弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

          主         文
 1 控訴人らの本件各控訴をいずれも棄却する。
 2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
          事 実 及 び 理 由 
第1 控訴の趣旨
 1 原判決を取り消す。
 2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
第2 事案の概要
 1 本件は,被控訴人において,控訴人aに対しては金銭消費貸借契約に基づ
き,控訴人bに対しては連帯保証契約に基づき,それぞれ分割弁済の期限の利益を
喪失したことを主張して,各自に残元本及び確定利息の合計688万5410円及
びうち残元本686万3248円に対する期限の利益喪失の日の翌日である平成1
3年4月3日から支払済みまで年18パーセントの割合による約定損害金の支払を
求めたところ,原審がこれを全部認容する判決を言い渡し,これに対して控訴人ら
が控訴した事案である。
 2 前提事実(争いがない)
  (1) 被控訴人は,控訴人aに対し,平成元年6月9日,1000万円を次の約
定により貸し付けた(以下「本件貸付」という。)。
   ① 最終弁済期日     平成26年5月31日
   ② 利息         年5.7パーセント
   ③ 弁済方法       元利均等弁済の方法により,平成元年6月30
日から最終弁済期日まで毎月末日に元利金6万2608円を支払う。
   ④ 遅延損害金      年18パーセント
   ⑤ 期限の利益喪失約款  債権保全を必要とする相当の事由があるときに
は被控訴人の請求により期限の利益を失う(以下「本件約款」という。)。
   ⑥ 差引計算       期限の到来又は期限の利益喪失により債務を履
行しなくてはならない場合,被控訴人は主債務者である控訴人a及びその連帯保証
人の被控訴人に対する預金等の債権につき期限のいかんにかかわらず相殺すること
ができる。
  (2) 控訴人bは,被控訴人に対し,平成元年6月9日,本件貸付債務を連帯保
証した。
  (3) 被控訴人は,控訴人らに対し,平成13年3月26日ころ到達の同月23
日付け書面をもって,本件貸付債務の返済について,同月30日までに被控訴人が
引き続き控訴人aの返済口座から返済金を引き落とすことを承諾する旨の連絡がな
いときは,本件約款に基づく請求により,同年4月2日限り期限の利益を喪失させ
る旨を通知した。
  (4) なお,控訴人らは,夫婦である。
 3 当事者の主張
  (1) 控訴人らの主張
   ① 本件約款の効力
     本件約款は,次のとおり無効である。
    ア 本件約款は,債権者である被控訴人が債務者である控訴人らの資力が
悪化するなどの「債権保全を必要とする相当の事由」という漠然として客観的に確
定し得ない事実を条件とするものであるので,消費者である控訴人らの利益を不当
に害するから,消費者契約法10条の直接適用又は同条の準用ないし類推適用によ
り無効である。
      なお,消費者契約法10条は,現行民法では必ずしも無効とされない
契約条項について,これを無効とする旨規定した条項である。
    イ 本件約款は,消費者の法律上の権利を合理的な理由なくして制限する
ものであるので,消費者契約法の趣旨を踏まえると,民法1条2項により無効であ
る。
   ② 期限の利益喪失の有無
     仮に,本件約款が有効であるとしても,次の事情があるので,「債権保
全を必要とする相当の事由」は存在しないから,被控訴人が主張する期限の利益喪
失は認められない。
    ア 被控訴人は,控訴人らに対し,平成11年9月7日,控訴人らが本件
借入金の返済を1度も怠ったことがないにもかかわらず,追加担保を要求し,この
要求に応じない場合には,本件貸付にかかる金銭消費貸借契約を破棄し,本件貸付
の残債務約750万円の一括返済を請求することになるとともに,強制的な手段を
取らざるを得ない旨を通告した。
    イ 上記アの追加担保の要求については,銀行取引約定上も控訴人らに義
務のないものであって,何らの法的根拠がないものであるから,これは被控訴人の
控訴人らに対する脅迫行為である。
