弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
         理    由
 弁護人藤井清秀が陳述した控訴の趣意は同人提出の同趣意書に記載の通りである
から、これを引用する。
 第一点(証拠法違背の主張)に付いて。
 所論の証人Aの証言は公判準備における供述(原裁判所の現場検証の際における
証言)であつて第三者の供述をその内容の一部として含むこと原審が右伝聞部分に
付、排除決定をなすことなく該供述調書の全<要旨第一>部を証拠として採用したこ
と記録によつて明である。しかしながら右調書及記録を通読すると右の第三者は
の氏名、所在不明であつて公判期日に喚問することができず且その供
述(前記伝聞部分)が犯罪事実の存否の証明に欠くことのできないものであり、な
おその供述者(前同)は本件事故を起した自動車の直ぐ後に続いて事故現場を自転
車に乗り通り蒐つた者であり、その場においては被害者の同伴者である右Aに対し
前記自動車はBのものだと告げたことをその内容とするものであるから特に信用す
べき情況の下になされたものと解するを相当とする。そうだとすれば刑事訴訟法第
三百二十四条第二項により準用される同法第三百二十一条第一項第三号の条件を充
足するものとし前示伝聞の部分に付いても証拠能力を認むるを相当とする。されば
該伝聞部分をも証拠として採用した原判決には所論のような違法はない。仮に右と
反対の見解をとり右伝聞部分は証拠能力がなく従つてこれを証拠として採用したこ
とが違法だとしても前記自動車がBのものであること(従つて犯人は被告人である
こと)は原判決挙示の原審公判準備(前同)におけるC、Dの各証人<要旨第二>尋
問調書(尤も右供述中被害者Eがやられたやられた、BBと言つたとの部分は伝聞
証言ではあるが事故により死に瀕している者の該事故に関する発言を内
容とするものであるから、右伝聞に証拠能力を認むべきものと解するを相当とす
る)により優にこれを認め得るからして前顕の違法は未だ判決に影響あるものとは
言えない。従つて本論旨は理由がない。
 第二点(審理不尽の主張)に付いて。
 その一、原審弁護人は被害者Eの司法警察員に対する供述当時の意識状態を明確
ならしむることは右Eの直接供述と前出D、C両証人の右Eからの伝聞との矛盾撞
着を解決する鍵であるとして当時の同女の意識状態に関する証言を求める為F医師
の喚問を求めた。しかるに原審は同証人を喚問しながら右Eの意識状態に付いての
取調をなさず又は取調をしながら調書に記載してない。かかる措置は明に審理不尽
であると言うのである。
 記録によれば原審弁護人から被害者Eの死因並死亡直前における意識状態を立証
事項としてF医師を証人として申請したこと第五回公判における同証人の供述調書
は右意識状態については全然触れていないこと共に所論のとおりである。しかしな
がら同調書の記載によれば右尋問は当事者の交互尋問の方法によつたものであり特
に申請者である原審弁護人は前記Eの死因等に関しては詳細を極めた尋問をしたに
拘らず死亡直前の意識状態に付いては一言の発問すらしていないこと明である。こ
の事実は同弁護人において前叙のような申請はしたもののその後何等かの理由によ
り同女の右意識状態に付いての立証を不必要と認むるに至り右証人尋問に当り特に
この点の尋問をしなかつたものと解するを相当とする。尤もかかる場合にあつても
裁判所において右の点(Eの意識状態)の尋問を必要と認める限り同証人に対し進
んでこの点に関し発問し応答を求むる義務があると解するを相当とするが同時に審
理の経過に照らしその必要を認めない限りかかる義務のないこと言を俟たないとこ
ろである。原判決が証拠として挙示しているF医師の診断書及死亡診断書の記載に
より明かな同女がF医師方に連込まれた日時、死亡の日時その間の病状経過と照し
合せ司法警察員行成のEの供述調書の記載を仔細に検討するとEの右供述当時(少
くとも昭和二十六年十二月六日午後七時以後)最初は意識も明瞭で稍詳細に供述し
ているが次第に苦痛を益し意識も不明瞭になり発問に対する応答ができなくなつた
ことを看取できる。即ち同調書の後部に同女の言として「今も苦しくつて苦しくつ
て何んとも言えない様になつて来ました」とあるのに引続き問「自動車は何処の自
動車か覚えてませんか」答「判らん判らん判らん苦しい苦しい苦しい腸が張る浣腸
してくれ」となつて居り、判らん判らんと言うのは苦痛等の為尋問等に応答できな
いと言う趣旨であつて特に自動車の所有者が誰れであるか判然しないと言う意味で
はないと解するを妥当とする。しかりば所論のように右Eの供述とD、Cの証言中
の伝聞部分とは決して矛盾するものではなく、従つて原審裁判所において進んで同
女の意識状態を審究する必要を認めず従つてF証人に対し何等の発問をもしなかつ
たのは当然であり、所論のような審理不尽の違法はない。なお同証人尋問調書に所
論の記載逸脱のあることはこれを窺うに足る何等の資料もない。
 その二、三
 所論の如き抽象的推量は現実の事故発生の場合必ずしも適合するものではなく又
所論のようた鑑定、証人尋問をしたからとて適確な結果を得ることは保し難い。し
かも当審もまた原審と共に原審が既に取調べた証拠により事実の認だをなすに足る
と信んずる。
 しからば原審が所論の証拠申請を却下したからとて直ちに審理不尽の違法ありと
は言えない。従つて本論旨もまた総て理由がない。
 第三点(事実誤認又は理由くいちがいの主張)に付いて。
 原判決挙示の証拠によれば優に判示通りの事実を認定し得べく証人Gの証言、被
告人の供述中右認定に反する部分(所論に引用の部分)は到底措信できない。又所
論の抽象的推量も前叙の理由により直ちに採用できない。従つて本論旨も理由がな
い。
 よつて刑事訴訟法第三百九十六条に則り主文の通り判決する。
 (裁判長判事 下川久市 判事 青木亮忠 判事 鈴木進)

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