないものであり」(第5の1(2)ウ(シ)〔2
0頁〕)と述べる。
しかし,1回のテレビ放送で紹介されたものがウェブサイトやSNS
等の情報伝達媒体を通じて加速度的に拡散し,短期間で全国的に周知に
なるのは珍しくない。原告ら商品が紹介されたテレビ番組は人気番組で
あり(甲31の1),放送直後にインターネット上で「天満切子」の検索
数が急上昇し(甲31の6),原告ら商品の購入者が全国に及んでいるこ
と(甲32の1,2)から,「天満切子」という標章は原告らの標章とし
て周知となっていた。
(ウ)審決は,周知性に関し,「ふるさと納税現況調査の選定基準の記載を
もって,使用標章に係る請求人使用商品の需要者の認識を表すものとは
いい難く」(第5の1(2)ウ(シ)〔20頁〕)と述べる。
しかし,大阪市が平成28年に作成した「ふるさと納税現況調査(調
査票A)」には,天満切子がふるさと納税の返礼品に選定された理由とし
て「大阪の伝統工芸品としてゆかりがある」と記載されており(甲36),
平成28年当時「天満切子」という標章を使用していたのは原告らのみ
であるから,少なくとも近畿地方では,「天満切子」という標章は原告ら
の商標として周知であった。
(エ)審決は,「アンケートは本件商標の登録査定後に行われたものであっ
て,そのサンプル数も多いものとはいえず,加えて,公的機関や法人等
の各種団体への納品及び日本民芸公募展での受賞は,いずれも本件商標
の登録査定後である。」(第5の1(2)ウ(シ)〔20頁〕)と述べる。
4条1項10号の周知性の判断時期は登録出願時であるが(4条3項),
登録出願後の資料を参酌して出願時の周知性を推し量ることは排除され
ないから,アンケート,公的機関や法人等の各種団体への納品及び日本
民芸公募展での受賞という登録査定後の資料により登録出願時に周知性
があったと判断することは可能である。
(オ)審決は,「請求人使用商品の売上額及び販売個数は,その市場シェア
も明らかではなく」(第5の1(2)ウ(シ)〔20頁〕)と述べる。
しかし,「天満切子」という標章の周知性は,商品の売上額や販売個数,
市場シェアをもって判断すべきではなく,1日の製造個数が限られてい
るという商品の特殊性を踏まえて,実際の商品の販売実績,営業規模を
超えた需要者の関心,印象を考慮して判断すべきである。
(カ)前記(ア)~(オ)によれば,使用標章は,「本件商標の登録出願時及び登
録査定時において他人(請求人)の業務に係る商品又は役務であること
を表示するものとして,我が国における需要者の間に広く認識されてい
るものと認めることはできないものである。」(第5の2〔20~21頁〕)
という審決の判断は誤りである。
ウ周知性の程度について
4条1項10号,15号,19号は,それぞれの規定の趣旨に応じて周
知性の程度が異なるにもかかわらず,審決がそれぞれの周知性の程度に言
及することなく判断したのは誤りである。
2取消事由2(4条1項10号該当性についての判断の誤り)
(1)審決は,「引用商標は,本件商標の登録出願時及び登録査定時において,他
人(請求人)の業務に係る商品又は役務であることを表示するものとして,
我が国における需要者の間に広く認識されているものと認めることはできな
いものである。また,使用標章は,・・・自他商品識別標識としての機能を有
しないものであり,かつ,本件商標の登録出願時及び登録査定時において,
他人(請求人)の業務に係る商品又は役務であることを表示するものとして,
我が国における需要者の間に広く認識されているものと認めることはできな
いものである。」と述べ,「そうすると,本件商標は,本件商標と引用商標及
び使用標章・・・との類否について論ずるまでもなく,・・・本件商標は,商
標法第4条第1項第10号に該当しない。」と判断した(第5の2〔20~2
1頁〕)。
しかし,審決の周知性等の判断は,前記1のとおり誤りであり,さらに,
後記(2)のとおり本件商標と引用商標及び使用標章とは類似するから,4条1
項10号該当性に関する審決の判断は誤りである。
(2)審決は,4条1項10号該当性の説示中においては商標の類否判断はして
いないが,同項15号該当性に関して,「本件商標の構成中,『天満切子』の
文字部分は,本件指定商品との関係においては,・・・自他商品の識別標識と
しての機能を有しないものといえ」(第5の3(2)ア〔21頁〕)と述べ,「本件
商標は,その指定商品との関係においては,『極』の文字部分が,取引者,需
要者をして,商品の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるといえる
ものであり」(第5の3(2)ア〔21頁〕)と述べた上で,「本件商標と引用商標
とは『天満切子』の文字を共通にするとしても,これが独立して自他商品の
識別標識と認識されるものとはいえないところ,上記のとおりの構成からな
る本件商標と引用商標とは,『極』の文字の有無や図形の有無などにより明ら
かに相違するものであるから,その類似性の程度は高いとはいえないもので
ある。また,本件商標の構成中の『天満切子』の文字が,その指定商品との
関係において,独立して自他商品の識別標識と認識されるものとはいえない
ことからすれば,本件商標と使用標章とは『天満切子』の文字を共通にする
としても,その類似性が高いとはいい難いものである。」と判断した(第5の
3(2)ウ〔22頁〕)。
しかし,「天満切子」の文字部分には自他商品の識別機能があり,本件商標
は,「天満切子」の文字と「極」の文字とを重ね合わせたものであるが,「天
満切子」の文字が前面に浮かび上がるように黒色で表示されていることから,
外観からは「天満切子」の文字が際立って認識され,「テンマキリコ」,「テン
マキリコキワミ」等の称呼が生じ,「天満地域産」の切子ガラスで作ったグラ
スの観念が生じる。一方,引用商標も,外観については,「天満切子」の文字
が看者に強い影響を与え,看者の注意を惹き,「テンマキリコ」等の呼称が生
じ,関連する特定の需要者層には既に周知の「天満切子」のブランドを有す
る切子ガラス製の食器類が観念される。したがって,本件商標と引用商標と
は,外観,称呼及び観念が共通する類似のものであり,審決の判断は誤りで
ある。
3取消事由3(4条1項15号該当性についての判断の誤り)
(1)審決は,引用商標は,「本件商標の登録出願時及び登録査定時において,他
人(請求人)の業務に係る商品又は役務であることを表示するものとして,
我が国における需要者の間に広く認識されているものと認めることはできな
いものであり,また,使用標章は,自他商品識別標識としての機能を有しな
いものであり,かつ,本件商標の登録出願時及び登録査定時において,他人
(請求人)の業務に係る商品又は役務であることを表示するものとして,我
が国における需要者の間に広く認識されているものと認めることはできない
ものであり,本件商標と引用商標及び使用標章との類似性の程度が高いとは
いえないことなどを総合勘案すれば,本件商標に接する需要者が,引用商標
ないし使用標章を連想又は想起するものということはできない。したがって,
本件商標権者が本件商標をその指定商品について使用をした場合,これに接
する需要者が,引用商標ないし使用標章を連想,想起することはなく,請求
人ら又は同人と経済的若しくは組織的に何らかの関係がある者の業務に係る
商品であるかと誤認し,その商品の出所について混同を生ずるおそれはない。」
(第5の3⑷〔22~23頁〕)と判断した。
(2)しかし,引用商標等を付した原告ら商品は,本件商標の登録出願時及び登
録査定時には既に市場に流通しており,引用商標等が全国的に周知又は著名
でなくても,特定の需要者層に相当程度知られていることから,この状態で
本件商標を付した被告が製造販売する商品(以下「被告商品」という。)が市
場に流通すると,原告ら商品と被告商品との間で出所混同が生じるおそれが
ある。
令和元年6月28日と同月29日に大阪で開催されたG20大阪サミット
では,原告らの「王冠」という名称の商品が贈答品に選定された。しかし,
被告が販売を委託しているMAIDO屋が平成29年12月13日に公開し
たウェブサイト(甲55の1)の1頁の右下部分の投稿欄には「G20サミ
ットでMAIDO屋の取扱商品が採用されました!」との記載があり,2頁
には「MAIDO屋が扱っている天満切子は『切子工房昌栄』のもの。」とい
う記載がある。そして,MAIDO屋が令和元年7月1日に公開したウェブ
サイト(甲65)の4~5頁には,「最後にもう一つ,サミットで採用された
天満切子『王冠』が欲しいと今朝お客様からお電話をいただきました。MA
IDO屋で取り扱っているのは『天満切子工房昌榮』のもの。Z先生が作
られている天満切子です。『王冠』は,制作されておりませんのでご了承くだ
いさいませ。」という記載がある。これは,需要者が被告商品を原告ら商品と
出所混同するおそれがあることを示している。需要者が予め電話で購入希望
商品がサミットで採用された「王冠」という新製品であることを確認したこ
とにより,出所混同して購入することが避けられたと考えられる。しかし,
ガラス食器等は商標が桐箱等の包装に付されることが多く,今日主流となり
つつあるインターネットの通信販売においてはウェブサイトには包装は表示
されず,製造者や販売者が示されない場合も多い。本件の場合,被告の経歴
等から,被告商品は,素材のみならず商品の外観・形状等も原告ら商品に類
似していることが多いと考えられるので,本件商標が付された商品を受け取
った場合,引用商標等が付された原告ら商品と出所混同が生じるばかりか,
被告は原告らと何らかの経済的・組織的な関係があるものという誤信を生ず
るおそれがある。
したがって,本件商標は,原告の業務に係る商品と出所の混同を生じるお
それのある商標であり,審決の前記(1)の判断は誤りである。
4取消事由4(4条1項19号該当性についての判断の誤り)
(1)審決は,「引用商標及び使用標章は,本件商標の登録出願時及び登録査定
時において,我が国又は外国の取引者,需要者の間で,他人の業務に係る商
品を表すものとして,広く認識されていたとは認められないものである。ま
た,請求人の提出に係る全証拠を勘案しても,本件商標権者が引用商標の顧
客吸引力を利用する,又は,顧客吸引力を希釈化させる等,不正の目的をも
って本件商標を出願し,登録を受けて使用していると認めるに足る具体的事
