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裁判例


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主文
1原判決を取り消す。
2被控訴人は,控訴人Aに対し,80万4720円及びこれに対する平成1
4年10月2日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。
3被控訴人は,控訴人Bに対し,73万7660円及びこれに対する平成1
4年10月2日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。
4被控訴人は,控訴人Cに対し,136万8340円及びこれに対する平成
15年1月8日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。
5訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
主文同旨
第2事案の概要等
1事案の概要
控訴人らは,広島市に投下された原子爆弾によって被爆した後,ブラジル
連邦共和国(以下「ブラジル」という)に移住した。そして,平成6年な。
いし平成7年に来日して原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律昭,(
和43年法律第53号。以下「旧原爆特別措置法」という)又は原子爆弾。
被爆者に対する援護に関する法律(平成6年法律第117号。以下「被爆者
援護法」という)により,被爆者として被控訴人から健康管理手当の支給。
を受けるようになった。他方,国は被控訴人に,昭和49年7月22日付け
で厚生省公衆衛生局長通達(以下「402号通達」という)を発出して,。
被爆者が日本国の領域を越えて居住地を移した場合は,健康管理手当受給権
を失うとしていた。控訴人らは,手当受給資格取得後にブラジルに出国した
,,。ため被控訴人は402号通達に依って健康管理手当の支給を打ち切った
そこで,控訴人らが被控訴人に対し,支給認定にかかる期間内の未支給の健
康管理手当の支払を求めたのが本件である。なお,遅延損害金の起算日は,
各訴状が被控訴人に送達された日の翌日である。
2訴訟の経緯
本件訴訟は,Dが被控訴人らを被告として,未支給の健康管理手当等の支
払を求めて,広島地方裁判所に提訴したことに始まる(平成▲年(行ウ)第▲
号。その後,控訴人A,同Bらが同種訴訟を提起し,さらに控訴人Cらが)
これに続き,これらは併合して審理された。原審係属中の平成15年3月1
日に402号通達が廃止され,被控訴人は各控訴人に未支給分を一部支払っ
た。しかし,提訴にかかる分のうち,訴えを提起したときに既に支給すべき
日から5年間を経過した分の手当については支払わなかった。控訴人らは支
払を受けた分については訴えを取り下げたが,なお支給されなかった分につ
いて訴訟が続けられた。原審は,控訴人らの健康管理手当請求権は時効によ
り消滅したと判断して,控訴人らの請求をいずれも棄却した。
3争いのない事実等
()原子爆弾の投下1
昭和20年8月,広島市及び長崎市に投下された原子爆弾という比類の
ない破壊兵器は,幾多の尊い生命を一瞬にして奪ったのみならず,たとい
一命をとりとめた被爆者にも,生涯いやすことのできない傷跡と後遺症を
残し,不安の中での生活をもたらした。
()法規2
ア旧原爆医療法
原子爆弾被爆者の医療等に関する法律(昭和32年法律第41号。以
下「旧原爆医療法」という)は,広島市及び長崎市に投下された原子。
爆弾の被爆者が今なお置かれている健康上の特別の状態にかんがみ,被
爆者に対し健康診断及び医療を行うことにより,その健康の保持及び向
上をはかることを目的とし,被爆者に被爆者健康手帳を交付し,健康診
断,医療の給付を行うものである。
イ旧原爆特別措置法
昭和43年には,広島市及び長崎市に投下された原子爆弾の被爆者で
あって,原子爆弾の傷害作用の影響を受け,今なお特別の状態にあるも
のに対し,医療特別手当の支給等の措置を講ずることにより,その福祉
を図ることを目的として,旧原爆特別措置法が制定された。
ウ被爆者援護法
国は前記()記載のような原子爆弾の放射能に起因する健康被害に苦1
しむ被爆者の健康の保持,増進,福祉を図るため,上記二法を制定して
