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令和2年7月29日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成27年(行ウ)第77号遺族補償年金等不支給処分取消請求事件
口頭弁論終結日令和2年2月13日
判決
当事者の表示別紙1「当事者目録」記載のとおり5
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求10
1豊田労働基準監督署長が原告に対し平成24年10月30日付けでした労働
者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の各処分を
いずれも取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
第2事案の概要15
本件は,トヨタ自動車株式会社(以下「本件会社」という。)に勤務していたa(以
下「本件労働者」という。)の妻である原告が,本件労働者が平成22年●月●日頃
に自殺した(以下「本件自殺」という。)のは本件会社における過密・過重な業務,
上司からの継続的なパワーハラスメント(以下「パワハラ」という。)によって本件
労働者がうつ病を発病した結果であり業務に起因すると主張して,豊田労働基準監20
督署長(以下「処分行政庁」という。)に対して労働者災害補償保険法(以下「労災
保険法」という。)に基づく遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ,処分
行政庁から,平成24年10月30日付けで,本件自殺は業務に起因するものとは
認められないとして,遺族補償給付及び葬祭料をいずれも支給しない旨の処分(以
下「本件各処分」という。)を受けたため,被告に対し,本件各処分の取消しを求め25
た事案である。
1前提事実(末尾に証拠等を掲げた事実以外は当事者間に争いがない。)
⑴当事者等
ア原告は,本件労働者(昭和44年●月●日生まれ)の妻であり,本件自殺
当時,本件労働者の収入により生計を維持していた。
イ本件会社は,自動車の製造等を目的とする株式会社であり,平成21年35
月末時点で,従業員数は約7万人(受入出向者を含む。),資本金は3970
億5000万円であった。本件会社は,自動車等の生産拠点として,国内に
複数の工場を有しているほか,海外にも多数の会社を設立している。(乙6
4の13及び16)
⑵本件労働者の業務内容等10
ア本件労働者は,高等専門学校機械工学科を卒業後の平成2年4月,本件会
社に入社し,各種研修を受けるなどした。(乙31,32)
イ本件労働者は,平成2年10月1日,第1生技部ドライブトレーン生産技
術室に配属されてから平成17年1月1日に異動になるまで,CVJ
(ConstantVelocityJointの略であり,ドライブシャフト又は等速ジョイント15
ともいわれる。前輪駆動車のエンジンの動力をタイヤにつなぐ製品である。
以下同じ。)の加工及び組付の生産準備業務に従事した。なお,本件会社にお
いて生産準備業務とは,設計部署からの図面に基づき,各工場における生産
設備の準備(設備の新設と既存の設備の改造がある。)を行う業務をいう。
(乙32,33,82の2)20
ウ本件労働者は,平成17年1月1日,b工場製造エンジニアリング部製造
技術室に異動し,プロペラシャフト生産工場維持管理業務等に従事した。(乙
32)
エ本件労働者は,平成19年1月1日,ドライブトレーン生技部(後に「駆
動・シャシー生技部」に名称が変更されたが,以下では,名称変更の前後を25
問わず,「ドライブトレーン生技部」という。)ドライブライン計画室に異動
するとともに主任に昇格し,再度,CVJの生産準備業務に従事した。なお,
ドライブトレーン生技部は,駆動及びシャシー系の生産準備業務を担当する
部であり,同部の下には各「室」が設けられ,各「室」の下には10名前後
の各「グループ」が設けられている。ドライブライン計画室は,CVJ,デ
ィファレンシャル,プロペラシャフト等の自動車の足回りの部品の生産設備5
に係る生産準備業務を担当していた。(乙12,25の1及び2,乙32,8
2の2)
オ本件労働者は,ドライブライン計画室の中でもCVJの生産準備業務を担
当する5グループ(後に「4グループ」に名称が変更されたが,以下では,
名称変更の前後を問わず,「5グループ」という。)の主任として,平成2010
年4月頃から平成21年9月下旬まで,本件会社のb工場における新型プリ
ウスのCVJ生産に係る生産準備業務に従事した(以下,新型プリウスに関
連する上記業務を「新型プリウス関連業務」という。)。(甲A45,乙12,
25の1及び2,乙33,71,82の2,弁論の全趣旨)
カ本件労働者は,平成21年9月下旬頃から,中華人民共和国(以下「中国」15
という。)に所在しCVJ等を生産するTianjinFengjinAutoPartsCo.,Ltd.(天
津豊津汽車伝動部件有限公司。以下「TFAP」という。)における新型カロ
ーラ及び新型カムリのCVJ生産に係る生産準備業務並びにCVJに関す
るTFAPから本件会社に対する問合せの窓口業務等に従事した(以下,T
FAPに関連する上記業務を「TFAP関連業務」という。)。(甲A45,乙20
32,33,64の16,乙82の2)
キ本件労働者は,平成21年から平成22年の本件自殺までの間,前記のほ
か,主なところでは,以下の業務に従事した。
ドライブトレーン生技部では,部全体の取組として,3年後,5年後,
10年後の業務のイメージ作りを各業務について行うこととなり(以下,25
これに関連する業務を「2020年ビジョン関連業務」という。),本件労
働者は,平成21年5月頃から同年12月まで,CVJ生産ラインに関し
て検討するチームの取りまとめ役として,部内報告会で報告を行うなどし
た。(乙12,13,33,80,82の2)
本件労働者は,年に2回(7月,12月),企画部署から提示される生産
計画に対して現在のラインで対応可能かどうかを調査し,対応が困難な場5
合の対策等を検討する業務(以下「年計業務」という。)に従事していた。
(乙12,13,33)
本件会社は,従業員に対し,年度末を期限として,1年に1件以上,特
許申請につながる技術的なアイディアを出すように指示をしていた。本件
労働者は,平成21年10月にその提出を済ませていた。(乙18,70)10
ク本件労働者の業務に係る関係者等
平成21年から平成22年の本件自殺までの間,本件労働者が所属する
ドライブライン計画室の室長はc(以下「c室長」という。),5グループ
の長はd(以下「dグループ長」という。)であり,両者は,本件労働者の
上司の立場であった。(乙12,13,25の1及び2)15
新型プリウス関連業務について,本件労働者は,5グループに所属し本
件労働者の部下の立場にあるeとともに従事した。(甲A40,乙25の
1,乙71)
本件労働者のTFAP関連業務の前任は,5グループの主任のf(以下
「f主任」という。)であった。また,本件労働者は,TFAP関連業務の20
中で,当時,本件会社からTFAP製造部に出向し,同部の室長の立場に
あったg(以下「g室長」という。)とやり取りをすることがあった。(乙
16,乙25の1,85)
本件労働者は,本件労働者と同じく5グループの主任であり,b工場で
勤務していた期間を除いて常に同じグループで勤務していたh(以下「h25
主任」という。)に対し,度々,業務について相談していた。(乙14,h
主任)
⑶本件労働者の労働時間等
ア本件会社は,平成20年9月に起こったいわゆるリーマンショックの影響
で業績が悪化したことを踏まえ,従業員の残業規制を行っていた。(乙12,
82の2)5
イ本件労働者の平成21年10月10日以前の時間外労働時間数(1週間の
労働時間が40時間を超える時間数)は,次のとおりである。(乙7の3,
乙35)
平成21年4月14日から同年5月13日:16時間30分
平成21年5月14日から同年6月12日:5時間10
平成21年6月13日から同年7月12日:1時間30分
平成21年7月13日から同年8月11日:なし
平成21年8月12日から同年9月10日:1時間30分
平成21年9月11日から同年10月10日:なし
⑷精神障害の発病15
本件労働者は,平成21年10月頃,ICD-10の「F32うつ病エピ
ソード」を発病した。
⑸本件自殺
本件労働者は,平成22年●月●日,愛知県豊田市所在の雑木林内で縊死し
ているところを発見された。遺体の状況や遺書が存在したことなどから,本件20
労働者は,同月●日頃,自殺したものと認められる。(甲A5,6)
⑹本件訴訟に至る経緯
ア原告は,平成23年6月17日,処分行政庁に対し,労災保険法に基づく
遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したが,処分行政庁は,平成24年1
0月30日付けで,「業務上疾病に該当しない」としていずれも不支給とす25
る旨の処分(本件各処分)をした。(乙3の1,乙4の1,乙5,6)
イ原告は,平成24年12月25日,愛知労働者災害補償保険審査官に対し,
本件各処分を不服として審査請求をしたが,同審査官は,平成25年12月
26日付けで,これを棄却する決定をした。(甲C4,乙67,76)
ウ原告は,平成26年1月24日,労働保険審査会に対し,前記イの棄却決
定を不服として再審査請求をしたが,同審査会は,平成27年1月23日付5
けで,これを棄却する裁決をした。(甲C5,乙77,81)
エ原告は,平成27年7月10日,本件訴訟を提起した。(当裁判所に顕著
な事実)
⑺「心理的負荷による精神障害の認定基準」について
労働省(現・厚生労働省)は,精神障害の業務起因性を適正・迅速に判断す10
るための基準を策定するため,精神医学等の専門家で構成される「精神障害等
の労災認定に係る専門検討会」を設置し,同専門検討会から提出された「精神
障害等の労災認定に係る専門検討会報告書」を踏まえ,平成11年9月,「心理