実を見いだすことができない。そうすると,本件商標は,引用商標の名声に
ただ乗りするなど不正の目的をもって使用をするものと認めることもでき
ない。」と判断したが(第5の4〔23頁〕),後記(2)のとおり,審決の判断は
誤りである。
(2)アAの事業は,Aの成年後見人選任時は,切子工房RAUの従業員であっ
た被告を中心として継続された(甲61)。そして,Aの死後は,切子工房
RAUの売上と支払を処理するために被告の名義で預金口座を開設した
が,これは,Aの預金口座が凍結されてしまったための緊急措置にすぎず
(甲62),財産管理はC弁護士が行い,その後遺産分割協議により,Aの
財産は原告が相続することになった(甲3)。一方,被告は切子職人として
Aにある程度認められていたことから,「自分こそはAを創始とする『天満
切子』の唯一の承継人であり,自らの尽力で『天満切子』のブランドを維
持できた」という思い込みがあり,自分名義の預金口座の残高等も知って
いたと思われるが,このような状況において原告がAの全財産を相続する
ことになり不満を抱くようになったものと推測され,被告は,不正の利益
を得たり原告に損害を与える等の目的で使用することを意図して,本件商
標の商標登録を受けたものと考えられる。
イ(ア)Aの成年後見人でありAの死亡後は切子工房RAUの財産管理を任
されていたC弁護士は,平成30年5月28日付けの「ご連絡」(甲52)
という文書を被告に送付し,原告ら商品と被告商品が混同されるおそれ
があることから,被告から製品の販売先に対し,混同を防止する表示を
周知徹底し,その結果を報告するように催促したが,被告は現在まで未
回答で放置している。被告がかつて切子工房RAUの切子職人として稼
働し,Aの製法を習得していたことを考慮すると,「ご連絡」(甲52)
に対する対応からは,被告が原告ら商品の模倣品を無断で製造し,それ
を本件商標が付された桐箱に包装して販売していたことが疑われる。
(イ)また,ヤフーネットショッピング(甲53の4)で「天満切子」の名
称のもとに販売されている商品には,切子工房RAUの製品が掲載され
ており,被告が自己のウェブサイトで公開している商品の画像(甲53
の3)は掲載されていないが,ヤフーネットショッピングの各商品画像
の下にある「老舗の逸品ヤフー店」をクリックすると「老舗の逸品」サ
イトに移行し,「老舗の逸品」サイトの2頁の商品説明の箇所に「製造者
切子工房昌榮」(甲53の5)と表示されていた。そのため,需要者・
取引者がヤフーネットショッピングで切子工房RAUの天満切子である
と思って注文した商品が実際は被告の製品であったことになり,被告は,
原告ら商品に酷似した模倣品を製造し,ネットショッピングにおいて本
件商標を付して販売し,これにより不正の収益を得ていた。
(ウ)アマゾン・ネットショッピングのスマートフォン・アプリケーショ
ン専用サイト(甲54)には,掲載されたカットグラスの製造メーカー
として「天満切子工房RAU」と表示されているにもかかわらず,製造
メーカーについての問合せ欄には「製造者は,切子工房『昌栄』の商品
となっております。」と表示されており,被告は,切子工房RAUの商品
であるかのようにみせかけ,被告商品に本件商標を付して販売し,不当
な収益を得ているものと思われる。また,上記サイトにおいては,製品
が切子工房RAUと切子工房昌榮のいずれのものか,切子工房RAUと
切子工房昌榮に何らかの経済的組織的な関係があるかについて需要者が
混乱する態様で表示がされている。
(エ)実際に,ある顧客が,令和元年10月19日,アマゾン・ネットショ
ッピングのウェブサイトで,「天満切子ロックグラス丸々(赤色)」を注
文した(甲69)。この商品は,原告らの商品カタログ(甲17),原告
らのウェブサイト(甲53の2)に画像表示され,原告らが製造して引
用商標1を付した桐箱に収納して販売している。しかし,注文後,在庫
がなく納期が先になるとの連絡があったため,上記顧客が注文をキャン
セルし,出品者に対して製造元確認の質問メールを送信したところ(送
信日令和元年10月24日,甲69〔5枚目〕),出品者から「製造者
は,切子工房『昌榮』の商品となっております。」との回答があった(甲
69〔6枚目〕)。このように,被告は,引用商標1が付されるべき原告
ら商品の模倣品を自ら製造して販売し,不正の利益を得ようとしていた
ことは明らかであり,商道徳上,信義則に反すると考えられる不正行為
を行っている。
(オ)前記(ア)~(エ)の被告の行為により,出所の混同を生じ,「天満切子」
のブランドイメージの毀損や希釈化を招き,原告に損害が生じた。この
ような本件商標登録後の被告の行為から,被告は本件商標の登録出願時
に不正の目的をもって本件商標を出願したことは明らかである。
ウ前記ア,イによれば,被告が,本件商標の登録出願時及び登録査定時に,
不正の目的をもって本件商標を使用することを意図していたことは明らか
である。そして,4条1項19号の周知性要件は,不正の目的の有無を決
める一要素となるべきことを通じて判断されるべきところ,被告の経歴か
らして,被告は引用商標がたとえ著名でなくとも特定の需要者層に相当程
度に広く認識されていたことを知っていたはずであり,周知性の要件も充
たされていたといえる。したがって,審決の前記(1)の判断は誤りである。
(3)ア審決は,「上記合意書(甲48)には,『天満切子』に文字を付加した商
号によって,被請求人が商品を製造・販売することを,請求人及び被請求
人が確認した旨の記載はあるものの,商標登録出願の是非についての記載
はないし,そもそも,前記4のとおり,引用商標ないし使用標章は,本件
商標の登録出願時及び登録査定時において,我が国又は外国の需要者の間
で,請求人らの業務に係る商品を表すものとして,広く認識されていたと
は認められないものであり,請求人の提出に係る証拠によっては,本件商
標権者が引用商標の顧客吸引力を利用する,又は,顧客吸引力を希釈化さ
せる等,不正の目的をもって本件商標を出願し,登録を受けて使用してい
ると認めるに足る具体的事実を見いだすことができない。」(第5の5(2)
〔24頁〕)と判断した。
イしかし,合意書(甲48)による合意は,そもそも信義誠実の原則に則
って締結されるものである。被告は平成29年8月30日に切子工房RA
Uを退去していたにもかかわらず,合意書の締結に至ったのは同年11月
27日であり,この3か月の間,合意書の文言をめぐって原被告間で様々
なやり取りがあった。審決は,合意書(甲48)に「商標登録出願の是非
についての記載はない」と述べるが,原告は被告が商標登録出願をすると
は考えてもいなかった一方で,被告は切子工房RAUで委託業務を行って
いる間も原告に無断で着々と本件商標の商標登録を受ける準備を進め,合
意書締結時には既に商標登録出願をしていたのであるから(甲47,56),
被告が「商標登録出願の是非」について合意書で故意に触れなかったのは
容易に推測することができ,被告が合意書(甲48)による合意をしたの
は信義則に反する。また,被告はその経歴からして,使用標章及び引用商
標が少なくとも特定の需要者に相当程度に広く認識されていることを知っ
ていたはずである。前記(2)ア,イの事実を考慮すると,被告が不正の目的
をもって本件商標を出願し,登録を受けて使用していると認められ,審決
の前記アの判断は誤りである。
第4被告の反論
1取消事由1(引用商標等の周知性の判断の誤り)に対し
原告の主張はいずれも争う。
(1)引用商標の周知性について
引用商標1には横書きの落款が表示されているところ,原告が代表取締役
を務める天満切子株式会社のホームページの説明(乙24)には,同社が製
造販売する商品の写真とともに,縦書きの落款と横書きの落款の違いが需要
者にも分かり易く示されていることから,原告は縦書きの落款と横書きの落
款の違いを重視しており,このことを需要者にも強調していることが看取さ
れる。そのため,Aが使用していた縦書きの落款が付された標章は,引用商
標1と社会通念上同一とはいえず,引用商標1又はそれと社会通念上同一の
商標の使用の開始時期を,Aが使用標章の使用を始めた平成12年とするこ
とはできない。また,引用商標が原告ら商品を表示するものとして需要者に
広く知られていたことはない。
したがって,引用商標は周知ではなく,これらが周知ではないとした審決
の判断に誤りはない。
(2)使用標章の周知性について
ア使用標章の自他商品識別力について
(ア)審決は,「天満」の文字が「大阪市北区,旧淀川と天満堀川(埋め立
て)に囲まれた街区」を意味する語であることを,大辞林第三版(株式
会社三省堂)の記載から引用する。そして,審決は,使用標章は,切子
硝子(切子ガラス)又はカットグラスという商品の標章として用いたと
きに自他商品識別標識としての機能を有しないと判断しており,このよ
うな審決の判断に誤りはない。
(イ)「切子」は,「切子ガラス」の略であり(広辞苑第七版(株式会社岩
波書店),乙22の1・2),「江戸切子」(江戸(東京地域)で作られた
切子)や「薩摩切子」(薩摩(鹿児島県地域)で作られた切子)という語
にもあるように,カットグラスの和名である。そのため,使用標章(「天
満切子」)に接した需要者は,「大阪市の天満地域産の切子(グラス)」ほ
どの意味を想起するにとどまり,使用標章は自他商品識別標識としての
機能を有するものではない。
原告は,天満切子を,伝統工芸技術を生かした美術工芸品と主張する
ところ,伝統工芸技術を生かした美術工芸品(伝統工芸品)は,特定の
技術を有する者の団体等が長い歴史を通じて培い伝えてきた美術的価値
を備えた実用品であり,一般に「地域名+普通名称(慣用名称)」で表さ
れるものであり,一私人に独占されるものではなく,需要者も,伝統工
芸品を一私人の独占に属すると認識することはない。そのため,天満切
子のカットグラスが伝統工芸品として扱われるのであれば,特定の一私
人のものであるという認識を生じるものではない。
Aは,平成20年6月11日,指定商品を「ガラス製の食器類」(商品
区分第21類)として標準文字「天満切子」の商標登録出願(商願20
08-45777)をしたが,3条1項3号,4条1項16号に基づい
て,平成21年2月18日起案の拒絶査定を受け(乙1),その謄本は同
月20日に送達され,拒絶査定不服審判は請求されることがなく,上記
