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平成22年11月10日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成22年(行ケ)第10104号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成22年10月13日
判決
原告昭和電工株式会社
同訴訟代理人弁護士尾崎英男
日野英一郎
被告Y
同訴訟代理人弁理士松井光夫
村上博司
加藤由加里
主文
1特許庁が無効2009−800152号事件につ
いて平成22年3月2日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文1項と同旨
第2事案の概要
本件は,原告らが,下記1のとおりの手続において,下記2の訂正後の発明に係
る特許を無効とした別紙審決書(写し)記載の本件審決(その理由の要旨は下記3
のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案で
ある。
1特許庁における手続の経緯
(1)原告は,発明の名称を「洗浄剤組成物」とする特許第4114820号(平
成8年7月24日出願,同20年4月25日設定登録。請求項の数は,後記訂正の
前後を通じ,全2項である。)に係る特許権(以下「本件特許」という。)を有す
る者である(甲1)。
(2)被告は,平成21年7月13日付けで,本件特許について,特許無効審判を
請求し,無効2009−800152号事件として係属し,原告は,同手続中で,
同年10月5日付けで,特許請求の範囲を訂正する旨の請求をした(甲2)。以下,
これを「本件訂正」といい,本件訂正後の請求項1に係る発明を「本件発明1」,
同請求項2に係る発明を「本件発明2」といい,これらを併せて「本件発明」,そ
の訂正に係る明細書(甲1,2)を「本件明細書」という。
(3)特許庁は,平成22年3月2日,本件訂正を認めた上,本件特許を無効とす
る旨の本件審決をし,同月12日,その謄本を原告に送達した。
2本件発明の要旨
本件発明の要旨は,次のとおりである。
(1)本件発明1:水酸化ナトリウム,アスパラギン酸二酢酸塩類及び/またはグ
ルタミン酸二酢酸塩類,及びグリコール酸ナトリウムを含有し,水酸化ナトリウム
の配合量が組成物の0.1∼40重量%であることを特徴とする洗浄剤組成物
(2)本件発明2:水酸化ナトリウムを5∼30重量%,アスパラギン酸二酢酸塩
類及び/またはグルタミン酸二酢酸塩類を1∼20重量%,グリコール酸ナトリウ
ムをアスパラギン酸二酢酸塩類及び/またはグルタミン酸二酢酸塩類1重量部に対
して0.1∼0.3重量部含有する請求項1記載の洗浄剤組成物
3本件審決の理由の要旨
(1)本件審決の理由は,要するに,本件訂正を認めた上で,本件発明は,下記ア
及びイの引用例1及び2に記載された発明(以下,それぞれ「引用発明1」及び「引
用発明2」という。)並びに下記ウないしオの周知例1ないし3に記載された周知
技術などに基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本
件発明に係る特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,同法
123条1項2号の規定により無効にすべきものである,というものである。
ア引用例1:特開昭50−3979号公報(甲3)
イ引用例2:ドイツ国特許公開公報第4240695号(平成6年(1994
年)6月9日公開。甲4)
ウ周知例1:特開平7−238299号公報(甲5)
エ周知例2:特開昭59−133382号公報(甲6)
オ周知例3:特表平5−502683号公報(甲8)
(2)なお,本件審決が認定した引用発明1並びに本件発明1と引用発明1との一
致点及び相違点,本件発明2と引用発明1との一致点及び相違点は,次のとおりで
ある。
引用発明1:モノクロル酢酸とアミノジカルボン酸であるグルタミン酸のジナト
リウム塩とをアルカリ性水性媒体中で反応させることによりアミノジカルボン酸の
アミノ基の窒素にカルボキシメチル基を結合させて得られるN,N−ビス(カルボ
キシメチル)グルタミン酸のナトリウム塩60重量%と,二次的反応により生成す
るグリコール酸ナトリウムを12重量%含有する無毒性,非汚染性かつ生物学的易
分解性の金属イオン封鎖剤組成物
(本件発明1との対比)
ア一致点:アスパラギン酸二酢酸塩類及び/又はグルタミン酸二酢酸塩類並び
にグリコール酸ナトリウムを含有する組成物である点
イ相違点
(ア)相違点1:本件発明1が「洗浄剤組成物」であるのに対し,引用発明1は
「金属イオン封鎖剤組成物」である点
(イ)相違点2:本件発明1が,水酸化ナトリウムを含有し,「水酸化ナトリウ
ムの配合量が組成物の0.1∼40重量%」と規定されているのに対し,引用発明
1は,水酸化ナトリウムを含有することについて規定されていない点
(本件発明2との対比)
ア一致点:グリコール酸ナトリウムをグルタミン酸二酢酸塩類1重量部に対し
