弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1本件各控訴をいずれも棄却する。
2控訴費用は各自の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
(一審原告)
1原判決を次のとおり変更する。
2大分県教育委員会が,一審原告に対して,平成20年9月8日付けで行った「平成
20年4月1日付けで行った『大分県大分市公立学校教員に任命する。大分県大分市
立A小学校教諭に補する。教育職(二)2級17号給を給する。ただし,教育公務員
特例法第12条第1項により1年間条件附採用とする。』との発令を取り消す。」と
の処分を取り消す。
3一審被告は,一審原告に対し,770万円を支払え。
4訴訟費用は,1審,2審とも,一審被告の負担とする。
5第3項につき仮執行宣言
(一審被告)
1原判決中,一審被告の敗訴部分を取り消す。
2一審原告の請求をいずれも棄却する。
3訴訟費用は,1審,2審とも,一審原告の負担とする。
第2事案の概要(略語は原判決の表記による。)
1事案の要旨
一審原告は,平成19年に実施された平成20年度大分県公立学校教員採用選考
試験(平成20年度選考試験)に合格し,同年4月1日付けで大分県教育委員会(県
教委)から大分市公立学校教員に任命された(本件採用処分)が,その後,県教委か
ら,平成20年度選考試験に係る一審原告の成績に不正な加点操作があったとして,
同年9月8日付けで本件採用処分の取消処分(本件取消処分)を受けた。
本件は,一審原告が,本件取消処分が違法であると主張して,一審被告に対し,本
件取消処分の取消しを求めるとともに,国家賠償法1条1項に基づき,違法な本件取
消処分ないし本件採用処分により精神的苦痛を受けたとして,慰謝料700万円及
び弁護士費用70万円,合計770万円の損害賠償を求める事案である。
2原判決の判断及び控訴
原判決は,⑴本件採用処分は著しく不合理な判断であって,社会通念に照らして
も看過できるものではなく,裁量権を逸脱し又は濫用したものとして違法であり,
本件取消処分により一審原告が被る不利益は軽視できないが,本件採用処分を維持
する公益上の不利益はさらに重大で,公共の福祉の観点に照らし,著しく相当性を
欠き,本件取消処分はやむを得ず,また,平成19年の改ざん状況は明確でなく,
平成20年度のみを対象とした本件取消処分が差別的取扱いとはいえないなどと
して,一審原告の本件取消処分の取消請求を棄却し,⑵本件採用処分は,公務員の
故意又は過失に基づく違法な行政処分であるから,一審被告は,一審原告に対して
国家賠償法に基づく損害賠償義務を負い,一審原告の慰謝料は350万円,弁護士
費用50万円が相当であるとして,400万円の支払を求める限度で一審原告の損
害賠償請求を認容した。
これを不服として,一審原告及び一審被告の双方が控訴した。
3本件の「関係法令の定め」,「前提事実」,「争点」及び「争点に対する当事者の
主張」は,次のとおり原判決を補正し,4のとおり,当審における主張を加えるほか,
原判決の「事実及び理由」の第2の1ないし3,第3に記載のとおりであるから,こ
れを引用する。
ただし,原判決8頁25行目及び同9頁5行目の「本件採用処分の違法性」を「本
件採用処分の瑕疵の有無」に,同9頁1行目及び12頁9行目の「取消権制限の法理」
を「本件取消処分が制限されるか。」に,それぞれ改める。
4当審における主張
⑴本件採用処分の瑕疵の有無(補足的主張)
(一審原告の主張)
原審での主張に加えて,以下のような事情をも考慮すれば,本件採用処分に瑕疵
があるというためには,およそ教職員としての能力を疑わざるを得ないような点
数や順位の者を採用した場合に限られるというべきであるところ,一審原告につ
いてそのような立証はなされていない。
ア原資料である答案用紙が一審被告の規程に違反して保存期間内に破棄されて
いるため,一審被告が「素点」(改ざん前の選考試験の点数)と主張するものが
一切加点されていない点数であるかの確認ができない。
イ教員の採用試験は,選考であって,競争試験とは異なるから,採用試験の点数
以外の要素を加味して判断することも許される。また,採用試験の合格水準は,
各年度における採用枠によって決まるところ,採用枠は教員の不足数から自動
的に設定されるものではなく,予算との関係で財政的に設定されるもので,年度
ごとに区々であり,教員不足の教育現場を,多数の臨時講師が正規教員と同一の
業務を行って支えているという大分県の実態を考えると,採用試験の点数や合
格水準のみを重視すべきではない。
ウ2次試験の配点の大部分を占める面接試験及び模擬授業の内容や採点方法は,
極めて主観的で曖昧なものであって,試験官3人の合計点数をさらに2倍して
算出されることを考えると,点数が合格水準に足りていなかったとしても,一審
原告に教員としての資質がないことの実証にはならない。
エ一審原告は,教員免許状を有している上,平成20年4月から教壇に立ち,生
徒や保護者らと信頼関係を築いていたのであり,本件取消処分後も臨時講師と
して教壇に立っていること等を考えると,一審原告の教員としての能力が欠如
していたとはいえない。
(一審被告の主張)
県教委は,教員の採用に関して,本件選考試験の試験結果を唯一の判断資料とし
て,点数の上位の者から順に採用しているところ,一審原告は,本来であれば合格
順位に達していなかったのに,不正な点数の改ざんの結果,合格と判定されたので
あるから,地公法15条に規定する成績主義,能力実証主義に反することは明らか
