弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主       文
札幌地方裁判所平成16年(行ウ)第21号違法公金支出返還請求事件の被告を
北海道知事から北海道警察本部長に変更することを許可する。
理       由
第1 本件申立て
  本件申立ては,申立人が提起した札幌地方裁判所平成16年(行ウ)第21号
違法公金支出返還請求事件(以下「本件訴訟」という。)につき,被告を北海道知
事としたが,住民訴訟に準用される行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)1
5条1項により,本件訴訟の被告を北海道警察本部長(以下「道警本部長」とい
う。)に変更することを許可するとの裁判を求めるものである。
第2 当事者の主張
(申立人の主張)
1 原告は,本件訴訟と同様の,いわゆる北海道警察における捜査用報償費の不
正支出問題につき,北海道知事を被告として,違法に支出された公金の返還を求め
る訴訟(札幌地方裁判所平成16年(行ウ)第5号違法公金支出金返還請求事件。以
下「先行訴訟」という。)を提起したところ,札幌地方裁判所は,平成16年11
月19日,北海道知事が被告適格を有していないことを理由として,上記訴えを却
下した。
   本件訴訟と先行訴訟とは,具体的な公金支出を行った者は異なるものの,支
出した北海道費が報償費であることや,報償費を違法に支出したのが本件訴訟では
北海道警察釧路方面弟子屈署長である一方,先行訴訟では北海道警察旭川方面旭川
中央署長の地位にあった者であって,いずれの訴訟もその法的構造は同様である。
   したがって,被告適格に関する先行訴訟の判断がそのまま本件訴訟において
繰り返されるならば,本件訴訟においても北海道知事の被告適格は否定されること
になる。
   しかしながら,本件訴訟において,被告も被告適格を有するのは道警本部長
であると主張していることから,少なくとも道警本部長が被告適格を有することは
争いがないものと解される。
2 住民訴訟に準用される行訴法15条1項の趣旨は,行政関係法規が複雑で,
原告が誤った者を被告として訴えを提起してしまう事態が起こり得るが,その場合
に必ずしも原告の責めに帰すことのできない事由があるときに,出訴期間の遵守を
救済する点にある。かかる趣旨によると,同条項の「重大な過失」(以下「重過
失」という。)とは,被告とすべき者が法令上一見明らかな場合等,原告の有する
判断能力をして一見して容易にこれを認識することが可能であったにもかかわら
ず,被告を誤った場合に限られると解される。また,訴訟経済の観点からも,訴訟
によって行政の執行を監視するという住民訴訟の目的からも,住民訴訟において被
告の変更を許さない重過失の判断を厳格にすることは,妥当ではない。
3 本件では,違法公金支出の返還を求める権限の委任関係につき,法律上必ず
しも明確ではなく,北海道財務規則という細則で初めてこれを確認できるが,その
細則をもってしても,北海道財務規則が当該事案について適用されることが一義的
に明らかとはならず,法律上明文で権限を有する者が規定されている場合のよう
に,一見して被告とすべき者が明らかである場合とはいえない。本件訴訟における
違法公金支出の返還を求める権限の所在については,仮に北海道知事から権限の委
任があったとしても,北海道財務規則上それが道警本部長にあるのか,方面本部長
に委任されているのか明確でない。このように,本件は,まさに複雑な行政関係法
規により委任が行われている場合に該当するのであるから,行訴法15条1項で被
告の変更を認める趣旨
に合致する。
   したがって,本件訴訟の被告を誤ったことについて,原告に重過失があると
はいえない。
(相手方の主張)
1 申立人は,先行訴訟及びその控訴事件である札幌高等裁判所平成16年(行
コ)第20号事件(以下,先行訴訟と併せて「先行訴訟等」という。)において,被
告適格は北海道知事にあると主張しながら,本件訴訟において,道警本部長に被告
を変更する申立てをしている。先行訴訟等と本件訴訟において,申立人がこのよう
に別個の主張をする真意は,裁判所の判断を誤らせる意図のもとに,いずれかの訴
訟を自己の有利に進行させようとする点にあり,訴訟上の信義則に反し,かつ,禁
反言の法理に反するものであって,本件被告変更の申立て自体失当として却下され
るべきである。
 2 行訴法15条1項の故意があることについて
  (1) 行訴法15条1項における故意又は重過失の判断対象となる「原告」と
は,原告代理人を含むと解すべきところ,本件訴訟では,原告本人1名及び原告訴