拒絶査定が確定した。そして,上記拒絶査定が確定した後,A又は原告
によって使用標章の独占的な使用への志向が示されたり,第三者による
使用を排除するなどのブランド管理がされた形跡はなく,誰でも使用標
章を使える状況であった。
Bは,平成26年10~11月に切子工房RAUを退去した後,硝子
工房Dとしてカットグラスの製造販売を行っており,原告らとは無関係
に,原告らから何ら使用の許諾や制限を受けることなく使用標章を使用
し,「天満切子」,「天満切子D」という標章を付したカットグラスを,
成田空港内や大阪市中央区所在の株式会社相互商会で販売していた(乙
9,10)。Bは,平成28年9月8日,「天満切子・D」の標章を使用
して天満切子製造の様子をYouTubeの映像で公開し,少なくとも平成3
1年2月4日時点でこれを誰でも視聴することができた。なお,Bは,
被告が平成29年8月30日に切子工房RAUを退去した後,再び切子
工房RAUの職人となり,二代「武山」の雅号を用いてカットグラスの
製造販売を行っている(甲13,乙12)。このように,Bは,平成26
年10~11月頃に切子工房RAUを退去した後,被告が平成29年8
月30日に切子工房RAUを退去するまで,約2年10か月間は,原告
らと無関係に,原告らから使用の許諾も制限も受けることなく使用標章
を使用してカットグラスの製造販売を行っていた。
切子工房RAUでは,各職人はA又は切子工房RAUと雇用契約を締
結していたわけではなく,独立の事業者として自ら製品を製造して販売
していた。被告は,切子工房RAUにおいて,Aの弟子になって切子職
人として稼働し,切子の製造についてAのアドバイスを受けることはあ
ったが,Aの指揮監督下にあったわけでなく,労働時間,製造量,品質
を管理されていたことはなかった。被告は対外的にも切子職人として認
識され,「昌榮」の落款も使用していた。平成24年10~11月頃にA
が切子ガラスの製造を行わなくなったことにより,Aによる切子ガラス
の製造事業は終了した。平成27年11月12日にAが死亡した後,C
弁護士が被告の名義の預金口座により切子工房RAUの売上と支払の管
理を行ったのは,Aによる切子ガラスの製造事業が終了しており,Aの
相続人の預金口座によってそれらの管理ができなかったからである。
原告は,平成29年4月10日に「天満切子Gallery」を開設するまで,
切子ガラスの製造販売等の業務に全くかかわっていなかった。仮にAが
天満切子の製造販売について営業上の信用を獲得していたとしても,A
が切子ガラスの製造をしなくなった平成24年10~11月頃から被告
が切子工房RAUを退去する平成29年8月30日までの約4年半の間
は,Aの天満切子に関する事業及びその信用は途切れており,そうでな
いとしても,その信用は,Aの弟子でガラス職人であるBと被告に分散
しており,原告らの信用は継続していなかった。
(ウ)被告は,本件商標の登録出願に対する平成29年10月24日起案
の拒絶理由通知書(甲43)に対する同年12月7日提出の意見書(甲
44)において,本件商標について,「薄めのグレーの極という文字より
も前面にある黒色の天満切子の文字が看者により強い印象を与え,看者
の注意を惹く部分であるといえます。」と述べた。しかし,上記意見書(甲
44)は,標準文字のアルファベット「KIWAMI」の6文字からな
る引用商標との外観の違いに関して,全体として外観上まとまりよく一
体的に表されている本件商標の外観を説明しており,本件商標の観念に
ついても,本件商標の全体から,天満地域で製造した切子ガラスの頂点
(最上級)という観念を生じると述べており,「天満切子」の部分に自他
商品の識別機能があることを述べたものではない。
(エ)前記(ア)~(ウ)によれば,使用標章は自他商品識別標識としての機能
を有しないとした審決の判断に誤りはない。
イ使用標章の周知性について
(ア)令和元年12月22日付けの読売新聞オンラインの記事(乙23)
によれば,原告は,通常,熟達した職人というものは2年や3年では容
易に増やせない中にあっても,人手を増やして令和元年度中には大量生
産を予定している旨述べている。そのため,原告ら商品の製造販売個数
が少ないのは,独特の工芸技術を用いて製作される希少で特殊な商品で
あるという商品の性質によるものではなく,原告の事業への投資額等,
原告自身の事情によるものである。そのため,使用標章の周知性は,商
品の売上額や販売個数,使用シェアをもって判断すべきである。
(イ)テレビ等で紹介された物品の名称のインターネット上の検索数が放
送直後に急上昇することは普通に起こり得ることであり,そのことから
直ちにその物品の名称が周知となったとはいえないし,多岐にわたる情
報が日々膨大に溢れているから,一度検索数が急上昇したとしても瞬く
間に他の多くの情報の中に埋没することは容易に想像し得る。
(ウ)仮にAが天満切子の製造販売について営業上の信用を獲得していた
としても,Aが切子ガラスの製造をしなくなった平成24年10~11
月頃から被告が切子工房RAUを退去する平成29年8月30日までの
約4年半の間は,その信用は途切れており,そうでないとしても,その
信用は,Aの弟子でガラス職人であるBと被告に分散していた。そのた
め,平成28年当時,使用標章が原告らの標章として周知であったとは
いえない。
(エ)原告が証拠として提出するアンケート(甲41お客様アンケート)
は,日付がないため,個々のアンケートの実施日は不明であり,証拠説
明書によれば,平成29年12月から平成30年2月までに実施された
とされているが,いずれも本件商標の登録出願日(平成29年9月1日)
より3か月以上後であるため,少なくとも本件商標の登録出願時の周知
性を裏付けるものではない。また,上記アンケートは,「天満切子Gallery」
で配布されたアンケートであることは分かるが,使用標章や引用商標に
関する記載がないため,上記アンケートと使用標章や引用商標の周知性
との関係は明らかでない。
日本民芸公募展の選定基準は,民芸としての趣旨に沿って美しいもの
であることであり,有名であるかどうかとは関係がなく,日本民芸公募
展に関する証拠(甲37~39)には,切子工房RAUが出品した作品
の名称(「天満切子ロックグラス」)の周知性が受賞理由である旨の記載
はないから,日本民芸公募展での受賞は,使用標章,引用商標の周知性
の裏付けとはならない。
(オ)前記(ア)~(エ)によれば,使用標章に周知性がないとした審決の判断
に誤りはない。
ウ周知性の程度について
4条1項10号,15号,19号の各号の周知性の程度が異なるという
解釈があるとしても,使用標章,引用商標は,各号のいずれの周知性の要
件も充たさない。そのため,4条1項10号,15号,19号の各号につ
いていずれも周知性の要件を充たさないとした審決の判断に誤りはない。
2取消事由2(4条1項10号該当性についての判断の誤り)に対し
原告の主張は争う。
(1)審決は,本件商標の4条1項10号該当性について,引用商標は周知とは
認めることができず,使用標章は自他商品識別標識としての機能を有しない
ものであり,周知と認めることができないものであるから,本件商標と引用
商標,使用標章との類否について論ずるまでもなく,本件商標は4条1項1
0号に該当しない旨判断した(第5の2〔20頁〕)。
前記1で述べたとおり,引用商標は周知でなく(前記1(1)),使用標章は
自他商品識別標識としての機能がなく(前記1(2)ア),周知性がないから(前
記1(2)イ),審決の上記判断に誤りはない。
(2)また,審決は,4条1項15号該当性に関して,本件商標と引用商標とは
類似性の程度が高いとはいえず,本件商標と使用標章とは類似性が高いとは
いい難い旨判断したが(第5の3(2)〔21~22頁〕),以下のとおり,その
判断に誤りはない。
本件商標の外観は,薄めのグレーの「極」という毛筆書体風の大きい文字
の中央付近に重なるように,黒色の「天満切子」という縦書きの毛筆書体風
の小さめの文字を重ね,全体としてまとまりよく一体的に表現された図形化
された商標である。「天満切子」の部分は,天満地域で製造販売されている切
子ガラスの意味であり,自他商品識別機能を有しないから,これを要部とい
うことはできない。本件商標と,使用標章,引用商標との間で,「天満切子」
の部分が共通したとしても,その部分は自他商品識別機能を有しないから,
要部において共通しているということはできない。そのため,本件商標と使
用標章,引用商標は,外観において類似しない。
本件商標は,全体としてまとまりよく一体的に表されているから,「てんま
きりこきわみ」,「てんまきりこきょく」又は「てんまきりこごく」の称呼を
生じるが,「てんまきりこ」のみ又は「きわみ」若しくは「きょく」のみの称
呼は生じない。これに対し,使用標章,引用商標は,「てんまきりこ」という
称呼しか生じない。本件商標と,使用標章,引用商標との間で,「てんまきり
こ」の部分が共通したとしても,その部分は自他商品識別機能を有しないか
ら,要部において共通しているということはできない。そのため,本件商標
と使用標章,引用商標は,称呼において類似しない。
本件商標は,天満地域で製造した切子ガラスの頂点(最上級)という観念
を生じるのに対し,使用標章,引用商標は,天満地域で製造された切子ガラ
スという観念しか生じない。本件商標と,使用標章,引用商標との間で,天
満地域で製造された切子ガラスという観念の部分が共通するとしても,その
部分は,それらが使用されるガラス食器という商品との関係では,自他商品
識別機能を有しないから,要部において共通しているということはできない。
そのため,本件商標と使用標章,引用商標は,観念において類似しない。
したがって,本件商標は,使用標章,引用商標とは類似しない。
3取消事由3(4条1項15号該当性についての判断の誤り)に対し
原告の主張は争う。
(1)審決は,①引用商標は,本件商標の登録出願時及び登録査定時において,
他人(原告)の業務に係る商品又は役務であることを表示するものとして,
我が国における需要者の間に広く認識されているものと認めることはできな
いものであること,②使用標章は,自他商品識別標識としての機能を有しな
いものであり,かつ,本件商標の登録出願時及び登録査定時において,他人
の業務に係る商品又は役務であることを表示するものとして,我が国におけ