的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」を策定し,これに基づき
業務起因性の判断を行ってきた。その後,厚生労働省は,精神障害の労災請求15
件数が大幅に増加し,審査の迅速化及び効率化が求められるようになったこと
から,精神医学及び法学等の専門家で構成される「精神障害の労災認定の基準
に関する専門検討会」を設置し,業務起因性の認定基準に関する検討を依頼し
た。厚生労働省は,上記専門検討会から平成23年11月8日付けで提出され
た「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書」の内容を踏まえ,20
同年12月26日,業務起因性に関する新たな判断基準として,別紙2「心理
的負荷による精神障害の認定基準」(以下「認定基準」という。)を策定し,上
記判断指針を廃止した。(乙1,2,64の74)
2本件の争点及び当事者の主張
本件の争点は,本件自殺の業務起因性であり,特に,業務による心理的負荷が25
どの程度であったかが争われている。当事者の主張は以下のとおりである。
(原告の主張)
本件労働者は,以下のとおり,リーマンショックという未曽有の事態下で時間
外労働が原則禁止された状態で,いくつもの重要かつ緊急の課題を課せられ,過
重・過密な業務に従事した。加えて,本件労働者は,その間,上司からは支援を
受けることができなかったばかりか,パワハラを受け続けるなどし,これらによ5
る強い心理的負荷の結果,うつ病を発病し,本件自殺に至ったのであるから,本
件自殺には業務起因性が認められるべきである。
⑴判断枠組みについて
労災補償制度は,労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべ
き労働条件の最低基準(労働基準法1条参照)を定立することを目的に,負傷10
や疾病等が「業務上」であることのみを要件として,各種補償の給付を行う法
定救済制度であり,同制度を危険責任の法理や民事法上の無過失賠償責任の論
理で説明することはできない。よって,労災保険法の「業務上」の判断につき,
危険責任の法理に基づいて厳格に判断することは制度の趣旨に合致するもの
ではない。15
具体的には,業務起因性の判断に当たって必要とされる因果関係は,①業務
による心理的負荷の程度については,平均的労働者ではなく,本件労働者本人
を基準に判断すべきであり,②業務が他の原因と共働して精神障害の発病に至
らしめたのであれば,それで足りると解すべきである。
被告は,業務起因性の判断に当たり,認定基準によるべきであると主張する20
が,認定基準は,飽くまで行政による労災認定の基準にすぎず,訴訟における
相当因果関係の判断基準ではない。認定基準は,因果関係の範囲を厳しく絞っ
ており不当な内容であるため,認定基準に当てはまる場合には,相当因果関係
があると強く推認されるものの,認定基準に該当しないことでもって,業務起
因性が否定されるべきではない。25
⑵新型プリウス関連業務について
ア業務内容
本件労働者は,①新型プリウスのCVJの自動組付ラインを立ち上げる業
務,②新型プリウスのCVJのチームリーダーとしてメンバーの進捗状況を
フォローし,メーカーやb工場と連携しながら自動組付ラインを含む3つの
ラインを予定どおり立ち上げる業務に従事した。5
イ業務の重要性と責任の重さ
本件会社が採用する「トヨタ生産方式」の下では,生産準備業務が遅れる
と,自動車そのものの生産が滞ることとなるため,期限厳守が求められてい
た。加えて,本件会社は,当時,リーマンショックにより売上げが激減し,
未曽有の危機に瀕していたが,ハイブリッド車の人気等からプリウスの売上10
げは好調を維持しており,新型プリウスは,本件会社にとって極めて重要な
車種であった。本件労働者は,このように本件会社の命運がかかった新型プ
リウスについて,その必要量の生産ができるかどうかという非常に重い責任
を負っていた。
また,本件会社は,リーマンショック後,極端な原価低減に取り組んでい15
たところ,自動組付ラインを立ち上げて必要な作業者を減らすことは,その
方針に適うものであり,ドライブトレーン生技部としても重要な業務であっ
た。
ウ困難な業務であったこと
本件労働者は,3つのラインの同時立上げを担当していたところ,これ20
は,当時,本件会社においても注目を集めた大掛かりなものであった。ま
た,自動組付ラインの立上げは,本件会社にとっても初めての試みであっ
た。
特に,本件労働者は,自動組付ラインについてトレーサビリティ(生産
した製品の情報を蓄積するシステム)やオメガクランプ(材料を留めるク25
ランプの一種)等,当時としては新しい取組を行うこととなり,中でも上
司の指示によりオメガクランプの導入を目指したものの,結局,これを導
入することができなかった。
自動組付ラインの立上げは,b工場に3つあるラインのうち1つに関す
るものであるが,リーマンショック前に計画された当時は,仮に自動化が
上手くいかなくても他の2つのラインでバックアップ可能と考えられて5
いたため,十分に事前の準備を行った上でのものではなく,それでも特段
の問題は生じなかった。しかし,リーマンショック後,本件会社では原価
低減,生産性の向上が求められ,さらに新型プリウスの生産量を確保する
必要性が急激に高まり,自動組付ラインの重要性が格段に増すこととなっ
た。本件労働者は,このような状況下で,限られた時間の中,十分に練ら10
れていない新しい取組を行わなければならなかった。
自動組付ラインは,平成21年4月に量産を開始したものの,その前後
を通じて不具合が多発しており,本件労働者は,同年9月までその対策に
取り組むこととなった。また,自動組付ラインは,量産開始時点で,コス
トや稼働能力の点で目標に到達しないままであり,本件労働者は,これに15
ついても同月まで取り組んでいた。
エ過密労働,人員削減による影響
本件会社では,後記⑹のとおり,従来から従業員の労働密度が高かった
ところ,リーマンショック以降,残業規制により労働時間が減らされ,さ
らに労働密度が高くなり,従業員には過重な負荷が生じていた。20
また,本件会社は,リーマンショックにより全社的に収益改善が必要に
なった結果,大幅な人員削減を行い,平成21年1月から平成22年1月
にかけて,ドライブトレーン生技部の総員は384名から306名に,ド
ライブライン計画室の総員は74名から50名に,5グループの総員は1
8名から11名になった。現に,新型プリウス関連業務についても,平成25
21年3月までは本件労働者含め3名で担当していたところ,同年4月か
らは2名で担当することとなり,担当する専門メーカーの従業員も削減さ
れた。
オb工場からのプレッシャー
そもそも,b工場側は,不具合によりラインの停止が繰り返されて必要量
の生産ができなくなることを危惧して自動組付ラインの導入を好ましく思5
っていなかった。そんな中,現に,自動組付ラインには不具合が続出してい
たため,b工場側の上記のような思いはさらに強くなり,本件労働者は,b
工場側から強力なプレッシャーを受けていた。
カ上司による支援の欠如とパワハラ
本件会社では,意思決定のスピード化等を理由に中間管理職を半分程度10
に減らしたことがあり,平成21年当時,中間管理職は多忙で部下に対す
るケアが不足していた。また,本件会社は,従業員に対し,肉体的,社会
的,心理的等,あらゆる種類のストレスを使って,その生産活動を管理し
ており,パワハラを生みやすい労務管理を行っている。
そして,現に,本件労働者は,新型プリウス関連業務について,上司か15
らの適切な支援を受けることがなく,ドライブトレーン生技部の部長から
はプレッシャーを受けるのみであったし,dグループ長及びc室長からは
支援を受けることができなかったばかりか,後記⑺のとおりパワハラを受
けていた。
キまとめ20
以上のとおり,新型プリウス関連業務は,本件会社にとって重要な業務で
あり,本件労働者が重大な責任を負っていただけでなく,その業務自体非常
に困難なものであった。さらに,その過程において,自動組付ラインには不
具合が多発し,量産開始までに目標の性能に到達することもできなかったた
め,本件労働者は,量産開始後もその対応に追われたばかりか,b工場側か25
ら強力なプレッシャーを受けていた。他方,本件労働者は,上司から適切な
支援を受けることができないばかりか後記⑺のとおりパワハラを受けてお
り,上司とb工場の板挟みの状態にあった。
⑶TFAP関連業務について
ア重要で責任が重い業務であったこと
当時の中国市場は,急激な経済成長が見込まれていたところ,本件会社は,5
国内外の競合他社と比較して進出が遅れていたため,戦略的に重点化してい
る地域であった。加えて,本件会社は,当時,強力な原価低減を進めるべく,
現地企業から部品を調達する考えを示しており,TFAPでも,臨機応変に
CVJ等の部品供給を行うことができるようにすることが求められていた。
本件労働者の業務は,このような当時の本件会社の喫緊の方針に適った重要10
かつ緊急のものであった。
また,本件労働者は,TFAP内のラインに生じた不具合対応の業務も行
っていたところ,現に稼働しているラインの不具合を放置すると生産が停止
することになるばかりか,事故の原因にもなり得るため,本件労働者には緊
急の対処が求められており,その意味でも責任の重い重要な業務であった。15
イ未経験かつ問題のある業務への変更等
TFAP関連業務は,本件労働者にとって初めての海外業務であったが,
本件労働者は,これを事実上,一人で担当することとなった。また,前任の
f主任が担当していた頃から,生産設備に不具合が生じていたばかりか,f
主任からの引継ぎは不十分であった。20
ウ困難な業務であったこと
本件労働者は,安価に作られた汎用性のないTFAPのライン(第3ラ
イン)に汎用性を持たせる業務等に従事していたが,リーマンショック直
後であった当時,本件会社が極端な経費節減を行っていたため,予算を掛
