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平成17年(ネ)第10109号特許権侵害差止等請求控訴事件
(原審東京地方裁判所平成16年(ワ)第14019号)
平成18年2月14日口頭弁論終結
判決
控訴人株式会社スタビロ
同訴訟代理人弁護士窪田英一郎
同柿内瑞絵
同乾裕介
同補佐人弁理士相原正
被控訴人JFEソルデック株式会社
同訴訟代理人弁護士吉原省三
同小松勉
同三輪拓也
同上田敏成
主文
1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1控訴人
(1)原判決を取り消す。
(2)被控訴人は,別紙物件目録記載の動揺軽減装置を製造し,又は販売し
てはならない。
(3)被控訴人は,控訴人に対し,1600万円及びこれに対する平成16
年7月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4)訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
(5)仮執行宣言。
2被控訴人
主文と同旨
第2事案の概要
1事案の要旨
本件は,控訴人が,被控訴人に対し,後記本件特許権の間接侵害に基づく後
記被控訴人装置の製造又は販売行為の差止め,並びに本件特許権の間接侵害及
び独占的通常実施権の間接侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償及び遅
延損害金の支払を求めたのに対して,被控訴人が,構成要件の非充足及び進歩
性欠如の無効事由等を主張して争った事案である。
原審は,後記本件特許は,進歩性欠如(特許法29条2項)の理由で無効審
,,,判により無効にされるべきものと認められるから控訴人は被控訴人に対し
本件特許権を行使することができない(特許法104条の3第1項)と判断し
て,控訴人の請求をいずれも棄却したので,控訴人は,これを不服として,本
件控訴を提起した。
2争いのない事実等(特に断ったもの以外,当事者間に争いがない)。
(1)当事者
ア控訴人は,船舶の動揺軽減装置の設計及び施工を業とする株式会社であ
り,P1(以下「P´1」という)は,控訴人の代表取締役であった者。
である。
イ被控訴人は,船舶・船用艤装品等の開発,設計,制作及び施工等を業の
1つとする株式会社である。
(2)本件特許権等
ア本件特許権
P´1は,次の特許権につき設定登録を受けた(以下,この特許を「本
件特許」といい,その特許権を「本件特許権」という。。)
特許番号特許第3125141号
発明の名称船舶の動揺軽減装置の制御方法
出願日平成10年5月29日
登録日平成12年11月2日
なお,本件特許権の登録時の特許請求の範囲(請求項1)の記載は,下
記のとおりである。
「船体の両舷に設定した一対の少なくとも2つのウイングタンク(1
,),()2a12bとこれらウイングタンクの底部を連結して液体17
を左右方向へ移動させる液体通路(13)と,前記の両ウイングタンク
上部間に設けられる液体(17)の制動を目的とした遠隔駆動式のバル
ブ(15)等の手段を介して連通させる空気ダクト(14)或いは,各
々のウイングタンク(12a,12b)の上部附近に設けられる大気へ
開放可能とする遠隔駆動式のバルブ(15)付き空気ダクト(14)と
を有し,更に,操舵輪部(1)からでる舵角指令情報を検知するポテン
(),,ショメータ4等の手段から出力される情報と船速情報を取り入れ
これらの内容を解読すると共に制御信号を出力するコントロール部
(2)と,コントロール部(2)からの制御信号を基に前記バルブ(1
5)を遠隔駆動させる開閉機器装置部(3)とを具備した液体(17)
の移動または停止操作を自動的に成し得る船舶の動揺軽減装置の制御方
法に於いて,船が急旋回行動をする時点の舵角指令と船速情報が,予め
設定してある条件を満たす場合は,液体(17)を停止させない状況下
に生じる液体移動による船体傾斜の増長を事前に防止し得るよう,舵圧
により船体が旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前に,バルブ(15)を
強制的に閉じて移動用液体(17)を停止させる制動を,自動的に制御
させることを特徴とする船舶の動揺軽減装置の制御方法」。
イ独占的通常実施権の許諾
,,,,P´1は控訴人との間で平成12年11月2日本件特許権につき
P´1を許諾者,控訴人を被許諾者とする独占的通常実施許諾契約を締結
した(弁論の全趣旨。)
ウ本件特許権の移転
控訴人は,P´1との間で,本件特許権を譲り受けることを内容とする
契約を締結し,平成16年6月15日,その移転登録を受けた。
エ訂正審判
控訴人は,本件控訴の提起後である平成17年10月3日,本件特許に
係る明細書の特許請求の範囲の記載を訂正する審判を請求し,特許庁は,
上記請求を訂正2005-39178号事件として審理した上,平成17
,(「」。)年12月6日上記訂正を認める旨の審決以下本件訂正審決という
をし,これが確定した(以下,本件訂正審決により認められた訂正を「本
件訂正」といい,本件訂正後の本件特許に係る明細書及び図面を「本件明
細書」という。。)
オ特許請求の範囲の記載
本件訂正後の請求項1(以下,この発明を「本件特許発明」という)。
の記載は下記のとおりである(下線部は,本件訂正による訂正箇所であ
る。。)
「船体の両舷に設定した一対の少なくとも2つのウイングタンク(1
,),()2a12bとこれらウイングタンクの底部を連結して液体17
を左右方向へ移動させる液体通路(13)と,前記の両ウイングタンク
上部間に設けられる液体(17)の制動を目的とした遠隔駆動式のバル
ブ(15)等の手段を介して連通させる空気ダクト(14)或いは,各
々のウイングタンク(12a,12b)の上部附近に設けられる大気へ
開放可能とする遠隔駆動式のバルブ(15)付き空気ダクト(14)と
を有し,更に,操舵輪部(1)からでる舵角指令情報を検知するポテン
(),,ショメータ4等の手段から出力される情報と船速情報を取り入れ
これらの内容を解読すると共に制御信号を出力するコントロール部
(2)と,コントロール部(2)からの制御信号を基に前記バルブ(1
5)を遠隔駆動させる開閉機器装置部(3)とを具備した液体(17)
の移動または停止操作を自動的に成し得る船舶の動揺軽減装置の制御方
法に於いて,船が急旋回行動をする時点の舵角指令と船速情報が,予め
設定してある条件を満たす場合は,液体(17)を停止させない状況下
に生じる液体移動による船体傾斜の増長を事前に防止し得るよう,舵圧
により船体が旋回中心内側方向へ傾斜した後であって遠心力により旋回
中心外側方向へ傾斜を起こす前に,バルブ(15)を強制的に閉じて移
動用液体(17)を停止させる制動を,自動的に制御させることを特徴
とする船舶の動揺軽減装置の制御方法」。
カ分説
本件特許発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,各構
成要件を「構成要件Aⅰ」のように表記する。。)
Aⅰ船体の両舷に設定した一対の少なくとも2つのウイングタンク
(12a,12b)と,
ⅱこれらウイングタンクの底部を連結して液体(17)を左右方向
へ移動させる液体通路(13)と,
ⅲa前記の両ウイングタンク上部間に設けられる液体(17)の制
動を目的とした遠隔駆動式のバルブ(15)等の手段を介して連
通させる空気ダクト(14)
b或いは,各々のウイングタンク(12a,12b)の上部附近
に設けられる大気へ開放可能とする遠隔駆動式のバルブ(15)
付き空気ダクト(14)とを有し,
ⅳ更に,操舵輪部(1)からでる舵角指令情報を検知するポテンシ
ョメ-タ(4)等の手段から出力される情報と,船速情報を取り入
れ,これらの内容を解読すると共に制御信号を出力するコントロ-
ル部(2)と,
ⅴコントロ-ル部(2)からの制御信号を基に前記バルブ(15)
を遠隔駆動させる開閉機器装置部(3)とを具備した
ⅵ液体(17)の移動または停止操作を自動的に成し得る船舶の動
揺軽減装置の制御方法に於いて,
B船が急旋回行動をする時点の舵角指令と船速情報が,予め設定して
ある条件を満たす場合は,液体(17)を停止させない状況下に生じ
る液体移動による船体傾斜の増長を事前に防止し得るよう,舵圧によ
り船体が旋回中心内側方向へ傾斜した後であって遠心力により旋回中
心外側方向へ傾斜を起こす前に,バルブ(15)を強制的に閉じて移
動用液体(17)を停止させる制動を,自動的に制御させる
Cことを特徴とする船舶の動揺軽減装置の制御方法。
(3)被控訴人方法等
ア被控訴人装置
被控訴人は,平成13年3月以降,業として,別紙物件目録記載の動揺
軽減装置を製造,販売している(以下,この動揺軽減装置を「被控訴人装
