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主文
原判決及び第1審判決を破棄する。
被告人は無罪。
理由
弁護人鶴敍の上告趣意は,事実誤認,単なる法令違反の主張であって,刑訴法4
05条の上告理由に当たらない。
しかし,所論にかんがみ職権をもって調査すると,原判決及び第1審判決は,刑
訴法411条1号,3号により破棄を免れない。その理由は,以下のとおりであ
る。
1本件公訴事実の要旨は,「被告人は,平成18年12月22日午後7時20
分ころ,広島市南区所在の被告人方前路上において,B(当時48歳)に対し,そ
の胸部等を両手で突く暴行を加えて同人を転倒させ,よって,加療約1週間を要す
る後頭部打撲等の傷害を負わせた。」というものである。第1審判決は,公訴事実
に沿うBの供述及びその場に居合わせたCの供述に信用性を認め,公訴事実と同旨
の犯罪事実を認定し,傷害罪の成立を認め,被告人を罰金15万円に処した。
これに対し,被告人が控訴を申し立て,被告人は上記暴行を加えていないとして
第1審判決の事実誤認を主張した。原判決は,要旨以下のような理由により,被告
人について傷害罪が成立するとした第1審判決は事実を誤認したものであるとし
て,これを破棄した上,被告人がBに対してその胸部等を両手で突いて転倒させる
暴行(以下「本件暴行」という。)を加えたという暴行罪の限度で事実を認定し,
被告人を科料9900円に処した。すなわち,原判決は,本件暴行を否定する被告
人及びその夫D(以下「D」という。)の各供述を信用することはできないとする
一方,Bが勤務する株式会社E不動産と,被告人,D及び被告人が代表取締役を務
める有限会社F宅建との間で,上記被告人方住居兼事務所(登記上は倉庫・事務
所。以下「本件建物」という。)の使用方法等をめぐる民事上の紛争が生じてお
り,Bが被告人を不利な立場に陥れることによりE不動産を上記紛争において有利
な立場に導こうという意図を有していた可能性は否定し難いことを指摘した上,本
件被害状況に関するBの供述の信用性には相当の疑問があるとし,Cの上記供述と
一致する点については信用できるものの,転倒した際に地面で後頭部を打ったとす
る点については信用できず,Bに後頭部打撲等の傷害が生じた事実を認定すること
はできないとした。
2原判決の認定及び記録によれば,本件の事実関係は次のとおりである。
(1)本件建物及びその敷地は,Dの亡父が所有していたところ,その持分の一
部は,同人から贈与又は相続により取得した者を経て,E不動産が強制競売又は売
買により取得した。本件当時,登記上,本件建物については,D及びE不動産がそ
れぞれ2分の1ずつの持分を有する一方,その敷地については,E不動産,被告
人,Dほかが共有しており,そのうちE不動産は264分の83の持分を有してい
た。E不動産は,これらの持分を平成15年12月ころまでに取得したものであ
る。
(2)F宅建は,平成3年に本件建物の賃借人の地位を取得し,平成17年9
月,それまで他の会社に転貸されていた本件建物の明渡しを受けた。そして,F宅
建は,同年10月ころ,建設会社に本件建物の原状回復及び改修の工事を請け負わ
せた。また,そのころ,被告人及びDは,本件建物の一部に居住し始めるととも
に,これをF宅建の事務所としても使用するようになった。ところが,その後,E
不動産の関連不動産会社である株式会社Gの従業員が上記建設会社の作業員らに対
して上記工事を中止するように申し入れ,同年11月には,本件建物に取り付けら
れたばかりのサッシのガラス10枚すべてをE不動産関係者が割るなどしたことか
ら,上記建設会社は,工事を中止した。
そこで,F宅建は,同年12月,改めて別の建設会社に上記工事の残工事を請け
負わせたところ,E不動産の従業員であるBがほとんど毎日工事現場に来ては,上
記建設会社の作業員に対し,本件建物の工事差止めを求めて裁判で争っているから
工事をしてはならない旨申し向けて威圧的に工事の中止を求め,その工事を妨害し
た。また,E不動産は,上記建設会社に対し,工事の中止を求める内容証明郵便を
送付したり,F宅建から支払われる請負代金額の3倍の保証金を支払うので工事か
ら手を引くよう求めたりし,上記建設会社がこれを断ると,E不動産関係者は,今
後広島で無事に仕事をすることができると思うななどと申し向けて脅迫した。平成