けずに業務を行わざるを得なかった。そのため,専門家であるスーパーバ25
イザー(以下「SV」という。)を派遣することもできず,現地事業体であ
るTFAPに改造等の作業を行わせる必要があったが,後記のとおり,現
地のg室長との交渉は困難なものであった。加えて,海外業務であるため,
現地に行って現物を確認することができないという困難もあった。
本件会社の海外担当者は,一般に現地の事情を優先しがちになるところ,
g室長は,その傾向が特に強く,自身が正しいと考えることは絶対に妥協5
せず,相手方が謝罪するまで責め続ける人物であり,前任のf主任も,g
室長との関係に悩んでいた。しかも,g室長は,本件労働者がTFAP関
連業務を担当することになった直後,本件労働者に対し,b工場の海外支
援グループを使ってはいけないなどと指示をして本件労働者を困惑させ
た。また,本件会社は,極端なヒエラルキー組織であるところ,主任の立10
場の本件労働者が室長の立場にあるg室長に対し意見を言うことは,ほと
んど不可能であり,本件労働者にとってg室長との折衝は,困難を極めた。
エ過密労働
本件会社では,前記のとおり,従来から従業員の労働密度が高かったとこ
ろ,リーマンンショック以降,残業規制により労働時間が減らされ,さらに15
労働密度が高くなり,従業員には過重な負荷が生じていた。
オ上司による支援の欠如とパワハラ
本件労働者は,前記のとおり,事実上,単独で業務を担当していたとこ
ろ,相談できる相手がおらず,前任のf主任を始め同僚からの支援を得る
ことができなかった。そもそも残業規制の影響により従前より忙しくなっ20
た職場においては,誰かに相談すること自体困難であった。
本件労働者は,上司であるdグループ長及びc室長からも支援を受ける
ことができなかったばかりか,後記⑺のとおりパワハラを受けていた。
カまとめ
本件会社は,中国市場を重視していたことに加え,リーマンショック後の25
収益改善活動の中で原価低減を喫緊の課題としており,中国における低価格
車の生産は,本件会社からのいわば至上命令であった。他方,このような本
件会社の方針により負担を強いられることとなるTFAP側が抵抗を示す
のは当然であり,特にg室長は,原則論を貫き,一切妥協をせず,必要な予
算等を徹底して要求するなどし,本件労働者は,本件会社とTFAPの板挟
みの状態にあった。しかも,本件労働者は,このような困難な業務を十分な5
引継ぎや支援もない状態で担当せざるを得なかったばかりか,上司から継続
的なパワハラを受けていたのである。
⑷2020年ビジョン関連業務について
ア重要で責任が重い業務であったこと
2020年ビジョン関連業務は,ドライブトレーン生技部の本来の重要な10
任務であり,現に,わずかの期間に部長や室長クラスが何度も会議に出席し,
メンバーが何度も報告を行い,その内容に対し,上司が厳しく細かい注文を
していた。また,その内容も,単に,「夢を語る」ようなものではなく,実現
することを前提としたビジョンを提示することを求められた業務であった。
本件労働者は,このように重要な業務について,CVJ生産ラインに関して15
検討するチームのリーダーとして重い責任を負っていた。
イ困難な業務であったこと
将来の消費者の動向,商品の動向を考慮して10年先あるいはもっと先
の状況を予測することは,本来,経営者が行うべきものであり,一担当者
にこれを求めることは酷であった。特に,当時はリーマンショックによる20
未曽有の経済危機下で,本件会社も,かつてない危機に直面していたばか
りか,自動車産業自体も,ガソリン車からハイブリッド車,さらには電気
自動車にシフトしようとしていた時期であり,そのような時期に10年先
のビジョンを描くというのは,そもそも不可能な業務であった。加えて,
本件労働者は,上司による抽象的,又は一貫しない指示に翻弄されていた。25
本件労働者は,このような困難な業務を事実上,一人で担当していた。
また,本件労働者にとっては,未経験の新規の業務であったばかりか,決
められた発表期限までに必要な業務を行わなければならなかった。さらに
上司からも様々な指示がされ裁量性も乏しい業務であった。
ウ業務量の増加,労働密度
本件労働者は,ドライブトレーン生技部の部長が出席する会議に9回出5
席し,当該会議に向けて行われた打合せも含めれば30回もの会議に出席
したが,このような業務を厳しい残業規制により労働密度が高くなった状
況下で,新型プリウス関連業務やTFAP関連業務と並行して行わざるを
得なかった。
被告は,2020年ビジョン関連業務について,ドライブトレーン生技10
部の仕事が谷間の時期にあったために行われたと主張するものの,部とし
ての仕事の繁閑と個人の業務の繁閑は無関係である。本件会社においては,
職場全体の仕事の量が少ないからといって,個々の従業員が担う業務量や
これによる負荷が軽くなることはない。
エ上司によるパワハラ15
本件労働者は,2020年ビジョン関連業務に関しても,後記⑺のとおり
dグループ長及びc室長からパワハラを受けていた。
⑸その他の業務について
本件労働者は,前記の他にも,発明提案書の提出,年計業務及びその他付随
業務に多忙な合間を縫って従事しなければならなかった。20
⑹残業規制等による過密労働について
ア本件会社が成長を続け,高収益を上げている理由は,トヨタ生産方式にあ
るところ,これを支える本件会社の人事システムが「継続的改善」と「人間
性尊重」を内容とする「トヨタウェイ」である。トヨタウェイの下では,本
件会社のために絶えず改善の努力を続け(継続的改善),参加と無駄のない25
労働によってやりがいと満足を見出す(人間性尊重)ことのできる「トヨタ
マン」を作り出すことが重視されており,本件会社では,労使関係,人事評
価制度,賃金制度等あらゆる社内の制度がこの目的のために構築されている。
そして,これらすべてが,本件会社の従業員による高密度かつ長時間の労働
につながっていた。
イ本件会社がリーマンショック後に残業を禁止した期間中は,長時間労働は5
なくなったものの,本件会社が開発・設計部門の労働者に与える課題は以前
と同じか,むしろ多くなったため,さらに労働密度は高くなっていた。
⑺上司によるパワハラ
ア本件労働者は,新型プリウス関連業務についてトラブルが続出していたこ
とから,平成21年当初頃から約1年間にわたり,少なくとも週1回以上,10
dグループ長及びc室長からパワハラと評価せざるを得ない叱責を受けて
いた。dグループ長は,怒涛のように喋り,一方的に怒鳴って本件労働者を
叱責し,本件労働者は反論や説明を一切することができないような状態であ
った。また,dグループ長は,このような叱責の後,本件労働者に対し何ら
フォロー等を行うこともなかった。c室長は,フロアにいる全員に聞こえる15
ほどの大声で本件労働者を叱責していた。ドライブライン計画室は,他部署
のスペースも設けられているワンフロアで業務を行っており,dグループ長
及びc室長が本件労働者を叱責する際には,周囲にその状況が分かる状態で
あった。
イ本件労働者は,平成21年12月,精神科を受診した際,上司との関係に20
悩んでいる旨を述べ,原告に対しても,上司から自分が駄目な人間であると
思うほどの罵声を浴びせられ,自信喪失している旨を述べていた。また,e
は,新型プリウス関連業務に関して,本件労働者とともにdグループ長及び
c室長から叱責を受けることが度々あったところ,両名の言動に耐え切れな
くなり,本件会社を退職した。25
(被告の主張)
以下のとおり,本件労働者には,精神障害を発病させるに足りる業務上の強い
心理的負荷が存在したとは認められず,本件労働者の精神障害の発病及び本件自
殺について,業務起因性は認められない。
⑴判断枠組みについて
精神障害の発病に業務起因性が認められるには,業務と発病した精神障害と5
の間に条件関係及び相当因果関係が存在することが必要である。
条件関係の有無は,業務上一定以上の大きさを伴い,客観的に精神障害の発
病に寄与し得るだけの心理的負荷が実際に精神障害の発病に寄与し,当該心理
的負荷がなければ精神障害は発病しなかったことについて,高度の蓋然性をも
って認められるかどうかにより判断されるべきである。10
また,相当因果関係の要件は,使用者の労災補償責任の性質が危険責任を根
拠とすることに照らせば,業務に内在する危険が現実化して精神障害が発病し
たと認められるかどうかにより判断されるべきである。そして,これが認めら
れるには,①業務による心理的負荷が,平均人を基準として,客観的に精神障
害を発病させるに足りる程度のものであったこと,②業務による心理的負荷が,15
その他の業務外の要因に比して相対的に有力な原因となって,精神障害を発病
させたことが必要であり,上記①及び②を判断するに際しては,認定基準に依
拠するのが最も適切である。
⑵新型プリウス関連業務について
本件労働者は,CVJの生産準備業務について18年の経験があったところ,20
そのような本件労働者にとって,新型プリウス関連業務は,以下のとおり過重
な心理的負荷を生じさせるような業務ではなかった。
ア本件労働者が主に担当していたのは,新型プリウスのCVJの自動組付装
置の立上げの業務であったが,当該業務は,予定どおり平成21年3月には
完了し,同年4月以降,量産を開始している。量産開始の時点で一部不具合25
改善作業が残っていたものの,それも同年9月には担当を終えており,その
間,重大な問題は生じていない。また,本件労働者の同年4月以降の時間外
労働時間は,前記前提事実⑶イのとおりであり,特に同年6月以降はほぼ残
業を行っていなかった。本件労働者とともに業務に従事したeも,その業務
自体にはそれほど大きなトラブルはなかった旨供述している。
イ原告は,本件会社の事業展開と関連させて本件労働者にかかった心理的負5
荷について論じているが,自動車の一部品であるCVJの生産準備業務に携
わるにすぎない本件労働者に過重な負担が生じていたことを具体的に指摘
するものではない。
ウまた,原告は,平成21年3月頃の人員削減を指摘するが,これは,同月,
予定していた業務が完了したために行われたものである。10