各般の施策を講じ,また,再びこのような惨禍が繰り返されることがな
いようにとの固い決意の下,世界唯一の原子爆弾の被爆国として,核兵
器の究極的廃絶と世界の恒久平和の確立を全世界に訴え続けてきたが,
被爆後五十年のときを迎えるに当たり,核兵器の究極的廃絶に向けての
決意を新たにし,原子爆弾の惨禍が繰り返されることのないよう,恒久
の平和を念願するとともに,原子爆弾の投下の結果として生じた放射能
に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることに
かんがみ,国の責任において,高齢化の進行している被爆者に対する保
健,医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じ,あわせて,国とし
て原子爆弾による死没者の尊い犠牲を銘記するため,平成6年12月に
被爆者援護法が制定された(これに伴い上記二法は廃止された。。)
エ健康管理手当
健康管理手当は,旧原爆特別措置法5条により規定され,被爆者援護
法27条に受け継がれた。都道府県知事は,被爆者であって,造血機能
障害等の一定の障害を伴う疾病にかかっていると認定した者に対し健康
管理手当を支給する。これに要する費用は,当該都道府県の支弁とされ
るが,国は,その費用を当該都道府県に交付するものとされる。
()402号通達3
厚生省公衆衛生局長は,昭和49年7月22日付けで,各都道府県知事
に対し402号通達を発出し,その中で,旧原爆特別措置法は日本国内に
居住関係を有する被爆者に適用されるものであるので,日本国の領域を超
えて居住地を移した被爆者については,健康管理手当は失権の扱いとなる
との見解を示し,以後,被爆者援護法の下でも行政実務はこの通達に従っ
て運用されてきた。
()在外被爆者を巡る訴訟4
アE訴訟
韓国人被爆者であったEは,外国人退去強制令書の発付を受け,仮放
免中であったが,旧原爆医療法3条に基づく被爆者健康手帳の交付を申
請した。福岡県知事は,Eは不法入国者であって,日本国内に居住関係
を有しているとの適用要件を欠くとしてこれを却下したため,Eがその
処分の取消を求めて提訴した。この訴訟で同県知事は,同法は社会構成
員の福祉増進を目的とする社会保障法の一種であるから,外国人がその
適用を受けるためには,国内に居住関係を有することが必要であると主
張した。福岡地方裁判所は,昭和49年3月30日,同法は一般の社会
保障法と類を異にする特異の立法であるとした上,居住関係の存在を要
件としたと解しうる規定がないことからすれば,不法入国した外国人被
爆者についても同法の適用を認めるべきであるとして,Eの請求を認容
した。そして,福岡高等裁判所は同県知事の控訴を棄却し,最高裁判所
は,昭和53年3月30日に同県知事の上告を棄却した。
イF訴訟
被爆者健康手帳の交付を受け,さらに健康管理手当の支給認定を受け
たFが,日本を出国後に健康管理手当の支給を打ち切られたため,大阪
府知事等に対し,同手当の支給や損害賠償の支払などを求める訴訟を平
成10年に大阪地方裁判所に提起した。同裁判所は,平成13年6月1
日,被爆者援護法1条の「被爆者」の要件は,同条各号のいずれかに該
,,当する被爆者であることと被爆者健康手帳の交付を受けたことであり
日本に居住又は現在することは要件ではないから,当該被爆者が日本に
居住も現在もしなくなっても,当然に「被爆者」たる地位を喪失するも
のではないとして,Fの請求を一部認容した。そして,大阪高等裁判所
は,平成14年12月5日,同様の理由で,大阪府等からの控訴を棄却
した。
ウG・元徴用工被爆者補償請求訴訟
第二次世界大戦中に広島の造船所等に徴用され,被爆した韓国人被爆
者らが,国等に対して戦争終結後も援護,補償を怠ったことなどを理由
,。に損害賠償の支払などを求めて平成7年に広島地方裁判所に提訴した
同裁判所は,平成11年3月25日,旧原爆医療法及び旧原爆特別措置
法は,国外に居住する外国人には適用されないとして,原告らの請求を
棄却した。これに対し,その控訴審である広島高等裁判所は,平成17
年1月19日,402号通達を作成,発出し,これに従った行政実務の
取扱いを指示したのは,法律を忠実に解釈すべき職務上の基本的な義務
に違反した行為であるとして,国に一部損害賠償の支払を命じる判決を
言い渡した。
()各控訴人の被爆者認定に至る経緯5
ア控訴人A
控訴人Aは昭和▲年▲月▲日に出生し,昭和20年8月6日,広島市