18年に入ると,Bのほかにも,E不動産の従業員と称する者が,毎日,工事開始
から終了まで本件建物前に車を止めて張り付き,作業員らにすごむなどしたため,
上記建設会社も工事を中止した。
そして,E不動産は,その工事が続行されないように,本件建物の周囲に残って
いた工事用足場をG名義で買い取った上,本件建物の入口付近に鉄パイプを何本も
取り付けて出入り困難な状態とし,「足場使用厳禁」等と記載した看板を取り付け
るなどした。その後も,E不動産関係者は,本件建物の前に車を止めて,F宅建を
訪れる客に対して立入禁止である旨を告げるなどした。
また,E不動産は,同年1月ころ以降,建設業者が本件建物に立ち入らないよう
にするため,その立入りを禁止する旨表示した看板を本件建物の壁面等に取り付け
たところ,被告人らに外されたりしたため,その都度,同様の看板を本件建物に取
り付けることを七,八回繰り返した。
(3)一方,E不動産は,平成17年11月,本件建物の2分の1の共有持分権
に基づく妨害排除請求権を被保全権利として,D,被告人及びF宅建を相手方とし
て,本件建物の増改築工事の中止及び続行禁止並びに明渡し断行を求める仮処分を
申し立てたが,却下され,即時抗告を申し立てた。広島高等裁判所は,平成18年
9月,F宅建はE不動産が本件建物の持分を取得する以前から本件建物について賃
借権を有しており,Dは本件建物の共有持分権を有し,被告人はF宅建の代表者又
はDの妻として本件建物を占有しているから,E不動産は,F宅建に対しても,D
及び被告人に対しても,本件建物の明渡しを請求できない旨,F宅建は賃貸借契約
において本件建物の大修繕や改良工事の権限が与えられているから,E不動産はF
宅建による工事の中止や続行禁止を求めることもできない旨判示して,E不動産の
上記即時抗告を棄却し,これが確定した。
(4)Bは,平成18年12月20日に本件建物の壁に取り付けた立入禁止の看
板の一部が同月21日朝にはがされたりちぎられたりし,同日夜にはなくなってい
るのを発見したので,同月22日午後7時10分ころ,立入禁止の看板3枚を本件
建物に取り付けるため,看板製作・取付会社の取締役であるC及び同社従業員のH
ほか1名と共に本件建物前に行った。Bの依頼により,C及びHは,立入禁止の看
板1枚(以下「本件看板」という。)を自動車から下ろし,その裏面全面に接着剤
であるコーキングを付け,はしごを本件建物西側の壁面に立て掛けるなど,本件看
板を取り付ける作業を開始した。
本件看板は,縦91㎝,横119.9㎝,厚さ0.3㎝,重さ2.5㎏のもので
あり,「立入禁止広島地方裁判所においてD,Aおよび㈲F宅建と係争中のため
本件建物への立入を禁ずる。所有者株式会社E不動産」等と記載され,「立入禁
止」の文字は赤色で他の文字より大きく,「広島地方裁判所」及び「係争中」の文
字もそれぞれ赤色で表示され,その他の文言は黒色で表示されている(なお,E不
動産が,F宅建及びDを被告として,本件建物について共有物分割訴訟等を提起し
たのは,平成19年1月11日になってからである。)。
また,本件建物は,その西側が南北方向に走る市道に面し,その境界から約2m
離れて建てられており,その西壁は南北の長さが約18mある。上記市道は車道幅
員が約5mであり,その東側には幅員約1.9mの歩道が設けられている。上記市
道は,夜間,交通が閑散である。
(5)前記のとおりCらが本件看板を本件建物の壁面に取り付ける作業を開始し
たところ,被告人及びDがやってきて,何をするんだなどと大声で怒鳴り,被告人
は,Cの持っていた本件看板を強引に引っ張って取り上げ,裏面を下にして,本件
建物西側敷地と上記歩道にまたがる地面へ投げ付け,その上に乗って踏み付けた。
Bは,被告人が本件看板から降りた後,これを持ち上げ,コーキングの付いた裏面
を自らの方に向け,その体から前へ10㎝ないし15㎝離して本件看板を両手で持
ち,付けてくれと言ってこれをCに渡そうとした。そこで,被告人は,これを阻止
するため,Bに対し,上記市道の車道の方に向かって,その胸部を両手で約10回
にわたり押したところ,Bは,約2m後退し,最後に被告人がBの体を右手で突い
た際,本件看板を左前方に落として,背中から落ちるように転倒した(本件暴
行)。
なお,Bが被告人に押されて後退し,転倒したのは,被告人の力のみによるもの
ではなく,Bが大げさに後退したことと本件看板を持っていたこととがあいまっ
