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平成九年(ワ)第三六三二号 損害賠償請求事件
平成一二年九月二〇日弁論終結
        判       決
  原       告      永和物産株式会社
         右代表者代表取締役      【A】
         右訴訟代理人弁護士      伊  藤  倫  文
        被       告      株式会社カンメ
         右代表者代表取締役      【B】
         被       告      【B】
         右両名訴訟代理人弁護士    内  河  惠  一
同              雑  賀  正  浩
同近  藤  雅  樹
        主       文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
 二 訴訟費用は原告の負担とする。
        事実及び理由
第一 請求
一 被告らは、原告に対し、連帯して金三六九七万五八二七円及びうち金三五〇
六万六三四六円に対する平成九年一〇月一九日から支払済みまで、うち金一九〇万
九四七八円に対する平成一〇年九月一日から支払済みまで、それぞれ年五分の割合
による金員を支払え。
 二 被告株式会社カンメは原告に対し、日本経済新聞(尾張版)に別紙記載の謝
罪文をその表題並びに原告及び被告会社の各商号は四号活字、その余は八ポイント
活字で引き続き二回掲載せよ。
 三 第一項につき仮執行宣言
第二 事案の概要
 一 本件は、被告株式会社カンメ(以下「被告会社」という。)が登録出願中の
実用新案権に基づき、被告会社が原告の取引先に対して別紙物件目録記載の流動物
収納容器(以下「本件容器」という。)の製造、販売及び使用を禁止する旨の警告
書等を発送したことが不正競争防止法(平成一一年法律第三三号による改正前のも
のをいう。以下同じ。)二条一項一一号に規定する「虚偽の事実の告知」に該当す
るとして、原告が被告会社に対し謝罪広告(同法七条)及び損害賠償(同法四条本
文、民法七〇九条)を求め、また、被告会社が実用新案権の侵害を理由として原告
に対し本件容器の製造販売禁止の仮処分命令の申立て及び損害賠償等を求める訴え
をなしたことが原告に対する不法行為(民法七〇九条)を構成するとして、被告会
社に対して損害賠償を求めるとともに、被告会社の代表取締役であった被告【B】
(以下「被告【B】」という。)に対し、商法二六六条の三第一項又は被告会社と
の共同不法行為(民法七〇九条、七一九条一項)に基づき損害賠償を求めている事
案である。
二 争いのない事実等
  1 当事者
(一) 原告は、プラスチック製容器の製造及び販売等を目的とする株式会社
である。
(二) 被告会社は、果実、柑橘類の販売並びに和洋酒類、清涼飲料水及び調
味食料品の販売等を目的とする株式会社であり、被告【B】は被告会社の代表取締
役である。
2 事実経過等
(一)被告会社は、平成一〇年一月九日当時、次の実用新案権(以下「本件
実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)を有していた(乙六、
七)。なお、登録前の本件実用新案権のことを以下「本件実用新案」という。
     考案の名称  液体等の流動物収納容器
     考案者    【B】
     出   願  昭和五八年八月一〇日(昭和五八ー一二四八六四)
     出願公開   昭和六〇年三月六日(昭和六〇ー三三〇五〇)
     出願公告   平成三年一一月一五日(平三ー五二六八四)
     登   録  平成四年一二月一〇日
     登録番号   第一九四二六二七号
     実用新案登録請求の範囲
 「上方へ開口する容器本体と、これを覆蓋するための蓋板とからなる
合成樹脂製の収納容器であって、前記容器本体については、その開口縁部に断面逆
L字状のフランジ部を周方向に沿って一体に形成するとともにこのフランジ部の上
周縁には厚肉に形成された水平突部を外方ヘ張り出し状に設ける一方、前記蓋板に
ついては、適度の柔軟性を有しかつその外周寄りにはその溝幅を拡開あるいは窄小
させる方向への弾性変形が許容された凹溝を周方向に沿って凹設し、また凹溝より
も外周側には周方向に沿ってエッジ部を連設するとともに、このエッジ部を凹溝と
ほぼ均一の肉厚をもって連続する水平部と、水平部の外周縁において下向きに形成
されかつ適度の剛性が発揮されるように水平部より厚肉とした垂直部とより形成す
ることによって、エッジ部の内側に容器本体のフランジ部を前記凹溝の弾発力にて
水密状態で抱合可能な空間を形成し、さらにこの空間において前記垂直部の内壁面
からはフランジ部に対して係合可能な係止突片部を内向きに形成したことを特徴と
する液体等の流動物収納容器」
(二)(1) 被告会社は、原告及び原告の取引先(株式会社シンギ名古屋営業
所、株式会社愛起、株式会社木村商店及び米澤屋本店)に対し、平成五年法律第二
六号による改正前の実用新案法(以下「旧法」という。)一三条の三第一項に基づ
き、被告会社が本件実用新案の出願人であること、本件実用新案の登録出願は現在
拒絶査定の不服の審判として審査継続中であることを平成三年七月一七日差出しの