て0.2重量部含有する組成物である点
イ相違点
(ア)相違点1’:本件発明2が「洗浄剤組成物」であるのに対し,引用発明1
は「金属イオン封鎖剤組成物」である点
(イ)相違点2’:本件発明2が,水酸化ナトリウムを含有し,「水酸化ナトリ
ウムの配合量が5∼30重量%,アスパラギン酸二酢酸塩類及び/又はグルタミン
酸二酢酸塩類を1∼20重量%含有する」と規定されているのに対し,引用発明1
は,水酸化ナトリウムを含有することについて規定されておらず,しかもグルタミ
ン酸二酢酸塩類が60重量%である点
4取消事由
(1)相違点1及び1’についての判断の誤り(取消事由1)
(2)相違点2及び2’についての判断の誤り(取消事由2)
(3)本件発明の作用効果についての判断の誤り(取消事由3)
第3当事者の主張
1取消事由1(相違点1及び1’についての判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)本件発明における洗浄剤組成物
本件審決は,引用例1にその利用対象として「牛乳製品製造工業への利用」の記
載があり,金属イオン封鎖剤組成物が洗浄剤として使われることから,引用発明1
の「金属イオン封鎖剤組成物」を「洗浄剤組成物」とすることは当業者が容易に想
到し得ると判断した。
しかしながら,金属イオン封鎖剤(キレート剤)が一般的に洗浄剤の成分として
用いられるということと,引用発明1の特定の組成を有する「金属イオン封鎖剤組
成物」をそのままの組成で,しかも,水酸化ナトリウムによる高アルカリ条件下で
「洗浄剤組成物」の成分として用いることが当業者にとって容易に想到できるかど
うかとは別である。
すなわち,引用発明1において,グリコール酸ナトリウムは,グルタミン酸二酢
酸塩類等の製造に当たって副生成物として生成されるものであって,洗浄剤成分又
は洗浄剤成分の洗浄力を向上させる成分としても認識されていない。引用例1には,
グリコール酸ナトリウムがキレート作用や洗浄力の向上に有用であるとの記載は存
在せず,特許請求の範囲の記載には金属イオン封鎖剤組成物にグリコール酸ナトリ
ウムが含まれることが発明に必須の構成要件として明記されておらず,むしろ,グ
リコール酸ナトリウムを生成する反応が生じないことが望ましく,そのような反応
をできるだけ抑えるようにpHを8ないし10に保持して反応を行うこと,反応を
70ないし100℃の温度で行うこととの反応条件を設定すること,目的生成物の
純度を95%以上とするために精製を行うこととの記載がある。
このように,引用発明1の「金属イオン封鎖剤組成物」には,グルタミン酸二酢
酸塩類等だけでなく,反応副生成物であるグリコール酸ナトリウムが含有されてい
る。周知例1や引用例1の「牛乳製品製造工業への利用」の記載を根拠として,引
用発明1の金属イオン封鎖剤であるグルタミン酸二酢酸塩類を洗浄剤組成物の成分
とすること自体は,当業者にとって容易であっても,グルタミン酸二酢酸塩類のほ
か,12重量%のグリコール酸ナトリウムを含有している引用発明1の金属イオン
封鎖剤組成物をそのまま洗浄剤組成物とすることは,当業者にとって容易と判断す
ることはできない。
(2)グルコール酸ナトリウムの含有
ア本件審決は,引用発明1の「金属イオン封鎖剤組成物」を「洗浄剤組成物」
とする際に,副生成物であるグリコール酸ナトリウムを除去したものとするかどう
かを検討し,引用発明1は,「組成物」の発明であって,「化合物」単体の発明で
ないから,副生成物であるグリコール酸ナトリウムを含んだ形の発明となっている
などと形式的な判断をする。
しかしながら,引用発明1は,グリコール酸ナトリウムが高アルカリ条件の下で
グルタミン酸二酢酸塩類の洗浄力を向上させることを教示しているものではないか
ら,引用発明1をみた当業者がグリコール酸ナトリウムを含む金属イオン封鎖剤組
成物を高アルカリ条件下でそのまま洗浄剤組成物に用いることを容易とするもので
はない。
イまた,本件審決は,引用例1には,N,N−ジカルボキシメチルアミノ酸誘
導体の収率を上げるためにグリコール酸ナトリウムを副生させないようにすること
が記載されているが,グリコール酸ナトリウムがN,N−ジカルボキシメチルアミ
ノ酸誘導体の金属イオン封鎖性を阻害するとは記載されていないから,グリコール
酸ナトリウムを製造後に取り除く理由は見当たらないとし,そのことは,引用例1
の実施例4で,洗濯用洗剤の原料が化合物名である「N,N−ビス(カルボキシメ
チル)グルタミン酸」ではなく,「本発明の金属イオン封鎖剤組成物」(“OS1”
で表される)」となっていることからも裏付けられるとする。
しかしながら,実施例4は,金属イオン封鎖剤組成物を添加することによって石
鹸による布の洗浄効果が向上することを示した実験であって,金属イオン封鎖剤組
成物自体が硬表面に付着した汚れを洗浄する効果を調べているものではなく,OS
1を高アルカリ条件下で洗浄作用を有する洗浄剤組成物に用いることができること
を示唆するものではない。
ウグリコール酸は酸性条件で用いられる洗浄剤成分であるから,本件発明のよ