    ウ 控訴人bが被控訴人に対し,分割弁済に応じないものと受けとめられ
るような言動をしたとしても,これは,上記アの追加担保の要求を発端とするトラ
ブルに基づいて,控訴人らと被控訴人との間で本件貸付を白紙撤回するかどうかに
ついての交渉がなされていた際のやりとりにすぎないものである。
    エ 控訴人aが被控訴人に対し,平成13年3月,100万円を返済口座
に預け入れ,控訴人らには返済能力があることを示した。
   ③ 弁済の提供の有無
    ア 控訴人aは,被控訴人に対し,平成13年3月,100万円を返済口
座に預け入れた上,これから本件貸付債務の弁済に充てることを認めた。
    イ したがって,控訴人aの被控訴人に対する弁済の提供があるので,本
件約款の適用が排除される。
   ④ 信義則違反の有無
     仮に,本件約款の「債権保全を必要とする相当の事由」が存在するとし
ても,次の事情があるので,被控訴人が控訴人らの期限の利益喪失を請求すること
は信義則に反し許されない。
    ア 上記②アないしエと同旨。
    イ したがって,本件約款により期限の利益喪失を請求した被控訴人の対
応は,契約関係における信義則上の信頼関係を害するものであるので,行き過ぎで
あり許されない。
   ⑤ 権利濫用の有無
     仮に,本件約款の「債権保全を必要とする相当の事由」が存在するとし
ても,次の事情があるので,被控訴人が控訴人らの期限の利益喪失を請求すること
は権利の濫用に当たるから許されない。
    ア 上記②アないしエと同旨。
    イ したがって,本件約款により期限の利益喪失を請求した被控訴人の対
応は,債権者としての正当な権利の行使の範囲を超えており許されない。
   ⑥ 契約解除
    ア 被控訴人による上記②ア及びイの不当な追加担保の要求は,金銭消費
貸借契約上の信義則違反である。
    イ 控訴人らは,被控訴人に対し,信義則違反による債務不履行を理由
に,当審の本件第1回口頭弁論期日である平成14年8月22日において,本件貸
付にかかる消費貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
   ⑦ 相殺
    ア 控訴人らは,被控訴人による上記②ア及びイの理不尽な追加担保の要
求によって精神的に動揺し,打撃を受けた。
    イ 控訴人らの精神的苦痛を慰謝するためには,それぞれ50万円が相当
である。
    ウ 控訴人らは,被控訴人に対し,当審の本件第1回口頭弁論期日である
平成14年8月22日において,不法行為損害賠償(慰謝料)請求権をもって,被
控訴人の本訴請求債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。
  (2) 被控訴人の主張
   ① 本件約款の効力
    ア 平成13年4月1日施行にかかる消費者契約法は,法適用における不
遡及の原則に基づき,その施行後に締結された消費者契約についてのみ適用される
から,平成元年6月9日成立の本件貸付にかかる本件約款の効力には影響を来さな
い。
    イ 本件約款の「債権保全を必要とする相当の事由」については,債務者
との信頼関係が破壊され,将来正常な弁済の期待ができない合理的な理由がある場
合に解釈適用されるものであって,当事者の合意として客観的合理性があり,本件
貸付についても有効に適用される。
   ② 期限の利益喪失の有無
     次の事情があるので,被控訴人は,控訴人らに「債権保全を必要とする
相当の事由」が存在するものとしてその期限の利益喪失を請求したものである。
    ア 被控訴人が控訴人らに対して追加担保の要求をし,この追加担保がな
い場合には(一括返済を求めるということも含めて)強制的な手段を取らざるを得
ないことにもなる旨を説明したが,これはいずれも銀行取引約定書に明記されてい
る事柄である。
    イ 控訴人bは,被控訴人に対し,控訴人aの本件貸付債務について,
(ア) 控訴人aの借入金1000万円を被控訴人に返却すること,(イ) 貸付時
(平成元年6月9日)から平成13年2月28日までに返済した元利合計890万
5940円を(ア)から相殺すること,(ウ) この相殺残金109万4060円から
控訴人らが被控訴人から被った慰謝料100万円を相殺すること,(エ) したがっ