内容証明郵便をもって通知し、原告に対する右書面は同月一八日に配達され(甲一
の1、2)、そのころ前記取引先にも配達された。
(2) 被告会社は、原告及び前記取引先に対し、旧法一三条の三第一項に基
づき、本件実用新案は出願公開中であり、原告は本件容器を製造、販売及び使用す
ることを中止するようにとの警告をなし、右警告に違背した場合は、損害賠償等を
求める旨を平成三年八月七日付け内容証明郵便をもって通知し、原告に対する右書
面は同月八日に配達され(甲二の1、2)、そのころ前記取引先にも配達された。
(3) 被告会社は、原告及び原告の取引先(前記取引先並びに株式会社赤坂
サンフルーツ及び株式会社パッケージ中澤)に対し、従前通知してきたとおり本件
実用新案は出願登録されることが認められたから、原告は本件容器を製造、販売及
び使用することを中止するようにとの警告をなし、右警告に違背した場合は、損害
賠償等を求める旨を平成四年一〇月二三日付け内容証明郵便をもって通知し、原告
に対する右書面は同月二四日に配達され(甲三の1、2)、そのころ前記取引先に
も配達された。
(三) 前項(3)の警告書を受けて、原告は、平成四年一一月六日、被告会社に
対し、「本件考案に係る収納容器は、原告が被告会社に納品していた容器をもとに
被告会社が実用新案登録出願をなしたものであって、被告会社の考案に係るもので
はない」との主張をして、原告は本件実用新案権について先使用による通常実施権
があるとの回答を行った(乙一)。
(四) そこで、被告会社は、平成五年一〇月二八日、原告に対し、本件容器
の製造及び販売の禁止の仮処分命令の申立てをなした(当庁平成五年(ヨ)第一二八
五号、甲五一)。
(五) さらに、被告会社は、平成六年一二月二〇日、原告に対し、本件容器
の製造、販売及び販売のための展示の禁止並びに一〇〇〇万円の損害の賠償並びに
本件容器の完成品、半製品及びその金型の廃棄を求める訴えを提起した(当庁平成
六年(ワ)第四五六二号、右訴えを以下「前訴」という。甲一三)。
(六) これらに対して、原告は、前記仮処分事件の審尋期日及び前訴の口頭
弁論期日において、本件考案は原告の従業員【C】(以下「【C】」という。)の
考案に係るものであり、被告会社は本件実用新案権を冒認出願したものであるか
ら、本件実用新案権は無効である、ないしは本件実用新案権の侵害を理由とした被
告会社の原告に対する請求は権利濫用であると主張して争う(甲一四、一六ないし
二〇、五二ないし五八)とともに、平成七年九月一一日、特許庁に対して、同様の
理由により、本件実用新案登録の無効審判請求を行った(甲九の1)。
(七) 当庁は、平成九年六月三〇日、前訴について、本件実用新案権は被告
会社の冒認出願によるものであり、被告会社の請求は権利濫用であるとして被告会
社の請求をいずれも棄却する旨の判決をし(甲四)、被告会社が控訴しなかったこ
とにより、同判決は確定した。なお、前記仮処分命令の申立ては、平成九年四月二
四日に取り下げられた(甲五九)。
(八) 特許庁は、平成一〇年一月九日、右判決と同様の理由により、本件実
用新案登録を無効とする旨の審決をなした(甲五)。
 三 本件の争点及び争点についての当事者の主張
1 被告会社が、原告の取引先に対して警告書等を発送したこと、原告に対し
て仮処分命令の申立て及び前訴を提起したことはそれぞれ原告に対する不法行為を
構成するか。
(原告の主張)
(一) 警告書等の発送
 被告会社は、本件考案の考案者が【C】であることを十分認識しつつ、
あるいは冒認出願であることを知らなかった過失により、考案者を被告【B】であ
るとして本件実用新案の登録出願をなし、原告及び原告の取引先に対して、①本件
実用新案の登録出願をなした旨の平成三年七月一七日差出しの書面、②本件容器の
製造、販売及び使用の中止を請求し、その中止をしないときは損害賠償請求をする
旨の平成三年八月七日付け及び平成四年一〇月二三日付けの各書面を発送するなど
して、原告の営業上の信用を害する虚偽の事実を原告の取引先に告知し、原告から
その取引先への本件容器の納品を妨げ、もって原告の営業を妨害し、また、原告の
営業上の信用を著しく毀損したものであり、被告会社の右行為は原告に対する不法
行為を構成する。
(二) 仮処分命令の申立て及び前訴提起
 被告会社は、本件実用新案権が冒認出願であることを十分認識しつつ、
あるいは冒認出願であることを知らなかった過失により、本件実用新案権に基づ
き、原告に対して、①本件容器の製造、販売禁止の仮処分命令の申立てをなし、さ
らに、②実用新案権侵害差止等請求の訴えを提起したものであって、いずれも不当
な裁判の申立てであり、原告に対する不法行為を構成する。
 被告会社の代表者であった被告【B】は、本件考案に当たって、【C】
に極く抽象的な指示を与えたにすぎず、本件考案の具体的な内容は原告ないし
【C】において何度も改造を加えて考案したものであることを秘して、弁理士に相
談し、弁理士が本件実用新案登録出願をしたものであり、弁理士が関与したことを
もって、被告会社の行為が正当化されるものではない。
(被告らの主張)
(一) 警告書等の発送について
被告会社は、グレープフルーツの加工品を容器(カップ)に入れたフル
ーツデザートを大量に製造し、販売してきた者であり、カップの水漏れ防止のため