に投下された原子爆弾により,同市α付近で被爆した。同控訴人は,昭
和30年3月ころブラジルに移住したが,平成7年に来日し被爆者健康
手帳の交付を受けた。そして,平成7年7月3日に広島県知事から循環
器機能障害を認定され,同年6月から平成12年5月まで健康管理手当
の支給を受ける旨の健康管理手当証書の交付を受けた。
イ控訴人B
控訴人Bは昭和▲年▲月▲日に出生し,昭和20年8月6日にはβの
兵舎にいたため,広島市に投下された原子爆弾による直接の被害は免れ
たものの,同月10日に同市γに入り被爆した。同控訴人は,昭和40
年3月30日ブラジルに移住したが,平成3年6月に広島県知事から被
爆者健康手帳の交付を受け,糖尿病,前立腺,内分泌腺機能障害等の症
状が現れていたため,健康管理手当の支給申請を行い,平成7年7月3
日に同知事から健康管理手当の支給認定を受け,同年6月から平成12
年5月まで健康管理手当の支給を受ける旨の健康管理手当証書の交付を
受けた。
ウ控訴人C
控訴人Cは昭和▲年▲月▲日に出生し,昭和20年8月6日,広島市
に投下された原子爆弾により,同市δで被爆した。同控訴人は,昭和3
5年にブラジルに移住したが,平成6年5月17日広島県知事から被爆
者健康手帳の交付を受け,同年7月1日循環器機能障害を認定されて,
同年7月に同年6月から平成11年5月までを支給期間とする健康管理
手当証書の交付を受けた。
()各控訴人の出国と提訴6
ア控訴人A
控訴人Aは,その後日本を出国したため,被控訴人は402号通達に
基づいて,同控訴人に対する健康管理手当の支給を打ち切り,平成7年
7月分から平成12年5月分までの健康管理手当を支給しなかった。そ
こで,同控訴人は,平成14年7月31日,上記健康管理手当未支給分
の支払を求めて広島地方裁判所に訴えを提起した(平成14年(行ウ)第
14号。)
イ控訴人B
控訴人Bは,平成7年7月ころに日本を出国したことから,被控訴人
は402号通達に基づき,健康管理手当受給権が失権したとして健康管
理手当の支給を打ち切り,平成7年8月分から平成12年4月分(平成
8年11月,平成11年11月,12月分を除く)までの健康管理手。
当を支給しなかった。そこで,同控訴人は,平成14年7月31日,上
記健康管理手当未支給分の支払を求めて広島地方裁判所に訴えを提起し
た(平成14年(行ウ)第14号。)
ウ控訴人C
控訴人Cは,平成6年6月ころ,日本を出国したことから,被控訴人
は402号通達に基づいて,手当受給権が失権したとして,健康管理手
当の支給を打ち切り,平成6年7月分から平成11年5月分までの健康
管理手当を支給しなかった。そこで,同控訴人は,平成14年12月3
日,上記健康管理手当未支給分の支払を求めて広島地方裁判所に訴えを
提起した(平成14年(行ウ)第20号。)
()402号通達の廃止と本件訴訟7
,,,その後平成14年には被爆者援護法施行令及び施行規則が改正され
被爆者援護法上の被爆者は国外に居住する場合にも,健康管理手当の支給
を受けることができることを前提とする規定が置かれ,平成15年3月1
日,それとともに402号通達が廃止された。これらを受けて,被控訴人
は各控訴人に対し,同年5月30日,上記健康管理手当未支給分のうち,
各支給月の末日から5年を既に経過した分を除いた分を支払った。そのた
め,控訴人らは支払を受けた分にかかる訴えを取り下げ,被控訴人が時効
により消滅したとして,なお支払っていない分が未解決として残った。本
(「」件訴訟の対象となっている未支給分以下本件健康管理手当支給請求権
という)は次のとおりである。。
ア控訴人Aについて,平成7年7月分から平成9年6月分までの毎月3
万3530円の合計80万4720円
イ控訴人Bについて,平成7年8月分から平成9年6月分(平成8年1
1月分を除く)までの毎月3万3530円の合計73万7660円
ウ控訴人Cについて,平成6年7月分から9月分までの毎月3万186
0円,同年10月分から平成7年3月分までの毎月3万3300円,同
年4月分から平成9年11月分までの毎月3万3530円の合計136
万8340円
4争点と当事者の主張
争点は,本件健康管理手当支給請求権に係る消滅時効の成否である。
()時効の起算点1
(被控訴人の主張)
本件健康管理手当支給請求権は,それぞれの手当の支給月の末日に期限
が到来する。したがって,手当の支給月の末日には権利を行使することが