て,相殺後の残金9万4060円を被控訴人に支払うことをそれぞれ記載した同年
3月13日付け「申入書」及び同月15日付け「aの賃借契約清算明細書」と各題
する書面を送付した。
    ウ 被控訴人福山支店の次長cは,控訴人bに対し,平成13年3月26
日,控訴人aから返済口座へ預け入れられた100万円の趣旨を確認するため,電
話により「この3月末の借入金の返済はどうされるんでしょうか。」と問い質した
ところ,控訴人bは,「銀行へは入っている。あんたとこの口座に入っているが
ね。(もっとも)おれは3月15日付けで決済しておりあんたの所とは貸し借りは
ないはずや。だから書面も返してもらって,担保も外してもらい,ちゃんとしても
らわねば困る。」「あんたらは好きにすればいい。決済が済んでいるのにあんたら
が,勝手に取るということは,人のものを黙って取るのと同じことなんだ。」と回
答(甲8)した。
    エ 控訴人bは,平成13年3月27日,被控訴人福山支店を訪れた上,
c次長に対し,「この口座には100万円入れている。いっぺんたりともこの問題
で取ってみろただでは済まさんぞ。お前らに払うために,泥みたいなやつらのため
におれはお金を入れているわけではない。その口座から取ってみろただでは済まさ
んぞ。」と発言した。
    オ その後被控訴人福山支店行員らにおいて控訴人らに対し,複数回にわ
たり弁済の翻意を求めたが,控訴人らはこれに応じなかった。
    カ 上記アないしオにより,控訴人らが被控訴人に対する今後の弁済を一
切拒絶する強固な意思を表明したことは明白であり,今後の弁済についての控訴人
らと被控訴人との間の信頼関係が完全に破壊された。
   ③ 弁済の提供の有無
     控訴人aが被控訴人に対し,平成13年3月,100万円を返済口座に
預け入れたが,控訴人らにおいては本件貸付債務への引き落としを拒絶していたの
で,弁済の提供には当たらない。
   ④ 信義則違反の有無
     次の事情があるので,被控訴人が控訴人らの期限の利益喪失を請求した
ことは信義則に反しない。
    ア 上記②アないしカと同旨。
    イ したがって,被控訴人には何ら違法不当な点はない。
   ⑤ 権利濫用の有無
     次の事情があるので,被控訴人が控訴人らの期限の利益喪失を請求した
ことは権利の濫用には当たらない。
    ア 上記②アないしカと同旨。
    イ したがって,被控訴人には何ら違法不当な点はない。
   ⑥ 解除
     控訴人らの解除の主張は,その前提を欠いているので,それ自体失当で
ある。
   ⑦ 相殺
     控訴人らの相殺の主張は,控訴人らに不法行為損害賠償(慰謝料)請求
権が発生しないので,相殺の対象となる自働債権が存在しないから理由がない。
第3 証拠
   原審の書証目録及び証人等目録並びに当審の書証目録に記載のとおりである
から,ここにこれを引用する。
第4 当裁判所の判断
 1 当裁判所も,被控訴人の控訴人らに対する本訴請求は,以下のとおりいずれ
も正当としてこれを認容すべきものであると判断する。
  (1) 本件約款の有効性
   ① 控訴人らは,ア 本件約款が「債権保全を必要とする相当の事由」とい
う漠然として客観的に確定し得ない事実を条件とするものであるので,消費者であ
る控訴人らの利益を不当に害するから,消費者契約法10条の直接適用又は同条の
準用ないし類推適用により無効であること,イ 本件約款が消費者の法律上の権利
を合理的な理由なくして制限するものであるので,消費者契約法の趣旨を踏まえる
と,民法1条2項により無効であることを理由として,控訴人らが本件約款によっ
ては期限の利益を喪失しないと主張する。
   ② しかし,消費者契約法の附則によると,平成13年4月1日施行にかか
る消費者契約法は,その施行前の消費者契約については適用されないことが明らか
である。
     のみならず,当事者において債務者の期限の利益喪失にかかる合意をす
ることは契約自由の原則上有効であるというべきであるから(最高裁判所昭和39
年(オ)第155号同45年6月24日判決・民集24巻6号587頁参照),消費
者契約法の趣旨や民法1条2項に照らしても,本件約款の効力を否定することはで
きないものというべきである。
     そして,証拠(甲1)によると,本件貸付にかかる金銭消費貸借契約証