多くの精力を費やして本件容器を考案し、本件実用新案権の登録をしたものであ
る。被告会社は会社一丸となって本件容器の考案改善に努めたもので、【C】が本
件考案の考案者であるとの認識は全くなかった。それゆえ、被告会社が原告との取
引を中止する際にも、原告に本件容器の考案に係る実用新案の登録申請の事実を伝
えて、その金型を引き取り、これに対し原告の担当者【C】も何らの異議を述べて
いない。また、本件容器の金型の開発その他一切の費用については被告会社が出捐
している。
 したがって、被告会社は本件容器の考案に係る実用新案登録を受ける権
利は被告会社又は被告【B】に存すると考えており、冒認出願の認識は全くなく、
原告及びその取引先への警告書等の発送は、旧法の定めに従い、登録出願手続を行
った弁理士の指導の下で行ったものであり、被告会社にとっては当然の権利に基づ
くものであって、原告の営業を妨害しようなどとの認識も全くなく、被告会社には
故意及び過失は存しない。
   (二) 仮処分命令の申立て及び前訴提起について
 前記の経過を経て、弁理士の指導の下、本件実用新案登録の出願を行
い、特許庁において長期にわたり審理され、その結果本件実用新案権が認められた
のであり、被告らが本件実用新案権を自己に帰属する適正な権利と考えることは、
極めて当然であり、この権利に基づき、被告会社が仮処分命令の申立て及び前訴を
提起したからといって、そこに原告の権利を侵害せんとする被告会社の故意及び過
失が存在したとは到底いえない。また、右の訴訟提起行為等に違法性があるともい
えない。
2 被告会社の不法行為により、原告に損害が発生したと認められるか。ま
た、その損害額はいくらか。
(原告の主張)
(一) 社会的信用・名誉毀損による損害       二〇○○万円
 原告は、虚偽の事実を取引先に通知され、また、不当な裁判を受けたこ
とにより、単に、フルーツカップの販売数の激減のみならず、それ以外のプラスチ
ック製容器の製造及び販売にも影響を及ぼすほどの信用、名誉の侵害を受けたもの
であり、その慰謝料として二〇〇〇万円が相当である。
 法人の慰藉料請求権については判例上も認められているものである。
   (二) 営業妨害による逸失利益            六六〇万円
 原告は、フルーツ店である米澤屋本店(名古屋市<以下略>)、株式会
社赤坂サンフルーツ(東京)、株式会社アベシン(東京)等に、フルーツカップを
販売し、また、プラスチック製品の商社である株式会社シンキ(本社広島、名古屋
に営業所あり。)、株式会社愛起(名古屋市<以下略>)、株式会社パッケージ中
澤(松江市)等に、本件容器を始めとするプラスチック製品を販売し、右各社の指
示する取引先に直接品物を送付したりしていたものである。
 ところが、被告会社が警告書等の発送を行うなかで、前記取引先は、問
題のある商品を仕入れて、トラブルに巻き込まれては困るとの考えから、徐々に取
引を控えるようになった。特に、米澤屋本店を始め、名古屋地方における、被告会
社と同業のフルーツ業者への出荷は全くなくなり、また、関東地方、関西地方への
出荷も激減し、現在においては、九州地方や東北地方からの注文がわずかにあるの
みで、年間二〇万円程度の売上げしかない。
 原告は、本件容器の販売により、
① 昭和六三年八月から平成元年七月までの間に、一〇四万九四九七円
② 平成元年八月から平成二年七月までの間に、一四五万六六二九円
③ 平成二年八月から平成三年七月までの間に、一〇六万七〇二八円
の純利益を得ていたところ、被告会社の不法行為により原告の純利益は、
① 平成三年八月から平成四年七月までの間に、五八万四九五一円
② 平成四年八月から平成五年七月までの間に、三四万八六二七円
③ 平成五年八月から平成六年七月までの間に、三七万八〇七〇円
④ 平成六年八月から平成七年七月までの間に、七万九二四一円
に激減したものである。
 したがって、原告は、少なくとも年間一〇〇万円として、平成三年八月
から平成七年七月までの間に四〇〇万円の純利益が見込めたところ、一四〇万円弱
の純利益しか受けておらず、被告会社の不法行為により二六〇万円の損害を被った
ものである。そして、平成七年八月以降についても売上げ、純利益は上昇すること
なく、年間一〇〇万円の損害を被っているものであり、平成七年八月以降平成一一
年七月までで四〇〇万円の損害を被っており、今後においても、本件容器の需要が
認められる限り、原告の損害は認められる。
 よって、原告は現在までの逸失利益分として、六六〇万円の損害を被っ
ている。
 なお、原告の売上減少に経済情勢等が影響しているとしても、被告会社
の不法行為により原告に損害が発生していることは明らかであるから、民事訴訟法
二四八条に基づき損害額の算定をすべきである。
   (三) 被告会社の仮処分命令申立て及び前訴に対応するための弁護士費用
     五〇〇万円
 原告は、被告会社の不当な仮処分命令申立て及び前訴に対抗すべく、弁
護士に訴訟遂行を委任し、弁護士報酬基準に従い、着手金及び報酬金を支払うこと
になったものである。
 前訴の訴額が約三一〇一万円であることからすると、右弁護士費用とし
て五〇〇万円が被告会社の不法行為と相当因果関係のある損害となる。
(四) 無効審判手続費用八〇万円
