弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

主文
原判決を破棄する。
本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
検察官の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用する
ものであって,本件に適切でなく,その余は,単なる法令違反の主張であり,弁護
人水野武夫,同元氏成保,同藤内健吉の上告趣意は,憲法違反をいう点を含め,実
質は単なる法令違反,量刑不当の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理
由に当たらない。
しかしながら,検察官の所論にかんがみ,職権をもって調査すると,原判決は,
刑訴法411条1号により破棄を免れない。
1本件公訴事実のうち,労働基準法32条1項違反の事実の要旨は,「被告人
は,石油製品の保管及び運送等を営むA社の代表取締役としてその業務全搬を統括
していたものであるが,同社の統括運行管理者と共謀の上,同社の業務に関し,同
社が,同社の労働者の過半数を代表する者との間で,書面により,平成17年4月
16日から平成18年4月15日までの時間外労働及び休日労働に関する協定を締
結し,自動車運転者に対して,法定労働時間を超えて延長することができる時間
は,1日につき7時間,1か月につき130時間などと定め,平成17年4月15
日,大津労働基準監督署長に届け出ていたのであるから,上記各協定時間の範囲を
超えて労働させてはならないのに,労働者Bをして,同社の事務所等において,1
か月130時間を超えて,同年11月16日から同年12月15日までの間に15
時間30分,同月16日から平成18年1月15日までの間に38時間15分の合
計53時間45分の時間外労働をさせた」というものである。
第1審判決は,上記公訴事実とおおむね同旨の事実を認定し(第1審判示第1の
2),被告人を有罪とした。これに対し,被告人が控訴を申し立てた。原判決は,
第1審判決の上記判示部分は,違反に係る週が全く特定されておらず月単位の時間
外労働協定違反の事実を認定したものであるが,適用された法令である労働基準法
32条1項は週単位の時間外労働を規制するものであって,月単位の時間外労働に
は直接の規制は設けられておらず,また,いわゆる36協定違反については罰則が
設けられていないから,月単位の時間外労働協定違反の事実は犯罪を構成しない事
実であるとした。さらに,原審は,その手続において検察官の請求した週単位の時
間外労働の事実(当該月の中で違反となる週を特定したもの)を明示する予備的訴
因変更を不許可としたが,原判決は,その理由につき,時間外労働というのは,法
定労働時間や時間外労働協定といった一定の規範に照らさなければ観念できないも
のであるから,時間外労働を構成する労働日ないし労働時間が基本的に同一である
としても,違反している規範を異にしている場合には,それらの時間外労働は社会
通念上別個の事実であり両立し得るものであって,基本的事実関係を異にすると解
すべきであり,旧訴因の月単位の時間外労働協定違反の事実と新訴因の週単位の時
間外労働の事実とでは基本的事実関係を異にし,公訴事実の同一性が認められない
とした。そして,原判決は,第1審判決を破棄して自判し,上記公訴事実について
は被告人を無罪とした。
2しかしながら,原審の予備的訴因変更を不許可とした措置及び原判決の上記
判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
⑴労働基準法32条1項違反に係る上記公訴事実は,その記載だけからみる
と,月単位の時間外労働を示す内容となっており,当該月の特定はされているもの
の,週の特定はもとより週という言葉さえ出てきておらず,これを直ちに週単位の
時間外労働の規制違反を記載したとみることはできない。しかし,労働基準法に月
単位の時間外労働の規制違反の規定はないこと,起訴状には罰条として週単位の時
間外労働を規制している労働基準法32条1項が記載されていることを合理的に解
釈すると,週単位の時間外労働の規制違反の事実を摘示しその処罰を求めようとし
た趣旨ではあったが,結果として,違反に係る週の特定に欠けるという不備が生じ
てしまったと解するのが相当である。したがって,本件は,訴因の特定が不十分で