書(甲1)の第5条(期限の利益の喪失)は,第1項において所定の要件があれば
通知催告等がなくても当然に債務者の期限の利益喪失が生じることを定めている
が,更に第2項においては下記のとおり定め,所定の要件があれば債権者の請求に
よって債務者の期限の利益喪失が生じることを規定していることが認められる。

     次の各場合において,債権保全を必要とする相当の事由があるときに
は,貴行の請求によって貴行に対するいっさいの債務の期限の利益を失い,直ちに
債務を弁済します。
    (1) 借主が債務の一部でも履行を遅滞したとき。
    (2) 担保の目的物について,差押または競売手続の開始があったとき。
    (3) 貴行の請求する担保,もしくは増担保の差し入れ,あるいは保証人の
追加を怠ったとき,その他借主が貴行とのいっさいの取引約定の一にでも違反した
とき。
    (4) 手形交換所(これに準ずる施設を含む)の不渡報告があったとき。
    (5) 貴行に対する預金,積金を貴行の承諾なく,他に譲渡,もしくは質入
したとき。
    (6) 貴行の承諾なく担保物を処分し,または物件,賃借権を設定し,もし
くはこれが保全に必要な行為を怠ったとき。
    (7) 死亡,その他一身上の変動を生じたとき。
    (8) 刑事上の訴追を受けたとき。
    (9) 借主または保証人の振出,裏書,引受,参加引受または保証にかかる
手形,小切手で貴行の所持するものの関係人,または借主の保証する本人が,前項
各号または本項各号の一にでも該当したとき。
    (10) 保証人が前項各号または本項各号の一にでも該当したとき。
    (11) 前各号のほか,債権保全を必要とする相当の事由が生じたとき。
   ③ 上記認定事実にかんがみると,本件約款(上記(11))は,上記(1)か
ら(10)に列挙した具体的事由に準ずる客観的にみて債権保全の客観的必要性がある
とき,すなわち債務者の信用度がかなり低下し,本件貸付債権回収を弁済期到来ま
で待つことを債権者である被控訴人に期待することが社会通念上無理であるとき
に,被控訴人に期限の利益喪失形成権が発生することを規定したものと解するのが
相当である。
     そうすると,本件約款については,控訴人らに不当な不利益を強いるも
のではなく,また法律関係を不当に混乱させるものでもないから,有効なものとい
うべきである。
     したがって,控訴人らの上記主張を採用することはできない。
  (2) 期限の利益喪失の有無
   ① 被控訴人は,控訴人らに「債権保全を必要とする相当の事由」が存在す
るものとして,本件約款に基づいて適法にその期限の利益喪失を請求したものであ
ると主張する。
     これに対し控訴人らは,ア 被控訴人が控訴人らに対し,平成11年9
月7日,控訴人らが本件借入金の返済を1度も怠ったことがないにもかかわらず,
追加担保を要求し,この要求に応じない場合には本件貸付にかかる金銭消費貸借契
約を破棄し,本件貸付の残債務約750万円の一括返済を請求することになるとと
もに,強制的な手段を取らざるを得ない旨を通告したこと,イ 上記追加担保の要
求は,銀行取引約定上も控訴人らに義務のないものであって,何らの法的根拠もな
いものであるから,被控訴人の控訴人らに対する脅迫行為であること,ウ 控訴人
bが分割弁済に応じないものと受けとめられるような言動をしたとしても,上記追
加担保の要求を発端とするトラブルに基づき,控訴人らと被控訴人との間で本件貸
付を白紙撤回するかどうかについての交渉がなされていた際のものにすぎないこ
と,エ 控訴人aが被控訴人に対し,平成13年3月,100万円を返済口座に預
け入れたので,控訴人らには返済能力があったことを理由として,「債権保全を必
要とする相当の事由」は存在しないから,被控訴人が主張する期限の利益の喪失は
認められないと主張する。
   ② 上記前提事実に加えて,証拠(甲1,3,4,5ないし7の各1及び
2,8,9,10の1,10の4の1の1及び2,10の4の2,10の4の3の
1ないし3,10の4の4ないし6,10の4の7の1及び2,10の4の8,1
0の4の9,10の4の10の1及び2,10の4の11ないし15,10の4の
16の1ないし3,10の4の17の1及び2,10の4の18,10の4の30