置」といい,動揺軽減装置の各構成は,別紙物件説明書記載の符号ととも
に「被控訴人装置コントロール部3」のように表記する。。)
イ被控訴人方法の分説
控訴人が主張する被控訴人装置を用いた船舶の動揺軽減装置の制御方法
を分説すると,次のとおりである(以下,この方法を「被控訴人方法」と
いい,各構成を「被控訴人方法A´ⅰ」のように表記する。なお,被控訴
人方法B´については,争いがある。。)
A´ⅰ船体の両舷に設定した一対のウイングタンク4a及び4bと,
ⅱこれらウイングタンクの底部を連結して液体8を左右方向へ移動
させる液体通路5と,
ⅲ両ウイングタンク上部間に設けられ,コントロール部3からの指
令によって制御可能なバルブ11を介して連通される空気ダクト6
とを有し,
ⅳ更に,舵角指令装置10からでる舵角指令情報を検知するポテン
ショメータ13から出力される舵角指令情報と,船速検出装置9か
ら出力される船速情報を取り入れ,これらの内容を解読すると共に
制御信号を出力するコントロール部3と,
ⅴコントロール部3からの制御信号を基に前記バルブ11を遠隔駆
動させる電磁弁12(開閉機器装置部)とを具備した
ⅵ液体8の移動または停止操作を自動的に成し得る船舶の動揺軽減
装置の制御方法において,
B´船が急旋回行動をする時点の舵角指令情報と船速情報が,予め設
定してある条件を満たす場合は,液体8を停止させない状況下に生じ
る液体移動による船体傾斜の増長を事前に防止し得るよう,舵圧によ
り船体が旋回中心内側方向へ傾斜した後であって遠心力により旋回中
心外側方向へ傾斜を起こす前に,バルブ11を強制的に閉じて液体8
を停止させる制動を,自動的に制御させる
C´ことを特徴とする船舶の動揺軽減装置の制御方法。
(4)被控訴人方法と本件特許発明との対比
ア被控訴人方法A´ⅰないしⅲは,本件特許発明の構成要件Aⅰないしⅲ
aを充足する。
イ被控訴人方法A´ⅴ及びⅵは,同構成要件Aⅴ及びⅵを充足する。
ウ被控訴人方法C´は,同構成要件Cを充足する。
3争点
(1)構成要件の充足
ア被控訴人方法A´ⅳは,本件特許発明の構成要件Aⅳを充足するか。
イ被控訴人装置を用いた船舶の動揺軽減装置の制御方法について,被控訴
。,,人方法B´のように特定することができるかまた被控訴人方法B´は
同構成要件Bを充足するか。
(2)無効事由
ア本件特許には,未完成発明又は実施可能要件欠如の無効事由が存在する
か。
イ本件特許には,進歩性欠如の無効事由が存在するか。
ウ本件特許には,訂正要件違反の訂正をした無効事由が存在するか。
(3)間接侵害,共同不法行為,損害
ア特許法101条3号の間接侵害の成否
イ特許法101条4号の間接侵害の成否
ウ共同不法行為
エ控訴人の損害
4争点(1)ア(構成要件Aⅳの充足)に関する当事者の主張
(1)控訴人の主張
ア(ア)操舵輪の操作によって生じた舵角情報の電気信号への変換は,通
常,操舵輪に取り付けられたポテンショメータによって行われている。
(イ)被控訴人装置においても,操舵輪に取り付けられたポテンショメ
ータが操舵輪の操作を検知して舵角指令信号に変換している。
(ウ)上記の被控訴人装置のポテンショメータは,本件特許発明の構成
要件Aⅳにいう「操舵輪部(1)からでる舵角指令情報を検知するポテ
ンショメ-タ(4)等の手段」に該当する。
(エ)オートパイロットがオフの状態では,舵角指令信号は,操舵輪に
取り付けられたポテンショメータからコントロール部に出力される。船
舶が急旋回を行うのは非常事態であり,このような場合には,オートパ
イロットはオフであるか,少なくともオートパイロットをオフにして手
動操作に切り替えてから急旋回操作を行うのが通常である。
(オ)確かに,被控訴人装置がオートパイロットを有し,オートパイロ
ットがオンの状態で自動航行が行われる場合には,操舵輪に取付けられ
たポテンショメータを経由せずに舵角指令信号がコントロール部に送ら
れるという構成を有することはあり得るが,オートパイロットからコン
トロール部に舵角指令信号が送られるという構成が付加されていること
は,被控訴人装置が本件特許発明の構成要件Aⅳを充足するとの判断を
何ら妨げるものではない。
イしたがって,被控訴人方法A´ⅳは,本件特許発明の構成要件Aⅳを充
足する。
(2)被控訴人の主張
ア(ア)控訴人の主張アのうち(ア)は認め(イ)ないし(オ)は否認,,
する。
(イ)本件特許発明の構成要件Aⅳの「ポテンショメータ」は,操舵輪
部に設けられているものであるのに対し,被控訴人方法A´ⅳの「ポテ
ンショメータ」は,オートパイロットに内蔵されており,操舵輪部に取
り付けられたものではない。
(ウ)本件特許発明の構成要件Aⅳの「操舵輪部(1)からでる舵角指
()」令情報を検知するポテンショメ-タ4等の手段から出力される情報
は,操舵輪部からの舵角指令情報をポテンショメータ等が変換して出力
する電気信号のことであり,ポテンショメータ等の出力する電気信号に
それ以外の情報を加えたものは含まない。このことは,P´1が,その
出願に係る特許第3474559号の願書の請求項1において「操舵,
輪部(1)に操舵輪部を手動モードに切り替えて操作を行う時のみに舵
角指令情報を出力するポテンショメータ(4)等」との記載をしたこと
からも裏付けられている。
これに対し,被控訴人装置が前提とするオートパイロット装置では,
オートパイロット装置の内部にポテンショメータが組み込まれている
が,急速旋回を行う場合でもオートパイロット装置がオフになることは
ない。操船者が舵輪等を動かすと,その情報は,ポテンショメータから
ではなく,オートパイロット装置から,舵輪操作による情報以外の情報
も加えられて舵角指令信号として出力される。
イ同イは争う。
5争点(1)イ(構成要件Bの充足)に関する当事者の主張
(1)控訴人の主張
ア利用発明
被控訴人方法は,舵角指令信号及び船速信号があらかじめ設定してある
条件を満たすときには,減揺水槽(以下「ART」という)を非作動の。
状態にするという本件特許発明の技術的思想を利用した利用発明である。
よって,被控訴人方法Bは,本件特許発明の構成要件Bを充足する。
イ被控訴人990号特許の出願経過
(ア)被控訴人の有する特許第3460990号(以下「被控訴人99
0号特許」という)の出願時の特許請求の範囲(甲6)には,船速信。
号と舵角指令信号とによりコントロール部がARTの作動/非作動の判
,,定を行う装置に係る請求項1とこの請求項1を引用する請求項として
平均横揺れ角があらかじめ設定した値以上である場合には,船速信号及
び舵角指令信号がART非作動の条件になっていても,減揺機能を発揮
させる請求項7とが記載されていたが,被控訴人は,本件特許発明を引
用例とした拒絶理由通知(甲7)を受けて,請求項1に請求項7の構成
を加えて補正した。
(イ)この経過は,被控訴人自身も「平均横揺れ角の入力」は付加的,
な構成要件であると考えていたことを示すものである。
ウ無意味な構成の付加
ARTがその減揺効果を発揮するのは,ARTの固有周期に近い周期で
船体が横揺れする場合である。しかし,急旋回を行うと,船体が波を受け
る角度が急激に変わるため,船体の横揺れ周期も急激に変化するから,急
旋回を行っている間ARTの動作を継続させたとしても,ARTがその減
揺効果を常時発揮し続けることは不可能であり,ARTを作動状態にして
おくことにより,旋回中心外側方向への傾斜分を上回る最大傾斜角の減少
が得られるような場面が現実に生じるとは考えにくい。
したがって,被控訴人方法における平均横揺れ角信号によるARTの作
動/非作動の判定は無意味なものであり,このような無意味な構成を付加
しても,本件特許発明の構成要件の充足を回避することはできない。
(2)被控訴人の主張
ア控訴人の主張ア(利用発明)は争う。
本件特許発明は,舵角指令と船速情報が,あらかじめ設定してある条件
を満たす場合にバルブを閉じるようになっている。これに対し,被控訴人
装置を用いた船舶の動揺軽減装置の制御方法は,舵角信号,船速信号及び
平均横揺れ角信号の3つの情報によりARTの作動/非作動を制御する方
法であって,舵角信号と船速信号がバルブを閉じる条件を満たしたとして
も,バルブを閉じない場合があり,被控訴人方法B´のように特定するこ
とはできないし,本件特許発明を利用している関係にもない。
すなわち,ARTは,船の横揺れを軽減する効果があるところ,ART
の動作を継続させることによって得られる最大傾斜角の減少分Aと,旋回
による外方への傾斜分Bを比べて,A≧Bであれば,ARTの動作を継
続した方が最大傾斜角が小さくなるか,変らないことになる。そこで,被
控訴人方法では,舵角信号,船速信号がARTの動作停止の条件を満たし
,,ても船舶の平均横揺れ角信号の解析結果が所定閾値を下回る場合に限り
ARTを非作動としたものである。