できたから,そのときから消滅時効が進行する。
(控訴人らの主張)
控訴人らはブラジルに居住し,困窮していて,日本で行政訴訟を提起す
ることは著しく困難であったのであり,402号通達の存在した間は,控
訴人らはその権利を行使することが妨げられていて,同通達が廃止されて
はじめて権利を行使することができる状態となった。したがって,同通達
が廃止された平成15年3月1日から消滅時効が進行する。また,平成1
3年6月1日に言い渡されたF訴訟の大阪地方裁判所判決により,402
号通達の違法性が明らかとなったから,消滅時効の起算点は同日とすべき
である。
(被控訴人の反論)
権利を行使することを得るときとは,法律上の障害がなくなり,権利の
性質上,権利行使が現実的に期待できる状態をいうが,402号通達とそ
れに基づく行政実務の存在や控訴人らの地理的,経済的要因は,事実上の
障害か主観的な事情にすぎないし,本件健康管理手当支給請求権は,前提
となる事実的,法律的関係が確定しているから,権利行使が期待できない
ほど現実的に制約されていたとはいえない。
()時効期間2
(被控訴人の主張)
本件健康管理手当支給請求権は,普通地方公共団体に対する権利で,金
銭の給付を目的とするものであるから,地方自治法236条1項が適用さ
れ,時効期間は5年間である。
(控訴人らの主張)
地方自治法236条1項は,普通地方公共団体に関する権利義務を早期
に決済する必要があるなど主として行政上の便宜を考慮して定められた規
定である。しかし,本件は違法な通達により手当を支給しなかったという
不法行為ともいうべき事案であり,行政上の便宜を考慮すべき事案ではな
く,同条項は適用されない。その結果,民法が適用され,時効期間は10
年間となる。
(被控訴人の反論)
健康管理手当支給請求権は,被爆者援護法27条という公法の規定に基
づくものであり,時効に関する「他の法律」も見当たらない。しかも,健
康管理手当支給請求権は,被爆者援護法27条の要件を満たす限り不特定
多数の者に支給される債権であり,支給事務を行う地方公共団体の権利義
務を早期に決済する必要があるなど行政上の便宜を考慮する必要は高い。
()時効の停止事由3
(控訴人らの主張)
民法158条以下の規定は,時効完成により権利を失う者に時効を中断
するのに著しく困難となる障害事由が存在する場合に時効の完成を猶予す
る制度である。控訴人らは前記のとおり402号通達の存在のため司法的
救済を求めることが著しく困難であったから,一定期間消滅時効の効果は
生じないと解すべきであり,同通達が廃止された平成15年3月1日まで
消滅時効の効果は生じない。
(被控訴人の主張)
控訴人らの主張する権利行使の障害はいずれも事実上ないし主観的事情
にとどまり,著しく正義公平に反する事情があるとはいえない。
()時効援用の信義則違反,権利濫用4
(控訴人らの主張)
弁論主義の要請から,訴訟上時効の援用は必要である。
被控訴人による時効の援用は,信義則に違反し,権利濫用に当たる。
(被控訴人の主張)
本件健康管理手当支給請求権については,地方自治法236条2項が適
用されるから,被控訴人が時効を援用するまでもなく当然に時効の効果が
生じ,信義則違反や権利濫用の問題は生じない。除斥期間についての最高
裁判所の判決が「利益を受ける側に,実体法上も手続法上も何らかの行,
為が要件とされていない以上,権利濫用等の行為を観念する余地がない」
とした点は,援用を要することなく絶対的消滅となる点で除斥期間と同様
の地方自治法236条の消滅時効にも妥当する。
仮に,被控訴人による時効の援用が必要であるとしても,その援用は信
義則に反したり権利の濫用には該当しない。控訴人ら訴訟代理人の足立修
一弁護士は,平成7年に提起されたG・元徴用工被爆者補償請求訴訟や平
成10年に提起されたF訴訟の代理人を務めていたのであり,控訴人らは
時効完成前に提訴することができた。
第3当裁判所の判断
1争点()(消滅時効の起算点)について1
()健康管理手当支給請求権の消滅時効は,地方自治法236条3項,民1
法166条1項により,権利を行使することを得るときから進行するが,
同手当請求権の履行期は,その支給月の末日ごとであると解されるから,
その末日ごとにそれぞれ消滅時効が進行するというべきである。
,,,,この点控訴人らはブラジルに居住し経済的にも困窮していたので
402号通達の存在した間は,健康管理手当支給請求権を行使することが