エ原告は,本件会社における残業規制や上司からのパワハラについても言及
するが,後記⑹及び⑺のとおり,過重な心理的負荷があったことを示すもの
ではない。
⑶TFAP関連業務について
本件労働者は,平成21年9月から,それまでの国内業務から海外業務であ15
るTFAP関連業務に仕事の内容が変化することとなったものの,以下の事情
からすれば,その担当職務の変化による心理的負荷は「弱」にとどまるし,担
当職務自体,過重な負荷になるようなものでもなかった。
ア本件労働者は,初めて海外業務に従事することになったものの,TFAP
関連業務は,国内での作業が海外業務になっただけで,その業務内容に大き20
な変化はなく,本件労働者は,前任のf主任から十分な引継ぎを受けていた。
イ本件労働者は,改造検討等の主たる業務は一人で担当していたものの,前
任のf主任もそのような体制で業務を行っていたし,必要があれば,f主任
を始めとした周囲の同僚や上司に相談することもできた。
ウ原告は,予算の問題,SVレス化,現地確認ができないこと,g室長との25
関係等について縷々主張し,TFAP関連業務が困難な業務であった旨主張
する。しかし,本件労働者がTFAP関連業務に従事した時期は,CVJ生
産設備の改造をどのように進めていくかを検討していた段階で,それほど忙
しくない時期であったし,そもそも大規模な改造は予定されておらず,特筆
すべき課題も見当たらなかった。海外業務であることから,本件労働者が現
地で確認することができないことは確かであるが,電子メールやテレビ会議5
等により問題なく連絡を行うことが可能であった。また,g室長との関係に
ついての原告の主張には何ら根拠がなく,g室長は,現地の担当者としてい
わば当然の対応を行っていたにすぎない。
そして,本件労働者が既にCVJの生産準備業務について18年の経験を
有するベテランであったことも踏まえると,TFAP関連業務に上記したよ10
うな多少の困難があったとしても,それにより本件労働者に過重な負荷が生
じていたとはいえず,現に,本件自殺の時点で業務に特段の遅れは生じてい
なかった。加えて,TFAP関連業務について本件労働者の後任となった者
は,本件労働者に比べて相当経験の浅い者であったが,問題なく業務をこな
していた。15
さらに付言すると,本件労働者は,平成21年9月下旬にTFAP関連業
務の担当になった後,わずか二,三週間後である同年10月中旬には精神障
害を発病しているところ,TFAP関連業務がこれほどの短期間で精神障害
を発病させるほど過大な心理的負荷を与えるものであったことを示す事実
は存在しない。20
⑷2020年ビジョン関連業務について
ア2020年ビジョン関連業務は,日頃のルーティンワークに流されること
なく将来のビジョンを考える姿勢を持つべきであるという考えの下に開始
されたものであり,飽くまで将来の夢を語るような業務にすぎず,担当者に
おいて,2020年(令和2年)の計画を立案していく責任があったわけで25
はない。このような取組を行うことができたのは,リーマンショックに起因
して業務が減少したからこそである。本件労働者が2020年ビジョン関連
業務を担当していた際,時間外労働をほぼ行っていなかったことにも,その
負荷が過重ではなかったことが表れている。
イ原告は,本件労働者が主観的,断片的に会議のやり取りの結果を記録した
にすぎないメモの記載から,本件労働者が上司から様々な指示を受けていた5
などと詳細に主張するが,これは,実際のやり取りを推測するものにすぎな
い。仮に,本件労働者が上司から諸々の指示を受けていたとしても,それは,
飽くまで本件労働者らが描いたビジョンに対するアドバイスにすぎず,何ら
かのノルマが課されていたわけではない。スケジュールについても,当初は
平成21年8月までに構想をまとめる予定であったが,進捗状況を踏まえて,10
同年12月まで延期されている。
⑸その他業務について
本件労働者は,平成21年から平成22年にかけて,前記のほか,特許申請
や年計業務等に従事したが,これらが過重な業務であったとは認められない。
⑹残業規制等について15
ア本件会社では,平成21年6月以降,原則として残業が禁止になったが,
本件労働者は,同年9月には新型プリウス関連業務を終了していた。また,
当時は自動車の生産台数も減っていた時期であり,生産台数が減ればライン
の改造も必要なく,本件労働者の業務自体も減った時期であった。残業規制
により本件労働者の業務の負担が増えた事実はない。20
イ仮に,残業規制や人員削減等により本業に関する業務時間が逼迫していた
のであれば,2020年ビジョンという「夢を語る」試み,若手を鍛える試
みを新たに始めようという気運が生まれるとは思われない。
ウ原告は,本件会社においては過密労働が恒常化していたとか,リーマンシ
ョックに起因する残業規制と人員削減により業務の困難さが高まったなど25
と主張するが,本件会社が労働基準法をはじめとした労働関係諸法規に違反
していた事実は認められず,原告の主張は,抽象的で裏付けに乏しいもので
ある。
⑺上司によるパワハラについて
原告は,本件労働者が上司からパワハラを受けていた旨主張する。しかし,
dグループ長及びc室長による指導は,いずれも通常の業務指導の範囲内のも5
ので,本件労働者をいわれもなく殊更攻撃したり,その人格を否定したりする
ものではなかった。本件労働者の直属の上司であるdグループ長は,仕事に関
しては厳しい人物ではあるものの,褒めるときは褒めるなど叱責一辺倒ではな
かったし,本件労働者と他の部下との間でその扱いを異にすることはなかった。
同じく,c室長も,仕事に関しては厳しい人物ではあるものの,その述べる内10
容はもっともなことばかりであり,人格を否定するような発言をすることはな
かった。また,仮に原告の主張を前提にしても,本件労働者がdグループ長及
びc室長から叱責を受けたのは,業務に関する事項についてのみであり,業務
指導の範囲を逸脱した言動があったとは認められず,その心理的負荷の程度は
「中」にとどまる(認定基準別表1「上司とのトラブルがあった」参照)。15
第3当裁判所の判断
1精神障害に関する業務起因性の判断枠組みについて
⑴労働者の疾病等を業務上のものと認めるためには,業務と疾病等との間に相
当因果関係が認められることが必要である(最高裁昭和51年11月12日第
二小法廷判決・裁判集民事119号189頁参照)。そして,労災保険制度が,20
労働基準法上の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制
度であることからすれば,上記の相当因果関係を認めるためには,当該疾病等
の結果が,当該業務に内在又は通常随伴する危険が現実化したものと評価し得
ることが必要である(最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決・裁判集民事
178号83頁,最高裁平成8年3月5日第三小法廷判決・裁判集民事17825
号621頁参照)。
⑵現在の医学的知見によれば,精神障害発病の機序について,環境由来の心理
的負荷(ストレス)と,個体側の反応性・脆弱性との関係で決まるという考え
方(以下「ストレス-脆弱性理論」という。)が合理的であるというべきとこ
ろ,ストレス-脆弱性理論によれば,環境由来のストレスが非常に強ければ,
個体側の脆弱性が小さくても精神障害を発病するし,逆に,個体側の脆弱性が5
大きければ,ストレスが小さくても破綻が生じるとされる。(乙1,2,64の
74)
⑶このようなストレス-脆弱性理論を前提とすれば,精神障害の業務起因性の
判断においては,環境由来のストレスと個体側の反応性・脆弱性とを総合考慮
し,業務による心理的負荷が,当該労働者と同程度の年齢,経験を有する同僚10
労働者又は同種労働者であって,日常業務を支障なく遂行することができる者
(平均的労働者)を基準として,社会通念上客観的にみて,精神障害を発病さ
せる程度に強度であるといえる場合に,当該業務に内在又は通常随伴する危険
が現実化したものとして,当該業務と精神障害の間に相当因果関係を認めるの
が相当である。15
⑷そして,前記前提事実⑺のとおり,厚生労働省は,精神障害の業務起因性を
判断するための基準として,認定基準を策定しているところ,認定基準は,行
政処分の迅速かつ画一的な処理を目的として定められたものであり,裁判所を
法的に拘束するものではないものの,精神医学及び法学等の専門家により作成
された報告書に基づき策定されたものであって,その作成経緯及び内容等に照20
らしても合理性を有するものといえる。そうすると,精神障害に係る業務起因
性の有無については,認定基準の内容を参考にしつつ,個別具体的な事情を総
合的に考慮して判断するのが相当というべきである。
2認定事実
前記前提事実,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。25
⑴本件会社における生産活動等について
ア本件会社は,その生産活動に当たり,①異常が発生したら機械が直ちに停
止し,不良品を作らないこと(「自働化」),及び②各工程が必要な物だけ流れ
るように停滞なく生産すること(「ジャスト・イン・タイム」)の2つを重視
しており,このような基本思想に基づく生産方式を「トヨタ生産方式」と呼
んでいる。その中でも,「ジャスト・イン・タイム」については,「必要なも5
のを,必要なときに,必要なだけ」という意味で用いられており,自動車の
ように多くの部品から組み立てられる製品を大量に,かつ効率良く生産する
ためには,緻密な生産計画を立てる必要があるとされている。(甲A36,乙
82の2)
イ本件労働者が所属した5グループは,CVJの生産設備を国内外の工場に10
「導入」することを業務としていた。なお,上記「導入」業務とは,以下の
業務をいう。(乙82の2)
設計部署が作成した製品の図面に基づき,当該製品をどの順番で生産す
るかを検討し,そのための設備について仕入先や工場と打合せを行い,決
まった設備を工場に設置する。15
