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平成14年5月17日判決言渡平成13年(ワ)第13363号損害賠償請求事件
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求の趣旨
  被告は,原告に対し,金2313万4900円及びこれに対する平成11年1
1月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,検査のために被告の経営するD病院に入院していた原告が,病院5階トイ
レの出入口スロープ部分が水に濡れていたため滑って転倒し,左大腿骨頚部骨折の
傷害を受けたとして,主位的に,土地工作物の設置又は保存の瑕疵による不法行為
に基づき,予備的に,原告が本件事故当時独力で院内を安全に歩行することが困難
な状態にあったにもかかわらず,夜間の独力歩行をさせたという注意義務違反及び
睡眠薬(ハルシオン)を継続投与する際の観察看護義務違反を理由とする債務不履
行又は不法行為に基づき,被告に対し,損害賠償を求めた事案である。
 1 争いのない事実等
(1)ア 被告は,健康保険法に基づく健康保険組合であり,D病院(以下「被告病
院」という。)を設置して,被告病院の施設等を所有している(争いのない事
実)。
イ 原告は,昭和5年12月19日生まれであり,平成11年11月13日当時,
68歳であった(争いのない事実)。
(2) 原告は,同月8日,嚥下障害を訴え,被告病院の診察を受け,食道がんの検査
のために,被告病院の別紙図面斜線部分表示の5階西側の大部屋(619号室)に
入院し,同月9日及び10日,胃カメラ撮影等の検査を受けた(争いのない事実,
甲7,乙1)。
(3) 原告は,同月10日及び12日午後9時ころ,看護婦に不眠を訴えて,睡眠薬
(ハルシオン)各1錠の投与を受けた(争いのない事実,乙1,証人E)。
(4) 原告は,同月13日午前1時ころ,被告病院5階において転倒し,左大腿骨頸
部骨折の傷害を受けた(以下「本件事故」という。)(争いのない事実)。
(5) 原告は,同月22日,人工骨頭置換手術を受けた。その後,原告は,被告病院
においてリハビリ等を行うとともに,同年12月22日,胃カメラ撮影等の検査の
結果発見された胃ガンの治療のため,幽門側胃切除術を受け,平成12年1月30
日に被告病院を退院した(争いのない事実,乙1)。
(6) 原告には,左股関節の機能障害(人工骨頭)の後遺障害が残り,原告は,同年
2月15日に身体障害程度等級4級の認定を受けた(争いのない事実)。
2 争点
(1) 本件事故が生じたのは,被告病院の施設の設置又は保存の瑕疵に基づくものか
(原告は,右手に点滴用スタンドを持った状態で,被告病院トイレの出入口スロー
プ部分が水に濡れていたために転倒したか。)。
(2) 被告に,原告の夜間の独力歩行を避けさせるべき注意義務違反があったか。
(3) 被告に,ハルシオンを継続投与する際の観察看護義務違反があったか。
  (4) 原告の損害額(判断の必要がなかった。)
 3 争点についての主張
(1) 本件事故が生じたのは,被告病院の施設の設置又は保存の瑕疵に基づくものか
(原告は,右手に点滴用スタンドを持った状態で,被告病院トイレの出入口スロー
プ部分が水に濡れていたために転倒したか。)。
(原告の主張)
ア 被告病院5階西側のトイレ(以下「本件トイレ」という。)の出入口(別紙図
面<ア>表示の部分)は,長さ2メートル,高さ約20センチメートルのスロープに
なっており,手すり等はつけられていない。
イ 原告は,平成11年11月13日午前1時ころ,尿意を感じ目を覚まして,ベ
ッドから起きて右手に点滴用スタンドを持った状態で本件トイレへ歩いて行った。
ウ 原告は,小用を終えて本件トイレの出入口のスロープ部分を歩いていたとき,
スロープ部分が水で濡れていたため,左足が滑ってその場に転倒した。その状況
は,原告の右足が廊下へかかった際に,スロープ上にあった左足が滑って後ろへ大
きくとられ,いわゆる股裂き状態となって,ばたんという大きな音と共に,右手に
は点滴スタンドを持ったまま,体は前へ倒れる形となって転倒したものであった。
なお,原告は,当時,被告病院の売店で購入したスリッパを履いており,そのスリ
ッパは特に滑りやすいものではなかった。
エ 原告が滑って転倒したのは,本件トイレの出入口のスロープ部分が水に濡れて