る需要者の間に広く認識されているものと認めることはできないこと,③本
件商標と引用商標及び使用標章との類似性の程度が高いとはいえないことか
ら,被告が本件商標をその指定商品について使用をした場合,これに接する
需要者が,引用商標ないし使用標章を連想,想起することはなく,原告ら又
は同人と経済的若しくは組織的に何らかの関係がある者の業務に係る商品で
あるかと誤認し,その商品の出所について混同を生ずるおそれはないと判断
したものであり,審決の判断に誤りはない。
(2)MAIDO屋が令和元年7月1日に公開したウェブサイト(甲65)は,
本件商標の登録出願(平成29年9月1日起案)の約1年10か月後,本件
商標の登録査定(平成29年12月27日起案)の約1年半後のものである
から,それは審決の判断を左右しない。また,甲65は,「王冠」という名称
の天満切子のグラスが需要者の所望であったという事実を示しているに過ぎ
ない。「王冠」という名称の天満切子のグラスは平成17年9月号の雑誌「大
阪人」のポスター(乙25)に掲載されているから,約15年前から存在す
る商品であり,新製品ではない。
4取消事由4(4条1項19号該当性についての判断の誤り)に対し
原告の主張は争う。
(1)審決は,①引用商標及び使用標章は,本件商標の登録出願時及び登録査定
時において,我が国又は外国の取引者,需要者の間で,他人の業務に係る商
品を表すものとして,広く認識されていたとは認められないものであること,
②原告の提出に係る全証拠を勘案しても,被告が引用商標の顧客吸引力を利
用する,又は,顧客吸引力を希釈化させる等,不正の目的をもって本件商標
を出願し,登録を受けて使用していると認めるに足る具体的事実を見いだす
ことができないことから,本件商標は,引用商標の名声にただ乗りするなど
不正の目的をもって使用をするものと認めることはできないと判断したもの
であり,審決の判断に誤りはない。
(2)アAが切子ガラスを製造しなくなった平成24年10月~11月頃から
被告が切子工房RAUを退去した平成29年8月30日までの約4年半
の間は,A及び原告らによる天満切子に関する事業は行われていなかった。
Aが平成27年11月12日に死亡した直後,Aの成年後見人であったC
弁護士は,明確な権限なく被告に不正な説明をして被告の名義の新たな預
金口座を開設させ,その預金通帳を預かって切子工房RAUの売上と支払
を管理していた。被告は,独立の事業者としての地位を無視されて利用さ
れ,不当な扱いを受けていたものであり,被告に不正の目的はない。
イ(ア)平成30年5月28日付けの「ご連絡」(甲52)という文書におけ
るC弁護士の主張は具体性を伴わないものであったため,被告としては
回答のしようがなかった。
(イ)「天満切子」の文字は,自他商品識別機能がなく,独占適応性もない。
朝日新聞は,令和元年7月3日付けで,天満切子を作る工房が「切子工
房RAU」の他にもある旨の訂正記事を掲載しており(乙27の2),「天
満切子」の文字は,自他商品識別機能がないものとして取り扱っている。
「天満切子」の文字は,自他商品識別機能がなく,独占適応性もないか
ら,ヤフーネットショッピングで「天満切子」の名称で販売されている
商品画像の中に,被告商品と原告ら商品が掲載されるのは当然である。
(ウ)アマゾン・ネットショッピングのサイトを印刷したとされる甲54
は,令和元年10月15日に出力されたものであるが,その記事がサイ
トにいつ掲載されたか明らかでなく,「切子工房昌栄」という文字が含
まれていることからすると,本件商標の登録出願(平成29年9月1日)
より後であることは明らかである。また,甲54に掲載された記事の問
いの質問者,回答者,文書の作成経過は明らかでない。そのため甲54
は審決の判断を左右しない。
(エ)甲69は審判に提出されていないから,それに基づく主張はできな
い。また,仮に甲69に基づく主張ができるとしても,甲69による注
文日(令和元年10月19日)は本件商標の登録査定(平成29年12
月27日起案)の約10か月後であるから,審決の判断を左右しない。
また,甲69に掲載された「天満切子ロックグラス丸々(赤色)」という
切子グラスは,意匠権その他の知的財産権の保護の対象ではなく,原告
ら以外の者も同様のデザインのグラスを製造することができる。
(オ)被告が「天満切子」のブランドイメージの毀損や希釈化を招いたこ
とはない。原告が代表取締役を務める天満切子株式会社のホームページ
(乙26)に掲載された製品は,同じ商品名でもデザイン(楕円の大き
さ,各縞の長さ)が大きくばらついていて精密さを欠いているから,「天
満切子」のブランドイメージの毀損や希釈化を招いているのは原告であ
る。被告は本件商標の登録出願時に不正の目的をもって本件商標を出願
したことはない。
ウ本件商標の登録出願時及び登録査定時に,引用商標及び使用標章が原告
らの商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたことはな
く,被告が本件商標の登録出願時及び登録査定時に不正の目的をもって本
件商標を使用することを意図していたこともないから,本件商標が4条1
項19号を充たさないとした審決の判断に誤りはない。
(3)合意書(甲48)によれば,原告は,同合意書の締結日である平成29年
11月27日以降,被告が「天満切子」の文字を付した商号によって商品を
販売することを認めていた。そのため,原告ら及び被告により製造される「天
満切子」という文字が付された商品が市場において併存することは,原告が
同合意書において認めていた。そして,Aが平成20年6月11日に標準文
字「天満切子」の商標登録出願(商願2008-45777)をして平成2
1年2月18日起案の拒絶査定を受け(乙1),その謄本が同月20日に送達
されて,上記拒絶査定が確定した後,被告が切子工房RAUを退去するまで,
原告らによって「天満切子」という文字からなる商標が登録出願されること
はなかったし,そもそも,「天満切子」という文字からなる標章は自他商品の
識別機能を有しない,独占適応性を欠くものであったから,「天満切子」とい
う文字を含む本件商標を出願することにつき,4条1項19号の不正の目的
はなかった。したがって,審決の判断に誤りはない。
第5当裁判所の判断
1取消事由1(引用商標等の周知性の判断の誤り)について
(1)引用商標の周知性について
引用商標の使用を直接裏付ける証拠は,甲6(引用商標1を示すもの),甲
7(引用商標2を示すもの),甲8(引用商標3を示すもの),甲9の1~3
(引用商標1又はそれと同様の標章を付した箱とカットグラスを示すもの),
甲13(切子工房RAUのウェブページ),甲18(宣伝広告パンフレット),
甲28の1,2(オンラインショップの表示画面),甲29(京阪電車の沿線
紹介のウェブページ),甲31の3(切子グラスが人気テレビ番組に登場した
ことを紹介するウェブ記事),甲53の2(引用商標3に表示されている旗が
掲げられている様子を写した写真を掲載したウェブページ),甲55の2(2
019年G20大阪サミットでの「地元産品と観光資源の活用に係る推薦書」
に切子工房RAUの製品が登載されたことを示すもの。)程度であるところ,
人気テレビ番組に一度登場したからといって,直ちにその製品が周知性を獲
得するとまではいえないし(甲31の3について),上記推薦書への登載も,
数多くの産品の一つとして登載されたのにすぎず,周知性のある製品である
から登載されたとか,推薦書への登載によって周知性を獲得したといえるも
のではなく(甲55の2について。なお,甲55の2と,甲51の1を併せ
ると,令和元年6月に行われたG20大阪サミットにおいて,原告が経営す
る会社が制作した天満切子が,各国首脳等に対する贈呈品として利用された
ことが認められるが,これは,本件商標の出願日及び登録日後の事情である
し,この事実から直ちに,本件商標の出願日及び登録日当時,引用商標1~
3が周知であったことを推認することは困難というべきである。),他の証拠
は,その使用期間,使用個数・枚数等や,その影響力の大きさを明らかにす
るものではなく,周知性を根拠づけるのには到底足りるものではない。した
がって,審決が,原告の提出に係る証拠を総合してみても,引用商標の使用
を裏付ける証拠はほとんどなく,引用商標は,原告の業務に係る申立人商品
を表示するものとして需要者の間に広く認識されているものと認めることは
できないとした判断(第5の1(1)〔17頁〕)に誤りはない。
(2)使用標章の周知性について
ア使用標章の自他商品識別力について
(ア)使用標章である「天満切子」のうち「天満」は,「大阪市北区,旧淀
川と天満堀川(埋め立て)に囲まれた街区」(大辞林第三版(株式会社三
省堂))の意味を有する語であり,「切子」は切子ガラスの略であり,カ
ットグラスを意味し(広辞苑第七版(株式会社岩波書店,乙22の1,
2),その構成文字全体として「大阪市天満地域で製造されたカットグラ
ス」を表すものと認識され,使用標章である「天満切子」が原告の業務
に係るガラス食器との関係において用いられても,それは単に生産地を
表すにとどまるから,使用標章は自他商品の識別機能がないものと認め
られる。
(イ)原告は,使用標章は,A又は切子工房RAUの業務を示すものとし
て独占的に使用されてきたから自他商品識別力があるという趣旨の主張
をするところ,証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
大阪市の天満地域においては,明治以来カットグラス等のガラス食器
の製造が盛んであったが,近年は廃れ,ガラス職人の数も少なくなって
いた。Aは,昭和8年に設立された宇良ガラス加工所の創業者の息子で
あり,天満では数少なくなったガラス職人の一人であり,宇良硝子加工
所を経営してカットグラスの製造販売等を行っていたが,平成10年頃
には「切子工房RAU」に屋号を変更し(甲2,甲21の1~13),遅
くとも平成13年8月頃には,切子工房RAUで製造販売するカットグ
ラスに「天満切子」の名称を付するようになり(甲20の2),縦書きの
落款により「武山」の雅号を用いることもあった(甲13,乙12)。
BはAの弟子であり,切子工房RAUでカットグラスの製造を行って
いたが,平成26年10月~11月に切子工房RAUを退去し,硝子工