 原告は、従業員である【C】の考案した「液体等の流動物収納容器」を
販売しているのであって、被告会社が行った本件実用新案登録が無効であることを
明らかにする必要があったため、原告訴訟代理人に委任して、無効審判請求をなし
たものである。
 原告ないし従業員の考案に係るものに関し、冒認出願がなされた場合、
その無効審判の請求をすることは正当な権利であり、本件実用新案登録が事実を秘
した違法なものである以上、その無効審判を求めるために要した右弁護士費用も、
被告会社の不法行為に基づく原告の損害といえる。
 右審判請求手続を行うに当たっての弁護士費用としては八○万円が相当
である。
   (五) 本件弁護士費用                三二四万円
 原告は、(一)ないし(四)の損害を回復するため、本件訴訟を提起せざる
を得ず、その訴訟遂行を弁護士に委任し、弁護士報酬基準に従って、着手金を支払
い、また勝訴したときは報酬金を支払うことを右弁護士との間で約した。
(被告らの主張)
(一) 社会的信用・名誉毀損による損害について
 被告会社による原告の取引先に対する警告が業界における原告の信用、
名誉を著しく毀損したとの点は否認する。原告は、被告会社の内容証明郵便による
警告に対し、平成四年一一月六日付けで、「被告会社が原告に対し、その製造、販
売、使用の中止を請求することはできない」との回答をしたのみで、その後全く何
の反応もなく、具体的な異議の申出や賠償請求もしていない。万一、被告会社の警
告行為が、具体的に原告の信用、名誉を著しく毀損したとするなら、当然何らかの
具体的な権利行使がなされたはずである。
 そもそも法人としての原告に精神的苦痛に当たるべき慰籍料の請求権が
存するか否かは疑わしい。仮に「無形損害」という概念を認めるとしても、原告の
ように規模も小さく、社会的評価が考えにくい法人の場合には、その損害は結局営
業上の損失に帰着するのであって、それ以外に慰籍料を認めることは相当でない。
(二) 営業妨害による逸失利益について
 否認する。原告の売上減少は、被告会社が警告を発した平成三年以前か
ら既に発生しており、平成三年ころはバブル経済の崩壊が表面化した時期であるこ
とからすると、原告の売上減少はそのような経済不況が大きく影響していると考え
るべきである。また、カップ業界の販売競争により売上げが減少した可能性も否定
できない。
 したがって、原告の収入減少の主張には裏付けがなく、被告会社の行為
と損害との間に相当因果関係は存しない。
(三) 被告会社の仮処分命令申立て及び前訴に対応するための弁護士費用に
ついて
 否認する。被告会社の仮処分命令申立て及び前訴提起は原告に対する不
法行為を構成せず、被告会社による仮処分命令の申立て及び前訴提起と、原告の収
入減少との間には、因果関係は全く存在しない。
 (四) 無効審判手続費用について
 原告は、本件実用新案登録後、何らの異議の審判申立ても行わず、被告
会社の前訴提起後かなりの期間を経た後、それに対する戦術的手段として無効審判
請求をしているのであり、同請求に係る弁護士費用を被告会社に負担させるのは権
利濫用であって相当でない。
また、原告の無効審判手続に用いられた資料は、ほとんど仮処分事件及
び前訴で用いた資料を援用しているのであり、最終的には、前訴の判決の結論が右
審判の結論を導いているにすぎない。
 (五) 本件弁護士費用について
 否認する。
3 謝罪広告の必要性
(原告の主張)
(一) 競業関係
 原告は、フルーツデザートカップとして本件容器を製造し、それを販売
業者に卸し、あるいはフルーツ販売業者に卸すなどしている会社である。 一方、
被告会社は、フルーツの販売等を行っており、業者にフルーツデザートカップを製
造させ、同カップにフルーツを入れて販売も行っている会社である。
 原告と被告会社は、フルーツデザートカップについて、最終ユーザーを
共にするものであり、営業上競業関係にたつ。
(二) 営業誹謗行為
 被告会社は、前記内容の警告書等を原告の取引先に発送し、あたかも原
告が被告会社の実用新案権を侵害しているかのように虚偽の事実を通知し、原告の
営業上の信用を害した。
(三) 信用回復措置
 原告は、被告会社により毀損された営業上の信用を回復する必要があ
り、不正競争防止法七条に基づき、被告会社に対し謝罪広告による信用回復措置を
採るよう求める。
(被告会社の主張)
否認する。被告会社は本件実用新案に基づき警告書等を発送しているので
あり不法行為には該当しない。
4 被告【B】の責任
(原告の主張)
 被告【B】は、被告会社代表者として、原告に損害を与えることにつき、
悪意又は重過失により、前記の不法行為をなしたものであり、商法二六六条の三第
一項に基づき、代表取締役として、第三者である原告に対し、損害賠償責任を負
う。
 仮に、被告【B】に悪意又は重過失が認められないとしても、被告会社の
なした前記の不法行為は、いずれも被告会社の代表者である被告【B】が本件考案
の考案者であるとしてなされたものであり、被告【B】が被告会社と共同してなし
たものであるから、被告【B】は、被告会社とともに共同不法行為者としての責任
(民法七〇九条、七一九条)を負う。
(被告【B】の主張)
 被告【B】に悪意ないし重過失があるとの点及び被告【B】が被告会社と