であり,一審原告の上記主張は理由がない。
なお,学校教育法上も,他の教員に対する指導,助言や連絡調整,学校組織の運
営に関する主要な職務は正規教員が行うこととされており(同法37条9項,10
項等),長期的な取組が必要となる職務は正規教員が担当せざるをえないから,臨
時講師と正規教員では担当職務に明確な差がある。
⑵本件取消処分が制限されるか(補足的主張)
(一審原告の主張)
授権的行政行為の自庁取消しは,務めて謙抑的になされなければならず,取消処
分をしない場合の公益を害する程度が著しいことが必要で,取消処分によって被
処分者や第三者が被る不利益を慎重に考慮すべきである。
原審での主張に加えて,以下の事情を考慮すると,本件取消処分は許されないと
いうべきである。
ア上記⑴(一審原告の主張)のとおり,教員採用試験が選考であり,その合格水
準が直ちに教員としての能力の有無を表すものではないこと,本件採用処分後
の一審原告の稼働実績等を考慮すると,一審原告が教員としての能力を備えて
いないとはいえず,本件取消処分を行わなければ公共の福祉に反するとはいえ
ない。
むしろ,一審原告と生徒や保護者らとの間には5か月間にわたって,信頼関係
が形成されていたのであるから,本件取消処分は生徒や保護者らに甚大な打撃
を与えるものである。
イ一審原告は,不正な点数操作に一切関与しておらず,かかる不正を長年にわた
って組織的に行ってきた県教委側に専ら不正の原因があり,断罪されるべきは
一審被告であって,その責任を全く不正に関与していない一審原告に負わせる
ことはできない。
ウ一審原告は,何の落ち度もなく,適式な教員免許状をもって平成20年度選考
試験に臨み,合格して本件採用処分を受けて,5か月間にわたって正規の教員と
して稼働していたものであり,今後とも正規の教員として稼働し続けることに
ついての期待権は十分に保護されるべきであり,上記のとおりの教員採用試験
の性質等に照らせば,上記期待権は既得権ともいうべきものである。
一審原告は,本件取消処分により,突然,正規教員の資格を失ったばかりか,
平成21年度の選考試験を受験する機会も失ったのであって,臨時講師と正規
教員の待遇の差異等を考えると,臨時講師としての採用は代償措置とはいえな
い。
(一審被告の主張)
行政処分の職権取消しは,例外的な場合しか許されないものではなく,行政処分
の取消しによって生じる不利益と,取消しをしないことによって当該処分に基づ
いて既に生じた効果をそのまま維持することの不利益の比較考量によって判断さ
れるべきであって,以下のとおり,当該行政処分が維持されることによる不利益
は,行政処分の取消しによって被処分者等が受ける不利益と比較しても重大であ
り,職権取消しは制限されない。
ア一審原告は,選考試験の合格水準に達していなかったにもかかわらず,不正な
口利きによる点数の改ざんが加えられたことにより,合格と判断されて本件採
用処分を受けたのであるから,成績主義,能力実証主義の逸脱は重大であり,そ
の影響は,公教育が選考試験で厳正・公平に採用された優秀な者によって行われ
ることに対する児童や保護者の利益及び信頼を損なうとともに,公平な試験が
実施されることに対する他の受験生の信頼を損なうものであり,本件採用処分
の違法性の程度は極めて重大である。
イ一審原告が点数改ざんに関与していたとすれば本件採用処分を取り消すべき
公益上の必要性はより強まることになるが,点数改ざんに関与していないこと
が取り消すべき公益上の必要性を弱めるものではない。
なお,Bの勉強会の参加者は14名が平成20年度選考試験を受験し,14名
全員が1次試験に合格し,11名が2次試験に合格したところ,うち6名が点数
の改ざんによって合格している。
ウ本件採用処分が違法である以上,一審原告にはその地位を保有する正当な利
益は認められず,一審原告の正規教員として採用されたことについての信頼や
期待は保護されるものの,一審原告は,本件取消処分の翌日から同じ小学校で引
き続き臨時講師として採用されていること,平成21年度の教員採用試験を受
ける機会を失ったとしても,一審原告は,本件取消処分後,教員選考試験を受験
する機会があったにもかかわらず,自らの意思で受験せず,臨時講師としての地
位を選んでいることなどを考えると,本件取消処分によって生じる不利益は,本
件採用処分の取消しを制限する程重大なものではない。
⑶適正手続違反(当審での新たな主張)
(一審原告の主張)
ア行政手続法3条1項9号は,公務員関係における手続の適正化の必要性を否
定するものではないと解されているところ,本件取消処分は公務員への不利益
処分であるから,憲法31条,13条により適正手続が保障され,一審原告に告
知と聴聞の機会が与えられなければならない。
イ本件取消処分に当たって,一審原告は,平成20年8月30日,理由もわから
ないまま大分県公文書館に出頭を要請され,県教委担当者から書面(甲6ないし
8)を交付された上で,その内容に沿った説明を受け,同年9月3日までに,自
主退職か採用取消処分のいずれかを選択するように求められたが,その際,本件
取消処分に至った具体的事情は一切知らされず,一審原告が質問や意見を述べ
る機会は与えられず,弁護士代理人の選任,証拠の閲覧,関係者の召喚,反対証
拠の提出等ができることは知らされなかった。
一審原告に対して,公正な告知及び聴聞が実施されていれば,答案用紙や採点
表の検証,関係者の聴聞手続により,一審原告について点数の改ざんがなかった
り,一審原告が上記改ざんに関与していないことが明らかになって,本件取消処