房Dとしてカットグラスの製造販売を行い,「天満切子」,「天満切子D」
という標章を付したカットグラスを,成田空港内や大阪市中央区所在の
株式会社相互商会で販売していた(乙9~11)。
被告は,Aの弟子のガラス職人で,切子工房RAUでカットグラスの
製造を行っていた(甲53の3)。
平成24年10月~11月頃,Aは認知症等のためカットグラスの製
造を行わなくなり,被告が切子工房RAUでカットグラスの製造を行っ
ていた。平成27年2月19日,Aについて成年後見が開始されて成年
後見人にC弁護士が就任し,切子工房RAUの財産を含むAの財産はC
弁護士が管理するようになった。
Aは平成27年11月12日に死亡し,Aの預金口座が凍結されたた
め,C弁護士は,被告に被告名義の預金口座を開設してもらい,その預
金口座により切子工房RAUの売上と支払を管理した。
平成28年2月11日,Aの遺産分割協議が成立し,Aの甥である原
告がAの遺産を全て承継することになった(甲3)。
被告は,平成29年8月30日,切子工房RAUを退去し,原告と被
告は,退去に当たって合意する事項を協議し,同年11月27日,双方
が弁護士を代理人として合意書(甲48)による合意を成立させた。合
意書の内容の趣旨は次のとおりであった。
「第1条
1原告は,合意書成立日,被告に対し,切子工房RAUの事業に関
して作成された被告名義の預金口座(以下『本件預金口座』という。)
に係る預金通帳,キャッシュカード及び銀行届出印を引き渡し,被
告はこれらを受領した。
2被告は,原告に対し,合意書成立日時点の本件預金口座の残高の
うち4割に相当する金員を,速やかに原告名義の預金口座に振り込
んで支払う。
第2条
1原告及び被告は,被告が,平成29年11月1日以降,『天満切子』
に文字を付加した商号によって,切子工房RAUにおいて従前製造
していた場所とは別の場所で,商品を製造,販売することを相互に
確認する。
2被告は,合意書成立日,原告から,被告が従前切子工房RAUに
おいて使用していた道具類のうち,別紙『搬出希望の道具類』記載
の道具類を買い取った。
3被告は,合意書成立日,原告から,別紙『搬出希望の原材料』記
載の原材料を買い取った。
4被告は,原告に対し,第2項及び前項の売買代金合計100万円
を,速やかに,前条第2項の原告名義の預金口座に振り込んで支払
う。
第3条
被告は,切子工房RAUが従前帝国ホテル大阪に対して納品してい
た仕様の商品について製造販売する場合,切子工房RAUの商品とし
て,原告を通じて受注,製造,販売をする。ただし,原告と被告とが
別の定めを合意した場合は,この限りではない。
第4条
原告及び被告は,今後とも,『天満切子』の製造,販売について,可
能な限度で相互に協力するものとする。」
Bは,被告と入れ替わるようにして切子工房RAUに戻り,横書きの
落款により二代「武山」の雅号を用いて使用標章を使用してカットグラ
スの製造販売をしている(甲13,乙12)。
被告は,切子工房RAUを退去した直後の平成29年9月1日,本件
商標の登録出願をした。被告は,切子工房昌榮の屋号でカットグラスの
製造販売を行っている(甲53の3)。
原告は,平成29年4月10日,天満切子の展示・販売を行う専門店
として天満切子Galleryを開業した(甲10)。
(ウ)前記(イ)の認定事実によれば,Aが開業した切子工房RAUにおける
カットグラスの製造販売の事業は,Aの死後は被告によって行われ,被
告が切子工房RAUを退去した後は,Bにより継続されていたと認めら
れる。この点について,被告は,Aがカットグラスの製造をしなくなっ
た平成24年10~11月頃から被告が切子工房RAUを退去する平成
29年8月30日までの約4年半の間は,A及び原告らによる天満切子
に関する事業は行われておらず,仮にAが天満切子の製造販売について
営業上の信用を獲得していたとしても,その信用は途切れていた旨主張
する。しかし,合意書(甲48)において,原告が被告に対し,切子工
房RAUの事業に関して作成された被告の名義の預金口座の預金通帳等
を引き渡すとされていること(第1条),被告が,平成29年11月1日
以降,「天満切子」に文字を付加した商号によって切子工房RAUとは別
の場所で,商品を製造,販売することを相互に確認するとされ(第2条
1項),被告が従前切子工房RAUにおいて使用していた道具類,原材料
を買い取るとされていること(第2条2~4項),被告は,切子工房RA
Uが従前帝国ホテル大阪に対して納品していた仕様の商品について製造
販売する場合,切子工房RAUの商品として,原告を通じて受注,製造,
販売をするとされていること(第3条)に照らすと,合意書に基づく合
意は,被告が,平成29年8月30日に切子工房RAUを退去するまで
は切子工房RAUに属し又は少なくともその傘下にあったことを前提と
しているものと認められ,このことに照らせば,切子工房RAUにおけ
るカットグラスの製造販売の事業は,Aの死後は被告によって行われて
いたものと認められる。なお,原告は,被告が切子工房RAUの従業員
であったと主張するのに対し,被告は,切子工房RAUにおいて被告は
独立の事業者であったと主張するが,仮に被告主張のとおり,被告が独
立の事業者であったとしても,被告が切子工房RAUに属し又は少なく
ともその傘下にあったことが否定されることはない。
上記のとおり,切子工房RAUにおけるカットグラスの製造販売の事
業は,Aの死後は被告によって行われていたものと認められ,前記(イ)
の認定事実に照らすと,それは,原告が切子工房を退去した後は,切子
工房RAUに戻ったBや天満切子Galleryを開業した原告により承継さ
れたものと認められる。しかし,そうであるとしても,Bは,平成26
年10月~11月に切子工房RAUを退去してから,被告退去後に切子
工房RAUに戻るまで「天満切子」の文字を用いていたものであるし,
合意書において,被告が平成29年11月1日以降,「天満切子」に文字
を付加した商号を用いることが定められているから(第2条1項),使用
標章である「天満切子」の文字は原告ら以外の者も用いることができた
ものであり,そのことはAも認識していたものと認められ,このように,
使用標章である「天満切子」の文字が原告らのみによって用いられてい
たものでないことに照らしても,使用標章には自他商品の識別機能はな
いものと認められる。
この点に関し,原告は,Bは,独立後も使用標章を使用することにつ
いてAから口頭又は黙示の許諾を得ていたと主張するが,Aは,標準文
字「天満切子」の商標登録出願(商願2008-45777)につき平
成21年2月18日起案の拒絶査定(乙1)を受けてこれが確定した後,
使用標章がA又は切子工房RAUにより独占されるものであることを需
要者に示すような行動をとった形跡がないから,Aは,使用標章の使用
について自分が他者に許諾する権限を有していると考えていたとは認め
られない。また,Bは,Aが運営する切子工房RAUで職人として稼働
し,その後切子工房RAUを退去したものであるが,Aを承継する二代
「武山」の雅号を用いるようになったのは,再度切子工房RAUに戻っ
た後であり,それ以前は,「D」という自らの名を用いてカットグラスの
製造販売を行っており,「D」という名を用いて製造販売を行っていた時
期に,使用標章の使用について,BがAから口頭又は黙示の許諾を得て
いたことを窺わせる証拠はない。そのため,Bが,使用標章の使用につ
いてAから口頭又は黙示の許諾を得ていたと認めることはできない。
原告は,Aが「天満切子」の名称を使用する以前に,「天満切子」の名
称が使用された形跡はないと主張する。確かに,Aが「天満切子」の名
称を使用する以前に,「天満切子」の名称が使用された形跡はない。しか
し,前記(ア)のとおり,使用標章である「天満切子」は,その構成自体か
ら自他商品の識別機能がないものと認められる上,上記のとおり,使用
標章である「天満切子」の文字は,原告らによる許諾等を受けることな
く,Bによって,Bが切子工房RAUを退去している間使用されており,
被告が切子工房RAUを退去した後は被告により使用されており,原告
らが被告に対して使用標章である「天満切子」の文字の使用を禁止し又
は差し止める法律上の根拠があるとは認められないことからすると,A
以前に「天満切子」の名称が使用された形跡がないとしても,使用標章
には自他商品の識別機能はないものと認められる。
(エ)被告は,本件商標の登録出願に対する平成29年10月24日起案
の拒絶理由通知書(甲43)に対する同年12月7日提出の意見書(甲
44)において,本件商標について,「薄めのグレーの極という文字より
も前面にある黒色の天満切子の文字が看者により強い印象を与え,看者
の注意を惹く部分であるといえます。」(甲44〔3頁〕)と述べている。
意見書(甲44)の上記記載は,標準文字のアルファベットの大文字「K
IWAMI」の6文字からなる引用商標との非類似性に関する説示の中
に存在する。しかし,同説示においては,本件商標が全体として外観上
まとまりよく一体的に表されていることから,本件商標の外観について,
図形化された態様であるため,全体として看者に与える印象は強くなる
旨の記載があり,本件商標の称呼について,「てんまきりこきわみ」,「て
んまきりこきょく」又は「てんまきりこごく」の称呼が生じる旨,本件
商標の観念について,ガラス工業が発達している天満という地域産の切
子ガラスで作った「天満切子のグラスの頂点(最上級)の品」又は「天
満切子のグラスの頂点(最上級)を目指すもの」という観念が生じる旨
の記載があり,これらの説示を全体としてみれば,「天満切子」の文字の
みに自他商品の識別機能があるとの趣旨であるとは認められない。した
がって,上記の意見書の記載によって,被告が本件商標中の「天満切子」
の部分に自他商品の識別機能があると考えていたと認めることはできな
い。
(オ)したがって,使用標章に自他商品の識別標識としての機能がないと
した審決の判断(第5の1(2)イ〔17頁〕)に誤りはない。
イ使用標章の周知性について
(ア)使用標章が付された原告ら商品が手作りで1個ずつ製作されるもの
であり,機械により大量生産されるものに比べて製造販売個数が少ない
としても,使用標章の周知性を判断するためには,商品の売上額,販売
個数,広告宣伝の頻度を考慮に入れることが相当である。