工場に設置された設備により,試作を行い,製品の量産ができる状態に
する。
量産開始後,設備の維持及び改善を行う。
ウ本件会社においては,生産ラインの稼働能力に関する指標として,サイク
ルタイム(特定の工程を完了するのに要する時間をいう。以下同じ。)及び可20
動率(一定時間のうち,実際にラインが稼働していた時間の割合をいう。以
下同じ。)が用いられている。なお,本件労働者は,可動率に近い数値を簡易
に把握するために,サイクルタイムどおりに設備が稼働した場合の生産量を
基準に,実際の生産量がどれだけであったかを算定した数値(以下「簡易可
動率」という。)を用いることがあった。(甲A103,乙88,e,弁論の全25
趣旨)
⑵新型プリウス関連業務について
アb工場では,平成20年時点で,CVJの生産ラインとして,SPGi-
1,SPGi-2,SPGi-3及びSPGi-4の4つが稼働していたと
ころ,SPGi-2ないし4について,新型プリウスのCVJを生産するこ
とができるように改造を行うこととなった。(甲A40,乙87の2)5
イSPGi-2ないし4には,それぞれ,加工ライン5つ(アウター,ケー
ジ,シャフト,インボード及びトリボード)及び組付ライン1つがあった。
また,SPGi-2及び4の組付ラインは,手動によるラインであったが,
SPGi-3の組付ラインは,新型プリウスのCVJ生産のための改造に着
手する以前から,その一部が自動化されており,当該改造を行うに当たり,10
その大部分を自動化することとされた。なお,本件会社において,組付ライ
ンの大部分を自動化することは,当時,初めての試みであった。(甲A40,
42,乙87の2,乙88,e)
ウ本件労働者は,平成20年4月頃から,新型プリウス関連業務に従事する
こととなった。本件労働者は,主にSPGi-3の自動組付ラインの立上げ15
の主担当として,e及び派遣社員のjとともに業務に従事した。本件労働者
は,その他,SPGi-2及び4の組付ラインの担当者並びにSPGi-2
ないし4のシャフトの加工ラインの担当者からの相談に応じることも業務
としていた。(甲A21,40,42,乙71,e)
エSPGi-3の自動組付ラインの立上げについては,以下の事実が認めら20
れる。
SPGi-3の自動組付ラインの立上げについては,平成20年10月
の時点で当初の計画から1か月半の遅れが生じていた。(甲A16)
SPGi-3の自動組付ラインについては,可動率95%,サイクルタ
イム30秒を目標とし,平成21年4月に量産開始予定とされていた。し25
かし,平成20年12月23日以降,平成21年3月12日までに10回
の量産試験運転が実施されたが,いずれにおいても可動率又は簡易可動率
が安定して目標に達することはなかった。(甲A16,17,45,乙88)
その後,平成21年3月26日までの間に,可動率90%,サイクルタ
イム32秒で生産のピークにも対応可能であることが確認された。(甲A
45)5
平成21年4月1日から量産が開始された。その頃,jが担当を外れ,
その後は,本件労働者とeで業務を担当することとなった。(甲A40,
45,乙71)
量産開始後,平成21年4月23日頃まで,可動率は70%から80%
と安定しない状態が続いた。(甲A45)10
平成21年4月25日及び同月26日に実施された工事により,可動率
は90%となり,その後も数値は安定したが,ラインが30分以上停止す
る事態(ドカ停)が同年5月21日頃まで度々生じていた。(甲A45,e)
平成21年5月21日頃以降は,毎日の出来高は概ね目標量を達成する
ようになり,同年6月25日頃には,主要な課題については概ね対策が完15
了した。(甲A45)
それ以降も,慢性的な不具合として,トリポード圧入不良及びインボー
ド挿入不良等の問題が生じていた。(甲A45)
オ本件労働者は,平成21年2月27日,同年3月11日,同月19日及び
同月25日,ドライブトレーン生技部の部長であるk(以下「k部長」とい20
う。)に対し,SPGi-3の自動組付ラインの不具合,可動率及びサイクル
タイム等に関して報告し,k部長から各種の指摘を受けた。なお,ドライブ
トレーン生技部において,グループの主任が部長に対し定期的な報告以外に
業務の進捗について報告をするのは,大きな問題が生じた場合等に限られ,
まれなことである。(甲17,52,53,乙25の1,c室長)25
カSPGi-3の自動組付ラインについて,本件労働者とb工場の関係とし
て,以下の事実が認められる。
本件労働者は,平成21年3月16日,SPGi-3による量産開始に
関する会議において,b工場側から,自動組付ラインの改造がとても量産
に移行できるような段階ではないこと,安全・品質・コストを達成しなけ
ればならないことなどについて厳しい指摘を受けた。(甲A17,45)5
本件労働者は,平成21年5月19日,b工場における新型プリウスの
量産開始に関する会議において,b工場側から,SPGi-3の自動組付
ラインについて,問題が改善しないのであれば自動化をやめることも検討
すべきであるなどと当時の状況に対して厳しい指摘を受けた。(甲A18)
本件労働者は,前記以外にも,SPGi-3の自動組付ラインによる量10
産開始(平成21年4月)の前後で,b工場担当者と適宜,やり取りを行
い,自動組付ラインの不具合について指摘を受けるなどした。(甲A16,
17,45,50)
キ本件労働者は,平成21年9月下旬頃,SPGi-3の自動組付ラインの
不具合対応を含む新型プリウス関連業務が収束時期にあったことから,担当15
を外れることとなり,SPGi-3の自動組付ラインについては,eのみで
担当することとなった。そして,eは,平成22年1月,SPGi-3の自
動組付ラインに関する業務を終了した。(甲A45,乙18,82の2)
クeは,SPGi-3の自動組付ラインの立上げについて,15年以上同種
業務を行ってきた現在のeの立場からすると,その業務内容自体は大きな問20
題もなくこなせる業務量であったと感じるが,他方,本件労働者は他部門と
の調整を上手くこなす方ではなかったため,本件労働者にとっては心理的負
荷を感じる業務であったかもしれない旨供述している。(乙71,e)
⑶TFAP関連業務
アTFAPでは,平成21年9月時点で,CVJの生産ラインとして,第125
ラインないし第5ライン(以下,単に「第1ライン」などと記載する。)の5
つが稼働していた。そのうち,第3ラインは,元々,中国で販売されたカム
リ(以下「中国カムリ」という。)のCVJの加工及び組付を行うラインとし
て製造されたものであり,他の車種に流用することを予定していないもので
あった。また,第5ラインは,製品の加工は行わず,RAV4やハイランダ
ー等のCVJの組付のみを行うラインであり,b工場にあるラインとほぼ同5
様のラインであった。(甲A39,乙87の2,乙88,m,h主任)
イ本件労働者は,平成21年9月末頃以降,f主任の後任として,TFAP
関連業務に従事することとなったが,これは,本件労働者にとっては初めて
の海外業務であった。f主任は,本件労働者に対し,必要な書類一式を交付
した上,進捗状況の説明を行ったが,特に問題は生じていない旨を述べた。10
なお,f主任は,TFAP関連業務を本件労働者に引き継いだ後,5グルー
プと同じフロアで執務するドライブライン計画室1グループで業務を行っ
ており,席も本件労働者の近くであった。(乙13,16,25の2,乙82
の2,f主任)
ウTFAP関連業務のうち,本件労働者が平成21年10月末までに担当し15
た可能性のある業務で主なものは,以下のとおりである。(甲A45,乙64
の64,乙82の2)
560L,398L及び816L(いずれも車種のコード)のCVJの
組付について第5ラインに生じていた不具合への対応(以下「第5ライン
不具合対応業務」という。)。20
560LのCVJ単品を中国現地で生産できるように第3ラインに必
要な改造を行う業務(以下「560L現調化業務」という。)。
新型カローラのCVJ生産のためにラインに必要な改造を行う業務(業
務のコードは023A。以下「023A関連業務」という。)
新型カムリのCVJ生産のために第3ラインに必要な改造を行う業務25
(業務のコードは055A。以下「055A関連業務」という。)
TFAPからの問合せに対する窓口業務
エ本件労働者が作成していた平成22年1月14日までの週報(以下「週報」
という。)には,平成21年9月24日の週からTFAP関連業務に関する
記載がみられるようにの業務については以下のとお
り記載されている。(甲A45)5
第5ライン不具合対応業務については,平成21年9月24日から同年
11月5日までの5週間分の週報に記載され,具体的には「UBJ・S/
A×シャフト圧入不良」の問題に取り組んだとされている。
560L現調化業務については,平成21年10月22日から平成22
年1月14日までの11週間分の週報のうち10週間分の週報に記載さ10
れているが,①TFAP主体で実施すること,及び②平成22年1月末に
予定どおり完了する予定であることが一貫して記載されている。また,0
23A関連業務に関する記載によれば,560L現調化業務についてもメ
ーカーSVを利用しない方向で検討が進められたことがうかがわれる。
023A関連業務については,平成21年11月26日から平成22年15
1月14日までの6週間分の週報のうち5週間分の週報に記載されてい
るが,現地工事を560L現調化業務と同じくTFAP主体で実施し,メ
ーカーSVを利用しない方向でTFAPとも合意したことが一貫して記
載されている。
055A関連業務については,平成21年12月10日からの1週間分20
の週報に記載されているが,今後,どこまでTFAP主体で実施し,メー
カーSVを利用しないこととできるかをTFAPが判断する予定である
ことが記載されている。
オ本件労働者は,5グループのスキルドパートナー(定年後再雇用)である
lと二人でTFAP関連業務に従事したが,lは,輸出に係る手続業務を担25
当し,改造検討等の主たる業務は,本件労働者が一人で担当した。なお,f