分が行われなかった可能性もある。
ウしたがって,本件取消処分は,適正手続の保障がなく,違法である。
(一審被告の主張)
公務員に対する職務又は身分に関する処分については,行政手続法が適用除外
を定めているが(行政手続法3条1項9号),公務員に対する不利益処分について
適正手続の必要性が否定されないとしても,ここにいう「不利益処分」とは,公務
員の分限処分や懲戒処分を念頭においたものであり,採用行為が違法であったこ
とを理由とする本件取消処分とは場面が異なっている上,必要とされる適正手続
の内容として,憲法上告知及び聴聞手続が必要となるわけではなく,告知及び聴聞
手続を欠く場合に本件取消処分が直ちに違法となるものではない。
また,県教委は,平成20年8月30日,一審原告に対して,試験点数に加点が
なされたと判断した根拠としてパソコンデータの調査方法を説明したほか,平成
19年度選考試験との判断の相違等も説明し,一審原告からの質問を制限するこ
となく,後に質問があった場合の取い合わせ先等の説明も行っている。
さらに,平成19年度末には答案用紙は既に破棄されており,本件取消処分は,
点数改ざんに一審原告が関与していたことを理由としてなされたものでもないか
ら,仮に,一審原告が主張するような告知,聴聞手続が行われていても,本件取消
処分についての実体的判断が左右されることはない。
⑷一審原告の慰謝料(補足的主張)
(一審原告の主張)
本件取消処分によって,一審原告は正規教員としての地位を奪われて,臨時講師と
して勤務することを余儀なくされており,1億円を超える生涯賃金の差額相当の損
害を被っているほか,県教委による十分な調査や説明がないまま,不合格者の烙印を
押されたため,一審原告の名誉を毀損する報道がされている。また,一審被告は,長
年にわたる組織的な不正・違法行為についての真相究明を怠っているばかりか,本件
訴訟における真相究明作業にことごとく反対し,一審原告に不利益を押しつけて早
期の幕引きを図ろうとしており,その態度は極めて不誠実である。
上記事情に照らせば,原判決が認めた一審原告の慰謝料350万円は不当に低廉
である。
(一審被告の主張)
一審原告は,平成21年度の本件選考試験の受験の機会を喪失しているものの,そ
の後の本件選考試験を自らの意思で受験しておらず,その利益を放棄しているとい
えること,本件取消処分について,一審原告本人に点数改ざんの責任があるという取
扱いはしておらず,一審原告が対象者と特定できないような配慮をしていること,答
案用紙の破棄は過誤によるものであり,点数の改ざんが長年にわたって行われてい
たり,CやDだけでなく組織的に行われていた証拠はなく,原判決が認容した350
万円という慰謝料は不当に高額である。
第3当裁判所の判断
1認定事実
本件の「認定事実」は,以下のとおり,原判決を補正するほか,原判決の「事実及
び理由」の第4の1に記載のとおりであるからこれを引用する。
⑴原判決21頁17行目の「合格した。」を「県教委は,一審原告の上記点数及び
順位を基に,一審原告を合格と判定した。」と改め,同19行目末尾の後に,改行
して,次のとおり加える。
「Bの勉強会からは,平成20年度選考試験を14名が受験したが,14名全員
が1次試験に合格して2次試験を受験し,11名が合格した(そのうち6名が成
績の改ざんによる合格者であった。)。」
⑵原判決26頁3行目末尾の後に,改行して,次のとおり加える。
「⑺県教委は,本件調査の結果,平成20年度選考試験では,一審原告を含む2
1名が合格点に達していなかったにもかわらず,改ざん行為によって合格と
判定されて採用されていたと判断し,平成20年8月30日,既に退職してい
た1名を除く20名を大分県立公文書館に呼び出した。
そして,県教委担当者は,上記20名と個別に面談し,資料(一審原告につ
いては甲6ないし8)を交付した上で,これに沿って,平成20年度選考試験
で点数の改ざんがあったこと,パソコンデータの調査・分析の方法,これによ
って判明した対象者個人の改ざん前後の各点数,対象者については採用取消
しを考えていること,取消予定時期(同年9月上旬),取り消された場合の給
与等の取扱い,希望すれば自主退職を認め,臨時講師(1年)としても採用す
ること,その申し出の期限(同年9月3日),平成19年度選考試験との取扱
いの差異及びその理由,後日の質問等は,上記資料(甲6)記載の問い合せ先
(県教育庁義務教育課課長・電話番号も記載)宛てにしてもらいたいこと等を
説明した。
一審原告は,上記期限までに,臨時講師としての採用は希望したものの,自
主退職を希望しなかったため,県教委は,同年9月8日,一審原告に対し,本
件取消処分を行った上,翌日,一審原告を同じA小学校の臨時講師(1年間の
条件附採用)として採用し,一審原告は,その後現在まで,臨時講師として勤
務を続けている。」
2本件取消処分の違法性の有無について
⑴判断枠組みについて
ア本件取消処分は,行政処分である本件採用処分を職権で取り消したものであ
るところ,行政処分の職権による取消しについて,我が国では,一般的・総則的
な規定は存在しないものの,一般に行政処分は適法かつ妥当なものでなければ
ならないから,一旦行われた行政処分について,その後に瑕疵,すなわち違法又
は不当なものであること(以下「違法等」という。)が明らかになった場合には,
法律による行政の原理等に基づき,行政処分の適法性及び合目的性を回復する
ため,法律上特別の根拠なくして,当該行政処分をした行政庁が職権により自ら