(イ)甲31の3によれば,平成28年9月5日に放映されたテレビ番組
「SMAP×SMAP」において,ゲストがSMAPのメンバーに,切
子工房RAU製作に係る天満切子のグラスをプレゼントし,その模様を
紹介したウェブサイトにおいて,使用標章がそのグラスとともに紹介さ
れたことが認められる。しかし,テレビ等で紹介されてウェブサイトに
掲載された物品の名称のインターネット上の検索数が放送直後に急上昇
することは通常起こり得ることであるが,テレビ等で紹介されウェブサ
イトに掲載される物品は順次多数に及ぶことから,一度検索数が急上昇
したとしてもしばらくして他の多くの情報の中に埋没することは多いも
のと推認される。そのため,一度テレビで紹介されてウェブサイトに掲
載されたことを周知性の判断において過度に重視することはできない。
したがって,「テレビ番組において,原告使用商品が出演者へのプレゼン
トとされ,そのことが,ウェブサイトにおいて紹介されたとしても,僅
か1回にすぎないものであり」(第5の1(2)ウ(シ)〔20頁〕)という審
決の判断に誤りはない。
(ウ)大阪市が平成28年に作成した「ふるさと納税現況調査(調査票A)」
には,天満切子がふるさと納税の返礼品に選定された理由として「大阪
の伝統工芸品としてゆかりがある」と記載されている(甲36〔5枚目〕)。
しかし,平成28年当時,平成26年10月~11月に切子工房RAU
を退去したBが,硝子工房Dとして「天満切子」,「天満切子D」とい
う標章を付したカットグラスを販売していたものであり(乙9,10),
使用標章を使用していたのは原告らのみではなかった。また,前記のと
おり,Bが使用標章の使用についてAから口頭又は黙示の許諾を得てい
たと認めることはできない。そして,天満地域で明治以来カットグラス
等のガラス食器の製造が盛んであったという事実(前記ア(イ))に照ら
すと,上記の「ふるさと納税現況調査(調査票A)」の記載は,天満地区
でかつてガラス工業が盛んであったことから,天満地域で製造されたカ
ットグラスは,大阪の伝統工芸品として大阪市にゆかりがあるという趣
旨であると認められ,使用標章が原告ら商品を示すものとして需要者に
広く知られていたことを示すものとは認められない。したがって,「ふる
さと納税調査の選定基準の記載をもって,使用標章に係る原告使用商品
の需要者の認識を表すものとはいい難く」(第5の1(2)ウ(シ)〔20頁〕)
という審決の判断に誤りはない。
(エ)原告が証拠として提出するアンケート(甲41「お客様アンケート」)
は,その記載から,原告が開設する「天満切子Gallery」で配布されたも
のであることは分かるが,引用商標や使用標章の周知性を判断するため
の資料としてはサンプル数(66通)が多いとはいえないし,アンケー
トの内容自体も,使用標章の周知性を裏付けるに足りるものではない。
また,登録出願後の資料を参酌して登録出願時の周知性を推し量るこ
とが排除されないとしても,本件商標が平成29年9月1日登録出願さ
れたのに対し,アンケート(甲41)は,証拠説明書によれば同年12
月から平成30年2月までに実施されたものであり,日本民芸公募展で
の受賞は平成29年11月18日であり(甲37),公的機関や法人等の
各種団体(大阪市,万博誘致委員会,海遊館,アジア太平洋トレードセ
ンター(ATC),独立行政法人大阪産業技術研究所,株式会社トーマス)
への納品は,いずれも本件商標が平成30年1月19日に登録査定を受
けた後のことであり(甲35の1~6),これらの事実の多くは本件商標
の登録出願後相当の期間が経過した後のことであるから,これらの事実
によって本件商標の登録出願時における引用商標や使用標章の周知性を
認めることはできない。
したがって,「アンケートは本件商標の登録査定後に行われたものであ
って,そのサンプル数も多いものとはいえず,加えて,公的機関や法人
等の各種団体への納品及び日本民芸公募展での受賞は,いずれも本件商
標の登録査定後である。」(第5の1(2)ウ(シ)〔20頁〕)という審決の判
断に誤りはない。
(オ)原告らが使用標章,引用商標を使用しているカットグラスは,職人
の手作りにより製作されるので,機械により大量生産される製品とは異
なり,1日の製造個数が限られているものと認められる。しかし,その
ような商品の性質を考慮しても,使用標章,引用商標の周知性を判断す
るためには,同種の商品の中で使用標章,引用商標が使用された商品の
割合を参酌することは相当であり,原告らの商品の売上額及び販売額の
市場シェアを参酌することは相当と認められるところ,これらは明らか
でない。
したがって,「請求人使用商品の売上額及び販売個数は,その市場シェ
アも明らかではなく」(第5の1(2)ウ(シ)〔20頁〕)という審決の判断
に誤りはない。
(カ)前記(ア)~(オ)によれば,使用標章の周知性に関して原告の主張する
取消事由はいずれも理由がなく,審決が,使用標章は本件商標の登録出
願時及び登録査定時において他人(原告)の業務に係る商品又は役務で
あることを表示するものとして,我が国における需要者の間に広く認識
されているものと認めることはできないものである(第5の2〔20~
21頁〕)とした判断に誤りはない。
ウ周知性の程度について
4条1項10号,15号,19号の各号の周知性の程度が異なるという
解釈があるとしても,証拠に照らし,引用商標,使用標章は,各号のいず
れの周知性の要件も充たさないものと認められる。したがって,4条1項
10号,15号,19号の各号についていずれも周知性の要件を充たさな
いとした審決の判断(第5の2〔20~21頁〕,第5の3(1)〔21頁〕,
第5の4〔23頁〕)に誤りはない。
(3)取消事由1の成否について
以上によれば,取消事由1は理由がない。
原告は,取消事由1についてるる主張するが,それらの主張を考慮したと
しても,上記の判断は左右されない。
2取消事由2(4条1項10号該当性についての判断の誤り)について
(1)前記1のとおり,引用商標は,本件商標の登録出願時及び登録査定時にお
いて他人(原告)の業務に係る商品又は役務であることを表示するものとし
て,我が国における需要者の間に広く認識されていたものと認めることはで
きず(前記1(1)),使用標章は自他商品識別標識としての機能を有しないも
のであり(前記1(2)ア),本件商標の登録出願時及び登録査定時において他
人(原告)の業務に係る商品又は役務であることを表示するものとして,我
が国における需要者の間に広く認識されているものと認めることはできない
ものであるから(前記1(2)イ),本件商標は,本件商標と引用商標及び使用
標章との類否について論ずるまでもなく,4条1項10号に該当せず,同旨
の審決の判断(第5の2〔20頁〕)に誤りはない。
原告は,4条1項10号に関連して本件商標と使用標章及び引用商標の類
否について主張するので,以下では,念のため,これらの類否について検討
する。
(2)ア商標の類否は,対比される商標が同一又は類似の商品又は役務に使用さ
れた場合に,その商品又は役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあ
るか否かによって決すべきであるが,それには,使用された商標がその外
観,観念,称呼等によって取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して
全体的に考察すべく,しかも,その商品又は役務に係る取引の実情を明ら
かにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当であ
る(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷
判決・民集22巻2号399頁,最高裁平成6年(オ)第1102号同9
年3月11日第三小法廷判決・民集51巻3号1055頁参照)。
また,複数の構成部分を組み合わせた結合商標については,商標の各構
成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われる
ほど不可分的に結合していると認められる場合においては,その構成部分
の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して類否を判断するこ
とは,原則として許されないが,その場合であっても商標の構成部分の一
部が取引者又は需要者に対し,商品又は役務の出所識別標識として強く支
配的な印象を与える場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称
呼,観念が生じない場合などには,商標の構成部分の一部だけを取り出し
て,他人の商標と比較し,その類否を判断することが許されるものと解さ
れる(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷
判決・民集17巻12号1621頁,最高裁平成3年(行ツ)第103号
同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁,最高裁平
成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民
事228号561頁参照)。
イ(ア)本件商標は,灰色の毛筆体風の「極」の文字を大きく表示し,その文
字上の中央部に黒色で毛筆体風の「天満切子」の文字を,縦書きで,「極」
の文字を縦断するように配した構成よりなり,「天満切子」の文字を「極」
の文字の前に重ねて表記した結合商標と認められる。そして,「天満切子」
の文字は,「大阪市天満地域で製造されたカットグラス」を表すものと認
識され(前記1(2)ア(ア)),本件商標の指定商品である「大阪市天満地域
産の切り子硝子で作ったグラス」との関係では,単に商品の性質の一態
様である生産地を表すにとどまるから,自他商品の識別標識を有しない
ものと認められる。他方,本件商標の構成中,「極」の文字部分は,「ご
く」,「きょく」又は「きわみ」の称呼と「きらびやかなさま」(広辞苑第
六版)の観念を生じ,本件商標の指定商品である「大阪市天満地域産の
切り子硝子で作ったグラス」との関係では,自他商品の識別機能を有す
ると認められる。そのため,本件商標は,その指定商品との関係におい