主任も,同様の体制で業務を行っていた。(乙16,17,25の1)
カ本件労働者は,適宜,テレビ会議やメール等により,TFAP側の担当者
と連絡を取っており,g室長との間でやり取りをすることもあった。なお,
g室長の本件会社における職層は,当時,本件労働者と同じく主任であった。
(乙13,14,85,g)5
キ本件労働者は,TFAP関連業務を担当するようになって間がない頃,b
工場の海外支援グループに所属しTFAP等の海外事業体を支援する業務
を行っていたmに対し,g室長からb工場海外支援グループを相手にせず,
図面等が必要な場合は直接TFAPに依頼するように言われたが,どうすべ
きかなどと相談した。(甲A39,m)10
ク本件労働者は,同じ5グループの主任であるh主任に対し,主に第3ライ
ン改造業務について,TFAP側の要求が大掛かりな改造を要するものであ
り対応に困っている旨,度々相談をしていた。(乙14,h主任)
ケTFAP関連業務については,本件自殺時点で遅れは生じていなかった。
その後,dグループ長がしばらく窓口業務等を担当した上,平成22年4月15
からは,当時入社5年目のnが担当することとなった。nは,前記オと同じ
体制でTFAP関連業務に取り組み,その後,大きな問題なくこれを終えた。
(乙15,18,59の2,n)
⑷2020年ビジョン関連業務について
アドライブトレーン生技部のk部長は,平成21年,若い従業員に夢を持っ20
て仕事をしてもらいたいとの考えの下,部全体の取組として,2020年ビ
ジョン関連業務を開始することとし,ドライブトレーン生技部が扱う各業務
について,3年後,5年後,10年後の業務のイメージ作りを行うこととし
た。本件労働者は,CVJ生産ラインに関して検討する10名ほどのチーム
の取りまとめ役を担当した。(乙12,13,33)25
イ2020年ビジョン関連業務については,平成21年5月29日,同年6
月15日,同月29日,同年7月13日,同月27日,同年8月7日,同年
9月9日にビジョンフォロー確認会が,同年11月13日,同年12月9日
にビジョン進捗報告会が開催され,k部長は,それぞれに参加して,業務の
進捗を確認するなどした(以下,ビジョンフォロー確認会及びビジョン進捗
報告会を併せて,「部長報告会」という。)。(甲A8,9,乙80)5
ウ本件労働者は,いずれの部長報告会にも参加したほか,各回の部長報告会
に先立って,室内や部内で実施された打合せにも参加した。また,本件労働
者は,平成21年11月13日の部長報告会の際,事前に作成した「CVJ
技術の棚」と題する書面(既に完了した技術とこれから開発すべき技術をま
とめたもの)を用いて報告を行い,そこで受けた指示を踏まえて当該書面を10
修正するとともに,2020年(令和2年)までの「CVJロードマップ」
と題する書面を作成し,平成21年12月9日の部長報告会で再度報告を行
った。なお,上記各書面の作成に要した時間は約25時間であった。(甲A8
ないし10,45,乙18,64の64,乙80)
エ2020年ビジョン関連業務は,当初,平成21年8月までに構想をまと15
めることとされたが,その後の進捗状況を踏まえ,同年12月まで期限が延
期された。(乙18)
⑸労働時間等
ア本件労働者の1日の所定労働時間は8時間であったが,1週間の労働時間
が40時間を超えない範囲で,特定の日の労働時間を8時間又は特定の週の20
労働時間を40時間を超えて設定することがあるとされていた。また,所定
休日は,土曜日,日曜日,本件会社が定める特定休日であった。(乙26の1
及び2,乙29の1及び2,乙35,弁論の全趣旨)
イ本件会社は,平成20年9月に起こったいわゆるリーマンショックの影響
で業績が悪化したことを踏まえ,従業員の残業の目標時間を設定することと25
し,同年12月から平成21年5月までの間,ドライブトレーン生技部を含
む各部では,部全体の平均の残業時間を1か月当たり10時間以内とするこ
とが目標とされていた。その後,本件会社は,従業員に対し,同年6月から
平成22年夏頃までの間,原則として残業を行わないよう要請していた。(乙
12,82の2,弁論の全趣旨)
ウ本件労働者の各月の超過勤務時間数(①当月中の所定労働時間外の勤務時5
間数の合計から,②当月中の遅出や早退をした日の所定労働時間に不足する
時間数の合計を控除して算出する。)は以下のとおりである。なお,本件労働
者は,平成21年1月以降,1日の所定労働時間(8時間)を超えて勤務し
たこともあるものの,そのような場合には,当月中のその他の日に所定労働
時間(8時間)に満たない時間数で退勤することで超過勤務時間数を抑えて10
おり,残業が原則禁止となる直前の同年5月以降は,超過勤務をするにして
も,1か月に数回,数時間程度行うにとどめていた。また,本件労働者は,
平成21年1月以降,休日出勤をしていない。(甲A7,乙35,64の47
及び48)
平成20年9月:59時間30分15
平成20年10月:35時間30分
平成20年11月:50時間
平成20年12月:8時間
平成21年1月:4時間30分
平成21年2月:2時間20
平成21年3月:19時間
平成21年4月:31時間30分
平成21年5月:7時間
平成21年6月:なし
平成21年7月:なし25
平成21年8月:なし
平成21年9月:なし
平成21年10月:なし
平成21年11月:なし
平成21年12月:なし
平成22年1月:2時間5
エ本件会社は,内部資料の社外への持出しを禁止していたため,本件労働者
は,自宅で仕事をすることはなかった。(甲A1,乙13)
⑹上司の言動等
アdグループ長は,本件労働者に対し,SPGi-3の自動組付ラインの立
上げの業務に問題が生じるようになった平成20年末頃から,本件労働者が10
作業の進捗状況の報告等を行う際に,1週間に1回ほどの頻度で,大きな声
で叱り付けるようになった。c室長も,本件労働者に対し,執務フロアにい
る多くの従業員に聞こえるほどの大きな声で叱り付けることがあった。本件
労働者は,dグループ長又はc室長から叱られた直後は,落ち込んだ様子を
見せていたが,そのような状態が尾を引いている様子はなかった。(甲A415
0,乙14,71,e,h主任)
イeは,主に議事録を提出した際,本件労働者と同じようにdグループ長及
びc室長から叱責を受けていた。eは,平成21年4月又は同年5月頃には,
怒られるために出社しているような状態であると感じるようになり,同年1
0月には,そのような状況を苦にして退職を決意し,平成22年2月に転職20
先を見つけ,同年6月1日,本件会社を退職した。なお,eは,dグループ
長は一方的に叱責をするのみで指導や提案をすることはなかったが,c室長
は叱責をするものの,筋の通らないことは言わず,叱責の後には方向性を示
してくれると感じていた。(甲A40,乙71,e)
⑺精神科の受診等25
ア本件労働者は,平成21年12月12日,本件労働者の様子を心配した原
告の勧めにより,oメンタルクリニックにおいてp医師の診察を受けた。本
件労働者は,その際,p医師に対し,大要,①2か月前から食欲もなくなり,
不眠の症状が生じていること,②その頃,国内業務から中国業務に変更にな
って,仕事上の悩みが多くなり,仕事の進め方も全く分からないこと,③現
地の日本人スタッフと相性が良くないこと,④上司が厳しい人であり,相談5
しにくいこと,⑤他に相談できる相手がおらず,一人で抱え込んでいること,
⑥仕事が上手くいけば症状は改善すると思うがそう簡単にいくとは思えな
いこと,⑦飽くまで自分の問題であり,診察を受けても悩みがなくなるとは
思っていないこと,⑧似た症状は以前にもあったが,今回が症状としては最
も顕著であることを述べた。また,原告は,p医師に対し,本件労働者は以10
前にも落ち込んでいるときがあり,いつかは診察を受けることになるであろ
うと思っていた旨を述べた。(甲B1,2,乙9の2)
イp医師は,本件労働者について,外見的には抑うつ的にみえないものの,
心理テストの結果や問診内容によれば抑うつ状態及び不安状態にあるもの
と判断し,診療録上の傷病名として,「うつ病」と記載した。また,p医師は,15
本件労働者に対し,睡眠を十分に取ること,このままでは仕事に行けなくな
るため状況を改善する必要があること,妻(原告)や上司,あるいは中国の
現地スタッフとコミュニケーションを取るようにすることが重要であるこ
とを説明し,薬を処方した。(甲B1ないし3,乙9の1及び2)
ウ本件労働者は,p医師の診察を受けた後,原告に対し,自身の悩みについ20
て話すようになり,具体的には,薬を飲んでも効果がないこと,仕事で上司
から罵声を浴びせられること,それは今までに経験したことのないひどい叱
られ方で自分が駄目な人間であると悲しく思うほどであり,自信喪失にもな
ること,それでも本件労働者一人で仕事を進めないといけないことなどを述
べていた。(甲A3,乙11,原告)25
エ愛知労働局地方労災医員協議会精神障害専門部会(以下「専門部会」とい
う。)は,平成24年10月17日付けで,p医師の診察の結果を踏まえれ
ば,本件労働者に発病した精神障害は,ICD-10の「F32うつ病エ
ピソード」であり,発病時期は平成21年10月上旬頃である旨の意見書を
作成した。(甲B4,乙8)
3平成21年9月末までの心理的負荷の強度について5
以下では,本件労働者が遅くとも平成21年10月中旬頃までにはICD-1
0の「F32うつ病エピソード」を発病していたことを前提に,まずは,同年
9月末までの業務上の心理的負荷の程度について検討する。
⑴新型プリウス関連業務について
ア本件労働者は,主にSPGi-3の自動組付ラインの立上げに係る業務を10
担当していたところ,当該業務については,以下の事実を指摘することがで
きる。
本件会社が採用するトヨタ生産方式及びジャスト・イン・タイムの思想
からすると,本件会社において,自動車の部品の生産ラインが量産に入る
時点で,目標とされた可動率及びサイクルタイムを実現していることは重15
要な意味を持つ。(e,m,h主任)