共同して不法行為を行ったとの点はいずれも否認する。被告【B】は、被告会社の
代表取締役として先頭に立ってフルーツカップの考案改善に取り組んできたのであ
り、被告【B】は本件容器の製作が被告【B】を中心とした被告会社の考案に基づ
くものと確信していたのである。
5 原告の被告らに対する損害賠償請求権等は時効により消滅しているか。ま
た、被告らの時効援用は権利の濫用ないし信義則に反するものといえるか。
(被告らの主張)
(一) 原告は、被告会社からの警告書等に対して、代理人名義で平成四年一
一月六日付け内容証明郵便により、本件容器は原告が考案したものであり、被告会
社は原告が被告会社に納品した容器をもとに本件実用新案登録を出願したものであ
って、被告【B】の考案によるものでないと明言しているのであるから、被告会社
が最初に原告に発送した警告書が平成三年七月一八日に到達した時点において、本
件損害が被告らの不法行為によるものであることを知っていたものである。
 被告会社が原告に対して直接内容証明郵便をもって警告したのは、平成
四年一〇月が最後であるから、前訴提起の時点においては、既に三年の時効期間を
経過している。
 被告らは、第三回口頭弁論期日において、右消滅時効を援用した。
(二) また、無効審判手続費用については、それを損害とするには被告会社
の本件実用新案の登録出願行為を不法行為と構成するしかないが、前訴提起の時点
においては、右登録出願行為から既に三年の時効期間を経過している。
 被告らは、第八回弁論準備手続期日において、右消滅時効を援用した。
   (原告の主張)
(一) 原告は、本件考案の考案者が【C】であると信じていたものの、被告
会社の代表者である被告【B】を考案者としてなされた本件実用新案の登録出願が
冒認出願であるかどうか、被告会社の本件実用新案登録が無効であるかどうかにつ
いては、専門の弁護士、弁理士の意見を聞いても判然としなかったのであって、被
告会社の冒認出願が前訴に対する判決で認定され、右判決が確定した時に初めて原
告は本件損害が被告らの不法行為によるものであると知ったものである。したがっ
て、原告が、被告らに対しその加害行為の違法性を認識し、損害賠償請求権を行使
することを期待することは右判決確定時まで到底困難であった。
 よって、消滅時効の起算点は、右判決が確定した時とすべきである。こ
のように解することは真の権利者の保護の図るものであり、時効制度の趣旨に反す
るものでもない。
 また、被告会社の本件実用新案登録という違法状態を解消するために要
した費用を請求しているのであって、その弁護士費用の発生は、無効審判がなされ
た平成一〇年一月九日の時点で認められるべきものであり、損害の発生から三年が
経過していないことは明らかである。
(二) 被告らは、前訴及び無効審判の審理過程において、被告【B】が本件
考案の考案者であり、被告会社が本件実用新案権の正当な権利者であるとして主
張・立証活動をしていたのであり、このような主張・立証活動をしながら、敗訴判
決あるいは無効審決の決定を受けた後、原告の損害賠償請求及び謝罪広告の新聞掲
載請求に対し、被告らが消滅時効を援用することは、権利の濫用であり、かつ信義
則に違反するものである。
第三 当裁判所の判断
 一 当裁判所の認定した事実経過
 証拠(甲二一ないし三〇、三一の1ないし6、三二ないし四〇、四二の1及
び2、四三の1ないし8、四四の2ないし7、四五の2ないし5、四六の2及び
3、四七、四八、四九の1及び2、五〇の1ないし4、乙九ないし一四、一八、被
告会社代表者兼被告本人【B】(以下「被告【B】」という。))及び弁論の全趣
旨によれば、次の事実が認められ、乙一一ないし一四、被告【B】の供述中右認定
に反する部分は措信できない。
1 原告は、昭和五二年ころから、【C】を中心として、既成のフルーツデザ
ートカップ(二五〇㏄)に代わる、新しい大きさ(一八〇ないし二〇〇㏄)のフル
ーツデザートカップの商品性に着目し、その考案を開始したが、昭和五四年一二月
ころ時点では右考案を完成商品化するには至らなかった。
2 一方、被告会社は、昭和五四年ころから、加工した果物とシロップ等の溶
液を容器(カップ)に入れたフルーツデザートの販売に力を入れていたが、既成の
製品では、容器に入れていたシロップ等が漏れやすく、容量が大きすぎるなどの問
題点があったことから、新たな容器を供給してくれる取引先を求めていた。
3 そこで、被告会社の代表者である被告【B】は、昭和五四年一二月ころ、
フジパンの【D】に相談したところ、原告を紹介され、被告会社において【C】と
会うこととなった。被告【B】は既成の製品の問題点を説明し、ひとまず容量の少
量化(二二五㏄)を【C】に依頼したところ、原告において現在開発中の容器があ
るのでそれを被告会社のオリジナル商品として納入してはどうかと【C】から勧め
られた。ただ、その金型の製作等にしばらく時間がかかるので、それが完成するま
では市販のボンカップ本体と原告が信義商会から仕入れていたPフタ(ポリプロピ
レンの蓋)を納品するということになった。その後、原告がその見積りを行い(甲
三二)、被告【B】がこれを了承したので、そのころ被告会社は原告から右ボンカ
ップ本体及びPフタの納入を開始することになった。しかし、右容器には溶液漏れ