ては,「極」の文字部分が,取引者,需要者をして,商品の出所識別標識
として強く支配的な印象を与える部分(以下「要部」という。)と認めら
れ,類否判断に当たって,要部である「極」の文字部分を重視して類否
を判断するのが相当と認められる。
(イ)使用標章は「天満切子」の文字からなり,自他商品の識別機能を有し
ない。
引用商標1は,「天満」及び「切子」の文字を2行に縦書きし,その左
側に「武山」という落款を配した構成態様からなり,「天満切子」の文字
部分は自他商品の識別機能を有しないから,要部は,落款部分というこ
とになる。引用商標2は,提灯の表面上部に円状の図形(正確には,黒
い円の中心部を白抜きし,そこに3個の菱形状の図形を配置した図形。)
を表示し,その円状の図形の直下に「天満切子」の縦書きの文字を配し
た構成からなり,「天満切子」の文字部分は自他商品の識別機能を有しな
いから,要部は,円状の図形ということになる。引用商標3は,青色の
縦長の長方形内に白抜きの文字で「天満切子」と縦書きした構成よりな
るところ,「天満切子」の文字は自他商品の識別機能を有しないから,引
用商標3は自他商品の識別機能を有しない。
ウ(ア)本件商標と使用標章,引用商標の外観の類否は次のとおりである。
本件商標と使用標章は,自他商品の識別機能を有しない「天満切子」
の部分が共通するにとどまり,本件商標の要部である「極」の文字に類
似する構成は使用標章にはないから,本件商標と使用標章の外観は類似
しない。
本件商標と引用商標1を比較すると,自他商品の識別機能を有しない
「天満切子」の部分が共通するにとどまり,本件商標の要部である「極」
の文字部分と引用商標1の要部である落款は類似しないから,本件商標
と引用商標1の外観は類似しない。
本件商標と引用商標2を比較すると,自他商品の識別機能を有しない
「天満切子」の部分が共通するにとどまり,本件商標の要部である「極」
の文字部分と引用商標2の要部である円状の図形は類似しないから,本
件商標と引用商標2の外観は類似しない。
本件商標と引用商標3を比較すると,自他商品の識別機能を有しない
「天満切子」の部分が共通するにとどまるから,本件商標と引用商標3
の外観は類似しない。
(イ)本件商標と使用標章,引用商標の称呼の類否は次のとおりである。
本件商標は,その要部である「極」の文字部分に対応して「ごく」,「き
ょく」,「きわみ」という称呼を生じ,また,全体に対応して「てんまき
りこごく」,「てんまきりこきょく」,「てんまきりこきわみ」,「ごくてん
まきりこ」,「きょくてんまきりこ」,「きわみてんまきりこ」という称呼
を生じるものと認められる。
使用標章は「てんまきりこ」という称呼を生じるものと認められると
ころ,それは,本件商標の要部である「極」の文字部分に対応して生ず
る「ごく」,「きょく」,「きわみ」という称呼とは類似せず,また,本件
商標の全体に対応した称呼と使用標章の称呼は「てんまきりこ」の部分
において共通するが,これは自他商品の識別機能がないものと認められ
るから,本件商標と使用標章の称呼は類似しない。
引用商標1は,要部である「武山」という落款に対応して「ぶざん」,
「たけやま」という称呼を生じ,また,全体に対応して「てんまきりこ
ぶざん」,「てんまきりこたけやま」,「ぶざんてんまきりこ」,「たけやま
てんまきりこ」という称呼を生じるものと認められる。本件商標の要部
である「極」に対応した「きわみ」,「きょく」,「ごく」という称呼と引
用商標1の要部である「武山」という落款に対応した「ぶざん」,「たけ
やま」という称呼は類似せず,また,本件商標の全体に対応した称呼と
引用商標1の全体に対応した称呼は「てんまきりこ」の部分において共
通するが,これは自他商品の識別機能がないものと認められるから,本
件商標と引用商標1の称呼は類似しない。
引用商標2は「てんまきりこ」という称呼を生じるものと認められ,
本件商標の全体に対応した称呼と引用商標2の称呼は「てんまきりこ」
の部分において共通するが,これは自他商品の識別機能がないものと認
められるから,本件商標と引用商標2の称呼は類似しない。
引用商標3は「てんまきりこ」という称呼を生じるものと認められ,
本件商標の全体に対応した称呼と引用商標3の称呼は「てんまきりこ」
の部分において共通するが,これは自他商品の識別機能がないものと認
められるから,本件商標と引用商標3の称呼は類似しない。
(ウ)本件商標と使用標章,引用商標の観念の類否は次のとおりである。
本件商標は,その要部である「極」の文字部分に対応して「頂点(最
上級)の品」,「頂点(最上級)を目指すもの」という観念を生じ,また,
本件商標の全体に対応して「天満地域で製造されたカットグラスの頂点
(最上級)の品」,「天満地域で製造されたカットグラスの頂点(最上級)
を目指すもの」という観念を生じるものと認められる。
使用標章は「天満地域で製造されたカットグラス」という観念を生じ
るものと認められるが,これは,本件商標の要部である「極」の文字に
対応する「頂点(最上級)の品」,「頂点(最上級)を目指すもの」とい
う観念に類似せず,また,本件商標の全体に対応した観念と使用標章の
観念は,「天満地域で製造されたカットグラス」の部分において共通する
が,これは,本件商標及び使用標章が使用される商品であるカットグラ
スとの関係では,生産地を示すのみであり,自他商品の識別機能がない。
したがって,本件商標と使用標章の観念は類似しない。
引用商標1は,その要部である「武山」という落款に対応して,「武山
という雅号」,「武山という雅号を有する製造者」という観念を生じ,ま
た,全体に対応して「武山という雅号を有する製造者が製造した,天満
地域で製造されたカットグラス」という観念を生じるものと認められる。
本件商標の要部である「極」の文字に対応した「頂点(最上級)の品」,
「頂点(最上級)を目指すもの」という観念と,引用商標1の要部に対
応した「武山という雅号」,「武山という雅号を有する製造者」という観
念は類似せず,また,本件商標の全体に対応した観念と引用商標1の全
体に対応した観念は,「天満地域で製造されたカットグラス」の部分にお
いて共通するが,これは,本件商標及び引用商標1が使用される商品で
あるカットグラスとの関係では,生産地を示すのみであり,自他商品の
識別機能がない。したがって,本件商標と引用商標1の観念は類似しな
い。
引用商標2は「天満地域で製造されたカットグラス」という観念を生
じるものと認められ,本件商標の全体に対応した観念と引用商標2の観
念は,「天満地域で製造されたカットグラス」の部分において共通するが,
これは,本件商標及び引用商標2が使用される商品であるカットグラス
との関係では,生産地を示すのみであり,自他商品の識別機能がない。
したがって,本件商標と引用商標2の観念は類似しない。
引用商標3は「天満地域で製造されたカットグラス」という観念を生
じるものと認められ,本件商標の全体に対応した観念と引用商標3の観
念は,「天満地域で製造されたカットグラス」の部分において共通するが,
これは,本件商標及び引用商標3が使用される商品であるカットグラス
との関係では,生産地を示すのみであり,自他商品の識別機能がない。
したがって,本件商標と引用商標3の観念は類似しない。
(エ)以上によれば,本件商標と使用標章,引用商標は類似しない。
エそうすると,審決が,本件商標の構成中,「天満切子」の文字部分は本件
指定商品との関係においては,自他商品の識別標識としての機能を有して
おらず,「極」の文字部分が,取引者,需要者をして商品の出所識別標識と
して強く支配的な印象を与えるとした上で(第5の3(2)ア〔21頁〕),本
件商標と引用商標,使用標章とは,「天満切子」の文字を共通にするとして
も,これが独立して自他商品の識別標識と認識されるものとはいえず,類
似性の程度は高いとはいえないとした判断(第5の3(2)ウ〔22頁〕)に誤
りはない。
(3)以上によれば,取消事由2は理由がない。
原告は,取消事由2についてるる主張するが,それらの主張を考慮したと
しても,上記の判断は左右されない。
3取消事由3(4条1項15号該当性についての判断の誤り)について
(1)前記1のとおり,引用商標は,本件商標の登録出願時及び登録査定時にお
いて周知であったとは認められず(前記1(1)),使用標章は,自他商品識別標
識としての機能を有しないものであり(前記1(2)ア),かつ,本件商標の登録
出願時及び登録査定時において周知であったとは認められないものであり
(前記1(2)イ),前記2のとおり本件商標と引用商標及び使用標章は類似し
ていないから,本件商標に接する需要者が,引用商標ないし使用標章を連想
又は想起するものということはできず,被告が本件商標をその指定商品につ
いて使用をした場合,これに接する需要者が,引用商標又は使用標章を連想,
想起することはなく,原告ら又は原告らと経済的若しくは組織的に何らかの
関係がある者の業務に係る商品であると誤認し,その商品の出所について混
同を生ずるおそれがあるとは認められない。したがって,同旨の審決の判断
(第5の3⑷〔22~23頁〕)に誤りはない。
(2)原告は,引用商標等を付した原告ら商品が,本件商標の登録出願時及び登
録査定時には既に市場に流通しており,引用商標等は特定の需要者層に相当
程度知られていることから,本件商標を付した被告商品が市場に流通すると,
原告ら商品と被告商品との間で出所混同が生じるおそれがあると主張し,甲
55の1に基づき,原告らの「王冠」という名称の商品と被告の商品が混同
を生じるおそれがあったことを主張する。
しかし,甲55の1によっても,被告が本件商標を用いて商品を販売した
ことによって原告ら商品と混同を生じたのか明らかでないから,それによっ
て原告の主張が裏付けられるとはいえない。原告ら商品の形態について,意
匠権又は不正競争防止法に基づく保護等,原告らによる独占を認める法的根
拠があると認めるに足りる根拠はなく,また,「天満切子」の文字は,自他商
品の識別機能がなく,単に天満地域で製造されたカットグラスであることを
示す語にすぎず,原告らの商品を示す標章であるとは認められないから,原
告らと被告の同じような形態のカットグラスが「天満切子」の名称のもとに
販売されたことによって,原告の商品であるか被告の商品であるかについて
混乱を生じることがあったとしても,被告が原告らの権利を侵害したとは認