妨げられていて,同通達が廃止されてはじめて権利を行使することができ
る状態となったから,同通達が廃止された平成15年3月1日から消滅時
効が進行する旨主張する。
,「」,()思うに民法166条1項の権利を行使することができる時には2
権利の行使につき,法律上の障害がないというだけではなく,権利の性質
上,その行使が現実に期待できることを要すると解すべきである。
そして,控訴人らが主張する地理的,経済的要因は,事実上の障害であ
るから,法律上の障害はないということができる。
また,健康管理手当支給請求権は,被爆の事実,疾病の事実を確定する
のに不確定要素を伴うけれど,いったん健康管理手当を受給する認定を受
けた後は,権利を行使する前提となる事実に不確定な要素は含まれていな
いから,上記認定を受けた事実だけで権利行使が可能であって,権利の性
質に照らして,その行使に現実的支障があるということはできない。
()控訴人らの主張は,権利の性質を問題とすることなく,権利行使の困3
,。,難さをいうものであって時効の起算日の主張としては理由がないまた
F訴訟の1審判決が言い渡された平成13年6月1日を消滅時効の起算日
,,。とする主張についても控訴人らの認識を基礎とするもので理由がない
以上,本件健康管理手当支給請求権の消滅時効の起算点は,同手当の各
支給月の末日ごとである。
2争点()(時効期間)について2
()被控訴人は,本件健康管理手当支給請求権には,地方自治法236条1
1項が適用され,その消滅時効の期間は5年間であると主張する。これに
対し,控訴人らは,同請求権には同条項が適用されず,民法167条1項
により,その消滅時効の期間は10年間であると主張する。
()健康管理手当支給請求権は,旧原爆特別措置法ないし被爆者援護法に2
基づく普通地方公共団体に対する金銭債権であって,その性質は私法上の
債権ではなく公法上の債権であるから,民法は適用されずに地方自治法2
36条1項が適用されると解すべきである。そうすると,本件健康管理手
当支給請求権の消滅時効期間は5年間というべきである。
3争点()(時効の停止事由)について3
()控訴人らは,前記のとおり,402号通達が存在していたために,司1
法による救済を求めて時効を中断することが著しく困難であったから,民
法158条以下の規定の法意に照らして,同通達が廃止された平成15年
3月1日まで消滅時効の効果は生じていない旨主張する。
()この点,時効の停止を事実上の権利行使の困難な場合にまで拡張して2
解釈するかはともかく,訴えの提起が法律上禁止されていないというだけ
で,控訴人らが本件健康管理手当の支給を求めて提訴しなかったことを事
実上,主観的事情にすぎないとするのは,控訴人らに酷と感じられる。
しかし,控訴人らは平成15年3月1日以前に本訴を提起しているので
あって,402号通達が存在する間は消滅時効の効果が生じないというこ
とはできない。
4争点()(時効援用の信義則違反,権利濫用)について4
()本件健康管理手当支給請求権は,普通地方公共団体に対する権利で,1
金銭の給付を目的とするから,地方自治法236条2項が適用され,時効
の援用の意思表示が不要となるか問題となる。
この点,訴訟においては,時効の援用を要求することで,当事者の主張
を明確にして,訴訟手続の安定をはかる必要があるから(弁論主義,地)
方自治法236条2項は実体法上の援用を不要とする趣旨であり,訴訟上
の援用はなお必要と解することはできる。しかし,訴訟上の援用が要求さ
,,,れる趣旨が弁論主義にある以上その援用が信義に反し濫用となるのは
弁論主義を没却させるような訴訟上の事由に限られると解され,本件で控
訴人らが主張する事由はこれら訴訟上の事由には当たらないというべきで
あり,この趣旨の控訴人らの主張は理由がない。
()しかしながら,援用が不要である場合にも信義則違反,権利濫用の問2
題は生じると解するのが相当である。その理由は次のとおりである。
ア援用が不要であるということと信義則,権利濫用の制約に服するとい
うことは別の問題である。
イ時効の「援用」が信義則に反したり,権利の濫用となると考えるので
あれば,その前提として「援用」が存在しなければならない。しかし,
「援用」は「自己に有利な)事実ないし法律関係を主張すること」,(
,,,という意味であって時効主張の一部を構成するにすぎず信義則違反
権利濫用の主張が「援用」の効果を消滅させるとする論理的必然性はな