その記載に瑕疵がある場合に当たり,その瑕疵の内容にかんがみると,訴因変更と
同様の手続を採って訴因を補正すべき場合である。
⑵ところで,いわゆる36協定で1か月につき延長することができる時間外労
働時間が定められている場合における労働基準法32条1項違反の罪に関して検討
すると,同条項の文理,36協定の趣旨等に照らすと,原則的な労働時間制の場合
であれば,始期から順次1週間について40時間の法定労働時間を超えて労働させ
た時間を計算し,これを最初の週から順次積算し,上記延長することができる時間
に至るまでは36協定の効力によって時間外労働の違法性が阻却されるものの,こ
れを超えた時点以後は,36協定の効力は及ばず,週40時間の法定労働時間を超
える時間外労働として違法となり,その週以降の週につき,上記時間外労働があれ
ば,それぞれ同条項違反の罪が成立し,各違反の罪は併合罪の関係に立つものと解
すべきである。そして,36協定における次の新たな1か月が始まれば,その日以
降は再び延長することができる時間に至るまで,時間外労働が許容されるが,これ
によると,1週間が,単位となる月をまたぎ,週の途中の日までは週40時間の法
定労働時間を超える違法な時間外労働であり,その翌日からは新たな1か月が始ま
り,時間外労働が許容される場合も生じる(端数日は生じない)。この場合も,そ
の週について上記違法な時間外労働に係る同条項違反の罪が成立することとなる。
そして,1週間の始期に関しては,問題となる事業場において就業規則等に別段の
定めがあればこれによるが,これがない場合には,労働基準法32条1項が「1週
間について40時間」とのみ規定するものであることなどにかんがみると,その始
期を36協定における特定の月の起算日に合わせて訴因を構成することも許される
と解される。
⑶本件につき,検察官のした予備的訴因変更請求についてみると,「平成17
年12月7日から同月13日までの週及び同月9日から同月15日までの週を通じ
た週」などとし,15日から逆算して1週間を構成している点及び本件につき時間
外労働の罪が1罪として成立するとして「通じた週」としている点については,⑵
で述べたところから明らかなとおり,適正を欠くものであり,上記関係についてい
えば,「平成17年12月7日から同月13日までの週につき15分の,同月14
日から同月20日までの週につき15時間15分のそれぞれ時間外労働をさせた」
とすべきである。しかし,検察官の上記予備的訴因変更請求は,週を特定し,週単
位の時間外労働の規制違反の罪を明示して瑕疵を補正しようとしたものと理解でき
るから,原審は,上記適正な訴因となるように措置した上,予備的訴因変更を許可
すべきであったと解される。
3以上によれば,予備的訴因変更を許さず,第1審判決を破棄して,前記公訴
事実(労働基準法32条1項違反に係る部分)について被告人を無罪とした原判決
には,刑訴法256条3項,312条1項の解釈適用を誤った違法があり,これが
判決に影響を及ぼし,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められ
る。なお,本件では,前記公訴事実と原判決が有罪としたその余の公訴事実とは併
合罪の関係にあるとして起訴されたものと解されるから,上記違法は,原判決の全
部に影響を及ぼすものである。
よって,刑訴法411条1号により原判決を破棄し,同法413条本文に従い,
更に審理を尽くさせるため,本件を原審である大阪高等裁判所に差し戻すことと
し,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官金築誠志の意
見がある。
裁判官金築誠志の意見は,次のとおりである。
私は,原判決を破棄して本件を原審に差し戻すことには賛成であるが,本件労働
基準法32条1項違反の罪については,多数意見とは異なり,予備的訴因変更を許
可するまでもなく,旧訴因(本位的訴因)のままで(ただし,後記のような補正を
した上で)有罪判決をすることができるものと考える。
1労働基準法32条1項は,「使用者は,労働者に,休憩時間を除き1週間に
ついて40時間を超えて,労働させてはならない。」と規定し,その違反に対し同
法119条1号が罰則を定めている。この労働時間の制限は,いわゆる36協定に
よって延長することが可能であり,しかもその限度を1週間とは異なる単位で定め
ることが認められている(労働基準法第36条第1項の協定で定める労働時間の延