ないし32,10の4の33の1及び2,10の4の34ないし40,10の4の
41及び42の各1及び2,10の4の43の1ないし5,10の4の44,10
の4の45の1及び2,10の4の46,乙1ないし3,原審証人c,原審の控訴
人b)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。
    ア 被控訴人福山支店は,控訴人aに対し,下記土地(以下「本件土地」
という。)の購入資金として本件貸付をした。

      福山市m町字np番
      雑種地  421㎡
      福山市m町字oq番s
      雑種地   23㎡
      福山市m町字or番t
      雑種地  128㎡
    イ 控訴人aは,本件貸付の主債務者(借主)として,また控訴人bは,
その連帯保証人として,それぞれ金銭消費貸借契約証書(甲1)に署名押印した
が,同契約証書の第4条(担保)の第1項には「債権保全を必要とする相当の事由
が生じたときは,請求によって直ちに貴行の承認する担保もしくは増担保を差し入
れ,または保証人を立て,またはこれを追加します。」と定められている。
    ウ 控訴人aは,被控訴人に対し,平成元年6月9日,本件土地につい
て,本件貸付債務を被担保債務とする抵当権を設定したが,同設定契約証(甲10
の4の1の2)の第3条(抵当物件の保全)には「1 抵当権設定者は,書面によ
って貴行に対し特に申し出たものをのぞき,抵当物件のうえに貴行の抵当権に影響
をおよぼす権利が存在していないことを確約しました。2 抵当権設定者は,抵当
物件につき,貴行の書面による承諾がなければ譲渡行為,物権的負担もしくは債権
的負担を生ぜしめる行為または原状を変更する行為をしません。」と,また同第4
条(補償金等の譲渡)第1項には「抵当物件につき滅失,毀損または公用徴収その
他抵当権に影響を生じる事実が発生した場合,その他重大な変化を生じ,または生
じるおそれのあるときは,抵当権設定者は直ちに貴行にその旨を通知します。」と
定められている。
    エ 控訴人bが代表取締役として経営するd株式会社は,被控訴人福山支
店から,平成2年11月7日,事務所兼倉庫建築資金として1000万円を借り入
れた上,本件土地上に建物を建築したが(以下「本件建物」という。),平成6年
1月14日,同借入金を完済した。
    オ d株式会社は,被控訴人福山支店から,平成9年5月30日,運転資
金として1000万円を借り入れたが,平成11年9月ころ,経営不振となったた
め,控訴人bにおいて被控訴人に対し,その個人資産を売却して一括返済をするこ
とを条件にd株式会社による約定返済の猶予を申し出た。
    カ これに対し,被控訴人福山支店の融資担当者は,控訴人らの個人資産
を再調査したところ,控訴人aから上記抵当権設定契約証(甲10の4の1の2)
の第4条第1項に基づく本件建物に関する通知がなかったため,本件貸付の担保と
して本件建物の提供を受けていないことが判明したことから,平成11年9月上
旬,控訴人らに対し,上記金銭消費貸借契約証書(甲1)の第4条及び抵当権設定
契約証(甲10の4の1の2)の第3条に基づき,その追加担保として本件建物の
提供を求めるとともに(以下「本件追加担保の要求」という。),これに応じない
ときは,本件貸付債務につき一括返済請求を含めて強制的な手段を取らざるを得な
いことになる旨を説明した。
    キ その後,d株式会社は,被控訴人福山支店に対し,上記約定返済の猶
予の申出を撤回し,平成11年12月6日までにその債務を完済した。
    ク ところで,控訴人らは,被控訴人福山支店に対し,平成11年12月
15日付け書面(甲10の4の7の2)をもって,本件追加担保の要求について
は,被控訴人福山支店の融資担当者において本件建物が完成した平成2年にこれを
することができたはずであり,現在ではすでに10年が経過していることに加え
て,本件貸付債務につき一括返済請求を含めて強制的な手段を取る旨の説明が控訴
人らに対する脅迫的要求であるとして抗議をした。
    ケ 被控訴人福山支店のe支店長代理は,控訴人bに対し,平成11年1
2月20日,本件追加担保の要求は正当であるが,その説明には担当行員の不適切
な表現があったとして謝罪した。