イ同イ(被控訴人990号特許の出願経過(ア)は認め(イ)は否認す),
る。
被控訴人990号特許の出願時の請求項7の発明は,同請求項1の発明
とは技術的思想の異なる別発明である。
ウ同ウ(無意味な構成の付加)は争う。
「減揺タンク実船試験成績書(乙9)には,漁業取締船の急速旋回時に」
おけるARTの影響を調べるための試験結果が記載されているが,これに
よると,ARTを作動させておいた場合,非作動とした場合に比し,定常
,.傾斜角の変化については大差がなかったものの最大傾斜角については1
99度の減少が記録された(乙9第16頁。また,減揺率については,右)
旋回/左旋回とも,横揺れ振幅が減少している様子を読み取ることができ
る(乙9第17頁,18頁の図参照。)
したがって,平均横揺れ角信号を取り入れてARTの作動/非作動を制
御する被控訴人方法は,本件特許発明に無意味な構成を付加したものでは
ない
6争点(2)ア(未完成発明又は実施可能要件欠如の無効事由)に関する当
事者の主張
(1)被控訴人の主張
ア未完成発明
(ア)P´1の出願に係る特許第3474559号の早期審査に関す
る事情説明書(乙6の3)には,次の記載がある。
航行中の船体は出会い波や風の影響を受け船首がヨーイング左「,(
右方向へ移動)し,または,横方向へ移動するために針路コースから
逸脱することになる。特に,時化の状態ではコースの逸脱が頻繁とな
る為,これに対応した転舵の手段が自動的に行われている。この転舵
の舵角指令と急旋回を行う時の初期の舵角指令の内容が殆ど同じで区
別がつかない。従って,荒天時の航海に於いて,単にコース修正の為
に出力された舵角指令信号を急旋回と誤り,実際には減揺効果を必要
とし,しかも,タンク内の液体が復原力に悪影響を与えていないにも
係わらず,バルブを閉じ非作動とする,引用例-1(判決注:後記文
献(イ,すなわち本件特許権を意味する)および引用例-2(判決)。
注:後記文献(ハ,すなわち被控訴人990号特許を意味する)の)。
制御方法では,ARTとして適さない欠点のある操作方法であると引
用例-3が指摘している(本願発明の詳細な説明【0006【0。】,
007】に記載している(乙6の3第8頁1行~10行))」
「船の急旋回中は遠心力により,必ず旋回中心外側方向へ定常横傾
斜を起こす。この時,ARTの移動用液体によって発生する傾斜モー
メント(遊動水)が遠心力に加わり,船体横傾斜角度を更に大きくす
るという,ARTの欠点を解消せしめる目的に関しては,本願と先行
文献は同じであることを認めるが,特に文献(イ)と(ハ)の技術で
は,この目的を達成することができないのである(乙6の3第9頁。」
2~6行)
(イ)したがって,本件特許は,未完成発明である(特許法29条1
項柱書)との無効事由を有するから,本件特許権の行使をすることが
できない。
イ実施可能要件欠如
(ア)a本件特許発明は「船が急旋回行動をする時点の舵角指令と船,
速情報が,予め設定してある条件を満たす場合」にARTを非作動
とする制御方法に関するものであるが,本件特許発明の構成要件B
の「予め設定してある条件」については,本件明細書中に記載がな
い。
b本件特許発明は,本件訂正によって実施不能となった。
本件訂正により,本件特許発明は「舵圧により船体が旋回中心内,
側方向へ傾斜した後であって遠心力により旋回中心外側方向へ傾斜
を起こす前に」バルブを閉じることを要件とすることになったが,
本件明細書では,あたかも「舵圧により船体が旋回中心内側方向へ
傾斜した後であって遠心力により旋回中心外側方向へ傾斜を起こす
前」であれば,タンク内の液体が旋回中心内側に片寄った状態にあ
るかのように記載されている。
しかし,控訴人のパンフレット(乙26)にも記載されているよ
うに,ARTにおいては,タンク内の液体は船体の動揺に対して9
0度の位相遅れを生ずるよう設計されているから「舵圧により船体,
が旋回中心内側方向へ傾斜した後であって遠心力により旋回中心外
側方向へ傾斜を起こす前」であっても,必ずタンク内の液体が旋回
中心内側に片寄った状態にあるとは限らない。
イしたがって本件特許は実施可能要件特許法36条4項特(),,((
許法等の一部を改正する法律(平成14年法律第24号)1条による
改正前のもの)を欠く無効事由を有するから,本件特許権の行使をす)
ることができない。
(2)控訴人の主張
ア未完成発明
()()(),()ア被控訴人の主張アア事情説明書の記載は認めるが同イ
(未完成発明)は争う。
(イ)同早期審査に関する事情説明書の記載は,本件特許発明の問題
点を「目的を達成することができない」という表現を用いて指摘した
ものにすぎず,本件特許発明が実施できないものであることを認めた
ものではない。
イ実施可能要件欠如
(ア)同イ(ア)a(条件の不記載)は認め,b(本件訂正による実
施不能)及び同イ(イ(実施可能要件欠如)は争う。)
(イ)当業者であれば「舵圧により船体が旋回中心内側方向へ傾斜し,
た後であって遠心力により旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前に」バ
ルブを閉じるように,適当と考えられる任意の条件を選択することが
できるから「予め設定してある条件」は,実施可能要件を充足してい,
る。
7争点(2)イ(進歩性欠如の無効事由)に関する当事者の主張
(1)被控訴人の主張
ア引用例1
(ア)被控訴人は,平成6年,海上保安庁に対し,ARTを搭載した大
型巡視船「くだか」を納入したが,その際に交付した同年9月28日付
け「減揺水槽取扱い説明書(乙4)には,次の記載がある(以下「引」
用例1」という。。)
「海上保安庁NKKDESIGN&ENGINEERINGCORPORATION
大型巡視船くだか(1頁)DATEOFDWG.'94,Sep,28」
「Ⅲ減揺水槽主要目等
1)水槽型式NKK式U字管型

2)水槽容積M68.00
3)水槽設備位置曳航装置室両舷(~(4頁1~F120F127)」
4行)
「Ⅳ減揺水槽使用上の注意事項
2)減用水槽はエアーバルブの開閉により,作動又は非作動状態と
することが出来ます。
即ちエアーバルブ全開→作動状態
〃全閉→非作動状態
です。この際注意すべきことは,減揺水槽非作動時には必ず水槽に
設けられている空気管,マンホール等外部に通じる開口は総て閉鎖
しておいて下さい(5頁1~13行)。」
別紙図面記載の断面図(5頁下の断面図)
「6)減揺水槽の自由液面による影響は,作動時横揺中は安全側に作
用しますが,船が横揺しない状態で定常時に横傾斜をする様な時,
例えば荷物が片舷側に集中した場合には,自由液面の影響により横
傾斜は増長しますので,エアーバルブを閉じて下さい。
7)減揺水槽の性質として急速旋回をする場合,船の傾斜角が大き
くなりますのでエアーバルブを閉じて下さい(6頁6~11行)。」
(イ)aこれらの記載からすると,引用例1には,両ウィングの上部
,を連通させたエアバルブ付きの空気ダクトを有するARTについて
そのARTを搭載した船舶が急速旋回をする場合に,液体の移動に
よる船舶の傾斜角の増大を防止するため,ARTのエアバルブを閉
じて液体の移動を停止し,ARTを非作動とするARTの制御方法
(以下「引用発明」という)が開示されている。。
「」(,)b引用発明の急速旋回をする場合引用例1第6頁1011行
とは,急速旋回をする前又はその直後のことである。
引用例1には「減揺水槽の性質として急旋回をする場合,船の傾,
斜角が大きくなりますのでエアーバルブを閉じて下さい」という以。
外には,バルブを閉じる時期の限定はない。一方,本件明細書の段
落【0027】には,船舶の旋回時における傾斜の状況が記載され
ているが,これは自然現象であり,乙2において説明されていると
ころと一致する。また,同段落には,ART内の液体の状況が記載
されているが,この記述も自然状態を説明したものであって,引用
発明でも同じ状態が起きていることに変わりはない。そして,引用
発明は,その性質上,船の傾斜角が大きくなることを防ぐためにバ
ルブを閉じるのであるから,急旋回が予定されている場合に,事前
にエアーバルブを閉じることのみが開示されていると解する必然性
はなく,急旋回の前であっても,旋回中であっても,必要があれば
バルブを閉じることが開示されているものというべきである。
この点,控訴人は,引用例1は手動でバルブを閉じることを示し
たものであり,手動では急旋回に際して急速にバルブを閉めること
はできないと主張するが,緊急事態が予想される際に,エアーバル
ブを開閉する担当者を配置し,無線で常時連絡する態勢を採るなど
の方法により,手動でも迅速にバルブを閉じることができるし,手
動では常に間に合わないというものではない。
(ウ)引用発明は,大型巡視船「くだか」が納入されたころ,公然知
られた発明となった。