うに特別の意図がなければ,高アルカリ条件下で洗浄剤組成物の成分として用いら
れることはない。実施例4のグリコール酸ナトリウムはアルカリ性条件下で存在す
るが,グリコール酸ナトリウムのキレート能力は非常に弱いことが知られているか
ら,グリコール酸ナトリウムをアルカリ条件下で洗浄剤として用いることはない。
そのような状況の下では,グリコール酸ナトリウムが金属イオン封鎖剤組成物の
金属イオン封鎖性を阻害することが積極的に記載されていないから,当業者はグリ
コール酸ナトリウムをアルカリ性条件下の洗浄剤組成物の洗浄剤成分として用いる
ことを容易に想到することはできない。
〔被告の主張〕
(1)本件発明における洗浄剤組成物
原告は,引用発明1において,グリコール酸ナトリウムは,グルタミン酸二酢酸
塩類等の製造に当たって副生成物として生成されるものであって,洗浄剤成分又は
洗浄剤成分の洗浄力を向上させる成分としても認識されていないと主張する。
しかしながら,引用例1によると,OS1と呼ばれる金属イオン封鎖剤組成物が
グリコール酸ナトリウム12重量%を含有し,それがそのまま実施例4で使用され
ている。この金属イオン封鎖剤組成物OS1が,引用例1に記載されている「牛乳
製品製造工業への利用」においては,「グリコール酸ナトリウムを除去してから使
用される」と限定して解釈すべき理由はない。そして,組成物の成分の作用がどう
であれ,組成物それ自体を異ならしめるものではなく,引用例1においても,本件
発明においても,グルタミン酸二酢酸塩類等の製造に当たって,副生成物として生
成されたグリコール酸ナトリウムを含有する反応混合物をそのままで使用している
ことに違いはない。
(2)グルコール酸ナトリウムの含有
ア原告は,引用発明1がグリコール酸ナトリウムを除去したものとするかどう
かについての本件審決の判断を形式的な理由付けと主張する。
しかしながら,本件審決は,引用例1の記載を検討した上で,実質的に相違して
いるとはいえないと判断したものである。
本件発明においては,反応混合物に副生成物として含まれるグリコール酸ナトリ
ウムを格別に分離せず,反応混合物をそのまま使用しているだけであり,また,グ
リコール酸ナトリウムは,牛乳製品製造工業の装置におけるカルシウムの除去のた
めのキレート剤として働くことさえ公知であって,反応混合物からグリコール酸ナ
トリウムを殊更に除去しなければならない理由がないばかりか,むしろグリコール
酸ナトリウムを含有させたままでの混合物を使用する積極的な理由さえある。
イ引用例1には,グルタミン酸二酢酸塩ナトリウム塩を精製することも記載さ
れているが,実施例4のとおり,精製せずに反応混合物OS1を,そのまま金属イ
オン封鎖剤組成物として使用することも記載されている。
原告は,引用例1の実施例4は,石鹸による布の洗浄効果を調べているにすぎな
いと主張する。
しかしながら,引用例1には,実施例4のみが記載されているものではなく,金
属イオン封鎖剤組成物に係る発明が記載されているところ,その用途として本件発
明と同じく「牛乳製品製造工業」が記載されているのであって,しかも,その課題
に関し,無毒性,非汚染性かつ生物学的易分解性の金属イオン封鎖剤組成物を提供
するものとしているから,本件発明の総合的に生分解性を有すとの課題と重複する
ものである。また,本件発明1は,石鹸などの界面活性剤を含有することを排除し
ていない。
ウ原告は,グリコール酸は酸性条件で用いられる洗浄剤成分であるから,本件
発明のように特別の意図がなければ,高アルカリ条件下で洗浄剤組成物の成分とし
て用いられることはないと主張する。
しかしながら,グルコン酸及びグリコール酸は,除去される対象物によって,ア
ルカリ性で使用されたり,酸性で使用されたりし(甲13,乙1),グルコン酸及
びその塩は,カルシウムの場合,pH1ないし11の範囲ではキレート能力は弱い
が,強アルカリ性で強くなり,9%苛性ソーダ(=水酸化ナトリウム)溶液で最高
となるとされ,また,ヒドロキシ酢酸(=グリコール酸)が,酪農装置の乳石の除
去,金属の酸洗い,ボイラーの化学洗浄に使用されている(乙1)。そして,カル
シウム(乳石の主成分)のキレート生成はアルカリ性で行われることから(乙1),
グリコール酸による酪農装置の乳石の除去はアルカリ性で行われると解され,その
場合,グリコール酸はグリコール酸ナトリウムとなる。
引用例1には,グルタミン酸二酢酸塩類とグリコール酸を含有する金属イオン封
鎖剤組成物OS1が記載され,その金属イオン封鎖作用はpH8ないし11におい
て最大となることが記載されているから,最大を望まなければpH11超とするこ
とは容易に想到され,また,pH11超にしたことによる格別の効果もないもので
ある。そして,引用例2において,アスパラギン酸二酢酸塩類又はグルタミン酸二
酢酸塩類を含む洗浄剤組成物は,乳石の除去に有効であり,該組成物のpHは水酸
化ナトリウムで8ないし14とされることが記載されているが,そこまで希望する
ものでなければ,アスパラギン酸二酢酸塩類又はグルタミン酸二酢酸塩類を含む金
属イオン封鎖剤組成物をpH8ないし14として使用することは,容易に想到され