いたこと,スロープ部分に手すりがつけられておらず,また,滑りにくい床材とな
っていなかったことによるものであり,被告病院の施設の保存又は設置の瑕疵に基
づくものである。
(被告の主張)
ア 原告は,右手に点滴用スタンドを持った状態で本件トイレの出入口スロープ部
分で転倒したのではない。原告が転倒したのは,原告の病室から廊下に抜ける通路
部分(別紙図面<イ>表示の部分,以下「本件通路部分」という。)においてであ
る。
イ 本件事故当時,原告に対して点滴は行われていなかったし,本件トイレの出入
口スロープ部分は,水で濡れていなかったし,その傾斜も緩やかであり,スロープ
の高さに関する原告の主張は誤っている。原告が滑って転倒したのは,被告病院の
施設の保存又は設置の瑕疵に基づくものではない。
(2) 被告に,原告の夜間の独力歩行を避けさせるべき注意義務違反があったか。
(原告の主張)
ア 原告は,本件事故当時,68歳という高齢であり,被告病院に入院後本件事故
発生までの間,食道運動異常症,びまん性食道けいれん等により,食事摂取が困難
となって,点滴で栄養補給をしており,体力低下及び栄養状態の変調を来していた
上に,本件事故前日の午後9時ころ就寝前に睡眠薬(ハルシオン)を処方されてい
た。
  このような原告の年齢及び体力の低下状況に加えて,睡眠薬を投与していたこ
とからすると,原告は,本件事故当時,夜間独力で被告病院内を安全に歩行するこ
とが困難な状態にあった。
イ 被告は,原告との診療契約に付随する安全保護義務ないし不法行為上の注意義
務として,入院患者である原告が,被告病院内で安全な療養生活を過ごすことがで
きるように管理する義務を負うところ,原告がアのとおり,夜間独力で被告病院内
を安全に歩行することが困難な状態にあったのであるから,被告には,原告に対し
尿意を感じたときは尿瓶を使用させ,あるいは,ナースコールをさせるなどして,
原告の夜間の独力歩行を避けさせるべき注意義務があった。
ウ しかるに,被告は,原告に対して,尿瓶を使用させる等の特段の措置をとら
ず,上記注意義務を怠った結果,原告は夜間独力でトイレに行こうとして転倒し,
本件事故が生じた。
(被告の主張)
ア 原告は,被告病院入院後,全身状態向上を目的として点滴がされていたが,食
事をほぼ全量摂取しており,点滴によって栄養補給をしなければならないほど栄養
状態は悪化していなかったし,本件事故までは日中自由に歩き回っており,意識状
態も清明で歩行状況に何ら問題はなかった。また,原告は,平成11年11月10
日午後9時ころ就寝前にハルシオンを服用した際にも何ら問題を生じていなかっ
た。
イ 原告が主張する事情は,原告が病院内を独力で安全に歩行できたか否かとは無
関係の事情である。
ウ 以上のとおり,原告は,本件事故当時,嚥下障害等を訴えるほかは通常人と全
く異なるところがなかったのであるから,被告において,かかる原告に対しハルシ
オンを処方したからといって,夜間の独力歩行をさせてはならないという注意義務
を負うことはない。
(3) 被告に,ハルシオンを継続投与する際の観察看護義務違反があったか。
(原告の主張)
ア 原告に投与されたハルシオンは,超短期作用型の睡眠薬であり,副作用とし
て,中途覚醒時の出来事を覚えていないなどの一過性前向性健忘,もうろう状態,
ふらつき並びにけん怠感及び脱力感等の筋緊張低下症状等が指摘されており,看護
上,患者の言動を十分に観察する必要がある。また,めまい,ふらつき等は,用量
依存的に出現するため,少量から開始し,患者の観察を十分に行い,増量は慎重に
すべきであり,継続投与は避けるべきとされている。さらに,副作用の生じやすい
高齢者や衰弱患者には,慎重投与とされている。
イ 原告は,当時68歳の高齢者であり,食事摂取困難により体力が低下していた
のであるから,ハルシオンを投与する場合には,服用後に「もうろう」や「ふらつ
き」という副作用が発現する可能性があることを念頭に置いて,服用後の患者の言
動を十分に観察すべき注意義務があり,また,継続的に投与すれば,めまい,ふら
つき,健忘等が出現しやすくなるのであるから,安易な継続投与は避け,やむをえ
ず継続的に投与する場合には,患者の状態及び症状等の異常の有無を十分に検討す
べき注意義務があった。
ウ 被告は,原告に対し,平成11年11月10日及び12日と連続的にハルシオ
ンを投与したが,同月12日の投与後には特に注意して原告の状態を観察看護すべ
きであり,中途覚醒時には副作用が生じる可能性が高いのであるから,最低限夜中