受動型減揺タンクは,船舶の減揺装置として古くから知られている
(乙17)から,秘密としなければならない理由はなく,納入先であ
る海上保安庁との間にも,秘密保持契約は締結されていない。また,
被控訴人は,引用例1と同様の取扱説明書を他の取引先に対しても頒
布しているし(乙25,海上保安庁所属船は定期的に一般公開が行わ)
れているばかりでなく,申し込みによって見学が可能である。したが
って,引用発明が公然知られた発明であることは,明らかである。
イ他の公知又は周知技術
(ア)周知技術1
船体運動学の分野において,船舶が旋回するときに,最初に内側に
傾斜し,旋回が進むに従って外方に傾斜すること,並びに外方傾斜の
大きさには速度の高低及び旋回半径の大小が影響すること(以下「周
知技術1」という)は,本件特許の出願前に,周知であった(大串雅。
「()」(,)信著理論船舶工学下巻五版昭和44年5月1日発行海文堂
262-263頁(乙2,橋本進=矢吹英雄共著「操船の基礎(昭)」
和63年4月25日発行,海文堂)12-17頁(乙16。))
(イ)周知技術2,乙26技術
aARTの制御方法に係る技術分野において,ARTの空気ダクト
に遠隔駆動式のバルブを取り付け,電気信号を入力しバルブの開閉
判断を行うコントロール部が出力する制御信号を基に,バルブを遠
隔駆動させる開閉器機装置部を有する構成とする技術(以下「周知
技術2」という)は,本件特許の出願前に,周知であった(特公昭。
58-30196公報(乙18,特開平8-133182公報(乙)
19。))
b控訴人は,本件特許の出願前である平成6年に,船用機器展示会
「SeaJapan」において,油圧による遠隔手動でARTの
バルブを開閉可能な装置を展示すると共に,同装置のカタログを配
布し,油圧による遠隔手動でARTのバルブを開閉することを公知
にした。そして,本件特許の出願前である平成7年12月現在,控
訴人の販売する制御方式採用のART(商品名:スタビロエース)
,(「」が51隻の船舶に設置されていたがこの装置以下乙26技術
という)はエアダクト動力弁付きであり,これを使用すれば,バル。
()。ブを手動で遠隔操作して自由に開閉することが可能である乙26
(ウ)引用例2
(。平成10年4月1日発行の社団法人日本深海技術協会会報乙20
以下「引用例2」という)には,各種の減揺システムの1つとして,。
舵のみを制御して船の横揺れを抑制する舵減揺装置について記載され
ているが,この舵減揺装置は「コンピュータはジャイロコンパスから,
の船首方位信号,横揺れ角速度センサからの角速度信号,操舵装置か
らの応答舵角信号等を入力し,制御演算を行って,最適な舵角指令信
号を操舵装置に出力する(乙20第17頁右欄2~6行)という構。」
成となっている。
(エ)周知技術3
舵角の指令をポテンショメータを介して電気情報として取り入れ,
(「」。),舵の操作以外の目的に利用すること以下周知技術3というは
一般に行われていることである。例えば,乙21は,株式会社アカサ
カテック船舶操縦性能計測システムの説明であるが「運輸省電子航法,
研究所精度確認試験受験品平成4年度受託第2号」の装置は,船
(),(),速-舵角-その他の情報を取り入れSpeedLogRudderAngle
速力試験や旋回,操舵などの各種試験の計測,解析及び成績書の作成
を行うことができる。そして,この装置は,平成8年3月に市販され
ている(乙22。)
ウ本件特許発明と引用発明との一致点及び相違点
(ア)一致点
本件特許発明と引用発明とを対比すると,次の4点で相違し,その
余の点で一致する。
(イ)相違点1(遠隔操作)
本件特許発明は,ARTのウィングタンクの上部間に設けられる遠
隔駆動式のバルブ等の手段を介して連通される空気ダクトを有してい
るのに対し,引用発明には,このような構成が開示されていない(以
下「相違点1」という。。)
(ウ)相違点2(利用情報)
ARTの作動/非作動の判定にあたり,本件特許発明は,舵角指令
情報と船速情報を取り入れているのに対し,引用発明では,どのよう
な情報を利用しているのか不明である(以下「相違点2」という。。)
(エ)相違点3(自動化)
本件特許発明では,ポテンショメ-タ等の手段で必要な舵角指令情
報及び船速情報を自動的に取り入れ,コントロール部においてこれら
の内容を解読するとともに制御信号を出力し,舵角指令情報と船速情
報があらかじめ設定してある条件を満たす場合にバルブ(15)を強
制的に閉じる制動を自動的に行っているのに対し,引用発明では,船
(「」。)。舶の使用者が判断してバルブを閉じている以下相違点3という
(オ)相違点4(タイミング)
本件特許発明では,バルブを閉じる時期は「舵圧により船体が旋回,
中心内側方向へ傾斜した後であって遠心力により旋回中心外側方向へ
傾斜を起こす前に」と限定されているのに対し,引用発明では,急速
旋回をする前又はその直後である(以下「相違点4」という。。)
エ容易想到
(ア)相違点1(遠隔操作)
a周知技術2のとおり,ARTのウィングタンクの上部間に設けら
れる遠隔駆動式のバルブ等の手段を介して連通される空気ダクトを
有するように構成することは,当業者が容易に想到することができ
たことである。
b引用発明と乙26技術を組み合わせることによっても,同様であ
る。
(イ)相違点2(利用情報)
周知技術1のとおり,旋回半径及び船速と船の旋回中の横傾斜との
関係は,周知技術であり,ARTの作動/非作動の判定にあたり,舵
角指令情報と船速情報を取り入れることは,引用発明でも実質的には
行われていたことであり,当業者が容易に想到することができたこと
である。
(ウ)相違点3(自動化)
相違点3は,人間が行っていた業務をシステム化したにすぎず,当
業者であれば,周知技術2及び3並びに引用例2に基づき,容易に想
到することができたことである。
(エ)相違点4(タイミング)
本件訂正により本件特許発明においてバルブを閉じる時期は舵,,,「
圧により船体が旋回中心内側方向へ傾斜した後であって遠心力により
旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前に」と限定された。
しかし,前記ア(イ)bのとおり,引用発明には,急旋回の前であ
っても,旋回中であっても,必要があればバルブを閉じることが開示
されているものというべきである。
したがって,相違点4(タイミング)は,実質的な相違とはいえな
い。
オまとめ
本件特許発明は,船速と舵角の情報をどう処理するのかについて開示
するものではなく,既に行われているところを単に自動化したものにす
ぎないが,ARTや船舶の各操作を自動化することは,一般に知られて
いる。また,高速で急旋回する際に,まず内側に傾斜し,次いで外側に
傾斜するという現象も,その原理も解明されている。
したがって,本件特許は,進歩性(特許法29条2項)を欠き,特許
無効審判により無効にされるべきものであるから,本件特許権の行使は
認められない。
(2)控訴人の主張
ア引用例1
(ア)被控訴人の主張ア(ア)は不知。
(イ)a同(イ)aは不知,b(引用例1の解釈)は否認する。
b引用発明に開示されたエアバルブの開閉装置は,手動のもので,
実際に急旋回時にこれを閉じることは不可能である。船舶が急旋回
をすることが必要となる突発的な緊急事態の発生を事前に予測する
ことは,困難であり,緊急事態に備え,船員を1名,ARTのエア
バルブの前に待機させるような態勢を常時採り続けることは非現実
的である。また,仮にそのような態勢を採ったとしても,ハンドル
を回してエアバルブを完全に閉じるまでには30秒は必要であり,
船体の旋回中心外側方向への傾斜が最大となるまでにエアバルブを
手動で閉じることは,実際には不可能である。
したがって,本件訂正審決が,引用例1は,事前にエアバルブを
閉じることによりARTを非作動状態にすることを前提とするもの
である旨認定したように,引用例1には,急旋回をすることが予想
される場合にあらかじめARTのエアバルブを閉じる,という技術
が開示されているにとどまるものというべきである。
(ウ)同(ウ(公知)は否認する。)
引用例1は,被控訴人が特定の取引先である海上保安庁に納品した
ARTの取扱説明書であり,同様の取扱説明書が他の取引先に対して
も一般的に頒布されていたことを示す証拠はないから,公知文献とい
うことはできない。また,被控訴人と海上保安庁との間に明示の秘密
保持契約が存在しないとしても,このことは,必ずしも引用例1の公
知性を意味するものではない。
イ他の公知又は周知技術
(ア)同イ(ア)ないし(エ)は争う。
(イ)乙2,16には,舵角と船速が旋回時の傾斜角に影響を及ぼす
ことが開示されているが,両文献のみでは,当該事項が周知技術(周
知技術1)であったということはできない。