取り消すことができるが,当該行政処分に違法等がない場合には,行政庁が当該
処分に違法等があることを理由にしてこれを職権により取り消すことは許され
ず,その取消しは違法となる(最高裁判所平成28年12月20日第二小法廷判
決・最高裁判所ホームページ参照)。
一方,行政処分が一旦行われた以上,当該行政処分によって形成された法秩序
を維持すべき法的安定性の要請が働くことは否定できず,特に,当該行政処分が
授益的なものである場合には,当該行政処分の相手方の既得の利益又は当該処
分の存続及び適法性への信頼の保護等から,条理上,行政処分の職権による取消
しが制限される場合があるものと解される。
したがって,授益的な行政処分をした行政庁において違法等を理由に当該行
政処分を取り消す場合にあっては,当該処分の取消しによって生ずる不利益と,
取消しをしないことによって当該行政処分に基づき既に生じた効果をそのまま
維持することの不利益とを比較考量した上,当該行政処分を放置することが公
共の福祉に照らして著しく不当であると認められるときに限り,当該行政処分
を取り消すことができると解するのが相当である(最高裁昭和31年3月2日
第二小法廷判決・民集10巻3号147頁,最高裁昭和43年11月7日第一小
法廷判決・民集22巻12号2421頁参照)。
イそして,本件採用処分は,一審原告を大分県大分市公立学校教員に任命するこ
となどを内容とするものであって,地方公務員法(地公法)15条所定の「職員
の任用」及び教育公務員特例法(教特法)11条所定の「教員の採用」として行
われたものであるところ,教員への任命は,相手方の同意を要する行政処分とし
ての性質を有するものであり,かつ,相手方に対して職員の身分を付与するとと
もに職に充てることを内容とする授益的行政処分としての性質を有するもので
あるといえる。
したがって,本件取消処分の違法性の有無を判断するについては,上記アの判
断枠組みに沿って,①本件採用処分の瑕疵の有無(争点⑴),②本件採用処分に
瑕疵がある場合に,その取消し(本件取消処分)が制限されるか(争点⑵ア)を
検討した上,一審原告が主張する③平等原則違反(争点⑵イ),④適正手続違反
(当審での新たな主張)についても検討することとする。
⑵本件採用処分の瑕疵の有無(争点⑴)について
ア判断基準について
地公法15条は,「職員の任用は,この法律の定めるところにより,受験成
績,勤務成績その他の能力の実証に基づいて行わなければならない。」と定め
ており,いわゆる成績主義又は能力実証主義を採用している。
これは,地方公共団体の行財政の運営が効率的に行われるためには優秀な
人材を確保し,それをすぐれた職員として育成していくことが必要であると
ともに,任命権者との縁故や個人的なつながり,信頼関係等に基づく情実人事
が行われると,人事の公正を害することにより公務員の士気ひいては公務の
能率を低下させるおそれがあることから,法は,職員の任用について成績主義
又は能力実証主義を採用しているものと解される。
また,地公法17条3項は,地方公共団体において,職員の採用等は,原則
として「競争試験」によるものとしているのに対し,教特法11条は,公立学
校の教員の採用等は「選考」によるものと定めているが,これは,教員の任用
に際しては,前提となる教職員免許状の取得によって教職員としての能力が
一定範囲で実証されていること,発達過程にある生徒等を直接指導する教員
については,人格等の面からも教員としての適性を有していることが求めら
れるために,必ずしも競争試験のみによって任用することが妥当ではないこ
とを考慮したものと解される。
しかし,地公法15条にいう「職員」には,公立学校の教員も含まれると解
されるところ,上記の教員採用の特殊性を考えても,優秀な人材確保や人事の
公正が強く要請されることは異ならず,また,教員希望者が採用予定者数を大
幅に上回る場合も考えられるから,教特法11条が,教員の採用方法に成績主
義又は能力実証主義による競争試験的な要素が含まれることを排除している
とは解されず,結局,公立学校の教員採用の選考においては,候補者の人格を
踏まえた教員としての適性を判断することを考慮に入れつつも,基本的には
地公法15条の成績主義又は能力実証主義が要請されているというべきであ
る。
そして,教特法は,上記のほかは,採用の具体的選考方法等について定め
ておらず,特に,候補者の教員としての適性の判断については候補者の見識や
人となり等を総合的に判断することが不可欠であることからすると,教特法
は,教員の採用方法を任命権者の広範な裁量に委ねているものと解され,その
採用についての判断が事実の基礎を欠いたり社会通念に照らし明らかに妥当
性を欠いたりするものでない限り,当該採用の判断に瑕疵があるとはいえな
いというべきである。
イ本件への当てはめ
上記引用にかかる認定事実によれば,県教委は,平成14年度以降は,採用の
公平性,透明性を確保する趣旨で全科目を点数化して,その成績順に採用するこ
ととして,採用試験の内容として,細かな評定基準を定めた上で個人面接や模擬
授業等を実施してその配点を増やすなど,候補者の教員としての適性(人物試
験)についてもできる限り点数化してこれを重視するという方針をとっている
ところ,かかる採用方法は教特法の上記趣旨に沿うものであって,平成20年度
の教員採用もこれに沿って本件選考試験の成績を唯一の判断の基礎として行わ
れた。
そして,上記採用方法を実施する中で,BからDに対して,一審原告を含むB
の勉強会に参加していた受験生について口利きがなされた結果,1次試験及び