の問題があったので、被告会社はカップごとビニールの袋に入れて販売した。
4 被告会社との取引開始後、【C】は、前記1の考案に基づき、被告【B】
の依頼に応じて、被告会社オリジナルの容器本体(二二五㏄)の改良に着手し、昭
和五五年五月一五日、関デザインに容器のデザインを依頼し(甲四三の2)、同デ
ザインは同年七月二日に完成した(甲三七、乙九)。原告は、同月五日、被告会社
に対し、改良した容器本体の単価及びその金型代等の見積書を提出した(甲二一、
三七、乙九)。
 原告は被告会社に右容器本体と前記のPフタを一体として納品するように
なったが、被告会社の商品はデパートへ出荷する際に、トラック等により輸送する
ことが多く、右容器本体とPフタの組み合わせでは、輸送中にシロップ等溶液漏れ
が生じることの問題が依然として解決されていなかったため、被告会社は容器本体
にフィルムやアルミ箔を貼って溶液漏れを防ごうとした(甲三八、四三の4ないし
8、四四の3)が、完全に防ぐことができず、またアルミ箔を使った場合には容器
の内容物が見えなくなるなどの問題が生じた。
5 そこで、被告【B】と【C】は、溶液漏れを防ぐ方法について検討を重ね
た結果、昭和五六年一〇月ころ、溶液漏れを防ぐには、容器本体と蓋及びその嵌合
方法を改良した新型の容器を作るのが良いとの結論に達し、【C】において、容器
本体と蓋の改良作業に当たることになった。被告【B】は、市販のタッパーウェア
の蓋と本体の嵌合方法を研究した結果、容器本体と蓋の改良により解決できるとの
考えを抱き、その考えを検討の際述べたところ(乙一一ないし一四、被告
【B】)、同様に蓋の改良を検討していた【C】の意見と一致し、新型の容器を開
発することになったのであるが、被告【B】は、【C】に対し、容器本体と蓋の具
体的な改良内容についての指示を与えるまでのことはしなかった。
6 原告は、昭和五七年二月一八日、被告会社に対し、容器本体及び蓋の改造
見積書(甲二二)を提出し、被告会社の発注を受けて、【C】が右改造に着手し
た。【C】は、三進製作所の【E】に設計図面の作成を依頼し、同年四月二九日、
三進製作所の【E】はその改造図面(甲二九)を作成した。
7 【C】は、昭和五七年五月ころ、右改造図面に基づいて、容器の試験打ち
をして、被告【B】に試作品の性能を確認してもらうため被告会社に持ち込み、そ
の場で試作品の容器にシロップを入れて容器を逆さにするなど簡易な実験を行った
ところ、未だ溶液漏れの問題があることが判明したので、被告【B】は、【C】に
対し、再度の改良を要請した。
8 そこで、【C】は、原告会社の応接間において、三進製作所の【F】らと
善後策を協議し、溶液漏れの防止策として、蓋の一端を一・二㎜多くし、凸部の肉
厚を〇・三㎜多く出す構造にするとともに、容器本体については、蓋と重なり合う
部分の上端の下部を、エッジ部に丸みをもたせるようにして、それぞれ改良するこ
とを考案し、前記改造図面に鉛筆で加筆修正するなどした。
 そして、金型の微調整を何度か繰り返した後、加筆後の改造図面に基づく
溶液漏れのない完全な容器本体及び蓋(以下「本件考案容器」という。)が完成す
るに至った。そこで、原告は、被告会社に対し、同月二九日付け本件考案容器の単
価見積書(甲二四)を提出し、被告会社がこれを了承したので、同年六月ころか
ら、被告会社に対して本件考案容器の納品を開始した。
9 原告と被告会社との取引はしばらく続き、昭和五九年には被告会社の取引
先拡大により原告からの入荷量も増加したが、昭和五九年一一月二六日をもって両
社の取引は中止され、そのころ、原告は被告会社の求めに応じて本件考案容器の金
型を持参返還している。
10 被告会社は、昭和五八年八月一〇日、【G】弁理士に委任して、被告
【B】を考案者として本件実用新案の登録出願を行った。同出願は、当初、考案の
容易性を理由に拒絶査定を受けたが、その後の審判により右拒絶査定は取り消され
(乙八)、平成四年一二月一〇日、登録されるに至った。
二 被告会社の冒認出願について
 本件考案に至るまでの経緯については前記一認定のとおりであり、右認定事
実に照らすならば、本件考案は、【C】が被告【B】が提示した問題点の具体的解
決方法を考案し、【C】において設計図面の変更、金型の改良等の過程を経た上で
最終的な考案に至ったのであって、その過程において被告【B】から課題克服のた
めの容器本体と蓋の改良ついて提案されたことがあるとしても、【C】に対して具
体的な技術的思想が開示されたことはないから、本件考案の考案者は【C】であっ
て、被告【B】ではないというべきである。また、被告会社が本件考案について実
用新案登録出願をするに当たり、【C】から本件考案の実用新案登録を受ける権利
を適法に承継したことを認めるに足りる証拠はない。
 したがって、本件実用新案登録は、考案者でない者であってその考案につい
て登録を受ける権利を承継しないものの実用新案登録出願、いわゆる冒認出願に対
してされたものであって、旧法三七条一項四号に基づき無効というべきものであり
(前訴に対する判決と同旨)、前記のとおり特許庁も同様の判断を行っている。
 三 警告書等の発送行為について
  1 争点1(不法行為該当性)について
 被告会社が原告及び原告の取引先に対しなした、①平成三年七月一七日差
出しの内容証明郵便による通知、②平成三年八月七日付け内容証明郵便による通知