(ウ)乙18,19には,遠隔駆動式のARTのバルブが開示されて
いるが,両文献のみでは,当該事項が周知技術(周知技術2)であっ
たということはできない。
(エ)引用例2(乙20)には,舵角情報を取り入れ,それに基づい
て減揺装置の制御を行う技術が開示されているが,同引用例は,舵減
揺装置に関するものであって,ARTに関するものではない。
(オ)乙21,22には,舵角情報及び船速情報を取り入れる技術が
開示されているが,両文献(及び乙23,24)のみでは,当該技術
が周知技術(周知技術3)であったということはできない。
ウ本件特許発明と引用発明との一致点及び相違点
同ウ(ア(一致点)及び(イ)ないし(エ(相違点1ないし3)は))
認め,同(オ(相違点4)は否認する。相違点4は,正しくは,次のと)
おりである。
本件特許発明では,バルブを閉じる時期は「舵圧により船体が旋回中,
心内側方向へ傾斜した後であって遠心力により旋回中心外側方向へ傾斜
を起こす前に」であるのに対し,引用発明では,急旋回をすることが予
想される場合にあらかじめARTのエアバルブを閉じるものである。
エ容易想到
(ア)相違点1ないし3
a同エ(ア)ないし(ウ)は争う。
b引用発明には,急旋回による船体の傾斜角の増大を防止するた
めにARTのエアバルブを閉じるということが開示されているに
とどまり,これを具体的にいかなる手段によって自動化するのか
という点についての開示,示唆はない。
乙2,16には,舵角と船速が旋回時の傾斜角に影響を与える
ことが開示されているものの,ARTに関する記載はなく,舵角
及び船速を判断する手段に関する記載,示唆もない。
乙20には,舵角情報を取り入れ,それに基づいて減揺装置の
制御を行う技術が開示されているものの,それはARTに関する
,,,ものではなくまた船速情報を取り入れる技術についての記載
示唆はない。
乙21,22には,舵角情報及び船速情報を取り入れる技術が
開示されているが,速力や船体運動等の計測を目的とするもので
あり,ARTの制御を目的とすることの開示,示唆はない(乙2
3,24についても,同様である。。)
さらに,引用発明に開示されているARTの制御方法を自動化
するために必要となる遠隔駆動式のバルブは,乙18,19を参
照するほかはない。
したがって,引用発明に開示されている急旋回による船体の傾
斜の増大を防止するためにARTのエアバルブを閉じるという技
術を自動化するためには,引用発明と,乙2又は16,乙18又
は19,引用例2(乙20,乙21又は22などに記載された,)
,未だ周知とはいえない多数の公知技術を組み合わせる必要があり
しかもこれらのうち乙2,16,20,21及び22に開示され
た技術は,ARTとは何ら関係のない技術であるから,上記の組
み合わせは,当業者が容易になし得たものではない。
(イ)相違点4
同エ(エ)は争う。
「舵圧により船体が旋回中心内側方向へ傾斜した後であって遠心力
により旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前に」ARTのバルブを閉じ
る制動を行うという技術については,引用発明にも,被控訴人の主張
に係るその他の公知文献にも,全く開示,示唆されていない。
また,本件特許発明は,上記技術を採用したことにより,タンク内
の液体を旋回中心内側に移動した状態で停止させ,この液体の傾斜モ
ーメントによって,船体の旋回中心外側への傾斜角を減少させるとい
う顕著な効果(本件明細書の段落【0027】~【0029)を奏す】
るものであり,このような作用効果は,被控訴人が挙げる公知文献か
ら予測することはできない。
なお,本件訂正審決は,
①乙2,16,18,19,20,21及び22には,船舶の旋
回行動中,所定のタイミングでARTのバルブを強制的に閉じる
ことにより,ART内の液体を旋回中心内側の片寄った状態で停
止させ,もって船舶の傾斜モーメントを遠心力とは逆方向へ働か
せるための構成に関する記載も示唆も認められない,
②したがって,仮に,これらの文献から周知技術1ないし3が認
められるとしても,引用発明及び上記文献のいずれにも「タンク
内の液体を遠心力とは逆の方向へ片寄らせて停止させる」ことを
可能にする点が開示されていない以上,本件特許発明は,引用発
明及び上記文献の記載事項に基づいて当業者が容易に想到できた
ものではない,
③本件特許発明は「舵圧により船体が旋回中心内側方向へ傾斜し,
,た後であって遠心力により旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前に
バルブ(15)を強制的に閉じる」との構成を有するが故に,本
件明細書の段落【0027】の(1)ないし(7)記載の船体運
動特性を有する等の作用効果を奏するものと認められる,
と判断した。
本件訂正審決の上記判断に照らしても,本件特許発明は進歩性を有
するものであり,本件特許が特許無効審判により無効にされるべきも
のでない。
オまとめ
同オは争う。
引用発明と,被控訴人が挙げる各公知文献とを組み合わせることによ
り,ARTのバルブを遠隔駆動式のものに置換し(相違点1,舵角指令)
情報及び船速情報を利用して急旋回か否かを判断する構成を付加し(相
違点2,これらの情報を自動的に取り入れるとともに,これらの情報が)
一定の条件を満たす場合に,ARTのバルブの開閉が自動的に行われる
構成を付加することによって全行程を自動化し(相違点3,さらに,A)
RTのバルブが閉じられる時期を「舵圧により船体が旋回中心内側方向
へ傾斜した後であって旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前に」に限定し
(相違点4,以上のような構成の付加,置換及び限定を全て行うことに)
より本件特許発明に想到することは,当業者といえども容易になし得る
ものではない。
8争点(2)ウ(訂正要件欠如の無効事由)に関する当事者の主張
(1)被控訴人の主張
本件訂正は,特許請求の範囲の「舵圧により船体が旋回中心外側方向へ傾
斜を起こす前に」を「舵圧により船体が旋回中心内側方向へ傾斜した後であ
って遠心力により旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前に」と訂正するもので
あって,これには「舵圧により船体が旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前,
に」を「遠心力により船体が旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前に」に訂正
する部分を含む。客観的に明確な意味を持つ「舵圧により」を,全く異なる
概念である「遠心力により」と訂正することは,実質上特許請求の範囲を変
更するものであって,訂正要件を欠くものである。
(2)控訴人の主張
被控訴人の主張は争う。
9争点(3(間接侵害等)に関する当事者の主張)
(1)控訴人の主張
ア特許法101条3号の間接侵害
被控訴人装置は,本件特許発明の使用にのみ用いる物である。
,,,したがって被控訴人が業として被控訴人装置を製造販売する行為は
特許法101条3号により,本件特許権の侵害行為とみなされる。
イ特許法101条4号の間接侵害
(ア)仮に,被控訴人装置が本件特許発明の使用にのみ用いる物ではな
いとしても,平成15年1月1日以降に販売された被控訴人装置は,本
件特許発明の使用に用いる物であって,本件特許発明による課題の解決
に不可欠なものである。
(イ)また,被控訴人は,本件特許発明が特許されていること,及び被
控訴人装置が本件特許発明の実施に用いられることを知っていた。
(ウ)したがって,平成15年1月1日以降,被控訴人が業として被控
訴人装置を製造,販売する行為は,特許法101条4号により,本件特
許権の侵害行為とみなされる。
ウ共同不法行為
平成14年12月31日以前に販売された被控訴人装置については,被
控訴人装置を使用している直接侵害者と被控訴人とによる共同不法行為が
成立する。
エ控訴人の損害
(ア)控訴人の逸失利益
a被控訴人は,平成13年3月以降,被控訴人装置を少なくとも4台
製造,販売した。
b独占的通常実施権者であった控訴人は,被控訴人の侵害行為がなけ
,。れば動揺軽減装置1台当たり300万円の利益を得ることができた
cよって,特許法102条1項の類推適用により,控訴人が受けた損
害額は,1200万円となる。
(イ)弁護士費用相当の損害
a控訴人は,本件訴訟を追行するため,訴訟代理人及び補佐人として
本訴控訴人訴訟代理人及び補佐人を選任し,同人らに対し,相当の報
酬を支払うことを約束した。
b被控訴人の行為と相当因果関係ある弁護士費用及び弁理士費用相当
の損害は,400万円を下らない。
(2)被控訴人の主張
ア控訴人の主張ア(3号の間接侵害)は否認する。