    コ しかし,控訴人bは,控訴人aの代理人として,被控訴人福山支店に
対し,「私は不当な要求を受けた日から支店長代理に謝罪されるまでの間に理不尽
な要求を受け入れ,追加担保に建物を入れるべきか,一括返済をするとなれば資金
を確保出来るかなど,大変な精神的苦痛のなかで,辛うじて一括返済出来る資金を
確保することが出来たが,その為に受けた経済的損失も又甚大であった。」などと
記載した平成12年1月11日付け書面(甲10の4の10の1)を送付した。
    サ このため被控訴人福山支店のf副支店長及びe支店長代理は,控訴人
らに対し,平成12年1月13日,上記抵当権設定契約証(甲10の4の1の2)
の第3条等に基づき,その追加担保として本件建物の提供を求めていることを説明
したところ,控訴人bにおいては,本件追加担保の要求の約定は理解したものの,
本件貸付債務の一括返済請求を含めて強制的手段を取るとした点の説明については
納得しなかった。
    シ その後,被控訴人福山支店の行員と控訴人bとの間で度々話し合いが
行われ,控訴人bは,被控訴人の謝罪を要求するとともに被控訴人に対する損害賠
償の請求をほのめかしていたが,平成12年2月15日,被控訴人に対して,控訴
人ら側が作成,準備した「被控訴人福山支店は追加担保不当請求によって多大な迷
惑をかけたことでその弁済処置案の提示を求める件で,その提示された内容がいか
なるものであろうと検討課題として受け入れるものであり,それ以外他意なきこと
を約束します。」旨の被控訴人福山支店副支店長名の「誓約書」(甲10の4の1
7の2)に調印するよう要求するなどした。被控訴人は,控訴人ら側の要求は不当
なものであるとしてこれに応じることを拒否した。ところが,同月25日,控訴人
bから被控訴人福山支店に対して問題の解決を他の者に委任した旨の電話があり,
その後の同年4月17日,控訴人bから委任を受けたと言って右翼団体政治結社g
の者が被控訴人福山支店を訪れ,「常識ある回答をj氏にしてほしい。1週間待っ
て何の進展も見られないならば抗議文を持って来る。市民の皆さんに被控訴人はこ
んなことをしているということを岡山,福山で聞いてもらう。岡山にh協議会の支
部があり一緒に行動を起こす。」などと発言したが,被控訴人福山支店は控訴人ら
の件については第三者とは交渉しない旨回答した。しかし,その後も,上記gの者
が被控訴人福山支店を訪れて「抗議文を持って来る。その後すぐ運動に入る。玄関
でみんなのおる前で大きい声でバッという。戦闘服を着て入って来る。」などと言
ったり,g名で被控訴人福山支店に「誠意ある対応をしない場合には,広く世論へ
訴える目的で街宣運動を展開する用意がある。」などの内容の申入書(甲10の4
の24の1ないし3)を送付するなどした。
    ス 控訴人bは,被控訴人福山支店のi支店長及びc次長に対し,平成1
2年7月13日,上記コの平成12年1月11日付け書面(甲10の4の10の
1)に対して書面で回答すること,控訴人らに対するお詫びの文書を提出すること
を求めた。
    セ このため被控訴人福山支店のi支店長ら5名は,控訴人らに対し,平
成12年8月1日,本件追加担保の要求交渉の際の被控訴人福山支店行員による説
明に不適切な点があったことについて口頭で謝罪したが,控訴人らはこれに納得し
なかった。
    ソ 控訴人bは,被控訴人福山支店に対し,平成12年8月21日付け書
面(甲10の4の33の1)をもって,「aに対する脅迫的に追加担保を強要され
たことに起因するトラブルにつき」「誠意ある謝罪と償い」を求める旨を申し入れ
た。
    タ 上記i支店長及びc次長は,控訴人bに対し,平成12年11月13
日,再度本件追加担保の要求交渉の際の被控訴人福山支店行員による説明に不適切
な点があったことについて口頭で謝罪するとともに,上記追加担保についても通常
に返済されている限り,強力にお願いすることはない旨を説明したが,控訴人bは
これに納得しなかった。
    チ 控訴人bは,被控訴人福山支店に対し,「1 本件貸借契約日(平成
1年6月9日)にさかのぼり,契約を白紙撤回し,金銭的にすべて清算すること。
2 トラブル発生から1年6ケ月にも及ぶ期間に受けた精神的苦痛,及び経済的損
失等々に対する慰謝料金100万円也を支払うこと。」と記載した平成13年3月