に目が覚めた場合にナースコールをさせる等の対応が必要であったのに,原告の状
態について,何の注意も払っておらず,上記注意義務を怠った。
エ 被告の上記注意義務違反により,原告は,同月13日午前1時ころ,中途覚醒
し,ハルシオンの副作用であるもうろう,ふらつき及び筋緊張低下等の影響で,被
告病院内で転倒したため,本件事故が生じた。
(被告の主張)
原告は,平成11年11月10日のハルシオン投与の際にも何らの問題点を生じて
いなかったし,2回のハルシオン投与は,同薬において避けるべきとされる連続投
与には当たらず,被告において,患者の状態及び症状等の異常の有無を十分に検討
すべき注意義務を怠った過失は認められない。
  (4) 損害額
   (原告の主張)
ア 治療関係費     6万7020円
イ 付添看護費    43万4500円
ウ 入院雑費     10万2700円
エ 自動車購入費   24万5000円
オ 休業損害    149万6225円
カ 逸失利益    788万9455円
キ 慰謝料    1080万円
ク 弁護士費用   210万円
第3 当裁判所の判断
1 争点1(本件事故が生じたのは,被告病院の施設の設置又は保存の瑕疵に基づ
くものか。)
 (1) 原告は,右手に点滴用スタンドを持った状態で,本件トイレの出入口スロー
プ部分が水に濡れていたために転倒したこと,転倒後,そのままの姿勢で自室に向
かって這って戻ろうとしたが,本件トイレ出入口前のホールにおいて立ち上がろう
とした際にバランスを失って,右手でつかんでいた点滴スタンドを倒してしまい,
その物音に気付いた同室の入院患者F(以下「F」という。)らに助けられ,自室
のベッドまで運んでもらったこと,被告病院の者によって,転倒時にスロープ部分
の水によって濡れてしまったパジャマのズボンを交換してもらったことなどを主張
し,原告本人もこれに沿う供述及び陳述(甲11)をし,原告の妻であるGも,原
告が本件事故が起きた翌朝に同様の話をしていたと陳述する(甲12)。
  そして,証拠(甲8,乙1)によれば,被告病院の平成11年11月15日付
け転科転棟患者申し送り書には,原告について,「11.13.1:30頃トイレ
歩行時転倒」との記載があり,同年12月8日付け転科転棟患者申し送り書にも,
同様に「H11.11.13,5F病棟で,トイレ歩行中転倒にて受傷」との記載
があることが認められ,これらの記載からすると,原告の転倒場所は,本件トイレ
の出入口スロープ部分であると認められないわけではない。
(2) しかし,証人Fは,物音を聞いて原告を助けに行った同室の患者であるが,原
告が転倒していたのを確認した地点は,本件通路部分の辺りであり,原告は,右足
をまっすぐ前に投げ出し,左足を後ろにして膝を曲げて尻が床についた姿勢で病室
の方に向かって座っていたこと,原告は,その際,点滴をしておらず,寝ぼけたよ
うなぼやっとした様子をしており,声をかけると,原告が,ちょっとここで転んで
しまったと述べたことを証言し,さらに,原告の転倒に気づいたのは,壁にどすん
と何かがぶつかったような音がしたためであり,金属音ではなかったこと,原告を
ほかの患者と2人で病室の原告のベッドまで連れて行ったが,その後まもなく,原
告が再びベッドから出て,本件トイレの中で服部看護婦に片腕を支えられていたの
を見つけ,原告がし
ゃがみ込んだため,原告を1人で抱き上げてトイレの外に連れだし,そこから駆け
つけてくれた患者と2人で原告のベッドにまで連れて行ったこと,原告のパジャマ
のズボンは濡れていなかったことを証言し,同様の陳述(乙3)をしている。
 また,証人Eは,被告病院看護婦であるが,本件事故発生後,ナースコールで呼
ばれたところ,原告が本件通路部分に右足を前に投げ出し,左足を後ろにして,両
足を広げた状態で座っていたこと,Fとほかの患者1名がその場にいたこと,Fら
の協力によりベッドに原告を戻した後,Eが原告の求めに応じて病室を出て尿器を
取りに行っている間に,原告は,再び1人で歩いて本件トイレに向かってしまい,
Eは,これを止めきれなかったため,原告に付き添って,原告を本件トイレまで連
れて行ったものの,原告は,排尿を始める前に力が抜けて座り込むような状態にな
ったこと,Eは,原告を支えきれなくなってナースコールで服部看護婦を呼んだ
が,服部看護婦の指示で車椅子を取りに行っている間に,Fらが原告をベッドに連
れて行ったこと,原告
のパジャマのズボン及び本件トイレのスロープ部分は濡れていなかったこと,本件