2次試験の合計点数678点,順位84位として不合格と判定されるはずであ
った一審原告の試験成績に,52点が加えられるという改ざんが行われ,改ざん
後の合格水準となった41位を上回る35位の成績を収めたものとして合格と
判定され,本件採用処分が行われたものである。
そうすると,本件採用処分は,大幅に改ざんされた上記点数に基づいて行われ
たものであり,かつ,改ざんがなければ,改ざん前の点数及びこれに基づく順位
が合格水準に達していなかった一審原告について本件採用処分がされることは
なかったのであるから,本件採用処分は事実の基礎を欠く違法なものであり,瑕
疵があるというべきである。
ウ一審原告の主張(当審での補足主張も含む。)に対する判断
一審原告は,答案用紙等が破棄されているため,一審被告が「素点」と主張
するものが一切加点されていない点数であるかの確認ができず,点数の改ざ
んが行われたかは明らかではないと主張する。
しかし,CやEの本件プロジェクトチームへの説明状況と残されたデータ
内容が一致し,不自然な点は見られないことは,上記引用に係る原判決認定事
実⑹(原判決24頁14行目冒頭から同26頁3行目末尾まで)のとおりであ
る上,Dが,多くの口利き依頼の中から合格させるべき受験者を選んで,その
リストをCに渡し(甲31,原審証人D),C及びEが,当該受験者について,
1次試験及び2次試験に各1回ずつ,合格ラインに達していない場合には合
格ラインに達するように加点する等の点数操作を行っていたというもので,
複雑な点数操作や複数のファイルを作成する必要性はうかがわれないこと,
Cが,当該受験者が加点等によって合格させる余地がない程成績が悪く点数
操作を行わなかった場合には,依頼者にそれを説明するために,採用試験の本
来の点数(素点)は消さずに残す必要があったと説明していること(乙32,
33)などに鑑みると,一審原告に対して,甲第7号証記載のとおりの点数改
ざんが行われたと認めるのが相当であり,一審原告の上記主張は採用するこ
とができない。
一審原告は,①教員の採用試験は選考であるから,採用試験の点数以外の要
素を加味して判断することも許されること,②採用試験の合格水準は,各年度
の予算との関係で財政的に設定される採用枠によって決まるもので,年度ご
とに区々であること,③面接試験及び模擬授業の内容や採点方法は,極めて主
観的で曖昧であること,④平成26年度選考試験での採点ミスにおいて,県教
委は合格点に足りなかった者も不合格としていないこと等を考えると,採用
試験の点数や合格水準のみを重視すべきではないと主張するが,以下のとお
り,いずれも採用できない。
a上記ア及びイのとおり,県教委は,教員採用方法について与えられた
裁量の範囲内で,教員としての適性(人物試験)にも相応の配慮を行った本
件選考試験を実施して,その成績を唯一の判断の基礎として教員を採用し
ており,一審原告についても,平成20年度選考試験の成績を唯一の判断基
礎として本件採用処分がされている(一審原告の合格判定にあたって,上記
成績以外の事情が考慮されたことはうかがわれない。)ところ,後日,上記
点数が意図的な改ざんによって大幅に加点されたものであったことが判明
したのであるから,本件採用処分には瑕疵があるといわざるをえない。県教
委が実際に上記点数以外を判断基準としていない以上,上記方法によらず
に別の方法で教員選考を行う余地があったことは,上記判断に影響を及ぼ
すものではない。
b採用試験の合格水準を決定する採用枠が,各年度の予算によって影響を
受けることは公務員の採用である以上当然であって,県教委は,その採用枠
の中で,できる限り優秀で教員としての適性が高い者を採用すべき義務を
負っているのであるから,仮に,採用枠が若干広がったとしても,改ざん前
の点数(素点)が合格水準に最も近い者から順に採用されるべきであり,一
審原告の点数及び順位では,仮に採用枠が倍に増えたとしても採用される
可能性はなかったといえる。
c面接試験及び模擬授業の評価に主観的な要素が含まれることはやむを得
ないところ,上記引用に係る原判決認定事実のとおり,県教委は,詳細な採
点基準や質問のガイドラインを作成した上で,試験委員3名(民間人1名,
県教委職員2名)が個別に評価を行ってそれを合計するという方法を採用
しており,他に短期間で受験者の教員としての適性を判断する適切な試験
方法も見当たらないことを考えると,上記方法も教員としての適性を評価
する方法として合理性を有するというべきである。
d平成26年度選考試験において,1次試験の中学と高校の英語の専門試
験(100点満点)の配点2点の問題の採点に誤りがあって,再採点の結果,
1名が合格点を下回る結果となった(上記経緯に照らせば1ないし2点の
範囲内であったと推認できる。)が,本人に落ち度はなく,既に2次試験を
受験していることなどを考慮して,1次試験で不合格とはしなかった事例
があるが(甲64),本件とは明らかに事案を異にするものである。
一審原告は,教員免許を取得して,平成20年度選考試験の1次試験には合
格している上,平成20年4月から実際に教壇に立ち,生徒や保護者らと信頼
関係を築き,指導教員からも高い評価を受けていたのであり,本件取消処分後
も臨時講師として教壇に立っていること等を考えると,一審原告の教員とし
ての適性,能力は実証されていると主張する。
しかし,教員(臨時講師を含む。)の採用予定人数を明らかに上回る者が教
員免許を取得しているのが現状であり,また,平成20年度選考試験での採用
予定者39名(実際の採用者41名)に対して,1次試験の合格者数は117