る。
2取消事由2(相違点2及び2’についての判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)水酸化ナトリウムの含有
本件発明1が「水酸化ナトリウムの配合量が組成物の0.1∼40重量%」と規
定するのは,本件発明の3成分系として,「アスパラギン酸二酢酸塩類及び/又は
グルタミン酸二酢酸塩類」及び「グリコール酸ナトリウム」に「水酸化ナトリウム」
を加えて高アルカリ条件下に置くことを意味している。
他方,引用例1には,水酸化ナトリウムを含有する旨の記載はなく,実施例4に
は,炭酸ナトリウムが含有されているが,これは実験系のpHを8ないし11の弱
アルカリ性に調整することのみを目的とするのものである。
(2)引用例2等との関係
本件審決は,相違点2について,引用例2及び周知例1ないし3を根拠にして,
各種工業プロセスの硬表面の洗浄に用いられるエチレンジアミンテトラ酢酸塩(E
DTA),ニトリロ三酢酸塩,ヒドロキシエチルイミノジ酢酸塩,グルコン酸塩等
の金属イオン封鎖剤を含む洗浄剤組成物において,水酸化ナトリウムをその成分と
することは,周知の技術であるとする。
しかしながら,EDTA塩類を主成分とする洗浄剤組成物に水酸化ナトリウムを
加えることが周知技術であるとしても,少なくとも本件発明1の成分であるアスパ
ラギン酸二酢酸塩類とグルタミン酸二酢酸塩類とのキレート剤(金属イオン封鎖剤)
を主成分とする洗浄剤組成物に水酸化ナトリウムを加えることが周知技術に含まれ
るものではなく,まして,アスパラギン酸二酢酸塩類及び/又はグルタミン酸二酢
酸塩類とグリコール酸ナトリウムの2成分に加えて,水酸化ナトリウムを0.1な
いし40重量%の配合量として高アルカリ条件とすることが,キレート剤を主成分
とする洗浄剤組成物における周知技術であるということはできない。
引用例2及び周知例1ないし3は,EDTAのもつ環境問題に対応するために,
環境問題を生じないキレート剤(金属イオン封鎖剤)を試みている文献の中から,
水酸化ナトリウムを添加する記載のある文献を探し出したもので,水酸化ナトリウ
ムの使用を一般化できるような周知技術を開示するものではない。
例えば,引用例2は,「一般式Iのイミド二酢酸誘導体」という広い範囲の錯体
形成剤を開示し,アスパラギン酸二酢酸塩類及び/又はグルタミン酸二酢酸塩類を
含む洗浄剤組成物が実施例として具体的に記載されているものではない。しかも,
引用例2には界面活性剤が必須成分として含まれており,引用例2の洗浄剤組成物
に水酸化ナトリウムが2∼50重量%配合されることが記載されているからといっ
て,それが,引用発明1の金属イオン封鎖剤組成物に対して水酸化ナトリウムを加
えた洗浄剤組成物とすることの教示を当業者に与えるものではない。
そして,これらのことは,本件発明2に係る相違点2’について同様である。
〔被告の主張〕
(1)水酸化ナトリウムの含有
原告は,高アルカリに技術的意義があると主張する。
しかしながら,本件明細書の表1によると,実施例及び比較例のすべてにおいて,
アルカリ剤は水酸化ナトリウムだけであり,しかもその濃度は5wt%のみである。
したがって,pH11超(水酸化ナトリウム0.1重量%近辺)とpH11以下と
の効果上の違いは不明であって,弱アルカリ(pH11以下)に対する高アルカリ
の技術的な利点は主張・立証されていない。
むしろ,原告が審判時に提出した審判請求理由を述べた書面(乙3)では,シュ
ウ酸カルシウムに対するキレート作用に関し,EDTA4Na(比較物質)はpH
8ないし14のアルカリ全域においてほぼ理論値のC.V.値(キレート力値)を
示したが,GLDA4Na(グルタミン酸二酢酸4ナトリウム)及びASDA4N
a(アスパラギン酸二酢酸4ナトリウム)は弱アルカリ域において急激にC.V.
値が低下しているとするが,同書面の表2によると,pH8においてC.V.値が
低く,pH9以上ではほぼ同じであって,pHを9ないし14では結果に大差がな
く,高アルカリであるpH11超に限定することの意味がない。
また,原告は,同書面において,「例えば,本発明者が追試したところでは,「ア
スパラギン酸二酢酸塩」または「グルタミン酸二酢酸塩」はpHが13を超える強ア
ルカリとすると,炭酸カルシウムに対するキレート能力が大幅に低下することが分
かっている。」と記載しており,本件発明1について,上限40重量%としたこと
と矛盾する。
(2)引用例2等との関係
原告は,引用例2には,アスパラギン酸二酢酸塩類又はグルタミン酸二酢酸塩類
が実施例で具体的に記載されていない旨を主張するが,実施例の記載のみが引用発
明2の開示ではない。また,原告は,引用例2には界面活性剤が必須成分として含
まれていると主張するが,本件明細書【0009】によると,本件発明も,成分と
して界面活性剤を排除するものではない。
3取消事由3(本件発明の作用効果についての判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)本件発明の相乗効果