事故当時,原告には点滴は処方されていなかったが,本件事故後,血圧が低下した
ため,午前2時以降に点滴をしたことなどを証言し,同様の陳述(乙4)をしてい
る。
(3)ア 証拠(乙1)によれば,原告の入院中の看護記録の平成11年11月12日
午後11時から翌13日午前8時の欄には,原告が,午前1時,619号室前の廊
下に座り込んでいて,他の患者からナースコールがあった,原告は急に足がふらふ
らしたと述べていた,ベッドへ安静臥床させた後に原告がまた1人で歩き出してし
まい,トイレでうずくまってしまった,午前1時血圧78/58,午前1時40分
血圧90/82という趣旨の記載がされていることが認められる。
イ 上記証人F及び証人Eの各証言は,おおむね一致しており,その内容が具体的
かつ詳細であり,本件事故直後の看護記録の記載内容とも合致していること,両者
とも本件事故当時,就寝前で覚醒しており,誤解や勘違いをしたことも考えにくい
こと,Fは,本件事故について全く利害関係を有しない第三者であり,その証言の
信用性は高いことなどから,両名の証言は,十分信用することができるといわなけ
ればならない。
ウ これに対し,証拠(乙1)によれば,原告の入院中のカルテの平成11年11
月15日欄には,「11月13日朝病棟にて転倒 本人記憶がないと」との記載が
されていることが認められ,かかる事実からは,原告は,平成11年11月15日
の時点では,本件事故当時の状況について記憶がないと述べていたことが認められ
るし,また,原告のパジャマのズボンが濡れていたことについても,原告は,当
初,被告病院の賄いの女性がパジャマの上下を取り替えてくれたと陳述していた
(甲11)が,被告から本件事故が起こった深夜の時間帯には賄いの女性はいない
との指摘を受けて,原告本人は,誰に着替えさせて貰ったか記憶がないと供述を変
更するなどしているのであり,原告の前記(1)記載の供述及び陳述の各内容は,信用
し難いものがある。
  そして,前記(1)に判示した転科転棟患者申し送り書の各記載についても,トイ
レに行く途中で転倒した趣旨とも理解することができ,必ずしもトイレ内を歩行中
に転倒が生じたことを意味するものではないから,これらの記載が原告本人の供述
を裏付けるものであるとは認められない。
  さらに,原告が本件事故時に点滴を受けていたか否かについても,証拠(甲
9,10,乙1)によれば,原告は,平成12年12月21日から同月31日の
間,2000ミリリットルの点滴を24時間かけて投与されていたこと,本件事故
前日にも同様に2000ミリリットルの点滴を受けていたことが認められるが,一
方,(甲9,10,乙1,4,5,証人E,証人H)によれば,平成12年12月
21日からの入院注射処方箋(甲9)には,2000ミリリットルの点滴を24時
間かけて投与する旨の時間の指定がされているのに対し,本件事故前の入院注射処
方箋(乙1)には,時間の指定がないこと,平成11年12月21日から同月31
日までの間は,原告が人工骨頭置換手術を受ける直前直後のことであって,手術直
後には手術による出血,
侵襲によって循環状態が不安定になることから,特に指示をして24時間かけて点
滴を行ったものであること,これに対し,特別の事情がない場合には,500ミリ
リットルの点滴1本につき,2,3時間で滴下するのが通常であり,2000ミリ
リットルの点滴は,午前9時ころに始めて就寝前には終了すること,本件事故前に
は特別の事情はなかったことが認められ,これらの事実からすると,原告が本件事
故当時点滴を受けていたことを裏付ける客観的証拠も存在せず,原告本人の供述及
び陳述の各内容は採用することができない。
(4) 以上の検討によれば,(1)に判示した原告本人の供述及び陳述の各内容並びに
Gの陳述内容は,採用することができず,(2)に判示した証人F及び同Eの証言は,
信用できると認められるから,原告は,右手に点滴用スタンドを持った状態で,本
件トイレの出入口スロープ部分が水に濡れていたために転倒したと認めることはで
きず,本件通路部分で転倒したと認められる。
  そして,原告から本件通路部分における設置又は保存の瑕疵についての具体的
主張はないし,本件全証拠によるも,本件通路部分の設置又は保存に瑕疵があった
と認めることができないから,被告病院の施設の設置又は保存の瑕疵に基づき本件
事故が発生したとの原告の主張は認められない。
2 争点2(被告に,原告の夜間の独力歩行を避けさせるべき注意義務違反があっ