訟代理人63名の64名全員が法律専門家たる弁護士である。
    地方自治法(以下「自治法」という。)242条の2第1項4号に基づく
訴訟(以下「4号住民訴訟」という。)の被告適格については,行訴法上の被告適
格が準用され(自治法242条の2第11項,行訴法43条3項,40条2項(た
だし,平成16年改正前のもの。)),公法上の委任では,委任者が委任事項の権
限を失うことは弁護士の初歩的知識に属し,また,自治法242条の2第1項4号
が「普通地方公共団体の長」と「執行機関又は職員」とを明確に区別した表現で規
定しているから,これらの条文を一読すれば,本件訴訟の被告が普通地方公共団体
の長に限られないことは容易に理解できる。
    そして,北海道知事は,自治法180条の2を受け,北海道財務規則12
条に基づき,その所掌に属する事務に係る債権の管理に関し,道警本部長に委任を
しているから,北海道知事は委任した債権管理の権限を失う。
    普通地方公共団体の長が有する財務会計上の権限につき,誰が委任を受け
ているかは,財務会計規則又は告示によって公にされているから,これらの規定を
検索することで容易に判明するし,北海道財務規則についても,インターネットや
主要官公庁等で容易に検索可能である。
  (2) しかも,①申立人は,平成15年12月12日及び同月22日,旭川中央
署における報償費の支出が,違法又は不当な公金の支出に当たるか否かの監査を求
める請求を行い,平成16年2月9日,同請求に対する監査結果が示され,②申立
人は,平成16年3月1日,弟子屈警察署における報償費の支出にかかわったと思
われる職員及び平成12年当時の道警本部長に対し損害賠償等の適切な措置をとる
こと並びに平成16年3月1日当時の道警本部長に対し,報償費等についての不正
経理を是正することを求める請求を行い,平成16年5月11日,同請求に対する
監査結果が示され,①②の各監査結果には北海道の財務会計事務が北海道財務規則
等に基づき執行されている旨明記されていたから,申立人は,各監査結果が示され
た時点で,北海道に
おける財務会計上の行為の委任の根拠が北海道財務規則等にあることを当然知って
いた。
    また,相手方(被告)は,先行訴訟の,平成16年4月30日付け答弁書
において,知事が被告適格を有しないことを主張し,その主張を立証するため北海
道財務規則を証拠として提出している。
  (3) そして,申立人は,先行訴訟の第1回口頭弁論期日(平成16年5月7
日)に,意見陳述をし,「被告が訴訟技術によって勝ちたいのなら,勝てばよ
い。」と述べたのであるから,申立人が,この時点で被告とすべき者を誤ったこと
を認識していたことは容易に推認される。
    さらに,先行訴訟の判決後の記者会見において,申立人は,先行訴訟にお
いて被告をあえて北海道知事とした理由について「知事の姿勢を法廷でただしたか
った」と明確に述べており,本件訴訟も同様の意図によって提起されたことは明ら
かである。
    以上のとおり,申立人には,被告を誤ったことについて故意があった。
 3 行訴法15条1項の重過失があることについて
  (1) 関係法規を一読すれば,自治法180条の2には普通地方公共団体の長の
事務の委任に関する規定が存すること,自治法242条の2第1項4号の条文が普
通地方公共団体の長と執行機関又は職員とを明確に区別した表現で規定しているこ
と,警察法では,道警本部長が北海道警察の運営の最終責任者であることから,申
立人は,まず道警本部長が被告適格を有するかどうかの検討をするのが当然であ
り,行政訴訟を提起する弁護士が事実調査と並行して被告を誰とすべきかにつき,
法令調査を行うことは,弁護士の常識の範囲に属する。本件訴訟の場合,被告とす
べき者が知事でないことは法令上一見して明らかであり,法律専門家である弁護士
グループが些少な注意を払えば,道警本部長を被告とすべきことは極めて容易に認
識することが可能だっ
たから,申立人において,被告を誤ったことにつき重過失があったことは明白であ
る。
  (2) また,前記のように,申立人は,申立人が2回にわたって行った監査請求
に係る各監査結果が示された時点で,北海道の財務会計事務の根拠が北海道財務規
則にあることを知悉できたし,しかも,北海道財務規則は,容易に検索できる。そ
して,北海道財務規則と警察法を読めば,道警本部長が本件訴訟の被告であること
は容易に判明する。
    以上のとおり,申立人には,被告を誤ったことについて重過失があった。
第3 裁判所の判断
 1 本件申立ての適法性
   まず,相手方が主張するように,本件申立てが,申立て自体失当として却下