て,バランスを崩したためである可能性が否定できない。
(6)Bは,本件当時48歳で,身長約175㎝の男性であり,被告人は,本件
当時74歳で,身長約149㎝の女性である。被告人は,本件以前に受けた手術の
影響による右上肢運動障害のほか,左肩関節運動障害や左肩鎖関節の脱臼を有し,
要介護1の認定を受けていた。
3原判決は,本件暴行につき被告人を有罪とした上で,被告人はBらによる本
件看板の設置を阻止しようとして本件暴行に及んだものであるが,前記2(3)のと
おり即時抗告棄却決定においてE不動産が被告人らに対して本件建物の明渡しや工
事の中止等を求める権利がない旨判断されていること等からすれば,Bが本件看板
を本件建物に設置することは,違法な行為であって,従前の経緯等をも考慮する
と,嫌がらせ以外の何物でもないというべきであるとし,Bによる違法な嫌がらせ
が本件の発端となったことは,刑の量定に当たって十分考慮しなければならない旨
判示し,前記1のとおり,被告人を科料9900円に処した。
4所論は,仮に被告人による本件暴行があったとしても,それは正当防衛に当
たる旨主張する。
そこで,前記2の事実関係を踏まえて検討するに,Bらが立入禁止等と記載した
本件看板を本件建物に設置することは,被告人らの本件建物に対する前記2(3)の
共有持分権,賃借権等を侵害するとともに,F宅建の業務を妨害し,被告人らの名
誉を害するものといわなければならない。そして,Bの依頼を受けたCらは,本件
建物のすぐ前において本件看板を取り付ける作業を開始し,被告人がこれを取り上
げて踏み付けた後も,Bがこれを持ち上げ,付けてくれと言ってCに渡そうとして
いたのであるから,本件暴行の際,Bらはなおも本件看板を本件建物に取り付けよ
うとしていたものと認められ,その行為は,被告人らの上記権利や業務,名誉に対
する急迫不正の侵害に当たるというべきである。
そして,被告人は,BがCに対して本件看板を渡そうとしたのに対し,これを阻
止しようとして本件暴行に及び,Bを本件建物から遠ざける方向に押したのである
から,Bらによる上記侵害から被告人らの上記権利等を防衛するために本件暴行を
行ったものと認められる。
さらに,Bらは,前記2(2)及び(4)のとおり,本件建物のガラスを割ったり作業
員を威圧したりすることによって被告人らが請け負わせた本件建物の原状回復等の
工事を中止に追い込んだ上,本件建物への第三者の出入りを妨害し,同(3)の即時
抗告棄却決定の後においても,立入禁止等と記載した看板を本件建物に設置するな
ど,本件以前から継続的に被告人らの本件建物に対する権利等を実力で侵害する行
為を繰り返しており,本件における上記不正の侵害はその一環をなすものである。
一方,被告人とBとの間には同(6)のような体格差等があることや,同(5)のとおり
Bが後退して転倒したのは被告人の力のみによるものとは認め難いことなどからす
れば,本件暴行の程度は軽微なものであったというべきである。そうすると,本件
暴行は,被告人らの主として財産的権利を防衛するためにBの身体の安全を侵害し
たものであることを考慮しても,いまだBらによる上記侵害に対する防衛手段とし
ての相当性の範囲を超えたものということはできない。
以上によれば,本件暴行については,刑法36条1項の正当防衛として違法性が
阻却されるから,これに正当防衛の成立を認めなかった原判決は,事実を誤認した
か,同項の解釈適用を誤ったものといわざるを得ない。
5以上のとおり,公訴事実につき被告人を有罪とした原判決及び第1審判決
は,いずれも判決に影響を及ぼすべき法令違反ないし重大な事実誤認があり,これ
を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。そして,本件について
は,訴訟記録並びに原裁判所及び第1審裁判所において取り調べた証拠によって直
ちに判決をすることができるものと認められるので,被告人に対し無罪の言渡しを
すべきである。
よって,刑訴法411条1号,3号,413条ただし書,414条,404条,
336条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
検察官野々上尚公判出席
(裁判長裁判官宮川光治裁判官甲斐中辰夫裁判官涌井紀夫裁判官
櫻井龍子裁判官金築誠志)

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