く,時効の主張全体に対して信義則違反,権利濫用の主張で対抗するこ
とができると考えることは可能であると思われる。
ウ援用をしたときは信義則の制約に服するのに,援用がないときは信義
則の適用を受けないというのは均衡を失する。これを地方自治法236
条2項についてみれば,信義則に反すると認められる具体的状況下で,
当該債権債務が私法上の債権債務であれば,その援用が信義則に反して
許されないのに,当該債権債務が公法上の債権債務であれば,時効の効
果を享受することができるというのは,公平を失し,正義に反する結果
を認めることとなる。
エ地方自治法236条2項は,時効の利益の放棄を自由に認めると,普
通地方公共団体の債権債務の関係をいつまでも不確定にするため,時効
の利益を確定的に享受すべきこととする趣旨であり,併せて会計担当官
等による恣意の防止,公平の確保を目的とするものと考えられる。そう
であるとすれば,援用を不要とした上で,信義則,権利濫用の適用を認
めても,時効の援用が不要という原則に変わりはないから,上記の立法
趣旨に反することにはならないというべきである。
()被控訴人の時効主張は信義則に反し,権利の濫用に当たり,許されな3
いというべきである。その理由は,次のとおりである。
ア402号通達は,旧原爆医療法の被爆者について,当該被爆者が日本
国に居住も現在もしなくなることにより,当然に被爆者たる地位を喪失
するとの解釈を前提に,旧原爆特別措置法を解釈する点で誤りであり,
その後に制定された被爆者援護法の解釈としても妥当しない。その理由
は次のとおりである。
(ア)旧原爆医療法2条の被爆者は,同条各号の一に該当する者で,被
爆者健康手帳の交付を受けたものをいい,日本国に居住又は現在する
ことを法文上の要件としていない。ただし,被爆者健康手帳の交付を
受けようとする者は,その居住地又は現在地の都道府県知事に申請し
なければならないことを根拠に(同法3条,申請の際には日本国に)
,,現在することが必要であるとの見解もありうるがかかる見解からも
日本を出国した場合にいったん取得した被爆者の地位を喪失させる規
定はないから,法文上,日本に現在することが被爆者の地位の要件で
あると解釈することは相当ではない。
(イ)旧原爆医療法は,社会保障法としての性格のみならず,実質的に
国家補償的配慮が制度の根底にあることは否定できない。そして,被
爆者援護法もまた,その成立経緯や前文からみて,社会保障と国家補
償との双方の性格を併有すると解すべきであるから,社会保障法であ
ることを根拠にして,日本に居住も現在もしない者には被爆者援護法
が適用されないと解釈することは相当ではない。
そして,402号通達は上記のとおり,正当な法律の解釈を誤ったも
のであって,国家補償的配慮から認められた被爆者の権利を,長期間に
わたり否定してきたのであり,本件に地方自治法236条2項を適用す
ることは,その奪われた権利を回復する道を閉ざすものであって,著し
く正義に反するといわなければならない。
イ控訴人らが権利を行使することができなかったのは,被控訴人が支給
義務があるのに,402号通達に従って本件健康管理手当を支給しなか
ったためであり,被控訴人が控訴人らの権利行使を妨げたのと同視する
ことができる。
()なお,被控訴人は,控訴人らが訴えを提起することが法律上可能であ4
ったとして,F訴訟等の代理人と本件代理人の一部が共通であることを指
摘するけれど,控訴人らが同代理人に本件訴訟を委任した時期は前記訴訟
とは異なるし,被控訴人指摘の点が上記()の結論を左右するものではな3
い。
そうすると,被控訴人の消滅時効の抗弁は理由がなく,本件健康管理手
当支給請求はいずれも理由がある。
5結論
以上のとおり,控訴人らの請求はいずれも理由があるから,認容すべきで
あり,これと異なる原判決は不当であるから取り消して,これら請求をいず
れも認容し,仮執行の宣言は相当でないから付さないこととし,主文のとお
り判決する。
広島高等裁判所第4部
裁判長裁判官草野芳郎
裁判官山本和人
裁判官山口浩司

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激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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