長の限度等に関する基準(平成10年労働省告示第154号)2条,3条参照)。
本件においても,1か月単位で延長時間の限度が定められている。
このように36協定によって労働時間の延長限度を定めた場合,その限度を超え
て労働をさせた違反行為については,別に罰則の定めがないので,この場合も32
条1項によって処罰することを予定しているものと解されるが,この場合の擬律が
ここでの問題である。
2多数意見は,協定期間である1か月(以下,「月」は36協定期間である1
か月を指す)の始期から順次1週間ごとに算出した法定労働時間を超えた時間を積
算して,延長限度を超えた日の属する週以降,1週間ごとに週単位の時間外労働罪
が成立するとする。これは,1週間40時間を超えて労働させれば,それだけで1
週間単位の時間外労働罪の構成要件は充足され,36協定による延長は同罪の違法
性を阻却するにとどまるという考え方を前提としている。36協定で定める限度を
超えない限り,およそ同罪の成立が問題となる余地はないのであるから,はたして
違法性阻却の限度にとどまると考えてよいか疑問がなくはない。その点は措くとし
ても,1か月に含まれる各週の時間外労働の状況いかんにかかわらず,常に月の初
めの時間外労働から順次延長許容時間に繰り入れて,月の終わりの方の週において
違反週を特定するという方法は,特定の週ごとに時間外労働罪の成否を検討すると
いう実質を既に失っており,1か月間全体で犯罪の成否を判断していることにほか
ならないように,私には思われる。
また,多数意見は,月末に7日に満たない日数が残る場合には,次の月にまたが
って1週間を構成し,次の月に属する日の法定時間を超える労働時間は,次の月の
36協定の違法性阻却の効果を受ける関係上,その週の時間外労働には算入しない
という取扱いをしている(月末残日数の時間外労働を処罰するために,これととも
に1週間を構成する次の月の日数の法定時間内の労働時間は,その週の労働時間に
算入する取扱いになるものと解される。)。構成要件的評価の対象となる期間と3
6協定の期間とが一致しないことになるが,この結果,具体的には,次の月に属す
る日数の労働時間を合算しても法定時間を超えない場合や,退職等の理由で1週間
を構成すべき労働日がない場合について,妥当な結論が得られるのかといった問題
が生じるように思われる。
3労働基準法が36協定によって1週間と異なる単位で労働時間を延長するこ
とを認めている以上,その協定期間単位で延長限度を超える違反労働時間数を認定
するのは自然なことであって,協定期間は7日で割り切れない場合が多いのである
から,この超過労働時間を特定の1週間ごとに振り分けようとすることには,もと
もと無理があるように思う。したがって,同法32条1項の罪を認定するには,協
定期間において延長限度を超える労働時間数を算出した上で,同条項の規制単位期
間(1週間)に合わせ,その超過労働時間数の1週間当たりの換算値を摘示すれば
足りると考える。つまり,同条項による労働時間の規制は,単位期間当たりの割合
的なものと見るわけである。
この認定方法によれば,協定期間全体を通じて違反時間数を算定するのであり,
その期間内にいくつの週が含まれていようとも包括一罪と解すべきであるから,週
の特定は要しないし,また,7日で割り切れない期間の場合も,1週間当たりの換
算値を摘示することは可能であるから,問題は生じない。こうした認定の仕方は,
32条1項が「1週間について」と規定しているのを,「1週間当たり」と読むだ
けのことであるから,文理上も無理はなく,変形労働時間制等を含む現在の労働基
準法上の労働時間規制の在り方にも矛盾しないものと思う。
4本件労働基準法32条1項違反に係る本位的訴因は,1週間当たりの違反時
間数の記載を欠くが,罰条の記載及び1か月単位の違反罪は法令上存在しないこと
からすれば,同条項違反の罪を包括一罪である1か月単位で特定して起訴したこと
が明らかであるから,訴因を上記の趣旨を明確にするよう補正の上(具体的には,
平成17年11月16日から同年12月15日までの間に合計15時間30分の時
間外労働をさせたとの事実については,「1週間当たり3時間37分の」という文
言を付加して),有罪判決をすることが相当であると考える。
(裁判長裁判官涌井紀夫裁判官甲斐中辰夫裁判官宮川光治裁判官
櫻井龍子裁判官金築誠志)

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