名(一審原告の1次試験は95位)というのであるから,教員免許の取得や1
次試験合格の事実は,直ちに正規教員としての適性や能力を証明するものと
はいえない。
また,臨時講師は,教諭に準じた職務を行うものとされ(学校教育法37条
16項),教員として教壇に立つ以上,一部の職務を除いて,正規教員と同様
の職務を行うことが求められており,一審原告が,本件採用処分後,約5か月
間教員として稼働して,その生徒や保護者から支持を受けたり(甲35ないし
37),当時の新任者研修の拠点校指導教員が,「教員としての適性」に問題
はないと述べていたとしても,その期間等を考えると,これらが直ちに正規教
員としての適性や能力を証明するものとはいえないし,本件取消処分後,約8
年以上にわたって臨時講師として稼働していることも,臨時講師としての能
力や適性を証明するものにすぎない。
したがって,一審原告の上記主張は採用できない。
一審原告は,教特法11条の趣旨等に照らして,教員採用において禁止され
る情実人事とは,本人あるいはその親等が不正行為に関与するなど,教員に相
応しい人格を有しない者に該当すると認められる場合をいい,本人及びその
両親らが不正行為に関与してない一審原告はこれに当たらないと主張する。
しかし,地公法15条によって排斥されるべき情実人事は,本人や親族が関
与しているかを問わず,血縁,出身学校,所属団体,その他本人の能力に直接
関係のない個人的事情に基づくものをいうと解されるところ,教特法が認め
る教員の特殊性等を考慮しても,教員採用について,本人や親族が関与しない
限り,上記個人的事情に基づいて採用することが許容されているとは考え難
い。本件採用処分は,一審原告がBの勉強会に所属していたために行われた点
数の改ざんに基づくものであるから,情実による採用に当たるというべきで
ある。
したがって,一審原告の上記主張は採用できない。
⑶本件取消処分が制限されるか(争点2ア)について
ア判断基準について
上記⑴アのとおり,授益的な行政処分をした行政庁において違法等を理由に
当該行政処分を取り消す場合にあっては,当該処分の取消しによって生ずる不
利益と,取消しをしないことによって当該行政処分に基づき既に生じた効果を
そのまま維持することの不利益とを比較考量した上,当該行政処分を放置する
ことが公共の福祉に照らして著しく不当であると認められるときに限り,当該
行政処分を取り消すことができると解するのが相当であり,上記の比較考量に
あたっては,当該行政処分の性質及び内容,当該行政処分の瑕疵の有無及び程
度,当該行政処分の相手方側の関与の有無及び程度,当該行政処分が行われてか
ら取り消されるまでの期間及び経過,当該行政処分を取り消した場合の効果及
び取消しを受けた相手方が置かれる状況,当該行政処分を取り消さずに維持す
ることによって生じる具体的不利益等の事情を総合考慮した上で,判断するの
が相当である。
イ本件取消処分により一審原告が被る不利益について
一審原告は,平成20年4月1日付けの本件採用処分によって公立小学校
の正規教員として採用され,同年9月8日付けの本件取消処分によって,正規
教員としての地位を喪失しているところ,上記⑵のとおり,本件採用処分には
瑕疵があり,本来,一審原告は正規教員の地位を取得しえなかったのであるか
ら,一審原告に正規教員としての地位を保持することについて正当な利益は
認められない。
しかし,一審原告は,平成19年10月9日,平成20年度選考試験に合格
した者として同候補者名簿に登載されて以降,教員の採用に同意して本件採
用処分を受け,公立小学校の正規教員として実際に稼働していたものであり,
一審原告やその親族は点数改ざんには関与しておらず,その資格を喪失する
ような心当たりはなかったのであるから,本件採用処分の適法性について信
頼を寄せ,もはや教員採用試験を受験する必要はなく,このまま正規教員とし
て働き続けられることを前提に将来を考えていたことは当然であって,その
信頼や期待は法律上保護に値するというべきであり,後日,その意に反して本
件採用処分を取り消されることになった一審原告の精神的苦痛は相当深刻な
ものといわざるを得ない。
ただし,一審原告が,正規教員として稼働していたのは,教特法12条1項
の条件附採用期間(1年間)内である約5か月間であり,正規教員の地位を前
提とする法律関係及び事実関係が長年にわたって積み重なるなどして,原状
に復し難い程度になっていたとまではいえない。
また,一般に,教員免許は取得したものの教員採用試験には不合格となり,
臨時講師として稼働しながら翌年度以降の教員採用試験を受験するというこ
とも見られるところ(なお,一審原告本人も,当審において,仮に平成20年
度選考試験に不合格であれば,臨時講師をしながら,教員採用試験の受験を続
けるつもりであった旨供述している。),一審原告は,平成21年度選考試験を
受験する機会は逸したものの,本件取消処分後も臨時講師として稼働を続け
ており,平成22年度以降の選考試験を受験する機会は与えられていたとい
える。
加えて,県教委は,本件取消処分に当たって,直ちに一審原告を同じ小学校
の臨時講師として採用して,一審原告は,臨時講師としてではあるが引き続き
同一小学校に勤務できることとなっており,上記精神的苦痛を十分填補しう
るものではないとしても,このことは,一定の代償措置として考慮しうるもの
である(なお,上記約5か月間についての給与等は,その経緯及び期間等に照
らして,一審原告の労務提供の対価というべきであり,県教委がその返還を免