13日付け申入書(甲3,10の4の39)を提出した。
    ツ 次いで控訴人bは,被控訴人福山支店に対し,「A aの借入金10
00万円也を返却する。B 平成1年6月9日から平成13年2月28日までの間
に返済した元利合計金額金890万5940円也をAから相殺する。C 相殺残金
109万4060円から慰謝料100万円を相殺する。D 慰謝料相殺残金9万4
060円也を返却する。」旨を記載した平成13年3月15日付け「aの賃借契約
清算明細書」と題する書面(甲4,10の4の41の1)及び額面9万4060円
の普通為替証書(郵政省同月15日発行。甲10の4の41の2)を送付した。
    テ これに対して被控訴人福山支店は,控訴人bの上記チ及びツの申入れ
は受け入れがたいとして,直ちに上記普通為替証書を返送したものの,控訴人bか
ら受取りを拒否されたため,平成13年3月23日,広島法務局福山支局に9万4
060円を供託するに至った。
    ト 上記i支店長は,控訴人らに対し,平成13年3月26日ころ到達の
同月23日付け書面をもって,本件貸付債務の返済について,同月30日までに被
控訴人が引き続き控訴人aの返済口座から返済金を引き落とすことを承諾する旨の
連絡がないときは,本件約款に基づく請求により,同年4月2日限り期限の利益を
喪失させる旨を通知した。
    ナ また,c次長は,控訴人bに対し,平成13年3月26日,電話をも
って,控訴人bの上記チ及びツの申入れは受け入れられないこと並びに9万406
0円を供託したことを説明するとともに,控訴人aから返済口座へ預け入れられた
100万円の趣旨を確認するため,「この3月末の借入金の返済はどうされるんで
しょうか。」と問い質したところ,控訴人bは,「銀行へは入っている。あんたと
この口座に入っているがね。おれは3月15日付けで決済しておりあんたの所とは
貸し借りはないはずや。だから書面も返してもらって,担保も外してもらい,ちゃ
んとしてもらわねば困る。」「あんたらは好きにすればいい。決済が済んでいるの
にあんたらが,勝手に取るということは,人の物を黙って取るのと同じことなん
だ。」と返答をした。
    ニ 控訴人bは,平成13年3月27日,被控訴人福山支店を訪れた上,
i支店長及びc次長に対し,「この口座には100万円入れている。いっぺんたり
ともこの問題で取ってみろただでは済まさんぞ。お前らに払うために,泥みたいな
やつらのためにおれはお金を入れているわけではない。その口座から取ってみろた
だでは済まさんぞ。」と発言するとともに,「迷惑になるのなら,営業妨害でも何
でもやればいい。」などと怒号した。そのため,他の顧客の迷惑になると考えた被
控訴人福山支店行員が警察署へ通報し,控訴人bは,駆け付けた警察官により同支
店外に連れ出された。
    ヌ その後控訴人bは,平成13年3月28日,再度被控訴人福山支店を
訪れた上,i支店長及びc次長に対し,「貸し借りの債務はない。」「貸し借り契
約書を返してもらいたい。」などと要求したが,同支店長らは,本件貸付債務の弁
済が未了であるとしてこれに応じなかった。
    ネ 控訴人らにおいて被控訴人が引き続き控訴人aの返済口座から返済金
を引き落とすことを承諾する旨の連絡をしなかったため,上記トの催告期限である
平成13年3月30日が経過した。
    ノ なお,被控訴人は,この間に控訴人bが被控訴人に対してとった言動
は,被控訴人並びにその役員及び従業員に対して面会又は架電をする等の方法で違
法,不当に交渉を要求するなどして被控訴人の業務を妨害する危険性のあるもので
あるとして,これを理由に,平成13年4月3日,控訴人bを債務者として,広島
地方裁判所福山支部に,「控訴人bは,自ら若しくは控訴人bの従業員又は第三者
をして,被控訴人の役員及び従業員に対し面会又は架電を強要する方法で被控訴人
の業務の遂行を妨害する一切の行為をしてはならない。」旨の仮処分命令を求める
申立てをし,同年5月28日,同裁判所同支部によるこれを認める仮処分命令を得
た。
      以上認定の事実を総合し,本件約款の適用について判断すると,控訴
人らが被控訴人に対し,本件貸付債務の弁済を今後一切しないとの意思を表明し,
上記i支店長の催告期限である平成13年3月30日までに被控訴人において引き