SPGi-3の自動組付ラインは,平成20年末頃に量産試験運転を開
始して以降,平成21年4月の量産開始時点においてもなお,目標の可動
率を実現することはなく,同月25日及び同月26日に工事が実施される
まで,可動率がピーク時にも対応可能な90%で安定することはなかった。20
また,同年5月21日頃までは,ラインが30分以上停止する事態が度々
生じていた。
ドライブトレーン生技部においては,部長が各室のグループの主任に対
し業務の進捗状況の報告を求めるのはまれであり,これは大きな問題が生
じた場合等に限られるところ,本件労働者は,k部長に対し,平成21年25
2月から同年3月にかけて4回,SPGi-3の自動組付ラインに関する
報告をしており,本件労働者の担当していた業務の状況が,ドライブトレ
ーン生技部においても相応の問題として扱われていたことを示している。
SPGi-3の自動組付ラインの立上げに前記のような問題が生じて
いることについては,実際にラインで部品を生産することになるb工場側
からも様々な懸念が示され,本件労働者は,主担当としてこれに対応する5
こととなった。
本件労働者は,SPGi-3の自動組付ライン立上げに係る業務につい
て遅れが生じ始めた平成20年末頃から,dグループ長に1週間に1回ほ
どの頻度で,大きな声で叱責を受けるようになった。また,本件労働者は,
c室長にも多くの従業員に聞こえるほどの大きな声で叱り付けられるよ10
うになった。その程度は,同様の叱責を受けていたeをして,本件会社の
退職を決意させるほどのものであり,本件労働者も,これを苦に感じてお
り,また,dグループ長及びc室長に対し,相談しにくさを感じていた。
なお,dグループ長は,大声で怒鳴り付けるようなことはしていない旨
供述し(dグループ長),c室長は,本件労働者とは仕事のことで話すこと15
はほとんどなく,叱った記憶もない旨供述する(乙12,c室長)ものの,
自己の退職理由を具体的に説明するeの供述や本件労働者がp医師や原告
に述べた内容に反するほか,dグループ長及びc室長が厳しい口調であっ
たとするh主任の供述(乙14,h主任)とも整合せず,採用できない。
イ以上によれば,本件労働者は,SPGi-3の自動組付ラインの立上げに20
係る業務について,本件会社において重視されている目標を実現することが
できず,本件労働者が何らかの不利益を受けたわけではないものの,そのよ
うな事態が所属している部内でも相応の事態として扱われ,他部門からも
様々な指摘がされていた。加えて,本件労働者は,上司2名から,その業務
について,度々強い叱責を受け,相談のしにくさを感じてもいた。これら事25
実は,本件労働者にとっては相応の心理的負荷になる事情であったと認めら
れる。
ウ原告は,前記で検討した事実に加え,①3つのラインの同時立上げは,本
件会社においても注目を集めた大掛かりなものであったこと,②自動組付ラ
インの立上げは,本件会社にとって初めての試みであり,さらに,トレーサ
ビリティやオメガクランプ等,新しい取組を行ったこと,③残業規制下で労5
働密度が非常に高かったこと,④人員が削減されたことなどを指摘する。
エしかし,原告の前記ウの指摘については,以下のとおり,前記ア及びイで
検討した以上に,心理的負荷として考慮すべき事情であるとはいえない。
本件労働者は,SPGi-3の自動組付ラインのほか,他の組付ライン
又は加工ラインの担当者から相談を受ける業務を行っていたものの,新型10
プリウスのCVJ生産ライン3つをb工場に導入する業務の全体を総括
していたわけではない。原告は,dグループ長が,本件労働者に対し,平
成21年1月20日の面談の際,新型プリウスのCVJの生産ライン導入
の全体を見てほしい旨を述べていたこと(甲A11)を指摘するが,全体
を総括する責任を負うことまで求める趣旨であったとは認められない。15
本件会社は,その大部分を自動化した組付ラインを立ち上げるのが初め
てであったものの,eが供述するとおり,SPGi-3の自動組付ライン
の立上げに係る業務の内容自体は,CVJの生産準備業務について長年の
経験を有する者にとっては過重なものではなく,前記ア及びイで検討した
以上に,その業務の新規性故に本件労働者に心理的負荷が生じていたよう20
な事情は見受けられない。原告は,トレーサビリティやオメガクランプと
いった新しい取組が行われた旨も指摘するものの,そのような新しい取組
を行ったことも含めた業務を行った結果として,前記アのような事態に至
っており,これについては既に前記イのとおり評価済みであるから,原告
が指摘する新規性のある取組を独立して心理的負荷となり得る事由とし25
て検討するのは相当ではない。
本件会社は,平成20年12月から残業規制を開始し,本件労働者も,
それ以前に比べて大幅に超過勤務時間数を減少させたことが認められる。
しかし,本件労働者は,SPGi-3の自動組付ラインの量産開始に近接
した時期であって当該ラインに係る問題に最も重点的に取り組んだもの
と思われる平成21年3月及び同年4月には,19時間及び31時間305
分の超過勤務を行っており,必要な超過勤務を行うことはできていたもの
と認められる。その後,本件労働者は,同年5月には7時間の超過勤務に
とどまり,同年6月以降は残業が原則禁止となったため,超過勤務を行っ
ていないところ,その頃には,上記ラインに関する問題は収束を見せ始め
ていた。10
原告は,残業規制下での勤務であったことを心理的負荷となる事情とし
て主張するところ,確かに,このような規制が存在したことにより,従前
に比べて労働密度が高くなることは十分あり得ることではあるものの,2
020年ビジョン関連業務やその他の担当業務を踏まえても,本件労働者
が,残業規制下では処理することが困難な業務量を担っていたとか,その15
業務の遅れにより何らかの不利益を受けたなどという事情は認められな
い。
jは,平成21年4月頃にSPGi-3の自動組付ラインの立上げに係
る業務の担当を外れたことが認められるものの,これは,その時点で量産
開始に至ることができたからであり,eも,人員削減による影響はそれほ20
どなかった旨供述している(乙71)。
⑵2020年ビジョン関連業務について
ア原告は,①本件労働者は,2020年ビジョン関連業務を実質一人で担当
していた,②2020年ビジョン関連業務は,当初は夢を語るようなもので
あったものの,本件労働者が作業をこなしていくに従って難しい業務を追加25
されており,指示も一貫していなかった,③10年先あるいはもっと先の将
来の状況を予測することは,本来,経営者や管理職が行うべきで,一担当者
が行うのは酷である,④k部長らは,会議の度に指示を出し,次の会議まで
の実現を求めており,本件労働者にとっては緊急の業務かつ裁量性のない業
務であった,⑤生産準備業務を担当するドライブトレーン生技部は,将来の
会社の利益になるように量産の設備の開発を進めていく必要があるところ,5
2020年ビジョン関連業務は,まさにその本来の任務であるし,現に,メ
ンバーは何度も報告を行い,これに対して上司が厳しく細かい注文をしてい
ることからも,重要で責任の重い業務であったことが現れているなどと主張
し,その業務内容自体を心理的負荷となり得る事情として考慮すべきである
旨主張する。10
イしかし,本件労働者は,飽くまで,CVJに関する検討を行うチームの取
りまとめ役であり,本件労働者が作成したメモ(甲A8,9)からも,本件
労働者が他の従業員と共同で業務に当たっていたことは明らかである。また,
本件会社が2020年ビジョン関連業務を業務として従業員に取り組むよ
うに指示している以上,業務の進捗に従って追加の指示がされるのは当然で15
あるばかりか,本件労働者が作成したメモ(甲A8,9)を見ても,従前の
成果を覆滅させたり,事後対応に過重な負担が生じたりするような指示がさ
れていたとは認められない。また,2020年ビジョン関連業務は,本件会
社における今後のCVJの生産について,経営責任が伴うような明確な方向
性を示すことが求められていたわけではないことは明らかである。20
ウ以上によれば,2020年ビジョン関連業務は,その業務内容自体に本件
労働者と同程度の経験を有する者にとって,過重な心理的負荷になり得るよ
うな要素が含まれていたとは認められず,原告の前記主張を採用することは
できない。
⑶その他業務について25
原告は,本件労働者が前記で検討した以外の業務(前記前提事実⑵キ及び
参照)にも従事した旨指摘する。しかし,本件証拠上,これら業務により,
既に検討したところと別個に考慮すべき心理的負荷が生じていたとは認めら
れない。
⑷まとめ
以上検討したところからすれば,平成21年9月末までに本件労働者に生じ5
ていた心理的負荷としては,前記⑴ア及びイに記載したとおり,①重視されて
いた目標を実現できなかったこと,②上司であるdグループ長及びc室長から
叱責を受けていたという事情を考慮できるにとどまる。そして,上記①は,何
らかのノルマが達成できなかったことに類するものの,これにより本件会社の
経営に影響を及ぼし,あるいは事後対応に多大な労力を費やしたという事実は10
認められない。また,上記②は,dグループ長によるものが週に1回程度であ
ったことやc室長によるものが多くの従業員に聞こえるような大声であった
ことは軽視し難いものの,それらが本件労働者に対する業務指導の範囲を逸脱
しており,その中に本件労働者の人格や人間性を否定するような言動が含まれ,
あるいはこれが執拗に行われたものとは認められない。15
そうすると,上記①及び②の事情による心理的負荷の程度は,本件労働者と
同程度の経験を有する同種労働者を基準にしても決して弱いものではないと
はいえるものの,多くても「中」と解され,一般に精神障害を発病させるほど
の心理的負荷であったとまでは認められない。
4平成21年9月末以降の心理的負荷の強度について20
以下では,本件労働者が遅くとも平成21年10月中旬頃までには,ICD-
10の「F32うつ病エピソード」を発病していたことを前提に,同年9月末
以降の業務上の心理的負荷の程度について検討する。