除したとしても代償措置とはいえない。)。
ウ本件採用処分が維持されることによって生じる公益上の不利益について
上記⑵ア及びイのとおり,教員採用にあたっては,教員としての適性を考慮
するという修正は加えられているものの,優秀な人材の確保や人事の公正の
観点から成績主義又は能力実証主義が要請されていると解されるところ,本
件採用処分は,一審原告を含む特定の受験者の点数に改ざんが加えられたこ
とによって,合格水準に点数にして40点以上,順位にして40位以上も達し
ていなかった一審原告が合格することになったというものであるから,これ
が成績主義又は能力実証主義に反し,優秀な人材の確保や人事の公正を害す
ることは明らかであり,公教育を受ける児童や保護者の利益を害し,公平な試
験が実施されることに対する教員採用試験の受験者等の信頼を損なうもので
あるだけでなく,教員あるいは公教育自体に対する県民の信頼を失うことに
もつながりかねない。
特に,一審原告に対する上記点数の改ざんは,一審原告が所属していた勉強
会の指導官であるBの口利きによって行われたものであり,かかる経緯によ
って採用された一審原告が,新たに教員選考試験を受け直すことなく,将来に
わたって正規教員としての地位を保持し続けることは,一審原告のような人
的関係を有しない教員選考試験の受験者,特に,平成20年度選考試験で一審
原告よりも上位であったが不合格となった者や臨時講師を続けながら長年に
わたって教員選考試験を受け続けている者らとの不公平さは看過できるもの
ではなく,教員選考試験の公平性に対する信頼を失わせるものといわざるを
えない。
エ比較考量
上記事情をもとに比較考量を行うと,本件取消処分により一審原告が被る不利
益,特に,正規教員として採用されたことについての信頼と期待を侵害された一
審原告の精神的苦痛は軽視し難いものであるが,本件採用処分から本件取消処分
に至るまでの期間,本件取消処分後に一審原告が置かれた状況等を考慮すると,
本件採用処分を維持することによる公益上の不利益は,本件取消処分により一審
原告が被る不利益と比較しても重大であり,本件採用処分を維持することは公共
の福祉の観点に照らし,著しく相当性を欠くものといわざるを得ない。
そうすると,県教委は本件採用処分を取り消すことができるのであって,本件
取消処分は適法というべきである。
オ一審原告の主張(当審での補足主張も含む。)に対する判断
一審原告は,教員採用が選考であること,面接や模擬授業の評価方法,教員
免許取得や1次試験の合格,本件採用処分後の一審原告の稼働実績等を考慮す
ると,一審原告が教員としての能力を備えていないとはいえず,本件取消処分
を行わなくても公共の福祉に反するとはいえないと主張する。
しかし,上記事実が一審原告の正規教員としての能力や適性を証明するもの
ではないことは,上記⑵ウのとおりであって,一審原告の上記主張は採用でき
ない。
一審原告は,同人及び両親らは不正な点数操作に一切関与しておらず,かか
る不正を長年にわたって組織的に行ってきた県教委に,教員採用の公正や国民
の信頼を破壊した責任があり,一審原告に対して本件取消処分をしても,上記
信頼が回復されることはないと主張する。
しかし,本件採用処分の瑕疵及びこれによる公益侵害の重大性は上記のとお
りであって,一審被告が点数の改ざんに関与していないからといって上記の公
益侵害が軽減されるというものではない。
また,県教委において長年にわたり(遅くとも平成14年以降),口利きに
よる組織的な不正行為が行われてきたことは非難されて然るべきである。これ
によって害された教員採用の公正やこれに対する信頼を回復するためには,不
正行為の具体的内容やこれに関与した者の調査等不正行為の実態が解明され
て適正な処分が行われるとともに,不正行為によって侵害された公益を可能な
限り是正することが必要である。そして,調査権限の問題等によって不正行為
の実態解明が不十分であったとしても,本件採用処分を取り消すことによって
早期に上記公益侵害を回復する必要性が失われるものではないから,県教委が
本件取消処分を行うことが許されなくなるというものではない。
したがって,一審原告の上記主張は採用できない。
⑷平等原則違反()について
一審原告の平等原則違反の主張に理由がないことは,原判決の「事実及び理由」
の第4の4に記載のとおりであるから,これを引用する。
⑸適正手続違反(当審での新たな主張)について
ア一審原告は,公務員の不利益処分についても,憲法31条,13条により,一
審原告に告知と聴聞の機会が与えられなければならないところ,本件取消処分
に当たっては,十分な説明,質問や意見の聴取等は行われておらず,仮に,公正
な告知及び聴聞が実施されていれば,答案用紙や採点表の検証,関係者の聴聞手
続等により,本件取消処分が行われなかった可能性があるから,本件取消処分
は,適正手続の保障がなく違法であると主張する。
イしかし,以下の理由により,一審原告の上記主張は採用することができない。
行政手続法3条1項9号は,公務員に対する職務又は身分に関してされる
処分については同法の適用除外としている上,地公法49条以下は,任命権者
が職員に対する不利益処分をする場合について,理由書の交付や人事委員会
への審査請求等の事後的救済制度を規定するものの,事前の手続保障につい
ての規定はなく,また,教特法11条以下は,大学以外の公立学校の校長及び
教員については,大学の学長及び教員等と異なり,転任,降任及び免職にあた
っての事前の説明書の交付や陳述の機会を付与することについて規定してい