イ同イ(4号の間接侵害)は否認する。
ウ同ウ(共同不法行為)は否認する。
エ同エ(ア(控訴人の逸失利益)は否認する。同(イ(弁護士費用等))
相当の損害)のうちa(支払約束)は不知,b(相当因果関係)は否認
する。
第3当裁判所の判断
1争点(2)イ(進歩性欠如の無効事由)について
当裁判所も,本件特許は,進歩性欠如(特許法29条2項)の理由で特許無
効審判により無効にされるべきものと認められるから,控訴人は,被控訴人に
対し,本件特許権を行使することができないと判断する。その理由は,次のと
おりである。
(1)引用発明
ア証拠(乙4)及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人は,平成6年,海上
保安庁に対し,ARTを搭載した大型巡視船「くだか」を納入したが,そ
「」()の際に交付した同年9月28日付け減揺水槽取扱い説明書引用例1
には,前記第2,7(1)ア(ア)欄のとおりの記載があること,これら
の記載からすると,引用例1には,両ウィングの上部を連通させたエアバ
ルブ付きの空気ダクトを有するARTについて,そのARTを搭載した船
舶が急速旋回をする場合に,液体の移動による船舶の傾斜角の増大を防止
,,するためARTのエアバルブを閉じることによって液体の移動を停止し
ARTを非作動とするARTの制御方法(引用発明)が開示されているこ
とが認められるが,引用例1には,エアバルブを閉じるタイミングは具体
的には明記されていない。
イ(ア)控訴人は,引用例1には,急旋回をすることが予想される場合に
あらかじめARTのエアバルブを閉じるという技術が開示されているに
とどまる旨主張する。
しかし,船体運動学の分野において,船舶が旋回するときに,最初に
内側に傾斜し,旋回が進むに従って外方に傾斜することが周知であった
こと(後記(2)イ(ア)を考慮すると,引用発明において,急速旋)
回をする場合にバルブを閉じる目的が,船の傾斜角が大きくなることを
防ぐことにあることは,引用例1の「減揺水槽の性質として急速旋回を
する場合,船の傾斜角が大きくなりますのでエアーバルブを閉じて下さ
い」との記載から,明らかである。そして,引用例1には,急速旋回。
の前にあらかじめバルブを閉じることが必須であることをうかがわせる
記載はなく,また,旋回中にバルブを閉じることを否定する記載がある
わけでもない。そうすると,引用例1の上記記載は,これを急速旋回が
予想される場合に事前にエアバルブを閉じることのみを意味するものと
限定的に解釈すべき理由はなく,急速旋回をする場合には,急速旋回の
前であれ,旋回中であれ,必要に応じてバルブを閉じることを開示ない
しは示唆しているものと解するのが相当である。
(イ)控訴人は,引用発明に開示されたエアバルブの開閉装置は手動の
ものであるところ,船舶が急旋回をすることが必要となる緊急事態の発
生を事前に予測することは困難であるから,緊急事態に備えて,船員を
1名,ARTのエアバルブの前に待機させるような態勢を常時採り続け
,,,ることは非現実的でありまた仮にそのような態勢を採ったとしても
ハンドルを回してエアバルブを完全に閉じるまでには30秒は必要であ
り,船体の旋回中心外側方向への傾斜が最大となるまでにエアバルブを
手動で閉じることは,実際には不可能であるから,引用発明において,
実際に急旋回時にエアバルブを閉じることは不可能である旨主張する。
しかし,緊急事態が起こり得るような場合(その予測が常に困難であ
るとはいえない,エアバルブを開閉する担当者を配置し,無線等で常。)
時連絡する態勢を採るなどの方法により,手動でも迅速にバルブを閉じ
ることは不可能ではないし,手動では常に間に合わないというものでは
ないというべきであって,控訴人の主張は,採用の限りでない。
ウ引用発明の公知性
引用発明につき,被控訴人と海上保安庁との間で秘密保持契約が結ばれ
た等の事情は認められない。また,被控訴人は,平成6年1月ころ,海上
保安庁以外の取引先にも,特に秘密とすることを約することなく,引用例
1とほぼ同内容の取扱説明書を配布したことが認められる(乙25,弁論
の全趣旨。上記事実に照らせば,引用発明は,遅くとも大型巡視船「く)
だか」が納入された平成6年中には,守秘義務を負わない第三者がこれを
知るに至ったものというべきであり,そのころ日本国内において公然知ら
れた発明となったものと認められる。
(2)他の公知又は周知技術
ア証拠(乙2,16,18~22,26)及び弁論の全趣旨によれば,前
記第2,7(1)イに摘示の各公知技術の存在が認められる。
イ(ア)控訴人は,乙2,16のみでは,舵角と船速が旋回時の傾斜角に
影響を及ぼすことが周知技術であったということはできない旨主張す
る。
しかし,船体運動学の分野において,船舶が旋回するときに,最初に
内側に傾斜し,旋回が進むに従って外方に傾斜すること,並びに外方傾
斜の大きさには速度の高低及び旋回半径の大小が影響すること(周知技
術1)は,乙2,16において,それぞれ昭和44年5月1日(乙2の
発行日)及び昭和63年4月25日(乙16の発行日)の時点における
教科書レベルの知見として記載されていることが明らかであり,本件特
許の出願前に周知技術となっていたものと認めるのが相当である。
(イ)控訴人は,乙18,19のみでは,遠隔駆動式のARTのバルブ
が周知技術であったということはできない旨主張する。
しかし,ARTの制御方法に係る技術分野において,ARTの空気ダ
クトに遠隔駆動式のバルブを取り付け,電気信号を入力しバルブの開閉
判断を行うコントロール部が出力する制御信号を基に,バルブを遠隔駆
動させる開閉器機装置部を有する構成とする技術(周知技術2)は,遅
くとも昭和58年6月27日乙18の公告日の時点で公知であり乙()(
18,乙19の「問題点をバルブやダンパーを備えることで解決する)
様々な発明,考案がなされた。バルブやダンパーの機器操作の自動化に
対する制御方法も発明,考案された(2頁1欄28~31行)との記」
載に照らせば,その後,平成8年5月28日(乙19の公開日)に至る
までに,遠隔駆動式のARTのバルブに関し,様々な発明,考案がなさ
れていたことが認められるから,本件特許の出願前に周知技術となって
いたものと認めるのが相当である。
(ウ)控訴人は,乙21,22(及び乙23,24)のみでは,舵角情
報及び船速情報を取り入れる技術が周知技術であったということはでき
ない旨主張する。
a乙21,22及び弁論の全趣旨によれば,舵角情報,船速情報,
その他の情報を取り入れ,これらを電気信号として,速力試験や旋
回,操舵などの各種試験の計測,解析及び成績書の作成を行う装置
が,平成8年3月に市販されていたことが認められる。
b乙23(実開平6-47883号)には,次の記載がある。
「0024】また,受信操船演算装置の制御部は,水上浮遊体【
位置自動送信装置からの浮遊体位置信号と自船位置信号とにより,
自船から見た水上浮遊体位置自動送信装置までの方位・距離及び操
船のための所要速力・舵角信号を演算処理し,前記速力・舵角信号
をもとに手動又は自動操船をした時の操船量をエンジン,舵等の操
船設備からフィードバックにより得て自船位置を更新演算処理する
ようしている(10頁9~14行)との記載がある。。」
乙23の上記記載及び図1によれば,舵角情報及び船速情報を取
り入れ,これらを電気信号として,自船位置を演算する技術が,平
成6年6月28日(乙23の公開日)の時点で公知であったことが
認められる。
c乙24(特開平9-66894号)には,次の記載がある。
「0010】図6には,上述の本発明の緊急回避支援装置によ【
。,る回避航路計画の作成の過程の1例が示されている図6において
本船が装備する各種センサ27により常時モニタリングを行なうこ
とによって得られる本船の運動に関する本船運動情報28と,同じ
く例えば本船の水上レーダー29により常時モニタリングを行なう
ことによって得られる他船の運動に関する他船運動情報や障害物情
報等の航路環境情報30とに基づいて,図1の演算装置4により,
ステップ31において最接近時間TCPAおよび最接近距離D()(
CPA)を算出し,ステップ32において本船にとっての危険度を
判定し,さらにステップ33において本船が回避航路を選択すべき
か否かを判定する。ステップ33において本船が回避航路を選択す
る必要がないものと判定されると,ステップ34において現状の航
行状態がそのまま維持(キープ)される。ステップ33において本
船が回避航路を選択すべきものと判定されると,エキスパートシス
テム5における,熟練操船者が経験的に持つ任意の増減速および操
舵による未来航行位置よりなる本船行動圏を記憶する熟練知識記憶
部7aに格納された熟練知識ベースに基づいて,本船の未来航行位
置が,エキスパートシステム5における,法規,ルール等の順守事