ア本件審決は,本件発明の水酸化ナトリウムに基づく効果について,汚れ中の
有機質を分解させ,アルカリ土類金属塩類の洗浄効果を上げることができるとの効
果についてだけ検討し,これを当業者が容易に予測し得るものとし,次いで,本件
発明全体の効果について,引用発明1は,本件発明と同じく,アスパラギン酸二酢
酸塩類及び/又はグルタミン酸二酢酸塩類並びにグリコール酸ナトリウムを含有す
るものであるから,その2つの成分に基づく本件発明が奏する作用効果は,引用発
明1も当然に有するとして,引用例1,引用例2に記載の技術及び周知技術に基づ
いて得られた発明も,エチレンジアミン四酢酸含有洗浄剤と同等の洗浄効果を奏す
ることは,当業者の予測の範囲内であるとした。
しかしながら,本件審決には,本件発明の3成分による相乗効果を全く無視した
誤りがある。
イ引用発明1には,アスパラギン酸二酢酸塩類及び/又はグルタミン酸二酢酸
塩類並びにグリコール酸ナトリウムの2成分しか含まれておらず,EDTAと比較
した洗浄能力の記載も存在しない。本件発明の3成分による相乗効果は,3成分が
そろわないと発揮されないものであり,当業者は,2成分からなる引用発明1から
本件発明における3成分系の相乗効果を予測し得ない。
(2)引用発明等との対比
ア本件明細書には,水酸化ナトリウムとアスパラギン酸二酢酸塩類及び/又は
グルタミン酸二酢酸塩類並びにグリコール酸ナトリウムとの3成分の組合せによっ
て,EDTA塩類のような環境問題を生じることなく,EDTA塩類を主成分とす
る洗浄剤組成物と同等の洗浄力を有する洗浄剤組成物の発明が開示されている。
イ他方,引用発明1や引用発明2には,アスパラギン酸二酢酸塩類及び/又は
グルタミン酸二酢酸塩類が開示されていても,本件発明の見いだした知見の示唆は
存在しない。引用発明1にはグリコール酸ナトリウムが含有されているが,高アル
カリ条件の水酸化ナトリウムが存在しない。反対に,引用発明2には,グリコール
酸ナトリウムが含有されていない。
ウ本件審決は,本件発明の解決手段とその作用効果を知ったことから,グリコ
ール酸ナトリウムを含んだ引用発明1の金属イオン封鎖剤組成物そのものに水酸化
ナトリウムを加えて高アルカリ条件とするという,当業者の技術常識と相反する組
合せによって,EDTAを含有する洗浄剤組成物と同等の洗浄力が得られると判断
するものであって,本件発明を知らない本件出願日当時の当業者は,引用発明1を
見ても,引用発明1に含まれるグリコール酸ナトリウムが高アルカリ条件の下でグ
ルタミン酸二酢酸塩類の洗浄力を,EDTAを含有する洗浄剤組成物と同等にまで
向上させるという顕著な作用効果を示すことは知り得なかった。そして,本件発明
におけるグリコール酸ナトリウムの作用効果を知り得ない当業者にとっては,引用
発明1の金属イオン封鎖剤組成物を,不要な副生成物であり,かつ,酸洗浄剤であ
るグリコール酸(ナトリウム)を含んだまま,水酸化ナトリウムによって高アルカ
リ条件とする動機付けがない。
エなお,被告は,米国特許第3,639,279号公報(公開日:昭和47年
(1972年)2月1日。乙2)を挙示し,カルシウムを除去するための特定のキ
レート剤とともにグリコール酸ナトリウムを用いると,キレート剤の作用を阻害し
ないどころか,相乗効果を達成することが知られていたと主張する。しかしながら,
乙2は,本件審判で引用された引用発明ではなく,周知慣用技術を開示するもので
もない上に,乙2には,グリコール酸ナトリウムと他のキレート剤との混合物の実
験結果は示されておらず,混合物の記載があるのは,グリコール酸アンモニウムと
ジグリコール酸アンモニウムの混合物のみであり,しかも,グリコール酸アンモニ
ウムのみの実験データが記載されていないので,グリコール酸アンモニウムとジグ
リコール酸アンモニウムの混合物に相乗効果があるのかさえも不明であって,同公
報は参考にならない。
〔被告の主張〕
(1)本件発明の相乗効果
ア原告は,本件審決の判断には,本件発明の3成分による相乗効果を全く無視
した誤りがあると主張する。
イしかしながら,有機質汚れの洗浄については,本件明細書【0008】に,
「汚れ中の有機質を分解させ」との語があるのみである。本件明細書の比較例及び
実施例をみると,洗浄効率は,いずれも無機物である石灰岩及び珪藻土を除去する
機能であって,これは,キレート剤自体の周知の作用であり,また,キレート効果
がアルカリ性環境で生じることも周知であって,引用例1及び2においてもアルカ
リ性とされている。
したがって,原告主張に係る効果の裏付けが本件明細書,特に実施例になく,そ
れにもかかわらず効果が推認されるというのなら,その効果は進歩性を推認させる
に足りないものである。有機物の分解は格別の効果ではなく,周知例1に記載のと
おり,キレート剤と水酸化ナトリウムからなる界面活性剤を含まない洗浄用組成物
により,脂肪性の人工汚垢が除去されることは公知である。
(2)引用発明等との対比
アグリコール酸ナトリウムは,アスパラギン酸二酢酸塩類及びグルタミン酸二
酢酸塩類の公知の製造過程において生成するものである。典型的な例において,引