はいずれも旧法一三条の三第一項に基づき行われたものであり、被告会社が本件実
新案の出願公告前に業として本件考案を実施していた原告に対する補償金支払請求
権の行使を可能にするためのものである。また、被告会社が原告及び原告の取引先
に対しなした③平成四年一〇月二三日付けの内容証明郵便による通知は、特許庁
が、平成四年七月一六日に被告会社の登録出願に対する拒絶査定を取り消し、本件
実用新案の出願登録をすべきものとの審決をなしたので、出願公告があったことに
より業として本件実用新案登録出願に係る考案の実施をする権利を専有する(旧法
一二条)被告会社が本件考案を実施していた原告及び原告の取引先に対して行った
ものである。
 したがって、被告会社が右の各通知を発送した時点においては、被告会社
が原告らに対して行った通知行為は正当な行為であったということができる。 し
かし、本件の場合、前記のとおり、本件実用新案登録は、被告会社の冒認出願によ
るものであるとして、特許庁により無効とされており、この無効事由は被告会社の
登録出願行為に客観的に内在していたものであるから、右通知行為は客観的にみれ
ば根拠を欠く行為であって、右行為は原告が被告会社の本件実用新案権を侵害して
いるとの虚偽の事実を原告の取引先に対して告知又は流布する行為であり、右虚偽
の事実の内容は原告の営業上の信用を害するもの(不正競争防止法二条一項一一
号)というべきである。
そこで、被告会社が、原告の営業上の信用を害する右行為をするに当たっ
て故意又は過失があったかについて判断するに、被告会社が、本件考案の考案者が
【C】であって被告【B】ではなく、本件実用新案登録が冒認出願により無効であ
ることを知った上で、警告書等を発送したことを認めるに足る証拠はない。しかし
ながら、本件考案に原告の従業員である【C】が関与した本件にあっては、原告の
取引先に対して警告書等を発送するに当たって、本件考案の考案者が被告【B】で
あるとして登録出願したことに問題がないか慎重に検討すべきであったにもかかわ
らず、被告会社は何らの検討もすることなく、直ちに原告の取引先に警告書等を発
送したのは、軽率であったというほかなく、被告会社には少なくとも過失があった
といわざるを得ない。
2 争点5(時効)について
前記第二の二2(二)(1)ないし(3)によれば、被告会社が原告の取引先に対
して内容証明郵便をもって警告したのは、平成四年一〇月が最後である。そして、
原告は、これらの警告書等により、取引の中止等を受け、損害を被ったと主張して
いるところ、乙第一号証によれば、原告は、被告会社からの警告書に対する平成四
年一一月六日付けの内容証明郵便において、本件容器は原告において考案したもの
であり、被告会社は原告が被告会社に納品した容器をもとに出願したものであっ
て、被告【B】の考案によるものでないと明言しているのであるから、原告は、遅
くとも平成四年一一月六日には、本件の警告書等の発送行為が被告会社の不法行為
であり、これにより損害が生じたことを知ったものである。なお、原告は、被告
【B】に対し商法二六六条の三第一項の責任又は共同不法行為責任があると主張し
ているところ、被告【B】が被告会社の代表者としてなした警告書等の発送行為を
もってその責任原因としているから、仮に被告【B】にこれらの責任があるとすれ
ば、その責任についても、原告は遅くとも平成四年一一月六日に加害者と損害の発
生を知ったことになる。
 原告は、本件実用新案登録が冒認出願によるものであるかについては判断
することが困難であり、前訴判決によって冒認出願であることが確認された時点
で、加害者を知ったことになると主張するが、前記の理由から採用できない。
 右によれば、本件警告書等の発送行為による損害賠償請求権及びこれによ
る謝罪行為を求める請求権は、民法七二四条前段により平成四年一一月七日から三
年の経過により、時効で消滅したところ、被告らが、平成一〇年二月一八日に実施
された本件第三回口頭弁論期日において、時効を援用したことは、本件記録上明ら
かである。
 これに対して、原告は被告らによる時効の援用は権利濫用又は信義則に反
するものであって許されないと主張するが、原告はその根拠として前訴等における
被告会社の主張立証活動の不当性を主張しているにすぎず、当該主張のみでは時効
援用の権利濫用及び信義則違反を基礎付ける事実の主張としては失当というべきで
ある。
よって、本件警告書等の発送行為による損害賠償請求及び謝罪行為を求め
る請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
 四 仮処分命令の申立て及び前訴提起について
 被告会社が原告に対して本件容器の製造販売禁止の仮処分命令の申立て及び
本件容器の製造、販売及び販売のための展示の禁止並びに損害賠償等を求める訴え
を提起したのは、原告が前記警告書等に従わず、本件容器の製造販売等を継続した
ことによるものである。
 ところで、法的紛争の当事者が当該紛争の終局的解決を裁判所に求め得るこ
とは、法治国家の根幹にかかわる重要な事柄であるから、裁判を受ける権利は最大
限尊重されなければならず、裁判行為についての不法行為の成否を判断するに当た
っては、いやしくも裁判制度の利用を不当に制限する結果とならないよう慎重な配