項に関する法規事項を記憶する法規知識記憶部7bに格納された法
規知識ベースに適合する最適な未来航行位置となるように,演算装
置4の推論エンジン6bが推論演算を行ない,ステップ35におい
て最適な回避航路計画が作成される。そして,演算装置4はステッ
プ35において作成された最適な回避航路計画に沿って本船が航行
するために必要な本船の速力についての更新速力設定値および本船
の舵角についての更新舵角設定値を出力信号の形で出力する。演算
装置4は,その出力信号を図1に示された表示装置としてのデイス
プレイ装置1,速力制御装置2および舵角制御装置3へ送り,ステ
ップ36において,デイスプレイ装置1が更新速力設定値および更
新舵角設定値を,他の情報とともに表示画面上に表示する。その後
は,ステップ37において,上述のように制御系が手動制御に切り
替えられているときには,操船者が,デイスプレイ装置1上に表示
された表示事項を見ながら,その指示に従って速力および舵角の制
。,御を行なうまた制御系が自動制御に切り替えられているときには
演算装置4の上記出力部から出力された更新速力設定値信号が指令
入力信号として速力制御装置2へ送られることによって自動的に速
力の更新制御が行なわれるとともに,更新舵角設定値信号が指令入
力信号として操舵制御装置3へ送られることによって自動的に舵角
の更新制御が行なわれる(5頁左欄15行~右欄9行)。」
乙24の上記記載及び図1,6によれば,舵角情報及び船速情報
,,,を取り入れこれらを電気信号として回避航路選択の要否の判定
未来航行位置の推論演算,並びに回避航路選択の場合の舵角及び速
力の更新値の設定に用いる技術が,平成9年3月11日(乙24の
公開日)の時点で公知であったことが認められる。
d上記aないしcの事実によれば,船舶の舵角情報及び船速情報を
取り入れ,これらを電気信号として,舵の操作以外の様々な目的に
利用する技術が,本件特許の出願前に周知技術となっていたものと
認めるのが相当である。
そして,操舵輪の操作によって生じた舵角情報の電気信号への変
換は,通常,操舵輪に取り付けられたポテンショメータによって行
われていることは当事者間に争いがなく,上記争いのない事実,並
びに,乙15及び弁論の全趣旨によれば,舵角の指令をポテンショ
メータを介して電気情報として取り入れることは,本件特許の出願
前において技術常識であったものということができる。
そうすると,舵角の指令をポテンショメータを介して電気情報と
して取り入れ,舵の操作以外の目的に利用すること(周知技術3)
は,本件特許の出願前に周知技術であったものと認めるのが相当で
ある。
(3)一致点及び相違点の認定
(,被控訴人主張の本件特許発明と引用発明との一致点及び相違点前記第2
7(1)ウ)は,相違点4(タイミング)の点を除き,当事者間に争いがな
い。
(4)相違点についての判断
ア相違点1ないし3について
(ア)相違点1(遠隔操作)
周知技術2のとおり,ARTの制御方法に係る技術分野において,バ
ルブを遠隔駆動することは,本件特許の出願前,周知の技術であったか
ら,引用発明の両ウィングの上部を連通させたエアバルブ付きの空気ダ
クトを遠隔駆動式のバルブ等の手段を介して連通されるものにすること
は,当業者が適宜行うことができたことと認められる。
(イ)相違点2(利用情報)
周知技術1のとおり,船体運動学の分野において,船舶が旋回すると
きの外方傾斜の大きさには,速度の高低及び旋回半径の大小が影響する
ことは,本件特許の出願前,周知であった。このことを前提にすると,
引用例1の「急速旋回をする場合,船の傾斜角が大きくなりますのでエ
アーバルブを閉じて下さい」には,急速旋回をする場合には,高速で。
旋回半径が小さいから,船の傾斜角が大きくなるので,エアーバルブを
閉じることが実質的に開示されているものと認められる。
したがって,ARTの作動/非作動の判定にあたり,舵角指令情報と
船速情報を利用している点において,本件特許発明と引用発明との間に
実質的には相違はなく,相違点2に係る本件特許発明の構成のようにす
ることは,当業者が容易に行うことができたことと認められる。
(ウ)相違点3(自動化)
一般に,人が行っていた作業を自動化することは周知の課題であるか
ら,引用発明において,船が急旋回行動をする場合の動作を自動化しよ
うとすることは,当業者が容易に着想することができたことと認められ
る。
上記(イ)のとおり,ARTの作動/非作動の判定にあたり,舵角指
令情報と船速情報を利用することは,当業者が容易に行うことができた
ことからすると,ARTの制御の自動化を具体化するにあたって,舵角
指令情報と船速情報を取り入れる手段,それらの情報を解読して急旋回
,,行動であるかを判断しバルブを閉じるための制御信号を出力する手段
及び制御信号を受けてバルブを実際に駆動する手段が必要であることは
当然であるから,このような手段として,情報の取入手段,コントロー
ル部及び開閉機器装置部を設けることは,当業者が容易に行うことがで
きた設計的事項と認められる。
そして,周知技術2及び3並びに引用例2の存在を考慮すると,本件
特許発明のように自動化の手段を構成することに格別の困難があったも
のとも認められない。
よって,引用発明において,ポテンショメ-タ等の手段で必要な舵角
指令情報等を自動的に取り入れ,コントロール部においてこれらの内容
を解読するとともに制御信号を出力し,舵角指令情報等があらかじめ設
定してある条件を満たす場合にバルブを強制的に閉じる制動を自動的に
行うようにすることは,当業者が適宜行うことができたことと認められ
る。
(エ)控訴人の主張について
控訴人は,急旋回による船体の傾斜の増大を防止するためにARTの
エアバルブを閉じるという技術を自動化するためには,引用発明と,乙
2又は16,乙18又は19,引用例2(乙20,乙21又は22な)
どに記載された,未だ周知とはいえない多数の公知技術を組み合わせる
必要があり,しかもこれらのうち乙2,16,20,21及び22に開
示された技術は,ARTとは何ら関係のない技術であるから,上記の組
み合わせは,当業者が容易になし得たものではない旨主張する。
a周知技術1ないし3が本件特許の出願前に周知であったことは,前
記(2)イのとおりであるから,これらが周知技術でないことを前提
とする控訴人の主張は,その前提を欠くものである。
b乙2,16は,周知技術1に関するものであって,ARTの制御方
法において,当然に考慮されるべき技術的事項が記載されていること
は,本件明細書の段落【0027】における船舶の旋回時における傾
斜の状況の記載(甲2,3頁6欄39~49行)が,周知技術1と同
旨であることに照らしても,明らかである。
c引用例2(乙20)には,舵減揺装置における「コンピュータはジ
ャイロコンパスからの船首方位信号,横揺れ角速度センサからの角速
,,,度信号操舵装置からの応答舵角信号等を入力し制御演算を行って
最適な舵角指令信号を操舵装置に出力する(17頁右欄2~6行)」
との構成が記載されているところ,当該構成は,確かにARTに関す
るものではない。
しかし,引用例2は,舵減揺装置のみでなく,ARTを含む,船体
動揺軽減のための技術に関する論文を集めた刊行物であることは,そ
の記載から明らかである。そして,舵減揺装置とARTは,いずれも
船体動揺軽減のための技術であるから,引用発明において,本件特許
発明のように自動化の手段を構成するにあたり,引用例2(乙20)
に記載された舵減揺装置についての上記構成を考慮することが,当業
者にとって格別困難であったということはできない。
d乙21,22は,周知技術3に関するものであって,ARTに言及
するものではない。しかし,前記(2)イ(ウ)で認定したとおり,
舵角の指令をポテンショメータを介して電気情報として取り入れ,舵
の操作以外の目的に利用すること(周知技術3)は,本件特許の出願
前に周知の技術であるから,これを,引用発明において,本件特許発
明のように自動化の手段を構成するにあたり,考慮することが,当業
者にとって格別困難であったということはできない。
eしたがって,控訴人の主張は採用することができない。
イ相違点4(タイミング)について
(ア)引用例1には,エアバルブを閉じるタイミングについて具体的に
明記されていないから,相違点4は「本件特許発明では,バルブを閉,
じる時期は『舵圧により船体が旋回中心内側方向へ傾斜した後であっ,
』,て遠心力により旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前にであるのに対し
引用例1には,エアバルブを閉じるタイミングが明記されていない点」
と認定するのが相当であるところ,引用発明において,急速旋回をする
場合にバルブを閉じる目的は,船の傾斜角が大きくなることを防ぐこと