用例1において,アスパラギン酸二酢酸塩類及びグルタミン酸二酢酸塩類の公知の
製造過程で得られた反応混合物である金属イオン封鎖剤組成物OS1は,12重量
%のグリコール酸ナトリウムを含有している。
本件発明においても,反応後の反応混合物には5重量%の副生成物であるグリコ
ール酸ナトリウムが含有され,引用例1と同じく,反応混合物に副生成物として含
まれるグリコール酸ナトリウムを格別に分離せずに,反応混合物をそのまま使用し
ているだけである。
そして,グリコール酸ナトリウムは,本件発明における公知のアスパラギン酸二
酢酸塩類及びグルタミン酸二酢酸塩類などと同じく,金属イオン封鎖剤(錯体形成
剤:キレート剤)として公知である(乙1)。
イまた,キレート能力は,温度に影響されるが,特にpHによる影響が大きく,
一般に重金属類は中性から酸性領域でよくキレートされるが,Caのようなアルカ
リ土類金属類は中性からアルカリ性領域でキレート能力が大となること,ヒドロキ
シ酢酸は,グリコール酸ともいわれ,酪農装置の乳石の除去,金属の酸洗い,ボイ
ラーの化学洗浄に使用されている(乙1)。
ウ以上のとおり,グリコール酸は,キレート剤として知られ,酪農装置の乳石
の除去に使用されるところ,乳石とは,牛乳に含まれるカルシウムを主成分とし,
その除去は,引用例1における「牛乳製品製造工業への利用」と同じであり,また,
カルシウムとのキレート能力は中性からアルカリ性で大となるものであるから,酪
農装置の乳石の除去は,中性からアルカリ性で行われ,グリコール酸はグリコール
酸ナトリウムとなっていることは明白であって,グリコール酸ナトリウムが,酪農
装置の乳石の除去においてキレート剤として有効であることは知られていた。
エしたがって,反応混合物からグリコール酸ナトリウムを殊更に除去しなけれ
ばならない理由がないばかりか,むしろグリコール酸ナトリウムを含有させたまま
での混合物を使用する積極的な理由さえある。
米国特許第3,639,279号公報(乙2)によると,石膏付着物(硫酸カル
シウム)を表面から除去するために用いる組成物が,ジグリコール酸の塩(表Ⅰに
おいてナトリウム塩)と水酸化ナトリウムとのpH6ないし14の水溶液であるこ
と,該組成物にグリコール酸塩を更に加えると,相乗効果が出て,より多い重量の
石膏が溶解されること,すなわち,カルシウムを除去するための特定のキレート剤
とともにグリコール酸ナトリウムを用いると,キレート剤の作用を阻害しないどこ
ろか,相乗効果を達成することが知られていた。
オ原告は,その主張に係る「相乗効果」について,審判において言及していな
かったものであって,審決取消訴訟において「相乗効果」との主張をすることが許
されるべきではない。
また,本件明細書において,相乗効果は【0005】に一言あるのみであり,水
酸化ナトリウムとグリコール酸ナトリウムのみの場合のデータがないなど,相乗効
果を裏付ける記載,特にデータがない。相乗効果とは,物質Aによる効果と物質B
による効果の和と,物質AとBとを一緒に用いた場合の効果とを対比して始めて判
断できるものであって,本件明細書の記載では,相和効果か相乗効果かの判断がで
きない。また,原告は,水酸化ナトリウムについても相乗効果があると主張するが,
すべての実施例・比較例において水酸化ナトリウム5重量%であるので,対比例が
なく,相乗効果を判断できない。
カ本件発明に仮に相乗効果があったとしても,単なる効果の発見である。引用
例1において,アスパラギン酸二酢酸塩又はグルタミン酸二酢酸塩の製造において
できた反応混合物には12重量%のグリコール酸ナトリウムが含有されており,反
応混合物OS1をそのまま金属イオン封鎖剤として使用することが記載されている
のであるから,仮にグリコール酸ナトリウムによる相乗効果を見いだしたとしても,
これは,単なる効果の発見であり,発明の構成をすること自体は容易である。相乗
効果は,引用発明1の金属イオン封鎖剤組成物OS1に本来的に存在しているもの
である。
キ原告による実験報告書(甲15)によると,原告主張に係る相乗効果はpH
11ないし13の範囲で認められ,同報告書の図1によると,pH14ではもはや
グリコール酸ナトリウムが存在しても,しなくても結果は同じとなる。また,本件
明細書の実施例5において,水酸化ナトリウムの量を本件発明1の上限である40
重量%にするとpHは14を超えるから,少なくとも上限40重量%近傍では相乗
効果がないことになる。
加えて,原告は,審判段階において,本発明者が追試したところでは,「アスパ
ラギン酸二酢酸塩」または「グルタミン酸二酢酸塩」はpHが13を超える強アルカ
リとすると,炭酸カルシウムに対するキレート能力が大幅に低下することが分かっ
ていると主張していた(乙3)。
これらの点からすると,本件発明1には,原告の主張に係る相乗効果がない範囲
も含まれていることになるから,相乗効果を本件発明特有の効果とすることは不合
理である。
ク仮に本件特許を無効にしないと,競業他社は,引用例1の教示に従って製造