められず,まして,本件商標が,原告らの業務に係る商品と混同を生ずるお
それがある商標であるとは認められない。むしろ,本件商標は,「天満切子」
の文字とともに自他商品の識別機能を有する「極」の文字からなり,全体と
して自他商品の識別機能を有している。したがって,原告の上記主張を採用
することはできず,本件商標は,他人の業務に係る商品又は役務と混同を生
ずるおそれがある商標(4条1項15号)に該当すると認めることはできな
い。
(3)以上によれば,取消事由3は理由がない。
原告は,取消事由3についてるる主張するが,それらの主張を考慮したと
しても,上記の判断は左右されない。
4取消事由4(4条1項19号該当性についての判断の誤り)について
(1)ア原告は,被告は切子職人としてAにある程度認められていたことから,
「自分こそはAを創始とする『天満切子』の唯一の承継人であり,自らの
尽力で『天満切子』のブランドを維持できた」という思い込みがあり,自
分名義の預金口座の残高等も知っていたと思われるが,このような状況に
おいて原告がAの全財産を相続することになり不満を抱くようになった
ものと推測され,被告は,不正の利益を得たり原告に損害を与える等の目
的で使用することを意図して本件商標の商標登録を受けたものと考えら
れると主張する。
しかし,平成28年2月11日,遺産分割協議によって原告がAの遺産
を全て承継することになった後,被告は,平成29年8月30日,切子工
房RAUを退去し,その後も協議を重ねた結果,同年11月27日,双方
が弁護士を代理人として合意書(甲48)による合意を成立させ,合意書
により,原告との間で,被告が平成29年11月1日以降,「天満切子」に
文字を付加した商号によって,切子工房RAUとは別の場所で,商品を製
造販売することを確認したことに照らせば,被告は,原告との間の合意に
基づいて,「天満切子」に文字を付加した商号等を用いてカットグラスの製
造販売を行うことを意図していたと認められ,また,被告が本件商標の登
録を受けたとしても,原告らが使用標章や引用商標を用いることは妨げら
れないから,被告が不正の利益を得たり原告に損害を与える等の目的で使
用することを意図して本件商標の商標登録を受けたものとは認められず,
原告の上記主張は,採用することはできない。
イ(ア)C弁護士の「ご連絡」(甲52)という文書は,被告に対し,被告が
取り扱う製品は被告のブランド「天満切子・極」である旨を分かりやす
く表示するように周知徹底することを要請するものであるが,具体的に
どのウェブサイトや業者(又は販売店)において原告の商品と被告の商
品の混同が生じているのかは記載されておらず,具体的に誰に対してど
のようなことを行うかを特定するものでなく,また,被告が原告に対し
て,原告の商品と被告の商品の混同を防ぐ対策を講じるべき義務を負う
とする根拠はないから,「ご連絡」(甲52)という文書に対して被告が
具体的な応答をしなかったとしても,そのことに基づいて,被告が原告
らの商品の模倣品を無断で製造し,それを本件商標が付された桐箱に包
装して販売していたと認めることはできない。
(イ)原告は,ヤフーネットショッピングの表示画面(甲53の4)に基づ
き,被告は,原告らの商品に酷似した模倣品を製造し,ネットショッピ
ングにおいて本件商標を付して販売し,これにより不正の収益を得てい
た旨主張し,また,アマゾン・ネットショッピングのサイトの表示画面
(甲54)に基づき,被告は,切子工房RAUの商品であるかのように
みせかけ,被告の商品を本件商標を付して販売し,不当な収益を得てい
るものと思われる旨主張し,加えて,上記各サイトにおいては,製品が
切子工房RAUと切子工房昌榮のいずれのものか,切子工房RAUと切
子工房昌榮に何らかの経済的組織的な関係があるかについて需要者が混
乱する態様で表示がされている旨主張し,さらに,アマゾン・ネットシ
ョッピングのウェブサイトにおいて行われた切子グラス発注に関するて
ん末(甲69)に基づき,被告は,引用商標1が付されるべき原告ら商
品の模倣品を自ら製造して販売し,不正の利益を得ようとしていたこと
は明らかであり,商道徳上,信義則に反すると考えられる不正行為を行
っている旨主張する。
しかし,原告らの商品の形態について,意匠権又は不正競争防止法に
基づく保護等,原告らによる独占を認める法的根拠があるとは認められ
ず,また,「天満切子」の文字は,自他商品の識別機能がなく,単に天満
地域で製造されたカットグラスであることを示す語にすぎず,原告らの
商品を示す標章であるとは認められない。そのため,原告らと被告の同
じような形態のカットグラスがインターネット上で「天満切子」の名称
のもとに販売され,原告の商品であるか被告の商品であるかについて混
乱を生じたとしても,また,仮に被告が原告ら商品に似ていることを認
識した上で原告ら商品に似た製品を製造販売したとしても,被告が原告
らの権利を侵害したとは認められない。そして,原告の提出する証拠を
勘案しても,被告が,原告ら商品であるかのようにみせかけて被告商品
を販売したこと,切子工房RAUと切子工房昌榮に何らかの経済的組織
的な関係があるかのような表示をしたこと,原告ら商品の模倣品を自ら
製造して販売したことは,いずれも認められない。むしろ,被告が本件
商標登録をし,自他商品の識別機能のある本件商標を使用していること
からすれば,被告は,原告の商品と区別して自己の商品の製造販売を行
う意図があるものと推認される。したがって,原告の上記主張を採用す
ることはできない。
(ウ)前記(ア),(イ)によれば,被告の行為により,出所の混同を生じ,「天
満切子」のブランドイメージの毀損や希釈化を招き,原告に損害を生じ
たとは認められず,被告が本件商標の登録出願時に不正の目的をもって
本件商標を出願したとは認められない。
ウ被告が,本件商標の登録出願時及び登録査定時に,不正の目的をもって
本件商標を使用することを意図していたことは認められず,前記1のとお
り,引用商標は,本件商標の登録出願時及び登録査定時において周知であ
ったとは認められず,使用標章は,自他商品識別標識としての機能を有し
ないものであり,かつ,本件商標の登録出願時及び登録査定時において周
知であったとは認められないから,本件商標は,4条1項19号に該当す
るとは認められない。
そうすると,審決が,引用商標及び使用標章は,本件商標の登録出願時
及び登録査定時において,我が国又は外国の取引者,需要者の間で,他人
の業務に係る商品を表すものとして広く認識されていたとは認められな
いものであるとし,また,原告の提出に係る全証拠を勘案しても,被告が
引用商標の顧客吸引力を利用する,又は,顧客吸引力を希釈化させる等,
不正の目的をもって本件商標を出願し,登録を受けて使用していると認め
るに足る具体的事実を見いだすことができないとし,本件商標は,引用商
標の名声にただ乗りするなど不正の目的をもって使用をするものと認め
ることもできないとした判断(第5の4〔23頁〕)に誤りはない。
(2)ア原告は,被告が商標登録出願をするとは考えてもいなかった一方で,被
告は切子工房RAUで委託業務を行っている間も原告に無断で着々と本
件商標の商標登録を受ける準備を進め,合意書締結時には既に商標登録出
願をしていたのであるから(甲47,甲56),被告にとっては「商標登録
出願の是非」について合意書では触れたくなかったのは容易に推測するこ
とができ,被告が合意書(甲48)による合意をしたのは信義則に反する
と主張し,また,被告が不正の目的をもって本件商標を出願し,登録を受
けて使用していると主張する。
しかし,合意書(甲48)による合意において,原告及び被告は,被告
が,平成29年11月1日以降,「天満切子」に文字を付加した商号によっ
て切子工房RAUとは別の場所で商品を製造,販売することを相互に確認
する(2条1項)旨合意していたから,被告が製品の販売に当たって製品
に上記商号と同じ標章を付し,それについて商標を取得することは,業と
して商品を製造販売する上で通常予想される範囲内の事柄である。そうす
ると,たとえ合意書(甲48)に商標登録出願について具体的な条項が定
められていなかったとしても,原告において,被告による本件商標の出願
を予期していなかったといえるかどうかは疑問であるし,他方,被告の側
が,商標出願意図を秘匿し,いわば原告を欺罔するなど信義則に違反する
行為によって合意を成立させたと認定することも困難である。そして,「天
満切子」の文字は自他商品の識別機能がなく,原告がこれを独占する根拠
はなく,本件商標の登録出願について原告の許諾を必要とする根拠はない
のであって,この点からしても,被告が商標取得の意図を秘匿しなければ
ならない理由はない。したがって,原告の上記主張は,採用することがで
きない。
イそうすると,審決が,合意書(甲48)には,「天満切子」に文字を付加
した商号によって被告が商品を製造・販売することを,原告及び被告が確
認した旨の記載はあるものの,商標登録出願の是非についての記載はない
し,そもそも,引用商標ないし使用標章は,本件商標の登録出願時及び登
録査定時において我が国又は外国の需要者の間で原告らの業務に係る商品
を表すものとして広く認識されていたとは認められないものであり,原告
の提出に係る証拠によっては,被告が引用商標の顧客吸引力を利用する,
又は,顧客吸引力を希釈化させる等,不正の目的をもって本件商標を出願
し,登録を受けて使用していると認めるに足る具体的事実を見いだすこと
ができないとした判断(第5の5(2)〔24頁〕)に誤りはない。
(3)以上によれば,取消事由4は理由がない。
原告は,取消事由4についてるる主張するが,それらの主張を考慮したと
しても,上記の判断は左右されない。
5結論
以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決に,これを
取り消すべき違法はない。
よって,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
鶴岡稔彦
裁判官
上田卓哉
裁判官
中平健
別紙1(本件商標)
別紙2(引用商標1)
別紙3(引用商標2)
別紙4(引用商標3)

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