たか。)
(1) 前記第2,1に認定した各事実及び証拠(甲7,8,乙1,5,7,証人H,
証人E)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 原告は,当時68歳の高齢であったが,被告病院への入院前後はタクシー運転
手として勤務していた。原告は,平成11年11月3日ころから嚥下困難,食餌の
経口摂取困難を訴え,同月8日午前11時ころ,独力で歩いて被告病院に来院し,
食道がんの検査のため入院した。
イ 原告は,入院時の診察で嚥下困難,食道運動異常症,びまん性食道痙攣と診断
され,入院当日の原告の入院診療計画として,食事摂取困難時の栄養は,点滴で補
うため管理をすることとされていた。
ウ 原告の栄養状態は,入院当日の血液化学検査によれば,トータルプロテイン値
が6.6とわずかに基準値(6.7ないし8.3)よりも低いほかは,アルブミン
及び総コレステロール値も基準数値の範囲内であり,特に異常はなかった。
エ 原告は,入院当初,嚥下困難があったため,流動食と1日2000ミリリット
ルの点滴を指示されていたが,点滴は,流動食によるカロリー摂取の不足を補うも
のであり,食事の摂取については,入院当日の同月8日に昼食として副食(ポター
ジュ)を2分の1摂取し,夕食として牛乳1本を摂取しただけであったが,翌9日
には昼食を2分の1程度,夕食には主食を全量,副食を3分の1摂取した。同月1
0日には昼食は全く食べていないが,朝食及び夕食は全量摂取し,同月11日及び
同月12日には全量摂取した。同日の診察では,原告から食物の通り具合がよいと
の話があったので,夕食から流動食が5分がゆに切り替えられた。
オ 原告は,被告病院入院中,日中は病院内を自由に歩き回っており,意識状態も
清明で,歩行状況に何ら問題はなかった。
カ 原告は,同月10日に不眠を訴え,睡眠薬ハルシオン1錠の投与を受けたが,
翌朝看護婦に対しよく眠れたと話しており,ハルシオンの投与に問題点はなかっ
た。原告は,本件事故が起こった前日の午後9時ころハルシオン1錠の投与を受け
ていた。
(2) 以上の事実によれば,原告は,入院当日ころまでは摂食困難な状態にあった
が,独力で歩行することに支障はなく,栄養状態も入院時から悪くなかったこと,
入院後点滴を受けていたが,流動食によるカロリー摂取の不足を補うためのもので
あり,また,入院後次第に食事の摂食量が増えて,本件事故直近の同月12日の夕
食には5分がゆを食べられるまでに回復していたこと,原告は,入院後も,日中は
病院内を自由に歩き回っており,その行動からは原告の歩行に特に注意すべきよう
な点は存しなかったこと,ハルシオンの投与についても,同月10日の使用時に特
に異常が生じていなかったことが認められる。
このような原告の状態を考えると,原告が68歳という高齢であること及び睡眠薬
であるハルシオンを投与したことを考慮しても,平成11年11月12日の原告が
就寝する時点において,原告が夜間独力で被告病院内を安全に歩行することが困難
な状態にあると被告において予測することはできなかったと認められるし,原告に
対し,尿瓶を使用させ,あるいは,ナースコールをさせるなどして,夜間の独力歩
行を避けさせるべき注意義務があったとは認めることはできない。
よって,この点の原告の主張も認められない。
3 争点3(被告に,ハルシオンを継続投与する際の観察看護義務違反があった
か。)
(1) 証拠(甲13,乙5,6の1,2,証人H)及び弁論の全趣旨によれば,以下
の事実が認められる。
ア ハルシオンは,超短期作用型とされる催眠・鎮静薬であり,一般的な睡眠導入
剤として広く病院において使用されており,その効果は,服用後3,4時間程度持
続する。
   イ 治療薬マニュアル(甲13)には,ハルシオンについて,高齢者には1
回0.125ミリグラムから0.25ミリグラムまでに使用量が制限されているこ
と,高齢者及び衰弱者について慎重投与とされ,後者については副作用が現れやす
いこと,注意として,反応に個人差があり,眠気,めまい,ふらつき及び健忘等は
用量依存的に出現するので,少量(1回0.125ミリグラム以下)から開始し,
観察を十分に行い,増量は慎重に行うこと,不眠症に対する投与は,継続投与を避
け,短期間にとどめ,やむを得ず継続投与する時は定期的に患者の状態,症状等の
異常の有無を十分確認すること,不眠症には就寝直前に服用させることが記載さ