したアスパラギン酸二酢酸塩あるいはグルタミン酸二酢酸塩の反応混合物OS1で
ある「金属イオン封鎖剤組成物」からグリコール酸ナトリウムを除去しなければな
らなくなってしまい,著しく不合理である。
第4当裁判所の判断
事案にかんがみ,まず,取消事由2から判断することとする。
1取消事由2(相違点2及び2’についての判断の誤り)について
(1)引用発明1の内容
ア引用発明1は,前記第2の3(2)のとおり,モノクロル酢酸とアミノジカルボ
ン酸であるグルタミン酸のジナトリウム塩とをアルカリ性水性媒体中で反応させる
ことによりアミノジカルボン酸のアミノ基の窒素にカルボキシメチル基を結合させ
て得られる「N,N−ビス(カルボキシメチル)グルタミン酸のナトリウム塩」6
0重量%と,二次的反応により生成する「グリコール酸ナトリウム」を12重量%
含有する無毒性,非汚染性かつ生物学的易分解性の金属イオン封鎖剤組成物である。
イそこで,引用発明1の金属イオン封鎖剤の組成物である「N,N−ビス(カ
リボキシメチル)グルタミン酸のナトリウム塩」と「グリコール酸ナトリウム」と
の関係についてみると,引用例1には,次の記載がある。
①「本発明は無毒性,非汚染性かつ生物学的易分解性の金属イオン封鎖剤組成物
を提供するものであり」(2頁左上欄12∼14行),②「本発明によれば,N,
N−ジカルボキシメチルアミノ酸の誘導体を含有する生物学的易分解性の金属イオ
ン封鎖剤組成物は,モノクロル酢酸とアミノジカルボン酸のジナトリウム塩とをア
ルカリ性水性媒体中で反応させることによりアミノジカルボン酸のアミノ基の窒素
原子にカルボキシメチル基を結合させることにより製造される。本発明を実施する
にあたってはアミノジカルボン酸としてグルタミン酸とアスパラギン酸を使用する
ことが特に好ましい。」(2頁右上欄6∼15行),③「本発明による反応はアル
カリ性水性媒体中での置換反応であり,つぎの図式で表される〔反応式(1)参照〕」
(2頁左下欄3∼4行),④「アミノジカルボン酸のアミノ基を2個のカルボキシ
メチル基により置換した誘導体を高収率で得ることが困難である本質的原因の一つ
は,モノクロル酢酸が加水分解することである。すなわちこの二次的反応によりグ
リコール酸ナトリウムが生成する〔反応式(2)参照〕。従ってこの欠点を防止するた
めには(1)式の反応が行われ,(2)式の反応が起こらないように,遊離のモノクロル
酢酸の存在下で前記の置換反応を行いかつアルカリ性化合物のみを徐々に添加する
ことが必要である。」(2頁左下欄8行∼右下欄5行)
ウ上記引用例1の記載によると,引用発明1に係る金属イオン封鎖剤組成物は,
反応式(1)で生成される「N,N−ビス(カルボキシメチル)グルタミン酸のナトリ
ウム塩」と,反応式(2)で生成される「グリコール酸ナトリウム」とを組成物とする
が,反応式(1)によってアミノジカルボン酸のアミノ基を2個のカルボキシメチル基
により置換した誘導体であるN,N−ビス(カルボキシメチル)グルタミン酸のナ
トリウム塩を高収率で得ることが困難である原因の1つとして反応式(2)に係る「二
次的反応」によりグリコール酸ナトリウムが生成されてしまうことが掲げられ,そ
のために,(1)の反応は行われるが,(2)の反応は起こらないようにする必要がある
というのであるから,引用発明1に係る金属イオン封鎖剤組成物にあっては,その
組成物である「N,N−ビス(カルボキシメチル)グルタミン酸のナトリウム塩」
が必須の成分であって,その組成物である「グルタミン酸ナトリウム」は,当該金
属イオン封鎖剤の効果を発生させるにおいて必要のないものであるばかりか,かえ
って,必須の成分である「N,N−ビス(カルボキシメチル)グルタミン酸のナト
リウム塩」を高収率で生成し得ない原因の1つであるというのであるから,引用発
明1は,専ら「N,N−ビス(カルボキシメチル)グルタミン酸のナトリウム塩」
による金属イオン封鎖作用を発揮させるような金属イオン封鎖剤組成物の発明とい
うことができる。
(2)引用発明2の内容
引用例2の記載によると,引用発明2は,乳製品加工における装置洗浄等に用い
る水性アルカリ性洗浄剤組成物で,一般式Ⅰのイミド二酢酸誘導体を配合し,水酸
化ナトリウム等のアルカリ金属の水酸化物を2ないし50重量%を配合し,一般式
Ⅰのイミド二酢酸誘導体の選択肢(d)は,アスパラギン酸−またはグルタミン酸−N,
N−二酢酸に該当することから,アスパラギン酸−またはグルタミン酸−N,N−
二酢酸を含有する水性アルカリ性洗浄剤組成物で,成分として水酸化ナトリウムを
含有する技術のものであり,その水酸化ナトリウムを2∼50重量%配合するもの
であって,このようなアルカリと錯体形成剤とを硬表面の洗浄のための有効成分と
して用いるものということができる。
(3)周知例1ないし3の各内容
周知例1ないし3には,グルコンサン塩,ヒドロキシエチルイミノジ酢酸塩,エ
チレンジアミンテトラ酢酸塩,ニトリロ三酢酸,エチレンジアミンテトラ酢酸塩等
の金属イオン封鎖剤を含む洗浄剤組成物を,硬表面の洗浄のための有効成分として
用いる技術が記載されている。