⑴TFAP関連業務について
アTFAP関連業務について,①本件労働者は,平成21年9月末頃,それ25
までは国内業務を担当した経験しかなかったところ,初めての海外業務とし
てTFAP関連業務を担当することとなった一方,②dグループ長及びc室
長による前記のような叱責が続いていたため,本件労働者は,新しく担当す
る業務であるにもかかわらず,dグループ長及びc室長に対してTFAP関
連業務について相談しにくい状況が続いていたことを指摘でき,これらは,
本件労働者にとって心理的負荷となり得る事情であったと認められる。5
イ原告は,前記に加え,TFAP関連業務について,①本件会社が,当時,
中国市場を戦略的に重視していたことに加え,リーマンショック後の情勢
下で現調化を進めており,このような当時の本件会社の喫緊の方針に適っ
た重要かつ緊急の業務であったこと,②現に稼働しているラインの不具合
に対応する業務である以上,緊急に対応する必要があったこと,③本件労10
働者にとって初めての海外業務であるにもかかわらず,事実上一人で担当
することとなったこと,④f主任からの引継ぎが不十分であったこと,⑤
安価に作られた汎用性のない第3ラインに汎用性を持たせることが求め
られたが,本件会社が極端な経費節減を行っていたため,本件労働者が予
算を掛けずに業務を行わざるを得ず,専門家であるSVを派遣することな15
く,TFAPに改造等の作業を行わせる必要があったこと,⑥現地のg室
長との交渉が困難なものであったこと,⑦現地に行って現物を確認するこ
とができなかったこと,⑧残業規制下で労働密度が非常に高かったことな
どを指摘する。
また,本件労働者は,p医師に対し,TFAP関連業務に変更になり仕20
事の進め方が分からないこと,g室長との関係に悩んでいることを述べ,
mやh主任に対しても,g室長との関係やTFAP関連業務について相談
をしていたことが認められる。
ウしかし,原告の前記イの指摘については,以下のとおり,前記アで検討
した以上に,心理的負荷として考慮すべき事情であるとはいえない。25
使用者の方針に沿う重要な業務であるということのみでもって,業務内
容自体の心理的負荷に直結するとはいえない。
本件労働者は,第5ライン不具合対応業務に従事したものの,スケジュ
ールの遅れ等,何らかの問題が生じていた事実は認められず,不具合対応
の業務であることのみでもって,考慮すべき心理的負荷が生じていたとは
認められない。5
一般に,初めて海外業務を担当することになる従業員に対しては配慮が
必要な場面もあり得るとは思われるものの,TFAP関連業務のうち本件
労働者が担当した部分は,現地に行って確認することができないことのほ
かに,海外業務であること特有の問題があったとは見受けられない。そし
て,現地で現物を確認することができないことは,国内業務にはない困難10
な点ではあったと思われるものの,各種通信手段を用いることは可能であ
るし,f主任及びnも,本件労働者と同じ体制で業務をこなしていたばか
りか,そのことにより何らかの具体的な問題が生じた事実も認められない。
そうすると,CVJの生産準備業務について既に18年以上の経験を有し
ていた本件労働者にとって,TFAP関連業務のうち本件労働者担当部分15
を一人で担当することが,特段の困難が生じるような業務であったとは認
められない。
f主任からの引継ぎについては,その内容が不十分であり,これにより
本件労働者の業務の進行に支障が生じていたような事実は認められない。
また,f主任は,TFAP関連業務を本件労働者に引き継いだ後も,本件20
労働者と同じドライブライン計画室の他のグループに所属し,本件労働者
の近くの席で業務を行っており,仮に引継ぎに不十分な点があれば,本件
労働者は必要な確認を行うことも可能であった。
第3ラインは,当初,中国カムリの専用ラインとして製造されたもので,
汎用性を持たせることが予定されていなかったこと,本件労働者は,この25
ような第3ラインについて,560L現調化業務及び055A関連業務と
して他の車種の部品生産もできるよう改造する業務を行ったこと,本件労
働者は,いずれの改造についても専門家であるメーカーSVを利用せずに
行うことができるかどうかを検討し,TFAP側と協議を行っていたこと,
本件労働者は,TFAP側からの提案が多額の費用を要するものであった
ため対応に苦慮していたことが認められる。しかし,560L現調化業務5
及び055A関連業務について,スケジュールの遅れ等,何らかの問題が
生じていた事実は認められないし,本件会社が本件労働者に対し達成困難
なノルマを課していたとか,TFAPが本件労働者に対し,無理な要望を
行い,本件労働者がこれに対する対応を強いられたなどという事実も認め
られない。10
g室長との関係について検討するに,原告は,本件会社の海外担当者は
一般に現地の事情を優先しがちであるところ,g室長はその傾向が特に強
い人物であった旨主張し,本件労働者は,現にg室長とのやり取りや関係
構築に悩みを感じていたことが認められる。しかし,f主任は,g室長に
ついて,仕事に関して細かく筋の通らないことには妥協しない人物であり,15
きっちりと説明をしないと理解してもらえない場合もあるものの,特異な
人物であるとは思われない旨供述し(乙16,f主任),lも,g室長は筋
道の通った話をする人物で一方的な態度を取ることはなく,その要求も現
場として当たり前のものばかりであった旨述べ(乙17,20),h主任
も,同様の供述をするにとどまっており(乙14,h主任),g室長が,本20
件労働者に対し,業務として相当な範囲を超えて,心理的に追い込むよう
な態様で,一方的に過度な要求を行っていたなどという事実は認められな
い。なお,本件労働者は,mに対し,g室長からb工場海外支援グループ
を相手にせず図面等が必要な場合は直接TFAPに依頼するように言わ
れた旨相談していたことが認められるが,そもそも,上記発言の内容自体,25
趣旨が明らかではなく,g室長がこのような発言をしたという事実を支え
る証拠もない。また,原告は,本件会社は極端なヒエラルキー組織であり,
主任の立場の本件労働者が室長の立場にあるg室長に対し意見を述べる
ことはほとんど不可能であったと主張するが,g室長の本件会社における
職層は本件労働者と同じく主任であり,原告の主張は採用できない。
本件会社においては,平成21年6月以降,残業が原則禁止となったた5
め,本件労働者も同年9月及び10月には,超過勤務を行っていない。し
かし,既に検討したところと同じく,このような規制が存在したことによ
り,従前に比べて労働密度が高くなることは十分あり得るものの,202
0年ビジョン関連業務やその他の担当業務を踏まえても,本件労働者が,
残業規制下では処理することが困難な業務量を担っていたとか,その業務10
の遅れにより何らかの不利益を受けたなどという事情は認められない。
⑵2020年ビジョン関連業務について
前記3⑵と同じく,2020年ビジョン関連業務は,その業務内容自体に本
件労働者と同程度の経験を有する者にとって過重な心理的負荷になり得るよ
うな要素が含まれていたとは認められない。なお,本件労働者は,平成21年15
10月までの間に,同年11月13日及び同年12月9日の部長報告会で用い
る資料作成を行っていたことが認められるものの,これにより,他の業務が逼
迫していたなどという事実は認められない。
⑶その他の業務について
前記3⑶と同じく,本件証拠上,本件労働者が従事していたその他の業務に20
より,既に検討したところと別個に考慮すべき心理的負荷が生じていたとは認
められない。
⑷まとめ
以上検討したところからすれば,平成21年9月末から同年10月中旬頃ま
での間に本件労働者に生じていた心理的負荷としては,前記⑴アに記載したと25
おり,①業務内容に変更があったこと,②dグループ長及びc室長からの叱責
が続いていたことにより本件労働者がdグループ長及びc室長に対し相談を
しにくい状況が続いていたことを指摘することができるにとどまる。そして,
上記①は,これにより仕事量が著しく増加し,あるいは過去に経験したことが
ない仕事内容に変更となって常時緊張を強いられる状態になったものとは認
められない。また,上記②は,前記のとおり,それらが本件労働者に対する業5
務指導の範囲を逸脱しており,その中に本件労働者の人格や人間性を否定する
ような言動が含まれ,あるいはこれが執拗に行われたものとは認められない。
そうすると,上記①及び②の事情による心理的負荷の程度は,前記3で検討
したところと同じく,本件労働者と同程度の経験を有する同種労働者を基準に
しても決して弱いものではないといえるものの,多くても「中」と解され,一10
般に精神障害を発病させるほどの心理的負荷であったとまでは認められない。
5総合評価
以上検討したところによれば,平成21年9月末頃までの間に本件労働者に生
じていた業務による心理的負荷,及び同月末頃以降同年10月中旬頃までの間に
本件労働者に生じていた心理的負荷については,いずれもその程度は精神障害を15
発病させる程度の強度であったということはできない。そして,これら心理的負
荷は,dグループ長及びc室長による叱責の点で,相互に関連し,連続して生じ
たものであるが,その内容や態様に照らすとき,これらを総合して評価するとし
ても,その程度が「強」に至るとは認められない。よって,本件労働者が平成2
1年10月中旬頃までに発病した精神障害と本件会社における業務との間に相20
当因果関係を認めることはできない。
第4結論
以上のとおり,本件各処分は適法にされたものというべきであり,原告の請求は
理由がないから,いずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第1部25
裁判長裁判官井上泰人
裁判官伊藤達也
裁判官野村武範は転補のため署名押印できない。
裁判長裁判官井上泰人
別紙1
(省略)
別紙2
(省略)

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