ない(同法4条,5条参照)。
したがって,教員採用処分についての取消処分である本件取消処分に当た
って,現行法上,一審原告の事前の手続保障は要求されていないといわざるを
えない。
そして,公務員の懲戒処分等の不利益処分について,当該公務員の利益保護
や処分内容の適正の観点等から,当該公務員に対する事前の事実関係の確認
や意見の聴取等を行うことが要請される場合があるとしても,その内容及び
方式は,公務運営の迅速性の要請と職員の利益保護の要請との調和の観点か
ら,必要な範囲に限られるというべきである。
本件取消処分は,当該公務員の非違行為についての懲戒処分等の不利益処
分とは異なって,一審原告が関与したとは認められない不正な点数の改ざん
という本件採用処分の瑕疵を原因とするものであるから,一審原告に対して
詳細に事実関係を確認したり,その弁解を聴取しなければ処分が決定できな
いものとはいえない。
そして,上記認定事実のとおり,県教委は,一審原告に対して,資料(甲6
ないし8)を交付した上で,一審原告が点数の改ざんによって合格したと認め
た具体的調査の経過,内容,本件採用処分の取消しを予定していること,その
場合の給与等の取扱い,自主退職や臨時講師となることを希望できること,後
日の問合せ先等を説明しており,本件取消処分までの期間が十分であったと
はいい難いものの,本件取消処分の性質及び内容等に照らせば,一審原告に事
前の手続保障の機会は与えられていたということができる。
仮に,一審原告に対して,行政手続法が規定するような告知及び聴聞が実施
されていたとしても,点数の改ざんが発覚して調査が実施された当時,答案用
紙等は既に破棄されて存在していないから,これを調査することはできず,ま
た,関係者の聴聞手続によって一審原告が点数改ざんに関与していないこと
がさらに明確になったとしても,そもそも本件取消処分は一審原告が点数改
ざんに関与したことを前提としてなされたものではないから,本件取消処分
についての判断が左右されることは考え難い。
3国家賠償請求の可否及び内容(争点⑶)について
⑴以上によれば,本件取消処分は適法であるが,本件採用処分については,公務員
の故意又は過失による地公法15条に反する違法な行政処分といえるから,一審
原告が,一審被告に対して,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求ができるこ
と,一審原告の慰謝料は350万円,弁護士費用として50万円が相当であること
は,原判決の「事実及び理由」の第3の5に記載のとおりであるから,これを引用
する。
⑵当事者の主張に対する判断
ア一審原告は,本件採用処分及び本件取消処分によって,正規教員としての地位
を奪われたため1億円を超える生涯賃金の差額相当の損害を被っているほか,
十分な調査や説明がなく本件取消処分が行われたため,一審原告の名誉を毀損
する報道がされており,一審被告は,長年にわたる組織的な不正・違法行為につ
いての真相究明を怠ったまま,早期の幕引きを図ろうとするなど,その態度は極
めて不誠実であると主張する。
しかし,前記のとおり,違法な本件採用処分によって取得した正規教員として
の地位を一審原告が保持する正当な利益はない以上,平成21年度の選考試験
の受験機会は奪われたものの,平成22年度以降の選考試験を受験することは
可能であったのであるから,違法な本件採用処分によって失った賃金として,正
規教員の生涯賃金との差額を問題にするのは失当である。
また,前記2のとおり,県教委において長年にわたり口利きによる組織
的な不正行為が行われてきたとの批判は免れず,その実態解明が十分に行われ
たとはいえないものの,本件訴訟等によって,少なくとも一審原告のほかBの勉
強会出身の受験者については,Bによる口利きが点数改ざんの原因であること
が判明している。
なお,原判決が判示するように,県教委において,本件取消処分に当たって,
報道機関その他の外部の者に対して,一審原告らが不正に関与していたかのよ
うな印象を与えることへの配慮を欠く面があったことは否定できず,この点は
慰謝料の算定に当たっても考慮すべきである。
これらの事情を総合考慮しても,一審原告の上記主張は,慰謝料額についての
上記⑴の判断を左右するものではない。
イ一審被告は,他の裁判例や訴訟外で和解をした他の受験者との均衡等からも,
350万円の慰謝料は高額にすぎると主張する。
しかし,前記のとおり,一審原告は,平成20年度選考試験に合格して本件採
用処分を受け,正規教員として実際に稼働しながら,これを前提に将来を考えて
いたところ,身に覚えのない点数改ざんがあったとして本件取消処分を受けて,
正規教員としての地位を失い,改めて正規教員になるためには平成22年度以
降の選考試験を受験しなければならなくなったものであるから,一審被告が指
摘する裁判例とは明らかに事案が異なるし,訴訟外で和解をした他の受験者と
も一審原告の置かれた状況は異なるといえる。
したがって,一審被告の上記主張は採用することができない。
4結論
以上によれば,一審原告の請求について,一審被告に対し,400万円の支払を求
める限度で認容し,その余の請求を棄却した原判決は相当であり,本件各控訴はいず
れも理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
福岡高等裁判所第5民事部
裁判長裁判官岸和田羊一
裁判官岸本寛成
裁判官小田島靖人

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