続き控訴人aの返済口座から返済金を引き落とすことを承諾する旨の連絡をしなか
ったものであるから,客観的にみて本件貸付債権保全の客観的必要性があることは
明らかであって,本件貸付債権を弁済期到来まで待つことを債権者である被控訴人
に期待することは社会通念上無理であると認められるから,上記の状況は,本件約
款の「債権保全を必要とする相当な事由が生じたとき」に該当するものというべき
である。
      したがって,被控訴人には本件約款に基づく期限の利益喪失形成権が
認められるから,これの行使により控訴人らが本件貸付債務につき期限の利益を喪
失しているものというべきである。
  (3) 弁済の提供の有無
    控訴人らは控訴人aが弁済の提供をしたので,本件約款の適用が排除され
ると主張する。
    確かに,控訴人aが被控訴人に対し,平成13年3月,100万円を返済
口座に預け入れた事実は,当事者間に争いがない。
    しかし,上記(2)②の認定事実によれば,控訴人らにおいては被控訴人によ
る上記返済口座から本件貸付債務への引き落としを拒絶していることは明らかであ
るから,弁済の提供には当たらないものというべきである。
    したがって,控訴人らの上記主張を採用することはできない。
  (4) 信義則違反の有無
    控訴人らは,本件約款により期限の利益を喪失させた被控訴人の対応は行
き過ぎであるので,契約関係における信頼関係を害しているから,被控訴人が控訴
人らの期限の利益の喪失をさせることは信義則に違反し許されないと主張する。
    しかしながら,上記(2)のとおり被控訴人が控訴人らに対し,本件約款によ
り期限の利益の喪失請求をしたのは正当であって,信義則に反するものではないと
いうべきであるから,控訴人らの上記主張を採用することができない。
  (5) 権利濫用の有無
    控訴人らは,本件約款により期限の利益を喪失させた被控訴人の対応は正
当な権利の行使の範囲を超えているので権利の濫用に当たるから許されないと主張
する。
    しかしながら,上記(2)のとおり被控訴人が控訴人らに対し,本件約款によ
り期限の利益の喪失請求をしたのは適法というべきであるから,控訴人らの上記主
張を採用することができない。
  (6) 解除
    控訴人らは,被控訴人による不当な本件追加担保の要求が金銭消費貸借契
約上の信義則違反であることを理由に,本件貸付にかかる消費貸借契約を解除する
旨の意思表示をしたと主張する。
    しかし,上記(2)②の認定事実にかんがみると,被控訴人による本件追加担
保の要求は違法不当なものと断定することはできないから,控訴人らの上記主張は
その前提を欠いており理由がない。
    したがって,控訴人らの解除の主張は失当である。
  (7) 相殺
    控訴人らは,被控訴人による理不尽な本件追加担保の要求によって精神的
に動揺し,打撃を受けたとして,当該不法行為損害賠償(慰謝料)請求権をもっ
て,被控訴人の本訴請求債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をしたと
主張する。
    しかしながら,上記(2)②の認定事実にかんがみると,被控訴人による本件
追加担保の要求が違法不当なものと断定することはできないから,控訴人ら主張に
かかる自働債権を認定することができない。
    したがって,控訴人らの相殺の主張は失当である。
  (8) まとめ
    以上によると,控訴人らは,被控訴人に対し,各自残元本及び確定利息の
合計688万5410円及びうち残元本686万3248円に対する期限の利益喪
失の日の翌日である平成13年4月3日から支払済みまで年18パーセントの割合
による約定損害金の支払義務があるものというべきである。
 2 よって,原判決は相当であり,控訴人らの本件各控訴はいずれも理由がない
からこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
    広島高等裁判所第4部
        裁判長裁判官    竹   中   省   吾
           裁判官    廣   永   伸   行
           裁判官    河   野   清   孝

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