慮が必要とされることは当然である。したがって、法的紛争の解決を求めて訴え等
を提起することは、原則として正当な行為であり、提訴者等が敗訴の判決等を受け
たことのみによって、直ちに当該訴え等の提起をもって違法ということはできない
というべきである。一方、訴え等を提起された者にとっては、応訴を強いられ、そ
のために、弁護士に訴訟追行を委任してその費用を支払うなど、経済的、精神的負
担を余儀なくされるのであるから、応訴者に不当な負担を強いる結果を招くような
訴え等の提起は、違法とされることがあることもやむを得ない。
 以上の観点からすると、民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場
合において、右訴え等の提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟
において提訴者等の主張した権利又は法律関係(以下「権利等」という。)が事実
的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者等が、そのことを知りながら又は通常
人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴え等を提起したなど、
訴え等の提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められると
きに限られるものと解するのが相当である。けだし、訴え等を提起する際に、提訴
者等において、自己の主張しようとする権利等の事実的、法律的根拠につき、高度
の調査、検討が要請されるものと解するならば、裁判制度の自由な利用が著しく阻
害される結果となり妥当でないからである(以上につき、最高裁昭和六三年一月二
六日第三小法廷判決・民集第四二巻第一号一頁参照)。
 これを本件についてみると、前記のとおり、被告らが本件考案の考案者が被
告【B】であると誤信したことについて過失があるといわざるを得ないが、被告会
社が原告に対する差止請求権等を有しないことを知っていたということはできない
のみならず、前記第三の一で認定した事実によれば、被告【B】は、【C】に対し
て従来品や【C】が製作した試作品について、解決すべき問題点を提示し、課題克
服のための容器本体と蓋の改良ついて提案していること、金型費用も被告会社にお
いて負担していたところ、これらの事情からすると、通常人であれば、本件実用新
案登録が冒認出願によるものであり無効であることを容易に知り得たともいえない
というべきである。したがって、本件仮処分命令の申立て及び前訴提起に当たっ
て、本件考案の考案者が法的にみれば誰であるのかという点につき更に事実を確認
しなかったからといって、被告会社のした仮処分命令の申立て及び前訴提起が裁判
制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くとまではいえず、原告に対する違法
な行為であるとはいえないから、原告に対する不法行為になるものではないという
べきである。
よって、原告のこの点に関する主張も理由がない。
 なお、原告は、本件実用新案登録の考案の無効審判手続に要した弁護士費用
を損害としてその賠償を求めているところ、被告会社から提起された前訴に対抗す
るために無効審判手続をとらざるを得なかったことを理由として、前訴の提起行為
に関する損害として右弁護士費用の賠償を主張するのであれば、前記認定のとお
り、前訴提起行為をもって違法な行為ということはできないから、右主張は理由が
ない。原告は、無効な本件実用新案登録がされているという違法状態を解消するた
めに要した費用は、被告会社の不法行為に基づく損害であると主張するが、無効な
権利が登録されている状態を解消しないからといって、これにより直ちに原告に損
害が生ずるものではない上(冒認行為により、考案者が実用新案の登録を受ける権
利の行使が不能となったような場合においては、考案者に損害が生じたというべき
であるが、【C】若しくは原告が本件考案を登録しようとしたことについては何ら
の主張立証がないし、本件実用新案が登録された段階では【C】若しくは原告が本
件実用新案の登録を申請しても、新規性の欠如を理由として登録されることはなか
ったものと解される。)、原告に対する損害賠償請求権の行使は権利濫用として判
決で棄却されている本件にあっては、法律的にも実質的にも原告に損害が発生する
余地はない。よって、本件実用新案登録がされていることをもって原告に対する不
法行為であるとはいえず、無効審判手続に要した費用の損害賠償は認められない。
第四 結論
以上判示したところによれば、その余の点を判断するまでもなく、原告の請
求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、訴訟費用の負担につい
ては、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第九部
裁判長裁判官    野  田  武  明 
裁判官橋  本  都  月 
裁判官富  岡  貴  美
物件目録第1図、第2図、第3図
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