にあること,引用例1には,急速旋回をする場合には,急旋回の前であ
れ,旋回中であれ,必要に応じてバルブを閉じることが開示ないしは示
唆されているものと解されることは,前記(1)のとおりである。
(イ)a引用例1(乙4)には,次の記載がある。
「Ⅰ減揺水槽原理
本水槽は船体の横揺角を減少させることを目的として設けられた
もので船体の横揺れに対する水槽の水の移動位相差を利用して減
揺効果を得る受動型減揺水槽であります。船体が最も大きく揺れ
るのは船の固有周期に等しい周期の波を受けて同調動揺を起すと
きでありこのとき波に対して船体の動揺は90°の位相遅れをも
っています。減揺水槽の水の移動周期を船の固有周期に合わせる
と同調動揺のとき水槽の水は船体動揺に対して90°の位相遅れ
を生じ,波に対して水槽の水は180°の位相遅れを生じます。
この時波によって生ずる横揺れモーメントと水槽の水によって生
じるモーメントは正反対の方向になり,船体に作用する横揺れモ
ーメントが相殺され船体の横揺角が減少します(乙4,1頁2。」
~12行)
b乙26(スタビロエースのパンフレット)には,次の記載がある。
「減揺タンクは,この液体の動く時間とモーメントをうまく利用し
て横揺れを減少させるものです。
船体が最も大きく揺れるのは,船の固有周期と同じ周期の波を受
けて同調動揺を起こすときです。
この時,波に対して船体の動揺は90度の位相遅れをもっていま
す。
減揺タンクの水の移動周期を,船の固有周期に合わせると,タン
ク内の水は船体の動揺に対して90度の位相遅れを生じ,波に対
してタンクの水は,180度の遅れを生ずる事になります。
従って,波に依って船を傾斜させようとするモーメントと,タン
クの水のモーメントは正反対の方向になり,船体に作用する横揺
れのモーメントを,相殺して船体の横揺れ角度は減少します」。
(3枚目7~13行)
c引用例1(乙4,乙26の上記記載によれば,引用発明のART)
においては,タンク内の液体は船体の動揺に対して90度の位相遅れ
を生ずるよう設計され,これにより,波によって船を傾斜させようと
するモーメントと,タンクの水のモーメントの方向が正反対になるよ
うにしているものであり,また,このことは,受動型のART一般に
共通するものであるということができる。
(ウ)船体運動学の分野において,船舶が旋回するときに,最初に内側
に傾斜し,旋回が進むに従って外方に傾斜することが周知であったこと
(周知技術1)に加え,引用発明を含め,受動型のARTにおいては,
タンク内の液体は船体の動揺に対して90度の位相遅れを生ずるよう設
計され,その技術的意義が船を傾斜させようとするモーメントと,タン
クの水のモーメントとを相殺することにあることを考慮すると,引用発
明において,本件特許発明のように自動化の手段を構成するにあたり,
バルブを閉じる時期を「舵圧により船体が旋回中心内側方向へ傾斜し,
た後であって遠心力により旋回中心外側へ傾斜を起こす前に」と限定す
ることに,格別の困難があったものということはできず,この点は,当
業者であれば容易に想到することができたものというべきである。
(エ)控訴人は,本件特許発明は「舵圧により船体が旋回中心内側方,
向へ傾斜した後であって遠心力により旋回中心外側方向へ傾斜を起こす
前に」ARTのバルブを閉じる制動を行うことにより,タンク内の液体
を旋回中心内側に移動した状態で停止させ,これによって船体の旋回中
心外側への傾斜角を減少させるという顕著な効果本件明細書の段落0(【
027】~【0029)を奏する旨主張する。】
しかし,前記(イ)のとおり,一般に,受動型のARTにおいては,
タンク内の液体は船体の動揺に対して90度の位相遅れを生ずるよう設
計されており,船体が旋回中心内側方向に傾斜した後,タンク内の液体
が旋回中心内側に片寄った状態になるまでには,時間差があるはずであ
るから「舵圧により船体が旋回中心内側方向へ傾斜した後であって遠,
心力により旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前」であっても,必ずタン
ク内の液体が旋回中心内側に片寄った状態にあるとは限らないのであっ
て,控訴人主張の効果は,本件特許発明の一実施態様の効果にすぎず,
本件特許発明全体を通じて奏される効果ということはできない。
(オ)なお,控訴人は,本件訂正審決の判断を引用して,進歩性がある
旨主張しているが,相違点4に係る本件特許発明の構成が容易に想到し
得たものであることは,上記のとおりであって,本件訂正審決の指摘す
る点は,上記判断を何ら覆すものとはいえない。
そうすると,相違点4(タイミング)も,本件特許発明の進歩性を基
礎づけるものではない。
(5)まとめ
以上からすれば,本件特許発明は,引用発明,周知技術1ないし3,引用
例2の記載事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものと
いうことができる。
したがって,本件特許は,進歩性欠如(特許法29条2項)の理由で特許
無効審判により無効にされるべきものと認められるから,控訴人は,被控訴
人に対し,本件特許権を行使することができない(特許法104条の3第1
項。)
2結論
以上によれば,控訴人のその余の主張について判断するまでもなく,控訴人
の被控訴人に対する本訴請求を棄却すべきものとした原判決は相当であって,
控訴人の本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり
判決する。
知的財産高等裁判所第3部
佐藤久夫裁判長裁判官
嶋末和秀裁判官
沖中康人裁判官
(別紙)
物件目録
別紙物件説明書及び別紙第1図ないし第3図記載の構成から成る船舶の動揺軽減
装置
(別紙)
物件説明書
1別紙図面の説明
第1図は,本件動揺軽減装置の概略図である。
第2図は,本件動揺軽減装置に用いられるエアバルブの模式図である。
第3図は,本件動揺軽減装置が船舶に搭載された状態の模式図である。
2符号の説明
1動揺軽減装置
2本体部
3コントロール部
4a,4bウイングタンク
5液体通路
6空気ダクト
7エアバルブ
8液体
9船速検出装置
10舵角指令装置(オートパイロット)
10A操舵スタンド
10B操舵機制御装置
11バルブ
12電磁弁
13ポテンショメータ(ポテンショメータは第1図に図示されて
いない)。
14横揺れ角検出装置
15操舵装置
3物件の構成
(1)動揺軽減装置1は,本体部2及びコントロール部3から成る。
(2)本体部2は,2つのウイングタンク(減揺タンク)4a及び4b,液
体通路5,空気ダクト6並びに空気ダクトに設けられたエアバルブ7を備え
る。
ウイングタンク4a及び4bは,その底部において,液体通路5を介して
連通可能とされており,動揺軽減装置1の使用時には液体8が充填されてい
る。
また,ウイングタンク4a及び4bは,その上部において,空気ダクト6
を介して連通可能とされており,同空気ダクト6は,エアバルブ7によって
開閉可能とされている。
(3)コントロール部3は,船速検出装置9からの船速信号と,舵角指令装
置10からの情報を検知するポテンショメータ13からの舵角指令信号と,
横揺れ角検出装置14からの横揺れ角信号とを取り入れる機能を備えてお
り,コントロール部3は,エアバルブ7に対してその開閉を制御するための
制御信号を送信することが可能である。
(4)エアバルブ7は,バルブ11及びこのバルブをシリンダを駆動するこ
とにより開閉する電磁弁12を備える。
(別紙第1図ないし第3図省略)

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採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
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答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
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条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

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メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
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独立支援は3名

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