されるべきものかにつき検討するに,申立人の先行訴訟等と本件訴訟における別個
の主張が裁判所の判断を誤らせる意図のもとに行われたとすべき事情を認めること
はできず,本件申立てに訴訟上の信義則又は禁反言法理の違反はなく,本件申立て
は適法である。
 2 被告変更の許否
  (1) 本件訴訟の被告適格
    4号住民訴訟において被告となる「当該普通地方公共団体の執行機関又は
職員」とは,当該訴訟で求められている損害賠償等の請求や賠償命令を行う権限を
有する行政庁及びその補助機関をいうと解されるところ,損害賠償等を請求する権
限及び出納職員等に対して賠償命令を発令する権限は,地方公共団体の長に与えら
れている(自治法242条の3第1項,243条の2第3項,同4項)から,地方
公共団体の長は,執行機関として4号住民訴訟の被告適格を有すると解される一
方,4号住民訴訟は,被告に対して損害賠償等の請求や賠償命令の発令を義務付け
る訴訟であって,現にこれらの請求や発令の権限を有している者を被告とすべき訴
訟形態であることからすれば,地方公共団体の長が当該権限を他に委任している場
合には,委任者たる地
方公共団体の長は,もはや同権限を有さず,4号住民訴訟の被告適格を失うと解す
るのが相当である。
    これを本件についてみると,本件訴訟における被告とされている北海道知
事は,北海道財務規則12条において,部局長たる道警本部長及び方面本部長(北
海道財務規則2条)に対し,その所掌に属する事務に係る債権の管理等の執行を委
任しており(乙1),申立人が求める損害賠償請求権を行使する権限は,北海道財
務規則12条によって,北海道知事から道警本部長及び方面本部長に委任されたと
いうべきである。そうすると,北海道知事は,もはや上記権限を有しておらず,本
件訴訟の被告適格を有しないというべきである。
    そして,道警本部長は,道公安委員会の管理に服し,北海道警察本部の事
務を統括し,その所属の警察職員を指揮監督すること(警察法48条),釧路方面
本部長は,道警本部長の命を受け,その所属の警察職員を指揮監督すること(同法
51条3項),北海道財務規則は,以上の警察法の諸規定の存在を当然の前提とし
て規定されていることからすれば,釧路方面本部長の所掌に属する事務は,道警本
部長の所掌に属する事務でもあるというべきであるし,北海道知事は方面本部長の
所掌に属する事務を釧路方面本部長に対してのみならず,道警本部長に対しても委
任していると考えられる。
    したがって,申立人は,本件訴訟について,被告とすべき者を誤ったもの
であり,道警本部長は,本件訴訟の被告適格を有していると解される。
  (2) 申立人の故意又は重過失の存否
    そこで,申立人が被告とすべき者を誤ったことについて,行訴法15条1
項の故意又は重過失があるかについて検討する。
    本件訴訟のように財務規則等により債権の管理権限が地方公共団体の長か
ら職員に委任されたときに4号住民訴訟の被告適格が誰に存するかという点につい
ては先例に乏しく,これまで余り論じられていなかった問題であり,当該地方公共
団体の長が被告適格を失うとの解釈が確立していたとは認めることはできない(実
際にこれと反対の見解を採る法学者も存在する。)。
本件訴訟についてみても,確かに,北海道財務規則によれば,北海道知事
が部局長たる道警本部長及び方面本部長に対し,その所掌に属する事務に係る債権
の管理の委任をしていることは明らかであるが,その債権に損害賠償請求権が含ま
れるかという点については,一義的に明らかであるとまではいえない。
    そうすると,相手方が主張するように,先行訴訟で,申立人に「被告が訴
訟技術によって勝ちたいのなら,勝てばよい」との発言があったことや,申立人が
本件訴訟の被告を北海道知事とした理由について「知事の姿勢について法廷でただ
したかった」と述べていたことがあったからといって,そのことから直ちに北海道
知事が被告適格を有しないことを認識していたとすることはできない。
    また,相手方が主張する北海道財務規則の調査が容易であることや申立人
が弁護士であり,訴訟代理人たる弁護士が多くいたこと等の事情を前提としても,
本件訴訟の被告を誤ったことについて,申立人に故意又は重過失があったともいえ
ない。
 3 よって,本件申立ては相当であるから,主文のとおり決定する。
平成17年6月16日
札幌地方裁判所民事第5部
裁判長裁判官    笠    井    勝    彦
裁判官    栗    原         保
裁判官    矢    澤    雅    規

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