したがって,金属イオン封鎖剤を含む洗浄剤組成物を硬表面の洗浄のための有効
成分として用いることは周知技術ということができる。
(4)本件発明について
ア本件明細書には,水酸化ナトリウム5wt%,グルタミン酸二酢酸四ナトリ
ウム塩2.5wt%,グルタミン酸二酢酸四ナトリウム塩との関係でグリコール酸
ナトリウム0.3wt比を組成とする実施例6と,水酸化ナトリウム5wt%,グ
ルタミン酸二酢酸四ナトリウム塩2.5wt%を組成とし,グルコール酸ナトリウ
ムは検出されない比較例3とを対照すると,洗浄効率の光沢度評価において,実施
例6につき,人工汚垢板であるガラス板が91%,同SUS(ステンレス鋼)板が
93%,比較例3につき,同ガラス板が71%,同SUS板が73%,洗浄効率の
目視評価において,実施例6につき,同ガラス板及びSUS板が5段階評価(1:
ほとんど汚れが落ちていない∼5:ほぼ汚れが落ちている)においていずれも4,
比較例3につき,同ガラス板及びSUS板が同5段階評価においていずれも3との
成績が得られたとの記載がある(【0016】【0020】【0022】及び表1)。
イ以上の本件明細書の記載によると,実施例6は,水酸化ナトリウムを5重量
%,アスパラギン酸二酢酸塩類及び/またはグルタミン酸二酢酸塩類に該当するも
のであるグルタミン酸二酢酸四ナトリウム2.5重量%を含有し,グリコール酸ナ
トリウム/グルタミン酸二酢酸四ナトリウムの重量比が0.3のものであり,本件
発明の洗浄剤組成物に該当するものであって,他方,比較例3は,実施例6と同量
の水酸化ナトリウム及びグルタミン酸二酢酸四ナトリウムを含むが,グリコール酸
ナトリウムを含有しない点で,実施例6と異なるものである。
そして,実施例6の洗浄剤組成物の洗浄効率が光沢度評価において91及び93
%,目視評価においていずれも4であるのに対し,比較例3の洗浄剤組成物の洗浄
効率が光沢度評価において71及び73%,目視評価においていずれも3であると
いうように,その洗浄効果に違いがある以上,実施例6の洗浄剤組成物は,少なく
ともグリコール酸ナトリウムを配合したことにより,その洗浄効果が有意に高まる
との作用効果を生じたものということができ,本件発明に係る洗浄剤組成物は,グ
リコール酸ナトリウムを必須の組成物とする発明であるといわなければならない。
(5)引用発明2等の引用発明1への適用
ア上記(1)のとおり,引用発明1は,N,N−ビス(カルボキシメチル)グルタ
ミン酸のナトリウム塩を組成物とする金属イオン封鎖剤組成物であるところ,この
N,N−ビス(カルボキシメチル)グルタミン酸のナトリウム塩は,引用発明2に
おけるアスパラギン酸−またはグルタミン酸−N,N−二酢酸と成分において共通
するものである。
イそして,引用発明1と引用発明2とその技術分野をみてみると,引用例1に
は,金属イオン封鎖剤組成物をその金属イオン封鎖組成物が硬表面に付着した汚れ
自体に作用して洗浄する旨の記載はないのに対し,引用発明2は,アルカリと錯体
形成剤とを硬表面の洗浄のための有効成分として用いるものであるとの違いがある
が,上記(3)のとおり,金属イオン封鎖剤を含む洗浄剤組成物を硬表面の洗浄のため
の有効成分として用いることは周知技術であるということができるものであるから,
引用発明1も,洗浄作用という技術分野に係る発明であって,引用発明2と技術分
野を同じくするものということができる。
ウしかしながら,引用発明2は,グリコール酸ナトリウムを組成物とする金属
イオン封鎖剤組成物の発明ではなく,また,引用発明1も,その発明に係る金属イ
オン封鎖剤組成物には,グリコール酸ナトリウムが含まれているとはいえ,前記(1)
ウのとおり,当該金属イオン封鎖剤組成物にとって,グリコール酸ナトリウムは必
須の組成物ではなく,かえって,その必要がない組成物にすぎないのである。
そうすると,一般的に,金属イオン封鎖剤を含む洗浄剤組成物を硬表面の洗浄の
ための有効成分として用いることとし,その際に引用発明1に引用発明2を組み合
わせて引用発明1の金属イオン封鎖剤に水酸化ナトリウムを加えることまでは当業
者にとって容易に想到し得るとしても,引用発明1の金属イオン封鎖剤組成物にと
って必須の組成物でないとされるグリコール酸ナトリウムを含んだまま,これに水
酸化ナトリウムを加えるのは,引用例1にグリコール酸ナトリウムを生成する反応
式(2)の反応が起こらないようにする必要があると記載されているのであるから,阻
害要因があるといわざるを得ず,その阻害要因が解消されない限り,そもそも引用
発明1に引用発明2を組み合わせる動機付けもないというべきであって,その組合
せが当業者にとって容易想到であったということはできない。
2結論
以上の次第であるから,その余の取消事由について検討するまでもなく,本件発
明に進歩性がないとした本件審決は取り消されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官滝澤孝臣
裁判官本多知成
裁判官荒井章光

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