れ,重大な副作用として,中途覚醒時の出来事を覚えていないなどの一過性前向性
健忘が0.12パーセ
ントの割合で生じ,もうろう状態が0.05パーセントの割合で生じること,その
他の副作用として,ふらつき,めまい,転倒,倦怠感,脱力感等が生じることがあ
ること,看護上の注意として,服薬後にもうろう状態が生じ,起床後に前夜の行動
について健忘が起こり得ることを念頭に,患者の言動を観察することなどの記載が
ある。
ウ 被告病院は,外来患者に対してハルシオンを処方する場合に,各患者に対し,
①アルコールとの併用を避けること,②就寝の直前に服用すること,③車の運転や
危険の伴う機械の操作等には十分気をつけること,④就寝後短時間で起きて仕事等
をする可能性のある場合には服用しないこと,⑤用量を自分の判断で増やさないこ
となどの注意をしている。
  (2) 原告は,まず,被告病院が原告に対し,ハルシオンを継続的に投与したと
主張するが,前記2(1)カに認定したとおり,原告は,平成11年11月10日と同
月12日の2回ハルシオンの投与を受けただけであり,証拠(証人H)によれば,
ハルシオン使用の際に避けるべき継続投与とは,月単位ないし年単位にわたる投与
のことをいうと認められるから,原告に対するハルシオンの2回の投与が継続投与
に当たらないことは明らかである。
  (3) 次に,原告は,原告が当時68歳の高齢者であり,食事摂取困難により体
力が低下していたこと,ハルシオンの服用後にもうろうやふらつきという副作用が
発現する可能性があることから,被告には,服用後の患者の言動を十分に観察すべ
き注意義務があり,最低限夜中に目が覚めた場合にナースコールをさせる等の対応
をさせる注意義務があると主張する。
    しかしながら,前記2に認定したとおり,原告は,当時68歳という高齢
ではあったが,栄養状態等が特に悪化していたわけではなく,また,衰弱していた
とも認められず,証拠(乙1,6の1,2,証人E,証人H)によれば,被告病院
は,原告に対し,ハルシオンを1錠投与したことが認められ,治療薬マニュアルが
定めた高齢者に対する投与量を超えて投与したとは認められない。
    そして,前記(1)アウのとおり,ハルシオンは,一般的な睡眠導入剤とし
て,不眠を訴える患者に対し広く使用されており,被告病院が外来患者に対してハ
ルシオンを出す場合にも前記ウに記載した注意をするにとどまり,服用後短時間で
目が覚めた後に1人で動き回らないことやトイレに行く場合には付添が必要である
などの指示をしているわけではないことが認められ,かかる被告病院の取扱いが不
適切であると認めるべき証拠もない。
    また,前記2(1)カに認定したとおり,原告には,平成11年11月10日
にハルシオンを投与しているが,その際,原告には何ら異常は認められなかった。
  これらの事情からすると,前記(1)ウのとおり,ハルシオンには,一般的に,め
まい,ふらつき,中途覚醒時の出来事を覚えていないなどの一時的健忘,筋緊張低
下及び転倒等の副作用が生じる可能性があるとされていることが認められるが,被
告病院において,原告にそのような副作用が生じることを具体的に予測できたとは
いえず,通常の入院患者に対する観察看護義務を超えて,ハルシオン投与後の原告
の行動を観察すべき注意義務があったとは認められないし,また,夜中に目が覚め
た場合にナースコールをさせる等の対応をさせる注意義務があったとも認められな
い。したがって,被告にそれらの注意義務違反があったということはできない。
よって,この点に関する原告の主張も認められない。
4 結論
以上のとおり,原告の本訴請求は,いずれも理由がないからこれを棄却することと
し,訴訟費用の負担につき,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決す
る。
   東京地方裁判所民事第34部
                     裁判長裁判官   前田 順司
                        裁判官   池町 知佐子
                        裁判官   増尾 崇

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すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
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採用担当宛